• 検索結果がありません。

<研究ノート>ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<研究ノート>ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)商経学叢 第61巻第1号 2014年7月 . ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察 牧. 浦. 健. 二. 要旨 本稿では, ニックリッシュの生誕6 0周年を記念して,1 936年に出版された,『ハイン リッヒ ニックリッシュと彼の著作』( Heinrich Nicklisch und sein Werk, Stuttgart 1936.)に収められた,3つの論文,ケーニスベルク大学のフムメル(Hummel, O.)とレス ・. レ(Rle, K.)と,ケルン大学のザイフェルト(Seyffert, R.)の寄稿を取りあげ,ほぼ全 訳しながら,検討する。 なお,本稿で用いる「研究姿勢」という用語は,シェーンプルークのように,規範論か経 験的・実在論に分類する基準ではなくて,あくまでも,ニックリッシュの研究・教育の基本 姿勢とその特徴を明らかにするために,用いている。 キーワード ニックリッシュの研究と教育の姿勢,ニックリッシュの業績の評価,規範論 原稿受理日 2014年3月15日. Abstract In 1936, Nicklischs supporters publisched a book“Heinrich Nicklisch and his writting”in German“Heinrich Nicklisch und sein Werk.” This book is the celebration of his 6 0th birthday. We translate three writtings by Hummel, O., Rle, K., and ・. Seyffert, R. into Japaness. We do not regard Nicklischs approach as normative. We investigate his style of study and education. Key words Nicklischs’ style of study and education, appraising the work of Nicklisch, H., normative theory. 215( ) 215 ─ ─ .

(2) 第61巻 第1号. は じ め に. 本稿では,ニックリッシュの生誕6 0周年を記念して,1936年に出版された, 『ハインリッ ヒ ニックリッシュと彼の著作』(Heinrich Nicklisch und sein Werk, Stuttgart 1 936.) に収められた,3つの論文をほぼ全訳しながら,検討する。 この点,シェーンプルークも紹介しているように,ニックリッシュには,一群の信奉者 が存在した。その内,ケーニスベルク大学のフムメル(Hummel, O.)とレスレ(Rle, ・. K.)と,ケルン大学のザイフェルト(Seyffert, R.)の寄稿を取りあげる。 なお,本稿で用いる「研究姿勢」という用語は,シェーンプルークのように,規範論か 経験的・実在論に分類する基準ではなくて, あくまでも,ニックリッシュの研究・教育 の基本姿勢とその特徴を明らかにするために,用いている。. 1 フムメルによる,ニックリッシュの管理論の展開  ニックリッシュの管理論の展開 ニックリッシュは,彼の著作『経営経済』 (Die Betriebswirtschaft, Stuttgart1929/32) では,第1編「共通の基礎」において,経営学の内では,経営での活動が管理活動(verwaltende Ttigkeit)と本来の経済活動(eigentliche wirtschaftende Ttigkeit)に区別されるべ きであり,しかも,ビジネスマンの精神のため,内部の貢献(Dienst)と外部の貢献が問 題になったり,存続(Bestand) ,あるいは,事業関係に関する貢献が問題になったりする にも係わらず, 経済活動が総ての経営の構成員には特有である( eigen )べきであるとい う,問題を呈示した。 ニックリッシュの著作を知り,彼の言及された作品で展開された思考を追求し,その意 義とその関連の根本を究める(Ergrnden)ために努力する者は,常に繰り返して,重要 な部分に経営の活動で発生する管理の課題を割り当てている,新しいものを認識するであ.  Vgl.Schnpflug, F.(1933):Das Methodenproblem in der Einzelwirtschaftslehre, Stuttgart 1933.;Betriebswirtschaftslehre, 2.Aufl., Stuttgart 1954. S.215.;参照。大橋昭一・奥田幸助 訳『経営経済学』有斐閣 1970年 191頁  Vgl.Schnpflug, F. 1933. S.7375.;参照。大橋昭一・奥田幸助訳1970. 6769頁  Vgl.Hummel, O.(1936):Die Entwicklung der Verwaltungslehre durch Nicklisch, Stuttgart 1936. S.21.;参照。神園厳訳「フムメル『ニックリッシュによる管理論の発展』」経営研究 第5 巻第4号 1936年 84頁. 216 ─ 216( ) ─ .

(3) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). ろう。その重要さが―特に不注意な読み手に―このようにはっきり現われない時には, これは,経営経済学では,強い統一された従属関係(Ein- und Unterordnung)に依る。 だが,ある職位( Stelle )では,見過ごせない道しるべを認める。そして,しかも,肢体 プロセス〈【筆者補足】である〉,調達,製造と販売の統一性についてニックリッシュが語 り,管理のプロセスで,全体に対するこのような肢体プロセスの統合(Zusammenfassung) を認める所では,これに加えて,異なる段階でのこのような統合が,管理(Leitung)と コントロール,そして,肢体プロセスの結合( Verbindung )が内部経営の報告,輸送組 織と在庫管理に影響を及ぼすことに注目した。その際,肢体プロセスの統一性は価値の循 環の関連から演繹され,中心点では,成果の獲得と成果の分配の問題が設定された。 このような公式化により,ニックリッシュは,管理の課題を概略する( umreien )だ けではなくて,むしろ,管理の課題を同時に経営の経済活動に結合した(verbinden)。と いうのは,正に,その管理の課題の特徴付けが,常に,これら経営活動との最も密接な結 合でのみ見られるからである。ニックリッシュが管理論( Verwaltungslehre )の重要さ (Belang)を経営学の領域で完全に価値のあるもの(gewrdigt)として見る時には,こ のような把握は,このような管理論の創造の可能性を決して除外しない。以前に導入され た努力〈【筆者補足】たとえば, 第5版でのテーラーシステムの検討〉は,最近では,一 貫 し た 注 目 を 当 然 と み な す, そ の 他 の も の〈 【フムメル補足】1934年のノートジーク (Nordsieck),トムス(Thoms) ,1930年のル・クルート(Le Coutre) ,フムメルの著作〉 が続き,これらは管理論の展開に新しい刺激を与えることが,全く可能である。.  ニックリッシュの管理論の形成の経緯 ドイツの商科大学がまだ主に取引科学の問題(handelswissenschaftliche Frage)に係 わっていた時に,ニックリッシュの著作は,内部経営の労働の解明( Klrung ),整理 (Ordnung)と体系化(Systematisierung)を考えに入れていた。1914年のマンハイム商 科大学での経営科学の研究所(betriebswissenschaftliches Institut)の創立で,このよ うな試みは明らかになった。この研究所の特殊な部局は,研究目的のために,同様にまた, 高等教育機関の講義(Hochschulunterricht)での利用のために,広範囲に経営活動につ いての説明資料(Ausschauungsmaterial)を集め,整理するという課題を有した。この.  Vgl.Nicklisch, H.(1929/32):Die Betriebswirtschaft, Stuttgart 1929/32. S.33.  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.2122.;参照。神園巌1 936. 8485頁  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.22.;参照。神園巌1936. 85頁. 217 ─ 217( ) ─ .

(4) 第61巻 第1号. ような資料の収集と整理は,もちろん,徐々にのみ進められた。というのは,科学的な知 識が不足していたため,実務では,管理の課題の形成が,本質上では,経験に基づくもの であったからである。経営での管理の課題の科学的な構成(Gestaltung)のための最初の アプローチ(Ansatz)は,確かに,アメリカ人の技師,テーラー(Taylor, F. W.)の著 作と公開に見付けられ,このテーラーと後継者( Mitarbeiter )が,ニックリッシュに, この中に隠されている問題を経営経済学者の立場から研究し,根本を究めるという,持続 的な刺激を与えた。経営経済の教育システムに管理論を明確に組み込むための道(Weg) は初めて更に創造されるべきであった。 マンハイム商科大学での経営科学の研究所で続けて行われた特殊研究は,その際,でき る限り包括的にその手続きと補助手段を把握することが問題になったが,まず第一に,事 務技術(Brotechnik),あるいは,事務組織(Broorganisation)と書き直せる,過程 に関係していた。 これを超えて, ニックリッシュは,戦争中に, 経済心理技術の研究所 (wirtschaftspsychotechnisches Laboratorium)の設立に取り組み,これにより,ドイ ツの商科大学での経営経済学の当時の主張者の唯1人として,経営での人間の労働給付の 科学的な研究の意義を認識した。1920年にマンハイムで経済実務の考えにより行われた, 労働科学の研究会(Gesellschaft fr arbeitswissenschaftliche Forschung)の設立で, 同時に,このような研究を大学の研究の狭い層から,実務の広い層に広げる,努力が示唆 された。 1921年にベルリン商科大学で行われた彼の招聘により,このような研究は,マンハイム のために,しかも, ニックリッシュのためにではなくて, 努められた。 経営経済のセミ ナーの領域で活動した,事務組織のための研究会(Arbeitsgemeinschaft fr Broorganisation)は軌道に乗り,1927年に行われた,ベルリン商科大学の外部研究所として事務 管理論のための研究所(Instituts fr Browirtschaftslehre)の設立では,高等教育の 基礎を開いた。この研究所の研究と教義の課題(forschungs- und lermige Aufgabe) は,他の高等教育機関での同様の組織の創立に対して指針を与えた。 そこで,ニックリッシュの知識は,労働,経営の課題と経営に対する人間の関係につい ての知識に連なった。1929/32年に経営学の現われた新しい改訂〈【筆者補足】つまり,第 7版での『経営経済』(Die Betriebswirtschaft, Stuttgart 1 929/3 2.) 〉では,このよう.  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.22.;参照。神園巌1 936. 8586頁  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.22.;参照。神園巌1936. 86頁  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.2223.;参照。神園巌1936. 86頁. 218 ─ 218( ) ─ .

(5) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). な知識は,基本的な形式で,公開され,その後,なるほど確かに,時折,報告や演説では, 基本方針がはっきりされた。これにより,労働の問題と人間の問題は,その関係とその構 成(Gestaltung)で,他の経営の問題と共に,これらに相応しい特別な場所を割り当てら れ,同時に,管理的,かつ,組織技術的な考察のみという雰囲気を克服した。 ニックリッシュが,労働原則(Arbeitsprinzip)としての労働の肢体化(Arbeitagliederung) の説明に関連して,仕事場(Werk)と同様に,労働過程の統一体(Einheit)について語 り,これらを,探索し,計画し,配慮し,計画に従って肢体化し,検査し,統合し,指導 する肢体(Glied)で保証されるものとみなした。これにより,処理(Aufrumung)の 下拵え(Vorhut),準備(Vorbereitung)と後の補足(Nachhut)と共に遂行されるも のは,継続して有機的に体系付けられるため,彼は,これにより,管理(Verwaltung) とこれらに役立つ秩序(Ordnung)の原則として大きなもの(nichts Geringeres)を確 定した。ニックリッシュは,これら秩序には,経営の指導に一致して,統一して,総ての 経営を分割することについて考える,配列( Anordnung )の権利と義務が属すると強い 調子で,かつ,明快に語った。その際,経営の領域では,個々人の給付と配列での統一性 と,利害の従属は,経営の利害,権威(Autoritt)と規律(Disziplin) ,全体に対する正 当性をただ共同体の精神からのみ創造する。 ここでは,ニックリッシュは,フランス人,ファイヨール( Fayol, H. )の著作による 言及をよく指摘したが,ファイヨールのよく似た思考では,管理の原則(Prinzipien der Verwaltung )と呼ばれ,展開された。ただし,これらが,ニックリッシュのように,統 一されたものとして,一貫して考えられることはなかった。 ニックリッシュは経営共同体( Betriebsgemeinschaft )を中心点に設定した。 彼にと り,経営共同体は,人間が統一体として結合され,経営の活動を給付すること,また,人 間がこのようにして経営の機構(Betriebsmechanismus)により有機的組織(Organismus) を作ることを示唆する。これにより,管理と組織は,経済全体との拘束された状況の支配 下で,経営において経営共同体の意識が活発である時にのみ,経営の課題に一致した意義 と内容を受け取ることが生ずる。最適な労働時間の決定,最低賃金の問題,作業計画の方 法(Art und Weise),課業(Arbeitsauftrag) ,作業経過,エネルギーの必要経費〈【筆 者補足】エネルギーの必要消費量〉と給付数量の関係のみを考える。  Vgl.Hummel,  Vgl.Hummel,  Vgl.Hummel,  Vgl.Hummel,. O. 1 936. O. 1 936. O. 1 936. O. 1 936.. S.23.;参照。神園巌1 936. 8687頁 S.23.;参照。神園巌1936. 87頁 S.23.;参照。神園巌1936. 87頁 S.23.;参照。神園巌1936. 87頁. 219 ─ 219( ) ─ .

(6) 第61巻 第1号. ニックリッシュは,管理論の創造で人が進むべき,道を示唆しただけでなくて,むしろ また,管理論により広義の構成(Gestaltung)にとり決定的な精神上の内容を与えた。. 2 レスレによるニックリッシュと規範的経営経済学  ニックリッシュの功績 今日,規範的な考察様式(Betrachtungsweise)の代表者としてのニックリッシュにつ いて, われわれの専門科学の体系的な深耕( Vertiefung )に対して果たしてきた,貢献 (Beitrag)を評価するための機会が与えられた。その際,彼の著作の徹底した批評を行え ないし,規範的経営経済学の徹底した説明も与えられない。従って,〈【筆者補足】シェー ンプルークのように, 〉他の方針と比較する対比は放棄される。むしろただ,規範的経営 学の本質を特徴付けることと,その展開に対するニックリッシュの関与(Anteil)を明示 する(aufzeigen)ことがわれわれには重要である。 彼の功績(Verdienst)は,主に,彼がわれわれの専門科学に活動分野(Raum)と限 定(Abgrenzung)を与えたことにある。これは,〈【筆者補足】彼のこのような功績がな ければ,〉経営経済学がその成立後に直ぐに根本的な観点( tragender Gesichtspunkt ) なしに完全な非体系的な展開をしたであろう点で,明らかに永久的な功績である。次に, 彼が,自らの基本的な著作により,経営経済学の認識対象を,国民経済学のそれと比べて, しかも,経済科学の統一性を維持するように,規定した点で,〈【筆者補足】明らかに永久 的な功績である。 〉ニックリッシュの規範的な思考様式( Denkweise )は, 規範的な経営 経済学の課題と目標についての要求(Postulat)の策定(Aufstellung),あるいは,他の 方針に対する彼の見解の対比に尽きず,むしろ, ―彼の成果(Leistung)は重要(Bedeutungsvolle)であるが―彼の思考様式に支えられた,それ自体完全な体系(geschlossenes System )をわれわれに提供するが, この体系により2 0年間に亙り展開された経営経済学 での彼の影響(Niederschlag)を見付けられる。 しかも,われわれの専門領域に対して適用される方法(Methode)を巡る論争は,国民 経済学に比べて,かなり少なかった。しかし,彼が輝いている所では,間違いなく,ニッ クリッシュは自らの学問体系(Lehrgebude)を代表し,後継者では,かつて彼により規  Vgl.Hummel, O. 1 936. S.23.;参照。神園巌1 936. 87頁  Vgl.Rle, K.(1936):Nicklisch und die normative Betriebswirtschaftslehre, Stuttgart 1936. S.4.  Vgl.Rle, K. 1936. S.4.;参照。山本安次郎訳1937. 155頁下. 220 ─ 220( ) ─ .

(7) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). 範( Norm )として認識された価値が深められた。驚異的な方法で,彼は,現在と,彼に 特有な経済の見解(Wirtschaftsauffassung)をある程度予見し,その結果,彼は,彼が 正に語り,記述したことは,一言も取り消す必要はなかった。 われわれの専門科学が時間の経過で経験する,変化では,方法問題は,認識対象の問題 よりも少ししか問題にならない。ある時には経済上の行動(Handlung),ある時には,多 くの中間経営の発生形態,ある時は企業,他の時には,経営,家計経済と共に,そして, 家計経済と関係なしに,営利経済が考察の前面に出てきた。われわれの専門領域の関係は 選択された認識対象により稀にのみ充たされるといわれる。 ニッリッシュの本質的な功績は,時間の経過でのこのような変化に係わらず,彼の経営 経済学により,認識対象に関する広範な明瞭性がもたらされてきたことにある。また,彼 の経営経済学の初版〈【筆者補足】つまり, 『一般商事経営学』 (Allgemeine kaufmnnische Betriebslehre als Privatwirtschaftslehre des Handels(und der Industrie) , Leipzig 1912. )〉では,経営と企業についての彼の見解に関してある種の不明瞭さが時々まだ存在 したが,彼は,後の版,特に,第7版〈【筆者補足】つまり,『経営経済』(Die Betriebswirtschaft, Stuttgart 1 929/32.)〉でと,彼の論文と講演で,彼の概念規定を,直ぐに, 総ての経済で可能な現象形式に適用できる程,経営を一義的に,かつ,包括的に特徴付け ることに成功した。ニックリッシュにおいて本質的なものは,彼が,経営を,人間の構成 される行為により,給付価値と実物価値を相互に結び付けて,経済上の財が製造される, 社会的な統一体とみなしたことである。 ニックリッシュは,経済上の計算(konomisch-Rechnerische)に限定せずに,彼が, 常に,経済活動する人間の意識で設定した,経営の社会的,かつ,文化的な機能を強調し た。その際, 当然, 経済活動者( Wirtschafter )の動機が強調されるべきである。従っ て,この動機が科学的な考察の範囲で,共に挿入されることを,彼は一度次のように定式 化したが,これは彼の1つの要求( Forderung )である。すなわち,「経営活動に対する 関係と意義で意識の経過を調査する,科学の方法は,簡単に義務を果たす」と。.  ニックリッシュの研究姿勢とその成果 ニックリッシュが経済の現実性(Wirklichkeit)を把握したかという疑問は,しばしば,  Vgl.Rle,  Vgl.Rle,  Vgl.Rle,  Vgl.Rle,. K. 1936. K. 1936. K. 1936. K. 1 936.. S.4. S.4.;参照。山本安次郎訳1937. 155頁下 S.4. S.5.;参照。山本安次郎訳1 937. 155頁下~156頁上. 221 ─ 221( ) ─ .

(8) 第61巻 第1号. 彼が,自らの理論を,われわれの経済では形式でも,内容でも,目に見えない,理想的に 考えた対象を基礎にしたという根拠付けにより,否定される。意図的に,他の特徴と経験 的な予見(Gegebenheit)を目指す,研究者は,彼らには彼の考察様式が現実離れしたも のと見えるため,規範的で,序列原則( Ordnungsprinzipien )により研究された考察様 式は有効でない(wenig)とみなす。また,生き生きとした現実性は,われわれの専門科 学の多くの代表者に,経済活動の現象を記載し,かつ,研究することに自らの研究の重点 を移す時に,理解できるようになるというような多くの問題を提供するが,その際,近代 的な経営活動の広範囲な具体的描写により,彼らは人間を無視している。 ニックリッシュの著作の注意深い読者は,本質の特徴(Wesensmerkmale)の強調と, 完全な経営の像(geschlossenes Betriebsbild)への結合において中断なしに研究されて きたことを知る。彼は,総ての現象をその基本的特徴(Grundzug)で捉えることを彼に 可能にする, 1つの経営経済上の概念の体系( Begriffssystem )に従って探求する。特 に,彼の経営経済学の第7版では,ここで,完全な範囲で現実性を把握するという,共通 の試みの総ての方針が成功したと思わせることを,この完全性は明らかにした。彼の概念 形成では,特に,調達を含めた生産プロセスと,販売を含めた成果分配プロセスという, 2つの根本的な支柱で経営経済の出来事(Geschehen)と意思(Wollen)を二区分するこ とが都合が良いと彼に思わせた。 シェアー(Schr, T. F.) ,デートリッヒ(Dietrich, R.),ゴンべルク(Gomberg, L.) と若干の官房学者にある種の先駆者を有する,規範論の理解のため,取引(Handlung), あるいは,経営それ自体ではなくて,これらを支えている理念(Idee)が決定的なもので あることを知ることが重要である。これらは,ニックリッシュの見解によれば,企業の責 任のある管理者(Leiter)になるのための経営指導者(Betriebsfhrer)の教育で,そし て,労働共同体(Arbeitsgemeinschaft)としての経営経済の特徴付けに認められる。規 範的な方針は,存在するもの( was ist )を研究することでは満足せず, むしろ, これを 超えて, 構成され, 文化を形成するように作用しようとするもの, 正に, 政策的な科学 ( politische Wissenschaft )であろうとする。それは,全体の範囲での個別経営の全体 観察( Totalschau )を強要する。 それは経営共同体の活動( Leben ) ,経営上の特徴 (uerung )と,全体性との係わり( Verflechtung )について説明し,このために,規.  Vgl.Rle, K. 1936. S.5.;参照。山本安次郎訳1937. 1 56頁上~156頁下  Vgl.Rle, K. 1936. S.5.;参照。山本安次郎訳1937. 156頁下. 222 ─ 222( ) ─ .

(9) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). 範( Norm )を設定する。それは,経済の領域から精神と文化を取り除こうとするのでは なくて,むしろ,意識して,両者を,これにより機能する諸力と「みなすべき」 (zu rechnen) 要素として挿入する。ニックリッシュの理念の継続で,この理念が経済での業務(Beruflichen) の理念であると主張できる。ただし,経済する人間は主に業務により充たされるべきであ り,このような実現では最大の満足(Befriedigung)を見付けられる限りである。現実性 のこのような要求(Forderung)に対応できることは歴史が教えており,このような要求 が満足を見付けるべきことを,国家社会主義の世界観と経済観の担い手として,われわれ は知る。 また, 総ての活動領域で, 国民共同体から受け取る, 総ての自らの義務の負担 (Verpflichtung)を経営経済の中心点に据え,この義務の負担を科学的な活動(Arbeit) の非常に高い価値として基礎付ける者は,規範的経済学に傾倒するか,あるいは,自らの 排他的な存在の追求(ausschlieliche Seinsforschung)において,上辺でのみ固執し, むしろ,意図的な変化に従う,経済の像( Wirtschaftsbild )を創造するが,しかし,そ の像は,実際には,人間の意識からのみ説明できる構造の変化(Strukturwandlung)を 考慮するものではない。 ニックリッシュの教義( Lehre )は構成され,教育されるであろう。彼は所与の存在 ( Sein )に関する彼の知的態度に従って留まろうとはしない。というのは,常により高い 存在に向けた前進と展開を達成しようとするからである。人間の内での最高のものは,彼 によれば,良心である。良心が目覚めている限り,経済上での利己心(Egoismus)は益々 抑圧され,これにより,社会の緊張の緩和が喚起される。このため,彼は,今でも,最も 重要な前提の1つとして,義務感(Pflichtgefhl)を問題にする。既に1 915年に,彼はマ ンハイムの講演〈【筆者補足】つまり, 「利己心と義務感」 (Rede ber Egoismus und Pflichtgefhl, 1915.) 〉で,次のように表現した。すなわち,「しかし,義務の最も深い本質は,そ れが,全体に対する個人の最も純粋な関係を含み,表現することにより,明らかになる。 個人は全体による生活を歓迎し,活動に全体の恩義を感ずる。個人は全体の肢体であり, 彼らの行動(Tun und Lassen)は,全体性に対する個人の関係により支配されているに  と。 違いない」.  Vgl.Rle, K. 1936. S.56.;参照。山本安次郎訳1937. 156頁下~157頁上  Nicklisch, H.:Rede ber Egoismus und Pflichtgefhl, in.ZfHH. 8.Jg., 1915. S.102右.; 参照。森哲彦訳「ニックリッシュ 利己心と義務感」名古屋市立女子短期大学研究紀要 第5 6 集 1996年 16頁;渡辺朗訳「利己主義と義務感」(大橋昭一編著・渡辺朗監訳『ニックリッシュ の経営学』同文舘1996年)119頁;Vgl.Schweitzer, R.(1936):Die Ausbildung der Ertragsverteilungslehre durch Nicklisch, Stuttgart 1936. S.24.  Vgl.Rle, K. 1936. S.56.;参照。山本安次郎訳1937. 157頁上~157頁下. 223( ) 223 ─ ─ .

(10) 第61巻 第1号. その際, ニックリッシュは,価値の循環の意義を決して否定しない。彼は,彼の教義 (Lehre)で,価値の循環に,生産プロセスと成果分配プロセスでの過程の説明のための本 質的な場所を割り当てた。また,彼が,彼の体系の逐次的な構造で,計算制度に大きな副 次的な役割を認容し,初めて彼の著作の第5版と第6版〈【筆者補足】つまり,『経済的経 営学』(Wirtschaftliche Betriebslehre,5. u.6.Aufl., Stuttgart1922/25.)〉で,しかし, 特に第7版〈【筆者補足】つまり,『経営経済』 〉で,計算制度を,以前に比べて,かなり 拡大し,堀下げたが,このような展開過程は専門的な立場から全く歓迎すべきである。こ のような展開が非常に遅く行われたこと, ―その際,計算制度の意義は一度も否定され ないが, ―彼の規範的な思考様式で根拠のあるものとされ,将来,ここから,彼が立場 を設定し,計算制度が既に専門科学の他の代表者により充分強く強調され,科学的に取り 扱われたことが,明らかにされる。それにもかかわらず,彼が,計算制度に,特に,『経 営経済』の2つの最後の出版〈 【筆者補足】つまり,第6版の『経済的経営学』と第7版 の『経営経済』〉で, 非常に詳細に取り組んで以降,これは,しばしば,その限りで,彼 が,自らの一般的に述べられた経営学により,非常に具体的で,かつ,正確な事情(konkrete und exaktes Ding)に頼るべきであるといわれていることを示唆したと誤解された。し かし,その際,ニックリッシュにおいて,計算制度が,経営の価値の循環を示唆する,主 に,このため,ここから経営と全体経済での効果を認識できるために,手段以外の何物で もないことを無視している。外部の価値の循環に係わるものでは,ニックリッシュは,そ の中で, 彼が,「分配される成果がより多い程,分配がその貢献に対してより正当に作用 する程,これにより経営が活動する,市場での効果はより好都合になる」 と語る時,完全 に特殊な全体経済の効果を見付けている。 常に,自らの経済の活動から,賃金と俸給としてより多くを受け取る,人間により制御 される( lenken ) ,組織が経営であるという基本的な態度を彼は維持している。また,経 営経済上の原則では,しばしば,価値自由な科学(wertfreie Wissenschaft)のための弁 護(Lanze)がなされる。正しい行動が計算上で正確に把握されないため,倫理的な態度 から正しい行為に対して法律と命題を設定する,計画科学(Sollwissenschaft)を認めよ うとはしない。しかし,彼が経験科学(Erfahrungswissenschaft)を否定したと想定し ようとされるが,これは,ニックリッシュの見解に対する誤解であろう。反対に,経済す.  Nicklisch, H. 1929/32. S.509.  Vgl.Rle, K. 1936. S.6.;参照。山本安次郎訳1937. 1 57頁下~158頁上. 224( ) 224 ─ ─ .

(11) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). る人間の行動様式がどのようであるのかを認識するために,より広い,かつ,より高度な 展開をもたらす,特色(Geprge)を経済に与えるという対立する要求(demgegenber Postulate)を設定するために,経験科学を有益なものに彼はしようとした。彼の規範は, 決して,自然科学の思考様式から獲得できない,根本的な基礎(tragendes Fundament) , 理想基準(Idealmastab)である。このような見解の特性は,たとえば,計算論(Lehre von der Kalkulation)で示される。正確に整えられた計算(ausgerichtete Kalkulation) は正確な原価算定で,そして,これに基づいて構成されれば( aufbauend ),市場の実際 の状態を目指す,価格計算と価格政策で利用し尽くされている。しかし,規範的な観点で 作成される計算は,成果構成部分に対する賃金を高め,適切な,あるいは,全体経済で有 意義な価格の理念による価格計算と価格政策の方針を歓迎する。 正に,賃金に関して,ニックリッシュは給付に対する重要な関係(Verhltnis)を指摘 し, 現在の解〈【筆者補足】つまり, 世界恐慌後の経済の混乱を終息させる方策〉の発見 に重要な手掛かりを与え,経営指導者(Betriebsfhrer)と従業員に対して高い教育上の 価値をもたらす, 成果分配計算を展開した。彼により提案された成果分配に,経営共同 体の内部で, とりわけまた, 経営共同体と外部にいる資本提供者の間で,我慢できる ( ertrglich )関係を構成するための手段( Mittel )を彼は見付けた。このような立場か ら,利益と損失と,経済上の犠牲の意味(Sinn)についての相応しい説明が生ずる。ニッ クリッシュの教義( Lehre )が個別の企業により立証され,ここから規範的な経済の見解 と経済活動の本質的な内容が明らかになることは,将来の研究に保留されている。ニック リッシュが彼の規範的な教義により時代にどの程度先行しているのかは,この意味で国家 社会主義の全体の教育活動が実行される(ausrichten)ことと,国家がこのような教育活 動を適切な法律により支援し〈 【レスレ補足】たとえば,国家労働秩序法(Gesetz zur Ordnung der nationalen Arbeit)を思い起こすべきであるが〉,これにより,規範的な考察様式の 意味で経済の転換(Umgestaltung)のための条件が創造されることで示される。この立 場から,たとえば,責任を自覚した経営指導(Betriebsfhrung)が必然的に需要充足原 則( Bedarfsdeckungsprinzip )を指導することは注目に値する〈 【レスレ補足】ニック 。 リッシュはこのような観点を,1915年の講演「利己心と義務感」で強調した。〉.  Vgl.Rle, K. 1936. S.67.;参照。山本安次郎訳1937. 158頁上  Vgl.Rle, K. 1936. S.7.;参照。山本安次郎訳1937. 158頁上~158頁下. 225( ) 225 ─ ─ .

(12) 第61巻 第1号.  ニックリッシュの研究と教育活動 確かに,ニックリッシュは,彼の生涯の活動(Lebensarbeit)に基づいて,経済と法律 の教育の領域では,商科大学の理念と経営経済学の企画(Ausgestaltung)の代表者と目 されている。また,彼には,経営経済学と同様に,国民経済学の独自性を,両者の内部で の統一体の存続の下で,可能にする,経済科学を徐々に展開することが考えられる。彼は ―経済高等教育機関へのベルリン商科大学の変成( Umwandlung )を示唆したように ―総ての経済科学の原則の統合(Synthese)を,専門科学を希薄化(Verwsserung) させることなしに,導びける(herbeifhren)ことを示唆しようとする。 とりわけ,ニックリッシュが,規範的な経営経済学者の最も著名な代表者として,新し い研究計画での経営技術と流通技術(Betriebs- und Verkehrstechnik)の組込みを支援 したことと,これにより,若い経営経済学の実践上での必要性を考慮した教育として,こ のような組込みを始めたことに,特徴がある。 ニックリッシュの「学派を創る」(Schule gemacht)という方針がどの程度であったの かは,今日,まだ最終的には,答えられない。このような確認は将来に留保されているが, とりわけ,彼が,60歳であるにも係わらず,抜きん出た精神と肉体の若さで,われわれの 専門科学に対する多くの価値のある貢献をわれわれに期待させている。 ニックリッシュの教義の構造(Lehrgebude)の説得力のある特徴では,われわれの専 門科学の創造力のある後継者が彼の教義の再生( Reproduktion )に満足していないこと は理解できる。このため,時々,彼の学派では,―体系(Systematik)と方法(Methode) において―独自の方法(Weg)の導入(Einschlag)を確認できる。彼を時々無慈悲な 独断論者(Dogmatiker)と評価することが常であるが,ニックリッシュの側にいる者は 無慈悲な独断論者ではないことを知っている。むしろ,認識(Erkenntnis)を巡って論争 するように見える所では,彼は好きなようにさせている。科学上の観点での彼の無慈悲さ は,彼が自らの教義の構造の完全性―活動の先輩としての著作(Werk eines Lebensalters) ―を考慮することにより,魂のこもった建築家のスタイルの純粋さ( Stilreinheit )と 形式の構成(Formengestaltung)の譲歩(Konzession)の様には,全く譲歩できないこ とに原因が見付けられる。ニックリッシュは,他の者が成し遂げたものを充分に評価した が,自らに対する誠実さ( Treue )から概念を混乱させたり,全く異なる概念体系を成立.  Vgl.Rle, K. 1936. S.7.  Vgl.Rle, K. 1936. S.7.;参照。山本安次郎訳1937. 158頁下~159頁上  Vgl.Rle, K. 1936. S.7.;参照。山本安次郎訳1937. 159頁上. 226 ─ 226( ) ─ .

(13) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). させ,他の精神態度に対応した,他の概念を接合できなかった。また,時折,会議で「交 渉する用意がある」ように思わせることを彼の学徒( Schler )に頼まれた時でも,彼の 不屈さ(Unbeugsamkeit)と彼の閉鎖された方法(eingeschlagener Weg)が正しかっ たことは,今日,知られている。.  ニックリッシュの手工業の経営学に対する支援 われわれの専門科学を巡るニックリッシュの業績に価値があることを探求した後,更に, 若干の個人的な評価をわれわれは行うが,それは,手工業(Handwerk)の経営経済学の 展開に該当する。 また, このような特殊な原則に,今日,無視されえない,大きな関与 (Anteil)を彼は有する。 これは,1919年に,彼がマンハイムで,バーデンの手工業の代表者と一緒に,この経済 分野での科学的な自己支援の組織( Selbsthilfeeinrichtung )として,手工業での合理的 な経営指導(Betriebsfhrung)のための研究所の創設を手助けしたことである。既に, 当時,手工業の経済は科学上では多くの問題を提示しており,全体経済の肢体として促進 されるべきであるという洞察を彼は有していた。このため,大抵のわれわれの専門科学の 代表者のように, 問題のないもの( unproblematisch )として, 手工業を彼は拒絶しな かった( ablehnen ) 。むしろ,彼の考察の範囲に手工業を取り組み,同時に,彼の体系で は,総ての経済単位を共に組込めた。手工業の経済と手工業の技術の問題を扱う総てのこ とは,全く,規範的方針とその研究方法がある程度手工業の観念(Vorstellung)に対応 していることを知らせた。手工業の研究の無目的性は,ただ,計算制度,組織,資本量な どの程度のような,純粋に上辺での特徴に頼り,総ての経済に内在する倫理上の価値を否 定する者によってのみ主張されうる。しかし,経済活動での社会,文化と政治上の要素を 肯定する者, 経営共同体の理念の開始点を探求する者は,賃金が,本来,成果から〈【筆 者補足】支払われ〉,かつ,原価の規模としてはただ前払い(Bevorschussung)であるこ とを知る者は,必然的に,手工業の経済の考察と研究に導かれる。 実践上の営利の要求(Gewerbefrderung)の領域では,特に,規範的な心構え(Ein-.  Vgl.Rle, K. 1936. S.78.;参照。山本安次郎訳1937. 159頁上  Vgl.Rle, K. 1936. S.8.;参照。山本安次郎訳1937. 159頁上  この点,ザイフェルトによれば, 「経営経済学の[高等教育機関に所属する]研究所(Hochschulinsti・ tute)は,通常,研究目的,教育目的と,体系的な資料の収集を実施している」 (Seyffert, R.: Nicklischs Bedeutung fr die Entwicklung betriebswirtschaftlicher Forschungsmethoden, Stuttgart 1 936. S.13.) 。  Vgl.Rle, K. 1936. S.8.;参照。山本安次郎訳1937. 159頁上~159頁下. 227( ) 227 ─ ─ .

(14) 第61巻 第1号. stellung )の重要性は非常に明確に指摘される。これが唯物的な形式( mechanistische Form )で実施されるならば, たとえば, 論理的な結果として, 手工業の技術上の要求 (Forderung)のみでは,工業化に,経済上の要求から,大経営への拡張に屈服する(ergeben) 。 法律上と文化上の要求の領域でも同様である。というのは,有意義な結合によってのみ, このような経営の特徴を存続させ,全体性の領域でこのような特徴を充たしてきた機能を 完全に発展させるという,手工業の実践上の要求を貫徹できるからである。このため,ま た,ニックリッシュは,今日,手工業とその研究所の側から感謝されているが,その経営 経済の基盤を彼は1919年にマンハイム商科大学に設定した。当然,規範的な観点での教育 と深耕(Vertiefung)なしには,手工業を正当とする経済学は創造できなかったと主張さ れうる。.  ニックリッシュの思考様式 規範的経営経済学の領域でのニックリッシュの業績(Leistung)は,主に,彼が,ドイ ツ理想主義(Idealismus)の哲学の基盤に基づいて,活動力のある(lebenfhig) ,永遠 (zeitlos)の体系を創造したことにある。とにかく,カント(Kant, I.) ,ヘーゲル(Hegel, G.)とフィヒテ(Fichte, J.)の影響は明白であり,これは,初めて,彼の著『組織論』 でついに現われた。ニックリッシュは,ドイツ理想主義の哲学を彼の規範の一部分に取り 入れただけではなくて,むしろまた,そこから,組織の本質( Wesen ) ,組織者としての 人間を,非常に強固に(eigenwillig) ,しかし,決定的な方法で展開した。彼は,組織に, しかも,人間と手段の目的を持った結合( zweckhafte Verbindung )を見付けた。しか し,とにかく,精神的な方策が,人間を取り囲む[物資の]世界( Stoffwelt )を,組織 者としての彼の特徴で,人間が支配し,彼らが構成と発展をもたらす限り,〈【筆者補足】 。 そうである〉. このような思考様式から,経営が,有機的組織(Organismus)としてのみではなくて, むしろ, 非常に高い関連の肢体としてみなせるという,彼の有機的な見解は生ずる。ま た,彼の教義の普遍的な基礎付け( universelle Fundierung )は,経済が物質的なもの (stofflich) ,有機的なもの(organisatorisch)としてではなくて,むしろ,生活により.  Vgl.Rle, K. 1936. S.8.;参照。山本安次郎訳1937. 1 59頁下  レスレは,ドイツの著名な手工業の研究者になった(参照。森本隆男著『レスレ手工業経営経 済学』森山書店 1997年)。  Vgl.Rle, K. 1936. S.89.;参照。山本安次郎訳1937. 159頁下~160頁上. 228( ) 228 ─ ─ .

(15) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). 一般に結合している,そして,そこから,初めて,個別経済と全体経済の関連が認識され うる,精神的なプロセスとして見られることをもたらす。 ニックリッシュが,最近3年間で,論文と講演で更に深めた,彼の著作は,全体では, 人間ニックリッシュに関係させる時にのみ, 理解されうる 。 そこで, 総ての真の著作 (alles wahren und echten Werk)と同様に,彼の創造者としての個性の特徴が打ち出さ れている。また,ニックリッシュでもそうである。彼を認識することは,鈍重なスタイル (schwerbltig Stil)で簡単には読めない,彼の著作の読者には簡単である。 〈【筆者補足】 つまり,難解で理解不可能と決めつける。 〉しかし,彼のスタイルは,彼の著作を相互に 関連させることを強要するが,その完全な価値付け(Wrdigung)は予め(erst)後の時 代にまで保留されている。今日,彼の門下生( Schler )は,彼が彼らに知識と,彼独自 の著作と目標のための道具(Werkzeug)として与えた,総てのものに対して感謝してい る。. 3 ザイシャープによるニックリッシュの文献とその関係  ニックリッシュの研究を継続する基本姿勢 科学者の考察の豊かさを彼らの文献上の著作の数と意義で評価することは全く誤りでは ない。また,彼らの社会的な機能が文献上の功績の良い部分に基づいており,いずれの学 者も,自らの思考の成果について自由に処理したり,あるいは,共同社会(Gemeinschaft) に知らせない(vorenthalten)では済ませない。 ニックリッシュはこれを既に若い時からはっきり知っていた。彼は,常に,新しいもの について,中断せずに,ペンを執り,天性の言葉の才能(Wortbegabung)と,形式を与 える才能(Talent zur Formgebung)を科学的な問題(Sache)と共同社会の貢献で発揮.  Vgl.Rle, K. 1936. S.9.;参照。山本安次郎訳1937. 1 60頁上  レスレは,最近3年間での論文として,次のものをあげている。すなわち, 1)Nicklisch, H.(1933a) :Die Betriebswirtschaftslehre im nationalsozialistischen Staat, in.ZfHH. 1933.(神園厳訳「国家社会主義国家における経営経済」経営経済 第1 巻 第2号 1933年) 2)Nicklisch, H.(1933b):Betriebswirtschaftslehre und Nationalsozialismus, in.ZfHH. 193 3. 3)Nicklisch, H.(1935):Fhrerprinzip, in. ZfHH. 1 935.(田中照純稿「H. ニックリッ シュ『指導者原理』立命舘経営学 第18巻 1979年)  Vgl.Rle, K. 1936. S.9.;参照。山本安次郎訳1937. 160頁上~160頁下  Vgl.Seinschab, H.(1936):das literarische Werk Nicklischs nebst einem Verzeichnis des gesamten Schriftwerks, Stuttgart 1936. S.46.. 229( ) 229 ─ ─ .

(16) 第61巻 第1号. した。長期の一連の著書と雑誌の公開はほとんど無尽蔵の研究力(Arbeitskraft)と驚異 的な溢れるばかりの考え(Ideenreichtum)と関心の豊かさ(Interessenreichttum)を 証明している。研究力が日毎に常に新しく,かつ,弱められないで,機能していることを 見る者は,力を発揮する源泉,ニックリッシュが生まれつき密接な関係にある,ドイツの 国土を信ずる。 常に繰り返して,ニックリッシュは自然の諸力との接点を探してきた。彼の多くの書き 物(Schrift)はこれに触れないでは済まされない。ニックリッシュが経営経済学により創 造した,知的態度(Geisteshaltung)と,科学的な像(Bild)に侵入しようとする者は, このような密接な関係( Verbindung )を知るべきである。また,経営経済学のために, ニックリッシュの文献の評価の開始点にある,著書『組織論』 (Der Aufwrts ! Organisation,1920.)に対する前書きで述べたように,活動(Leben),また,経営の活動に対す るニックリッシュの立場の理解のための鍵であるため,「拠って立ち,かつ,働いている, 基盤( Boden )」を見付けようする。科学の全体の維持のためにこのような基礎を置く ことは, ニックリッシュの総ての文献上の創作がこれにより効用( Nutzen )を引き出せ た, 彼の開始に広く遡ぼることになる。 とりわけ,彼の綱要( Lehrbuch )『経営経済』 (Die Betriebswirtschaft, 1929/32.)はこれにより実り豊かになった。〈【筆者補足】初 版の『一般商事経営学』(Allgemeine kaufmnnische Betriebslehre,1912.)や第6版の 『経済的経営学』(Wirtschaftliche Betriebslehre, 1925.)のように,〉その出現以降,平 均で総て3年で新版を経験した,経営経済学のこの基準著作(Standardwerk)は,常に, 妬みなしには認められない,精神科学の偉業(Tat)を形成した。構想(Anlage)では, 決定的な推論(Folgerung)がたぶん初めて時間の経過後に引き出されることは,非常に  Vgl.Seischab, H. 1936. S.46.  Vgl.Nicklisch H.(1922):Der Weg aufwrts ! Organisation, Versuch einer Grundlegung, 2.Aufl., Stuttgart 1922. Vorwort.;参照。鈴木辰治訳『組織 向上への道』未来社 1975年 3 頁  参照。拙稿「ニックリッシュの『組織論』についての一考察」商経学叢 第57巻第1号 2010 年 ・  Vgl.Seyffert, R.(1957):ber Begriff, Aufgaben und Entwicklung der Betriebswirtschaftslehre, Stuugart 1957. Funote 27.;参照。鈴木辰治・森哲彦訳「ザイフェルトの経営学説」 立命館経営学 第9巻第2・3号 1 970年 231頁注  参照。 拙稿「ニックリッシュの『一般商事経営学』の研究ノート」関西学院商学研究 第10号 1980年;拙稿「ニックリッシュの価値・資産・資本概念についての一考察」近畿大学生駒論叢 第 7巻第1号 2 009年;拙稿「ニックリッシュの『経済的経営学』についての一考察(その①) ―研究対象の企業から経営への変更に伴なう主要な概念の検討を中心にして―」商経学叢 第 59巻 第1号2012年;拙稿「ニックリッシュの『経済的経営学』についての一考察(その②) ― 「労働の組織」と「価値の流れ」の検討を中心にして―」商経学叢 第59巻第2号2012年;拙稿 「ニックリッシュの『経済的経営学』についての一考察(その③) ― 『成果』と『簿記と統計』 の検討を中心にして―」商経学叢 第59巻第3号 2 013年. 230 ─ 230( ) ─ .

(17) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). 大胆な試み( Wurf )である。シェーンプルークにより模範になる様式で目立たせた,基 本思考は,長く,ドイツの経営経済学の思考の基礎になった。この著作に残されている価 値を授与するものは,その基礎に置かれた,発見的な原則(heuristische Prinzip)と, それに貫通している,社会倫理的な基本思考(sozialethische Grundgedanke)である。 経営の価値の循環を,経営経済的な思考の開始点と中心とみなすことにより,今まで不足 してきた,経営学に,内部の完全性(Geschlossenheit)と,体系的な方針(Linie)を与 える,全体の材料を実り豊かにすることに成功した。そして,経営共同体を経営の思考の 中心点に引き寄せることにより,経営の活動は,その社会的な機能から説明され,そして, 国民政策上の関連まで,経営の部分プロセスで推進される。机上の空論(Katheder)に基 づいてまだ文献上の原則が支配していた時代に,新しい研究原則からの継続を提案するこ とは,信奉者の勇気(Bekennermut)の一部である。.  ニックリッシュの一般を志向する研究の基本姿勢 ニックリッシュの視野は,常に,一般論(das Allgemeine)に向けられている。彼は, 経営で,技術的な範疇よりより大きなのものを見付ける。技術的なものは彼にとり完全に 後退している。これが彼の以前の論文でまたこのように完全に目立たない時には,経営共 同体についての思考は国民の根本である最終目標(letztes Ende)に遡れた。彼は,自ら の科学領域で,ドイツの経済様式(Wirtschaftsstil)での知識と構成(Gestaltung)を 手に入れようと努めた。関連は,最終的には, 『向上しろ,国民,経済,教育』 (Aufwrts ! Volk, Wirtschaft, Einziehung, 1934.;参照。神園厳訳1936.)で明らかになった。これ は彼の目論み( Absicht )でなかったが,彼は,このテーマで,彼の思考の重要な問題を 1つに結合した。 このような一般の論文で創りあげられるものは,全体経済の基本構想と調和し,国家社 会主義の運動と革命の成果により制御されて,全体経済上の関連にまで拡張された。著書 『新しいドイツの経済指導』(Neue deutsche Wirtschaftsfhrung, 1933.)と『経済の管 理』(Lenkung der Wirtschaft, 1935.)が現われたが,これら著作は,基本文献で展開さ れた思考過程を引き継いで, 拡張した。 ニックリッシュには, 新しい課題のための経営.  Vgl.Seischab, H. 1936. S.46.  Vgl.Seischab, H. 1936. S.47.  参照。 拙稿「ニックリッシュの『経済の管理』についての一考察」商経学叢 第60巻第2・3 号 2014年. 231( ) 231 ─ ─ .

(18) 第61巻 第1号. 経済学を準備し,これを新しい思考ために理解力があるものにすることが,問題であった。 このため,彼は自らの教義の構造(Lehrgebude)を形成し,これを決定的な場所で広々 とした,はっきり分かる(gerumig und durchsichtig)ようにしたが,そこでは,経済 の肢体化(Gliederung) ,分業,成果獲得と成果分配などについての知識が生じた。 また,多数の論文でも,彼は一般的な経営経済上の関連を説明し,補足し,常に,彼の 思考の新しい側面を公表した。そこで,たとえば,寄稿「組織」 (Organisation,1920/21.), 「一般組織法則」(Die groen Organisationsgesetze, 1 920/21)と“Die Betriebe als Glieder der Wirtschaft, Bltter fr junge Kaufleute 1935.”でもそうである。自身の 独自の貢献(Leistung)を限定し,完全にする(Abrundung)ために,他の論文は役に 立った。彼は,これら論文で, 〈【筆者補足】 「ダイナミック」 (Dynamik,1920/21), “Zur Klrung des Grundbegriffs der Betriebswirtschaftslehre, D. prakt. Betriebswirt, 1933.”,“Einflsse aus den Beziehungen zur Gesamtwirtschaft auf das Denkmaterial der Betriebswirte, D. Betriebswirtschaft,1935.” ,“Buchbesprechung Schmalenbach: Kapital, Kredit und Zins in betriebswirtschaftlicher Beleuchtung, Weltwirtschaftl. Archiv, 1935.”による,〉動態論と,重要な経営経済上の範疇を相互に比較した。彼は, ビジネスマンの立場( Kaufmannsstand )と経営学の倫理上の基本原則について論争し た。 このため, 彼は, 常に, 経営経済上の努力の誤った解説に反対する新しい立場を採 用した。最後に,完全な包括的な様式で『金儲け論か?』(Profitlhre ? 1 934.(神園厳訳 「ニックリッシュ『利潤論?』 」)と,より以前の公開物では,寄稿「利己心と義務感」 (Egoismus, Betriebswissenschaft, Handels-Hochschule, Jahresbericht Handels-Hochschule Mannheim ber das Studienjahr,1914/15.)〈【筆者補足】も,そうである〉。この既に 上で引用した学長就任記念講演〈【筆者補足】 「利己心と義務感」 (Egoismus und Pflichtgefhl, 1915.;参照。森哲彦訳「ニックリッシュ 利己心と義務感」;渡辺朗訳「利己主義と義務 感」)〉では,自由主義的な国民経済の攻撃に対して対抗し,経営経済学は企業家ではなく て,むしろ,企業を問題にすること,そして,企業家と労働者はただ企業の器官(Organ).  Vgl.Seischab, H. 1936. S.47.  参照。拙稿「ニックリッシュによる『組織一般法則』から『経営組織法則』への展開について の一考察』商経学叢 第60巻第1号 2013年 4381頁  参照。拙稿「ニックリッシュによる貸借対照表と簿記についての考え方についての一考察― シュマーレンバッハの『動的貸借対照表論』に対する批判を中心にして―」商経学叢 第60巻第 1号 2013年 155182頁  参照。拙稿「ニックリッシュの『金儲け論か?』についての一考察」商経学叢 第58巻第2号 2011年 337353頁. 232( ) 232 ─ ─ .

(19) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). であることを説明した。ここでは,どのようにしてニックリッシュが直観的に時代に先行 したのかを示唆することが課題ではありえない。彼は,自らの問題( Sache )に関連した 経営経済学を巡って論争し,それが危なくなった時に,武器を直ちに採ってきた。彼は, 〈【筆者補足】“Handelswissenschaftliche Ehrentage, 1 915/16.”と“Die Neuordnung des Studiums der Betriebswirtschaftslehre, 1 935.”により,〉ビジネスマンの育成の普 遍的な特徴(universeller Charakter)について論争し, 〈【筆者補足】寄稿「研究の立場」 (Standpunkt der Forschung, 1 927.)により,〉不公平から彼らを保護し,経営経済学と 共に,包括的な統一体を形成し,〈【筆者補足】“Klarheit in der Frage der Erziehung der Betriebswirte, D. Betriebswirtschaft 1 934.”により,〉国民経済学と同様に,〈【筆 者補足】 “Wirtschaft und Recht,1929.”と“Die Berufsgruppen im nationalsozialistischen Staat, Die deutsche Volkswirtschaft 1934.”により, 〉正当に反する要求(Gebiet)を 限定し, 〈【筆者補足】寄稿「国家社会主義国での経営経済学」 (Die Betriebswirtschaftslehre im nationalsozialistischen Staat, D. Betriebswirtschaft 1 933.)により,〉研究での大 経営の強調に警告し,〈【筆者補足】“Frderung der Praxis durch die Wissenschaft, Zeitschr. f. Organisation 1 930.”により, 〉「科学による実践の促進」を期待した。目標 は,商科大学の教員自身の,適切な,目標設定に適合した養成によってのみ達成されるこ とは,彼には,既に第一次大戦以前から明らかであった。というのは, 〈【筆者補足】 “Die Wissenschaft vom Handel, 1913/14.”によると, 〉「理論は,活動から直観され,活発な 観念に基づき,活動と最も密接にあるべきである」からである。また,1913年に,ニック リッシュは,商科大学の教員の養成という常に緊要な問題(stets aktuelle Frage)に取 りかかっていた。彼は,このような動機から,「純粋科学」(reine Wissenschaft)に反 する立場を採ってきた。彼に対する,共通した科学の「前提の喪失」,商科大学に対して, とりわけ過大な権利によりしばしば出された,非難は沈黙すべきである。.  ニックリッシュの教義の基本姿勢 ニックリッシュは, 〈【筆者補足】 “Handelsbetriebslehre. Zur ihrer Geschichte,1910/11.”.  参照。拙稿「ワイマール共和国でのニックリッシュによる経営経済学の教育についての一考察」 商経学叢 第59巻第2号 2012年 838879頁  参照。拙稿「ニックリッシュによる経済恐慌期での経営経済学の課題についての一考察」商経 学叢 第60巻第2・3号 2014年  参照。拙稿「 ニックリッシュの『商科大学における商業学の展開』についての一考察」商経学 叢 第57巻第2号 2010年 359378頁;森哲彦『経営経済学序説』千倉書房 1993年 290294頁  Vgl.Seischab, H. 1936. S.47.. 233( ) 233 ─ ─ .

(20) 第61巻 第1号. によると,〉経営経済学に, 「これに従って,事業が組織され,かつ,管理される(leiten) べきである,原則(Grundsatz)を展開し,かつ,説明するという課題を与える。課題は, 簡潔,明確,明瞭な目標設定(einfache, klare, schne Zielsetzung)であり,この目標 設定は,当然, 科学的な基礎付けと概念上の明確性を要求する。進歩する明確性〈 【筆者 補足】を要求する。というのは, 〉概念が,意思疎通の手段(Verstndigungsmittel)だ けではなくて,同時に,特定の科学上の態度(Wissenschaftsgesinnung)の象徴(Ausdruck) である〈【筆者補足】からであるが,〉この特定の科学上の態度は,ニックリッシュのケー スでは,「規範的」(normativ)により今なお(noch)完全に書き換えられず,むしろ, 特定の経済政策上の目標設定を中に閉じ込めている。彼により特徴付けられた概念の多く には,この経済政策上の目標設定が表されている。政治科学者(politische Wissenschafter) であるニックリッシュは,〈【筆者補足】“Kultur im Betriebe, 1924.”により,〉「経営で の文化」,〈【筆者補足】“Der Genius des Kaufmanns, Maier-Rothschild 1923.”によ り,〉「ビジネスマンの創造的精神」,〈【筆者補足】“Das Eigentum am Wert, 1922/2 3.” により,〉 「価値の所有権」, 〈【筆者補足】 “Das Betriebsbewutsein, D. prakt. Betriebswirt 1934.”により,〉 「経営意識」, 〈【筆者補足】 “Betriebsethik” (mit Schweitzer)Stuttgart 1928. ”に よ り,〉「経 営 倫 理」,〈【筆 者 補 足】そ の 他, 多 く の 著 作 で,〉「経 済 の 調 整 (Abstimmung)」, 「経営での共同体(Gemeinschaft)」などについて語っている。若い経 営経済学者のために方針を与えるべき,このような態度は,経営経済学が新しい国でその 課題を正当に評価されるべきである時,経済単科大学(Wirtschafts-Hochschul)に純粋 な実務家の導入により講義を実り豊かにすることを目指す,最近の努力の内で,また考慮 されるべきである。このような人達が,実務上の洞察と共に,同時に,正しい科学上の態 度( Wissenschaftsgesinnung )を詰め込まれない時には,どのようにして彼らは教義 (Lehre)と実践を実り豊かにできるのか。容易に,ニックリッシュが,彼の論文「商業学 と商事実践は用心しろ」 (Handelswissenschaft und Handelspraxis, habt acht !,1918/19.) と呈示してきた,状況にはまり込む。 〈【筆者補足】 “Wirtschaftsarchive,1908/09.”と“Klarheit in der Frage der Erziehung der Betriebswirte, D. Betriebswirtschaft 1 934.”により,〉ニックリッシュが商科大学 の創造に取り組んだことと,彼が全学生と修士の学位所有者と自らが連携していると自覚 していたことは, 彼の科学的な著作の自明の効果である。〈【筆者補足】“ Betriebswirt-.  Vgl.Seischab, H. 1936. S.4748.. 234 ─ 234( ) ─ .

(21) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). schaftslehre. Was ist bei ihrem Studium vor allem anderen zu beachten ?1921/22.” , “Klausurbungen in den kaufmnnisch-technischen Fchern, 1 923/24.”や「商科大 学により仲介される学徒の実務」(Studentenpraxis vermittelt durch die Hochschule, 1929. )により,〉多数の論文と小論文で,彼は,学徒に友で,かつ,助言を与える者にな ろうとした。〈【筆者補足】“Studienreform, D. Diplom-Kaufmann, 1 930.” ,“Immer wieder das Prfungswesen, D. prakt. Betriebswirt1932.”,“Grundfragen wirtschaftswissenschaftlicher Schulung, Dtsch. Kaufmannspraxis 1934.”,“Die Neuordnung des Studiums der Betriebswirtschaftslehre, D. Betriebswirtschaft, 1935.” ,“Das neue wirtschaftswissenschaftliche Studium, D. dtsch. Volkswirt1934.”や“Die kaufmnnische Ausbildung, insbes. die industrielle, deutsche Handelsschul-Warte 1 936.”により分 かるが,〉彼は,熱心な保護者,推進者で,学究制度の改善( Studienreform )の共同組 織者であった。.  ニックリッシュの応用経営経済学での基本姿勢 ニックリッシュの文献上の創造の大きな部分は,経営経済学の部門( Teilgebeit )に捧 げられている。とにかく,彼は,循環の研究を企て,高等教育機関層(Hochschulkreis) で,特殊な熟練(fachkundig)を有効とみなした,カルテルと銀行の経営問題を取り扱っ た。これに属する,著作では,優先的に論文が問題となる。これは,ニックリッシュが彼 の著作上の仕事で決めた,順位についての知識が説明する。ほぼ排他的に本の形式で確定 された,一般論( Allgemeine Lehre )が,経営経済学の部門についての短い論文で試さ れた。銀行経営,カルテル経営,あるいは,広告についての,彼の発表(uerung)は, 「応用一般経営経済学」(angewandte allgemeine Betriebswirtschaftslehre)であり, 主に,実務家に用いられ,新しい科学上の知識を実り豊かにすべきである。ここでは,彼 自らは1度のみ意見を述べたように,決して考えをくどくどと述べたり,繰り返さず,む しろ,常に新しい認識に向けて進歩させた。このため,これら問題についての彼の論文は, 一般論の継続とみなされ,その補足として引用されるべきである。これらは,どれ程ニッ.  参照。拙稿「ニックリッシュの『経営経済学の研究』についての一考察」商経学叢 第57巻第3 号 2011年 841861頁;拙稿「ワイマール共和国でのニックリッシュによる経営経済学の教育に ついての一考察」商経学叢 第59巻第2号 2012年839878頁。なお, “Betriebswirtschaftslehre. Was ist bei ihrem Studium vor allem anderen zu beachten ? 1921/22.”は,小冊誌『経営経 済学の研究』(Vom Studium der Betriebswirtschaftslehre, Stuttgart 1921.)として出版さ れた。  Vgl.Seischab, H. 1936. S.48.. 235 ─ 235( ) ─ .

(22) 第61巻 第1号. クリッシュが,公的使命(ffentliches Amt)とみなした,自己の課題に真面目であった かを示唆している。 〈【筆者補足】“Wert, wirtschaftlicher Wert, Bilanzwert, 1 929.”,“Das Eigentum am Wert. Sein Zusammenbruch und die betriebswirtschaftl. Kalkulation,1922/23.” , 小冊子『事業の戦争リスクと戦時貸借対照表のための資産の評価』(Das Kriegsrisiko im Geschft und die Bewertung des Vermgens fr die Kriegsbilanz, Leipzig 1 915.)や “Der Betriebsproze und die Wertumlufe in der Wirtschaft, 1927.”のように, 〉循 環の研究についての論文では,価値の問題が重視され,様々な関連で常に繰り返して活発 に維持された。とりわけ, 〈【筆者補足】 “Geschpftes Kapital vom Betriebe aus gesehen, D. Wirtschaftsprfer 1 933.”により, 〉価値の創造の問題と,〈【筆者補足】「準備金と財 務上の安全性」(Reserven und finanzielle Sicherheit, 1 910/11),“Das Eigentum am Wert. Sein Zusammenbruch und die betriebswirtschaftl. Kalkulation, 1 922/23.”に より,〉準備金と価値の安全性の問題は〈 【筆者補足】そうである。〉もちろん,また,価 値の循環を確実にする,手段として,計算制度と,とにかく,簿記と貸借対照表は,彼に より注目された。ニックリッシュは,ここでも常に,新しい知識と説明様式を探索し,見 付けてきた。 計算処理での貸借対照表の地位についての彼の解釈はより洗練された。『企 業の立場による貸借対照表』(Die Bilanz vom Standpunkt der Unternehmung,3.Aufl., Berlin 1923.)についてのオズバール(Osbahr)の著作の第3版で,ニックリッシュが改 訂したように,基本的な見解は変更される必要はなかった。また, 〈【筆者補足】 “Wichtige Fragen der konsolidierten Bilanz und der konsolidierten Gewinn- und Verlustrechnung, D. Wirtschaftsprfer 1932. ”による,〉連結貸借対照表のように,多数の他の問題と共 に,経営の計算制度の統一された体系(Systematik)と用語(Terminologie)を巡る彼 の努力は, 〈【筆者補足】 “Budgetierung und Rechnungswesen. Die Glieder des Rechnungswesens und ihre Terminologie, 1929.”,“System und einheitliche Terminologie des betrieblichen Rechnungswesens. Verffentl. vom Ausschu fr Terminologie beim AWV, 1930.”により,〉著述上の結果を見付けられる。〈【筆者補足】“Betriebsleistung und Betriebsertrag neben Unternehmerleistung und Unternehmerertrag in der Buchhal-.  Vgl.Seischab, H. 1936. S.48.  参照。拙稿「ニックリッシュによるリスク・マネジメントについての一考察」商経学叢 第59巻 第1号2012年 223255頁  参照。拙稿「ニックリッシュによる『貸借対照表に基づく資本と資産の組織の検討』について の一考察」商経学叢 第59巻第3号 2013年 11751211頁. 236 ─ 236( ) ─ .

(23) ニックリッシュの「研究姿勢」についての一考察(牧浦). tung, D. Betriebswirtschaft 1936.”により,〉彼が問題にしたものは,経営の計算では, 企業家の成果の算出のための手段を見付けることだけではなくて,むしろまた,経営給付 と[経営による]成果(Betriebsertrag)の説明のための手段を見付けることであり,こ れにより,経営は共通の利用のためにできる限りはっきり分かる(durchsichtig)ように された。簿記と貸借対照表は変更されるべきではなくて,これらを用いて活動する精神が 変更されるべきである。 ニックリッシュは,彼の高等教育機関での経歴を,カルテル管理(Kartellwirtschaft) の著作,つまり,『カルテル論』(Kartellbetrieb, Leipzig 1909.)により始めたが,1909 年に出版された。 この著作は, 常に, カルテル決算の領域での組織の種類と形式につい ての若干の考え抜いた公表( Verffentlichung )により構成されている。これは,実 務に向けた(ablauschen),本であり,長期間絶版であった。このため,図書館の管理者 は,発禁本(Chained book)として取り扱った。 しかし,ニックリッシュは対象(Gegenstand)を決して裏切らなかった。常に繰り返して,〈【筆者補足】“Wie bei Kartellen der Absatz verteilt wird, 1 909/10.”によると,〉対象はカルテルの販売管理(Absatzwirtschaft )であり,彼は著述上で改訂した。このため,たとえば,〈【筆者補足】“ Das bestrittene und das unbestrittene Gebiet, 1 909/10.”によると, 〉反論されたり,反論 されなかったりした領域や,〈【筆者補足】“Kalifrachten. Zu den Verhandlungen des Reichstrages, 1910/11.”によると,〉運賃基準〈【筆者補足】について継続した検討がな された。〉また,〈【筆者補足】“Kontrollorganisation als Kartellfrage, dargestellt an einem Beispiel, 1918/19.” ,“Das Steuerproblem der Kartelle, D. Betriebswirtschaft 1931.”と“Die Kartellbilanz, D. Betriebswirt 1 934.”によると, 〉コントロール組織の 問題,並びに,カルテル貸借対照表と租税問題について,彼は発言を求めた。とりわけ, カルテルの組織と,国税局の判決(Rechtsprechung des Reichsfinanzhofes)について の基本的な説明(grundstzliche Ausfhrung)は非常に注目された。また,彼は,カル テル貸借対照表に対して理論上の基礎を創造した。 カルテルの分野より更に身近に,ニックリッシュは,銀行事業を置いたが,銀行事業で 彼は責任のある地位で実際に活動していた。このため,これについては,また,若干の文.  Vgl.Seischab, H. 1936. S.48.  参照。拙稿「ニックリッシュの『カルテル経営論』の研究ノート」関西学院商学研究 第6号 1979年 1 15頁  Vgl.Seischab, H. 1936. S.49.. 237( ) 237 ─ ─ .

参照

関連したドキュメント

第 3 章ではアメーバ経営に関する先行研究の網羅的なレビューを行っている。レビュー の結果、先行研究を 8

(一)  家庭において  イ  ノートの整理をする    ロ  研究発表などの草稿を書く  ハ  調査・研究の結果 を書く  ニ  雑誌・書物の読後感や批評を書く 

研究開発活動  は  ︑企業︵企業に所属する研究所  も  含む︶だけでなく︑各種の専門研究機関や大学  等においても実施 

2.先行研究 シテイルに関しては、その後の研究に大きな影響を与えた金田一春彦1950

はじめに 第一節 研究の背景 第二節 研究の目的・意義 第二章 介護業界の特徴及び先行研究 第一節 介護業界の特徴

本稿 は昭和56年度文部省科学研究費 ・奨励

これらの先行研究はアイデアスケッチを実施 する際の思考について着目しており,アイデア

例えば、EPA・DHA