超短時間領域におけるレーザー誘起分子振動ダイナ
ミクスに関する理論的研究
著者
菅原 道彦
号
1323
発行年
1993
URL
http://hdl.handle.net/10097/25315
氏名・(本籍) すがわらみちひこ
菅原道彦
学位の種類博士(理学) 学位記番号理博第1323号 学位授与年月日平成5年3月25日 学位授与の要件学位規則第4条第1項該当 研究科専攻 東北大学大学院理学研究科 (博士課程)化学第二専攻 (岩手県) 学位論文題目 超短時間領域におけるレーザー誘起分子振動ダイナミクスに 関する理論的研究 論文審査委員 (主査) 教授安積徹 勲弘一 武勇 部村 楠阿藤 授授授 教 教教助論文目次
第一章時間分解CARSシグナルにおけるnon-Markov効果 第二章光合成初期過程における電子移動反応に対する密度行列法の応用 第三章強いレーザー場中での分子核振動波束のダイナミクスと化学反応素過程 第四章レーザーによる光反応制御 付録MonteCarlo法による実時間発展演算子の評価論文内容要旨
第一章時間分解CARSシグナルにおけるnon-Markov効果 極超短パルスレーザーによって凝縮中の分子間に生成する分子聞コヒーレンスは,時間分解 CARSシグナルに現れる量子ピー・トとして観測される。この量子ビートの解析には分子間振動位 相緩和,分子間コヒーレンス移動の2つの新しい概念の導入が必要であり,これまで分子一熱浴 相互作用時間が観測時間スケールには比較して非常に短いとするMarkov近似下で扱われてき た。しかし,実際に観測されているシグナルの時間領域ではMarkov近似が成立し得なくなっ ており,時間分解CARSシグナル上のnon-Markov効果が期待される。 本研究では凝縮相における分子からの時間分解CARSシグナルに現れる分子聞コヒーレンス の時間発展を摂動論的密度行列法を用いてnonMarkov効果を考慮しながら取り扱う事のでき る理論を提示し,時間分解CARSシグナルの微視的な表式を与える事に成功した。また,確率 的モデルに基づいてモデル計算を行った結果,時間分解CARSシグナルに及ぼす分子間位相緩 和速度におけるnon-Markov効果として,相関時間(分子一熱浴相互作用時間)が長い程時間 分解CARSシグナルに見られる量子ビートの減衰が抑えられる事が明らかになった。また,コ ヒーレンス移動速度におけるnon-Markov効果としては,相関時間が長い程シグナル上の振動 数シフトが小さくなることが明らかになった。 第二章光合成初期過程における電子移動反応に対する密度行列法の応馬 光合成バクテリアの反応中心の3次元構造が明らかになって以来,この反応中心で起こる光合 成初期電子移動過程の解明に興味が持たれている。しかし,光合成初期過程に関する様々な理論 的取り扱いの中で,ダイナミクスという観点から捉えている研究はほとんどなかった。そこで, 本研究は電子移動過程をダイナミクスとして取り扱い,密度行列法を用いてその機構を明らカ)に する事を目的とした。反応中心(色素+蛋白サブニット)の密度行列の時間発展を記述する Liouville方程式から蛋白サブニットの変数をトレースを取り消去することによって得られる 電子移動過程を記述する際に必要な有効Houville演算子の構造を示し,この有効Liouville演 算子を対角化することによって断熱近似を用いることなく密度行列の時間発展の表式を得ること が可能になった。さらに,得られた表式を用いてRhodopseudomonasviridisの反応中心につい てのモデル計算を行なった結果,光合成初期過程における電子移動反応過程に蛋白(熱浴)の運 動が大きな関与をしていることが明らかにされた。 第三章強いレーザー場中での分子核振動波束のダイナミクスと化学反応素過程 最近,行われている極超短高出力レーザーパルスを用いた分光実験結果を理論的に解析する際 には,レーザー湯中での分子振動ダイナミクスを波束の振動として捉える視点が不可欠である。 波束の運動を計算する際に,以下の研究ではハミルトニアンを表現する基底としてg重rd基底を採用し,時間発展演算子をslicedpropagator法を用いて評価することによって時間に依存する Schr6dinger方程式を解いている。 以下に,この方法で明らかにされた反応素過程の機構について述べる。 §3.2強いレーザー場中でのBABタイプ3原子分子の核振動波束ダイナミクス 本研究の主目的は,強い非定常レーザー場中での多原子分子振動ダイナミクスを波束の運動と いう観点から明らかにすることである。モデル系として最も簡単な多原子分子であるBABタイ プ直線3原子分子系を考え,強い非定常レーザー場中での光解離反応素過程を時間に依存した量 子力学的取り扱いにより波束のダイナミクスとして捉え,その機構を明らかにした結果,強いレー ザー場の下では,電子基底状態と電子励起状態の波束は互いに相関しあいながら時間発展するこ と力三明らカ〉になった。 一方で,極超短時間パルス励起による波束の運動の計算結果により,FTS実験で観測される ビートシグナルの原因が説明された。また,高速Fourier変換(FFT)を用いて,解離フラグメ ントの最終運動量分布を得ることにより,波束の位置空間でのダイナミクスがどの様に運動量分 布に反映されるかが明らかになった。 §3.3強いレーザー湯中での水棄分子イ増ンのATDの核振動波束理論 最近,強いレーザー場中における二原子分子イオンのabove-thresholddissociation(ATD) に関する研究が盛んになされている。ATDとは,1光子吸収過程によって核振動状態が既に解 離連続状態にあるにもかかわらず,さらに光子吸収(2,3光子吸収)を起こし,そこからイオン が解離していくという強いレーザー場によって引き起こされる現象である。この研究では,時間 に依存するSchr6dinger方程式を直接解くことにより強いfemto秒パルスレーザー場中での水 素分子イオンのATD過程を波束のダイナミクスという観点から明らかにした。dressedstate基 底を導入し,位置空間での波束のダイナミクスを計算した結果,水素分子イオンのATD過程中 での連続状態間の光学遷移をdressed断熱ポテンシャル間のcurvecrossingの問題として捉えら れることが示された。また,FFTを用いて運動量空間での波束のダイナミクスを計算すること によって,解離フラグメントの最終運動量分布が求められた。この結果,パルス幅10fs場合は 2光子過程からの解離が主に起こるため低い運動量を持った解離フラグメントが主成分となり, パルス幅3fsの場合は3光子過程からの解離が主に起こるために高い運動量を持ったフラグメ ントが主成分となることが理論的に予測された。 第四章レーザーによる光反応制御 光化学反応素過程は,レーザー場と分子との相互作用によって引き起こされる核振動波束の運 動として捉えられる。塚下の研究ではこの様な実時間的観点から,レーザー照射により波束の運 動を制御することによる光化学反応制御の可能性について検討する。 §4.1強いレーザー場によるTrimethylenimine(CH2)3NHの光異性化反応制御 この研究では,Trimethylenimineのpuckering光異性化反応をレーザー場中での波束の運動
として捉え,様々なレーザーの励起条件の下での波束の運動を計算し,強いコヒーレントなレー ザーパルスによる光異性化反応の制御の可能性を検討した。 定常光レーザー波束の運動を計算したところ異性化反応を制御することは不可能であったが, パルスレーザーを用いて,パルスenvelope関数を異性化反応にかかわってくる各遷移の遷移モー メントの時間変化に合わせて変化させることによって,光異性化反応の収率を上げることができ ること力弍明らかになった。 §4.2赤外レーザーパルスによるHCN光異性化反応制御 HCNとHNCの異性化反応の問題は,分子内振動モードとしてC-N伸縮モード,C-H伸縮モー ド,C-H変角モードの3っのモードが存在しておりこれらのモード間のカップリングが反応の素 過程のダイナミクスにおいて重要な役割を果たしていると、思われる点で興味が持たれている。そ こで,本研究では光学過程を厳密に定式化に取り込み,波束のダイナミクスを計算することによっ て,赤外光レーザーパルスによるHCN分子の光異性化反応において振動モード間カップリング がどの様な役割を果たしているかを明らかにした。 強度5.0×1015W/cm2レーザーパルスを照射した場合,HCN分子の伸縮モードと変角モード との相互作用が,伸縮モード方向の波束の振動運動から変角方向の波束の呼吸運動への変化とし て波束の運動に現れるが,HNCへの異性化は起こらないことがわかった。一方,強度5.Ox1016 W/cm2の場合は伸縮モード方向の波束の振動運動が,回折運動を通して変角方向の波束の2分 化に変わり,波束の一部がHNCに対応するポテンシャル極小点に移動する。この波束の運動は CN基の周りのHの回転に対応している。 今後の発展としてHNC側に移動した高い励起状態にある波束をHNCの平衡位置へ安定化さ せるために,第二のパルスによる誘導放出を利用する方法が考えられる。 §4.3最適化レーザー場による異性化反応制御 本研究では2光子過程によって光反応を起こす単純なモデル系においてレーザー場をパルスシー クエンスと仮定し,最適化条件として1)最終生成物の収量を最大にする,2)中間状態で起こ る緩和過程によるpopulationの損失に対する最終生成物の収量を最大にする,の2っの条件下 での最適化レーザーパルスのパラメータ(中心周波数,パルス幅,パルス間の遅延時間等)を求 める理論を与え,実際に最適化パルスのパラメータ値を求めた。定性的な結果として,収量を最 大にする条件下では,near-resonantな励起の場合は長パルス,長遅延時間,off-resonantな励 起の場合は短パルス,短遅延時間の最適化値が与えられた。一方,population損失に対する収 量を最大にする条件下では,長パルスの場合は第一パルス,第二パルスともにnear-resonant, 長遅延時間に,短パルスの場合は第一パルスがoff-resonan七,第二パルスがnear-resonant,短遅 延時間に最適化された。