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視座と視点の日英比較

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Academic year: 2021

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No.55, pp. 33 - 53, 2005 1. はじめに  本稿は,日英語の比較の基盤となる言語についての認知的な基本原理―言語は主体と外界との経験 に動機づけられている―について考察する.  言語に関わる事象の解明には,話手が外界をことばに写し取る過程の解明がまず必要となる.特に. 話手の知覚・感覚・認識・判断・思考という認知プロセスが,言語表現にどのように反映されているの かを明らかにすることが重要である.  本稿では,手始めとして,外界と脳をつなぐ感覚器官の働きに関する知覚表現を取り上げ,とりわけ, 話手の視座 (Viewpoint) と視点 (Focal Point) が,表現形式の選択に重要な役割を果たしており,日英 語のズレの現象を説明する鍵となることを主張する. 2. 文生成の過程  三上章によれば,文法は,話す「コト」・話手・相手・場面がどのように関わっているかに応じて, 4段構えであるとしている.私流に,三上の 4 段階に前段を付け加えて,さらに各段で付け加わる 表現内容とその表現形式を整理すると次のようになる.       表現内容       表現形式 第0段 素材概念       主体・客体の動作・存在    意味構造 第1段 コト       客観的事態(命題=P)     統語標識 第2段 コト+話手      コトに対する話手の認識    対事ムード標識 第3段 コト+話手+相手       話手の相手への発話態度    対人ムード標識 第4段 コト+話手+相手+場面・文脈 場面・文脈との照応      談話標識 第0段は話手が描こうとする外界の事象・心象という素材部分であり,1 段は,外界の事物の状態や 変化,働きを表す「述語」とその述語で描かれる事象に関係する事物・概念などを表す「補語」から なる叙述内容=命題=コトである.第 2 段は,コトに対して話手が確言的に述べるか,概言的に述 べるか,意志を表明するかという陳述の態度表明部分が付け加わる.

視座と視点の日英比較

吉 川 千鶴子

A Contrastive Study of Speaker's Viewpoint and Focal Point

in English & Japanese

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第 3 段は,さらに,問いかけ,勧誘,命令,要求というような相手に対する態度表明が付け加わる. 第 4 段では,発話の場面や状況が言外の意味として付け加わる.  具体的には,たとえば,酒が瓶に半分入っている状況を見て,それをことばにする際に踏んでいく 文生成の過程を考えてみよう.各段階において付け加わる意味と言語表現を表にしてみると,概略次 のようになる. 0段: 記号化の前段の状況に関連する意味      ・酒が瓶に半分入っている状況 1 段: 状況を直接的に反映する客観的意味      ・酒が 瓶に 半分ある. 2 段 話手の視点,視界を反映する主観的判断意味     (a) 酒が もう半分しかない(消えた半分に視点)     (b) 酒が まだ 半分ある (残った半分に視点)    ことばのコード化を反映する意味     (a) 酒が もう半分しかない(しまったというマイナスの評価判断)     (b) 酒が まだ 半分ある (よかったというプラスの評価判断) 3 段  発話の含意      ・酒が もう半分しかないよ (足りない) 酒,買ってきて/ * 一緒に飲もう      ・酒が まだ 半分あるよ (足りている) * 酒,買ってきて/一緒に飲もう 4 段  場面の含意      φ もう半分しかないんだよ (足りない) φ 買ってきて/*一緒に飲もう      φ まだ 半分あるんだよ (足りている) φ * 買ってきて/一緒に飲もう   (φは場面から補えるので言語化されない文要素. 「ん=の」は状況説明) 2 段に見られるように,同じ状況でも,話手がその事態のどの部分に視点を置くかによって,表現形 式が一変する.この場合なら,瓶から消えた半分に視点を置いて,(a) のような否定表現を採れば, 状況がよくないというマイナスの評価・判断を示すことになり,残った半分に視点をおいて,その事 態を肯定的に判断するなら,(b) のような肯定表現という具合に,正反対の表現法が採られうるので ある.このように,言語を記号化のレベルに分け,コトと話手・相手の主観的態度が,どのように言 語化されるのかという認知プロセスの段階に基づいて,両言語をを比較・検討するなかで,皮相的で はない言語比較が可能になると考える.   3. 視座と視点    状況を言語に写し取る過程を,カメラで被写体を写す過程にたとえて,対比させてみよう.   被写体:   表現内容 (事物・事象) カメラ位置: 視座1 話手(認知主体)の目の位置        視座2 相手(第2の認知主体) 被写体の主役位置:視点 写真の構図: 項構造 撮影映像:  心象(心的映像) 写真     言語表現  静止画像: 文

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 動的映像: 文章  ことばで写し取ろうとする状況=「表現内容」が被写体である.写し手ががすえるカメラ位置が話 手の目の位置であり,「視座」と呼ぶことにする.相手にもファインダーを覗かせれば,共通の視座 となる.被写体の主役の位置が「視点」となる.ファインダーで切り取った撮影の構図が被写体の動 き・作用・状態の言葉による枠組み=項構造である.フィルムが話手の脳であり,そこには話手が心の フィルムに捉えようとする心的映像が写されている.トリミングなどの整形過程が文法規則に基づい た文生成となる.印刷されてできた静止画像の一枚一枚が一文,ビデオカメラによる動的映像が一ま とまりの文章となる.  先に述べたように,日英語の比較対照を試みる場合,状況意味の同一性が必要なことは言うまでも ないが,同じ記号化レベルでの比較を試みないと,正確な記述はできないだろう.  特に,話手が事象・状況を捉えようとするときに,どのような視座に立ち,事象のどこに視点を置 いて構図を決め,言語化するのかという第二の段階の考察をする必要がある.  本節では,日英語における視座と視点のズレについて概観する. 3.1. ウチとソトの視座 3.1.1. 事象描写の視座  事象の捉え方の日英語のズレのうち,まず,話手がコトを描く視座のズレについて,検討してみよう.  視座のズレを検討する手始めとして,以下の川端の『雪国』の冒頭部分と Seidensticker 訳を比べ てみよう. 国境の長いトンネルをぬけると雪国だった.夜の底が白くなった.信号所に汽車がとまった. A: The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under   the night sky. The train pulled up at a signal stop.

 日本語の原文は,汽車の乗客の視座から描かれている.認識主体のウチから眺めた車窓の外の移 り変わりを描いている.ところが,英語の場合,描手は,汽車のソトから,汽車の動きを描き,第 2 文では,夜空の下に広がる白い地上という広い視野に立った叙述である.  日本語はビデオカメラによる車窓から見る景色,英語は汽車の外からの大掛かりな映画撮影の趣き である.  勿論,英語訳として次のような逐語訳も可能であろう.

B: After passing through the long border tunnel, we came into the snow country. The depth   of the night turned white. The train stopped at a signal station. ( 樋上 :2003:123) それでも,主語を we とした途端に,カメラは車内の乗客に直近の位置に移され,車窓外を眺める乗 客と車窓外を撮影することになるのである.主語の明示が必要な英語では,たとえ認識主体が話手自 身であっても,そのウチ側にカメラを据えることができない.主語を話手とした途端,話手のソト側 のカメラ位置から,自分をも客観的に写し撮ることになるのである.  川端の原文では,認識主体の乗客の目がカメラの位置となっていて,認識主体は,言語の画面から 消えている.乗客の目をカメラ位置として,車窓の変化を描写するのなら,

C:  After the long border tunnel, it was the snow country.

が原文に一番近い英語訳となるだろう.しかし,違和感を覚えるのはなぜだろう.

 先に,状況を言語に写し取る過程をカメラで被写体を写す過程にたとえたが,その観点から,原文 と訳文を比較してみよう.

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を捉えていく描写法である.このように,作者(話手)が被写体の人物に転移して,その目の位置から, 描写する視座の型を「ウチ転移型」と呼ぶことにする.同じ転移型でも,B の英語訳のように,作者(話 手)が作中人物に視座を転移させるものの,その作中人物が被写体となるので,その人物と視座を共 有する相手 / 読み手の視座から事象を写し取る「ソト転移型」もある.  一方,サイデンステッカーによる英語訳 A は,作者が,作中人物とその周囲の状況全体を構図と する第 3 者の視座から写し取る描写法である.このような第 3 者の視座の型を「部外者型」と呼ぼう.  C も同じように部外者型のように見えるが,"it was the snow country" は,「そこは雪国であった」 という作者の判断が示されている判断文である.A のような状況の映像撮影とは,全く異なる.C の 視座は語り手である作者にあり,被写体=視点は,判断主体である作者の脳内にある.小説の冒頭に, 現象の撮影=描写ではなく,いきなり,作者の脳内を映し出されると,違和感を感じるのは当然であ ろう.  C には,この節の冒頭でのべた次のような視座の差が如実に現れているのである.   英:話手自身をも客体視したソト(相手と共有)の視座   日:話手自身の目というウチの視座  日本語の原文の「雪国だった」の部分は一見,判断文のようにみえるが,実際には「雪国が見えてき た」というような述語部分を短絡した現象描写した表現である.そうすると, 結局のところ,原文 に一番近いのは,

D: After the long border tunnel, the snow country came into view. D のような表現かもしれない.  英語でも,登場人物のウチに視座を転移したこのような描写文は,もちろん可能である.しかし, 英語人の好みは,A のようにダイナミックな映画撮影型表現であろう. 3.1.2. 視座の転移  以上,話手が登場しない状況・事態を描写する場合,描く人物に視座を置くウチ転移型と部外者と して描写するソト型があることをみた.  日本語の場合,上にあげた雪国の冒頭の文に見られるように,第 3 者である汽車の乗客に作者の視 座を転移しても,その視座は,転移先のウチにある.ウチの視座とは,話手のウチにカメラ位置があ るということだ.  日本語では,相手の視座に話手の目を転移することもありうる.たとえば,幼児にむかって,「ぼくは, いくつかな」「お兄ちゃんは,ここにお座りね.」などと英語に直訳すれば,意味不明になるような表 現法をとる例である.これは,話手が幼い相手の視座に同化して,その幼子のウチからものを言うス タンスと,相手への問いかけや命令という話手の視座が混入した形式である.  英語には,このような,転移視座と話手視座の混入はない.転移型にしても,部外者型にしても, 描写の視座はソトにある.  たとえば,部外者型と転移型の視座の区別が見られる再帰代名詞の使用法を例にとってみよう. (a) John hid the book behind himself.

    ジョンは * 自分自身の後ろにその本を隠した. (b) Johni hid the book behind himi.

    ジョンは自分/ * 彼の後ろにその本を隠した. (c) John pulled the rope toward himself, and won the game.     ジョンは自分自身の方にロープを引いて試合に勝った. (d) Johni pulled the rope toward himi, and won the game.  

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 澤田(1993:292) は,(a) (c) の再帰代名詞による照応を,主語の側から捉えた行為,(b) (d) の代名 詞による照応を話手の視点から捉えた行為と説明している.これを言い換えると,再帰代名詞は,話 手が主語の視座と同化した時(転移型),その照応辞として用いられ,(b) (d) における対格の代名詞 は話手が観察者として事態のソトから,客観的に描写する時(部外者型),主語の代用辞として用い られるということになるだろう.  「再帰代名詞は転移視座のある主語と照応しなければならない」という規則を設けると,次例のよ うな,現象がうまく説明できる.

Charley criticized the girl who annoyed *himself/him. チャーリーは自分を困らせるその人を批判した.

この文の場合,転移型の視座は Charley にある. 視座のない主語 the girl をもつ従属節中での 照応辞は再帰代名詞ではないという規則により,照応辞を代名詞とするのである.

 英語には,話手が相手の位置にカメラを据えて,自分にカメラを向ける表現がある. 英 : sit behind the wheel 

日 : ハンドルの前/*後ろに座る  日本語と英語とでは,なぜ後と前が逆転するのかを考えてみると,日本語人は,運転席からハンド ルを見る視座,英語人は,車の前面・側面からハンドルと運転席を眺めるソトからの視座だとしか考 えられない.前と後のイメージ・スキーマが日本語人と英語人とでずれている典型的例であろう. 日本人の「前」のイメージは目の方向またはその方向にある場所という身体感覚からきている. だから,その方向にあるものは,「前」にあるという.「前」に対応する英語は, in front, ahead, before であるが,front は元々物の前面,前方部分を指す.車の前方部分をソトから眺めると,視点 の主体である話手はハンドルの後ろに座ると解釈される.英語人は,相手の視座に目を転移して,自 分に視点をあてて,描写しているのである.日英語のずれは,視点と視座の反転からおこっている. このようにみてくると,話手の視座には,それぞれの言語に特有の基本原理が働いていることがわ かる. 英:話手自身をも客体視した相手と共有のソトの視座 日:話手自身の目というウチの視座 3.2. 視座と視点  前節では,話手が登場しない過去の事象を写し取るときに,話手(作者)が見る目の位置=視座の 位置と写しとる被写体の位置=視点が,4 通りありうることを見た.  まとめてみると次のようになる.         1)部外者の視座      A: 話手不在の現象描写     2)描く客体の目への転移視座      客体のソト     B: 客体=話手が登場する現象描写      客体のウチ     C: 客体の判断      客体のウチ     D: 客体不在の現象描写 それでは,(1)現在時の現時点における話手のウチを描く視座と視点は,過去・未来を描くのと同じ なのか,時制の平行移動ですむのか (2)話手の心のウチを写し取る視座は,ソトを写し取る視座 と同じか否か,違うとすれば,どのように違うのかについても検討する必要がある.  本節では,話手のウチを話手がどのような視座から描くのかについて,日英語における差異を検討 してみたい.   3.2.1. 自己の存在の位置づけ

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  話手自身を被写体とする,言い換えれば,話手自身に視点を置く時にも,日英語の違いが見られる.  たとえば,道に迷って自分がどこにいるかわからない時に発する質問を考えてみよう.

日: ここはどこですか?

英: *Where is this?  → Where am I?

 話手自身の目のウチにカメラ位置がある日本語では,「(私のソトの)ここは,どこですか?」と聞 くのが普通だろう.ところが英語で,Where is this ? と尋ねられたら,this とは何を指し示している のかと戸惑うに違いない.逆に,外国人に「私はどこですか/どこにいますか?」と聞かれたら,面 食らうに違いない.日本人には,「私」の行方を問うているように聞こえるからである.問われた相 手からすれば,「そこにいるに決まってるでしょ」と思い,地名を聞かれているとは思わない.  しかし,地図や写真を示しながらなら,「私は(この地図 / 写真の)どこにいますか?」と聞くこ とができる. 日: 私はどこですか?

英: Where am I in this map/picture?

自分を地図上の地点にある客体として,相手と同じソトの視座から眺めているからである.  一方,英語の場合,地図があってもなくても,自分の居場所を Where am I? と問う.話手自身は 現場でも地図上でも,後述の心理述語の場合と同様,相手と同じソトのカメラ位置=視座を共有して いると考えられるからである.このことは,裏を返せば,次のような自己存在の位置づけ方を示して いる. 日: 日本語人は,存在場所によって自分を位置づける 英: 英語人は,自分の存在を中心において場所を位置づける  ちなみに,郵便物の宛名の書き方が,両言語の自己存在の位置づけ方と一致している.  日本の宛名の表記法では,国名、県名、都市名、町名、番地と徐々に所在範囲を絞っていって、家 族の姓,最後に個人名の順に書き,個人の位置づけは,最後である. 英語では,住所表記の筆頭に は,まず個人名,所属する氏族名と続き,その個人の所在地点も,番地,町名,都市名,県名,国名 の順に徐々に所在空間を広げていく.  時間空間における位置づけも,日本語では年,月,日,時間へと範囲を狭めていくが,英語では時 間,日,月,年へと広げていく.英語は,あくまでも,発話の現場の現時点の自己存在に視点がある のである. 3.2.2. 動作・行為の方向性  英語の話手が相手と融合型の視座に立つということを端的に示しているのは,come/go, bring/take の用い方であろう.  日本語では,発話の時点に,話手の位置=ウチの視座から遠ざかる時に「イク」を,近づく時に「ク ル」を用いる.ところが,英語の場合,話手だけではなく,相手のいる所・相手が行く予定の所へ視 座をおく言い方をする.

May I *go/come to your party? パーティーへ行ってもいいですか. 相手がパーティーの主催者または出席予定者なら,

I will come to the party.

I'm afraid I won't be able to come to the party.

というように相手の視座にたった come を用いて表現する . 相手と関係のないパーティーなら,go を用いるのである.

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I am coming. (今行きます)      

と,やはり,相手に視座のある言い方をする.これを I'm going. というと,相手と関わりのない所へ 「外出します」の意味になる.

 物・人を運ぶ場合も,相手の所へ持っていく場合には,take ではなく,bring が用いられる. I'll bring you all the info tomorrow.

( あした、全部の情報を持って行くよ )

相手が同じ場所にいる場合には,共有視座から共に離れていく場合には take を用いる. Let's go to the movies.

I'll take you home. ( 僕が送っていくよ ) このような話手 ( ● ) と相手 ( ○ ) との融合視座と移動の方向を図示してみよう.   go        come      go         ●      ○   take        bring      take 日本語では,話手の現在・現場というウチの視座への移動は「クル」,ウチから遠ざかる移動は「イク」 である.    (テ)クル →   ●   →  (テ)イク       ウチ  日本語では、空間的な移動の場合に限らず,継起的動作,時間的経緯における事象変化に関しても, 「テクル/テイク」という補助動詞を用いて、ソトからウチへの変化・動作・作用か,ウチからソトへ の変化・動作・作用か,遠ざかるかを言い立てる. テクル: 話手が動作を終えてウチに戻る テイク: 話手が動作を終えてウチから遠ざかる

英語でも go and do または,米語の、go and do の and を略していうのが「てくる」に相当するよ うにみえる.

I'll go mail the letter for you. 僕が手紙を出してきてあげるよ I'll go and ask her myself. あの人にちょっと聞いてこよう. I'll just go and take a look. ちょっと見てくるよ

それでも,go も take も現地点から遠ざかるわけだから、「テクル」のもつウチに戻る意味に欠け, 「ちょっと見にいくよ」のニュアンスでしかない.

 遠ざかって戻るというニュアンスはむしろ,have been to do のニュアンスに近い. どこへ行ってきたの       Where have you been?

スーパーへ買物に行ってきました.I've been to the supermarket to do some shopping. すぐ戻ってくるわ.       I won't be gone long.

しかし,このような表現も,不定詞は「~シニイク」という目的を表し,微妙に異なる.  なお,テクル/テイクは,現時点に向かう変化過程と現時点から将来にむけて遠ざかる変化過程を 示すこともある.これも,空間の移動の場合と同様,時間軸上のウチに向かう変化か,ソトに向かう 変化かというウチの視座からの発想である.  日本語のやりもらいの表現―視座主体への行為の授受を表す表現―も,ウチとソトの視座から説明 できる. 日本語では,行為の授受についても,ウチに向かえば,「内ガ 外ニ テモラウ/外ガ 内ニ テ クレル」,ソトに向かえば,「内ガ 外ニ テヤル/テアゲル」という表現法をとる.     come     bring

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 やりもらいの関係を図示すると次のようになる.       <日本語の授受関係> 目上 ○イダダク      ○サシアゲル  ○ クダサル 対等 ○モラウ   ●   ○アゲル    ○   ● 目下 ○モラウ       ○ヤル     ○ クレル ●視座:話手のカメラの位置 ○視点:被写体の中心となる主体 →  :授受する事物・動作の方向性  日本語の場合,「ソトガウチニ クダサル / クレル」場合のみ,視点はソト,視座がウチにある.  他の場合は,ウチと視点が一致して,物がソトにむかえば,ソトの上下関係に応じて 「サシアゲ ル/アゲル/ヤル」と授益を言い立て,ウチに向かえば,「イタダク/モラウ」と受益を言い立てる.         <英語の授受関係>              ○●             英語の場合, 授受関係における視点と視座は一致する.ウチとソトの関係を全く考慮せず,物が 視点に向かえば get を,視点からの移動は give を使うという具合に至ってシンプルである.  行為も人から受ければ,get(使役の場合は have) である.日本語では,<受益>か<被害>かに 応じて,「モラウ/ラレル」を使い分ける. <受益> 髪を切ってもらう    get a haircut まけてもらう      get a discount on

宿題を親にやってもらう have my parents do my homework <被害>

叱られる        get a rap

鼻先を殴られる     get a punch on the nose 背中をつつかれる    get a poke in the back

 物をあたえるのは give だが,人に行為を与えるという場合には,give をわざわざ使わないことが 多い.授益をわざわざ言い立てないのである.

この時計を君にあげる   I will give you this watch.

代わりに行ってあげよう  I will go in your place [instead of you]. あとで教えてあげる    I'll tell [explain it to] you later.

視点を you にして,相手の視座からものを言う you-attitude 表現をとることも多い. それをあげますよ.    You may keep it.

自転車を貸してあげる   You can use my bicycle.

このことは,吉川(1995:215-217)において詳述してあるので,これ以上は,ここでは触れないでおく. 4. 内的活動  今まで述べてきたことは,話手が外界の事象・状況を言語という記号を用いて表現するにあたって, カメラによる写真や映像撮影の場合と同様に,話手の視座,視点が構図を決めるのに重要な役割を果 たすこと,そして,視座の位置が日本語では,転移の有無に関わらず話手の目のウチに,英語では, 話手と相手との融合の場に視座があることを示す実例を見てきた.  話手のウチの脳内での活動は,視座・視点をどこに置き,日英語ではどのようなズレがあるのかと get   give

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いう疑問が生じてくる.その問いに答える前に,人間の脳の作用と行動と言語化の過程の関係につい て考えてみよう.  動物は,直観的な感性によって,感覚的刺激や印象、経験を伴う刺激に反応し,感覚的衝動や欲求、 感情に基づいて行動する.人間は他の動物と異なって,そのような感性作用と平行して,思考による 内的過程(概念、判断、推理の作用)と意志の作用を経て行動する.寺村(1982:173-176)は人 間の意志的な活動を外的活動(肉体的動作)と内的活動(知情意)に分け,その中間に五感の発動と, 言う・話すという発話活動を位置づけている.五感の発動とは,「外界の状況,現象を捕捉して,脳に 伝える働き」であり発話活動とは「知情意を外の人間に伝える」活動である.       半内的活動      内的活動                        ¦  見ル,聞ク    感覚器官   見エル,聞エル    脳   ¦   サワル      知覚     感ジル      認識判断   ¦      感情   知識記憶 外 ¦      意志判断  検索    ¦ 界 ¦    ¦       発話器官   ¦言ウ,尋ネル,呼ブ   発話       記号化活動         (寺村(1982:174)の一部改変)  本節では,外界からの刺激に伴う五感の発露と感情の発露に絞って,日英語における表現のずれを みてみよう 4.1. 内的活動に関わる表現形式のずれ   内的か半内的かを問わず,精神活動に関わる表現形式は,日英語のずれが著しい. たとえば,次のような買い物の場面を考えてみよう.

英:  I wonder if I'll buy this.             (* 私はそれを買おうかどうしようかと迷っている) 日:  これ,買おうかしら.  上例の英語では,直訳すれば,「自分は意志行為 buy の可否について考えている」という具合に, 自分の脳内の思考活動に対し,被写体としてレンズをむけている.  一方,日本語では,「これを買おう」という自分の意志を自問自答しているだけである.発話の現 場においては,「買おうかどうかと迷っている」という脳内の「思考活動」には全く無頓着で,「意志 決定」だけに焦点が向けられている.  後に迷いの場面を回顧することになって初めて,話手自身も被写体化でき,過去のその時点での認 識活動をも射程に入れてソトから,客観的に写しとる報告口調となる. 日: それを買おうかどうしようかと迷っていたんです. 英語の場合は,現場でも,回顧場面でも,ソトのカメラ位置に変わりはないから,時制だけが変わる. 英 : I wondered if I would buy that.

 このように日本語では,思考活動の表現が,発話の現場(直示的表現)と現場を離れた場面とでは, 大きく異なることが多い.

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 日本語では,思考活動だけではなく,いわゆる知情意の内的活動をことばにする際,話手のウチを 写すのかソトを写すのかによって,写し取る言語形式を変える必要がある.  次例のように,話手自身の意志・願望・感覚・感情は,ウチの体験として直接にそれだけを表出する. ウチの表出:(意志決定)これを 買おう(かしら)       (意志表示)これを 買おうと思う.       (願望)   外国へ行きたい 饅頭が食べたい       (感覚)   おいしい,寒い,暑い,熱い,痛い       (感情)   嬉しい,悲しい,怖い,恥ずかしい,なつかしい , 嫌だ 一方,発話の現場における他者の知情意はソトから観察・推量するしかなく,その推量的観察の報告 を,「~ガル・テイル・ソウダ」という形式を用いて客観化する.  ソトの描写:(意志決定)* 母は これ 買おう(かしら)         母は これを買おうかどうしようかと迷っている.        (意志表示)* 母は これを 買おうと思う.         母は これを 買おうと思っている        (願望)   * 母は 外国へ行きたい 饅頭が食べたい         母は 外国へ行き/饅頭を食べ たがっている        (感覚)   * 母は おいしい,寒い,暑い,熱い,痛い         母は おいし/寒/暑/熱/痛 がっている        (感情)   * 母は 嬉しい/悲しい/怖い/嫌だ / 恥ずかしい         母は 嬉し/悲し/怖/嫌 / 恥ずかし がっている        (意志告知) 私/母/?あなた は これを買う/買うつもりです. 意志形と同じように意志を表していても「スル形」や「スルツモリダ」の場合には,話手も第 3 者の 意志を客観的に告知する表現である.        相手の知情意の場合,問うことは可能だが,相手の思いをソトから描写することはできない.もっ とも,相手の内的活動を透視する心霊者や預言者めいた言い方なら,ソトからの描写ができないわけ ではないが.  一方,英語では,話手自身をもソトから写しとる視座だから,話手も話手以外の意志・願望・感覚・ 感情も,表現形式は,皆,同じである.池上 (2004: 1-7) も,話手が 2 / 3 人称について語る場合と 同じように自己の客体化,自己の他者化が起こっていると説明している.ここでいう視座の転移が発 話の現場でも起こりうるところが,日本語とは異なっているのである. 4.2. 知覚表現  人間は,五つの感覚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)器官を使って,外部の物事を知覚神経で感 知し,脳内で感知した事物・事象がなんであるかを認識・判断する.このような人間の感覚器官に関 わる知覚作用をその過程別に区分すると次の4通りとなるだろう. (1)外部の物事を意図的に感知する (2)感知した物事を脳内で知覚し識別する (3)感知識別した物事を判断・評価する (4)感覚的な性状判断をする (5)1-3の外界知覚と脳内の認知・判断作用を利用した活動をする いわゆる知覚動詞とよばれるのは,(1)(2)(3)である.  1-5の過程に関わる感覚表現を動的表現順に並べてみると次のようになる.

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      感覚表現 (5)    (1)     (2)    (3)        (4) 動作    能動知覚   受動知覚  印象知覚      印象認識       動作主    知覚主   判断主       判断主 見る    見る     見える   見える       見る 聞き入れる 聴く     聞こえる  聞く        うるさい       嗅ぐ     匂う    におう/匂いがする くさい       味わう    味がする  味がする      おいしい/まずい       触る / 触れる 感じがする 感じがする     かたい/やわらかい       感じる    感じる   感じがする

check    look at    see     look         see listen to   listen to    hear    sound        noisy

      smell     smell    smell        smell bad/ stink       taste     taste    taste        taste good       feel      feel     feel         feel hard/soft

 ここでは,(4)の認識判断過程を除外して,4 過程の動詞類の振る舞いが,話手の視座・視点とど のように関わっているのか,日英語に見られる差異の由来を探ることにする. 4.2.1. 視覚  たとえば,日本語では,この 4 過程すべてを「見る」,3 過程を「見える」で言い表すことができる.         日      英

 1)知覚行為 意図的  絵      look at the picture

       野球  を見る      watch the baseball game on TV        映画・ニュース        see the movies/the seven o'clock news        無意識的  彼が眠っているのを見た ( 偶然)

         I saw him sleeping.

 2)知覚作用      飛行機がみえる       I (can) see a plane up there.  3)知覚判断評価    若く見る          I consider him young.        若く見える        He looks young.        よく見える        It looks better.  

       推理行為  事件を彼の犯行と見る   I consider him to be the criminal.        事件は彼の犯行と見える  The crime seems to be his doing.  4)知覚利用活動    赤ちゃん(の面倒)を見る look after the baby

       風呂の湯加減を見る    check the temperature of the bath water        試験の答案を見る     grade the tests

(12)

(1) 第 1 段階   脳の認知活動  視点主体の役割        描写主     動作主ガ 対象ヲ         ●→     ○→   □      脳のフィルム:|       見ル         視座主体:●         ●→     ○→   □      視点主体:○       look at/watch 第 1 段では,話手は描写主として,視覚を意識的に用いる主体に視点をおいて,その視覚活動を写 し取る.

   I looked at the picture.

   He watched the baseball game on TV.

   We're going to see the movies/the seven o'clock news.

日本語では,これらの動詞はすべて,「見る」と訳されるが,英語では,同じように視覚を用いた 行動でも,その対象が静止画/動画/特定の動画のいずれであるかによって,それぞれ look at/ watch/see の区別を語彙的に行う.

 see は特定的な動画像を見る場合以外は,視線移動の意志的行為を表さない.

たとえば,視線移動を示唆する下線の語群 (a, b, c) と look は共起するが,see は共起しないことから, 判断できる.

(a) John *saw/looked toward the tree.

(b) John *saw/looked into the room in order to learn who was there. (c) John *saw/looked through the glass carefully.

(d) What John did was to *see/look at Bill. (e) The bird was *seeing/looking at the screen.

(f) *See/Look at the bird. 鳥の巣 * がみえろ / をみろ    (Gruber:1967:943)

 上の例 (c, d, e, f) に見られるように,see は carefully というような行為を表す副詞とも共起しな いし,命令文・進行形も不可である.「見える」も see と同じ振る舞いをする.これは,両語とも,外 界の刺激に感覚器官が反応するという第2段階の受動的知覚を表しているからである.つまり,次の 図のように, 脳のフィルムに印象が写ることを意味する. (2) 第2段階     日       英     視座の役割   視点の役割    視座の役割  視点の役割      知覚主ニ     対象ガ     描写主    知覚主  対象      |←●←       ○      ●→   |←○ → □       見える      see 第 2 段の「知覚主ニ 対象ガ 見エル」という知覚作用を表す構文は,「フィルムニ 被写体ガ 写ル」 という構文と平行している.「フィルム」を脳の知覚を感知する部分と解釈すれば,そのまま,日本 語人の知覚作用を表すことになる.  英語の see の場合には , 視座主体はあくまでも描写主であり,言語化されない.視点の知覚主が対 象に視線を向けるという構文形式は,look.watch と同じである.ただし,第1段で述べたような look と see の違いは,次のような文に端的に示される. 

I must have looked at that a dozen times, but I never saw it. Jackendoff(1983:150) 何度も目にしたに違いないのだが,(それを意識して心に留めて)見たことはない →分からなかった. 

 これは,茂木博士による “Aha 体験” の実験の一つ―構図は全く同じだが1部分が違う2枚の写真 を一瞬(0.1 秒 ) ずつ,交互に何度か見せられるのだが,どの部分が違うかを問われても,その違い

(13)

が全くわからなかったというような体験―を振り返って,発せられる文だと考えればよい.

 この例から,look は物の存在や形などを目でつかむ知覚作用までは含まず,see が目を向けて,対 象をそれと認知する作用を表していることが判る.

 ただし,see は,「見る」対象に視覚的な変化を見出せなければ,用いることはできない.つまり, 次の (a) に見られるように,状態的事象を補文にとることはできない.

E: a. *I saw him resemble his father.  b.  I saw him sleeping.

J: a.  彼が眠っているのを見た .  b. 彼が眠っているのが見えた . 「彼が眠っている」というような一時的状態なら see を用いても問題はないが,「彼が父親に似ている」 というような永続的状態は,何度見ても変化を脳が認知するわけではないから,see は使えないので ある.see が対象を視覚で直接的に捉え,その変化を脳が認知するという知覚動詞であることが判る. つまり see は,視線移動の結果,目で捉えた変化の視覚情報を,脳のフィルムで認知するという段階 までを表すのである .  see は,また,変化に視線を向け,脳内にその映像を結ぶという意味が拡張されて,事物・事象が 「分かる」という比喩的意味を表すこともできる.が,あくまでも第 2 段階の拡張的意味であり,視 座主体は知覚主であって,判断主ではない.一方,対応する日本語の「見える」の場合,次の例に見 られるように脳の認知作用まで意味拡張して用いることは難しく, 「分かる」のような<判断主>を 視点とする別の語彙を用いる.

 E: c.  I couldn't see the point of the argument.    d.  I see what you mean. 

 J: c.  議論の要点がつかめなかった / ?見えなかった   d. おっしゃることはわかります /* 見えます (3) 第3段階     日      英       視座の役割  視点の役割    視座の役割   視点の役割        判断主ニ    対象ガ    判断主/描写主   性状主体      |←●←       ○     |← ●      ○        若く見える      look      young 状態の視覚印象の判断動詞は,英語では look を用いる.

He looks older than his age.  あの人は老けて見えるね He looks young.       若く見える

It looks/sounds better.    よく見える/見栄え(格好)がいい/聞こえがいい

 話手の視覚・聴覚を通して,「見栄え(格好)がいい/聞こえがいい」と評価・判断するのは,日英 語に共通している.

 look という動詞の判断主体は話手であり,話手に視座がある.話手が描く構図は,“He is young.” であり,he に視点がある.構図内の視点のある主体について,判断主体の話手が “He is young.” と断定的にいうのを避け,“He LOOK young.” という形式で,判断主の顔を覗かせる.

 英語の話手は,see の場合は知覚主,look の場合は,視点のある主体の性状を評価する判断主とし て機能する.日本語では両方とも,「見エル」である. 

(14)

( 4)第4段階     日       英       視座の役割  視点の役割    視座の役割  視点の役割         描写主  動作主ガ      描写主   動作主         ●→    ○→        ●→   ○→        見張ル      look after        見ツケル         look for 第4段の視覚作用を用いた行為には「見つける/見張る/見舞う/見過ごす」など数が多い.この ような日本語動詞に対し,英語では,知覚動詞が対応する場合と「読む/調べる /世話する」など, 別の動詞を用いる場合がある.  双方が知覚動詞の場合の例は J: 兄夫婦の子供を見てやった. E: I looked after my brother's children.

次は,英語の知覚動詞関連語句が日本語では別系統の語句を用いる表現例である.  E: a.  I looked through the manuscript for misspellings.

  b.  I am looking for a part-time job.   c.  I enjoy looking around antique shops.  J: a.  原稿の誤字を調べた   b.  パートの仕事を探してるんです   c.  古道具屋を覗くのが私の楽しみです. 逆に日本語では,知覚動詞,英語では知覚系以外の語句を用いることも多い.  J: a. 毎晩子供の勉強を見てやっている.   b. 今日中にこの答案を見なければならない.   c. お風呂の湯加減を見てきてちょうだい.  E: a. Every night I help my child with his homework.   b. I have to finish grading these tests by today.     c. Check the temperature of the bath water.

最後の例だが,留学生が「お風呂を見てきて」といわれて,じっと視覚を用いた観察だけをしてきた という笑い話がある.「見る」には,観察以外に観察に必要な行為も含まれていることを知らなかっ たのであろう.  以上,see は,視覚作用とその結果識別・認知する作用までを含む語である.look は視線を向け る意思的・瞬時的行為,watch は,動きのあるものを見守るという継続的活動を指す.別の言い方を すれば,英語では,視覚による感知行為を瞬時的か否か(look:watch),意志的か否か (look/watch: see),視覚神経で捉えた結果の認知判断を含むか否か (see:look/watch) という観点から区別している のである. 4.2.2. 聴覚 次に聴覚作用についても同じように,検討してみよう. (1)能動的聴覚活動  

 listen と hear は,意図的行為か否かという点では,look と see の区別と平行している.carefully と共起するか,命令文が可能か,進行形が可能かのテストで,Yes であれば,音に耳を傾ける肉体的 行為,No なら,脳内の音の認知作用を表しているという次第である.         

(15)

I am *hearing/listening. ( 2)感知判断 非意図的

人の声が聞こえる    hear/overhear voices ベルが鳴るのを聞いた  I heard the bell ringing. ( わかってるか.)    Do you hear me?

hear も,see の場合と同様,聴覚器で音を聞き,その物・現象が何かを判断するという 2 段構えで, 印象を受ける感覚作用を表している.

I heard my father open the front door. 父が玄関のドアを開ける音がした I heard the door slam. ドアがバタンと締まる音が聞こえた

hear が会合などでの人の話,コンサートの演奏などについては,耳を傾ける,聴くの意味で使われ るのは,耳の働きを意識せず,脳内における音の持続的認知作用を意識しているからであろう.これ も,see が特定の動画像を見る場合には使えるのと平行している.

I went to the concert to hear him play the guitar. 彼のギター演奏を聞きにコンサートへ行った 習慣的な傾聴は listen to である.

I always listen to my Walkman while commuting by train. 電車で通勤するときはいつもウォークマンを聞く

 listen という行為の後に,脳内の認知作用の hear が続くという順序は変えることはできない. I listened/*heard, but heard/*listened nothing.

耳を澄ましたが何も聞こえなかった If you listen, you can hear to it. 聞こうとすれば聞こえる

 hear は,see の場合と同様,聞いた結果,情報を受け取る,わかるという脳内の認知作用に意味が 拡張される.

I hear what you're saying.  君の言いたいことはわかった Do it at once. You hear me? すぐやるんだ.分かったかね

 Do you hear me? は,「分かったね,私に従え」という意味で用いるのが普通である.

脳内でわかれば,「聞いてわかったことを行為で示す,願いを聞き届ける;従う」ことにまで,hear の意味が拡張されるようになる.これも,see と平行する.

I won't hear of your going!  ( 行ってしまうなんて,許さない ) I said we should go back, but Dennis wouldn't hear of it.  listen にも,「聞き入れる」を意味する用法がある.

Our children won't listen to a thing we tell them. ( うちの子、親の言うことなんかちっとも聞かないのよ )

 この場合は,耳から情報が入りこまないというソトから脳への入り口レベルでの遮断状況を not listen to で表し , not hear of という認知レベルでの遮断ではない.

(3)判断評価    

 第 3 段.すなわち,話手が耳にした対象について評価判断するとき,sound が用いられ,視覚の 場合の look (ex. He looks young. ) と対応関係にある listen ではない.

うぬぼれに聞こえる      It sounds conceited of me to say so. 聞こえがいい         It sounds better.

(16)

(4)感覚利用活動   

 傾聴した結果の行為については,「聞き入れる/落とす/流す/・・」のような複合動詞が日本語に は少なくないが,英語では,聴覚以外の別の語彙を用いるようだ.

忠告を聞き入れる      listen to [accept/take/follow] a person's advice 彼の言うことを聞き落とした I failed to catch his words.

うっかりして作者の名は聞き落とした I wasn't paying attention and missed the author's       name.

あいつの泣き言は聞き流せばいい  Just ignore his complaints.

彼はささいなことをいちいち聞き咎める  He finds fault with everything I say. 4.2.3. 視聴覚以外の感覚

 視聴覚以外の感覚表現も,同じ手法でざっと見ておくことにしよう.

日本語では,受動感覚や印象知覚判断を表す場合には,二次的な語句が用いられるが,英語では,同 じ語が用いられる.

(1)能動知覚

   She was smelling of a flower.

   She tasted the soup to see if it had enough salt.    The nurse felt his pulse.

   彼女は花のにおいをかいでいた    彼女は塩が十分かどうかスープの味をみた/ * 味わった    看護婦は彼の脈をとった /* 感じた  日本語では,「* 花を匂った」とはいわないし,「脈をとる / 感じる」や「スープの味を見る/味わう」 では,意味が異なる. (2)受動知覚  感覚主が感覚器官からくる刺激により脳で感知する過程は,受動的な知覚作用だから,命令・進行 形が不可である.  a) 感覚器官で感じる 

I smell something burning.  何か焦げ臭いにおいがする I taste pepper in this.     これはコショウの味がする I felt my face turning red.   顔が赤くなっていくのがわかった  b) 心で感じる

 感覚器官による動的な感知作用は,比喩的に「心で感知する」という意味に拡張されるのも,視覚, 聴覚の場合と同じである.ただ,嗅覚の場合は,脅威や問題などいやな臭いに喩えて用いられる.     I smell a threat [a trouble]   脅威を[めんどうが起こりそうだと]感じる

    I smell trouble coming.    問題が起こりそうだ

味覚の場合は,敗北・自由・悲しみ・人生などの経験を苦い,甘い,酸っぱいというような味に喩え て用いられる.

taste defeat 敗北を味わう

taste the sweets and bitters of life 人生の苦楽を経験する  (3)判断評価 : 知覚・認知した事物の状態(命令・進行形が不可)

Her breath smelled strongly of liquor.  彼女の息はひどく酒臭かった This fish stinks [smells (bad)].      この魚はにおう/変なにおいがする This soup tastes of garlic.       このスープはニンニクの味がする

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This sheet feels/touches rough. このシーツはざらついた感じがする

 日本語では,「~のにおい/味/感じがする」という感覚器の機能を補語とする形式動詞の表現か, 「感じがする」も省略した性状規定の形容詞文の形式ととる.

(4)感覚利用活動 

feel for は「触覚を使って探す」という身体的意味をもつ.

I felt for my purse and found it gone.  財布を探ってみたらなくなっていた I felt (around) for the handle.      取っ手を手探りで探した

次は,触覚を使って探すという身体的意味から,「他の心に触れようとする→ 同情する」という意 味に転じた例である.

She feels for all who suffer. 苦しんでいる人だれにでも同情する

次の feel someone out は,feel の「手探りする」という身体的意味から,「相手の意見,真意,気持 ちなどを手探りする→それとなく聞き出す」という意味に拡張された例である.

We'd better feel out all the neighbors before we act.

実行に移す前に、隣近所のみんなにそれとなく打診したほうがいい.

feel は,このような「人の心に触れる」情感と,さらに「自分の心に触れる→考える,思う」思考活 動へと意味転移していく.

How do you feel about this matter [toward him]?  このこと[彼]をどう思われますか. 4.3. 感情表現  先にみたように,寺村(1982:139)は,感情表現を外界の動的事象の客観描写と事物の性状規定 との中間に位置づけている. 感情表現には,感情の動きを表す動詞表現と,感情の状態を表す形容 詞表現がある.動詞表現には,「~ニ オドロク / 苦シム /」などソトから観察可能な一時的な氣の 動きを表すものと,「~ヲ 悲シム / 楽しむ」など能動的な感情の動きを表すものがある. 形容詞 表現には,「~ガ コワイ / 嬉シイ / 憎イ」のように発話のその時の感情をそのまま表明する,また は相手に尋ね,感情状態の直接的な表出をするものと,「オソロシイ / 喜バシイ / 憎ラシイ」のよう に感情的な判断を表し,性状規定に近い表現がある.       感情表現          動詞表現      形容詞表現       (1)     (2)      (3)     (4) 動作・    一時的な  能動的な    感情状態の  感情的    属性規定 出来事    氣の動き  感情の動き   直接表出   判断        ~ニ     ~ヲ     ~ガ     ~ガ     ~ガ  ~スル    ガッカリスル 悲シム    悲シイ    痛マシイ   ヤサシイ        大喜ビスル  喜ブ     ウレシイ   喜バシイ       憎ム     憎イ     憎ラシイ        動的 ←――――――    ――――――――→ 状態的   客観的描写 ←―――――――――  ―――――――――――→ 主観的規定        (寺村(1982:139)を基礎に一部改変)  知覚表現の場合と同様,話手が感情の動き・状態に対してどのような立場に立ってコトを描きだす のかを,視座主体と視点の役割に基づいて図示し,検討してみよう.                        

(18)

(1) 一時的な気の動き: 描写主   感情主ガ     原因ニ        |●    | ←○     ▲        オドロク 母ガ 物音ニ (2) 能動的な感情の動き:描写主   感情主ガ    原因ヲ        |●    ○  →     ▲        母ガ 喜ブ   娘ノ結婚ヲ (3) 感情状態の表出:描写主・感情主 原因ガ        |←●    ○▲       コワイ  アノ人ガ (4) 感情的判断:    描写主・判断主 感情主ニ 原因ガ         | ←●        □    ○▲       オソロシイ   子供ニ   アノ人ガ         | ←●        ○    ▲       コワガル    子供ガ   アノヒトヲ  このように図示すると,見えてくるのは (1)(2)においては,視座主体は描写主として視点主 体の感情を客観的に叙述し,(3)の感情状態の表出の場合視座主体が自分の心のウチを覗く感情主, (4)は,他者の心のウチを覗く判断主として働いていることである.  日本語に特徴的なのは,このウチの感情の表出と,ソトの感情の叙述における区別である.   * 彼はうれしいです →  1)彼はうれしがっています.        2)彼はうれしそうです.        3)彼はよろこんでいます. 日本語では,上の例に見られるように,第三者のウチの感情の発露を裸の形容詞のまま用いることは できない.1)補助動詞の「ガル」をつけて動詞化,「テイル」を加えて,現在の状態,2)ソウダ のような補助動詞で話手の推量,3)同義の感情動詞が存在すれば,そのテイル形,という表現形式 のいずれかを用いて,第3者の感情発露を客観化して述べる必要がある.  逆に,ウチの感情の表出の場合は,他者の感情描写に使う表現は使えない. ウチの感情(話手,問いの場合は相手)の表出には,感情形容詞の言い切りの形を用いるのが普通で ある. * 私はとてもよろこびます.→とてもうれしいです. * あなたはよろこびますか?→うれしいですか. 「喜ぶ/悲しむ」の場合,視座の「私」は,感情主の感情の動きを描写する描写主であり,視点はソ トの感情主にある.ウチの感情をソトから見て「私はよろこびます」とは言えないのである.なんら かのソトの刺激に誘発されて感情が発露し,ウチの脳のフィルムに写ったその感情を見て,裸の感情 形容詞「うれしい/かなしい」を用いてそのまま表出するのである.  外国語話者が,このような間違いをよく犯すのは,母語にウチの感情・感覚の表出か,ソトの感情・ 感覚の観察・描写かという区別がないからである. (a) I am happy/sad/scared.   I'm embarrassed.

  I'm sore from a long motorcycle ride. (b) My mom is happy/sad/scared.   He's embarrassed.

  He's sore from a long motorcycle ride.

 もう一つよく見られる外国人の誤用には,「* 私がうれしい」「* 私が困ったな」などと話手を主格 として明示することがあげられる.日本語では,心理変化の体験現場における表出に「私」を明示す

(19)

ることはない.現場での感情表出の主体は話手と決まっているからである.ただし,    私は彼が好き/嫌いです.    * トムはサリーが好き/嫌いがっている 好き・嫌いの感情表現の場合,ソトの感情主の感情を表わすのに「ガッテイル」を用いることができ ないのは,なぜなのか,今のところ不明である.  ついでに「私は大変よろこびました.」のように自分の感情の回想なら,客観的な動詞表現を用い ることができるが,それは,たとえ自分の感情であっても,過去の自分の感情は,体験現場の自分の ウチではなく,既にソトに消えたものとして客体化されるからだと説明すればよい.  このような間違いの背景には,英語のような言語にあっては,自分の気持ちの表出の場合ですら, 主語を文の必須要素とする明示する必要があるからだと考えられる."I'm so happy!" と言って,主述 関係を明示した途端に,話手自身のウチの感情も,ソトの視座からの描写となってしまうからである. "He looks happy." と "He is so happy." というような表現の間には,「彼はうれしがっています.」と「* 彼はうれしいです」の間にあるような落差はないものと思われる.

 もっとも,英語でも,次の例のような,雨が降り出した現場で,Oh, no. のかわりに,I am at a loss. というような客観的な心理描写はしないだろう.

表出:   困ったな.雨が降り始めたけど傘を持っていない. 表出:   Oh, no. It's started to rain and I don't have an umbrella.

その他,"Great! /Good!/Oh, marvelous.” のような主語のない感嘆文が,日本語の表出文に近いだろ うが,数少ない 

主語表示のない感情表出ができにくい英語では,日本語の感情表出文は,次のように,判断文や客観 描写文に化けてしまう.

表出:  お会いできてうれしいです. 判断:  It's nice to meet you here. 表出:  こわい!

判断:  That's scary.

表出:  あの裏切り者が憎い.

客観描写:We despise/hate/detest that traitor. 判断:  あいつは憎らしいやつだ

判断:  He's a really hateful/despicable/nasty/mean guy. ここで英語の感情表現を日本語の場合と同様,表に示してみよう.        感情表現         動詞表現       形容詞表現 (1)    (2)    (3)     (4) 意図的  一時的な  持続的な   持続的    感情    感情    感情的 行為   気の動き  対他感情   気の動き   判断    判断    属性規定     原因 感情主 感情主 対象 原因 感情主 感情主   原因    属性主       ○→     ○→     ○→    ○     ○     ○ threaten   frighten   fear     menace   scared   scary    dreadful harass   anger    hate     worry   angry   annoying   formidable entertain  excite    enjoy     please   pleased   pleasing   pleasant tempt    fascinate   love     interest   interested  nteresting  attractive  このように表示してみて分かってくることは,英語の感情表現には,客観的の描写をする動詞が目 立つことである.

               

(20)

 意図的行為を表す動詞類は,動的動詞,それ以外は状態動詞の振る舞いをするが,少しづつ違う. 1) a. John is harassing Mary.

b. John harassed Mary in his car. c. *John strongly harasses Mary. 2) a. *John is frightening Mary.

b. John frightened Mary in his car. c. *John strongly frightens Mary. 3) a. *John is fearing Mary.

b. *John feared Mary in his car. c. John strongly fears Mary. 4) a. *John is worrying Mary.

b. *John worries Mary in his car. c. John strongly worries Mary.

1) harass 型の現在形は,strongly のように程度の判断を表す語とは共起しない. 2) frighten 型は, ある原因が個人にある心理状態を引き起こした結果の状態を表し,一時性を 表す語と共起するが,進行形をとらない. 3) fear 型は,人の継続的心理状態を表し,進行形,一時性を表す語とは共起できない. 4) worry 型は ある原因が,個人にある心理状態を引き起こす心理変化の始点に視点があり,進 行形,一時性を表す語とは共起できない.

His behavior bothers/worries/troubles/disturbs me.

彼の行動が気になる / 心配だ / 悩みの種だ / 不安をかきたてる  このような動詞による感情変化や状態,始点を表す表現は,感情主のソトから被写体を写す客観的 視座に立っている.形容詞表現を用いると主観的になるが,前述したように,感情主の内的感情は話 手すら , ソトの視座から写すことになる.感情的判断や感情的属性規定を表す場合には,話手は陰に 隠れるから,その分,ウチの主観的表現に聞こえるかもしれない . 5. 結論  文生成における 4 段階の過程のうち,話手の視座と視点の加わる第2の段階において,特に自分 のウチの認知作用を描くとき,日英語でどのような差異があるのかを検討した.  日本語では,話手がソトの刺激に対するウチの反応を表現するとき,無意識に反応するのか,意識 的に反応するかで,語彙的な区別がなされる.  <無意識的反応を示す述詞類と格表示形式> 感覚:[ 認知主ニ ] [ 視点主ガ ]  見エル,聞コエル,感ジル 感情:       [ 視点主ガ ]  ウレシイ,悲シイ,欲シイ,残念ダ           [ 視点主ニ ]  腹ガ立ツ 思考:[ 認知主ニ ] [ 内容ト ]  思ワレル,感ジラレル,考ラレル,思イ出サレル  <意識的反応を示す動詞類と格表示形式> 感覚:[ 描写主φ ] [ 視点主ガ対象ヲ ] 見ル,聞ク,感ジル 感情:[ 描写主φ ] [ 視点主ガ原因ヲ ] 喜ブ,悲シム,欲スル,残念ガル,腹ヲ立テル 思考:[ 描写主φ ] [ 視点主ガ内容ト ] 思ウ,感ジル,考エル,思イ出ス  さらに,感情表現の場合は,話手のウチの感情表出か,ソトの感情の観察描写かを厳密に区別し, ウチの表出は現在形の言い切り,ソトの観察描写は「~ガル / ソウダ」で表し,文法的に区別する.  一方,英語の場合には,ウチの発露か,ソトからの観察かという表現区別は,look, sound, seem

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に見られるが必ずしも義務的ではない. 特にウチの感情の発露も,視座主体は視点主体を客観的に 描写するという言語形式が貫かれ,ウチ・ソトの区別はない.また,see と look , hear と listen は, 無意図的か意図的かの対立を示すものの,語義的な対立にすぎず, 日本語のように意識的か,無意 識的かを -eru,-areru という形態素で規則的に表示する文法的な対立ではない.  本稿では,話手の視座(=目の位置)と視線のそそがれる視点という観点から,日英語において相 違する事象,特に移動・授受・知覚・感情表現の検討と説明を試みた.このような原理的な説明こそが, 日英語のずれの解明に役に立つと信じている. 参照文献

Gruber, Jeffrey S. (1967) "Look and See," Language 43, 937-947.

Jackendoff, R.S. (1983) Semantics and Cognition. Cambridge, Mass.: MIT Press. Kuno, Susumu (1987) Functional Syntax: Anaphora, Discourse and Empathy,

 University of Chicago Press, Chicago.

澤田治美.(1993)『視点と主観性 ―日英語助動詞の文責―』ひつじ書房. 寺村秀夫.(1982) 『日本語のシンタクスと意味 Ⅰ』 くろしお出版 . (1984) 『日本語のシンタクスと意味 Ⅱ』 くろしお出版 . (1991) 『日本語のシンタクスと意味 Ⅲ』 くろしお出版 . (1992) 『寺村 秀夫論文集 Ⅰ』 くろしお出版 . 中村捷. (2003) 『意味論 - 動的意味論- 』 開拓社 樋上勲. (2003) 『英語の構造と意味』大阪教育図書館. 三上章. (1953) 『現代語法序説』力江書院 . 復刊 , くろしお出版 . (1960) 『象は鼻が長い』くろしお出版 . 三上章. (1963) 『日本語の構文』くろしお出版 . 吉川千鶴子.(1995) 『日英比較 動詞の文法』くろしお出版 .

参照

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