① 慧均の八不義は既に散快していて続蔵所収の四論玄義の中にはみられないが、その名は古くから日本における三論 の学者の間に知られていた。それは三諭宗の祖とされる階の嘉祥寺吉蔵の大乗玄論のうち巻二の八不義の撰述につい て疑いを持たれていたからである。その疑義とは、八不義の文章が他の吉蔵の著述と似ていないこと、吉蔵は体仮を 許すのに八不義には許していないこと、﹁均正師の十二巻章八不義に云く﹂として引用している文が大乗玄論八不義 の文と同じであること等が挙げられている。八不義の撰者が慧均ではないかという疑義はひいては大乗玄論の成立に ② 関する問題にまで波及することになろう。ところがこの慧均の八不義が初章中仮義と共に、近年に本学の横超慧日教 授によって発見され、﹁新出資料・四諭玄義の初章中仮義﹂︵印度学佛教学研究喝所収︶﹁四論玄義の初章中仮義﹂︵岩井 博士古稀記念論文集典籍論集所収︶の二篇の論文においてそのあらましが解説されて、﹁八不義は吉蔵撰の大乗玄論所収 ③ 八不義と酷似し大乗玄論との関係を考察する上に重要なものである﹂と紹介されたのである。この論文には論題が示 すように新出資料の形態が説明され、殊に初章中仮義は四論玄義の冒頭におかれて重要なものであるとして、中仮義 の解説に力点がおかれている。この初章中仮義も吉蔵の大乗玄諭や中諭疏の中で言及されており、また室町時代頃ま
慧均撰四論玄義八不義について︵一︶
I大乗玄論八不義との比較対照I
一三
桐
慈海
)1では流布していたとされていながらしかも現在では散怯してみることのできなかったものである。 今しばらくこの二篇の論文によって新出資料の注目したい点を挙げてみよう。まず形態についてみるに、い、巻一 の首題の下に﹁均正撰記﹂と記されているが、均正とは慧均僧正のことである。慧均の伝記は知られていないが初章 中仮義や佛性義の記述によると、初め成実論の研究者であったが後に興皇寺法朗の門に入って三論を研讃し、同門の 吉蔵とともに会稽にいたと推定される。②;両巻ともに首題と尾題を有し、 大乗四諭玄義記巻第一︵首︶初章義一弓︵尾︶ 大乗三諭玄義記巻第二︵首︶大乗玄義八不義第二︵尾︶ となっている。また統蔵所収の四諭玄義にみられる原題も﹁大乗三諭玄義記巻第五二諦義︵首︶﹂﹁大乗三論感応 義第四︵尾︶﹂﹁二智義記巻一︵尾︶﹂﹁無依無得大乗四論玄義記第一三乗義第二荘厳義第三三位義︵首︶﹂とあり、 このように題号が一定していない。そして二智義は巻一とあるところより初章中仮義と同巻であったのであろう。③、 各篇の中に引用されている篇名を調べて、成立の相互関係を推定すると、二諦義・八不義・中仮義は早く二智義・断 伏義が遅い時期になる。側、巻末の﹁顕慶三年﹂の識語は続蔵所収のものと同文である。また巻末には﹁摂泉堺威徳 山常楽寺﹂の黒印があり、覚州が所蔵していたと思われる。以上がその要点である。このうち②については三論玄義 記といわれるものと四論玄義記に大別されるようであるが、これは内容からくるものであろうか。或は③の前期と後 期の区別に関係があるのであろうか、いずれにもせよ留意しなければならない問題のように思われる。 初章中仮義の内容については本稿の主題ではないので略するが、中仮義研究の意義については次のように指摘され ている。同じ法朗の門下でありながら、慧均は初章中仮が中道を体得するための三論宗の基本的な教義であるとして 重視する。それに対して吉蔵は彼の著作の処為に中仮師批判を行い、殊に中論疏巻二の八不義を釈するなかでは﹁若 ④ 守初章中仮者、是中仮師耳﹂と中仮に固執する者を破斥しており、したがって慧均もまた吉蔵の批判の対称とならざ ミワ ノ 白
るを得ないことになる。このような相違が生じてきた原因としては、吉蔵は若くより法朗の下で空観教学を專らにし ており、慧均は初め成実・毘曇等の研鑛を積みその後に三論の門に入ったという体験上の相違よりくるものであろう ことが考えられると着眼されている。そしてそれだから慧均と吉蔵の学説はほとんど両者区別できないほどの近似を 示しながらもそこに一線を画しているのであり、その相違点を探る重要な資料として初章中仮義研究の意義が認めら れ、またその近似性のゆえに却って散快の理由となったことが説明されている。これらの事柄は今ここで八不義の検 討を進めるに際しても、両者の相違点を明らかにしえる重要な鍵として注意しなければならないであろう。 八不義については従来から撰者に疑義があること、新出資料と大乗玄論の八不義との間に小異はあれほとんど一致 することの指摘に止っている。中論の初偶に述・へられた八種の否定の語は、特にそれが論主の帰敬偶であることにも 由って、中論の始終を貫ぬく根本義であると考えられてきた。したがって八不の意義を解明することは大乗般若の根 源を説き得ることになる。龍樹提婆の三論を所依とする者にとって、八不義は群経の深奥に入り諸論の広大に通ずる 根本的な課題として重要な教義なのである。吉蔵が南北朝時代に盛んに行なわれた多くの佛教々義を体系化し、三論 教学を大成し得たのは、彼が言教二諦説という独自の論理構成を発見したことに由るもので、大乗玄論の冒頭に二諦 義が置かれている意味もそこにあると思われる。その吉蔵が八不については二諦を正すものとし、衆教之宗帰群聖之 根本・祖中之祖であると述べている。これよりしても二諦義に続いて八不義を位置づけていること必然の理であろう。 ⑤ 幸い四論玄義に二諦義があり吉蔵に二諦章と大乗玄論三諦義があって相互の比較研究は可能であったが、今また横超 教授の指示により新出資料の八不義を手にすることができたので、吉蔵の中論疏の中の八不義や大乗玄論八不義との 比較検討の機会を得ることになった。そこで先ず慧均の八不義と大乗玄論八不義の比較を行い、次に中諭疏との思想 的な差違を検討し、その上で二諦義や他の章との間の諸点を明瞭にすることによって八不義もまた明らかにされると 思われる。本稿はその一部として八不義の対照と若干の考察を行なったものである。 。 O J J
也又、非與l非之與、名l者 既に指摘されているように、慧均の八不義と大乗玄論の八不義とはほとんど文章が一致する。ここでは大正大蔵経 第四五巻所収の大乗玄論巻第二、八不義︵大正四五・二五’三五︶を底本とし、それに慧均の八不義を対照させる方法 をとった。したがってI線の上が大乗玄論の文であり、下が慧均の八不義による異同である。 j 改行ごとの数字は大正蔵経第四五巻中の頁数、abcは同じく上中下段、内の数字は行数を示す。また、蓋l く ︵ナシ︶は大乗玄論には﹁蓋﹂の字があるが慧均の八不義にはない、既八I︵八ナシ︶は﹁既﹂はあるが﹁八﹂がないこ とを意味する。︵二箇処︶は大蔵経の同じ行の中に同じ字の二箇処に異同がある。︵論︿説ノ傍︶は説の字の傍に論 の字が記るされているの意。慧均の八不義には行間に文字が本文と同じ筆体で記入されている。脱字を補ったもので あることが明らかな場合を除いて、書写をした人の注記なのか補字であるかが不明である場合に注記した。なお慧均 の八不義には句読点はなく、また対照指示に不便なため、大正蔵経の句読点は一切無視した。したがってこの表は読 み方を念頭に入れずただ字句の異同のみを記載したものである。印刷の都合上一部当用漢字を使用した。 j 妬a、題大乗玄論巻第二l大乗三論玄義記巻第二③雑問l雑簡仙明不右有l簡不有有⑤意者l意所言、蓋l く ︵ナシ︶⑥経云l経第五弓云⑥経l喫略経⑨出l去⑩滅也又I滅也諭初云不生不滅不常不断不一不異不来不出 醜b、仙明l釈、非有I︵有ナシ︶⑤是百’百是⑦経之l経意⑧成論l成実論⑩失l失之⑬即l則⑱不亦
亦不⑳故以l以燭論未l諭云未倒無有有l無有我⑮不義不義l不義
溺c、⑩皆l悉②為深義深義l為深為深義③諸I︵ナシ︶⑤亘十方枇通三世竪l竪百一十方横通三世⑥真理I二八不義の対照表
34攪 真 四 諦 微 理 攪(8) 四 言 有 田 理 一 | 故 言 不 理 一 ⑮ 不 ⑳ 成 鰯 諭 道 師 | | 也 成 、 実 仮 論 不 師 仮 ⑳ 解 諦 不 中 鯛 諦 前 論 玄 中 ’ 三
画 雷
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為 こ / 仮 | ⑬ 為 倒 仮 一 也 柱 妬a、仙亦名定待l亦名明定待例真諦中l真読明中⑫合中道l合明中道、有有非l有非⑬合中道l合明中道 ⑯作疏l作義疏十四弓⑰二1両⑬遍印l遍寛印⑳体即無1体則無、相即真l相是真⑳俗趾l俗諦雛固有以 l有也以、故也與l故與㈱非即果l非則果、不l無 配b、仙也I︵ナシ︶②汝l如⑥不一二l不二一切諾1名⑧道総l道者総、応中l応是中⑥二法1両法、道若l道也若⑩中者l中道者⑪中道者l中者⑮是妄l是虚妄⑩箇l筒⑳義也百l義百⑳不l無、無為中
道l非無中道燭怯l伽⑬応応有l応有⑲即老即死l即死即老 妬c、②誰在l在誰側仙川片1両行片、二義1両義⑦法為l法名為側面名両法1両名Ⅱ二法⑩耶I︵ナシ︶ ⑪二名1両名⑫言安l言中安⑱二義1両義⑬中也l中道也⑳以I︵ナシ︶⑳汝仮当l汝仮称当鰯者l道 倒自I︵ナシ︶⑮短不l短於不㈱於中l於用中 ”a、⑧真諦者l真者⑩不須l不復⑪真得云l真云⑪⑫若寄名名真l若寄名真、之理l之真理⑭智会l智 即会⑲’二理両理鰯也I︵ナシ︶㈱処両名両l処両⑱今云不l今謂亦不、真即是l真是⑲名則1名明則 ”b、仙種中1種説中②地諭l地摂論③識本l識與阿摩羅識本⑤熾悩l煩惚、耶名l耶等名⑥妄想之l妄 之⑭急1忽、煩悩l煩惚⑯本即l本既、亦不l亦無⑰也今l也真諦三蔵云真不除或有四義一真如若断或則失世 諦二失凡聖過三前有或後脩解方断或四所以所脩之解不円足者由有或故不円満若真如断或則有四種過失故不断或也今謂 不然汝既有真如用解却或者解用亦本有不令本有煩悩如金石一時本有者対人打治不関金用那得名真如用耶亦是二見有所 n r ー 。 。“ 開 2 9 二 境 2 9 b 也 智 a 、 | | 、 (3)二開(2) 或 諦 智 皆 | 也 開 ’
3所境悉
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前 = ≦ 、 _ 〃 縁 卿 氏淵則縁(7)
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'(7) 縁 、 無 善 各 内 滅 | 諸 合 無 戯 因 諭 ⑫ 内 是 非 以 智 (9) 非 由 ⑲ 境 便 | 申 非 非 | 境 I⑪ 便 非 也 智 智 非 へ ブー ⑬ 詔a、①成実師l成実諭師、釈I解②頤l領⑥断常l常断⑳二乃’二或乃︵二︿傍︶倒明I解例実一異l 実一実異⑮有−1︵一ナシ︶、不一l不可一㈱別若l別名若 師b、⑤対I︵ナシ︶、入是1入此是⑨⑩成論與外道師等I外道與成実論等師⑪如I︵ナシ︶、水l来⑫出即l出則⑬即l則是⑱有’又⑫⑬蛇従穴出l蛇出穴⑰二1両倒断欲l断等欲
昭c、⑤二1両⑩異外如是I︵是ナ乙⑫須I︵ナシ︶⑭⑮二1両︵二箇処︶例義但l義理但燭是l此是︵二箇 処︶⑳故l是故 ”c、②今明l今山門意明い⑭皆l悉︵二箇処︶⑰有生滅l有生有滅⑱⑲仮不生仮不滅l仮不生滅、此不生不 滅l仮不生滅、非自不生不滅l非是不生滅⑲⑳待世諦仮生滅明真諦仮不生滅l待世諦仮生明真諦仮不生待世諦仮滅 明真諦仮不滅⑩⑳世諦仮生滅既非生滅1世諦仮生仮滅既非生滅⑳亦l則、故非l故仮不生非不生仮不滅非不滅非 働為I︵ナシ︶、句I︵ナシ︶⑬合中l合明中⑮此生l此仮生︵仮︿傍︶、是不l是仮不︵仮︿傍︶㈱是則I︵ナシ︶、是 即l則⑳是I︵ナシ︶、明I︵ナシ︶⑳也I︵ナシ︶ ㈱説不生I説非生 ”c、②今明l 減l仮不生滅、非明真諦仮不滅⑩
濁為I︵ナシ︶、句 得也只是不得云違真起妄用也今⑬師I︵ナシ︶⑲不語不語待語l不語語不語⑮不為非不無l不為不無︵二箇処︶ n 戸 d oシ︶⑯所第1所至第⑮論帰l論故願加威帰 調c、仙変l及③三諦中道I︵ナシ︶⑥歎l難⑦二1︵ナシ︶③言為l言尽言為⑨能l即能⑪以来I︵ナシ︶
⑬減l減⑮無出l無有出⑯非戯l非是戯⑰論又I論也又例⑳亦得l亦能得“故為l是
鋤b、也I︵ナシ︶、如五l如相行品云五︵相行品云ハ傍︶、乘共1乗菩薩共③出今l出処今側住無出l住不出、 故非l故並非︵並︿傍︶⑤亦是戯諭故I︵ナシ︶⑦徳l得、乗摩1乗無所得摩︵無所得︿傍︶、諸法l諸佛法倒論論 l論無戯論戯論⑩等戯l等故経云法本不燃今則無滅滅戯︵アトノ減は傍︶⑪即I︵ナシ︶⑫悪I︵ナシ︶⑬答須l 答応須⑮則戯l則成戯⑯也I︵ナシ︶、即l則⑫乢品l乳菩薩品︵菩薩︿傍︶鰯不二l非二例果與l果也與、 小l少⑳烈1列㈱教不生不滅l教仮不生仮不滅 釦c、仙而相l而二相②非有無l非有非無、非亦I︵非ナシ︶⑥白l自仙是有無l是無︵有ナシ︶例也I︵ナシ︶ ⑧諦中l諦義中⑩或l或是、引l拠⑪中八’八中、故l有⑬処大l処故大、為正観論I︵ナシ︶⑭釈論中論l 釈論與中論⑲髄也l髄体也⑳名I︵ナシ︶⑫云l是例喜所l道於㈱答隻l答若隻㈱是正l是一正 彼人師也故 苦’與常 鋤a、②者五逆但l者但、悩l惣㈹定l決伺也I︵ナシ︶、見’頁⑥則是l即、雛I︵ナシ︶例唯l但、離l ︵ナシ︶⑥又I︵ナシ︶⑲彼聞l彼師間︵師︿傍︶、怖’帷、而聴l而於聴、所I︵ナシ︶⑪覚此l覚知此⑫若是l 若見⑬便是l此即⑯名有1名為有⑰得也l得等也、又’故⑱也若l也四若︵四︿傍︶⑳故反折論云l故質論 亦名反反折諭云︵質論亦名反ハ傍︶⑳無損l無則損⑬是l則倒是戯l則戯㈱邪l正田正l邪、便行l便便行、 苦’與常㈱行心l心行田則戯論師也故l則是戯論師等也又思益経云当来悪比丘有相説法破我正法彼非我弟子我非 37詑b、仙離故l雌有故⑧悉戯l悉非戯仙亦I︵ナシ︶⑧叩倒l即例⑥若有l若為有、皆l悉⑩諭常l諭有
常⑭云誘l云五誘⑯明l論⑰相入l和出入⑳墜説1隻諭四二1両倒仮利l仮正言利、人l之例四則l
即︵二箇処︶燭有二1両︵有ナシ︶燭也I︵ナシ︶㈱故I︵ナシ︶、二義1両義働説l故、病l偏、堪聞l堪人聞 銅c、仙以説l以為説、仮I︵ナシ︶⑥則l即、有無入I︵ナシ︶⑪⑫則l即︵二箇処︶⑭計造l帥随遣⑱又I 弧c、②謂I説、乗道1乗一道、鈍之l之鈍、縁曲l縁故曲③互I︵ナシ︶④論前l論則前︵二箇処︶⑤明I説、 不其八田故I︵ナシ︶田小後説大l小乗後説大乗、説小l唱小 理二與不二’二與不二教之與理⑰又1︵ナシ︶⑩並I︵ナシ︶、言能l言者能⑳若’︵ナシ︶倒耶l也㈱不八l ⑧流l者⑩諦欲l諦故欲、申二l申佛二⑪佛I︵ナシ︶⑫在諭初也l在初提品也⑬二但’三一但⑬叫教之與 訓b、側次二調1次也二随②疾I病、除l治、即説l川為説帥法不l法若不例縁在l縁初在、初也I初題也可以為︵二箇処︶⑳既l既是例林l樹燭亦是l亦名為㈱三’二凶云l随
別a、⑥此仮l此仮生仮、皆l悉⑯亦是l亦名為、則l義⑰明l釈、偶多l偶亦是多⑱即l則⑳倒可為l 実不l実也不、欲説l欲釈⑥諭主l龍樹⑦乗出1乗中出⑪法見l法也見⑬即l亦、縁也I︵也ナシ︶、也故l 借不因縁破因縁也故⑮因生l縁生⑰非果l非是果⑱二1両⑳及不l非︵及︿ナシ︶⑳二1両、是因縁I︵ナ乙、 同是l同異是⑬為因l為因義勧亦因l亦縁⑬縁但l縁義但︵義︿傍︶ 認a、側何者l者何、則l即 二別’二則別也⑰故名I︵ナシ ー明之亦有之、故I︵ナシ︶の シ︶田応据出据l応以楯出楯 ⑫ シ 即 止、-< 戯諭
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ナ 之 ⑭ 38詔a、仙止有無l正遣有無二②尽l造︵三箇処︶⑤也又I︵ナシ︶⑬三従’三明従⑭入I︵ナシ︶⑳明単複l ︵単複ナシ︶例複二l複也二⑮俗単l俗諦単、真単1頁諦単田複仮l複仮仮、複非l複仮非の道是俗l道也此 是俗、道是真l道此是真⑳明互l互明 調b、仙句第1句也第②即従l即是従③俗単l俗諦単③帥仮非有l非有仮仙俗複l俗諦複︵二箇処︶⑥有 非有l有不有⑦有仮有非I︵仮有ナシ︶⑯五従’五已従⑰無仮無非I︵仮無ナシ︶⑲無仮不I︵仮ナシ︶田諦1︵ナ シ・二箇処︶、有不l有仮不⑲諦I︵ナシ・二箇処︶ 詔c、⑩l側諦I︵ナシ・十二箇処︶側無第1無也第例非不l不非、説為I説有為⑧云I︵ナシ︶⑩説為I説無 為⑪也I︵ナシ︶⑬也此l也不有有義州対而解釈有十六意也第一不有有者明其道非有非無而結為有故言不有有此 ⑭故経I︵経ナシ︶⑭⑮宗故l宗故経云以不住法住般若波羅蜜不二故、品第1品経第、品云l品末、佛云I︵云ナシ︶ ⑯何佛言l何有佛云⑰為無l為之無、義l若⑱有者I︵有ナシ︶⑲然只l然此只倒三I︵ナシ︶、也I︵ナ乙⑮ 故有l有故の用故1用有故 弘a、仙也I︵ナシ︶②不有I︵有ナシ︶、一有1︵ナシ︶側之l也⑥有故l有有故、此是l此故是の無類l無 亦類⑧執執l執執者執⑥有破之I︵有ナシ︶⑪七不I︵不ナシ︶⑫皆l悉⑭有也I︵也ナシ︶⑮合不l合言不 ⑰空故l空有故⑱爾l然⑲不於l不不於⑳有無故l有一切無故⑳倒義不有自l義明有不自飼有不l有而以 不⑮㈱類也1類之働之故l之有故㈱特一l持不於一 シ︶田正l是㈱明l釈、二l此田也I︵ナシ︶⑲義之二l之義明二、還俗l還成俗 ︵ナと⑲則l即⑳複有二l有両︵複ナシ︶働也I︵ナシ︶固倒複仮I︵ナシ︶、俗l真、複中二不二是真諦l字 39
均正の八不義と大乗玄論の八不義とを対照することによって相互に補足し得る箇処は少なくない。概して大乗玄論 の方が纒まっているようにも思われるが、二について検討すると必ずしもそのようには断定できないようである。 書写され伝持されていく過程において字句の誤写や脱落はありうることで、慧均の八不義にも行間に補足された箇処 がかなりみられ、また対照しながら文に当ってみると脱字と考えられるところもあるようである。このような誤写脱 型c、仙雌−1靴唯一︵唯︿傍︶③智l知、即I︵ナシ︶仙答言l答若言︵若く傍︶、即l則︵二箇処︶⑬於無l於 可無、可令是無l量是令無、今以l今如世人以荘厳具荘厳於人不可此人為非人而荘厳具荘厳人人猶名之故今以不持荘 厳有而有以⑭有I︵ナシ︶、即I︵ナシ︶⑲耶l有⑳次単言有則1次此単言言有即︵次・言︿傍︶⑳有非l非有 ⑫亦是有有l亦非是有︵非︿傍︶、是是有l是有㈱豈非l豈不、上自I上有自“故此l故言此︵言︿傍︶、即l則⑮ 此有I︵有ナシ︶ 然l類此 FOl、 ndE ︵ナシ︶ 二1両 弱b、 謎b、②爾也l然⑫廼l乃⑬五不’五明不⑭六不’六明不⑱一章’一第十章⑲故不l故今合前八意為一 不有有不︵今l有︿傍︶⑳前十l前明十⑳有不l有不有不、可是l可量是倒只l以田若I︵ナシ︶㈱得果l果得、 ①即l則佃也I︵ナシ︶⑧末是l是末⑮即l則⑯度l癌→紋I︵ナシ︶⑰党亦然l筧空亦爾、 ⑱失不I︵失ナシ︶、即l則⑲失不I︵失ナシ︶⑳也I︵ナシ︶⑫歓開l開殻⑫l偽敏l穀︵五箇処︶
倒也l之㈱但不l不但勧壊l懐田也I︵ナシ︶⑲此I斯
②体l能︵傍一二字アルモ不明︶、尋也l尋之也題大乗玄論巻第二l大乗玄義八不巻第二 く 三 也 燭 ’ 40字はまた大乗玄論の方にも当然あると考えなければならないであろう。例えば全般にわたっていえることでは﹁則﹂ と﹁即﹂の字のほとんどが不正確であると考えてよいといえることである。ところでこの両者の対照によって表わさ れた異同のうちには、このような補足訂正とは異なる問題が含まれてはいないであろうか。ほぼ異同の形態は ㈲、用いられている字が違っている。㈲、字句が相互に出入している、白、慧均の八不義に所載の文が大乗玄論に はみられない、画、字句の前後が顛倒している、国、どちらか一方に字句が脱落または増補されている、 と五種に大別できるようである。これらの中から注意すべき問題を二三挙げてみたい。 先ず㈲の字句の相違についてはかなり見られるが、語勢の変化は多少みられてもそれによって意味や内容が大きく 変るということはないようである。したがってこれは対照表に示される通りである。㈲の字句の相互出入しているも のも、それによって意味が変るということはない。二三の例を引いて気付いた点を記してみよう。 第一弁大意、所言八不者是諸佛之中心︵慧均八不義︶ 第一弁大意者、八不者蓋是諸佛之中心︵大乗玄論︶︵表妬・a・5︶ 慧均は章を立てるのに﹁第一弁大意﹂としているようで、初章中仮義にも四論玄義の各巻もこれは共通していて、 しかも﹁第二釈名、所言二智者﹂などの相似した句が処禽にみられる。それに対し大乗玄論の﹁第一弁大意者、八不 者﹂の句は不自然で他に例をみない。大乗玄諭では﹁感応第巨というように章が立てられ、巻二の八不義と巻五の 論逃五門の各章が違った形式になっている。巻一の二諦義は﹁二諦者蓋是言教之通詮﹂と始められているから、玄諭 八不義のこの冒頭の文は慧均の文に手が加えられたと考えざるを得ないであろう。 有空為真諦仮不生滅㈲、仮不生滅⑥、非是不生滅⑥、待世諦仮生明真諦仮不生、待世諦仮滅明真諦仮不滅㈹、世 諦仮生仮滅既非生滅㈲、真諦仮不生滅則非不生滅㈹、故仮不生非不生仮不滅非不滅⑧、非不生非不滅真諦中道也 ⑪。︵菩均八不義︶ 11
有空為真諦仮不生仮不滅側、此不生不滅⑪$非自不生不滅⑥、待世諦仮生滅、明真諦仮不生滅④、世諦仮生滅既 非生滅㈲、真諦仮不生滅亦非不生滅㈹、故非不生非不滅為真諦中道也⑪。︵大乗玄論︶︵表”.c・肥lど この両者の文は内容からすれば同じであるのに文の纏め方が違っている。大乗玄論に㈲に扣当する句がないのは省 略されていると思われる。或いは慧均の文が整理されたとも考えられる箇処の一である。これは︵表詑・a・翌でも 同じようにいえるようで、慧均が﹁明之亦有之﹂とし大乗玄諭では﹁亦有明之﹂と簡略になっている。 次に注意したいのは日の慧均の八不義にのみ所載の文である。これらは全文を対照表に掲げたので、その内容を考 慮しながら大乗玄論に載せられていないことの当否を考えてみたい。先ず最初に取り上げたいのが真諦三蔵の真如説 に対する批判の一文︵表”.b・Uである。八不義の地論師摂論師の中道を破斥する項では、真如の用についての説 が述べられる。阿梨耶識や阿摩羅識は本来は清浄で真如であるが、妄想を起し煩悩に覆われているので如来蔵と名、つ けられる。それが十地の解を修するに随って煩悩を断除し、そこに真如が顕現されて用をあらわすのでそれを法身と いう。この真如説に対して三諭宗では修解の因によって法身の果を得るというような法身についての理解を破斥する のであるが、その中で真諦三蔵の真不除惑有四義の説を例に挙げてそれを破斥しているのである。すなわち真諦三蔵 の説というのは、真如が惑を取り除くとするならぱい世諦が説かれる意味がなくなる、②凡夫と聖人の区別される意 味がなくなる、側惑があってこそ修解があり断惑の行が成立っのにその断惑の意味がなくなる、仙修解に十地の段階 のある意味がなくなる、の四種の断惑と真如について述べたものである。この説に対して三論からするならば、真如 があって解をもって惑を断ずるとするならば、もともと真如の解用があれば煩悩があるはずがないことになる。金は 石に混っているのを人が打冶撰別するので金の用によって金が出てくるのではないように、真如の用によって真如が 顕現するのではない。地論師等の説は真常断惑の二見有所得であって、真を違えて妄想に覆われるというような説は 成り立たないとするのである。この真諦三蔵の説を批判する文が大乗玄論に載せられていないからといって、地論師 イワ 士 含
破斥の内容が不明瞭になるということはない。しかし吉蔵が真諦三蔵について出家したという僧伝の記述を考え合わ せる時、真諦の名を直接に挙げて批判したこの一文が削除されたとも考えられるであろう。 ︵表蛎・a.、︶の中論八不の偶文は﹁論初云﹂として壌略経の引用の後に続いて列挙されている。しかしこれは初 めに潅厳経の文を挙げて、その内容が﹁即ちこれ論初の八不﹂であると述べた後だけに、その引証の場所に当を得て いないように思われる。それに対して八不義の智慧中道を明かすところで戯諭非戯肺について怖じ、有所得の行心こ そが般若に乖く戯諭師であることを述尋へるにあたり﹁悪比丘の有相説法はわが正法を破す﹂という思祐経の引用︵表 鈍・孔・翌は適切な経証と考えられる。続く︵表鋤.b・Uの﹁故経云﹂は維摩経の文であるが、これは直ぐ前︵二行 前︶の﹁諸法本来不生、今亦不滅﹂の文の経証であって、省略されても差支えはないようである。 次に第六料簡不有有の初めの﹁故経云﹂︵表詔。c・皿︶の般若経の文は、続く﹁故大品経﹂の文の理解の仕方によ って置かれる意義が変ってくるようである。ここでは無の所有を宗とする浬樂経と有の所無を宗とする般若経によっ て不有有の義は解釈されるというのであるが、大品経第三巻相行品の引用文﹁諸法は無所有なれども是の如く有なり ③。是の如きの無所有この事を知らざるを名づけて無明となすなり⑥﹂は、⑥が無の所有を示す文であり、したがっ て㈲が有の所無とするならば、この文を有の所無を宗とする般若経の経証とはなし得ず、むしろ双方を一経によって 経証したと考えるゞへきであろう。そうであるならば慧均の八不義に﹁故に経に云く、不住法をもって般若波蔵蜜の不 二に住す﹂の文は有の所無を宗とする般若経の経証の文として置かれて然るべきと考えられる。なおその直前の﹁不 有有義相対﹂の文︵表調。c・週︶は直後の文と重複しているので不要である。 また同じく不有有の義を説くうちの不有是有の義を説明する臂嶮が挿入されている︵表弘.c・喝︶が、この響嶬は 不有有の一義を理解し易くする。すなわち﹁世人、荘厳の具を以て人を荘厳するに、この人を非人とはなすべからず。 而も荘厳具もて人を荘厳するに、入なお之を名づくが如し。故に今、荘厳の有を持せざるを以て而て有なり﹂とあり、 4 q 玉 曹
、、 大経云、浬藥之体、非有非無、亦有亦無也︵慧均八不義︶
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大経云、浬藥之体∼非有無、非亦有亦無也︵大乗玄論・表訓.c・2︶ この引用文は﹁非無﹂と﹁無非﹂の相違にすぎないのであるが、その意味内容からすると全く変ってくる。非有非無 も亦有亦無も有無と共に四句分別の一であり、﹁有無に非ず、亦有亦無に非ず﹂とする大乗玄諭は四句を絶している。 ⑥ 吉蔵は常に四句百非を絶する無所得を標傍するのであるが、経文に何らかの作為が加えられたのであろうか。 このように字の位置が顛倒した箇処は︵表妬.b・5︶﹁故経中具有百非、即還百是不有無等﹂︵均︶、とあるのが﹁即 還是百不百無等﹂︵玄︶となっている。これは大乗玄論の文の方が理解し易いようである。また︵表弱。b・ど﹁如是深 亦不於不﹂︵均︶は﹁如是深不亦於不﹂︵玄︶とある。この文は大乗玄論の版本では﹁是の如きの深不は亦た不に於く﹂ と読ましているが慧均の文﹁是の如きの深は亦不を不す﹂と読み、少し前の﹁亦復不於無等﹂に対応し得るのでは ないであろうか。これらはあまり内容の上では変っていない・ 国のどちらか一方に増補脱落のあるものはかなりの量になる。その中には︵表”。b・どの﹁非﹂の字のように既 三を選んで挙げてみよう。 回の字句の前後が顛倒しているものとは、誤写なのかどうかということが注意されなければならないであろう。二 乗玄論の﹁若以不不此有、可令是無、而今﹂が明瞭である。 わしさは避けたほうがよいようである。なおこの文の直前の﹁若以不不於可無量是令無而今﹂の文は読解し難く、大 差支えないが、荘厳具と人の関係で理解すると不と有が別体のものとなり、誤りを生ずることにもなるのでその紛ら めのものであるから荘厳人の臂は理解を容易にさせ得るといえる。しかし不有と有を荘厳人と人の関係で理解すれば でもって有を否定したからといって有でなくなるわけではない。この不有是有の義は破斥を聞いても怖れさせないた ﹁不を以て不有なる故に只不有︵これ有︶なり﹂と続くのである。人が荘厳具で飾られてもやはり人であるように、不 44⑦ に問題として指抽されているものもあり少しく注意しなければならない。しかしこれらの二については中論疏の八 不義との比較をすすめていく過程において改めて検討をする必要があるのでそこで問題にふれたいと思う。 既載の対照表が示すように慧均の八不義と大乗玄諭の八不義とは、全体から眺めると全く同じものということがで きるようである。しかし異同の部分を少しく詳細に検討すると、大乗玄論が慧均の八不義のそのままではない要素が 加味されているようにも思われる。それでは既にいわれているような後に吉蔵の門弟によって大乗玄論に編入された 折に手が加えられたとみる、へきであろうか、或は吉蔵が自ら慧均の八不義を可として取入れたのであろうか、或はま た八不義はそもそも師法朗の著わしたものとも考えられないであろうか等が推測し得るように思われる。そこで次に 吉蔵の中諭疏によって八不義の思想的な形態を明瞭にしながら、再び慧均の八不義を解明してみたいと思う。 註①続蔵経第七四套 ②宇井博士は読師 ③典籍諭集︵一四 ④中論疏︵大正四 ⑤かって日本印度 を試みてみたい。 ⑥三諭玄義の末尾 ⑦国訳一切経・大乗玄論の註四九︵同四七頁︶等を参照。 ︵本稿は昭和四四年度文部省科学研究費・総合研究Dによる研究成果の一部である︶ が考えられる︽︺ 続蔵経第七四套第一冊 宇井博士は読師道憲の大乗玄第二聴聞抄によってこの疑義に言及されている︵大乗玄論解題・国訳一切経︶。 典籍諭集︵一四九頁︶参照。 中論疏︵大正四二・二八a︶。なお同︵二五c︶にも中仮師批判は述。へられている。 かって日本印度学佛教学大会において﹁三論宗と四論宗﹂と題して口頭発表したことがあるが、次の稿において再び論究 ︵大正四五・一四C︶に﹁又中仮師云、非有非無為中、而有而無為仮也﹂と記されていることからも作為 15