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誘導ラマン散乱を用いたフェムト秒ラマン分光法の開発

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Academic year: 2021

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(1)

著者

吉澤 雅幸

(2)

誘導ラマン散乱を用いた

フェムト秒ラマン分光法の開発

(研究課題番号10640378 )

平成10-11年度文部省科学研究費補助金

(基盤研究C)(2)研究成果報告書

平成12年3月

研究代表者 吉滞雅幸

(東北大学大学院理学研究科助教授)

(3)

[1]_はしがき

本報告書は、平成10年度から平成11年度までの2年間に文部省科学研究費(基盤研 究C) 「誘導ラマン散乱を用いたフェムト秒ラマン分光法の開発」 (研究課題番号 10640378 )により行った研究成果をまとめたものである。 本研究では、光誘起構造変化の初期過程を研究するために有用な超高速時間分解ラマ ン分光法の開発を行った。従来はピコ秒がラマン分光の実用上の限界と考えられていた 時間分解能を、誘導ラマン散乱を用いることでフェムト秒に向上させることが可能であ ることを理論的に示した。実際に新しい原理を用いたフェムト秒時間分解ラマン分光装 置を製作し、色素分子の光異性化の研究に応用してその有用性を確かめた。 本研究によりフェムト秒の時間分解能で過渡状態の振動測定が可能となったことは、 光物性だけでなく光化学の分野や光合成初期過程における構造変化等の光生物学にも大 きな貢献ができると考えられる。さらに将来の展望としては、フェムト秒領域で過渡状 態の振動を励起することにより光誘起現象そのものを制御できる可能性にもつながると 期待される。

[2]研究組織

研究代表者 吉揮雅章 (東北大学大学院理学研究科 助教綬)

[3]研究経費

平成10年度  2,100千円 平成11年度   900千円 計      3,000千円 -1-00010178870

二「

(4)

[4] _研究発表

<報文>

1) M. Yoshizawaand M. Kurosawa

" Femtosecond tine・resolved Raman甲∝trOSCOPy using stimulated Raman

scattering" ,

Phys. Rev. A 61, 013808 (2000).

2) M. Yoshi2:aWa, M. Kubo,and M. Kuz'osawa,

''Ultrafast photoisomerization in I)CM dye obseⅣed by-new femtosecond Raman

岳pectroscopy",

J. L血.血press.

<口頭発表>

3) M. Yoshizawa, M. Kubo, and M. Kurosawa,

'・Development of femtosecondtine-resolved Raman印∝trOSCOPyfreefrom

tranSfom hmit..,

me 6th htemationalWorkshop on Femtosecond TeclmOlogy qST'99),

Chiba, Japan (July 13・15, 1999).

4) M. Yoshi2:aWa, M. Kubo, and M. Xurosawa,

1'Ultrafast photoisomerization in DCM dye observed by new femtos∝ond Raman

sp ectroscopy'',

IntemationalConference on L血escenceand Op血alSpectroscopy of

Condensed Matter qCL'99), Osakn, Japan(Au印St 23・27, 1999).

5)吉滞雅幸、久保雅樹、吉田俊一郎、青木活計

フェムト秒ラマン分光による超高速光異性化の研究、

日本物理学会春の分科会(平成12年3月)大阪.

(5)

-2-第1章 序論

[5]研究成果

本研究の目的は、フェムト秒額域で実用的なスペクトル分解能をもつ時間分解ラマン 分光法を開発し、物質の構造変化を伴う光誘起現象に応用可能とすることである。 光により作られた電子励起状態からは、光誘起電子移動、光異性化、光化学反応、光 相転移などのさまざまな光過程が誘発され、光エネルギーの変換や光情報の伝達におい て重要な役割を担っている。これらの光誘起現象を理解する.ためには、光励起直後の初 期過程を詳細に調べることが重要である。近年では超短パルスレーザーの発達により市 販のフェムト秒レーザーが出現し、これを利用したフェムト秒時間分解分光が行われる ようになっている。特にフェムト秒吸収分光はフェムト秒発光分光に比べると比較的容 易であり、多くの研究グループが日常的に行えるレベルに達している。 時間分解吸収分光および発光分光からは、光励起された物質の電子準位間のエネルギ ー(スペクトル)とその過渡的特性を知ることができる。その結果から光励起状態から の緩和過程が議論されている。しかし、光誘起現象の多くが物質の構造変化を伴うにも かかわらず、構造変化はスペクトルの変化から類推されているだけである。物質の構造 変化に敏感な分光法としては、ラマン分光や赤外分光などの振動分光があるが、構造変 化に直接つながる信号をフェムト秒の時間分解能で観測した例はほとんどない。 時間分解ラマン分光の基本的方法はすでに1960年代に確立しており,当初はナノ秒 のレーザーが用いられていた。ラマン分光の時間分解能は短パルスレーザーの発達とと もに向上し、 1993年には3.2 ps (ピコ秒: 10-12秒)に達している【1-6】。しかし、従来 の方法では第-の励起光の次に第二のラマン励起光で自発ラマン散乱を発生させて測定 するため、観測されるラマン信号のスペクトル幅がラマン励起光のスペクトル暗により 拡がってしまう問題がある。このスペクトル拡がりはナノ秒・ピコ秒額域では十分小さ いが、フェムト秒の光パルスを用いるとノマルスのフーリエ限界によりスペクトル幅が大 きく拡がる問題となった.たとえば100危(フェムト秒: 10-15秒)のパルスは100 cm 1 以上のスペクトル幅をもっておりラマン分光に必要なスペクトル分解能はもはや得られ ない。このため、フェムト秒時間分解ラマン分光は、スペクトル分解能が悪い例が数例 あるだけである【7-10】。 フェムト秒光パルスを用いるラマン分光法としては、本研究の時間分解ラマン分光と は異なる目的のコヒ-レントラマン分光が数多く行われている【11-141。この分光法は電 子基底状態における特定の振動モードの動的過程を測定するものであり、光誘起現象に おける未知の過渡的状態の振動を時間分解観測するという本研究の目的とは本質的に異 なるものである。コヒ-レントラマン分光に用いられるラマン散乱の代表例はCARS

(6)

_3-(CoherentAnti-Stokes Raman Scattering)やCSRS (Coherent Stokes Raman Scatte血g)であり、あらかじめ測定する振動モードに合わせた波長のレーザーを準備 して、レーザーパルスの時間間隔を変えた場合のラマン散乱強度を測定する。この実験 ではスペクトル分解能は特に重要とはならないため、スペクトル幅の広いフェムト秒光 パルスを用いても測定を行うことができる。 もう一つの振動分光である赤外分光では、すでにフェムト秒時間分解を行った実験例 がある【15・18】。しかし、基底状態で存在する振動モードが光励起によりどのように変化 するかを調べているだけで,過渡状態の振動や構造変化を測定することを目的とした研 究は行われていない。これは未知の振動を検出するためには幅広い波長領域の測定が必 賓となるのに対して、赤外分光では光源や検出器の制約があり一度に測定可能な波長範 囲が限られているためである。 本研究では光励起された過渡的状態のラマン信号測定に誘導ラマン散乱を用いること で、従来の方法の問題点を解決した。その特徴は、光励起後の観測に狭帯域のラマン励 起光とフェムト秒白色光パルスによる誘導ラマン散乱を用いることである。この方法の スペクトル分解能と時間分解能は、それぞれラマン励起光とフェムト秒白色光という異 なる光パルスで決まることが理論的に示され、従来の方法において分解能の限界となっ ている単一パルスのフーリエ変換限界がこの方法では制約とはならない。 この新しい方法を用いた実験装置として、干渉フィルターを用いてフェムト秒光パル スを狭帯域化してラマン励起光とする時間分解ラマン分光装置を製作した。光励起され た過渡状態のラマン信号は、自己位相変調により発生したフェムト秒白色光をプローブ 光としてラマン増幅あるいはラマン損失による透過率変化として観測した。この装置に より、 250島の時間分解能と25 cm●1のスペクトル分解能により時間分解ラマン分光を 行うことが可能となった。これは単一光パルスのフーリエ変換限界を超えるもので、本 研究の新しい方法により初めて実現されたものである。 本報告書では、まず第2章で新しい時間分解ラマン分光法の原理について理論的に考 察する。第3章では開発した実験装置の詳細と装置性能について述べる。第4章では新 しい時間分解ラマン分光装置を光異性化を起こす色素分子に応用した例を紹介する。第 5章では本研究のまとめと将来の課題・展望についてまとめる。

(7)

-4-第2章 理論

2-1従来の時間分解ラマン分光

従来の時間分解ラマン分光法の概要を図1に示す.まず第-の励起光(以下、単に励 起光と呼ぶ)により試料を光励起状態とするo次に時間tdだけ遅れたラマン励起光によ り自発ラマン散乱光を発生し、その強度を分光器を通して検出する。検出器には時間分 解能はなく、ラマン散乱の時間的な積分強度あるいは平均値が測定値となる。この方法 における時間分解能は、励起光パルスとラマン励起光パルスの時間的交差相関で決まる。 っまり両方のパルス幅が時間分解能に影響する。観測されるスペクトルは分光器の分解 能や幅が拡がるだけでなく、ラマン励起光のスペクトル幅による拡がりもうけるo この 方法では、ラマン励起光が時間分解能とスペクトル分解能の両者に影響を及ぼすため、 このパルスのフーリエ限界以上には分解能は向上しない。 図1従来の時間分解ラマン分光法

2-2 新しい時間分解ラマン分光

図2は、本研究で開発した新しい時間分解ラマン分光法の概念図である。 td 図2 誘導ラマン散乱を用いた新しい時間分解ラマン分光法 _51

(8)

励起光により試料を光励起状態とする方法は従来と同じであるが、ラマン信号の検出に 二つの光パルスを用いた誘導ラマン散乱を利用することが特徴である.図2は、ラマン 増幅またはラマン損失を用いる場合の配置例を示している.ラマン励起光としてスペク トル幅の狭い光パルスを用い,検索光としてはフェムト秒白色光(Femtos∝ond Supercon血uum)を用いる.これらのパルスは、励起光に対して時間tdの遅れをもっ て同時に試料に到達し、検索光を分光器のついた検出器で測定して、試料の透過率変化 からラマン信号を得る。 ここで、新しい方法で検出される信号を計算してみる。図3は計算に用いるモデル物 質のエネルギー準位図でありラマン増幅過程を示している。初期状態上は、ラマン検出 における初期状態で光励起された過渡的状態とする。これは、`電子励起状態の場合もあ れば既に基底状態となっている場合もある。 ′はラマン散乱の終状態であり、エネルギ ー準位的には才と同じ電子準位の振動励起状態とする。この準位間の振動エネルギーを a・V、振動の位相緩和時間をTvとする.ここでは、ラマン励起光が別の順位と共鳴する 効果は考えないことにする。 図3 過渡状態のラマン増幅過程 計算を簡単にするために過渡的状態はパルス幅0の∂関数的励起光で時間0に瞬時に 生成され寿命Thで減少するものと仮定する.このとき、過渡種の状態数の時間依存性は

・(I, - (N. ex,?_′′Tn, (';≡.0,I

となる。また、ラマン励起光と検索光の電場は、それぞれ ER = ER(i)e-WR'+C.C. Es = Es(i)e-tod +C.C. (1) と表すことにする. wRとwsは、それぞれ、ラマン励起光と検索光の中心周波数であり、 EJ命とEj釧ま、それぞれのパルス波形を表している。このとき、ラマン増幅に関係す -6・

(9)

る分極は

P = ER (iQ(i)exp(-ia)vt) + C・C) ただし,

Q(t) -敬, N(t・)e-(I-t・,/,hE'R (t・)E; (i)e-(I-L',/,7-伽S一句'・'

(4) (5) となる。ここで、にはラマン増幅に対する物質に依存した比例係数である.さらに、こ こからラマン増幅の周波数成分(wm-wR-Wv)を抜き出すと、 PRG = PRO(t沖 'mROL + C・C・ = -iQ'(i)ER (i)e-''oRGL + C.C. (6) となる。検出器で測定されるものは、分光器でスペクトル分解をした検索光を時間積分 した強度であり、最終的には検索光の強度変化から試料の透過率変化を求める。したが って、ラマン増幅に関係する感受率xRGを

rft eidpRG (i)e-J'QROE ≡ XRO (a・)fey e'dEs (i)e-'msL

と定義すれば、ラマン増幅による透過率変化は感受率の虚部から ATRG(a1) ∝ - Im XRG(ald) (7) (8) の形で計算することができる。      . まず過渡的状態の数が(1)式で表される試料に、単色(CW)のラマン励起光と時間 tdにピークをもち幅が0 (∂関数)である検索光が入射した場合を考える.このとき、 それぞれのパルス波形は ER (I) - ERO      (9) Es(i) - Es.6(i -td)      (10) と表される。この場合にはラマン増幅に関する感受率は容易に計算することができ、遅 延時間tdの場合には XRG (aI, td ) 0 可ERO F N。e-'d /Tn

a'- a'RG +L'(T/ + TII)

となり、求める透過率変化は

_7●

(10)

ATRG(a), td) ∝

O

Noe Ld /Th

(a,- a・RG)2 +(Tv-I + TII)2

(td <0) (td ≧0) (12) となる。 計算結果から透過率変化のパルス遅延時間ちに対する依存性は、 (1)式のt依存性に 一致していることがわかる.スペクトルはwRGEこピークをもち、幅がTv・1+Th・1となって いるo振動の位相緩和時間午の逆数よりも広くなっているのは、ラマン散乱の初期状態 と終状態が共に寿命TDをもつと仮定したためであるoしたがって、この方法では過渡的 状態数の時間依存性とその振動スペクトルの両者を正確に測定できることがわかる。結 局、一単色のラマン励起光と∂関数のプローブ光を用いると時間分解能とスペクトル分解 能がともに無限によいという結果が得られる。ただし、このことは不確定性原理を超え る測定が行われたことを意味するわけではない。この方法ではラマン励起光が長い時間 存在するために、過渡種の寿命に応じて測定が自動的に最適化されているのである。従 って測定される信号には過渡状態の寿命寛が関係しており、測定結果は必ず不確定性原 理よりも広い幅を与える。 次に、ラマン励起光と検索光がともに有限のパルス幅をもつ場合を考える。簡単のた めにパルス波形は指数関数型とするoラマン励起光はパルス幅TRで時間td+ A tdにピー クをもち、プローブ光はパルス幅Tsで時間tdにピークをもつものとする.それぞれの パルス波形とスペクトル形状は

ER (tVimd - EL。elt-Ld-NdI/TRe-棚-エ叫ER (a,i Viok

ER.

ER(0去) ≡ (a; -のR)2 + TR-2 ef(如RXb'Nd)

Es(i)e-'msL - Ei。el'-tdJ/Tse-zost ≡仁ゐLEs(a・;)e ,aふ`

および Es (aIi ) Es. (a,; -a)S)2 + T{2 e l'(aIふ-LDs )td となる。ここで、検索光のパルス幅Tsは、他の時定数TR, T" Tnよりも十分短いものと 仮定する。また、ラマン励起光と検索光のピークのずれAtdは、 TRに比べて小さく、か つ遅延時間ちによらず一定とする。図4は、この条件における測定状況の概要を示した ものである。

(11)

ー8-図4 有限の幅をもつパルスによる測定の様子 この場合に得られるラマン増幅による透過率変化は -I ATRO(0,td)∝ ただし f(a),td) = f(a), td )

(a1-a)RG)2 +(TJl + TIl +TR-I)2

N.I_ (aI, Ld )eLd'Ts  (td < 0) N。e-Ld/Tn - N.I.(a),td)e-td/Ts) (td ≧ 0) (17) (18) となる。ここで、 ft(a',tJはWとtdに依存した複雑な形となるが、時定数Tsよりも速 く時間変化する成分は含まれていないC従って,観測される透過率変化は、遅延時間td が-Tsよりも十分に負の領域では0であり、正の遅延時間では時定数Tsで ATRG(a), td) ∝ Noe-Ed /Tn

(a) -a)RG)2 +(Tv-1 + TIl + TR-I)2

(19) に近づく。したがって、有限の時間幅をもつパルスを用いて測定した場合の時間分解能 は検索光パルスの時間幅Tsとなり、観測されるスペクトル幅はラマン励起光のスペク トル幅TRllの分だけ拡がることがわかる。 第-の励起光も有限のパルス幅をもつ場合を考えてみる。励起光パルスが観測する振 動の周期よりも短い場合には、試料中にコヒ-レントな振動が作られることが知られて いる。しかし、ここではパルス幅が振動周期よりも長い場合あるいは振動緩和が速い場 合を考え、始状態上と終状態′の間のコヒ-レンスがないものとする。したがって、励 起光のパルス幅の効果は(18)式を励起光のパルス幅を考慮して遅延時間tdについてコ ンボリュ-ション積分をすればよいことになる。また、分光器の分解能が有限である影 響は、スペクトルがさらに拡がる結果となる。 結局,新しいラマン時間分光法では、時間分解能は励起光とプローブ光のパルス幅で 決まり、スペクトル分解能はラマン励起光のスペクトル幅と分光器の分解能で決まるこ とになる。それぞれの分解能を決める要因が異なっているため、それぞれを独立に最適 化していくことが可能である。このことは、従来の方法の分解能がラマン励起光のフ-_9.

(12)

リエ限界による制約を受けていたこととの決定的な違いである。 新しい方法による分解能改善の利点を示す。図5は、試料中に基底状態と過渡的状態 の2つの状態が存在するときに、従来の方法と新しい方法で測定されるラマン信号を模 式的に示したものである。それぞれの分光法は同じ時間分解能Tsをもつとする。基底状 態(A)は寿命が無限大で振動の位相緩和時間をTv-20Tsとした.過渡的状態(B)は 寿命Th-Tsで位相緩和時間もTv-Tsとした。従来の方法(点線)ではラマン励起光の パルス幅を時間分解能と同じTsとする必要があるため、スペクトル幅はその逆数となり 測定されたスペクトルは大きく拡がり、過渡的状態の信号は基底状態の信号のすそに隠 れてしまっているo新しい方法(実線)ではラマン励起光の不ベクトル幅を時間分解能 に関係なく狭くできるため(ここではTR'1=Ts・1/20) 、基底状態と過渡的状態の信号を容 易に分離することができる。 tdtBtsueucd RamanshiR 図5 従来の方法(破線)と新しい方法(実線)による 測定結果の比較シュミレーション 実際の実験では励起されずに残る基底状態の存在や溶液試料における溶媒の存在など のために、過渡的状態の信号以外にバックグランド信号が必ず現れてくる。従来の方法 では、図5のように重なった信号を分離するためには励起光を入れない非励起の場合の 信号を差し引く必要がある。しかし、この場合でも得られたスペクトルは本来のスペク トルよりも幅が拡がっているし、バックグランド信号自身に強度変化があった場合には 結果が不正確なものとなる。新しい方法ではバックグランド信号が本来の鋭い線状の信 号となって観測されるため、容易に分離することができる。

2-3 共鳴効果の影響

ラマン励起光の共鳴効果について考える。過渡的状態では基底状態と電子状態が異な るため、ラマン励起光の波長を過渡的状態の共鳴に合わせれば過渡的状態からのラマン 信号をより強く観測することが可能となり大きな利点となる。しかし、共鳴が起きてい

(13)

Ilo-る場合にはラマン散乱過程に中間状態が存在することにより時間分解能に影響が現れる 恐れがあるoここでは、図6(a)のように中間状態mが存在する場合の共鳴効果を考えるo A=wm-wR

ww弓

N(i), Tn a)a

>∫ \__竺_

ちちち LIL_-I ・w L_--i (a) 図6 共鳴がある場合のラマン増幅過程 (り 図6(b)は最終的にwRG-wR- a,のラマン増幅信号を作るダイアグラムを示したもので あり、これからラマン増幅に関係する分極 t lL t2

PRO (t) - -FL3(- iY ∫dyl Jdt2 Jdt,E; (i, ㌢QR-Oh't3lTLI'12-E3'

-くO -く0 I a)

× Es(t2 )e-∫(os一mm・叫't2-T:I(&,-L2'ER (i. )e一一`mR-OL

Ill-Tか-tI>・'oh一叫'-(20) が得られる.ただし、 〟は双極子モーメントであり、 wJDは共鳴周波数、 TL,U・とTdはそ れぞれ中間状態mと始状態)'および終状態′との間の緩和時間を表す。これ以外のダイ アグラムは中間状態が実励起されて起こる誘導放出を表すので、ここでは考えない。 (1) 式で状態数が表される過渡的状態について、 ¢),(10)式のようにラマン励起光が単色光 で検索光の時間幅が0 (∂関数)の条件で測定を行った場合を考えると(20)式は

PRO ((, td ) - idt. idt2 i dt,N((, )E; (i, )e・・(mR-m・,ち-(T;,・T;lxt2-1,, -EO -a) -CO

x Es (12 )e-i(os-oh・Oy 't2-'T;l・'Il xtl-L2 'ER ((. )e-・'mR一% Ill-'TかTI'X'仰`om -oy 'L

- N(td )JER J2 Es局dt,elTLl ・・(oR-OL ,・L-lT:I-TD・"-R-OL ,・・-[抑・(榊,,I

ld 0

0

1ER l2EsN.e td/Tn (1 - e-'TかA'Ld )(e-'Ty-1'か`oR-叫)Jt - e-lTJ.T;l十'(榊'】')

(A ・iTLl)lA ・i(TJ1 -Td)]

となるoただし、 Aは共鳴周波数W,Dとラマン励起光の周波数wRの差である。分母には

(14)

-ll-共鳴効果による信号増大を示す項が現れる。分子の最後の括弧内には時間tにより変化 する振動が現れている。このうち前項がラマン増幅による信号であり、後ろの項は共鳴 励起された中間状態からの誘導放出による増幅を表す.遅延時間tdに依存する部分は、 (1) 式と同じ過渡的状態数の項(N。e二'd/Tn)と緩和時間ThU・および共鳴との差Aによる項 (1-e-(TLl-JA)Ld )の積になっている。後者が時間分解能に影響を与える部分である。も し測定に用いるパルス幅が共鳴の差Aの逆数よりも長ければ、遅延時間tdをパルス幅の 時間だけ積分することによりAによる振動が平均され1となる。従って、 100 cm 1ほど 共鳴からずれていれば約100血の時間分解能が得られることを意味する。遅延時間もが A 1より長い場合の透過率変化は(21)式から ATRG(a),td) ∝ Noe-Ed/Tn

(a1-a)RO)2 +(Tvll +TIl)2 (td > All) (2 2)

となり、ラマン励起光が非共鳴の場合((12)式)と同じ結果となる。 ラマン励起光がさらに中間状態と共鳴をしている場合には、ラマン増幅以外の信号が スペクトル的に重なりラマン信号を分離することが難しくなる。ラマン励起光と検索光 の間の遅延時間に対する依存性からラマン散乱信号を区別することは可能である。ただ し、時間依存性は中間状態の緩和時間の影響を受けるため、その取り扱いは慎重に行う 必要がある。 2 - 4 特徴と他の非線形光学過程-の応用   . 本研究で提案した方法の大きな特徴は、狭帯域のラマン励起光と超短パルスの検索光 を組み合わせて用いることである。この原理はラマン増幅だけでなく、ラマン損失や

CARS、 CSRS、 RIKES (RamanInduced Kerr Effect Sp∝troscopy)などの誘導ラマ

ン散乱にも応用可能である。コヒ-レントCARSでは狭帯域のラマン励起光と超短パル スのストークス光を用いればよく、このときCARS信号を放出する分極は(4)式と同 じとなる。従って、時間分解能はストークス光のパルス幅で決まり、スペクトル分解能 はラマン励起光のスペクトル幅で決まる。さらに、この方法はラマン過程に限らず非線 形光学過程を用いた検出法全般に応用できると考えられる。 新しい方法が様々な誘導ラマン散乱に応用可能であることは、試料の条件によって最 適のラマン分光法を選択できることを意味している。時間分解分光では励起状態からの 発光が必然的に生じるため、発光とラマン散乱光を分離する必要がある。ラマン増幅や ラマン損失では信号が検索光の強度変化として現れるため、検索光を空間的に選択する ことで発光の影響を減らすことができるo さらに、ラマン励起光と検索光の遅延時間Atd に対する応答を調べるとラマン信号を完全に分離することが可能である。一方、発光が 少ない試料ではCARSやCSRSを用いることで、測定感度を高めることができる。

(15)

ー12-第3幸 美鼓装置の開発

3-1 実験装置 本研究では、既存のフェムト秒時間分解吸収分光装置を高感度化するとともに、ラマ ン励起光の光学系を新たに付け加えてフェムト秒時間分解ラマン分光装置を製作した。 装置の概要を図7に示す。 図7 フェムト秒時間分解ラマン分光装置 光源は、アルゴンイオンレーザー(Coherent, hova 310)で励起されたモード同期n:

サファイアレーザー(Avesta)の出力をkHz再生増幅器(Spectra Physics, Spitfire)

で増幅したものであるo波長約800mm、パルス幅140臥出力lmJがlkHzの繰り返 しで得られる。このフェムト秒パルスは、 2つのビームスプリッター(BSl,BS2)によ り3つに分けられている。 第-のビームは、光学遅延路1を通過後に厚さ3 mmのLBO (LiB305:タイプI) 結晶で第二高調波(波長約400 nm)を発生し(第-の)励起光とする。励起光のエネ

(16)

-13-ルギ-は約40〃Jである。 第二のービームが時間分解ラマン分光用に新たに付け加えられた部分で、励起光とは別 の光学遅延路2を通過後に干渉フィルターを用いて狭帯域のラマン励起光とする。干渉 フィルターには、 (1)中心波長794/・7mm、半値幅1・5mmのものと、 (2)中心波長801・Onm、 半値幅0.87mmの二種類を用意した。干渉フィルター透過後の光強度は、 (1)の場合が25 FLJ、 (2)の場合が7pJであったo 最後のビームは、厚さ10 Ⅱ皿のガラスセル中の水に集光してフェムト秒白色光を発 生させている。白色光の安定化のために水は循環されている。白色光は一度ピンホール (直径70〃m)に集光することで試料上での集光性をよくするとともに、安定性をまし てし十号.また、 800 nm付近の光強度を弱めるためにカラーフィルターを用いている・ フェムト秒白色光はBS3によりさらに参照光と検索光に分けられている。検索光は試料 透過後に光ファイバーにより分光器に導かれ、 CCD検出器(JOBN WON, SR460) で検出される。参照光も同様に光ファイバーで検索光と同じ分光器に導かれ、 CCD検 出器上では検索光とは違う高さに集光され検出される。 検索光の偏光は水平方向に固定されているため、励起光とラマン励起光の偏光を1/2 波長板により回転可能としてラマン散乱の異方性の測定を可能としている。通常は、す べての光パルスが水平の直線偏光をもつ条件で実験を行った。 光学遅延路の設定は、試料にまず励起光が到着し、次に遅延時間tdだけ遅れたラマン 励起光と検索光が同時に到着するようにしてある.実験は遅延時間tdを設定してラマン 励起光がない場合とある場合とで測定を行い、ラマン増幅またはラマン損失信号を試料 の透過率変化として得た。本研究で用いている装置は時間分解吸収分光と同じ積算・解 析プログラムを用いているため、信号は吸収変化の形で示される。従って、ラマン増幅 過程では信号は負、ラマン損失過程では正となる。 光構造変化を起こす試料は、光励起によりその状態を変えてしまい元の状態には戻ら ない場合が多い。そこで測定には常に新しい試料を用意する必要がある。溶液試料につ いてはフローセルを用い、圃休試料用には自動ステージにより試料位置を移動する機構 を採用した。 本研究の装置はラマン増幅またはラマン損失の測定用に設計されているが、光ファイ バー-入射する光学系を変更することで図7の破線方向に現れるCARSあるいはCSRS の信号の測定も可能である。また、ラマン励起光を用いなければフェムト秒吸収分光装 置となるので、試料の吸収変化とラマン信号を同じ条件下で測定することが可能である。 さらに、簡単な配置換えにより和周波発生もしくは光カー効果をゲート法とする時間分 解発光分光を行うことができるように設計されている。従って、本装置を用いることで 光誘起現象の超高速ダイナミクスを多角的に捕らえることが可能である。 -14一

(17)

3-2 測定精度

ラマン増幅信号は試料の透過率変化として現れるため、検索光の安定性が装置のSN 比に大きく影響し測定精度および感度を決定する。本装置では、参照光と検索光の強度 を同じ分光器を用いて比較することでフェムト秒白色光の強度変化の影響を打ち消して いる。白色光発生の直後に設置しているピンホールは、検索光と参照光との間の強度変 化を減らす上で大きな効果がある。透過率変化は、ラマン励起光がある場合とない場合 についての差をとることにより求めている.光源の繰り返し周波数1kH2;に対して検出 器のシャッター速度は最短で10 msであるため、一回の測定で10ショット以上の光パ ルスが検出器に入射していることになる。同じ測定条件で100回づつ測定を行い平均し たもの同士の差をとり装置の測定精度を求めると、検索光波長が500 mmから1000 mm の領域では吸収変化の値として5×10・3以下の精度が得られている。時間分解ラマン信 号の測定では、さらに測定回数を増やすことで10J以下の測定精度を得ている0本研究 で用いた検出器は可視領域で感度が高いため、ラマン励起光(800 mm)よりも短波長 側に現れるラマン損失信号の方がラマン増幅信号よりもSN比がよい。そこで、本報告 書ではラマン損失による測定結果を示す。 3-3 時間分解能 装置の時間分解能は励起光パルスと検索光パルスの交差相関を取ることにより求める ことができる。図8は、厚さ1mmの石英ガラスによる光カー効果を利用して交差相関 を測定したものである。具体的には、水平方向に偏光した検索光が試料を透過した後に 直交した検光子をおく。励起光は偏光を450傾けてガラス板に入射させ、光カー効果に ょり検索光の偏光を回転させて検光子を透過させる。励起光と検索光の遅延時間を変え て測定を行った結果、検索光波長が波長700mmの場合には交差相関波形の半値全幅と して250魚が得られた。 (Sでコ.qJt!)倉suatq 図8 励起光(400mm)と検索光(700mm)の交差相関波形

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-15-′ 光カー効果を利用する方法では、検索光の広い波長領域について同時に交差相関の測 定できる。その結果、ラマン分光に用いる検索光の波長域600-1000 mmでは半値全幅 は波長にはあまり依存しなかった。しかし、ピークの時間には波長依存性があり、検索 光がチャープしていることを示している。吸収分光では400-1100 nmと幅広い領域を 測定しているため、交差相関波彩をもとにチャープ補正を測定後に行ない時間分解吸収 スペクトルを得ている。しかし、ラマン分光においては測定領域が最大でも3000 cm-1 程度であり、この範囲内でのチャープは100島以下と半値全幅に比べて小さい.そこで 時間分解ラマン分光においてはチャープの補正は行わなかった。実験では、検索光の観 測波長の中心(ラマンシフト約1200 cm-1)におけるピーク時間を検索光の到着時間と している.ラマン励起光と検索光とのピーク時間が異なること(理論計算におけるAtd iと疲長依存性があること)は、ラマン励起光のパルス幅が狭帯域化により700島以上に 長くなっているため無視することができる。 3-4 スペクトル分解能 装置のスペクトル分解能を示す実験として、ラマン励起光のスペクトル測定とベンゼ ンのラマン散乱の測定を行った。図9は、半値幅1.5 mm (23 cm●l)の干渉フィルター を用いた場合である。ベンゼンはl E皿ガラスセルに入れ、 400 nmの励起光を用いず に基底状態によるラマン損失をラマン励起光と検索光を用いて測定した。測定されたラ マン励起光のスペクトル幅は25 cm 1であり、これが装置のスペクトル分解能を示して いる。ベンゼンの992 cm■1のラマン信号の幅は半値全幅28 cm●1で測定されており、実 際にラマン分光の分解能がほぼ25 cm■1であることがわかる。通常の実験条件でのスリ ット幅(0.1・0.2mm)では分光器の分解能は約5 cmー1であり、装置分解能は主に干渉フ ィルターの半値幅で決まっている。 図10は、半値幅の異なる干渉フィルターを用いてDCM色素のDMSO溶液(詳細は 第4章で述べる)の基底状態におけるラマン散乱を測定したものである。半値幅が狭い フィルター(0.87 mm、 13 cm●1)では明らかにスペクトル分解能が向上していることが わかる。しかし、信号強度は約1/8になっている。これは、ラマン励起光のパルスエネ ルギーが約1/4に弱くなるだけでなく、パルス幅が2倍程度に拡がる影響でピーク強度 が1/8程度と非常に弱くなっているためである。第4章で示す実験結果は、半値幅1.5nm (25cmー1)の干渉フィルターを用いたものである。 この実験方法ではCCD検出器を用いているため、一度に3000 cm 1以上の広い領域 を測定できる。しかし、低波数の領域ではラマン励起光の散乱や白色光の不安定性によ り測定精度が悪くなるため、現在のところは250cm-1程度が実用上の限界である。

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-16-93trqDaDtreqJOSqV 1 000   2000   3000 Raman shi允 (cmll) 図9 ラマン励起光のスペクトルとベンゼンのラマン信号 1000 2000 Ramanshift(cm-1) 3000 図10 半値幅の異なる干渉フィルターを用いて測定した DCM/DMSO溶液のラマンスペクトル

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-17-3-5 装置性能のまとめ

本研究で開発した時間分解ラマン分光装置の性能を以下にまとめる。かっこ内は半値 幅の狭い干渉フィルターを用いた場合の値である。 励起光    中心波長 出力 パルス幅 ラマン励起光 中心波長 出力 スペクトル幅 パルス幅 分光器   分解能 測定可能波長 総合性能  繰り返し 時間分解能 遅延時間 時間ステップ 波長分解能 測定可能領域 信号検出限界 398皿 (400 nm) 40 〟 ∫/パルス 約200島 795 mm      (801 nm) 25 〟 ∫/パルス  (7 〟 ∫/パルス) 23 cm-1    (13 Cム・1) 約700危    (約1.3ps) 5 cm-1 400-1100 m 1 kH2: 250 & 一50-1000 ps 16.67危 25 cmー1 300-4000 cmー1 吸収変化10-3以下 (15 cmll) フェムト秒額域で実用的なスペクトル分解能をもつラマン分光装置は本研究で初めて 開発されたものである。しかし、時間分解能およびスペクトル分解能は、さらに向上さ せる余地がある。 スペクトル分解能を高めるためには狭帯域の干渉フィルターを用いる方法もあるが、 ラマン励起光の強度が弱くなる問題点がある。そこで、フェムト秒パルスと同期した狭 帯域のパルスを別に発生させる方法が考えられる。この方法ではラマン励起光の波長を 可変にできるため、共鳴効果による信号の増大を積極的に利用できる。 時間分解能は励起光と検索光のパルス幅を短くすることにより、さらに向上する。最 近では5危以下の光パルス発生も可能となっている.ただし、超短パルスを用いた場合 には、光励起された振動のコヒ-レンスを考慮に入れる必要性が出てくるので注意が必 要である。

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-18-第4章 光異性化-の応用

4-1 DCM色素の光異性化

本研究で開発したフェムト秒時間分解ラマン分光装置は構造変化を伴う超高速光誘起 現象の研究全般に有用であるが、ここでは光励起により異性化を起こし分子形状を大き く変える有機分子に応用した結果について報告する。 光異性化とは、光励起により励起状態となった分子が緩和過程において分子構造を変 化させて励起前とは異なる異性体に変化する現象である。最も代表的な例はトランス-シス異性化であり、視過程におけるレチナ-ル色素の異性化もその一例である【19】。し か七、レチナ-ルの場合には、全トランス、 7-シス、 9-シス、 ll-シス、 13-シスな どの多数の異性体がある。しかも生物によって周囲のたんばく質が異なるため、利用す る異性化のダイナミクスが異なるなどの複雑さがある。そのため、トランスーシス光異 性化の基本的モデルとして研究が進められてきたものにスチルベンがある[20,2110 図11はスチルベンの構造とトランスーシス光異性化の過程を模式的に示したもので ある。溶液に溶かした状態ではスチルベンはトランス体として安定に存在し、紫外線を 照射することにより光異性化反応が起きてシス体に変化する。スチルベンでは時間分解 分光も数多く行われており、ピコ秒時間分解ラマン分光も行われている阿。その結果か ら,スチルベンは溶媒に依存した障壁を越えた後に、トランスとシスの中間状態である 中央の2重結合が90度回転した状態となり、その後l pS程度の速さでトランスもしく はシスの基底状態に緩和すると考えられている。従って、最も重要な初期の構造変化を 調べるためにはl ps以下の時間分解能が必要となる。 bliZD9スチルベン 血スチ/レベン 90 内部回転角(皮) 図11スチルベンの分子構造と光異性化の過程

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-19- 本研究では、励起波長の関係からスチルベンと類似の分子構造をもつDCM色素(4-dicyano血ethylenel2-methy1-6-p・dimethyl血ostyryl14H-pyran)の光異性化を調べ た。 DCM色素の構造と吸収スペクトルを図12に示す。 CN H3C/N\cH3

Wavelength(nm)

図12 トランス-DCM色素の分子構造と吸収スペクトル(DMSO溶液) DCMはスチルベンと同様に溶液に溶かした状態ではトランス休であり、緑色から紫 外光の照射で光異性化を起こしてシス体に変化する[22,23】。また、 DCM色素は大きな ストークスシフトをもつレーザー色素として知られており、これはTTCT (Tbisted

htramol∝ular Charge Transfer)状態の生成で説明されている. TICT状態とは、基

底状態ではベンゼン環に対して平面構造をもっているジメチルアミノ基が光励起後に回 転した状態である。このⅥCT状態の生成や光異性化の効率は溶媒の極性に大きく依存 しているため,これら初期過程の溶媒依存性を調べることは非常に重要である。 本研究では、 DCM色素の光励起後の緩和過程を溶媒依存性を含めてフェムト秒ラマ ン分光とフェムト秒吸収分光により調べた。吸収スペクトルには溶媒依存性はあまりな く、図12に示すようにSl電子状態による吸収ピークを480mm付近にもつ.試料のDCM

色素はExciton社製、溶媒のDMSO (dinethyl sulfoxide)およびクロロホルムはWAKO

社製であり、いずれも再精製することなく用いた。実験はすべて室温で行った。

4-2 フェムト秒吸収分光の結果

図13はDCM/DMSO溶液のフェムト秒吸収分光の結果である.励起光は、Ti:サフ ァイアレーザーの第二高調波(400mm)である。 DMSOは極性溶媒(誘電率47.24)で あり、シス体-の異性化はほとんど起こらないことが知られている。光励起直後(0.Ops) に500 mmから700 mmにかけて非常に広い負の吸収変化が現れている。 DCM色素の 基底状態の吸収は600 mmより短波長なので、これより長波長の負の信号は、励起状態 による利得である。この利得は、 615 mmにまずピークをもち、ひきつづいて650 mm

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-20-に新しいピークが現れる。 615 mmのピークの立ち上りは0.3 psであるが、 650 nmの ピークは0.8psの立ち上りの後に4.9 pSの時定数でさらにゆっくりと増加した。励起光 波長が400 mmでありSl電子準位の振動励起状態を励起していることから、これらの 変化は光励起後にまずSl準位の底-の振動緩和が0.3 psで起こり、次に¶CT状態に 0.8 psで緩和が起きるとして説明される。 4.9 psの遅い立ち上りは溶媒との相互作用に よる緩和と考えられる。 図14はDCM/クロロホルム溶液におけるフェムト秒吸収分光の結果である。クロロ ホルムは極性が小さい(誘電率4.806)溶媒であり、トランス・DCM色素は非常に高い 効率でシス体に光異性化することが知られている。実験では、常に新しい溶液をフロー セルに流すようにし、しかもl kHzの繰り返しの励起光で2回以上光照射を受けないよ うに流速を速めることで、光励起により生成されるシス体の影響を排除している。クロ ロホルム溶液における吸収変化の大きな特徴は、利得スペクトルの形状が遅延時間によ らずに一定であることである。利得は550 mmから750 mmの領域で約0.3psで立ち上 がる。その後のスペクトルは、ほとんど変化しない。これは、極性が小さい溶媒中では ¶cT状態-の緩和が起こらないためと説明されている。ただし、約3psの時定数で吸 収変化の大きさとスペクトル形状がわずかに変化しており、これは溶媒緩和によるもの と考えられる。 800 mmよりも長波長側の幅広い吸収は三重項状態による吸収と考えら れる。 1 0 1 o q 昔333u月hOSqV 500 60wa7V%ngth8‰】 900 1㈱ 図13 DCM/DMSO溶液の 光励起後の吸収変化 -21-2 0 0 33t一月333utqhOSqV 500 6Wwa7V%zvhS‰】 900lWO 図14 DCM/クロロホルム溶液の 光励起後の吸収変化

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4-3 基底状態のラマン信号

DCM色素の時間分解ラマン分光を行う前に、トランス体とシス体の基底状態におけ るラマン信号を測定した。 DCM色素は非常に発光効率が高いため、通常の方法では発 光がラマン散乱光に混入して測定が難しい。しかし、本研究で用いている誘導ラマン散 乱を利用する方法では、信号が換索光の強度変化として現れるため検索光のみを検出器 に導くことで発光の大部分を空間的に除去することができる。 図15はDCM/クロロホルム溶液で測定されたラマン信号である。この他、 DMSO 溶液や狭帯域の干渉フィルターを用いた測定も行った。溶液に溶かしたDCM色素はト ランス体であるため、キセノンランプ(浜松ホトニクス)の光を紫外透過フィルターに 透過させて照射しシス体を生成した。クロロホルム溶液中では光異性化によりほぼ100% に近いシス体が得られているo図中の*印は、溶媒であるクロロホルムのラマン信号で ある。トランスーDCMによるラマン信号は、 1500cm・1付近に集中して5本の信号(1410、 1490、 1540、 1590、 1650 cm●1)が観測され、少し離れて2200 cm-1に信号がある。ま た、 1200 cm●1のクロロホルムのラマン信号の低エネルギー側に肩として現れている。 この1200 cm'1のモードはDMSO溶液でははっきりと確認できる。シス・DCMによる 信号は、 480、 930、 1030 cm-1に現れている0 1500 cm・1の信号は溶媒の信号と重なって はいるが、その強度の違いからシス体の信号が含まれていると考えられる。 2200 cm・1 の信号はシス体でもピーク位置は変化しないが、その強度は弱くなっている。 *    * 噸潜入L_卜 500 1 000 1 500  2000  2500 ラマンシフト(cm 1) 図15 DCM色素クロロホルム溶液のラマン信号(*は溶媒のラマン信号) ー22・

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4-4 励起状態の時間分解ラマン信号

図16;17に励起光(400mm)照射後のDCM色素のラマン信号を示す.実験はCCD 検出器での測定を100回単位で10120回繰り返しており、一つのスペクトル測定にほぼ 1時間を要している。本研究で測定された光励起状態からの信号は非常に小さなもので あり、しばしば同程度の大きさのノイズが混じることがある。しかし、この後で議論す る信号は常に同じラマンシフトの位置に再現して現れており、光励起された過渡的状態 からのラマン信号を実際に捕らえていることを示している。また、非常に強い溶媒から のラマン信号があるにもかかわらず、 DCM色素からの信号や励起状態からの信号をス ペクトル的に分離できていることがわかる。 実験装置の繰り返しがlkHzであるため、フローセルを用いても前の光パルスにより 光異性化したDCM色素がわずかに観測領域に残っている可能性がある。実際に、吸収 分光では遅延時間が負の状況でもわずかに信号変化がありこの影響が現れている。しか し、その量は本来の試料であるトランスーDCMにくらべると無視できるほどわずかであ る。ラマン信号測定では基底状態の信号と遅延時間-10 psの信号が一致しており、前の 光パルスにより異性化されたDCMが残っている影響は現れていない。 図16はDCM/I)MSO溶液の結果である.光励起により、 480, 1500, 2150 cm'1 (矢 印)に新しい信号が現れていることがわかる。これらの信号の時間依存性を見ると、 2150 cm・1の信号は光励起直後から現れて次第に増加し、 1 ps以後ではほぼ一定となる。他の 信号はやや遅れて0.4 ps以後に立ち上がっており、異なる時間依存性をもっている。励 起状態の信号から基底状態の信号を差し引いて詳細にみると、 950 cmー1付近にも信号の 増大があることがわかる。また、 1500cm-1付近の信号は光励起後lpsぐらいまでは200 cm・1に近い広い幅をもっていたものが3 ps以後では装置の分解能である約30 cm●1の幅 になり、ラマン信号の幅が遅延時間とともに変化している。なお、遅延時間3ps以後に おける2000 cm・1以上の信号のノイズが大きくなっているのは、この領域に現れる発光 が検索光強度に比べて大きくなり発光の揺らぎの影響を受けているためである。 図17はDCM/クロロホルム溶液の時間分解ラマン信号である。光励起によって生じ た新しいラマン信号としては、光励起直後に480, 970cm●1 (矢印)に明確な信号が現れ、 3 ps後にほとんど消滅している0 2150 cm11の信号はDMSO溶液に比べて非常に弱いo さらに1450 cm・1にも信号の増大が確認できるが、時間依存性については溶媒の信号の 影響ではっきりしない。このように、極性が小さい溶媒であるクロロホルム中では、大 きな極性をもつDMSO溶媒中とは明らかに異なるラマン信号が得られており,光異性 化の違いに対応しているものと考えられる。

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_23-地膚∴L_卜 500  1000 1 500  2000  2500 ラマンシフト(cm 1) 図16 DCM/DMSO溶液の時間分解ラマン信号 *     * 噸庶人L_卜 500  1000 1 500  2000 ラマンシフト(cm 1) 2500 図17 DCM/クロロホルム溶液の時間分解ラマン信号

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ー24-4-5 実験結果の考秦

本研究で得られた実験結果は、 Marguetら【24)によるDCM色素の理論計算結果を模 式的に示した図18により説明ができる。図の右側は二重結合の回転(∂)によるトラ ンスーシス異性化の反応座標、左側はジメチルアミノ基の回転(め)に対応する反応座 標である。ここでは、基底状態ノ(so)の他にSlとS2の準位が示されている。 DCMな どのようにトランスーシス異性化を示す分子の特徴は、 Sl状態のエネルギーが8 -900 (P)で極小を持つことである。このため、 Sl状健-の光励起後に二重結合の回転が生 じ、 0 -900の状態から基底状態へ緩和してシス体へと異性化することができる。 H36/■へcH3 90         0        90       1 80

C・Ntx)nd angle : ¢ (deg)  Double bond angle : 0 (°eg)

■ 図18 DCM色素の二重結合およびCN結合の角度とエネルギー Mar印etらの計算によれば、 DCM色素はジメチルアミノ基が回転した状態ではS2 が非常に大きな分極をもっている。このため極性溶媒中では溶媒和によりS2が本来の Sl状態よりも低エネルギー化(図18点線)して、より安定なTICT状態になるとされ ている。 DCM色素からの発光の大きなストークスシフトは、このⅥCT状態からの発 光として説明されている。 本研究で用いている励起光波長は400nmであり、トランスーDCMのSl電子準位の 振動励起状態を光励起している。フェムト秒吸収分光において励起直後に約0.3psで利 得が立ち上がるのは、光励起された状態からSlの底-の振動緩和が起きているためと 考えられる. DMSO溶液において新たな利得が長波長側660mmに0.8psの時定数で立 ち上がるのは、極性溶媒中で安定なTICT状態が生成されるためと考えられる。クロロ ホルム溶液では¶CT状態が安定ではないため、 Slの底からの利得が観測されるだけで あり長波長シフトは起こらない。 光励起により新たに生じたラマン信号は、その振動数や時間依存性から、 2150 cm・l

(28)

-25-の信号と他の信号の2つのグループに分類できる。まず、 2150 cm・1の信号について考 える。この信号はその高い振動数から基底状態の2200皿・1の信号と同様にC≡Nの伸 縮振動によるものと考えられる。しかし、 C…N結合は分子端に位置するため異性化の 影響を受けにくい。実際、基底状態の信号はシスーDCMにおいても強度比が異なるだけ でトランス・DCMと振動数は変化していない。従って、光励起によって生じたシフトは 光異性化によるものではなく、 ⅥCT状態が生成して分子内の電子分布が変化した影響 と考えられる。立ち上りの時間依存性も、吸収分光で得られている長波長側(650 mm) の利得ピークが現れる時定数0.8psとよく一致している。 他の信号は、シスーDCMの基底状態で観測されるラマン信号と振動数がほぼ一致して いる。従って,トランスーシス異性化と密接に関係していると考えられる。しかし、DMSO 溶硬では異性化効率が非常に小さいにもかかわらず信号が現れていることを考えると、 完全にシス体に変化をしていない中間状態(♂-900 )においても、シス体と同様のラ マン信号が現れたと考えられる。 ¶CT状態生成とほぼ同じ立ち上り時間は、 ¶CT状 態に緩和した後に二重結合の回転が比較的自由となり∂ ≠Ooの状態を取るためと類推 される。 クロロホルム溶液ではⅥCT状態が作られないため、 2150 cm・1の信号はほとんど観 測されない。一方、シス体に特徴的なラマン信号は光励起直後にが現れた後にl psほど で消失している。 DCM色素ではSlから二重結合が回転した状態P -の間に障壁があ ると考えられており、 Slの底に振動緩和した後に現れる異性化に関する信号はSlの寿 命をもつと予想される。従って、 lpsの速い減衰は、励起光で作られたSlの振動励起 状態から直接P -の緩和を考えることにより説明される。従って、観測された寿命はP 状態の寿命と考えられ、これはスチルベンの中間状態の寿命にほぼ一致する。 -26_

(29)

第5章 まとめと今後の課唐・展望

本研究では、誘導ラマン散乱を用いることで高い時間分解能と高い波長分解能を併せ 持つ時間分解ラマン分光が可能であることを理論的に示した。新しい方法では、スペク トル分解能はラマン励起光のスペクトル幅で決まり、時間分解能は検索光のパルス幅で 決まる。このため、それぞれの光パルスを最適化することで分解能を独立して改善でき る。本研究で提案した狭帯域の励起パルス光と超短パルスの検索光という組み合わせは、 誘導ラマン散乱だけでなく非線形光学効果を用いた計測全般に応用できると考えられ、 フェムト秒時間分解分光の可能性を大きく広げるものと期待される。 実際にラマン増幅およびラマン損失を利用した時間分解ラマン分光装置を製作し、世 界で初めてフェムト秒蘭域で実用的なスペクトル分解能をもつ装置の開発に成功した。 ラマン励起光にはフェムト秒光パルスを干渉フィルターで狭帯域化したパルスを用い、 検索光にはフェムト秒白色光を用いることで、 250島の時間分解能と25 cmー1のスペク トル分解能を得た。この分解能はすでに単一パルスのフーリエ変換限界を超えており、 従来の方法では原理的に達成不可能なものである。 本研究で開発した装置では光励起された過渡種の状態数に比例した強度で信号が得ら れ、またスペクトルも正しく得られる。これは、溶液試料などの様に溶媒からの信号が バックグラウンド信号として現れる試料に適している。従来の方法では強いバックグラ ウンド信号の幅が拡がって観測されるため過渡種の信号がその裾に隠れてしまう。しか し、本研究の方法ではバックグラウンド信号が本来のシャてプな幅で検出されるため、 過渡種の信号をスペクトル的に容易に分離できる。 開発した時間分解ラマン分光装置を光異性化を起こすDCM色素に応用し、トランス ーシス光異性化に伴うラマン信号変化をフェムト秒の時間分解能で測定することに初め て成功した。この信号は光励起後0.3ps以内にすでに生じており、構造変化を伴う緩和 が光励起直後に起きていることが示された。さらに極性溶媒中における¶CT状態の生 成をラマン信号の変化として捕らえた。このことは、時間分解ラマン分光が物質の構造 変化を測定するだけでなく電子状態の変化をも敏感に捕らえうることを示しており、時 間分解ラマン分光の可能性をさらに広げるものである。 本研究によりフェムト秒の時間分解能でラマン分光を行うことが可能になり、これま では電子状態のスペクトルから推定されていた物質の構造変化をより直接的に観測する ことができるようになる。これにより励起状態における構造変化や光相転移初期過程の 研究といった光物性の分野だけでなく、光異性化や光反応中間状態等の光化学分野や光 合成初期過程における構造変化等の光生物学分野にも大きな貢献をすることができる。 光励起された過渡種の振動を知ることは、その振動を励起することなどにより光誘起現 象そのものを制御したり光異性化や光反応の効率を向上させるなどのさらなる応用-の

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_27-可能性につながると期待される。 本研究で開発した装置の今後の改善点としては、データ積算時間の短縮と励起光波長 を可変にすることがあげられる。現在は長時間の積算が必要なため、ラマン信号の時間 依存性を精密に測定することが難しい。励起光波長が限られていることは、系統的に試 料を変える研究や励起光波長依存性の研究を行う上で障害となっている。今後は、装置 開発をさらに進めることでこれらの問題を解決するとともに、ラマン増幅およびラマン 損失以外の非線形計測法にも応用を広げて、光誘起現象を幅広い角度から研究していく ことが重要となる。

謝辞

本研究の遂行に当り、東北大学大学院理学研究科の斎官清四郎教授の援助と有意義な 助言を得たことに深く感謝いたします。また、実験面では東北大学大学院理学研究科の 大学院生である黒揮誠氏(現アドバンテスト)と久保雅樹氏の多大な協力を得たことに 感謝いたします。

(31)

ー28-参考文献

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[6]発表論文

(34)

∴ijn-TOUR : Tohoku University Repository コメント・シート 本報告書収録の学術雑誌等発表論文は本ファイルに登録しておりません。なお、このうち東北大学 在籍の研究者の論文で、かつ、出版社等から著作権の許諾が得られた論文は、個別にTOUR に登録 しております。 TOUR http://ir.library.tohoku.ac.jp/

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