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JAIST Repository: 標準化をつかった事業戦略 : インテルのプラットフォーム戦略の事例(標準化(2),一般講演,第22回年次学術大会)

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Academic year: 2021

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JAIST Repository

https://dspace.jaist.ac.jp/ Title 標準化をつかった事業戦略 : インテルのプラットフォ ーム戦略の事例(標準化(2),一般講演,第22回年次学術 大会) Author(s) 立本, 博文 Citation 年次学術大会講演要旨集, 22: 334-337 Issue Date 2007-10-27

Type Conference Paper Text version publisher

URL http://hdl.handle.net/10119/7278

Rights

本著作物は研究・技術計画学会の許可のもとに掲載す るものです。This material is posted here with permission of the Japan Society for Science Policy and Research Management.

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1I06

標準化をつかった事業戦略

─インテルのプラットフォーム戦略の事例─

○立本 博文(東京大学ものづくり経営研究センター 特任助教) I. はじめに 近年、製品開発論や競争戦略論の分野では、製 品のアーキテクチャの視点を取り入れた実証分 析が盛んに行われている。アーキテクチャベース の戦略の中で、もっとも強力な戦略がプラットフ ォーム(PF)ベースの戦略である。本論文では、「PF を形成するとはどういうことか?」ということを、 部品メーカの視点で分析する。 本論文では、PF 戦略を活用した代表的事例とし てインテルのケースを取り上げある。いうまでも なくインテルは世界最大の半導体メーカである。 同時に、PC の PF リーダでもある。今日では、イ ンテルが世界の PC をイノベートしていることを 誰も疑わない。インテルは、PF ビジネスで最も成 功したケースとしてとりあげられている。 ところで、もう一度よく考えてみたい。PC をは じめて世の中に送り出したのは、IBM である。い うまでもなく IBM はセットメーカ(システムメー カ, 完成品メーカ)である。IBM に続いた COMPAQ のような互換機メーカもセットメーカであった。 CPU は、パソコンの重要なデバイスではあるが、 たかだか1つの部品である。 なぜ一介の部品メーカであったインテルが、完 成品メーカである IBM や COMPAQ を凌駕し、現在 では PC アーキテクチャの PF リーダーになること ができたのか?この疑問が、本論文の執筆のもっ とも大きな動機である。 II. 問題設定 インテルの CPU 事業のケースは、PF リーダーシ ップの事例として捉えられたり(Gawer and Cusumano, 2002)、オープンイノベーションの事 例として捉えられたり (Chesbrough,2004;Chesbrough,2006)している。 両者とも,PF を提供することによって、多様な補 完業者が PF の上でビジネスをすることを可能に し、それによって全体として大きなイノベーショ ンを果たしていると考えている。彼らの視点では、 多様な補完業者が作り出す、生態系のような経済 システム(エコシステム)に特に注目している。 簡略化をすれば、「オープンイノベーション= PF + エコシステム」という図式を念頭に置き、エコシ ステムを繁栄させるような PF を構築することに より、全体システムのイノベーションが自律的増 殖していくという価値観を提示している。同様の 主張は、Baldwin and Clark(2000)でもみられ、 PF の話は明示的にされていないものの、エコシス テムがモジュラークラスター型のシステムであ るが故に、現在のアメリカのコンピュータ産業の 繁栄につながったと主張している。つまり、オー プンイノベーションのメカニズムの解明こそが 現在のアメリカのコンピュータ産業の理解では 欠かせないと言うわけである。 もし日本のエレクトロニクス産業がこれらの議 論を参考にしようとすると、PF の性質をよく知る 必要があると思われる。オープンイノベーション の議論では、PF とエコシステムの総和で構築され る付加価値が、PF 普及のドライバーであり、より 繁栄したエコシステムを作るためには、オープン PF が必要であると捉えられている。しかし、エコ システムと PF との界面ではなく、PF そのものが 持つ特性は、未だ明らかにされていない。現実の ビジネスを考えると次の 3 点で疑問が生じる。 ①オープンイノベーション下では、自社が受け 持つ PF をオープンにすることによって、エコシ ステムへ企業を誘致する。しかし、真にオープン であるならば、PF を提供する企業が付加価値を獲 得することは難しいのではないだろうか。PF ビジ ネスを行う企業は、どうやって付加価値を獲得し ているのだろうか? ②エコシステムとは別に PF を普及させるメカ ニズムがあるのではないだろうか?もしそうでな いならば、PF ビジネスは完全にエコシステムを構 築する他社に依存したビジネスになる。PF ビジネ スとはそのように他者に依存したビジネスなの だろうか? ③米国型の PF とは、部品メーカが提供してい る例が多い。部品メーカが PF ビジネスを行う過 程で、なぜ、部品メーカがセットメーカから主導 権を獲得できるのか? ①~③が本論文の問題設定となる。 III. 調査分析デザイン 調査対象として、オープンイノベーションの典

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型例であるインテル社の CPU 事業のケースを取り 上げる。調査の目的は、オープンイノベーション 下におけるビジネスモデルのメカニズムを詳細 に明らかにすることである。よって、多数のサン プルを対象にしたアンケート調査よりも、典型的 な1事例を丹念に調べ、因果関係を見つけ出す事 が合理的であると考える。 次に、本研究の分析の視座として、アーキテク チャ概念を用いる。アーキテクチャ概念は、要素 間の関係性(依存関係)を分析対象とする。PF の 議論をする際は、システムにおける PF を構成す る要素間の関係およびエコスステムと PF との界 面が重要になる。このため、アーキテクチャ視点 を持ち込み分析を行うことが有益である。 IV. インテルの事例記述 i) 分析対象データソース: 統計データ・文献データおよびヒアリングデータ を分析対象とした。 統計データ・文献データ: A)アーキテクチャを知るため、代表的パソコンの CPU および周辺回路が接続するバスの回路図 B)各バス構造の推進過程の把握のため、技術文 献・各種のインターフェース規格/標準の関連の文献 C)当時のインテルの動向を知るため、エレクト ロニクスサプライヤー向け産業情報誌 D)PF を間接的に支援する補完業者の役割を把握 するために、専業マザーボードメーカが多数立 地 す る 台 湾 の マ ザ ー ボ ー ド 生 産 統 計 (1982-2000 年) E)PF の効果測定のためパソコンおよび部品の価 格データ(1995-2003 年) 聞き取りデータ(1 回 2 時間のヒアリング:ヒアリ ング期間は 2006 年~2007 年) F)日系・台湾系パソコンメーカ関係者へのヒアリ ング(4 社 5 回) G)日系半導体メーカ関係者へのヒアリング(4社 8 回) H)半導体関連研究所(3 社 6 回) I)アジア産業関連研究所(1 社 2 回) J)インテル関係者へのヒアリング(2 社 3 回) K)日系サードパーティ(拡張 IO デバイス開発業 者)へのヒアリング(3 社 4 回) L)台湾 MB メーカへのヒアリング(2 社 2 回) M)設計ツールベンダーへのヒアリング(2 社 3 回) 計 21 社 33 回(約 66 時間) ii)インテル CPU 事業の事例記述 インテルが現在の PF リーダとして現在の地位を 獲得する第一歩となったのが、1993 年に投入した Pentium CPU の世代である。それ以前のインテル は、CPU のシェアこそ高かったものの決して PF リ ーダではなかった。技術力のある完成品メーカで ある IBM や Compaq がパソコンにおけるイノベー ションのリーダーシップを握っていた(立本, 2007)。IBM は自社で Intel 互換 CPU を製造する権 利・能力を持っていた。しかもパソコンのイノベ ーションは、CPU に集中していたわけではなく、 例えばグラフィック性能やマルチメディア性能 のようにシステム全体に関わるものであった。 さらに 1990 年代初頭、インテル社にとっては 次に示すような4つの困難が持ち上がった。①イ ンテルが提供する CPU よりも理論的に高性能な処 理性を発揮する事が出来る RISC CPU の登場②互 換 CPU メーカの台頭③完成品であるパソコン価格 の下落④CPU 性能を完全に発揮できないレガシー システムの存在。①~④のため、インテルは、セ ットメーカに依存せず CPU を進化させる仕組みを 構築する必要があった。1992 年に新しいバス構造 を策定知るために主要メーカとともに PCI SIG を 設立し、1993 年にはその後広く普及した PCI rev2.0 を発表した。これと同時期にインテルは従 来独立した事業であったチップセット事業を CPU 事業の下に置き、チップセットと CPU とを同じ製 品計画スケジュールの上で開発するようになっ ていった(Yu, 1998; Burgelman 2002)。インテル は自社が提供する CPU とチップセットにより、PF を構築することに成功した。インテルが提供する PF は、今日に見られるように広くデスクトップパ ソコン、ノートパソコンに採用されるに至った。 特に PF を構成する CPU シェアでは 80% 以 上,チップセットシェアでは 75%以上のシェア (2004 年)を達成することが出来た。 V. 分析 ① PF に付加価値が集中するメカニズム インテルが提供した PF は、様々なレベルでパ ソコンにオープンな標準規格を提供した。彼らの 標準化は、パソコンの全てを標準化したように見 える。しかし、その標準化対象領域を精査すると、 CPU とチップセットによって構築したインテル PF の外部インターフェースのみを標準化してい ることがわかる(図1)。例えば、どのようなメモ リ(DRAM)が接続できるか、どのような HDD が 接続できるのかといった CPU とチップセットの 外部インターフェース(IF)の標準化を次々にして いった。標準規格の中には、USB 規格(周辺機器 とのIF 規格)や AC97 規格(ソフトウェアモデム 規格)のように、CPU に付加価値が集中するも のが含まれていた。例えば、USB 規格では USB の インターフェースは、チップセットの外側に設置 される。

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インテルの関係した標準化領域(標準化/独自/許諾) PCIスロット PCIバス CPU PentiumⅢ MCH (メモリ コントロールハブ) AGPスロット SDRAM 周辺機器:USB HDD ICH (I/Oコントロール ハブ) ファームウェア ハブ ハブインターフェース オーディオ:AC’97 標準化 独自仕様 ライセン スによる 許諾 独自仕様 ライセンス による許諾 標準化 標準化 ピン配置 標準化 標準化 標準化 標準化 インテルが共同または 単独で行った標準化領域 公開していない領域 ライセンスによって許諾を 行っている領域 ②IFを標準化して チップセットにインテグレーション ①CPUの世代を自由に 進化させる事が出来、かつ、 互換CPUメーカが参入できない P-6バス(PentiumⅡ/Ⅲ)以降のバス 図 1 しかし、USB プロトコルを実際に処理するのは CPU と OS のドライバー層である。そのため、より早 い転送速度や多くの USB インターフェースを実現 するためには、より高速処理ができる CPU が必要 となった。ユーザーは便利な周辺機器を使ったり、 ソフトウェアモデムで通信をするためにより高 性能な CPU を求めつづけるというサイクルができ た。 平均価格変化率[1995年基準] 0% 20% 40% 60% 80% 100% 120% 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 インテル CPU平均単価変化 率 日本国内パソコン平均単価 変化率 HDD平均単価変化率 図 2 この結果 PF で守られた CPU の価格はほとんど 下がらないが、PF の外側に配置された HDD な どの価格が著しく下落した。この結果、完成品で あるパソコンの価格も同時に下落した(図 2)。さ らに、USB や AC97 等の規格がオープン標準で あったため、完成品同士での差別化が出来ず、コ モディティ化の傾向に拍車がかかった。この結果、 完成品価格下落傾向が拡大した。 ② PF を普及させるメカニズム インテルがチップセットを大量に外販するよ うになる以前は、最新式の CPU に対応するチッ プセットを開発するのはセットメーカーの仕事 であった。セットメーカは自社パソコン用にチッ プセットを開発して、高い価格で完成品を販売し 利益を得るというビジネスを行っていた。しかし、 1995 年にインテル社は Triton というチップセッ トを大量に市場に供給した。インテルが販売した チップセットの大量受容者は、台湾のマザーボー ドメーカであった。1995 年頃の台湾では、イン テルのチップセットを使ったマザーボードを販 売するメーカが急増した(図 3)。 標準化活動 台湾MBメーカへの働きかけ MB事業 台 湾 で の デ ス ク ト ッ プ P C ・ マ ザ ー ボ ー ド の 生 産 0 2 0 4 0 6 0 8 0 1 0 0 1 2 0 1 4 0 1 6 0 1 8 0 2 0 0 1 9 8 61 9 8 7 1 9 8 8 1 9 8 9 1 9 9 01 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 31 9 9 4 1 9 9 5 1 9 9 61 9 9 7 1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0 y e a r bi l N T D D e skto p P C M B 1995 ATX規格 1996 台湾MBメーカと 製造委託契約締結 1997 Micro-ATX規格 1999 Flex-ATX規格 1993 自社で MB生産 台湾のデスクトップPC/マザーボード生産 Chipset事業 1995 Chipset シェアトップ 1986 INTEL ASIC事業 1992 486 Chipset 1993 Pentium Chipset 1988 EISA チップセット 1994 3-2-1 plan 1993 INTEL 台湾MBメーカに 苦言 1995 MB 計画未達 図 3 同時期の台湾マザーボード(MB)市場では 40 社程 度のメーカがマザーボード市場に参入していた。 インテルのチップセットを使ったマザーボード は、粗利率50%以上という高い利益率があった。 従来であればそのような粗利率の高い最新式の MB は、高い技術力を持つ PC メーカだけが作れ た物であった。しかしインテルのチップセットを 使用することで台湾MB メーカでも最新式 MB を 上市することが出来るようになった。彼らは、 ODM 市場・クローン市場にインテル製チップセ ットを搭載したマザーボードを大量供給した。 この結果、台湾マザーボード産業は、1995 年以降 急激に成長し、1990 年後半には世界の 75%以上を 台湾 MB メーカが供給するという事態になった。 ③ 部品メーカにイノベーションの主導権が移る メカニズム

インテルは、PCI SIG で PCI バスを制定し 1993 年 以降チップセットを供給した。インテルのチップ セットの構成では、図 4 のようにそれまでセット メーカのノウハウであった部分を 2 つのチップセ ット間のオープン領域に移動させたものであっ た。このアーキテクチャでは、CPU とその他のデ バイス(GPU,メモリ)との依存性を排除する事が 可能になったが同時に、従来セットメーカのノウ ハウであった部分はオープン標準化の領域にさ らされることになった。PentiumⅡの世代では、 図 1 に見られるように、2 つのチップセット間の オープンにしていた部分をクローズ領域に戻し、 インテルの CPU とチップセットの間は完全にクロ ーズな関係になった。CPU とチップセットの間は 特許をベースにしたライセンス契約によって守 られることになった。これにより、本来セットメ ーカのノウハウが存在していた領域には、インテ ルが構築した PF が取って代わることとなった。 これにより、セットメーカが差別化する要因が少 なくなっていった。

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14 オープン領域の変化:インテルは互換機メーカの付加価値の 源泉をオープン化した CPU メモリ GPU HDD バス ブリッジ 低速 I/O インテル主導でPCIバスが 導入された 低クロック バス ブリッジ 中間 高 速 バ ス (P CI ) CPU GPU メモリ HDD 低速 I/O 互換機メーカ主導で ISAバスが導入された 高クロック 低クロック ISAバス =IEEE規格 高クロック PCIバス =PCI SIG規格 バス ブリッジ もともとの オープン領域 新たに オープンになった 領域 クローズ 領域 インテル インテル インテル インテル PCメーカ バス設計がセット メーカのノウハウ 図 4 インテルの PF は、その外部インターフェース がオープン標準であるため、パソコン間での違い はない。よって、PF をつかった完成品は、コモデ ィティかしやすいという性質を持つ。そして、イ ンテルの PF を大量に世界に普及させたのは新興 国である台湾の MB メーカ/ODM メーカであった。 この結果、パソコン製品の主導権は、セットメ ーカから部品メーカであるインテルに移ること になった。 VI. インプリケーション 1)インテルは PCI プロトコル導入時に、バス・ アーキテクチャを変更し、従来セットメーカが 付加価値の源泉としていた部分をオープン化 した。一方で CPU とチップセットでつくった PF の内部は一切ブラックボックスにした。内 部情報を得るためには、NDA ライセンスもし くは特許ライセンスの許諾が必要であった。こ の結果、互換 CPU メーカおよびセットメーカ は、インテルPF 内部に入り込むことが大変に 困難になった。 2)CPU とチップセットを統合して、PF を作り、 常に CPU に付加価値が集中するメカニズムを 作り上げた。例えば USB などように、パソコ ンを使いやすくするインターフェース規格な どが、その例である。USB は CPU パワーを大 量に必要とする機能であった。このような付加 価値のある機能を標準化して、すべてのPC に 標準的に搭載されるようにした。そして、CPU とチップセットのロードマップを公表して、随 時、チップセットの中に組み込んでいった。こ のため、ユーザーはいつも高パフォーマンスな CPU が必要となった。 3)CPU を中心とした PF は、当初、PC セットメ ーカには受け入れられなかった。従来、最新 CPU に対応したチップセットは力のあるセッ トメーカが独自に設計開発するものであった。 Intel の CPU とチップセットで作った PF を受 け入れ、世界中に大量普及させたのは台湾マザ ーボードメーカであった。そのおかげで、台湾 のマザーボード生産高は、1990 年を通して 8 倍となり世界のマザーボード需要の 80%以上 を供給するようになった。 4)標準化された機能を搭載したパソコンが、台湾 マザーボード産業のおかげで、世界中に大量普 及していった。この結果、1995 年以降、パソ コンのコモディティ化が急速に進んだ。この結 果、パソコンの平均販売価格は、1995 年の価 格を100 とすると 2003 年には 60 へと下落し た。これに伴い、パソコンの基幹部品である HDD の平均販売価格も 1995 年の価格を 100 とした時に、2003 年には 40 にまで下落した。 しかし、PF で守られた Intel の CPU の平均販 売価格は、1995 年の価格を 100 としたときに 2003 年でも 90 にしか下落していなかった。8 年間で10%程度の下落という、安定した環境を 作り上げることに成功した。 5)インテルの PF 化の影響で産業に変化が生じた。 52 産業の変化 流通・販売 アプリケーションソフト OS(基本ソフト) コンピュータ CPU (立本, 2007) 小売店 大型店 ディーラ 通信販売 ワード パーフェクトワード その他 DOS/

ウインドウズ OS/2 UNIX Mac

コンパック デルパッカード ベル IBM HP その他 インテル モトローラ RISC 新しい横割り型構造のコンピュータ産業 (1995年ごろ) マザーボード チップセット インテル SIS VIA インテル 台湾マザーボードメーカ その他 AMD 標準化 (PCI BUS等) 周辺事業との連携 プラットフォーム化 標準化 (USB I/F等) 標準化 (MB規格等) 国際分業 エコシステム インテルは、CPU 事業とチップセット事業の統 合化して PF を構築し、内部をブラックボックス 化、外部をオープンインターフェース化した。外 部のインターフェースには PF に付加価値が集ま るような仕組みを内包させた(USB 規格等)。外部 インターフェースはオープン規格とされ、さまざ まなレベルのユーザーに対して公開された。その 結果、パソコンは組合せ製品のように様々なデバ イスを購入すれば組み立てるだけで完成品を作 ることが出来るようになった。様々なデバイスの 調整はインテル PF がその役割を担った。一方、 外部インターフェースのオープン標準化により、 デバイス供給者、SW 供給者、サービス供給者から 構成されるエコシステムは繁栄し、PF とエコシス テムのイノベーションの総和は増大する一方、PF が世界中に拡散しても、PF の付加価値はは失われ ず、むしろ世界中から付加価値を PF 提供者に集 め、インテルがパソコンの PF リーダーとなった。 (引用文献は表記を省略)

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