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医薬品の創出及び品質管理における質量分析を用いた新規評価技術の構築

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博 士 学 位 論 文

医薬品の創出及び品質管理における

質量分析を用いた新規評価技術の構築

平成 29 年 9 月

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目次

序論 ... 1 第一章:ゲル電気泳動後のタンパク質の抽出とインタクト質量分析法による抗体医薬品の 高選択的特性解析手法の構築 ... 4 緒言 ... 4 第一項:SDS-PAGE で泳動された抗体医薬品の抽出 ... 8 第二項:SDS-PAGE より抽出された Rituximab のインタクトマス分析 ... 12

第三項:SDS-PAGE より抽出された Bevacizumab 及び Cetuximab のインタクトマス分析 ... 18 小括 ... 22 第二章:高速重イオンをプローブとする細胞レベルでの質量イメージング技術の構築 ... 23 緒言 ... 23 第一項:洗浄及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS 分析 ... 26 第二項:洗浄処理した動物細胞の低真空SIMS 分析 ... 29 第三項:洗浄及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS イメージング ... 32 第四項:凍結割断及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS イメージング ... 33 小括 ... 37 第三章:巨大ガスクラスターイオン照射による表面処理技術の細胞レベルでの質量イメー ジングへの適用 ... 39 緒言 ... 39 第一項:ガスクラスターイオン照射による動物細胞のエッチング処理 ... 41 第二項:ガスクラスターイオン照射が生体高分子に与える影響の評価 ... 43 第三項:Ar クラスターイオン照射で前処理した動物細胞の MeV-SIMS イメージング 45 小括 ... 48 総括 ... 49 実験の部 ... 51 第一章 ... 51 試薬、試液及びカラム ... 51

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SDS-PAGE ... 51 SDS-PAGE で泳動された抗体の抽出 ... 52 2–AA 標識 N–結合型糖鎖の CE 分析 ... 52 インタクト質量分析 ... 53 第二章 ... 54 試薬及び試液 ... 54 動物細胞の蛍光染色 ... 54 動物細胞の凍結割断処理 ... 55 動物細胞の顕微観察 ... 55 MeV-SIMS イメージング ... 56 低真空SIMS ... 57 第三章 ... 58 試薬及び試液 ... 58 動物細胞の蛍光染色及びガスクラスターイオン照射 ... 58 動物細胞の顕微観察 ... 58 有機薄膜に対するガスモノマーイオン及びクラスターイオン照射 ... 58 MeV-SIMS イメージング ... 59 略語一覧表 ... 60 引用文献 ... 62 謝辞 ... 77

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序論

近年、医薬品開発における研究の進展によって、新たな創薬シーズが様々な形態や製 造技術(モダリティ)に見出され、上市されつつある。その背景には、従来の低分子化合物 における創薬標的の枯渇に加え、医薬品に求められる薬効及び安全性の高水準化、なら びに医薬品による治療領域が未充足疾患領域(アンメットメディカルニーズ)へと拡大して いることも要因として挙げられる。さらにはテーラーメイド医療における分子標的治療の一 端として、医薬品の貢献が大きく期待されており[1–3]、医薬品の多様化と複雑化は今後さ らに加速するものと予想される。 多様な創薬モダリティの一角として、近年モノクローナル抗体を中心とするバイオ医薬品 が市場を席巻しており、2015 年においては世界の医薬品別売り上げ上位 30 品目のうち、 バイオ医薬品が13 品目を占め、その半数以上は抗体医薬品である[4]。バイオ医薬品は低 分子化合物と比較して優れた標的選択性を示し、高い薬効と安全性を有している。一方で 化学合成により製造される低分子医薬品とは異なり、非ヒト生物から生産されるタンパク質 であるため、複雑なドメイン構造とヘテロジェネティを有し[5–7]、医薬品としての品質の評 価と規格化に多くの技術と労力が費やされているのが現状である。 バイオ医薬品を始めとする多様なモダリティにおける創薬シーズの発見は、創薬研究プ ラットフォームの多様化と複雑化からもたらされてきたと言える。1970 年代から 1980 年代に おける分子生物学と遺伝子工学の革新的な発展は、創薬の場において目覚しい成果をも たらし[8]、中でもゲノミクスの進歩は、医薬品としての機能を最適化したタンパク質や抗体 の産生を可能とし、今日の多数のバイオ医薬品の創出へと結実している。一方で疾患に関 連し、創薬標的となり得るタンパク質数は、創薬標的遺伝子をはるかに上回る[9]。また、タ ンパク質だけでなく、脂質などの高分子やそれらの代謝も疾患のメカニズムに大きく関与し ていることが明らかになり[10]、ポストゲノミクスとして、プロテオミクス、メタボロミクス及びリピ ドミクス等が創薬の場に取り入れられてきた。 近年ではアンメットメディカルニーズを満たす根本的治療法のひとつとして、細胞医薬品 にも注目が集まっており、その研究開発は加速しつつある。特定の細胞に対して遺伝子導 入等で機能を付与し、患者へ投与することで疾患の治癒を目的とした技術開発により、 2010 年には前立腺がん治療を目的とした、世界初となる細胞医薬品 PROVENGE®(一般

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名:Sipuleucel-T)が FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)から承認さ れた[11]。さらにiPS (induced pluripotent stem)細胞[12]作製技術の確立から、細胞医薬品の 研究開発はさらに進展するものと考えられている。胚から作製する ES (embryonic stem)細 胞とは異なり、大量生産が可能であるため、極めて高コストであった従来の細胞治療を刷新 し、医薬品としての有用性が飛躍的に向上するものと期待されている[13]。一方で iPS 細胞 はその分化の過程で癌化するリスクが示唆されており、実用化における大きな課題となっ ている[14]。未分化及び癌化した iPS 細胞の混入は、細胞医薬品としての品質及び安全性 を大きく損なわせる要因となるため、厳密に管理されるべきであり、分化させた iPS 細胞が 意図する機能を有することを、種々のイメージング技術の利用により評価する手法につい ても研究が進められている[15–17]。 医薬品のモダリティの多様化に伴い、創薬から生産に至る過程で求められる分析技術に ついても、発展が求められている。中でも分子固有の物理量である質量を観測する質量分 析法(MS: Mass spectrometry)は、特異性と選択性に優れた分析手法のひとつであり、未知 分子をマーカーとした分析にも利用できるため、医薬品開発の幅広いフェーズで活用され ている。さらに、MS の特長の一つとして遡及的解析(retrospective analysis)が可能である点 を挙げることができる。即ち、原理的に対象を構成する全ての分子情報を取得することがで き、それらの解析を分析時に遡って何度も繰り返すことが可能となる。例えばバイオ医薬品 の品質管理においては、一次構造及びそのヘテロジェネティの解析にMS が広く活用され ている[18]。また、創薬分野においても、ゲノミクスのみでは明らかにすることが困難なタン パク質の翻訳後修飾や代謝の解明において MS が活用されており、近年構築が進められ ているヒトのプロテオミクスに関する大規模解析データベースと連動して、創薬研究への利 用も期待される[19]。さらに、細胞医薬品の品質評価として用いられている flow cytometry は免疫染色等を組み合わせることで、対象とする細胞の機能や構造を明らかにすることが 可能であるが[20]、より直接的な手法として mass cytometry が近年注目されている[21,22]。 細胞に発現するタンパク質に対して金属元素を付加させた二次抗体を結合させ、MS で検 出することで、複数の発現タンパク質を同時検出及び定量する技術であり、flow cytometry と比較し、細胞の機能評価に要する時間を大幅に短縮できることからも、創薬分野における MS へ寄せられる期待も大きい。 より複雑な構造とヘテロジェネティを有するバイオ医薬品や細胞医薬品の品質を評価し、

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3 プロテオミクスやiPS 細胞技術を応用した創薬基盤を強固なものとするため、今後 MS が貢 献できる領域はさらに拡大するものと考えられる。多様化する医薬品研究に貢献する技術 として、本研究では、MS を利用した新規評価技術の構築を目指し、開発研究を進めた。第 一章では高い選択性を有する MS と、電荷バリアントの分離に用いられる電気泳動法の組 み合わせから、複雑なヘテロジェネティを有する抗体医薬品を、直接的かつ迅速に分離分 析する技術について研究を進めた[23]。具体的には、SDS-PAGE (sodium dodecyl sulfate - polyacrylamide gel electrophoresis)で泳動した抗体医薬品を、元の構造を維持した状態で抽 出 す る こ と に 成 功 し 、RP-UHPLC (Reverse phase – ultra high performance liquid chromatography)及び Q-TOF-MS (quadrupole - time of flight - mass spectrometry)を用いて、 抗体の質量を直接計測するインタクトマス測定を行った。インタクトマス測定により、 SDS-PAGE 後のゲルより抽出された様々な抗体医薬品のマルチフォーム解析に成功し、 抗体医薬品の迅速かつ精密な特性解析を可能とする技術であることを示した。第二章では 高速重イオンをプローブとするSIMS (secondary ion mass spectrometry)を用いた質量イメー ジング法により、動物細胞の分子イメージ取得に成功し、細胞レベルの生体情報の可視化 に有効な手法となりうることを示した[24]。さらに、低真空下でも質量イメージの取得が可能 であったことから、生命活動を反映した生体情報の取得が可能になることが期待される成 果を得ることができた。第三章ではガスクラスターイオンを用いたナノスケールにおける低 損傷の表面加工技術に着目し、細胞レベルでの質量イメージングにおける試料調製に応 用することで、質量イメージの精度及び感度を向上させることに成功した[25]。さらに、細胞 内部のイメージングにも成功し、従来の技術では困難であった三次元質量イメージングに も適用した。 本研究を通じて開発したMS を用いる新規評価技術によって、医薬品の品質と安全性を より精密に評価でき、創薬の場において重要な情報を与え、新たなイメージング技術の構 築に貢献できることを示した。

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第一章:ゲル電気泳動後のタンパク質の抽出とインタクト質量分析法による抗

体医薬品の高選択的特性解析手法の構築

緒言 近年、組換えモノクローナル抗体医薬品は、標的分子に対して高い選択性を有し、副作 用も少ないことから[26]、疾患に対する有効な治療オプションとして、医薬品産業を牽引す るモダリティとなりつつある[27–29]。既に 40 以上の抗体医薬品が癌や炎症性疾患等の治 療に利用されており[30]、今後もその市場はさらに拡大するものと予想される。 モノクローナル抗体は二つの重鎖(質量約50 kDa)及び二つの軽鎖(質量約 25 kDa)か ら構成される、質量約150 kDa の四量体構造を持つ糖タンパク質である。その基本構造は 共通であるものの、抗体産生に用いられる宿主細胞[31]、製造工程[32]及び保存条件[33] から、一次構造から高次構造に及ぶ様々なヘテロジェネティを示す。これらのヘテロジェネ ティは結合糖鎖、アミノ酸配列、電荷、ジスルフィド結合、及び特定のアミノ酸に対する酸化 や脱アミド化などの分子多様性に起因している。特に抗体のFc 領域に結合する N-結合型 糖鎖は、その質量が抗体分子全体の 2~3%程度であるにも関わらず、プロテアーゼに対す る安定性、半減期、及び細胞毒性など、抗体の生物学的及び物理化学的特性に影響する [34–38]。さらに、抗体医薬品の投薬時におけるアナフィラキシーや免疫原性の発現等、深 刻な副作用の発生に N-結合型糖鎖が関与する可能性を示唆する報告もある[39,40]。また、 宿主細胞における抗体の生産過程において、糖鎖が多様な構造をもつことに加え、様々 な翻訳後修飾が、抗体を構成するアミノ酸残基に対して発生することも知られている。例え ば天然及び組換えIgG抗体中で生じる C-末端リジン欠損や、N-末端のグルタミン及びグル タミン酸がピログルタミル化で環化する現象は、抗体の重鎖及び軽鎖において一般的に認 められる翻訳後修飾である。C-末端リジン欠損や N-末端ピログルタミル化が抗体医薬品と しての安全性、薬物動態、及び薬理に対して重大な影響を与えたという報告は無いが、こ れらの翻訳後修飾は電荷バリアントの要因となり、重要品質特性の一つとして評価が必要と なる。また、メチオニンの酸化やアスパラギンの脱アミド化等の化学的変性は精製等の抗体 医薬品の製造工程で生じることが知られており、抗体の立体構造や機能に影響を与える。 これらの翻訳後修飾や化学的変性に関する情報は、今日では抗体医薬品の創薬研究に

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還元され、ヘテロジェネティの制御やCMC (chemistry, manufacturing and control)における 品質リスクの低減に利用されている。 タンパク質の翻訳後修飾や化学的変性を評価し、抗体医薬品としての安全性と薬効を保 証するため、高速、高感度かつ高選択性を有する分析手法の構築は重要である。抗体医 薬品の特性解析のために様々な分析法が用いられており、その概要はBeck らによって報 告されている[18]。抗体分子そのものの分析において、一次構造のヘテロジェネティによっ てもたらされるバリアントは、等電点ゲル電気泳動法やSDS-PAGE で分離されることが一般 的である。等電点ゲル電気泳動法の有する分離能は、生物学的製剤において必ず生じ得 る電荷バリアントの解析に必要不可欠である。SDS-PAGE は非還元の抗体や、還元処理後 の重鎖(質量約50 kDa)や軽鎖(質量約 25 kDa)などの分析に利用されるほか、抗体の糖 鎖の結合率の測定にも使用される。これらのゲル電気泳動法は、抗体医薬品中の主要な アイソフォームとその他の微量なバリアントや、凝集体、宿主細胞由来タンパク質並びにそ れらの断片等、製造過程由来の不可避的な不純物を分離検出する目的にも使用される。 近年、抗体のヘテロジェネティ解析において、ペプチドマッピング等と比較し、試料調製 やデータ解析等に要する時間を飛躍的に短縮する分析法として、インタクトマス測定法が 積極的に利用されており、結合糖鎖を始めとする抗体の翻訳後修飾や化学的変性の情報 も同時に取得することが可能なレベルまで性能が向上している。ペプチドマッピング等の 試料調製中における酸化や脱アミド化といった意図しない変性を回避できるほか、ペプチ ドマップ法でしばしば認められる、未消化ペプチドに対する誤同定等のリスクも回避できる [41]。 ゲル電気泳動法及びインタクトマス測定法の利点に鑑み、それらを組み合わせた技術が、 抗体分子レベルでの迅速かつ直接的なヘテロジェネティの解析手法になり得るものと考え る。即ち、電気泳動法でヘテロジェネティに由来する電荷バリアントを明確にし、質量分析 を行い、直交的に構造情報を付加することが可能となる。ゲル電気泳動法及びインタクトマ ス測定を組み合わせる上で、ゲル中から抗体を抽出する技術が必要となる。一般的には、 酵素処理等を行わず、タンパク分子をゲルから抽出することは困難を伴う。これまでに、有 機溶媒を用いた拡散抽出法により、ゲル電気泳動後のペプチドや比較的低質量のタンパ ク質を回収した例が報告されているが[42–44]、その抽出効率は対象の分子量や立体構造 に依存し、抗体のような比較的高分子量のタンパク質を高い収率で回収することは難しい。

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6 また、拡散抽出法は電気的抽出法[45–47]と比較し、特殊な装置を必要としない。電気的抽 出法では大量の泳動液を使用することで、抽出されたタンパク質が希釈されるのに対して [48]、拡散抽出法では試料を比較的高濃度に保つことが可能となる。さらに、電気泳動速 度は分子の電荷状態に依存するため、電気的抽出法においてはヘテロジェネティに応じ て抽出速度のばらつきや、特定の分子の抽出欠損等が発生するリスクがある。一方で拡散 抽出法における抽出効率は、対象の分子の電荷ではなく、サイズに依存する。そのため、 例えばグライコフォーム等、同等の分子量を有する抗体のヘテロジェネティを、一様に抽出 できることが期待される。 本章ではゲル電気泳動法の代表的な手法のひとつである SDS-PAGE で泳動された抗 体の抽出とそのインタクトマス測定への適用結果を示し、ゲル電気泳動法及び質量分析法 の組み合わせによる新しい分析プラットフォームの構築について論じる。本研究において は、SDC(sodium deoxycholate:デオキシコール酸ナトリウム)を含む緩衝液を用いれば SDS-PAGEで泳動した抗体を高効率で抽出できることを示した。さらにRP-UHPLCにより試 料中の残留塩や界面活性剤の除去を試みた後に、ESI (electrospray ionization)でイオン化 し、Q-TOF-MS によりインタクトマス測定を行った。その結果、ゲル中から抽出された抗体の ヘテロジェネティの解析に成功し、本手法が抗体医薬品の特性解析において広く一般的 に適用可能であることを示した。なお、本研究で用いた抗体医薬品について、効能及びそ の他分子情報をTable 1 に示す。

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7 Table 1. mAb therapeutics used in the study.

mAb name Brand name Indication

Number of amino acid residue Number of N-glycosylation site Rituximab Rituxan® 悪性リンパ腫 1328 2 Trastuzumab Herceptin® 乳癌、胃癌 1326 2 Bevacizumab Avastin® 結腸・直腸癌 1334 2 Cetuximab Erbitux® 結腸・直腸癌 1326 4

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第一項:SDS-PAGE で泳動された抗体医薬品の抽出

一般的にゲル電気泳動におけるタンパク質の染色には、メタノール及び酢酸を主成分と するCoomassie Brilliant Blue (CBB)染色液が使用される。しかし、メタノールによる固定化 はゲル中でタンパク質を不溶化させ、回収を困難にすることが指摘されている[45]。メタノ ールによる固定化を避け、ゲルからの抗体の抽出効率を向上させるために本研究におい ては、エタノール及びリン酸を主成分とする CBB 染色液である InstantBlue (Expedeon Limited, Cambridgeshire, U.K.)を使用した。

最初に、低分子タンパク質の抽出に用いられてきた溶媒[49]による抽出を試みた。水及 び水/有機溶媒(アセトニトリル及びギ酸)の混液を抗体の抽出に用いたが、これらの溶液 では抽出は困難であった。また、50 mmol/L 重炭酸アンモニウム緩衝液(pH7.5)や 50 mmol/L ギ酸アンモニウム緩衝液(pH9.0)等の緩衝液のほか、尿素やグアニジン塩酸塩な どの可溶化剤、及び界面活性剤の一種である 3-[(3-cholamidopropyl)dimethylammonio] propanesulfonate (CHAPS)を用いた場合でも、ゲル中からの抗体の抽出には至らなかった。 一方、SDC はタンパク質に対する可溶化作用を持つことから、ゲルからの拡散抽出法に用 いられてきた。また、タンパク質を抽出した際に用いた SDC は、有機溶媒で容易に除去で きる[50]。SDC の限界ミセル濃度は 5 mmol/L であり、これは 0.2% w/v に相当する。SDC を 十分にミセル化させ、抗体を可溶化するために、1% w/v 濃度となるように 20 mmol/L トリス 塩酸緩衝液(pH8.0)に SDC を加え、抽出液とした。

Rituximab の非還元体の SDS-PAGE を Figure 1 (a)に示す。150 kDa 付近に Rituximab の非還元体(2H2L)が検出された。また、Figure 1 (b)に示す通り、還元処理した Rituximab では、50 kDa 及び 25 kDa 付近にそれぞれ重鎖(H)及び軽鎖(L)に由来するバンドが検出 された。なお、Figure 1 (a)において Rituximab のバンドが拡散しているのは、5 μg の Rituximab を導入した結果、オーバーロードを起こしたためと推察される。

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Figure 1. InstantBlue stained SDS-PAGE images: (a) non-reduced and (b) reduced Rituximab. (c) non-reduced and (d) reduced Rituximab recovered from gel by extracting with SDC containing buffer.

次に Rituximab を SDS-PAGE で泳動した後、SDC を含む抽出液で拡散抽出し、再度 SDS-PAGEで分析した結果をFigure 1 (c)に示す。また、抽出した Rituximab を還元処理し、 SDS-PAGE で泳動して得られたパターンを Figure 1 (d)に示す。Figure 1 (a)及び(b)に示す パターンと同様に、2H2L、H 鎖及び L 鎖が抽出前と同じ感度で検出されており、高い収率 が予想された。以上の結果からSDC を含む抽出液により、Rituximab が断片化や凝集する ことなく抽出できることが明らかとなった。SDS-PAGE による泳動後、メタノール/酢酸系の CBB 染色剤を用いた場合では、著しく抽出効率が低下することから、エタノール/リン酸系 のCBB染色剤の使用が、SDCによる抽出において有効であることがわかった。一般的にタ ンパク質の固定化作用はメタノールの方が強く、これは、メタノールの分子量がエタノール の分子量より小さく、ゲルやタンパク質分子中に、より浸透しやすいためであると考えられる。 従って本研究においては、エタノール/リン酸系の染色剤を用いた場合、ゲル中の抗体の 固定化が緩やかな状態に留まり、ゲルからの抽出に成功したものと考える。

次に抗体医薬品であるTrastuzumab についても、ゲルからの抽出を試みた。Figure 2 (a) 及び(b)にそれぞれ Trastuzumab の非還元及び還元 SDS-PAGE の結果を示す。また、 SDS-PAGE で泳動し、その後 SDC を含む抽出液から回収した後に再度非還元及び還元 SDS-PAGE に供して得られたパターンを Figure 2 (c)及び(d)に示す。Trasutuzumab につい

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ても、2H2L、H 鎖及び L 鎖のバンドを確認でき、抽出過程においてその一次構造が保持さ れていることが分かる。

Figure 2. InstantBlue stained SDS-PAGE images: (a) non-reduced and (b) reduced Rituximab. (c) non-reduced and (d) reduced Rituximab recovered from gel by extracting with SDC containing buffer.

ゲル中からの抗体の抽出について、その再現性を評価するため、抗体医薬品の一つで あるBevacizumab に対して、独立したゲルから、非還元 SDS-PAGE を 3 回行い、各ゲルか らBevacizumab を抽出し、再度 SDS-PAGE 分析を行った。得られたパターンを Figure 3 (a) ~ (c)に示す。いずれのパターンにおいても、Bevacizumab の抽出操作は高い再現性を有 することが明らかとなった。

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Figure 3. Reproducibility for the procedure of extracting mAbs in gel. SDS-PAGE for Bevacizumab was conducted on non-reduced condition in three separate gels followed by extraction of the migrated Bevacizumab with SDC buffer. The recovered Bevacizumab were reloaded to SDS-PAGE and InstantBlue stained gel images were acquired in tripicate.

次に、ゲル中から抽出された抗体医薬品に対して、N-結合型糖鎖を指標として、その抽 出効率を評価した。ゲル中から抽出されたRituximab から Peptide-N-Glycanase F (PNGase F)により N-結合型糖鎖を遊離させ、2–aminobenzoic acid (2-AA)で標識し、レーザー励起蛍 光検出キャピラリー電気泳動(CE-LIF)で測定した。未処理の Rituximab 及び抽出した Rituximab から調製した N-結合型糖鎖の CE-LIF 測定結果を Figure 4(a)及び(b)にそれぞ れ示す。なお、本測定から得られたプロファイルにおける糖鎖の同定については、既に報 告されている研究結果を参照した[51]。未処理の Rituximab と同様に、抽出処理後の Rituximab からも主要な N-結合型糖鎖である G0F、G1F 及び G2F が検出されていることが 分かる。未処理及び抽出後のRituximabから得られた各糖鎖のピークについてその面積比 を算出した結果、抽出処理を経た Rituximab 由来の N-結合型糖鎖のピーク面積は、未処 理のRituximab から得られたそれらと比較し、86.4~93.0%の範囲にあった。本分析法にお ける定量値の標準偏差は 0.2%未満と報告されていることから[52]、SDS-PAGE からの Rituximab の抽出効率は少なくとも 86.4±0.2%となる。15%程度の抽出ロスが認められるが、 一因として抗体が形成する多量体の存在を挙げることができる[53]。即ち、通常の SDS-PAGE の条件下では多量体は泳動されず、多量体の未回収分が抽出時のロスとして 算出された結果であると推察される。

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Figure 4. Electropherograms of 2-AA labeled N-glycans released from Rituximab: (a) control and (b) recovered sample from SDS-PAGE. RFU: Relative fluorescence units

( ) N-acetylglucosamine; ( ) mannose; ( ) fucose; ( ) galactose

第二項:SDS-PAGE より抽出された Rituximab のインタクトマス分析 前項までの検討において、SDC を含む緩衝液を用いた拡散抽出法が、ゲル中からの抗 体医薬品の抽出に有効であることが明らかとなった。本項においては、抽出された抗体に 対するインタクトマス測定の結果を示す。 一般的には、試料中に残留する界面活性剤は、タンパク質の質量分析においてイオン サプレッションを引き起こすことが報告されている[54]。ESI における液滴形成及びイオン化 過程において、負イオン性の界面活性剤は非常に高いイオン化効率で、測定対象物の正 イオン化と競合することが知られており、質量分析に先立って、試料中の界面活性剤を可 能な限り除去することが望ましい。タンパク質溶液中の界面活性剤の除去法としては、透析 法[55]、有機溶媒による沈殿[56]及び固相抽出法[57]等が適用されてきた。また、遠心分離 を利用したスピンカラムも市販品として利用できる[58]。本章で構築した抽出方法において は、ゲルから抽出された抗体の沈殿を目的とし、アセトンを主成分とする溶液を加え、さら にエタノールによる洗浄を複数回繰り返し、試料中に残留する SDC は除去されていると考 えられる。 本研究においては対照データとして、未処理のRituximab に対してインタクトマス測定を

(b)

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13 行い、ヘテロジェネティを評価した。Table 2 に Rituximab に付加する N-結合型糖鎖の推定 構造及び理論質量を示す[51]。これらの糖鎖情報のほか、アミノ酸配列、分子内ジスルフィ ド結合、N 末端ピログルタミル酸化及び C 末端リジン欠損を考慮し、Rituximab の理論 m/z 値を計算した。Figure 4(a)において示された糖鎖分布から G0F 及び G1F が結合したグライ コフォームが主成分であると考え、その+49 ~ +53価イオンの理論m/z をTable 3 (Theoretical m/z)に示す。

Table 2. Glycan structure and average mass of N-linked glycans in the mAbs used in the study.

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Table 3. Theoretical and observed m/z of multiple charged ions derived from heterogeneity of Rituximab having G0F/G1F, obtained from control and extracted samples.

Charge: z Mean 53 52 51 50 49 Theoretical m/z 2779.1211 2832.5464 2888.0667 2945.8079 3005.9059 Observed m/z Control 2779.2285 2832.6882 2888.0901 2945.8784 3005.9883 Δm/z 0.1074 0.1418 0.0234 0.0705 0.0824 Δm 5.6922 7.375576 1.1922 3.525 4.0396 4.3649 Extracted 2779.4819 2832.9209 2888.3953 2946.1155 3006.4436 Δm/z 0.3608 0.374538 0.3285765 0.3076 0.5377408 Δm 19.1224 19.4760 16.7574 15.3800 26.3493 19.4170 Δm/z = Observed m/z - Theoretical m/z Δm =Δm/z * z

未処理の Rituximab の UHPLC/MS 測定で取得された TICC (total ion current chromatogram)における Rituximab の溶出ピークから抽出した ESI スペクトルを Figure 5 (a) に示す。Rituximabが多価イオンとしてm/z 2000 ~ 4000の範囲に検出されていることが分か る。G0F 及び G1F を含むグライコフォーム(G0F/G1F)について、測定された m/z を Table 3 (Observed m/z, Control)に示す。ここで、理論値及び測定された m/z 間の差を m/z 誤差(Δm/z) とし、Δm/z に対してイオンの価数 z を乗じた値 Δm を質量誤差とする。G0F/G1F に由来する +49 ~ +53 価のイオンにおける Δm の平均値は 4.3649 Da であった(Table 3 (Control Δm))。 即ち、G0F/G1F の理論質量と測定質量の間に約 4 Da の誤差があった。本測定時の質量分 解能は約10000 であった。これは、質量分析計が m/z 10000 及び 10001 のピークの識別が 可能な能力を有していることを示し、例えば51 価の m/z 2888.0 及び m/z 2888.3 のイオンを 分離して識別するには、10000 を超える質量分解能が必要である。故に、Rituximab の質量 に対して最大で 15 Da 程度の質量誤差が発生する可能性があり、本結果は装置性能上、 許容し得る測定誤差の範囲内と考える。

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Figure 5. Intact mass analysis of Rituximab: (a) ESI spectrum and (b) deconvoluted mass spectrum of Rituximab. The peaks labeled with an asterisk (*) are artifact of deconvolution since they were not observed in the ESI spectrum[41].

arb. unit: arbitrary unit

Figure 5 (a)に示す ESI スペクトルに対してソフトウェア MaxEnt1 でデコンボリューション処 理して得られたスペクトルをFigure 5 (b)に示す。Figure 5 (b)より、147 kDa から 148 kDa にか けてRituximab のヘテロジェネティを反映したピークが確認できる。なお、デコンボリューシ ョン処理したスペクトルはESI スペクトル上で得られた各ヘテロジェネティに由来するピーク の形状を反映している。Figure 5 (b)において、各ピークの間隔は 162 ± 1 Da であり、これは N-結合型糖鎖末端のガラクトース残基数の違いを反映していると考えられる。故にこれらの ピーク群はRituximab 中の重鎖に結合している N-結合型糖鎖(Figure 4(a)及び Table 2)に 由来するグライコフォームの分布を示している。147086 Da のピークは 2 つの G0F を含むグ ライコフォームであり、147247 Da 及び 147570 Da のピークはそれぞれ G0F/G1F 及び G1F/G2F を有するグライコフォームに相当する。G1F/G1F 及び G0F/G2F のグライコフォー ムは共に147409 Da のピークに相当するが、二つのグライコフォームは同一の質量である ため、マススペクトル上では、それらを区別することはできない。また、スペクトルのピーク 強度から、G0F/G1F を有するグライコフォームが主成分である。以上の結果から、インタクト マス測定から、ペプチドマッピングやオリゴ糖鎖の分析のように、多段階の操作を行うことな く、糖鎖に起因する抗体のヘテロジェネティの迅速分析が可能であった。 次に、前項において確立した手法によりSDS-PAGE から抽出した Rituximab に対し、イン タクトマス測定を行い、ヘテロジェネティの解析を行った。ESI スペクトルを Figure 6 (a)に示

(19)

16 す。

Figure 6. Intact mass analysis of Rituximab recovered from SDS-PAGE: (a) ESI spectrum and (b) deconvoluted mass spectrum of Rituximab. The peaks labeled with an asterisk (*) are artifact of deconvolution since they were not observed in the ESI spectrum.

G0F 及び G1F を含むグライコフォーム(G0F/G1F)について、測定された m/z を Table 3 (Observed m/z, Extracted)に示す。G0F/G1F に由来する+49 ~ +53 価のイオンにおける Δm の平均値は19.4170 Da であり(Table 3 (Extracted Δm))、未処理の Rituximab の測定におけΔm の平均値との差は約 15 Da であった。質量誤差の原因を考察するため検証した。試 料を導入する前のSDS-PAGE 用ゲル片を切り取り、5 μg の Rituximab を添加した。この検 体に対して同様の抽出操作を行い、インタクトマス測定を行った。測定された G0F/G1F に 由来する多価イオンのm/z を Table 4 (Observed m/z, Spiked)に示す。添加検体の測定にお けるΔm の平均値は 13.4397 Da であり、未処理の Rituximab の測定における Δm の平均値 との差は約9 Da であった。9 Da 程度の質量の変化は、+1 Da の質量変化を引き起こす、脱 アミド化の複合が主な原因であると推察される。即ち、抗体の固化を伴う抽出及び乾燥の過 程において、複数箇所のアスパラギン残基やグルタミン残基について脱アミド化が発生し たものと推察される。これは、固体状態にした抗体医薬品において脱アミド化が発生しやす いという報告例[59]とも整合する。また、脱アミド化は中性からアルカリ条件下で反応が進行 しやすいことも知られている[60]。本研究では抗体の抽出に pH7.5 の緩衝液を使用してい ることから、脱アミド化が発生しやすい環境であることが推察される。従って、添加検体にお けるRituximab 及び SDS-PAGE による泳動後に抽出した Rituximab のインタクトマス測定の 結果を比較した場合、6 Da の質量差が認められるが(Table 3 及び Table 4)、これは泳動中

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17

にRituximab に対して生じた脱アミド化が要因であると推察された。

Table 4. Theoretical and observed m/z of multiple charged ions derived from heterogeneity of Rituximab having G0F/G1F, obtained from control and spiked test samples.

Charge: z Mean 53 52 51 50 49 Theoretical m/z 2779.1211 2832.5464 2888.0667 2945.8079 3005.9059 Observed m/z Control 2779.2285 2832.6882 2888.0901 2945.8784 3005.9883 Δm/z 0.1074 0.1418 0.0234 0.0705 0.0824 Δm 5.6922 7.375576 1.1922 3.525 4.0396 4.3649 Spiked 2779.3669 2832.7349 2888.3718 2946.1155 3006.1799 Δm/z 0.2458 0.188538 0.3050765 0.3076 0.2740408 Δm 13.0274 9.8040 15.5589 15.3800 13.4280 13.4397 Δm/z = Observed m/z - Theoretical m/z Δm =Δm/z * z ゲル中から回収されたRituximabのインタクトマス測定によって得られた ESIスペクトル及 びデコンボリューション処理したスペクトルをそれぞれFigure 6 (a)及び (b)に示す。Figure 6 (b)に示すとおり、抽出後の Rituximab でも未処理の Rituximab から得られたスペクトルと同 等のスペクトルが得られていることが分かる。また、Figure 6 (b)で観測される 147096 Da、 147258 Da、147419 Da 及び 147576 Da のピーク間の質量差は 162 ±25 Da となっており、こ れは Rituximab のグライコフォームを明確に示すものである。SDS-PAGE で泳動された Rituximab について、本研究で最適化した抽出及びインタクトマス測定の手法により、グライ コフォームが明確に評価できることが明らかとなった。

さらに、SDS-PAGE において分離された Rituximab の H 鎖及び L 鎖(Figure 2 (b))を抽 出し、インタクトマス測定を行った結果をFigure 7に示す。Figure 7より、理論質量(23036 Da) に対して、+0.01%の質量誤差で抽出後の L 鎖が検出された。また、H 鎖の理論質量(G0F 付加H 鎖:50507 Da)に対する抽出後の H 鎖測定質量誤差は+0.02%以下であった。

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Figure 7. Deconvoluted mass spectra of Rituximab light chain ((a) and (b)) and heavy chain ((c) and (d)). (a) and (c); control, (b) and (d); recovered samples from SDS-PAGE.

第三項:SDS-PAGE より抽出された Bevacizumab 及び Cetuximab のインタクトマス分析 前項までの研究において構築した SDS-PAGE 及びインタクトマス測定を組み合わせた 分析手法について、Rituximab 以外の抗体医薬品の評価への応用可能性を示すため、 Bevacizumab 及び Cetuximab を測定した。未処理の Bevacizumab についてインタクトマス測 定を行ったところ、グライコフォームG0F/G0F 及び G0F/G1F がそれぞれ 149201 Da 及び 149362 Da に検出された(Figure 8 (a))。また、グライコフォーム G0F/G2F 及び G1F/G1F が 149523 Da に検出された。162 Da の質量差をもつグライコフォームが検出されており、 Bevacizumab に含まれる N-結合型糖鎖のヘテロジェネティを示している。また、 Bevacizumab に対して 3 枚の独立したゲルを用いて SDS-PAGE を行い、それぞれのゲル から抽出した試料に対してインタクトマス測定を行った結果をFigure 8 (b) ~ (c)に示す。抽 出後のBevacizumab から得られたグライコフォームについて、測定された質量は 3 回の測 定において5 Da 以内のばらつきであり、抽出からインタクトマス測定に至る本手法が、高い 再現性を有していることを示している。

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Figure 8. Deconvoluted mass spectra of Bevacizumab; (a) control and (b) ~ (d) triplicate data acquisition for recovered sample from SDS-PAGE. Bevacizumab was migrated in separate gels followed by extraction. Each of recovered Bevacizumab was injected to UHPLC-MS.

Cetuximab はヒト-マウスキメラ IgG1 抗体であり、分子内に 4 箇所の糖鎖結合部位を有する ことと、2 箇所の重鎖 C 末端におけるリジン欠損が不完全であることなどから、複雑なヘテロ ジェネティを有することが報告されている[61]。過去の研究においても、マイクロチップを用 いた等電点電気泳動結果から、少なくとも8 種の電荷バリアントが検出されており、リジン欠 損の有無、及び N-結合型糖鎖中のシアル酸に由来するヘテロジェネティであった[62]。本 研究ではさらにSDS-PAGE から抽出した Cetuximab に対してインタクトマス測定を行い、ヘ テロジェネティの解析を行った。Figure 9 (a)及び(b)にぞれぞれ未処理及び SDS-PAGE か ら抽出したCetuximab について得られたマススペクトルを示す。未処理の Cetuximab から検 出された152354 Da のピーク(Figure 9 (a), Peak 1)は 2 箇所の G1F 及び G1F の非還元末 端にシアル酸の一種であるN-グリコリルノイラミン酸(NeuGc)が 1 残基付加した糖鎖を 2 箇 所に有するグライコフォームに由来するものと考えられる。なお、質量から、本グライコフォ ームは重鎖C末端のリジンが完全に欠損しているものと考えられる。また、マススペクトル上 (Figure 9 (a), Peak 1 ~ 5)の質量差はほぼ 162 Da となっており、これは Cetuximab に含まれ

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るN-結合型糖鎖の非還元末端にガラクトースが付加することによって生じるヘテロジェネテ ィの存在を示している。ゲル中から抽出された Cetuximab においてもグライコフォームが検 出されており(Figure 9 (b), Peak 1’ ~ 5’)、マススペクトルにおいて検出されたそれらのピー クは未処理のCetuximabから得られたピークパターン(Figure 9 (a), Peak 1 ~ 5)と一致してい る。本結果より、SDS-PAGE から抽出された場合でも、Cetuximab に含まれる複雑なグライコ フォームの評価がインタクトマス測定から可能であった。

Figure 9. Deconvoluted mass spectra of Cetuximab; (a) control and (b) recovered sample from SDS-PAGE. Peak 1 to 5 were were due to heterogeneities of Cetuximab in control sample, which corresponded to peak 1’ to 5’ of recovered sample.

ここで、前項及び本項でインタクトマス測定した各抗体医薬品について、そのアミノ酸残 基数及び代表的なヘテロジェネティの理論質量並びにゲルから抽出された分子の測定質 量をTable 5 に示す。一連の結果から、インタクトマス測定から抗体医薬品の分子種、即ち、 一次構造を明確に識別することが可能となる。さらに電気泳動及びゲルからの抽出を経て も、その測定質量誤差は理論値に対して0.01%程度であり、十分な特異性を有する。よって 本手法は抗体医薬品の高選択的な特性解析手法として有効である。

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Table 5. Number of amino acid residue, theoretical mass and observed mass of main heterogeneity in mAb therapeutics recovered from gel.

mAbs

Amino acid

residues

Mass of most abundant mAb species

Theoretical mass (Da) Observed mass (Da)

Rituximab 1328 147240 147258 Bevacizumab 1334 149201 149216 Cetuximab 1326 152352 152354 本項の結果より、SDS-PAGE 及びインタクトマス測定を組み合わせたヘテロジェネティの 迅速な分析手法は抗体医薬品の特性解析に適用可能であり、また、SDS-PAGE を始めと するゲル電気泳動法においては、検体中に含まれる塩等の不純物の分離が期待されるた め、本手法は抗体医薬品の製造におけるPAT (process analytical technology)に対しても有 効な技術となり得ることが期待される。即ち、未精製の抗体医薬品を含む検体は、電気泳動 法で電荷的に分離され、精製処理されることとなる。本技術を応用した PAT により、例えば 製造工程中における抗体医薬品中の糖鎖や翻訳後修飾の挙動を明らかにし、管理するこ とで、製造失敗のリスクを低減できるほか、製剤の品質及び安全性を恒常的に確保できるこ とが期待される。

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22 小括 本章では、インタクトマス測定とゲル電気泳動法を組み合わせた、抗体の迅速な特性解 析手法を構築した。SDS-PAGE ゲルからの抗体の抽出においては、拡散抽出法に着目し、 SDC を含む緩衝液を抽出剤に用いることで、ゲル中の Rituximab を、高い収率で回収でき た。さらに、ゲル中から抽出された Rituximab に対してインタクトマス測定を行い、ヘテロジ ェネティの詳細な解析が可能であることを示した。また、Bevacizumab 及び Cetuximab に対 しても、高い再現性を持ってヘテロジェネティの解析が可能であることを示し、本技術が広 く抗体医薬品の特性解析に適用可能であることを明らかにした。電気泳動後のゲルから抗 体の抽出が可能となる本手法は、インタクトマス測定だけではなく、酵素消化を伴うペプチ ドマッピングや翻訳後修飾の解析にも広く応用し得るものである。 本研究結果が示すように、電気泳動法及び質量分析法は医薬品としての抗体の特性解 析及び定量分析において相互補完的かつ直交的に用いることで、抗体の詳細な分子情報 を得ることが可能になる。例えば、同じ質量を持つアイソフォームが電気泳動法で分離され る場合、電荷プロファイルの情報は、インタクトマス測定におけるヘテロジェネティの同定に 対して補完的に利用することが可能となる。さらに研究を進めることで、等電点電気泳動法 などの二次元ゲル電気泳動法とインタクトマス測定を組み合わせた抗体のヘテロジェネテ ィの解析を行えば、目的物質関連不純物や製造工程関連不純物と抗体の分析を一度に達 成することが可能であり、抗体医薬品製造における上流から中流においても活用できる選 択性の高い分離及び同定技術として有用なものと考える。インタクトマス測定において、 orbitrap 型質量分析装置など高質量分解能の装置を使用できれば、より高精度の質量情報 の取得も期待される[63]。 本章で示した抗体のヘテロジェネティに対する高選択的解析手法は、バイオ医薬品分 析の強力なツールのひとつとしてだけでなく、製造工程におけるPAT の一分析法としても、 その応用が期待される技術であるとともに、質量分析技術の高性能化と相まってトップダウ ンプロテオミクスにおけるタンパク質の構造・機能解析への応用も期待される。

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23

第二章:高速重イオンをプローブとする細胞レベルでの質量イメージング技

術の構築

緒言 分子の構造情報の可視化に加え、創薬研究において重要とされる技術の一つが顕微技 術、即ち、分子位置情報の可視化である。今日に至るまで、蛍光顕微技術[64]や電子顕微 鏡[65]など様々なイメージング技術が確立され、広く分子生物学の分野において利用され てきた。近年では複雑な生命現象や疾患メカニズムの解明のために、細胞レベルでのイメ ージング技術が求められつつある。例えばエキソサイトーシスは、エキソソームを構成する リン脂質の分子種と分布によって制御されており、細胞レベルでのイメージングによる詳細 なメカニズムの解明が求められている[66]。一方、同一の分子であっても、分布によって異 なる機能を発現する例も報告されている。例えば、プロオピオメラノコルチン由来のメラノサ イト刺激ホルモンは肥満症の指標となるが、神経細胞内に存在する場合は速い神経型伝 達信号の発生に寄与することが明らかとなっている[67]。これらの生体高分子のイメージン グにおいては、免疫染色法が広く用いられているが、対象が既知分子であり、それに対す る抗体が必要である。未知の分子に対しても利用できる感度の高いイメージング技術はポ ストプロテオミクスに必須である。近年のDrug delivery system (DDS)の研究では、投与され た薬物の細胞レベルでの分布を可視化し、より効率的な治療オプションの確立が試みられ ている[68,69]。さらに今後は細胞医薬品の品質と機能を担保するためのイメージング技術 も必要とされており[15]、今後創薬の分野において、分子イメージング技術が果たす役割 は、より重要となることは間違いない。 近年、新たな分子イメージング技術として質量イメージングが注目されている。質量イメ ージングとは物質を構成する分子・原子の分布について質量情報を基に可視化する技術 である。レーザーやイオンビーム等のプローブを照射すると試料中の分子はイオン化され る。この質量情報と位置情報を同期させれば、質量イメージを得ることができる(Figure 10)。 質量イメージングの特徴としては、物質固有の質量情報を元に可視化を行うので、従来の 顕微鏡技術とは異なり、直接的に試料中の分子を同定し、その分布を観察することが可能 となる。光学顕微鏡では分子の存在を抗体や染色剤を、電子顕微鏡では二次電子を間接

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24 的な情報として可視化しているが、質量イメージングにおいては検出効率の高いイオンを 分析対象とするため、直接的かつ高感度な検出が可能となる。さらに、試料中の分子に対 して免疫染色法のように、ラベリングを施す必要が無く、翻訳後修飾された生体高分子や、 薬品の代謝物の他、全く未知の生体分子に対してもイメージングを行うことが可能である。 故に核酸、タンパク質、糖鎖、脂質等を対象としたオミクス解析を行いつつ、空間情報を同 時に取得することが可能となる。特に創薬分野においては質量イメージングへ寄せられる 期待は高くなりつつあり、生体組織を構成する脂質やタンパク質の可視化[70,71]や、投与 された薬品及びその代謝物のスクリーニング[72,73]にも応用されつつある。

Figure 10. Schematic diagram of imaging mass spectrometry. Ions are emitted by irradiation of laser or primary ion beam. Position of irradiation and m/z of emitted ions are synchronized to acquire mass image.

様々な質量イメージング手法の中で、特に空間分解能に優れた分析法が SIMS

(secondary ion mass spectrometry:二次イオン質量分析法)である。プローブとしてイオンビ ームを利用して試料をイオン化し[74]、試料表面から放出される二次イオンの質量を分析 する手法であり、イオンビームを集束させることで、高い空間分解能を持つイメージの取得 が可能である。現在までに直径1 μm 以下に集束させた Cs+ ビーム等をプローブに用いて、 SIMS イメージングによってタンパク質や DNA を可視化した例が報告されている[75]。また、 脳の腫瘍細胞中に投薬された薬品を構成するホウ素等の元素について、数十 nm の空間

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25 分解能で可視化した例も報告されている[76]。 一般的にSIMS は高分子に対する感度が低く、これまでに主に元素のイメージングに用 いられてきた。一方で、質量イメージングによる可視化が求められる対象は、タンパク質や 脂質等の高分子にまで広がっており、それらに対してSIMS による細胞レベルイメージング を実現するためには技術革新が必要である。 細胞レベルでの質量イメージングに対して高い空間分解能を有し、かつ高分子の質量 分析を可能とするプローブが求められていることと、粒子加速器技術の進歩から集束した 高エネルギーイオンビームの利用が可能になった[77]という背景から、これまでに MeV エ ネルギーの高速重イオン[78–85]を SIMS におけるプローブとして導入し、MeV-SIMS の研 究を進めてきた[86–90]。その結果、従来の SIMS では測定が困難であった質量1 kDa 以上 のペプチドの検出に成功している[91]。本章では MeV-SIMS で動物細胞を構成する生体 高分子の検出を行い、細胞レベルでの質量イメージングを行った。

生体試料のイメージングに適した技術として、大気圧 MALDI(matrix assisted laser desorption/ionization : マ ト リ ク ス 支援レ ー ザ ー 脱離イオ ン 化法)や DESI ( desorption electrospray ionization:脱離エレクトロスプレーイオン化法)が用いられつつあるが、空間分 解能はいずれも100 μm 程度であるため[92–94]、数十 μm 程度の細胞のイメージングへの 適用は困難である。さらに、蛍光観察やPET(positron emission tomography:ポジトロン断層 法) のように、動的な生体分子の分布及び相互作用のin vitro、in vivo 質量イメージングに ついては未だ報告はない。このような背景から MeV-SIMS のプローブである高速重イオン の特性に着目し、低真空及び大気圧SIMS、即ち Wet-SIMS 実現のための研究を進めた。 本研究では MeV-SIMS により動物細胞を低真空下で測定した結果を示し、さらに Wet-SIMS イメージングの可能性について論じる。

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26 第一項:洗浄及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS 分析 本研究では動物細胞の質量イメージングにおいてMeV-SIMS の適用可能性を検証する ため、洗浄及び乾燥処理を施した動物細胞についてMeV-SIMS 分析を行い、細胞の構成 成分の検出を試みた。動物細胞は塩、糖、アミノ酸及び血清等のタンパク質が含まれる培 養液中で培養されるため、直接 MeV-SIMS 分析に供した場合、夾雑成分による妨害が懸 念される。従って、本研究ではPBS、次いで 0.1 mol/L 酢酸アンモニウム水溶液で細胞表面 を洗浄した。揮発性塩である酢酸アンモニウムを使用したのは、凍結乾燥時に、細胞表面 に塩を残留させないためである。一般的に SIMS は試料導入部に高真空環境が必要なた め、試料中の水分を除去する必要がある。本項では、細胞の構造を維持しつつ、水分を除 去できる凍結乾燥を採用した。 動物細胞の細胞膜は、脂質分子の二重層から構成されており、その成分としては PC (phosphatidylcholine)、LPC (lysophosphatidylcholine)、PI (phosphatidylinositol)及び SM (sphingomyelin)等が知られている。各脂質の一般的な構造を Figure 11 (a) ~(d)に示す。例 えばPC 16:0-18:1 は炭素数 16 不飽和数 0 及び炭素数 18 不飽和数 1 の脂肪酸を含む PC であることを示す。洗浄及び凍結乾燥処理を施した3T3-L1細胞に対し、プローブの 6 MeV Cu4+を3.8×108 ions/cm2の強度で照射し、直線型TOF-MS 装置で得られた正二次イオン及 び負二次イオンスペクトルをそれぞれFigure 12 (a)及び(b)に示す。Figure 12 (a)より細胞膜 の主成分であるPC のプロトン付加分子(m/z 760, [PC 16:0-18:1+H]+)や細胞膜に含まれる SM のプロトン付加分子(m/z 703, [SM 16:0+H]+)のピークが検出された。同時に、リン脂質 に特徴的なフラグメントイオン(m/z 184, C5H15NPO4+)も検出された。さらに低質量側には PC のフラグメントイオンと思われるピークが複数検出されており、その推定構造及びフラグ メントパターンをFigure 13 (a)に示す。なお、脂質に由来する二次イオンの推定においては、 データベース、Lipid Search [95]を参照した。本測定において細胞表面から検出された脂 質の中には、例えばPC 16:0-18:1 や SM 16:0 等、MALDI-MS でヒト間葉幹細胞から検出さ れている脂質と一致するものもあり[96]、レーザーをプローブとするMALDI-MSと同様に高 速重イオンをプローブとするMeV-SIMS で脂質の検出が可能であった。また、Figure 12 (a) に示す結果から、動物細胞表面に含まれるコレステロール の脱水酸基イオン(m/z 369, [Ch-OH]+)及び脱水素イオン (m/z 385, [Ch-H]+)も検出されている。

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Figure 12. SIMS spectra of (a) positively or (b) negatively charged secondary ions for the washed and freeze-dried 3T3-L1 cells with 6 MeV Cu4+ incidences. The precursor and fragmentions of various lipids were detected on the 3T3-L1 cell surfaces.

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Figure 13. Typical fragmentation pattern of (a) PC and (b) PI. Red font: positive ion, Blue font: negative ion. Figure 12 (b)より、負イオン測定においても細胞内におけるシグナル伝達物質として働く PI[97]のプロトン脱離分子(m/z 879, [PI 15:0-2:0-H]-)やリン脂質の一種であるLPC に由来 する二次イオン(m/z 636, [LPC 26:0-H]-)及びPI のフラグメントイオン(m/z 285, C8H14PO9- ) (Figure 13 (b))が検出された。 以上の結果から、MeV-SIMSで動物細胞膜の組成を反映したスペクトルの取得が可能で あり、質量700 Da を超える脂質分子の検出に成功したことから、従来の SIMS では困難で あった生体高分子のイメージングが可能である。 第二項:洗浄処理した動物細胞の低真空SIMS 分析 前項において洗浄及び凍結乾燥処理を施した細胞の表面から細胞膜を構成する脂質 分子の検出に成功した。しかしながら、本来細胞には多量の水分が含まれており、凍結乾 燥において、それらのほとんどが損なわれる。細胞の生存状態における分子位置情報をよ り正確に可視化するためには、生細胞状態で測定できることが望ましい。故に、MeV-SIMS で実現が期待される低真空SIMS 及び大気圧SIMS、即ち Wet-SIMS は細胞レベルでの質

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30 量イメージングにおいて重要な技術となり得る。 本項では、低真空 SIMS においても脂質を中心とする生体高分子の検出が可能かを検 証した。3T3-L1 細胞 を試料とし、洗浄した後、質量分析に供した。分析系としては高速重 イオンをプローブとするために改良を加えた直交加速型TOF-MS である AccuTOF システ ムを使用した。測定時の試料導入部の真空度は20 Paであり、一般的なSIMSに要求される 真空度(10-4 Pa)と比較して極めて低い。Figure 14 (a) (m/z 100 - 1000)及び(b) (m/z 600 - 850)に洗浄処理を施した 3T3-L1 表面から得られた正二次イオンマススペクトルを示す。 Figure 14 (a)より低 m/z 側には PC のフラグメントイオン(m/z 184.1, C5H15NPO4+, m/z 224.2,

C5H19NPO4+)のほか、コレステロールに由来するイオン(m/z 369.3, [Ch-OH]+, m/z 385.3, [Ch-H]+)や中性脂肪である MG (monoglyceride)の脱水酸基イオン(m/z 445.3, [MG 18:0-OH]+)も検出されている。高m/z 側(Figure 14 (b))においては細胞膜を構成する PC や SM のプロトン付加イオン(m/z 782.6, [PC 18:2-18:2+H]+, m/z 725.5, [SM 18:3+H]+ など)が 検出されている。本結果より、低真空SIMS においても高真空 MeV-SIMS と同様に、細胞 を構成する生体高分子の検出が可能であった。

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Figure 14. SIMS spectra of positively charged secondary ions for the washed 3T3-L1 cells with 6 MeV Cu4+ incidences at low vacuum. The m/z ranges are (a) 100 – 1000; and (b) 600 – 850. The peaks of lipid molecular ions were detected with high-mass resolution.

本測定においては、特に脱水処理を施していない試料のSIMS 分析系への導入及び測 定に成功した点について、注目に値する。即ち、従来の SIMS に必要とされる試料の脱水

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32 処理が低真空 SIMS においては必須ではないことが明らかとなった。プローブとして用い た6 MeV Cu4+の大気圧下における飛程は数mm であるため[98]、ビーム輸送系及び分析 系を改良できれば、Wet-SIMS の直接適用の実現は可能であると考える。 第三項:洗浄及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS イメージング 前項でMeV-SIMS が動物細胞を構成する生体高分子の検出に有効であることを述べた。 本項ではさらに MeV-SIMS による細胞レベルでの質量イメージングの結果を示す。Figure 15 (a)及び(b)に洗浄、凍結乾燥処理を施したラット白色脂肪細胞表面の光学像及び質量イ メージをそれぞれ示す。質量イメージの対象はリン脂質に特徴的なフラグメントイオン PO3- (m/z 79)である。プローブ照射時に、脂質のイオン化と同時にフラグメンテーションも発生す るため、本フラグメントイオンが細胞表面を構成するリン脂質の所在を示していると言える。 質量イメージのステップ幅は5 μm、ピクセル数は 30×30 pixels、視野は 150×150 μmとした。 また、1 pixel あたり 10 s の測定時間でイメージングを行った。Figure 15 (b)において、細胞 の形状が明確に可視化できていることが分かる。隣接して培養状態にあったと考えられる 二つの細胞の識別にも成功し、それぞれが個々の細胞であることが明確に示された。本結 果から凍結乾燥処理を行った動物細胞に対して、5 μm の空間分解能で MeV-SIMS によ る細胞レベルイメージングが可能であった。

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33

Figure 15. Optical image of rat white lipid cells washed with ammonium acetate solution (0.1 mol/l) and freeze-dried in the vacuum chamber. (b) MeV-SIMS image (30 × 30 pixels) of PO3−

ions (m/z 79) from the cell surfaces over a 150 μm× 150 μm field of view with a pixel size of 5 μm. 第四項:凍結割断及び凍結乾燥処理した動物細胞のMeV-SIMS イメージング 前項において、MeV-SIMS で細胞レベルでの質量イメージングを行った。本項ではさら に、凍結割断法で細胞内部を露呈させた検体に対して、質量イメージングを行った結果に ついて述べる。なお、凍結割断法は、特別な装置を必要としない簡便な手法であることから、 近年SIMS イメージングの試料調製に用いられつつある[99]。その概要を Figure 16 に示 す。即ち、基板上で培養された動物細胞に対して、新たに基板を重ね、凍結させた後に、 基板を剥がすことで細胞の割断面を得る手法である。

(37)

34

Figure 16. Schematic diagram of freeze fracture method. Animal cells cultured on the substrate were sandwiched by another clean Si substrate, and the sandwich was frozen in liquid nitrogen. The sandwich was separated under liquid nitrogen atmosphere.

Figure 17 (a)及び(b)に割断された細胞の細胞膜並びに核膜を捉えた光学像及び蛍光像 をそれぞれ示す。なお、割断時に新たに重ねた方の基板に付着した細胞片を観察対象と した。蛍光像から、割断された細胞片の形状が明確に観察された。Figure 17 (c)及び(d)に 割断された細胞片の質量イメージを示す。(c)及び(d) はリン脂質に共通して検出されるフラ グメントイオンPO3- (m/z 79)及び PI に由来するフラグメントイオン(m/z 285, C8H14PO9-)のイメ ージを示している。質量イメージのステップ幅は3 μm、ピクセル数は 50×50 pixels、視野は 150 μm ×150 μm とした。また、1 pixel あたり 5 s の測定時間で質量イメージを取得した。 Figure 17 (c)及び(d)より、PO3--だけでなく、PI に特徴的なフラグメントイオンについてもその 分布を可視化できていることが分かる。いずれも細胞膜を構成する脂質に特徴的なフラグ メントイオンであることから、検体は細胞膜部分を剥離したものであると予想される。なお、 本研究では、フラグメントイオンの質量イメージに留まったが、第一項及び第二項に示すと おり、原理的には脂質のプロトン付加分子等のMeV-SIMS 測定は可能であるため、プロー ブ輸送系及び分析系の改良を加えるとともに高感度化することで、将来的には脂質分子そ のもののイメージングが可能になることが期待される。

(38)

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Figure 17. (a) Optical image of rat white lipid cells washed and freezefractured; (b) fluorescence images of DiOC6(3) in the membrane and nuclear envelope; (c) MeV-SIMS image (50×50

pixels) of PO3− (m/z 79); and (d) fragment ions of PI (phosphatidylinositol) (m/z 285) from the

fractured cells over a 150 μm× 150 μm field of view with a pixel size of 3 μm. Red dashed lines reveal outline of cells in optical image. Ion images were also obtained from the substrate area in optical and fluorescence images (white dotted circle area in (b)).

(39)

36 べき点である。これは分析対象とした試料が、割断時に新たに重ねられた基板に付着した 細胞であり、即ち培養状態における培養液の汚染の影響をほとんど受けていないことに起 因すると考えられる。よって、凍結割断法は汚染の影響を受けにくい試料調製法としての側 面も持つと言える。 さらにFigure 17 (c)及び(d)に示した質量イメージにおいて、蛍光像で確認されていない 位置(Figure 17 (b)破線内)からも二次イオンのシグナルが検出されている。これは蛍光染 色された剥離片が極めて薄く、蛍光像による観察が困難であることに対し、試料表面数 nm の分子を検出する SIMS は極めて高感度であることから、薄膜上の微少量の分子の検出 を達成できることを示している。即ち、MeV-SIMS イメージングにより細胞の切片化の影響 を受けず、広範囲の可視化が可能であった。 本結果より、一般的な免疫染色法等では困難な、同一領域内に存在する、異なる分子を 同時にイメージングできることが質量イメージングの大きな利点である。複数種の分子情報 を得ることで、分子間の相互作用の可視化にも応用でき、細胞レベルにおけるダイナミック な生命現象の理解につながることが期待される。例えば、細胞内で生合成される糖脂質 [100]について、修飾の前後における分子種の分布を可視化することで、糖転移酵素や加 水分解酵素による修飾が発生する細胞内位置の解明が可能になる等、代謝疾患メカニズ ムの解明等への応用が期待される。さらには、予め癌化細胞に特徴的に発現するリン脂質 等[101]を可視化し、投薬された薬剤及びその代謝物の位置情報を重ね合わせることで、 作用機序の解明や効果的なDDS の開発研究への応用が期待される。

(40)

37 小括 本章では高速重イオンをプローブとする MeV-SIMS により、動物細胞の質量イメージン グを行い、凍結乾燥させた動物細胞の表面から、細胞膜を構成する脂質分子の検出に成 功した。また、洗浄及び凍結割断処理を施した動物細胞について、高感度かつ高空間分 解能のイメージングに成功した。さらに、一般的に高真空環境が求められるSIMS に対して、 20 Pa の低真空下で MeV-SIMS を行い、細胞膜を構成するリン脂質やコレステロールの検 出に成功した。以上の結果は、高速重イオンをプローブとすることで、高真空下だけでなく、 低真空下においても動物細胞を構成する生体高分子が検出可能であることを示しており、 さらには水分の存在下においても細胞の質量イメージングを可能とする Wet-SIMS の実現 が期待される。Wet-SIMS により、従来の質量イメージング法では困難であった、生細胞に おける動的な情報の取得も期待される。例えば、試料表面の高感度検出という SIMS の特 徴を活用して、細胞表面に存在し、細胞間の相互作用を制御する分子等[102]のイメージン グへの応用可能性が期待される。さらに、細胞表層に局在するタンパク質を繋ぎ止める役 割を果たす GPI (glycosylphosphatidylinositol)が細胞の変異と、癌を始めとする疾患メカニ ズムに深く関与していることが報告されているが[103]、SIMS を使って GPI の分布を可視化 することで創薬への応用の可能性がさらに広がるものと考えられる。一般的に質量イメージ ングに用いられているMALDI が数十μm 程度の深さ方向の領域についてイオン化/脱離 させる点を考慮すると[104]、本技術は細胞表面のみを高い空間分解能で特異的に可視化 できる手法として有望である。 本研究では主に脂質の可視化に着目したが、既に MeV-SIMS により、ペプチドの一種 であるグラミシチジン(質量1882 Da)の検出にも成功しており[105]、質量 1000 Da を超える ペプチド等の可視化の実現が示唆される。また、核酸やタンパク質に対しては、特徴的な フラグメントイオンをターゲットとすることで分子間の識別が可能となり、それらの高分子のイ メージングの実現が期待される。 本技術の進展に伴い、細胞を構成する小器官やさらには代謝物等のダイナミックな位置 情報の取得が可能となることで、従来の手法では可視化が困難であった、微小領域におけ る複雑な生命活動のメカニズムの解明が期待される。これらの情報は、医薬品研究におけ る、効率的な創薬、薬効・安全性評価及びDDS の探索に対して大きな効果をもたらすもの

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38 であると考えられる。

Figure 1. InstantBlue stained SDS-PAGE images: (a) non-reduced and (b) reduced Rituximab
Figure 2. InstantBlue stained SDS-PAGE images: (a) non-reduced and (b) reduced Rituximab
Figure 3. Reproducibility for the procedure of extracting mAbs in gel. SDS-PAGE for  Bevacizumab was conducted on non-reduced condition in three separate gels followed by  extraction of the migrated Bevacizumab with SDC buffer
Figure 4. Electropherograms of 2-AA labeled N-glycans released from Rituximab: (a) control  and (b) recovered sample from SDS-PAGE
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