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神秘主義とWordsworth
一彼の初期の思想を中心に一
原 田 俊 孝 神秘主義の研究は,今世紀においても,W. R. Inge, E. Underhill, W、 James, ROtto, J。 B. Prattなどの多くの学者によって試みられている。イギリス文 芸の領域に限っても,H. E Fairchild, C. F. E. Spurgeon, B. C. Broersなど によって,すでにゆるぎない伝統が築かれているといえる。特にWordsworth においては,その考究が断続的に重ねられ,J. C. Smith, R H. Havens, J. F. Da・1by, E. C. Bathoなどによって注目に値する成果が数多く発表され, Words− worthの思想的系譜の一つとしての神秘思想を私たちに提示した。 元来,WordSWQrthの神秘思想は,彼がまず自然の中に身をゆだねて「受動 の 的な態度」を取り,自然の奥に潜む能動的な霊波動を直観的に受けとめ,それ に思惟的なものを付加し,体系化したものである。しかし,それは単なる概念 的思惟にとどまらず,彼の極めて特異な内的体験に根ざしているから,漠然と して把握されにくいのも当然であろう。自然の中で人間は受ける側,すなわち 客体と,自然は与える側,すなわち主体,この両者が完全に一致してはじめて 自然の本質や人間の本性がどんなものかを体系付けることができると信じてい た彼には,すぐれた霊的直観力が要求されたのは無論である。この霊的直観力 が彼の神秘思想の中心をなすだけでなく,イギリス・Pマン派詩人たちの特微 ともなっている。従って,彼の思想を神秘主義の立場からここで検討してみた 2) い0 1) ‘‘ExpQstulation and Reply,”24. 2)拙稿「神秘主義についての一考察一WordsworthへのアブP一チ 」,滋賀大 学経済学会『彦根論叢』(人文科学特集),第41号(昭和54年10月)の再論。22 彦根論叢 第226号 いま野老はWordsworthの神秘主i義研究への準備段階として,一般的な神 秘主義の定義,神秘主義のもつ諸相を考察してみよう。 工 神秘主義(mysticism)という語はギリシャ語の‘μ6ω’から発し,密儀宗教 の中で神事に関する知識を授ける際に「目や口を閉じる」という意味で用いら れた。しかし,中世においては,この語はあまり多く用いられず,‘θεωρぬ’ の訳語である‘contemplatio’をもって表現された。今日われわれが普通一般 に使っているように内的体験の叙述を意味するようになってきたのは,Dio一 き nysius the Areopagiteの「神秘神学」にはじまるといわれている。さらに,それ が最高実在の直接的な把握と解されるようになったのは,16世紀以後のことで の ある。こうして,対象としての実在が人格性を帯びるか否かにかかわらず,神 秘主義の特徴は最高実在への一元化の方向をたどる内的体験の意識として受け とめられてきた。この一元化の方向はWordsworthの詩の中ではっきりと読 みとれる。たとえば,岩の上に咲いた桜草を「最高の天から降ろされた自然の さラ 鎖の永遠の一環」ととらえているからである。彼のように,対象を草や木とい リアリティ つた自然に求め,自然の奥に潜む根元的な実在と直接に結合する場合が自然 神秘主義(nature−mysticism)である。 神秘主i義を定義することは容易でない。神秘主義を構成する諸要素が複雑多 岐をきわめているからである。それぞれの要素を十分に理解してはじめて,そ の全体が把握できることは言うまでもないが,ここではまず従来の定義を検討 することによって,神秘主義の概要を探ってみたい。 J.B. Prattは「:神秘主義をもって,通常の道程以外の,また理知以外の方法 によって,ある存在者あるいは実在者の現前を意識することである」と定義す 6) る。Henri S6rouyaはさらにそれをきわめて,「理性を超絶しているように思 3) 高橋 亘「神秘主義に就いて」『理想』(東京:理想社,1972),第466号,p.1. 4) 高橋 亘,前掲書,p.1. 5) ‘‘The Primrose of the Rock,”11−12. 6) James B. Pratt, The Religious Consciousness(New York=Macmillan,1925),P.337.
神秘主義とWordsworth 23 われる何か崇高なものを漠然と示している。その中にr直接的』 r直観的』な 接触の感覚,自己と自己よりはるかに偉大な,世界の魂と呼ばれるもの,すな り の ロ の わち絶対者との結合が現われる内面的な状態が神秘主義である」と言う。ま た,『宗教学辞典』によると,神秘主義は「神秘的合一」(unio mystica)とい われる体験であるが,人間を超えた絶対者,通常の自己からは絶対に他なるも のとの合一であるから,それは,自己からの脱却,自己という枠の突破の一つ にのみ現成する。「合一」すなわち「脱自」であり,神秘家は体験的にいわゆ るエクスタシー(6kstasis,二二,忘我)を知っている,と述べている。 以上は神秘主義の定義の一端である。神秘主義は「理知以外の」,「理性を超 絶している」方法によって,あるいはWordsworthの言う人間の「知性」へ の不信によって,構成されている。神秘主義は地上の経験的世界というよりも, 経験的世界から飛翔し,絶対的超越の世界を中心に考えるから,私たちが一般 的な意味で使う理知や理性や知性とは異質の何かが働いていることが分かるの である。 このような志向は,当然のことながら,「人間精神の実在の根元との内密な 直接的結合」であるから,特異な観念の世界を構築するあらゆる宗教に共通に ヱの みられる傾向である。しかし,「宗教であるとは言えない」。この点は後で触れ よう。ただ,キリスト教の立場から,E. Underhillが神秘主義を「神の愛の全 エのぎ完成を含む有機的な過程の名称」と考えるのは容易に理解できる。 とはいえ,神秘主義をエクスタシーにおける「脱自冥合」と直ちに同一視す るのは飛躍した見解と言えよう。なぜなら神秘主義は上昇道を登りつめた後, さらに反転して下降道をたどって再びこの経験の世界に還り,そこで人々のた 7) アンリ・セルーヤ『神秘主義』(1958;rpt.東京=白水社,1974),深谷二一, p.11. 8)小口二一・堀一郎監修『宗教学辞典』(1973;rpt.東京:東京大学出版会,1979), p. 437. 9) アンリ・セルーヤ,前掲書,p,11. 10) William R, lnge, Christian Mblsticism (1899, rpt, New York Meridian Books, /956), p. 22. 11) Evelyn Underhill, M),sticism (!91!, rpt London: Methuen, 1967), p. 97.
24 彦根論叢第226号 めに奉仕してはじめて真の神秘主義と言えるからである。ということは,上述 の見解は神秘道の上昇面の前半の終極に過ぎず,後半の下降面が見落とされて いることになる。往って還らぬものは真の意味での神秘道ではないからであ る。Platonや新プラトン派と呼ばれるPlotinusやDionysius the Areopagite などの神秘哲学者たちは,神秘主義の上昇面のみならず下降面にも着目したの はさすがである。イギリス文芸においては,ルネッサンス期の形而上詩人たち を除いて,ロvン派詩人たちがこの点に注目した。とりわけ,Wordsworthと Coleridgeがその先峰となった。二人の共著LPtrical Ballαds(『好情民謡集』) の中で,Wordsworthは日常の事物に新奇な魅力を与えて,超自然的な感情を 起こさせ,Coleridgeは超自然的な人物や事件を興味深く,また真実らしくみ ユの せようとした。言い換えれば,Wordsworthが自己の感覚にしっかりと根ざし て,そこから絶対超越界への向上道をたどろうとしたのに対し,逆にColeridge は向下道をたどろうとしたのである。この点,Wordsworthはどこまでも経験 的世界を中心において叡知界を構成しようとしたAristotleに近いと言えるだ ろう。一方,Coleridgeは絶対超越界,すなわち「一者」から離れて,現実的 な生の意識を取り戻しながら,いわば肉体の息を吹きかけてくるその体験的な 下降面を中心に考えたPlotinusの形而上学的思想に近いと言えるだろう。 以上で,神秘主義には上昇面と下降面があることをみたが,最後に残った問 題は,下降して地上の現象界に戻った後,つまり,ヴィジョンが消えて本来の 自己に戻ったという意味だが,その際奥義をきわめた人たちがこの現象界に対 してどんな役割を演じなけれぽならないか,という点である。 Platonは「善のイデア」の世界に達した後,再び現象界に心行して理想国家 の建設のためにThe Republic(『共和国』)を書いた。WordsworthもColeridge もPlatonと同様な考えをもっていた。Wordsworthが1799年12月tlこ妹Dorothy と共に“Home at Grasmere”の中で「親愛な谷間,最愛のグラスミア」と呼 んだ「谷間」へ移ったのは,そこに「真の共同社会,多くの者が一体となる純 12) J, Shawcross (ed), Biographia Lzteraria (1907; rpt London. Oxford University Press, 1973), R, 6一
神秘主義とWordsworth 25 ユヨラ 粋な社会機構」があるのを発見したからである。言い換えれば,「完全な共和 ユの 国」(aperfect Republic)を創らんがためであった。この計画は実現したとい えるだろう。それは彼の死の2年前(1848年3月)に彼を訪問したRW.・ Emersonの質問に次のように答えているからである。 Isaid, If Plato’s Republic were published in England as a new book to−day, do you think it would find any readers? 一he confessed it would not:‘‘And yet,”he added after a pause, with that complacency which never deserts a true.born English一 らう エnan,‘‘and yet we have eエnbodied it alL” (もしプラトンの『共和国』が今日はじめてイギリスで出版され るとすれば,これを読む人がいるでしょうか,と私は尋ねた。 それはいないでしょうという返事であったが,しばらくして 「しかし」と付け加えて,「しかし私たちはそれをすべて実現し たからね」と答えた。生粋のイギリス人なら決して失わないあの 自信に満ちた調子をもって。) 一方,Colerldgeは1794年, Southeyらと共にすでに新大陸アメリカで理想 郷「パソティソクラシー」(Pantisocracy)を計画していた。これはユニタリア 16)ニズムの理論に基づいた‘the highest state ef society’という千年王国の理想 13) ‘’Home at Grasmere,” 6!5−16 E, de Selincourt and Helen Darbishire (ed.), The Poeticc;1 IJVork s of W,’lliarn 1・Vora’swortn’ (194g. , Oxford: Clarendon Press, /966), V, 334. 14) E,de S創incourt(ed), Woブゼ∫て。,orth’s Guicle to the、L盈65(1906, rpt. Oxford・ Oxford University Press, 1977), p. 67. 15) Joel M.verson (intro), TJ2e Complete Works of Ralph IPVctldo Emerson (/968, rpt AMS, 1979), V, 295. 16)1794年/1月6日付けのS.T. Co亙eridgeから兄George Coleridge宛の手紙。 Leslie Griggs(ed), Collected Letters oプ』Samuel Taylor Coleridge(1956;rpt. Oxford: Clarendon Press, 1966), 1, 126
26 彦根論叢 第226号 社会を夢みていたのである。もっともこれは実現できなかったが。 こうして,WordsworthもColeridgeも共に具体的に理想社会の原型を創造 し,この世で悩める人々を慰め,不幸な人々を幸福にしょうとした。これはま さに神秘主義の定義である「永遠なるものの中に現実的なものが,現実的なも のの中に永遠なるものが内在することを思想と感情の中に実感しようとする試 まり み」に合致したものであり,これこそ二人が抱いていた神秘主義の目的にほか ならなかったのである。 前章において,上昇道,下降道を経てこの世で理想国家を実現してはじめて 神秘主義といえるのをみた。では,「神秘的」という言葉をどのように把握す ればよいのか。またこの言葉とWordSWQrthの神秘思想がいかなる関係にあ るのかを探ってみたい。 William Jamesによると,「神秘的」と言われる体験にはごく初期の段階か らいわゆるいくつかの「階程1(ladder)があり,これらを経て最高最深の段 階まで達する。神秘的な「階程」の例としてH.Seuseは初心,増進,完全の 三段階を,十字架のヨハネ(Juan de la Cru3)は,集中,寂静,合一の階程を 説く。その他,浄化,集中,瞑想,観照,寂静,合一,挙挙などの階程が一般 ユ う に組み合わされる。つまり,「神秘的」という言葉は個々の階程の体験を指す と考えることができる。 Wordsworth研究にもこういった神秘的階程が重要と思われるので, James の見解をここで要約してみよう。 第一階程は最:下層であって,ある現象のもつ深い意味が何かのはずみに突然 閃き,戦陳を覚える場合である。私たちがこれを感じるか否かによって,内的 17) W.R lnge, oP. cit,p. 5, 18) 小口偉一・三一郎監修,前掲書,p.43S, 19) William James, The Varieties of Relzgio“s Experience (1960; rpt London: The Fontana Library, 1971), pp 369−91.
神秘主義とWordsworth 27 啓示に気付くともいえるし,気付かないともいえる。このような戦裸を自覚し た時,第二工程に足を踏み入れたことになる。この境域に入るや否や,神秘的 な光でかすかに照らし出される何かがある,あるいはあるらしいという感じを 受ける。ちょうど忘れられた夢の閃きのように。けれどもそれは筆絶し難いほ どの夢幻状態である。かかる体験がさらに浄化されて宗教的な崇敬の念に転ず る段階が第三階程である。ここでは神を対象とし,人間の魂は自らが現世にお いては死んだと感じ,そしてわずかに祝福された瞬間を感じる。第四階程では エクスタシーあるいは歓喜になる。 Henri S6rouyaによると,この歓喜には制止感を生み出す場合と昂揚感を生 の み出す場合とがあると言う。前者は「光り輝く闇」といった逆説的,否定的体 験であり,後者は上昇道を登りつめた究極の墳地で,絶対者あるいは神との合 一の段階である。キリスト教でいう愛の奥義である。 WQrdsworthにおいて,制止感を生み出す場合の歓喜は,それが消えても 崇高性を示すかすかな記憶や感じだけは彼の心に残っているという意味であ
Q一
what she〔the sou1〕feit Remembermg not, retains an obscure sense ビ Of possible sublimity,... (魂が何を感じたか覚えていなくても,可能性としての崇高さに ついてのおぼろな感覚だけはとらえている。) このように,おぼろにせよ,制止感は崇高性を把握しているから,逆説的体験 である。 以上は「神秘的」階程の概要であるが,これは神秘体験にあずかろうとする 20) アンリ・セルーヤ,前掲書,p.24. 21)The Prelude(1805),豆,335−37.(以下, The Preludeは断らない限り1805−6年版 を使用)28 彦根論叢第226号 ものに対して,その歩むべき道程を示したことになる。ここで「神秘的」とい う言葉の特徴をまとめてみると,直観性,受動性,昂揚性(浮揚性),内的体 験性,瞬間性,生命性,一元性,一時性,表現困難性,などが含まれる。また 体験の表詮として否定的,逆説的,象徴的表現があげられる。 次に,このような特徴をもつ神秘主義とWordsworthとの関係に移ろう。 彼が自然の事物を通して宇宙の実在を体得しようとしたことはすでに述べ サクラメンタル た。この方法はDavid Ferryによれば,「神秘的」方法ではなく,「秘跡的」 方法と言う。つまり, For the sacramentalist, nature, seen from a certain point of view, may be the symbol for eternity. The apparent harmony and imperviousness to individual mortality of natural things may be a sufficient guarantee of the eternal reality. For the mystic, nature can be nothing else than purely and simply an obstruction between himself and his direct contact with the eternal Presences. Nature must therefore be destroyed, obliterated 22)absolutely. (Ferry’s italics) (サクラメンタリストにとって,自然は,ある見地から見て,永 遠の象徴であり得る。一見自然の事物が調和を保ち,個体の死滅 性を感じないように思われるのは,永遠の実在に対する十分な保 証となり得る。ミスティックにとって,自然は彼自身と永遠の実 在と直接的に接触するのに障害以外の何ものでもない。だから, 自然は破壊され,絶対に抹殺されなければならない。) と言うのである。自然を永遠の象徴と考える場合を「秘跡的」方法と,また障害 と考える場合を「神秘的」:方法と考えている。元来,「秘跡」とはカトリック教 22) David Ferry, The Ltmits of Mortality: An Essay on Wordswortlt’s IMafor Poems (!959; rpt. Connecticut: Wesleyan University Press, /965), p 32.
神秘主義とWordsworth 29 の用語であり,プロテスタントでは「聖礼典」である。Ferryは「秘跡」を神秘 的なことが物質的なものによって表現され伝達される,言い換えれば,見えな い霊的恩恵を外的な見える形において表現するという意味で使ったと思われ る。従って,「秘跡的」方法は象徴主義的方法と言ってもよかろう。Ferryは 次のように考える。Wordsworthは「秘跡的」詩人であるが,神秘家の素質を もった詩人でもある。しかし,実在を体験した時に使ったWordsworthの言 葉から判断して,彼を神秘家と呼ぶには注意しなければならない。なぜなら, 「秘跡的」詩入にとって,自然は実在の経験への手段であるが,神秘家にとっ て,その経験は比喩的にそう言えるだけで,真の意味ではそれを経験できな い。また神秘家は時間の意識を全くもたず,直接的に永遠なものと合一しよう とする。ここにWordsworthの曖昧性がみられる,と言うのである。 神秘家が自然を障害と考える点で,Blakeはまさに神秘家にふさわしい詩人 と言うことができよう。またShelleyの“Alastor”に登場する詩人が幻の乙 女のかぶるヴェールー自然の一部と考える一が障害となってその乙女に近 づけないと歌っている点でShelleyはWordsworthより一層神秘家と言うこ とができよう。しかし,Wordsworthを神秘家と考えるにはFerryが言った ように確かに曖昧さが残る。Wordsworth自身は自分を神秘家とは考えていな かったようだ。Re D. Havensは, Wordsworthの神秘的経験は神秘家のそれ と区別されるものではないが,Wordsworthはそれをやや違うものと考えた。 これは全く驚ぎであるとHavensは言う。要するに, Wordsworthは宇宙の実 在を秘跡的・神秘的方法によってではなく,人間性の奥に根ざす想像力によっ て把握すると言っている。ここに想像力を強調するロマン派詩人の特微がみ られる。ただロマン派詩人と神秘家とは,実在を直観的または体験的に確信し ている点で一致していた。またロマン派詩人を象徴主i義者とほとんど区別す いばら ることができない。なぜならWordsworthは「茨」が人間の苦しみにふさわ 23) Ibid., p.32. 24) Raynlond D. Havens, The IL4ind of a poet:AStκdy of Wordsworth’s Thought (1gユ1;rpt. Baltimore. The Johns Hopkins Press,1967),工,167.
30 彦根論叢 第226号 しい象徴と考える点で,象徴主義者でもあるからだ。象徴といえば,Coleridge は彼より一層象徴的である。Coleridgeは自然を無限なる偽りの模造物でなく, 霊的力を暗示する有機的全体と考える。Shelleyも“Julian and Maddalo”の中 25) で「私たちが目にするものはすべて無限であると信じる喜びを味わえる場所」, そんなすべての所を愛すると歌う。この意味でShelleyもまた象徴主義者で ある。このように象徴主義者は自然を「信じる」か否かによって神秘家と区別 される。こうして,象徴,神秘,想像力のいずれの方法に重点をおくかによっ て,幻想体験を述べる手段が微妙に違ってくるわけである。前章で神秘主義は いろいろな要素から構成されていると言った理由はここにある。また,Words− worthの神秘主義は十字架の聖ヨハネやアシジの聖フランシス(Francis)な どのように,教会で悟ったキリスト教的神秘主義では無論なく,自然の奥底に 潜む根源的な生命,すなわち「世界霊」(anima mundi)と呼ばれる実在を外 面的自然を通して体得する自然神秘主義である点は,すでに触れたところでも ある。 Wordsworthが神秘体験を体得したのは幼少時からである。この時すでに無 意識とはいえ,自然の中で畏怖や直垂を覚えながら,神秘体験を我が物とし た。そして大人になってそれを回想した。幼少時における彼の無意識なる自 覚は,先にみたJamesの見解にあてはめると「第一階程」と考えられよう。 Wordsworthにとり,まさに幼少時代は「うるわしい種蒔の時;期」(Fair see(1−time)であった。彼は花や木に生命が宿っていると感じるいわゆる「ア ニミズム」を幼いなりに体験していた。そして大人になって子供の頃を回想 した時,自然との交感から受けた精神的感化を「不可思議な訓練」(astrange discipline)と呼び, Thus disciplined All things shall live in us and we shall live 2s) “Julian and Maddalo,” 16−17. 26) The Prelude, 1, 305−06.
神秘主義とWordsworth 31 1n all things that surround us. This I deem つ Oししr tendency.... (このように訓練されると,すべてのものは私たちの内に生き, 私たちを囲むすべてのものの内に私たちは生きるだろう。これが 私たちの傾向だと思う。) と述べている。自然との「訓練」によって,彼は「第一階程」から,自然に内 おう 在する根源的な生命, 「無限のもの,それだけ」に向かって上昇していったの である。この上昇過程は自然の必然的な「傾向」である。そして, Thus deeply drinking in the soul of things We shall be wise perforce, and we shall move From strict necessity along the pcath 29) Of order and of good. (このように物の心を深く飲み込むことによって,私たちは賢明 にならざるを得ない。そして厳しい働きによって,秩序と善の道 を進んで行くことになろう。) と歌うのである。この過程は回想 沈思一消化一再燃 合一の五階程 で説明するのが最適と思われるが,これについてはすでに別稿で述べたことが 30) あるので割愛したい。 Wordsworthの合一への魂の上昇過程は困難をきわめた。わずかに祝福され た瞬間の境地である霊的存在を明確に認識したのは1798年頃である。この年彼 が出版したLorrica/ Bal/adsぱロマン主義時代の幕開けを告げたという点で重 27) Addendum to “The Ruined Cottage,i’ MS B, 78−81. 28) The Prelude (1850), W, 604. 29) Addendum to “The Ruined Cottage,” MS, B, 92−95, 30)拙稿「自然と人間との合一一Wordsworthの創造の源流をたどって一」,滋賀 大学経済学会『彦根論叢』(人文科学特集),第37号(昭和52年10月)。
32 彦根論叢第226号 要であるが,この詩集の第二版の最後にあげたWordsworthの“Tintern Ab− bey”はその結論ともいえるものである。その一節を紹介すると, Ihave felt Apresence that disturbs me with the joy Of elevated thoughts;asense sublime Of something far more deeply interfused, Whose dwelling is the Iight of setting suns, And the round ocean and the living air, And the blue sky, and in the mind of man: Amotion and a spirit, that impels All thinking things, all objects of all thought, ヨ And rolls through all things. (崇められた想いの歓びで,私の心を動かす一つの存在を感じる ようになった。それははるかに深く融け合った崇高感であり,そ の住み家は沈みゆく夕陽の光であり,円やかな大海原であり,生 ける大気であり,青空であり,人間の心の内にある。それはあら ゆる思惟するもの,あらゆる思惟のあらゆる対象を駆り立て,万 物の中を流れる一つの動き,一つの魂である。) この「一つの存在」,「一つの動き,一つの魂」を直観した時,彼はそれを the deep enthusiastic joy, The rapture of the Hallelujah sent ヨ From all that breathes and is,... (深い熱狂的な歓喜,息づき存在しているすべてのものから送ら 31) “Tintern Abbey,” 93−102. 32) The Prelude, XIII, 261−63.
神秘主義とWordsworth 33 れてくるハレルヤの狂喜) と考える。また彼が少年時代を回想して,霊交のうちにうっとりと引き込まれ た瞬間 sensation, soul, and form, All melted into him;they swallowed up His animal being;in them did he llve, And by them did he live;they were his life. In such access of mind, in such high hour Of visitation from the living God, お Thought was not;in enjoyment it expired. (感覚,魂,形相,すべてが彼の中に溶け込んだ。すべてが彼の 動物的存在を飲み込んだ。すべての中で彼は生き,すべてによっ いのち こころ て生きた。すべてが彼の生命となった。このような精神の昂揚の 中では,生ける神の訪れを受けるこんなすばらしいひとときには, 思想はなく,歓びのうちにそれは消え失せた。) と述べる。こういつた例は先に述べた「アニミズム」から発展した汎神論であ る。元来,汎神論とは,宇宙には一つの生命が宿っている。人間の生命はその ような生命から一時的に分離された断片である。従って,人間は宇宙の生命の 中で,またそれによって生きるが,究極には宇宙の存在(すなわち「一つの生 命」あるいは「一」)に帰するという考えに基づいている。 こうして,彼は外面的自然を通して内面的自然の一つの内在神観,すなわち 宇宙の一つの生命との一体観を体得しようとした。この汎神論的思想がW’ords. worthの初期の自然神秘主義の特徴である。 33) The Excursion, 1, 207−13.
34 彦根論叢 第226号 ur 以上はWordsworthに関連する神秘主義及び神秘的といわれる特徴である。 しかし,筆者がこの特微を机上で構成して,神秘体験のパターンをできるだけ 合理的な言葉で示しても,あくまで概念的な把握に過ぎないだろう。なぜな ら,神秘主義のもつ内的体験の源を一層深く見極めるためには,上述した意識 体験がどのような思考動機によるのか,またどのような基盤に基づいて生じる のか,という点からの解明が必要だからである。 一般に,私たちの「意識」の問題は,心理学的研究と関連づけられる。人間 の意識は神経系統と結びつく内的変化から生じる。それはまた当然のことなが ら知的発達のリズムや社会的諸条件とも結びついている。神秘家,すなわち奥 義をきわめた人たちはわずかな意識でも,有機的意識として強烈に感じるので ある。彼らの感受性の源にある意識は直観である。神秘家たちの絶対超越界へ の原動力は,彼らの内的生活のうちにあり,直観そのものにある。このような 直観には経験界における物質を作り出すような日常の知性とは異質の知性が働 いている。つまり,神秘的直観とは「超感性的か超理性的かであるが,どこま きのでも経験的なものと理性的なものを含んでいて,それらを成り立たすもの」で なければならないのである。 では,Wordsworthはどうであったのか。自然と一体となって,エクスタシ ーに達するという,彼の思考動機を探ってみたい。それは政治問題と恋愛問 題をぬきにしては考えられない。!790年から1797年頃にかけて,当時のフラン スとイギリスは戦争状態にあり,ナポレオンの非人道的なやり方に彼は次第に 反感を強めていった。それに最期まで秘密にしていたフランスの恋人Annette Vallonとの問題も思うにまかせなかった。 35) 36) さらに, 「あの手痛い病の危険」に直面し「絶望して道徳的問題を放棄」せ 34)西田幾太郎『哲学概論』 (東京:岩波書店,昭36年),PE 102. 35) The 1)relude (1850), XI, 306. 36) Jbid., X1, 305,
神秘主義とWordsworth 35 ざるを得なかった。そして自然に囲まれた故郷に戻り,自己つまり人間性を回 復するのである。もっともVallonの問題は生涯彼の重荷となったが。こうし て,「政治へのかかわりから解き放たれた喜び,自らの失意落胆を克服した安 らかな回復を見い出したというその発見の喜び」,「想像力の,事物を変容させ おき る色彩による救い」を痛い出すのである。 このように,利己的と思われる方法によって,幼少時代を過ごした湖水地方 という限定された自然と彼とを結ぶ絆が存在すると考える。つまり,The Bor− derers(『国境の人々』)で述べているように,心情の方が知性より完壁な指針に なるのではないか,と彼なりに考えた。こうして,理性や知性よりも感情や情 感を強調していくのである。まさに感情の中に永遠なるものが内在することを 直観によって実感しようとする。ここに彼の思考動機があるとみられる。 それには歴史的ともいえる出会いを忘れてはならない。それはColeridgeと の出会いである。ColeridgeがWordsworthの利己的な考えの正しさを実証し た点で,この出会いは重要である。BiograPhia Literαria(r文学評伝』)の中 でColeridgeは「ワーズワスのような強烈な感情がなくては,彼の神秘主義は 病的となり一単なる霜と化し,朦朧としたものになるに過ぎない」と述べた ほどである。こうして,Wordsworthは真の友にも,また妹Dorothyにも助 けられ,フランス革命への没頭から逃れ,自己の感情をますます強め,時とし て‘egotistical’と言われるほど自然との一体感を求めたのである。 次に,もう一つの問題である神秘体験はいかなる基盤に基づいて生じるの か,を考えてみたい。神秘主義の基盤としてR.Ottoは「神秘主義の中には 風土,地理的位置,人種などの違いによって全く影響されない人間精神の根底 ヰのセこ働いている全く強烈な原初的衝動(primal impulses)がある」と述べてい 37) Basil Willey, The EigJtteenth−Century Background: Stt{dies on the Jdea of ATatare tn the Tho“ght of the Period (1940, rpt. Middlesex: Penguin Books, 1962), p 241. 38) J. Shawcross (ed.), oP. cit., II, 5. 39) J. Shawcross (ed.), oP. cit., 1, 114−15. 40) Rudolf Otto, Mysticism East and West (!932; rpt New York. Macmillan, lg76), p, !4.
36 彦根論叢i 第226迫 る。この衝動の現れ方には奥義をきわめた人によって諸相がみられるので, Wordsworthについて考察してみたい。 Wordsworthが体験した「衝動」の例として,鳥に罠をかけたり,スケート 遊びに興じたり,馬を乗り回した幼少時代の「粗野な歓喜の衝動」があげられ る。こういつた衝動を大人になって回想した時,彼はそれを自分の幻想体験の 基盤と考えた。そしてこの基盤のもとでさらに自然との「原初的共感」(primal sympathy)によってはじめて「原初的衝動」となり得ると考えた。彼の言う 「原初的共感」とは for those first affections, Those shadowy recollections, Which, be they what they may, Are yet the fountain−light of all our day, Are yet a master.light of all our seeilユg; Uphold us, cherish, and have power to make Our noisy years seem moments in the be呈ng Of the eternal Silence:truths that wake, な To perish never: (あの最初の愛情,あのおぼろげな回想のために,それがどんな ものであろうとも,いまなお私たちの全生涯を照らす光の源なの だ,いまなお私たちの見るものすべてを照らし出す中心なのだ。 われわれを支え,いつくしみ,また永遠の沈黙の世界の中でわれ われの騒々しい一生は面心に過ぎないと思わせる力をもっている のだ,それは目覚めて決して亡びない真理なのだ。) という意味である。つまり,この「原初的衝動」は彼が幼少時に体験した動物 的衝動だけでなく,胎児や嬰児と母親との間で体験した「あの最初の愛情」に 41) “The lmmortality Ode,” 152−60.
神秘主義とWordsworth 37 よる衝動のことである。言い換えれば,母親の記憶を受け継ぐいわゆる「霊魂 先導」 (pre−existence)のことである。 ア ド 彼の「霊魂先在」説は「幼時を回想して霊魂の不滅を暗示する賦」(以下, “The Immortality Ode”と呼ぶ)に述べられている。この詩の中で彼は幼な児 のもつヴィジョンは母親の胎内にいた時の記憶と結び付いている。母胎内の胎 児は母親の記憶をそのまま受け継いで誕生する。従って,記憶は先在すると考 えたのである。 しかし,長じて社会の荒波にもまれるうちに,母親の記憶を受け継いだ幼児 期のヴィジョンを忘れると言う。つまり,おぼろな「原初的衝動」を回想する時 を失う,それがヴィジョンの喪失につながると言う。この嘆きがこの詩の中で Whither is fied the visionary gleam? コ Where is it now, the glory and the dreamP (幻想的な輝きはどこに行ってしまったのだろうか。今や栄光と 夢はどこにあるのだろうか。) と歌われている。この時,歓喜の絶頂から絶望の底に沈んで死んだ先輩詩人 Chatterton, Burns, Collins, CowperなどがWordsworthの脳裡をかすめ,彼 を一層絶望の淵に追いやっていったに違いない。それは“Resolution and In− depelldence”にみられるところである。 ここで彼のヴィジョンの喪失の原因を簡単に述べておこう。1802年,彼は Maryとの結婚にあたって, Vallonとその娘Carolineに対し罪の意識を強烈 に感じながら,彼女と結婚すれば,妹Dorothyと折り合いが悪くなるのでは ないかという,彼自身のひそかな不安が失意の気分を醸成し精神的に悩んでい た。このことが彼の健康を一層むしばむ結果となり,彼の心に「妄想」や「ぽ んやりした悲しみ」をもたらした。つまり,実生活が彼の求める理想の世界よ 42) f‘The Immortality Ode,”56−57. 43) ‘‘Resolution and Independence,”28
38 彦根論叢第226折 りも重く心にのしかかっていたのである。いわゆる「浮世の重荷」を背負い過 ぎ,理想と現実とのバランスが崩れ,喪失の要因となったと思われる。しかし 彼自身にはその理由がよく分からず,絶望したのである。 こうして,「浮世の重荷」を背負い過ぎ,「幻想的な輝き」,つまり想像力を失 っていく。となると,失ったものへの愛着を禁じ得ず,それを以前よりもっと 激しく追い求めることは当然と考えられよう。それをできるだけ忠実に追った のがThe Prelndeである。できるだけと言ったのは,幼少時代の実際の体験 と,大人になって回想した幼少体験とに微妙な食い違いが見い出されるからで ラ ある。しかし,自然と人間との霊的共感のヴィジョンを最も強く感じる者は, 大人ではなく子供であるといういわゆる‘The Child is father of the Man’の 考えには変わりない。幼少時代に無断でボートを漕ぎ出したり,馬の遠乗りを したりといった「動物的な」体験を繰り返すうちに,知らず知らず自然に対す る畏怖が働いていたことを大人になって明白に意識するようになった。子供の 頃にはよく分からなかった畏怖感が,大人になってはじめてその意味が分かる ようになったのである。 それから少し経った1805年2月,弟Johnが水死する事故が起こった。これ は彼が船長として2月という悪天候の中をインドへ出航し,誰よりも早くそこ へ着き,よい商売をしたいためであった。彼は少しせっかちな人であった。こ の海難事故を教訓として,Wordsworthは畏怖感を自分だけでなく,すべての 人間の道徳的義務として,はやる心を抑えなければならないと一層強く考える ようになる。つまり,何事においても心を抑制しなければならないいわゆる 「ストイシズム」と結びつく。この「ストイシズム」への転向が彼の後期の詩 の特徴となるのでる。 こうして,彼は自然の与えたストイカルな力を歌い,前よりもっと人々を幸 せにしょうと努めた。ということは,彼の住むグラスミアの谷間を理想的な社 会にしょうとした初期の狭量な考えではなく,イギリスを神意にかなった理想 44)拙稿「『霊魂不滅の賦』とワーズワス」,『イギリスロマン派の世界』(岡本昌夫博士 喜寿記念論:文集)(東京:成美堂,昭和57年)を参照。
神秘主義とWordsworth 39 国家に建設しようとする志向が日増しに強まっていったということである。こ れが彼をして一層人間愛へと導く英国国教会への信奉者たらしめた。こうし て,彼は禁欲的な「残されたわずかな力」を頼りに,今までとは違った「精神 45) 的な巡礼」(spiritual pilgrimage)へと新たに出発していく。 !815年1月,彼はClarkson夫人に自分を‘a worshipPer of Nature’と批評 するのは誤りで,“Tintern Abbey”の中で「不用意に発せられた情熱的な表 46) 現」がこのような誤りの原因となったと述べている。彼が「自然の礼拝者」と 言われるのを誤りと言ったのは言い過ぎと思われるが,しかし,自然に対する 見方が初期の頃の「第一義的」な見方から「第二義的」な見方に変わっている ことは明らかであろう。こうして,外面的自然を通してその奥に潜む実在を探 求した秘跡的・象徴的方法よりもむしろ,自然を今までよりもっと慎重に扱っ てより高次なものへと変えようとしていく。つまり,これまでのように情熱を ただ自然にぶつけるのではなく,自然の中で精神を抑制しながら,その抑制と 均衡を保つ想像力のバランスを重視し,直接的に永遠なものと合一しようとす る。この意味で,後期のWordsworthは:神秘的・宗教的詩人と言うことがで きよう。 4s) Mary Moorman, VVilliam ilVordsNecporth A Biography, The Later Years, !803− 1850 (Oxford: Clarendon Press, 1965), p 52 46) E. de Selincourt (ed.) and Mary Moorman (rev.), The Letters of 1)Villiam and Dorothy Wordszvorth, 7’he Middle Years, Part 」 1806−/81i, 2nd Edition (Oxford: Clarendon Press, 1969), p. !88.