地域に根差した英語学習支援の在り方 : 標津町サマーサポート教室における中学校英語学習支援の実践から
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(2) 北海道教育大学紀要(人文・社会科学編)第68巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 68. No.2. 平 成 30 年 2 月 February, 2018. 地域に根差した英語学習支援の在り方 ―― 標津町サマーサポート教室における中学校英語学習支援の実践から ――. 上 石 実加子 北海道教育大学釧路校英米文学研究室. A Study of Community-Based Education Materials for English Support Programs: The Shibetsu English Summer Workshop, Junior High School Division Case. AGEISHI Mikako Department of English Literature, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本研究は,標津町教育委員会主催の事業「標津町 新・学びの学習サマーサポート教室」で 行なった小中学生対象の英語学習支援をモデルケースとして,特に,中学生への英語の学習支 援のあり方について検討したものである。このような,地域における学習支援は,通常の学校 での英語授業を補完する役割として,学習者に教科への親しみを感じてもらうだけでなく,既 習事項と学習習慣のさらなる定着を促すものであることが期待されている。各地域において, 年齢層の異なる学習者を同時に束ねる形で実施されることもあるこうした学習支援は,大学側 の創意工夫が重要となる教育実践として捉えることができる。今回は標津町を例にとり,地域 に根差した支援の在り方を,ハワード・ガードナーのMI理論に照らしながら考察を行った。. 1.はじめに. ある「ハワーズ・エンド邸」をめぐって,シュレー ゲル姉妹と才知に長けた実業家ウィルコックスを. 20世紀のイギリス小説家E・M・フォースター. 中心に繰り広げられる様々な人間関係の難しさが. が 残 し た 名 句 の ひ と つ に, 「ただ結びつけよ」. 写実的に描かれた文学作品である。そこには階級. ‘Only connect’という言葉がある。彼の代表作. や価値観の違いから生じる諍いや不和などを背景. 品『ハワーズ・エンド』(Howards End,1910). に,知識人と民衆,都市と郊外,富める者と貧し. のエピグラフに記され,様々な分野で引用される. き者,教養と無秩序といった対立項がひしめき合. フレーズでもある。. う人間社会が描かれており, ‘Only connect’は,. 小説『ハワーズ・エンド』は,ロンドン郊外に. その両者を「ただ結びつけられれば」と願う作者. 23.
(3) 上 石 実加子. フォースターの言葉としてしばしば解釈されてき. 回までは補習中心の実施体制であったが,昨年度. た。. の第8回から,「一歩踏み出した発展・探求的な. このフォースターの言葉を引用しながら,人間. 学習スタンスへと変更し,“新”と改名しての応. の持つ様々な知能を多様にとらえ,結びつけてい. 募体制」(平成29年のガイドノート「中学生学びサポー. く理論を提唱した心理学者がいる。ハーバード大. トサマー教室開設の変遷」より)となって「新・学び. 学のハワード・ガードナー(Howard Gardner). の学習サポートサマー教室」となったが,これま. その人である。. では,小学校において英語がまだ教科化されてお. 後述するように,ガードナーは当初,「心理学. らず,この学習サポートについても,英語は,国. 者たちを念頭においた」(ガードナー,i)認知学. 語や算数,理科の実験等と一緒に少し組み込まれ. 的アプローチから理論を提唱したといわれている. ていたにすぎなかった。. が,この理論は今や,様々な教育分野の学習理論. 今年度は,英語のみのサポート教室で,午前が. として用いられ,英語教育の分野においても,彼. 小学生の部,午後が中学生の部に分かれ,教育大. の理論に基づいた英語指導法を推奨する研究書も. 釧路校の英米文学研究室所属学生は,中学校部門. 出ている。. の担当支援員として参加した。対象となるのは,. 本論は,標津町教育委員会が主催する学習サ. 標津中学校と川北中学校から来た1年生から3年. ポート事業「平成29年度 新・学びの学習サポー. 生までの8名である。. トサマー教室」における英語学習サポートの実践. 8月12日と13日の夏休み中2日間の実施に対し. を通して,大学と行政,大学と地域,大学生と中. て,募集は7月末であり,参加者が確定するのが. 学生,そして「学校での授業」とこうした「学習. 開催日間近であったこともあり,参加生徒それぞ. サポート事業」との結びつきについて,その在り. れの英語への関心や理解度,学校での英語の授業. 方を理論と実践から多角的に考察するものである。. の進度が分からない状態でサポートを行うことに. 根室海峡沿岸の中部に位置する標津町は,2007. なった。従来,小学校では「体験的に」,「慣れ親. 年, 「日本で最も美しい村」連合に加盟している,. しませ」, 「素地」といったことが授業づくりのキー. 人口が約5500人の小さな町である。町から24キロ. ワードであり,一方,中学校では, 「わかる」, 「で. 先には北方領土の国後島を臨み,西に秘境・知床. きる」,「定着」といったことが授業のキーワード. 国立公園の山並み,東に原生花園,丹頂鶴や白鳥. となり,ねらいとなると指摘されている(瀧沢,. などの野鳥の宝庫である野付半島,しべつ牛乳と. 3)が,学年も1年生から3年生までと,幅広い. して有名なミルクの里の雄大な牧草地が広がる自. 学年構成であるため,短い期間で,英語が嫌いに. 然に恵まれた地域でもある。北海道教育大学釧路. なることのないよう,英語を「楽しく」学ぶ要素. 校(以下,教育大釧路校)の英語分野に所属する. を取り入れながら,既習事項の「定着」を図るこ. ゼミ生たちにとって,身近なようでいて未知の部. とを目標として学習メニューを考えることにした。. 分を多く含む標津町。様々なものを「結びつける」 私たちの2日間は,以下のように始まった。. 3.事業目的に沿った学習メニューの作成に 向けて. 2.学びサポートの概要. 「学びサポート教室」の開催実施要項によれば,. 標津町教育委員会主催の「学びサポート教室」. その開催目的が「①長期休業中の期間を利用し,. は,平成29年度で小学生が第8回目,中学生が第. 子ども一人ひとりの英語学習習慣の定着へのきっ. 9回目となるが,英語の学習のみに絞ったサポー. かけを図る。②子どもにとって英語学習活動に関. トは今回が初めての試みということである。第7. する課題に対し,一層親しんで取り組む態度を育. 24.
(4) 地域に根差した英語学習支援の在り方. てる。③子どもたちの英語力の弱点克服を補いな. きている。. がら,当該教科にもっと自信をつけさせたい」と 記されている。 「英語学習習慣の定着へのきっかけ」となるよ うに,学習者が英語に「親しんで」取り組み, 「自 信」がつくようなプログラムにするためには,支 援側が文法事項を解説したり説明したりすること はあえて避け,楽しさを伴って知らず知らずのう ちに英語を「定着」させるような,中学生らしい 活動となる配慮が必要である。学校の教室内での. 図2 釧路校キャンパスでのALTとのセッション. 英語の授業は,それぞれの中学校の英語担当教員 が工夫を凝らして行っている。我々の活動が,そ れを壊すような活動であってはならない。 教育大釧路校では,英語のアクティヴィティに. 4.協同基本作業でのコミュニケーションづ くり. 関して,ネイティヴの特任教員が市内のALTを. 8月初旬は,ちょうど町のALTが新旧交代の. 定期的に大学に呼び,英語の様々なアクティヴィ. 時期を迎え,中学生たちは夏休み明けに新しい. ティを学生に向けて紹介するセッションを行って. ALTと対面することになっていた。また,夏休. いる(図1, 2)。. み明けの学習内容に「日本の文化を紹介しよう」 という単元が教科書『Sun Shine 3』に出てくる。 そこで,標津町に来たばかりのALTに町の魅力 を英語で紹介しようという目標を設定することに した。英語で原稿を作成し,最後に発表するとい う学校での授業を先取りする形である。「標津町 の紹介」は,「日本文化を紹介する」という教科 書内容をさらにローカルなレベルで行うもので, 生徒にとって馴染み深く,地域に根差した英語活 動として,夏休み明けの英語授業に繋がるものと なる。. 図1 釧路校キャンパスでのALTとのセッション. 標津町教育委員会の協力を得て標津町の観光パ ンフレットを生徒に配布し,まずはそのパンフ. このセッションでは,各々のアクティヴィティ. レットを大学生支援員と一緒に見ながら,自分の. について小学生,中学生が実際にどのような反応. 町の「何について」紹介するかを決めていく(図. であったか,教員とALTがどのような協力体制. 3)。. で英語活動に取り組んでいるかについて生の声を. 中学生は,大学生支援員とは初対面である。「コ. 聞くことができる。ゼミ生たちは事前にこのセッ. ミュニケーション」という言葉は,英語活動にお. ションに参加をし,本来ならば幼年向きのゲーム. いてオール・イングリッシュでの意思伝達という. であっても,英語で行うことで小学生,中学生,. 意味だけで解釈されがちであるが,学習支援にお. 高校生,さらには大学生でも十分に楽しめるもの. いて,支援する側に立つ大学生と,支援を受ける. であることや,運動感覚に訴えた言語習得という. 側の中学生とがお互い学び合う場になるために. ものが,どのようなものなのかを体験的に学んで. は,双方がどれだけコミュニケーションを取り合. 25.
(5) 上 石 実加子. として世界各国で知られる幼児用のゲームだが, お互いをよく知らないグループでのアイスブレー キングとしてよく使われる。人数分に1つ足りな い椅子を用意して内側に向けて輪を作る。輪の真 ん中に鬼(tagger)が立ち,例えば「8月生まれ の 人!」“Someone who was born in August!” と言うと,8月生まれの人だけが立ち上がって別 の椅子に移動する。いわゆる椅子取りゲームであ る。幼児用のゲームであるのでルールの説明はあ 図3 紹介の内容を考える中学生と大学生. まり必要ないが,なるべく鬼には単語だけではな く,文章を言わせるようにし,例文はある程度,. いながら活動ができるかにかかっている。よって. スクリーン上に提示しておいた。. そこでは英語だけでなく,日本語によるコミュニ ケーションも当然必要になってくる。 普段は当たり前のようにしてそこにあり,同じ 地域に住む家族や学校内での生徒・教員と過ごす 暮らしの中では意識せずに見て,食べて,触れて いたものが,標津町の外からやってきた者たちに とっては初耳であるもの,見慣れないものである ことに気づき,標津のことをよく知らない大学生 がつねに横にいることで,生徒たちの様子に,自 分および自文化を伝えたいというモチベーション が高まっていることが見て取れる。自分の町の特. 図4 Anything Basket. 産品や特徴となる自然,産業,祭りやイベント, 体験プログラムなどを,標津町出身ではない,釧. この活動を通じて,大学生と中学生,そして中. 路からやってきた大学生と交流しながら確認する. 学生同士が楽しみながら仲間意識を高めていくと. ことによって,自文化を意識させることにつな. ともに,鬼が立てる問いが「~が好きな人!」の. がっている。また大学生にとっては,中学生が繰. ような嗜好を表わすようなものであれば,仲間の. り出してくる標津町の魅力を,日本語から英語へ. 新たな一面を発見できる他者理解にもつながる。. 単純に置き換えてあげるだけではなく,中学生が. 輪になって行うゲームなので,自分がその輪の中. 習う英語の語彙やフレーズ,文法を使っていかに. の一員として参加し,存在している意義を確かめ. 英語を組み立てる手助けをしたらよいかが勉強に. る自己受容の作用もあると言われる(図4)。. なっている。 紹介の内容を考え,英文にする作業は,机上で の作業となり活動的にはならない。よって,発表. 5.地域に根差した教材作り. の準備が単調にならないように,英語を使ったア. ジェスチャー・ゲームでは,現在進行形「~は. クティヴィティを適度にはさむ工夫をした。まず,. 今~しているところです」の表現の定着を目標に,. 作業に入る前に行ったのが「何でもバスケット」. 様々な動作(主にスポーツや楽器)をしている絵. (Anything Basket)である。. のフリップを見せて,現在進行形を使った表現を,. フルーツ・バスケット(Fruit Basket Turnover). ゲームの前に繰り返し発音させる。スポーツなら. 26.
(6) 地域に根差した英語学習支援の在り方. ば,野球,サッカー,バスケットボールなど,中 学生には一般的に知られているものから始め,標. 6.「英語表現集」――学習の友として. 津町に馴染み深いスポーツ,例えばサーモン釣り. 中学生に親しみを感じてもらう工夫のひとつと. やカヌーなどを入れていくことで,標津町の子ど. して,地域性を織り交ぜた「英語表現集」を作成. もたちのための教材作りにつながっていく。単に. し,中学生ひとりひとりに配布した。いわば手作. 「カヌーをしている」“He is canoeing.”や「川. りのミニ・テキストである。大学生支援員をテキ. で魚釣りをしている」“He is fishing in a river.”. スト内に登場させ,彼ら自身の趣味や出身地など. ではなく,例えば「ポー川でカヌーをしている」. について語る例文を部分的に載せている。. “He is canoeing in the Poe river.”や「忠類川. 二年前,オーストラリアのメルボルンにある日. でサーモン釣りをしている」“He is fishing for. 本語と英語のバイリンガルの学校であるコール. salmon in the Chūrui river.”とすることにより,. フィールド小学校を訪れ,日本語の授業を見学し. 標津町の「感動体験プログラム」として有名な「北. た際,そこではすべて手作り教科書を使用してい. のジャングルカヌー体験」と称した自然体験プロ. た。教科書には,至る所に先生の顔が登場する。. グラムや,「忠類川サーモンフィッシング」とい. 教員と日本人ボランティアが共同でアイデアを出. う町の行事を連想させることにつながる。また,. し合い,子どもが親しみを持って学習にのぞむよ. 食べる,飲むなどの表現では,単に「ご飯を食べ. うに工夫しているとのことであった(上石,171を. る」 のではなく 「イクラ丼を食べる」 (図5),ジュー. 参照)。. スを飲むのではなく「しべつ牛乳を飲む」とする. 中学1年生と3年生では学習内容の積み上げに. ことで標津の郷土の味として紹介されているもの. 大きな違いがあるため,この表現集には,サポー. を意識的に入れていく。. ト教室で使用する英語表現をコンパクトにまとめ てある。アクティヴィティの最中にこの「表現集」 を開くことはしなくとも,机上での準備セッショ ンになったときに,表現集を見て思い出すことで 復習にもなる。中には表現集を見て「教科書にも 出てきた表現だ」と目を輝かせる受講生もいた。 標津町を英語で紹介するという今回の英語活動 の目標を説明したあと,大学生支援員のひとりが 見本を見せるモデル・プレゼンテーションを行. 図5 イクラ丼を食べている少年のスライド. これらはいずれも,標津町パンフレットに基づ く内容になっているため,ゲームが終わって引き 続き標津紹介の準備に戻ったときにも,パンフ レットに記された標津の特産品や観光名所とゲー ムの内容が頭の中で結びつき,紹介文作成の活動 にうまくリンクさせることを意図している。 図6 「英語表現集」. 27.
(7) 上 石 実加子. なった。見本となるプレゼンテーションは,大学. 隣の人を紹介する他己紹介を試みた。その前に,. 生が無理に中学生になりきって行うのではなく,. 自由に歩き回って出会った人に自己紹介をし,相. 大学生らしく中学で習う語彙と文法だけで原稿を. 手から趣味や好きなスポーツ,食べ物などを聞く. 作る。そして,このモデル・プレゼンテーション. 英語でのインタビュー活動を取り入れた。ここで. は, 「英語表現集」の最後を見れば,文字で確認. の会話の例も「表現集」に載せてあり,質問の英. できるようになっている。ここでは色分けしてお. 語が分からなくなった者は「表現集」を見ながら. くが,赤色が中学1年生,青色が2年生,緑色が. 相手と会話することができる。同じ質問を相手か. 3年生での学習事項である。受講生の学年構成で. らされ,自分もする「繰り返し」によって,表現. は,8名中,中学3年生が4名と半数を占めてい. はそれを使う場面とともに学習者に「定着」して. たが,文法事項は中学2年生の学習内容を中心に. いく仕掛けである。. 入れた。例えば 「~を食べたことがありますか?」. 最後の発表では,大学生と一緒にiPadを使って,. “Have you ever eaten ~ ?”の現在完了形の表. 自分が紹介したい行事や特産品などの画像をあら. 現は, 中学1年生は未習事項であるので, 「表現集」. かじめ調べておき,発表時に大学生がその画像を. には,発表を聞いている人への問いかけの表現と. 示しながら,中学生が英語のスピーチを行った(図. して,この場合は「~は知っていますか?」“Do. 7)。. you know ~ ?”と置き換え可能なことなど,大. ALTがそのあと簡単な英語で1つずつ質問を. 学生からの支援を受けながらストレスなく紹介文. 投げかけ,中学生は時に大学生の助けを借りなが. を作成できる「学習の友」としての役割を果たし ている。 . 7.フィードバックから充実感への連結 「定着には繰り返しが必要である」 (瀧沢,110) と指摘されるように,色々な意味での「繰り返し」 を仕掛けておくことが重要である。大学生が言っ た言葉を反復させる。同じ単語や同じフレーズを 違う場面で繰り返す。 この学習サポートでは,自己紹介の代わりに,. 28. 図7 iPadで画像を見せながら発表.
(8) 地域に根差した英語学習支援の在り方. ら英語で答えていく。最後にALTからのフィー. 理論)と呼ばれるものである。その知能は以下の. ドバックを全体として投げてもらうことで,中学. 8つである。. 生は,自分の英語が実際に伝わったという充実感. ①言語的知能:心にあるものを表現し他人を理解. を得ることができる。こうした充実感とともに既 習事項が定着していけば目標は達成されたことに なるだろう。. するために,自国語,他国語を使う能力。 ②論 理・数学的知能:問題を論理的に分析した り,数学的な操作をしたり,問題を科学的に究 明する能力。 ③音楽的知能:音楽的パターンの演奏,作曲,鑑 賞ができる能力。 ④視覚・空間的知能:心の中に空間的世界を再現 する能力。 ⑤身体運動的知能:問題を解き,何かの物つくり をするために,身体全体または一部,手足,指, 腕を使う能力。 ⑥対人的知能:他人の意図,動機,欲求などを理 解し,他人とうまくやっていく能力。. 図8 ALTからのフィードバック. 1. ⑦内省的知能:自分自身を理解し,自分自身を客 観的に考える能力。. 8.ガードナーの多重知能理論に照らした実 践の検証. ⑧博物学的知能:自然界における岩や雲の形状の 特徴や感度,植物や動物などの生物間の識別能 力。(林,33を参照). 冒頭で触れたガードナーの提唱した理論とは, 人間の知能には多様な知能の領域が存在し,それ. 人間の知性を多様にとらえたこのMI理論に照. らが相互に,また総合的に作用していることを説. らして,今回の学習サポートを以下のように図式. く 多 重 知 能(Multiple Intelligences) 理 論(MI. 化して振り返ってみた。. 29.
(9) 上 石 実加子. 「ALTに標津を紹介しよう」という目標に向. の得意な知能を生かし,協同学習による総合的指. かって,様々な知能に訴える活動が考えられた。. 導に重点をおいたMI理論」(林,3)が,現在の. MI理論に照らしていうなら先ず,英語という言. 日本の英語教育に必要な理論だと指摘する研究者. 語の学習そのものが,言語的知能をフル稼働させ. もいる。. るものであったことは当然であるが,そこには身. だが一方で,「日本では,カリキュラム改革を. 体・運動的知能に訴える様々なアクティヴィティ. 支える理論が必ずしも明確ではなく,発達させる. やゲームがあり,中学生にとっては初対面の大学. べき能力(コンピテンシー)というよりも学ぶべ. 生との交流から対人的知能を,そのコミュニケー. き内容(コンテンツ)を基盤として学習指導要領. ションを通して英文を論理的に構築していく論理. が示されているため,MI理論に限らず海外の教. 的知能を刺激する活動があった。中学生の数の半. 育理論にもとづいて学校で具体的実践を行うこと. 数しか大学生がいない中での原稿作成の作業は,. は容易ではない」 (李・市川・千・陳・時・渋谷,. 中学生にひとりになる時間も与えている。自分自. 81)という指摘もある。. 身の考えや書こうとしていることを客観的に内省. かつてガードナーは,すべての個人は同じよう. 的に振り返る活動である。. に扱われるべきとする「画一的な学校」に異議を. しかし,人間が有する様々な知能を生かした教. 唱えた(ガードナー,214)。日本は確かに,学習. 材作りは,そう簡単なものではない。今回の実践. 者全員が同じ目標や到達度に向かうための画一的. において,すべてがうまく機能したわけではな. な教育になっているのかもしれないが,このよう. かった。例えば道案内をする活動である。広い施. な多重知能理論を生かした学習活動は,むしろ,. 設を使って,椅子で道を作り,早く目的地に到達. 学習サポートやワークショップといった形で学校. できるよう競い合う空間的知能を刺激するゲーム. 教育と相互補完的な関係として結び合うことこそ. であったが, 本当は,実際の標津町の町を想定し,. が,地域に根差した学習支援の理想的なあり方と. 受講生が紹介したい観光スポットを案内できるよ. いえるのではないだろうか。. うな設定ができるとよかったのかもしれない。こ れは次回に向けての課題である。. 註. 「私たちが教えるものの多くは習慣によって定 着する」 (ガードナー,252)とガードナーは述べ. 1 標津町のALTが最後まで参加できなかったため,中. ている。単語やフレーズをただ繰り返すのではな. 標津町のALTと教育大釧路校の外国人講師が代わりを. く,複数の知能に反応する学びの仕掛けを繰り返. 務めた。. して習慣づけることによって,定着を促すことが. 参考文献. できるのではないだろうか。. 上石実加子「メルボルンの小学校における教えと学び―. 9.理論と実践から生まれる学習支援の在り方. オーストラリアの多文化主義とシティズンシップに照. 以上,標津町での英語学習サポート教室におけ. 2014年,167-173頁. る実践を,「結びつける」ことをテーマにガード ナーのMI理論と共に考えてきた。 「そもそも教科 というものは,人間の知というものを次世代を担 う子どもたちのためにかみくだいて伝える必要か ら, 多様に誕生したのではないか」(藤澤・田代, 59)と言われるが,そのように考えると,「個人. 30. らして」北海道教育大学釧路校編『釧路論集』第46号, 池内慈朗「ハワード・ガードナーの多元的知能理論(MI 理論)および芸術的知能概念の教育実践における意義」 埼玉大学美術科教育学会編『美術科教育学』第18号, 1997年,15-25頁 ガードナー,ハワード『MI:個性を生かす多重知能の理 論』松村暢隆訳,新曜社,2001年 瀧沢広人『ビギナー教師の英語授業づくり入門10 中学.
(10) 地域に根差した英語学習支援の在り方. 1年英語授業をリズムとテンポでカッコよくする50の 方法』明治図書,2013年 二五義博『8つの知能を生かした教科横断的な英語指導 法――MI(多重知能)とCLIL(内容言語統合型学習) の視点より』溪水社,2016年 林桂子『MI理論を応用した新英語指導法――個性を尊重 し理解を深めあう協同学習』くろしお出版,2011年 藤澤義栄・田代高章「Multiple Intelligences理論に基づ く授業方法の改善」『岩手大学教育学部附属教育実践総 合センター研究紀要』第1号,2002年,59-81頁 李紅実,市川洋子,千凡晋,陳威旗,時代,渋谷英章「H.ガー ドナーのMI理論のアジアにおける受容と展開:中国, 韓国,フィリピンの比較分析」東京学芸大学学術情報 委員会編『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』第63 巻第1号,2012年,71-86頁. (釧路校准教授). 31.
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