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S.ラフマニノフの作曲技法に関する研究

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(1)S一ラフマニノフの 作曲技法に関する研究. M93667H 教科領域教育専攻. 山 野. 芸術系(音楽). 昭 正.

(2) 目. 次. 1. はじめに. 第1章 ラフマニノフ評価に関する歴史的展望 第1節 ラフマニノフ評価の諸問題・. 4. 第2節 生前の評価についての再検討・・. 6. 第3節 ラフマニノフ評価の変遷・・. 14. 第2章 ラフマニノフ作品の旋律:学的考察. 第1節 旋律を形成する諸要素…. 17. 第2節 旋律線と音楽表現との関わり. 28 36. 第3節 旋律分析の傾向と考察・一一. 第3章 ラフマニノフの作曲技法上の特色 第1章 旋律提示に関する表現法・・. 46. 第2章 和声に関する考察・・. 62. 第3章 ラフマニノフスタイルに関する研究・. 85. 第4章 主題展開法・. 99. 第5章 管弦楽法に関する考察…. 115. 第4章 ラフマニノフ作品における類似性と反復癖 第1節 同時代の作曲家との旋律学的比較・・ !. 第2節 ラフマニノフの創作態度・・. 終章 総括的考察・. 終わりに(謝辞). 資料. 注釈及び引用文献 参考文献、参考楽譜一覧. 132 139 162 170.

(3) 凡 例. *本文中で扱う楽器の略記は次の通りである。 Picc. ・ ・ ・ ・ piccolo flute Tamb. ・ ・ ・. ・ tambourine. Fl.・ ・ ・ ・ ・ flute T−tam. ’・ ・. Ob.・ ・ ・ ・ ・ oboe Triang.・ ・. ・ triangle. Eh.一 ・ ・ ・ 一 English horn Glock. ・ 一. ・ Glockenspiel. Cl.・ ・ ’ ・ ・ clarinet Xyph.・ ・ ・. 一 xylophone. Bcl. ・ ’ 一 ・ Bass’clarinet T−bell. ・ ・. ・ tube−bell. Fg.・ ・ ・ ・ ・ fagotto Hrp. ・’・ ・. ’ harp. Cfg. 一 ・ ・ 一 contra fagotto Celes. ・ ・. ・ Celesta.. A.sax. ・ ・ ・ Alto saxophone Pf. ・ ・ ・. ・ pianoforte. Hr. 一 ・ ・ ・ ・ horn Org. ・ ・ ・. ・ organ. Tp.・ ・ ・ ・ 一 trumpet Vn.1 ・ 一 ・. ・ First violin. Tb.・ ・ 一 一 ・ trombone Vn. II ・ ・ ・. ・ Second violin. Tu. 一 一 ・ ・ 一 tuba Va. ・ 一’ ・ ・. ・ viola. Timp.・ ・ 一 ・ timpani Vc.一 ・ ・ ・. 一 violoncello. Cymb. ・ ・ ・ ・ cymbals Cb. ・ 一 一 ・. ・ contrabass. B.D. ・ e 一 ・ bass drum S.D. ・ ・ ・ ・ snare drum. *曲名は原則として日本語表記にした。ロシア語訳は井上和男著「クラシック 音楽作品名辞典’jに拠っている。原題名は参考楽譜の項で必要に応じて補足 しておく。. *調性表記については、曲名中は和名を、本文中はdur・mollを、また、表中 では[ ]内の英文字を用いた。 ハ長調oC−dur韓[C]. ハ短調⇔c−mo 11¢・[c]. *引用楽譜はその都度出典を明記することが望ましいが、煩唄になるため曲名 のみ付記し、参考資料にまとめて記した。. 曲名の略記. 第1交響曲第一楽章第一主題…. 〈第1交:1:T且〉.

(4) はじめに. ラフマニノフの音楽は、初演以後およそ1世紀に亘って世界中の人々に愛好 されている。ピアノ協奏曲第2番に代表される彼の作晶は、しばしば「センチ メンタルな旋律美」「雄大なロシア的叙事詩」「華麗なピアニズムの極致」等 の言葉で象徴されてきた。その内容が一般的聴衆にも感覚的に素直に味わうこ とができる意味で、彼の作品には分かりやすさと親しみやすさとを兼ね備えた ものが多い。. 今世紀半ばまで、大半の専門家はラフマニノフの人気は一時的なものであっ て決して長続きしないだろうと予測していた。そして、その作品はとるに足ら ぬ表面的な内容ばかりで、創造的精神に欠けた時代遅れの様式であると信じて 疑わなかった。そのような逆境の中で’ Aラフマニノフの音楽は数多くの聴衆と. 演奏家に支えられ、今日まで生き続けてきたのである。 最近の音楽事情に目を転じてみよう。. 1993年、東京地区のオーケストラコンサートで取り上げられた作曲家別曲目. 調査によると、ラフマニノフは第9位(第1位はチャイコフスキー)となって おり、彼の管弦楽曲や協奏曲はすでにレパートリーとして定着した観がある。. 多くの若手ピアニストにとって、ラフマニノフのピアノ作品は重要な必修レパ ートリーであり、声楽家もラフマニノフの歌曲やオペラに次第に関心を向けっ っある。1994年2月、ミラノ・スカラ座は、ラフマニノフのオペラ「けちな騎 士」の海外初公演を敢行し世界的な話題となったのは記憶に新しい。. 近年では、マゼールやデュトワのような著名な指揮者がラフマニノフ作品を 積極的に取り上げ始めたことは新しい動きとして注目される。その結果、およ そラフマニノフ作品には縁遠いと思われていたドイツの主要オーケストラも、. 彼の管弦楽作品を演奏するようになり、ベルリンフィルやウィーンフィルによ る交響曲等の優れた演奏が実現するに至った.1994年後半)わが国では交響曲. 第2番の新譜CDが毎月複数登場するという異常現象さえ見受けられ、一種の 「ラフマニノフ・ブーム」さえ漂わせている。ラフマニノフの交響曲は最近よ うやく「市民権」を得たようである。. アマチュア音楽界でもラフマニノブは身近な作曲家となりつつある。ラフマ (ノ).

(5) ニノフの「交響的舞曲」の吹奏楽版は、かなり以前から上級バンドのレパート リーとなっているし、合唱曲「晩祷」は、全国でもトップレベルのアマチュア 合唱団がコンクールの自由曲として取り上げるようになった・ 没後50年を記念して、ラフマニノフの祖国ロシアでは、ラフマニノフピアノ コンクールや国際ラフマニノフ学会が開催されるようになり、ラフマニノブ研 究もようやく世界的規模でめ積極的な交流が始まった。 ラフマニノフの音楽はもはや歴史的淘汰を完全に乗り切り、未来に向けてそ の新たな足跡を刻み続けていくであろうことは誰の目にも明らかである。ラフ マニノフの音楽は今日、再び注目され始めている。. 演奏家が彼の作品に真剣に取り組むのは、個人的な趣味の範囲を越えて、そ の音楽自体に何か新しい価値と可能性を弄い出しているからである。そして、 多くの聴衆は依然としてラフマニノフの音楽を強く望んでいる。これは紛れも ない事実である。このような現象をどのように捉えるべきなのだろうか。 ラフマニノフを従来のように「大衆的な通俗作曲家」として簡単に片付ける ことはできなくなった。作曲家としての彼の業績はその作曲技法や個性的な響 きによって評価されねばならない。それらは何よりも彼の書いた楽譜そのもの. から実証されるべきものであろう。筆者はラフマニノフ作品の評価が、従来か ら作曲技法上の厳密な分析を著しく欠き、その音楽様式に関して他の同時代の. 作曲家と安易に比較、検討されがちだった点に疑問を感じるのである。本論の 主旨はそのような従来のラフマニノフ観を今日的視点から再検討することから. 出発し、ラフマニノフの音楽を本格的な芸術作品として正当に位置付け、音楽 そのものの発想や技法の質に目を向けた分析を試みるものである。. ラフマニノフは広く大衆に親しまれているわりに、その全体像はこれまでほ とんど知られていなかったといえる。そこで筆者はラフマニノフの全ての作品. を研究の対象にした。これまでのように、その一部の有名作品のみによって作 曲家としての彼の業績を短絡的に評価することは容認できないのである。ベー トーヴェンがそのピアノソナタのみで評価しえないのと全く同様に、ラフマニ ノフの場合もピアノ作品ばかりに着目したところで彼の創作活動の全容を知る. ことは不可能である。ラフマニノフを「ピアノ音楽の作曲家」という狭い範疇 で評価しえた時代はもはや過去のものとなっている。 (2).

(6) 「ラフマニノフ風」といえば、通俗的でポピュラー音楽的要素を持つ叙情的 な旋律表現を連想する人が多い。それはある意味でラフマニノフの音楽の極め て大衆的な側面のみを問題としている。ところが、実際にラフマニノフが残し た大半の作品はそのような大衆的な路線を追求していたわけでは決してない。. 彼の創作分野は予想以上に広大で複雑である。したがって、ラフマニノフの音 楽を「ラフマニノフ風」という特定の様式観によって一概に類型化することは 多くの誤解を生じさせる結果となる。. 筆者はラフマニノフに対する認識が音楽の専門家筋にとってあまりに両極端 な受け止め方をされていることに対して、これまで強い疑念を抱いてきた。ラ フマニノブはどちらかといえば、好き嫌いのはっきり分かれる作曲家に属する ようにも思える。それは彼の音楽に対する各個人の価値観の相違によるものと. 考えられる。しかし、個人趣味のレベルと芸術上の普遍的評価とを混同しては なるまい。ラフマニノブの作品はあくまで客観的立場から先入観を取り払って 再検討されるべきなのである。 ラフマニノフは旋律:作家としても特筆すべき才能を有しており、彼の旋律:は. 極めて個性的であり、ロシア音楽史上「屈指の名旋律」として評価されている. ものも少なくない。そのような旋律とはいかなる音構造をもっているのか興味 は尽きない。多くの聴衆を今なお捉えて離さない彼の旋律には作曲技法上の特 別な仕掛けがあるのではなかろうか。筆者は本論において「旋律表現」という. 一貫したテーマを掲げて作品分析に取り組んだため、旋律学的考察に多くを費 やすこととなった。それは今後のラフマニノフ研究に対して、新たな可能性を 示唆することにつながるものと信じている。. (3).

(7) 第1章.ラフマニノフ評価に関する歴史的展望. 第1節 ラフマニノフ評価の諸問題 今日、作曲家としてのラフマニノフは音楽史上さほど重要な位置付けがなさ れているわけではない。「チャイコフスキーのエピゴーネン」「時代遅れのロ マン主義者」「大衆受けを狙った折衷主義者」等の皮肉を込めたレッテルはあ. ながち的外れと言えないまでも、そこにはある種の先入観に捕われた蔑視的傾 向すら込められている。近年、ピアニスト兼指揮者としてラフマニノフ作品を. 積極的に取り上げてきたアシュケーナージ(W.Ashkenasy)は、音楽界に おけるラフマニノフ観というものが現在に至るまであまりに誤解と偏見に満ち. たものであることを指摘しているr測 ラフマニノフは、従来、音楽史等の研究者にとって評論の対象にはほとんど なり一. ヲず、すでに広く親しまれている通俗作家として、その作品には何ら新し. い作曲スタイルや音楽史的意義を見いだしえない「二流の音楽家」に過ぎない と信じられてきた。そのため、ラフマニノフの残したピアノ曲、協奏曲以外の. 作品群、即ち管弦楽曲、室内楽、合唱曲、歌曲、オペラなどはピアノ作品に劣 らず重要な存在であるにもかかわらず、その大半は最近まであまり評価されず 不当に忘れ去られてきた。それは以下述べるさまざまな要因が複雑に絡み合っ. た結果、作曲家ラフマニノフの業績が作品そのものの評価とは別の次元で歪め られてきたことによるものと考えられる。. まず第一に、ラフマニノブは一流のピアニスト兼指揮者という演奏家として の側面を同時に持っていたことが作曲家として過小評価される一つの原因とな っている。晩年のラフマニノフはヴィル5ウオーゾ・ピアニストとして世界的 名声を得たことから、その作品もピアニストの余技として軽く受け止められる. 風潮があった。ラフマニノフがピアニストとして活躍した20世紀前半は、サ ラサーテ、ホッパー、シャルヴェンカ、イザイ、ローゼンタールなどの演奏家 たちが自身でも気軽に作曲を手掛けていた時代でもあった。しかし、ラフマニ ノフの作品をそのような演奏家の作品群と同一視することは誤った見解といえ よう。彼の主要作品は、洗練された手法と個性的な響きに満ちた際立った存在 であり、グライスラーやパデレフスキーたちの一世を風靡した愛すべき小品と (4).

(8) 同等には扱うことができない。矢代秋雄は彼のラフマニノフ論(1973)におい てその点について早くから言及しており「ラフマニノフの作品は他の演奏家の 名技的自演用作品とは仕上げのうまさが段違いであり、ラフマニノブの作曲技 法が第一級のものである」tr..zことをその中で敢えて強調している。. 第二に、ラフマニノフ作品の大衆受けする作風が、芸術的精神に欠けた安易 な創作態度として一方的に非難ざれてきた形跡が窺えるのである.ショーンバ ーク(H.Schonberg)はその代表的著書「Great Composerslの中で、ラフマ ニノフが大衆的とか通俗的とか非難されてきたのは「ラフマニノフの追随者で ある映画音楽や三文音楽の作曲者たちの仕業である」n3と手厳しい。事実、ラ フマニノフの音楽は彼の生前からさまざまな分野で模倣されたり、その一部が 安直に編曲、転用されたりしたため、原曲までもしばしばセミクラシック的扱 いをされるという弊害を被っている。有名な第2ピアノ協奏曲あメインテーマ. がイギリス映画「逢びき」のBGMに使われ空前のヒットとなった現象を分析 した当時のハリウッドの映画界は、その音楽の果たす役割の重要性を再認識せ ざるをえなかった。それほど多方面から関心を集めた彼の音楽が、逆に作曲家 として軽薄で大衆迎合的だとの非難を生み出す引金となったのは皮肉な現象で ある。反面、クラシック界からは「分かりやすい音楽は芸術性に乏しい」とい う当時の芸術至上主義思想に基づく偏狭な見解からラフマニノブの作品はとか く低く捉えられがちであった。20世紀前半は機能和声の崩壊が決定的となり、. 十二音技法などの新しい音楽語法が盛んにもてはやされた時代であり、音楽界 の趨勢はそのような新しい傾向の音楽に対してのみ、関心が向けられていたの である。. 第三に、ラフマニノフの音楽は感情面での起伏変化がその本質を形成してお り、旋律に対する依存度が極めて高いという指向性を持つ。そのことが交響曲 などの大曲に対する構成面での致命的な脆さであるかのように従来言われてき た。中村紘子は「ピアニストという蛮族がいる」注4の中で、ドイツのある主要. オーケストラが今日まで一度もラフマニノブの協奏曲を演奏していない事実を 驚きの目でもって伝えているが、それは音楽の構築性、統一感を重視する伝統 的な価値観がこの地域で支配的であったことを証明している。ソナタ形式によ る楽曲をベートーヴェンやブラームスの作品を一つの規範に据えて仙の作曲家 (s ).

(9) の作品を比較検討するという「偏った価値付け」がこれまでしばしば行われて きた。ラング(R.H.Lang)やグラウト(D.J.Grout)の著書における西洋音楽史. のロシア音楽に関する記述内容などはその典型的な例といえよう。つまり、当. 時のドイツ音楽中心の偏った音楽観がラフマニノフの作品に対して致命的な評 価を及ぼしたことは否定できない。. このように、ラフマニノフの評論や作品論を概観しようとすれば、その当時 の音楽界の褄雑な状況が直接、間接に関わっており、それらを考慮に入れなが ら評価内容一つ一つを慎重に洗い直していく作業が必要となる。筆者はラフマ ニノフに対する従来の評価を客観的な立場から再検討することがラフマニノフ. 研究の新たな第一歩となりうると信ずるものである。そとで、次節はラフマ9 ノフの伝記的側面から作品論を傭職しつつ、生前のラフマニノフ評価の歴史的 変遷について年代順に概観していく。その過程を通して、作品理解を妨げてき た本質的な問題をいくつかクローズアップしてみたい。. 第2節 生前の評価についての再検討 (1)作曲家としての功績. ラフマニノフ作品を時代ごとにまとめると以下のようになる。これらはあく まで作品の書かれた時期を対象とした便宜的な分類に過ぎないことを断ってお きたい。. 〈第1期=1896年までの青年期〉 モスクワ音楽院卒業後、楽壇にデビューし順調に歩み出すものの、第1交 響曲によって挫折する。この時期は先入の影響が著しいが作品自体の完成度 9 は高く、すでにラフマニノフ独特の響きが散見される。. 〈第2期:1900年から1907年まで〉 第2協奏曲から第2交響曲まで。独自のスタイルを確立し、大衆の絶大な 支持を得て認められていく充実期。ただし、ボリショイ劇場時代の2つのオ ペラの評価は芳しくなかった。. 〈第3期:1909年から1917年まで〉 第3協奏曲、「鐘」、「直直」など今日最高峰に位置付けられる野心作が 多い。作風は半音階的和声が目立ち始め、新たな可能性を模索しようとする く6).

(10) 璽姿勢も垣間見える。. 〈第4期:1926年から1940年までのアメリカ時代〉 ピアニストとして多忙な活動のさなか作品数は極端に減少。ピアノ用編曲や 過去の作品の改訂に相当多くの時間を費やしているのも特徴。. ラフマニノフの創作活動は国外に亡命した1917年忌節目にして、それ以 前のロシア時代3期に後半のアメリカ時代を加えて大きく4期に分けられるの が通説である。作品は青年期から晩年に至るまでの生涯のほぼ全般にわたって. 書かれてはいるが、その間にいくつかの空白期があってこれまでにもその根拠. が問われてきた。最も有名な例は1897∼99に至る3年間の自信喪失によ る沈黙期で、ダール博士(N.Dahl)の暗示療法によって第2協奏曲を作曲し たことはよく知られているが、その他にもいくつかの休止期が散見される。多. 忙な演奏活動のために作曲活動が阻害されたという従来の単純な解釈だけでは 十分とは言えず、極度に集中した創作活動とその反動という周期的に訪れる躁 欝的精神状態にその原因があることも指摘されている。ラフマニノフは、しば しば「作曲できない状況に陥った境遇」を真剣に悩み、演:奏活動のキャンセル. や転地療養を試みている事実から、彼の創作的基盤は脆弱かっ不安定であり、 極めて繊細な神経に支えられていることが類推できる。. コンサートピアニストとして脚光を浴びた後半のアメリカ時代に比べて、ロ シア時代には主として作曲活動がその中核と見なされ、ピアニストや指揮者と しては自作を紹介する目的を兼ねた副業程度の認識しかされていなかった。し. かし、彼の伝記や周囲の関係者の証言によれば、実質的な仕事は演奏活動が大 半を占めて菊り、作曲活動に従事していた時間的比率はさほど多くない。この 点は、マーラー(G.Mahler)と驚くほど似ている。そしてこのことがラフマ ニノフの創作活動を考える上で重要なポイントとなる。ラフマニノフは実質的 には「日曜作曲家」「夏休み作曲家」であり、作曲の時間を確保するために、 また演奏活動と作曲活動との精神的なジレンマのために半生苦しみ続けていた ことがさまざまな資料注5から推測できる。彼自身は自分の本分は作曲活動にあ ることを自負していたため、作曲活動から遠ざかると不安にさいなまれ、絶え ず焦りを感じていた様子を伝記作家たちは伝えている。. ラフマニノフの作品は、第1交響曲の歴史的失敗を唯一の例外として、一般 (7).

(11) 聴衆からは概ね好評で迎えられ、演奏の度に人気は高まっていった。しかし、 その反動として、批評家筋からは相当辛辣な批判も数多く受けている。代表的. なものは前述の第1交響曲に対するキュイ(c.c ui)の批評文で、若きラフ マニノフの野心作に決定的な評価を下したものとして重要である。ロシア時代 の作品は、ほとんど作曲者による指揮またはピアノによって初演されており、 そのことが絶大な成功をもたらす一つの要因となったことは疑うべくもない。. ピアノ曲や協奏曲はもちろんのこと、第2交響曲、「死の島」、「鐘」なども ラフマニノフの卓抜した指揮でこそ成功に導かれたといっても決して過言では なかろう。彼の超人的なピアノテクニックについては改めて述べるまでもない が、指揮者としての業績も生前から高く評価されていた事実には特に注目して おく必要があろう。. ②指揮者としての功績 ラフマニノフの指揮活動は、モスクワのマモントフオペラの副指揮者に始ま り、ボリショイ歌劇場の正指揮者、モスクワフィルハーモニーの音楽監督まで. 務めた、20世紀初頭のロシアにおける当時最も優秀な指揮者の一人と見なさ れていた。. グリンカ、リムスキー=:コルサコフ、チャイコフスキーなどのロシアものオ. ペラに加えて「カルメン」「ミニヨン」「サムソンとゲリラ」のようなフラン. スオペラまで扱ったという幅広いレパートリーからも、ラフマニノフの指揮者 としての有能さを証明するに十分である。また、1912年は管弦楽コンサートで の指揮活動だけに費やされており、その曲目はすべて外国作品に限られていた ことも特筆すべきであろう。. ラフマニノフの指揮したモーツァルトの交響曲第40番の突飛な解釈は、当時 激しい賛否両論を引き起こした。その演奏内容をメトネル(N.M etnef)の手. 記から憶測する限りでは、晩年に彼がピアニストとしてショパンのピアノソナ タ解釈で示したような、主観的で個性的な表現が目立ったとされる。. 1915年にはスクリャビン追悼演奏会を自ら企画し、「悪魔の詩」(第2交響 曲)と「プ門田テウス」を振っている。ラフマニノフが当時の新しい音楽語法 に対して懐疑的だったにもかかわらず、スコアを慎重に読み取り、丹念に音楽 を構成しでいく指揮者としての優れた資質を示す好例である。 (8).

(12) 指揮者としてはマーラーやニキシュに匹敵するとまで高く評価されていたラ フマニノフではあるが、指揮活動が自分の創作活動に支障をきたすという理由 から次第に敬遠するようになる。1918年、ボストン交響楽団から常任指揮者と しての要請を断った事実は、指揮者として最盛期にあった彼の名声が、すでに ロシア国外でも広く知れ渡っていた何よりの証拠であろう。. アメリカ時代には、指揮活動がピアニストとしての腕や指の障害となること を恐れ、わずかの自作品(「死の島」「鐘」など)を例外として全く指揮をし. なかった。ただし、幸いなことに晩年の1939年、フィラディルフィア管弦楽団 を率いて「第3交響曲」「死の島」「ヴォカリーズ」を振った貴重な録音が残 されている。そのオーケストラの統率力、他の追従を許さない厳しい解釈は多 くの識者の認めるところであるが、とり、わけオーケストラの音色や全体を覆う. 暗い曲調などから感じられる音楽づくりは並外れて個性的である。. ラフマニノフが第3ピアノ協奏曲を1909年にマーラーの指揮で共演した際、. マーラーはスコアの隅々まで綿密に記憶してオーケストラに対して全く妥協 しなかった態度にラフマニノフも尊敬の念と強い共感を覚えたことを後に告白 している。ラフマニノフの指揮ぶりも相当徹底的で厳しいものであったことが. 憶測されるのである。ラフマニノフは音楽上全く妥協を許さない頑固な指揮者 であり、自分の気に入るまで細部も執拗に繰り返したため楽団貝の反発はつき. ものだったが、その音楽が外部から高く評価されようになると彼らの態度は尊 敬へと豹変したと伝記作家たちは伝えている。. ラフマニノフが主張する指揮者としての資質は、絶対的な沈着冷静さ、思考 の完全な均衡、完全な自己統制である齢という。事実、ラフマニノフは音楽の 一貫した構成論理を尊重し、作品を客観的に分析し設計しなおした上で演奏に 臨んでいた.後年、彼のピアノ演奏に見られる計算し尽くされた不変の演奏様 式のルーツは、、その指揮者としての経験に相当依存していたと考えられる。 (3)ピアニストとしての功績. ラフマニノブは「最後のヴィルトゥオーゾ」として特に生涯後半は華々しい 演奏活動を繰り広げたことは周知の事実であるが、1918年の革命後コンサート. ピアニストに転向したという一般の認識は誤解を招きやすい。ラフマニノフは それ以前にもロシアものや古典派、ロマン派の作品など自作以外のレバートリ (9).

(13) 一を少なからず持っていたし、若い時代からヴァイオリニストと組んでヨーロ ッパ巡業をしたり、歌手の伴奏役を務めたりしていたことを考えるとピアニス トとしての経験もロシア時代からかなり豊富であった。その自負が、後に職業 ピアニストとして自立していけるという確かな選択へと帰結していく。. ラフマニノフのピアノ演奏における最大の魅力は、その超人的なテクニック と壮大に鳴り響く音響にあったことは衆目の一致する見解であるが、当時の下 め名演奏家たちと比べると極めて冷静で完壁に練り上げた不変的演奏を理想と した。その演奏の中には必ず音楽的なクライマックスがどこか設定されていな. ければならず、彼自身はそれを「ポイント」と呼んで強く意識している.演奏 の核心とは「ポイント」を的確に捉え、それを自然に聴衆に伝えることである と晩年ラフマニノフはニューヨークタイムズ紙のインタビューに答えている。. レコードに残されたロマン派作品の演奏は、その解釈があまりに主観的過ぎ るため注,今日でも評価は大きく分かれる。その反面、自作自演ディスクは絶大. なブランド効果があり.、ピアノ協奏曲第2番など今日でも十分鑑賞に耐えうる. 完成度の高い名演とされる。当時は勝手に音を付け加えたり、テンポを気紛れ. にくずしたり、表面的な技巧の誇示のみに没頭したりするような19世紀的演 奏様式がまだ根強く残っていたにもかかわらず、ラフマニノフの演奏にはその ような「古風な弾き崩し」は抑制され、あくまで楽譜をtLi実に再現しようとす. る姿勢が貫かれている。そういう点ではどちらかといえば現代に通じる新しい 感覚を身に付けたピアニストとして評価されてしかるべきであろう。. ラフマニノフは当時の演奏家のなかでは比較的多くの録音を残したが、それ らはいずれもライブ録音に近い生々しい演奏として、逆にミスタッチや些細な 表現上の乱れさえも漏らさず伝えている。それにもかかわらず、どの音も生命 を持ち、有無を言わさずその音楽を主張し続ける演奏スタイルは聴き手に強烈 な印象を与えたと言われる。. 長身大男で髪を短く刈り、寡黙で神経質そうな表情をくずさないラフマニノ フの演奏スタイルには一種のカリスマ性があり、そのような外見上の要素もビ アニス5としての人気に一役買っていたという意見も信慧性を帯びてくるので ある。ラフマニノフ.の演奏スタイルはホロヴィッツを始めとする多くの若手ピ. アニストに影響を及ぼしたことはその存在の偉大さを物語っている。 〈to).

(14) (4)生前のラフマニノフ批評. ラフマニノフの作品は、彼の生前から国内外で頻繁に演奏されてきたにもか かわらず、その評価は必ずしも正当なものとはいえなかったことはすでに述べ た。しかし、その内容が全くのナンセンスであって完全な誤りであると即座に 断定することはできない。ここではそれらの中からいくつか具体的に取り上げ 再検討してみたい。. 〈交響曲第1番に関するキュイの批評文〉 「もし地獄に音楽院があり、もしその中の才能ある音楽家が〈エジプトの七つ の呪い〉というテーマで標題交響曲を課題に出されたとして、もし彼がラフマ. ニノフ氏に似た交響曲を作曲すれば、彼は輝かしい成果をあげたとして地獄の 住民を熱狂させただろう」注8. この感情的とさえ思えるほどの内容はその当時のモスクワ楽派とペテルブル グ楽派との対立がこの作品を起爆剤として一気に噴出したとする見解が一般的 である。チャイコフスキーの流れを汲む西欧派の「若き才能」の新作は、ロシ ア国民楽派にとって格好の標的でもあり、その敵意に満ちた酷評は結果的にこ の作品を世間から完全に抹殺したのである。. この作品に対する従来の「若書きの生硬さ」や「未熟で不慣れな構成観」と いう評価注gは適切ではない。同時期のR.シュトラウスのへ短調交響曲(1984) やストラヴィンスキーの変ホ長調交響曲(1906)などの習作と比べれば、ラフマ. ニノフの音楽はあまりに斬新すぎたことがそのスコアから読み取れる。. 構成面では単一主題による循環形式が用いられ、ジプシー音階に基づく減4. 度や増5度音程は耳慣れない抑揚と和声を生み吟じている。おそらくその点を キュイは「貧弱な上に歪曲した和声」と評したのであろう。. ラフマニノフの第1交響曲における「実験的な試み」が全く評価されなかっ たことは、その後、彼が保守的な創作態度を取り続けたことと決して無関係で はない。その意味で、キュイの悪意を秘めた陰険な批評が、ラフマニノフの創 作態度を大衆に方向づけるひとつの契機となったことは皮肉なことと言わざる をえない。. 〈ピアノ協奏曲第2番についての批評〉 パシャーノフはその著書「ラフマニノフ」の中で、1902年、新作のカンター (ll).

(15) タ「春」とともに再演された時の、ある毒舌批評家と若い熱狂的支持者である 一学生とのやりとりを報告している。. 「よくもまあ、こんな砂糖水みたいなものに拍手できますね?… ’ものじきに駄目になってしまうというのに…. こんな. 」. 「あなたは間違っていますよ。これはあなたの中にも、私の中にも、それど ころかわれわれの子孫の中にも生き続けるにきまっています。」注1。. この会話はラフマニノフの音楽に対する両極的な立場を象徴している。作品 ζしての意義や価値付けというものが歴史的客観性に基づく、のか、個人の主観. 的感性に基づくのかという根本的な価値観の相違である。両者の立場はどこま でいっても平行線のままで決して噛み合わない。. 1909年のアメリカ演奏旅行におけるニューヨークタイムズ紙の批評は生前の ラフマニノフ評価のスタンダードとなった。. 「意思の表現が弱い。これは技術的基礎が充分あり、チ’ヤイコフスキーの音. 楽を知っているドイツ人なら、誰でも作曲できるものである。作品全体を 通じて悲しい調子が延々と続いている。」注11. ラフマニノフが折衷主義者であるという非難はすでにロシア時代初期から言 われてきたもので、その根拠の一つは彼の協奏曲第2番がチャイコフスキーの 変ロ短調(1875)の手法を数多く踏襲していることにあるが、それはチャイコフ. スキーのアイデアをそのまま模倣したものではない。例えば終楽章のコーダの クライマックス部分などはチャイコフスキーのオリジナルではなく、グリーグ のイ短調(1868)の先例を取り入れたものだし、冒頭の厚い和音やアルペジョは. アントン・ルービンシュタインの協奏曲第4番(1864)をヒントにしていると考. えられる。それは当時のヴィルトゥオーゾ協奏曲の基本的スタイルであり、チ ャイコフスキーのみによる影響ではない。冒頭から第一主題を情緒纒綿に歌う 手法はスクリャビンの協奏曲(1897)に酷似している。当時の諸作品との関連性. を無視してチャイコフスキーの協奏曲のみと安易に比較されたこと自体、まず 問題にされなければならない。. また「ロシア人」でなく「ドイツ入」となっているあたりも、当時の音楽界 がロシアを音楽的後進国とみなし、盛んにドイツから学んでいた実情を皮肉っ ている。興味深い点は「悲しい調子」という表現で、ラフマニノフの音楽が短 (12).

(16) 調’への傾斜性を強く帯びていることを見通しており、短三和音や付加六変化和 音の偏重や下降する旋律群が短音階進行を採る1’寺徴を予見している。. 〈カンタータ「鐘」に関わる批評〉 「鐘」はラフマニノフ自身が会心作として最も気に入っていた作品であり、 音楽史上の数多いカンタータ作品中でも傑作との評価が高い。初演は熱狂的な 大成功であり、そのことが日頃から相性の悪い批評家たちの神経を逆撫でし、. いくつもの敵意に満ちた評論を生み出した。その代表的存在であるカラトゥギ ン(V.Karatfgin>のものを以下挙げる。. 「彼の音楽は、いうなれば一般聴衆の平均的好みを計算してそれに応じてい る。…. ラフマニノフの希有の才能は常に芸術に係わりのある線上を動. き、その表面を刺激するだけで決して中には踏み込もうとしない。…. つまらぬ内容に対して、外見の飾付けを華麗に仰々しくするのがラフマニ ノフのほとんどの作品の常套手段である。作品は恐ろしく誠意に満ちてお り、至るところにある種の大部分が非常に感傷的な情緒からなる、生きた 〈心的体験〉がある。しかし、この〈心的体験〉はお粗末で低級でわざと らしい。」注12. ラフマニノフの作品がたえず聴衆に対して圧倒的に支持されることに対する 感情的な攻撃である。「ラフマニノフの希有の才能」とは優れた折衷主義者と いう意味での椰楡であり、〈心的体験〉という言葉に軽蔑がありありと込めら れている。ラフマニノフの作曲技法上の音響効果を「外見の飾付け」というな. らワーグナーやR.シュトラウスの作品とどう区別できるのだろうか。外見的 な華麗さや多彩な音響に対する空虚さをラフマニノフ作品のみを対象に非難す ることはできまい。「鐘」に対する反論の多くは、ラフマニノフの音楽姿勢に 関する本質的な問題であり、両者には妥協の余地はなかったであろう。 1910年代のロシア音楽界は新しい表現語法を求めて騒ぎ立てており、モスク ワではスクリャビンやメットネルの作晶がもてはやされ、若手ではプロコフィ エフやストラヴィンスキーらが注目を集めていた。その中にあってラフマニノ. フは「過去の遺物」として批評家から集中放火を浴びながらも、自らの創作姿 勢に固執し続けたのである。彼のその頑固なまでの創作態度は、強い信念と批 判への覚悟を伴った精神的負担の上にきわどく成立しえたものといえよう。 〈. i3 〉.

(17) ・第3節 ラフマニノフ評価の変遷 ラフマニノフ作品の評価の動きは彼の残後、ほぼ次の3つの節目を経て今日 に至っている。. (1)ラフマニノフ残後∼1960年代まで. 「グローブ音楽・音楽家辞典」(第5版)における辛辣な批評に代表される 最も評価の厳しい時代である。その作曲家としての記述は以下の通りである。. 「… 作曲家としては時代に即していたとは言い難く、グラズノフまたは アレンスキーらの、優れてはいても通俗的な作曲家と同程度にしか、ロシ アを代表しなかった。バラキレフ派の民族的特徴もタニュエフまたはメッ トネルの個性も欠いていた。技術面では高度の才能を有していたが、その 幅は著しく限られていた。彼の音楽は巧みに構築され有効だが、音構成は 単調である。・・」注13. この時期の評論の多くは、ラフマニノフのピアニストとしての業績をそれな りに評価しながらも、個性的な作曲家としては認められておらず、チャイコフ スキーやロシア国民楽派たちの模倣的追随者としての見方が有力であった。ラ フマニノフが彼らの作品と多くの共通点を持っていることは事実だが、それら との本質的な相違点を無視していることが一面的なラフマニノフ評価となって いることは否めない。 (2)生誕百年(1973)以降の第一次再評価期. 1970年代から、ラフマニノフ作品は管弦楽作品や合唱作品などが次々と紹介 されるようになり、それら「発掘された作品」は従来言われてきたような没個 性的なもので,も、チャイコフスキーの亜流でもない優れた作品であることが次. 第に認められるようになってきたのである。そのピークが1973年の生誕百年を 記念した数々のイベントであるが、彼の生前のレコード録音の復刻版が「ラフ マニノフ大全集」として発売されたように、むしろピアニストラフマニノフの 再評価への可能性をも同時に追求するものであった。そのため、純粋に作品評 価を狙ったラフマニノフ作品全集等の刊行は実現されなかった。. 無伴奏混声合唱曲「晩祷」の空前の世界的ヒットは、ラフマニノフに宗教作 品があることすらほとんど知られていなかった音楽界に与えた衝撃度がいかに 強烈であったかを立証するものである。 (、り.

(18) .スヴェトラーノフ(E.Svetlanov)は、ラフマニノフをチャイコフスキー 以後の正当な後期ロマン主義交響作寡として位置付け、彼のほとんどの管弦楽 作品の録音を行ったが、そのことはラフマニノフへの関心を世界的に高めるき っかけをつくりだしたものとして注目されねばならない。また、イギリスのプ. レヴィン(A.Previn)も当時、ロンドン交響楽団を率いてラフマニノフの交 響曲などの主要な管弦楽作品をヨーロッパ各地で演奏してその真価を世に問い 続けていた。さらにイギリスの音楽学者P.Piggiotは、その著書「Rachmaninov Orchestral Music」(1970)を発表している。. このような一部の音楽家の熱心な演奏評論活動は、その後次第に多くの若い 世代の音楽家たちに受け継がれていくことになるが、批評家や音楽学者の積極 的な支援が始まるのは1980年代に入ってからである。 (3)残罪50年く1993)前後にかけての第二次再評価期. 1980年後半から1990年始めにかけては、作曲界での新ロマン主義やミニマリ. ズムに見られるように、旋律性や調性復帰の兆しが顕著となり、従来、不当に 無視されてきた20世紀始めの後期ロマン主義による埋もれた作品の再評価が積 極的に行われるようになった。そのような傾向の中で、ラフマニノフ作品の演 奏頻度は飛躍的に増大し、指揮者やピアニストも積極的に真正面から彼の作品 に取り組み出し、その作曲家としての活動も再検討されるようになってきてい る。ラフマニノフは再び人気の高い作曲家として復活した観があるものの、そ の作品論については必ずしも全て妥当なものとはいえず、古い評価を盲信的に 追従したものや、通俗作家としての偏見を底流に持つ評論なども、依然として 根強く残っているのも実状である。. 9 最後に、ここ数年の新しいラフマニノフ観をふまえつつ、本論文の目的と筆. 者の立場について言及しておきたい。. 第一に、ラフマニノフ作品はピアノ音楽という一面性のみで決して捉えるこ とはできない。彼の創作分野は多彩で複雑に関連している。ラ『フマニノフの音. 楽はあくまで作品全体を通して総合的に把握されねばならない。筆者は特に彼 の管弦楽作品と声楽作品に着目している。. 第二に、ラフマニノフ作品をある特定分野に限定してその傾向や特徴を指摘 することは必要であるが、全ての分野の創作活動を展望しつつ、総合的に解釈 文15).

(19) されることも重要である。そのためには、ラフマニノフの全作品に共通する要 素を探りだし、その傾向を分析的に究明することが先決となろう。. 第三に、ラフマニノフ作品分析にあたっては、まず、作品自体の持つ価値を 読み取ることが優先されるものであり、安易に他の作曲家との比較に走り、そ の類似性を非難する態度は慎まなければならない。それは、何よりも彼の書き 残した楽譜の中に見いだすべきことであろう。. 第四に、ラフマニノフに関する従来の一般論を検討する場合、それらを誤っ た先入観として排除することは容易だが、その中に散見される真理まで無視す ることはできない。この取捨選択は難しい課題でもある。従来の常説にはそれ なりの根拠があり、たえず柔軟な発想が求められるのである。. 筆者は、ラフマニノフの作品が現在も真の意味で正当に認識されていない側 面があると捉えている。彼の旋律の魅力、独特な音色感、感情的な起伏に基づ く表現法や構成論理などは、作曲上、具体的にどのような技法を用いているの. か、それらは実際にどの程度効果をあげているのか、また、その根底には彼の どのような創作観が影響しているのか、詳しく検討されねばならない。 ラフマニノフは、今日、われわれにとって極めて身近な存在となっており、. 彼の残した大部分の作品について、その楽譜や演奏資料が比較的容易に入手で きるようになってきている。そのような状況のなかで、従来のラフマニノフ研 究に欠けてきた分野が、彼の作曲家としての技法的、様式的位置付けと評価で あり、それらを通してラフマニノフの新たな側面を提示することが筆者の本論 文での最大の目的である。. (16).

(20) t第2章. ラフマニノフ作品の旋律学的考察. 第1節 旋律:を形成する諸要素. 旋律はラフマニノフの音楽を形成している重要な要素であり、彼の作品が今 日広く演奏家や聴衆に愛好されている根拠の一つとして、その旋律の持つ独特. な魅力を挙げねばならない。もちろん、ラフマニノフの音楽はその旋律のみに よって評価すべきものでは決してないが、彼の残した音楽の底流を常に流れて. いるのは旋律を中心に据えた音楽観であると考えられる。そのことは「旋律が 音楽であり、音楽の基礎である」注1という彼自身の言葉からも十分に窺えるも のであろう。. ラフマニノフの旋律は古いロシアの民族音階や教会旋法による単旋律音楽、 とりわけ、中世ロシア典礼音楽における聖歌との類似性が従来より指摘されて きた注2。ラフマニノフ自身、グレゴリオ聖歌「怒りの日」の管玉を自作品にし ばしば引用しており、ロシア時代からギリシャ正教会の典礼音楽とも関わりは. 深かった。彼は「二軍」や「聖ヨハネス=クリソストモスの典礼」等の宗教音 楽の作曲にあたり、中世以降の教会典礼音楽を深く研究している。それに関し て注目すべき点は,直接引用され和声付けられた定旋律群とそれらを模倣して. 書かれたラフマニノブの創作旋律とは外見上全く区別できないほど様式的に酷 似していることである。譜例アは古いズナメニ聖歌にラフマニノフが和声付け したもの、譜例イはラフマニノフが書いたオリジナル旋律である。 凡例ア古いズナメニ聖歌 …・一一7…一. 華i弄毒毒一琴≡垂靴 譜例イ オリジナル旋律. . oP3r Nol. iSEiiigiijSiiEiEge:iiiiiiiiEiiiigiifiiiiiESiiii このような狭い音域での順次進行はラフマニノフの多くの旋律線と共通ず’る. ものである。(例えば第3協奏曲の冒頭テーマなど). 後期ロマン派の多くの作曲家たちは、自作品の主題に民謡や聖歌の旋律を引 用する手法をしばしば試みていた。チャイコフスキーやロシア国民楽派たちは 好んでそれを多用したし漉、ブラームスやマーラーとて例外ではない。このよ うな姿勢は、主題そのもののオリジナリティーよりも聴衆に対するポピュラリ (17).

(21) ティーを優先した結果であり、民族主義的イデオロギーや世評に対するパロデ ィーとしての意味合いを秘めていることさえあった。つまり、作曲家の書いた 旋律については、それと類似する既成の旋律:を調べるこζによって、その創作. の過程や発想の根源が明らかになることも決して少なくないのである。(旋律 の類似性及び引用、転用については第4章で詳述する) 現在のところ、彼の旋律と似たものはいくっか見いだせるものの「引用」と 断定できるほどの同一性は認められず、結局、旋律はオリジナルなものと考え ざるをえないという消極的な見解が一般的である注、。おそらく、作曲者の心の. 奥底にはロシア聖歌の抑揚が常にっきまとっており、それが無意識のうちに旋 律創作に反映されていると考えるほうが妥当であろう。 ラフマニノフの旋律:は概して一つのプレごズが長く、流暢で連続的であり、. それらを構成するいくつかの特徴的な要素が存在する。これらの要素とは、旋 律自体が内包している動機的素材のみに限らず、旋律の輪郭を形成するための 作曲上の創意工夫まで含めたものである。. 本章では、まず始めにラフマニノフの旋律の特徴を分析し、従来からさまざ まなレトリックによって曖昧に表現されてきた「ラフマニノフ・メロディー」. の正体を探っていくことにする。旋律自体が本来持っている形態的特徴や変形 の可能性は作曲上極めて重要な要素であり、その旋律特有の音楽的性格に関係 してくる。旋律:は時として作品全体の印象を決定するほどの強い支配力を持っ. ため、旋律の魅力がその作品自体の評価を左右する場合も少なくない。また、 それはラフマニノフの旋律に対する嗜好性を解明することにもつながる。 特に断るま,でもないが、ロマン派の音楽において旋律:は和声と密接な関係に. ある。作曲家は新たな旋律を発想するとき、無意識のうちにその背後にある和 声まで見通している場合が多い。したがって、本来は旋律を考察していくうえ で必然的に和声についても言及せざるをえないのだが、詳しい和声分析につい ては次章に譲り、ここでは旋律の形態的特徴に着目するために敢えてく旋律を. 形成する諸要素〉とく旋律線と音楽表現との関わり〉の2点に絞りこんで考察 していくことにする。. それに先だって、本論文における旋律の概念および定義について触れておか ねばならない。 qg>.

(22) 噂「旋律:」(melody)という用語は音楽の3大要素の一つとされ、広く用いら. れている一般的な概念ではあるが、その定義は極めて曖昧なものである。基本 的には「単音による種々な高度による連続」tr..5や「高さの異なる音の水平的な 連続」注,などで説明されるが、旋律学上でも「厳密な定義は一致していない。. 例えば、ヴァスベルゲ(Waesberghe)の旋律理論では「旋律とは高さを異に したいくっかの音が(外的な)形式および律動に関してひとつのまとまりを構. 成するように、しかもなお、相互のあいだに存在する機能的近親性の法則に従 って、配列されたもの」注,と定義しているが、旋律を考察するうえで旋律構成 ノ 音の相互近親性に着目した視点は重要である。即ち、旋律の個々の音を反復、. 連結、まとまり(単位)、対比という4っの機能において分析できることを実 証した点である。また、エリクソン(R.Erickson)は「面高」と,f持続」とい う基本特性によって旋律の構造説明を試みている。注,. 旋律の把握は多分に主観的要素が入り込む余地があり、実曲において「ある 特定の旋律」を言及する場合、さらに複雑な問題がいくつか生じでくる。. 第一に、「旋律」とはどのような音型を指すのか特定することが困難な事例 が生じる場合である。歌曲のように主旋律が明確に見いだせるものはよいが、. 器楽作品に見られる錯綜した音響群において旋律を特定することがさほど意味 をなさないものも存在するからである。第二に、「旋律」と楽句(phrase)、 主題(thema)との相互関係である。旋律の概念を拡大すれば主題や楽句を構成. するために不可欠な要素となりうるが、一般に旋律を必ずしも楽曲構成に必要 な要素として捉えないほうが普通である。第三に動機(Motiv)との関連性に おいてである。旋律を狭い意味で捉えればそれは動機レベルの音型まで旋律と 言えなくもない。これについては「動機は旋律の個々の分節とみなされ、完成 した旋律や主題とは違う」注,というライヒテンFリット(H.Leichtentritt)の. 説明が示唆を与えてくれる。. 筆者は旋律は動機を内包し、楽句を形成する重要要素として定義する。その ため、主題を楽句の集合体とみなして、主題全体に対しては旋律群という表現 を用いた。したがって、旋律は各用語を包括する総合概念として捉えている。. なお、本章で扱う旋律分析は各曲の主要主題を対象としている。「旋律」の 概念は、対旋律やバスライン、あるいは歌曲における声楽パートのようにさま 〈}9 ).

(23) ぎまな見解から拡大解釈できないこともないが、ソナタ楽曲の主要テーマ等は. 作曲家が最も重視して構想したものであり、その中にその作曲家の個性が反映 されている可能性が高い。筆者はラフマニノフの旋律の特徴を、まず、その主 要主題群の中である程度分析的に類型化できれば、それらに関連している他の 副次的な旋律パートにも十分適用できるものと考えている。. 以下、ラフマニノフの旋律中に認められる特徴的な構成要素を洗い出してみ ることにする。. ①順次進行. ラフマニノフの旋律はなだらかな順次進行をとる例が多い。中には単純明解 な音階進行や半音階進行がそのまま活用されたものもある。それらは一直線に 上行・下降するものから、経過音や刺繍音を伴ってうねりのように何度かゆれ 動くものまで多様である。しかし、一見複雑な動きに見える旋律線もその反復 音型や非和声音を捨象すると順次進行に帰結する。譜例a. P−c・N・ユエT,. al$S¥ll:1:llllEIIIIII!llilllil1211ffllllFl:ilEi::lllll:−ll:IEI=ll:lil. 譜例bではD音を軸にして順次進行による旋律が延々と続くものである。旋 律線は減5度の範囲で上行下降するのみである.. p. C.N。BIて。. この旋律:はトッホ(E.Toch)によれば、波状型旋律群に分類できる。狭い音. 域に限られた旋律線の変化は、前述した聖歌旋律との類似性が顕著である。. 異例。は†見跳躍進行に見えるが、その旋律の流れは基本的に順次進行の要 素で組み立てられている。この旋律はDis音が軸となっている。. clajre!iSZIgiS−;E プLっエ_ドop32 Mo 1亀. ②シンコペーション. ラフマニノフの旋律中にはシンコペーションが効果的に用いられており、次 の例はシンコペーションによって、旋律線の頂点が明瞭に示される。. ssgsiiiiSil¥¥11gii 1. P・C ”04 1 Ti. (20>.

(24) 旋律の前半に反復して用いた次のような例は、その後のクラマックスを誘導 する役割を担う。. g7. N ul iV TI. ラフマニノフの旋律中に見られるシンコペーションは、そのリズム的抑揚を. 彼が愛好したというだけでなく、後述する弱拍出やタイと連動して、強拍部を 避けつつ旋律線の頂点を形成するための一手法と考えられる。. ③分散和音的跳躍進行 トッホによれば和音に支配された旋律群ということになるが、ラフマニノフ. の旋律にはこのような同一和音を背景とした分散和音的跳躍進行が効果的に使 われている。. 華華彗≒喪藝珊瑚蘭㌔ この旋律は跳躍進行した後は順次進行に落ち着くという典型であり、旋律学 において音による運動力学的効果注1。として説明されているものである。譜例 は、13度に及ぶ頂点型の旋律線がクライマックスを形成している。 野田e. e輩葦下期誕門崎塾志野藝韮… 》軸. P・C.No3 11iL. ラフマニノフの場合、跳躍する方向は上行型が圧倒的に多く、下行型は稀で ある。次の年例は後述する反復進行(ゼクエンツ)と密接に関わっている数少 ない下行型の一つである。 譜例f. Sy., Nb3 S T. ④弱拍出 (弱拍部の開始). ラフマニノフの旋律は休符を伴って弱拍から開始される提示が目立っ。これ は対位法的な発想に起因すると考えられる。ラフマニノフはタネーエフのもと で厳格対位法を学んだことにより、旋律を書く場合もその精神が無意識に反映 されたと推察される。主旋律:が強拍部から「ずれ」て遅れて入る手法は、旋律:. の冒頭を際立たせう効果があり、聴き手に旋律の出現を意識させやすい.この 意図的な「ずれ効果」は表現上の緊張感や意外性、新奇性などを生み出す。特 (21).

(25) に、声楽・独奏楽器と伴奏部との絶妙な掛け合いは表現に立体感を与える効果 がある。彼の歌曲の多くがこの例に漏れないし、ソナタ楽章における多くの主. 題の中にも必ずこの弱拍出が多用されている(例g∼j) 一例g SγPt,2、 Jl、丁,. 言普{列h Vc, S・”ata. OPN9玉一. 華莚≡ヨ≦云云尊卑 譜例iVocal ise OP3ZI・・ 14. ・ 幽 $¥EiiifiiSiiEiiiiiiiiii. 譜例jI. geiiEiSiffiSSiEMiiii sか・3.工T2. ⑤タイ. ラフマニノフの旋律線に見られるタイとは、下柳部に置かれた特徴的なもの である。この発想は前述④の弱拍出と共通するもので、拍節感をずらす効果に. より独特な旋律の抑揚を作りあげている。(譜例k,1) RC.N・2工 kliEIEEIIIIEIIIIEIEIIIIiElllllllEIEIIIiElilliliEIIIIIIIEIIilll;1::EllllilllllliEEIIIIII. N. z黒垂圭畦垂肇≡垂圭垂睡華謹漏孤 このようなタイによる抑揚はロシアの他の作曲家も用いている。譜例はグラ ズノフ作品に用いられたものであるが、ラフマニノフの旋律的抑揚と酷似して いる。しかし、その和声様式や色彩感は明らかに異質である。. グラズノフ:〈弦楽四重奏曲第1>終楽章. 一gEgfi$ssssg$g=s ⑥リズム分割. 旋律の強拍部分を特に強調するために、その上価を細分割する方法である。. ラフマニノフの場合、旋律の順次進行を維持させるために用いられたものと考 えられる。鼻差はその和声と旋律の骨格とを対比させたものである。 .「一一「. ヴし. @. 一. 9. _..,. 一. llilElllilillElll.¥llllllllllEIEEII1111111111ilEll. 工. ▽1 エ. J■. 月. P.CN。3工丁,. (22>.

(26) ’〈音の絵〉作品33第1ではその典型的な使用例が見られる。. このようなリズム分割は当時のロシア作曲家が好んで用いている。比較のた めボロディンの用いた例を挙げておく。. ボロディン:〈イーゴリ公〉より「ダッタン人の踊り」 eslSfilEIIgsiltslEEIpt131illllllllliilEEIi:EIE:llEIEI!illlEill:lll:IIIIIIIIil. ⑦戯画的動き. 逸音は自然な旋律の流れに逆行する感じの非和声音であり、ラフマニノフの 旋律の抑揚を特徴付けている要素の一つになっている。この動きは旋律進行の 中で「ゆれ」の効果を生み出す。厳密に言うと「逸音を伴ったゆれ」と「筒音 を伴ったゆれ」とに大別できるが、その違いは背後にある和音とそれに対応す る旋律構成音との関係(特に開始音)により決まる。そのため、外見上は全く 同じ動きとして扱われるものである。 フ。しilt’1・’. OP5=Z一一lt.一. ’TL :一 P. CNv−i. 逸音の例. 椅音の例. 一 , L一一k ¥tskfitz3:iiiptiEiiii. ⑧反復進行jt エ・エマ ▽ブ正 v「五7鍵田 一般に旋律が聴衆に親しまれるための手法は適度な反復であると言われる。 短い断片的モaティーフでも反復することによって、初めて何らかの音楽的な意 味を持ちうる。その反面、反復があまりに執拗すぎると音楽自体が単調になる という欠点も生じる.(更フマニノフは主題の再帰場面などでの単純な反復を 極力避ける傾向にあるが、これについては後の章で改めて詳述する) ここでは旋律中に現れるゼクエンッ進行に着目する。ラフマニノフの場合、 主題旋律は主調確保を重視するため守調的ゼクエンッが多くなる傾向にある。 亡命は急調的ゼクエンツによる一例として示す。. 第2協奏曲エT。. ]pt!Siiptig:igffSi¥¥S¥!iES;Eiii;iii (23).

(27) 次の真性ゼクエンツの例は転調の妙味をもっている.. ⑨特徴音. ラフマニノフの旋律にはジプシー音階からの特徴音を伴う増減音程がしばし ば見いだされる。特に初期の東洋的な題材に基づく作品では、その性格上、意 識的にそれを用いている面もある。この東洋趣味は、当時の国民音楽派、特に リムスキー=コルサコフの影響が著しく認められる。 オリエンタルダンス 増2度 作品2−1. iEii$gaj15Si¥iES;llfflllfE. ロマンス 作品6−1. 減4度、. 一. igeifljfiia」igdi#:EfiiSi:E}. 第4・交響曲. x, 」.. iiEaglggEEEEfiiSiiEi. 第一楽章. また、長調の旋律中に同主調の短調の特徴音が借用されることも多い。この 現象は下行旋律に頻繁に起こり、その場合、IV度の変化和音を伴って出現する 頻度が高い。そのため、ジャズのブルーノートに近い音楽的情緒を誘発する。 これをラフマニノフ流の「短調への傾斜性」と呼ぶ。ラフマニノフの旋律がメ. ランコリーであるとか、憂いを含んでいるなどと形容される所以である。譜例 は第2協奏曲終楽章の有名な第二主題で、その典型例とされる。 っk. ・A一. iSliiptiiESiiiEESEfiiE:liEiiiiEEeiEi v ⑩補則. 前述した各要素はあくまで旋律の形態的な分析によっており、その音楽的背 景や表現効果をさらに掘り下げてみる必要があろう。以下、項目別に補則とし てそれらとの関連性について述べてみたい。 [非和声音について]. 旋律学上、非和声音の扱いは重大な意味を持つ。椅音や掛留音などの非和声 音を効果的に旋律の流れの中に取り込むことによって、その旋律は特有の抑揚 を帯びてくる場合が多いどラフマニノフの旋律も柔和声音の巧妙な扱いが目だ (24 ).

(28) っているが、その理由は前述した順次進行(経過音・刺繍音)、シンコペーシ ョン(母音)、タイ(掛留音)などとそれらを背後で支える和声とが表裏一体 を成しているからである。むろん、旋律中に見られる非和声音の扱いはどの作 曲家にとっても重要な旋律:形成要素であり、・何もラフマニノフだけに限定され. るものではない。さらに、その背景には作曲者の和声感覚が影響してくるのは 当然のことである。. [リズムパターンについて]. 旋律がどのようなリズムパターンによって、動いていくかという分析も重要 である。タイ、弱拍出、シンコペーション等は旋律:のリズム分割を促す要素で. もある。ラフマニノフの旋律は2∼3種類の音曲による比較的単純なリズムの 連続からできているものが大半で、特に主要主題においては複雑なリズムを組 み合わせた実例は稀である。このことは旋律のなめらかさを引き出すことと密 接に関係している。ソナタ楽章の第二主題のように叙情的な旋律群ほどその傾 向はより顕著となる。リズムの明解性は聴衆側にとっても旋律が覚えやすく、 親近感を与えるものである。 [旋律と楽想との関連について] ラフマニノフの音楽は「勇壮で力強いもの」と「叙情的で憂欝なもの」rt.1 r. とに大別されよう。前者がしばしば「ラフマニノフ・リズム」と呼ばれる歯切 れよい簡潔なリズムパターンが用いられる器楽的発想に基づくのに対して、後 者はソナタ楽章の第二主題や緩徐楽章で集中的に見られるような声楽的な歌謡 性に基づいおり、ラフマニノフの旋律に対する依存性がより濃厚となる。 〈プレリュ、一ドト短調〉はその両楽想を兼ね備えた典型的な例といえる。主. 部の重厚な和音を連ねた行進曲調の楽句は分散和音的跳躍進行であり、それら は背景の和音に支配されている。それに対して中間部では仔情的な旋律が順次 進行による柔和な旋律線を描く。両者の対照は見事である。(下の譜例) r”’”””T一一一r一一’一. 予 ・r: 8. g y一一. H. 17. 8. 耳.}. このように、ラフマニノフの旋律は求める楽想によって適所に効果的に提示 〈2S 〉.

(29) 挿入されている点を見落としてはならない.. 以上の9要素を踏まえて、再度、総合的な視野からラフマニノブの旋律を分 析してみることにする。. 譜例mは第2協奏曲第一楽章の第二主題であるが、この旋律:には音階による 順次進行、シンコペーション、分散和音に加えて、反復進行とIV度変化和音に よる特徴音が見られる。リズムも四分音符を主体にした平易なもので、二分音 符によるシンコペーションが「うねり」のような振幅の大きい変化を生じさせ ている。 順次進1テ_→. 譜例m. 反回行i. 特徴音. 、. ’ G散和音的進行. 三音的進行. 一. 素引nは同じ第二楽章の主題である。この主題は2つの異なった性格の旋律 が見事に結合された例といえる。これは前半、弱拍出と{奇音を頭に持つ反復進. 行(守山高上クエンツ)が見られる。後半は波状型順次進行によってGis音を 中心に刺繍音や逸音的動き(このGis音はここでは和声上は筒音となる)が特 徴である。gの音型は中間部において展開上重要な役割が与えら紅ている.. g;“iisilll¥lilllE$llllilllllllllllkEllllEllllEEIIIIIIIIIEEIIIieth. ;=z..:tL===zrt一!==;〈”a’ne’. 波状型題次進行「. 第3協奏曲終楽章の第二主題では分散和音的跳躍進行、シンコペーション、 タイ、反復進行などさまざまな要素が散見される。この主題の前半、跳躍進行 が目立っのは、その直前にピアノが和音で主題の骨格をリズミカルに予告する ためである。後半部では旋律線は本来の順次進行主体に戻っている。 ・)タ. 、. @ ’. 續緒o. 反復進行. 分散万宝進行. )タイ. 第4協奏曲の第一楽章では次のような主題がピアノに出るが、刺繍音や経過 音によるまとわりつくような波状型旋律を示す。(後期の作品では旋律線の動 きに若干変化が生じてくる) !ti=:=tr一一一. 3. 一. 1’3n. に32. 」一 一華・5幽き王蜻一 −一 革辛. 筆者は前述した9要素の一つ一つがラフマニノフ特有の要素であると言うっ もりはない。このような旋律構成要素はどの作曲家にも認められるものだから (26).

(30) である。例えば、次の譜例は①の音階的順次進行に基づく旋律である。. ショパン:第1協奏曲、1、T,. geptfiptgeifi−ptee一一. しかし、この旋律は①の要素のみで構成されており、その他の要素を持ち合 わせていない。つまり、その点でラフマニノフ的な抑揚とは無縁である。. バラキレフの第1交響曲第三楽章第二主題の旋律は前例と同様に音階進行に 基づく旋律線の起伏の明瞭なものである。②タイの要素もある。 ’. T7: T. d. . r−N. それとてラフマニノブの第4協奏曲の第一楽章第一主題と比較すれば、その 相違点がはっきりしてくる。. 、. ●ひ. ゆ. ρ、. ’. 主点些至塾塗. ラフマニノフの場合、旋律構成要素が音階順次進行だけでなく、④弱拍出、 ②シンコペーション、⑤タイ、⑧反復進行の順に複合的に取り込まれているこ とが分かる。ラフマニノフの旋律は各要素の組み合わせ効果に強く依存してい ることを暗示する。筆者が着目しているのは、これら各要素の使用頻度とその 活用上の特徴である。. ラフマニノアの旋律に見られる特徴的な要素を分析していくと、その旋律線 の動く方向性とリズム面での強調効果とが連動しながら、独特な抑揚を生み出 していることが予想される。それらはいずれもいくつかの要素が複合的に取り. 込まれているものの、個々の要素は極めて単純な素材であるため、旋律線は明 瞭な輪郭を描き、聴き手も理解しやすい。しかも、あまりに素朴でありふれた 素材の組み合わせであるにもかかわらず、ラフマニノフの旋律は個性的な響き に溢れ、深い音楽的情緒を宿しているのである。その原因は旋律線の変化が明 解な音楽表現と結び付くように、あらかじめ旋律の動きが巧妙に計算されて設 定されているところにあると推測されるのである。 その点について丁丁で二曲に即して具体的に考察していきたい。. (27).

(31) 旋律線と音楽表現との関わり. 第2節. ラフマニノフの旋律線はその目指す方向性によって(1)頂点志向型、②減衰型. の2タイプに概ね分類できる。ここでは旋律線自体の細かい動きだけでなく、 そのモティーフやフレーズがいかに積み重ねられて一連の旋律群を形成してい. v. るかに着目しつつ、旋律線と音楽表現との関連性を考察していきたい。以下、 x 両タイプについて具体的に述べる。. (1)頂点志向型. 「頂点」とは音楽表現上のクライマックスを意味する用語である。ラフマニ ノフの旋律には、作曲者自身が「ポイント」と呼んだクライマックスが設定さ. れており、それは大抵、旋律群の中心部もしくは後半部(特に終末直前)に置 かれている。旋律線はクライマックスに向かって少しずつ上昇していき、頂点 において最高音を獲得して以後減衰下降していくパターンをとる。これは裾野 の広い山の輪郭にも喩えられ、非常に雄大かつ明瞭で感覚的に理解しやすい自. 然な表現となっている。しかも、楽譜上においても音高がそのまま曲想面での 起伏変化を喚起するため視覚的なイメージとしても十分に把握できる。次の譜 例は第2ピアノ協奏曲第一主題であるが、独奏ピアノによる分散和音上に、弦 楽器群を中心に旋律が延々53小節にわたって続く。. L−Eak−L 3一一一“ S AU 7 .8 9 , o. ラ. sf一一”’. 1/ t. v. e.. 興}卵渇…日=手押藩. 3A一.c4U,一. ∠6. ヨー. 登L一一. hw一一V. +LtUff. iHa−a v. ff. 一一一eS=. 20. !7ト聾∼. ‘. z ..一一Q. 一仇叫一+ Itll;}?’__一鞭 112LEEzz=一一= 3 ut一.L’3k−x.. 3ナ{㍉. 3C∠’一『、」♪. 司…葦琴海海. 女!. ウ2. 3. ft一一. P 一一∫ ×. SS一『一舶、. 3ア. げ噛 一解Y. .%∵…一て冨く一\タ8. b. U,...Lvt. xf. 。r一\. 伊一 5、. s=7nJ[一之 汀{. 曲一 圭 _. 〈28). σ㌧帆. 亜 Ptc.

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