大学の講義・演習にみる現代学生像 : 元鉄鋼マン
の大学教員体験(2年間)を通して
著者
十名 直喜
雑誌名
名古屋学院大学論集 社会科学篇
巻
30
号
4
ページ
69-88
発行年
1994-04-30
URL
http://doi.org/10.15012/00000786
Copyright (c) 1994 十名直喜大学 の講義・演 習 にみ る現代学生像
―
元鉄鋼 マ ンの大学教 員体験
(2年
間
)を
通 して
一
十
名
直
喜
1.
は じ め に
多感 な青春期 を大学 で送 る学生達。彼 (彼女)ら
は,可
変性 に富 む存在 で あ るが,
自 らの知 的能 力や将来性 の如何 に敏感 で あ るが ゆ えに,傷
つ きやす い存在 で もあ る。 彼 (彼女)ら
接 して いて,そ
の琴線 に触れ た とき,言
いが たい ような感動 を覚 え るこ ともあれば,ま
た時折,「 恐 い/」と感 ず るこ ともあ る。 こち らの 対応 に よって は,そ
の資質や可能性 を大 き く伸 ば してい く糸 口にな るこ とも あれ ば,逆
に水 をさ した り,傷
つ けた りす るこ とに もな るか らであ る。 彼 (彼女)ら
に,学
問や 人生へ の知 的関心 や興 味 をいか に呼 び起 こ して い くか,
自 らの 力で切 り開 いてい く積極性や資質 をいか に育んで い くか。 そ こ に こそ,今
日の大学教 育の課題 の核心が あ るように思 われ る。 私 は,21年
間,製
鉄 所 の生産現場 で原料管理 の仕事 に携 わ った後,大
学 の 教 育・ 研 究活動 に入 って2年
近 くにな る新米教 員 で あ る。 この間,教
育活 動 と して は,最
初 の年 に2つ
の講義 (「工業経済論」,「 技術論」)と
2ク ラスの 経済 学基礎演習(1年
生)を
担 当 し, 2年
目には上 記 に加 えて演 習(3年
生) と2つ
の リレー講義 (「現代 の経済 」,「 地場産業論 」)を
受 け持 ち,
また他大 学 へ の 出講 (「産業 史」 お よび3, 4年
生 の演 習)も
経 験 した。 新米 教 員 の未 熟 な,
とまどい多 い教 育体験。 しか し,そ
れ は また,人
生 の 半 ば に達 してか らの鮮烈 な初体 験 で もあ った。企 業社会 の生 産現場 か ら大 学 社会 の教 育現場 に飛 び込 み,教
育 を通 して現代 の学生像 に肌 で接 す る とい う 機 会 を得 たの で あ り,そ
れ に よって,ま
だ余韻 の さめや らぬサ ラ リーマ ン像との比較の中で捉 え返す ことを促 したのである。私の体験 は
,未
だわずかの ものに過 ぎず,得
た知見 も微 々足 るものであろ う。 しか し,い
ま,取
りまと めておかない と,何
か大切 な ものが,私
の感性の隙間か ら擦 り抜 けて しまう ような気が してな らない。 そこで,小
論 は,こ
の2年
間の教育体験 を通 して,
また彼 (彼女)ら
の発 言やメモなどの小窓か ら,現
代学生像 とはいかなるものか,そ
こで何 を感 じ たか,彼
(彼女)等
はどの ような存在 として捉 えることがで きるか,大
学 に おける研究 と教育の原点 とは何か,等
について,思
いつ くままとりまとめた ものである。2.リ
レー講義
(「現 代 の経済」
)に
み る学生の反応
1∼2年
生向けの リレー講義「現代の経済」は,「現代の経済」の全体像 と 最新像 を多面的な角度か ら提示 し,彼
(彼女)ら
の興味 と関心 を掘 り起 こす ことを企図 して,1993年
度か らスター トした ものである。 この講義の終盤 も迫 った 11月 14日 ∼12月 1日の間に,私
は「企業社会 と 文化」のテーマで,現代 日本の経済社会の構造 とサ ラ リーマ ンの生 き方 をベー スに した現代学生論 を, 3回
にわたって講義す る機会 をもった。 この講義で掴 んだ学生の反応 は きわめて興味深 い ものがあ り,少
なか らぬ 共感 と興奮 を私の内部 に呼び起 こ した。そこで,そ
うした感触 と視点か ら, (私の担 当す る他の)講
義や基礎演習,演
習 を見つめてみ ると,そ
れ まで何 気な く見過 ご して きた現代学生の反応が見えて きたのである。 こうした見直 しを迫 った契機,す
なわち リレー講義 における学生の反応 とは一体 どの よう な ものであったか を紹介 したい。 この講義では,「経済学」の枠組み をぐっと広 げて,社
会 と経済への学生の 興味 と関心 を呼び起 こ し,彼
らの人生 を展望す る視点か ら大学生活 を考 え, 位置付 け直す こ と,
さらには経済学 を学ぶ ことの楽 しさとダイナ ミズムを見 出 して もらう,
という意図 を込めて望んだ。 各回の講義のテーマ については,次
の ように設定 した。第 1回 目:日本型能力主義の構造 を考 える
(1)人
生 と大学(2)能
力評価 と日本社会 第2回
目 :大 学生活 を活性化 させ る妙手はあるか(1)ラ
イフサ イクル論の視点か ら若者 。人生再考(2)人
生 と学問への興味 と意欲 第3回
目 :地 位 と出世,生
きがいの 日本型構造 なお,
リレー講義 を始め るにあたっては,「 リレー講義への私のスタンス」 として,次
の2点
を明示 しておいた。 ①3回
にわたって話す ことは,私
の専門領域 を越 えてお り,初
めての試 みで もあるので,
うま く講義で きるか どうか定かではない。 しか し,可
能な か ぎり21年
間の企業体験 をふ まえて,企
業社会の本質,そ の中で人生 をいか に捉 え,自 らにいかにチャレンジすべ きか,と い う基本的テーマに迫 りたい。 ② 講義 は15∼20分
前に終 了す るので,受
講生 は,最
後の15分
間程 で感 想や意見,質
問を自由に記述 し,毎
回提 出す る。 講義の出席者 は,第
1回 目=96人
,第 2回
目=115人
,第 3回
目=120人
で あった(受講届=180人
)。 すでに, 8人
目のバ トンを受 けた リレー講義であ るに もかかわ らず,こ
の ように高い出席率 は,そ
れ までに担 当された教員の 方々の講義の成功 を示す もの といえよう。 私の講義において も,受
講生の反応 は予想外 に高 く,講
義中に伝わって く る感触や講義の後 に回収す る感想や意見メモにみ る反応 に励 まされつつ,次
の講義 を準備 し,熱
を入れてい くという好循環で臨む ことがで きた。 第1回
目の受講生の感想 には次の ような ものがみ られ る。「これが経済学の 講義か」 という指摘や,「これ までの リレー講義 とのつなが りがつかめない」 とい う疑問 も2∼3み
られ る。「経済 とい うよりは,人
生の先達の意見 を聞い ているような気がす る」とい う声 もある。 しか し,「今 までにない内容で とて も新鮮 に思 えた」,「とにか く面 白い し興味があるか ら ドン ドンや っては しい」 という声が圧倒的に高い。「私 たちにとって とて も身近 なことなので,興
味深 く聞いていました」,「これ まで,人
生 を意識 して考 えたことがなかった し,漠 然 と大学生活 を送 っていたので
,大
きな刺激 となった」 とい う声 も多い。 さ らに,「これか らの人生の ため に も何 か大 きな 目標 を持 ちたい」,「これ を契 機 に 自分 な りの生 き方 を見 つ けて い くように頑張 りたい」 とい う決意 も少 な くな く,私
自身が励 まされ る。 次 の指摘 は,今
回の講義 へ の注 文 とと もに,
リレー講義 の魅 力 に も触れ て お り,興
味深 い。 「今 までの講義 とは一風変 わ って いて,面
白か った と思 い ます。講義の 内 容 も硬 くな くて,
くだ けた感 じなの で頭 に残 る ものが 多 い。 ただ黒板 に書 く 量 が割 りと多 いため,
ノー トを取 ってい る間 に聞 きそ こねて しまった ところ が あ って残念 です。 テ ンポはいいが間が少 しほ しか った。 リレー講義 の楽 し みの一 つ は,
どん な先生 が来 るのか とい う点 にあ って,
またその講義 と先生 が 自分 にあった ときの集 中力 はす ごいな と思 い ま した。」 全体 と して,第
1回
目の講義 は受講生 に新鮮 な驚 きをあたえ,意
外 と高 い 反応 の なか に確 か な手応 えをつかむ こ とがで きた。「あ との2回
の講義が楽 し み です」 とい うメモ に,こ
ち らも思 わず気合 いが入 る。 第2回
目の ライフサ イ クル論 につ いて は,「 実感 が わかない」「 よ くわか ら な い」 とい う声 と「 とて もわか りや す い」 とい う声 が相 半 ば し,講
義 中 に私 語 も少 し出 て内心 あわて る一幕 もあ った。 中年 段 階 に軸 芯 を置 きす ぎた き ら いが あ ったためで はないか と思 われ る。 しか し,後
半の 「興 味 と意欲 の循環 構 造」 につ いて は,「 よ く理 解 で きた」「 これ を参 考 に して今後 チ ャ レンジ し た い」 とい った声 が多 くみ られ たの は心強 い。 また,「どうせ新 しくす るの な ら,プ
リン トや 資料 ばか りが 中心 でな く,先
生 の豊 か な実体験 も織 り混ぜ て話 してほ しい」 との要望 も出て いた。 第3回
目で は,「 この3回
で終 わ るのが惜 しい」「 もっ と聞 きたい」 とい う 声 が 多 々あ り,う れ しいか ぎ りで あ った。 しか し,「これ まで基礎演習,工
業 経済論,技
術 論 と十 名 先生 の講 義 を受 けて きて,今
回の講義 が一番 よか った」 とい う,一 受講 生のメモ にはおおい に反省 させ られ る。「講義のユニー クさは, 実体験 に基づ いてい るためで はないか」 とい う指摘 には,ハ
ッ とふ りか え さ せ る ものが あ る。来年 のゼ ミ生 もいて,「 来年 のゼ ミが今 か ら楽 しみです」と書 いて い る。果 た して
,彼
の期待 に応 えるこ とがで きるか どうか不安が尽 き な い。 受講 生 の声 は,全
体 と して私 を限 りな く励 ま して くれ る もので あ り,新
米 なが ら教 師冥利 に尽 きる体験 をさせ て もらった。しか し,「学 生 の眼 か らみ て, 専 門 を学 ぶ こ とや大学 生活 を送 るこ との意 義 をつ かめ る よ うな講 義 が少 な い」 とい う指摘 には反省 させ られ る。学生 たちの 多面 的 な欲求や発達 の可能 性 に応 えてい くには,狭
い固定的 な専門の枠 を踏 み越 えた取 り組 みが求 め ら れ て い る ように思 われ る。 しか も,既
存 の経済 学 の枠組 み に とらわれ るこ と な く,社
会 学や心理学,人
類 学 な どの関連領域 の成果 を も動員 しつつ,学
生 た ちの現 実感覚や感性 に働 きか け,彼
らの知的関心 と意欲 を引 き出 して い く こ とが必要で はなか ろ うか。 3。経済学基礎演習における新米教員 と
1年
生 との対話
1年
生 を対象 とす る経済学基礎演 習 は,1992年
度 よ リス ター トした少 人数 教 育で あ り,教
員 と学 生 の対 話 と交流 に基づ き,
きめ細 か な経済 学 の基礎教 育 を行 な うこ とを図 った もの で あ る。 経済 学 の基礎 とは何 であ り,そ
れ を どの ように教 えるか につ いては議 論 も あ るが,当
大 学 で は各教 員の創意 と工夫 に基づ く多様 な実験 が行 なわれて い る。 その結果,こ
の2年
間 で 当基礎 演習 は深 く定着 しつつ あ り,経
済 学部 の 基礎 教 育 の柱 に育 って きて い る。 初 年度 の1992年
度 は, 1ク
ラスの規模 が35-36人
で あ り,新
任早 々2ク ラス を担 当す る。年 間 を通 して,「 豊か さ」とは何 か とい うテーマ を軸 に して い く。 そ して, 1年
生 に も読 みや す い新書類 をテ キス トに し,そ
れ を考 える 素材,討
論 の材 料 と して活 用す るこ とに した。「豊 か さ」とは何 か を,
まず 日 常生活 の 中か ら具体的 。多面 的 に考察 し,そ
う したプ ロセ ス をふ まえて 日本 の社会 経済 の全体 像 と基 本的 な仕 組 み を国際 的 な比較 を通 して理 解 して い く。 それ を経済 学 の体系 と して基礎 か ら掴 み直す こ とを企 図 した。 そ こに と どま らず,基
礎 演 習 の なか で は,次
の2点
の獲得 に力点 を置 いてい く。① 自分の頭で考 え,それ を自分の言葉で発表す ることの面 白さを見出 し, そうした能力 と習慣 を身につ けてい く。 ② 日本の社会経済 に関心 と興味 を持 ち
,そ
の中で 自らの人生や生活 を考 えることがで きるようにす る。 なお,授
業 においては,毎
回,出
席 をチェック し,1ク
ラス30人
前後の出 席状況 という中でなん とかこなす ことがで きた。 しか し,1993年
度には,担
当す る教員不足 もあって, 1ク
ラスの規模 が50∼51人
に膨 れ上 が り,ゼ
ミ ナール形式 は物理的に無理ではないか と懸念 しつつスター トす る。 すでに初年度 より,こ
の大集団 をその ままではうま く束ねてい くことは難 しい とみて, 5∼ 6人
の小集団 (小グループ)に
編成 し,顔
と名前 を覚 えや すいように座席指定 を し,グ
ループ ごとにまとめて座 るように配慮 した。 レ ジメの作成,配
布 とその発表,
コメ ン トは,各
回毎 に各グループが順番 に担 当 し,そ
れを受けて,他
の出席者 は全員質問や意見,感
想 をかな らず発言 さ せ るように したのである。 彼 (彼女)ら
は,
自分の頭で考 え,そ
れ を自分の言葉で語 り,
しか も皆の 前で発言す るとい う習慣や訓練 をほ とん ど経 て きていない。最初は,言
い よ どむ者が大半である。 しか し,そ
うした能力や意欲 を身につ けることが如何 に大切か を折 りに触れて繰 り返 し説明す る。 そ して,一
人一人の発言にはか な らず コメ ン トを添 えて,彼
らの発言が意味す ることを明確 に してや り,そ
の中の積極的な側面 を皆の前で評価 し励 ます ように した。 そ うしたプ ロセス のなかで,彼
(彼女)ら
は次第に自信 を持 ちは じめ発言す るようになってい く。 ある学生の次の ようなメモに,そ
うした変化のプ ロセスが示 されていて 興味深 い。 「初めは,ぼ
くを合め,発
言す ることに抵抗があった と思 いますが,先
生 が一人一人の意見 を聞 き入れ,発
言のあ とで一言 コメ ン トを述べて くれて, それが学生のや る気 を引 きだ し,次
第に発言す ることへの抵抗が薄れていっ たのではないか と思 います。ぼ くも,先
生が一言 コメン トや分析 を して くれ たので,い
い意味で調子づ き,や
る気が出て きました。 それに,プ
リン トの 疑問点,問
題点の欄 をみただけで,
自分の言いたいことが頭 に浮かんで くるようにな りました。」 やがて
,
自分の意見 を考 えた り,そ
れ をみなの前で発表す ることに楽 しさ を見いだす ようになる。 「これ まで,あ
ま り自分の意見や考 えをまとめて発表す るという機会がな かったので,最
初 は とまどっていた。 しか し,み
んなの意見 を聞いているう ちに,僕
もなん とか しなければ と思 い,発
表 した。 自分の意見 を発表 して人 に聞いて もらうということは,
とて も気持 ちのいい ものだ し,
また大切 で重 要 なことであることもわかった。」 「発言が一番大切,考
えること,
自分の思 っていることが大切 というこの 授業 は とて も新鮮で とて も楽 しかった。」「楽 しかった,・……このゼ ミは好 き だ った」。「基礎演習の時 は,90分
があっという間にす ぎ,と
て も夢中になる ことが`で きました。」 その結果,初
年度 において も,後
期 になると,ほ
ぼ全員が毎回発言す るよ うにな り,
しか もその発言時間 も長 くな り熱 も内容 も加わって きて,そ
れ を 調整す るのが難 しい といった うれ しい悲鳴 をあげるようになる。「一人一人が もう少 し長 く発言で きれば良か った と思 う」 という声す ら出て くる。なお, 授業の終 わ りには,20∼ 30分
をとって,当
日に集中 した質問や関心事項 につ いて,講
義 を行な うことに した。講義のテーマや内容は蓋 を開けない と定 ま らないこともあって,当意即妙 にうま くで きるか どうか,新米教員の私 に とっ ては毎回緊張の連続であった。 しか し,「最後 に先生がいつ もまとめて くだ さったことは とて も理解 しやすかった」 とい うメモをみて,ホ
ッと胸 を撫 で 下ろす。 学生たちとの対話 を通 じて感 じていた確 かな手応 えは,年
度末の最後の授 業 において1つ
の クラスのゼ ミ生が大 きな拍手で しめ くくって くれた こ と や, 1年
後の演習の募集で約半数の学生が私のゼ ミに応募 して きたことな ど に確認す ることがで きたのである。1993年
度 について も,2ク
ラスを担 当す る。1ク ラスの規模が50∼51人
に 膨れたが,初
年度 と同様 に6∼
7人
単位の小 グループ に編成 し,座
席指定や レジメの作成,報
告,出
席者の発表等 は,同
じ方式 を採用 してスター トす る。出席者 は
,40人
前後 と初年度 よ り少 し落 ち こぼれが多 くな り,ゼ
ミナ ール形 式 の授業運営 は当初 困難 を きわめ た。 しか し,や
が て,全
員 が発言 す る よ う にな ってい く。 ただ し,発
言 は順 番 にそ ってお り,出
席 者 が手 を':'げて 自由 に意見 を戦 わせ る まで には至 って いない。 とはいえ,後
期 にな る と,彼
(彼女)ら
の発言が 多様 にな り,時
間 も長 く な って,私
の講 義時 間が ほ とん ど取 れ ない ようになった。 む しろ,極
力,全
員 が発 言す るこ とを重視 し,一
人一 人の発言 に対 す るコメ ン トの 中でカバ ー す る よ うに して い く。 全員が大 きな声で は っ き りと明瞭 に発 言す るわ けで はない。 したが って, クラスの なかのかすか な私 語す らヒア リングの邪魔 にな るこ ともあ り,前
期 には ときどき注意す るこ とが あった。しか し,後
期 にな る と,誰
かが 発言 し て い る時 にはシー ン として皆 が聞 き入 るようにな る。 そ して,誰
かの 発言 に 対 して,自分 の意見 を対置 して発言す るとい うケースが増 えて きたのであ る。 耳 をそばだ てて聞 き取 ろ うとす る光景へ の変化 は感動的 です らあ る。 「同 じクラスの人の発言で,こ
こ まで言 えるなんてす ごいな.′ と思 った こ とが何度 もあ った し,人
の意見 も聞 けて少 しは 自分 の考 え も持 て るように な った と思 う。」 「他の人の意 見や考 え を聞 いて,
自分 との考 え方の違 いに驚 き,ま
た,そ
う した意見 を聞 くのが楽 しか った。」 彼 らは,主
体 的 に参 加 で きる講義 を何 よ りも求 め てお り,そ
う した中 に入 る と真剣 さを増 す。「この ような授業 は,相
互 の意見 で成 り立 ったいて,自
分 に も責任 がかか って きるので真剣 に取 り組 む こ とが で きた。 自分 に とって, とて も魅 力の あ る授業 だ った。」 最 後 の授 業の時 に,1年
間 の感 想 な り意見 をメ モ に して提 出 させ た。「大学 に入 って,
もっ と も大 学 ら しい授業 で あった」,「 発言す るこ との楽 しさをお ぼ えた」,「 同世代 の人 た ちの いろん な考 えや意見 を知 るこ とがで きた」,「社 会 や経済 に多様 な側面や 問題 が あ るこ とに 目を開かれ た」,「 新 聞 を注意 して 読 む よ うにな り,政
治欄 や経済欄 に も目を通 す ようにな った」 といったメモ が数 多 くみ られ,初
年 度以上 の手応 え を感 じるこ とが で きたの で あ る。次 のような文章 に接す ると
,何
だか私 まで も楽 しくなる。 「いろんな人 と接 し,い
ろんな人の考 えを取 り入れ ることがで きた らうれ しい。 また,
自分がいろんな人たちの力になれ る人間になれた らうれ しい。 た くさんの人 と,い
ろいろな楽 しいことをや ってみんなで楽 しんでいけた ら すご くうれ しい。」 昨年の経済学基礎演習の単位 を落 として,今
年度 (1993年 度)に
私の基礎 演習に参加 した一学生の次の ような成長のあ とをみて,む
しろ私の方が勇気 づ`けられ る。 「これか ら社会 に出てい く私 に とって,
とて も弾みになるようなことを学 ばせ て もらいま した。経済的知識 としての土台や基礎 についてゼ ミ形式です すめ る講義は,
とて も自分のためであ り,
自信 と勇気 を与 えて くれて,
とて もいい勉強にな りま した。」2つ
の講義
(「工業経済論」
,「
技術論」
)で
の手探 り
体験 が語 りか ける もの
教壇 に立 って一 番 困 った こ とは,「 工業経済論」 と「技 術論」とい う2つ
の 講 義 を どの ように して い くか とい うこ とで あ った。 その理 由 と して,一
つ は, 1コ
マ=90分
とい う長時 間 を二十 数回 にわた っ て,受
講生 に関心 と興 味 を持 たせ つつ,
しか も理解 しや す い ように,
しゃべ り続 け るこ との大変 さを肌 身で感 じた こ とにあ る。 これ までのデス クワー ク 中心 の我 がサ ラ リーマ ン体験 の なかでは,ほ
とん ど体験 しない分 野,磨
いて い ない技 能領域 の こ とで あった。 二 つ は,「 工業経済論」 と「技術論」の何 れ において も,
自分 の間尺 に合 っ たテ キス トが見 当 らない。結 局,一
か ら講義 ノー トを準備 して いか ざるをえ な い こ とにあ る。講義 の骨格や 内容,テ
ンポな どまった く手探 りで,初
年 度 と第2年
度 で は ガ ラ リと違 った もの にな って しまったの で あ る。 第3年
度 (1994年度)に
は さ らに大幅 な見直 しを考 えて い る。 三 つ は,受
講 生 の少 な さにあ る。初 年度 には,「工業経済 論」で2-10人
強, ´ 年「技術論」 で数 入 しか講義 に出席せ ず
,淋
しい出発で あった。 もともと受講 届 をだ してい る人数 その ものが少 な いか らで あ る。 しか し,反
面,少
な いゆ え に,未
熟 なが ら も手作 りの講 義 を 自分 な りのペ ー スで試 み て い くこ とが で きた と も思 ってい る。 両講義 とも,第
2年
度 にな る と受講 生 の 数が一桁 ア ップ し,
よ うや く講義 の体 をなす ようにな る。「工 業経済論」は大教 室 に移 し替 え,今
度 は大教 室 で どの ように講義 してい くか とい う新 たな課題 に直面 す るこ とにな る。 両講義 とも,出
来映 え に 自信 が なか った こ と もあ って,感
想や 意見 を書 い て提 出 させ るの にず っ と躊躇 していた。感想や意見 を提 出 させ るように した の は,第
2年
度 の終盤 も近づ いた11月下 旬以 降 の こ とで あ る。この壁 を一 度 破 る と,受
講 生 が何 を要求 し,
ど う感 じてい るか,
どれ ぐらい理解 してい る かが,意
外 に掴 みや す い こ とが わか り,講
義 で は難 しい と思 われ た対 話 の一 つ のや り方で あ るこ とに気付 いたので あ る。 「黒板 に書 く量 が 多す ぎる」,「 書 くの と話すのが同時 だ と,
どち らか に神 経 が い って しまい聞 きづ らい」,「黒板 の字 を もう少 し大 き くしてほ しい」,「授 業 で話 したの は テ キス トの どの 辺 に 当て は ま るか を毎 回 明確 に示 して ほ し い」 とい った技 術的 な改善 を求 め る声が,い
ず れ の講義 にお いて も日につ い た。感想や意見 の 中には,「書 く量 を半分位 に し,し
ゃべ る間合 い を もう少 し ゆ っ くりと取 る とよいので は」とい う技術的 な示唆 も身受 け られ,「 出席率 を 増 や す ため に出席 カ ー ドを毎 回配 った方が いい と思 う」 とい った気遣 い もの 香 が漂 うメモ もあ る。私 の方 か ら,「 講義 が不慣 れ で 申 し訳 な い」と言 った こ と もあ る。それ を聞 きとめて,「そん な こ とはな い。 もっ と自信 を持 って くだ さい」 との励 ま しの メモ もあ り,ウ
ェ ッ トな一面 を見せ て くれ る。 また,メ
モ にあ る質 問の一部 を次 回の講義 で取 り上 げて説 明す る と,「おか げで,物
の 見 方 を人間の生活のみ にこだ わ らず地球規模 で見つ め るこ とを教 えて いただ きま した」 とい った丁寧 なお礼 のメモが送 られ て きた こ ともあ る。感想や意 見 の メ モ を媒 介 に しての対話 は,受
講 生 の意外 な横 顔や 内面 を も垣 間見せ る な ど興 味深 い。 講 義 の 内容や 全体 的 な印象 につ いて は,意
外 と肯 定的 にみ て くれ て い る ようで
,さ
りげないメモに九気づ け られた り励 まされ ることも少な くない。 「一番印象 に残 ることの一つは,先
生の授業 には “ハ キ"が
感 じられ るこ とである。すご く物事 をハ ッきりといわれて聞 き手 もついつい聞 き入れて し まう感 じで とて も興味深 い。やは り,先
生 も会社勤めの経験があるためかす ご く話が具体的で何 も知 らない僕 としては とて も理解 しやすい。」 「苦労 して両立 した分,会
社の仕事で得 た知識 を授業 に生か して講義す る 先生の授業 は,他
の先生 と少 し違 った感 じが して良い と思 い ます。」 「自分 もこれか ら “自分 はこれだ"と
い うものについて考 えてみ ようと思 う。1年
間,
とて も現実的な講義で 自分のためになった と思 う。」 卒業 を間近 に控 えた4年
生の受講生か ら,次の ような感想が出されている。 「講義 を1年
間受 けて きて思 ったことは,何
よりも “生 きがい'と
い うも の を見付 ける必要があるということである。」 「先生の ような生 き方 もあるのだ とい うことを知 って また希望がわいて き ま した。」 5。演 習 において何 を学 び感 じるか
当大学 にお いて は,新
任 教員 の演習 につ いて は,第
2年
度 か らの担 当 とな る。 これ は,前
年 度 の秋 にゼ ミ生 を募 集 す るか らで あ る。 したが って,私
の 場 合 も,第
2年
度 にあた る1993年
度 か ら演 習(3年
生)を担 当 し,
まだ1年
間 の体験 で しか ない。 「 日本型企業社会 とサ ラ リーマ ン研究」 を演習の テーマ とす る。前期 に1 冊,後
期 に1冊
の テキス トを精読 し,夏
期 の合 宿 で2冊
の本,冬
期 の合 宿 で は2冊
の本 を集 中的 に検 討す るこ とに した。 その 中で,各
人 が 自 ら問題 意識 や研 究 テーマ を見つ けだ して い く。 ゼ ミ生30人
との交流 をいか に図 り,彼
らをいか に指導 してい くか は,予
想 外 に難題 で あ る。経済 学基 礎 演 習 での方式 を参考 に して, 1グ
ル ープ=5人
単位 で6グ
ル ープ に編 成 し,毎
回の担 当 をグル ープ ご とに受 け持 たせ,
レジ メの作成,発
表,論
点や質 問の提起 をさせ た。 レジメの作成や発表 をさぼ るもの は いな い し
,指
名すれば,何
とか意見や疑 問点 を聞 き出す こ とはで きる。 しか し,私
の期待 す る ような活 発 な議 論 を引 き出す こ とが なかなか難 しい。 これ は,お
そ ら く次 の よ うな事情 に よる もの と推 察 され る。一 つ は,彼
ら が1年
次 に基礎 演習 を経験 していないためで はなか ろ うか。 それ まで 自分 の 意 見 を皆 の前で発表 す る訓練や習慣 を経 ていないの に,い
きな り専門的 な文 献 に取 り組 み,そ
の理解 を図 りつつ,高
度 な発表 能 力 も同時 に身 につ けて い くとい う芸 当が意外 と彼 らには重荷 になった と思 われ る。二つ は,私
自身の 指 導や運営 の未熟 さに よる もの とみ られ る。 こ う した試行錯誤 を経 て,秋
口よ り,グ
ル ープ単位 で ワイワイガヤ ガヤ と 相 談 で きる場 と時 間 を作 ってや るように した。担 当グル ープの報告 と問題提 起 を受 けて,
まず,グ
ル ープ ご とに数分 間 ワイワイガヤ ガヤ と検 討す る。 そ こでの議 論 を参考 に して,各
グル ープ か ら一 人ずつが応答 発言す る。言 い尽 して いない と,当
グル ープ の他 のメ ンバ ーが追加 して発言す る。 なお,発
表 者 が偏 らな い よ うに してお く。 こ う した形 を取 る中で議 論 が次 第 にかみ合 い だ した。ゼ ミは賑や か になって きたが,時
折 脱線 して私 語 に も発展す るのが 悩 みの種 で あ る。 また,
レジメ と報告 を簡潔 にす るため に,図
式 化 な どを促 して い るが,
どう して も報告 に時 間がかか りが ちで,グ
ル ープ 間の討議 の時 間が少 な くな る。 これの改善 を求 め る声が最終 回 に出て い る。 夏体 み の 課題 と して,そ
れ ぞれ の 問題 意識 やや りた い テーマ につ いて レ ポー トを課 し,夏
休 み あ け に提 出 させ た。9∼
11月の 間 に全員が順次 発表 し, 方 向付 けの コメ ン トを して い く。最終 回のゼ ミには,そ
れ の見 直 し版 を提 出 させ た。4年
次 には,テ
ーマ別 にグル ープ を再編成 し,各
グル ープ の 自主的 な行動範 囲 を広 げてい くこ とを考 えてい る。 冬体 み に突入 した 日に,ゼ
ミの合 宿 を行 い2冊
の本 を仕上 げだが,(一
人の 長期療養者 を除 き)全
員 が参 加 す る。 当 日の午後 と翌 日の午前 中 に研究会 を もち,夕
方 には グル ープ対抗 の ボー リング大会 を競 い,夜
には忘年会 な どに 興 じる。「ゼ ミの合宿が こん なに楽 しい とは思 い もしなか った」,「みん な と知 り合 えて よか った」,「 ま とめて勉強 したな とい う感 じがす る」 とい った声 が 多 く聞 かれ,我
が 身の疲 れ もふ っ飛 ぶ。1年
間のゼ ミ活動 の感 想 と して は次 の よ うな ものが あ る。 まず,発
表 や 討 論形 式 で の授 業 の進 め方 に とま どいや新 鮮 さ,手
応 え を感 じた ものが 多 い こ とで あ る。 「 とまどい もあったが期待 も逆 にあ り,い ろいろな意味 で新鮮 な1年
で あっ た と思 い ます。」 「大学 に入 って初 め て勉強 ら しい こ とを した と思 う。・……ゼ ミ合宿 もとて も楽 し く充実 した ものだ った。」 「最 初 の頃 は少 しとまどったけれ ど,後
半 はけ っこ う慣 れ て きて,
レポー トも以 前 ほ ど苦労せ ず にか け る ようにな った し,人
前 で発表 す るの もか な り 慣 れ て きた と思 う。」 「合宿,討
論 な どで,
自分 と違 った タイプ の人の意 見や性 格 を知 るこ とが で き,視
野が広 が る。」 「ゼ ミを通 じて友 人が増 え,ま
た,大
学 で初 め て頼 りにな る先生 と話せ る 関係 になれ た。」 しか しなが ら,ゼ
ミの進 め方や参 加の仕 方 につ いて,問
題 点や今後 の改善 の必要 を指摘 す る声 も少 な くない。 「に ぎやかで意見や質 問の交換 が あ り良 い と思 うが,ぼ
く個 人 と して は, 少 し人数 が 多 く全 員が それ に参 加 して い るわ けで もな い し,そ
れ らの意見 も 先生 に指 名 され てや るわ けだ か ら,物
足 りない よ うな感 じが します。」 「発表 の量 とか数 を もう少 し減 ら して,議
論 中心 のゼ ミに して ほ しい。 そ れ と,そ
の議 論や テーマ につ いての先生 の意見 を もう少 し増や してほ しい。」 最 後 に,長
期療養 の一 ゼ ミ生 に触 れ てお く。一 昨年 の秋 に私 のゼ ミに応募 し面接 して合格 してか らま もな く胸 を患 い入院 した まま今 日に至 ってい る。 したが って,ゼ
ミには一 度 も出席 していない。秋 口には,ゼ
ミ生全 員の激 励 の添 え書 きを作 り,私
か らの激 励 の手紙 な どを添 えて届 けた。 それ に対 し, お父 さまか ら次 の ような手紙 をいただ いてい る。 「… …ゼ ミの皆様 の寄せ書 き,先
生 の励 ま しのお手紙 にたいへ ん感激 し, 『早 く元気 にな りたいね。』『早 く学校 へ行 って先生 をは じめゼ ミのみんな に 会 いた いな』 と申 してお ります。・……一 向 に よ くな らぬ病状 にかな リイライラ し努力 も怠 りが ちにな ってお りま す。 しか し
,こ
こ二 三 日先生 か らのお手紙 を読 み返 し一先ず学校 ゼ ミの こ と な どか ら解 放 され,病 気 に対 して前 向 きに取 り組 む姿勢 にな りつつ あ り……」 い まなお復帰 のメ ドはたっていないが,病
状 が安定 した最近 (1994年 1月 下旬),次
の ような手紙 が彼 か ら届 いた。 「闘病 生活 に入 り1年
が過 ぎま した。大病 の ため退院の見通 しがつ かない 状 態 です。 で も 1日 も早 く退 院 し大学 で授業 を受 け,無
事 卒業 した く思 って い ますが,まだ まだ通学 が不可能です。そ こで勝 手 なお願 い とは存 じますが, レポー トな どの課題 をお送 りいただ ければ,一
生懸命 に取 り組 み精一杯勉強 しようと思 い ます。」 新 米教 員 の2年
間 の学 生 た ち との交流 の 中で,
この父子か らの手紙 ほ ど私 に深 い驚 きと厳 粛 な気持 ち,喜
び を与 えて くれ て ものが あろ うか。 なん とか してや りたい。彼 の 内部 か ら,生
きる英 知 と意欲,勇
気 を どれ だ け引 き出 し 高 め てや るこ とが で きるで あろ うか1)。 6。他 大学 への出講
(講義
,演
習
)に
垣 間見 る学生の機微
大 学 に転 じて2年
目の1993年
度 には,他
大 学 (岐阜経済 大学)に
出講 す る こ とにな り,講
義(4時
限 目=「
産業 史」)と 演 習 を担 当 した。 その 中で,他
大学 との比較 を とお して,現
代 の学生 たちの 内面 に接 す る とい う機会 を得 る こ とにな る。 最 後 の講義 で とったア ンケー トには,興
味深 い感 想や意見 がみ られ る。 ま ず,「 この ようなア ンケー トを前期 の夏休 み前 に した方が いい と思 い ま した」 とい う指摘 に恥 じ入 る。 ここで も,黒
板 に書 く量 が多す ぎるこ とや,字
が小 さい こ とな どへ の注文がや は り目に付 いた こ とで あ る。次 の声 は悲鳴 に近 い ものが感 じられ る。(も っ と も気遣 いの文章 も添 えて)。 「か な り疲 れ る授業 です。 まず,板
書 の量 が他 の授業 と比べ て も非 常 に多 いので はないで しょうか。指 が痛 くな って しまい ます。 そ して,そ
の字 も小 さいの です。私 には読 み取 れ ない部分 も多々 あ りま した。 しか し話 しの方 は非常にわか りやすかった。私で もよ くわか りました。私の感想 は“とにか く, とて もていねいだ
"と
いうことです。」 最初の ころは,地
球の歴史か ら始めた ものだか ら講義の内容への とまどい と驚 きも少な くなかったようである。「初めて授業 に出席 して思 ったことは, 産業 史 とはこうい うこともや るのか とい う驚 きで した。」 講義 自体 については,次
の ような評価や提言がみ られ る。 「テーマ と話 しの進め方,先
生の独 自な視点がわか りやす く,
自分の思 っ て もみなかったことが多 くわか るので,考
え方 を広め る良い授業だ と思 いま す。」 「授業 中,私
語が他の授業 と比べ ると少なかった と思 う。 この ような人た ちに対 しては,出
席 を とった り評価 の対象 にプ ラス を してほ しか った と思 つ 。」 次 の よ うな声 は,新
米教 員 の私 を限 りな く励 ま して くれ る ものが あ る。 今 後 の 原点 と して,大
切 に して い きた い。 「大 変 ま じめな先生だな と思 い ま した。・……私 が受講 してい る先生 の なか で は一 番熱意 を感 じま した。 これか らも熱 意 で授業 を行 な えば,本
当 に この 講 義 を聞 きたい とや って くる学生 は増 え る と思 い ます。」 さて,演
習 は, 3, 4年
生 の混成 で総勢40人
強 (最終 は3年
生22人
, 4
年生17人
の計39人
に確 定)の
大 所 帯 で あ るこ とが,最
初 の 出講 日に判 明 し た。 しか も, 4年
生 には初 めての面識 で卒論指導 を行 なわねばな らず,就
職 シー ズ ンを控 えてい る。 これ は困 った こ とにな った./
と思 いつつゼ ミをス ター トしたが,や
は り手 に負 えない。 そ こで,大
学 の 了承 を得 て,第
2回
目 のゼ ミで急遠, 3時
限 目(3年
生 主体 で24人
)と5時
限 目(4年
生 主体 で15 人)に
分割 す る。 夏 には, 3年
生, 4年
生別 々の合宿 を もって親睦 を図 るな どの努 力 を した が,フ
ォローの不足 は否 めず, 3年
生 に2人 , 4年
生 に6人
の落 ち こぼれ を 出 して しまった。 そ う した中で も,ゼ
ミに結集 して きた4年
生 (11人)は
卒 論 (選択)を
仕上 げて い る。彼 らは,こ
う したハ ンデ ィキ ャ ップ の 中でゼ ミ を どの ように感 じて い たか。最 後 のゼ ミで書 き残 した彼 らの メモ に,(あ ま り面倒 を見 てや れ なか ったこ とへ の
)胸
の痛 みが よぎる。 また,そ
う した 中で も最 良の もの を学 び取 って くれ た こ とへ の感 動 に胸 が熱 くな るの を禁 じ得 な い。 「ゼ ミで学んだ ことが,会
社のなかに入 って壁 にあたった ときや悩 んで し まった ときに,役
に立 てばいい と思 います。ゼ ミで使った本をもう一度読み 返 して,会
社で生かす ことがで きれば と思 います。」 「1年
間だけで したが,
とて も親切 で楽 しい授業が送れたので とて も有意 義で した。・……困 った ときに先生 に相談す ることがあるか も知れ ませんが よ ろ しくお願 い します。」 「卒論 を終わ りとす るのではな くスター トに して,
もっと立派 な ものに仕 上 げてい きたい。・……経済,教
育 と2つ
のテーーで研究 を生涯続けていきた い と思 う。」 「ゼ ミの中で,仕
事 を しなが ら勉強 していこうという気持 ちが強 くな りま した。・……いつ まで も勉強 してい きたいので,こ
れか らもよろ しくお願 い し ます。」 「将来的 に十 名先生の ように大学院 に社会人入学 したい と考 えてお りま す。」7.現
代 の 学 生 気 質 とサ ラ リー マ ン像 以上 にみ る現代学生像 は,こ
の2年
間に出会 った数百人の学生たち(2つ
の私立大学)か
ら得た もので しかない。それ も,彼
らの多様 な反応の一端 に す ぎない し,あ
くまで も私の触角で捉 えたことの一部で しかす ぎない。しか しなが ら,そ こで垣間見 た現代学生像は,これ まで巻 に聞いて きた もの2)と重 な りなが らも,それだけでは捉 え きれない様相 を呈 しているように思われる。 た しかに,数
十人か ら百人前後の講義 において も,私
語3)が気 になる場面 も 少な くない。展開が少 し冗長 になった り,抽
象的 になると,私
語が小波の よ うに起 こって くる。それは,知
的な根気や抽象化能力には苦手な彼 (彼女) らの,講
義への一種の(消極的な形での)ブ
ーイング と感 じられ る。そこで,テ ンポを良 くし
,具
体的な展開に切 り替 えた り,興
味深 い内容 を織 りこんで い くと,シ
ー ンとして聞 き入 る。講義内容が,彼
(彼女)ら
の知的関心や興 味 を呼び起 こす ものであるのか,彼
(彼女)ら
に とって役 に立つ ものか どう か をさっ と嗅 ぎ分 ける彼 (彼女)ら
の直感力は,私
に とって脅威である。 彼 (彼女)ら
は,
自分の考 えや意見 を皆の前で開陳 したが らない ように見 える。 しか し,そ
の反面,対
話 を通 じての学生相互の交流や教員 との交流 を 強 く求めている。 自らの頭で考 え,そ
れを発表 し,
またクラス (ゼミ)メ
イ トの意見 を知 ることがいかに面 白いか,そ
のダイナ ミズムに気づ く学生 (と くに1年
生)の
多いことに驚か され る。 彼 (彼女)ら
は,い
ま学んでいることが,人
生 において,実
社会の中で, どの ように生 きて くるのか,
を知 りたが っている。そ うした功利性の強 ま り は,将
来見通 しの不透明 さ,不
安定 さによっているのか もしれない。しか し, その一方で,
自分が本 当にや りたいことが掴 めないことにい らだちを示す も の もいる し,自 らの人生の生 きがいを求め る声 も少な くない。現代のサ ラ リー マ ン論や ホワイ トカラー論 とかかわ り合 う部分が意外 と多い ようである4)。 学生たちの反応 は,た
しかに表層的な もの も多 く移ろいやすい し,彼
(彼 女)ら
の知的関心や興味 をつな ぎとめてお くのは容易ではない。 しか し,そ
うした殻の内部 に,
きわめて真摯な意欲や向上欲求 をひそめてお り,大
きな 可変性 をはらんだ存在 としてその発揮の場や機会 を求めているように感 じら れ る。 しか も,そ
うした琴線 に触れ る本物 を瞬時 に洞察す る直感力は侮 れな い。 彼 らの 目線 にそ って話 をす るこ との大切 さを痛感 す る。私 は,彼
(彼女) らに,「偏差値観 に とらわれ るな。自分 な りの評価 の眼 を培 ってい こ う。自ら の感性,日
で もって,
自分 な りに納 得 の い く見識 で もって物 事 を見抜 いて い くこ と,考
え抜 くこ とこそ価値観 の基本 で あ る。」とい う趣 旨の こ とを機会 あ るご とに説 いて い る。 そ う した私 の指摘 に敏感 に反応す る学生 もけっ して少 な くない。 それ は, 受講 者 の半数 に満 た な いか も しれ な い。 しか し,た
とえ, 1∼
2割
で あって も熱 い反応 を生 み出せ ば,そ
れが 全体 の雰 囲気 を変 えてい く貴 重 な手がか りになるのではなかろうか。大学教育改革の実験の意味 と可能性 がそうした と ころに潜 んでいるように思われ る。 一方での「教養」離れ とともに
,他
方では「専門」離れ もはなはだ しく, 学部での「専門」教育に興味 を示 さない学生の比率が増 えて きていることは, 新米教員の私 に もひ しひ しと伝わって くる。何が,「専門」教育か ら魅 力をな くしているのか。それは,学
生の関心や知的水準 に も問題 はあろう。しか し, 他方では,既
存の「専門」教育の体系や内容が現実離れ,人
間離れ している ことによるところが少な くない ように感 じられ る。 彼 (彼女)ら
の興味や知的関心 をいかに取 り戻 し,彼
らが「専門」 を学ぶ ことの意義 をどう見付けだす ように導 いてい くか。そこには,大
学教員の研 究・教育の最 も重要な原点がかかわっているように思 える。 また,そ
れが試 されているといえよう。 8。お わ り に
小論 は,私
自身 の教 員体験 か ら捉 えた現代 学 生 の観 察 レポー トで あ る。 あ るい は,大
学教 育論 の研 究 ノー トとい え るか も しれ な い。 小論 を まとめ よう と思 い立 ち,全
体 の骨 子 をデ ッサ ン したの ち に,急
に不 安 に襲 われた。小論 が,果
た して大学の紀要 に載せ る ような代物 か,あ
るい は,この レポー トの作 成 に貴重 な2週
間 を費や す こ とが適切 か ど うか とい う, とまどいで あ る。今年 は,ラ
イ フ ワー ク と しての鉄鋼 産業論 をなん とか ま と め あげたい,寄
り道 を して い る猶 予 もな い,
とい う思 い も強 い。 そ こで,当
大 学 の何 人かの先生方 に,小
論作 成や紀 要へ の掲 載 の是 非 を尋 ね てみ た。「紀要へ の掲 載 は適切 で はないか もしれ ない」とい う指摘 もあった が,「 教 育論や調査研究 (レポー ト)と して問題 ない」,「 これ まで,
こ う した 研 究 発表 が少 なす ぎる とい う意味 で貴 重 で あ る」,「 大学教 育の活性 化 の一石 にな るので はないか」 といった声が 多か った。 その数 日後,京
都 大学 での研 究会 に出か けた際 に,恩
師 (池上惇 教授)と
話 をす る機 会 が あ り,こ
の こ と につ いて相 談 してみた。次 の ような趣 旨の示唆 は,私
の迷 い をふ っ切 らせ るものがあった。 「大学 に長 くいて も
,こ
れだ./
ぜ ひ書いてお きたい といった教育体験 は そ う多 くはない。十名君の これ までの鉄鋼での体験 と大学での新 しい教育体 験 とのぶつか りの中で生 まれた波長が,今
の学生の波長 とが合 ったのではな いか。その人の,そ
の瞬間で しかで きないことがある。 いま,書
き留めてお かない とす ぐに消えて しまうか もしれない。」 そ もそ も,小
論 をまとめ ようと思 い立 ったのは,鉄
鋼マ ンとしての「働 き つつ学び研究 し」て きた21年
間の体験 に突 き動か されての ことである。鉄鋼 メーカーに勤めて仕事 もわか りかけた3年
目の春か ら,社
外の研究会 に顔 を だす ようにな り,そ
の夏に処女論文 をか きあげた。その直後 の興奮 もさめや らぬ中にまとめた,「働 きつつ学び研究す ることの意義 と展望」という随想 は, 処女論文の掲載雑誌 に同時 に載せ て もらった。結局,そ
の一文が新鮮 な若 き 感性が,そ
の後の21年
間の「二足のわ らじ」生活の原点 とな り,困
難 な とき に も支 えて くれた ようである。 桜井邦朋氏 によれば,「講義 をす ることは私 にはいつ も一種 の後ろめたさが 感 じられ る仕事である。・……結局は,
自分 を裸 に して,す
べてを学生たちの 前 に見せ て しまうことになる。能力の限界だ って,お
のず と講義の中に現れ て しまう」 という。重厚な研究 。教育の蓄積 を経 てなおそ うであるらしい。 そこで,究
極 は,「教育において大切 なことは,教
授 自身がいわば生 き証 人 と なって,
自分の して きたことを,学
生たちに身 を もって示す ことにある」5)。 それは,創
造的な研究 を基本 とす るとともに,そ
れを通 しての創造的な生 き 方 を も含む もの として捉 えることがで きよう。 新米教員の2年
間の体験 と感性 が捉 えた ものが果 た して どれほ どの もの か,
自信 は全 くない。 しか し,学
生たちの多様 な資質や感性,反
応 を敏感 に 受 け とめ,そ
の知的関心や興味な どを引 きだ した り,創
造的能力 を仲ば して い くことに,少
しで も助 けにな りたい。そ うした姿勢 を自らの原点 として大 切 に したい とい う思 いが,小
論 をまとめ る引 き金 になっている。拙 い小論で はあるが,企
業の生産現場での体験か らみた視点な リアプ ローチが,大
学教 育 をめ ぐる議論 になん らかの刺激 を与 えることがで きれば幸いである。圧