一般統計方法論の課題と方法
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田正
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騨 二十世紀に入るとドイツ、社会統計学は大きく変化するQこの変化は先ず第一に﹁実体科学としての統計学﹂から﹁形 式科学としての統計学﹂への転換である。第二にこの転換を機として一般統計方法論は学問的な地位と内容を著しく変 化さぜる。すなわち、統計学体系における従来のいわば従属的な地位から主体的な地位に上る。内容的には統計利用論 を急速に展開し出すとともに統計調査論を再編成し始める。との趨勢を推進する者には何入かの学者があったが、その 中で特に代表的だったのはジージェック︵Hρ N凶No犀層 目Qo﹃①一HOQ◎QQ︶である。 ジージェックは学問的生涯の大部分を一般統計方法論の研究にささげ、その大きな成果をもつて第一次大戦と第二次 大戦との間のドイツ社会統計学を代表した。一般統計方法論におけるその大きな足跡は統計調査論の再編成から統計数 論の形成を経て更に新分野たる統計利用論の展開におよぶ。成果は広範であるとともに体系的であった。フラスヶムパ, ② 一︵頃. 悶一国ω葦戸目POΦ同︶はジージェックを特徴づけて﹁体系的思索家﹂と云っている。明確な視角と方法の意識的な適用が ・研究とその成果を一貫的に支えているのを見る。これは一つには資質にもよるが、しかし統計に対する実践上ならびに 学問上の要求の深い洞察と一般統計方法論の課題と方法の鋭い反省なしにはありえなかったであろう。まこと、との洞 一般統計方法論の課題と方法︵有円[︶ ニニ五=一一六 察と反省とはジージェックにおいて不断に行われたのであって、その成果は一般統計方法論に関する学問論的論述とし てしばしば表明され、ゆたかな一般統計方法論的業績に加わっているのであるQ、 さて一般統計方法論に関する学問論的見解をジージェックが始めて体系的に示したのはかの有名な﹃統計学綱要﹄︵O窪ロ時一ωω傷9 ω富誌甑ぎH騎士向目罵押鱒︾ロ隔ピHO笛○。︶においてである。最初の一般統計方法論的著作﹃統計的中⋮数値論﹄︵U置ωけ鉾幹尻。犀Φ渇 引当。一≦①詳PおOQ。︶では未だまとまった所説の展開がない。功能の学問論的著作﹃社会学と統計学﹄ ︵ωo§o一〇αQδロロ貸ω冨け幹一ぎ の お巳︶等は一般統計方法論についても若干の学問論的所説を含む。これらにおいて吾々はドイツ社会統計学の従来の主流的見解の強 い制約にもかかわらずこれを打破る、後年﹃綱要﹄で成熟した姿で示される独自のものが胎動しているのを感知することが出来るの である。﹃綱要﹄はジージェックが自己の統計学体系の全容を組織的具体的に示した教科書的著作である。その前半は一般統計方法論 ㊧ にあてられ、その冒頭に一般統計方法論に関する学問論的見解の定式化が行われている。﹃私の批判者へ﹄︵竃。ぢ。点図葺涛臼PHO卜。恥︶ は﹃綱要﹄およびこれと前後する﹃統計方法論の五つの主要問題﹄︵喝昌︷出塁讐肩〇三〇ヨ。α霞ωけ巴ω江ω魯。群類①皆。αo巳。茸PHO拐︶ に対する学界の批判に答えてこの二著における著者の統計学に関する基本的な考え方を説明ふえんしたものだけに一般統計方法論に 関する学問論的叙述を多く含んでおり、その内容は﹃綱要﹄のそれよりも一段掘り下げられている。要するに﹃綱要﹄および﹃私の 批判者へ﹄においてジージェックは一般統計方法論に関する学問論的見解の定式化を一応完成するのであるが、それから約十年の 後﹃心密よび舞統計正直﹄︵U﹃︾蕾量亀§含①喜①N・①ミ量野。8冨。筈&。畠冨H謬においてこれに若 干の修正と一層の体系化を加える。そしてこれを統計調査論に適用して﹃統計数は如何にして成立するか﹄︵≦δω鼻韓凶ω。冨N餌巨①昌 o暮ω冨び①P日Oω刈︶を書いている。この二つの労作は重要である。 一般統計方法論に関する学問論的見解と実際の﹁般統計方法論的研究およびその体系化とは区別されねばならぬ。前 者は理論であり後者は実践である。しかし両者は統﹁的にとらえられねばならす、ジージェックに誇いてもこれが例外 をなすものではない◎前者は後者を通じて形成され検証され深められるQ後者の定式化はジージェックにおいては上述 のように生涯に二度決定的な時を経過しており、第一期は﹃綱要﹄が、第二期は﹃一般および特殊統計方法論﹄が指標 となるが、いすれも実際の一般統計方法論的研究とその体系化の着実な進行が背景をなすのである。 ﹃一般および特殊
統計方法論﹂における﹃綱要﹂の見解の若干の修正と再編も、との二つの労作の間に横たわる十年の歳月と云うよりは、 その間における、特に統計利用論に重点をおいた一般統計方法論的研究に帰着するもので、本質的には見解の深化と解 すべきである。学問論的見解はとの様に実際の研究と体系化によって規定されるが、しかし同時に実際の研究と体系化 を逆に規定するものである。その水準を高く押し上げ内容をゆたかにするとともにこれを・制約し限界づける竜のである。 このととを筆者は既に若干の小稿で指摘したが、本稿もまた行論のうちにふれる機会があると思う。要するに学問論的 研究は実際の研究と体系化と深く交流しその本質と緊密な関係をもつと云わねばならぬ。 本稿は一般統計方法論に関するジージェックの学問論的見解をとり上げるQそれは上述するところより明かな様にジ ージェックの﹁般統計方法論の本質的理解のために不可欠と思うからである。しかし理由は単にこれだけではない。今 日における﹁般統計方法論の課題と方法の問題を解決するためにもジージェックの学問論的見解を検討するととは非常 に有意義なことと老えるからである。 ①﹃彦根論叢﹄第一六号︹昭和二八︵一九五三︶年︺・第三四号︹昭和三一︵一九五六︶年︺・第四〇号︹昭和三二︵一九五七︶年︺に おけるジージェックに関する拙稿参照。②霊器客日ロ①さ≧ぼ①日①ぎ①ω富諺缶FN︾二旨おお・ω.漣。。.大橋腫足利訳コ般統 計学﹄・昭和二八︵一九五三︶年・三三六頁。③外に妾出言魯風説貯6げ①巨層累巳簿菖忌の諺。ず①ω3一匹鍔。っ5静8凶ωoげ①蜜。口9。7 。σoげ論りZ・蜀㈹H。。︸ひq。HO犀。がある。 ④厨”﹀躍ぴq,望・貯9畠犀向目HO漣.この論文ば独立の小冊子として別に刊行された。 以下の引用はこれによる。⑤ぎ一門.い乞讐ロ・ωρ記。。ゆα.ω閏。貫①。。ω切目・H器も。●⑥一九二〇および三〇年代における ≧西ωρ︾容巨の多くの巻にジージτックは統計比較、統計的因果研究、統計的規則性および統計的同質性に関する研究を精力的 に発表している。 二 一般統計方法論の課題と方法︵有田︶ 一三七
一三八 ジージェックの所説によると、 一般統計方法論︵p蔚①ヨ①ぎ。珍鉾熔け60げ①寓。§o血。巳⑦ぽ⑦︶・特殊統計方法論︵呂①N邑♂ 器酵房臼①冒。§&二一①酵①︶および統計的結果︵・。舞囲巴ω。冨卑σqΦσ巳・・。。①︶の三者が﹁総統計学﹂︵O①器轟ω鼻自陣︶を構成す ゆ る。﹁総統計学﹂は社会科学における一つの教科︵ω8=◎凶O昏−信Pαピ①ぽ門︷①Oず︶である。 ﹁この教科では、﹁般統計方法論が第 一部として’先頭に立ち、第二部一“応用”または、実際”、”特殊”、、実体”統計学iにおいて特殊方法論と結果 とが実体的に結びつき人口統計・経済統計・道徳統計・教育統計等に章動されて現れる﹂。 さて、一般統計方法論と特殊統計方法論とは普遍的と特殊的の関係において統﹁的に統計方法論をなす。特殊統計方 法論はしかし統計的結果と結びついて﹁実体統計学﹂︵日9けO﹁一〇一一〇 QQけ曽け一ω一一犀︶を形成する︵上述︶。次に統計的.結果であるが 統計実務の科学的改善にしたがって ﹁総体としての統計的結果﹂は一つの社会的現実科学を形成することが出来る。 ﹁結果科学としての統計学﹂︵QD富二ωけ涛p。﹃国超①ぴ巳。・毛一ωωo房。冨ヰ︶である。とれはマイヤー︵P︿・竃塁同︶等の﹁実体科学 としての統計学﹂の継承であるゆしかし今日の状態ではこれが独立の社会科学となりうるか否かを断定するととは出来 ④ ない。とは云え社会科学において一つの教科をなすことは争えない。教科と云う概念はコ総統計学しに対しても用いら ⑤ れるQ コ独立の学問しに対する否定ないし逡巡を基調とする。 さてこの様に見て来ると、所説には注目すべき若干の特徴をつかむととが出来るゆ先ず第﹁に﹁実体科学としての統 計学﹂の思想の影響である。しかし実体科学としての統計学はもはや統計学全体をおさめる枠ではなく、統計学の一部 をしめるにすぎぬ。 っ総統計学しの構成部分としての﹁統計的結果科学﹂は、上述のように、独立の社会科学としての 権利承認をちゅうちょされる。との様に統計学実体科学観は顕著に薄れているが、しかし統計方法論に作用してとれを 分断し、統計的結果と特殊統計方法論を一体化して﹁実体統計学﹂を形成させるのであるの第二に一般統計方法論の体 系的地位の優越である。一般統計方法論は﹁総統計学﹂において最高最要の部分領域とされる。特殊統計方法論は﹂般
統計方法論の特殊化であり、統計的結果は応用結果であるQ一般統計方法論一−特殊統計方法論一統計的結果、この 関係において一般統計方法論の主導性が確立される。第三にとの様な関係において﹁総統計学﹂の抽象性と不統一性が 顕著に現れている。独立の学問としての地位は与えられす、社会科学における教科の地位にひき下げられる。後述の様 に一般統計方法論は独自の態勢で他の社会科学に関係してゆくQ ﹁総統計学﹂の統一性の主張にもかかわらす現実の不 統一性は顕著である。要するに、﹁方において一般統計方法論の全体系の主導、他方において実体科学的統計学的契機 の全体系の吸引、二つの矛盾した志向が全体をつらぬき、とれによって全体的統一が弱められるのである。筆者はとこ でジrジェックが実装科学論者であるか方法論者であるかを判決しよう.とは思わない。強調したいのはジージェックが ﹁実体科学としての統計学﹂から﹁形式科学としての統計学﹂への過渡をなすことである。そとにみられることは実体 科学的契機と形式科学的契機との矛盾的併存であるQしかも実体科学的構想の衰退は明瞭であり、形式科学的構想の成 熟は顕著である。後者を代表するものが一般統計方法論である、それは諸種の制約をうけつつも既に主体的地位を確立 しているのである。 ﹃綱要﹄は一般統計方法論の学問体系に磨ける地位と課題を論じている。おもうに﹁実体科学としての統計学﹂では 一般統計方法論は﹁統計学の理論﹂の一部として統計学との関係が第一義的に考えられ、統計学以外の他の学問との関 係は第二義的にしか問題にされなかった。ジージェックにおいてはそうでない。むしろ後者が第一義的な意味をもつて いる。とのことは一般統計方法論を自立的運動の軌道にのせることを意味するのであるQさて﹃綱要﹄の所論によると 一般統計方法論は論理学の一部とされることがあるが、最近の傾向としては論理学に対して相対的独立の方向に進んで いるQ内容的にみてその取扱う問題は論理学の枠をはみ出ているゆ更に﹁自然科学的統計家﹂と﹁杜会科学的統計家﹂ とが関心の対象とする方法論的問題の著しい相異から自然科学的統計方法論と社会科学的統計方法論とが分化した。か 一般統計方法論の課題と方法︵有田︶ 一三九 ’
一四〇 ! くてただ単に或は殆んど専ら社会科学的統計の問題を取扱う統計方法論はもはや一般的方法論科学と呼ぶことは出来 ⑥ ぬのそれは社会科学の﹁方法論的補助科学﹂ ︵ヨ①夢&巳。ひq野げ①国議ω蓋ωω窪ω。冨εである。 要するに一般統計方法論は独自の態勢に器いて﹁方法論的補助科学﹂として社会科学に衡訂する。しかしジージェッ クにおける一般統計方法論の社会科学的領域への限定には問題がある。ジージェックにとって自然科学的統計方法論と 社会科学的統計方法論との分化は﹁私には不可避と思われる発展﹂であったQしかし﹁自然科学的統計と社会科学的統 ⑦ 計とは同原理による﹂と云う。こう云う風に云って来ると社会科学に領域を限定して一般統計方法論を形成することは 根拠の弱いものになって来る。ジ!ジェックは統計方法の如何なる側面を場として一般統計方法論を﹁社会科学的に方 向づけよう﹂とするのであろうか。 ①NぼΦぎ9巨費宝島9ω鼠け剛直ぎ邸訪鼠﹃ω.肝竃。ぎ①ロ国ユ目配ヨ噂ω,ω9巨。り堕≧西。日①ぎ。..=四獣隻のも需恩巴Φ..ω鼠駐蓼。冨 ]≦①夢oq①巳。巨6りHσ’h乞舞ロ.ωr喝2αq①o。9。ゆPHO匂。も。−ψ①Φも。 ②N冒。置≦−δ馨鉾岬ωけ尻。ずΦN餌崔①ロ①ロ8審げoPψμ⊆。G。・なお﹃私 の批判者へ﹄は﹁理想的構成﹂として﹁一、一般統計方法論、二、実体統計学の一般的部分︵今日ではまだこれがない︶三、特殊的 部分、すなわち個別部門別の方法と結果﹂としている。︵竃①ぎ。昌囚鐸騨魯Pψω切︶③N冒。貫O建旨臼凶。・ω山90Dけ餌け凶ω口ぎト。︾鼠[ ω・倉④N陣N①置p●臼。●○こω.鵠Hiω旧黒δω富ユ巴ωo冨N曽巨窪⑦鼻ω8票差。◎﹂b。。。1。。。。’⑤N貯⑦買9彗費誇ユ曾ω富け韓量N ︾二hドoo.旨漕.⑥N冒①ぎ9。●p。.O﹂ψ①18⑦N冒①ぎ9。.PO二QQ”8寓。貯①口国葺弊曾PQQ.鵠ρジージェックはさらにこれ につずけて述べている、﹁すべての1自然科学的および社会科学的−応用領域を同じように考慮した一般統計方法論はたしかに 考えることが出来るし望ましくもある。﹂ 三 一般統計方法論と特殊統計方法論とは、さきに、普遍的と特殊的の関係にあると述べたQ両者の関係、それぞれの特
質については、ジージェックはしばしば言及している。これらを通じて一般統計方法論の特質に関する所説の要点を改 ゆて究明しよう。 ﹃一般および特殊統計方法論﹄の所説によると、 ﹄般統計方法論i或は理論統計学一は統計方法を一般的︵普 遍的︶把握︵定式化︶において形式的観点から特徴づける。しとこに﹄般的︵普遍的︶把握︵定式化︶L︵鑑ゆq①日。ぼΦ︵ひq8? 同工⑦︶湯器ω琶ひq︵男。過日巳陣。旨お︶︶とは、﹁統計方法のすべての応用事例および応用領域に適用する定理を立てること﹂で ある。次に﹁形式的観点﹂︵hoHヨ乙部ω劇毒号巨彗︶ は﹁統計方法の個々の応用事例および応用領域の実体的︵経済的・民 誌的・社会学的等︶は問題を無視すること﹂である。コ般方法論の形式的性格と定理の一般性とは勿論かたく結びついて おり相たずさえて進む。 一般的定理をたてるためには個々の応用事例および応用領域の実体的特殊性が無視されねばな らぬ。この様な形式的考察を基礎にすると﹁般的定理はただちに可能となるであろう。し一こうしてジージェックは﹃ 般統計方法論をコ般的形式的性格﹂︵ぴq9霞①=2§α8同日巴①門O訂B簿9︶のものとする。ととろで、一般統計方法論は 一般的形式的性格のものとしてn﹁特殊的実体的性格﹂︵の℃①N邑δ調質口畠露讐⑦ユ巴gO冨冨写無︶の特殊統計方法論に対立す一 る。後者は﹁統計方法の個々の応用領域、したがって統計の個別的部門の方法的特殊性をとり上げ﹂また﹁特定を集団 とその実体的問題を前提し、との問題にしたがって実体的研究目標を立てとの実体的研究目標に見合う特殊な方法を指 示する。﹂ 以上の所説に対する若干の註解と検討。ジージェックは一般統計方法論と特殊統計方法論との統一的関係を重視す るQ ﹃綱要﹄の序丈で、従来の統計学教科書が特殊統計方法論的叙述に際してこの統一的関係を十分に配慮していない と批判し、また﹃一般および特殊統計方法論﹄に煙いて、 二般統計方法論に関する大抵の書物が特殊統計方法論の存 在を無規しているしと嘆いている◎要するにジージェックにおいては一般統計方法論と特殊統計方法論とは緊密な統一 一般統計方法論の課題と方法︵有田︶ 一四一
一四二 関係におかれねばならす、一般統計方法論の性格に関する上記の規定も内容的にこれを十分に表わそうとする意図にお いてのものである。次にいわゆるコ般的把握しであるが、とれは社会科学的統計と自然科学的統計に通する方法的原 理を問題にするととではなく、統計方法の応用を社会科学に限定した上での一般的把握である。更に﹁一般的把握﹂と しては、統計実務における雑多な手続から共通的なものを形式的にとり出す平板な抽象でなく、方法の本質に即したも のを摘出する抽象を意図している。この点、直接的な所説はないが、後で問題にする目標を基準にする方法構成を見れ ば明かである。もっとも統計実務が一般統計方法論の材料を構成するととはたしかである。ジージェックは云っている。 ﹁一般統計方法論は定理の定立にあたって当然統計実務における実際の研究を材料として用いる﹂と。 更に﹁形式的観点﹂について一言ゆ形式的なものは本学的には実体的なものの形態であり後者と不可分に結びついて いるωそのために実体的なものの捨象には捨象点と捨象限度の問題が重要な意味をもつて来る∪実体的なものの機械的 分離は形式的なものの根拠を奪い形骸化する馬験があるQとれからジージェックは免れているであろうかQ ①§NΦF臣①=≧にΦ日。ぎΦ=巷側岳Φも冨獣亀Φ..ω冨慶諺。冨竃①費&o巳①腎ρp9。.Oこω.①お.②N冒①買m・餌・02ω.①①μ ③N冒①ぎ卑即○こω.①お鴇9口昌費醗山曾ω8誌。・口亘NぎPω.目−芝● ④N冒①FU6二≧黄。目。ぎ。,、巨島巳。もOo臥巴⑦.、ω冨け︸巴ω90竃Φ魯&魯一①ぽPω●①駐. ジージェックは次に一般統計方法論の研究対象を規定する9 一般統計方法論が統計方法を同般的把握において問題に することは明かであって﹃綱要﹂はとのととを明確に規定している。ととろが﹃一般および特殊統計方法論﹂は、統計 方法よりその目標を分離して﹁狭義の統計方法﹂︵馨巴ω蔚9①冨①窪&o一80轟曾窪QD冒g︶とし、その上で、ω﹁統計の 原則的︵一般的︶研究対象﹂、②コ統計の原則的︵一般的︶研究目標L、㈹﹁一般的把握においての狭義の統計方法﹂一・ 以上の三者を一般統計方法論の研究対象としているゆ﹃統計数は如何にして成立するか﹂ではωおよび②の﹁統計﹂︵ロ凶①
’ ω論難涛︶が﹁統計方法﹂︵α一① ω什倉。け悼ωけ一門ロOげ⑦β 竃①θ70亀O旨︶となっている。との相異は無視してよい。以下においては区別せす に問題にするゆとれに対して﹃綱要﹂との違いは若干の注意を必要とするQ さて、﹃﹁般および特殊統計方法論﹄において、ジージェックは云っている!﹁一般統計方法論では、原則的性格 ④ の方法論的目標.は可能であるばかりか完全に不可欠である。﹂ とこにジージェックの云う目標とは、方法によって到達 さるべき認識であってこれへの到達のために方法の使用を発動するところの一いわば方法の外にある一実践的目的 ⑤ でないQところで﹁方法は﹂il所説によると一﹁前におかれた目標に向けて定められる手順である。﹂ その限り目 標を先ず定めなければ方法を構成することが出来ぬし方法の正当さを判断するととも出来ぬりかくて一般統計方法論に おいても目標を方法から分離して独立の対象として取扱うととが必要となる。 ﹁目標は方法の構成に照準を与え方法の 批判に基準を提供する。﹂ 方法は目標到達を可能にし保証するように構成されねばならす、目標到達を可能にし保証す るかどうかによって批判されねばならぬQかくして目標を基準にした方法構成が定式化されるQジージェックは云って いるーー﹁統計方法は研究目標を考慮して叙述し鮮明されねばならぬ。理論統計学︵一般統計方法論一筆者︶はとの意味 において正しい、すなわち、基本的目標到達を可能にし保証する方法的操作の規則を立てねばならぬ。﹂﹁独立の研究対象 としての目標の新定立は統計方法の学問的取扱いに新しい基準を与えるものである。﹂ もっとも﹃綱要﹂等では目標は 独立化されてはいないが、しかしその重視ないし基準視はすでに底流をなしているQとれが明確に意識され、ここに学 問論的定式化を与えられたと考えるべきであろう。 ととろで統計︵方法︶の対象の方はどうであろうか。ジージェックは上述のようにとれを一般統計方法論の主要研究 対象の一つとするが、そのととの意義については何ら説くところがない。方法構成に対する対象の規定性を認めている ⑦ が、しかしとの規定性を統計方法の本質的構造にまで及ぼしていない。目標に対する対象の関係についてもそうである。 一般統計方法論の謀題と方法︵有田︶ 一四三
一四四 さて行論の都合上ことでジージェックの以上の所説につき若干の批判的検討をしておこうと思う◎ 先ず第一に目標とその定立についてであるQ目標は対象から見て必然的なものでなければならす、そのためには対象 を一対象から見て必然的な形式および内容においてi分析し総合しなければならぬ。との分析巨総合が統計の対象 の特殊性から特殊な内容および形式を有するものとなることは勿論である。目標はとの分析11総合を通じて必然的に誘 導された結果でなければならぬ9ジージェックにおいてはζのととは十分に意識されていないし、また上記の過程は方 法化されてもいないのである。統計調査論では目標は統計実務において実際に定立されるものの一般的概括によつて定 立している様であるQ 目標定立は上述の様に一つの方法的過程であるが、この過程が統計的把握に対してもつ意義を見なければならぬ。い ま例えば、或る社会的集団の数量的把握と云う目標が定立されると仮定しようゆとの目標定立は内容的には痴る社会的 集団およびその数量的性質を意識に定置するi未知数的に一1ととであるが、形式的には集団的数量的把握と云う特 殊な把握形式を設定するととに相ならないであろう。もっともここではとの把握形式は抽象的にしか定立されていな い。しかし以後の段階に蒔いて一統計的把握の行われる社会的実際的地盤および条件に即して一−具体化され実現さ れるQかくて抽象的に定められた把握形式は統計的把握の基本形式であって統計的把握にとって根本的な意味をもつも のであるQそれゆえ方法化されて統計的把握の方法的過程に組入れ、その一段階、否、基本的段階としなければならぬ。 とういう様に考えて来るとジージェックが方法から目標を切離して残部のみを方法︵狭義の方法︶としてとり扱うのは問 題であると云わねばならぬQそれは統計方法から基本的段階をとりのぞくことを意味するQ残るものは抽象的に定めら れた本質的な把握形式と社会的実際的地般皿および条件に即して実現する過程でしかないのである。方法の萎縮と云うべ きであるか。この過程において問題になることは前提される本質的把握形式を与えられた地盤および条件に等して如何
に実現するかと云うことで、これを支配するものは合自的性の原則であろう。ジージェックが方法構成において目標達 成と云う形で合目的性をもつばら志向するのは決して偶然でないのである。 では、抽象的に定められた本質的把握形式の実現化過程!方法目﹁狭義の方法﹂は具体的に如何にして構成される か。吾女は再びジージェックの云うところを聞かねばならぬ。所説によると、統計的研究は統一的な目標をもたぬ。段 階的に相異る目標が定立されるし、また同一段階においても定立される目標は必ずしも同一でたい。方法はこれらの目 標に対してそれぞれそれを達成させるものとして問題になる。かくて問題はこの部分的方法の構成となるQジrジェッ クは構成した結果を叙述し、また叙述の仕方について詳細な説明を残しているけれども、構成過程の叙述は残していな 窺 ⑨ い。しかし﹃統計数は如何にして成立するか﹄等は構成過程を知る若干の資料と暗示を含んでいる.これらを参酌しな がら要点を示すと、問題は二つに分れるQ第一は原則的純図式的な方法の構成であり、第二は個々の場合における実体 ⑩ 的対象および実体的目標にとの原則雪幕図式的方法を順応さぜる処置の規定である。 第一の問題一先す統計的研究のその段階に一般的に妥当する目標を規定するQとれを基本的目標と呼ぶこととす る。次に、統計実務を構成要素たる操作に分解するQそして基本的目標に関係さぜて機能を吟濡するQ基本的目標達成に 必要不可欠なものをえらび出し標準化し、しかるのち基本的目標を志向しながらこれらを連結するのとうして出来上っ た手続遇程を次に定理に表現する◎ 定理に表現される手続過程は、目標達成のために不可欠的な標準的操作が合目的的に連結されているゆえ、基本的原 則的手続過程であり、個々の場合における正しい処理の規則︵町人。一︶となる。それは方法の本質2﹃。の①口︶である。こ れを全体的に反映するものが理論︵臼げ①9一〇︶であって、﹁理論﹂はかくて規範的性格をもつこととなる。﹁理論﹂の規定 する方法的処置には統計的把握のための外的補助手段および装置の使用を含む@かくて﹁理論﹂は﹁按術﹂を竜包摂す 一般統計方法論の課顧[と方法塗肩田︶ 一四五
一四六 ⑫ るのであるゆ 第二の問題は個女の場合にその具体的実体的目標に原則的図式的に構成された方法を順応させるための方法的処置の 規定である。ジージェックはこれを重視して、﹁これまでの文献ではほとんど取扱われたととのない非常に重要な一般統 ⑲ 計方法論の課題﹂とする。この課題は、しかし、特定の具体的実体的目標を前提し、とれに一般的図式的方法を順応さ せる処置を具体的に決定するととではない。とれは特殊統計方法論の課題に属するのであって、 一般統計方法論の課題 としては実体的目標への順応のために必要とされる方法的処置の一般的形式的規定に限られるΩ 要するに問題は原理と応用である。そしてこれらにおいて念頭におかれているのは、.合目的的手続を出来るだけ標準 化された、しかも十分に個々の場合に応用することが出来る状態におく乏云うことに外ならぬ。まさに一つの技術が志 向されていると云うべきであろう。第一の問題はとの技術の原理の問題であり第二の問題は応用の問題であるゆ一般統 計方法論はそれ自体の中に原理と応用の両側面を統一的にもち、かくしてこの技術の学とならねばならぬと考えられ.て いるのであろうか。 ①N冒or9琶臼出山9ω冨げ周ωけ涛b諺ロhドω﹂.②N冒。ぎ臣①篭≧に。ヨ①ぎ。、.自ロ叫巳。=QD誤断色①.、ω富紆翻。冨蜜。島&g一①寓p p薗●ρ”Qり.①禽●③N冒ΦF毛δ。。訂肝誌。。9ΦN日豊塾員韓98りω’餅④N冒①Fgo;≧戯①日Φ冒。、.二巳a⑦も唱①Soロ。.. ω$梓幹げ。ゴ。嵐。誓&Φ巳。腎Pψ忠①●⑤杉栄博士はジージェックがこの二つの﹁目的概念の間を動揺していると云い、また方法 的過程の終局的結果を目標とすることの可能性を否認しているが、筆者はどちらにも同意出来ぬ︵杉栄﹃理論統計学研究﹄昭和一五 ︵一九四〇︶年・立命館出版部・三コニ頁。⑥N討①∬薫δω冨σ蝉60げoN国露①コ国鼻ω8び①戸ω・膳1μ 、 ⑦N冒ΦFUδコ≧凝①日①ぎ。。.§自酌。ごのロ①且巴①..ω訂蔚諺号。竃Φ昏。α①巳①冒ρQD・銀9⑧N冒。ぎp9・O二ω。①㎝9ジージェヅ クは統計的研究を目標n方法の関係において大ぎく二つに分ける。統計数獲得︵。・け鉾翼げ。げ⑦N曽巨Φ旨ぴq①≦一口口自◎q︶ と統計数解釈 ︵︾ロ。。匿ぴQ①昌︶11﹁結論誘導﹂これである。 ⑨拙稿﹃ジージェック統計数獲得方法論分析序説﹄・彦根論叢・第三七号・昭和三二
︵一九五七︶年・二六一七頁。﹃ジージェック統計数獲得方法論分析﹄・彦根論叢・第四〇号・昭和三二︵一九五七︶年・二三頁。 ⑩N冒跨b・pO二ω■①お.⑪N冒ΦF四・pOこ¢8。。’⑫N冒①F国’倉。●Oこω●①㎝図録①一話ロ国恥鱒臼Pω’。。ω一朝’ ⑬毛δωけ讐同塵ω90N櫛三Φ口。導ω富冨pψ09⑭N貯。鮮目。二鳶西。資のぎ。..暑q臼Φごω需丹巴①..ωけg犀ザ。冨]≦の島。号巳⑦ぽρ ω・2ω. 四 ジージェックは一般統計方法論を社会科学の﹁方法論的補助科学﹂とした。次に統計方法を手段的なものとみ目標を 基準とする方法構成によって一般統計方法論を形成しようとしたQ社会科学のコ方法論的補助科学﹂としての地位設定 と目標基準の方法構成とが緊密な関係にあるととは容易に推知することが出来よう。との見解は漸次主導性をとり始め た﹁形式科学としての統計学﹂を本質的に代表するものであるQしかしドイツ社会統計学はやがて数理統計学的成果を とり入れるにしたがって︸般統計方法論の社会科学的領域への限定を弱め始める。この勢は第二次大戦後益々強くな る。ジージェックは在世中すでにとの勢いに当面しているが、しかもなお社会科学的に方向づけられた一般統計論の立 場を守りつすけたQそしてこれをついでフラスケムパーおよびとれにつすく兀々はとの立場の基礎づけにその学問的努 ピ 力を傾倒することとなる。 一般統計方法論を祉会科学的に方向づけようとするジージェックの意図は尊重されねばならぬ。しかしその所説は社 会科学的一般統計方法論の基礎づけと七ては問題を含む。一般統計方法論が真に社会科学的一般統計方法論たるために は社会科学のために客観的認識をもたらすものとして統計方法を確立することが必要である。ところがジージェックに おいては認識の客観性は全く関心の外にある。認識の客観性とは対象、すなわち、意識とは独立に存在する物質1と とでは社会的存在一iが認識に正しく反映されるととである。とれは合目標性とは相異る。おもうに目標とは予め定め 一般統計方法論の課題と方法︵有田︶ 一四七
一四八 られた認識内容であり、合目索性はこれが実際に得られる認識内容と一致することである。両者の相異は明かである。 ジージェックは専ら合目書癖を問題にし客観性は問題にしない。一般統計方法論は社会科学の要求する認識を一それ が客観的たると否とにかかわりなく一i技術的に適確に提供することが出来るならばそれでよいと云うのであろうかQ 社会科学そのものがもはや客観的認識を要求しなくなっているのであろうかQともあれ、客観性に対する無関心、合目 標性に対するぴたすらの関心はジージェックの﹁社会科学の方法論的補助科学﹂11一.隔般統計方法論の性質をつかむ上に 重要である。悪しき技術主義1 ところで認識の客観性を基本的に志向するかぎり、そして客観性が上述の様に﹁認識への対象の正し﹁い反映﹂を意昧 するかぎり、方法は本質構造において対象のそれと同一に構成され、対象から見て必然的なものとならねばならぬQそ のためには対象を基礎とする方法構成がなされねばならぬ。社会科学的理論がとれを指導する。吾々が対象の本質的構 造にどこまで迫り得るかはたしかに歴史的に制約されているけれども、しかしそれぞれの歴史的段階において対象の本 質的構造を把え得ることはたしかであり、これにもとづいて対象11方法の構造的同門を実現することが禺来るのである。 目標を基準とする方法構成では、構成される方法が客観的認識に導き得ると主張し得る根拠は全くない。もしこれを 主張し得る場合があるとすれば、それは基準とされる目標が対象から見て必然性をもつ場合である。しかし心然的な目 標だけが定立される根拠はどとにも存在せ轟じ、またそのための方法が与えられていないのであるから、とれはただ偶 然に期待するより外はないQそれだけでない。との立場では必然性のない目標が定立されこれを基準にして必然性のな い方法が構成されるのを防ぐことが出来ないQ社会科学的対象からみて必然性をもたぬ量る種の数理統計学的手法導入 の途がすでにジージェックにおいてひらかれているのであるり 目標定立は既述の様に統計的把握の本質的形式を決定しとれを通じて以後の段階を根本的に規定する。必然性のない
目標の定立は必然性のない本質的形式の定立を意味し、統計的把握全体の必然性を奪うのである。それゆえーージージ ェックとは反対にーー目標の定立を方.法の中に入れ対象からみて必撚的な目標だけが定立される様にこれを方法化さね ばならぬ。この方法化が対象を基準にし必然性を志向してなさるべきことは云うまでもない。目擦定立において定めら れる把握形式を社会的実際的条件に即して実現する過程では目標基準と合目的性が既にのべたように支配する。しかし とれは本質的把握形式を実現するためであって、後者によつて支えられつつその実現を媒介するものでしかない。とう した関係において対象基準と必然性とは﹁貫的に自己を貫徹するのである﹂Q要するに構成されねばならぬものは目標を 含めた方法であり、,方法構成は対象基準において必然性を志向しつつ行われねばならぬ◎そうすることによって客観的 認識の実現を保証するととが出来るのである@ N般統計方法論はこの観点において祉会科学的領域独自の統計方法を展開し自らを社会科学的に方向づけねばなら ぬ。そのために課題の意識を強め方法を整えることは一般統計方法論の今日の基本的な問題であるQこれに照してみる ときジージェックの見解は吾々に多くのことを考えさせすにはおかないのである。 ① 拙稿﹃フラスケムパ、における社会統計学の構想﹄・彦根論叢・第一四号・昭和二八︵一九五三︶年・二三頁一六頁。 ②拙稿﹃社会統計学的認識の問題と特質﹄・彦根論叢・第四三号・昭和三三︵一九五八︶年忌ゴニー八頁。 一般統計方法論の課題と方法︵有田︶ 一四九