Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
日本と世界歯科事情
Author(s)
井上, 孝
Journal
歯科学報, 116(1): 1i-1i
URL
http://hdl.handle.net/10130/3961
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日本と世界歯科事情
井 上
孝
「日本の井上です。さて,日本歯科医師会では,1989年以来8020運動を推進しています。それは, 80歳で20本の歯が…」と FDI(Fédération dentaire internationale:世界歯科連盟)の理事としてス ピーチを始めた時の話である。演説中にも関わらず,ザワザワする人たち,クスクスする人,フーッ とため息をつく人と様々な反応が返ってきた。「静かに聞けよ…」と心の声。その時,一人が手を挙 げた。「プロフェッサー井上,80歳まで平均寿命のある国など,ほとんどない。日本は何を言ってい るのか…」と。
さて,FDI は,スイスのジュネーブに本部を持つ歯科医師会組織の連盟で,1900年にフランスの 歯科医師 Charles Godon により設立された。FDI は APRO(Asia Pacific:アジア・太平 洋 地 域), NARO(North America:北米地域),LARO(Latin America:ラテンアメリカ地域),ERO(Europe: ヨーロッパ地域),そして ARO(Africa:アフリカ地域)の5つの地域に分けられ活動している。RO はRegional Organization の略である。NARO と ERO は,比較的運営がうまくいっているが,日本 が所属する APRO は中東諸国も入って,GDP,宗教など,多くの点で格差があり,まとめるのが難 しい地域である。また LARO もラテン系の陽気な国々だが,その金銭感覚は現在の日本人には理解 し難い。見返りが無ければ動かない,領収書はない…など大変な地域である。ARO は国として歯科 医師会を形成するのも難しいほど,歯科医師の数が少ない地域でここもまた問題の多い地域である。 FDI の発表では,2015年7月現在,正会員国数は129カ国歯科医師会,正会員数は846,844人の登 録がある。2010年のデータ(オーラルヘルスケア,世界の口腔健康関連地図:神原正樹,井上 孝監 訳)では,各国の歯科医師会に所属している歯科医師数は,最も多い国がブラジルの約24万人で,次 はアメリカで約13万6千人,そして日本の約6万3千人と続く。インドは約3万4千人と申請されて いるが,歯科大学の数は300を超えるという。また,歯科医師数が少ない,特に10人に満たない国が 10国あることも見逃せない。さらに歯科医師1人当たりの人口で最も多い国が,エチオピアで128万 人(歯科医師数65人),ルワンダの89万人(歯科医師数11人)と続く。反対に最も少ない国は568人のク ロアチア(歯科医師数約8千人),623人のギリシャ(歯科医師数は1万8千人),829人のスエーデン (歯科医師数1万1千人)と続く。さらに,ネット上で各国の平均年収を比較すると,そのデータ母体 は様々であるが,いかなるものでも日本を100として考えると,アジア諸国では,韓国が52,中国が 31,フィリピンが12,インドネシアやタイが9,インドが7となる。逆に欧米では,アメリカは150, イギリスは143,ドイツやフランスは128,イタリアとほぼ同じと,日本は欧米諸国よりは低い。ちな みに,ポルトガルは55,メキシコは25で,アフリカ諸国はいくつかを除き一桁も厳しいところが多 い。
さて FDI の設立者,Dr.Charles Godon は次のように述べている。The dentist is a little like a senti-nel at the door of the human citadel : often it is he who sounds the first alarm that the whole or-ganism is in danger.と。健康寿命の達成と基礎疾患の予防に口腔ケアの大切さが,叫ばれる現在で ある。さらに,日本国の厚生労働省においては,2025年(平成37年)を目途に,高齢者の尊厳の保持と 自立生活の支援の目的のもとで,可能な限り住み慣れた地域で,自分らしい暮らしを人生の最期まで 続けることができるよう,地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を 推進するよう呼びかけている。今このことを騒いでいる日本の歯科界は素晴らしいのかもしれない が,削って詰める歯科医療が120年以上変わらなかった事を嘆いても遅いと思うのは私だけであろう か。食糧もままならない,感染症も悩みの種,多くの難民や移民を抱える国…,こんな中で日本とし て,世界歯科界で何が貢献できるかと考える毎日である。(東京歯科大学臨床検査病理学講座 教授) 巻 頭 言 ①