65 第 1 章 問題と目的 1.個別的な支援への対応に関する問題 個別の指導計画の作成率は年々増加してきている。 しかし有効に活用されているかは、明らかではない (干川 ,2007)。個別の指導計画作成について河村 (2008) は「一定の判断基準が必要」と述べている。徳永 (1997) は、特別な支援の導入決定について「かなりの困難が 伴う」と述べている。通常学級で特別な支援が必要な 児童への支援の導入について大城 (1996) は、イギリ スのSEN、特別な教育的ニーズに対する指針の中で Code of Practice の 5 段階モデル(イギリスモデル)を 紹介している。また河村 (2008) は、個別の指導計画 作成の優先順位を考えるために、「必要な支援の範囲・ 程度」という観点から、河村モデル(図 1 )を作成した。 河村モデルの「学級担任や教科担任が学級内で配慮 して支援するケース」の児童への支援は、学級担任等 の気づきや見立てにより様々に展開されるため、その 支援の導入は、曖昧になるのではないかと考える。日 本には、イギリスの Code of Practice のような一定の 判断基準を示した規定はない。その判断は学級担任等 の気づきや見立てにより様々である。個別の指導計画
通常学級で特別な支援が必要な児童への支援の導入と引き継ぎに関する研究
― 「個別の引き継ぎ書」の開発とそれを活用した新しい支援モデルの提案 ―
Introducing and Transferring Information of a Child with Special Needs in
Mainstream Class Room: Developing and Presenting a Model Using the IT Sheet
山 本 公 司
Kouji Yamamoto
要旨:小学校の通常学級においては、個別の指導計画は少しずつ作成され始めた。しかし何らかの理 由で個別の指導計画が作成されていない児童への支援の導入は、イギリスのように一定の判断基準は なく、担任の気づきや見立てにより様々である。そのため場合によっては、個別的な支援への導入に 至らないこともあると考える。また次年度への引き継ぎに関しても、引き継ぎ内容やその方法、時間 の確保などの課題があると考える。そこで本研究では、筆者が開発した「個別の引き継ぎ書」、ITシー トの活用により、学級内で配慮が必要な児童の情報を確実に伝え、また担任が支援を始める気づきや 手がかりになるかについて検証した。ITシートの開発・作成期、引き継ぎ期、活用期①、活用期② の 4 つの時期に分けて実践を行うことで、以下のような成果と課題が明らかになった。ITシートを 使った引き継ぎ会をすることで、通常学級の中で特別な支援が必要な児童の情報が、確実に新担任に 引き継がれるということ、ITシートを使った支援を導入、展開していくことで、児童の変容だけで はなく、担任自身の支援方法の変容にも、有効に機能したことが明らかになった。同時に誰もが作成 しやすい様式の開発、個別の指導計画を作成する前段階としての活用や学校の体制に応じた引き継ぎ 会の工夫などの必要性も明らかになった。さらにこの実践から、次年度への引き継ぎを考慮した特別 な教育的支援を必要とする子どもに関する判断基準を提案する。 キーワード:小学校・引き継ぎ・クラス分け・支援モデル・個別の指導計画・特別支援教育コーディ ネーターを作成する程度ではない(徳永 ,1997)、あるいは何ら かの理由で作成されていない児童に、個別的な教育的 な対応が必要かどうかの判断基準を作成するのではな く、支援を導入していくための何らかの資料の開発が 必要であると考えた。 2.次年度への引き継ぎに関する問題 (1)引き継ぎ方法 引き継ぎ方法は、新旧担任が随時、口頭で行ってい る場合が多い。また職員会議で気になる子の情報交換 をしている学校もあるが、その情報も気になる児童生 徒の実態報告のみになっている場合も多い。筆者が研 究対象校 2 校の職員 14 名に実施した意識調査による と、「新旧の担任が口頭で行っているので、必要とさ れることがらが毎年同じとは限らない」「新年度には 職員のメンバーチェンジがあり、新しく転任してきた 職員との引き継ぎが、時間的に難しかった」「引き継 ぎの内容が記録として残らない」「引き継ぎをする時 間を確保してほしい」など、引き継ぎ内容やその方法、 時間の確保などの課題があった。情報をきちんと引き 継ぐことができる資料の作成や引き継ぎ方法の検討が 必要であると考えた。 (2)個別の指導計画の活用 次年度への引き継ぎにおいては、個別の指導計画を 年度末の引き継ぎに有効に利用することが望ましい。 しかし時間の無さや専門性の不足などから個別の指導 計画が作成されていなかったり、個別の指導計画が作 成されてはいるが、次年度への引き継ぎにおいて個別 の指導計画が適切に活用されていなかったりする学校 もある。次年度新担任へきちんと引き継ぐために、個 別の指導計画の前段階となる、何らかの有効な資料が 必要ではないかと考えた。 3.「個別の引き継ぎ書」(ITシート)の開発 以上のことから筆者は、何らかの理由で個別の指導 計画が作成されていない、あるいは個別の指導計画を 作成する程度ではない(徳永 ,1997)児童に対して、 個別的、教育的な支援を始めるための有効な資料の作 成について考えてみた。その際、どこの学校でも毎年、 年度替わりに行なわれている次年度への引き継ぎを有 効に活用してみてはどうかと考え、「個別の引き継ぎ 書 (A KY-style individual transfer sheet)」(以下「IT シー ト」)を開発した。ITシートの様式を資料1に示す。 4.本研究の目的 ITシートの開発と活用により「通常学級の担任 等が学級内で配慮して支援するケースの児童」(河 村 ,2008)の情報を確実に伝え、また支援を始める気 づきや手がかりになるかどうか検証することを目標と する。なお、その検証を通して「学級担任等が学級内 で配慮して支援するケースの児童」(河村 ,2008)の部 分の検討を行い、第5章において新しい支援モデルを 表1 研究の方法とスケジュール
67 提案する。 第 2 章 研究の方法 本研究では、筆者を外部の特別支援教育コーディ ネーターとし、Z幼稚園、Z小学校、U小学校におい て対象とする児童A・児童B・児童Cへの支援方法に ついて、担任や校内の特別支援教育コーディネーター にコンサルテーションを実施した。コンサルテーショ ンを実施していく過程において、ITシートを開発、 提案し、ITシートの開発・作成期、引き継ぎ期、活 用期①、活用期②と大きく4つの時期に分けて実践し た。対象者への実践内容や各時期の評価方法について 表1に示す。 第 3 章 実践と結果 1.開発・作成期 ITシートは、筆者がコーディネーターや担任と相 談して作成した。関係者からは「負担なく書ける量と 項目でよかった」という評価であった。しかし「学習 面という項目では記入が難しい」「どこまで書こうか 迷った」という評価もあった。記入内容の精選や、作 成・活用がしやすい様式を開発する必要があった。 2.引き継ぎ期 作成されたITシートを使った引き継ぎ会は、表2 のように実施することができた。ITシートを使った 引き継ぎ会実施後の評価は、ITシートを使った引き 継ぎの有効性や、記録として残るITシートの必要性 に前向きな回答であった。対象児童の引き継ぎ時間は、 20 分∼ 30 分であった。しかしITシートを作成して いない児童の情報についての協議も行われた。そのた め「かなり時間がかかった」といった意見もあった。 今後、各学校において引き継ぎ会の時間設定や会の進 め方の工夫が必要である。 3.活用期① 活用期①ではITシートにより引き継がれた情報が、 担任の支援に有効に活用されているかどうか明らかに 表3 担任 H への取り組み提案表 表2 新旧担任の引き継ぎ会
した。各担任が記入した児童の支援記録表には、IT シートの内容を参考に支援したと考えられる事実がい くつかあった。また担任の評価は「支援にとても役立っ た」「ITシートに書かれたいた通りの実態で、対応 しやすかった」であった。しかし「あまり先入観をも ちすぎないようにしたい」という担任の思いや、担任 の児童に対する実態の捉え方の違いについても十分考 慮したうえでの有効性の判断が必要である。また記録 の取り方の説明や記録表の様式の工夫に、課題が残る 結果でもあった。 4.活用期② 活用期②では筆者の提案を通して、ITシートの活 用が担任の支援方法や個の支援に対する気づきにつな がるかについて事例を通して検証した。ここでは本節 第 4 項の「児童Cの変容と担任Hの気づき」を紹介す る。 担任Hは、児童Cの学習面のことはもちろん、社会 性やコミュニケーションのことについても、児童Cの 課題であると考えていた。ただ担任Hには、「小 6 と いう年齢や児童Cの気持ちも考慮すると、集団の中で どこまで児童Cに対して個別に支援したらいいのであ ろうか」という迷いもあった。担任Hに対して筆者は、 「教科書や資料の中から視写する漢字を見つけにくい」 (表 3 ※印)という課題について提案をした。 その結果担任Hは、それまでの机間巡視だけの支援 方法から、「必要な部分に線を引くようクラス全員に 指示する」「児童Cが迷っている場合には、指さしな どで知らせる」という支援へと変わった。その後の聞 き取りで担任Hは、「線を引くという活動を取り入れ たことで、児童Cをはじめクラス全体が、以前に比べ て集中して教科書を見るようになってきた」と話され ていた。ITシートの活用が、児童Cだけではなくクラ ス全体の児童の支援にもつながったという事例である。 第 4 章 考 察 ITシートは引き継ぎ会を開く機会を作り、転勤後 の担任にも重要な参考資料になる。しかし誰もが作成 しやすい様式の開発や、個別の指導計画を作成する「前 きや手立ての準備に有効に活用される。しかし活用に あたっては記録の取り方を習得したり、段階的に支援 方法の検討を行ったりすることも必要である。 ITシートの活用は担任自身の支援や児童の見立て、 また担任のITシートの捉え方や記録の取り方の変容 に大きく関わったと考える。 第 5 章 新しい支援モデルの提案 個 別 の 指 導 計 画 を 作 成 す る 程 度 で は な い( 徳 図2 山本モデル 「次年度への引継ぎを考慮した特別な教育的支援を 必要とする子どもに関する判断基準」
69 永 ,1997)、あるいは何らかの理由で作成されていない 児童の支援の導入を図るため筆者は、新しい支援モデ ル、「次年度への引き継ぎを考慮した特別な教育的支 援を必要とする子どもに関する判断基準」、山本モデ ル(図 2)を提案する。このモデルは、大城 (1996) の 5 段階モデル(イギリスモデル)と、河村 (2008) の河 村モデル(日本モデル)を参考に作成した。さらに山 本モデルをイギリスモデル、河村モデルと対比させた のが図 3 である。 担任は普通に行う支援だけでは不十分な児童の存在 に気づけば、すぐに校内のコーディネーターと連携し てITシートを活用した支援の導入を開始する。山本 モデル・レベル 2 のITシ ートを使った引き継ぎと 支援の導入を、レベル 3 の個別の指導計画を作成する 前の段階として新たに考えた。この段階を設定するこ とは、ITシートが通常学級においてなかなか運用さ れにくい個別の指導計画を作成する「前段階」として、 有効に機能する支援ツールにもなるのではないかと考 える。 第 6 章 今後の課題 今後は、ITシートを使った次年度への引き継ぎ や、個別の指導計画の「前段階」としての支援の導入、 引き継ぎを考慮した新しい支援モデルの検討が必要で ある。また担任の先生方には、自分の学級において特 別な支援が必要な児童の存在に気づく力、気づく眼を 持ってもらいたい。校内の特別支援教育コーディネー ターの先生方には、担任のよき相談相手となり、また 適切なコンサルテーションができるだけの専門性を、 少しずつ身につけていただきたいと考える。さらに通 常学級の担任やコーディネーターの取り組みをきちん と支えるため、今後、各学校の特別支援教育体制が適 切に構築されることを期待している。 【参考文献】
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