わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の
考察 :
-いわゆる日本人条項を中心として-著者名(日)
笠原 俊宏
雑誌名
東洋法学
巻
40
号
2
ページ
51-82
発行年
1997-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000482/
わが国際私法における離婚の準拠法
に関する若干の考察
!いわゆる日本人条項を中心として
埜
ユ
原
俊
宏
東洋法学
目 次e 法例第一三条第三項但書と法例第一六条但書の相違点 四 若干の考察 口 法例第一六条但書をめぐる学説 e 法例第一三条第三項但書をめぐる学説 三 日本人条項をめぐる学説 口 法例第一六条但書の立法趣旨 e 法例第二二条第三項但書の立法趣旨 二 日本人条項の立法趣旨 一 緒言
わが国際私法における離婚の準拠法に関する若千の考察 口 法例第一六条但書の検討 日 法例第一六条但書の運用 五 結語 緒 言 平成元年における﹁法例の一部を改正する法律﹂︵平成元年法律第二七号︶によって、わが国際私法の主たる法源 である法例中の家族法関係の多くの規定が改正され、また、いくつかの規定が新設されたことは、周知の通りで ︵−︶ ある。それらのうち、離婚に関する同法第一六条もまた、その内容が一変されたもののひとつである。改めて記 すまでもないが、その改正は次のごとくである。すなわち、旧法例第一六条が、﹁離婚ハ其原因タル事実ノ発生シ タル時二於ケル夫ノ本国法二依ル但裁判所ハ其原因タル事実力日本ノ法律二依ルモ離婚ノ原因タルトキニ非サレ ハ離婚ノ宣告ヲ為スコトヲ得ス﹂と規定していたのに対し、改正後の法例第一六条は、﹁第十四条ノ規定ハ離婚二 之ヲ準用ス但夫婦ノ一方ガ日本二常居所ヲ有スル日本人ナルトキハ離婚ハ日本ノ法律二依ル﹂と規定し、そして、 同第一四条は、﹁婚姻ノ効力ハ夫婦ノ本国法ガ同一ナルトキハ其法律二依リ其法律ナキ場合二於テ夫婦ノ常居所地 法ガ同一ナルトキハ其法律二依ル其何レノ法律モナキトキハ夫婦二最モ密接ナル関係アル地ノ法律二依ル﹂と規 定している。この規定の主体が同一法ないしは共通法を軸としたいわゆる段階的連結という連結の形態を採用し たものであり、そして、それと類似の規定が、欧州諸国を中心として、近時の国際私法立法において採用されて
東洋法学
︵2︶ いることもよく知られているところである。しかしながら、同条但書にみられるような立場はわが国際私法に特 有のものであり、その点においてわが国際私法と他の国々のそれとは大きく異なっている。旧法例第一六条も、 その但書で、外国法が準拠法となるとき、その原因事実が日本の法によっても離婚原因たることを離婚成立の要 件としていたが、改正法例第一六条但書は、それよりも一層大胆かつダイレクトな日本法の介入である、という ︵3︶ ことになるであろう。旧法例第一六条が、離婚の成立のための実質的要件のひとつである離婚原因についての特 別公序の規定であるのに対して、改正法例第一六条は、一定の場合には外国法の適用の可能性を最初から全面的 に排除し、それに代わって、日本法によって包括的に規律しようとする規定である。そのような規定は﹁日本人 条項﹂と呼ばれているものであり、旧法例には存在しなかった型の規定である。 通例、﹁日本人条項﹂として指摘されているものは、離婚に関する法例第一六条但書のほか、婚姻の方式に関す ︵4V ︵5︶ る同第一三条第三項但書である。それらについては、すでに多くの論稿が発表されており、充分に論じられてい るが、とくに解釈論の側面から論じられるべき問題は未だに残されているように思われる。そこで、本稿は、右 の二つの規定のうち、とくに前者を中心として、それに関する問題について若干の考察を試みようとするもので ある。その目的のため、後者の規定に論及することも欠くことのできないものであり、従って、それについても 必要な限りにおいて論及することとしたい。 53わが国際私法における離婚の準拠法に関する若一干の考察 二 日本人条項の立法趣旨 e 法例第=二条第三項但書の立法趣旨 まず、始めに、婚姻の成立要件および方式に関する法例第一三条についてであるが、同条は次のような規定で ある。すなわち、﹁婚姻成立ノ要件ハ各当事者二付キ其本国法二依リテ之ヲ定ム﹂︵同第一項︶、﹁婚姻ノ方式ハ婚姻 挙行地ノ法律二依ル﹂︵同第二項︶、﹁当事者ノ一方ノ本国法二依リタル方式ハ前項ノ規定二拘ハラズ之ヲ有効トス 但日本二於テ婚姻ヲ挙行シタル場合二於テ当事者ノ一方ガ日本人ナルトキハ此限二在ラズ﹂︵同第三項︶というの がそれである。右の諸規定のうち、婚姻の方式に関する第三項において、その本文がいずれの当事者の本国法に 依ることも認めているにも拘わらず、その但書は、婚姻挙行地が日本であり、かつ、一方当事者が日本人である ときには、必須的に日本法に依るべきものと規定している。これが日本人条項といわれるものである。 それについて、﹁法例の一部を改正する法律の施行に伴う戸籍事務の取扱いについて︵通達︶﹂︵平成元年一〇月 ︵6︶ 二日付第三九〇〇号民事局長通達︶は、次のように説明している。すなわち、﹁日本において婚姻を挙行した場合 において、当事者の一方が日本人であるときは、他の一方の当事者の本国法による方式によることはできないこ ととされた︵改正法例第一三条第三項ただし書︶ので、日本人と外国人が日本において婚姻をした︵日本人と外国人 が当該外国人の本国の大使館等において婚姻をした場合を含む。︶旨の報告的届出は、受理することができない。﹂ ︵第一の2⑥︶とされている。
東洋法学
また、その通達については、改正に携わった側からの趣旨説明として、次のように述べられている。すなわち、 日本人については、日本国内で配偶者となるべき者の本国法である外国法の方式によって婚姻した場合であって も、事後的に市区町村長に対して報告的届出をしなければならないものとされているが︵戸籍法第四一条の類推適 用︶、そのことは、挙行地法たる日本の方式である婚姻の届出を要求することと実際上差異はなく、また、これを 要求しても当事者に格別の困難を強いることにはならないこと︵結婚証明書は、要件具備証明書に代えることが できる取扱いであるので、証人の署名・押印の点のみが相違する︶、逆に日本人についてもそのような取扱いを認 めると、日本人が国内において日本人の身分関係を登録し、これを公証すべき責務を負う戸籍に記載されないま ま、婚姻の成立を認める結果となり問題であること、また、当該婚姻から出生した子の国籍や地位が事実上不安 ︵7︶ 定になって望ましくないこと等の理由による。すなわち、その説明については、第一に、日本人の身分関係の変 動が速やかに戸籍に記載されるべきであり、そして、第二に、それを実現できる創設的届出が報告的届出と比べ て殆ど差異がないものと考えられる、というように要約することができるであろう。少なくとも婚姻が日本国内 で行われた場合だけは、その事実を戸籍に反映させ、身分関係の公証や国籍法上の不安定の発生の防止を図った ︵8︶ ものである。 ⇔ 法例第一六条但書の立法趣旨 まず、前記民事局長通達は、﹁離婚については、 第一に、 夫婦の本国法が同一であるときはその法律により、第 55わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 二に、その法律がない場合において夫婦の常居所地法が同一であるときはその法律により、第三に、そのいずれ の法律もないときは夫婦に最も密接な関係がある地の法律によることとされた︵改正法例第一六条本文︶が、夫婦 の一方が日本に常居所を有する日本人であるときは、日本の法律によることとされた︵同条ただし書︶。﹂と説明し、. そして、夫婦の一方が日本人である場合における協議離婚について、それを創設的届出として、次のように取扱 うよう指示している。すなわち、﹁日本人配偶者が日本に常居所を有するものと認められる場合︵後記第八のー① 参照︶又はこれには該当しないが外国人配偶者が日本に常居所を有するものと認められる場合︵後記第八のー③ ︵9﹀ 参照︶は、協議離婚の屈出を受理することができる。﹂︵第二のー①イ㊦︶とされている。 それについては、改正に携わった側からの趣旨説明として、例えば、次のように述べられている。すなわち、 面︶ まず、同但書が優先的に適用されるのは密接関連法に依らなければならないときのみであるが、わが国が協議離 婚制度を有することから、形式的審査を前提として処理する戸籍吏に密接関連法の認定という困難な判断を強い ることになり、実務的に機能し難いため、この点を考慮したのが同但書である。当事者の一方が日本人である場 合に関する特別の規定を設けるのは国際私法の理念からみて望ましくないとか、また、夫婦の一方が日本に常居 所を有する日本人の場合において、他方がいずれかの外国に常居所を有する当該国人のときは、日本法を優先さ せる根拠に乏しいなどの批判がありうるが、同但書が適用される場合は、密接関連法に依ったとしても日本法が それに該当することが多い。さらに、協議離婚の場合には、一般的には、他方当事者が合意の上で当事者の本国 法の一つである日本法に基づき離婚しようとの意思を有している場合であるし、また、裁判離婚の場合には、共
通常居所が日本にないときは、被告の住所地に裁判管轄があることから、但書が適用される場合とは、日本に住 所および常居所を有する日本人を相手に日本の裁判所に訴えを提起する場合などであって、いずれにしても、但 ︵11︶ 書の要件を満たす大抵の場合は、日本法が密接関連法として認定されるものと考えられるといわれている。しか し、率直にいえば、日本国籍および日本に常居所があることの確認は、戸籍および住民票で機械的に行うことが ︵12︶ できるからである。つまり、これは、多少、妥当性を犠牲にしても、明確に処理できる方法をとる方がよいとい ︵13︶ う配慮がなされているということであり、また、密接関連法の規準に合わなくても、場合によってはある程度の ︵14﹀ 不一致は構わないということである。 三 日本人条項をめぐる学説
東洋法学
e 法例第=二条第三項但書をめぐる学説 学説には、法例第二二条第三項但書が定めている立場に対して、次のように異を唱えているものが少なくない。 例えば、次のごとくである。 まず、同但書の立法趣旨として挙げられた二つの理由は、鳥居教授によって、次のように批判されている。ま ず、日本人の身分関係の変動が速やかに戸籍に記載されるべきであるとされている点については、それが即座に 戸籍に反映されず、その結果、戸籍と実態との間に食い違いが生じることは好ましいことではないが、このよう な食い違いは、日本国外で外国の方式による婚姻をする日本人についても同様であって、とくに日本で外国人と 57わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 ︵15︶ 婚姻を挙行する日本人の場合のみに本質的なことではない。次に、創設的屈出と報告的届出との間に殆ど差異が ないとされている点については、一方は届出の時に婚姻を成立させる創設的な屈出であるのに対し、他方はすで に成立している婚姻を報告するに過ぎない報告的届出であるから、その間には質的な違いがあり、同視すべきで ︵16︶ はない。戸籍実務上の理由によって婚姻そのものの成否を左右することは本末転倒である。かくして、同但書は、 日本の戸籍実務上の要請には応えるものではあっても、理論的には十分な根拠に欠けるものである、と評されて ︵17︶ いる。 また、実践上も、同但書は、婚姻の当事者である日本人と外国人の双方に差別や不平等をもたらしかねないこ ︹18︶ とが例証されている。また、例えば、従来は、日本人女子と在日韓国人男子の日本の韓国領事館における婚姻に ついて、その届出が韓国の本籍地の面長に到達し、受理されたとき、方式上、有効となるものとみられてきたが、 ︵19︶ 同但書により、そのような場合には、日本法に基づく婚姻届がない限り、有効とは認められなくなる。かくして、 当事者が有効に成立したものと思った婚姻が、日本法上、成立していなかったという事態が生じることもあり、 ︵20V 当事者にとっては思わぬ落とし穴になりかねないことから、立法論としては再考を要するといわれている。 ⇔ 法例第一六条但書をめぐる学説 法例第一六条但書が定めている立場に対しても、国際私法規定の本来の在り方からすると望ましくないと評さ ︵21V れるなど、次のように学説の多くは異を唱えている。
東洋法学
再び、鳥居教授によって、同但書が戸籍実務における密接関連法の認定の際の困難の回避のために設けられた ものであるということは、次のように批判されている。すなわち、その困難は、法例第一六条本文で密接関連法 が指定されるときは避けることができないものであり、また、一方当事者が日本人で日本に常居所を有する場合 に、外国人である他方当事者に関する連結素を全て無視することは、内外人を平等に扱うという国際私法の基本 理念に反するばかりか、一方当事者のみに関する連結素による一方的な準拠法の決定を可能とする同但書の立場 は、両性平等の見地から、夫婦双方の平等を実現しようとした一九八九年の法例改正の目的にも反するものであ ︵22︶ る。 また、一方当事者が日本人であって日本に常居所を有しておれば、直ちに、離婚をめぐる生活事実関係の現実 的本拠が日本社会に在る、などという単純な割り切り方は、サヴィニー的方法論の深化に逆行するものであり、 単なる自国法適用の利便ないしそれへの誘惑に屈した安易なゆき方として批判すべきものであるという見解もみ ︵23V られる。実際、同但書が、いわゆる逃げ帰り離婚を認める結果となるということは、しばしば指摘されてきたと ころである。すなわち、法例第一六条本文によれば日本法が密接関連法とはならないような場合、例えば、一方 当事者である日本人が他方当事者である外国人を遺棄して、婚姻住所地である外国から単身で日本に帰国したよ うな場合においては、密接関連法は婚姻住所地法であるとみることが一般的であるが、それにも拘わらず、その ︵24V 者の離婚については、同但書によって日本法の適用が行われることとなる。そして、そのような場合には、外国 にいる外国人たる当事者の離婚意思が確認されないまま協議離婚が受理される可能性が高いことも指摘されてい 59わが国際私法における離婚の・準拠法に関する若子の考察 ︵25︶ る。そのため、国際結婚をした日本人による逃げ帰り離婚の場合であって、その者の常居所が日本にあるとされ る場合には、密接関連地が日本であるとはいえないのに日本法が適用されることになるので、日本における裁判 ︵26︶ 管轄権を認めることに慎重でなければならないとか、裁判管轄権を否定することによって不合理な準拠法の適用 ︵27︶ を回避すべきであるというように主張されている。さらには、日本人についての常居所認定が甘いと、同但書に ︵28︶ より、不必要に日本民法上の協議離婚の可能性が広げられることも懸念されている。 しかし、また、国際私法の理念からみれば、外国で承認されない離婚を認めることになる恐れがあり、望まし くないと批判されている現実を踏まえながら、離婚を容易にしようとする最近の実質法の傾向を抵触法に一定程 ︵29V 度反映させたものとみて、正当化することができないわけではないという見解もみられる。あるいは、また、か ような条項の導入に批判はあるが、最近の段階的連結においては、第三の段階で密接関連法よりむしろ端的に法 廷地法を採る国が多い︵ポーランド、スペイン、トルコ等︶ことを考慮すれば、必ずしも異例な立法ではない、 ︹30︶ ︵3 という指摘もなされている。そして、事実、密接関連法が日本法となる可能性が高いことも認められている。ま た、旧法例第一六条下で、夫の本国法が公序則によりその適用を排除され、日本法により離婚が認容された事例 の殆どにおいて、当事者の一方が日本に常居所を有する日本人であったことを考えるならば、この但書の存在は、 ︵3 2︶ このような場合における公序則の援用を大きく減少させるという利点となるともみられている。
四 若干の考察
東洋法学
⑮ 法例第一三条第三項但書と法例第國六条但書の相違点 ︵33V 日本人条項について、総括的にいえば、それは、戸籍制度の運営に配慮した規定であるということになるであ ろう。しかしながら、法例第二二条における日本人条項と同第一六条におけるそれとは、同じく戸籍制度の運営 に配慮した規定ではあっても、必ずしも正確に一致した役割を振り当てられたものではない。例えば、鳥居教授 の結論もまた、次のように、日本人条項については、国際私法の理念の面からも、また、個人の利益の保護の点 からも支持し難い、というものであるが、まず、婚姻の方式については、戸籍実務上の問題を理由に、より本質 的な平等の問題をないがしろにすることは妥当ではないと評され、また、離婚については、実務上の困難を理由 ︵34︶ に同法第一六条但書により外国人を不平等に扱うことは許されるべきではないと評されている。すなわち、前者 が、一定の場合において婚姻挙行地法でもある日本法を適用することが、時として、内外人を問わず、当事者間 の本質的平等の理念に反することになるのに対して、後者は、強行的に日本法を適用しようとするものであり、 結果的には、日本人にとって有利に働くことが考えられる。 かくのごとく、同じく日本人条項と呼ばれている両但書は、その立法の趣旨において差異がみられるが、それ ばかりか、それらの規定が規律の対象とし、そして、日本法の適用へと導こうとしている法律問題の範囲の設定 においても差異が存するということができるであろう。すなわち、法例第一三条第三項但書が、婚姻の方式のみ 61わが国際私法’こおける離婚の準拠法に関する若干の考察 について、日本法によって規律しようとするものであるのに対して、同第一六条但書は、離婚の実質的成立要件 および方式、その効果の全てについて、日本法によって規律しようとするものである。前者の場合に、一方当事 者が日本人であり、かつ、婚姻挙行地が日本であることを要件として日本法に準拠することとなるが、それは、 ﹁場所は行為を支配する﹂として、方式は行為地法によるとする法理に適う一面を有しており、また、事実、旧法 例第一三条第二項においては絶対的挙行地法主義が行われていたという経緯もある。これに対して、後者の場合 に、一方当事者が日本人であり、かつ、日本に常居所を有することを要件として日本法に準拠することは、前記 のように、離婚の成立および効果に関する全ての問題をそれによって規律することを要求し、また、離婚の方式 についても、法例第二二条により、離婚成立の準拠法としての日本法、または、離婚地法としての日本法によっ て規律することを求めるものである。それによって、離婚の許容性、離婚原因等、離婚の成立に関する諸問題、 離婚に付随する諸問題のほか、離婚の方式についても日本法によって規律されることとなる。そのような場合に おいて、日本法が密接関連法としての資格において適用されるならばともかく、前記のような逃げ帰り離婚のよ うな場合には、かなり強引な日本法への連結であるという諺りは免れえないものである。かくして、法例第一六 条但書の立場は、確立された国際主義的国際私法理論からは導き出しえない立場である。従って、同じく日本人 条項であるとしても、同但書の方が第二二条第三項のそれに比してより多くの問題を抱え込んでいるということ ができるであろう。 以上のように、法例第二二条第三項但書と同第一六条但書との間には、様々な意味において大きな隔たりが存
在しているように思われる。しかるに、これまで、その点については、多くの場合において特段に区別されるこ ともなく、まとめて日本人条項として論じられてきたかのようにみられる。両者のうち、前者については、戸籍 という一国的事情を優先した日本人条項が国際的私法交通の円滑と安全を阻害する危険性の非常に高いものであ ︵35︶ るという批判がなされるべきものであり、本来、戸籍の記載の正確さは、法例第二二条第三項但書によって日本 法上の婚姻の方式を強制することによってではなく、むしろ広報活動を通じて、報告的届出を速やかに提出する ︵36︶ ことの必要性を国民に周知徹底させることによって確保すべきである、と一先ず結論付けることができるであろ う。これに対して、後者については、より多くの間題点があるように思われるので、以下においては、それにつ いていま少し立ち入った検討を試みることとしたい。
東洋法学
⇔ 法例第一六条但書の検討 まず、法例第一六条但書の目的および内容について、いま一度、簡単に整理すれば、それは、戸籍窓口におけ る困難な密接関連法の判断を回避するために、一方当事者が日本に常居所を有する日本人である場合には、離婚 については日本法に依る、とするものである。実際上、そのような場合に、日本法が同条本文にいう密接関連法 として認められるべき場合もあるが、例えば、逃げ帰り離婚の場合のように、必ずしも日本法が密接関連法とは 認められないような場合にも、一律に、日本法によって規律しようとするものである。それゆえ、法例第一六条 但書は、本来、密接関連法が適用されるべき場合において、少なくとも一方当事者が日本に常居所を有する日本 63わが国際私法における離婚の準拠法に関する岩:干の考察 人であるときを限度として、密接関連法の決定の手間や困難を退けることを認めるものである。その意味からい えば、同但書は密接関連法との関連において存在するものである。必ずしも明確ではない決定基準に依拠する密 接関連法を不如意に採用したことが、法例第一六条但書のような規定をもたらす原因となったということにもな るであろう。 それならば、何故に、決定することが困難な密接関連法が同条において採用されなければならなかったのか。 それは、とりもなおさず、同一法主義を軸とした段階的連結の立場が採用されたからである。一体、法例第一六 ︵37︶ 条において採用されているケーゲル︵囚畠9の連結階梯と呼ばれる段階的連結も、その起源を遡れば、一九五三 ︵38︶ 年四月一七日のフランス破棄院のリヴィエール判決︵■.貰み什霞4曾①︶に辿り着くことになるであろう。そこに おいて採られた立場は、離婚の準拠法の選定における共通本国法、共通住所地法、法廷地法の段階的適用の立場 ︵3 であり、それはその後の一連の破棄院判決によって踏襲され、フランスにおいては確立された判例法理である。 そして、その立場は、諸国の国際私法において、就中、離婚の準拠法の選定規則として普遍化していることが看 ︵40︶ 取される。その規則の流れを汲む連結規則のひとつとして位置付けられるのが、法例第一六条本文規定であると いうことができるであろう。いずれにしても、法例第一六条における主たる指導的理念は両性平等の原則であり、 同条は同一法を軸とした段階的連結の方法によってそれを発現させているものである。両性平等は現代国際社会 において強力に推進されている理念であり、しかも、内国法の適用の優先に繋がる法廷地法に代えて密接関連法 に対して最終的な連結を行うとする点において、同条は国際主義的国際私法の下における要請に適う立場であり、
東洋法学
正しい方向を目指しているものと評することができる。従って、補則として密接関連法を採用した同規定は、そ の限りにおいて高く評価されるべきものであろう。それでいて、一定の条件の下に内国法を優先させようとして いるのが同条但書である。その結果、同条は国際主義と国家主義との折衷であるとみざるをえないものとなって いる。つまりは、困難を伴う密接関連法について判断することを不可避なものとしているのは、形式的な両性平 等原則の下における同一法主義の採用であり、それによるしわ寄せが同但書に吹き出しているといってもよいで あろう。果たして、離婚の準拠法として、夫婦の同一本国法、夫婦の同一常居所地法、密接関連法という段階的 連結の立場に立って、同法をもって離婚に関する殆ど全ての法律問題を規律すべきとすることが妥当であるか、 いま一度、再検討されてもよい問題であると思われるが、その問題について検討することはここにおける課題で はない。ここにおいては、当面の課題である但書に関する問題に的を絞り、同但書が目論む実務上の便宜という 目的が達成されうるものであるかという点について検討することとしたい。すなわち、同但書の適用の前提とな る日本における常居所の存否の判断が、同但書が回避しようとする密接関連法の決定よりも容易かつ的確に行わ れうるものであるといえるか、というのがその問題である。 まず、密接関連法の決定に関する問題についてである。戸籍窓口における判断が困難であるから、その困難を 回避するために同但書が規定されたと説明されているが、実務上、それ程までに困難なことであるかがここにお 璽 ける問題である。それについては、具体的基準がないという批判もされているといわれているが、前記民事局長 通達は、一つの判断基準を示しており、それによれば、同一本国法も同一常居所もない外国人夫婦の場合におい 65わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 て、﹁夫婦の一方が日本に常居所を有し、且つ、他方が日本との往来があるものと認められる場合その他当事者の 提出した資料等から夫婦が外国に共通常居所を有しておらず、かつ、その夫婦に最も密接な関係ある地が日本で あることが認められる場合﹂には、監督法務局への受理伺いを義務付け、監督法務局の長は、ω日本での夫婦の 居住状況、ω婚姻中の夫婦の常居所地、⑬夫婦間の未成年の子の居住状況、㈲過去の夫婦の国籍国、㈲その 他密接関連地を認定する参考事項につき調査の上意見を付して法務省民事局第二課長あて照会することとされる ︵42︶ ︵平成二年一二月一四日民二第五四七六通知記二︶。そして、その後、疑義のある場合のみ照会することとされている ︵43︶ ︵平成五年四月五日民二第二九八六号通知︶。このように、一応の判断基準は提示されているが、学説上、法例第一六 条が準用する同第一四条における密接関連法との関連において指摘されているところをみれば、一般的に、過去 の共通本国法や過去の常居所地法などが問題となるが、これを機械的に適用したのでは妥当でない結論が生じる ︵44︶ ため、個別的に事例毎に考えなければならないとか、夫婦の双方または一方の国籍、常居所、居所等、当事者と 関係のある種々の要素を過去のものも含めて、総合的に考慮しつつ、具体的な事件に応じて判断するほかはない ︵45︶ であろう、といわれており、確かに、困難な問題であるといわざるをえない。実務上、離婚の際に最も密接な関 係がある地が日本であると認定したいくつかの事例は、日本において婚姻し、その後も引き続き日本において生 ︵46﹀ ︵琶 活していた場合のものである。しかし、時として、例えば、水戸家庭裁判所平成三年三月四日審判のように、一 筋縄にはいかない事例もある。 それに対して、日本人の日本における常居所の決定については、前記通達において次のように取り扱うべきこ
東洋法学
とが示されている。すなわち、﹁事件本人の住民票の写し︵発行後一年以内のものに限る。︶の提出があれば、我 が国の常居所があるものとして取り扱う。ただし、後記2ωの事情︵注・事件本人である日本人が、旅券その他 の資料で外国に引き続き五年以上滞在していること︶が判明した場合を除く。事件本人が国外に転出し、住民票 が消除された場合でも、出国後一年内であれば、我が国に常居所があるものとして取り扱う。出国後一年以上五 年内であれば、事件本人が後記2ωただし書に記載した国︵注・重国籍の場合の日本以外の国籍国、永住資格を 有する国又は配偶者若しくは未成年養子としての資格で滞在する場合における外国人配偶者若しくは養親の国籍 国︶に滞在する場合を除き、同様とする。﹂というのがそれである。そして、前記の基準によっていずれの国にも 常居所があるものと認定することができない場合は、原則として居所地法による︵改正法例第三〇条︶が、疑義が ︵48︶ ある場合は、監督局の指示を求めるものとされている︵同通達第八のー①︶。 かくして、日本人の日本における常居所の認定については、一応の客観的な基準が確立されている。その意味 において、法例第一六条但書における常居所の決定の方が、本文における密接関連法の決定よりも容易であり、 明確であるようにみられるであろう。しかしながら、同通達に示された基準に依拠したとしたならば、日本人が 外国に引き続き五年以上滞在していない場合であって、日本に住民登録している限り、それが極く短期間に過ぎ ないものであっても、わが国に常居所があることとなるが、それは不当であるというべきであろう。同様に、日 本人が国外に転出し、住民票が消除された場合でも、出国後一年内であれば、わが国に常居所があるものとして 取り扱うということも、過度に、わが国における常居所を認定するものとして是認し難い。実際、学説には、同 67わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 通達はあくまでも戸籍実務の便宜のためのものに過ぎず、それに拘束されることなく常居所の認定を行うべきで ︵49︶ あるとする見解が少なくない。判例にも、同通達に捉われることなく常居所を認定している横浜地方裁判所平成
三年δ月三百判漂考宅のがある・この考に・常居所の決定に夜てもまた困難が三わけでは言・
そして、かようにして決定された離婚の準拠法としての日本法によって、離婚に関する全ての問題を規律しよう とすることは、驚くべきことであるといっても過言ではないであろう。 日 法例第一六条但書の運用 夫婦にとって最も密接な関係がある地の法が日本法である場合には、みなし規定である法例第一六条但書に従 い、日本法が準拠法として決定されたとしても、結果的に、それには問題はない。あるいは、また、夫婦にとっ て最も密接な関係がある地が確定されえない状況が呈されているような場合にも、一方当事者が日本の国籍およ び常居所を有することを手掛かりとして、日本法に依拠することはあながち不当であるとはいえないであろう。 それに対して、夫婦にとって最も密接な関係がある地がいずれかの外国であるとみられる場合において、同但書 に従い、そのまま、日本法を準拠法とすることは俄には容認し難いというほかはない。そのような準拠法選定の ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ 構造を同但書の運用において是正することのできる方策はないものか。それがここにおけるまず第一の検討課題 である。 それに対するひとつの解答としては、一方的抵触規定である日本人条項の双方化によって準拠法選定における東洋法学
多元化を図るという解決方法を挙げることができるであろう。すなわち、一方当事者が日本に常居所を有する日 本人であるときに日本法に依るべきであるという規則からは、一方当事者がその者が帰属するいずれかの国にそ の者の常居所を有するときには、同国法に依らしめるという法選定規則を導き出すことができると思われる。実 定法の解釈としても、同但書には、かような規則が隠されているとみることができるのではないかというのが、 ここにおいて問われようとしている間題である。そうすることによって、逃げ帰り離婚の場合にも、一元的に日 本法のみが準拠法として特定されることを正当に回避することができることとなる事例は少なくないように思わ れる。そして、同但書が密接関連法のみなし規定であるとしたならば、右の法選定規則によって、要件を満たす いずれかの外国法が、密接関連法として、日本法に優先する場合のあることも認めなければならないであろう。 すなわち、いずれの当事者もその者が帰属する国にその者の常居所を有するときは、婚姻住所がいずれの国に所 在していたか、当該夫婦の子がいずれに居住しているか、などの状況が考慮されるべきであり、それに従って、 準拠法が選定されるべきこととなる。 しかし、それとともに、いまひとつ、いずれの国の法による方が当事者の利益に適うこととなるかということ も考慮されるべき重要な点であると思われる。すなわち、それは、離婚保護の観点に立った準拠法の選択にほか ならない。法例第一六条において顧慮されている両性平等の原則は、国際私法の次元における利益衡量としての それであって、実質法の次元におけるそれではない。しかし、今日、同条のような立場とは違って、より実質的 に離婚の保護を意識している立法例が少なくない。例えば、アルバニア国際私法第七条第三項、オーストリア国 69わが国際私法1こおける離婚の準拠法1こ関する若一干の考察 際私法第二〇条第二項、スイス国際私法第六一条第二項、ドイツ国際私法第一七条第一項、ハンガリー国際私法 第四一条a号、ブルガリア国際私法第二二四条第三号、ユーゴスラヴィア国際私法第三五条第三項等がそれらと ︵田︶ ︵5 2﹀ して挙げられる。また、より最近においては、ルーマニア国際私法第二二条第二項が挙げられる。より具体的に いえば、それらの中でも、わが国際私法の母法であるといわれているドイツ国際私法は、その第一七条第一項に おいて、離婚は婚姻の効力の準拠法に依るべきものとしながら、同法によれば離婚できない場合には、離婚を求 める者が離婚請求時または婚姻締結時にドイツ人であるときは、ドイツ法に依るべきものとしている。それに対 して、法例第一六条は、ひたすら両性の平等を実現することに心を注ぎ、同一法主義に徹した結果、それ以外の 重要な観点、すなわち、実質的な意味における離婚保護の観点を失念している。それでいて、改正後の法例の中 には、同第一七条や第一九条のように、実現されるべき実質的利益を抵触規則の中に明示し、その実現を可能と する法の選定を命じている規定がすでに存在している。従って、法例第一六条の運用においても、普遍化してい ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ る離婚保護の立場が実定法上のものとして導入しえないものか否か、それが次に検討されるべき第二の課題であ る。 離婚の保護の観点とは、いうまでもなく、婚姻当事者が希求する離婚を可及的に成立させるべきであるという 考え方である。そして、その実現は、次の二つの局面において考えられるであろう。すなわち、そのひとつは、 その実質的要件について判断する規準となる準拠法の選定においてであり、いまひとつが、その方式について判 断する規準となる準拠法の選定においてである。離婚の実質的な保護は、それらの要件の緩和として理解するこ
東洋法学
とができるが、国際私法の次元における離婚の保護は、実質的にその保護となる実質法へと導く連結を行うこと を意味するものである。すなわち、連結の多元化を図りつつ、離婚をより容易に成立させる法を択一的に適用す ることが、離婚保護という立場から導かれる結論であるということになるであろう。 翻って、法例第一六条但書との関連において、その点について少しく検討することとしたい。同但書は、前記 のような一定の条件が満たされる場合には日本法の適用へと導くものであるが、その前提として、一体、日本法 に依ることが、一般的に離婚の保護になるといえるか否かが検討されなければならないであろう。この疑問との 関連において想起されるのは、フランス法の場合である。すなわち、一九七五年、フランスが離婚法を改正して、 協議離婚を認めるようになったとき、準拠法選定規則である同国民法典第三一〇条は、婚姻の両当事者がフラン ス人であるか、または、フランスに住所を有するときは、離婚についてはフランス法によって規律するという一 ︵53︶ 方的抵触規則として制定された。同条についての解釈は分かれるところであるが、その規定は単純な内国法の優 先を意図したものではなく、離婚をより容易に認めるフランス法の適用の可能性を拡大しようとするものである ︵5 4︶ との理解が示されている。それと同様に、法例第一六条但書についても、比較法的には、協議離婚によって、よ り容易に離婚を認める立場を採っている日本法が適用されることによって、少なくとも日本に常居所を有する日 本人にそれを保障する結果となっていることが指摘されるべきこととなる。そのような側面からみるならば、同 条但書は、単純な内国法志向の規定ではなく、むしろ、立法者が意図したものではないとしても、結果的には、 ︵55V 一定の範囲において当事者保護の規定となっているとさえいえるであろう。しかしながら、また、実際の運用に 71わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 おいては、密接関連法に依ることの方が、それが本来的に有する曖昧性のゆえに、却って、より多くの場合に、 より広範な法の中から、実質的により離婚保護となる法を選択することを可能とするものであるといえる。しか も、密接関連法の選定における弾力性の余地は、日本における常居所の有無の認定におけるそれよりも大きいと 思われる。そこで考えられることは、次のようなことである。すなわち、当事者の一方である日本人のわが国に おける常居所を認定した上で日本法を適用することよりも、当事者との関連性を有するいずれかの国の法を適用 して解決することの方が、より望ましい解決をもたらすこととなると考えられるときには、密接関連法としての 当該外国法を準拠法とすべきではないか。それは、取りも直さず、連結の多元化を図るための理論構成にほかな らない。換言すれば、離婚の保護という理念の実現に向けられた択一的連結という規則が実定法の解釈から導き 出しえないものかということである。立法例からいえば、例えば、わが国とほぼ同様に、夫婦の同一の本国法、 同一住所地法、密接関連法という段階的連結の立場を採る一九九五年九月六日の北朝鮮国際私法︵第三七条参照︶ が、それと同時に、離婚当事者の一方が北朝鮮に住所を有する北朝鮮人であるときは、北朝鮮法によることがで きる︵第三八条参照︶と規定して、密接関連法であるいずれかの国の法と北朝鮮法からの選択的適用を認めている ︵56︶ ことが注目されるところである。さらに、立法論として、限定的当事者自治の立場が考えられる。それは、立法 ︵57︶ 例としては、例えば、オランダの国際離婚法第一条第二項および第四項にみられるものであり、また、法例の改 ︵5 8︶ 正の審議の段階において提案された立場のひとつでもある。しかし、法目的の実現としてより明確であろうとす るならば、抵触規定中にすでに実現すべき利益を明示することが最も優れているというべきであろう。
東洋法学
かくして、日本人条項に従って選定される日本法またはいずれかの国の法の下において、離婚が認められない 場合には、密接関連法が明確であり、かつ、それによって離婚の成立が認められる限り、補充的にそれによって 離婚の成立を認めてもよいのではないであろうか。これは、日本人条項から導き出される準拠法と密接関連法の 中から離婚を認める法を選定することに向けられた段階的連結として、解釈上、法例第一六条を再編成すること にほかならない。また、密接関連法によるべき際のその認定においては、国家や住所や常居所などの空間的結び 付きにおいて客観的に当事者と密接な関係がある法ということよりも、当事者にとっての実質的利益がある、す なわち、離婚の成立を可能とする法、さらに換言すれば、当事者の信頼ないしは期待に応えうる法が密接関連法 ︵59︶ として選定されるべきであるということが念頭におかれるべきであろう。結局、ここにおいても、優先されるべ きものは、離婚保護という当事者の利益にほかならない。 最後に、法例第一六条但書の事項的適用範囲との関連において付言しておきたい。すなわち、文言上、それは 離婚の成立の実質的要件および効果について日本法に依るべきことを規定しており、そして、親族関係について の法律行為の方式はその行為の成立を定める法律または行為地法に依るとする同第二二条により、日本法が離婚 の方式にも及ぶこととされている。かようにして、法例第一六条但書は、同一三条第三項における日本人条項が 婚姻の方式についてのみ限定的に適用されるのに対して、離婚に関する問題の全体への適用が予定されたもので ある。それでは、一体、何故に、離婚の場合にはかように広範に日本人条項が必要とされなければならないのか。 同項但書との形式的な整合関係からいうならば、法例第一六条但書は、離婚の方式にのみ限定されてもよいはず 73わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 のものであろう。しかしながら、離婚の実質と方式の区別をめぐっては、わが国には困難な問題が存在している。 すなわち、離婚の方法として協議離婚が許されるか、裁判離婚のみが認められているか、などといった離婚の方 法に関する問題は離婚の実質に関する問題であるとするのが大多数の立場であるが、離婚の準拠法上、離婚が裁 判によってのみ認められうるとされている場合、わが国における審判離婚や調停離婚が外国法における裁判離婚 ︵60︶ に代わりうるか、などという問題があることは、よく知られているところである。もっとも、このような間題も、 離婚の実質的成立要件の準拠法が日本法であったならば、調停前置主義のもとにおいても格別に困難が生じるこ とはない。従って、日本法が離婚の包括的準拠法とされる限り、離婚保護に資することとなることは事実であろ う。それに対して、当事者間の合意と法定離婚原因とのいずれに基づいて離婚が実質的に成立するかが、離婚の 実質的成立要件であり、それを裁判上、裁判外のいずれにおいて実現するかは離婚の方式に関する問題であると 考えるならば、離婚の方式については常に離婚地法としての日本法に依らしめることができるため、この場合に ︵61︶ おいても調停前置主義を採ることによってもたらされるという格別の問題は生じないこととなる。いずれにして も、離婚の準拠法として日本法を適用することは、日本法が比較法的にみて、協議離婚の制度により、離婚の成 立を割合に容易に認めているということに加えて、調停前置主義によって惹起される問題との関連においても好 都合であることは否定できないであろう。
東洋法学
五 結 駈目口 かくして、戸籍実務に供するための日本人条項の存在が、抵触規則のあり方そのものに関連する根深い問題と も関わりを有することが見えてきたといえるであろう。それとして指摘されるべきであると思われる点は、次の ようなものである。 まず、その第一の点は、形式的な両性平等原則を抵触規則に投影するために、同一法主義に徹することが必ず しも至上の立場ではないということである。確かに、今日、同原則は遵守されなければならない普遍的な理念に 則ったものであるが、それを実現すると同時に、国際私法の次元に止まらない当事者の実質的利益の保護という ことも顧慮されなければならない重要な要素になってきていると思われる。ヨーロッパ諸国における近時の立法 を傭轍するとき、ひとりわが国のみが、辛うじて到達しえた両性平等の域にひたすら執着している感がするのを 否めないであろう。当事者の実質的利益の保護という観点が法例第一六条にも導入されたならば、その但書にお けるような形での日本人条項も自ずから放棄されるべきものと考えられる。本稿においては、法例第一六条を中 心としてその点について論じたが、同第一三条についても同様な観点からの考察が可能であろうと思われる。そ の場合には、婚姻保護が顧慮されるべき観点となることはいうまでもない。 次に、第二の点は、抵触規則における密接関連法主義の採用が、その運用において困難な場合が少なくないと いう現実を踏まえて、それを敢えて採用することの意義をいま少し明確にする必要があるという点である。それ 75わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 が、近代国際私法の根幹となってその発展を支えてきた密接な関係の理論を単純に表現しているだけのものであ るのか、それとも、現代国際私法の潮流をも顧慮した特別の意図がその中に込められているのか。後者の観点に 立ち、しかも、いずれの国の法が密接関連法として決定されるべきであるかを確実に推測することができない場 合が必ずしも少なくない点に想到するならば、それが有する曖昧さにこそ解決の具体的妥当性を確保するための 解釈・適用を行う余地があると考えることができるであろう。そして、その際における指導理念もまた当事者の 実質的利益、すなわち、法例第一六条の場合には離婚保護にほかならない。このことは、同条に限られた問題で はなく、密接関連法が準拠法として採用されている法例中の全ての抵触規定について当てはまることである。 最後に、わが国における協議離婚制度と日本人条項との関連において若干付言しておきたい。すなわち、日本 人条項によって日本法が適用される場合に、戸籍官吏が外国人当事者の離婚についての意思を確認することの機 会がないまま、協議離婚の届出が受理されることとなり、その者の利益が保護されないような事態が起こりうる ︵6 2︶ という指摘がなされている。確かに、わが国における協議離婚の方式は、家庭法院や婚姻登記所へ両当事者が出 ︵63V 頭した上で離婚の意思を表明し、それが確認されなければならない韓国法や中華人民共和国法の下におけるそれ に比して極めて簡略であり、また、時として、一方当事者の恣意に任せられる可能性があるという危険を常に伴っ ている。また、離婚の成立に関する問題は、実質的要件、方式、そして、離婚地における手続きにつき、それぞ れが異なる国の法による規律を受ける余地のある法律関係に関する間題である。しかも、それらの境界が必ずし ︵64︶ も明確であるとはいえないのが現状であろう。そのようなことをも踏まえて考えてみるならば、平成元年におけ
る改正を経たばかりであるとはいえ、 うに思われてならない。 わが国際私法における離婚に関する抵触規定は未だに改正の途上にあるよ
東洋法学
︵1︶ ︵2︶43
︵5︶ 註 改正法例について解説する文献は多数あるが、ここにおいては、澤木敬郎H南敏文編著﹃新しい国際私法−改正 法例と基本通達 ﹄︵日本加除出版、一九九〇年︶、南敏文﹃改正法例の解説﹄︵法曹会、一九九一年︶を挙げるに 止める。 例えば、横山潤﹁婚姻・親子に関する近時の国際私法立法の動向とその問題点︵1︶1︵23・完︶﹂戸籍五〇六号以下、 溜池良夫﹁国際婚姻・親子法の立法の動向﹂法律のひろば三九巻一一号三入頁参照。 石黒一憲﹃国際私法﹄︵新世社、一九九四年︶一〇〇頁。 日本人条項とは、日本人と外国人との間の法律関係について、日本法の適用を優先する規定であり、従って、外国 人間の不法行為であっても日本法の適用を命じる法例第一一条第二項・第三項などは、日本人条項ではなく、また、 法例第二八条第一項但書は、内国国籍優先条項であって、これも日本人条項ではないといわれている︵出口耕自﹃基 本論点・国際私法﹄︵法学書院、一九九六年︶一一一頁参照。なお、木棚照一”松岡博ロ渡辺慢之﹃国際私法概論︵新 版︶﹄︵有斐閣、一九九一年︶︵木棚と六四頁参照︶。 代表的な文献としては、鳥居淳子教授による一連の論稿が挙げられる。同﹁内外人の婚姻と離婚ーいわゆる日本 人条項について ﹂講座・現代家族法二巻︵日本評論社、一九九一年︶三〇九頁以下︵以下、鳥居・前掲として引 用︶、同﹁渉外離婚事件の準拠法﹂講座・実務家事審判法五巻︵日本評論社、一九九〇年︶一四三頁以下、とくに、 一四五頁以下、同﹁国際離婚におけるいわゆる日本人条項﹂国際私法の争点︵新版︶︵ジュリスト増刊、以下、争点 として引用︶一六七頁以下参照。 77わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察
109876
19 18 17 16 15 14 13 12 11 澤木H南・前掲書四四二頁。 南敏文﹁法例改正に関する基本通達の解説﹂澤木H南・前掲書七三頁以下。 澤木敬郎﹃国際私法入門︵第三版︶﹄︵有斐閣、一九九〇年︶一一]頁。 澤木“南・前掲書四四二頁。 けだし、一方当事者が日本に常居所を有する日本人である場合において、当事者双方の本国法または常居所地法が 同一であるということは、準拠法は日本法になることを意味するものであるから、法例第一六条但書によって準拠法 が日本法とされることが考えられるのは、同条本文によって、密接関連法の適用が間題となる場合だけであるという こととなる。 南・前掲七六頁以下参照。 澤木敬郎”道垣内正人﹃国際私法入門︵第四版︶﹄︵有斐閣、一九九六年︶一一〇頁以下参照。 早田芳郎︵座談会発言︶﹁法例改正をめぐる諸問題および今後の課題﹂ジュリスト九四三号三〇頁参照。 池原季雄︵座談会発言︶・前註︵13︶掲載同頁。 鳥居・前掲三一二頁、さらに、澤木H道垣内・前掲書一一〇頁以下参照。 鳥居・前掲三一二頁以下参照。また、それを日本の公序に関わるとみているものと解する見解として、櫻田嘉章﹁婚 姻の方式︵形式的成立要件︶﹂争点一六〇頁参照。 鳥居・前掲三ニニ頁参照。 在日タイ大使館における婚姻の挙行の例については、鳥居・前掲三一三頁参照。また、在日フランス大使館におけ るそれについては、澤木H道垣内・前掲書一〇〇頁以下参照。 前記通達第一の2⑬、木棚“松岡U渡辺・前掲書︵木棚と七三頁、澤木ロ道垣内・前掲書一〇一頁、基本法コン メンタール・国際私法︵青木清︶八九頁以下、住田裕子﹁渉外婚姻の成立の準拠法﹂前掲講座・実務家事審判法一二六 頁等参照。東洋法学
27 26 25 24 23 22 21 20 ︵28︶ 37 36 35 34 33 32 31 30 29 ) ) ) ) ) ) ) ) ) 澤木H道垣内・前掲書一〇一頁参照。 溜池良夫﹃国際私法講義﹄︵有斐閣、一九九三年︶四三七頁参照。 鳥居・前掲三一六頁以下参照。 石黒・前掲書一〇〇頁参照。 澤木・前掲書一二一頁、澤木月道垣内・前掲書二一頁参照。 鳥居・前掲三一七頁以下参照。 櫻田嘉章﹃国際私法﹄︵有斐閣、一九九四年︶二五三頁参照。 澤木“道垣内・前掲書二一頁参照。もっとも、協議離婚届の提出のあった場合には、相手方の同意のあること から、本文におけるような配慮の必要性が減少するので、受理が認められることとなるというのが、澤木・前掲書 一二一頁である。 澤木H道垣内・前掲書一一一頁、石黒・前掲書註︵謝︶、同﹃国際私法︵新版︶﹄︵有斐閣、一九九〇年︶二六九頁 参照。 木棚H松岡11渡辺・前掲書︵木棚と八六頁参照。 三浦正人編﹃二訂・国際私法﹄︵青林書院、一九九〇年︶︵三浦と二二頁参照。 鳥居・前掲﹁渉外離婚事件の準拠法﹂一四六頁参照。 鳥居・前註論文一四六頁参照。 出口・前掲書二七頁参照。 鳥居・前掲三二〇頁参照。 出口・前掲書一一七頁参照。 鳥居・前掲三二〇頁参照。 櫻田・前掲書五三頁以下参照。 79わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 ︵38︶ ︵39︶ ︵40︶
4241
454443
4746
4948
肉Φ<まR識2Φ8魯o津言富旨簿一8巴虞ぞΦお器︸も﹂一蝉8冨園簿籔9溜池良夫﹁フランス国際私法におけ る離婚の準拠法 判例の変遷 ﹂法学論叢六三巻五号一八頁以下参照。 笠原俊宏﹁フランス国際私法における離婚の準拠法ー一九七五年法第三一〇条についてー﹂法学新報八六巻 七・八・九号二六三頁以下参照。 例えば、スペイン法については、杉林信義H笠原俊宏﹁スペイン国際私法における離婚の問題 一九八一年法律 第三〇号について ﹂秋田法学五号五四頁以下、ブルキナファソ法については、笠原俊宏﹁外国国際私法立法に関 する研究ノート⑥ ブルキナファソ国際人事・家族法︵一九八九年︶ ﹂大阪国際大学紀要国際研究論叢一〇巻 一・二号一二五頁参照。 櫻田・前掲書二四二頁参照。 戸籍五六三号九三頁以下、鳥居・前掲﹁国際離婚におけるいわゆる日本人条項﹂一六八頁、新谷雄彦﹁離婚の際に 最も密接な関係がある地が日本であると認定する場合について﹂戸籍五七五号三八頁参照。 鳥居・前註論文一六八頁参照。 木棚11松岡髄渡辺・前掲書︵木棚︶一七六頁参照。 山田錬一﹃国際私法﹄︵有斐閣、一九九二年︶三六六頁参照。さらに、妹場準一﹁密接関連法﹂国際関係法辞典七四七 頁以下参照。 新谷・前掲四二頁以下参照。 家庭裁判月報四五巻一二号五七頁。本件は、英国国籍の夫とフランス国籍の妻の間の夫婦関係調整調停申立事件で あるが、ヨットで諸国を転々としており、いずれかの国との密接関連性について判断することが極めて困難な事例の ひとつである。 澤木H南・前掲書四四九頁以下。 基本法コンメンタール・国際私法︵奥田安弘︶一五六頁、笠原俊宏﹁常居所の認定基準﹂争点八一頁等参照。東洋法学
525150
) ) ) 59 58 57 56 55 54 53 ) ) ) ) ) ) ) ︵60︶ ︵61︶ 家庭裁判月報四四巻一二号一〇五頁、判例時報一四一八号一一三頁。 本文中の諸立法については、笠原俊宏﹃国際私法立法総覧﹄︵冨山房、一九八九年︶参照。 笠原俊宏﹁外国国際私法立法に関する研究ノート①ールーマニア国際私法︵一九九二年︶ ︵上︶﹂大阪国際 大学紀要国際研究論叢八巻一号九四頁参照。 西賢﹁フランス民法第一三〇条﹂同﹃属人法の展開﹄︵有斐閣、一九八九年︶九九頁以下参照。 笠原・前註︵39︶掲載論文二九〇頁参照。 木棚11松岡U渡辺・前掲書︵木棚︶一八六頁については、すでに前注︵29︶において引用したところである。 在日本朝鮮人人権協会訳﹁朝鮮民主主義人民共和国対外民事関係法﹂戸籍時報四六四号五一頁。 杉林信義目笠原俊宏﹁オランダの国際離婚法について﹂秋田法学七号一六六頁以下参照。 例えば、池原季雄発言および妹場準一発言・前掲座談会三〇頁参照。 妹場準一﹁準拠法選定規準としての最密接関連法﹂争点五七頁以下参照。ほぼ同旨であると思われるものとして、 笠原俊宏﹁不統一法国の国民の本国法について1中国法を中心としてー﹂大阪国際大学紀要国際研究論叢入巻一 号五九頁以下、とくに六七頁以下参照。 文献が極めて多数であるため、ここにおいては、木棚照一﹁異国籍外国人夫婦の離婚の方法﹂争点一七〇頁以下を 挙げるに止める。 とくに注目すべき見解として、渡辺慢之教授の見解および石黒一憲教授の見解がある。前者は、離婚を当事者自 身の法律行為により形成される﹁法律行為による離婚﹂と、当事者が申し立てた後は法定の手続と裁判所の判断によ り形成される﹁裁判所による離婚﹂とに分類し、方式と手続を概念上峻別しようとするものである。渡辺﹁家事裁判 判例紹介・米国人夫婦につき離婚の合意に相当する審判をした事例﹂民商法雑誌一〇七巻二号一一一頁参照。また、 後者は、法律行為の成立についての国家行為による形成の要否・態様に関する問題を方式に関する問題と捉えて、そ れを行為地法たる日本法によらしめようとするものである。石黒﹃国際私法と国際民事訴訟法との交錯﹄︵有信堂、 81わが国際私法1こおける離婚の準拠法に関する若一干の考察