゛社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第8号 1996 (pp.71-77)
多元的価値に基づいた「世界史」構成の開発
A Model
of
World History Framework based on the Plural Values
1 はじめに 近年話題になった「歴史の終わり」1)や厂オリエン タリズム」2)などに見られる歴史認識は,それぞれ異 なる社会的,歴史的条件の下に生活している人々の価 値判断の相違を如実に物語っている。前者は,世界は リベラルな民主主義によって安定化の方向に向かって いると述べたものであり,後者はそうした見方そのも のが,一部先進国の身勝手な偏見にすぎないことを看 破しているのである。3) 個々人の価値判断の背景には,伝統文化や経済状況, 宗教やイデオロギーなど,環境要因が大きく影響する。 特に歴史は,各人が置かれてきた環境を説明する道具 として,最も価値が混入しやすいものなのである。ま さしく歴史は,多くの事件と複雑な関連性,複数の価 値観が行き交う宝庫であると言えよう。 現代の社会は,技術や資本,情報や通信など,ボー ダーレスな世界へと動きつつある。人と人との交流も あらゆる形で促進され,それに伴って様々な問題が生 起してきている。絶え間ない地域間紛争やテロの横行, 外国人労働者の流入と失業問題,国際的な富の不均衡 と国内的な階層構造の垂直化など,国内,国外におい て,いわば厂第三世界化」4)が進行しているのであるO こうした国際環境の中で,世界史教育が解決しなけ ればならない課題は,あらゆる社会階層やあらゆる国 家,民族の立場をも考慮し,多元的な価値判断が可能 な世界史の授業を行うことである。その前提には,価 値の多元化を可能ならしめる世界史の構成原理を追求 し,さらに開発を進めることが重要である。我が国の 世界史教育は,その系統主義的性質のため,歴史構成 の問題が,歴史認識の問題と不可分に結び付いている。 その意味から,ここでは多元的な価値をカバーできる 歴史構成の原理を考え,それに基づいた具体的な世界 史構成の開発を目指す。 2 世界史構成の分析の枠組 社会学者のA. Y. Soは,社会と歴史を見る「見方」 についてム理論」の三つに分類,「 ̄近代化理論」し,それぞれの,「従属理論」,特徴「世界システを紹介して 乗 田 政 長 (大阪府立平野高等学校) いる。5)社会発展のモデルとしてのヨーロッパ型近代 化が,第三世界などでも実現可能であると思われてい た時代は,「近代化理論」の見方が優勢であった。し かし,第三世界の窮状が,実は歴史的,構造的なもの に原因があり,決してヨーロッパ型近代化では状況の 解決は難いことが分かってきたとき,「従属理論」が 生み出されてきた。前者は,いわば先進資本主義諸国 からの発展のモデルを提起し,後者はそのアンチテー ゼとして,第三世界の立場から,世界資本主義体制へ の批判を行ったのである。 これら二つの「見方」は,それぞれ第一世界と第三 世界の自己主張として受け取ることができる。従来の 我が国の世界史教育においては,前者の「見方」が圧 倒的であり,それゆえに西洋中心主義に過ぎると批判 があった。またその点を補うためになされた「文化圏 学習」も,十分に世界の諸文化の価値相対化を進めた とはいえず,あらたな問題も提起されている。6)ある いは,こうしたことを主題学習によって解決しようと いう試みもあるが,7)あくまでも世界史の構成の問題 として位置づけ,根本的な変革を考えなくては,本当 の意味での解決とはならない。これは,主題的に第三 世界に焦点をあてたり,「従属理論」のアプローチの ように,一部,「植民地化」された地域の窮状を心情 に訴える手法によって紹介するということを指してい るがj)紹介された側の地域のネガティヴなイメージ はそのまま生徒の認識として記憶されるに留まるので ある。世界史構成に必要なのは,先進国のみを「主役」 にしたり,第三世界だけを「見る」のではなく,「世 界」を主語にし,内部にダイナミックな支配と被支配 の関係を構築することであり,それによってはじめて, 諸地域の各々の価値の並立を可能にするのである。 そのために有効なのが,「世界システム理論」であ る。まさしく,「世界」を主語として構成することが 可能であり,諸地域の繋がりを,構造的に捉えること により,網羅主義的世界史に代わって,社会構造とシ ステムの変化を追うことで,歴史の流れや空間的な繋 がのりの理解が容易になる並列ではなく,ダイナ。しかもミックな支配と被,単なる「文化圏」支配との関 71 ―
係 が明 かになり,辺 境の地域 の歴史も, システ ムの一 部 として描 き出 すことで,西洋 中心主 義を相対 化す る こ とができるのであ る。 3 既 存 の 世 界 史 構 成 理 論 以 下 に既 存 の世 界 史 構 成 の概 念 図を 作 成 し , 考 察 し て みる 。 ( 1 ) 近 代 化 理 論 の世 界 史 構 成 図 の 1 と 2 は, 従 来 の 「 文 化 圏 学 習 」 を 概 念 化 し た も ので あ る。 図 1 は, 1960 年 版 , 図 2 は1978 年 版 の 高 等 学 校 厂世 界 史 」 に基 づ い た も の で, 縦 軸 は時 間 の 流 れ を , 横 軸 は空 間 的 な広 が り を 表 現 し て い る 。 両 方 と も, 16-18 世 紀 を 近 代 の始 ま り に 置 き , そ れ 以 前 を そ れぞ れ の 「 文 化 圏 」 を 並 列 に 配 置 し て 構 成 さ れ て い る 。 こ れ で は, 各 文 化 圏 相 互 の交 流 関 係 は希 薄 で , し か もそ れ ぞ れ が 静 態 的 に 描 か れ て い る こ と が 分 か る。 ま た近 代 以 後 は ヨ ーロ ッ パを 中 心 とし た「列 強 」によ っ て 世 界 が一 体化 さ れ, 近 代 以 後 が , 前 近 代 と は異 な る 特 別 で 意 味 の あ る も ので あ る よ う な認 識を 与 え , かつ ヨ ーロ ッ パ中 心 主 義 を 助 長 す る 結 果 と な っ て い る ので あ る 。 い わ ば 近 代 化 理 論 の 世 界 史 構 成 が, そ のま ま の 形 で 表 さ れ て い る に す ぎ ず,s )前 近 代 と近 代 と を 全 く 異 な る論 理 に よ って 配 列 し 直 し た も の と 言 え る の で あ る 。 ( 2) 反 近 代 化 理 論 の世 界 史 構 成 西 洋 中 心 主 義 を 相 対 化 し, 独 自 の視 点 よ り 世 界 史 を 眺 め た 歴 史 家 にM. G. S. Hodgson が い る 。I°) 図 の 3 は彼 の 理論 を 下 敷 き に し た も の であ る。 内 側 の実 線 枠 は彼 の言 う ア フ ロ ユ ー ラ シ ア複 合 体11jを 表 現 し てお り 時 間 と と も に そ れ が空 間 的 に 広 が っ て い く こ とを 表 し て い る。 こ の モ デ ルで は, アフ ロ ユ ー ラ シ ア複 合 体 が 歴 史 の主 役 で あ り , 中 世 に お い て は イ スラ ムが そ の 中心 に 位 置づ け ら れ て い る。 近 代 と前 近 代 と の間 は, 「 大 転 換 期 」12)と い う時 期 に よ っ て 完 全 に 区 切 ら れ て は い る が , こ れ は世 界 が 一 体 化 し た も の と い う ので は な く , 世 界 は あ らか じ め一 体 化 し て お り, た だ 質 的 な 転 換 が 生 じ, 世 界 全 体 と し て 近 代 に移 行 し た のだ と見 て お り , ヨ ー ロ ッ パ 中 心 主 義 を こ のよ う な 形 で 相 対 化 し て い る 。 た だ, オ セ ア ニ ア や アメ リ カ大 陸 な ど が そ の 中 に 参 入 す る の は16世 紀 以 降 と な り , そ の た め , 全 世 界を カ バ ー す る に は無 理 が あ る。 こ の地 域 が 近 代 以 前 に, ど のよ う な形 で ア フロ ユ ー ラ シ ア 複 合 体 と 関 わ る の か を 探 る必 要 が あ る。 ( 3 ) 世 界 シ ス テ ム理 論 の世 界 史 構 成 従 属 理 論 に よ っ て 世 界 史 を 構 成 す る の は, そ の性 格 上 不 可 能 で あ る。 な ぜ な ら, 従 属 状 態 に 置 か れ た 第 三 世 界 そ れぞ れ の 国 家 史 の総 体 と し て し か 描 け な い か ら ― 72 ― * 1 世 界 史 構 成 概 念 図 ア フ リ カ 現 代 の世 界 中世 ヨーロ ッ パ 世界 ロ ー マ帝 国 ギ リ シ ャ世 界 現 の i ・ ・㎜ I 転 図 1 イ ス ラ ム世 界 古 代 オ リ エ ン ト 世 界 図2 世 ---・ 換 −・・・㎜−㎜・皿皿皿−皿 モ ンゴ ル帝国 古 代 イ ンド 世 界 清 明 元 宋 閾 諦 国 漢 古代中国 世 界 オ ス マ ン期 サ フ ァ ビ ー期 ムガ ー ル 期 清 モ ン ゴ ル 帝 国 元 イ ス ラ ム の 時 代 ( ア フ ロ ユ ー ラ シ ア 複 合 体) アフリカ ア フ リ カ 古 代 オリエ ント世 界 古 代 イ 世 界 ン ド 図 3 --・---4・ 毟 ご iパ の へ1 フペ ゲモよ.. ….._………... レ 川 凵オスマンわ77 り 華 …… メ 1 1 古 代 中 国 世 界 ム ガー頌 渭 ; : ` モン ゴル摺 | │ア ダース 期 -- ■-■-一赫儡髻蚰疊-a一岬皿 古 代 オ リ 古代 イ 古 代 中 国 ロ ー マ帝 国 エ ン ド ンド 図4 …----:「 資本 主 義 世 界 システム」 ド ゛¨¨ ¨  ̄ … …… ド 厂イ ス ラ ムの シス テム」 l ll l ll −・ミq−=ミrミミ l ・ l l ・ 一一一 ヨ ー ロ ッ パ ア フ リ カ | E …...j 中 東 口 ﹂ ⋮ ⋮ ⋮ r− −・− | | | l .. ... .... ..J イ ン ド 中 央 ア ジ ア 図 5 東 ア ジ ア ア メ リ カ ・ オ セ ア ニ ア −− -一一一一− ア メ リ カ オ セ ア ニ ア オ セ ア ニ ア ア メ リ カ オ セ ア ニ ア ア メ リ カ 19C. 16C. 18C. 18C. 7 C. BC. 6C. 20C. 18C. 14C. 7C. 16C. 7 C.
である。ただ,第三世界が生み出され,従属下に置か れていった過程に注目する視点から眺めたものに, L. S. Stavrianosの著書があるが,13)これ・も第三世界 を主役に置いたものとなっており,多元的な価値を保 証するとは言い難い。 そこで,ここでは世界システム理論に基づいた世界史 構成について考えてみる。図の4は,世界システム理論 のA.G.Frankのプロジェクトを基にしたものである。 Frankは, I. Wallersteinu)やG.Modelsk115)らと は異なり,単一の世界システムが,過去5000年の長き に渡って存在していると主張している。16)その理論背 景には,近代以前の13世紀にすでにユーラシア大陸を 横断する世界システムがあったと主張するJ.L. Abu-Lughodの研究がある。17)そしてその中に見ら れる,ヘゲモニーの変遷過程こそが,近代世界システ ムのみを特別なものとしてしまう欠陥をうまく補強し てくれる。つまり,ヨーロッパが中心となった近代世 界システムは,それ以前に存在していた,ユーラシア 大陸内部の世界システムのヘゲモニーが移動したこと によって生み出されたものであり,両者は断絶した関 係なのではなく,連続したものであるという見方なの である。この構成原理の特徴は,最初から世界を一体 化したものとしているということと,近代と前近代と の断絶を認めないということ,さらに各時代の様相は ヘゲモニーの変遷によって表され,それは同時にダイ ナミックな支配と被支配との関係をも表現していると いうことなどである。 (4)世界システム理論の拡張 図の5は,次元の異なる複数の世界システムを想定 したもので, J.O.Vollの研究を基にしている。18) Vollは,世界システムの概念を拡張し,資本の蓄積 や交換を中心としたシステムとは別に,「社会倫理的 シンボル」19)としてのイスラムを仲立ちにした世界シ ステムを想定した。近代以後,「資本主義的世界シス テム」が我々の生活の中心を占めているのに対し,イ スラムという異なるシステムの存在を提起することに よって,ヨーロッパ中心主義を相対化すると同時に, 現代もなお人口の急増が続いているイスラムの歴史的 役割に注目させることが可能となっている。 (5)「文化圏学習」改良型の世界史構成 図の6は,匚地域世界」を設定することによるモデ ルである。2°)それぞれの「地域世界」は,今までの 「文化圏」とは異なり,相互に交流可能な流動的なも のとして表される。このモデルでは,従来の「文化圏 学習」では描きえなかった,空間や構造,時間の重層 的な関係を,国境を超えた地域空間としての場の中に 結び付け,動態的な「地域世界」の複合体として世界 ア フ リ カ文 化 圏 ア フ リ カ 西 地 中 海 文化 交 流圈 →← 現 ヨ ーロ ッ パ文 化 圏 代 ← → r""`""": 1ヨーロい レヽごのへ: の − 1 世界ス テ ッ プ文 化 交 流圏 ゛ ゛ 東 ア ジ ア 文 化 圏 ︱− ︱ ︱− − ︱− ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱− 1 1− 1 1− ︱ ふ911141 Φ 4 1 南 シ ナ 海 文 化 交 流 圈 ↓ イ ン ド 洋 文 化 交 流 圈 図6 1 甼 →← ア メ リ カ ぶ .-│ ゲモニー、(71?とと三匸??了囀 : :I r--苓T 万ごと…---…--・---・:ごと二?熈 7勁アオ W t……−' モン ゴル 白 洲 冲ム哺大 亠 7 7 L…._(グヤ:72−5シ‘')7優勢) _、( .拶忠司茆謡騙...…!.二.こ.で....匸.●...で.こ.j.二豎 ] │ユーラシ了ンランドヘゲモニーの時代凵 I""""""¨'“""""'−………"-'jl l 中東−インド一東アジアi *点線内はヘゲモニー領域を表し, −は交流を表す。 図7 ? 竺 こ二竺 ………… … Lク ダ ゼ 匹 ご び 匹 竺 ゴ] r¨¨¨゛冖 r""'^¨¬ r‘¨""・ r¨一¨¨鬥 と ご匸. 然 匸 ヱ よ八 憮] 匸 二 二 子] 亘 亘] 圧 二 二コ 一一一一一一一-"""""一q--一一一1 "`'゜`゛"""""^`""゜゛゛'│ 士 回 竺 二 饗 撚] 口 征 匸 石 匸 誦 つ 6...-...j L...j k...q--..d...j ← → 20C. 18C. 14C. 7C. 6C. オ セア ニ ア 文 化 圏 19C.
皿
フリンジユーラシアの優勢 インナーユー ラシアの優勢 アウターユー ラシアの優勢 図8 を構成し直し,「文化交流圏」を仲立ちにすることで よりダイナミックな歴史構成が可能となっている。し かし,このモデルでは,図の2と同様に,19世紀以後 の世界が,結局はヨーロッパが中心となって世界を一 体化させていったとする構成になってしまい,西洋の 特別な位置が相対化されてはいない。これを克服する のは,西洋型近代化とは異なる,独自な近代化がそれ ぞれの地域で独自になされているということ,また今 がまさにその近代化の途上なのであるとする以外には ない。こうした西洋型近代化とは異なる近代化の類型 を,F ̄後発型近代化」と呼び,21)それぞれの歴史的制 度的条件の下で独自の近代化をそれぞれの地域世界が 遂げているのだとする理論は,このモデルの欠点をあ る程度は補っても,「後発型近代化」という言葉自体 に表されているように,西洋の優位性を覆すことは困 難なのである。 −73−4 多元的価値に基づいた世界史構成 (1)多元的価値に基づいた世界史構成概念図 以上のようなモデルを参考に,私が独自に開発した のが図の7である。これはFrankの理論を基本にし, 時間の軸に世界の交流の密度をとったものである。時 間の流れは,人々の交流域の拡大とその加速化の過程 として表される。Hodgsonの大転換期にヒントを得 たもので,ヘゲモニーの中心は,中東や中国など,古 代以来複数の地点を螺旋的に移動する。これは,人々 の交流が地理的障害と交通技術の未発達によって自由 になされない結果,複数の地点が交流の中心となるた めである。それが次第にヨーロッパや北アメリカに一 元化されていくのは,世界の交流の密度が密になり, 複数のヘゲモニー拠点が必要でなくなったためである。 近代以後の世界を,ヨーロッパ勢力による一体化で表 現していたことに代わり,このモデルではヘゲモニー 拠点の移動によって表し,交流密度の上昇が拠点の一 元化をもたらしたものと見ている。これによって,ヨー ロッパ中心主義を相対化し,時間の流れを「進歩とい う価値的な基準ではなく,交流の疎密によって代表さ せることで,「現代」の特殊性をカバーできるものと なっている。 ここで問題となるのは,具体的なヘゲモニー拠点の 所在ということになる。 G. ModelskiはN.D. Kondratievのサイクル理論を利用して,世界大国が 成立しそのヘゲモニーが解体しながら次の世界大国へ と受け継がれていく過程を,主に海軍力と生産諸力, 世界システム内におけるグローバルリーダーシップと いった点から考察している。22)近代世界の富の集積が, 海運によってもたらされてきたことに鑑み,この指標 は有効である。しかし, Modelskiのヘゲモニー理論 もWallersteinと同様に,近代以後に焦点をあてた ものでありそれ以前には理論が存在しない。これを補 い,独自の視点からヘゲモニー理論を打ち立てたのが 西川吉光の理論である。23)彼は, Modelskiの理論を 前近代にまで拡大すると同時に,古代から現代までを 大きく二つの時期に分割して考えている。これが図中 にある,ユーラシアンランドヘゲモニーとオーシャン ヘゲモニーという二つの時代区分である。 Modelski が近代の指標に海軍力を選んだように,西川は前近代 の指標に馬を中心とした騎馬軍事力を措定した。そし てさらにユーラシア世界を,アウターユーラシア,イ ンナーユーラシア,フリンジユーラシアの三つの地域 に分け,それぞれが軍事的にも経済的にも優勢であっ た時代として古代,中世,近代をあてている。西川は, この理論の源泉を,かつての地政学者であるマッキン ダーやスパイグスマンに求めているが,彼らの理論は, 大陸国家と海洋国家の対立という図式で世界の歴史を 眺めたもので,諸地域のつながりを,構造的に捉える ことにより,「世界」を主語として構成することが可 能であり,多元的な価値をカバーできるものと考え, このモデルに採用した。 またヘゲモニーの拠点は,古代においては三つ,中 世では二つ,モンゴル帝国によって一つに結びつけら れ,モンゴル帝国が崩壊することによって四つに分か れ,近代になってまた一つになっていく構造になって いる。これを表したのが図の8である。中東,インド 中国にあったヘゲモニー拠点は,西のパクスイスラミ カの領域と,東の中国朝貢体制の領域とに二分される。 その後,モンゴルの支配下にパクスモンゴリカの時代 がおこり,24)その崩壊後,再び,インド,中国,中東 がヘゲモニー拠点となるとともに√それまで半辺境の 立場にあった北西ヨーロッパが,この時期に中核へと のし上がり,第四の拠点を形成する。25)そしてヘゲモ ニー拠点はヨーロッパヘと移動するとともに再び一つ となってフリンジユーラシア,すなわち海洋国家優勢 の時代となるという構造になっているOただ,この図 では,オセアニアやアメリカなどの位置が不明確になっ ているが,今後の研究として追求していきたい。 (2)多元的価値に基づく世界史構成 以上のような概念図をもとにして,世界史構成の試 案として提示したのが表の1である。全体は西川の理 表1 第1部 序章 人ユ類のーラシ誕生アンランドヘゲモニーの時代 第1.1章 中文東の明の古始代ま世界りとヘとヘゲモゲモニニーーのの形形成成 2.南アジアの古代世界とヘゲモニーの形成 34..東アアメリカのジアの古古代代世世界界とヘゲモニーの形成 5.アフリカの古代世界 6.オセアニアの古代世界 7.初期交流の特徴と諸文明の相互性 (ア第2章 ウター交流ユーラシの広アがりと各の優勢)ヘゲモニー領域の繁栄 1.古代の諸帝国 23.ア.地レク中海サ世界ンドロスの展開(ローの帝国マ帝国,アルプスの北と サハラの南) 4.中東世界の展開(イスラム以前の諸帝国,レバン トの交易国家) 5.南アジア世界の展開(南インドの交流,インド洋 と海峡地域) 6.中央アジア世界の展開(遊牧帝国,ステップ交流 圏) 78.文.東ア化交ジ流ア圏世の界役の割展開(極東アジア,東南アジア) 第1.3章 中東イス世ラム界へのの成イス立とラム拡大の広がり 2.中央アジア世界へのイスラムの広がり 3.アフリカ世界へのイスラムの広がり 4.イスラムのネットワークとその歴史的役割 第1.4章 中国東アをジア中心とすの朝貢体る朝貢貿制易 2.宋の繁栄 −74−
3.東南アジアの地域交流 4.東アジアと中央アジアの交流 (インナーユーラシアの優勢) 第5章 地球規模の交流 1.モンゴル帝国の成立と発展 2.中央アジアルートの発展 3.地球規模の相互交流 第2部 オーシャンヘゲモニーの時代 第6章 交流の加速化 1.疫病の流行とヘゲモニーの移動 2.東アジアの変化 3.イスラムの三帝国 4.ヨーロッパ∼アフリカ∼アメリカのルート 5.ヨーロッパ∼アジアのルート 6.オセアーア∼ヨーロッパのルート (フリンジユーラシアの優勢) I第1.ヨー7章 ヨーロッパロッパのヘゲモ諸国家の特徴ニー 2.産業革命と世界の両極分離 3.世界の植民地化と中核国家 4.半辺境国家と中核国家との対立,第一次世界大戦 5.辺境国家の低開発 第8章 アメリカ合衆国のヘゲモニー 1.半辺境国家の変化と社会主義革命 2.植民地の独立運動と民族運動 3.第2次世界大戦 4.国際連合の成立と「冷たい戦争」 .5.植民地の独立と第三世界の成立 第9章 現代の世界 12.未.多極化来への遺産した世界 表2 第5章 地球規模の交流(インナーユーラシアの優勢) 1.モンゴル帝国の成立と発展 北ユーラシアとモンゴル にこでは力,さらに東西交易に,モンゴル人の生活,特に遊牧と騎馬軍事ついて説明する。) モンゴル帝国の拡大 (西ではバクスイスラミカとの戦い,東では宋との戦 いを通じて,二つのヘゲモニー領域がモンゴルによっ て併合され,単一のバクスモンゴリカの時代が現れ る過程を説明する。) モンゴル帝国の周辺 (モンゴル帝国と対立しながら,そのヘゲモニーの傘 下に収まらなかった国々,特にマムルーク朝の独特 のヘゲモニー領域,日本やベトナムなど頑強に抵抗 したついて説明する国を半辺境と位置づけ,モンゴル。) 帝国の限界に 2。中央アジアルートの発展 にこ模化ではとその,モ安定性ンゴル,交支易配にルーよってトにつ生いてじた説交易の明する大規。) 3.南アジアルートの発展 (モ対立ンなゴルどでと衰マム退してルーいたク,さらにモ北インドかンゴルらペと南ルシ宋ャ湾のとの 交易ルートに代わり, アジアへ至るルートが 紅 中 海からインド洋を経て東南 央アジアルートとともに発 展していくことを説明する。) 4.地球規模の相互交流 (世界的ヘゲモ三一であるモンゴル帝国の出現によっ て,東と西の交流がかつてないほどに活発化すると 同時に,その周辺地域であるアフリカ,ヨーロッパ, インド,東南アジアなども,マムルーク朝やマジャ バヒト王国,北イタリア諸都市などの活動で活発化 したことを説明する。) 論に基づき,第1部をユーラシアンランドヘゲモニー の時代,第2部をオーシャンヘゲモニーの時代として いる。第1章の「 ̄文明の始まりとヘゲモニーの形成」 は,地域的なヘゲモニーがいわゆる四大文明を中心に 形成されていく過程を中心に構成している。しかもそ れらは,それぞれ孤立しているのではなく,一交流と文 化の相互性を有していることに注目させるため,7と して「初期交流の特徴と諸文化の相互性」という項目 を特に設けているユーラシアの優勢」の時代であり,中東やイン。これと次の第2章とは,「アウタード,中 国などにヘゲモニーの拠点があり,それらの間に「文 化交流圏」が成長していく過程を,第2章の3∼8で 説明している。 第3章と第4章は,古代文明の文化的蓄積を継承す るものとして,イスラム世界と東アジア世界とを置き, それらを中心にした小宇宙としてのイスラムネットワー クと朝貢貿易体制が説明される。これらば,第5章の 地球規模の交流を準備するもので,その主役の一人が モンゴルだということである。モンゴル帝国の成立が, 東と西のヘゲモニー拠点を結び付けたというのは,岡 田英弘26)やAbU-LUghOdも指摘するところであるが, これによって地球が一体化したというのではなく,相 互の交流が一気に加速化したことを表している。また, それを可能にしたのは,中央アジアを東西に横切るイ ンナーユーラシアが優位に立った結果なのである。 第6章以下は,疫病の流行やモンゴル帝国の崩壊な ど部から海洋部へと交流の主役が交替し,それによって,世界を繋ぐ交流のルートが閉ざされた結果,内陸 ヘゲモニーが移動し,ヨーロッパが中心となっていく 過程を表している。しかしヨーロッパのヘゲモニーが 確立されるのは第7章以下であり,それをさして「フ リンジユーラシアの優勢」の時代としている。特にこ の部分は,交流が急速に進展し,国家や地域の垂直的 な両極分解が進んでいったことを,辺境,半辺境,中 核の力関係に注目しながら構成している。・富や資源の 集約の場が,大陸から海洋へと動き,海運による大量 貿易と海軍による海洋支配とが,こうした国家間の垂 直構造を促進したことがその背景にあることは言うま でもない。 こうした世界史構成試案の中の具体的一例として, 第5章を表の2の形で提示する。27)これは第3章の 「アの朝貢体制」を受けて,ユーラシアを繋ぐ東と西のイスラム世界の成立と拡大」と,第4章のT東アジ ヘゲモニー・拠点を結び付けたモンゴル帝国に焦点をあ てた章である・。 ’世界システムの内部で,中東と中国と が,それ以前では強力な中核部分を形成していた。そ して前者は,アフリカやヨーロッパを辺境,半辺境部 分に従え,後者は東アジア,東南アジアを同じく従え て,世界に君臨していたと見ることができる。これら 二つのヘゲモニー世界は,それぞれ中央アジアのルー ― 75 ―
卜と南
ア
ジ
アの
イ
ン
ド洋ル
ー
トとで
結
ばれ
て
いた
が
,
これ
を
よ
り活発
に
し
,世界
規
模
の
相
互
交流
を促進
した
の
が
北
のモ
ン
ゴル
で
あ
り
,南
の
ルー
トを押
さ
えた
マム
ルー
ク
朝
なの
で
ある
。
モ
ン
ゴル
帝
国に
よ
るユ
ー
ラ
シ
アの
席
巻
は
,それ
まで
の
局
地
的ヘ
ゲ
モ
ニ
ー
拠
点
を
一
つに
集
約
し,世界
シ
ス
テ
ム
内での
単
独
の
ヘ
ゲモ
ニ
ー
を成
立
させ
た
。西の
パ
クス
イス
ラ
ミ
カ
と
,東の
中華
帝国
と
を
と
もに
支配
下に
置
き
両
者
を結
ん
でパ
ク
ス
モ
ン
ゴ
リカの
時
代
を現
出
させ
たの
で
あ
る
。た
だ
,西に
お
いて
は
マム
ルー
ク
朝が
独
自のヘ
ゲ
モ
ニ
ー
拠
点
を
形成
,
これ
と
対抗
し,カイ
ロを
中心
に
ヨ
ー
ロッパ
か
らイ
ン
ドに
至
る商
業ルー
トを勢
力下
に置
き
,東
では
南宋
や
ベ
トナ
ム
,
日本
とい
った
いわ
ば
半
辺
境
世
界
が
頑
強に
抵
抗
して
いた
が
,
お
おむ
ね
に
おい
てモ
ン
ゴル
が
シス
テム
の
中核
と
して
世
界の
富
を
蓄積す
る
立
場に
あ
った
と見
る
こ
とは
可能
で
あ
ろ
う
。
こ
う
した
立場
か
ら
,
ヘゲ
モ
ニー
拠
点が
か
つて
のア
ウター
ユー
ラ
シ
ア
を離れ
,イ
ン
ナー
ユ
ー
ラシ
アへ
と移
動
した
と
見
て
,世
界
史
上
での
新
た
な
次
元へ
と移
行
した
と考
えて
この
章
を
構
成
して
いる
。
T5
おわ
りに
我が
国の
世界
史
教
育
は
,
明治
期
以来
「す
でに
あ
る
も
の
」
と
して構
成
され
,無
批
判に
受け
入れ
られ
て
きた
き
ら
いが
あ
る
。その
ため
,そ
の
時
々の
政治
的要
請
と歴
史
的
事
情
に
よ
っ
て様
々
な
改
変
を被
り
,歴
史
教
育
が
歪め
ら
れ
て
きた
の
で
ある
。
今
,改
め
て構
成原
理
を分析
し,吟
味
し
,
さ
らに
開発
す
る
こ
とは
,今ま
でな
お
ざ
りに
され
て
きた
世
界
史
認
識の
基
盤
を確
認す
る
こ
とで
も
あ
る
。そ
の
意
味
で
,本
研
究が
次
な
る
世界
史構
成の
方
向性
を指
示
す
る
一
つの
き
っか
け
とな
る
こ
と
を期
待
して
い
る
。ま
た
ミこれ
に
よ
って私
自
身の
世界
史構
成
作
業が終
わ
ったわ
け
では
な
い
。今
後は
具
体
的
な
中
身に
つい
て研
究
を深め
て
い
きた
い
と考
え
て
いる
。
<注> (1)F.Fukuyama,The End of History and the Last Man, Penguin, London. 1992. (2) E.Said, Orientalism, Penguin, London.1995. (3)これについては,拙著「多元的価値に基づいた 世界史構成の研究」兵庫教育大学大学院修士論文 1995年参照。 (4)「第三世界化」とは,国際的な国家の序列化を 指すだけではなく,国内の階層構造の固体化とそ の対立構造をも表している。
(5) A.Y.So, Social Change and Development,
−76−
Sage, New York. 1990.
(6)二谷貞夫「世界史教育の研究」弘生書林, 1988 年参照。 (7)例えば,田渕五十生「『主題学習の導入を』学 習内容と授業構成の検討」社会科教育論叢1981 年参照。 (8)例えば,鈴木亮や吉田悟郎らのように「日本か ら世界を見る」といった視点や,後述する「従属 理論」からの視点では,西洋中心主義や自民族中 心主義などの弊害は除去できるが,多元的な「視 点」の確保にはつながらず,全体としての世界史 構成には無理がある。 歴史教育者協議会編『あたらしい歴史教育1』大 月書店, 1993年参照。 (9)これは,世界の一体化や進歩,発展といった価 値的な指標が歴史構成のカギになっているからで ある。 原田智仁厂世界史教育における近現代史構成の原 理と課題」(「教職課程研究」姫路獨協大学教職課 程研究室編, pp.137-150. 1995年)参照。 (10) M. G. S. Hodgson, Rethinking World History, Cambridge University Press, New York. 1993. (11) Afro-Eurasian compleχ (12)「技術至上主義」や「加速化」という言葉をカ ギに, great transmutationという表現で表し ている。 (13) L. S. Stavrianos, Global Rift, Quill, New York. 1981. (14) I.ウォーラーステイン【近代世界システムI・ 】I』川北 稔 訳,岩波現代新書, 1981年 (15) G.モデルスキー『世界システムの動態』浦野, 信夫 訳,晃洋書房, 1991年
(16) A. G. Frank and B.K.Gills, The World System, Routledge, New York. 1993.
(17)J.L.Abu-Lughod, Before European Hegemony,0χford University Press, New
York. 1989. A. G. Frank,“The Thirteenth-Century World System : A Review
Essay”, Journal of World History, New York. 1990.
(18) J. 0. Voll,“Islam as a Special
World-System” Journal of World History, New York. 1994
(19) set of sociomoral symbols (20)このモデル作成にあたっては,以下の文献を参
・ 原 田 智 仁 「 文 化 交 流 圏 と し て の サ ハ ラ ー新 し い 世 界 史 学 習 の構 想 − 」 社 会 科 教 育 研 究. 1990 年 ・ 同 「 探 求 的 歴 史 授 業 の 教 材 開 発 − 7 ・ 8 世 紀 の 東 ア ジ ア と日 本」 社 会 科 研 究. 1990 年 ・ 同 「 世 界 史 教 育 と地 域 史 研 究 」 社 会 系 教 科 教 育 研究, 1991 年 ・ 二 谷 貞 夫 , 前 掲 書 ・ 同 「 世 界 史 構 成 の 諸 問 題 に つ い て 」 社 会 科 研 究 1992 年 ・ 田 尻 信一 「 広 域 的 地 域 世 界 とし て の地 中 海 世 界 一 前 近 代 の 地 域 世 界 を ど う 構 成 す る か ー」 筑 波 大 学 附 属 高 等 学 校 研 究 紀 要, 1995 年 (21 ) 園 田 茂 人 「 漢 字 文 化 圏 にお け る 『 近 代 化 』 の 構 図 一 『 後 発 型 近 代 化 』 の一 ケ ー ス とし て ー」(『 漢 字 文 化 圏 の歴 史 と 未 来 』 大 修 館 書 店, 1992 年 ) (22) G. モ デ ル ス キ ー, 前 掲 書 (23) 西 川 吉 光 『 ヘ ゲ モ ニ ー の国 際 関 係 史 』晃 洋 書 房 1995 年 (24 )「 パ ク スモ ン ゴ リ カ 」 と い う用 語 に つ い て は, 家 島 彦− 「 イ ブ ン・ バ ッ ト ウ ー タ の世 界」( 講 座 イ ス ラ ム世 界 3『 世 界 に 広 が る イ ス ラ ー ム』 栄 光 教 育 文 化 研 究 所, 1995 年 ) に 準 拠 し た 。 (25 ) ウ ォ ー ラ ー ス テ イ ン は,15 世 紀 の 「 封 建 制 の 危 機 」 以 来 , 北 西 ヨ ー ロ ッ パ は「 近 代 世界 シ ステ ム」 の発 信 地 と な っ たと して い るが, 湯浅 赳夫 はブロ ー デ ル や シ ュ ナ イ ダ ー らを 整 理 し な が ら, 前 近 代 的 な世 界 シ ス テ ム の 存 在 を 訴 え て い る 。 湯 浅 赳 夫 『 世 界 史 の 想 像 力 』 新評 論, 1996 年 (26 ) 岡 田 英 弘 『世 界 史 の誕 生 』 ち く ま ラ イ ブ ラ リ ー 1992 年 (27 ) こ の モ デ ル 作 成 に あ た っ て は, 以 下 の文 献 を 参 考 に し た 。 ・ J. L. Abu-Lughod, Before European Hegemony. ・ M. G. S. Hodgson, Rethinking World Hitory.
・Ross. E. Dunn, The Adventures of Ibun Battuta, University of California Press, Berkeley. 1989 ・ 宮 崎 正 勝 『 イ ス ラ ム ネ ッ ト ワ ー ク』 講 談 社 選 書 メ チ エ, 1994 年 ・ 家 島彦 − , 前 掲 書 77 −