原著論文
中堅看護師の看護実践における質的な転換
──看護師 10 年目の A さんの経験の語りから──田 畑 愛 実・前 川 幸 子
Qualitative Transformation of a MidCareer Nurse during Nursing Practice:
From the Story of Ms. A’s Nursing Experience of 10 Years
TABATA Aimi and MAEKAWA Yukiko
Abstract:
Objects: To describe the qualitative transformation of a midcareer nurse during nursing practice through the
experience of Ms. A.
Methods: Seven interviewseach lasting about half an hourwere conducted with a 30year old female(Ms.
A), who has worked as a nurse for 10 years. Qualitative and descriptive analyses were conducted using the lifestory approach.
Results: There were 35 themes detected that expressed changes in Ms. A’s way of thinking and values cen
tred on nursing practice. The period of change in Ms. A’s nursing practice was divided into the following four periods: StageⅠ:〈Confronting the self by examining her past failures in performing appropriate nursing practice〉, StageⅡ:〈Understanding the essence of nursing by teaching other nurses or learning from them〉, StageⅢ:〈Importance of partnercentred practice〉, StageⅣ:〈Trying to seek the basics of nursing again through nursing practice〉.
Conclusion: Through her experiences with issues that arose while practicing nursing, Ms. A experienced a
qualitative shift that enabled her to focus on the other person. Further, her nursing perspective changed from an individualoriented one to an organizational view.
Key Words: midcareer nurse, nursing practice, qualitative transformation, lifestory approach
抄録: 目的:中堅看護師の看護実践における質的な転換について,A さんの経験を通して明らかにする。 方法:10 年目の女性看護師(30 歳代)1 名に約 90 分×7 回のインタビューを行い,ライフストー リー・アプローチを用いて質的記述的に分析した。 結果:A さんの看護実践の経験からは,看護実践を中心とした考え方や価値観などの変容を表す テーマが 35 導かれた。そして,A さんの看護実践が変容を遂げていた時期は次の 4 つに区分され た。Ⅰ期:〈看護実践の振り返りによるできない自分との対峙〉,Ⅱ期:〈教え−教えられることでみ えてきた看護〉,Ⅲ期:〈相手を主体にした実践の重要性〉,Ⅳ期:〈再び看護の本質を問う手探りの実 践〉である。 結論:A さんは,看護実践の場において生じる課題と向き合わざるを得ない状況に対応していく中 で,看護の視点が個人から組織的な観点へと拡大し,常に相手を主体とした実践を目指すようになる という質的な転換を経験していた。 キーワード:中堅看護師,看護実践,質的な転換,ライフストーリー・アプローチ 1
Ⅰ.緒 言 中堅看護師は,就業看護師数全体の半数近く を占めており,経験と継続教育によって習得し た知識や技術に基づいて,自律した看護を提供 しながら,病棟運営をはじめとする組織的な役 割を担っている。その為,看護の質を左右する 病院組織の中核的存在として期待されている (日本看護協会,2012)。一方で,役割の拡大に よる負担が増大しやすく,臨床実践能力の停滞 や看護師としての行き詰まりを自覚しやすいと もいわれている(関,2015)。中には,看護実 践上で直面する課題や困難に遭遇しながらも, 自分の看護実践を振り返り,以前とは異なる考 え方を持てるようになることで看護実践の広が りを自覚する形で変容する中堅看護師もいる (関,2015)。 中堅看護師の看護実践の質的な変化に焦点を あてた研究には,解釈学的アプローチを用い て,看護師経験 15∼36 年の看護師の力になっ た看護実践経験を明らかにしたもの(Fackler, Chambers, & Bourbonniere, 2015),配置転換や 患者の死,精神科看護といった特定の体験に焦 点 を あ て た も の(前 田,三 木,2011;中 村, 2010;西 田,志 自 岐,習 田,2011;山 本,高 島,2015)等がある。しかし,中堅看護師に至 るまでの人生経験の中で,どのように自身の看 護実践を深めていくのかはまだ明らかにされて いない。さらに,中堅看護師は自律した看護が 行える特徴を持つ為,看護師個々の中で生じる 変容は看護実践としては表れにくい。そこで, 教育学分野における「質的な転換」の概念を手 掛かりとして看護実践上の経験を捉えること で,中堅看護師の看護実践の深化の実態を見出 せると考えた。山 (2012),油布(2010)に よると「質的な転換」とは,それまでの基本的 な考えや用いる技術等を変えながら,自己や過 去の経験を捉え直し,再定義,再構築していく ことと捉えられている。よって本研究では,中 堅看護師の看護実践における質的な転換につい て,A さんの経験を通して明らかにする。本 研究の意義は,中堅看護師の成長に必要な支援 を明らかにすることができ,看護の質を維持・ 向上できる人材を育成する上での教育的示唆が 得られることである。 Ⅱ.研 究 方 法 1.研究デザイン ライフストーリー・アプローチを用いた質的 記述的研究 2.用語の定義 中堅看護師:臨床経験 5∼10 年目で役職をもた ない看護師 質的な転換:看護実践における経験の中で,そ れまでの基本的な考えや用いる技術等を変えな がら,自己や過去の経験を捉え直し,再定義, 再構築していくこと(山 ,2012;油布,2010 を参考)。 経験:現実に起こった出来事を反省的にとら え,価値判断や思いが加わって意味づけられた もの。 3.研究参加者 看護師 10 年目の 30 歳代女性 A さん。参加 者の選定は,看護管理学を専門とし病院の実情 に詳しい看護大学の教授から,日本医療機能評 価機構の認定を受けている施設のうち,研究趣 旨に合った A 病院の推薦を受けた。A 病院の 看護部長に研究依頼をして同意が得られた為, 本研究に関心のある人として A さんの紹介を 受けた。 4.データ収集期間 2017 年 6 月∼11 月 5.データ収集方法 ライフストーリー・インタビューを行い,看 護師を志してから現在に至るまでの経緯や,印 象に残っている出来事などを自由に語ってもら った。インタビュー内容は,了承を得て IC レ コーダーに録音した。 6.データ分析方法 1)録音した音声データを基に作成した逐語 録を繰り返し読み,語りの全体を把握しストー リーを見出した。2)1)のストーリー毎に,体 験の内容とその時点での捉え方を把握し,概要 2 甲南女子大学研究紀要Ⅱ 第 15 号(2021 年 3 月)
を時系列に図示して整理した。3)2)の図で, その人の看護実践における考え方,価値観など が変容している時期に起こった出来事との相互 の関係性をみた。4)看護実践を中心とした考 え方や価値観などの変容を,時期や出来事を含 め可能な限り参加者の表現を忠実かつ丁寧に記 述し,それぞれの内容を表す《テーマ》をつけ た。5)参加者の看護実践が変容している時期 ごとに〈タイトル〉をつけ,看護師経験年数を 併せて表記した。6)上記を基に考察で質的な 転換を明らかにした。7)1)∼6)の過程では, 研究の確実性を確保する為に,質的研究の有識 者によるスーパーバイズおよびメンバー・チェ ックを受けた。 7.倫理的配慮 本研究は,所属機関の研究倫理委員会の承認 を得て実施した(承認番号 2016033)。参加者 には,研究参加が自由意思であり参加の諾否を 口外しないこと,看護実践を評価するものでは ないこと,研究成果の公表の際も匿名性を守る ことについて説明し同意を得た。 Ⅲ.結 果 1.研究参加者の背景 A さんへのインタビューは約 90 分×7 回実 施した。A さんは,小学生の頃の入院をきっ かけに看護師を志し,看護専門学校を卒業後, 看護師として病院に就職した。A さんは,4 ヶ 月間他部署を体験的に回る臨床研修コースを選 択した為,同年 8 月から病棟勤務が開始となっ た。そして,2 年目からはリーダー役割,4 年 目以降はプリセプターをはじめとした病棟の教 育を担い,9 年目に初めての異動を経験し 10 年目に至る。 2.A さんの質的な転換の経験 A さんの看護実践を中心とした考え方や価 値観などの変容を表す 35 の《テーマ》が導か れ,看護実践が変容している時期は 4 つの〈タ イトル〉に区分された。以下に,〈タイトル〉 の概要を《テーマ》を用いて述べた後,中心と なる《テーマ》についての語りの一部と解釈を 述べる。なお,A さんの語りはゴシック体で 示し,( )=補足とする。 1)〈看護実践の振り返りによるできない自分と の対峙〉Ⅰ期(1 年目)の概要 A さんは,4 ヵ月遅れの病棟勤務で《同期か ら遅れた仕事のスタート》をネガティブな経験 と捉えていた。A さんは《思うように仕事が できない自分への焦り》や,《先輩看護師無し では仕事ができないプレッシャー》を感じてい た。その為,A さんが重視していた《守りた い患者との唯一のコミュニケーション》でさえ も揺らぎ始め,《患者との信頼関係の揺らぎに よる看護師としての危機》を実感するに及ん だ。さらに《今後の決断を迫る師長からの追い 打ち》によって,先輩の指導をもとに自身の実 践を振り返り《どん底で向き合ったできない自 分》と対峙し,看護実践における課題を克服し ていくという《スイッチの切り替えによるどん 底からの脱出》という質的な転換をしていっ た。 (1)《患者との信頼関係の揺らぎによる看護師 としての危機》 A さんは,看護学生の頃から「信頼関係っ て絶対成り立たないと」と語り,看護において 患者との信頼関係を築くことに価値を置いてい た。しかし,看護が自立する目安の時期を迎え ても失敗が多く,先輩看護師(以下先輩)の助 け無しでは患者を受け持てない状態だった。ま た,仕事ができるようになっていく同期の存在 により,遅れていく自分を幾度となく自覚し, 日々焦りやプレッシャーを感じながら仕事をし ていた。A さんは,患者との良好な関係性が 築けなくなっていったときの心境を次のように 語った。 A「やっぱり自分の気持ちが,どんどんどんど ん下がっていきながら仕事してると失敗も増 えるし,患者さんとのコミュニケーションが やっぱり上手くいってないなって(思うこと が)あったりしたときに,あ,なんかこのま まじゃもう仕事続けられないなって」 A さんは失敗による焦りから,どんどんネ ガティブな気持ちになりながら仕事をしてい た。それを患者が感じ取ることで,唯一大事に したい丁寧なコミュニケーションも上手くいか な く な っ た。A さ ん が 繰 り 返 す「や っ ぱ り」 という言葉は,失敗が増え患者との関係が上手 田畑愛実 他:中堅看護師の看護実践における質的な転換 3
くいっていないという事実から,このままでは 仕事が続けられないことを認めざるを得ない状 況だったことを物語っている。A さんは,そ の辛さを感じながら仕事をすることで,患者に も悪影響を及ぼしている自身の現状に対し,こ のままでは仕事も継続できないという思いに至 るまで追い込まれていった。 (2)《どん底で向き合ったできない自分》 12 月に入ってさらに追い打ちをかけるよう に,上司から「このままだと看護師として続け られないんじゃない?」と言われたときの心境 を,A さんは次のように語った。 A「もうどんどんどんどん仕事ができなくて, モチべーションが下がっていって,で余計仕 事ができなくなるじゃないですか。その,も うどんどんどんどんどん底に」 この頃の A さんは,新人が自立する目安の 時期を迎えてもまだ失敗が多く,同期のように 先輩のフォロー無しで患者を受け持てない状態 だった。語りの中で「どんどん」という言葉が 繰り返されていることから,A さんが日々焦 りやプレッシャーを感じながら働くことで仕事 に対するモチベーションが下がり,余計に仕事 が上手くいかなくなっていった。それはもはや 自分では歯止めが利かない状況であったといえ る。さらに上司からは,看護師としての継続を 検討するよう求められ,A さんは益々追い詰 められていった。この「どん底」から抜け出す ために,A さんは次のように語った。 A「日々の仕事とか,もう勉強で必死すぎて。 でも自分が上手くできなかった事とか失敗し た事を振り返らないと,分からないままする からまた失敗するじゃないですか。その根本 的なところだなって(中略)仕事をやっぱり 続けていくんであれば,ある程度できない自 分だったりとか,まだまだ仕事が追いついて ない自分だったりを認めて,もう一個ずつで きるようになるしかないなって」 看護において患者との信頼関係に最も価値を 置いていた A さんは,その関係が崩れたまま でいる状況から何とか抜け出したいという思い から,看護師として仕事を続ける決意をした。 そして,A さんが,患者から信頼される看護 師になっていくには,今の自分に向き合ってい くしか方法がなかった。それは,A さんがど んなに必死に勉強しても,失敗したことを振り 返らない為にまた失敗を繰り返すことに気づい たからである。その振り返りがないために,患 者との信頼関係も築けないという悪循環が見え 始め,自分の看護の価値観が揺らぐ経験をして いた。A さんはそのことで,自分と対峙せざ るを得ない状況に置かれ,辛い気持ちや失敗す ることで落ち込む等の自分の感情に囚われてい たことを自覚した。それにより,失敗した原因 と向き合えるようになり,これまで認めたくな かった「できない自分」を認めるようになっ た。 A さんの振り返りを促進したのは,これま で「できない自分」を支えてくれた先輩の存在 だった。A さんが何度失敗を繰り返しても先 輩は丁寧に指導したり,落ち込んでいる時には 声を掛けるなど,「すごい気にかけて」見守っ てくれていた。A さんが自分の実践を振り返 り自己対峙ができたのは,苦痛を伴う自分の失 敗の振り返りを続けた A さん自身の努力と, その A さんの様子を常に見守りながら,失敗 の振り返りを指導する先輩の関わりによるもの であった。 (3)《スイッチの切り替えによるどん底からの 脱出》 看護師として仕事を続けることを決意した A さんは,「どん底にいくところのスイッチを 切り替えてできるようになって」いったことを 語った。この「スイッチの切り替え」とは,A さんの看護実践が際限なく悪い方向にいかない よう,失敗を契機に自分を振り返り,患者中心 の看護ができるようになっていくことを意味す る。A さんに対する先輩の期待に応えるには 「自分の行動を変容するしかない」と,自身の 課題を克服していく為に,先輩の力を借りなが ら看護実践ができるようになっていった。例え ば A さんは,これまで仕事でミスをしても, 自身の感情に固執して落ち込むだけで終わって いたが,「万が一気をつけててミスをしたとし ても,先輩から指導をもらったのをしっかり振 り返って」,今度は「毎回一個一個細かいとこ でも失敗したら振り返る」ことで,次第に仕事 でのミスも減っていった。このように A さん は,先輩の指導をもとに自身の実践を振り返る ことで,できない自分を認め,看護実践におけ 4 甲南女子大学研究紀要Ⅱ 第 15 号(2021 年 3 月)
る課題を克服していくという質的な転換をして いった。 2)〈教え−教えられることでみえてきた看護〉 Ⅱ期(2∼5 年目)の概要 これまで教えられることが中心だった A さ んは,2 年目の終盤から教える役割を担うよう になった。A さんは《後輩の教育を通してみ えてきた患者の見方と看護実践》において,患 者の現状を的確に把握していく先輩の実践や後 輩看護師(以下後輩)に看護を教える実践を通 して患者の見方が転換していき,自身の看護実 践の変容を自覚した。さらに,《先輩からの教 えを活かした後輩への関わり》によって,過去 の経験の意味が転換した。 (1)《後輩の教育を通してみえてきた患者の見 方と看護実践》 A さんは,後輩への教育実践の中で,断片 的にしか患者を把握できていない後輩によって 過去の自分を振り返り語った。 A「(1, 2 年目の頃は)どこかで(患者に関す る)自分の情報がポンって切れてるから,そ れこそ(患者の状態を報告するときに)先輩 とかに深く聞かれるんですよね。(中略)患 者さんの全体像を最後までちゃんと把握でき てないから,途中途中でプッツンプッツン切 れてるから,こうちゃんとみれてなくて,結 局確認,確認,確認って感じになってた」 A さんは,患者の見方が断片的な後輩を教 えることで,過去の自分を想起した。そして, 新人の指導を通して,いつの間にか患者を全体 的に捉える見方ができるようになっていたこと に気づいた。このような患者の見方の変容によ り,A さ ん の 看 護 実 践 が 変 容 し た。例 え ば, 術後患者の看護の場合,これまでの A さんは 「術後何病日目だから ADL はこれぐらい」と いう定型的な見方であった。そこから看護実践 が変容したのだった。 A「(術後)ADL 拡大してるけど,痛みどうだ ろう?とか,鎮痛剤どんな感じやろう?と か,なんか他に支障出てないかな?とかそう いうところまでカチッと合わせられるように なった」 A さんの患者の見方は,変容前後ともに今 の患者の状況をみていた。変容前は,今の患者 の状況が切り取られ,時系列の繋がりを欠いた 断片的な見方であり,変容後は,患者のこれま での経過とこれからの状況を見越した“今”を 捉える見方である。患者の“今”の状況に合っ た看護実践ができるようになってきていること を,A さんは「カチッと合わせられる」と表 現したのである。このように A さんは,教え るという教育実践を通して,次第に断片的だっ た患者の見方が,全体的に捉える視点へと広が り,看護実践が変わったことを自覚するに至っ た。 (2)《先輩からの教えを活かした後輩への関わ り》 A さんは,患者を怒らせてしまった後輩に 対して,自身が先輩に助けてもらった経験をも とに,次のような関わりを行った。 A「(後輩の)言い方でちょっと患者さんをカ チンとさせてしまって,もう患者さんが喋っ てくれないってなった時に,(後輩と共に患 者の元に)行って謝罪した後に,自分がちょ っと対応して(中略)後輩がその患者さんと 喋りやすくする為にちょっとでも潤滑剤にな れるように話してみるとか。そんな(先輩み たいに)完全にはできないですけど」 A さんは,患者の対応に困っていた後輩と 共に患者の元へ行き,後輩が患者と話をしやす い環境をつくった。それは A さんが,後輩と 同じような失敗をしていた当事者であり,後輩 の気持ちが「自分を見ているよう」に,理解で きるからであった。A さんは,自分を助けて くれた先輩の関わりを活かし,「(先輩みたい に)完全にはできない」が,後輩を助ける為の 「潤 滑 剤」に な る 実 践 を し て い た。A さ ん の 「できない自分」という自己否定的な経験から, 後輩の気持ちを理解する為に必要な経験として の意味が変容した。それにより A さんはかつ て先輩に教えてもらった経験をもとに,後輩を 助けていくという実践へと繋げていった。 3)〈相手を主体にした実践の重要性〉Ⅲ期(6 ∼8 年目)の概要 A さんは,5, 6 年目の頃から組織的な役割を 担うようになった。A さんは,組織の制約の 中で後輩の教育をすることで,《後輩看護師に 合わせた振り返り》という教育実践へと転換さ せた。A さんが 8 年目を迎える頃には,《患者 中心の看護という意味の深まり》が生じたこと 田畑愛実 他:中堅看護師の看護実践における質的な転換 5
で,相手主体の看護実践によって喜びを感じる A さんへと転換していった。 (1)《後輩看護師に合わせた振り返り》 5 年目になった A さんは,教育担当者とい う組織的な役割を担うことになった。その中 で,組織の教育方針の変更により,勤務時間外 の指導が制限されるようになった。 A「ちゃんと振り返らなさすぎると,1 年目の 人も何でできないんだろうとか,何でこんな 何回も失敗するんだろうって悩むんですよ。 そのときに結構しっかり振り返ってあげたい けれど(中略)それができない,したら時間 かかるなぁみたいな気持ちになっちゃうんで すよね,どうしてもね。遅(く)ならないよ うに遅(く)ならないようにってこうね? (上司から)釘刺されると」 A さんは,新人の頃に時間をかけて先輩か ら丁寧に実践を振り返るきっかけを得たこと で,成長に繋がった経験があった。A さんは, 失敗する理由が分からず困っている後輩の気持 ちが理解できるため,目の前で悩む後輩にも同 じように時間をかけて実践を振り返ってあげた いと思っていた。しかし,立場上組織のルール を守らざるを得ない A さんは,時間の制約の 中で後輩を育てなければならないという新たな 壁に直面した。 A「(指導の)タイミングも難しくてねー(中 略)なんかその時に言いたいのにその時に言 えない状況みたいな。もう盛りだくさん過ぎ て時間オーバーするから,ちょっとこれだけ にしとこっていう。その余ったというかはみ 出ちゃった指導がタイムリーにできないって いうむず痒い気持ちはありましたねぇ。」 A さんは,時間的制限により,新人に全て 伝えられないもどかしさを「むず痒い」と表現 し,新人の教育にあたっていた。その中で A さんは,「盛りだくさん」ある伝えたい事から 新人にとって今必要な指導は何かを考え,タイ ミングを見計らいながら相手を主体とした実践 を見出していった。A さんはこれまで,時間 をかけてでも看護実践を振り返ることに価値を 置いていた実践から,勤務時間内に新人に適し た教育実践へと転換させた。 (2)《患者中心の看護という意味の深まり》 学生時代から患者との信頼関係に基づいた患 者中心の看護を大事にしてきた A さんは,8 年目になっても変わらなかった。 A「前(車椅子に)移ったとき痛かったんよー って患者さんが言ってて,あーそっかそっ か,って話は聞かせていただいて,一回じゃ あこういう風に移ってみたらどうでしょう? みたいな感じで(中略)提案して,で一緒に やってみましょうって言って実際にやった ら,あーほんとだ,痛くないわ。あーこれい いね,みたいに(患者が)なると,おー,し めしめ,みたいな。自分の提案した看護が (患者にとって)良かったときは充実してま すね」 A「一番大事かなって思うのが,患者さんに恐 怖や痛みのトラウマを与えないで,なるだけ 良い思いで,そんな痛くなく移れたって気持 ちだと違うんですよね,その後の ADL の上 がり方が」 A さんは,患者中心の看護を,患者の希望 する通りに行うだけでなく,ときに患者さえも 気づいていない,患者にとっての安楽な方法や よりよくなる方法を提示することで,患者の同 意が得られ,成果に繋がる看護実践を目指して いた。それは,A さんが学生時代から大事に してきたことだったが,その看護の意味が深ま る転換があった。A さんにとっての患者中心 の看護という意味が,以前は自分がどのように 看護を実践するのかに注視していた A さんか ら,患者が「良かった」と満足する相手主体の 看護実践へと変容し,そこに喜びを感じる A さんへと転換していった。 4)〈再び看護の本質を問う手探りの実践〉Ⅳ期 (9 年目)の概要 A さんは,忘れられない患者との出会いに よって《患者にとってのよりよい方向という悩 み》が生じたことで,看護とは何かを問い直す 契機となっていた。これまで患者中心の看護実 践を追求してきた A さんであったが,《手探り な終末期の患者との関わり》によって,看護が 分かっていない自分を認識し,看護を再考して いた。 (1)《患者にとってのよりよい方向という悩み》 A さんは,乳癌の終末期の患者との関わり が,自身の看護を振り返るきっかけになった。 A「多分骨メタがあって,整形で手術したんで 6 甲南女子大学研究紀要Ⅱ 第 15 号(2021 年 3 月)
すね確か。QOL を下げない為にそのオペに 踏み切ったけど。骨折の痛みはなくなったけ ど術後の痛みとかはあっただろうし,それ以 外にも骨メタの腰とかの痛みとかもあって。 結局痛みとの闘いをしてる最中に,やっぱり 元々がターミナルの方だったので,やっぱり 状態も悪くなっていって,結局私が(病棟 を)異動してしばらくしてから亡くなりはっ たんですけど。そのときに,まぁあのーなん だろうなぁ,その患者さんにとって,どうい うなんだろう,こう,亡くなるまでのプロセ スじゃないですけど,過程でどういう風に関 わっていってあげたらよかったのかなぁっ て」 A さんが忘れられないのは,QOL を下げな いために手術に踏み切ったことで,骨折の痛み は緩和されたが,術後の創部痛や癌の骨転移に よる腰部痛を抱えながら日々を過ごした患者で あった。その患者について A さんは,常に疼 痛があり結果的に安寧を得ることができぬまま 亡くなったことから,自分はどのように関われ ばよかったのかと,時折言葉を詰まらせながら 語った。なぜなら,A さんは,9 年の看護師経 験があり,後輩にも看護実践を教えながら患者 中心の看護が分かっていたにも関わらず,この 患者に向き合ったときに,看護の手立てがない 自分を認識したからである。その為,A さん はいまだに消化しきれない思いを抱え続けてい た。その思いは,A さんに新たに,よりよい 看護や患者中心の看護とは何かという問いを生 み出すきっかけとなった。 (2)《手探りな終末期の患者との関わり》 A さんは 9 年目に異動をし,終末期の患者 や癌を患う患者と接する機会が多くなっていっ た。A さんは,異動先で受け持った肝細胞癌 の若い女性患者への看護実践を次のように語っ た。 A「結構お腹張ったりはしてるけど入院中も普 通に自分で自立してた方で,急にほんとに状 態悪くなって,あれよあれよという間に亡く なりはったような患者さんを(受け)持たせ てもらったりしたんですけど,まぁそのとき もほんとあれよあれよで。状態が悪くなって からの経過が長かったわけじゃなかったので その深く関わる前に,お亡くなりになってし まったりとかはあったので。まぁ,関わろう と思ったら関われてたのかも知れないんです けど,というか関われてたとは思うんですけ ど,ご本人さんと深く踏み込む前に,亡くな りはったイメージがあるので,自分の中で。 (中略)なのでほんとにまだ,(看護が)分か ってないというか,分かってないですね,き っとね。手探りというか」 A さんは,先述した患者との出会いによっ て,よりよい看護や患者中心の看護とは何か, という問いを持ちながら患者に看護を実践しよ うとしていた。しかし A さんは,昨日まで自 立していた若い女性患者が,急激に状態が悪化 するという予測がつかなかった。その為,A さんは「関われてたとは思う」と振り返りなが ら,その言葉を打ち消し「深く踏み込む前に」 患者が亡くなったことを通して,看護とは何か という基本に立ち戻り,患者が望む看護実践に 至っていない自分を再認識した。9 年の看護師 経験があり,患者中心の看護実践を追求してき た A さんが,患者中心の看護が分かっていな い自分を認識し,看護を再考するという質的な 転換が生じた。それは,決して 1 年目の頃の看 護実践ができない A さんへと戻るのではなく, さらに看護実践を再構築していく為の通過点な のである。 Ⅳ.考 察 1.経年的変化に伴う A さんの看護実践の質的 な転換 A さんの経験からは,看護師の経験年数を 積み重ねる中でみられるイベントや役割をはじ めとした経年的な変化を通して,患者の捉え方 や看護の観点が拡大する等,看護実践が質的に 転換していくことが明らかになった。Ⅰ期は, A さんが先輩の指導を基にできない自分を認 め る こ と で 質 的 な 転 換 が 生 じ て い た。関 (2015)は,困難な状況から抜け出すには自己 と対峙することの重要性を述べているが,当事 者が困難から逃避していたり精神的疲労状態に 陥っている場合には自己との対峙が困難である という。A さんができない自分を認めていけ たのは,いつも失敗を繰り返して落ち込む A さんを励ましながら,A さんが失敗を振り返 田畑愛実 他:中堅看護師の看護実践における質的な転換 7
られるよう指導した先輩の支えが影響していた と考えられる。 山 (2012)は,質的な転換は「経験のなか で蓄積してきた指導の方法・技術や考え方では 対応できない状況」に応じていく中で生じると 述べている。A さんの経験においては経年的 な変化だけでなく,Ⅲ期で自分が価値を置いて いた実践方法が通用しない状況に対応したり, Ⅳ期の患者の死を契機に A さんの質的な転換 が 生 じ て い た こ と が 明 ら か と な っ た。佐 藤 (2011)は,看護師が自分の行動の意味や傾向 に直面し,それを自己承認できたことで,その 後の看護実践に影響を与える価値ある経験とな っていたと述べている。A さんの場合も,で きない自分を認めるというⅠ期の苦痛を伴った 経験が,Ⅱ期やⅢ期の後輩への教育実践にも活 かされ,後に後輩の気持ちを理解する為に必要 な経験として捉え直されていた。このように, 辛い経験を乗り越えたことが,後のその人の看 護実践に活かされていく可能性が示唆された。 しかし一方で,看護師になった早期の段階でネ ガティブな経験をした人の中には,離職に繋が った人もいる(Wong, &Lee, 2000)ことから, その人がネガティブに捉えている経験を前向き に捉え直せるような教育的支援が必要である。 2.質的な転換による A さんの看護実践の深ま り 山 (2012)は,専門職者が質的な転換を遂 げる様子を「旧い衣を脱ぎ捨て直面する課題に 立ち向かう為の新たな衣と進み行く道とを自己 選択していく」と表現している。A さんの経 験において「旧い衣」の脱ぎ捨て方には 2 通り あった。Ⅰ期では,A さんが患者との信頼関 係が成り立たなくなったことで,できない自分 と向き合わざるを得ない状況に直面した。そし て,失敗を認めたくないという旧い衣を脱ぎ捨 て,その失敗を振り返ることで,できない自分 を認めることから始めるという新たな衣と進み ゆく道を選択した。またⅣ期では,それまで中 堅看護師として後輩を教える実践の中で,自律 した看護実践を行っていたが,新しい病棟で看 護を実践する中で苦しむ患者に直面し,患者に とってのよりよい方向が分からない状況に立ち 向 か わ な け れ ば な ら な か っ た。山 本,高 島 (2015)は,患者が亡くなる体験が,自らの関 わりの洞察と反省を促し,看護実践の探求に繋 がっていたと述べている。A さんもまた,受 け持ち患者の死によって患者への看護が分かっ ていない自分に気づかされたことで,これまで 築いてきた自身の看護実践の在り方が揺らいで いた。しかしⅠ期とは異なり,旧い衣を全て脱 ぎ捨ててしまうのではなく,A さんがこれま で築いてきた看護の価値観や考え方,看護実践 の方法の中で活かせることを取り入れながら, 自身の新たな看護実践を探求するという自己選 択をしていた。 そして,全ての時期において A さんが一貫 して変わらなかったことの一つは,どんな困難 な状況においてもそこから逃げずにその状況に 対峙していくことのできる強さであった。二つ は,対する相手を中心に考えることである。自 分の考え方や捉え方,看護実践や教育実践の方 法を変えていかざるを得ない状況に置かれる度 に A さんが選択した方法は,自分の考えや実 践のやり方を押し通すのではなく,目の前にい る相手を主体とした実践を考えていくことであ った。それは,これまで人との関係を大切に育 んできた A さんの看護における価値観でもあ った。また,A さんの質的な転換の経験から は,佐藤(2011)の研究同様に,周囲の人の支 えが関係していることが明らかになった。日々 の実践上で生じる,自身にとって苦難と思える 状況を現実的に捉えることができたとき,周囲 のサポートを受けながらそれを解決しようと取 り組むことが,結果的に看護の質の向上や自ら の価値観が変わるという質的な転換に繋がって いたと考えられる。このことから,看護実践を 振り返る機会を与えることや,困難や辛い状況 に置かれている看護師を支える関わりが重要で あるという教育的示唆が得られた。 以上は,個人がこれまで歩んできた人生全体 に焦点をあて,主体の経験を重視するライフス トーリー・アプローチを用いたことで明らかに なったことであり,それは一事例であったとし ても A さんの経験によって見出せたといえる。 本研究では,A さんが辛い経験を乗り越えた ことが,後の自身の看護実践に活かされていく だけでなく,後輩の看護実践の成長にも繋がっ ていたことが明らかとなった。この結果は,中 8 甲南女子大学研究紀要Ⅱ 第 15 号(2021 年 3 月)
堅看護師の看護実践の質が,若手看護師の看護 実践の質にも大きく影響することを示唆してい る。今後は,更に事例を重ねることで,中堅看 護師の質の高い看護実践を支える為の教育的支 援を見出していくことが課題である。 謝辞 本研究にご協力頂きました研究参加者 A さんに心か ら感謝申し上げます。尚,本研究は甲南女子大学大学院 看護学研究科に提出した修士論文の一部を加筆修正した ものである。 引 用 文 献
Fackler, C. A., Chambers, A. N., & Bourbonniere, M. 2015).Hospital Nurses’ Lived Experience of Power. Jour nal of Nursing Scholarship, 47(3),267274.
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