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夢の途中あるいは勇気

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Academic year: 2021

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終わりに

夢の途中あるいは勇気

浅川伸一 <[email protected]>

クリストフ・コロンブスのアメリカ発見について、そもそも彼の 偉大な点はどこにあるか、とうことをきく人があるならば、それ は西周りのルートでインドへ旅行するのに、地球が球形であるこ とを利用しようと言うアイデアではなかった、と答えねばならな いだろう。このアイデアはすでに他の人々によって考えられたも のであったし、彼の探検の慎重な準備、船の専門的な装備などと 言うことでもなかった。それらのことは、他の人でもやろうとす ればやれたに違いない。そうではなくて、この発見的航海で最も 困難であったことは、既知の陸地を完全に離れ、残余の貯えでは 引き返すことがもはや不可能であった地点から、さらに西へ西へ と船を走らせるという決心であったに違いない。 —ハイゼンベルク著「部分と全体」p.115, みすず書房— 1

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