裁判批判の論理と思想(六)
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(2) 木下英夫. 餌. 衰えて行く母、 病身の妹、 病身の自分……彼は 自 分自身の生活をも 独立し得ない 無力を今更のように 感じて、 この問題について 何の意見も 見られるよ に、 新造の悩みの 吐く資格のない 自分に 憂 礒を覚えた。 > (Iv一 351p) 底 には、 生活上の「無力」があ り、 その背後 には 山地主階級の 没落という時代的な 変化が あ った。 それは同時に、 資本家階級と 労働者階級との 対立が新しい 局面を迎えつつあ った うとどうしていいか. 解らなかった。. 》. く. う. という事でもあ った 0 文学の世界にもプロレタリア. 文学運動の台頭などの 新しい動きがあ. り、 好むと好まざるとにかかわらず、 さまざまな論争に 巻き込まれる 作家達も少なくなかっ た 。 広津がそのような 論争に対してどのような 立場に立っていたのか、 またプロレタリア 文学に対してどのような (三. ). (. 見解を持っていたかについては、. 横浜国立大学人文紀要第姉十一荷. ). すでに「裁判批判の 論理と思想」. などで述べた。. この作品の主人公であ る国友新造はこれらの 問題については 極めて動揺的であ. るが、. のような態度は 決して例外的とは 言えず、 広津の心情ともったがる 所があ るといえよ. たとえば、 次の個所はどうであ ろうか。. く. 階級的対立の 上に立ったこうした. う. そ. 。. 議論は文芸. 波動を与えていた。 新造自身はまだその 立場を 自分でもはっきり 抽 んでいなかったが、 併し彼の交友関係から 云っても、 彼が今まで書い た 作物、 又彼が目ざしていた 文埋 領域から云っても、 どっちかというと 既成文埋の後塵を 拝するものと 云われても仕方がないような 色合いだった。 (Iv一 379p) さらに小泉 という哲学専攻の 大学生との会話後の 新造の次のような 感想はどうであ ろうか。 何と 云 健康な若々しい 明るい青年だろう。 何とか はっきりした 気持ちで生きているの た ろ 。 自分とたった 五六歳しか年下でないのに。 自分の感じているような 病的 た 暗さは一つ も持っていない。 若し自分が「文壇」に 出られないというような 事にこんなに 絶望的な気 持ちを感じていると 云ったら、 あ の青年にどんなに 笑われるだろう。 資本主義のおこぼれ をやっているあ らゆる人間の 心に何等かの. ノ. く. う. ぅ. う. によってやっと 出来上がっている 雑誌文壇 一 この猫の額のような 狭い世界に出られないと 云. う. 事にこんなに 躍起となっている 事があ の青年に知られたら……. たい気がした。. 》. く. ). く. 彼は自分を朝 笑し. 自分もこんなにくよくよしないで、 階級闘争の真只中に 飛込んで行こ. うか 。 が激しい運動を 開始すると云. う. 事には健康も 気力も足りないような 気がする。. ・…‥. 若し出来るなら 唯 誰にも乱されないで、 自分の気の済むだけの 作を静かに書いているよう な世界でもあ. れば、 そこにじっと 閉籠っていたかった。. 後は益々この. 世に許されるものではなし、. 》. く. 「と云って、 そんな世界が. 今. やっぱり思い 切って勇気を 出して死物狂いに 無. > (Iv一弘 lp) 広津がプロレタリア 文学や無産者運動 に深い理解を 持っていただけでなく、 あ る種の同情、 共感を抱いていたことはまちがいな いのだが、 それと同時に 当初から、 かなりの違和感を 感じていた事もたしかであ ろう。 広 津自身の悩みの 解決は、 プロレタリア 文学に対する 批判や階級運動へのさまざまな 疑問な どを通して進められて 行くのだが、 新造の場合、 一旦次のような 解決を見る。. 産 文学のために 盟 ってみようか」. く. 文学的煩悶も 思想的煩悶も 小泉の若さから 受けた重苦しい. 威圧も、 朝日に霜が溶ける. に溶けて行った。 それに気がつくと 自分でも 撲 ったい気がして、 「余りに他愛なさ 過 ぎる」と自分の 心をたしなめるよ に云ったが、 それでも彼の 心は唯 わ げもなく明るく 愉. よ. う. う. 快になって行かなかった。. ノ. (Iv一 383p). く. 何か人生に目的が 出来た。. そう云っ.
(3) 裁判批判の論理と 思想 た 胸の底が. (六 ). 65. ずいてじっとしていられないような 感激が 、 ペソを持っている 間も彼の心を そうだ、 今まで始終心を 悩まし胸を噛みづくしていた 占領していた。 確固とした目的 う. 虚無の念はもうなくなったのだ。. 子供の時分のように 晴々とした気持ちが 再び戻って来た. のだ。 人生とはなんぞやとか、 今のような生き 方をしていていいのか、 自分の運命 う 云った彼の ,む はどうしてこんなに 薄暗いのかとか、 文壇に出られない 苛立ちとか……そ を 始終押しつぶしていた 重苦しい観俳は 霧が散るように 散って行った。 何の理屈も ない。 唯 彼は綾子を自分が 愛しているということだけで 嬉しかった。 ( Ⅳ 一 441p) 「生きる目的が 出来た」 一 それは綾子という 女性を愛して 行くという事なのだが 一、 その ことによって 総ての煩悶が 溶けてしまう、 このような構図は 後の作でも見られるのではあ るが、 ここではそ う 簡単にはいかなかった。 実際そうだ。 自分のはみんか 弱さから ぎ ているんだ。 仙吉と 喧嘩せずにいられなかったのも 自分が勇敢なせいではないんだ 0 弱い 》. く. 》. く. 》. く. 人間のヒステリィ 的な爆発に過ぎないんだ。 一 その他あ らゆる事、 あ らゆる世間のことに. 対して、 自分はあ まりに時過ぎるんだ。 (W 一 451p) 自分の弱さの 自覚がますます 自 分を苦境に追いやって 行く。 そして終に肉体的にも、 喀血という深刻な 事態を迎える 事に ノ. なる。. 「とうとう来るべきものが 来た ! 」と何何げになって 天井を見つめながら 再び心に繰 返していた。 白 ちゃげた笑いが 彼の顔に浮かんでいた。 二十 セ まで 礒 々として生きて きた 自分 ! 何 ひとつしでかすことが 出来ない自分 ! 生活に対して 心に何の余裕も 持たないで、 く. いつもぴったりそれに. 口 著きながら、. 毎日々々 唯 苦痛にのみ 捉 われていた自分. しながら新進作家の 位置さえもしっかり 掴め得ない自分 など. う. することも出来ない 自分. することが出来ないばかりか、 何かひた向きに「真実」のみを 追. !. !. !. 文学に 志、. 枝子に恋しながら 彼女の元一人. 故郷に母と病身の 法一人とを残しながらそれ 等の世話を. 自分の身一つも 満足に生活させて 行くことの 覚束 ない自分 ! う. つもりでいながら、 現実的にはどんな 事にぶつかっても. 自分の無力のみを 嘆じたけれ ば ならない自分. !. 「清貧に安んじて 莫迦になりたる 男 あ. り. !. 」. そんな感慨がそこはかとなく 彼の心の底に 動いてきた。 ) ほろ苦い自朝の 笑が彼の痩 せた頬を歪ました。 (IV 一 452 ∼ 3 p) ここで広津は 新進の劇作家として 成功してい く. ノ. る友人の佐藤の 言葉を借りて 次のように言. う. 。. く. 「何しろ 君. ときたら自分で 自分をいじ. める名人だもんだから、 自分で自分を 病気にするんだよ。 一つもっと暢気に 構え込んでし まうんだね。 何もかも忘れてしまうんだ。 そうして一二年保養していれ ば 心も身体も元気 になるよ」 (W 一 453p) 「自分をいじめる 名人」に対して、 このような柔らかい 受 け 止め方が出来るという 事は、 広津自身はこの 状況から抜け 出している事を 示していると 思 われるが、 新造はさらにのたうち 回っている。 くそんなら一休自分のよ う た人間が何の ために生きて 行かなけれ ば ならないのだ ? 唯 苦しむためのみにか ? 苦しむためのみの 存在 なんて無意味なものではないのか。 自分の如き人間がこのまま 死んだとて地球が 何の損失. もしはしないではないか。 一死、 彼はそれを考えても 一 454p). く. 新造は、 結局、. 少しの 戦 傑も覚えなかった。. 生きて何かしたい。 何かしたい。 もう一度やり 直したい》 綾子に対して 積極的な行動をとれないまま. 別れてしまう。. (W. ノ. 一 457p). (Ⅳ.
(4) 木下英夫. 2 株 海 燈の下を この作品は、 文末に、. (. ( 式社会運動家の. 丁. 新潮. コ. 54 年 1. 経験談に拠る. ). 0. 月号 ). と断りがあ るよ. に、 広津自身. う. る。 ということは、 この作品はかえって 社会運動、 或いは無産者運動に 対する広津の 関心の有り様を 示すものとも 言える。 「。社会のため,などという、看板を真っ向から 立てているやつには、 僕等の見ると の 経験にもとづく 創作ではないようであ. く. ころでは、 硅な 奴はいませんよ。 我々は自分を 正当に護るというところから 出発するのが ほんと う なんですよ。 く 「少し見ていると、 勢の好い事を 我鳴り立てている 連中に 」. ノ. 限って 、 直ぐあ んなボ口を出すものですよ。 一 それよりも、 本当に必要なのは、 もっと地. 味な運動、 もっとしっかりした 覚悟と自覚が、 民衆の腹 の底に 泌 みて来るようにする 運動 ……今あ なたの云われたような、 自分を本当に 護ると云 う 自覚からの団結……それが 必要 彼は一般に名も 知られていないような、 そして名なんか 知られるこ なんですよ。 」》 とを少しも望まないような、 真に身命を賭して、 無産階級のために 働いている地味な 運動 (11一 150p) 家たちの話をして 聞かせた。 く. ノ. 「社会のため」という. 看板を仰々しく. 立てている連中とか、 勢いの好い事ばかり 我 鳴り. 立てている連中は、 いわば偽者であ って、 本当の運動というものは、 もっと地味な、 民衆 の腹 の底に 泌 みてくるようなものでなくてはならない。 ・…‥これは 当時の運動の 現状に対 する広津の批判と 要望であ ると共に、 社会運動というものに 対する広津の 一貫した基本的 た 考えであ ったといえよ う 。 松川運動の初期に 特徴的であ った傾向に対して、 広津はまさ にこのような 考えに従って 運動を創って 行ったといえる。 「自分を本当に 護るという自覚 からの団結」の 必要性も松川事件被告団にとっては 大切な視点であ ったし、 真に身命を賭 して働いていた「地味な 運動家たち」の. 存在も、 松川運動の成立にとってまさに 決定的で. あ った。. さて、 この時期に広津がしばしば 言及していた 問題の一つぼ、 「婦人解放」、 「女性の 自立」、 「女性の社会的進出」という 問題があ った。 この作品では、 逃亡中の社会連動家 を 助けた松村夫人に. 次のように言わせている。 「あ たしは女だって 、 何かしたいと 思い ますわ。 こんなところで、 縫物だの、 台所だので、 思想も趣味も 違 う 松村なんかと 一生 暮 らすなんて……」 > (11一 155p) この問題については、 後にまたふれる 予定であ る。 く. 3. 昭和初期のインテリ 作家 「イソ. ( 『改造』. 5 5. 年. 4. 月号 ). テリゲ ソチャの没落」という 事がよく口に 出されるよさになったこの 時代、. さま. ざまな社会的変動がイソテリ 作家たちをまきこんでいった。 彼等はみずからの 無力を嘆き. つつも、 開き直って「アイドル・. シソカー」たることを. 自認してもいた。. く. 「アイドル・. シソキソグ の味という奴は、 無駄話と同じに、 我々の生活にとって 欠くべからざる 魅力だ からね。 」》 (11一 168p) しかし、 彼等の中には、 作家生活そのものへの 疑問を抱い. ているものもいて、 広津は、 自分の分身と 見られる北川に 次のように言わせている。 く. 「. ど. づたい、. あ すこに下駄屋のおかみさんが. 昼寝をしているじゃないか。 赤ん坊に溢乳. ドん.
(5) 裁判批判の論理と 思想. (六 ). 67. なしてさ。 あ の昼寝をしてる、 安心しきった 顔を見 拾 え。 何て平和な顔をしているかを。 いや、 平和と云うより、 何と人生を知っているという 顔をしているかを。 そして実際人生 を知っているんだよ。 あ あ いう人間が、 俺達よりもずっと 知っているんだよ。 一 我々は 十 年も二十年も 前から、 人生について 考える専門家のような 顔をしている。 ・…‥そして 十年. も十五年も考え、 書き、 そして喋っているんだ。 ところが、 ろ. う. 一体何処に人生を 知ったんだ ・…‥ 一 番 必要なもの 一 それ. 。 一体俺達ははっきりと 人生の何を知っているんだろう。. が俺達には悟れないからだ。 一実際文学者と 云 う ものは、 一番生活の解らない、 迂回ばか りしている人間かもしれないよ」》 (11 一 170P) さて、 ここで重要だと 思われるのは、 彼等を襲っている 社会的変動は 世界的規模の 変動 であ り、 特にソ連の成立とアメリカの 覇権 の確立という 事態から生じている 変動なのだと い う 認識であ る。 そしてそのような 変動に対して、 どのような態度を 取るべきかが、 根本 的に問われているという 認識であ る。 まずソ連に対してはどうであ ったか。 く. 実際の事を云 うと 、 ブルジョア列国が ソビ ニット 露西 亜を承認しなければならなくなっ. た前、 北川自身が腹 の中で、 ソビ ニットを承認すべきかすべからさるかを、 毎日毎日考え たことがあ る。 一 彼が受けた教養、 習慣、 それから読書の 範囲 ( 彼は十九世紀の 後半の露 西 正文学に殊に 親しんでいた ) から考えて、 革命後の露 西亜 はちょっと入って い げない気 がした。 あ の偉大な十九世紀の 露 西 正文学を生み 出した日露 酉亜 、 それがいとおしかった 併し十九世紀の 露 西 亜の作家たちが 取扱っていた 露西亜 というものの 生 のであ る。 活を見れば、 革命の来る事は 必然であ った。 そこで彼は終に ソビ ニットを承認した。 一な かなか骨の折れた 努力の後で。 > (11 一 176p) 次いでアメリカに 対してはどうであ ったか。 くそこで今度はアメリカであ る。 併しア メリカは彼にとっては、 ソビェソト を承認するよりももっと 骨の折れる仕事であ る。 欧州 文化の行きづまりを 打開して進み 出した二つの 方向一審 西亜と アメリカの中、 露 西 亜の方 ノ. く. は、 彼にも理解できる。 併しアメリカは. ? ……. べ一 ト一ヴェ ソ でも ヮグネ、 ル でも、 みんな. 脱落としてしまって、 ジャズに還元してしまったアメリカ、 人間が寝ずに、 休まずに、 ど の位の時間ダンスをしつづげられるかという 莫迦げた競技会を 開いて、 何組かの男女が 二 十 何 昼夜も踊り通しているというアメリカ、 水泳でも陸上競技でも、 何でもかでも、 世界 一. という名が欲しくって、 それに夢中になっているアメリカ、. それ等がや け くそのデカ ダ. ソ 味からではなく、. すくすくと延びてきた 赤ん坊の健康のような 健康と生活余力とから 出 てきているかのように 見えるアメリカ、 世界の富を一つぼ 集めてしまって、 経済的に君臨 しているアメリカ、 一にも宣伝、 二にも宣伝、 日本流の奥床しさなどと 云 う ものでは、 こ の日本国内でも 生存出来ないくらいまでに、 宣伝の効果を 世界的に流行させたアメリカ、 そしてあ の途轍もない 大袈裟な大資本主義一北川にしても 須永にしても、 このアメリカが 認められないのは、 何も理屈からではなかった。 彼らは一口に 云うと、 アメリカを虫が 好 かなかったのであ る。 (11 一 176 ∼ 7 p) くだが是認するとしないに 拘らず、 アメリカ 文化からの渦巻きの 余波が、 この日本の国 一 いや、 彼等が住んでいる 東京の郊覚にも、 ど 》. んどん流れ込んで 来ている現象は 、 兎に 角 現象として承認。 しなし 、 わ げに行かなかった。 業. 腹 でも何でもそれだけの 事実は認めた、 、 わ げに行かなかった. 0. 》. (1I 一 n77D). 以上の.
(6) 木下英夫. ㏄. ような時代認識はおそらく 広津自身のものであ ったろ う 。 そのような時代認識を 踏まえて、 では一体どのように 対処すればよいのか ? このような時代の 変化は、 作家の生活や 意識. を大きく変化させる。 く. 「第一に宣伝だ。 宣伝. !. それ以外には 何もない。 作家の自由意志などは 否定される。. 一 これもアメリカニズムのお 陰だ 意識で文学が 変わって行きつつあ. 」. 「ねえ 君 、 プロレタリア 派の人々に云わせると、 目的. るというだろう。. あ れは併し、 二重の意味で. 本当だよ。. プロレタリアの 目的意識と雑誌出版の 大 生産的目的意識と 一そして実際、 雑誌が売らん がための目的意識は、 思想からではなく、 生活から作家の 方向を変化させつつあ るからね。 一 あ あ 、 アメリカニズム ! 忌々しいアメリカニズム ! 「全く自由主義では 手も足も出な くなったね ! > (11一 177D) ここ て 北川 ( 広津 ) は、 出版大資本主義に 対して有力 な組合としての 芸術協会の立場を 強調し、 自由な立場を 失って資本家に 対する労働者の 位 」. 」. 置成り下がる 恐れのあ. る作家を、 熟練工と捉え 直し、 その団結によって 出版資本の 力 を押. さえる具体的な 提案をする。 しかし く「賛成」 「賛成」と云った 人は、 たった二人しか いなかった。 それは白髪の 者作家 A と、 文 埋からは最も 右傾派とされている B.N とであ っ た。 マルキストの S.F も黙っていた。 その他既成作家も、 新進作家も、 プロレタリア 作 家も 、 みな黙っていた。 (11 一 187p) ここに広津の、 あ る意味での優れた 政治性を 》. 見て取る事は 無理であ. ろうか。 協会で出版社から 歩合を取るという 提案が実現可能なもの. であ ったか、 それが出版資本を 押さえる現実的な 力になったかどうかは 議論の余地があ る と 思われるが、 このタイミングでの 具体的な提案というところに 着眼すれば、 十分に評価 できるものであ ったのてはないか。 この時機を外せば、 将来は出版資本のいいなりになる しかなくなるという 広津の予見は 的中したのであ る。 さて、 「勝手にしろ」と 腹 を立て て芸術協会の 委員会を出て. 行ってしまってから、 北川は深い反省に 襲われる。. んなに直ぐ短気に 腹 を立ててしまったろ う ? もっとおちついて、 何処ま でも説くのが 本当ではなかったか。 みんなに解らなければ、 解るまで説くのがほんと う で はなかったか。 若しそれが実行に う つすのでなければ、 気がついたという 事と、 気がつか ないという事との 間に、 なんの差もないではないか。 結局みんなと 何とは同じことてはな いか。 一 いや、 俺 自身が少しも 所謂文人気質から 放たれてはいないのだ。 直ぐ短気に怒っ てしまう 0 一言云って解らぬげれば、 勝手にしやがれと 用、うり何の忍耐もなければ、 根気 もない 0 こんな事で、 何が実行できるものか 0 一 結局口先ぽかりで、 何も出来ないイソ テ リゲ ソチャの無力の 暴露じゃないか 0 一実現しなければ、 考えたも考えないも 同じことだ ! (11一 1890) この一節は、 松川裁判批判あ るいは松川運動における 広津の姿勢と 行 動を思い起こしながら 読んでみると、 まことに興味深い。 どのように表現すればより 説得 力 が増すのか、 どのように運動を 進めて行けば、 実際に多くの 人々を動かし、 被告にされ た 20 人の無罪を勝ち 取れるのか、 各方面からの 激しい中傷や 攻撃の中で、 広津はこの事を く. 「何故 俺 はあ. 」. ノ. る。 勿論、 有名な「散文精神」と 通ずるもの であ る事は言うまでもない。 「散文精神」について 講演し、 それを踏まえて 文章を書いた のは昭和 1 1 年であ った事を考えると、 すでに「裁判批判の 論理と思想」 (2) ( 横浜国大. 我が事として 一心に考え抜いて 行ったのであ. で指摘しておいたように、. このような考えは 広津において 一. ト|. 人文紀要第二十九 %24p).
(7) 裁判批判の論理と 思想 ( 六 ). 69. 貫 したものであ ったといえよう。. 4. 父の死. (. 55. 『文芸春秋』. 年. 5. 月号 ). この作品は、 広津にとって 最も親密な関係にあ った文棚浪の 死に当たって 、 父の有り様 を 振り返り、 一心同体とも、 一卵性双生児とも 評される二人の 関係を見つめ 直したもので あ る。 「過失から死ぬのは 莫迦げている」という 父の言葉はよく 解るが、 併し「過失」を 恐 れて、 数年 湯に 這入らぬということは、 何としても父の 神経が病的だといわなければなら ない。 一種の脅迫観念 一 父の神経のままに 承認していたら、 益々父はそれに 襲われるより (11一 210P) このような父を 見る広津の眼差しは、 しかし、 12 歳になる 外 なかった。 まで父に抱かれて 寝ていたという、 幼い子供の眼差しのよ う であ った。 くそれは弱り 果 てた父を見る 淋しさと云うよりももっと 澄んだ気持だった。 一 父の死の近づいた 事を思、 う 悲しさというよりも、 もっと静かな 気持ちだった。 一 自分が遠い遠い 子供の時分に 感じた 単純な父に対する 愛情、 父の前にいるだけで 直ぐ胸に流れてきたなごやかな、 静かな安心、 そう云ったような 気持ちだった。 (11 一 212p) 父の、 享楽的であ るというよりは、 もっと真剣で 重苦しかった 放蕩 、 或いは父の女にかけての 不器用さ 、 父の憂 修と 孤独と質 広津はこれらすべてを 飲み込んでいた。 私は黙々としている 父を益々敬愛し、 く. ノ. ノ. 乏. く. 貧乏なんか何でもないという 心持ちになって 行った。 > (11一 217D) 父によって、 すべてを許されていたと 言うことが出来る。. しかし広津もまた. 自然主義の影響を 受け、 その頃 の懐疑思想のまっ 直中に育った 私は、 その頃 の青年ら しく、 次第に虚無的になって 行った。 (11一 217p) 父は私の全部を 受げいれてくれ く. ノ. る 友人だった。. く. 私は父にはどんな 事でも話した。 友人にもいえないような 事を 、 私は父に. 安心して相談した。 (11一 218p) くその時代の 思想から 抜 げきれなかった 私は、 小説 を 書き出してからも 憂修 だった。 私はこの世の 中の何もかにも 無興味を感じ、 時には生存 ノ. 拒否の気持ちにも. 捉えられた。. ( そんな事が完全になくなって. 来たのは、 三十を過ぎてか. らだ ) そんな気持ちをいつでも 引立ててくれるのは 父だった。 (11一 218p) ただし、 それを広津の 側から捉え直してみると、 かなり シ ヴィアな状態でもあ った。 徳富蔵 花の 青苗条 コ 0 巻頭の小品、 石垣を書いた 作品を思い浮かべながら、 次のように 私は自分だげなら 死んでもいいような 気がしていた。 それもその当時の 述べている。 虚無的な頭の 所産だ。 しかし父にとっては、 私の生活は石垣の 石 一 而も土台石だと 考えた。 》. 下. く. 自分が死んだら. 父は一体どうなるだろう。. 「死んで 堪 るものか。 ぎっと生きて 見せる」と. がむしゃちな 強い気持ちが、 私の心内に湧 き 起こってきた。 「きっと生きてやる、 きっ と生きてやる」 私は熱に浮かされながら、 絶えず眩きつづげていた。 (11一 21gp). い. う. ノ.
(8) 木下英夫. 70. 5. 女給. (. 丁. 婦人公論. 55 年 8 月号∼ 57 年 2 月号 ). コ. この作品は一人の 婦人の身の上話にヒントを 得て書かれたもので、 その狙いは、 次の [ 作者の言葉 ] によって明らかであ る。 ( ただしこの作品は、 第一部丁女給小夜子 に菊 コ. 池寛をモデルにしたと 思われる吉永という 作家を登場させたために、 一大 セソ セーショ ソ を 引き起こしてしまった。. その経緯は、. 丁続年月のめしおと. に詳しく述べられている。. コ. ). くこの小説は、 この世に満足している 幸福な婦人には 用がないかもしれない。 今の世の. 保護」を受け、 或いは理解あ る男性の庇護のもとに、 浮世の荒い波風から、 かぽ われている少数の 婦人には。 或いは彼女自身 力 を持ち、 才能を持ちして、 男が作って. 中で「金銭の. 来た社会や制度の 圧制を接 ね 返しうる婦人には。 一 併し、 女自身のか弱い 手で、 この世に 生きて行かなけれ は ならないような 境遇に置かれた 一般の婦人には、 この女主人公の 苦し みは、 必ず多少の同感を 得ることと思う。 自分の眼には 一般の婦人の「夜明け」は まだまだ遠い 遠いとし ぅ 気がする。 教養あ る一部の婦人が 何を叫んでいようと、 一般の婦 》. く. 人の運命は、 まだまだ「 曲 」の中を紡律しているという 気がする。 自分はそういう 婦人達 に向かって、 「小夜子」が 何を叫びかけているかを 聞いて貰いたいと 思、ぅ 。 (V 一 515 ∼ 6 p) まず、 女の背負って 行かなければならない 重荷の第一は 子供であ ることが強調される。 ストリ ソ ドベル ヒ の作品「 父 」のなかで、 子供の父親を 知っているのは 結局母親だけであ り、 男には自分が 子供の父親であ るかどうか分からないと 述べられていることに 腹 を立 てながらも、 ほんとうに子供のために 苦しむのは母親だけであ るとして、 くだから、 子供 は結局 女 自身のもの 一 その外の誰のものでもあ りませんね。 どんな無責任な 女だって、 自 分の子は自分で 産むんですからね。 > (V 一 22p) 、 と小夜子は言う。 そして君代も、 次 のように述べる。 女には子供から 逃げる道なんか 決して決してあ るものではあ りません。 (V 一 67p) そのような女たちに 対して男はいったいどうであ るか。 一体小説家でも ノ. く. 》. く. 司法主任でも 自分の卑しさを 棚に上げて弱. い 女を淫売扱いにすれば、. それで自分達の 良心. (V 一 79p) ……男の個人主義的欲望の ためには女を 傑 魅 することに協同戦線を 張っている…… > (V 一 80p) く一 総ての女を 淫売婦 規 する事が風紀の 取締り 法 だと心得ているんです。 ・…‥これはか フ エ の女ばかり ではあ りません。 自分の 力 で生きて行こ う とする職業婦人はみんなこの 色眼鏡で見られる んです。 女は浮 ぶ 瀬がないではあ りませんか。 ・…。 > (V 一 80P) が 休まるとでも 思、 っているんでしょうか。. 》. く. グ. と. 、 君代は 、. く. 男のエゴイズムというものはこんなに. ⅠⅠ. く. やっと君代は 自分を弄んで 捨てた掛川に 一 良心を責めさいなんで 行く事の快感にわた 悩み適した胸の 傷 手 、 それを今この 男の上 (V 一 236p) しかしそれも 推 それだけのこ. |. 第二部 F 女給君代 ロの 終わり近くになって、 矢報いるチャンスを 栖む。 寸刻みに掛川の しの胸はふるえていました。 一年以上も苦しみ にぶっかけてやれる 時が終に来たのです。 >. 強いものかと、 わたしは自分などの. 想像も及ばなかったような 掛川の酷たらしさにへとへとに. 打ち砕かれていました。. 》. (V. 一 240 ∼ 1. p) 、 と嘆かずにはいられなかった。 その一部始終を 見聞きしていた 小夜子は く「口惜しかったでしょう。 ね、 お察しするわ。 でもね、 子供は何と云っても 女のものよ、. ぃぽ.
(9) 裁判批判の論理と 思想、 六 ). 7Ⅰ. く. 女 だけのものよ。 わたしゃそ. う. 思っているの。. やって行くの」と 君代を慰め励ますのであ. そ. う思、 っているから 男なんかに頼らないで. る。 現代のフェミニズムの 立場からはいろい. ろと問題点が 指摘されるであ ろうが、 昭和の初期にこのような 作品を発表していた 広津は、 あ る種のフェミニストであ ったとも言えようか。. 6. 白壁のあ る風景. (. 『現代 ユ. 57. 年. 1,. 2. 月号 ). 心の底にどっしりと 巣 食ってしまったニヒリズムとの 戦いは、 若い頃 からの広津の 大. き. った。 この作品は漱石の 甲坊ちゃん を想わせる田舎町の 新米の中学教師が 城 地公園の白壁に 次々と三つの 落書きを発見、 その第一の落書きの 内容に感心し 誰が書いた な 課題であ. コ. ものかと思っている う ちに、 それが自分の 教え子の中学生だということが 分かり驚嘆する。 その頃 主人公の教師はく 最初はほんのかりそめの 腰掛けのつもりでいても、 それがたん だん枝差しならなくなって 行く。 一人間が持っている 生気とか元気とかい う ものは、 いつ か時の力で消え 失せて行く。 そして消え失せて 行く頃 、 つまり年を取って 、 若さや 泣 刺さ が無くなって 行く頃 になると、 自然にこの世の 中が違った形に 見えてきて、 今の我々には 堪えられなく 思われるような. 現実が、 それ相応に面白いものになって 行くのかも知れませ. ん。 だが、 そうなってしまったら 知らない事、 現在の私から 考えると、 そうなって行くと い う 事は、 到底や 0 切れない事だとしか 思われません。 「俺だけは埋もれやしないぞ」私 (11一 2 2 7 D) 、 というような はそんな風に 思って、 ひとりで 力味 返っていました。 心境になっていた。 あ る日その公園で 中学生の小泉と 出会い落書きについて 語り合う。 問題の落書きは 次のようなものであ った。 》. 俺は俺の本体を 、. 探し求めた。 俺 はひん剥いた、. 無慈悲に、 冷酷に、 俺 自身を。 併し剥いて、 剥いて 剥き終わった 時、 一体何が残ったのか ? 虚無 ! ただそれのみだ。 愚かしきラッキ. ヨ. の悲劇 よ 、. ひと 皮 、 ひと 皮、 剥げば剥く 程 細りに細って 、 「. 無 」に帰するだけの 事だ。. 青ざめた中年の 世捨て人が書いたかとおもわれた、 見られる虚無思想や. この 詩 とも散文ともっかない 文句に. 厭世思想に、 青年が共鳴する 事は危険だとかたる 教師に対して、 中学.
(10) 木下英夫. 72. 生は 、 その心配はないとして 次のように述べた。 だとかい ラッキ. ヨ. う. く. 「併し僕は虚無主義だとか、 厭世主義. ものは、 煎じつめれ ば 、 あ んなものかと 思っているんです。 皮を剥いたって 、. の本体があ るわけではなく、 皮が重なっているところにラッキ. を、 剥いて剥いて、 わざわざ 虚無主義だと 思、. う. "無". ヨ. の本体があ るの. にして見て、 何もないじゃないかと 云っているのが、. んです。 それから厭世主義にしたところが、. あ んな風に抽象した. " 幸福. 感,を人々に押しつげて、 それでこの世の 中が割切れないから、 人生は不幸なんだと 無理. 一. に結論して見せているだげなんです。 併し 唯 、 あ あ いう考え方や 、 感じ方も、 一寸面白 い 愉快な味はあ ると 思、 う んです。 見方によると、 文 一寸我々を反省させる 点もあ ると 思、 う んです。 」》 (11一 236p) それに対して 教師は、 自分が十八歳の 時には、 こんな事 を考えただろうか。 二十六歳の自分、 この少年の教師であ る自分は、 若しかすると、 この 少年よりも、 ずっと何も考えていないかも 知れません。 (11一 236p) とのべているが、 虚無思想や厭世思想にしつこく 取りつかれていた 広津は、 そこからの脱却に 苦労しつづ け ていたのであ って、 これもまた広津の 実感であ ったかもしれない。 ニヒルとの戦いについ ては次の作品でも 取り上げる。 く. 》. 7. 頬 打ち. (. 『中央公論』. 57. 年. 4. 月号「 或 額打ちの話」. ). 子供の頃 の思い出であ る。 しかしそれは 後にく自分の 一生のうちに 来た転機の中では 最 初の、 そして最も重要な 転機だったといっても 誇張ではない ノと 言えるような 体験であ っ た。. く. 自分は身体のぎごちなさを 自分の心にも 感じていた。 自分はそれよりも 前一小学. 校時代だった 一 房州で、 兄事と一緒に 船を出して僖を 釣って来た事があ る。 自分は活きて いる僖を金だらいに 入れて眺めていた。 すると嬉の身体が 金だらいの縁の 弩 曲 しているな りに音曲して、 そのまま硬直して 行く。 ロ はまだ アプアブ やっているのに 身体がぎごちな 硬 ばって 、 金だらいの内側の 円さのままに 硬直して行く。 自分は生きながら ぎご ちなく硬直して 行く僖の身体つきに、 下図自分との 類似を感じた。 そして 憂修 になった。 子供の心に受けたその 憂礒は 、 かなり深いものだった。 (11 一 254p) そのような自 分に対してくこれはしげない。 何かでそんな 気持は爆破してしまわなければならない ノと 考えていた時、 たまたま同級で 体の大きい N という男からく「おい、 お前はなかなか 可愛 いな。 今日帰りに俺の 家に来い」 > (11一 254p) と研 かれてかっとなり、 思わずその男 人を撲れた一何という 素晴らしさだろうと 自分は の頬を力いっぱい 撲ってしまった。 思、 った 。 固く握りしめた 拳骨にぐわっという 手 耐え ! 自分は大道を 急に閣 参 出来る気が した。 もう片隅に引っ 込んでいる必要はない。 一 自分は身体のぎごちなさ、 心のぎごちな さも、 それからは何処かに 消えて行ってしまったような 気がした。 (11一 255p) この作品では、 中学生の時にも う 一人撲った事のあ る加藤という 同級生と二十数年ぶり く. 》. く. 》. く. ノ. に 出会い、. N を撲った時とは 違う不快感を 覚えた事を思い 出した事にふれている。 そして 「自分」に次のように 語らせている。 自分は子供時分に 感じたあ の僖のぎごちなさを、 さっきの回想で 思い出したが、 最近は又ちがった 意味での僖のぎごちなさ 一子供の時分か ら第 何回目かのぎごちなさを、 心身に覚え始めている。 (11 一 257 ∼ 8p) そして く. ノ.
(11) 裁判批判の論理と 思想 (六. 73. Ⅰ. く第何回目かの転機が. 必要 ノと 述べさせている。 これは、 広津がみずからのニヒルと 如何 に戦いつづげて 来ているかを 示すものであ る。. 8. 風雨強かるべし. ( F 報知新聞』. 58 年 8. 月. 12 日∼ 9. 年3 月. 17 日 ). まず連載に先立って 発表されたく 作者の言葉》 (58 年 8 月 8 日 ) を見てみよう。 自 分はここに今の 時代に生きる 数人の若い男女の 生活を描いて 見たいと 思、 っている。 風雨 強 く. かるべきこの. 時代に、 彼等が何を欲しているか、 何に生甲斐を 感じているかを 描いてみよ. うと思っている。 (V 一 520P) ではこの「風雨強かるべき 時代」とは、 どのような時 代の事 か 。 現代長編小説全集 6( 511年 11月 ) の [ 域 ] や丁日本週報社凹版 (522 年 ) 》. 甲. コ. の [ 序コで 広津は次のように. 述べている。 それは満州事変、 治安維持法、 頽廃的なモダニ. ズム、 左翼思想の極端な 弾圧などの時代であ り、 一九三 0 年代はあ らゆる意味で 日本 にとっての暴風雨時代であ る。 私はその年代の 前期に於ける 一部の青年男女の 情熱を、 こ の作に 拾 いて取扱った。 作の性質上、 自分の意思に 反して、 その構成を変えたければなら ないところはあ ったが、 併しこの緊張した 歴史の或年代の 姿の幾分かは 伝え得たかと 思っ ている。 (V 一 521p) ひと頃 ジ 十一ナリズムの 寵児であ り、 無産運動の特等 席 とい われていたプロレタリヤ 文学も殆んど 潰滅に瀕して 来た。 > (V 一 521 ∼ 2 p) この「自分の 意思に反して 構成を変えたければならなかった」というのは、 三四回成り 始めた時、 内務省及び 害視 庁からの達しがあ り、 十五 ケ 条の禁止事項が 伝えられた事によ る 。 例えば、 「左翼運動の 具体的な方法を 書いてはいげない」 「留置場の光景を 書いては いげない」 「取調べの模様を 書いてはいげない」 作 全体の上に左翼に 対する同情があ っ てはいげない」といった 事柄であ る。 この点について 広津は次のように 述べている。 く左異 に属していない 私などの書くものにまで、 官憲の眼が如何に 光りっ っ あ るかという く. ノ. く. 「. 事に、 その時代の風貌を 感じて欲しいのであ る。 > (1946 年 4 月、 V 一 522p) さらに 既に松川裁判にかかわり 始めていた昭和 29 年 6 月、 岩波文庫版の [ あ とが ぎコ では次のよ. うに書いていた。. く. 私は今この文章を. 書きながら、 今日の空気が 何かその年代の 空気に. 似ているような 気がして来た。 それは終戦後にわれわれが 味わえると予想していた 自由な 空気が、 予想に反して、 又 息苦しいものになりっ っ あ るためかも知れない。 (V 一 524 》. p) では、 本文の検討に 入ろ. 父親佐貫平五郎は 既 に故人であ るが護憲会の 代議士として 活躍した人物、 現在の後見人飯島干天一 K 鉄道会社 の社長、 飯島銀行頭取一は 父の親友 ) と飯島 ヒサョ ( 干天の 娘 、 マユ ミの 姉 ) および 梅 島 ハル 子 ( 栃木出身のもと 女子大生、 音楽・文学が 趣味、 あ る研究会で 駿一 と一緒だっ う. 。. この作品では、 佐貫 駿一. ( 大学生、. た、 階級運動に参加、 その指導者であ る八代の妻 ) との恋愛関係を 軸に物語が展開されて いく。. (1). まず、 駿一と ハル 子 との関係から 見ることにしよう。 階級運動に加わっているハル. 子は、 脚気を患って 下宿でひとり 療養中であ るが、 夫の八代も検挙されて K 署に拘束中で あ って 、 誰も世話をするものがいない。 駿一が 、 かっての研究会仲間の 津島から頼まれて.
(12) 木下英夫. 74. ハル子を見舞いに 行くところから、 二人の新しい 付き合いが始まる。 二人ともそれぞれに 悩みを抱えているが、 政一の方は、 いわゆる「プチブル・ イ ソ テリ 」によく見られると 言 われる悩みといえ よう 。 一苦し自分があ のまま研究会に 出席を っ づ け 、 あ のクルタ ブ に 接近していたら、 自分も八代や 津島と同じように「理論」から「実行」に 飛び込んでい ただろうか ? この世の他の 一切の事を捨て、 総てを犠牲にして、 刑 辣の道のよ うた 政治 運 動 に没頭していたろうか ? 一 音楽会に行く 事を愛したり、 美術に興味を 持ったり、 いや、 く. そんな事ばかりではない、. 今の世の中で 相当の享楽を 求め得られる. 生活を保証されていて、 若し求めようとすれば 立場にいる自分が、 そしてまたそういうものに 確. かに相当の興味を 抱いている自分が……. > (V. 食うに困らない. 一 266p). しかしこの悩みは、 ハル子を看病し、 ハル子に金銭的援助をする ちに、 次のようにと げていく。 何か突然この 世に一つの仕事が 出来た。 ハル子を看病するという 仕事 う. く. ノ. く. は、 竣 一の生活に取っては 全く思いがげなく 飛 込んできた一つの 感 動 であ った。. 270P). く. 何もイデオロギ. 一などの問題で、. 自分を苦しめ. 悩ます必要はない。. ノ. (V. 一. 彼女は傷つ. き倒れているのだ。 ノ く傷 つぎ倒れている 彼女が起上がる 事に手を貸し 得るというだけ で、 それは自分に 取って何とか ぅ 幸福であ ろう。 (V 一 270P) 一方ハル子は「閃い」に 傷つき倒れ、 頼みの八代を「権 力」に奪われていた 時に、 研究 会時代に自然な 好意を感じていた 駿一 から優しくされ、 病気が快方にむかうにつれて レコ ノ. 一ド を聴きたい、. 銀座を歩きたい、. 心ゆくばかりに 青空を見たいという. 思いにとらわれる。. それは 寅沢 な考えで、 くまるでブルジョ ヮ のお嬢さんの 病気恢復見たよ う 》だとは思 う も のの、 自分でも現世的な 喜びを人一倍愛する 方であ ることを知っているハル 子はその想い さなかなか振り 払えない。 しかしそれはく 断じてあ る程度まで 認められることであ っ て く「やっぱり 何といっても、 第一には階級に 生きることですわ」 ノ (V 一 273p) とハ ル子は頑張る。 駿一 はく「あ なた方は現在は 過程だと 思、 っていられるから、 どんな空想も 湧くが、 僕は現在はみんな 結果だといいたいな」》 (V 一 274p) と反論するが、 ハル子 はそれは、 臆病者の哲学、 イソ テリ の弁解哲学だという。 しかし同時に、 疲れているこの ノ. 渇いた耳に好い 音楽を聞かせたら……とも. (2). 思、 っている。. さて ヒサョ の方はどういう 状況であ ったか。 父子太の二つの 事業は昭和初めの 大下. 況を乗り越えたものの、. 鉄道事業の失敗が. 大きく、 今やはっきりと 衰運に向かっていた。. 妻の銀子はあ くどい利権 屋の黒田と手を 組んで. ( というよりは. 新橋の芸者時代から 関係の. る黒田に操られて ) 飯島家の財産を 狙っている。 銀子は双妻の 子であ る ヒサョ にはつら 当たり、 千人 が 外につくって 引き取った妹のマユミの 方を可愛いがっている。 ヒサョ は かねてから自然な 親しさを感じている 駿 一に相談し、 さらに父に許しを 攻める。 で も 誰でもこれからの 世の中では働くのがほんと う だと思いますの。 男の人ばかりでなく 女 だって働くのが 当たり前だと 思いますの。 それはお父さまに 庇って頂いて、 こうして無事 に 暮らしていれば、 それで幸福ですがれど、 でも、 このままでは 本当の自分にはなりきれ ないという気がしますの。 どんな事があ っても自分の 手だけでも生きられる 人間になりた い、 それになれれ け れ ば こんな淋しい 事はないと思いますの……」》 (V 一 2g1p) 父の許しも得て、 ヒサ ョ は、 近年になって 少しずつ広くなって 来た女の職業戦線のあ ら あ く. く. 「.
(13) 裁判批判の論理と 思想. ゆる分野. ( タイプライター、. 75. (六 ). 洋裁、 文事務員、 婦人記者……. ). に思いをはせ 、. 「生活」. く. に親しく打っつかって 行くという事は 、 胸の血の沸き 立つような嬉しさであ った》. (V. 一. 297p) と、 世の中へ出て 働くことへの 期待に胸を弾ませるのであ る。. (3) さて、 ハル子は病気快復とともに、 八代に対する. 信頼と尊敬、. 動揺する。 自分と、 抵抗し. 心の奥にひそんでいた 秘密に気づき. 八代の男性的な 直線的な魅力を 肯定している. ようとしても 抵抗の出来ない 静かな魅力をもった 駿 一に惹かれている 自分。 プチ・ブル 層の無気力な 享楽主義に陥っている る. ハル 子 。. く. 自分を感じつつ、. 「今は自分は 病気なのだ」と 言訳す. 「わたし何でも 好きなんですよ。 スポーツも、 音楽も、 文学も。. らいろいろ困っちまうんですわ」、. 駿一く 「困ることはないじゃあ. ・…‥だか. りませんか。 好きなも. のは好きだと 思っていいんじゃないでしょうか」》 (V 一 306p) 駿一 が何をいお 9 と す るかが彼女にはよく 解っていた。 駿一 はもう二度と 階級数の渦巻の 中に飛び込んでいく 自 分を望んでいないのだ。 そのような 駿 一の気持をハル 子は く時代の一つの 真理一それに 向かって突き 進むべき勇気は 欠けているが、 しかしそれだからといって 、 逆に出て反対し て見せる恥知らずにはなり 切れないイソテリ 青年のデリカシイ ンと 考える。 ハル子への想 いが募り、 胸の痛みを覚える 駿一は 、 イディオロギ 一の問題に決着をつげなければと 焦る。 しかし、 くこの問題を 深く突っ込んで 考えて行く事は、 政一に取っては 二重の苦しみで あ った。 ハル子に対して 恋心を抱く資格が 自分のような 考え方の人間にはないと 思わぬ げ ねば ならない苦しみと 共に、 もう一つは自分の 心の底の弱さ 臆病さをまざまざと 自分の前 にさらけ出さほげればならない. 苦しみ。 胸を掻. き むしりたくなるような. 恋心の苦しみと、. じりじり ネダ に泊み込んで 行く腐蝕のように 憂礒に 胸を噛まれて 行く自己反省の 苦しみ。 (V 一 311p) 「併し俺には 信じられないんだ」と 駿一 はその自己反省の 憂 礒に 反抗す. 》. く. るように寝床の. 中で叫んだ。. 「八代や津島やハル. 子の連動が、. どれ た げの成果を現在に 得. られるか、 それが信じられないんだ。 僅か半年、 一年と活動するかしない 中に順ぐりに 掘っ. て、 そして刑務所の 中に、. この社会から 隔離されて行ってしまう. 彼等の運動、. それがどう. いう成果をいつ 宙し 得るものかという 事が、 俺には信じられないのだ」 (V 一 311p) 駿一は 疲れてへとへとになった 心を感ずる。 二人は 、 男と女が互いに 示し得る友情の 限 度から来る一つの 飽和状態、 一時的静止状態に 入ったかのよ う であ る。 (4) 駿一が 久しぶりに飯島家を 訪れると、 髪を断っていた ヒサョ は以前より快活にな り、 部屋に ミシソ を持ち込んで 洋裁の練習をしていた。 ヒサョ は 駿一と ハル子がしばしば 銀 ブラしているところを 目撃しており、 美しいハル子に 好意を感じていた。 駿一は 、 彼女 は 友人の細君だと 言訳しながら、 ハル子の関わっている 運動への疑問を 述べる。 くどう してって無駄ですもの。 今やったって 、 直ぐまた 捕 ってしまうだけですもの。 今のような ノ. 反動時代には、. 行くだけですもの。 僕は歴史というものが、 一瞬々々結論だと 思うんですよ。 歴史の一瞬々々が 過程だとあ の人達には思われるから、 あ あ して自分達の 力で、 滝 澤 瀬を逆に流せるもののように 考えているんですけれどもね。 しかし歴史は 結論なんですよ。 こうなってしまっている 事はこうなってしまっている 事で あ ぅ. 自分で滝澤瀬の 中に飛び込んで. ってせっかちにそれが 直せるわ け のものじやないと 思うんですよ。 無論過程であ るとい 事を否定はしませんが、 折角の努力が 徒労に終わるだけですもの》 (v 一 320p).
(14) 木下英夫. 76. だがそ う 言いつつ、 駿一は 自分に対しても 疑問を呈する。 「徒労ですとも ! 」しかし そ う 叫んだ自分の 声は、 自分にも不愉快であ った。 「何が徒労なんだ ? 「徒労だとも」 「しかしお双に 徒労だなどと 叫ぶ資格があ るか ? 」彼はこんなふ う に自問自答した。 (V 一 320 ∼ l p) そしてやはり 自分は高文試験でも 受け、 今の時代を肯定しっ っ 平凡 な 一市民として 生きていくしかないのか、 と苦笑するのであ る。 そのような自分にひきか く. 」. 》. え 、 現在の生活から 希望をもって 踏み出していこうとする. ヒサョ を素晴らしいと 思、ぅ 。. 女は総て被圧迫階級だ。 無産者の女は 勿論、 有産階級の女でも。 一誰 やらがそ う いった 言葉を、 駿一は 思い出していた。 それだから自己を 解放しようという 熱情にかけては、 女 (V 一 322v) ハル 子 ばかりではなく ヒサョ の中に には階級によらず 共通点があ る。 もこの同じ情熱が 燃えている。 封建的な家族制度の 中で女が割当てられている 被 圧迫的な 位置に反抗しようとする 意志がはっきり 見えるのであ る。 (5) ハル子は K 署の特高が八代には 別の女がいると 示唆したことに 動揺する。 哀切られ たという深い 疑いを持ちつつ、 誘われるままに 政一とのドライヴにでかける。 美しい 駿 一の横顔を見たがら、 ハル子は く何故はっきりと、 運動なんてお 止しなさい、 とこの人 は 自分に向かっていえないのたろ う 。 くこの人が命令して 呉れたら、 どうでも動くだ ろう 。 くこんな個人的な 問題で、 こんな気持ちになるなんて、 恥ずべき 事 かもしれた い 。 階級のために 戦って行こ う としている女として 何とか ぅ情 げない事だろう。 だけれど、 情 げない事だって 、 恥ずべ き 事だって、 それが一体ど う したというの ? 飛び込んで、 そして休息したい。 敗北なんて罵られたってそんな 事はちっとも 構 やしないわ。 ・… づ (V 一 331p) と何では思いながら、 口ではそれと 関係のないことを 喋ってしまう。 彼女の心は二重に 動いているのであ った。 何か懐疑的になり、 絶望的になり、 自暴自棄 の中に自分を 投げ込んでしまえたら、 却って気が楽で、 サバサバしてしまいそうに 思われ る 気持ちと 一 それが彼女を 今捉えているのだけれども、 それと、 その気持の底にそれで か いのかと自分の 痕れて行きそうな 良心を突っつく 苦い反省と。 一心の底の奥に 隠れたその (V 一 332p) ハル子は 反省が、 彼女にそうした 言葉を喋りつつけさせるのであ った。 さらに 真の労働者出の 闘士の中には、 八代のように、 女との享楽に 耽るなんていう 事 をしないで、 真剣に一途に 働いている連中がいくらもいる。 鉄のように、 個人的な感情を 抜いた機械のように、 唯 運動のためのみに 一身を賭している 人間がいくらもいる (V 一 333p) のに八代はいったいどうなんだ、 娑婆に出てきてもきっと「査問 会 」で登底的に 黄 められるだろうが、 好い気味だ ! と思、ぅ 一方で、 やはり自分は 八代を愛しているのだと く. 》. 》. 》. 》. く. く. 》. く. ノ. 思、ぅ 。. かたや 竣一は、 例の狐疑 唆巡に 陥っている。 小径を歩きながらハル 子は セ ソチ メソタル なもののいい 方をする。 「階級 だ 、 社会だと、 わたしが騒いだって、 その外に生活が ないと 思、ぅ のは、 わたしが近視眼だったんだと。 ・…‥」 (V 一 337p) 恋愛の完成も 一 く. ノ. 仕事であ. り、 八代との. くあ の愛の成立の 感動的な瞬間ほど 生 甲斐のあ. った瞬間が、. (今. 思い出して見ると ) 他にあ ったであ ろうか ? (V 一 338p) 八代に指導されて 行く 喜 び がそのまま階級的に 働く喜びに一致していたのだ。 恋愛などを個人感情と 笑わ ぽ 笑 え 一 おお、 そんな事を笑われたって、 それが何だってい う の た ろ う 。 一 恋愛に入って 行く ノ. く. 。 ぼ.
(15) 裁判批判の論理と 思想. 77. (六 ). 時の忘我の世界、 それは何と言っても 人間が生涯に 経験するものの 中で最も好いものの 一 つなのだ。 (V 一 338p) ハル子は積極的な 行動にでる。 しかし 駿一は 八代のことを ノ. る。. 強く意識してハル 子を押し止めるのであ. 識が、 おれをハル子から 逃げ出させるのだ」 一切の感情がそこでしり. ど みしてしまう。. く. ノ. 「おれの常識が、 安全第一を希 く. う. 友人の愛人という 観念に打つかると、. それを自分は. 道徳的だと思っている。 自分の道. 徳的 潔癖症だと思っている。 そう 思、 って自分を慰めている。 その 癖 自分は幸福か が幸福であ るものか。 (V 一対 3p) くセ ソチ メソタル な良心主義者 ! ノ (V 》. く. おれの常. 「それなら、 俺のこの安全地帯に 一体何があ るというのだ. ?. ?. いや何. 一 344p). 長い触角によって 守って. いる俺の心の 安全地帯に ? 何もない。 あ るのはニヒルだけだ。 ・…‥おお、 それも何の権 威 も認めまいとするような 積極性などの 少しもないニヒリズム。 ・…‥文字通りの 虚無そのも の (V 一 345p) くそうだ、 ハル 子 との恋愛に突進して 自分の良心が 掻きかしら ・. 」. ノ. れるほうが、 どんなに 生 甲斐があ るか. !. ノ. (V. 一 345p). 散々に悩みながら 駿一は湯ケ. 島へ 去る。. (6). ハル子は頼りにしていた 津島のアパートを 訪ねるが既に 引っ越しており、 組織との. 連絡が完全に. 切れてしまい、 天涯孤独を感ずる。 仕事を探すにも「リスト」に 載っている. 身 ではそれもままならない. 0. そんな時、 いかなる理由からか 八代との面会が 許される。. 女のことを確認したハル 子は階級運動の 闘士であ る八代もく「結局封建制度の 女性観しか. 持っていないじゃないの」 (V 一 360p) と幻滅しながらも、 個人的問題と 仕事の問題、 公のことと私事とは 区別して欲しいという 八代の言葉が 気にかかるのであ る。 しかし八代 の 隠れ家で、 女夫茶碗やダブルペッ ド、 自分の部屋から 運んでいった 鏡など、 横山さち子 という裕福な 家庭育ちの少女との 愛の生活のあ とをつぶさに 見て 、 血の凍るような 思いを する。 頭から打ちのめされ、 けじめられた 女の淋しい弱さのみを 痛感するハル 子であ った。 さらに八代とさち 子との関係を 知っていた大田 黒 ヒト から、 八代が二人のことをハル 子 には内緒にしておくよう 頼みに来たことを 聞かされ、 八代との訣別を 決心する。 ヒト も ノ. ミ. ミ. 自分の夫であ った杉村 てみなそうよ. 0. U 八代の同志 ). に裏 切られた経験から、. く. 「そりゃそうよ、 男っ. 闘士だなんていったって、 イデオロギーよりは 女のイットの 方がずっと好. きなのよ。 それが赤裸々の 男の姿なのよ。. おほほほ」. ノ. (V 一 373p). と自分自身を 笑っ. ているらしい 絶望的な笑いを 発する。 労働者出には、 もっと真率な、 ほんと う の闘士が いると 思、 ぅわ 。 でもね、 また考えて見ると、 そんな事のない 連中はない連中でね、 余り 単 く. 鈍 すぎてね。 わたし何もかも. 急に莫迦らしくなってしまったのよ。. ・…‥だから、 杉村に対. する信頼や熱情を 失 うと 、 階級運動の熱情も 一緒になくなってしまったのかも よ。 けれどもそれだからといって 仕方がないじゃないの。 > (V 一 374p) ハル子は、 ヒト. ミ. 知れないの. が言っていた 佐野・ 鋸 山の転向問題や、 プロ作家連盟二百何名 中 、 三. 分の一はその 女房がカップ. ェ に出て働いているといったことを. 考えながら、 通りを歩いて. いると、 何ということなく「民出」というものが 頭に浮かんだ。. く. 一何という自分と 無. 関係な民衆であ ろう。 自分達がこの 働く人々のために 戦い、 苦しんでいるのに 何とか ぅ 無 (V 一 377p) そういう考えは、 一番悪い 関係な 、 冷たい顔をしている 民衆であ ろう ! 虔無 的な考え方であ り、 自分は途方もない 思い上がりものだとハル 子は自分を貴めながら 》.
(16) 木下英夫. 78. も、. とうそぶくのであ った。 そういうハル 子に湯 ケ 島の駿 一 から手紙が届く。 ハル子はすべてを 捨てて、 駿 一の胸に 飛び込んでいく 決心をして 駿一へ 手紙を書く。 虚無と無為のプチ・ブル 層の生活、 時代 の渦巻きに眼をとざして 自己をこ塗し 欺哺 している生活 ! けれどもそれがいつまで 続こ う とも、 そんな事は今は 考えないでもいい。 考えない方がいい。 自分は負けて、 逃げて、 八代との関係を 清算して自分の 胸に飛び込んでく 休息したいのであ る。 ノ (V 一 ㏄ 2p) るというハル 子を、 拒否する口実は 駿一にはもはや 無い。 ハル子は駿 一 からの返事を 待っ て湯ケ島 へ向かう。 円タクで東京駅へいく 途中、 ハル子の胸にはさまざまな 思いが渦巻く。 階級切手に面をそかけ、 彼女が本当と 信ずる「真理」に 面をそかけて、 すごすごと逃げ ていく姿、 それは何とか ぅ みじめなものであ ろう。 ) 今こうして階級から 面をそかけて く. わたしは疲れたのよ. ノ. く. く. く. 避難所に、 尻尾を巻いて 逃げていく自分に 、 彼を非難する 資格が. プチ・プル層のはかない. るであ ろうか。 (V 一睡 2p) そして、 自分はやっぱり 八代を愛している、 と思、うと 熱い戻がぽとぽと 流れてくるのであ る。 東京駅で列車を 待つハル子に、 一人の男が声を かけ ろ 。 時宗二郎は 、 八代は頑張っている 今晩 S の会合があ る くなにしろ人が 足 りない》ことをハル 子に告げ、 協力を求める。 ハル子は「 ョゥジテ キ タユ カンヌ ィサイブ 」と電報を打つ。 (7) さて 千 大の葉書で東京に 戻った 駿一は 、 いよいよ事業の 失敗を覚悟した 千 太から、 三万五千円の 小切手を渡される。 一方、 飯島家をめぐる 策謀が今や実行に 移されようとし ていた。 黒田と銀子は ヒサョ を若手官僚の 柏原と結婚させ、 その見返りに 山林の払い下げ を受けて飯島銀行にてこ 入れをし、 妹のマユミに 婿を取って飯島家を 継がせて 届けままに しょうとしていた。 その背後には 利権 屋たちから甘い 汁を吸う添田などの 政治家たちがい た。 そのような思惑に 沿って、 ヒサ ョと 柏原の見合いの 舞台として飯島家で 大園遊会が 催 されることになっていた。 何日か経ったあ る夕方、 あ れ以来、 下宿も引き払い、 姿を消 してしまっていたハル 子からの手紙が 届いた。 八代の裏 切り、 あ らゆる事に対する 疑 惑と絶望のなかで、 一時は駿一のもとに 走ろうとした 自分であ ったが、 絶たれていた 連絡 がついてみると、 まるで ニ ケ 月 眠っていた本能が 日を覚ましてしまったというのであ る。 わたくし達の 陣営の行動なり 主義なりが、 今の時代に於ける 最も深い真理であ るとい ぅ 事を、 どうしても否定する 気になりません。 自分が真理と 信じている事に 背中を向けて (V 一 405p) 或は往来などでお 目にかかる 事 どうして人は 生きていけましょうか。 あ. 》. く. ノ. く. ノ. ミ. く. 》. く. はあ るかも知れませんが、 恐らくもう前のように 御詰出来る機会はございますまい。. どうぞわたくしの 行方はお探し 下さいますな。 竣 一の表情は固くなり、. 》. (V. 黙り勝ちになってしまった。. 一 407p). ・…‥. この手紙を読んでから. 駿一が ハル子を愛していた 事を以前. から知っており、 今そのハル子を 失って消沈している 姿を見て、 ヒサ ョ は突然のように 駿 一に求愛する。 駿一は 常に冷静で理知的であ った ヒサョ の情熱に戸惑い、 いろいろ自問す るが、 くまたいつもの 自分の役にも 立たぬ反省が 始まった》と 自分を怒鳴りつげ 、 ヒサ ョ さん、 あ りがと う 」と 受 げとめる。 「今の世の中でどういう 生活が人間らしい 生活 かってい う 風に考えると、 それは解りませんね。 そんな事を六 ケ致く 考えていると、 何も かも解らたくなりますね。 でも、 そういう事は、 そういう事を 考える専門家にまかせてし 「. く. 。 ピ.
(17) 裁判批判の論理と 思想. (六 ). 79. さって、 自分で悔いないと 思、 ぅ 生活をどうかしてやって 行けばいいと 思いますの。 だって、 あ なたに愛され、 あ なたを愛しながら、 毎日々々働いて 暮らして付けれ ば 、 それで幸福な んですもの」》 (V 一 411p) とヒサョ は 駿 一に語りかけるのであ った。 ここから、 駿一とヒサョ の恋愛が始まり、 ヒサ ョ はますます生き 生ぎと輝いていく。 ヒ サョ は二人で. ブ ラ. ソス に行ってみたいという。 駿一は 十分すぎるほどの 幸せを感じつつ. ほんとうにフランス 辺にでも行って 来たらどんなに 好いた るぅフと 考えた。 くこの苦虫 を噛みつぶしたような、 怒りっぽい顔の 充満した、 人間という人間がみんな 余裕がなく、 緊張し切って、 うっかりしていると 噛みつかれそうな 現代の日本は、 自分のような 気の弱 いものには柱心地の 好いものではない。 そして現在のこの 日本ほど何か 良心を刺戟すると ころはない。 こうしていていいのだろうかというような 事を絶えず 幕 なしに考えさせられ く. る。. こうしていていいのだろうか、 こうして安閑としているという 事は 、 何ものかに向かっ. て無責任ではないのか、 というような 事を。 くそれでいて、 それならど う したらいい のか、 自分などが何処で 良心を満足させるような 働きどころがあ るのか、 と考えると、 何 も浮かんで来ない。 しかも絶えず 良心に責められている。 そうだ、 フラ ソス にでも行って 》. しまお. うか 。. そして法律とか 経済とか、 そんな生活に 対して直接良心を 刺戟する学問は 捨 ててしまって、 美術でも研究してまわるか。 ・… づ (V 一 413p) (8) いよいよ園遊会が 催される時が 来た。 しかし黒田と 銀子、 そして柏原の 目論見は 、 ヒサョ の 味マユ ミの予期せぬ 行動によって 、 もろくも崩れてしまう。 マユ ミは ヒサョ に対. して烈しい競争心を 抱いており、 柏原に積極的にアタックする。 他方 ヒサョ はすでに 駿一 との愛を確認しており、 柏原には一顧だに 与えない。 干天 も駿 一に「 ヒサョ のことをよ る しく頼む」という。 駿一 はく結局は落着くところに 落着いた》と 思いながら、 ハル 子とヒ サョ を比べてみている。 既に男を知っているというばかりからではないハル 子の複雑 さ 、 始終階級の事に 関心を持ちながら、 併しそれと共にイソテリ 生活の魅力も 捨て兼ね、 その間を紡復しながら 悩ましげに時代の 波の中をのたうち 廻っているようなあ のハル十 一彼女のそういう 動ぎは 、 何かにつげて 絶えず 駿 一の時代に対する 良心を刺戟しないでは いなかった。 かれはハル子を 愛すれば愛する 程、 そうした良心を 刺戟される苦痛を 深めて行かなければならなかった。 (V 一 435p) 自分のような 人間には、 ハル子は烈 し 過ぎた、 複雑すぎた。 それに対して、 ヒサ ョ の晴れやかさ、 明るさはなんと 対照的なの だろう。 二人は結婚することを 千 太から許される。 そうこうしている 間に、 ついに飯島銀行の 取付け騒ぎが 始まる。 駿一は千 大の潔い処理 の 仕方に、 人間にとって 何が大切なのかを 感じる。 敗軍を覚悟すれば、 敗 げても後に濁 りを残さずに、 潔く引揚げる。 未練がましくジタバタして、 自分の責任を 他に転嫁などせ ずに、 自分が負けたのだと、 一切の事を自分で 負って、 社会の前に自分を 投げ出して見せ る。 一 そこから受ける 通俗的な潔さが、 実は通俗ではなく、 人間が生きて 行く上で見せる く. ノ. く. 》. く. 最も美しい心構えなのかもしれない。 一 これを直ぐ甘いなどと 思いたがるのは、 勤勉や努. を逃げて、 少しでもこの 世の中で楽をしょう、 と無意識の間に 思っている、 狡猫 なイソ テリ層の哲学なのかも 知れない。 実際その甘さがなければ、 何 ひとつ実行出来るも のではない。 千人や ヒサョ にあ るその甘さは、 またハル子の 持っている甘さと、 方向は違 力. ノ. く.
(18) 木下英夫. 80 ぅ. けれども、 その性質は同じものだ。 それだから、 単純に、 甘く「潔さ」のために、 この. 弾圧のひどい. 時世に、. ああ. して身を捨てて、 「運動」に飛び 込んで付けるのだ。. くそ. フ. の 甘さを冷笑している. 人間に何も出来るものではない。 自分の手をよ ど さずに、 人が手を よごすのを冷笑している 人間には、 何の実行も出来るわ け のものではない。 一段 一 はそん な事を黙々として 考えていた。 》 (V 一 4 ㏄ P). (9). 大学を卒業した 駿一はヒサョ との新しい生活を. 模索していく。 やたらと「非常時」. という文字が 氾濫し始め、 また上野の殺人は 赤の私刑だったというような 記事も見られる よ. う. になった。 駿一 は. く……. 左 其の運動がだんだん 神経的になり、 興奮性を帯び、 イタ. 感ぜられる。 恐らく烈しい 弾圧のために、 同志 達. についた感じがなくなって 来ているのが. が互いに猜疑の 眼で見合って、 おちついた気持を 失って来たのではないか。 (V 一 467 p) と 考え、 あ れから 八ケ月 消息の知れないハル 子を案ずるのであ る。 それからしばらく 》. 経 って、 駿一は 大森の停車場で 一人の青年に 仮装の巧みなその 青年は. と同じスローガ. ソ. く「僕なんか. 声を掛げられる。 ハル子は元気だとのこと、 大いに反対したんですが、 全協がその機関紙に 党. など掲げるものですからね。 みんな治安維持法に 引っかかって、 一時に. 持って行かれてしまったんですよ。. 。赤旗。. (あ. かはた ) と同じに天皇制打倒などと 青く. ものですから。 (V 一 476p) と言い、 赤色後援会 ( モップル ) にポケットマネーを 出 して欲しいと 頼む。 三日たってハル 子から電話があ り、 下田 ( 某 大官の息子 ) に会って 協 力 して欲しいと 言う。 駿一は 短い会話のなかで、 ハケ 月の間に随分違ってしまった 事を感 》. じる。 下田からの連絡を 待っているうちに、 赤色後援会の 検挙の記事が 新聞に載り、 下田 が 検挙された事を. (10). 知る。. 飯島家は一万五千坪の 庭をもつ邸宅から 八室の貸家へ. 移転する。 駿一とヒサョ. はブ. ス人形を作って 売る小さな店を 一軒もつ計画を 立て、 新宿に空店を 探し、 開店をめざ して準備に余念がない。 政一に働かせる 事は勿体ないと 言 うヒサョ に、 竣一 はく何が勿体 無いことがあ るものか。 ・…‥それでほげれば、 何をするのも 厭 、 彼をするのも 厭で、 だん だん虚無に食いつくされていくより 仕方がなかったんだからね 0 ノと 言い、 嘗ては考 ラ ソ. く. えられなかったような 活社会の興味や. 明るみが、 こうした方向に 足を踏み入れ 始めると、. 彼の前に開けて 行くような気がして 来た。 (V 一 5 ㏄ D) そして く「学校などに 行っ て 、 無駄に虚無に 取りつかれるよりは、 何でも早く人間は 働かなくつちゃ 嘘 かもしれない ね」 > (V 一 50lp) などと語るのであ る。 千 太は脳溢血で 倒れ、 しばらく安静状態が 続 ノ. いたが、 幸運にも快方に 向かう。 と、 今度は山林払い 下げ疑惑が明るみに 出、 柏原の妻 マユ ミが書き置きを 残して 失綜 する。 マユ ミは結婚して 間もなく、 柏原の周りには、 ブロ ーカーみたような 胡散臭い人物がならがっていることにも、 また、 女を一つの道具としか 見ていない封建的な 考えにもすっかり 嫌気がさしていたのであ たのだろうと. 目星をつげ、 政一たちは車で 出発する。 給油のために 須田町近くのガソリ. ソスタソド に入ると、 奥から一人の 女性が駆け出してくる。 何とか. ぅ. 凄い 眼 附き、 何とか. 東京の真ん中にガソリ 一一あ. る。 おそらく軽井沢に 隠れ. ソ. ぅ. 威厳のあ. ハル 子. !. 余りに似ている。. る、 真剣な 眼附 なしていることだろう。. ・ガールとして、 この弾圧の中を、. ああ. く. 「. 大. して身を匿しているのか。. の凄い、 鋭い 眼附 、 命を的に戦っている 人間の真剣と 育成とを現した 眼附 一一」》. ドートⅠ.
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