S状結腸間膜内ヘルニアの1例
岩崎
一 , 藤田
徹 , 大橋 正樹
1 茨城県つくば市高見原1-2-39 筑波胃腸病院外科 要 旨 症例は 50歳男性で主訴は下腹部痛. 血液検査所見で炎症反応の軽度の上昇を認め, 腹部造影 CT で拡張した小腸と左下 腹部で小腸径の狭小化を認めた.入院し保存的加療を行ったが症状は改善せず,第 7病日に開腹手術を施行し,S状結腸間膜 内ヘルニアと診断された. 陥入していた小腸に虚血の所見は認めず小腸切除は不要であり, 間膜欠損部を絹糸で縫合閉鎖し た. 経過は順調で術後 16日で退院となった. S状結腸間膜内ヘルニアは比較的稀な疾患であり, 若干の文献的 察を加えて 報告する. はじめに S 状結腸間膜内ヘルニアは S 状結腸間膜の先天的な欠損 部に腸管が貫入する比較的まれな疾患である. 術前診断は 一般に困難であり, 原因不明の内ヘルニアとして手術が行 われることが多い. 今回我々はイレウス管造影で診断され た S状結腸間膜内ヘルニアを経験したので, 文献的 察を 加えて報告する. なお, 本報告に関して利益相反はなく, 個 人情報は充 に匿名化されかつ個人情報の取り扱いについ て本人から同意を得ている. 症例 症 例:50歳, 男性 主 訴:下腹部痛 既往歴:特記すべきものなし. 現病歴:24時間持続する下腹部痛を主訴に当院を受診し た. 嘔気・嘔吐は認めなかった. 理学的所見:身長 167 cm, 体重 55 kg. 体温 36.7℃, 血圧 146/86 mmHg, 脈拍 86回/ で整. 腹部は軽度膨隆し下腹 部に圧痛を認めたが筋性防御は認めなかった. 入院時血液検 査 所 見:白 血 球 数 は 8,200/μlと 正 常 だ が CRPは 1.97 mg/dlと軽度の上昇を認めた. また γ-GTPは 111 IU/lと軽度の上昇を認めた. 腹部単純X線検査所見:ニボー像を認めた. 腹部造影CT所見:拡張した小腸と, それを追跡すると左 下腹部の S状結腸の背側で小腸の径が狭小化していたが 明らかな 扼像は認めなかった (図 1). 以上の所見よりイレウスの診断でイレウス管を挿入のの ちに入院となった. 症状は一旦寛解したが入院 3日目にイ レウス管造影を行ったところ, 左下腹部にループ状の小腸 が観察され内ヘルニアが疑われた (図 2). 入院 7日目に開 ―163― 文献情報 キーワード: イレウス, S 状結腸間膜内ヘルニア, 内ヘルニア 投稿履歴: 受付 平成28年2月8日 修正 平成28年3月2日 採択 平成28年3月10日 論文別刷請求先: 岩崎 一 〒300-1252 茨城県つくば市高見原1-2-39 筑波胃腸病院外科 電話:029-874-3321 E-mail:tsukuba@tsukubaichou.com症例報告
2016;66:163∼166腹手術を施行した. 手術所見:下腹部正中切開で開腹し腹腔内を観察すると, S 状結腸間膜左葉の欠損部に小腸が約 10 cm陥入していた (図 3-a). 陥入した小腸は容易に腹腔内に還納され, 軽度の 発赤は認めたものの虚血の所見は認めなかった. ヘルニア 門の径は 2 cmであり, 3-0絹糸で縫合閉鎖した (図 3-b). 術後経過: 術後 4日より食事を開始し, 術後 16日で退院と なった. 察 天野ら によれば, S状結腸間膜に関連する内ヘルニアは 内ヘルニア全体の 5%程度を占めるまれな疾 患 で あ り, Benson ら はこれを① S 状結腸間膜窩ヘルニア: S 状結腸 左葉と壁側腹膜との癒合部 (Toldtの癒合筋膜)に腸管が陥 入する② S状結腸間膜裂孔ヘルニア: S状結腸間膜の貫通 性の欠損部に腸管が嵌入する③ S状結腸間膜内ヘルニア: S 状結腸の左葉または右葉の間膜の先天的な欠損部に腸管 が陥入する,の 3つに 類している (図 4).我が国での矢澤 ら の報告によれば,S状結腸間膜内ヘルニアが 57.3%,S状 S 状結腸間膜内ヘルニアの 1例 図1 腹部造影 CT にて左下腹部の小腸径が狭小化して いる (矢印). 図2 イレウス管造影にて, 左下腹の小腸に loop像を認める.
a
b
図3 a. 腸間膜左葉の欠損部に小腸が陥入している. b. 欠損部を絹糸で縫合閉鎖した. 図4 S 状結腸間膜に関連するヘルニアのシェーマ. ① S 状結腸間膜窩ヘルニア ② S 状結腸間膜裂孔ヘルニア ③ S 状結腸間膜内ヘルニア ―164―結腸間膜窩ヘルニアが 24.5%, S状結腸間膜裂孔ヘルニア が 18%の割合である. 本症例のヘルニア門は図 3-aで示し たように Toldtの癒合筋膜ではなく S状結腸間膜左葉に存 在し, 間膜を貫通していないことから, ③の S状結腸間膜 内ヘルニアに相当する. 「S状結腸間膜内ヘルニア」をキーワードに医学中央雑誌 で 1983年から 2015年までで検索すると (会議録は除く), 52例の国内報告例を認めた. 自験例を含めた 53例のまと めを図 1に示す. 年齢は 14歳から 96歳で平 58.6歳で あった. 性別は男性 46例, 女性 7例と男性が女性の約 7倍 であった. 発症から手術までの日数は 0日から 34日まで で平 10.8日であった. イレウス管の留置は 53中 44例 (83%) に行われていた. 術式は開腹手術が 37例, 腹腔鏡下 に完遂したものが 11例, 腹腔鏡下から開腹に移行したも のが 5例であった. 阻血による腸管切除は 8例 (15.1%) で 行われていた. 臨床的に特に重要な点として, 腸管切除の 適応が挙げられるが, S状結腸間膜内ヘルニアでは 15.1% のみで腸管切除が行われたのに対し S状結腸間膜裂孔ヘ ルニアでは実に 45.5%が腸管切除に至っている. これはヘ ルニア陥入部対側の S状結腸間膜が存在するために陥入 する腸管の長さが限定され, 虚血を起こしにくいためと えられる. このため, 本疾患では腹部症状が軽度で比較的 長期間, 保存的治療が行われている可能性がある. 本疾患は特徴的な臨床所見に乏しく術前診断は一般に困 難であるが,腹部 CT と小腸造影が有用とされている.鯉沼 ら は CT における特徴的所見として, ①壁肥厚を伴う限局 した嵌 小腸とうっ滞した腸間膜内血管, ②嵌 小腸がだ るま用に存在し, ループを形成する. ③嵌 小腸に連続す る小腸が S状結腸の左葉側に回りこむように位置する, の 3つを述べている. 自験例では後方視的に確認すると②③ を認めることができたが入院時には診断はできなかった. イレウス管造影でループ形成が確認されたため, 内ヘルニ アを疑い手術を決断することができた. 術式に関しては近年腹腔鏡下での当疾患の手術が増加し ており, 広田ら は術前の病態把握とイレウス管による減圧 を十 に行うことで, 安全な腹腔鏡手術が可能になると提 言している. 実際に診断能力と治療へのスムーズな移行と いう利点から, 本疾患は審査腹腔鏡のよい適応と えられ る. しかしその場合でも, 拡張した腸管のため視野が不十 である, または明らかな腸管の虚血が認められる, など の場合は開腹手術への移行を躊躇すべきでないと えられ る. おわりに S 状結腸間膜内ヘルニアによりイレウスを発症した症例 を経験した. 画像による診断は比較的困難であり, 保存的 治療が長引きやすい傾向にある. 開腹歴のないイレウスで 確定診断がつかない場合は, 必要に応じて審査腹腔鏡を 慮することが有用と えられる. 文献 1. 天野純治. 内ヘルニアの診断と治療. 外科 MOOK52. 東京: 金原出版, 1989:85-96.
2. Benson R, Killen DA. Internal Hernias Involving the Sigmoid Mesocolon. Ann Surg 1964;159:382-384. 3. 矢澤武 , 清水智治, 目片英治ら. 術前診断した S 状結腸間 膜窩ヘルニアの 1例. 日本臨床外科学会雑誌 2011; 72: 2676-2680. 4. 大島隆一, 湊 栄治, 櫻井 ら. S状結腸間膜裂孔ヘルニ アの 1例. 日本臨床外科学会雑誌 2010;71:839-843. 5. 鯉沼潤吉, 武山 , 笹村裕二ら. 術前診断した S 状結腸間 膜内ヘルニアの 1例. 日本臨床外科学会雑誌 2004; 65: 722-725. 6. 広田将司, 三方彰喜, 岩瀬和裕ら. S 状結腸間膜内ヘルニア 嵌 に対する鏡視下手術の 1例.外科 2008;70:1579-1582. 表1 S状結腸間膜内ヘルニアの本邦報告 53例のまとめ(自験例を含む) 症例数 53 年齢 平 58.6 (14∼98) 性別 男性 46 女性 7 発症から手術までの日数 平 10.8 (0∼34) イレウス管留置 あり 44 なし 9 術式 開腹手術 37 腹腔鏡下手術 11 腹腔鏡下→開腹 5 腸管切除 あり 8 なし 45 ―165―
A Case of Intramesosigmoid Hernia
Kenichi Iwasaki , Toru Hujita and Masaki Ohashi
1 Department of Surgery, Tsukuba-Ichou Hospital, 1-2-39 Takamihara, Tsukuba, Ibaraki 300-1252, Japan
Abstract
A-50-year-old man with lower abdominal pain visited the hospital. Laboratory tests showed a slight inflamma-tory response. Contrast-enhanced computed tomography revealed intestinal dilatation and local narrowing of the intestine in the left lower quadrant. Conservative therapy using an ileus tube failed to relieve symptoms, necessitating laparotomy seven days after admission;an intramesosigmoid hernia was diagnosed. The strangulated ileum was preserved,and the hernia orifice sutured closed. The patient was discharged on the 16th day after surgery. Intramesosigmoid hernia is a rare condition, so we report our experience along with a literature review.
Key words: ileus, intramesosigmoid hernia, internal hernia ―166― S 状結腸間膜内ヘルニアの 1例