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『正蒙』訳註 -「作者」篇-

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﹃正蒙﹄訳註 1﹁作者﹂篇−

 ヘトはじめに  本稿は﹁正蒙﹂全十七篇のうち、第十﹁作者﹂篇の二十一節に訳註を 行なったものである。その約半数の八篇︵太和・参両・天道・神化・動 物・誠明・至当・有司︶は、すでに﹁正蒙﹂︵中国古典新書・昭和四十 五年六月十五日刊・㈱明徳出版社︶として発刊している。そこで、本訳 註の体裁は、前既刊本の様式に原則として準拠した。﹁正蒙﹂に関する 解説などは、すべて省略するこ恚とした 0    第十  作者 一、作者七人とは、傑義、神農、黄帝、尭、舜、高、湯なtv。・法を制し  王を興すの道鉱して、人を述ぷること有る者にあらざるなり。  。作者七人、伏義・神農・黄帝・尭・舜・萬・湯。制‘法興‘王之道、  非7有‘述一一於人・者也″ ○本節は、論語に﹁子日く、作す者七人と﹂︵憲問︶とあるを解する。 礼記に﹁礼楽の文を識る者は能く述ぶ。作者これを聖と謂い、述者これ を明と謂う。明聖とは述作の謂いな卜。。﹂︵楽記︶とあり、論語に﹁述べ て作らず﹂︵述而︶と、更に、中庸に﹁仲尼、尭舜を祖述し、文武を憲 章す。上は天時に律り、下は水土に襲る。﹂、﹁天子にあらざれば、礼を 議せず、度を制せず、文を考えず。﹂とあるなどを援引して、作者七人 を解する。○作者七人、作者について、張子は﹁所謂る作者とは、上世 未だ作ること有らずしてこれを作る者なり。伏義は始めて牛に服し馬心 五五 山 ド根  三  芳    教育学部漢文学研究室 乗る者なり。神農は始めて民に稼稽を教へる者なり。黄帝は始めて百物 を正し名づける者なり。尭は始めて位を推し、舜は始め’て封禅する者な I・尭は徳を以てしヽ萬は功を以てす・湯は始めて命h恥び者なり・:ト ⋮﹂︵語録抄︶とある。ここでは、礼記に見える如く、礼楽制度など’の 創作者と解する。なお、七人については異説が多く、朱子は不明として、 ﹁子日作者七人矣﹂を別章とし、魏の王弼は、諭語の’﹁逸民七人﹂︵微子︶’ と解する。そこで、・前節﹁至当﹂末節の﹁間然、修二於隠一也。的然、著二於 外・也びと合Jy一節とする者もある。○制法興王、人間の生活や社会 生活に必要な八卦・書契・稼稿・医薬・宮室・衣裳・暦象・律呂・畳・ 野・分州・井田・封建・治水・革命などの知識・技術などを創作し実施 すること。○述、祖述する 0  古代における人間生活の民生の安定や国家社会の平和を期す&。だめ に、’必要な礼楽や制度、規範などを創作した七人は、伏義、神農、黄帝、 尭、舜、゛爾、湯などの古帝王をいうのである。それぞれの立場で、諸法 規を創設して王道政治を盛にする根本理念を樹立した者で、他の先王た ちが創定した諸制度などを、ただ祖述した者をいうのではない。 ○作者は聖人のごとで。あって、単なる祖述者ではないと説く。     ・一 二、人を知るを以て難しと為ず。故に軽しく未だ彰かならざるの罪を 。。  去らず。民を安んずるを以て難しと為す。故に軽しく未だ厭はざるの 終を厚くすることを得たるも、舜は臣徳たり、故に敢て其の始を まずんばあらざるなり。

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五六 高知大学学術研究報告 第三十六巻 ︵一九八七年︶ 人文科学   F籾人為k。故不三軽去二未‘彰之罪ロr安瓦夕難。故チー 軽変二未廠之君笈4而き之、尭君徳、故得・趾厚y・・終対 臣徳、故不二敢不7虔二其始 0 ○本節は尚書の﹁知人・・安民﹂︵皐陶謨︶にっにて解するタ○知人ノ尚       ああ  ・ ・ ・ ●沓に﹁都、人を知るに在り、民を安んずるに在り、・・⋮・ 人を知るは則ち −−   咽j  d ld   ij   ︱  il−     I 哲、能く人を官にす。民を安んずるは則ち恵、對慰之に獣く゜﹂`老ある゜ 論語に﹁子日ぐ、人の己を知らざることを患えず。人を知らざ一ることを 患う。﹂︵学而︶、﹁焚遅仁を問う。子日く、人を愛す。知を問う。子日く、 人を知る。⋮⋮ぃ︵顔淵︶とある。、中庸に﹁諸を鬼神に質して疑無きは、  知り、性を知ることだと強調する。ここでは、人材登用のことで、人の  賢・不賢を真に見分けることである。○未彰之罪 四 凶のことで、  舜時代の共工、騒兜、三苗、餌である︵舜典、孟子万章上参照︶。○安  民 前掲尚書に見える。論語に﹁子路君子を問う。⋮⋮己を修めて以っ  て百姓を安んずるは、尭舜もそれ猶お諸を病めり。﹂︵憲問︶とあ。る。民  生を安定させること。○未厭之君 三苗のこと。   人の賢・不賢を真に知って、人材を挙用し善政を実施するこtこ’は、因  難なことである。だから、帝尭の聖徳をもってさえ軽々しく四凶を誄す  ることをなし得なかったのである。それは、臣に賢才がなくなゐからで  ある。民生を安定させることは、困難なことである。だから、尭の命令 ヽに服しない三苗に、民が従服している限り、誄して別の君子を立てるこ  とを軽々しくしなかったのである。それは、民が君の徳を驚き疑うから  である。ところが、禅譲によって尭から帝位を得た舜が、摂政の位にあ  った時に、罪に因って四凶を誄した。尭は君の徳によって人民に対して  寛容の熊度で接し、四凶にもその才能に適した仕事を与えて、その不善 の心が萌々ないようにさせたのである.舜は臣の徳の立場から、当然の 義を.とし.てヽ民生安定.政策を実施する前提必須条件である人材確保を慎 重に.やるために、四.凶の罪を洙したのである.。    F        Iー     d     lll      ー     ー   Qー  ゛d ゛ー  ー  ← ー   f    ︱ ゅ     一 一  4     1f ふ  1        ︱○尭・舜の四凶に対すふ洙・不洙は、君・臣.の徳の立場から育定される といい、政治昨.要諦である知人、.・安民政貧の具体吟な実現昨必要性や困 難性を説く。 ..,,・        。   プ   ‘  ャ.かんが ぉのれ‘ す     ︲・’’︲・’’’とも: .  ゛r︰、 三、衆に’稽へ己を舎つるは、宛な力︰人と与に善を為すはぃ舜なり。     一− −−  d   ÷ 諌葡ざれI ’ も亦人るは、友ミなA         タ  d    − 人脚己、t・過不い吝、湯也。不‘聞亦式、不・諌亦入、文王也。

煕ゾ

※王夫之は、’﹁惟己﹂’i’﹁惟其賢﹂に作るべしとする’。○稽衆舎己、尚 沓に﹁衆に稽へ、己を舎て人に従。ふ﹂︵大萬謨︶﹃とあるに因る。衆人に 稽考し、旁く求め博く采り、そこに善言かあれば、己の所有する’既知 のものを捨てて、他人の意見に従うとの意。稽は、﹃考え﹃る、計る。この 事’は、十般ヽの人々・にとっては最難事なも﹃ので軽視するのに’対し、・聖人が 最も重んずる所のものである。。○与人為善ハ゛舜也。明善言則拝、高也、 孟子に冶⋮⋮萬は善言を聞けば、。則ち拝す。∼大舜は焉より大なる有り。 善、・人と同じく一1 、・己を舎でで人に従ひ、い﹃人に取り。て以て善を為すを楽 しむ。ご⋮:是れ人と︷善一を為す者なりo。故に君子は人と善を為すよ’力大 なるは莫し︸︵公孫丑上︶とあるに因ゐ。他人と共に善行を実践するの意。 朱注では、与を許、助とみて、善行をなすを助けると解する。・善言とは、 自分を訓戒してくれゐ善い言葉。○用人惟己、改過不吝︷尚書・商書・ 仲旭之詰の文。人の善言を容認し、或いはその人を適所に挙用し、己の

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不善は即座に改めて、王業’の遂行は・精励し’て、私意を用やない岬◎不聞 亦式、不諌亦入、面経・ビ大雅’・文王之什・・思斉’の文。ご又王の徳が天い・︵道︶ と合致するの意。ご式は法なび。その事吋ついて人の意見を前も。つて聴取 していなくても、言動が法度に。合致し、また、諌呼する者がいなく七も‘、 行為が道理に適中してい・るの意。論語に﹁天下を三分。し、その二を有ち もって殷に服事す。周の徳は、それ至徳’と謂ふぃべきめみ﹂ヽ︵泰伯︶べと’心 ある。経学理窟では、本節の終に続けてら皆その。心豪虞に七て以にって天 下を為めゐなり﹂∼︵詩書︶・とある。”︲ ⊃ 4 四 ’ ・多べの人々の意見を博く求めて、その中に善言があれ・信/白己 ‘ の考支 を捨てて、その善言を採用し従う者は、尭である。愉の人々と共に善行 の実践に励んだ者は、舜である。自分を許戒してぐれが言葉を閥いてそ       W  一 一       ■      一  ÷ 咽の人を拝謝した者は、萬である・t人匹善言を容認し、,ぞ.の人t挙甜し て適切な仕事を与え、自己の不善を積極的に改めて王業の遂行に励んだ 者は、湯である。他人の煮見を聴かなくtJ、’泊然にその言動・ガフ法式       I     I Jld l     ー ー IFーーー?に合致しJ他人の諌言がなくても、その行為が道に適.つてお’り、・ん瓦を かにする者か’。 別‘生分‘類、孟子所謂明二庶物い察︼一人・倫・肴与。、 ○別生分類丿尚書・・舜典後附亡書小序の語イ生は姓で、こそ.の姓族を区別 し、’族類を区分するの意で、’血縁的な人倫的社会秩序t正ずこと?○孟 幾7子んど希なり。庶民は之を去り、君子は之を存す。⋮⋮舜は庶物を明 所謂⋮⋮人倫、離婁下に・﹁孟子曰くパ人の禽獣に異なる所以φ者ほ 五七 ﹁正蒙t訳註←作者篇− ’︵山根︶ ちかに。しヤ人倫を察かにす。仁義に由瀕ズ行ふい仁義を行ふに非ざるな り、と。﹂とあるに由る。庶物は多くの事物の道理。人倫は人として実 眺ずづ盲。仁義彬智に﹃夢加。どのtwj⋮⋮⋮⋮ ▽人降社会けお﹃げIyそれぞ拓の瞼族。をぎ別しt、。。・。人倫的隻脚tを確弧や る。た。めに・’ヽ・・。ぞ作同良乱判幄とぎぜるぐぃ娠こ一どは。ヽ・孟7  記舜“万糎昨ぎ 理をr︲明察しでん倫の道∼仁良︶一を︲く知ヽにて。。いでごぞ蜘。をt是に 自沸よ諜践りせメマ几人心1’でう周ヤで淀なのであろう。   0哨#1逸文小凛・’の・よ濯分?ノ。涯意沃 ・ 孟子J・次号︲マ孝亡1 の 臭 体 伯 内 溶 を 説 明 す る . ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ”   . . ‘ ’ i ・ り   ・ . ・   ・ ‘   .   ・ ’ l l ・ ` ’ ゛ ・ ’ 、 ’ I ︰ 、 ﹃ . 五y象をy喜之叫。舜もかt.獣影a、ぎ∼&砂者忙なぞり大と  40 に善をかかy。必ド附すなty治か所か肴先ん、ず。る。かぐや八万 - ‘ . ・ ・S l % ”   j .’・・゛・ −’゛’Q” ”’¨’‘Q″   象憂喜、舜亦憂喜、所い過者化也。与‘人為‘善也。隠‘悪也。 ︱所‘覚。者先也。 ‘ ト リ ー ・○亀憂喜い・舜亦憂喜い孟子∼万章上︲の語o象は舜の異母弟の名。兄の舜 を殺す︰こ ‘’とをせ事とじた 0舜が天子となる∼象を有庫の土地へ封・じ`た 0 ね・所過者化、孟子ヽ’盗心土の語・で・﹁夫れ君子の過ぐIる・所の者は化エ。存 する所のI者以神々り。︱・べ:﹂と。所過は、経過︰・︵通過︶ヅするところ、化は`、 ・・凋易紅.J徳怖々一1 ・て北す﹂べ︵乾・。文言 ≪■ 化するの意。、回与人為着は ・前掲で○隠悪い中庸にI﹁悪を隠よて善を揚げ﹂︰とあfる‘。゛他人や不善なる ‘言動は隠して他人に言・い・ふらさ々﹃やで、・その≫なtQnS>のは積極的記賞揚 いするの意。’・○所覚者先、ク論語に﹁子曰くヤ詐を逆へ’ず。い・信ぜら’れざるを い億ちず。︰抑々ヽ亦た先ず覚る者は、是れ賢か。﹂・︵憲問︶ぺとク孟子に・﹁予 a天民の先覚者なりごし︵万章上︶’・とあ沸。・覚七討単万一ゐ知識をI≪H? Q:で なベヤ人の情・偽や人の道を覚る耳考。﹀先と以、物事が顕現七い実行さ ゛れる’前にその本質を・覚知して、人事や事物の宜に教化・善導するの意で

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五八〃  高知大学学術研究報告 第三十六巻≒﹃︵一九八七年︶ 人文科学 ある。・       ツ       ’。  象が憂え喜べば、舜もまたそれに従って憂え喜ぶというのは、聖人の 兄弟に対する至情であって、通£<過ぎる所の人々を、舜は偉大なる徳に よう ’ て・自然と感化することができるからである。また、他の人々と共に・ 善行の実践に務めることができるからである。更に、他人・の不善な言行 を隠すことができるからである。人間の情・偽や人の道を自覚している 者︵舜︶は、‘その言動が具体的に発現する前にヤ合理的に善導すること が’できるのである。    ’・      1 止    ’\ ” ○聖人 ‘・舜の兄弟に対す心太公蔭我の至情を説き、仁義の道を体得して  いる舜の。徳︵聖人の心︶の内容を説いている。ミ  下士   ヽし 六、問ふごとを好み、憑き言を察する。こどを好み、悪を隠して善を揚げでし  人と与に善を為し、象憂へぱ亦憂え、象喜べば亦喜ぶ。皆其の事無き  所を行ふなり。過ぎて化するなり。怒を蔵せざるなり。怨を宿めざ  るなり。   好‘問、好‘察二漫言這  亦喜。皆行一一其所’無‘事也。過化也。不‘蔵‘怒也。不‘宿レ怨也。 ○好問⋮⋮揚善、中庸に﹁子日く、舜は其れ大知なるかな。舜は問ふ・ を好み、漫言を察することを好み、悪を隠して善を掲げ、其の両端を執 りて其の中を民に用ふ。其れ斯れ以って舜と為すか。﹂とあるに由る。 漫言の漫は近いの意で、浅近の言、道理のきわ めて卑近な言葉。○行其 所無事、孟子・離婁下の語。所無事とは、無理のない所、障擬のない流 れ易い自然の方向へ流すの意。徐必達は﹁意・必なきこと﹂とする︰○ 過化、これを徐必達は、﹁固・我なきなり﹂とする。○不蔵怒也、不宿 怨也、孟子・万章上の文。仁者が弟に対する親愛の態度として‘は、怒る 時には大いに怒ってその怒をかくさないが、その怨を何時までも根に持  つて忘れないものではない。      Iフ  舜は偉大なる真の智者であって、自己の知識だけに依って恣意的な行 為をなすことを慎み、他人の意見なども博く採用するため忙、他人に質 問することを恥としないばかりか、積極的に好んで質問をしたoまた、 他人の卑近な言葉の中にも、適切な道理が含まれているか慎重に考察’しバ よく吟味することを好ん’だ。’他人の悪い言動を隠してやり、逆’に啓いも のu隠すことなく、どんどん言い広めてやり、他人と共に善行を実践七 た。弟の象の憂喜を自分の憂喜としたのである。これらは皆ノ無理の4 い。智の自然のままのやり方で実践して︷その効用を最大と1 たものであ。 る。一通J過ぎて肴く者4皆感化するこ。とが々きた句fあ’ゐ。そこで、名 るべき時は、−大い‘に怒ってそ昨怒をかくすこと。はしない‘また、その怨` ‘を何時までも根に持つこ。とぼなかった者である。じ’  ト   。︲ ○舜・聖人の心は、善に純一であることを述べ、その本心の存養の必要 性を説く。 七、舜の孝と、湯・武の武とは、順逆同じからずと雖も、其の不幸為る  こと均し。庶物を明らかにし、人倫を察かにして、然る後に能く義を  凱しくして用を致し、其の仁を性として行ふなり。湯の業を放つや、  徳に懸づること有るに而も敢て赦さず。中を執るの難きことや、是の‘  如し。天下道有れば而ち巳む。人に在り已に在るも、其の間を見ざ  るなり。賢を立つるに、方無きことや、是の如し。   舜之孝、湯・武之武、雖二順逆不’同、其為二不幸・均矣。明二庶  物丿察二人倫い然後能精‘義致‘用、性二其仁・而行。湯放‘築、有‘膏‘  徳而不二敢赦 0執‘卯之難也如‘是。天・下有‘道。而巳。在‘人在y  己、不‘見二其間一也。立‘賢無‘方也如‘是。 ※王本には、間の上に有の字あり。○順逆、道理に順うと逆くこと。正

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と邪。○精義致用、周易に﹁義を精しうして神に入るは、以て用を致す なり。﹂︵繋辞下︶とあるに由る。精義とは、義理︵経︶に精一になって、 思勉せずして中を得るようになる’ことで、聖人の盛な徳である。天下の 義理に貫通し、物に応じて自然に事理の当然が推し用いられることがで きること。○湯放築有悪徳、尚書に﹁成湯架を南巣に放ち、惟れ徳に悪 づる有り。﹂︵仲旭之詰︶とあるに由る。懸徳とは、古の尭舜禅譲の美徳 に噺ずるとの意。○執中、中庸の徳を執ヴ守る。徳の実践。高肇龍は﹁明 庶物察人倫﹂を中庸の生知にあて、﹁精義致用性其仁而行﹂を安行にあ てて解している︵集註︶が、一理ある。○而已、﹁のみ﹂と読むことも できる。○間、間隔。○立賢無方、孟子に﹁湯は中を執り、賢を立つる こと方無し。﹂︵離婁下︶とあるに由る。無方とは、賢者を登用す・る場合 に、身分の貴賎魏疏などを問題にしない恚の意。  舜の父瞥段に対する至孝や、湯王が夏の築王を、武王が殷の紆王を放 伐した偉大な武功とは、道理からすると、舜の場合は順、湯・武王は逆 との相違は存するけれども、舜は瞥腹を父とし、湯・武王は築・紆を主 君として、どちらも不幸な立場にあったことは均しいのである。舜は万 物の道理をよく明察し、人倫の道︵仁・義︶・をよく熟察してから、天下 万物の義理を精細にきわめて、その義理の神妙な作用を体得して、そ吼 らを現実の効用に役立たせるように務め、人間の本来性である仁徳のま まに実践されたのである・。湯王は築を放伐して天下を得たが、尭・舜の 禅譲の美徳に慟愧する所があるが、主君であっても無道極悪の罪ある築 を絶対に赦すわけにはいかないので、止むを得ず伐ったのである。この ように、過不及のない中庸の徳を執り守ること。は、大変困難なことであ るのだ。しかして、聖人は天下に正道が行われることだけを欲している に過ぎないのである。ところで、人倫の道は、他人に在っても自己に在 っても、何等異なることなく、普遍的客観的な実在である。だから、湯 王が賢者を採用する場合に、その身分の如何を問わないで、賢徳ある者 五九  ﹁正蒙‘訳註−作者篇− ︵山根︶ は誰でも親疏の区別なく登用したのは、そのためである。 ○舜・湯の至徳至公なるを説く。 八、賢を立つる ︵坐して以て ・に方無きは、此れ湯の天下を公にして疑はざる所以なり。 旦を待つは︶周公其の身を于て、道を望んで必ず吾れ見  んとする所以なり。   立・賢無‘坊、此湯之所7以公・矢下・而不︾疑。︵坐以待旨3 周公所7以于二其身一望A道而必吾見上也。 ※高単龍は周公の上に閥文ありと疑い、徐必達は小註に疑はらくは周公 の上に﹁坐以待旦﹂の四字があったろうとする。王夫之も旧注にあった だろうとする。今、孟子・離婁下の文によって補う。’※于は迂に通ずる 故に・︵礼記・文王世子︶、学本・王本・正誼本が於に作るは不可なり。 ○本節を呂柵︵宋四子抄釈︶は上節と合して一節とする。○不疑、心に 疑惑の念をもたない。○于其身、于は迂で、遠まわ。しに示す意。その身 の実行する所を遠まわしに示して君︵成王︶を善導する。  賢者を挙用する際、身分の親疏の区別なく登用するのは、湯王が、邪 心をもって天下を私しないで、あくまで天理に順って天下を公にし、任 用した賢人を大いに活用できることに疑念をもつようなことはなかった からである。坐ったままで夜明けを待つというのは、周公が、自分の徳 を古聖人の徳と一致jせて、君に王道を実施させようと努力して、その 身の実行すべき所を遠まわしに、成王に示し、王道の実践を希望した。 その結果を自分自身で必ず見定めようとしたからである。 ○湯王・周公の至公至徳を説く。 九、帝臣蔽はずとは、言ふこころは、築に罪有り、己敢て天に違ひて縦  ままに赦さず。饒已に之に克てり。今、天下上帝の臣に非ざる莫く。  善悪は皆槍ふべからず。惟帝択んで之に命ぜば、己敢て聴かずんばあ ? ・ ” −

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六 〇 高知大学学術研究報告 第三十六巻 ︵一九八七年︶ 人文科学  らざる・なりと。   帝臣不‘蔽、言業有・罪、己不二敢違い天縦赦 0既已克い之。今  天下莫‘非二上帝之臣い善悪皆不レ可‘接。惟帝挿而命レ之、己  不二敢。不‘聴。’ ○本節は尚書・湯詰と論語・尭日篇との文に拠って説く。○帝臣不蔽、 尭日の文。天帝の臣の意味で、天下の賢人を蔽いかくさないで挙用する の意0 ○己、湯王のこど。○既已、すでに。○克、勝なり。○槍、掩に 通じ、’蔽と伺じで、‘声おいつ’つ・もの意。   ド ”パ  ”論語に、‘天帝の臣下である人民の中で、正美なる者を蔽いかくすことな ″% ﹄      一− i    一 く採用す・るとあぷのは‘、夏め禁王が有罪で、湯王は天に代っ’て天の明威  II I     jj l      一を行うも。のであるから、︲天命を慎しみ、絶対に命に違って恣意的に。莱の 罪を赦しはしないのである。そこで、すでに築を征伐したのである。今 1では、天下の臣は皆上帝の臣下でない者はいないので、臣下の善人も 悪人も皆排いかくすことはできないのである。ただ、上帝が選択されて、 その者を採用したいと命令されるのであれば、私は決して私心をはさん で天命を無視するようなことはしないということである。 ○湯王の天子たる本質を明らかにする。 一〇、

文王の生りて、天下 るに由るのみ。 る者、討に之かずして文王に之けり。 る所以は、多く四友の臣に助けられた   虞閃質二厭成丿訟獄者、不・之‘討而之二文王 0文王之生、所三 。以廉二繁於天下丿由・︷・多助二於四友之臣・爾。 ※正本、王本は、繋を繋に作る。※王本は、多の上に於の字あり。○虞閃質 販成、詩経・大雅・文王之什・新の文。虞と丙は国の名。山西省南部の地。 質は正す、平にする。ここでは裁定すること。厭は其なり。成はさばき、 決裁。この詩の概略は、虞・丙二国の君が、田を争い久しくして解決し ない。西伯︵文王︶が仁徳者であることを聞いて、裁きを乞うためにや って来た。二君とも文王の領土に入って来ると、耕作者が畔を譲り、道 行く者が互に路を譲り合うのを見て、互に恥しくなって争を止め、争田 を間田としたというもの。○訟獄、裁判事件。。周礼・地官に﹁罪を争う を獄といい、財を争うを訟という。﹂︵大司徒鄭注︶とあり、孟子に﹁訟 獄する者尭の子に之かずして、舜に之く。﹂︵万章上︶と関連文あり。○ 生、興起するの意。○遣繁、魔も繁も、しぱる、つなぐの意で、天下が 文王に帰服︵順︶するをいう。○四友之臣、四人の補佐役で、閔夭・太 公望・︵太顛︶・南宮通・散宜生の四友︵。尚t大ぼ服伝︶︲  文王は仁ぞにより、虞・丙二国間の恥田の裁定を行った・ご裁判を願う 者ぼ、。殷収討王口方へ行。かないで、、女王、の所へ‘訴へ出曼文Eか興起す ると、天下が自然と帰服して来たのは、文王の親近の四人の補佐役の臣 が、文王の徳化を宜揚するために積極的に援助をしたからである。 O﹁詩経﹂の文に拠って、文王の徳化の様相を述べる。  一一、杞を以て瓜を包むは、文王紺に事へたる道なり。下を厚くして以   て中の潰ゆるを防ぎ、人謀を盗くして天命を聴く者か。   以‘杞包・瓜、文王事‘封之道也。厚・下以防二中潰い書二人謀・  而聴二天命・者輿。 ○以杞包瓜、周易に﹁杞を以て瓜を包む。章を含む。天より唄つること あり。﹂︵妬=三の九五︶とあるに由る。杞は説文に﹁拘杞也﹂とあり、 岩波本には﹁くこ﹂と訓ずるが、杞柳でカワヤナギであり、編んで行李 や寵をつくる︵後漢の鄭玄、王夫之︶とする。孟子にも﹁性は猶お杞柳 のごときなり。﹂︵告子上︶とある。杞は文王、瓜は封王である。文王の 仁徳で、封の殷王朝の崩壊を未然に防いでいるとの意。○厚下、天下の

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人民を養うこと。’○防中潰、村が伐たれて殷の潰滅することを防ぐこと。 封の無道悪政は、限界に達し、周が伐たなくとも、天下に必ず興起して 滅亡させる者があるが、文王は自己の徳威で天下を鎮定して、文王自身 が帥を興さなくては、敢て誰心動こうとする者がないようにして、殷の 滅亡を防ぐことの意。  杞をもって瓜を包むというのは、有徳の文王が、無道の主君・封王に 臣として使えたことで、君に対する臣たるの道である。文王は仁徳で、 天下の人民を厚く養育し、天下の中から、紺を伐つ者が出ないように未 然に防ぐ努力をなしたのである。これぞ、臣の義であり、人事を書くし て、天命を聴こうとした者ではない・だろうか。 O﹁周易﹂の交辞をもって、文王の紺王に対する臣の道を説く。 一二、上天の載は、馨臭の象るべきもの無し。正に惟文王に儀刑すれば、   常に天徳に冥契して萬邦信に悦ぶべし。故に易に日く、神にして   これを明らかにするは、其の人に存す、と。馨色を以て政を為さず、   命を革めずして中国を有し、獣して1 の則に順ひて、天下自ら蹄   する者は、其れ惟文王のみか。  ∼ ∼上天之載、無二馨臭可・象。正惟儀二刑文王丿営7冥二契天徳・ 而萬邦信悦10故易日、神而明‘之、存・︸乎其人 0不7以二馨色・協心 政、不い革い命而有二中國丿駄順二帝則い而天下白峰者、其惟文 王乎。。 ※歎を、大全本、朱本、除本は瞑に作る。○本節の前半分は、易説の文  ︵繋辞上︶と一致する。○上天之載⋮⋮、詩経に﹁上天の載、馨無く 臭無し。文王に儀刑し、萬邦孚・を作せん。﹂︵大雅・文王之什・文王︶と あるに由る。上天のなすところは、声も臭もないが、ただよく文王を 模範とすれば、萬の邦皆信じて服従してくるとの意。儀刑はのっとる、 ユ_ /X -﹁正蒙﹂訳註−作者篇− ︵山根︶ 模範とする。○冥契、言葉で言わなくとも、心と心が完全に一致するこ と。○神而明之、存乎其人、周易繋辞上の文。易説には﹁上天の載を知 らざれば、当に文王を存すべし。獣成して徳性を存すれば、則ち自然に 獣成して信なり。﹂とある。易の神妙な働を十分に活用発揮させるのは、 利用者の人格如何にあるとの意。○不以声色為政⋮⋮、詩経に﹁帝文 王に謂ふ、予れ明徳を懐ふのみ。声と色とを大にせず、夏に長として以 て革めず。識らず知らず、帝の則に順へと。﹂︵大雅・文王之什・皇矣︶七 あるを解釈したのである。声色は号令威権、帝則は天帝の法則、天理で ある。      ”  天道は超感覚的実在で、無形体でその働は声臭がなく見難いも″のであ る。聖人は有形であり、その内具する徳は天徳と合致している。‘そこで、 ただ文王の徳を正しく模範として政治を実践すれば、その施策はすべて 天徳のはたらきと完全に一致することとなって、すべての邦が、皆信従 して悦服するようになる。だから、易に﹁神妙な天の作用を十分に明らヽ かに発揮させ得るのは、その人格の如何によるものだ。﹂と言うのである。 ただいたずらに、号令威権を大きくしないで天下を服し、恣意的に天命 を革めることなくして中国天下を所有して、ただ獣々と天理に順ってい て、天下の人民が自然と蹄服して来た者は、文王だけであるのだ ○経書に由り、文王の至徳を賞揚する。 一三、願ふべく欲すべきものは、聖人の知ありと雖も、其の才を壷くし   て以て勉むるに越ざるのみ。故に君子の道四ありて、孔子と雖も自   ら未だ能はずと謂ふ。博く施して衆を済ひ、己を修めて百姓を安ん   ずるは、尭・舜すら諸を病めり。是に知る、人能く願ふこと有り欲   すること有るも、其の願・欲を窮むること能はざることを。・ 。。。。   可‘願可‘欲、雖二聖人之知丿不い越7憲二其才・以勉上焉而已↓故 君子之道四、雖二孔子一白謂・未い能。博施‘済・衆、修‘己安二百姓い

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六二  高知大学学術研究報告 第三十六巻 ︵一九八七年︶ 人文科学  宛舜病‘諸。是知、人能有‘願有・欲、不ぃ能ぃ窮二其願欲﹁ ○可欲、孟子に﹁欲すべき之を善と謂う。﹂︵尽心下︶とある。人が普遍 的客観的に願欲する所の善なるもの、仁徳の実践であり、道徳的行為と 解される。○越、過ぎる意。○君子之道四⋮⋮、中庸に﹁君子の道は四、 丘、未だ一をも能くせず。﹂とあるに由る。ここでの君子の道の四とは、 わが子に要求する如くわが父に事えること、臣に要求する如く君に事え ること、弟に要求する如く兄に事えること、朋友に要求する如く自分の 方かぢ実施す・ることである。更に、論語にこ﹁君子の議四あり。其の芭を 行ふや恭なり・其み上に事ふゐや改なり↓其呼民F養ふや恵なり・其の へず、知者は惑はず、勇者は擢れずと。﹂︵憲問︶とも言う。○博施済民、 論語に﹁如し能く博く民に施して能く衆を済ふ有らば、何如。仁と謂ふ べきかと。子曰く何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。尭舜も其れ猶は諸を 病めり。其れ仁者は己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を 達す。能く近く取りて讐ふるを、仁の方と謂ふべきのみと。﹂︵雍也︶と あるに由る。○修己安百姓⋮⋮、論語憲問の文。○窮、究極まで実践 しつくすの意。  人間にとって、道徳的善の実現すなわち仁徳の日常的具体的な実践は、 生知安行の聖人の知をもってしても完全なる実践は不可能な場合もある ものだ。だから、ただ自己の才能を意欲的に査くして不断の勉励こそが、 その実践を可能にするものである。人事をつくして天理に従うまでであ る。だから、孔子は、君子として実践すべき道が四つあるとされながら、 そのI、つでさえ未だ十全に実践することはできないものだと、その困難 性を慨嘆されている。人民に博く仁愛の政治を実施し、民生の安定と平 和との維持を確保すること、自己の修養につとめて万民を安らかにする ことは、。聖天子といわれた尭や舜でさえも、その実践に大変苦労された ものである。だから、人々がもつ道徳的実践の願望は、それを具体的に 実践し轟くすことはきわめて困難なことであることが、よく理解される ものだ。’人の道は人から離れて遠くに存するものではなく、人間存在に 同郎的に内在しているものであるから、自己修養を通じての実践こそが 最も肝要事なのである。 ○普遍的妥当的な倫理的実践の困難性について述べ、修己こそそれを可 能にするための必要状件だと説く。      一︱   −    ’     ヽ”    `し’      ″   ’  ` 一 ︼‘町周に八士有り七は’ヽ善人ざ剖きを記するなり・\     I 一−II  々    ∼   一一 “ 1      −  I一 一   j゛1  。周有二八・士い記二善人之富一也。。      ﹃。土∼       かっ      f ゛ ○周有八士、論語に﹁周に八士有り。伯達・伯遣・仲突・仲忽・叔夜・ 叔夏・季随・季馴。﹂︵微子︶とあるに由る。周は周初の盛時で、成王︵鄭 玄︶か宣王︵劉向・馬融︶の時とする。士は学識徳行のある人。八士は、 一家に八人の英俊の生まれた者。一母が四度の双生児を産み、八人とも 立派に成長したという。董仲舒は﹁四産して八男を得、皆君子俊雄、こ れ天の周を興す所以なり。﹂︵春秋繁露︶という。○善人、善良な人、賢 才。○富、衆、多の意。朱子集註には﹁張子日記善人之多也﹂と援引し ている。  周の盛時に、一家に八人の英才がいたというのは、善人が多く輩出し て、周の天下が繁栄したことを記録したのである。 ○周有八士の意義について述べる。 一五、重耳は婉ひて直しからず。小白は直しくして婉はず。 重耳婉而不‘直。小白直而不い婉。

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○本節は論語に﹁’子日く、晋の文公は誦りて正しからず。斉の桓公は 正しくして議らずと。﹂・︵憲問︶とあるに関連して解する。重耳と小白は 晋の文公と斉の桓公との名で、共に春秋時代の五覇のIヽ人である。両者 の関連記事は、左伝・催公四・二十七・二十八年などに見える。○婉、’ 順なり。すなお。遠回しにする。○直、正で、正道を行ふこと。 ’重耳の行動は、表画的にはすなおであったが、権謀術数を用いて、正 道に依拠しなかった。小白は正道に拠って行動し、謀略を用いるよ今な こ。とはなかった。・両者の行動の道義性には差異があるものだ。 O﹁論語﹂の’文により、晋の文公、斉の桓公について解す。 ヱハ、魯政の弊は、法を駄ふ者の其の 、魯政の弊は、法を駄ふ者の其の人にあらざるによれるのみ。斉 牡管仲に因りて、遂に其の法を併せ瓢れり。故に必ず再変して後に   道に至るなり。   魯政之弊、駄い法者非二其人一而已。斉因二管仲f遂俳壊二其 法 0故必再変而後至二於道 0     ド 。    ブ ○本節は論語に﹁子曰く、斉一変せぱ魯に至らん・魯一変せ儒1 に至ら ん。﹂︵雍也︶とあるに関連して述べる。○魯、山東省曲阜を都とした小 国。武王の弟周公︵旦︶始祖とし、周初のよき礼制や文化を残し、先王 の遺風が残っていた。春秋末期には、君臣の名分が乱れ、礼義が行われ なくなっていた。○駄、馬を扱ふ、御で。国を治めるの意。駄者と゛は人 民を治める者。○法、先王の制定した礼楽制度など。それを周公が周王 朝の礼法として確立した大経。○斉、山東省臨溜に都した大国。周王朝 創業一の功臣である太公望の建国。春秋の初め、桓公が管仲を登用し、 富国強兵の覇業の実を発揮した。○道、道義。道徳政治。  魯の政治の衰類は、周公の確立した礼制度を真実に実践するとごろの 賢人がいなくなり、政教が衰え、礼制度が尊重されなくなり、道義性の 六三  ﹁正蒙‘訳註−作者篇− ︵山根︶        ∇ 喪失によるものである。斉の国の政治は、法治思想の祖とも見られる管 仲の、富国強兵の実をあげる覇業政治の影響に因って、遂に徳治の礼制 をも破壊してしまった。そこには、功利的な権謀術数の政治が盛行する こととなった。そこで、斉国の政治内容が、二度の変革をみたならば、 すなわち斉から魯へ、更に周公の政治へと、必ず徳治による道義国に変 容されることになるのだ。 ○魯・斉両国の政治を論じ、政治の要諦は徳治であり、為政者の如何に あると説く。  一七、孟子は智の賢者に於けるを以て命有りと為せり。晏嬰が知の如き    にして、、而も濁り仲尼に智ならざりしは、天命にあらざるか。    孟子以三智之、於二賢者・為‘有‘命。如二晏嬰知・矣、而独非二天  命‘邪。  奈学本、王本、劉本は知を智に作る。○孟子⋮⋮有命、孟子に﹁孟子  日く、・⋮⋮仁の父子に於けるや、義の君臣に於けるや、礼の賓主に於  けるや、智の賢者に於けるや、聖人の天道に於けるや、命なり。性有り、  君子は命と謂はざるなりと。﹂︵盛心下︶とあるに関連して述べる。○命、  ■N<命。’高単龍は、﹁天の限量するが如く然り。故にこれを命と謂ふ﹂︵集  一註︶とい。う。○晏嬰、春秋時代斉国の大夫’霊公・荘公に事え景公の名 宰相。節倹力行の人で儒・墨両思想の影響あり。﹁晏子春秋﹂八巻あり。’ ○仲尼、孔子の字。晏嬰と孔子との関連記事は、墨子、晏子春秋、史記 孔子世家などに見える。   孟子は、賢者であっても、その智の働が必ずしも完全に実現できない  のは、天命であるからだと言っている。晏嬰の才智をもってしても、孔  子の天性の智の広大さに匹敵することができなかったのは、晏子の智の  働には天命としての限界があったからであろう。しかし、人間の本性と

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六四 高知大学学術研究報告 第三十六巻 ︵一九八七年︶ 人文科学 し七内具する仁義礼智は、才智の如く天命によっ‘て限定志’れるもの・では なく、主体的に拡充実践に努力すべきものであ・る。︲  ’ク⋮⋮⋮ ○晏嬰と孔子との智の働を比較し、本性の智の働に対する天命との関連   l       dF     I       l   sI11d を説く。      ド ト・ ・ ゛上   ゛・⋮⋮⋮⋮い、‘  五 一八、染を山に七、視ぶ藻かいてト罷を蔵ずゐの室を1 ぶは 爰え; 居1 を. 祀るの義とともに、同じぺ不智に蹄ず。。1 なるがな・⋮⋮⋮⋮。。  ノ  ’¨  へ/ し・・・  `“   。バ。’≒・ い ⋮⋮⋮⋮フ∼。ぺ・て 少4 ご藻祉、焉二蔵k.之実祀・’爰扉£。・武叫爵二於づ不よr宜j 矣  ○ ぐ・※ 諺 久。いべ≒∼/、ツ’、’。Jj `は宍粟を節に、智を知記作るぐO山凍蚤すゾ論語∼尹ヨ 蔡を居く。節を山にし、視を藻す。如何ぞ其れ知ならん。﹂ ︵公冶長︶と・あるに関連して説くo蔵文仲は魯の大夫、一般には、当時 智慧者として尊敬を得ていた。孔子は﹁蔵文仲ぽそれ位を鎬む者が・、﹂︵衛 霊公︶ときびしく批判している。○山棄、菜は説文に樟櫨とあり、節に 通ずね。節は柱の頭の教棋で、そ’れに山J諺吻彫調すそ七 ‘ 。・。  0凛我い’ 。 視は梁の上の短い柱で根似通ずる。そこに藻の模様を描くこと。。’以上。Q。        一  l    l         −iI  j  II山棄・藁授は、天子の宗廟の室の柱の飾である。 ○蔵tヽ。宗廟にt卜に 使用する大亀を蔵すること・。○祀爰居丿左伝にヽ﹁虚器を作り、逆祀を縦 にし、 ‘ 爰居を祀るはブ三不知な丿。﹂’︵文公二年︶‘とある↓爰居とは海鳥 の名で、︲文仲は珍鳥を神として、魯の東門外に命じて祀らせたこと’。゛朱 子は論語集註記本節全文を登載している。これ等は’古注の解釈と以異る ところが見えぷ。        し  ” ハ ー甲  大夫の身分である文仲がい天子の礼を犯して、’菜に山を刻み、槐に水 草を描くなどして、亀甲を蔵する室を作っ・たことや、海鳥を祀ちせて神 にぺつらったことなぞは、名分をわきまえぬ’僣礼t々したこと・で’あ岬てぃ 不智以外のなにものでもないのである?孔子が、かかる行為をな1 た文 タを層者毫■Hい。'Ni-iyS.∼石・われた・ス七心尤Åなこ泡で`あ﹁’一名分の礼 を・わきIえ涜七々よそ真の嘲渚で漓鴻。︲’ノしに’¨’︰‘ こい¨ 犬一 \ド ○蔵文仲Q知を批評する。 。 . ?     ︷ ・ ! . ‘ こ で ” ・ ・ ・   ・ 、 一札町を軋舵に軋あI・べ教ふ.るシ齢T-Hざ.F船害とせず・愛載るは猶 ニ.僑の癖なるが・ `’y・ ‘、””‘︰ ゛ハ ぼ餐人昿母のごし∼・使ふの義なるを害せず・礼楽の甦らざるはヽ l`ノ﹂ur ;o _ /> 1.°トーし・べし・:y’い⋮⋮⋮⋮∼し`’.ト ⋮⋮ ⋮⋮⋮゛ ド ” ’ ︰ ご ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ ド ’ 、 ‘ μ 一 ぶ ’ . ” ‘     い . ’ . ’ . ヽ 、 7 ご使‘民義 0.不に1 に不公一い教’愛犬猶ご衆人之ぺ母 0不に害‘一使`之義 0礼= J楽︰。・不い1 \ ■僑之病ご奥丿ペニー⋮⋮’。⋮⋮.oヅ⋮⋮ゝ。べ・。。・∼。し ⋮⋮⋮¨y”いごしこ∇’し・︰ご⋮⋮’。ヽJ.’‘一い。︲ Jjj⋮⋮四゛’ノいごII¨・’づノ・−‘、。 ⋮⋮ 徊養民糞︰   1罵∼﹁子、 ’ 子産を謂∼君子の道四有力。淮め己を行ふや 床なり。’其の上∼事ふるや激ヵヵ。湛の民を養ふや恵廠りノ其句’民を使 ふ夕義な力。﹂・︵公・冶長︶ ﹃とあるに = 関催し・て説べ。 ‘ 子産とは公孫僑の字。 鄭の名宰相で、孔子も推賞し多く影響を受けた。人民を使役する場合、 道理と。時宜に適した正しい使い方をする必要があるとする。学而篇に﹁子 日く、。べ千乗Q叫を道むぢに、J’・。⋮’︰・民を使ふ﹃に時を以てす。トとあふ。○ 愛猶凍臥吃母い・一、礼七∼﹁子産々崩 ’ ほ衆人の母巴言J々り。能く これか喰一へ才不束ふ寺ヤと鐘分店寸∼︵井尼漸層︶に為﹁子 産が人民t愛す&場合、一般世人の。母親がヂを養育すぷQ’に、。盲目的な 愛贋に瀾堕して、真の教育が欠如しているごとく、養うことはできても、 十分に凛凛する∼温∼きなJそJ噫。 2 0痛ブ慶力り。裁点。’ ‘ ’子産は人民を使役に使う場合、必ず道理にかなった使い方をした。そ のことにユつてぃ⋮⋮’平素教育の ・ できない面を、使役の合理性を通して教育 1 た。 `また、ヽ人民を愛すゐ。場合に・もツ世の中の一般の母が、’子を愛育す ゐのk情愛s。み■H充分では・Wi<?が、そこn人問性︵道義︶ご I を教育する真 Jき廿﹂さを欠く緬があるがヅそれと ` 同一’・の層向があ ゛ つ沈。 ご 人民を使役 すゐに理に剋ずれ名ことはなかった。フガ他面い国家の礼楽が興起してき

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て、人民の生活内容が盛行にならなかったことは、子産の憂いであった ことだろう。 ○子産の合理的政治姿勢について批評し、人間性、心の教育の必要性を 強調する。。 二〇、猷子は其の勢を忘れ、五人は人の勢を忘る。其の勢を資りて其の有   を利とせずして、然る後に能く人の勢を忘るるなり。若し五人の者。   猷子の勢を有りとすれば、則ち反って獣子の賤しむ所と焉らんのみ。   猷子者忘二其勢い五人者忘二人之勢 0不7資二其勢一面利中其  有い然後能忘二人之勢 0若五人者、有二獣子之勢丿則反焉二猷  子之所’賤矣。 ※徐本、学本、劉本、朱子の孟子集註にも、勢を家に作る。○猷子、魯 の賢大夫、仲孫蔑のこと。孟子に﹁萬章問うて曰く、敢て友を問ふ、と。 孟子日く、長を挑まず、貴を挟まず、兄弟を挟まず、而して友たり・友 たる者は、其の徳を友とするなり。以て挟むこと有るべからざるなり。 孟献子は、百乗の家なり。友五人有り。楽正襄・牧中、其の三人は則ち 予之を忘れたり。献子の此の五人の者と友たるや、献子の家を無しとす る者なり。此の五人の者も亦、献子の家を有りとせば、則ち之と友たら ず。﹂とあるに由って説く。孟献子については、大学伝の十章にも見える。 ○其勢、献子の大夫の家柄や権勢。○人之勢、献子の家の権勢。朱子は 孟子集註に本節全文を採用している。  孟献子は自家の権勢を忘却して意識することなく、五人の友人も亦、 皆孟氏の権勢など全く眼中におくことなく、相互に人の心の徳を友とし て交友したのである。献子の権勢などを意識しそれをたのみて、己の利 益に利用するようなことはしIなくて、ただ、道を求める友として交際し たのである。若しも五人の者が、その権勢を意識するようなことでもあ 六五 ﹁正蒙‘訳註−作者篇−︵山根︶ つたな。らば、かえって、献子のために賎しめうとんぜられて交友するこ とはなかったであろう。 ○献子と五友との関係から、真の交友の道を説く。 二I、額央は東蒙を祀ることを主る。既に魯の地なれば、則ち是れ已に   邦域の中に在り。魯の臣に非ずと雖も、乃ち吾が社稜に事ふるの臣  ・ なり。    ・   顛央主‘祀二東蒙晨  魯臣丿乃吾事二社稜一之臣也。 ○央、論語に﹁季氏将に顧爽を伐たんとす。⋮⋮孔子日く、⋮⋮夫れ 額央は昔者先生を以て東蒙の主と為し、’且つ邦域の中に在り。是れ社稜 の臣なり。⋮⋮﹂︵季氏︶とあるに由る。額央は国名で、当時魯に保護 された小国で、属国として魯公に臣事していた。魯の大央の季氏が願央 を伐って自国の領土を拡大しようとした。○主、司るなり。名山の祭主。 ○東蒙、山の名で、蒙山が国の東方にあるので東蒙という。○邦域、魯 の領土内。○非魯臣、願央は魯の附庸︵魯侯に附属してその庸を天子へ 奉っている︶で、‘魯侯に臣として事えたのは、周の王室が褒えたからで ある。だから、本来は周室の臣下であるべきである。○社稜之臣、譜代 の家来、魯公の直接の公臣。  顧央という国は、昔から周の天子が東蒙の山の祭祀をつかさどらせる ために領地を与えた由緒正しい国である。また、すでに魯の附庸の国で もあって、魯の領土内の国でもあるのだ。もともと魯の臣ではないとい っても、わが魯公に事える直接の公臣であったのだ。 ○韻央について説く。       ︵﹁作者﹂篇︶終        ︵昭和六十二年七月四日受理︶        ︵昭和六十二年十月三日発行︶

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