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埋蔵文化財の記録保存と「土地の記憶」―神奈川県茅ヶ崎市の記録保存の措置が取られた遺跡の活用事例を中心に―

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はじめに

   「埋蔵文化財」は文化財保護法(以下、法)において、「土地に埋蔵さ れている文化財」とされるものであり、文化財の一類型ではなく、文化 財の状態に着目した区分である。埋蔵文化財は有形文化財(考古資料) であれば重要文化財に関する制度、記念物(遺跡)であれば史跡・名 勝・天然記念物に関する制度のように、それぞれの保護制度を持ってい るが、それらが土地に埋蔵されている状態をとらえて別個の保護対象と されているため、埋蔵文化財それ自体を保存・活用するための規定は存 在していない。つまり、「埋蔵文化財」は出土後に有形文化財、記念物 等の文化財として評価される可能性を有する文化遺産が土地に埋蔵され ている状態に着目し、その潜在的文化財を保全するために必要な概念と して設定されているのである。  この「埋蔵文化財を包蔵する土地として認められる土地」のことを、 法では「周知の埋蔵文化財包蔵地」と呼んでいる。これが通常の用法に よる「遺跡」に該当し、全国で約 46 万カ所を数える。  これら「周知の埋蔵文化財包蔵地」について、現在、埋蔵文化財行政 では法に基づき民間・公共による様々な開発事業等に伴い事前に届出・ 通知が提出された案件に対して、「現状保存」か「記録保存」という保 存措置の判断が取られている。「周知の埋蔵文化財包蔵地」では、年間 約 9 千件にも及ぶ発掘調査が全国で実施されているが、それらのほとん どが「原因者負担」により多大な時間と費用を費やした「記録保存」の 措置が取られ、調査後に開発事業に着手することにより、「埋蔵文化財」 は「記録保存」と引き換えに消滅し、後に刊行される発掘調査報告書に その成果を委ねることになるが、その内容が現地説明会や遺跡発表会等 の機会を除いて地域住民に広く還元されることはほとんど無いといって

埋蔵文化財の記録保存と「土地の記憶」

―神奈川県茅ヶ崎市の記録保存の措置が

取られた遺跡の活用事例を中心に―



須 田 英 一 

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も良い。  「歴史的・文化的資産としての意義」、「地域及び教育的資産としての 意義」等の多様な意義を有する「埋蔵文化財」であるが(文化庁 2007)、「現 状保存」という措置が取られ「史跡」となった事例については保存と活 用が多く議論されている中で(1)、「記録保存」という措置が取られた事例 について取り上げられることはほとんど見られない(2)。「埋蔵文化財」の 保存といえば、「記録保存」という措置が取られた調査のみと考えられ がちであるが、調査後に破壊され開発がなされた遺跡についても、何ら かの活用が行われている場合がある。そこで、消滅して痕跡が残ってい ない「記録保存」という措置が取られた遺跡の活用事例について、神奈 川県茅ヶ崎市における具体的な事例を取り上げ、その内容と周辺の歴史 遺産を活用した新たな展開を考察することとした。  そのため本稿では、まず「埋蔵文化財」に関する「記録保存」と「現 状保存」の法的な取り扱いを述べ、次に茅ヶ崎市で取り組まれた具体的 な事例を明らかにし、最後に「記録保存」という措置が取られた遺跡の 有効性について考えてみたい。

1.「埋蔵文化財」に関わる開発事業と「記録保存」・「現状保

存」の措置

 ここでは、どのような法的な手続きを経て「記録保存」あるいは「史 跡」指定という「現状保存」という措置に至るのか、その概要について 見てみる(3)。 (1)埋蔵文化財の確認と事前協議  開発事業等(4)を行うとする場所が「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当し ているかどうか、事業者は規模に関係なく計画段階で「埋蔵文化財の所 在の有無」を、自治体の文化財保護課・生涯学習課・社会教育課等に照 会する必要がある。自治体では「埋蔵文化財包蔵地分布図」及びその詳 細を記した「住宅地図」を常備して、窓口にて対応を行っている(5)。窓口 だけではなく電話・FAX による問い合わせにも応じ、専門職員だけで はなく担当課職員全員で対応できる体制を作っておく等、時機を逸しな いすばやい対応が求められる。さらに、建築確認・開発許可申請・農地 転用等の担当部局との連絡調整を行うことで、事業者が計画段階から「周

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知の埋蔵文化財包蔵地」の確認が随時行えるようなきめの細かい対応が 行われている。  事前協議を円滑に進めるために、埋蔵文化財の存否状況やその範囲・ 性格・時代を把握することを目的として、事業者からの「発掘調査承諾 書」を添付した「試掘調査の依頼書」を以て、基本的には公費負担によ り重機等を用いて「試掘調査」が実施される。そして、その調査結果を もとに「発掘調査」、「工事立会」、「慎重工事」の指導が行われる。なお、 事業予定地が「周知の埋蔵文化財包蔵地」の範囲外に該当している場合 であっても、面積が 300㎡あるいは 500㎡以上等一定の面積を超える時 には(6)、事前協議の対象として扱い、周辺の地形や調査状況を勘案して試 掘調査を実施する場合がある(7)。  埋蔵文化財が土地に埋没しており、一般的に不可視の状態にあるとい う特殊性を持っていることから、種々の問題が生じやすい。そのため、 こうした「事前協議」は埋蔵文化財行政の根幹とされている。   (2)土木工事等による発掘届出  事業予定地が「周知の埋蔵文化財包蔵地」の範囲内に該当し、事業を 予定通りに実施する場合、事業者は法に基づき工事着手 60 日前までに 「埋蔵文化財発掘の届出について」を都道府県教育委員会・政令指定都 市に提出することが義務付けられている(8)。事務手続き上は、自治体の担 当窓口に提出されたものに、「副申」として届出による工事内容・試掘 調査の内容等、さらにそれらに基づく埋蔵文化財の取り扱い内容(「発 掘調査」、「工事立会」、「慎重工事」)の意見を添えて都道府県教育委員 会に提出される。  都道府県教育委員会では、提出された届出の記載事項や副申を確認 し、その取り扱い内容が妥当と認められれば、改めて自治体を介して事 業者宛てに書面を以て指示を行うことになる。 (3)保存に関する協議  前述の試掘調査の結果、遺跡が確認された場合は、事業者と保存につ いて協議を行うことになる。構造物(家屋・カースペース・浄化槽等) の配置や掘削深度等の設計変更、基礎構造(ベタ基礎・布基礎等)や地 盤改良(鋼管杭・柱状改良・表層改良等)の変更等により「現状保存」 を図ることが第一である。保存に関する協議が整った場合は、工事着手

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に際して立会を実施する。  一方で上記の変更等が行えず、工事の実施により埋蔵文化財が破壊さ れるという止むをえない場合に「発掘調査」、即ち「記録保存(9)」という 措置が取られることになる。文化財保護の観点から最低限度に必要な措 置であり、あくまでも次善の措置として行われるものである。「記録保 存」という措置に着手するにあたっては、事業者と調査期間・費用負担 について充分な協議や調整が必要である。「記録保存」に関わる経費に ついては「原因者負担」と呼ばれ、事業者に協力を求めているが、法の 条文の規定として明文化されていない(10)。事業者の多くは苦渋の選択をし た上で、費用負担に応じているのが実情である。なお、「発掘調査」は 個人専用住宅等の営利目的ではない場合には、公費負担により行われて いる。 (4)「史跡」指定と「現状保存」の措置  「発掘調査」により重要な遺構が検出された場合には、別途協議を行 い、計画の変更あるいは法に基づく「史跡」指定という「現状保存」の 措置が取られることになる。  法第 2 条第 1 項において文化財は 6 つの類型に分類されているが、「史 跡」はそのうちの第 4 号「記念物」の中の「貝づか、古墳、都城跡、城 跡、旧宅その他の遺跡で我が国にとって歴史上又は学術上価値の高いも の」について、文部科学大臣が「重要なもの」として指定を行ったもの である(11)。学術的価値の高さがその要素として加味されている。2020 年 1 月 1 日現在、史跡は全国で 1,831 件(うち 62 件は特別史跡)である(12)。  「特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準(13)」では、 史跡 9 類型のうち「我が国の歴史の正しい理解のために欠くことができ ず、かつ、その遺跡の規模、遺構、出土遺物等 において、学術上価値 があるもの」について指定する基準が示されている。  史跡指定の目的は、前述のように記念物のうちわが国にとって「歴史 上又は学術上価値の高い」遺跡を、国民共有の文化的財産として、恒久 的に保存・伝承することである。そのために法は史跡指定を受けた土地 所有者等に対して、現状変更等の制限(14)及び所有者管理の原則(15)が規定され ている。  

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2.茅ヶ崎市における「記録保存」された遺跡の活用事例

   以上述べたように、「史跡」指定という「現状保存」の措置が取られ た遺跡は、史跡整備等の積極的な公開・活用(16)が事業化されていく一方で、 「記録保存」という措置が取られた遺跡のほとんどは調査終了後に消滅 し、調査記録類・出土文化財・調査報告書が残されるのみとなる。そう した中、事業者と自治体との協議により、「記録保存」という措置が取 られた遺跡に対して行われた神奈川県茅ヶ崎市における活用 4 事例を取 り上げることとする(17)。調査が実施された順にみていく(図 1)。 図 1 各遺跡の位置(この地図は、国土地理院の5万分の1の地形図 藤沢・ 平塚を使用したものである)

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 茅ヶ崎市は神奈川県のほぼ中央、相模湾に面した南部に位置し、藤沢 市、平塚市、高座郡寒川町と接している。人口は 2019 年 12 月現在で約 242,000 人である。尾崎紀世彦やサザンオールスターズの桑田佳祐らを 生んだ街としても知られている。 (1)上ノ町遺跡・広町遺跡(図 1 - 1・2)  上ノ町・広町遺跡は茅ヶ崎市西久保に所在する。調査は、県道 45 号 線(丸子・中山・茅ヶ崎線)道路改良工事に伴い、1991(平成 3)年 3 月から 1995 年 12 月までの間断続的に実施された。神奈川県藤沢土木事 務所の委託を受け、茅ヶ崎市埋蔵文化財調査会が調査主体となった。調 査の結果、自然堤防地形上展開する古墳時代後期~平安時代、中世を 中心とした遺構・遺物が検出された。調査面積は上ノ町遺跡が 1,952㎡、 広町遺跡が 805㎡である(大村他編著 1997)。  調査終了後に現地は路床入れ替えが行われ、遺構は完全に破壊され た。茅ヶ崎市議会において道路工事による遺跡の消滅に対し何らかの現 地での表示ができないかとの質問が出たこともあり、モニュメント作成 の要望を出すなど積極的な働きかけが専門職員により働きかけが行われ た(大村 1997a)。事業者である神奈川県藤沢土木事務所の協力を得て、 現地 2 カ所にモニュメント・説明版が設置された。これらは工事に伴い 1996 年に設置されたと思われる。設置されたものは、以下のようである。  ①記念石碑の設置(上ノ町遺跡)  ②歩道部分へのタイル配置による遺構表示(上ノ町遺跡) (写真 1)  ③歩道部分へのイメージ絵タイルの設置(上ノ町遺跡・広町遺跡) (写 真 2)  ④遺跡説明版の設置(上ノ町遺跡・広町遺跡)  この地域は、12 世紀初めから 15 世紀半ばまで、相模国高座郡に存続 した「大庭御厨」の中心地と考えられている。大庭御厨は伊勢神宮の御 厨(荘園と同意)であり、現在の茅ヶ崎市のほぼ全域から藤沢市南半部 にかけて展開し、十数カ村で形成されていたとされる。その中心地が「懐 島」と言われている。  以上のような地域の歴史的性格を表すモニュメント・説明版が設置さ れたことにつき、専門職員として事業者との調整に当たった大村浩司は 「本地域における遺跡内容の一部を知らしめることができ、広く歩行者 や地元居住者への普及をはかる形がとれたと思われる。さらに、今後は

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遺跡展などの開催を通じて調査成果の公開が必要であろう」と述べてい る(大村 1997b)。 (2)臼久保遺跡(図 1 - 3)  臼久保遺跡は茅ヶ崎市芹沢字臼久保に所在する。芹沢配水池建設に伴 い、1994(平成 6)年 10 月から 1996 年 3 月まで実施された。神奈川県 企業庁水道局から依頼を受けた財団法人かながわ考古学財団(現、公益 財団法人かながわ考古学財団)が調査を実施した。調査の結果、縄文時 代・弥生時代・古墳時代・平安時代・中世~近世の遺構・遺物が検出さ れた。調査面積は 16,450㎡である(松田他編著 1999)。  事業者である神奈川県企業庁の協力を得て、芹沢配水池敷地内にモ ニュメント・説明版が 1997 年に設置されたと思われる(写真 3)。調査 報告書に設置に関わる記載は特に見られない。 (3)小井戸遺跡(図 1 - 4)  小井戸遺跡は茅ヶ崎市円蔵に所在する。共同住宅建設に伴い、1996(平 成 8)年 6 月から 7 月にかけて財団法人茅ヶ崎市文化振興財団(現、公 益財団法人茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団)が調査を実施した。面積 は 325㎡である。調査の結果、自然堤防地形上展開する古代(奈良・平 安時代)・中世を中心とした遺構・遺物が検出された(渡辺 1997)。正 式な調査報告書は刊行されていないため、設置に関わる経過の詳細は不 明である。  その後の共同住宅建設に伴い、事業者の協力により説明版が共同住宅 敷地内に 1996 年に設置されたと思われる(写真 4)。 写真 1 上ノ町遺跡・広町遺跡の活 用事例(1) (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会) 写真 2 上ノ町遺跡・広町遺跡の活 用事例(2) (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会)

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(4)下ケ町遺跡(図 1 - 5・6)  下ケ町遺跡は茅ヶ崎市 円蔵に所在する。県道 45 号 線( 丸 子・ 中 山・ 茅 ヶ 崎線)道路改良工事に伴 い、1996( 平 成 8) 年 12 月 か ら 2000 年 5 月 ま で 実施された。 前述の上ノ 町・広町遺跡が調査対象 と な っ た 改 良 工 事 が 第 1 期となり、大屋敷B遺跡・ 下ケ町遺跡を調査対象と した改良工事が第 2 期となる。神奈川県藤沢土木事務所の委託を受け、 財団法人茅ヶ崎市文化振興財団が主体となった。調査の結果、自然堤防 地形上展開する古墳時代後期~平安時代、中世を中心とした遺構・遺物 が検出された。調査面積は 3,820㎡である(宮下編著 2003)。  調査地である円蔵は、前述の懐島の中核でもある懐島三ケ村に位置し ている。事業者である神奈川県藤沢土木事務所の協力を得て、地域の 歴史的性格を表すモニュメント・説明版が(写真 5・6)、工事完了後の 2001 ~ 2002 年に設置されたと思われる。調査報告書に設置に関わる記 載は特に見られない。  以上のように、茅ヶ崎市内において「記録保存」という措置が取られ た遺跡の活用事例として、4 遺跡の事例が確認され、(1)・(3)・(4)の 3 例は相模国高座郡に存続した「大庭御厨」の中心地と考えられている 地域に、(2)は市域の北側の丘陵地域に設置されていることがわかった。 3.「記録保存」という措置が取られた遺跡の活用と今後の展開    前節では、神奈川県茅ヶ崎市において「記録保存」という措置が取ら れた遺跡に対して行われた活用事例を見てきたが、近隣市町村において そうした事例が皆無かと言えば、決してそうでははない。東隣りの藤沢 市に所在する湘南藤沢キャンパス内遺跡は、「記録保存」という措置が 取られた遺跡であるが、縄文時代草創期の住居状遺構の緑地保存、及び 早期の炉穴群の保存施設の設置、両者の説明版の設置という保存措置 写真 3 臼久保遺跡の活用事例 (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会)

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が取られている(岡本 1993)。ま た、逗子市に所在する池子遺跡群 では、池子米軍住宅地内の一角に 2000 年 9 月に「池子遺跡群資料館」 が開館している。  「埋蔵文化財」については可能 ならば「現状保存」の措置、現状 保存が不可能な場合には「記録保 存」の措置、さらに可能ならば「記 録保存」された「埋蔵文化財」の 保存と活用の措置を講じていくことが、未来の地域住民に対して埋蔵文 化財行政の最終的な責務とも言える。そうした事務手続きや事業者との 調整は、担当専門職員により行われるが、「仕事を通じて市民と直接相 互作用し、職務の遂行について実質上裁量を任されている行政サービス 従事者」は「ストリート・レベルの官僚」と呼ばれるが(リプスキー 1986)、担当専門職員はまさにその典型例といえるであろう。  では、「記録保存」という措置が取られた遺跡に関してのより良い有 効な活用は、今後どのような方向に向かうべきであろうか。前述したモ ニュメントや説明版は、リアルな史跡での復原とは異なり「この場所に はかつて遺跡があったのだ」という思いを馳せる、つまり「土地の記憶」 として逆に想起させる契機となっていく(18)。茅ヶ崎市内には「旧相模川橋 脚」・「下寺尾官衙遺跡群」・「下寺尾西方遺跡」という 3 つの国指定史跡 をはじめ、県指定史跡「堤貝塚」、西方貝塚・行谷貝塚・遠藤貝塚といっ た相模湾沿岸の貝塚群を構成する貝塚も所在している。こうした遺跡群 写真 4 小井戸遺跡の活用事例 (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会) 写真 6 下ケ町遺跡の活用事例(2) (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会) 写真 5 下ケ町遺跡の活用事例(1) (写真提供 茅ヶ崎市教育委員会)

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と共に、前述の諸遺跡を「エコミュージアム(19)」における「サテライト」 として捉え、再評価し改めて連動させていくことが現実的な有効な策と 考えられる。  「記録保存」という措置が取られた遺跡について、調査報告書が刊行 されると学術的価値が改めてなされる場合も多く、そうした機会を見 て、現地に行政側により標柱や説明版等を積極的に設置していくことも 必要と考えられる。  茅ヶ崎市では豊かな歴史・自然環境・文化等の都市資源を活用したエ コミュージアム活動として「ちがさき丸ごとふるさと発見博物館」事業 を展開している。また、新たなコア施設となるべく「(仮称)茅ヶ崎市 歴史文化交流館」が 2022(令和 4)年度中の開館に向けて動きは始めて いることも追い風と捉えたい。  さらに茅ヶ崎市においては「茅ヶ崎市郷土会」・「ちがさき丸ごとふる さと発見博物館の会」・「茅ヶ崎市文化資料館と活動する会(考古部会)」・ 「小出地区まちぢから協議会 下寺尾遺跡部会」をはじめとする文化財 団体や、「NPO 法人アーバンデザインセンター茅ヶ崎(UDCC)」といっ た NPO 法人が、文化遺産の保存と活用に関わる新たな担い手として活 動している(須田 2019)。更なる行政側との連携が進み、「土地の記憶」 を巡るツアーが展開されることも必要だ。  モニュメントや説明版などが設置された遺跡が増えていけば、コア施 設を中心的に位置付け、それらを「土地の記憶」を伝えるサテライトと して活用し、さらに「ディスカバリー・トレイル(発見の小径)」で遺 跡や周辺の文化・自然遺産をネットワーク化していく展開が図られてい くと思われる。

おわりに

 以上、「埋蔵文化財」に関する「記録保存」と「現状保存」の法的な 取扱いを述べ、次に茅ヶ崎市で取り組まれた具体的な事例を明らかに し、最後に「記録保存」という措置が取られた遺跡の今後の展開につい て考えてきた。  開発事業者側の理解と協力を得た「記録保存」という措置が取られた 遺跡について、調査記録類は的確に保管され、調査報告書は関係機関に 配布され、出土文化財は博物館や展示施設で公開されることはもちろん

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だが、現地での平易な形での活用を今後とも積極的に推進していくこと は、地域住民にその価値が様々な形で享受され、地域住民に幅広く理解 された埋蔵文化財行政の展開において有効な手段の一つになっていくと 考えられる。  開発事業者の協力のもと「記録保存」という措置が取られた遺跡だか らこそ、消滅してしまったとはいえ、地域においては貴重な地域の土地 に刻まれた「土地の記憶」であり、土地の履歴とも言えるであろう。保 存・整備された史跡以外に気付くことのない地域住民が地域の豊かな歴 史と文化を知ることにつがっていく。  日本の文化財政策が観光活用にシフトしていく転換期の中、「Well-being(健康で幸福な暮らし)」な社会を享受していくため、将来のまち づくりを見据えた地道な活動を通じて地域文化が創造されるていくと考 えられる。  なお、最後になりましたが、大村浩司氏(茅ヶ崎市教育委員会)には 事例のご教示や資料の提供など大変にお世話になりました。記してお礼 申し上げます。 注 (1)2000 年代に入ってからの既往研究を見ても、2002 年度における埋蔵文化財 行政研究会のテーマ「埋蔵文化財の保存と活用」、2013 年度における神奈川 県考古学会講座のテーマ「時空の交差点-遺跡の保存と活用-」においても、 史跡を対象として論じられている。 (2)椎名慎太郎による『遺跡保存を考える』において、「調査が終わった遺跡の 保存も大切」という項目が設けられている(椎名 1994)。佐久間豊は記録保存 となった遺跡のより効果的な活用として、「一般向けの普及書の作成」を挙げ ている(佐久間 1998)。『埋蔵文化財の保存と活用(報告)-地域づくり・ひ とづくりをめざす埋蔵文化財行政-』では、「記録保存」という措置が取られ た遺跡には「地域の活性化に貢献し、場合によっては産業の育成や観光に結 び付くこともある等、地域づくりを進めるうえで多様な価値を持っている」 ものが含められている場合があることを指摘している。また、「現状保存でき なかった遺跡についても、地域住民がその所在や歴史的な意味を知ることは 重要であり、現地において案内板や標柱等でその存在を周知することが求め られる」と記している(文化庁 2007)。また、茅ヶ崎市教育委員会の大村浩 司は、「本来であれば『記録保存』される遺跡の資料活用について遺跡の保存 活用についての種々の議論が行われなければならない」と述べた上で、「当然 のことながら『記録保存』される遺跡は何らかの土木工事等で現地から遺構 が消滅してしまう。しかしながら、その場所自体は残っているはずである。 土を削り地形を変貌させたとしても、その絶対的な位置、地点は存在する」

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とし、「必要なのは土地の歴史をきちんと後世に継承することで、その方法で 最も効果的なのは、現地にその記憶を残すことである」と指摘している。そ して、その具体例として「記念碑や説明版など遺跡の存在を示すもの」の設 置を想定し、積極的な活用への方向性を強調している(大村 2014)。和泉大樹 は大阪市泉南市を事例に「その地の日常を観光資源と捉えるニューツーリズ ムの概念から勘案すれば、珍しくも何ともない『記録保存』の措置を取られ た『埋蔵文化財(遺跡)』にも、その資源的価値は十分に見出せる可能性がある」 と述べ、課題として「『記録保存』の措置が取られれば、関係者以外の目にと まる機会が少なくなる」こと、「現地において『遺構』が既に消滅しているた め、リアリティに欠けることであり、その資源化の方法論の構築」の必要性 の 2 点を指摘している(和泉 2016)。「記録保存」という措置が取られた遺跡 の活用について、観光という観点から取り組んだ論文として評価される。大 村の指摘と共に、筆者が神奈川県内におけるこの課題に取り組む契機ともなっ た。 (3)埋蔵文化財に関わる法的手続きについては、笠井敏光の論考を参考にした(笠 井 1998)。 (4)開発事業の具体的な内容として「埋蔵文化財発掘の届出について」の書式 では、「道路、鉄道、空港、河川、港湾、ダム、学校建設、集合住宅、個人住宅、 工場、店舗、個人住宅兼工場又は店舗、その他の建物、宅地造成、土地区画整理、 公園造成、ゴルフ場、観光開発、ガス・水道・電気等、農業基盤整備事業(農 道等を含む)、その他農業関係事業、土砂採取、その他工事」が具体的に列挙 されている。 (5)文化財保護法第 95 条第 1 項において、「国及び地方公共団体は、周知の埋 蔵文化財包蔵地について、資料の整備その他その周知の徹底を図るために必 要な措置の徹底に務めなければならない」と規定している。 (6)基準となる平米数は、自治体によって異なっている。 (7)「周知の埋蔵文化財包蔵地」の範囲外の調査に関する法的根拠は不明確と言 わざるをえないが、多くの自治体では法第 96 条第 1 項の「土地の所有者又は 占有者が出土品の出土等により貝づか、住居跡、古墳その他遺跡と認められ るものを発見したときは、第 92 条第 1 項の規定による調査に当たつて発見し た場合を除き、その現状を変更することなく、遅滞なく、文部科学省令の定 める事項を記載した書面をもつて、その旨を文化庁長官に届け出なければな らない」の規定を用いて、事業者への理解と協力を求めていると思われる。 (8)文化財保護法第 93 条第 1 項において、「土木工事その他埋蔵文化財の調査 以外の目的で、貝づか、古墳その他埋蔵文化財を包蔵する土地として周知さ れている土地(以下「周知の埋蔵文化財包蔵地」という。)を発掘しようとす る場合には、前条第 1 項の規定を準用する。この場合において、同項中「30 日前」とあるのは、「60 日前」と読み替えるものとする」と規定している。 (9)「記録保存」の措置の概念については、文化庁の担当官であった和田勝彦 は「将来の学問的研究の必要性にとって支障とならないように、その調査記 録を作成し、埋蔵文化財そのものに代えて保存すること」と述べている(和

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田 1979)。佐久間豊は事業者が調査費用を負担している現状の中で、「調査報 告書の作成とともに、調査記録類と出土文化財が、博物館などにおける展示・ 活用、生きた学校教材としての活用、研究資料としての利用などの社会的要 請に対して速やかに提供できるように、整然と保管・管理されている状態」 と定義付けている(佐久間 1998)。 (10)文化財保護法第 93 条第 2 項において、「埋蔵文化財の保護上特に必要があ ると認めるときは、文化庁長官は、前項で準用する前条第一項の届出に係る 発掘に関し、当該発掘前における埋蔵文化財の記録の作成のための発掘調査 の実施その他の必要な事項を指示することができる」と規定している。 (11)文化財保護法第 109 条第 1 項において、「文部科学大臣は、記念物のうち 重要なものを史跡、名勝又は天然記念物(以下「史跡名勝天然記念物」と総 称する。)に指定することができる」と規定している。 (12)文化庁ホームページ(http://www.bunka.go.jp)「国指定文化財等データベー ス」(2020 年 1 月 6 日閲覧) (13)「国宝及び重要文化財指定基準並びに特別史跡名勝天然記念物及び史跡名 勝天然記念物指定基準」一部改正(平成 7 年 3 月 6 日文部省告示第第 24 号) 『法 令全書』平成 7 年 3 月号 大蔵省印刷局 (14)文化財保護法第 125 条第 1 項において、「史跡名勝天然記念物に関しその 現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文 化庁長官の許可を受けなければならない」と規定している。 (15)文化財保護法第 118 条第 1 項において、「管理団体が行う管理には、第 30 条、 第 31 条第 1 項及び第 33 条の規定を、管理団体が行う管理及び復旧には、第 35 条及び第 47 条の規定を、管理団体が指定され、又はその指定が解除された 場合には、第 56 条第 3 項の規定を準用する」とされ、文化財保護法第 118 条 第 1 項においても、「管理団体がある場合を除いて、史跡名勝天然記念物の所 有者は、当該史跡名勝天然記念物の管理及び復旧に当たるものとする」と規 定されている。準用される文化財保護法第 31 条第 1 項では、「重要文化財の 所有者は、この法律並びにこれに基いて発する文部科学省令及び文化庁長官 の指示に従い、重要文化財を管理しなければならない」と規定されている。 (16)文化財保護法では、第 1 条に法律の目的として「文化財を保存し、且つ、 その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進 歩に貢献すること」を、さらに第 4 条第 2 項で「文化財の所有者その他の関 係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のため に大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に 努めなければならない」とし、文化財の公開・活用を奨励している。 (17)大村浩司氏(茅ヶ崎市教育委員会)よりご教示を得た。 (18)朽木量らが考える「市川オープン・ミュージアム構想」は、ハコモノとい う枠組みにとらわれない、地域文化に根ざしたミュージアムであり、千葉商 科大学「たどる(辿る)ミュージアム」として、その活動に取り組んでいる。 その最大の特徴は「ヴァナキュラー(土地に根ざした)」なウェブコンテンツ を主体とするモノの無い博物館という点にあるが(朽木 2005)、この考え方に

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現地でのモニュメントや説明版の存在は近いものと考えられる。 (19)エコミュージアムについては、馬場憲一は「ある一定の文化圏を構成する 地域の人々の生活と、その自然、文化および社会環境の発展過程を史的に探 究し、それらの遺産を現地において保存、育成、展示することによって、当 該地域社会の発展に寄与することを目的とする野外博物館」と定義づけてい る。またその運営については「住民参加を原則とし、普通の博物館と違って 対象とする地域内にコアと呼ぶ中核施設(情報・調査研究のセンター)と、 自然・文化・産業などの遺産を展示するサテライト(アンテナ)、新たな発見 を見い出す小径(ディスカバリートレイル)などを配置し、来訪者が地域社 会をより積極的に理解するシステムで行われている」と紹介している(馬場 1998)。 参考文献 和泉大樹 2016 「『観光』というコンテクストにおける『記録保存』の措置を 取られた『埋蔵文化財(遺跡)』に関するアプローチ-『記録 保存』から『記憶保存』へ-」『阪南論集 人文・自然科学編』 51-2 大村浩司 1997a 「第Ⅶ章 保存・普及」同他編著 1997 『上ノ町・広町遺跡 -県道丸子・中山・茅ヶ崎線改良に伴う自然堤防地形上にお ける発掘調査報告書-』財団法人茅ヶ崎市文化振興財団 1997b 「第Ⅷ章 結語」同他編著 1997 『上ノ町・広町遺跡-県道 丸子・中山・茅ヶ崎線改良に伴う自然堤防地形上における発 掘調査報告書-』財団法人茅ヶ崎市文化振興財団 2014 「史跡・天然記念物 旧相模川橋脚に見る保存と活用について -「時空の交差点」をどのように伝えていくか-」神奈川県 考古学会編『平成 25 年度神奈川県考古学会講座 時空の交差 点-遺跡の保存と活用-』神奈川県考古学会 大村浩司他編著 1997 『上ノ町・広町遺跡-県道丸子・中山・茅ヶ崎線改良に 伴う自然堤防地形上における発掘調査報告書-』財団 法人茅ヶ崎市文化振興財団 岡本孝之 1993 「遺跡の保存」慶應義塾藤沢校地埋蔵文化財調査室編『湘南藤 沢キャンパス内遺跡 第 1 巻 総論』慶應義塾 笠井敏光 1998 「激動の埋蔵文化財行政シリーズ (9) 開発事業者との事前協 議」『考古学ジャーナル』438 (高橋一夫・岸本雅敏・佐久間 豊編『激動の埋蔵文化財行政』ニュー・サイエンス社 に所収) 朽木 量 2005 「ヴァナキュラーなウェブコンテンツを用いた地域文化政策の 提言-千葉商大『(辿る)ミュージアムの試み-』」『CUC[View &Vision]』20 佐久間豊 1998 「出土文化財、調査報告書、そして記録保存」『史館』30 椎名慎太郎 1994 『遺跡保存を考える』(岩波新書) 岩波書店

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須田英一 2019 「史跡の保存・活用の担い手と地域社会との関わり-茅ヶ崎市 国指定史跡『下寺尾官衙遺跡群』を構成する七堂伽藍跡を事 例に-」『法政大学多摩論集』35  馬場憲一 1998 『地域文化政策の新視点』雄山閣 文化庁 2007 『埋蔵文化財の保存と活用(報告)-地域づくり・ひとづくりを めざす埋蔵文化財行政-』埋蔵文化財行政発掘調査体制等の整 備充実に関する調査研究委員会 松田光太郎他編著 1999 『臼久保遺跡-芹沢配水池建設にともなう発掘調査 -』かながわ考古学財団調査報告 60 財団法人かな がわ考古学財団 宮下秀之編著 2003 『円蔵・下ケ町遺跡-県道 45 号線道路改良工事に伴う第 8 次調査報告書-(遺構編)』茅ヶ崎市文化振興財団調査報 告 7 財団法人茅ヶ崎市文化振興財団 リプスキー、マイケル 田尾雅夫・北大路信郷訳 1986 『行政サービスのディ レンマ-ストリート・レベルの官僚制』木鐸社 和田勝彦 1979 「文化財保護制度概説」児玉幸多・仲野浩編『文化財保護の実 務 上』柏書房 渡辺清史 1997 「円蔵・小井戸遺跡第 3 次調査」『平成 8 年度・茅ヶ崎の社会教育』 茅ヶ崎市教育委員会

参照

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