工事監理者責任の法的解析--民事法の観点から
著者
大森 文彦
著者別名
F. Omori
雑誌名
東洋法学
巻
33
号
2
ページ
157-173
発行年
1990-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003543/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja工事監理者責任の法的解析
ーー民事法の観点からーー大 森 文 彦
六五四三二一
目 次 序 解析の中心課題 契約責任 不法行為貴任 常駐監理と重点監理 設計に明示のない部分のミス 口 序 不動産を科学する。これまで不動産というイメージは、いわゆる不動産屋、地上げ屋等に象徴されるような単なる 錬金術の一道具としてのそれが強かったように思われる。しかし、欧米諸国をはじめとする世界各国では不動産の重 要性が早くから認識され、不動産を対象とした科学的分析・検討がなされている。わが国でも近年不動産学会が誕生 東洋法学 一五七工事監理者責任の法的解析 一五八 し、不動産の科学的解析が行われ始めている。もっとも不動産には、建築学、都市工学等の工学、経済学、法律学など 多分野にわたっての解析を必要とするが、不動産の有する多機能性から単に各学問分野の知識だけでは本当の意味で の解析はなし得ないと思われる。こうした認識からか、いくつかの大学において不動産学というものと正面から取り 組むべく新しい学科や学部の設置計画もあるようである。そうした動きの中で、筆者はこれ霞で不動産、それも特に 建築設計及び工事監理に関する法律問題に焦点をあてた研究をしてきたが、本稿もこうした研究の一環として工事監 理契約における工事監理者の法的責任を解析するものである。なおこれまでの裁判例を見ても、工事監理に内在する 諸問題を意識した上での解決が図られているかどうかは必ずしも定かではない。しかし、真の公平な解決を図るべく 努力が行われるべきこと当然であり、そのためには工事監理業務といったものに対する十分な解析が要求されなけれ ︵1︶ ばならない。もっとも本稿がこうした二ーズに合致しているかどうかはともかく、ここでは今までほとんど意識され ︵2︶ ていなかった観点からのアプロ⋮チを積極的に試みることによって、不動産の科学的分析の一助とするものである。 ︵1︶ わが国における設計・監理に関する裁判例はあまり多くない。しかしアメリカでは最近設計監理者に対する責任追及が厳 しく、そのため損害保険制度に破綻をきたすほどである。わが国でも建築設計者や工事監理者に対する責任追及傾向は不可 避であり、今後訴訟間題が多発する可能性は大といえよう。 ︵2︶ 建築設計に関する法的問題は拙稿﹁建築設計の法律空聞﹂東洋法学一三巻一・二合併号創立一〇〇周年記念号︵一九八八 年一月︶を、また工事監理業務に関する法的問題は拙稿﹁工事監理業務内容の法的解析﹂同三二巻二号︵一九八九年三月︶ を参照されたい。 二 解析の中心課題
工事監理者の法的責任の発生過程を遡ってみると、先ずなんらかのトラブルが発生、その後原因を調査・追及し、 その結果、工事監理者の業務のうちどの業務の問題かが判明する。この段階で問題となるのが工事監理としての業務 ︵1︶ 範囲である。この業務のうちトラブルの中心は、工事監理者の中心的業務が施工が設計図書どおりになされているか 否かを確認するという点にあることからも、実際に出来上った建物が設計図書のとおりではないとして工事監理の手 落ちを追及する場合である。すなわち、工事監理者の法的責任を検討する上での最大のポイントは、工事の確認及び ︵2︶ 報告業務をどの程度遂行すべきかにある。そこで本稿もこの工事確認・報告業務を念頭に置き論を進める。 ︵1︶ 前掲・拙稿﹁工事監理業務内容の法的解析﹂参照。 ︵2︶ 工事監理業務の範囲の問題に対し、ここで論じようとしているのはむしろ工事監理業務の質の問題である。もっとも前者 が抽象的業務の問題、後者が具体的業務の問題とも考えられるので、両者の区別は必ずしも開瞭に識別されるものではな く相対的なものといえるが、ここではとりあえず工事監理業務の問題を、その籍閉すなわち幅の問題と、質すなわち奥行き の問題とに分けて考えておくのが便宜である。 三 契約責任 1 工事監理契約は、建築主と工事監理者との問で自由に締結され、その内容も当然自由に決定できる。もっともそ ︵1︶ の内容がはっきりしない場合の工事監理者の業務範囲は、建設省告示第一二〇六号が目安になろう。ただし、工事監 理業務のうち、広義のそれは設計から施工への橋渡しという工事監理の本質的な業務とは必ずしもいえないところか ︵2︶︵3︶ ら、合理的意思解釈としての工事監理者の業務範囲は、狭義の工事監理業務と考えるのが妥当である。またこう考え ることが建築士法において工事監理者の業務を定め︵同法二条六項、一八条三項、二〇条二項︶かつ建築基準法にお 東洋法学 一五九
工事監理者責任の法的解析 一六〇 いて一定規模以上の建築に工事監理者を置くことを強制している︵同法五条の二︶こととも合致する。 ︵王︶ 建設省告示第一二〇六号に掲げられている業務は次のとおりである。 e 工事監理 ① 設計意図を施工者に正確に伝えるための業務 ω施工者との打合せ ㈹ 図面等の作成︵スケッチ等であり、実施設計の延長と考えられる図書は含まない。︶ ② 施工図等を設計図書に照らして検討及ぴ承諾する義務 ω 施工図の検討及び承諾 α の 模型、材料及び仕上見本の検討及び承諾 ㈱ 建築設備の機械器具の検討及び承諾 ③工事の確認及び報告 GD 工事が設計図書及び請負契約に合致するかどうかの確認及び建築主への報告 ㈲ 工事完了検査及び契約条件が遂行されたことの確認 ④工事監理業務完了手続 ω 契約の目的物の引渡しの立会い qD 業務完了通知書及び関係図書の建築主への提出 ◎ 工事の契約及び指導監督 ①工事請負契約への協力 GD施工者の選定についての助言 qD 請負契約条件についての助言 ㈹ 工事費見積りのための説明
︵2︶ ︵3︶ αの 見積書の調査 6り 請負契約案の作成 ㈹ 工事監理者としての調印 ② 工事費支払審査及び承諾を行う業務 ω 中間支払手続︵施工者から提出される工事費支払の請求書の審査及び承諾︶ q D 最終支払手続︵工事完了検査による確認に基づく施工者からの最終支払の講求の承諾︶ ③施工計画を検討し、助言する業務 狭義の工事監理業務とは、工事監理者の責任において工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されてい るかいないかを確認すること︵建築士法二条六項︶、工事が設計図書どおりに実施されていないと認めるときには直ちに施 工者に注意を与え、施工者がこれに従わないときにはその旨を建築主に報告し︵同法一八条三項︶、また工事が完了したと きはその結果を文書で建築主に報告すること︵岡法二〇条二項︶である。これに対し、広義の工事監理業務とは、狭義のそ れのほか、建築工事契約に関する事務及び建築工事の指導監督等を含む。以上について前掲・拙稿﹁工事監理業務内容の法 的解析﹂を参照。 ここで問題となるのが業務の範囲の問題といえよう。 2 ところで工事監理業務のうち、設計と施工との照合確認・報告業務についても、当事者間で自由にその程度を決 定することができる。問題はむしろ、当事者問の意思内容が必ずしも明確ではない場合、どの程度のことをすれば合 理的意思解釈として適切か、換言すれば工事監理者としての建築主に対する善管注意義務︵民法六四四条︶如何とい う問題でもある。 この問題を解析する上でまず、工事監理業務の実態及び特殊性という観点を忘れてはならない。すなわち、優れた
東洋法学 一六一
工事監理者責任の法的解析 一六二 設計も監理が不完全であれば決して成果は得られず、逆に不十分な設計ならば監理ではカバーしきれないこと、技術 力のある施工業者と一緒に仕事をすれば監理者は楽して良い結果を得られるのに対し、低レベルの施工業老と仕事す ればどんなに頑張っても成果を上げることができないこと、つまり工事監理は設計と施工者両者の能力の影響を受け、 それによって工事監理業務の質や量に変化を生じているが、工事監理契約締結時に工事監理者が知り得ない事情によ って工事監理の業務量や質に差異を生じさせることは好ましくない︵詳しくは、前掲・拙稿﹁工事監理業務内容の法的 解析﹂を参照︶。そうであるならば、設計図書や施工業者との関係を考慮して注意義務の範囲・程度に差異を生じさせ ︵1︶ るべきではない。そしてこのような工事監理の相対性からしてその業務範囲は縮小傾向にある。しかし、たとえば業 務範囲は縮小傾向にあるとしても、それは工事監理者として善管注意義務の程度にまで消長をきたすものではない。 むしろ、工事監理もいわゆる建築家としての業務であり、建築家はその専門性からしてプ質フ諜ッショナルマソ ︵2︶ ︵嘆&霞8巴轡き︶と評価しうる以上、そこには高度な注意義務が課されていると考えられる。つまり工事監理者も プ羅フェッショナル・ラィアビリティ︵冥o詩旨欝二鑓匡菖︶としての高度な注意義務を負っている。したがって、 設計と施工との照合確認・報告業務の程度についてもそうした側面からの基準を用意しなければならない。 そうだとすると建築主が工事監理を依頼する上での合理的な意思を推測するに、①建物利用上の安全性や自らの健 康保護を考えないものは皆無であろう。また②建物としての最低限の機能を確保したいと考えることこれも当然であ る。さらに③建築主が右①②の外特別な意図︵たとえば特殊なイメージを強調するためのデザイン等︶があればそう ︵3︶ した主観的側面も考慮に入れなければならない。したがって、工事監理老の設計と施工の照合確認・報告業務として
は、少なくとも最低限建物の安全性や国民の健康に関する工事工程、建物として最低限要求される諸機能に関連する 工事工程に対しては厳格な注意義務が課されていると解すべきである。加えて、建築主の主観的意図が明らかな場合 ︵4︶ には、その意図を具体化する工事についても同様と解すべきである。なお右①②の具体的基準としては、建築基準法 それもとくに単体規定の遵守は最低限守られるべき義務であろうが、工事監理者のプ皿フェッショナル・ライアビリ ティを考慮した場合、日本建築学会の標準仕様書︵いわゆるJASS︶を工事監理する際のファクターに加えるべき ︵5︶ ではなかろうか。 ︵王︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ 前掲・揺稿﹁工事監理業務内容の法的解析﹂参照。 西島梅治﹁プロショナルニフイアビリティ・インシュランスの基本問題﹂現代損害賠償法講座8・一五四頁。 ②の点について、本来要求される基本的な機能は、風、雨、雪、熱、地震、火事等外的要因に耐えることや建物利用する 上での電気、衛生、空調設備であるが、こうした機能の中には右の安全性や健康面に関するものが含まれている。それゆえ ②としてはむしろ防水・設備を挙げたい。 ここで注意しなければならないことは、工事監理者に対する厳格な注意義務といっても、それは必ずしも設計者と同様な 意味とは解せられないという点である。そもそも工事現場というものは、設計図書上直線で描かれているものと同一な直線 を作り出すことは不可能といってよい。たとえば鉄筋工事における配筋検査において鉄筋のピッチがマ・、りたりとも設計図 と異なってはならないとすることはナンセソスである。したがってあくまで許容誤差はどの程度かという観点から考えねば ならない。 工事監理者の契約責任が争われた裁判例としては、福岡高判昭和六一年一〇月一霞︵判タ六三八号一八三頁︶がある。本 稿﹁五 常駐監理と重点監理﹂の︵注王︶参照。 東 洋 法 学 一六三
工事監理者責任の法的解析 一六四 四 不法行為責任 1 対建築主 ︵1︶ 建築主との関係における工事監理者の不法行為責任は、一般に成立が認められている。工事監理者の設計図書と施 工との照合・確認・報告業務上の不法行為責任は大部分の場合が不作為に起因するものと考えられ、工事監理者とし て一般的に負わされている注意義務如何が問題となろう。そしてこの問題を考えるうえでは、工事監理者のプロフェ ッショナルニフイアビリティとしての高度な注意義務を前提にせざるを得ないが、その内容は契約責任上の善管注意 ︵2︶ 義務とほぼ軌を一にすると解せられる。 ︵2︶ 工事監理者の建築主に対する不法行為責任を追及した裁判例としては、大阪地判昭和五三年一一月二欝︵判時九三四号八 一頁︶がある。この事案は、工事監理者が基礎工事中一度も現場に行かなかったばかりか、基礎工事の際施工業者から土地 の軟弱さについて電話で報告を受け、指示を求められたにもかかわらず、電話でコyクリートのべ肇スを倍にせよと指示し ただけであったため基礎工事の欠陥︵布基礎下の割栗石の巾が設計図に反し布基礎よりも狭く、基礎自体と基礎上端の均し モルタルが水平を欠いている︶を発見できず、また材料の検査は一応行ったものの現場から特に要請されない限り現場へ出 向かなかったため手抜き工事︵小屋組・軸組など木工事の主要な部分︶を発見できなかったというものである。そして工事 監理者の注意義務として建築士法二条五項、同法一八条三項をあげ、かかる注意義務に反したとして工事監理者の不法行為 責任を認めている。本文の基準からすれば、基礎工事は建物の安全性に関する工事工程であるから厳格な注意義務が課され ている以上、たとえ工事監理者が重点監理の方法を選択したとしても︵本裁判例では一度も現場に行かなかったというので あるから重点監理したともいえない事案であるが︶右事案程度の監理では不法行為における注意義務違反と評価されること 当然である。問題はむしろ何度か現場に行っていたらどうなるかであるが、これも工事欠陥箇所・程度により個別に判断せ ざるを得ない。
なお、本裁判例では基礎工事の欠陥として、本件建物の布基礎下の割栗石の巾が設計図に反し布基礎よりも狭く、基礎自 体と基礎上端の均しモルタルが水平を欠いていると指摘しているが、割栗石の実際的機能には疑問があるばかりか、布基礎 下の割粟石の巾が布基礎巾より狭いことが直ちに欠陥と評価されるのか疑問である。また基礎自体と基礎上端の均しモルタ ルが水平を欠いていることが直ちに欠陥といえるものか疑問である。実際の施工に誤差はつきものであるから、所詮程度問 題ではあるが、欠陥と認定する以上建築学的考察は不可欠である。ただし、裁判所としては民事訴訟手続上弁論主義という 制約を受けていることをここではあえて捨象していることを断っておく。 2 対第三者 間題はむしろ対第三者との関係においてである。第三者との関係において課されている注意義務はどの程度かが問 ︵1︶ 題となるも、工事監理が公共性という側面を有していることからすれば、少なくとも建物の安全性や国民の健康に関 する工事工程及び建物として最低限要求される諸機能に関連する工事工程に対する監理については厳格な注意義務を ︵2︶︵3︶ 負っていると解すべきであろう。 ︵1︶ 前掲・拙稿﹁工場監理業務内容の法的解析﹂二・2・㊧参照。 ︵2︶ ここでの工事監理における厳格な注意義務という意味も前述三・2︵4︶と同様の意味に解すべきである。 ︵3︶ 工事監理者の第三者に対する不法行為責任を追及したものとして①長野地判昭和五五年一月二四日︵判夕四一五号一四一 頁︶、②大阪地判昭和三九年五月二六日︵判タ一六四号一八五頁︶、③横浜地判昭和三八年八月二九日︵下民集一四巻八号一 六五一頁︶がある。 ①の事案は、工事監理者は工事監理契約上、建築・電気・衛生各一名の監督員が現場に常駐すべき標準時闇は各監督員に つき一週三〇時間とされていた、すなわち常駐監理が特約されていた場合であるが、監理者がガス風呂の煙突内の紙詰りを 発見できなかったため第三者がガス風呂入浴中一酸化炭酸中毒により死亡したという事案である。これに対して裁判所は、
東洋法学
一六五工事監理者責任の法的解析 一六六 煙突内の紙詰りを発見することはさほど困難ではなかったとしつつも、工事監理者は一般第三者に対する関係において、講 負人の工事施工が注文どおり行われないかもしれないあらゆる場合を予測し、それらのすべてについて逐一細部にわたり検 査すべき注意義務を負うものとはいえず、特に第三者に対し危害を生ずる可能性の高い工事につき講負人が注文と異なる工 事をする蓋然性の高いと予測される事項についてこれを監理し、検査する義務を負うにすぎないとして、本件ガス風呂の煙 突工事自体は通常第三者に対して危害を生ずる可能性の強い工事とはいえず、ガス風呂の煙突工事に当たりセメント紙袋を 使用することは通常行われない不適切な施工方法であるから、右紙詰りを発見しなかった点に重大な過失があったとはいえ ないとしている。しかし、第三者との関係においては、国民の健康ないし建物として最低限要求されている諸機能に関連す る工事工程に関する監理については厳格な注意義務を負っていること本文のとおりであるが、ガス風呂の煙突工事もこうし た工程に含まれるものではないだろうか。そうだとすると厳格な注意義務を負っていると考えられ、紙詰りの発見が容易で あった以上過失責任は問いうる事案であったようにも思われる。 さらに問題は、判決理由中請負入が注文と異なる工事をする蓋然性の高いと予測される事項について監理検査する義務が あるとしている点である。工事監理があらゆる場合を想定して監理すべきものではないこと勿論であるが、もし当該請負入 の施工力量をべースにするというのであれば工事監理の相対性を考慮していないことにもなり妥当でない。 五 常駐監理と重点監理 工事監理といってもその方法として、現場に工事監理者が常駐する方法とそうでない方法がある。前者を通常﹁常 駐監理﹂と呼ぶ。後者についてはとくに特別な用語が定着している訳ではないが、この方法が小規模工事においては 常駐監理より多く用いられ、また常駐監理に比べて監理上のミスも生じ易いことに着目し、筆者はこうした監理形態 にも積極的な意味をもたせるべく﹁重点監理﹂と呼びたい。そこでここではこうした監理方法の違いが工事監理者の 法的責任にいかなる影響を及ぽすかについて考慮する。この問題はこれまで全く意識になかった間題であるが、実際
上非常に重要な問題である。工事監理の主要業務は、設計図書に示されたとおりの施工が確保されるようにすること にある。工事監理者はこの業務を遂行するため自らの才能を駆使することになるが、その業務遂行方法として工事現 場に常駐して監理した方が良いのかそれとも必要に応じて工事現場に赴いて監理すれば足りるかは、工事監理者自身 が決定できる。すなわち受任者としての工事監理者の裁量に委ねられる事柄である。それゆえ常駐監理であろうと重 ︵1︶ 点監理であろうと注意義務に差異はないというべぎである。しかし、建築主との間で特別に監理方法を決定すること は一向に差し支えない。したがって特約によって常駐監理か重点監理かが決定された場合にはそれに従うこと当然で ある。では、特約で監理方法を決めた場合、工事監理者の法的責任にどのような影響があるか。 建築主に対する関係では特約に拘束されると解される。なぜなら建築主との関係においては、建築主自らの意思で 決定している以上、それ以上の保護は必要ないと解されるからである。もっとも単に重点監理でよいというだけでそ の具体的監理方法について特に定められていない場合には、現場に常駐しなくてもよいという建築主の意思が表明さ れ、また常駐監理と重点監理の程度に当然差異が生じる以上、常駐監理と同一の基準で責任を判断することはでぎな い。そこで間題は、常駐監理と重点監理の注意義務の差如何ということになるが、これは個別具体的に判断せざるを ︵2︶ 得ない。なお重点監理の具体的方法は工事監理者の裁量に委ねられているというべぎである。 ところが第三者との関係、すなわち不法行為責任を判断する上では問題がある。当事者間で自由に工事監理業務の 内容を決定できるといっても、工事監理を契約内容とする以上そこにはおのずと限界がある。すなわち、そもそも建 築主は本来設計図書と施工さえあればその目的を達成でぎる筈で、工事監理者を置くか否かは建築主の自由のはずで
東洋法学
一六七工事監理者責任の法的解析 一六八 ある。にもかかわらずほとんどの工事に工事監理者を置くことを強制される︵建築基準法五条の二︶のは、建築行為 というものが単に建築主だけの問題にとどまらず、広く当該建物に関係する国民の利益にまで影響を及ぼす、つまり 公共性という側面を有しているからである。︵この点、同条の趣旨は一般的には施工業者の手抜き防止のためと説明 されるが、それでは何のために手抜きを防止する必要があるのかという疑問は解消できない。︶つまり工事監理は建 築主の利益のみならず広く国民の利益︵生命・身体・健康等︶を保護するためにもなされるべきものであるという視 点を忘れてはならない。常駐監理と重点監理とでは、監理の程度に違いが出るのは当然であるが、建築主と工事監理 者だけの間で第三者の利益保護の程度を勝手に変更することは許されるべきではない。そうである以上、たとえ建築 主と工事監理者との間で監理の方法をいかに定めようとも︵多く問題となるのは監理の程度を緩和する方向の場合で ある︶、少くとも第三者の利益に関する限りそこに最低限要求される一般的注意義務の範囲・程度に差異はないと解 すべきであろう。こうした第三者との関係で最低限要求される注意義務を画一的に決定することには困難を伴い、し たがって各工事毎に個別に判断を下さざるを得ないが、抽象的にはたとえ当事者間である工事工程の監理を省いた り、重点監理としたとしても、先の工事監理の公共性からして建物の安全性、国民の生命・健康に関する工事工程の 監理に関する限り厳格な注意義務が課されていると解すべきである。またこのように考えることがプ召フェッシ翼ナ ル・ライアビリティとして妥当である。大雑把ではあるが、工事工程別に見た場合、①根切・山留工事②地盤工事③ 鉄骨工事④鉄筋工事⑤型枠工事⑥コンクリート工事⑦防水工事⑧石工事⑨組積工事⑩カーテンウォール工事⑪金属工 事⑫建具工事⑬ガラス工事⑭木工事⑮タイル工事⑯左官工事⑰塗装工事⑱設備工事⑲電気工事等のうち、①②③④⑥
等の基礎・躯体に関する工事や完成した建物を使用中に第三者に危害を及ぼす恐れのある⑧⑨⑩⑯の外⑱⑲などの工 ︵3︶ 事であろうか。 ︵王︶ ︵2︶ 日経アーキテクチュア一九七八年四月三日号五三頁、90ぎ誘800霧轡議&SO9置9<●ギ08器国お貯8魏お09 営9ζ誘・oo鳶ω9継o傷罐①︵這ミ︶では、たとえ常駐監理でなくとも﹁監理者は全ての施工プロセスを逐一検査する必要 はないが、工事契約で要求された事柄が実質的に︵。。魯。 。寅馨芭ξ︶履行されるよう相当の注意を払う義務がある﹂としてい る。 建築主との関係での契約責任の判断においてその監理方法が常駐監理か重点監理かについて触れた裁判例として福岡高判 昭和六一年一〇月一日︵判タ六三八号一八三頁︶が存在する。そこでこの裁判例を紹介する。建築主X︵原告・被控訴人︶ は一級建築士Y︵被告・控訴人︶に対し設計及び工事監理を依頼し、報酬として金一〇〇万円を支払った。Yは本件工事現 場に週一・二回の割合で赴き工事監理をしていたが、本件建物の棟上時に一審相被告Z工事業者が庇の持ち出し梁に本件設 計︵設計図書には軽量鉄骨を使用すべき旨の記載がある︶と異なる重量鉄骨︵H型鋼︶を使用している︵①︶ことに気付き、 Zの現場責任者に是正するよう指示したが、これが容れられなかったためXに対しその旨を告げたところ、かえってXはZ からの求めに応じてH型鋼の使用を承諾し、Yの右進言を聞き入れなかった。Zはその後も事前に設計監理者であるYの了 解を得ずに樋のジョイント部分にエキスパンションジョイントを使用せず︵②︶、シングルの貼り付けの防水工事の際に、 のり付けと釘打ちとを一部併用する︵③︶など設計図書に反する粗雑な施工をなしたが、YはZの右②③の工事・・、スを看過 した結果、いずれもその旨をXに報告せず、そして本件建築工事の竣工検査に立ち合ったうえ右工事の引渡を容認した。そ こでXはYに対し、設計監理契約上の債務不履行︵報告義務違反︶を理由にYに損害賠償を請求したというのが本件事案で ある。 これに対し裁判所は、②は雨樋の接ぎ方として常識を無視した工法であり、③も防水工事としては常識外れの不完全なエ ヤ ヤ ヤ ヤ ゆ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ 法であって、しかも工事現場に常駐していない控訴人側において容易に発見することが困難な工事部分における蝦癌である 東 洋 法 学 一六九
工事監理者責任の法的解析 一七〇 ことが認められること︵傍点は筆者記入︶、本件工事の請負業者選定にあたり控訴人は見積価格や施工能力を充分吟味する 機会のないまま、被控訴人により予算等の関係から、Zが一方的に選定されたものであること、控訴人は右①の施工ミスを 指摘して被控訴人に報告し、右工事の是正を警告したにも拘らず被控訴人においてこれを無視して設計図書に反する右工事 を許諾し、そしてこのことが本件雨漏りを生ぜしめた重要な原因をなすものと考えられること、②については、本件工事完 成後問もなく、控訴人が雨漏りの原因調査をした際にこれを発見し、Zに対して手直しを要求したが、同人は工事費が赤字 であることを理由に拒んだこと、さきに述べた本件請負業者選定に至った経緯に、前記①の施工ミスにつき、被控訴人が控 訴人の報告を無視したこと、及びその後も予算面を重視して手直し工事に消極的な被控訴人の態度をあわせ考えると、被控 訴人は仮に右②③の工事ミスについて控訴人から報告を受けたとして右①の場合と同様にこれを無視する態度に出たであろ うことが容易に推認されること、またZが犯した前示①ないし③の施工ミスの結果に伴う不利益はかかる粗雑な施工を行っ た業者を選定した被控訴人の責任として被控訴人においてこれを甘受すぺきものであって、これを控訴人に転嫁することは 衡平に反し妥当でないこと、以上の諸事情を総合勘案すると、本件事案のもとでは控訴人において右①の報告義務を尽くし た以上、その後に生じたZの右②③程度の施工・・、スについては信義則上これを報告しなかったことをもって直ちに本件監理 契約に基づく債務不履行を構成するとはいえないというべきである、と判示した。 本判決は、要するに設計監理契約の内容として建築士の建築主に対する報告義務を認めたうえで、Yが設計図書と異なる 施工を看過しその旨Xに報告しなかった事実を認めながら、諸事情を加味したうえでその程度の報告義務違反は信義則上契 約違反とはいえないというものである。そして右結論を引き出すうえで、工事監理者たる建築士が工事現場に常駐していな いから容易に発見できない蝦疵という点を一理由にしている。 この点、本判決から明らかではないが、まず工事監理契約の内容として重点監理をすることになっていたかどうか渉問題 となる。一般に常駐するか否かについてまで特約することは稀であろうから、おそらく特に明記されていなかったものと思 われる。仮にそうだとすると、原則に戻り常駐していようがいまいがそれは工事監理者の裁量の範闘内であって、工事監理 者の義務違反かどうかは契約責任の一般論に戻って決する他はない。したがって、本判決で聞題となっている綴疵は建物と
して最低限要求される諸機能の関連する工事工程である以上その監理には厳格な注意義務が課されていると解される。そこ で次の問題として本件事案がこうした厳格な注意義務に反しているか否かを検討するに、判決文からはいかなる施工か具体 的にはっきりしないものの、②のエキ。ハンションジョイントの不使用並びに③の釘打ちを一部併用したことはおよそ建築施 工技術的にみて常識外れの施工ではないかと推測しうる。またこうした暇疵︵とくに③︶は工事中に発見することは必ずし も困難ではない。そうだとすると、たとえYが常駐していなかったとしてもかかる工事工程監理に厳格な注意義務が課され ている以上、債務不履行と評価される。したがって判決理由中の常駐していないから容易に発見することが困難ということ は何ら理由にならない。常駐しようがしまいがあくまで工事監理者サイドの問題であることを忘れてはならない。しかしな がら、結論としてみた場合、XはYからの報告を無視しただけでなく、全体的にみて専門家としてのYの存在を軽視してい たと評価しうるので、このような特段の事情がある場合にはYの専門家としての責任を問うことはできないと考えられる. もっとも、本事案があくまで建築主との関係における責任追及であって第三者との関係では別であること本文のとおりであ る。 ︵3︶ もっとも公共性といっても建物の工事工程全てが大なり小なり公共性を有しているため、国民の利益侵害の可能性を数え あげたらきりがない。それゆえ工事監理をそうした全ての危険性を排除するためのものと位置付けることは、実際上工事監 理に不可能を強いることになる。したがってあくまで程度問題であり、これはある程度各工事毎に判断せざるを得ないこと 本文で述ぺたとおりである。 六 設計図書の欠落と工事監理 これまで論じてぎた間題は、全て設計図書に何ら殻疵ないし欠落がないことを前提とするものである。しかし現実 ︵1︶ には設計図書が必ずしも完全でない場合があり、また実施設計図書が全く存在しない場合も想定しうる。そこでここ では、設計図書に環疵ないし欠落があった場合の工事監理者の法的責任について考察するが、こうした場合の問題 は、工事監理業務の範囲の問題でもある。
東洋法学
一七一工事監理者責任の法的解析 一七二 1 設計図書に蝦疵ないし一部欠落がある場合 この場合あくまで一次的責任は設計者にあり、工事監理者としては、設計図書の不備を発覚した場合当該不備を設 ︵2︶ 計者に報告しその指示を仰ぐ義務があると解される。 2 設計図書全てが存在しない場合 この場合は、現実に全く設計図書が存在しない場合及びそれと同等に評価できる程の図書の欠落がある場合︵建築 確認申請用図面しか存在しない場合は実施設計がない場合としてこの場合に含まれよう︶とを含む。設計図書なしに 施工するのであるから施工業者が実質的な設計者とも考えられ、るが、工事監理者は施工と照合すべき図書がない以 上判断のしようがないが、だからといって施工業者の施工するとおりをそのまま見ているというのではナンセンスで ある。このケースは厳密には工事監理契約の原始的不能ともいえる場合であるが、工事監理者としても設計図書が存 在しないことは直ちに判明し、それを承知で工事監理する以上責任を負わされてもやむを得ない。また建築主として も最低限建物の安全性、国民の健康に関する工事工程及び最低限建物として要求される諸機能に関する工事工程につ いて監理を期待するのが通常である。加えて工事監理の公共性や工事監理のプ汐フェショナル・ライアビリティを併 せ考えると、最低基準としての建築基準法に則った施工がされているか否かで判断する他ないのではないか。図面が 存在しない以上、工事監理者に建築工事標準仕様書︵JASS︶に沿った監理までを期待することは工事監理の相対 ︵3︶ 性からしても疑問がある。 ︵1︶ 前掲﹁建築設計の法律空間﹂二一四頁参照。
︵2︶ 前掲﹁工事監理業務内容の法的解析﹂二七九頁参照。 ︵3︶ こうしたケースを扱った裁判例としては、福岡地判昭和六一年七月一六日︵判タ六三七号一五五頁︶がある。もっともこ の裁判例では、契約当事者が建築基準法の定める最低基準を認識しながらあえてこれに反するような設計工事を契約したと 認められるような特段の事情のない限り、契約当事者は同法所定の最低基準による意思を有していたものと推認するのが相 当であるとしている。建築主との関係では妥当であるが、第三者との関係においては、本文で述べたように、工事監理の公 共性といった側面を考慮し、一歩進めてたとえ当事者に建築基準法に反する工事を契約したと認められるような特段の事情 が存在したとしても、建築基準法をその判断基準とすべきではないかと考える。なお本裁判例は、建築主が工事監理者に対 し責任追及した事案である。 東洋 法 学 一七三