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金星(ヴィーナス)を追いかけて

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Academic year: 2021

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157 第106巻 第2号       書評

読み物

薦め度

2012

6

6

日,

8

年 ぶ り に 金 星 の 日 面 経 過 (太陽面通過)を迎えました.次回は

105

年後の

2117

年になるため,いま地球に生きている私た ちにとって事実上最後の観測機会となりました. この現象を初めて予測したのは,新たな太陽系 モデルに基づき計算を行ったヨハネス・ケプラー でしたが,その観測の重要性に気づいたのはエド モンド・ハレーでした.当時は地球軌道に対する 各惑星軌道の大きさの比はわかっていても,地球 軌道の実寸が不明でした.複数の遠く離れた観測 地点から金星の日面経過を観測することにより

,

太陽系の実寸が求められることをハレーは具体的 に示したのです. この本は,亡きハレーの提案に応じ,太陽系の 真の大きさを求めるため,世界の隅々へ決死の遠 征を試みた

18

世紀の天文学者たちの物語です. (原題『

Chasing Venus

』) 筆者のアンドレア・ウルフは,ロンドンのロイ ヤル・カレッジ・オブ・アートでデザイン史を学 ん だ ノ ン フ ィ ク シ ョ ン作 家 で す. 著 書『

The

Brother Gardeners

』では米植物園芸図書館協会 賞を受賞.今回は,ラテン語やスウェーデン語, ロシア語,フランス語などを含む膨大な資料調査 を,友人などの助けを得ながら行い執筆したそう です.文献一覧や邦訳では省かれた(原書にあ る)詳細な注釈からも,本書の執筆はたいへんな 作業であったことが想像できます

.

18

世紀に実施された各国の金星の日面経過の 観測をこれほど詳しく包括的に取り上げた一般向 けの読み物はほかに例がないでしょう

.

筆者自身は天文学の専門家ではないので,金星 の日面経過の観測からどのような計算を経て太陽 視差や太陽

地球間距離を求めたのかという詳しい 記述はありませんが,概念的な説明が図とともに 示されています.むしろ本書の本質的内容は,宇 宙(太陽系)の実寸を解き明かす金星の日面経過 という希有な現象に対し,各国が,そして天文学 者らがどのような行動をとったか,という点です

.

アメリカ東岸からの手紙がロンドンに到着する のに

2, 3

カ月もかかるという,鉄道も蒸気船もな い時代です.帆船や馬車,そして人力だけで,壊 れやすい観測器具を携え,食料や衣類などの装備 とともに荒野や僻地への旅をする.それだけでも 危険が伴うのに

1760

年頃のヨーロッパは七年戦 争の真っ只中.本来観測どころではない状況でし た.戦火に見舞われ目的地に到達できない観測隊 もありました.人間同士の戦いだけでなく,暑さ や寒さとの戦い,ときには伝染病が彼らの命を 奪っていきました.それでも意義ある観測を行 い

,

その結果を文明社会に伝えようと,文字どお り決死の覚悟で遠征が行われたのです.命がけ だったのは天文学者だけではありません.各国か ら注文が殺到したイギリスの望遠鏡職人ジェーム ズ・ショートも過労がたたり,ついに命を落とし てしまうのです.度重なる困難を乗り越え,日面 経過の日に間に合うよう観測地にかろうじて到達 できても,天候に見放されてしまうという絶望感 には涙を誘うものがあります. 本書には多くの人物,地名が登場するため,原 書にあるような索引がぜひともほしいところでし たが,この点だけは残念です.

18

世紀の天文学者魂というものが伝わってく る力作です.多大な人員と費用が投じられ,宗派 や国の違いを越え,力を合わせるという,まさに ビッグサイエンスの先駆けという点からも興味深 い内容です.とくに天文学史,科学史に関心のあ る方々にお奨めしたい一冊です. 山田陽志郎(国立天文台 天文情報センター)

金星(ヴィーナス)を追いかけて

アンドレア・ウルフ 著・矢羽野 薫 訳 角川書店 1,785円(税込) 294頁 ☆☆☆☆★

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