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東北大学埋蔵文化財調査年報20

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(1)

東北大学埋蔵文化財調査年報20

著者

東北大学埋蔵文化財調査研究センター

雑誌名

東北大学埋蔵文化財調査年報

20

発行年

2006-03-31

URL

http://hdl.handle.net/10097/45624

(2)

ISSN 1341-6952

東北大学埋蔵文化財調査年報

20

仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

8地

青葉山

E遺

跡第

7次

調査

青葉山

E遺

跡第

8次

調査

東北大学埋蔵文化財調査研究 セ ンター

2ロ

ロ 日

(3)

東北大学埋蔵文化財調査年報

20工

誤表 頁 行 誤 エ 20 34

1号

溝が理まった後、

1号

Aが

担まった後、 27 24

墓亜セタションでは

6“

層、

常北セクションではSa層 、

27 24

童生イクションでは

6②

層が

速廼イ クションで尊

O②

層が

45 22 量生門議論 となつているところであるが、

4間

議論となわている

.と

ころであるが、

(4)

東北大学埋蔵文化財調査年報

20

仙 台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

8地

青葉山

E遺

跡第

7次

調査

青葉山

E遺

跡第

3次

調査

東北大学埋蔵文化財調査研究 セ ンター

2ロ

B

(5)

東北大学の青葉山北 キャンパスの理学研究科構内には、縄文時代早期後葉の集落が存在 し、

青葉 山

E遺

跡 と呼ばれている。仙台平野では、青葉山

E遺

跡の ような、高位段丘 に存在す る

遺跡 はあま り知 られてお らず、縄文早期の集落 も調査例が少ない。

本年報 は、2002年 度 における埋蔵文化財調査 の報告で、 この青葉 山

E遺

跡 の第

7次

。第

8次

調査 な どの成果 を掲載 した。青葉 山

E遺

跡 については、今 回の報告 によって、一連の訓

査 は、一応の区切 りを迎 えたこととなる。

青葉 山

E遺

跡での縄文時代早期 の遺構 。遺物 は、1993年 度の第

2次

調査 で初 めて確認 さ

れ、第

3次

調査では当該期の住居跡

2棟

が発見 された。 さらに続 く調査 において、住居跡が

存在す る区域 より、かな り広い範囲 まで同時期の遺物が分布す ることが明 らか となった。 こ

の ように、早期の住居跡の周辺 を、広範囲に調査 した例は少 な く、学界 に貴重な資料 を提供

す ることになるだろう。 また、今 回の調査では、縄文時代早期後葉だけでな く、縄文時代早

期中葉、中期、晩期 な どの遺物 も出上 している。中で も早期中葉の上器は、 これまでに実態

が充分明 らかになっていない時期の もので、その点で も重要である。 これ らの成果が、広 く

活用 されることを願 うものです。

また、小規模ではあったが、川内北キャンパスで も調査 を実施 し、仙台城二の丸の北方に

広がる武家屋敷地区の様相の一端 も明 らか となった。あわせて、 ご活用いただければと願 う

ものです。

おわ りに、 これ らの調査 を進める上で ご指導 ご助言をいただいた、大学内外の関係者お よ

び関係機関に厚 くお礼 を申し上げます。とりわけ、調査の実施か ら報告書の刊行 に至るまで、

多 くの協力 を賜 った本学の施設部、理学研究科 をは じめ とす る関係各位 には、 ここに厚 く御

L申

し上げる次第です。

埋 蔵文化財調査研 究セ ンター長

阿子島

(6)

1.本

年報 は、東北大学構内において、東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターが2002年 度 に行 った遺跡調査、 な らびに研究成果 をまとめた ものである。

2.報

告 される遺跡 と略号、調査期間、調査担当者は以下の通 りである。 仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

8地

(BK8)

本調査

2003年

3月13日∼ 3月19日 藤沢教・柴田 (旧姓京野

)恵

子・高木暢亮 青葉 山

E遺

跡第

7次

調査

(AOE7)

本調査

2001年

11月 1日 ∼11月 19日 高木暢亮 2002年 5月 7日 ∼11月22日 藤沢教・柴田恵子 。高木暢亮 2003年 3月10日∼ 3月28日 藤沢教 。柴 田恵子・高木暢亮 青葉 山

E遺

跡第

8次

調査

(AOE8)

本調査

2002年

7月26日∼ 8月21日 藤沢教・柴田恵子 3。 調査 。整理作業は、東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターが行 った。

4.本

年報の編集は、阿子島香の指導の もとに、藤沢教・柴 田恵子・高木暢亮が担当 した。 5。 本文は、藤沢教・柴田恵子・高木暢亮・小野章太郎 (東北大学大学院生

)が

分担執筆 した。本文執筆分担は、 以下の とお りである。 第

I章

。第 Ⅱ章 :藤 沢教 第 Ⅲ章5(1)。 (2)、 6、 第Ⅳ章 :柴 田恵子 第 Ⅱ章1∼

4:高

木暢亮 第 Ⅲ章

5(3):小

野章太郎 英文要 旨については、柴田恵子が作成 し、阿子島香が校訂 した。 6。 発掘調査お よび整理・報告書作成 にあたっては、以下の方々や関係機関か ら御指導・御協力 を賜 った。記 し て感謝 申し上げる (敬称略・50音順) 相原淳― (宮城県教育庁文化財保護課)、 菅野智則 (東北大学考古学研究室助手)、 杉 山陽亮 (人戸市教育委員 会)、 須藤 隆 (東北大学考古学研究室教授)、 千葉直樹 (宮城県教育庁文化財保護課)、 早瀬亮介 (東北大学 考古学研究室大学院生) 仙台市教育委員会、東北大学考古学研究室 7。 出土遺物・調査記録 は、東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターで保管・管理 している。

(7)

1.方

位は真北に統一してある。

2.図

1と

図2は 、それぞれ国土地理院作成の、

2万

5千 分の 1地 形図「仙台西北部」 と「仙台西南部」、

1万

分の 1地形図「青葉山」を使用した。

3.川

内地区の仙台城跡二の丸地

1区

、およびこの九北方の武家屋敷地区に

│あ

たる地域の地形測量図は、仙台市教

育委員会の作成による「仙台城跡地形図」

(縮

500分

1)を

使用 した。

4,国

土座標値を用いる場合には

.日

本測地系と世界測地系の別を、それぞれ記入した

.。 5。

遺物の実測図および写真の縮尺は、それぞれに示し

.た

6.引

用 ‐参考文献は、巻末にまとめた。また本文中で、

F東

北大学埋蔵文化財調査年報』を引用する場合は、

年報

1と

いう形で略記し

.た

(8)

東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会 ⑫

oo2年

) 委員長 セ ンター長 (文学研究科 教授) 委 員 川内地区協議会協議員 (文学研究科 教授) 青葉 山地区協議会協議員 (理学研究科 教授) 星陵地区協議会協議員 (医学研究科 教授) 片平地区協議会協議員 (金属材料研究所 教授) 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 東北 アジア研究セ ンター 教 授 理学研究科 教 授 工学研究科 教 授 総合学術博物館 教 授 施

長 幹 事 施 設 部 企画課長 阿子 島 海 野 橋 本 伊 藤 平 賀 須 藤 今 泉 大 藤 入 間田 藤 巻 飯 淵 柳 田 加 太 大 西 阿子島 須 藤 今 泉 大 藤 入間田 藤 巻 飯 淵 柳 田 藤 沢 京 野 高 木 大 西 隆 隆 雄 修 宣 夫 宏 和 康 一 俊 雄 孝 司 知 子 香 隆 隆 雄 修 宣 夫 宏 和 康 一 俊 雄 教 恵 子 暢 亮 知 子 香 郎 治 敏 二 道     恒 賢

東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会専 門委員会 ⑫

oo2年

) 委員長 セ ンター長 (文学研究科 委 員 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 東北 アジア研究セ ンター 理学研究科 教 授 工学研究科 教 授 総合学術博物館 教 授 調査研究員 (文学研究科 調査研究員 (文学研究科 調査研究員 (文学研究科 施 設 部 企画課長 教授) 教 授 助手) 助手) 助手)

(9)

序 例言 凡例 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会専 門委員会 目次 図 目次 表 目次 図版 目次 第

I章 2002年

度 (平成14年度

)事

業の概要 ………1

1.は

じめに ………

1 (1)受

託研究・共同研究等 ………12

2.運

営委員会・専 門委員会 ………

1 (2)学

会発表等 ………13

3.埋

蔵文化財調査 の概要 ………

4 (3)資

料調査 ………13

(1)川

内地区の調査 ………

4 (4)科

学研究費採択状況 ………13

(2)青

葉 山地区の調査 ………

9 8.教

育普及活動 ………14

4.遺

物整理作業 ………

10 (1)非

常勤講師 ………14 5。 保存処理事業 ―………

12 (2)保

管資料の貸出 ………14

6.資

料保管状況 ………

12 (3)外

部か らの派遣依頼等 ………14

7.研

究活動 ………

12 (4)広

報活動 ………14 第 Ⅱ章 仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第

8地

(BK8)の

調査 ………15

1.仙

台城跡二の九北方武家屋敷地区の

3.基

本層序 ・………・16 立地 と歴史 ……

15 4.検

出遺構 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。20

2.調

査経緯 ………

15 5.出

土遺物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・。21

(1)2001年

度 までの調査 ………

15 (1)江

戸時代以前の遺物 ………21

(2)調

査地点の位置 ………

16 (2)江

戸時代以降の遺物 ………21

(3)調

査 の方法 と経過 ………

16 6。

まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 第 Ⅲ章 青葉 山

E遺

跡第

7次

調査

(AOE7)・

………・25

1.位

置 と環境 ………25

2.調

査経緯 ………25

(1)2001年

度 までの調査 ………25

(2)調

査地点の位置 ………25

(3)調

査の方法 と経過 ………25 5。 出土遺物 …… ………35

(1)遺

物 の 出土状 況 …… … ………35

(2)縄

文土器 …… ……… … …… ……… … ……41

(3)土

偶 … ……… …… ………46

(4)石

器 … ……… …… …… …… …… …… ……59

3.基

本層序 ……・・………

27 6.ま

とめ ………72

4.検

出遺構 ………27 第Ⅳ章 青葉 山

E遺

跡第

8次

調査

(AOE8)・

………・76

1.調

査経緯 ………

76 (1)調

査地点の位置 ………76

(10)

(2)調

査 に至る経緯

(3)調

査の方法 と経過 引用 。参考文献 英文要 旨 写真図版 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 ・・・・・・17

1

東北大学 と周辺の遺跡 ………2 図

2

仙台城 と二の九の位置 ………3 図

3

仙台城跡二の九・武家屋敷地区調査地点 …5 図

4

青葉山地区調査地点 ………7 図

5

千貫橋石垣全景 ………9 図

6

応用薬学総合研究棟新営 に伴 う 試掘調査 区の配置 ………11 図

7

応用薬学総合研究棟新営 に伴 う 試掘 調査状況 ………11 図

8

収蔵遺物量 の推 移 ・・13

9

武家屋敷地区第

8地

点調査 区の位置 図

10

武家屋敷地区第

8地

点 検出遺構平面図・断面図 ………18 図

11

武家屋敷地区第

8地

点外周壁断面図 ―……19 図

12

武家屋敷地区第

8地

点出土遺物 ‥…………23 図

13

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 区・ 第

8次

調査 区の位置 ………26 図

14

青葉山

E遺

跡第

7次

調査調査区配置図 ……28 図

15

青葉山

E遺

跡第

7次

調査検出遺構配置図 …29 図

16

青葉山

E遺

跡第

7次

調査断面図(1)・………。30 図

17

青葉山

E遺

跡第

7次

調査断面図(2)・………。31 図

18

青葉山

E遺

跡第

7次

調査検出遺構(1)・ ……Ⅲ32 図

19

青葉山

E遺

跡第

7次

調査検出遺構(2)・ ……・33 図

20

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 グリッ ド別遺物密度図(1)。 ……・36 図

21

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 グリッ ド別遺物密度図(2)・ ……・37 図

22

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 グリッ ド別遺物密度図(3)・ ……。38

2.調

査 結果 … ………

76

3.出

土遺物 …… ……… ………・

30

23

青棄 山

E遺

跡第

7次

調査 グ リッ ド別遺物密度図(4)・ ……Ⅲ39 図

24

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 グリッ ド別遺物密度図(5)・ ……・40 図

25

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(1)・ …….47 図

26

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(2)。 ……。48 図

27

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(3)。……・49 図

28

青葉山

E遺

跡第

7次

調査出土土器(4)・……・50 図

29

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(5)・……・51 図

30

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(6)・……Ⅲ52 図

31

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(7)・……・53 図

32

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(8)。 土偶 ・……・54 図

33

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土早期土器の類例 ………55 図

34

青棄 山

E遺

跡第

7次

調査出土石器(1)・ ……Ⅲ62 図

35

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器(2)・ ……。63 図

36

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器(3)・ ……・64 図

37

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器(4)。 ……・65 図

38

青葉山

E遺

跡第

7次

調査出土石器(5)・ ……・66 図

39

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器(6)・ ……・67 図

40

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器(7)・ ……・68 図

41

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土石鏃の形状

-71

42

青葉 山

E遺

跡 出土土器 の分布図 (縄文早期後葉)・……・73 図

43

青葉山

E遺

跡 出土土器 の分布図 (縄文早期後葉以外)・・74 図

44

青葉山

E遺

跡第

8次

調査区の位置 …………77

(11)

45

青葉山

E遺

跡第

8次

調査 深掘調査 区平面図・断面図 ……78 図

46

青葉 山

E遺

跡第

8次

調査出土剥片 …………79

目 次

1 2002年

度調査概要表 ………

1

8

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 表

2

武家屋敷地区第

8地

点出土遺物集計表 ・・・・24 出土石器観察表(1)・ ……・69 表

3

武家屋敷地区第

8地

点出土遺物観察表 ・…。

24

9

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 表

4

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土遺物集計表 …35 出土石器観察表(2)・ ……・70 表

5

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 表

10

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器観察表(1) ・・・・・・56 出土石器器種別の石材利用状況 ……71 表

6

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 表

11

青葉 山

E遺

跡第

8次

調査 出土剥片観察表 …78 出土土器観察表(2) ・・・・・・57 表

7

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(3)・ 土偶観察表 ・・・・・・58

日 次

図版

1

武家屋敷地区第

8地

図版

14

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器

(6)…

100 全景・検出遺構・セクシ ョン ……

87

図版

15

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器

(7)…

101 図版

2

武家屋敷地区第

8地

点出土遺物 …………

88

図版

16

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 図版

3

青葉山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(1)・ ―・

89

出土土器(8)・ 土偶 ……102 図版

4

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(2)。 ―・

90

図版

17

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器

(1)…

103 図版

5

青葉山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(3)。 中

091

図版

18

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器

(2)…

104 図版

6

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(4)。 …・

92

図版

19

青葉 山

E遺

跡第

7及

調査出土石器

(3)…

105 図版

7

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(5)・ …・

93

図版

20

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土石器

(4)…

106 図版

8

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査調査状況(6)。 …・

94

図版

21

青葉山

E遺

跡第

8次

調査 図版

9

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(1)・ ―・

95

調査状況

(1)…

…107 図版

10

青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(2)。 ―・

96

図版

22

青葉 山

E遺

跡第

8次

調査 図版

11

青葉山

E遺

跡第

7次

調査 出土土器(3)・ ―・

97

調査状況

(2)…

…108 図版

12

青棄山

E遺

跡第

7次

調査出土土器(4)'―・

98

図版

23

青葉 山

E遺

跡第

8次

調査 出土剥片 ・……・109 図版

13

青葉山

E遺

跡第

7次

調査出土土器(5)。 ―・99

(12)
(13)

I章 2002年

(平

14年

)事

業の概要

1.│よ

じ め に 東北大学 には、仙台市内の各 キャンパスに加 えて、多 くの研究施設がある。 これ らの各地区構 内には、多 くの 埋蔵文化財が存在 している (図 1)。 特 に川内地区は、ほぼ全域が近世の仙台城跡二の九地区 と二の丸北方武家 屋敷地区にあたっている (図 2)。 東北大学構 内での施設整備等 に伴 う埋蔵文化財調査 については、1983年度 に 東北大学埋蔵文化財調査委員会が組織 されて以降、その実務機関である埋蔵文化財調査室が、調査の任 にあたっ て きた。1994年度には、埋蔵文化財調査委員会 を改組 し、学内共同利用施設 としての埋蔵文化財調査研究セ ンタ ーが設置 され、調査委員会の事業 を引 き継いでいる。 2002年度 において も、青葉 山地区で大規模 な調査が実施 され、新 たな資料 を提供す ることとなった。本年報は、 これ らの調査成果、お よび同年度のセ ンターの研究教育活動な ど、各種事業 についてまとめた ものである。

2.運

営 委 員 会 ・ 専 門 委 員 会 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターでは、セ ンターの運営 に関す る重要事項 を審議す る運営委員会 と、運営 委員会の下 に埋蔵文化財調査 に関す る専 門的事項 を審議す る専 門委員会が設置 されてお り、両委員会の審議 をも とに運営が進め られている。通常 は、運営委員会 は年度当初 に一回開催 し、そこで年間の事業予定・予算等 を審 議 し、調査 に関わる具体的な事項 は、専 門委員会 をその都度開催 して審議す ることとしている。 2002年 度 (平成14年度

)は

、運営委員会 を3回、専 門委員会 を1回開催 した。それぞれの開催月 日・議事内容 は以下の通 りである。 埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会 4月 11日

審議事項

(1)平

成14年度埋蔵文化財調査計画について

(2)平

成 14年 度 セ ンター運営費 につ いて

(3)平

成 14年 度整理作業計画 につ いて

(4)東

北大 学埋蔵 文化財調査研 究 セ ンターの組織 見直 しについて 表

1 2002年

度調査概要表

Tab.l Excavations on the campus in the iscal year 2002

調査の種類 調 査 地 点 (略号) 原 因 調査期間 面 積 時 期 本 調 査 仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第8地点(BK8) 川内北地区厚生会館前上屋取設工事 3/13∼ 19 286∬ 近 世 青葉山E遺跡第7次調査 (AOE7) 理学研究科総合研究棟 (Ⅲ期)新営 5/7-3/28 1800r正 縄文早期∼晩期 青葉山E遺跡第8次調査 (AOE8) 工学研究科共通駐車場整備 7/26-8/2] 750∬ 縄 文 試掘調査 応用薬学系 (2002-1) 総合研 究棟 新 営 3/18-4/17 68r正 立会 調査 学際科学研究セ ンター (2002-2) 学際科学研究セ ンター新営 川内南地区南西端 (2002-3) 送水管取替 12/2-12 理学研究科生物棟北根I(2002-4) 管理棟外部改修その他工事 2/10-12 川内北地区厚生会館商側 (2002-5) 屋外J,水管改修工事 川内記念講堂西側 (2002-6) 屋外消火配管改修工事 2/3-5 東北アジア研究セ ンター西側 (2002-7) 実験棟 (プレハブ) 新 営 2/3‐ 5 工学研究科環境科学研究棟北側 (2002-8) プ レハブ新営 2/25 工学研究科機械 ,知 能系研究棟北側 (2002-9) プレハブ新営 工学研究科工学系研究椋西側 (2002-10) 総合研究棟新営 工学研究科マテリアル・開発系実験研究棟東側(2002-11) プレハブ新営

(14)

【iyagi Pref

0

Sendai Castle

(Tohoku Univ)

Ruin of Sendai Castle

Kawauchi steles

AObayama Site Loc.B Aobayama Site Loc E AObayama Site Loc C Aobayama Site Loc,A Aobayama Site Loc.D Ashinokuchi Site 1 7 13 20 26 32 39 47 仙台城跡

2:川

内古碑群

3:青

葉山遺跡B地 点

4:青

葉山遺跡E地 点

5:青

葉山遺跡C地 点

6:青

葉山遺跡A地 点 青葉山遺跡D地 点

8:芦

ノロ遺跡

9:片

平仙台大神宮の板碑

10:郷

六大 日如来の碑 11:葛岡城跡

12:郷

六城跡 郷六建武碑

14:沼

田遺跡

15:郷

六御殿跡

16:郷

六遺跡

17:松

ヶ岡遺跡

18:向

山高裏遺跡

19:萩

ケ丘遺跡 茂 ヶ崎城跡

21:ニ

ツ沢横穴墓群

22:萩

ヶ岡B遺 跡

23:八

木山緑町遺跡

24:ニ

ツ沢遺跡

25:青

山二丁 目遺跡 青山二丁 目B遺 跡

27:杉

土手 (鹿除土手

) 28:砂

押屋敷遺跡

29:砂

押古墳

30:富

沢遺跡

31:泉

崎浦遺跡 金洗沢古墳

33:土

手内窯跡

34:土

手内遺跡

35:土

手内横穴墓群

36:三

神峯遺跡

37:金

山窯跡

38:三

神峯古墳群 富沢窯跡

40:裏

町東遺跡

41:裏

町古墳

42:原

東遺跡

43:原

遺跡

44:人

幡遺跡

45:後

田遺跡

46:町

遺跡 神漉山遺跡

48:御

堂平遺跡

49:上

野山遺跡

50:北

前遺跡

51:佐

保山東遺跡 図

1

東北大学 と周辺 の遺跡

(15)

2

仙 台城 と二の丸 の位置

Fig.2 Distribution of Sendai Castle

(16)

(5)埋

蔵文化財調査研究セ ンター長について

(6)そ

の他 報告事項

(1)平

成13年度埋蔵文化財調査結果 について

(2)平

成13年度セ ンター運営経費決算 について

(3)平

成13年度整理作業 について

(4)そ

の他 8月29日

審議事項

(1)法

人化 に伴 う組織のあ り方について

(2)そ

の他 2月10日

審議事項

(1)調

査研 究員の流用定員措置 について

(2)法

人化への姑応 について

(3)整

理作業・報告書刊行経費 について

(4)そ

の他 埋蔵文化財調査研 究セ ンター運営委員会専 門委員会 4月11日

審議事項

(1)平

成14年度埋蔵文化財調査計画について

(2)平

成14年度整理作業計画 について

(3)そ

の他 報告事項

(1)平

成13年度埋蔵文化財調査結果 について

(2)平

成13年度整理作業 について

(3)そ

の他

3.埋

蔵 文 化 財 調 査 の 概 要 2002年度は、川内地区・青葉 山地区において、本調査

3件

、試掘調査

1件

、立会調査10件の、合計14件の調査 を実施 した。(表 1)。

(1)川

内地区の調査 川内地区では、本調査

1件

と立会調査

4件

を実施 した (図3)。 本調査 を実施 したのは、川内北地 区厚生会館前上屋取設 に伴 う、仙台城跡二の九北方武家屋敷地 区第

8地

(BK8)の

調査である。 これについては、次の第 Ⅱ章 において報告す る。 立会調査 は、川内南地区が

2作

、川内北地区が

2件

であった。 川内南地区の内の

1件

は、送水管改修 に伴 う調査である。川内南地区の平坦面の南西隅付近か ら、丘陵に若干 上 った所のポ ンプ室 まで至 る送水管 を改修する ものであった。既設送水管の取 り替 えであったため、立会調査 と した。掘削 は、新 しい盛土の範囲内に留 ま り、遺構・遺物 は発見 されていない。 川内南地区の もう

1件

は、記念講堂西側の消火用配管の改修 に伴 うものである。既設管設置の際の掘削範囲内 に、新 しい配管 を入れる工事であったため、立会調査 とした。掘削 は既設管の掘 り方内に留 ま り、遺構 は発見 さ れていない。攪乱土か ら、瓦が若干出土 したが、江戸時代 に遡 るものか どうかは判 らない。 川内北地区の

2件

の内の

1件

は、川内北厚生会館南側の排水管改修 に伴 うものである。既設排水管 を入れ替え るものであるため立会調査 とした。工事 に伴 う掘削は、既設排水管設置の際の掘削範囲内に収 ま り、遺構・遺物 は発見 されなかった。 もう

1件

は、東北 アジア研究セ ンターの実験 棟建設に伴 うものである。建設 される実験棟が、軽量鉄骨 プ レハ ブ構造のため、基礎 は布基礎で、掘削 も深 くないため、立会調査 とした。工事 による掘削 は、近代以降の盛上の

(17)

(5)埋

蔵文化財調査研究セ ンター長について

(6)そ

の他 報告事項

(1)平

成13年度埋蔵文化財調査結果について

(2)平

成13年度セ ンター運営経費決算 について

(3)平

成13年度整理作業 について

(4)そ

の他 8月29日

審議事項

(1)法

人化 に伴 う組織のあ り方 について

(2)そ

の他 2月10日

審議事項

(1)調

査枡究員の流用定員措置について

(2)法

人化へ の対応 について

(3)整

理作業・報告書刊行経費について

(4)そ

の他 埋蔵文化財調査妍 究セ ンター運営委員会専 門委員会 4月11日

審議事項

(1)平

成14年度埋蔵文化財調査計画 について

(2)平

成14年度整理作業計画 について

(3)そ

の他 報告事項

(1)平

成13年度埋蔵文化財調査結果について

(2)平

成13年度整理作業 について

(3)そ

の他

3.埋

蔵 文 化 財 調 査 の 概 要 2002年度は、川内地区 。青葉山地区において、本調査

3件

、試掘調査

1作

、立会調査10件の、合計14件の調査 を実施 した。(表 1)。

(1)川

内地区の調査 川内地区では、本調査

1件

と立会調査

4件

を実施 した (図3)。 本調査 を実施 したのは、川内北地区厚生会館前上屋取設に伴 う、仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

8地

(BK8)の

調査である。これについては、次の第 Ⅱ章において報告する。 立会調査は、川内南地区が

2件

、川内北地区が

2件

であった。 川内南地区の内の

1件

は、送水管改4夕に伴 う調査である。川内南地区の平坦面の南西隅付近か ら、丘陵に若千 上った所のポンプ室まで至る送水管を改修するものであった。既設送水管の取 り替えであったため、立会調査 と した。掘削は、新 しい盛土の範囲内に留まり、遺構 。遺物は発見 されていない。 川内南地区のもう

1作

は、記念講堂西側の消火用配管の改修に伴 うものである。既設管設置の際の掘削範囲内 に、新 しい配管を入れる工事であったため、立会調査 とした。掘削は既設管の掘 り方内に留 まり、遺構は発見さ れていない。攪乱土か ら、瓦が若千出土 したが、江戸時代に遡るものか どうかは半Jらない。 川内北地区の

2件

の内の

1件

は、川内北厚生会館南側の排水管改修に伴 うものである。既設排水管を入れ替え るものであるため立会調査 とした。工事に伴 う掘削は、既設排水管設置の際の掘削範囲内に収 まり、遺構・遺物 は発見 されなかった。 もう

1件

は、東北アジア研究センターの実験棟建設に伴 うものである。建設 される実験棟が、軽量鉄骨プレハ ブ構造のため、基礎は布基礎で、掘削 も深 くないため、立会調査 とした。工事による掘削は、近代以降の盛上の

(18)

□ 2002年度までの発掘調査地点 鰯 2002年度の立会調査地点

`多ギ衝乱ゑ己

3

仙 台城跡二 の丸・ 武 家屋敷地 区調査地点

(19)

踵畏∈翅 2002年 度 までの発掘調査地点 田 カ ツテ イ ン グ

§

2002年

立会

P,査

0 100m ― fl日称AOF・1984 図

4

青葉 山地 区調査地点

Fig.4 Locations of excavations at Aobayama campus

(20)

5

千貫橋石垣全景

Fig.5 ヽrie、v of a stone wal at Sengaコ bashF bridge 範囲に収 ま り、遺構・遺物 は発見 されなかった。 当年度は、前述 した調査以外 に、千貫橋石垣の現状調査 を行 った。 東北大学では、創立百周年記念事業の候補の一つ として、千貫沢沿いに散策路 を造 ることが検討対象 にあげ ら れていた。その検討のための調査の一環 として、理学研究科附属植物園が担 当 して、樹木調査が実施 された。そ の際、植物園か らの依頼 を受 けて、当セ ンターで樹木調査のための測量基準点 を設置 した。千貫沢 は、通常は人 が入 ることがほ とん ど無 く、下草 などが繁茂 している。 この基準点設置の際に、下草 を刈 り払 ったため、見通 し が良 くな り、立ち入 りが容易 となった。 この機会 をとらえて、千貫沢 を渡 る道路の下に残 っている、石垣 の現状 調査 を行 った。江戸時代 には、二の九の北方か ら二の九の裏門である台所 門に至 る道路の、千貫沢 を渡 るところ に土橋が造 られてお り、千貫橋 と呼ばれていた。下流側である東側 に、石垣が残 されている。2002年12月 16日に、 石垣が見 えている範囲を略測す るとともに、石材や石組の状況 を観察 し、写真撮影 を実施 した (図4)。

(2)青

葉山地区の調査 青葉 山地区では、本調査

2件

、試掘調査

1件

と立会調査

6件

を実施 した (図5)。 本調査 を実施 した内の

1件

は、理学研究科実験研究棟新営 に伴 う、青葉 山

E遺

跡第

7次

調査

(AOE7)で

あ る。 この調査 は、前年度か ら継続 して実施 している。理学研究科実験研究棟 については、

1∼

3期

に分 けて建設 工事 を進める計画である。前年度の2001年度 に、

2期

工事分の事業化が認め られたため、 この

2期

工事 と一部並 行 しつつ、

3期

工事区域の調査 を実施することとなった。 しか し、2001年 度は、他の調査 を優先 させて進める必 要があったため、

2期

分の工事 との関係で、先行 して調査 を進める必要のある区域 のみの調査 を実施 した。2002 年度は、残 る範囲の調査 を実施 した。 これについては、2001年度 と2002年度 に実施 した調査 を合 わせて、本年報 の第 Ⅲ章において報告する。

(21)

本調査の もう

1件

は、工学研究科共通駐車場整備 に伴 う、青葉山

E遺

跡第

8次

調査

(AOE8)で

ある。青葉 山

E遺

跡第

5次

調査 区の西側が、連絡調整 もれのため無届 けで削平 され駐車場が造 られたことが、2000年度に明 らか となった。直 ちに汁処策 を検討 した結果、工事 による破壊の範囲・程度 を明 らかに し、必要 な部分について は記録保存のための調査 を実施す ることを決定 していた。 しか し、優先 して実施 しなければな らない調査が立て 込んでいたため、先送 りとなっていた。 この調査 を、第

7次

調査 と一部並行 しなが ら、当年度に実施 した。 これ については、本年報の第Ⅳ章 において報告する。 試掘調査 を実施 したのは、薬学研究科応用薬学総合研究棟新営 に伴 う調査 である。工事が行 われる範囲が、青 葉 山

B遺

跡の東端か ら外側 にあたる区域であったため、建設予定地 に遺跡が広が っているか否かを確認す る目的 で、試掘調査 を実施 した。 調査 は、青葉 山

B遺

跡 の東端 にかか る部分 に約

35m×

10mの

調査 区 を設 け、

1区

とした。 さ らに東側 には、

4m×

4mの

調査 区を 2ヶ 所配置 し、西側 を

2区

、東側 を

3区

とした (図 6・ 7)。 なお、基本層序 を確認す る ため、各調査 区で深掘 り部分 を設けた。 1区では、表土以下の地層が確認 された。削平 は受 けていなかったが、縄文時代 な どの包含層 は検出されなか った。 また、 ローム層の上面で、戦前の陸軍演習場時代 の董壕跡が検 出されたが、他 に遺構・遺物 は発見 されな かった。

2区

は、大学造成時に大規模 に削平 されてお り、愛島軽石層 より下位の地層 だけが残存 していた。

3区

では、 もとの表上の上 に大学造成時の盛土がなされてお り、削平 はされていなかった。 この

3区

では、ローム層 の上面 において ピッ トが

1基

検 出された。 この ピッ トか らは遺物 は出土 していないが、埋土 にしま りがな く、極 めて柔 らかいことか ら、新 しい時期の もの と判断 した。 これ以外 には、遺構・遺物 は発見 されなかったため、そ れ以上の調査 は行 っていない。 立会調査 は、

2件

が青葉山

E遺

跡の範囲内か周辺、残 る

4件

が工学研究科構 内の、周知の遺跡か らは離れる場 所であった。 理学研究科生物棟北側の外部改修 に伴 う調査 は、青葉山

E遺

跡の範囲内であったが、既設貯水槽 によ りほ とん

ど破壊されている場所であったため、立会調査とした。工事による掘削は、既に掘肖

Jさ

れた範囲に収まり、遺

構・遺物 は発見 されなかった。 学際科学研究セ ンター新営 に伴 う調査地点は、青葉山

E遺

跡の南西 に隣接す る。既 に大規模 に削平や盛上が行 われていた可能性が高かったため、立会調査 とした。工事範囲の北東側では、掘削範囲のほ とん どが厚い盛土で あった。南西側では、愛島軽石層の上 は

2次

堆積層で、遺構・遺物 は発見 されなかった。 残 る

4件

は工学研究科構 内で、周知の遺跡か らは離れるが、学内での措置 として立会調査 を行 った ものである。

4件

の内、工学系総合研究棟 は恒久建造物であるが、環境科学科 ・機械知能系 ・マテ リアル開発系での

3件

は、 軽量鉄骨造のプレハブ建物の新営 に伴 う調査である。 これ らいずれの調査 において も、遺構 。遺物 は発見 されな かった。

4.遺

物 整 理 作 業 2002年度は、2000年度に調査を実施 した、仙台城跡二の九第17地点の整理作業 を、前年度に引 き続いて実施 し た。当初は、

2年

間で整理作業をおこない、

2ヶ

年 目にあたる当年度の末に、2000年度に実施 した調査を始めと する事業を取 りまとめる年報18と して、報告書を刊行する予定であった。また、前年度に調査を実施 した、二の 九北方武家屋敷地区第

7地

点の出土遺物の、水洗や注記などの基礎的整理作業 も行 う計画であった。 しか し、2002年度は整理作業のための予算の確定が大幅に遅れた。そのため、当年度予算で印刷経費が確保で きるか どうかが、年末をす ぎても不確実なままであった。作業の点では、二の九第17地点の出土遺物量が多 く、 報告書に掲載することが必要 となる遺物点数 も多数に上ることか ら、全体に進行状況は遅れ気味であった。また、

(22)

7亀

/1、 、 //´

///=│

6

応用薬学総合研 究棟 新営 に伴 う試掘調査 区の配置

Fig.6 Locadon of trial trenches at the campus of Faculty of Pharmaceutical Sciences

α   区 ヽ 0

2.1区

全景 (南東か ら)

1.調

査区全景 (南F東東か らか ら)

) 3.3区

全景 (東か ら) 図

7

応用薬学総合研 究棟 新営 に伴 う試掘調査状況

(23)

2001年 度 に調査 を実施 した仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

7地

点 において も、大量の遺物が出上 してお り、 特 に木製品の水洗 など、基礎 的な整理作業 を急 ぐ必要 もあった。 この ような状況 を鑑み、整理作業計画 を一部組 み直 し、翌年度 まで二の九第17地点の整理作業 を続 けることとし、それに伴い年報18の印刷刊行 も翌年度以降に 先送 りす ることとした。そのため本年度は、調査年報 は刊行 していない。

5.保

存 処 理 事 業 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターでは、仙台城跡二の九出土遺物 を中心 に、木製品・漆塗製品・金属製品 な ど、気存処理 を必要 とする遺物 を多数保管 している。 この内、木製品 と金属製品については、当セ ンターで保 存処理 を進めて きている。木製品については、1997年度以降、糖 アルコール (ラクチ トール

)を

利用 した処理 を 行 っている (年報16)。 本年度は、以前か ら実施 している仙台城跡二の丸第

9地

点 (1990年度調査 ・

NM9)の

出土木製品の処理 を継 続 して行 ったが、年度途中にようや く終了 した。引 き続 き仙台城跡二の九第12地点 (1993年度調査 。

N M12)と

二の九北方武家屋敷地区第

4地

点 (1994∼ 1995年度調査・

BK4)で

出上 した木製品の保存処理 を行 った。 これ らについては、処理が必要な木製品の数量が少 なかったため、本年度で処理 を終了 した。 また、前年度に調査 を実施 した仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第

7地

点においては、植物繊維で編 まれた俵、 埋設 され当初の形状 を保 っていた桶、大の全身骨格 な ど、大型で特殊 な処理が必要な遺物が出土 した。 これ らに ついては、早急 に保存処理 を施す必要があった。そのため、前年度の調査終了直後か ら対処 を進めてきたが、当 年度 も引 き続 き作業 を行 った。 6口 資 料 保 管 状 況 東北大学埋蔵文化財調査研 究セ ンターでは、ほ とん どの遺物 は容量30.3リ ッ トルの コンテナ (ポリプロピレン 製・サ ンボ ックス#32)1こ収納 している。 この コンテナに入 らない大型の ものについては、 さらに大 きなコンテ ナや、適宜木箱 を作成 して収納 している。全体 の遺物総量 を把握す るために、容器の大小 にかかわ らず、箱の数 で数量 を管理 している。ただ し、保存処理 を行 う必要のあるものは、別 に保管 しているため、 これには入 ってい ない。当セ ンターの前身である東北大学埋蔵文化財調査委員会が発足 した1983年度か らの、遺物総量の推移 を箱 数で比較 したのが、図

8で

ある。 2002年 度末時点で、当セ ンターで保管 している遺物総量 は3,043箱 となった。前年度か らは17箱の増加である。 内訳 は、青葉 山

E遺

跡第

7次

調査 の当年度分が15箱、青葉 山

E遺

跡第

8次

調査が

1箱

、仙台城跡二の九北方武家 屋敷地区第

8地

点の出土遺物が

1箱

である。一方整理作業 は、2000年 度 に調査 を実施 した仙台城跡二の丸第17地 点の作業が、当年度で終了す る予定であったが、翌年度 まで継続 して進めることとしたため、整理終了分 として 新 たにカウ ン トした ものはない。その結果、箱数では、1,809箱が整理 ・報告済みで、未整理 は1,234箱となる。 全体 の箱数の内、整理・報告済みの ものの比率 は59.4%と なった。

7.研

究 活 動

(1)受

託研究 。共同研究等 1999年度 よ り、東北大学大学院工学研究科の量子エネルギーエ学専攻量子 ビームエ学講座か らの提案 を受けて、

PIXE(Paricle lnduced X‐

ray emission粒子線励起

X線

分析

)に

よる、考古資料の材質分析 の共同研究 を、 同講座の石井慶造教授・ 山崎浩道助教授 ・松 山成男助手 と行 って きた。本年度は、考古科学 シンポジウム世話人 会事務局か らの依頼 を受 け、その成果の一端 を下記の要項で発表 した。

(24)

角雪委Я 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 19831984198519861987198819891990199119921993199419951996199719981999200020012002年 度

R38 Gmph sho ng ttandion征

un士

環爆峻監

age Ghowed by numbば

cぉ

0

松 山成男 。藤沢敦ほか「大気サブ ミリ

PIXEカ

メラを用いた仙台城二の丸跡出土遺物の材質分析」 当 日の回頭発表 も、松 山・藤沢の両名で行 った。

(2)学

会発表等 セ ンターの業務 にかかわる、学会での研究発表等 としては、下記の ものを行 った。 北海道 。東北保存科学研究会

2003年

1月25。 26日 終 :東 北芸術工科大学 「大型遺物の取 り上げ と保存処理」 発表者 :京 野恵子・千葉直美 前年度 に調査 を実施 した、仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

7地

点 においては、俵や桶 な ど有機質の大型遺 物が出土 した。 これ らは、発泡 ウレタンで包埋 して取 り上げ、保存処理 を行 った。その内容 について、 まとめて 発表 した ものである。

(3)資

料調査 セ ンター業務 に関わる資料調査等 としては、以下の

3件

で、それぞれ担 当する調査研究員が出張 した。 2002年12月19∼ 20日 保存科学研究集会「古代の色」 於 :奈 良文化財研究所 藤沢教 2003年 2月 1∼ 2日 江戸遺跡研究会第16回大会「遺跡か らみた江戸のゴミ」 終 :江 戸東京博物館 高木暢亮 2003年 1月 21∼ 23日 「考古科学国際会議 ―新世紀 における考古科学 ―」 僚 :奈 良県新公会堂 京野恵子

(4)科

学研究費採択状況 2002度に、当セ ンター調査研究員で科学研究費等の交付 を受けた ものは、次の とお りであった。 高木暢亮 科学研究費補助金 研究成果公開促進費 学術図書 (代表) 「北部九州における弥生時代墓制の研究」

(25)

8,教

育普及活動

(1)非

常勤講師 2002年 度は、当セ ンターの調査研究員で、非常勤講師を担 当 した ものはいなかった。

(2)保

管資料の貸出 当セ ンター保管の資料の貸出等 としては、次の とお りであった。 ・貸出先 :仙 台市富沢遺跡保存館 ビデオ「石器の作 り方 一石刃」撮影 貸出資料 :青 葉 山

A遺

跡採集石器

3点

撮影 日時 :2002年12月19日 ・貸出先 :土 岐市美濃陶磁歴史館 第15回土岐市織部の 日特別展「織部の流通圏を探 る一東 日本 一」 貸出資料 :仙 台城跡二の九第

9地

点・二の丸北方武家屋敷地区第

4地

点出土陶磁器・煙管計13点 貸出期 間 :2002年12月 16日∼2003年 5月31日 合 わせて、主催者か らの依頼 を受け、同特別展図録 に、下記の遺跡解説 を執筆 した。 藤沢教「仙台城二の九跡・二の九北方武家屋敷地区」

(3)外

部 か らの派遣依頼等 当セ ンターの業務 に関わって、あるいは調査研究員の専 門領域 に関わる事項で、外部か ら派遣等の依頼があっ たのは、次の とお りであった。 担当者 :藤 沢教 2002年12月 4日

郡 山市教育委員会 大安場古墳整備指導委員会 2003年 3月 5日

仙台市史城館部会

(4)広

報活動 2002年度 は、当セ ンターで実施 した広報活動 などはなかった。

(26)

第 Ⅱ章

仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第

8地

(BK8)の

調査

1.仙

合 城 跡 二 の 丸 北 方 武 家 屋 敷 地 区 の 立 地 と歴 史 東北大学の川内地区は、沢 とその脇 を東西 に走 る道路 によって、川内南地区と北地区に分かれている。 この川 内南地区は仙台城二の丸が置かれた場所であ り、北地区は家臣の屋敷が存在 した区域 に相 当する。 仙台城 は、仙台藩初代藩主である伊達政宗 によって、慶長

5年

(1600年

)12月

24日 の縄張始めを晴矢 として、 本九の築造が始め られる。 この段 階では、二の九 は造 られてお らず、後に二の九が造 られ る場所 には、政宗の四 男である伊達宗泰の屋敷があった と伝 えられる。元和

6年

(1620年

)に

は、伝伊達宗泰屋敷の北側 に、政宗の長 女五郎人姫 の居館 である「西屋敷」が造 られ る。政宗死去後二代藩主 となった伊達忠宗 によって、寛永15年 (1638年

)に

二の丸が造 られると、仙台藩の政治・諸儀式のほとんどは二の九へ移 される。二の九は、元禄年間 の改造 によって、 もとの「西屋敷」の敷地 を取 り込んで拡張 され、幕末まで仙台城の中枢 として機能 してい く。 仙台城下は、仙台城本丸の造営 に伴 って造 られてい く。慶長

6年

(1601年

)の

正月11日に、仙台城の普請始め が行われ、同 じ日に「御城下地形 ノ絵図 ヲ以テ諸士等 ノ屋敷割仰付 ラル。」 との記録が残 されている (『貞山公治 奈記録巻之二十一』)。 この時以降、城下の建設が進め られていった もの と考えられる。 正保2・

3年

(1645。 46年

)の

『奥州仙台城絵 図』においては、仙台城の周辺 には、「侍屋敷」が広がってい たことが判 り、おそ らく本丸の造営が開始 された頃か ら、屋敷が造 られていったもの と思われる。正保絵図は幕 府提 出用の絵図のため、細かな屋敷割 は記 されず、屋敷 を使 っていた人名は判 らない。それ以降の藩政用絵図に は、屋敷割が記 され、人名が書 き込 まれた ものが多 くある。川内地区においては、大手門の周囲などに最 も上級 の家臣の屋敷が置かれ、それ以外の区域 にも比較的上級の家臣の屋敷が多い。東北大学の川内北地区 も、比較的 上級の家臣の屋敷が置かれていた。 明治維新後、明治

2年

(1869年

)の

版籍奉遠 によって二の九 には勤政庁が置かれる。さらに明治

4年

(1871年) の廃藩置県後は、仙台城が明治政府の管轄下 に移 り、東北鎮台 (後に仙台鎮台

)が

置かれる。二の九建物 は、明 治15年 (1882年

)の

火災で、ほとん どが焼失す る。明治21年 (1888年

)に

は、仙台鎮台が廃止 され、陸軍第二師 団が設置 され、敗戦 まで続 くこととなる。二の九跡 には、第二師団の司令部が置かれた。 川内地区の仙台城周辺の武家屋敷地 も、明治に入 ると取 り壊 され、その多 くは後の第二師団の用地 となってい く。東北大学川内北地区には、第二師団の歩兵隊や鞘重隊な どが置かれていた。なお、 この地区での武家屋敷の 変遷や、明治以降の変化 については、二の九北方式家屋敷地区第7地点の調査成果 を取 りまとめた、年報19の第

1分

冊 において詳 しく検討 しているので、そち らも参照 されたい。 戦後 は、川内地区一帯が米軍の駐留地 となる。昭和32年 (1957年

)に

米軍か ら返還 された後、川内北地区には 東北大学教養部が、川内南地区には文系

4学

部や図書館 などが置かれ、現在 に至っている。

2E調

査 経 緯

(1)2001年

度 までの調査 東北大学の川内北地区は、仙台城二の九 にす ぐ隣接 し、密接 に関連する家臣の屋敷が広がっていた ことか ら、 周知の遺跡である仙台城跡の範囲に含め られている。当セ ンターでは、 この区域 を、仙台城跡二の九北方武家屋 敷地区 と呼称 している。 この二の九北方武家屋敷地区では、1979年にご く小規模 な調査が実施 されたことがあるが、それ以外の調査 は、 当セ ンター (前身の調査委員会 を含む

)に

よって実施 された ものである。 これまでに第

1地

点か ら第

7地

点 まで の調査が行 われている。 この内、1984年度に実施 した第1地点は、試掘調査である。2001年 度に、第

1地

点 と一

(27)

部重なる区域で第

7地

点の調査 を実施 している (年報19)。 1985年度に実施 した第2地点 と第

3地

点 の調査 につ いては、立会調査で終わっているため欠番 としている (年報3)① したがって、実質的には、第

4地

点か ら第7 地点の 4ケ 所 を調査 していることとなる。 この内、第

5地

点 (年報

7)と

第6地点 (年報

14)は

、 ご く小規捷 な 調査であった。第

4地

点 (年報13)と第

7地

点の 2ヶ 所が、 まとまった面積の調査 となる。いずれの調査 におい て も、多数の遺構 と、膨大 な数の遺物が出土 している。検出遺構の中には、江戸時代初頭に遡 るもの もあ り、こ れ らの区域 における武家屋敷の整備が、江戸時代初頭 まで遡 ることが明 らか となっている。また、明治時代にな り武家屋敷が取 り払われた後、軍隊が使 うまでの間に、畝状の遺構が広が り、畑 として利用 された時期があるこ とが半Jっている。 (2)調査地点の位置 今回の調査地点 は、川内北地区厚生会館のす ぐ前の場所で、広場 となってお り、アスファル ト舗装 されている (図9)。 仙台城二の九 には、通用門である台所 問が北側 にあ り、そこか ら北へ道路が延びていた。 この道路は、 千貫沢 を上橋 で渡 り、北側の武家屋敷に続いていた。今回の調査地点は、この千貫沢を渡って、 さらに進んだ付 近にあたる場所である。 今回の調査地点か ら、厚生会館 をはさんだ東側

110m程

の ところに、第

4地

点の調査区がある (年報13)。 今回 の調査地点のご く周辺では、立会調査は多数実施 しているが、発掘調査 は実施 されたことはない。 (3)調査の方法 と経過 2003年 2月21日に、当セ ンターのセ ンター長が、川内北地区厚生会館前で掘削工事が実施 されている場所 に遭 追 した。連絡 を受けたセ ンターか ら施設部に照会 したところ、年度末近 くになって実施 された営繕工事で、施設 部内での連絡調整の ミスか ら、無届けのまま工事が着手 されたことが判明 した。直ちに工事 を中止 させ るととも に、調査研究員が現地に急行 し、現状の確認を行った。 工事 は、厚生会館 の前 に上屋 を設けるための もので、10m×

10mの

範囲全体 を地表下50cmまで掘削 した上で、

4本

の支柱 を立てるための基礎部分を、地表下2.5mま で掘削するものであった、全体 を

50cm下

げる掘削 は終わ り、 4ケ 所の基礎 の内、

3ヶ

所 については掘削が終了 し、北西側のlヶ所のみが残 されている状況であった。 工事で掘削 された壁面 を精査 して検討 したところ、一部は攪乱によって破壊 されているものの、全体に近代以 降の削平は行われてお らず、江戸時代の遺構面が残存 していたことが明 らかとなった。既に深掘 りが終了 してい た 3ヶ 所 については、完全 に破壊 されてしまってお り、壁の断面が残 るだけであった。深掘 りが為 されていない 1ケ 所 については、江戸時代の遺構面が残存 していることが明 らか となったため、この区域については記録保存 のための調査 を実施することとなった。 仙台市教育委員会 と宮城県教育委員会 との調整を行い、各種手続 きが終了 した後の、

3月

13日か ら19日の期間 で調査 を実施 した。 調査 を行 った部分の平面図は縮尺1/20、 遺構 断面図は縮尺1/10で作成 した。外周壁の断面図は、縮尺1/20で作 成 した。写真 は、

35mmの

モノクロとカラー リバーサルで撮影 した。

3H基

本 層 序 ほとんどが平面精査を行っておらず、断面だけでの検討であるため、確実でない部分も多 く残る結果となって いる。これまでに実施 した第

4地

点・第

7地

点での知見 も合わせて、次のように分層した (図11)。 1層 ・攪乱 明らかに近代以降と考えられる整地層や攪乱、および現在の表層となるアスファル トとその基盤層を、まとめ

(28)

E三 こ

]第

8地 点 調 査 区 (BK8・ 2002年 度 )r/″ イ ア イ /イ ア イ オ lllllllllllllll第 4地 点 試 掘 調 査 区 (BK4・ 1985年 度 ) 国 至 劃 第 4地 点 本 調 査 区 (BK4・ 1994∼ 1995年 度 )

│ (て

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0を

γ

_

9

武 家 屋 敷 地 区 第 8地 点 調 査 区 の位 置

Fig,9 Location of BK8(BK8i.e.Location 3 of sa阿

(29)

=+1,960

5 Pit2 卜 < 璧断面図の範囲 X=-193,435 Y=+1,970

0

回土座標値は日本測地系 A′ │―-56.8m 5m

H望 Pit3 Pit 2 埋±1層 10YR4/2 灰黄色 シル ト 粘性弱・ しま り強 暗灰黄色 シル ト含む 小礫・ 白色粒子 を少量含 む 埋±2層 10YR4/6 褐色 ンル ト 粘性 中 しま り中 暗褐色 ンル ト含 む 炭化物 自色粒子少量含む nt3 埋± 5Y4/1 灰色 シル ト 粘性弱 。しま り強 褐色 シル ト含む 小礫・炭化物少量含む 白色粒子多 く含 む P■4 埋±1層 5Y4/1 灰色 シル ト 粘性弱 しま り強 オリーブ褐色 暗褐色 シル ト含む 炭化物・小礫 を少量含む 自色粒子多 く含む 埋±2層 75YR3/4 暗褐色粘土質 シル ト 粘性強 。しまり中 暗褐色 シル ト含む 災化物・ 白色粒子 わずかに含む B′ 卜 568m 粘性 中 しま り強 褐色 シル ト含む 小礫 白色粒子 わずかに含む 粘性 中 。しま り強 褐色 シル ト含む 粘性中・ しま り強 黒褐色 シル ト少量含む 粘性 中 。しまり強 褐色 シル ト含む 粘性中 しま り強 オ リープ褐色 シル ト含む 白色粒子 わずかに含む 粘性 中・ しま りやや強 黄灰色・黒褐色 シル ト含 む 白色粒子 わずかに含む 粘性 中 しまり強 褐色 シル ト 暗褐色 シル ト含 む 粘性 中 。しま り強 上部 に黄灰色 シル ト含む 図

10

武家屋敷地 区第8地点検 出遺構平面 図・ 断面 図 Fig■O Plans and cross secdons at BK8

2号土抗 C C′ 引

トーー56.7m

Ψ

2号土坑 埋±1層 5Y3/1 オ リーブ黒色 シル ト 粘性弱 しま りやや強 黒色・ オ リーブ黒色土 ブロック含 む 白色・黄色土粒含む 小礫 わずかに含 む 埋±2層 25Y4/3 オリーブ掲色 粘土質 シル ト 粘性やや強 。しま り強 黄褐色土粒含 む 号溝B坦±1層 号溝B埋±2層 号溝B埋±3層 号溝B埋±4層 号溝A埋±1層 号溝A埋±2層 号溝A埋±3層 号溝A埋±4層 25Y3/2 黒 褐 色 シ ル ト 10YR3/3 暗 褐 色 シ ル ト 10YR4/6 褐 色 シル ト 10YR3/3 暗 褐 色 シ ル ト 26Y3/2 黒 褐 色 シル ト 10YR4/6 褐 色 シル ト 10YR3/3 暗褐 色 シル ト 10YR4/6 褐 色 シ ル ト 1号溝

(30)

東壁 南 壁 57m

へ√

56m ――――――― \ O   ③

m

1 表土・ 近代以降の整地層・機乱 2a loYR3/2 黒褐色 ンル ト粘性 中 。しま り中 にぶい黄色土粒 炭化物わずか に含 む 2b 10YR4/3 にぶい責褐色 シル ト 粘性弱 。しま り中 炭化物粒わずかに含む 2c 10YRγ8 明黄褐色 粘土 粘性強 。しま り中 にぶい黄褐色土 プロック含む 3a 75YR3/3 暗褐色 シル ト 粘性 中 しま り中 明責褐色土 プロック・酸化鉄わずかに含 む 炭化物 を少量含 む 3b 75YR3/1 黒褐色 シル ト 粘性 中 。しまり中 賞褐色 ンル トプロック・酸化鉄含I」 4a 10YR4/4 褐色 粘土質 シル ト 粘性 中・ しまり中 明黄褐色 シル ト多 く含む マ ンガン粒・責褐色土粒含む 4b 75YR4/1 褐灰色 シル ト 粘性弱 。しま り中 黄褐色粘土小 プロック・ 酸化鉄・ マ ンガン粒含 む 4c illYR5/4 1こ ぶい黄褐色 粘上 粘性強 。しま り中 明黄褐色土小 ブロ ック・ マ ンガン粒含む 4d 10YR4/6 褐色 粘土質 シル ト 粘性中・ しま り中 責褐色土粒 炭化物粒 わずかに含む 4e 10YR6/8 明黄褐色 粘土 粘性強・ しま り強 褐色粘土わずかに合 む 黄褐色土粒 マ ンガ ン粒含む 4f 10YR4/3 にぶい黄褐色 粘土質 シル ト 粘性 中 。しま り中 明黄褐色土小 プロック・炭化物粒 わずかに含む 地山10YR7/6 明黄褐色 粘土 粘性強 しま り強 黄灰色 シル ト・ マ ンガン泣・酸化鉄含む ① 遺構?埋土 10YR5/4 にぶい黄褐色 シル ト 粘性 中 。しま り中 黒褐色土・ 酸化鉄少量含む ② 遺構埋土 10YR4/3 1こ ぶい黄褐色 シル ト 粘性中 。しま り中 黄褐色 シル トプロックを含む 酸化鉄多量含 む ③ 遺構?埋土 10YR4/4 褐色 粘土質 シル ト 粘性強 。しま り強 黄褐色粘土ブロ ック・マ ンガ ン粒含む ④ 遺構埋± 1層 ⑤ 遺構埋笙2糧 ぶい責褐色 シル ト 粘性 Ⅲ しま り強 明黄褐色粘土質 力 琳 プロッ分 酸化鉄含む 庚化物粒・/1h礫わず州 こ含む ■5YR6/1 褐灰色 粘土 粘性強 しま り強 黄褐色粘土 プロック・マ ンガン粒含む ⑥ 遺構埋±1層 10YR5/3 にぶい責褐色 シル ト 粘性 中・ しま り中 黄褐色土プロ ック含 む 酸化鉄・ マ ンガシ粒少量含 む 遺構埋±2層 loYR4/6 褐色 シル ト 粘性 中 しま り中 黄褐色土プロック含む マ ンガ ン粒わずかに含 む 遺構埋±3層 10YR4/3 にぶい費褐色 シル ト 粘性 中 。しま り中 明黄褐色土プロック含む マ ンガン粒 わずかに含む ③ 遺構坦± 1層 10YR4/6 褐色 シル ト 粘性 中 しまり中 マ ンガ ン粒わずかに含む 、 ⑩ 遺構埋±2層 10YR5//6 黄褐色 粘土 粘性強・ しま り中 にぶい黄褐色土 プロック含 む マ ンガン粒多 く含む 自色土粒 わずかに含む 図

11

武家屋敷地 区第8地点外周壁断面図 Fig.ll Cross secions of excavation at BK8

(31)

て1層 。攪乱 とした。 2層 明治初頭の耕作土 と考 えられる3層よ り上位 にあ り、比較的均質な整地層である。第

4地

点の調査 においては、 明治時代の第二師団関係の建物建設 に伴 う整地層が確認 されてお り、一部は今次調査の2層に類似 しているぐそ のため、今次調査 における2層は、 この第

4地

点の明治時代の整地層 に姑応す る可能性が考 え られる。 3層 暗褐色か ら黒褐色 を呈 し、黄褐色ブロックを少量含む以外 は、均質な層である。第

4地

点で確認 された、明治 初頭の畑の耕作土 と、層相が類似す ることか ら、同様の耕作土 と考 えた。

4層

場所 による変化が大 きいが、

3層

よ り下位 に位置 し、江戸時代の表土層 と考 えられる。地 山 と接す る部分 は、 漸移的に変化 してい く場所 もある。 精査 を行った北西側以外の区域においても、壁面の断面観察か ら遺構 と考えられる落ち込みが確認できる。 こ の内、東壁に現れる図11で② とした遺構は、位置関係か ら見て、精査を行った北西部の

1号

溝がここまで廷びて いるものと思われる。ただ、

1号

溝は新旧

2時

期に分かれるが、東壁で確認できるものが、そのどちらであるか は判断 し難い。

4.検

出遺 構 今回の調査において確認 された遺構 は、溝が

2条

、土坑

2基

、ピット

4基

である (図10)。

1号

Aと 3号

土 坑の間の攪乱は、掘 り込み面が判 らないため、当初は 1号 土坑 として調査 した。 ところが、大型のブロックんミ入 る、 きわめて不均質な埋土であることが判明 した。このような埋土は、近代以降の攪乱 と類似することか ら、

1

号土坑は久番 とし、攪乱 として取 り扱 うこととした。ここからは、遺物は出土 しなかった。 【

1号

溝A】

1号

溝は、ほぼ同じところで新旧

2時

期の溝が重なっている。溝のほぼ中心に、同 じ方向で延びる近現代の上 管理設のための掘 り方による攪乱があ り、溝の重複を認識できなかった。底面近 くまで掘 り上げた段階で、新旧

2時

期に分かれることが判明した。そのため、古い溝を 1号 溝A、 新 しい方を 1号 溝 Bと した。 南西か ら北東方向に延びる素掘 りの溝で、方向は、N-64° 一

Eで

ある。ほぼ埋 まりきった後に、南岸よりに、

1号

Bが

掘 られている。中央付近の埋土上部は、近代以降の土管掘 り方で破壊 されている。北岸は、攪乱で壊 されているところが多い。南岸が

1号

Bで

壊 されているため、上幅は明 らかではないが、おおむね120∼

130cm程

度になるもの と推定される。下幅は35∼

50cmで

、深 さは

50cm前

後である。調査範囲内では、底面 レベ ルにはあまり差が認められなかった。埋土は自然堆積 と思われるが、水流の影響を受けたような堆積ではない。 常に水が流れていた様子は、想定 し難い。遺物は出土 しなかった。 【

1号

溝B】

1号

Aの

南岸を壊 して、造 られた素掘 りの溝である。当初、

1号

Aと

1号 溝

Bを

区分で きていなかったた め、北岸は検出できていない。断面観察では、土管掘 り方によって、北岸はほとんど破壊 されているものと思わ

れる。方向は、N-63° 一

Eで

1号

Aと

ほぼ同じ方向である。弔轄

Aが

埋 まった後、ほぼ同じところで造 り

直 した溝 と思われる。断面での観察では、上幅は

60cm程

度 と推定され、下幅は

10cm程

度である。底面は、所々

がわずかに深 くなってお り、深 さは、30∼

50cmで

ある。埋土は、 自然堆積 とも思われるが、水流の影響を受け

たような様相は認め られない。 日常的に水が流れていたとは考え難い。遺物は、埋± 1層 より、織部の小中皿、

(32)

2号

土坑】 攪乱で壊 され、全体形状は不明であるが、溝状になる可能性 もある。

3号

土坑を切っている。

1号

Aと

の関 係は、間に攪乱があるため判 らない。東西の幅は60cm、 深さ

25cm前

後である。壁は垂直に近 く立ち上がる。遺 物は出土 しなかった。 【

3号

土坑】 南東側の攪乱 と

2号

土坑によって切 られ、当初は確認できなかった。攪乱 と

2号

土坑を掘 り上げた段階で、さ らに深い遺構が北壁沿いに存在することが判明 した。やや東西に長い楕円形に近い平面形態 と思われ、東西の幅 は約120cm、 深 さは

40cm程

である。遺物は出土 しなかった。 〔ピット】 ピットは

4基

検出 した。ピット

1が 1号

Bを

切っている他は、切 り合い関係はない。平面形は、円形か ら隅 丸方形で、ピット1は 径

30cm程

と小 さいが、ピット

2∼ 4は

、径50∼

60cm程

である。深 さは、ピット

1が

5cm、 ピット

3が

13cmと浅 く、ピット

2が

35cm、 ピット

4が

30cmと やや深い。当初は、ピット

2∼

4が

並ぶため組み 合 うものかとも考えたが、深 さが異なってお り、組み合 うとすればピット2と

4だ

けであろうか。遺物は、ピッ ト2の 埋土より、瓦の小片が 1点 出土 しただけである。

5.出

土 遺 物

(1)江

戸時代以前の遺物 江戸時代以前の遺物 としては、石器が

2点

出上 している。 【石器】

2点

とも、

2次

加工が施された剥片である (図

12-Sl・

S2)。

Slは

1号

B埋

± 1層 か ら出上 した。剥片の腹面に二次加工 を施 し、快 りを入れている。石材は頁岩であ る。

S2は

1層

・攪乱か らの出土である。一端が大 きく折れているため、本来の形状 は明 らかでない。背面側 に 二次加工が施 されている。石材 は頁岩で、級密 な良質の ものである。 二の九北方武家屋敷地区第

4地

点では、江戸時代以前 に遡 る自然の沢状の落ち込みが検 出され、その埋土最上 部か ら、縄文時代 中期前葉、弥生時代前期後半か ら中期 中頃にかけての、縄文土器・弥生土器 と石器が出上 して いる (年報13)。 また、二の九北方武家屋敷地区第

7地

点 において も、縄文時代 と思 われる陥 し穴が検 出 され、 石器 も出土 している (年報19)。 千貫沢 を渡った二の丸地区で も、第

4地

点で石器が出土 している (年報5)。 こ のように川内地区では、縄文時代や弥生時代の遺構 。遺物が発見されてお り、まとまった遺構は未発見ではある が、これ らの時期においても生活の舞台 となっていたと考えられる。今回出土 した石器 も、詳細な時期は判 らな いが、これまで発見されているものと、一連のものである可能性が考えられる。

(2)江

戸時代以降の遺物 江戸時代以降の遺物には、陶器 。磁器・瓦質土器 。瓦・金属製品がある。ほとんどが、

1層

。攪乱からの出土 で、遺構で遺物が出土 したのは、ピット2と

1号

Bの

みである。 【陶器】

2点

出土 している。 1点 は、

1号

B埋

± 1層 か ら出土 した織部の皿である (図

12-Cl)。

見込みに高台の 熔着痕があ り、重ね焼 きで作 られた大量生産品である。近年の消費地遺跡での研究成果を踏 まえると、おおむね 1620年頃のものと考えられる。 もう1点 は、小片のため図示 していないが、

1層

・攪舌とから出土 した志野の向付である。

図 45  青葉山 E遺 跡第 8次 調査 深掘調査 区平面図・断面図   …… 78 図 46  青葉 山 E遺 跡第 8次 調査出土剥片   ………… 79 表 目 次 表 1 2002年 度調査概要表   ………………………… 1   表 8  青葉山 E遺 跡第 7次 調査 表 2  武家屋敷地区第 8地 点出土遺物集計表 ・・・・24 出土石器観察表 (1)・ ……・ 69 表 3  武家屋敷地区第 8地 点出土遺物観察表 ・…。 24   表 9  青葉山 E遺 跡第 7次 調査 表 4  青葉
図 2  仙 台城 と二の丸 の位置 Fig.2  Distribution of Sendai Castle
図 5  千貫橋石垣全景
表 2  武家屋致地区第 8地 点 出土遺物集計表 Tab.2 Distribution of various implements at 13K8 陶 器 磁 器 質器瓦土 石 器 金属製品 瓦 小 中 皿 向付 中碗丸 形 小碗 端反 小中皿 火 鉢 加 2次工 あ る 剥 片 古銭 煙管 九瓦類 平瓦類 平瓦1類 平瓦2類 桟瓦類 不明 1層 ・攪乱 1 1 ] 1 2 1 l ピッ ト 2 1 1号 溝 B理 土 l層 1 l ユ ユ l号 溝 B最 下層 1 l 針計 l l l l 2 1 3
+5

参照

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