『新版 農薬の科学』補遺(殺ダニ剤)(761.6KB・)
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(2) 図補.1 ダニの分類. 殺ダニ剤には,第3章「殺菌剤」で解説されたミトコンドリア電子伝達系に対する 阻害作用をもつものが多い.神経細胞のエネルギー代謝を阻害することで速やかに 効果を発揮するのが全般的な特徴である. 補.2.1 複合体-IIに作用する薬剤(IRAC分類25). このグループに属する殺ダニ剤にはβ-ケトニトリル構造を持つものとカルボキサ. ニリド構造を持つものがあり,現時点において日本における最も主要な剤となって いる.作用は,FRAC分類のC2グループ殺菌剤(3.2.3項参照)と同じで,ミトコン ドリア電子伝達系のコハク酸-キノン酸化還元酵素(複合体-II)を阻害する. β-ケトニトリル構造(CN-CH-CO)を持つシエノピラフェンは殺虫剤の開発過程 で見つかった.ピラゾール環が殺ダニ活性にとって重要とされる.ピバロイル基が はずれてOH基になった化合物(β-ケトニトリル構造のエノール型)が活性本体 で,複合体-IIのキノン結合部位に結合すると考えられている.ダニ捕食性のカブリ. 2.
(3) ダニの複合体-IIにも作用するが,カブリダニ体内ではすぐに不活性化されるため安 全である.昆虫の複合体-IIに対する活性は低い. シフルメトフェンでは,β-ケトニトリル部分に結合したメトキシエチルカルボキ シ基がハダニ選択的な作用に重要である.この場合も活性本体はダニ体内でこの置 換基が脱離して生じるβ-ケトニトリル体で,ハダニの複合体-IIを強く阻害する.ハ ダニ以外の昆虫や哺乳動物の複合体-IIに対する阻害作用はきわめて弱く,作用点レ ベルでの選択性がある. カルボキサニリド構造(CO-N-Ph)を持つピフルブミドは,殺菌剤のカルボキシ ンやフルトラニルからの構造展開により得られた.ベンゼン環上の含フッ素置換基 が特徴的である.活性本体は窒素上のイソブチリル基がはずれたアミド体で,ハダ ニの複合体-IIに対して選択的に作用する.結合様式はシエノピラフェンとは異なる という.捕食性ダニや有用昆虫に対する安全性は高い.. CN. CH3. CH3. O. N. N CH3. N H 3C N. CF3 O. O. N O. OCH3. O シエノピラフェン. H 3C. O. NC. H 3C O. シフルメトフェン. CF3 OCH3 CF3. ピフルブミド. 図補.2 複合体-IIに作用する薬剤. 補.2.2. 複合体-IIIに作用する薬剤(IRAC分類20). このグループの薬剤はFRAC分類のC3グループ殺菌剤(3.2.2.a項参照)同様,キ. ノール-シトクロムc酸化還元酵素(複合体-III)のユビキノール結合部位に作用す. る.アセキノシルは脱アセチル体が活性本体で,基質のユビキノンとの構造類似性 が明らかである.フルアクリピリムにはストロビルリン系殺菌剤に共通するβ-メト キシアクリレート構造が含まれている.ビフェナゼートはヒドラジン構造(-NHNH-)が活性発現に必要とされる.当初は神経に作用すると考えられたが,抵抗性 遺伝子の解析やインビトロでの実験から複合体-IIIのQo部位に作用する阻害剤であ ることが示された.いずれも作用はハダニ選択的で,有用昆虫や天敵に対する安全 性は高い.. 3.
(4) O. O. O. H3CO. CH3. O. H. H3CO O O. ユビキノン. アセキノシル. N. O N. n. OCH3 H N O N H O. O O. CF3. CH3. OCH3 OCH3. ビフェナゼート. フルアクリピリム. 図補.3 複合体-IIIに作用する薬剤. 補.2.3. 複合体-Iに作用する薬剤(IRAC分類21). NADH-キノン酸化還元酵素(複合体-I)は,ミトコンドリア電子伝達系の最初に 位置し,グルコースの酸化やTCA回路によって作られたNADHを酸化してその電子 をユビキノンに伝達する.多数のタンパク質サブユニットからなる巨大な複合体 で,分子内の電子伝達メカニズムやプロトンの輸送機構については未解明の部分が 多い.殺ダニ剤は,複合体の中のユビキノン還元部位に作用して電子伝達を阻害す る. フェンピロキシメートはピラゾールの構造展開によって得られた.一方,同じピ ラゾール環を持つテブフェンピラドは,除草剤探索研究の過程で見つかった抗いも ち病活性化合物をさらに構造展開することで殺ダニ活性が認められるようになり, 実用化されたものである.その構造は複合体-IIに作用するカルボキサニリド型の化 合物と似ているが,複合体-Iの阻害剤である.含窒素6 員環のピリダジン-3-オン構造 をもつピリダベンは,除草剤ノルフルアズロン(4.5.2 項参照)の関連化合物の研究 から見いだされた.同じ含窒素六員環であるピリミジン構造を含むピリミジフェン は,殺菌活性を示す4-キナゾリナミン誘導体の構造展開により得られた.このグル ープはその優れた効果により1990 年代に殺ダニ剤の主流を占めたが,抵抗性が発達 したため近年では使用量が減少している.. 4.
(5) H 3C N N. O. N. O. O. O. H 3C N N. CH3. N H Cl. O. フェンピロキシメート. テブフェンピラド. O N N. Cl. Cl. N S. N. CH3 O. N H. CH3 O. ピリダベン. ピリミジフェン. 図補.4 複合体-Iに作用する薬剤. 補.3. 脂肪酸生合成阻害剤(IRAC分類25). 4.6.1項で解説した除草剤と同じく,脂肪酸生合成の開始反応を触媒するアセチル CoAカルボキシラーゼ(ACCase)を阻害する殺ダニ剤が開発されている. いずれもテトロン酸あるいはテトラミン酸を含むスピロ環を共通の構造として持. つ.プロトポルフィリノーゲン酸化酵素(PPO)を阻害するN-フェニルフタルイミ ド系除草剤(4.5.1項および図4.12参照)の構造変換研究の一環としてイミドの窒素 原子を炭素原子で置き換えたところ,シクロヘキサンジオン系除草剤と同様の ACCase阻害活性と殺ダニ活性が認められた.そこでさらに構造が最適化された結 果,スピロジクロフェンをはじめとする一連の殺ダニ剤の創製に至った.薬剤を処 理すると体内の脂質含量が低下し,生育阻害を引き起こすとともに産卵数が低下す る.また卵に処理すると孵化率が低下する.効果が現れるのは比較的遅いが,産卵 数や孵化率の低下により,後世代の個体数を減少させ,効果が持続するのが特徴と される.選択性が高く,天敵昆虫や有用昆虫に対して実質的な影響は及ぼさない.. 5.
(6) OH. O. O O Cl. (N) O O テトロン酸. (テトラミン酸). O Cl. O. CH3 O. スピロジクロフェン. O CH3. CH3. O. O. O. H3CO. C 2H 5 O. HN O. CH3. スピロメシフェン. CH3. スピロテトラマト. 図補.5 脂肪酸の生合成を阻害する薬剤. 補.4. 成長阻害(IRAC分類10). 五員環のチアゾリジン環あるいはオキサゾリン環から両手を広げたような構造を 持つヘキシチアゾックスとエトキサゾールは,ハダニの卵および幼若虫に対して殺 卵活性と脱皮阻害活性を示す.成虫には効果が弱い.作用は表皮を構成するキチン の生合成阻害によると考えられている.エトキサゾールでは抵抗性を示すハダニに おいてN-アセチルグルコサミンの重合を触媒するキチン合成酵素に変異が認めら れ,同酵素が直接の作用点であることが示された(2.3.4 項参照). F O. O. H 3C. N H. N. Cl S. N F. O エトキサゾール. ヘキシチアゾックス. 図補.6 キチン生合成を阻害する薬剤. 6. OC2H5.
(7) 補.5. 殺ダニ剤として用いられる殺虫剤. 以上の殺ダニ剤のほかに,ハダニの防除に用いられる殺虫剤がある. 補5.1. リガンド作動性塩素チャネルに作用する薬剤(IRAC分類2,6). マクロライド構造を持つ殺虫剤(アバメクチン,ミルベメクチンなど;2.1.4.b項. 参照)は殺ダニ剤としても用いられる.殺虫作用と同様,ダニ神経系のグルタミン 酸作動性塩素チャネル(GluCl)に作用する.また窒素を含む二環式の部分構造を 持ち,マクロライドとは構造が大きく異なるアシノナピルもGluClに作用すると考 えられている.ただしその作用の詳細は異なる。 一方,近年開発されたイソキサゾリン骨格を持つフルキサメタミドはダニの GABA作動性の塩素チャネル(GABAR)に作用する.ただしチャネル内の結合位置 はフィプロニル(2.1.4.a項参照)とは異なり,フィプロニルに非感受性のナミハダ ニやウンカに対しても殺作用を示す.ダニのほか多くの害虫に効果を現すが,ミツ バチに対する毒性は低い.. F3C. OC3H7 Cl. O N. F3C O N H N. O N. アシノナピル. Cl. CF3. N. OCH3. CH3 O フルキサメタミド. 図補.7 塩素チャネルに作用する薬剤. 補.5.2 脱共役活性を持つ殺ダニ剤(IRAC分類12). クロルフェナピルは体内で代謝されてエトキシメチル基がはずれたピロールを生 成する.生成したピロールのNHは弱酸性プロトン解離基としての性質を持ち,ミト コンドリアにおいて脱共役剤として働くことでATPの合成を阻害する(3.2.6項参 照).ハダニのほかに,コナガ,ミナミキイロアザミウマなど難防除とされる害虫 の防除に用いられる. 7.
(8) Br F3C. CN N. Cl OC2H5. クロルフェナピル. 図補.8 脱共役剤. 補5.3. ナトリウムチャネルに作用する薬剤(IRAC分類3). 2.1.2項で解説した合成ピレスロイドのうち,フェンプロパトリン,アクリナトリ ンはハダニの防除にも用いられる.神経の刺激伝導において重要な役割を果たす電 位依存性のナトリウムチャネルに作用し,神経の機能を攪乱する.. CF3. O O. NC. O CF3. O. O O O. NC H. アクナトリン. フェンプロパトリン. 図補.9 殺ダニ剤として用いられる合成ピレスロイド. 8. O.
(9) 殺ダニ剤の名前. さまざまな害虫に対して用いられる殺虫剤とはちがって,殺ダニ剤には一目で 「ダニ(英語ではmite,マイト)」を対象とする薬剤であることがわかる商品名が つけられることが多い.いくつかの例を以下に示す(かっこ内が本章で示した化合 物名). 「ダニ」が含まれるもの ダニサラバ(シフルメトフェン) ダニコング(ピフルブミド) ダニエモン(スピロジクロフェン) ダニゲッター(スピロメシフェン) ダニトロン(フェンピロキシメート) 「マイト」が含まれるもの スターマイト(シエノピラフェン) マイトクリーン(ピリミジフェン) マイトコーネ(ビフェナゼート) コロマイト(ミルベメクチン) サンマイト(ピリダベン) カネマイト(アセキノキシル). 本稿の作成にあたっては、中野元文氏の助言をいただいた。お礼申しあげる。 〔宮川. 9. 恒〕.
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