『風に紅葉』注解
(二)
大
倉
比呂志
一四 男主人公と梅壺女御との歌の贈答 よきほどにて出で給ふやうなれど、 例 * の忍びの御通ひはありけんかし。 上 * は、 女 * 御 の 御 気 け し き 色 も 語 り き こ え 給 ひ つ つ、 「 か * ざ し の 花」の こ と も 聞 こ え 給 ふ に、 「 御 * み づ か ら に は あ ら じ」な ど 直 * し 給 へ る 御 気 色、い と 心 恥 づ かし。 御 * 面 おも 影 かげ もあながちならず、 こ * とのやうも人にこそよれ、と思せど、 「かざしの花」もさすがにて、 ⑪春ごとにかざしの花は匂へどもうつる心は色や変はらむ と書きて、伝へさせきこえ給へば、心も空にていまだ寝給はざりけるに、 よろしう待ち見給はんや。 ⑫「 年 * を経て心の色は 染 そ めませど色に出でねばかひなかりけり 繁 * さまされど」なんどやありけん。 【語釈】 *例の忍びの御通ひ ― 北の方との秘めた逢瀬。 *上 ― 北の方。 *女御 ― 梅壺女御。 *かざしの花 ― 巻一 ・ 六節の①の歌。 *御みづから ― 梅壺御 自身。 *直し ― とりなし。 *御面影もあながちならず ― 梅壺の御面影も む や み に 恋 し い と 思 い 出 さ れ る わ け で も な く。 * こ と の や う も 人 に こ そ よれ ― 隠れた関係も相手次第だ。 *⑫ 「年を経て」の歌 ― 「人知れぬ思ひ は深く染むれども色に出でねばかひなかりけり=人に知られずにあの人に 深く心を寄せてはいるけれども、あの人がそれをわかってくれなければ無 駄 な こ と だ」 (続 千 載 集 ・ 恋 一 ・ 一 〇 五 〇 ・ 前 大 納 言 兼 宗) に 拠 る。 * 繁 さ ま されど ― 「我が恋は 深 み や ま 山 隠れの草なれや繁さまされど知る人のなき=私の 恋は山奥の人目にはつかない草なのだろうか、草が密生するようにあの人 のことを恋慕する気持ちはますます激しくなるけれども、それを知ってく れる人がいないのだ」 (古今集 ・ 恋二 ・ 五六〇 ・ 小野美材) に拠る。 【訳文】 男君は適当な時間でお帰りになったようだが、いつものように北の方と の秘めた逢瀬はあったのだろうよ。北の方は梅壺女御の男君に対する気持 ち も お 話 し 申 し 上 げ な さ り 続 け、 「か ざ し の 花」の こ と も 申 し 上 げ な さ る が、 「梅 壺 御 自 身 で な さ っ た こ と で は な い で し ょ う」な ど と と り な し な さ る御様子は、大そうすばらしい。梅壺の御面影も無性に恋しいわけでもな く、隠 れ た 関 係 も 相 手 次 第 だ、と お 思 い に な る が、 「か ざ し の 花」も や は 学苑 第九六〇号 一~一九 (二〇二〇 ・ 一〇)りうち捨てておくことはできず、 ⑪ 春ごとにかざしの花は美しく咲くけれども、私に心ひかれるというあ なたの心は変わるかもしれませんよ。 と書いて、伝え申し上げなさると、梅壺はうわの空でまだお休みではなか ったので、いい加減に御覧になるはずもない。 ⑫ 「年 を 経 て あ な た を 思 う 気 持 ち は 深 く な っ て い く け れ ど も、心 の 中 で 秘めているだけではかいがないことです。 あ な た へ の 気 持 ち は 高 ぶ っ て い く け れ ど も」な ど と 男 君 に 書 い た の だ ろ うか。 一五 宣耀殿女御、皇子出産 十 * 日余りのほどにぞ、春宮の女御、いと平らかにて男 皇 み 子 こ にて生まれ給 へる。いつしか行啓あるを、待ちつけたてまつり給ふ殿の内の儀式、言ふ もおろかなり。 若 * 宮を殿抱ききこえ給ひて、さし寄せきこえ給へれば、 異 こと 事 ごと なくまもりきこえさせ給ひて、ほほ 笑 ゑ ませ給ふものから、御涙の浮きぬ るを、大将 は * 御 み 佩 はか 刀 し 持ちて 候 さぶら ひ給ふが、 老 * い人のやうに、とをかしく見き こえ給ふ。女御の御有様 言 * へばえなり。心苦しさまさりて、立ち離れがた き御心地なれど、今は過ぐる 日 ひ か ず 数 を 数 かぞ へつつぞ帰らせ給ひにける。 【語釈】 * 十 日 余 り の ほ ど に ぞ ― 三 月 十 日 過 ぎ の 頃 に。 * 若 宮 を 殿 抱 き き こ え 給 ひ て、さ し 寄 せ き こ え 給 へ れ ば ― 『紫 式 部 日 記』寛 弘 五 年 (一 〇 〇 八) 十 月 十 六 日 条 に 九 月 十 一 日 に 誕 生 し た 敦 あつ 成 ひら 親 王 (一 条 天 皇 第 二 皇 子。後 の 後 一 条 天 皇) へ の 一 条 天 皇 の 土 御 門 邸 行 幸 の 記 事 が あ り、 「殿 (道 長) 、若 宮 抱 きたてまつり給ひて、御前に率てたてまつり給ふ。 主 う 上 へ 抱きうつしたてま つ ら せ 給 ふ ほ ど、い さ さ か 泣 か せ 給 へ る 御 声 い と わ か し」と 語 ら れ て い る。 * 御 佩 刀 ― 皇 子 誕 生 が 帝 に 伝 奏 さ れ る と、祝 い の 剣 が 帝 か ら 贈 ら れ る の が 通 例。 * 老 い 人 の や う に ― 春 宮 が 老 人 の よ う に 顔 を く し ゃ く し ゃ にして涙を流している。詳細は巻一 ・ 一五節の【考察】の項を参照された い。 *言へばえなり ― 口に出して言おうとしても何も言えない。 【訳文】 十日過ぎの頃に、春宮の宣耀殿女御は極めて無事に皇子を出産なさった。 早速行啓があるのを、待ち受け申し上げなさる関白家の儀式のすばらしさ は、言うまでもない。若宮を関白がお抱き申し上げなさって、春宮の側に さし寄せ申し上げなさると、春宮はひたすら見つめなさって、ほほ笑みな さるものの、涙ぐんでいらっしゃるのを、大将は御佩刀を持って控えてい らっしゃるが、春宮はまるで老人のようだ、と滑稽に拝見なさる。宣耀殿 の御様子は今更言うまでもない。春宮は心配が増さって、立ち去りがたい 御気持ちだが、今は日数が過ぎるのを数えながら還御なさった。 【考察】 宣耀殿女御が皇子を出産し、春宮が急いで関白邸に行啓するわけだが、 春宮がその皇子を見つめる件は、 (春 宮 ハ 皇 子 ヲ) 異 事 な く ま も り き こ え さ せ 給 ひ て、ほ ほ 笑 ま せ 給 ふ も の か ら、 御 涙 の 浮 き ぬ る を、大 将 は 御 佩 刀 持 ち て 候 ひ 給 ふ が、 (春 宮 が) 老 い 人 の や う に 、とをかしく見きこえ給ふ。
と語られている。傍線部に着目すると、春宮が初対面の皇子に対してほほ 笑んだのは、誕生したのが皇子であったために、自分が即位した暁には、 その皇子が〈春宮〉の位に就き、将来的には即位する可能性が大きいとこ ろから、自分の分身に皇統譜を継承させることができたという安堵感と、 春宮にとっては初めての子供であり、母子ともに健康であるため、嬉しさ の余り老人のように顔をくしゃくしゃにして涙を流していると理解されよ う。辛 島 A は「涙 も ろ い の が」老 人 の 特 徴 で あ る と 解 し て い る (な お、春 宮 は 登 場 人 物 を 示 し て い る の に 対 し て、 〈春 宮〉は そ の 地 位 を 示 す も の と し て、区 別して用いた) 。 一六 登華殿女御のこと 登華殿とて 候 さぶら ひ給ふも、この 太 お ほ き 政 大 お と ど 臣 の御 孫 うまご なり。権大納言の姫君なる を、 な * べては 麗 れい 景 けい 殿 でん 候 さぶら ひ給へば、参り給ふべきならぬを、ものに 憚 はばか らぬ御 癖にて参らせきこえ給へる。 叔 を 母 ば 女御の御覚えにはまさりたり。 【語釈】 *なべては麗景殿候ひ給へば、参り給ふべきならぬを ― 太政大臣の姫君で ある麗景殿が春宮に参内しているのだから、通常、麗景殿の兄権大納言は 娘を春宮に参内させるべきではない。すなわち、叔母と姪との間で春宮を めぐっての寵愛争奪戦が生じるので、好ましくないということ。 【訳文】 登華殿女御として春宮にお仕えなさる方も、この太政大臣の御孫である。 権大納言の姫君であるが、普通ならば麗景殿女御がお仕えしていらっしゃ るので、参内なさるべきではないのだが、権大納言は物事に遠慮しない御 性分によって、参内させ申し上げなさった。春宮の御寵愛は叔母の麗景殿 よりもまさっていた。 一七 男主人公と梅壺女御との密会 さても 梅 むめ 壺 つぼ は、御心も空に 便 たよ りをのみ待ち給ふに、 花 * の形見恋しきゆか りの色の藤波咲きかかりて、 艶 えん なる夕べのほど、 ほ * のめき給へり。 例 * のう た た 寝 の い く ほ ど な ら ぬ 宵 よひ の 間 ま は、飽 か ず な か な か な れ ど、 「 人 * の 思 ひ こ そ」と言ふこともあれば、 こ * れゆゑつくづくと御里居のやうも聞こえ、勧 め 給 ふ に、 「 あ * な が ち な ら ぬ こ と ゆ ゑ、空 恐 ろ し う」と や す ら ひ 給 へ ど、 紛 まぎ らはして導ききこえ給へり。女は思し設けけるゆゑよし、 こ * の心、 歌 * の 風 ふ ぜ い 情 も、心恥づかしき御 気 け し き 色 に、みな忘れ給ひぬ。 「『 か * ざしの花』の 行 ゆ く へ 方 たどり着きても、この春さへ暮れはべりなんは、 無 む 下 げ に頼み所なう」と聞 こ え 給 ふ に、恥 づ か し う 面 おも な き 心 地 し て、 「あ や し き 人 の 上 に こ そ さ * る こ とは見はべりしか」とて、 お * れかへりたる御気色ぞ、人の御ほどには似ず おぼえ給ふ。なほ 御 * 心に入る片つ方にだに う * たた寝の迷ひなるを、まいて 忙 * しけれど、 後 のち の逢瀬もまたいつとおぼえ給はぬにぞ、なかなかやすらは れ給ふ。 ⑬ 有 * 明のつれなき影に先立ちてまた夕闇の心 惑 まど ひよ とむせかへり給ふ御気色も、 逆 さか 様 さま 事 ごと なり。 ⑭「 有 * 明のつれなき影のまばゆさに 鶏 とり より先に起き別れぬる げにかばかりも身にとりてはおぼろけならず思ひ知られはべるは、さりと も思し知る方も」などきこえ給ふ御気色も 、 * 千 ち 々 ぢ の 言 こと の葉を尽くさんより も 奥 ゆ か し う 身 に し み て、言 ひ 知 ら ず お ぼ え 給 ふ。 「 * 天 あま の 門 と 渡 る 月 影 に」 * *
とのみ御 名 な ご り 残 をながめ明かし給ふに、 御 * 消 せう 息 そこ はさすが待たれぬほどにあり けるにや。 【語釈】 *花の形見恋しきゆかりの色の藤波咲きかかりて ― 「花散りて形見恋しき 我が宿にゆかりの色の池の藤波=花が散って形見の花が恋しい時に、ゆか り の 色 で あ る 池 の 紫 の 藤 が 咲 き 始 め た」 (新 勅 撰 集 ・ 春 下 ・ 一 三 〇 ・ 入 道 二 品 道 助) に 拠 る。 * ほ の め き 給 へ り ― 男 君 が 太 政 大 臣 邸 に お 立 ち 寄 り に な っ た。 * 例 の う た た 寝 の い く ほ ど な ら ぬ 宵 の 間 は、飽 か ず な か な か な れ ど ― いつものうたた寝のような宵の間の男君との短い情事は、北の方にと って物足らず、かえって辛いが。 *「人の思ひこそ」 ― 「深けれど 千 ち ひ ろ 尋 の 海はほど知りぬ人の思ひは 棹 さを も及ばず=深いけれども、海の深さはわかる。 人 の 思 い は 棹 で は そ の 深 さ を 測 る こ と が で き な い」 (続 古 今 集 ・ 雑 下 ・ 一 八 四 九 ・ 壬 生 忠 岑) に 拠 る。 * こ れ ゆ ゑ つ く づ く と 御 里 居 の や う も 聞 こ え、 勧め給ふに ― 北の方は梅壺女御が男君のために物寂しげに里居をしている ことを話し、梅壺の意を汲んで、この里居の機会に梅壺に逢うように男君 に勧める。 *「あながちならぬことゆゑ、空恐ろしう」 ― 男君の発言。無 理をしてまでも梅壺に逢いたいというわけではないから、何となく恐ろし い。 *紛らはして導ききこえ給へり ― 北の方は周囲をうまくごまかして、 男 君 を 梅 壺 の 部 屋 に 案 内 し た。 * こ の 心 ― 梅 壺 の 男 君 に 対 す る 恋 情。全 集 は「伝 え た い 気 持 ち」と 訳 す。 * 歌 の 風 情 ― 男 君 に 逢 っ た ら 伝 え よ う と し て 梅 壺 が あ ら か じ め 詠 ん で お い た 歌。 *「 『か ざ し の 花』の 行 方 た ど り着きても、この春さへ暮れはべりなんは、無下に頼み所なう」 ― 辛島A は「せっかくあの「かざしの花」の歌(①)の贈り主に逢えたのに、この 春までも過ぎてしまうのでは、頼みにならないことだ。この花(あなた) に逢うためには、また、来年の春を待たねばならないのだろうか。春にし か 咲 か な い 花 に 相 手 を よ そ え た 冗 談」と い う。 * さ る こ と ― 女 の 方 か ら 男 に 歌 を 詠 み か け る こ と。 * お れ か へ り た る ― 辛 島 A は「ピ ン ト 外 れ な 返 答 で あ る の で、こ う い う」と 注 す る。 * 御 心 に 入 る 片 つ 方 ― 北 の 方 の こ と。 * う た た 寝 の 迷 ひ ― 「は か な し や 枕 定 め ぬ う た た 寝 に ほ の か に 迷 ふ夢の通ひ路=はかないものだ。枕の位置も決めずにうたた寝をしたので、 夢の通い路では恋人に逢えそうで逢えなかったよ」 (千載集 ・ 恋一 ・ 六七七 ・ 式 子 内 親 王) に 拠 る。 * 忙 し け れ ど ― 北 の 方 と の 情 事 で さ え 短 い の だ か ら、 梅 壺 と の 場 合 は、情 事 を 早 く 終 え て、早 急 に 出 て 行 き た い け れ ど。 * ⑬ 「有 明 の」の 歌 ― 「有 明 の つ れ な く 見 え し 別 れ よ り 暁 ば か り 憂 き も の は な し=夜がしらじらと明けていく有明の頃、あの人が辛く見えた後朝の別れ 以 来、暁 ほ ど 辛 い も の は な い こ と だ」 (古 今 集 ・ 恋 三 ・ 六 二 五 ・ 壬 生 忠 岑) に 拠 る。な お、第 四 句 の「ま た」を 辛 島 A は「ま だ」と す る。そ の 場 合、 「ま だ 夕 闇 の 心 惑 ひ よ」と な り、 「ま だ」は「今 も な お」の 意 で あ っ て、 「今もなお夕闇の中で心が迷い乱れ、途方にくれているような感じがする」 と 解 釈 さ れ る。さ ら に、辛 島 A は「こ の 前 後、 『い は で し の ぶ』巻 一、二 位中将と帥の宮の姫君との別れ際の場面との相似が見られる」と指摘して い る。 * 逆 様 事 ― 辛 島 A は「普 通 な ら と っ く に 帰 っ て い る 大 将 が、わ ざ わざ気を遣って長くとどまってくれているのに、そんなことなどお構いな しに、もう帰ってしまうのか、といわんばかりの恨めしげな歌を詠んだの が、 「さ か さ ま」だ、と い う の で あ る」と 述 べ る。 * ⑭「有 明 の」の 歌 ― 辛 島 A は 参 考 歌 と し て、 「別 る れ ど 類 も あ ら じ 小 夜 深 き 鶏 よ り 先 の 心 尽 く しは=夜深くてまだ鶏も鳴かないのにお帰りになるとは。あなたと別れて
か ら の 私 は、比 べ も の が な い ほ ど 辛 い だ ろ う」 (い は で し の ぶ ・ 巻 一 ・ 帥 宮 の 姫 君 の 歌) を あ げ る。 * 千 々 の 言 の 葉 を 尽 く さ ん よ り も ― 辛 島 A は 参 考 と し て、 「千 々 の 言 の 葉 を 尽 く し、い か に せ ん と 思 ひ た ら ん 人 よ り も、類 な う な ま め か し げ な る は」 (い は で し の ぶ ・ 巻 一) を あ げ る。 *「天 の 門 渡 る月影に」 ― 「小夜更けて天の門渡る月影に飽かずも君をあひ見つるかな =夜が更けて大空を渡って行く月が名残惜しいように、あの人を月の光の も と で 飽 き も せ ず じ っ と 見 つ め て い た こ と だ」 (古 今 集 ・ 恋 三 ・ 六 四 八 ・ よ み 人 知 ら ず) に 拠 る。 * 御 消 息 は さ す が 待 た れ ぬ ほ ど に あ り け る に や ― 「御 消 息」は 男 君 か ら 梅 壺 へ の 後 朝 の 文。そ の 文 が 梅 壺 の も と に 早 い 時 間 帯に届いたのであろうかの意で、梅壺の男君に対する恋慕と比較すると、 男君は梅壺をそれほどまでに思っているのではなく、いわば〈性〉の道具 としてしか梅壺を見ていないのではないのかという皮肉が盛り込まれてい るのであり、語り手が梅壺を揶揄しているのではなかろうか。 【訳文】 さて梅壺女御は、御心も上の空で逢瀬の機会ばかりを待っていらっしゃ ったが、花が散って、その代わりとなる花の形見が恋しく思われる宿に、 ゆかりである藤の花が一面に咲いて、風情のある夕方の頃に、男君が太政 大臣邸にお立ち寄りになった。いつものように宵の間の短い情事は、北の 方にとっては物足りなくかえって辛いけれども、人の思いは限りなく深い ものだという言葉もあるので、梅壺が男君のために物思いで沈んで御里居 をなさっていることも申し上げ、梅壺に逢うように男君に勧めなさると、 「無 理 に と い う こ と で は な い か ら、何 と な く 恐 ろ し く て」と た め ら い な さ るけれども、北の方はまわりをうまくごまかして梅壺の部屋に案内申し上 げなさった。梅壺はあらかじめお考えになっていた情趣を解する教養、男 君への恋情や歌の趣も、すばらしい男君の御様子に、すっかりお忘れにな ってしまった。 「『かざしの花』の歌の贈り主を尋ね当てても、この春さえ 過ぎてしまいましたら、まったく頼みに思えるところはないのですよ」と 申 し 上 げ な さ る の で、梅 壺 は 恥 ず か し く 面 目 な い 気 持 ち が し て、 「身 分 の 低い人の身の上にそのようなことは見ましたが」と言って、ぼんやりした ような御様子は、女御という御身分には似つかわしくないように男君はお 思いになる。やはり男君のお気に入りの北の方との間でさえうたた寝のよ うな短い情事なので、それ以上にこの梅壺との情事を早く終えて出て行き たいけれど、後の逢瀬も今後はいつ実現できるのかがおわかりにならない ので、かえってぐずぐずしていらっしゃる。 ⑬ 有明月の無情な光に先立ってお帰りになる姿が辛いものの、あなたに 早くまた逢いたいと思って心を乱しながら夕闇になるのを待っている のです。 と激しくむせび泣いていらっしゃる梅壺の御様子も、逆な言い分である。 ⑭ 「有 明 月 の 無 情 な 光 の ま ば ゆ さ の た め に、鶏 の 鳴 く 声 よ り 前 に 起 き て あなたと別れてしまうことです。 本当にこれほどまでに我が身にとってあなたのことが格別に身にしみて思 い知られますのを、いくら何でもわかって下さるでしょう」などと申し上 げなさる男君の御様子も、数多くの言葉を重ねるよりも慕わしく身にしみ て、言 い よ う も な い ほ ど 恋 し く お 思 い に な る。 「天 の 門 渡 る 月 影 に」と ば かり梅壺は男君の御名残を胸に秘め、しみじみと物思いに耽って夜をお明 かしになったが、男君の後朝の文は梅壺のもとに早い時間帯に届いたので あろうか。
【考察】 『恋 路 ゆ か し き 大 将』で は 恋 路 の 北 の 方 は 前 左 大 臣 女 で あ っ た が、そ の 後「はなやかに色めかしき」継母 (恋路の北の方の父親前左大臣の今北の方) は「あ な た よ り す す み て 聞 こ え か か り た り し 人」 (巻 一) で、継 母 の 方 か ら恋路に積極的に接近したのであり、継母はいわゆる〈女すすみ〉であっ た。ところで『風に紅葉』において、男君は一品宮と結婚後、太政大臣か ら 梅 見 の 宴 に 誘 わ れ、男 君 は 太 政 大 臣 か ら 北 の 方 所 生 の 娘 (小 姫 君) の 世 話を依頼された後に、 あ (男君が北の方ヲ) うち見やりきこえ給へる匂ひ、有様に、 魂 ㋑ もやがて消え惑ふ ばかり、現し心もなくぞ上はおぼえ給ふ 。 い 「御 賄 ひ を 宮 仕 ひ 初 め に も、そ れ や」と、大 臣 の 上 に 聞 こ え 給 へ ば、居 ざ り 寄 り て、銚 子 取 り て 奉 り 給 へ ば、大 将 居 直 り て、色 許 り て 見 ゆ る 女 房 を、 「こ ち や。い か が、さ る こ と は」と の た ま へ ど、 ( ㋺ 北 の 方 が 女 房 ノ 手 ヲ) な ほ 押 さ へ て 奉 り 給 ふ を 、「さ ら ば、ま た」と て (男 君 が) 受 け 給 ふ ほ ど の 御 気 色、 ( ㋩ 北 の 方 ハ) ただ死ぬばかりぞおぼえ給ふ 。 とあり、この後男君と北の方とは密会を重ねるわけだが、あの直前に小姫 君の世話を依頼された男君が恐縮して返答する様子にうっとりとする北の 方が傍線部㋑をはじめとして、㋺㋩に表象されているように、男君に魅了 さ れ て い く 北 の 方 の 過 程 が 看 取 さ れ よ う。こ の 場 面 で は 北 の 方 に 対 し て 『恋 路 ゆ か し き 大 将』の 継 母 に 用 い ら れ て い る「す す む」と い う こ と ば こ そ な い も の の、 〈女 す す み〉の 状 態 で あ る と 考 え ら れ る。そ の 後、北 の 方 の 継 子 に 当 た る 梅 壺 女 御 は「 (男 君 が 太 政 大 臣 邸 ニ) 渡 り 給 ふ よ し 聞 き 給 ふ に、心 も 心 な ら ず (内 裏 ヨ リ) 急 ぎ 出 で 給 ひ て け り」と あ る ご と く、梅 壺 の男君への並々ならぬ恋慕を見て取った北の方は、男君に里下り中の梅壺 との情交を勧めたところ、男君はその申し出を渋るものの、北の方は男君 を梅壺のもとに手引きする。情交後に、梅壺の方から先に男君に贈歌する わけだが、それは「有明のつれなき影に先立ちてまた夕闇の心惑ひよ/と むせかへり給ふ御気色も、 逆様事なり 」と語られている。梅壺の歌は帰っ て行く男君の姿を見るのが辛いものの、また男君に逢いたいと思って心を 乱しながら、夕闇になるのを待っているという内容であり、いわば梅壺の 方から男君を口説いているのを、傍線部のように語り手が揶揄的に語って い る の で あ る。そ こ に 梅 壺 の 男 君 へ の 強 烈 な 恋 慕 が 表 象 さ れ て お り、 「す すむ」というような直接的なことばは用いられてはいないものの、梅壺も また〈女すすみ〉であることが顕在化しているのだ。 さらに『恋路ゆかしき大将』において、 右 の 大 臣 の 女 御、承 香 殿 と 聞 こ ゆ る は、大 将 (恋 路) に も 忍 び た る 御 仲 な り ける、それも上 (帝) の御みちびきにぞありける (巻一) 。 と語られているように、帝の主導のもとで恋路 (後に内大臣 ・ 左大臣 ・ 関白) と 承 香 殿 女 御 と の 情 交 が 公 認 さ れ て い る わ け だ が、 『風 に 紅 葉』で は 太 政 大臣の北の方が男君と情交を結びながら、男君を恋慕している継子で里下 り中の梅壺女御と男君との情交を取り持っているのである。主導した人物 が帝と北の方という差異はあるものの、主導されたのはともに後に内大臣 になった人物であり、他者による取り持ち情交の被女性対象者はどちらも 女御であったという共通点を有している。この取り持ちという視点に立脚 す る と、物 語 文 学 で は な い が、自 分 の い わ ば 愛 人 二 条 を 異 母 弟「有 明 の
月」 (性 助 法 親 王) に 取 り 持 っ た 人 物 と し て『と は ず が た り』に お け る 後 深 草 院 が 想 起 さ れ る。と す れ ば、 『風 に 紅 葉』 『恋 路 ゆ か し き 大 将』 『と は ず がたり』の三作品の成立の前後関係は不明ではあるものの、三作品の同時 代内成立という〈ヨコの文学史〉を考えていく必要があるのではなかろう か。なお、同時代的作品を論じたものに、辻本裕成「同時代の文学の中の 「とはずがたり」 」 (「国語国文」一九八九 ・ 1) がある。 一八 承香殿女御のこと またその頃、 承 しよ 香 きや 殿 うでん と聞こゆるは、故式部卿宮の女御ぞかし。御覚えも 重き方浅からぬが、女宮 二 ふた 所 ところ ものし給ふ。女二宮は斎院にておはします。 女三宮は御身に添へきこえ給へり。父 親 み 王 こ 、 才 ざえ 賢うすぐれ給へりける、ま た * 御子もなくて、この女御に、世にありがたき 文 ふみ どもも、さながら 御 み く ら ま ち 倉町 に取り置きて、 奉 たてまつ り給へりけるほどに、帝をはじめたてまつりて、何くれ の 文 ふみ 、 日 に 記 き ども、ただこの女御に尋ねきこえさせ給ふことなるに、大将 お * ぼつかなう思す 文 ふみ ありて、 い * かで、と思すに、 蔵 くらうど 人 の弁なにがしとて、近 う 仕 つか う ま つ る 人 の 妹、か の 女 御 に 宰 相 の 君 と て 候 さぶら ふ ゆ ゑ あ り け り。 「聞 こ えてんや」とのたまへば、 案 * 内するに、さばかりいかなる風のつてもがな、 と 思 し わ た る 御 * 心 地 に、 「 い * か が は。何 と 記 し て 賜 たまは れ」と あ り け れ ば、そ の 書 き つ け の 奥 に、 「い か が と 危 あや ぶ ま れ は べ り し に 、 * 左 さ 右 う な く か や う に 承 うけたまは る、嬉 し う」と 聞 こ え 給 へ り け り。 「 文 ふみ ど も は さ る こ と に て、異 な る 秘事、御みづからならでは」とて、 唐 から めいたる箱の封つきたるを 開 あ けて見 給へば、白き薄様に、 ⑮ 書き付くる昔の跡のなかりせば思ふ心は知らせましやは また、 ⑯「いかにせん見るに苦しき君ゆゑに 心 * は身にも添はずなりゆく た * よりにもあらずあさましうこそ」と書かれたる墨つき、筆の流れ、今の 世の上手と聞こゆる御手なれば、置きがたう見給ふ。御返りは、 紅 くれなゐ の薄様 の * 千 ち 入 しほ に色深きに書きて、上をば白き 色 し き し 紙 に * 立 たて 文 ぶみ にしてぞ 奉 たてまつ り給ふ。 ⑰「伝へ聞く流れを 汲 く むも嬉しきに逢瀬待たるる水茎の跡 ⑱身に添はぬ心の果ての 行 ゆ く末はさりともよそに見てややみなん さ * ぞな昔の 契 ちぎ りにてや」とあるを見給ふ御心地、 い * かがは。 下 * 焚 た く 煙 けぶり の果 てをいかにとのみくゆり 侘 わ び給ふに、君も御心にかかりたれど、 内 う 裏 ち わた りの暮れかかるほどは、 道 * の空もただならずうかがひきこゆれば、忍びて と思はんものの 隈 くま はあらはなるべし。人の御ためもよしなう、と思しやす らふほどに、 「里に出で給へり」と聞こゆる頃、 四 う づ き 月 の十日余り、 山 やま 時 ほととぎす 鳥 の忍び 音 ね あらはれて、 艶 えん なる夕暮れのほど、一条わたりの 古 ふる 宮の御跡へお はしたり。 【語釈】 * 御 子 も な く て ― 他 に 男 の 子 も な く て。 * お ぼ つ か な う ― 辛 島 A は「漢 籍の内容が「おぼつかな」いのではなく、見ることのできないのが、であ ろ う」と 述 べ る。 * い か で ― 辛 島 A は「下 に「尋 ね き こ え ん」な ど を 補 い 読 む」と す る。 * 案 内 す る に ― 蔵 人 弁 が 宰 相 の 君 を 通 し て、承 香 殿 女 御 の 意 向 を う か が っ た と こ ろ。 * 御 心 地 ― 誰 の「御 心 地」か。男 君 (辛 島 A) と 承 香 殿 (全 集) の 二 通 り の 考 え 方 が あ る。 * い か が は ― お 引 き 受 け致します。 *左右なく ― ためらうことなく。 *心は身にも添はずなり ゆ く ― 辛 島 A は 参 考 歌 と し て、 「吉 野 山 梢 の 花 を 見 し 日 よ り 心 は 身 に も 添 はずなりにき=吉野山の花を見たその日から、心が体から離れるように花
の こ と が 気 に な っ て 落 ち 着 か な い こ と だ」 (山 家 集 ・ 六 六) 、「帰 れ ど も 人 の 情けに慕はれて心は身にも添はずなりぬる=風邪をひいてこの山寺に帰っ て来たが、人の情けにほだされて誘われて出て行きそうだ。心が体から離 れ て い く の が 目 に 見 え る よ う だ」 (同 ・ 九 二 八) を あ げ る。 * た よ り に も あらず ― 「たよりにもあらぬ思ひのあやしきは心を人につくるなりけり= 私は自分の気持ちをあなたに送り届ける使いではないけれども、不思議な こ と に、私 は あ な た へ の 思 い を 届 け て し ま っ た こ と だ」 (古 今 集 ・ 恋 一 ・ 四 八 〇 ・ 在 原 元 方。後 撰 集〈恋 二 ・ 六 八 七〉で は 紀 貫 之 と 記 さ れ て い る) に 拠 る。 * 千 入 ― 何 度 も 布 を 染 め る こ と。 * 立 文 ― 辛 島 A は「光 源 氏 が 朝 顔 斎 院 に 文 を 贈 っ た 際、 「紫 の 文、立 文 す く よ か に」 (源 氏 物 語 ・ 少 女) し た の が、 懸想文と思われないための用意であったのと似ているが、ここはさらに、 相手が学者ばりの女であることを念頭においてのしわざであろう」と述べ る。 * さ ぞ な 昔 の 契 り に て や ― 「こ れ も み な さ ぞ な 昔 の 契 り ぞ と 思 ふ も のからあさましきかな=あなたとこのような契りを結ぶことになったのも、 前 世 か ら の 因 縁 な の だ と 思 わ れ は す る も の の、驚 き あ き れ る こ と だ」 (千 載集 ・ 恋四 ・ 八四一 ・ 和泉式部) に拠る。 *いかがは ― 下に「嬉しからざら ん」が 省 略 さ れ て い る か。 * 下 焚 く 煙 ― 「忘 れ ず よ ま た 忘 れ ず よ 瓦 屋 の 下焚く煙したむせびつつ=あなたのことは忘れない、絶対に忘れない。瓦 を 焼 く 小 屋 の 下 で 焚 く 煙 に む せ る よ う に、私 は む せ び 泣 き を し な が ら」 (後 拾 遺 集 ・ 恋 二 ・ 七 〇 七 ・ 藤 原 実 方) 、「我 が 心 か は ら む も の か 瓦 屋 の 下 焚 く 煙わきかへりつつ=私の心は変わることはない。瓦を焼くかまどの下で焚 い て い る 煙 が 激 し く 立 ち 昇 る よ う に」 (同 ・ 恋 四 ・ 八 一 八 ・ 藤 原 長 能) に 拠 る。 *道の空 ― 承香殿の部屋までの道中。 【訳文】 またその頃、承香殿として世に知られる方は、故式部卿宮の娘の女御で あった。御寵愛も並々ではなく深くて、女宮が二人いらっしゃる。女二宮 は斎院でいらっしゃる。女三宮は御手元に置き申し上げなさっている。父 親王は学才がすぐれていらっしゃった。女宮たちの他には男の御子もいな いので、この女御に非常に珍しい多くの漢籍を残らず御倉町にしまってお いて、それを差し上げなさったから、帝をはじめとして、様々の漢籍、日 記などに関して、ただこの女御にお尋ね申し上げなさるので、大将は見た いとお思いになる漢籍があって、何とかしてそれを見てみたいとお思いに なり、蔵人の弁なにがしといって、男君に近侍する人の妹は、あの女御に 宰相の君といってお仕えしている縁があった。男君が蔵人の弁に「申し上 げてくれないか」とおっしゃるので、宰相の君を通して承香殿に申し入れ ると、あれほどどのようなかすかな縁でもあればよいのに、と思い続けて い ら っ し ゃ っ た 承 香 殿 の 御 気 持 ち と し て、 「お 引 き 受 け 致 し ま す。何 々 の 本と書いてお寄越し下さい」とあったので、男君は書名を記した最後に、 「ど う な る の か と 心 配 し て お り ま し た が、こ の よ う に 御 快 諾 い た だ き、嬉 し い 限 り で す」と 申 し 上 げ な さ っ た。 「漢 籍 に つ い て は 言 う ま で も な い こ とです。特別の秘事は、あなた御自身でなければできかねます」と言って、 唐風の箱で封がしてあるのを男君が開けて御覧になると、白い薄様に、 ⑮ あなたが書き記した漢籍がなかったならば、私のあなたへの思いをお 知らせすることはできなかったでしょう。 また、 ⑯ 「ど う し た ら い い の で し ょ う か。あ な た の 御 手 紙 を 見 る だ け で も 辛 い のです。私の心は身から離れてあなたのもとに飛んで行ってしまいそ
うです。 私は自分の気持ちをあなたに送り届ける使者でもないのに、書物にかこつ けてあなたへの思いを伝えるのはふさわしいことではありません。こんな 思いを申し上げることは、我ながらあきれてしまうことですが」と書かれ た墨のつき具合や筆の流れは、当代の達人と評判の御筆跡なので、男君は 下に置きがたく御覧になる。御返事は紅の薄様で、千入に染めた色の濃い ものに書いて、上包みは白い色紙で立文にして差し上げなさる。 ⑰ 「伝 え 聞 く 代 々 の 学 問 の 流 れ を 学 ぶ の は 嬉 し い う え に、あ な た の 御 手 紙に心ひかれて逢瀬が待たれるのです。 ⑱ 心が身から離れて行くというあなたの心が最後に行き着くところは、 いくら何でもほかの人のもとだと見て終わるのでしょうか。いや、私 のもとにおさまるでしょう。 これもさだめし前世の縁によるのでしょう」と書いてあるのを御覧になる 承香殿の御気持ちは、どうして嬉しくないことがあろうか。承香殿は下焚 く煙のように密かな恋の行く末がどうなるのかと思って、心がふさいで当 惑していらっしゃるので、男君も気にかかっていらっしゃるものの、内裏 あたりの暮れかかる時は、承香殿の部屋までの道中も女房たちが気にかけ てうかがっているので、忍んでと思っている目立たない場所でも丸見えだ ろう。承香殿の御ためにも良くないと、ちゅうちょなさっているうちに、 「承 香 殿 が 里 下 り を な さ っ た」と い う こ と が 耳 に 入 っ た 頃、四 月 十 日 過 ぎ に、山時鳥の忍び音も目立つようになって、風情のある夕暮時に、一条あ たりにある古宮邸へお出かけになった。 【考察】 『恋 路 ゆ か し き 大 将』に お い て、戸 無 瀬 入 道 と 梅 津 尼 君 と の 間 に 生 ま れ た 梅 津 妹 君 (後 に 藤 壺 女 御。冒 頭 で 語 ら れ て い る 戸 無 瀬 入 道 が 盗 み 出 し た 藤 壺 女 御とは明らかに別人だが、混乱を避けるために梅津妹君と称する) の漢字の才能 に 関 し て、 「男 恥 づ か し き ま で い か め し き 御 才 学、唐 の 文 の 深 き こ と ど も い か で た ど り 知 り 給 ふ ら ん」と 恋 路 の 視 点 か ら と ら え ら れ、さ ら に、 「殿 (恋 路) は な ほ こ の 学 問 の つ い で の (梅 津 妹 君 ト ノ) 御 あ ひ し ら ひ 思 ひ さ ま しがたく思されて、しばしば夜更かし給ふを」と語られている。梅津女君 は「い ま 少 し (漢 学 ノ) 底 を 究 め 給 へ り け り」と 語 ら れ、ま た 母 梅 津 尼 君 の祖父である某博士は「世に聞こえたりけるが、男子も持たで、ただ一人 ありける女によろづを授けて、故大臣に候はせけるを、御覧じ放たざりけ る 腹 に な ん、こ の 二 人 (私 云、斎 宮 女 別 当 と 梅 津 尼 君) は 出 で き 給 へ り」 (以 上、巻 五) と あ り、梅 津 女 君 と 梅 津 妹 君 の 二 人 の 異 父 姉 妹 は 漢 学 者 の 血 筋 を 継 承 し て い る と 考 え ら れ る。ま た、 『風 に 紅 葉』の 承 香 殿 女 御 の 父 故 式 部卿宮も「才賢うすぐれ給へりける、……この女御に、世にありがたき文 どもも、さながら御倉町に取り置きて、奉り給へりけるほどに」と語られ ているように、漢学者の系統か、もしくは漢学に造詣が深いと考えられる。 このように承香殿も父親から多くの漢籍を譲られて所有しているために、 帝は「何くれの文、日記ども、ただこの女御に尋ねきこえさせ給ふ」ので ある。以上のように、梅津姉妹と承香殿とが漢籍に深い知識を持っている ことがうかがわれ、両作品の類似性を見るのである。これに関しては既に 辛 島 正 雄 (「 『い は で し の ぶ』の 影 響 作 ―― 『恋 路 ゆ か し き 大 将』と『風 に 紅 葉』 と」 『中 世 王 朝 物 語 史 論』下 巻 に 所 収 笠 間 書 院 二 〇 〇 一 ・ 9。初 出、一 九 八 六 ・ 3) によって指摘されている。
さらに、承香殿の手元には故父宮から譲られた漢籍が多くあるので、男 君は縁故を頼って、見せてほしい旨を申し入れたところ、承香殿から快諾 を得ると同時に、 「文 ど も は さ る こ と に て、異 な る 秘 事、御 み づ か ら な ら で は」と て、唐 め い たる箱の封つきたるを (男君が) 開けて見給へば、白き薄様に、 ⑮書き付くる昔の跡のなかりせば思ふ心は知らせましやは また、 ⑯「いかにせん見るに苦しき君ゆゑに心は身にも添はずなりゆく た よ り に も あ ら ず あ さ ま し う こ そ 」と 書 か れ た る 墨 つ き、筆 の 流 れ、今 の 世 の上手と聞こゆる御手なれば、…… と承香殿から二首の歌が贈られたことが語られている。傍線部の解釈は、 ○あなたの依頼を方便にして、 〝すがる恋〟にした訳でもありませんの。 (関) ○ 使 者 で も な い の に、 『文』に よ せ て あ な た に 心 を 届 け る な ん て、あ き れ た こ と ですね。 (全集) と訳されている。 「た よ り」に は「① 手 づ る。縁 故。寄 る べ。② つ い で。よ い 機 会。③ 便 宜。方 便。④ 具 合。加 減。⑤ 消 息」 (岩 波 古 語 辞 典 ・ 補 訂 版) の 意 味 が あ る が、承香殿の⑮の歌からすれば、二人を架橋したのは漢籍であり、それが 二 人 の 接 近 の 契 機 と な っ て い る。そ れ ゆ え、 「た よ り」は ① も し く は ② の 意味であり、全集の訳文のように解釈すべきで、 ◎ 私は自分の気持ちをあなたに送り届ける使いでもないのに、書物にか こつけてあなたへの思いを伝えるのはふさわしいことではありません。 こんな思いを申し上げることは、我ながらあきれてしまうことですが。 となろう。 また、⑯歌の「見る」については、宮中で承香殿が男君を一瞥した可能 性はあるとしても、実際にこの時点で男君と直接には対面したことはなく、 承香殿から男君にあてた書名記載要請の返事を承香殿は見ていたはずであ るから、⑯歌の「見るに苦しき」は「男君からの手紙を見るだけでも切な さを覚えて、心も狂いそうに感じられる」と解すべきではなかろうか。ち なみにこの個所は、関では「お逢いしたら一層まともに顔が見られないく らいに」 、全集では「あなたを見ると苦しくて」と訳されている。 一九 男主人公と承香殿女御との密会 池、山、 木 こ だ ち 立 、もの 古 ふ りて、石のたたずまひ、水の流れも、 優 いう に住みな し給へり。池のあなたの岸より 咲 * きかかれる藤の、軒近き松の梢までたな びきかかれるほど、 紫 * の雲かと見えて、言ひ知らず面白し。中門のほどな ど、鏡などのやうに 磨 みが ける心地して 、 * 悪 あ しくせばすべりぬべくぞあんめる。 空 そら 薫 だき 物 もの けぶたきまでくゆり満ちて、もてつけ 艶 えん なる 夜 よ の 景 け い き 気 なり。寝殿の 東 ひむがし 面 おもて の 母 も 屋 や の 御 み 簾 す 下 お ろ し て、御 褥 しとね 出 だ さ れ た り。色 濃 き 御 直 な ほ し 衣 に、若 楓 かえで の御 衣 ぞ 、白き 生 す ず し 絹 の 単 ひ と へ 衣 、 撫 なで 子 しこ の織物の 指 さし 貫 ぬき 、匂ひも色もこの世のもの ならず、光ことに着なし給へる御様、 内 う 裏 ち わたりなどにてさし 退 の きて見き こゆるは、なほなのめなりけり。かのことの初め伝へきこえし宰相の君ぞ あひしらひきこゆる。月ははなやかにさし出でたれど、暮れかかる空に 紛 まぎ らはして、 「あまりもの 遠 どほ うもはべるかな。 伝 * はるもことごとしう」とて、 几 き 帳押しのけ、寄り居給へる御様に、あま り * 直 ひた 面 おもて なるはつつましうて、ひ き入り給ふ御袖をひかへて、
⑲ 「忍ぶるか 雲 * のよそなる 時 ほと 鳥 とぎ 音 すね にあらはれて今は聞かばや 思 * ふてふことも、たがひに晴るけはべらん こ * そ」と聞こえ給へる御 気 け し き 色 な ど、言ふもなかなかなり。 ⑳語らはば 雲 * 居はよそになりぬとも君があたりに声や尽くさん 言ひ知らず 艶 えん なる御気色は、をかしう見きこえ給へど、 逢 * 瀬待たれし水 茎の跡、人の御ほどの、 推 お し 量 はか られしほどの近まさりにはおぼえ給はず。 人柄のらうらうじく、 優 いう にいみじくおはする 人 * の御ほどによれば、心尽く しなるべき 行 ゆ く末の な * かなかなる嘆きをも、浅からず聞こえ給ひながら、 暁まではつつましきさまにもてなして、例の 宵 よひ 過ぐるほどにぞ出で給ひぬ る。 こ * こにはまして、月頃の下 焚 た く 煙 けぶり は何ならず、時の 間 ま だに恋しくかな しく思さるるに、 心 * に入れずは見えじ、と折を過ぐさず訪れなどはし給へ ど、 こ * なたの御心ざしの十が一だにあらじとぞ見ゆる。いたう隔てじとは ほ * のめき給へど、なほ か * の 梅 むめ の立ち 枝 え には御心ひきて、思ひ寄らぬ昼間の ほどなども 紛 まぎ れ給ふ。さても 「 * 天 あま の 門 と 渡る月影」嘆き給ひし人は、心尽く しに嘆き 侘 わ び給ひながら、 参 * り給ひにけり。 上はげに御色好みにて、この女御たちをもほどにつけてはすさめずもて なさせ給ふ。まいて 承 しよ 香 きや 殿 うでん の女御は、 一 ひと 際 きは よ * しある方には思ひきこえさせ 給へれば、御参りをも心もとながらせ給へば、参り給ひぬれど、 御 * 心の中 ぞせん方なき。 【語釈】 *咲きかかれる藤の、軒近き松の梢までたなびきかかれるほど ― 辛島Aは 参 考 歌 と し て、 「夏 に こ そ 咲 き か か り け れ 藤 の 花 松 に と の み も 思 ひ け る か な=藤の花は春から夏にかけて咲くものなのだ。松に咲きかかるものだと ば か り 思 っ て い た の に」 (拾 遺 集 ・ 夏 ・ 八 三 ・ 源 重 之) を あ げ る。 * 紫 の 雲 か と 見 え て ― 辛 島 A は 参 考 歌 と し て、 「藤 の 花 宮 の 内 に は 紫 の 雲 か と の み ぞあやまたれける=同じ藤の花であっても、雲の上という宮中では、紫の 雲 と 間 違 え て し ま う こ と だ」 (拾 遺 集 ・ 雑 春 ・ 一 〇 六 八 ・ 皇 太 后 宮 権 大 夫 国 章) 、 「紫 の 雲 と ぞ 見 ゆ る 藤 の 花 い か な る 宿 の し る し な る ら ん= こ の 藤 の 花 は 紫 の雲のようにすばらしく見えるが、どのような家のめでたい前兆なのだろ う か」 (同 ・ 雑 春 ・ 一 〇 六 九 ・ 右 衛 門 督 公 任) を あ げ る。 * 悪 し く せ ば す べ り ぬ べ く ぞ あ ん め る ― 辛 島 A は「誇 張 に よ る 滑 稽」と い う。 * 伝 は る も こ と ご と し う ― 女 房 を 介 し て 人 づ て に 言 う の は お お げ さ だ。 * 直 面 ― 物 越 し で は な く、直 接 顔 を 合 わ せ る こ と。 * 雲 の よ そ な る 時 鳥 ― 辛 島 A は 「宮中から里に出て来ている承香殿をよそえる」と述べる。 *思ふてふこ と ― 「忍ぶれば苦しきものを人知れず思ふてふこと誰に語らむ=私の気持 ちを包み隠しているのは耐え難く辛いものだ。あの人に知られずに思って い る と い う こ と を い っ た い 誰 に 語 ろ う か」 (古 今 集 ・ 恋 一 ・ 五 一 九 ・ よ み 人 知 ら ず) に 拠 る。 * こ そ ― 辛 島 A は「下 に「よ か ら め」な ど を 省 略 す る」 と い う。 * 雲 居 は よ そ に な り ぬ と も ― 男 君 と の 密 会 に よ っ て、た と え 宮 中 に い ら れ な く な っ て も。 * 逢 瀬 待 た れ し ― 「し」は「ぬ」と あ る が、 文意を解することができないので、 「し」と傍記しているのを採用。 *人 の 御 ほ ど に よ れ ば ― 女 御 と い う 御 身 分 に つ り 合 っ て い る の で。 * な か な か な る 嘆 き ― か え っ て 逢 わ な け れ ば よ か っ た と い う 嘆 き。 * こ こ ― 承 香 殿 女 御。 * 心 に 入 れ ず は 見 え じ ― 男 君 は 承 香 殿 の こ と が 気 に 入 ら な い と 見 ら れ な い よ う に。 * こ な た の 御 心 ざ し の 十 が 一 だ に あ ら じ と ぞ 見 ゆ る ― 男君の承香殿に対する愛情は、承香殿の十分の一さえないと見受けられ る。ち な み に、 「十 が 一」と は「可 能 性、確 率 が き わ め て 低 い こ と。ほ と
ん ど な い こ と。ほ ん の わ ず か」 (日 本 国 語 大 辞 典) の 意 で あ り、 『水 鏡』を 文 治 ― 建 久 年 間 (一 一 八 五 ― 一 一 九 九) 頃 の 成 立 か と す る 考 え (『日 本 古 典 文 学 大 事 典』 明 治 書 院 一 九 九 八 ・ 6。海 野 泰 男 執 筆) に よ れ ば、 『風 に 紅 葉』 の先行例と考えられる。他に時期的に近接するものとして『方丈記』にも 用例がある。 *ほのめき給へど ― 「ほのめく」はちょっと立ち寄ること。 *かの梅の立ち枝 ― 太政大臣北の方のこと。 *「天の門渡る月影」 ― 梅壺 女御に関わる状況で、巻一 ・ 一七節の注「天の門渡る月影に」を参照され たい。 *参り給ひにけり ― 承香殿が宮中に。 *よしある方 ― 魅力的な方。 承香殿をそのように考える帝の根底には、承香殿の漢学の知識に対する賞 讃があるか。というのは、巻一 ・ 一八節に「帝をはじめたてまつりて、何 くれの文、日記ども、ただこの女御に尋ねきこえさせ給ふことなるに」と 語られているからである。 *御心 ― 承香殿の。 【訳文】 池、山、木立は古びていて、庭石の様子や水の流れもすばらしい状態の 中で住んでいらっしゃる。池の向こう岸から咲きかかっている藤が、軒近 くの松の梢までたなびきかかっている様子は、紫の雲のように見えて、言 いようもなく趣深い。中門のあたりなどは、鏡などのように磨いた感じが して、悪くすると足がすべってしまいそうである。空薫物の香りがあたり 一面に充満し、優美に整えられた夜の気配である。寝殿の東面の母屋の御 簾を下ろして、御褥が差し出された。色の濃い御直衣に、若楓の御衣、白 い生絹の単衣、撫子の織物の指貫は、香りも色もこの世のものではなく、 ことさら光り輝くように着こなしていらっしゃる男君の御様子からすれば、 宮中あたりなどで遠くから拝見する御姿は、やはり普通なのであった。あ の初めに取り次ぎ申し上げた宰相の君が応待申し上げる。月は美しく現れ た が、暮 れ 始 め る 空 の 暗 さ に 紛 ら わ し て、 「余 り に も 他 人 行 儀 な お 扱 い で すね。人を介してお話しするのも仰々しいことだから」と几帳を押しのけ、 寄り添いなさる御様子に、承香殿はむやみに面と向かうのは気がひけて、 奥に入ろうとなさる御袖を男君は押さえて、 ⑲ 「包 み 隠 し て い ら っ し ゃ る の で し ょ う か。宮 中 か ら 退 出 な さ っ た あ な たの気持ちを今は声に出してはっきりと聞きたいのです。 思っているという心の中も、互いに晴らしましょう」と申し上げなさる御 様子などは、言いようもないほどである。 ⑳ あなたと親しく語り合って、たとえ宮中に居られなくなったとしても、 あなたの御側でありったけの声を出していたいものです。 言いようもないほど優美な承香殿の御様子は、魅力的だと拝見なさるけ れど、逢瀬が待たれた筆跡や、女御という御身分によって想像されたほど の近まさりにはお思いにならない。人柄が洗練され、優美ですばらしくて 女御という御身分につり合っているので、男君はこれから先、物思いの限 りを尽くすに違いなく、逢ったがためにかえって嘆かねばならないことを、 浅からず申し上げなさりつつ、暁までは遠慮されるといった風に振る舞っ て、いつものように宵を過ぎる頃にお帰りになった。承香殿の方では、ま してここ数か月心底で恋の炎を燃やし続けてきた辛さはとるに足りないこ とで、少しの間でさえ男君のことを恋しく切ないとお思いなので、男君は 承香殿のことが気に入らないとは見られないように、と機会を逃さずに訪 れなどはなさるものの、承香殿の愛情から比べると十分の一さえもないよ うに見える。男君はひどく間をあけまいと少しはお立ち寄りになるけれど も、やはりあの「梅の立ち枝」である太政大臣の北の方には御心がひかれ
て、思いも寄らない昼間の時などにもこっそりお出でになる。ところで、 「天 の 門 渡 る 月 影」と お 嘆 き に な っ て い た 梅 壺 女 御 は、物 思 い に 嘆 き 悩 み なさりながら、宮中にお戻りになった。 帝は本当に御色好みで、この女御たちをも身分に応じて嫌うこともなく お扱いになる。まして承香殿女御は、魅力的な人とお思い申し上げなさっ ており、御参内を待ち遠しくしていらっしゃるので、参内はなさったが、 御心中では男君のことを思ってどうしようもない御気持ちである。 【考察】 男君は里下がりをしている承香殿女御と彼女の実家で密会する。男君は ⑲「 忍 ぶ る か 雲 の よ そ な る 時 鳥 音 に あ ら は れ て 今 は 聞 か ば や 」の 歌 を 承 香 殿に贈るわけだが、傍線部は男君が宮中から退出した承香殿の気持ちをは っ き り と 聞 き た い と い う 意 で あ り、 「時 鳥」は 承 香 殿 を 比 喩 し て い る。ち な み に、 『和 泉 式 部 日 記』冒 頭 部 で 帥 宮 敦 道 親 王 が「女」 (和 泉 式 部 か) に 橘の花を贈った直後の件は、 (女 ハ) こ と ば に て 聞 こ え さ せ む も か た は ら い た く て、何 か は、 (帥 宮 ハ) あ だ あだしくもまだ聞こえ給はぬを、はかなきことをもと思ひて、 薫 る 香 に よ そ ふ る よ り は 時 鳥 聞 か ば や 同 じ 声 や し た る と (橘 の 香 り に 亡 き 兄 宮 を か こ つ け た り な さ る よ り、あ な た の 御 声 を 直 接 お 聞 き し た い。兄 宮 と 同 じ 御声かどうか) と 語 ら れ て い る わ け だ が、 「時 鳥」は 帥 宮 を 比 喩 し、傍 線 部 は あ な た の 声 を 直 接 聞 き た い の だ、亡 く な っ た 兄 宮 (為 尊 親 王) と 同 じ 声 で あ る の か ど うかという意味であり、ともに「時鳥」には詠歌の対象者たる相手が比喩 さ れ て い て、相 手 の 気 持 ち (声) が 聞 き た い と 希 求 し て い る の で あ り、歌 の構造が極めて類似しているのと同時に、恋の初期段階の歌である点から 判 断 す る と、 『風 に 紅 葉』の こ の 個 所 は『和 泉 式 部 日 記』冒 頭 部 分 か ら 何 らかの影響を蒙っていると考えられるのではなかろうか。 二〇 男主人公の一品宮に対する愛情 大将はとかく 珍 * しき 隈 くま 々 ぐま につけて、 か * つ見る人の御さまにまさるはなく、 契 ちぎ り深くあはれにのみ思ひきこえ給へれば、何事もうちとけ語らひきこえ 給ふにも、言ふかひあり、をかしかりぬべき 節 ふし も思し入るべきことはあさ はかならねど、 御 * 身のほどのいつかしさをばうち置きて、ただ こ * の御心に 限りなく従はん、と思したるも、いかがあはれならざらむ。待たれぬほど に出で来給へりし姫君の、今より限りなく 生 お ひ出で給はんままに い * みじか るべき御さまをかつ見るからにも、なほ う * ち置かずもて扱ひきこえ給へる、 いみじきことわりなり。 【語釈】 * 珍 し き 隈 々 ― す ば ら し い 女 性 た ち。 * か つ 見 る 人 ― 「陸 奥 の 安 あ さ か 積 の 沼 の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ=陸奥国の安積の沼に花かつみが 美しく咲くようになった。そのような美しい人に私はちょっと逢うのだが、 そ の 彼 女 を い つ ま で も 恋 い 続 け る の だ ろ う か」 (古 今 集 ・ 恋 四 ・ 六 七 七 ・ よ み 人 知 ら ず) に 拠 る。 「か つ 見 る 人」と は 一 品 宮 の こ と。 * 御 身 の ほ ど の いつかしさ ― 皇女という立派な御身分。 *この御心 ― 男君の御心。 *い みじかるべき御さま ― 姫君の将来におけるすばらしい御様子。具体的には 入 内 し て 中 宮 に ま で 昇 り つ め る こ と。 * う ち 置 か ず も て 扱 ひ き こ え 給 へ
る ― 男 君 が 一 品 宮 を 大 切 に 扱 う (辛 島 A ・ 全 集) と も、男 君 が 姫 君 を 大 切 に扱う (関) とも、両方の解釈が可能である。 【訳文】 大将はあれやこれやとすばらしい女性たちと関わるにつけても、一品宮 の御様子にまさる人はなく、宿縁が深く、ただいとしいとお思い申し上げ なさるので、何事も隔てなくお話し申し上げなさるが、一品宮は話しがい があり、趣のある折に深くお思いになることは思慮深い御様子であるけれ ども、御自身の高貴な御身分はさし置いて、ただ男君の御心にすべて従お うとお思いなのも、どうしていとしくないことがあろうか。間もなくお生 まれになった姫君が、今からこの上なくすばらしくおなりになるのに違い ない御様子をまた見るにつけても、やはり男君は姫君を見捨てずにお世話 申し上げなさるのも、まことにもっともなことであった。 二一 男主人公の憧れの的 ― 叔母、弘徽殿中宮 こ * の御さまをも中宮の常にも見きこえ給はず、うとうとしきを、大将は、 などかくはおはしますぞ。 心 * つけ顔に上の思し疑ふなるぞをかしき。思ひ 寄 る ほ ど の こ と か は。七、八 ば か り に て * 童 わらは 殿 上 し て 参 り 給 へ り け る 折、 つ * く づ く と 目 離 か れ な く ま も り き こ え 給 へ り け る を、上 の 御 覧 じ て、 「 心 * の つかんままに、 誰 た がためもよしなし」とて、御入り立ちは 放 はな たれ給ひにけ り。そ の 後 は、御 衣 ぞ の 裾 すそ よ り ほ か に 見 き こ え 給 は ず。 「幼 く て は、 容 か た ち 貌 わ ろき女の 側 そば をば通らじとさへす る * 曲 くせ 者にて、 あ * りし人の御ほどのめでたか りしとはほのかにおぼゆれど、いかなりし御 面 おも 影 かげ とだにおぼえきこえぬこ と。御 方 かた 々 がた の 参 ま う 上 のぼ り給へる夜も、 半 * ばにはこなたへなるとかや人の言ふ な る は、ま こ と か。春 宮 の 宣 せん 耀 えう 殿 でん の 御 仲 は ま た け * し か ら ぬ ほ ど な り。 御 * 容 か た ち 貌 はいづれかすぐれたる」と、いづ方もおぼつかなからず参る、この宮 の 按 あ ぜ ち 察 使 の 乳 め の と 母 に 問 ひ 給 へ ば、笑 ひ て、 「上 は、な べ て 珍 し き 人 な ど を ば ときめかさせ給ひて、その上限りなき御 気 け し き 色 こそ映え映えしうはべるに、 春宮の御仲らひは 念 * なくおはします。よろづはさることにて、后宮の若う おはしますことは、 こ * の御前、春宮などの御母后とは、すべて思ひ寄らぬ ことになん」と聞こゆれば、 女 * 御をだにかかる 類 たぐひ のまた世にあらば、と見 きこゆる 度 たび には案ぜらるるを、げに我が心の中は知りがたし、とは思ふも のから、 い * かなれば、とゆかしからずしもなし。 御 * 年はまた、 承 しよ 香 きや 殿 うでん はな ほ御 兄 このかみ なりかし、と思し出づる 例 ためし もありけり。 【語釈】 * こ の 御 さ ま ― 娘 の 一 品 宮 の 御 様 子。 * 心 つ け 顔 に 上 の 思 し 疑 ふ な る ぞ ― 男 君 が 中 宮 に 執 心 し て い る よ う に 帝 が お 疑 い に な る こ と。 * 童 殿 上 ― 貴族の子弟が、内裏の作法を見習うために、昇殿を許されて殿上に奉仕す ること。 *つくづくと ― 男君が中宮を。 *心のつかんままに ― 男君が成 長して男女の情を理解するようになると。 *曲者 ― 変わり者。 *ありし 人 ― 中 宮。 * 半 ば に は こ な た へ な る と か や ― 夜 半 に は 帝 が 中 宮 の も と に お 渡 り に な る と か の 話。 * け し か ら ぬ ほ ど な り ― 異 常 な ほ ど の 寵 愛 で あ る。 * 御 容 貌 は い づ れ か す ぐ れ た る ― 御 容 貌 に 関 し て は、中 宮 と 宣 耀 殿 女 御 の ど ち ら が 美 し い の か。 * 念 な く ― 春 宮 は 宣 耀 殿 一 辺 倒 で、面 白 味 がなく残念だ。 *この御前 ― 一品宮。 *女御をだにかかる類のまた世に あらば、と見きこゆる度には案ぜらるるを、げに我が心の中は知りがたし ― せめて宣耀殿ほどの美人がいたならばと、宣耀殿に会う度に思われるの
に。そうなれば、私の心は宣耀殿のような美人に心が傾き、中宮一辺倒と いうことは起こるはずはない。私は一品宮のことを思いながらも、中宮の ことを気にかけているのだから、我ながらよくわからないという意か。辛 島 A は「あ ら ば」の 下 に「 「い か に せ ま し」な ど を 補 い 読 む」と す る。さ ら に、 「案 ぜ ら る る を」に 関 し て、辛 島 A は「そ の 宣 耀 殿 以 上 の 美 人 だ と いう中宮のような人がいたら、どうだろう」と解する。また「げに我が心 の中は知りがたし」に関して、辛島Aは「自分には愛する一品の宮がいる の に、ま た 別 の 女 の こ と を 考 え る と は」と 解 す る。 * い か な れ ば ― 辛 島 A は「ど う し て そ の よ う に 中 宮 は 若 く 美 し い の だ ろ う、の 意 か」と す る。 * 御 年 は ま た 、 承 香 殿 は な ほ 御 兄 な り か し ― 辛 島 A は 「 光 源 氏 が 藤 壺 よ り 年 長の六条御息所と恋愛関係にあったことなどが意識されていよう」という。 【訳文】 この一品宮の御様子をも中宮はいつも拝見なさらず、疎遠なのを、大将 はどうしてこのようでいらっしゃるのだろう。自分と中宮との関係を帝が 疑っていらっしゃるのは滑稽だ。考え及ぶような間柄だろうか。男君が七、 八歳位で童殿上して参内なさった折、男君が目を離すことなく中宮をじっ と お 見 つ め 申 し 上 げ た の を、帝 が 御 覧 に な っ て、 「男 君 が 成 長 し て 男 女 の 情を解するようになると、誰にとっても良くない」とおっしゃって、御出 入りを禁止なさった。その後、男君は中宮の御衣の裾以外は拝見なさって い な い。 「私 は 幼 い 頃 は、容 貌 の 良 く な い 女 の 側 を 通 る ま い と す る よ う な 変わり者で、かつて見た中宮はすばらしかったということはかすかに覚え ているけれども、どのような御面影であったかさえ覚え申し上げていない ことだ。お后たちが清涼殿の夜の大殿に参上していらっしゃる夜でも、夜 半には帝が中宮のもとにお渡りになるとかと人が申しているようだが、そ れは本当か。春宮と宣耀殿女御との御仲の睦まじさはまた常軌を逸してい らっしゃる。中宮と宣耀殿とでは御容貌はどちらがまさっているのか」と、 どちらへも親しくうかがっている一品宮付きの按察使の乳母にお尋ねにな る と、笑 っ て、 「帝 は 総 じ て す ば ら し い 女 性 を 寵 愛 な さ っ て、さ ら に 中 宮 に対するこの上ない御寵愛があるからこそ見映えがしますが、春宮と宣耀 殿との御仲は余りにも睦まじ過ぎて残念です。中宮がすべての面ですばら しいのは当然ですが、中宮が若くていらっしゃることは、一品宮や春宮な どの御母后であるとはまったく思いも寄らないことです」と申し上げると、 せめて宣耀殿ほどの美人がこの世にいらっしゃったら、と拝見するたびに 思われるのに、そうであるならば、私は宣耀殿のような美人に心が傾いて、 中宮一辺倒ということにはなり得ないのに。本当に我が心の中ときたら、 自分でもよくわからないとは思うものの、どういうわけでこれほどまでに 中宮のことが気にかかるのか、と中宮を見てみたいと思う気持ちもある。 御年はまた、承香殿女御は中宮よりも年上であったのだ、と思い出される 例もあったのだ。 二二 宣耀殿女御、再度懐妊後、重態 宣耀殿、冬頃よりまた 同 * じさまなる御心地にて、 年 * も返りぬる夏頃より、 いかなるにか御心地を苦しうせさせ給ひて、日に添へて弱らせ給へば、誰 も思し嘆きて、七月ついたち頃よりは、 出 * だしたてまつらせ給ひて、御祈 りひまもなし。春宮はまいて、出でさせ給ひし日より、同じさまに 臥 ふ し沈 ませ給へれば、上、后宮も思し嘆くこと限りなし。
【語釈】 *同じさま ― 二度目の懐妊。 *年も返りぬる ― 男君、十七歳。 *出だし たてまつらせ ― 宣耀殿女御を実家に退出させる。 【訳文】 宣耀殿女御は、冬頃からまた同じように懐妊の御様子で、翌年の夏頃か ら、どうしたのか御気分が悪くおなりになって、日毎に弱りなさるので、 誰もが思い嘆かれて、七月上旬頃からは、実家に退出させ申し上げなさっ て、御祈りは絶え間がない。春宮はそれ以上に、宣耀殿が退出なさった日 から、同じように嘆き沈んでいらっしゃるので、帝と中宮も思い嘆きなさ ることはこの上ない。 二三 男主人公、聖を招請するために、難波へ下向 唐 もろこし 土 より渡りたる 聖 ひじり の、 相 * を賢くして 験 げん あるが、このほど、 難 な む ば 波 の海の 方、 天 て ん わ う じ 王寺 、住吉などに行ひ 歩 あり くよし、大将に聞こゆる人あるに、さらで だに さ * やうの方進む御心はいと嬉しく思して、 「かかることをなん 承 うけたまは る。 『 並 * 々 な ら ん 御 使 ひ な ど に は 参 り は べ ら で や』と 申 し は べ り。我 行 ゆ き て 尋 ねはべらん」と 、 * 大 おとど 臣 に申し給ふに、都離れたらん御 歩 あり きをおぼつかなか りぬべく、しぶしぶに思したれど、御供の人、これかれなど定め給ふ。 御 * 傳 めのと の民部卿、その子供、さらでもむつましき殿上人二、三人にて、八月二 十日余りの有明の月とともに、御舟に召す 。 * 鳥 と 羽 ば 田 た の 面 おも 、 淀 よど の渡り、 長 な が ら 柄 の橋の古き跡、 今 * 津、 柱 はし 本 らもと ほどなく過ぎて 、 * 渡 わた 辺 のべ や大江の岸に着きぬれば、 雲 居 に 見 ゆ る 生 い こ ま や ま 駒 山 な ど、な ら は ず 珍 し う 思 す。い ま だ 明 か き ほ ど に、 難 なには 波 の 寺 に 参 り 着 き 給 へ り。 東 * 門 中 心 の 思 ひ な し と い ひ、 心 * の 塵 を す す ぐらん亀井の水をむすびあげても、ものごとに御心澄みつつ、かの 聖 ひじり 尋ね さ せ 給 へ ば、住 吉 に 侍 る よ し 申 せ ば、次 の 日 ぞ 御 馬 むま に て 渡 り 給 ふ。 薄 すすき 、 刈 かる 萱 かや など秋の草どもも、都よりはほのかにあはれげにて、道すがら心細し。 阿 あ 倍 べ 野 の の * 王 わう 子 じ などいふ渡りすぎて参り着き給へれば 、 * 朱 あけ の玉垣神さびて、 さこそ は * 現 げん 兆 てう なるらめ、とまことに 信 * も起こりぬべし。 海 うみ 面 づら に 形 かた のごとく なる 庵 いほり 、薄、刈萱などを か * ことに結びてぞありける。 【語釈】 * 相 を 賢 く し て ― 「相」は 人 相 見 の こ と で あ り、観 相 法 の こ と で あ る。 * さ や う の 方 進 む 御 心 ― 男 君 が 仏 道 の 方 面 に 興 味 を 示 し て い る こ と。 *『並々ならん御使ひなどには参りはべらでや』 ― 辛島Aは「 『いはでしの ぶ』巻二に見える、一品の宮難産の折、葛城の聖招請に「なべての御使は かなはじ」と判断した白河院が大将(もと二位中将)を迎えに立てる設定 が、影を落としていよう」と指摘している。ちなみに、この時の男君の官 職 も 大 将 で あ り、も と は 二 位 中 将 で あ っ た。 * 大 臣 ― 男 君 の 父、関 白 左 大 臣。 * 御 傳 ― 男 君 の 養 育 係。 * 鳥 羽 田 の 面、淀 の 渡 り、長 柄 の 橋 ― 「鳥羽田」 「淀」は山城国。 「長柄」は摂津国。 *今津、柱本 ― ともに摂津 国。 * 渡 辺 や 大 江 の 岸 ― 「渡 辺 や 大 江 の 岸 に 宿 り し て 雲 居 に 見 ゆ る 生 駒 山かな=渡辺や大江の岸に泊って眺めると、雲の彼方に生駒山が見えるこ と だ」 (後 拾 遺 集 ・ 羇 旅 ・ 五 一 三 ・ 良 りよう 暹 ぜん 法 師) に 拠 る。 「渡 辺」 「大 江」は 摂 津 国。 「生 駒 山」は 河 内 国。 * 難 波 の 寺 ― 天 王 寺。 * 東 門 中 心 ― 底 本「と う行中心」 。「行」は「門」の誤写か。辛島Aは「天王寺の西門は極楽の東 門に当たると信じられていた」という。なお、植木朝子「四天王寺西門信 仰 と 今 様 ― 『梁 塵 秘 抄』一 七 六 番 歌 を め ぐ っ て ― 」 (「日 本 歌 謡 研 究」 四 十 *