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「中国の持続可能な発展と日本中堅企業の中国戦略」~東海圏中堅企業の事例から~

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はじめに 21世紀の世界経済において「持続可能な発展」が大きな課題となっている。その中で も中国の持続可能な発展は,世界的にもまた中国の国内的にも最大の課題の一つとな っている。そして,躍進する中国経済が至近に存在する一方で少子高齢化の下で日本 経済が低迷する環境で経営する日本企業は,中国との関わりを著しく強めている。今後 の日本企業の中国における国際経営において中国の持続可能な発展と如何に関わって いくかが大きなテーマとなっていこう。 本論文は,中国の持続可能な発展に向けた構造変化と日本の中堅企業の中国戦略と の関わりについて,東海圏中堅企業の事例を下に分析しようとするものである。これま でのところ東海圏中堅企業は,このような環境変化から発生する環境保護市場などの 成長市場をほとんどとらえきれていない。この理由として,インタビューによると地場 企業からの売上代金の回収が困難であるという,より基本的な問題を克服できていない ことから,環境機器を売る地場企業市場をほとんど獲得できていないことが大きい。換 言すると中国ビジネス文化への適応が十分できていないことが大きな障害となってい る。これは環境機器に限らず,持続可能な発展を志向しながら高成長を継続する中国 市場を日本の中堅企業が開拓する上で最大の課題と言えよう。 先ず第2章において,中国経済の構造変化を,持続可能な発展との関係で分析し, それが国際経営にどのような影響を及ぼすかを見る。次に第3章において,その結果発 生すると考えられる膨大なビジネス機会に関して,主要成長市場について見,そしてこ の市場を獲得する上で東海圏中堅企業を中心とする日本の中堅企業が抱えている問題 について分析する。第4章において,日本企業が問題を解決するために適応しなければ ならない中国ビジネス文化のパラダイムについて分析する。最後に第5章において,結

中国の持続可能な発展と日本中堅企業の中国戦略

∼東海圏中堅企業の事例から∼

The Sustainable Development of China and its Impact on the Strategies

of Japanese Medium-Sized Firms

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論的に,このような課題を克服して,持続可能な発展を志向する中国の市場を東海圏 中堅企業を中心とする日本中堅企業が獲得するための課題と取り組みを見る。 1.研究の方法とインタビュー対象企業 研究の方法は,文献調査と東海圏中堅企業への本社および上海でのインタビュー調 査である。インタビュー調査の実施時期は,2009年8月後半から2009年9月前半であ る。持続可能は発展との関わりにおける中国経済の構造変化とそれに関連したビジネス 機会,および中国ビジネス文化に関しては,主に文献調査によって分析した。企業の抱 えている課題,取り組みに関しては,主にインタビュー調査によった。 インタビュー調査の対象企業に関しては,上海に進出している東海圏中堅企業で環 境に関連した機器を生産販売していると思われる企業を主に選んだ。大企業と違って中 堅企業に関しては,組織・業務が細分化されているわけではないので,インタビューに 関しては,中国事業全般に関する課題・取り組みを聞きながら,その中で環境への取り 組みなど持続可能な発展との関わりについて聞くように試みた。対象としたのは以下の ような企業である。そして,その他に東海諸県の現地事務所,地銀にもインタビューを 行った。 A 森松工業株式会社 岐阜県本巣市に本社を置く1947年創業のタンクメーカー。1990年に上海で合弁会社 設立。その後合弁契約を解消し,さらに幾つかの子会社を設立してグループ企業による 展開を行っている。中国における大成功で,現在は中国の規模とレベルが国内を上回 り,日本は国内市場向けに特化し,中国拠点が世界市場・中国市場向けの拠点となっ ている。最近の中国国内向けの売り上げの増大で,売り上げの約半分が世界市場への 輸出,約半分が中国国内となっている。中国利益が国内を上回っている。インタビュー は,同社代表取締役松久信夫氏に行った。 B社 戦後間もなく創業した産業用濾過・排水処理機のニッチ・メーカーであり,高い技術 力を誇っている。昭和30年代の初めに海外への輸出を開始した。アセアンでの経験を経 て中国に進出した。中国とは学会を通じた40年間の技術交流の歴史があったが,7∼ 8年前に上海にアンテナショップを開設し,5年前から上海近郊の工業園区で濾過機, 浄水器の製造を始めた。ほとんどが持ち帰りであるが,最近現地代理店を通じて現地市 場への販売も開始した。顧客は日系が中心であるが,自動車メーカーを中心に地場企

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業顧客もある。 C社 1990年代後半創業の金型設計・設備メーカー。金型設計,開発,製造を統合した製 造プロセス全体のアウトソーシング企業を目指している。2000年代半ばに上海に金型設 計会社,2000年代後半に広東省に金型設計及び製造子会社を設立した。国内市場の環 境が厳しく,中国に展開余地があると見たのが進出の誘因である。上海は現在設計者 7名を擁して日本から金型部品の設計データを送って設計し,これをもとに日本で金型 部品を製作している。人件費の差から上海の1人当たり経費が現在日本の約2分の1 というコストの安さを活用している。環境プラント関係に関しては日本の大手メーカー 向けの水処理プラントの設計外注を行っている。 D社 戦前創業の配電盤メーカーである。国内工場の多くがISO14001の認証を受けるな ど環境経営に注力している。1990年代前半に中国との関わりを開始し,バブル崩壊後 市場価格が低落したのに対応したコストダウンを迫られ,中国調達を模索し,2000年代 半ばに上海に合弁会社を持ち帰り目的で設立した。その後,中国を調達だけでなく販 売市場と見ることにし,中国での経営ノウハウ吸収を目的に台湾,韓国,中国企業と 3つの同社マジョリティの合弁会社を設立した。その後2∼3年で合弁を解消して独 資化した。この背景には,市場,ものづくりに関する考え方の違いがあったという。 E社 戦前創業の乾燥装置メーカー。本社売り上げの半分が環境機器,半分がプロセス機 器で,特定の数業界向けを中心としたニッチ市場に特化している。2000年代前半に上 海に製造子会社設立。日本への持ち帰りが中心である。 F社 1950年代初めに創業の自動車用鋳造部品メーカー。1970年代後半にタイに製造子会 社設立の後,2000年代半ばに上海に製造子会社設立。大手メーカーから海外を経験し た定年退職人材を招いて,上海で近代的経営による新鋭工場を操業して成功している。 上海子会社は,売上代金の回収に問題のない現地の日系,外資系自動車メーカーの2 次系列部品メーカーを主体に販売している。 この他に,より全般的な東海圏企業の進出動向と中国における経営環境を聞くため に,地銀G,県出先機関H,I,Jにインタビューを行った。

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2.中国経済の持続可能な発展に向けた構造変化 中国経済は年率10%内外の高成長を継続しており,今後も中長期的にやや成長率を 鈍化させながらも高成長が継続することが予想される。この高成長の原動力は先進経済 へのキャッチアップの過程で後発のメリットが働いており,まだこの過程の初期の段階 にあることからキャッチアップ余地が極めて大きいことにある。問題はこのプロセスが, 過去資源環境制約があまり存在しないか意識されない時の先進国の発展パターンである 工業化を,そのような制約が著しく強まった現在においても,ほぼそのまま踏襲したも のであることである。しかし,このような発展パターンは持続性を欠き,国際的にも国 内的にも問題が深刻化しており,中国政府はより持続可能な発展に向けた成長パター ンの転換を模索している。しかしもう一方では農村部を中心に膨大な余剰労働力を抱 え,2010年代半ばからは少子高齢化の経済への影響を受けることが予想される中で,従 来の発展パターンをもとに勢いのついている現在の高成長を継続する必要も強い。この ような中国経済の高度成長の継続は,その持続可能な発展へのリスクの高まりと裏腹 の関係にある。中国経済はこのように多くの矛盾を抱えながら,高成長を当分継続して いくと考えられる。そして,政府の経済への関与が極めて高い中国経済において,この 持続可能性を高めるための政策が中国経済の構造変化を推進するだろうと考えられる。 このような政策変化は外資政策にも反映され,日本企業の経営環境に影響を及ぼすだ ろうと考えられる。 2−1 継続する中国経済の高成長 2000年代に入って先進国経済が低成長を余儀なくされる中で,BRICs(ブラジル, ロシア,インド,中国)を中心とする新興国は高い経済成長を維持してきた。2008年の リーマンショック以降の世界経済危機によって,先進国経済が大きく落ち込む中でも, アジア新興国は依然として高い成長率を維持している。とりわけ,中国経済が抜群のパ フォーマンスを示している。世界経済危機に対しても,中国経済の若さからの反発力と 政府の迅速な対策によって大きな落ち込みもなく高成長を継続している。 この背景としては,中国経済は依然として先進経済へのキャッチアップ成長の初期段 階に当たることから,先進国で既に開発された技術を移転することによって加速的な成 長ができるという「後発のメリット」が存在することが大きい。種々の予測によると 2010年代の半ばまでは8%内外の高成長を持続し,その後労働力人口の減少や資本増 加ペースの鈍化などから成長率は低下するが,依然5%以上の成長を続けると見られ るi)。当分高成長を持続すると予想される。 このような後発のメリットの存在から経済成長率は所得水準の低いときほど高く,所

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得水準が高くなると低くなる傾向がある。経済発展が後発で所得水準の低いときほど, 先進国からの技術移転の余地が大きく,投資余地も大きいので成長率が高くなるわけ である。日本も米国の所得水準の4分の1だった1960年代には年率7∼8%の高い成 長だったのが,米国へのキャッチアップが進むにつれて成長率を鈍化させている。次い で韓国・台湾などのNIEsも1970年代に日本に代わって高成長を経験した後に所得水 準の上昇とともに成長率を鈍化させた。中国の場合,まだまだ所得水準が低いので,相 当長い間高い成長率が期待できると考えられる。 経済成長率は,労働投入の増加率,資本投入の増加率,技術革新による成長率に分 解できるが,先ず,労働力人口は当分増加が見込まれ,加えて高学歴化等による質の 向上が期待できる。次に,資本の投入の増加に関しては,一人当たり資本ストックはま だ日米の5%程度と極めて低水準で,資本投入に大きな増加余地がある。技術革新に 関しては,前述のとおりであり,過去20年間の技術革新による成長率は世界最高であっ た。中国の豊富な労働力を活用するための,そして最近では市場としての魅力によって 海外からの直接投資が大々的に流入し,技術・経営ノウハウの移転が進んでいる。 さらに,工業化そしてその帰結としての都市化による成長パターンが継続している。 低生産性の農業部門から高生産性の工業部門への労働力の移転により全体として生産 性が向上することによって経済が成長するというメカニズムが働いている。 広大な国 土の中で都市化による経済効率の向上メカニズムが働いて,経済発展が沿海部から内 陸部へ,大都市から中小都市へと波及し続けていることも,中国経済の成長を長期化 させている。 加えて移行経済国である中国は,市場経済化による効率上昇の余地も依然として存 在する。1978年以降の改革開放政策,2001年末のWTOへの加盟により,世界経済へ の統合が進んでいる。これは技術移転とともに市場経済化を促進している。 2−2 持続的発展への制約の強まり このように長期的発展が期待される中国であるが,その持続的発展に対する制約もま た強まってきていることも事実である。そもそも中国の発展の持続可能性に対する懸念 は,グローバル化の中でインドなどとともに後発国としての急速な工業化を環境制約が はるかに緩かった時代の先進国のかつての工業化と同じように推進しつつあることに起 因しているところが大きいと考えられる。 農村部に膨大な潜在失業者を抱えながら投資主導で急速に経済発展を行っているの で,経済成長率が6∼7%以下に減速すると社会不安,不良債権問題が深刻化する危 険性があると見られている。このため,改革開放後の経済政策においては工業化による 成長優先主義が貫かれてきており,環境問題,社会問題などの持続可能な発展への制

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約要因への対処は後回しにされてきた。加えて,後発国ゆえに技術・経営ノウハウが不 足しているために資源・エネルギー効率が低いことから,環境問題が深刻化し,資源エ ネルギー制約も強まっている。2004年のGDP単位当たりの二酸化炭素排出量は日本 の12倍と効率が極めて低い。工場・生活起源のSO2,廃水,水不足,気候変動,有機 汚染,電子廃棄物,生物多様性など問題が山積している。 そして,人の移動を制限する戸籍制度が存在することや,国土が広大で地形的な差 も大きいこと,改革開放政策が沿海部が先に豊かになってそれが内陸部に波及すること を期待するように仕組まれたが,物理的社会的インフラの不十分な内陸部への波及があ まり進まなかったことなどから,所得の地域格差,地域内格差が著しく拡大している。 加えて,伝統的に強い中央集権的官僚支配の下で法治が十分に行き渡らない中で市場 経済化が急速に進展していることから,腐敗が蔓延している。このような矛盾の深刻化 は,中国経済の持続的発展への制約を強めている。 2−3 持続的発展への政策転換 このような持続可能な発展への制約の高まりに対して,中国政府は,大きな政策転 換を打ち出している。4−1に見るような政府の経済への関与が著しく強いという中国 の国情から,このような政策転換は,中国経済の構造変化に大きな影響を及ぼし,変 化を促進するだろうと考えられる。 胡錦濤政権の下で,科学的発展観と和諧社会建設という基本方針が打ち出された。 「科学的発展観」とは,「全面的で協調の取れた持続可能な発展」であり,「全面的」と は,経済だけでなく,社会,政治,文化,生態環境などの多角的な発展に留意するこ とであり,「協調」とは,一部地域,一部社会階層だけの突出した成長は認めないこと である。また,「持続可能」とは,環境・エネルギー問題など将来に悪影響を及ぼす成 長は認めないということを意味する(此本2009b p.15)。これまでの成長第1の政策か ら,バランスの取れた成長に転換しようというものである。 経済発展の方向として,労働・資本の投入増加に高度に依存した粗放的で,輸出主 導の発展から,質・効率の向上,知識の投入により依存したイノベーションを基盤とし た発展,より内需主導の発展への転換が志向されている。そして,これまでの製造業に 過度に依存した発展パターンを修正して,サービス産業のウェイトを高めることを志向 している。加えて,環境負荷を軽減した「グリーンな発展」が志向されている。そして このような調和のとれた社会である「和諧社会」建設の最重要テーマは,沿海部と内陸 部の地域間の経済格差の解消である。

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2−3−1 環境対策 中国政府は,環境問題に関して強い危機感を持っており,国内的には本格的な対策 を打ち出している。2004年には「循環経済」,2005年には「節約型社会」という社会概 念も政策提示された。法体系の整備が急ピッチで進められ,かなり先進的な法体系が出 来上がっている。また,最近の政策が生態系保護に力を入れ始め,森林の被覆率,自 然保護区の増加などの進歩が見られる。 実際,東海圏中堅企業の現地拠点もこのような変化を認識している。最近環境規制 が厳しくなって,汚水処理など毎月検査に来るとの話があった。B社によると,外資系 だけでなく,半国営企業に対しても規制するようになってきているとのことである。た だ一般的には,日系企業の場合,中国の規制よりはかなり高い水準での操業をすでに行 っているところが多いので,環境規制強化が問題とはなっていないとの話である。 企業の環境対策に対する優遇措置も導入されている。B社によると,2009年1月か ら環境設備購入に関して増値税17%が還付されるようになったとのことである。 そして,政府は環境政策を国際協力の中で実行しようとしている。国際的な協力で 解決すべき政策課題として最も重要なものとして位置づけられているのは,水環境にお ける「飲料水水源安全確保」,気候変動などにおける「エネルギーの節約と高効率利 用」,そして循環経済における「循環経済政策体系の構築」であるとのことである(松 野)。この意味では,日本企業にとっては日本政府との協調的な取り組みが必要だとい うことであろう。 ただ,このような中央政府の意識・取り組みと地方政府,一般国民の意識・取り組 みとにまだ大きなギャップがあって,このような取り組みが顕著な効果をあげるまでに は至っていないというのが現状であろう。これは,一つには4−1で触れる中国の国情 から,中央政府の監視・強制力の強く及ぶ範囲が大都市であったり,外資・重点大企 業であったりして,地方都市,中小企業にはあまり及んでいないことが,環境政策面に も表れているからだと考えられる。「法律では40%を予備乾燥でなどという厳しい規制 があるが,罰則がなくだれも守っていない。毒性がよほど強いなどということがないと, 取り締まらない。」とのコメントがある。 もう一つの理由は,経済成長至上主義から調和のとれた発展に大きく政策の修正を 行ったものの,高い経済成長の継続の必要性も強いことから,政策的にこの両者のバラ ンスが強調されていることによろう。高い経済成長は,往々にして伝統的な資源・エネ ルギー多消費型の工業化によってもたらされている側面があり,環境規制の強化が経済 成長を損なう危険性があるということへの配慮があることであろう。これは環境に関す る国際交渉における中国政府の姿勢に端的に表れている。中国政府は,地球温暖化交 渉などにおいては,一人当たり累積フットプリントの平等を主張して,先進諸国に対し て環境負荷の軽減を強く求めるとともに,途上国のコミットメントを拒否している。国

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内政策として,経済効率性への効果も期待されるのでGDP単位当たりの環境負荷の 軽減努力をするが,経済成長達成への自由度を制約されたくないので,経済全体の環 境負荷軽減へのコミットメントを避けるという姿勢であろう。 2−3−2 都市化の進展,沿海地域から内陸へ 和諧社会の建設において,地域間格差是正のための内陸部開発が最重要課題となっ ている。西部大開発,東北地方等旧工業基地の振興,中部地域興隆,東部地域の率先 発展という地域発展の総体戦略を継続して実施している。このような政策により,イン フラが全国的に整備され,経済発展の面的拡大が起こっていこう。 地域格差の是正に関しては,発展が進んでいる地域との連携をもって開発を進める枠 組が有効だと考えられている(此本2009b p.16)。この中で,労働集約的産業の沿海部 から内陸部への移転が促進され,内陸都市の開発が推進されている。沿岸部は技術集 約型,資本集約的産業,金融,サービス産業に特化して高付加価値化することが求め られる。このように差別化して発展する内陸部と沿海部が連携を強めて,内陸部と沿海 部の垂直分業体制を構築することを目指している。このために鉄道,道路などの交通イ ンフラが大々的に整備されている。北京・上海間の新幹線は,沿海部ではなく内陸部 を結んで建設され,内陸部と沿海部を結ぶ核となることが期待されている(此本2009b pp.16−17)。 農村に膨大な潜在失業者を抱える中国の格差問題の解消には,既に飽和状態の大都 市が人口を吸収することは難しく,大都市の周りの内陸部の都市に吸収したり,新たに 衛星都市を作ったりして吸収していくことが必要だと考えられる。この都市化政策が, 中国経済に大きなインパクトを及ぼしていくと考えられる。今後の経済成長の原動力の 担い手は,沿海地域の大都市から内陸の地方都市へ移っていくと見られている。 2−3−3 外資政策の変化 外資政策も,このような中国政府の構造改革政策を反映して変化してきている。外 資導入に関して,中国政府は,改革開放以降これまでの全面的な外資歓迎政策から選 別政策へと転換している。従来の優遇税制は基本的に廃止し,科学技術イノベーショ ン,産業のグレードアップ,地域の協調発展等を優先し,サービス業の開放,外資の中 西部地域への移転・投資増加を誘導していく政策を打ち出している。「移転価格税制が 厳しくなってきている。ただ,沿海部では優遇税制はなくなっているが,内陸部では残 っている。」(地銀G)という。日本企業は,このような中国の外資政策への対応を迫ら れよう。 このような政策転換や中国経済の構造変化によって,労働集約的産業の外資の沿海 部からの移転の動きが起こっている。例えば,アパレル,刃物などの労働集約的企業は,

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沿海部の賃金上昇とともに立ちいかなくなって撤退,縮小するか奥地に移動するケース が増えているという(地銀G)。 また,2008年施行の新労働法などによって,外資にとって解雇,残業などの人事政 策の自由度が低下し,コストアップとなっている(此本2009b p.18)。これは収益的に限 界的な進出企業にとって経費的に事務的に負担増となっている。B社は,2007年11月 から契約を全部書き換えて対応したという。一方では,F社のように基本的に日本と同 じようにやっており,こちらの基準とギリギリのところでやっているわけではないので, 問題はないというところもある。 2−4 持続可能な発展と国際経営 持続可能な発展は,「次の世代が自らの需要を満たす能力を損なわずに現在の需要を 満たす発展」と定義されるii)。資源,エネルギー,環境などに関してはそのまま当ては ま る 。 し か し , 国 連 の グ ロ ー バ ル ・ コ ン パ ク ト や O E C D の 企 業 の 社 会 的 責 任 (Corporate Social Responsibility, CSR)に関する枠組みでは,人権,労働問題,政府 の腐敗など社会的側面を含んでいる。社会の安定も持続的発展に必要だとの考えであ る。 企業は,一方では,工業活動による自然資本の消費,地域コミュニティの破壊など によって持続可能な発展を損なう主体であり,この是正措置を迫られる。しかし他方で は,企業ほどそのイノベーション・生産能力から持続可能な発展に貢献できる能力を備 えた主体もない。特に,環境保全に役立つ製品・サービスの開発・生産という商業活 動を通じて持続可能な発展に貢献する可能性が極めて大きい。持続可能な発展に対す る企業の対応としては,①環境や社会的な規制への対応,②生産工程における利潤動 機の省エネルギー・省資源化,環境保護,③利潤目的,規制以上の対応を企業倫理的 観点から自主的に実施するCSR活動,そして④環境市場などの市場ニーズへの対応が挙 げられる。 環境,労働,人権,腐敗などに関する規制は,従来から先進国を中心に存在したが, 最近は環境問題の深刻化によって先進国においては規制が著しく強化されており,先に 見たように中国などの新興国においても規制が強化されている。 生産工程の省エネルギー・省資源化は,オイルショックへの対応などから,1970年代 以降,日本企業が先端を切り,生産コストの低下,製品競争力の強化を通じて利益の 増加にも寄与することが明らかになり,その他の国の企業にも伝播して行った。1990年 代からはこの延長線上に環境汚染の抑制への動きも広がり,ISO14001による国際標 準化も進んでいる。 インタビューした中堅企業に関しては,中国の環境基準を相当上回る自社基準での

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操業を行っており,現状では中国の環境規制への対応にあまり問題はないようである。 中堅企業を含めた日本企業の中国での活動は,生産効率の低い中国への技術移転を促 進して中国の持続可能な発展に貢献すると考えられる。ただ一方では,中国における環 境規制が母国における規制よりも緩いときに,中国での操業の基準を日本におけるより も低くしたり,また,環境負荷の高い事業を中国に移転したりする誘因も働きうる。さ らに,低い基準で操業して環境保全コストの低い地場企業との間での価格競争にどう 対処するのかという問題も発生する。 最近では,このような規制対応や利潤動機の環境保護への努力以上の努力を,企業 のCSRとして自主的に果たすべきだとの企業倫理の側面からの考え方・社会的圧力が 強くなってきている。 しかし,持続可能な発展への企業の最大の貢献は,省資源・省エネルギー,環境対 策など顧客の持続可能な発展のためのニーズに応える商業活動の中でなされることにな ろう。環境市場は21世紀最大の成長市場だとの見方も広がっている。 図1 BOP市場 国際経営の観点からは,上記の規制への対応,生産工程の省エネルギー・資源化, 環境悪化物質の排出の低減,CSR活動,市場ニーズへの対応を国際的に行うことが課 題となる。本論文の範囲では,中国におけるこれらの活動が課題となる。また,先進国 の成長が鈍化するとともに環境対策が進展するなかでBRICs などの新興途上国が高成 長を継続し,環境問題の世界的中心になっている。そして,これらの国に依然として大 きな貧困人口が存在するとともに,経済発展の傍ら所得格差も拡大し,世界的な社会 第4層 第5層 第2∼3層 第1層 [人口] 2万ドル以上 7,500万∼1億人 15億∼17億5,000万人 1,500∼2万ドル 1,500ドル 1,500ドル未満 40億人 米ドルに換算した 購買力平価 (出所)C.K.プラハード『ネクスト・マーケット』

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問題の中心でもある。世界の貧困問題の解決に関して,途上国に存在する40億人から 構成される1人当たりGDP1,500ドル以下の底辺市場(bottom of the pyramid, B OP市場)が,企業の革新的活動によって十分収益化が可能な巨大市場であり,世界 の貧困問題の解決のカギを握っているとの見方が広がっている(プラハード,ハート)。 このような途上国を中心とする世界の持続可能な発展に関する課題において中国は大 きな課題を抱える国の一つであり,多国籍企業にとっては,大きな課題とともに最大の 市場を提供していると言えよう。 3.膨大なビジネス機会と日本中堅企業の苦戦 世界は米国一極から多極化へ,なかんずくアジアへパワーシフトしており,新興国の 成長と持続可能な発展が21世紀の世界経済の最大の推進力となっている。著名なエコ ノミストの今井賢一氏は「現在の日本経済にとって一番大事なのは,世界経済,そこで のグローバルな市場でのダイナミズムと一体化し,そこでの生き生きとした部分とネッ トワークを組んでいくことだ。」と主張しているiii)。この生き生きした部分の中心にある のが中国だと言える。先に述べたように,この中国の市場は持続可能な発展への中国の 取り組みの中で生まれてきている。しかし,以下にみるように日本企業,なかんずく中 堅企業は,この死活的な市場で大いに苦戦しているというのが実情である。 3−1 膨大なビジネス機会 2−1で見たように,中国経済はキャッチアップ型の高成長を続けると予想されるの で,資本投入の増加余地が大きく,設備投資・インフラ投資関連市場が継続的に拡大 すると見込まれる。しかし,中国経済が持続可能な発展に向けた構造転換を迫られる中 で,これに関連した市場が平均を上回る高い成長を遂げると予想される。中国の場合, その国情から政策展開の影響を強く受けた市場の展開があろう。具体的には地方都市 市場,環境市場,サービス市場などの成長が予想される。これらを含めて,他の新興国 と共通することであるが,「ボリュームゾーン市場」の拡大が予想される。 3−1−1 地方都市市場 2−3−2で述べたような政策展開によって拡大する地方の中小都市が今後の中国 の内需,個人消費の拡大を支えていくと思われる。 表1は,中国の都市を所得水準に基づいて分類したものである。これまでの外資系企 業は中国の大企業にとっての主要市場は上から2つの北京,上海,広州,深v,無錫,

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天津,大連などの沿岸大都市,沿岸一般都市が主であった。しかし,これからは3番 目,4番目の地方省都市や地方中心都市などで所得水準が上がってきて,これから市 場として急拡大してくると予想される。これらの都市は,沿岸大都市,沿岸一般都市 を上回る人口を抱えており,周辺部の人口を加えればさらにそれを上回る。今後の最大 の成長市場だと言えよう。 沿岸大都市と沿岸一般都市では,世帯年収ベースで20万元,日本円で300万円前後の 「中流家庭」が急拡大する時期に差し掛かっていると考えられる。高級乗用車などの高 額耐久消費財や住宅不動産の購入ブームが起こっている。しかし,2015年ごろには8割 近い世帯がこのゾーンに入ってしまうために,消費市場の量的拡大は止まり,消費の成 熟化,ニーズの多様化などの質的な高度化に移行すると見られる(此本2009b pp.22− 23)。 表1 中国都市部(5億人・300都市)の分類 野村総合研究所によると,内陸地方部では,世帯年収ベースで約10万元,日本円で 150万円前後,「中の下世帯」ゾーンが急拡大しようとしている。これは10万元以下のエ ントリーカーが購入でき,ローンを組むことで住居用不動産の購入も可能になる水準で あり,消費の爆発的拡大につながりうる。 このため,日本企業はこれまでの沿海部市場を中心としたマーケティングに加えて内 陸都市市場の開拓に努めていく必要がある。沿海部市場においては需要の高度化に対 応する必要があるし,内陸部市場における需要はこれまで日本企業が得意としてきた先 進国,中国沿海部の市場とはことなった特長を持つので,マーケティングの革新が必要 となろう。 1人当たりGDP 代表都市と数 総人口 (出所)此本2009b p.22を加工。 5,000ドル以上 沿岸大都市 北京,上海,広州,深v 5,000万人 4,000ドル 沿岸一般都市 無錫,天津,大連など 24都市 7,500万人 2,000ドル∼ 3,000ドル 地方省都都市 武漢,成都,瀋陽など 43都市 1.1億人 1,000ドル∼ 2,000ドル 地方中心都市 重慶,貴陽など81都市 1.3億人 1,000ドル以下 地方小都市 141都市 2億人

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3−1−2 環境市場 中国が深刻な環境問題を抱えていることは,そこに膨大な市場が存在することを意味 する。2007/2008年度の中国の環境市場の世界シェアは,英ビジネスエンタプライズ規 制改革省によると,米国の20.6%に次いで13.5%を占め,82兆円に達するとされる (ジェトロ)。これに対して,日本は38兆円,シェア6.3%であり,中国の環境市場が経 済全体の成長を大きく上回る高成長を続けていることから,この差はさらに急激に拡大 しよう。 中国の環境市場は規模こそ大きいものの,日本企業が得意とする高技術製品・サー ビスへの需要はそれほど大きくないとの見方もある。現状では中国市場における企業に 対する環境規制は,低級品で対応できる程度であり,日本企業の高級品への需要はあ まりないと言われる(B社)。このため日本中堅企業のせっかくの技術が生かせない構 造になっている。例えば,B社によると,排水濾過に関しては,中国は生活排水に関し てはかなり技術力があるが,メッキ排水などはできず,産業排水に関しては技術的に遅 れているという。 また,環境規制は,現状では主に大手企業に対して実施されていて,日系中堅企業 の主要ターゲットと成りうる地場中小企業に関しては徹底されていないようである。公 的な市場,大企業の市場は,規模が大きすぎて,日系中小企業の対応できる範囲を超 えているものも大きいようである。E社によると,中国の環境市場においては必要とさ れる事業規模が大きく,日系大手でもなかなか対応できないとのことである。 一方では,日系中小企業が対応可能な規模の市場においては,日本企業が得意とす る高品質へのニーズがなく,また,現地企業製品との価格差が著しく大きいという問題 がある。このため,中堅企業の場合,日系大手企業の下請けとしての参入が現実的で あると言われる。E社によると,「自力でやる力はないので,中国で大手が受注したと きにおこぼれをもらうことに期待する。環境市場に関しては,汚泥処理分野でプラン ト・メーカーと組んでやっていく。」とのことである。 3−1−3 サービス市場 中国経済の成長とともにサービス化が進展しよう。また,これまでの工業化に強く傾 斜した発展パターンからよりサービス産業の高い発展パターンへの転換が政策的にも推 進されている。外資の導入においてもサービス産業の進出が歓迎されている。2006年12 月,外資100%の銀行設立可能になり,金融市場の機会も拡大している。小売などの流 通,金融にも成長機会があると考えられる。上海にも量販店や吉野家,壱番屋などレ ストランチェーンなどの進出がある。

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3−1−4 地場企業市場 東海地域を含む日本の中堅企業の多くは,取引先企業の中国への生産移管に対応し て,現地での日系企業をターゲットに中国での生産を開始している。しかし中国の企業 間市場においては,外資系に比べて地場企業の力が相対的に向上しており,地場企業 市場の成長性が高い傾向がある(舛山)。しかし,中国産業の技術水準がまだまだ低い ので,この市場における性能・品質ニーズは日系を含む外資系市場に比べて低く,また 低価格志向が著しく高い。したがって,日本での顧客や現地での日系顧客向けの製品 では地場企業のニーズになかなか応えられない。さらに後述するように,この市場にお けるビジネス文化は日本中堅企業がこれまで経験してきた日本その他の先進国市場,東 南アジア市場の顧客と大いに異なる。文化的バリヤーも存在する。 3−1−5 ボリュームゾーン市場 上記のような中国において成長する地方都市市場,環境市場,サービス市場,地場 企業市場に共通してみられるのは,これらの市場における製品・サービスへのニーズが 日本企業がこれまで得意としてきた先進国市場向けのものとかなり異なることである。 これは世界の市場における成長市場のカテゴリーとして関心を集めつつある「ボリュー ムゾーン」市場についての考え方と軌を一にするところがある。 世界の市場において,いわゆる途上国を中心に存在する「ボリュームゾーン」,すなわ ち最も人口の多い所得層の市場が,最大の成長市場だと見られている。中間層人口が急 速に拡大し,高い成長が期待される新興国の市場は我が国企業にとって大きなチャン スになると見られている。先のBOP市場に関する図1においては,第2∼3層と第4 層の中間的な位置に当てはまる。これは消費者市場に焦点を当てた見方であるが,企業 間市場において高い成長が期待される地場市場に関しても同様のことが言えよう。 2009年度の経済産業白書は,「ボリュームゾーン」市場について以下のような議論を 展開している。先ず,アジアの都市化率は着実に上昇し,大都市に住む中間層が今後 さらに増加する。2008年時点で,アジア(中国,香港,台湾,韓国,マレーシア,タ イ,シンガポール,フィリピン,インドネシア,ベトナム,インド)には,世帯可処分 所得が5,001ドル以上,3万5,000ドル以下の所得層が8.8億人いる。これは1990年比 6.2倍である。アジアではボリュームゾーンは徐々に高い所得層に移行しており,都市 中間層の旺盛な消費によって市場の魅力はさらに高まる。 ただし,新興国市場では中 国・韓国との競争が激しく,製品開発や調達の現地化,現地人材の登用等が鍵を握る。 野村総合研究所によると,2008年のBRICsの年間可処分所得1万ドル以上の世帯 数は1.5億に上る。そのうち45%,約6,700万世帯が中国に存在する。2020年は4カ国 で5.2億世帯に達し,そのうち中国は70%,3.6億世帯を占める(此本2009b)。この ようにこの市場における中国の存在感が極めて大きい。そして中国市場における主役は

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内陸の地方都市である。 3−2 苦戦する日本中堅企業 このように中国には膨大なビジネス機会が存在するにも拘わらず,日本企業,特に中 堅企業は,中国経済の構造変化への流れを捕えられずに苦戦を強いられている。東海地 域の部品・原材料メーカーの中堅企業を訪問していると,これから伸びるのは地場企業 向けの市場だという話をよく聞く。一方で地場企業向けの市場で成功しているという企 業はほとんどない。 「中小企業はほとんどが持ち帰りで現地市場を捕まえていない。大手ではダイキン, 三菱電機などが成功しているが,中小企業で現地市場向け販売で成功しているところ はあまりないのではないか。法制,商習慣,法の運用の壁がある」(D社),「中小企業 の中国事業の成功率は5%だと言われる」(森松工業)などのコメントがある。この大き な要因として,いわゆるボリュームゾーン市場に対応するマーケティング,製品・サー ビス開発が十分でないことと,現地の文化・社会への適応が不十分なことがあげられよ う。前者に関しては,地場市場との製品・サービスのミスマッチ,地方都市市場への対 応の遅れが挙げられ,後者に関して,商習慣の違いへの不適応,資金回収問題,コピー 商品の問題,地場企業との交渉問題,人的資源管理の問題などが挙げられる。これら に関して,以下に触れる。 3−2−1 多様で厳しい競争環境 中国の所得水準の上昇により,生産基地としての魅力が相対的に弱まり,市場とし ての魅力が高まりつつあるが,中国の生産基地としての立地優位性は依然として高い。 これには賃金格差だけでなく,日本の人的資本の劣化に加えて,日本のもろもろの高コ スト構造による立地優位性の劣化を反映している面もあるようだ。森松工業によると, 「日本の教育水準が低下したのに対してアジアの水準が向上している。そのくせ日本の 人件費は中国の10倍であり,工場建設費も中国は日本の10分の1。生産において中国 に圧倒的な立地優位性が存在する。」という。 日本企業とりわけ東海圏企業はモノづくりの分野において,価格よりも品質が要求さ れる先進国市場向けおよび現地日系市場向け生産では国際的に強みを持ち,東海圏中 堅企業もある程度の成果を上げていると言える。特にモノづくりの中でも「擦り合わ せ」産業分野において,根気強い人材育成の効果でかなりの成果を上げている。産業は その開発・生産技術に大きく分けて2つのタイプに分かれる。一つは自動車や機械産業 のように,1企業やグループ内で部品メーカーと完成品メーカーが綿密に調整しながら 開発・生産を行うタイプである。もうひとつはIT革命以降のパソコンや携帯などの電

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子産業の様に,標準規格をもとに部品メーカーは独自に開発・生産を行い,完成品 メーカーはそれを組み合わせればよいという「モジュラー型」産業である。 モノづくりの中でも,前述のように日本企業は「擦り合わせ」型産業においては依然 として優位性を持つものの,「モジュラー」型産業においては凋落が著しい。電子製品 はかつては擦り合わせ型で開発生産され,日本企業が競争力を持っていた。しかしその 後,モジュラー革命が起こる中で,米国企業,台湾企業などに競争力を失っていった。 中国はこの電子産業の国際分業体制に組み込まれて労働コストの優位性から世界最大 の電子産業の集積地になっている。ここでの日本企業の存在感は極めて薄くなってい る。このようなモジュラー化の中で,中国の地場企業が急速に力をつけて,日本メーカ ーは地場メーカーとの競争にも苦戦しているのが現状である。 中国市場においては,多様で厳しい企業間競争が存在する。世界で最もと言ってい いほど魅力のある中国市場には,世界中の企業が参入している。それだけでなく,例え ば東南アジア市場とは異なって,地場企業も競争力を急速に高めており,外資・地場 企業を巻き込んだ多様な競争関係となっている。これまでの東海圏中堅企業に対する取 材からは,日系中堅企業をめぐる競争関係はおおむね3層構造になっているようであ る。高付加価値品に関しては日系企業が優勢だが,中付加価値品に関しては韓国台湾 企業との競争に直面し,低付加価値品に関しては地場企業の競争力が強いようである (舛山)。特に中国企業の製品レベルが急速に上がっていると言われる。 また知的所有権の保護が確立していないことも地場企業との競争を困難にしている。 B社によると,すぐコピー商品が出回り,同社製品だと修理を求められるが,本当かど うかわからないという。そのため,日本企業は中国ではコア技術を開示しないという。 さらに,政策面で地場企業に有利な規制が適用されて,地場企業との競争を困難にし ている面もある。「環境市場は有望であるが,外資は自由に商売ができない。ライセン スが必要で,外資系にはなかなか下りない。これに対しては,中国企業のライセンスを 借りる方法がある。借りた先の企業に売り上げの10%を支払うのが通常。5%にまける ケースもある。」(B社)という。 日本企業にとっての問題は,中国の発展段階がまだ低いので,日本企業が得意とす る高付加価値品の市場がまだ十分に大きくなく,地場企業市場における資金回収の問 題があることから,規模が大きくて成長性の高い地場企業向け市場で競争基盤が弱い ことである。 一方で,地場企業は急速にキャッチアップしているものの,日本企業との技術格差は 長期的にも維持されるだろうとの見方がある。B社は,モノづくりの価値観文化の違い から,日本企業を抜くのは難しいと見ている。このような判断は,擦り合わせ型産業に おいては妥当であろうが,上述のようにモジュラー型産業においてはあまり当てはまら ないと思われる。ただ,東海圏企業は,日本が優位性を持つ自動車,機械などの擦り合わ

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せ型産業に強みを持つので,生産面での優位性を保持しやすい立場にあるとは言えよう。 このように日本企業は一般的には中国におけるモノづくりにビジネス機会をもつもの の,日本経済の低迷により,日本市場への持ち帰り事業は,一般的に不調である(県出 先H)という。 また,中国における日系企業市場の脱系列化が進んで,進出日系サプライヤー間の 競争が激化していることも,中堅企業の苦戦の大きな要因となっている。日系企業の間 の企業間関係に変化が起きている。端的には脱系列化の動きである。「もともと大手に ついて中国進出した企業が大半であった。大手がコスト面から中国企業の納入を増やし て,購買保証がなくなってきたので,中小企業間の競争が始まった。中国企業の製品レ ベルが急速に上がっていることが背景にある。」(県出先I)とのコメントがある。B社 は,「上海代表処を開設したが,現地製,台湾製に比べて高いのでなかなか売れない。中 国・台湾製は日本製の6分の1の価格である。耐用性は劣るが,最近は1年保証をつ けるようになっている。日系企業は,現地調達圧力があることに加えて,経営陣が3∼ 5年で交代するので,自分のいる間だけもてば良いと考えて現地製を選択する傾向があ る。新しく出てきている企業は,中台製は不安なので当社製など日系企業製を選択す る傾向がある。」という。日系企業市場に依存していては展望が開けなくなっており, 顧客の多角化を迫られている。 3−2−2 地場市場との製品・サービスのミスマッチ 日系企業が中国市場において苦戦している大きな要因として,製品・サービスのミス マッチがある。日本企業の製品・サービスが地場市場のニーズに比べて高級すぎ,価格 が大幅に高いことが制約要因となっている。E社によると,「多数の企業が存在し,競 争が激しい。当社製品は品質面の優位性から日本の競合メーカーの1.5∼1.6倍の価 格で売れるが,それでは中国企業の3∼4倍の価格になってしまう。これでは競争は無 理である。」とのことである。またある会社は,日本企業向けに比べて品質基準が緩く, 価格が安い地場企業向け製品の販売を検討中であるという。 このため,日系企業は中国の産業が高度化して,高級な製品に対する需要が拡大す ることに期待している。B社は,「大手企業や外資系は当初安い台湾製を使ってきたが, 量産した場合役に立たないことを認識する様になってきている。高くても当社製を買う ように変わってきている。中国企業でも良い会社は日本製を入れたがる傾向が出てきて いる。そのような企業は販売先も外資系が多くなっている。」という。 このような戦略の問題点は,地場企業の需要が高度化する時には,競争相手である 韓国・台湾企業や地場企業の製品・サービスの質が向上して,日系企業に対する競争 力を強化している可能性があることである。一般的に低級市場から高級市場に攻め上 がる方が容易であるが,高級市場から低級市場に多角化するのはより困難である。この

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困難にチャレンジする必要に迫られている。 3−2−3 地方都市市場への対応の遅れ 中国を筆頭とする新興国の所得増加によって中間層が増大し,規模の大きいボリュー ムゾーン市場が急速に拡大し,この争奪戦が国内企業・外資にとって大きなテーマとな っている。これまで,日本企業など先進国市場のターゲットとなってきたのは,中国の 人口の数パーセントの高所得層であった。この市場には,日本企業のこれまでの中心で ある日本市場,欧米市場向けの製品をほぼそのまま投入できるというメリットがある が,これは先進国メーカーにも同様であり,限られた市場における競争が激しい。今後 の主戦場は,中間層を中心とするボリュームゾーンになると考えられる。 しかし,この市場では,現地企業,韓国・台湾企業との競争が激しく,また,欧米 企業の後塵を拝しているのが現状である。高機能を求めてきた日本企業の製品の多くは この市場にマッチせず,また,日本企業の製品は価格的に極めて割高で,大幅なコスト ダウンを必要としている。 3−2−4 商習慣の違い 加えて,日本企業の苦戦の大きな要因として,現地文化対応力の弱さがあると思わ れる。地場企業から売上代金を回収できない,人的資源管理,つまり人事管理がうま くいかない,中国式交渉になかなか適応できないなどの現象にそれが表れていると思わ れる。特に大きいのが販売代金回収の困難さである。 販売代金回収の困難さは,現地消費者に直接売る業態の場合には日銭が入ってくる ので問題とはならないが,地場企業への販売においては極めて致命的な問題となってい る。中堅企業が地場企業への販売にほとんど成功していない最大の理由は,地場企業 に売っても売上代金を回収できないので入っていけないことにある。中国の企業文化の なかでは,経理担当者の腕はできるだけ支払いを遅らせたり,払わなかったりすること にあるとも言われる。 B社は,資金回収が困難など中国の投資環境に不安で投資拡大を逡巡している。「日 本人の紹介を受けたローカル大手に何台か入れたが,最後の分を払わない。頼んでいな いのに余分に入れたと因縁をつけられた。結局,すったもんだの末,機械を引き揚げ た。また,日本人に頼まれて,取引先のローカル企業の水処理をやったが,代金を払っ てこなかった。結局,まず半分だけ支払いを受け,残りを1年がかりで回収した。」「日 系の場合も,大手はちゃんと支払うが,問題がある場合がある。これは経理が中国人だ からである。払っていないことが分かって,中国人経理が首になったケースがある。払 うのを遅らせれば遅らせるほど業績になるという考えが根強い。」という。 このため,筆者が訪問した東海圏中堅企業の多くは,顧客を従来の日系企業得意先

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から多角化するにしても,先ずは得意先以外の日系企業,そして欧米企業,ついで現地 公共機関や台湾・韓国企業に対して行い,地場企業に販売することをしり込みしてい るのが現状である。特に中堅中小企業の場合は財務力が大手に比べて弱いので,売上 代金の回収問題が企業の存続に関わるリスクが大きく,問題が多い。 自動車向け鋳造部品メーカーのF社の場合は,日系の中で新規顧客を開拓し,また日 系から欧米系に顧客を広げて大きな成功を収めているが,地場企業は意識的に避けて いる。これは,「当社のような規模の企業では,金が入らなかったら黒字倒産するリスク が大である。地場企業に売る力はない。地場企業は徹底的に避けている。」からだと言 う。自動車産業の場合,現地市場の大半を外資系企業が押さえているために,国際的 商習慣が通じる範囲が広いことがこのような顧客のターゲティングを可能にしている。 D社の場合,中国における販売は,金払いの問題のない官公庁,日系中心に行って いる。 また,最終的な支払いに問題のない公的機関の場合も,タイミングの問題がある。D 社によると,「官公庁は,回収には問題がないが,それでも回収に1年間かかり,10% はさらに1年後に支払うという習慣がある。(10%は保証金として一定期間後に支払う という習慣)その間の資金繰りが大変である。」という。 森松工業の場合は,例外的に地場企業向け売り上げのウェイトが高くなってきてい る。同社も,従来は中国を世界市場向けの輸出拠点と位置付けて,現地市場向けは低 い割合に抑えてきたが,最近は現地市場向けの販売比率が急速に高まっている。これ は,近年の高度成長のもとで中国企業の収益性が高まり,大手国有企業に金払いで問 題のないところも増えてきたからであると言う。同社によると,「5∼6年前までは 80%輸出で,10%が日本への持ち帰り,10%が中国国内であったのが,2008年には中 国国内50%,海外50%になった。これは世界不況によって輸出が減ったのと,極めて収 益性の高い中国企業が国営企業中心に増えてきたからである。これら高収益中国企業 の金払いは良い。」とのことである。 ただ,金を払わないで経済が回っていくはずはないので,地場企業がお金を払う優先 順位のなかで日本企業の順番が低いという面があるのではないかと思われる。支払いの 優先度を関係の強さで決めるという中国ビジネス文化のパラダイム(第4章参照)を反 映しており,日本企業にこれへの対応が不十分なところがあるのではないかと思われる。 中国の企業間取引が市場取引ではなく「関係」をベースに行われる傾向が強く,また このことが国際標準では非倫理的とされる行動に結びつく傾向があることも,日系企業 の対応を難しくしている面があると思われる。例えば,「企業間における取引はすべて 紹介でという世界であるが,紹介で取引が成立した場合は,成功報酬を支払う。受注 した場合にはキックバックが必要である。当社自身が払えないので,代理店を通じた間 接販売方式をとっている。」というコメントがある。同様に企業対企業ではなくヒト対

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ヒトの関係性を重視するので,現地での判断を求められる。「現地に拠点がないと地場 企業から相手にされないので,現地進出を決断した経緯がある。困るのは値段を下げる ときに本社と相談することを嫌うことである。相談すると言うと,それならやめると言 われる。」(B社)というコメントがある。 加えて,国際標準とは離れた中国式交渉術に適応できなくて失敗したり,苦労した りする例が多いようである。三井物産の中国拠点の代表を務められた遠藤氏も, まず 負い目を感じさせるという交渉術,相手の弱みをつき,あるいは非難し,弱い立場に陥 れる戦術に,これはまず台湾で苦労された経験を持つという(遠藤)。また,地場企業 の購入においては,「商社を通じた取引でもメーカーに見積もりを要求する。中抜きで 安く買えるという考えである。」(B社)というコメントがある。これは4−3で述べる 兵法的思惟・行動が中国企業・中国人の行動に反映しているのに対して,日本企業の この面の理解・対応が不十分なことが影響しているのではないかと思われる。 このような中国式商習慣に関しては,日本企業が東南アジアでの華人企業との付き 合いで同じような経験を積んでいる企業も多いと思われる。F社によると,東南アジア で華僑と付き合ってきたので,それと通じるものがあるとのことである。 しかし,より土着性と移行経済の要素が強く,また政府とのかかわりなどで交渉力の 強い中国本土での交渉ではさらに困難が伴うということであろう。また,東南アジアで の経験がより少ない中堅企業にとっては,この問題はより大きいと思われる。このため に,「中国に対しては消極的である。世界標準の商習慣がない。それではやれと言われ てもできないし,やる気もない。」(B社)と積極的な関わりを避けるところも多い。 このような現地適応力の弱さは,国際経営学でいう異文化経営能力の弱さを反映し ていると考えられる。先ずは日本企業に異文化経営の重要性に対する認識が欠けている ことがあるのではないかと思われる。また,日本の社会では,あらゆるところで村を作 る(遠藤 p.40)と言われるが,中国でも日本企業との間で「日本人村」が作られてい ることや,現地経営トップの現地人化が遅れていることも,現地のリアルな情報がなか なかくみ上げられない原因の一つではないかと思われる。 3−2−5 人的資源管理 中国における現地適応力を高めるためにも,また,中国の潤沢な知的人材を活用し て現地およびグローバルにおけるイノベーション能力を高めるためにも,現地における 人的資源管理が重要なカギを握る。 中国における人的資源管理に関しては,製造部門においてはまずまずの成果を上げて いるようである。日本的な管理を行って,成果を上げている例もある。B社によると, 「日本人のやり方のほうが人間の本来あるべきものに近いのではないか。中国でも日本 で大事にしていることをそのままやるようにと言っている。その結果,ほとんどが農民

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工であるが定着率は高い。」という。モノづくり現場における粘り強い日本的人づくり がある程度の成果を上げていると見られる。 しかし,管理職や販売部門の現地人材の管理には,特に中小企業に関しては大きな 問題もあるようである。「少数の日本人でやっていて,工場の技術的なことはできるが, その他は知識のないケースがある。」(地銀G),「人事,経理などを現地人にまかせてぼ ろぼろになるケースがある。」(県出先J)とのコメントがある。 中国人の日本人との文化的差異に対する対応が必要になる。「中国人はひとりひとり は竜だが,3人寄るとアリになると言われる。個人の能力は高いが,チームワークがで きないという欠点がある。中国人は利己主義の集団であり,自分の知識を人に教えな い。これをいかに巨竜にするかが課題である。」(森松工業)という。 4.中国ビジネス文化のパラダイム 上記のように日本企業が中国市場で苦戦している大きな要因として異文化適応能力, 異文化経営能力の弱さがあると考えられる。どこの国でも現地の経済はその文化を基盤 として独自のシステムとして動く面があるが,広大な国土のもとに世界の5分の1の人 口を擁し数千年の歴史を持つ中華文明の下での中国経済には,とりわけその要素が強 いはずである。高成長の下,急速に近代化を遂げ,構造変化が起こっている中国経済 であるが,長い歴史を持ち,ギリシャ・ローマに起源をもつ西欧文明に匹敵する深さと 広さを持つ中国文明の下,中国経済の社会文化的基盤には変わらざる側面も大きいと 言える。日本企業の中国ビジネスにおける軋轢やつまずきはこの側面への理解不足や, これとの衝突によるところが大きいと思われる。 この問題に関しては,古田茂美氏の著述が極めて参考になると思われる。以下にその 内容をかいつまんで紹介するとともに,インタビューなどに表れた日系中堅企業の中国 における経営が直面している問題に関連付けたい。同書によると,中国ビジネス文化 は,①国情,②儒教,③兵法,④華人ネットワークの4つの要素からなっているとい う。この一つ一つについて以下に説明する。 4−1 国情 「国情」は,政治,官僚主義,国土,人口などから構成される。先ず,物理的側面と しては人口規模が13億人と巨大で,国土面積が約960万平方キロと日本の約25倍と広く 地域的に大きな広がりを持っていることが挙げられる。このことから中国市場は極めて 多様性に富んでおり,企業に対して細分化された市場のうちどの部分にターゲットを絞

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るべきか,多様な市場をどのように関連付けて開拓していくのかという課題を提供して いる。 次に,政治的側面に関しては,秦の時代からの,科挙制度,官僚支配による中央集 権国家の伝統が強固であり,共産革命を経ても基本的なところは変わらないというとこ ろがある。法律よりも行政権限が優先するところがあるし,中央の統治が末端まで及ば ないので,地方行政により修正される部分が大きい。このようなところから,法治が弱く 人治の側面が強くなっている。そして為政者にとって最大の関心事は,広大で統治しに くい国内の統一と安定であり,国際協調の優先順位は他の国におけるのに比べて低い。 このような法治の欠如は,日本の中堅企業を悩ますところが大きい。「増値税の突然 の変更や共産党が力で押さえ込む体質が問題である。昆山でスワニー社が,当初歓迎 されたのに,産業構造高度化の邪魔になるので出て行けと言われて追い出された事例が 広く知られている」という(B社)。中国の誘致政策の不安定性に対して懸念を持つ企 業が多い。 次に,経済的側面として,政府の経済への関与の強い官僚資本主義的な色彩が強い ことが挙げられる。中国では日本の平等主義的な社会主義的環境と異なり,いまや所 得格差も大きくよほど資本主義的だと言われる。しかし,アメリカなどと異なり,専制 的官僚制度の伝統から政府の経済への関与が極めて大きいことが特徴である。移行経 済であることからの影響ということもあるが,それ以上に伝統的に王朝を支える官僚の 権限が強いという国の成り立ちを反映していると思われる。中国企業の場合,例えばイ ンド企業などと異なり,成果を上げている企業は,国営企業でなく民間企業でも何らか の形で政府と関わっていて,政府のサポートを得ている場合がほとんどだと言われる。 結果として,いわゆる法治制度が欠如していたり,知的財産権の保護が不十分だった り,政府の決定の影響を強く受けたりということがあり,外国企業はこのような中国独 特の環境への適応を迫られることになる。 西欧や日本から見た倫理的な判断は別にして,安定・成長という意味では,この官 僚資本主義は,これまでうまく機能してきたと言える。インフラ建設の迅速性をもたら したし,今回の経済危機に対しても政府が迅速に行動し,危機管理能力の高さを示し た。一方では,ゲームのルールが外国企業にとって不透明であったり,不利に働く可能 性も存在しよう。 4−2 儒教 儒教は,個人と個人,組織における上下関係,社会における人間関係など,中国人 の人間関係に大きな影響を及ぼしているとされる。家族の優先,間接的表現,面子, 身内と外の人との区別などに表れている。「利」を追求する「小人」に対して「義」を

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追求している「君子」を理想化している。官僚やビジネスリーダーは,一面ではこれを 望み,そうなることを期待される。君子のように振る舞う必要がある。このため「面 子」が極めて重要になる。しかし実際は「君子」になるのは困難で,「君子」を装う 「小人」が多いのが実際である。このため私利私欲的なものは直接表明できないので, 交渉などでは本心を明かさない間接的で複雑な表現によって望むところを実現しようと しがちだと言う。 また,血縁,地縁,学園などで形成された「縁」や時間をかけた信頼関係,「人情」 を構築したパートナーで構成される内輪の「自己人」とそれ以外の「外人」とで明確に 対応が区別されると言われる。 ビジネスの世界では,ビジネス交渉,企業内の人的資源管理などにおいて,影響が表 れると考えられる。「外人」に対しては兵法が使われるが,「自己人」に対しては兵法は 使われないと言われる。兵法に関しては次節で述べる。日系中小企業が大変苦労してい る代金回収の問題も,「自己人」に対してはお金をきっちりと支払うけれど,「外人」に 対しては後回しにするという,自己人と外人に対する区別を反映していると考えられる。 このような「自己人」と「外人」の区別から,中国ビジネスはパートナー次第と言わ れる。このパートナー関係は,企業間の関係にも,従業員と会社との関係にも当てはま る。しかし,日本企業の様な抽象的な組織との関係ではなく,あくまで具体的なヒトと ヒトとの関係である。企業間ビジネスにおいても紹介のウェイトが高いという。B社 は,「展示会で名刺はいっぱいたまるが,いざ訪問しようとすると今はいいと言われる。 来てもらってもいいというのは10分の1で,注文をもらったケースは1件もない。取引 は全て紹介でという世界である。」という。 そして,同書によるとパートナーは恵まれるのではなく,自分で適切なパートナーを 探して,「関係」,つまり信頼関係を構築しなければならないという。外人から自己人に なることが必要なのである。この関係の構築には,具体的な便益の提供や宴会など実質 的なものや儀式的なものの時間をかけた蓄積が必要だという。 4−3 兵法 儒教的思惟に加えて,兵法的思惟も,中国人の人格形成過程を通じて様々な経路で 刷り込まれており,中国人の人格・思惟の中に強く根付いているとされる。相手を威 嚇,幻惑するなど,計略的行動を正当化する。ビジネスにおいては,経営戦略に相当す る。ビジネス交渉,中国企業の行動や,従業員の行動にこの思惟が発露する面があると 言われる。中国人は「だます方よりだまされた方が悪い」(森松工業)と考えるというの は,儒教との関連でいえば,「自己人」ではない「外人」に対して兵法を使うのは正当 化されるということであろう。

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