• 検索結果がありません。

アメリカ教育の転換 : 1958年国防教育法から1965年初等中等教育まで

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "アメリカ教育の転換 : 1958年国防教育法から1965年初等中等教育まで"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. アメリカ教育の転換 : 1958年国防教育法から1965年初等中等教育まで. Author(s). 小泉, 正美. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 17(1): 17-30. Issue Date. 1966-06. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4552. Rights. Hokkaido University of Education.

(2)      . 第 17 巻. 第1号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和4 1年6月. ア メ リ カ 教 育 の 転 換 1 958年国防教育法か ら1 965年初等中等教育 法まで. 小. 泉. 正. 美. 北海道教育大学旭川分校教育学研究室. A GREAT TRANSITION OF THE U. S EDUCATION: . From th el 958 NationaI Defense Educat i on Act ‐ To the l965 E1ementary and SecondaryEducat ion Ac t By M [ )工zUハ ーエ asami K( Asahi gawa SchooI Hokka i do Educat i onaI University. ABSTRACT 1亡 may perhaps ber i fu i 1y $ai d that七he publ i t c education ofthe Uni ght ed States has turned the corner toward the more central i ion by zed syst em by the recent l egi slat. Congr ’ β ess− 坊β EZ “”粥 郷 “ αクメ Seの7 24のツ βd”cの〆の2 月“ げ 1965. Thi ine of the Act and i s paper deals with the outl ts background scenes of the i i i t f education made by so]me o cr csms o f the 江・osti i n負uent alleaders ofthe nation slnce the impact o fthe s ly launched by the Sov i E P”Z“猪 successful tober et Uni onin oc , ,1957. f the Uni upon the peopl eo ted States, Thel 4 . 965 β彰 例 の錦”メツ α7 zd SBの7 2αα7 ーα promisestoimproveeducational zにの め形 月 γ Ed ‐ fer more opportuni ies to the the cul services and to of t ly dB tural ldren f Pγ物ed chi rom I low income fami l i l $2000 annual i es( c and the parochial schools. y) bothin the publ The Federa I Government has appropriated l.3 b l i l i l l on do ar s for this new project , lt i l l i lar annual expendi s3,8% of the 32 bi ion of the great on dol tures for the operat industry o fthe U.S d b i i Z ZZ i Z ti β fundin compar.son wi ththeent saZ re ,pu 1c e ucaton. l fthe expenditures, l amount o i h l i l ti ion t t e big’ s a‘ , however , n t e business of educat t f Educat ion has been charged wi of the Uni ed States, because the U, S, 0任ice ( th so ) i i ibi l t t could l ion’ ser lous respons es as i ion, whenever necessary ead the nat s educat ,. th the empowered wi. α〆‘尺奮励s Ad. 1964 and the E 卿7 7 7ね “ ”〃〆 Sβcの“α“ 28. βd“cの かz AG ご oヂ 1965 , i The U・S.Const tut i i ion, Tradi on doesnotsay anthingi 1y ional t n part cu1arabouteducat has the pub l i iness o idered the bus find c education been cons ividua l states o fthe Union. , ln the mean ime t L ent been keenly カメeγBSZβd in the , however, has the FederaI Govern1T ion o f chi l ion Ac educat dren. The l965 Educat ion the pr t carried into execut incipl ethat ionallegi the nat lature has been al l ion by the Const i s tut ion which owed that di scret ‘ form theh i dt i i i enabl e that body to Per ighdut t t h a e i o , n e manner mos es ssgn tbene行c al. − 17 −.

(3)    . 小. 美. 正. 泉. ’ 1 ) to the people . ly resul l ive measures, tf ion mayeventual rom therecentl egi s at Federal control ofeducat l f f d d d l t h h ff h l h l d t tt r o awa e c o n a r a s a e Some peope say oWever, a eo o e era y, Some , ‘ ‘ i th i t some l new programs thi es wi s Act carr say on the other hand that Like al ’ ‘ 2 ) G Th I d f ti t h F d i i l h e o e rnment v i a s ious probems… … t e b th pa ns o a new ea. e era ser r ,. ful of the ions of local governing bodi i es whi ch have been fear 2γodゐzg the funct sf ion. federal control of educat N. B.. i l i ノ t on, APP1 et on− G s加 賜 Ninth E( t Eugene:乙如森刀g Cの7隊海脂m”′ De 1) Cushman , Rober York f 0 1 l N Century−Cro 1 9 5 7 t e s n c w p , . , , , , , t + んe !”* 2) 7 2 8“cmz s〆そのZ βmrダ ル”” ”, Augus .5 . ,1965 ,P. ま. が. え. き. ある国家の教育政策というものは, その国家の理想ない しは目的に即応 して樹立せ られること は明かなことである. 教育政策とは, 教育目的実現のための政治的方策あるいは方途を意味する ものとすれを , こ の こ と は, 更 に 明 白 で あ ろう. ア メ リ カ の 教 育 は,. ソ ビ エ ト連 邦 が1957年10月 Sめ“Z鰯た 打 上 げ に 成 功 して 以 来, 急 速 に 転 換. しは じめ, 1965年初等中等教育法によっ て, その転換を完成 したかの感がある. この炎論は, 少 しくその過程をたどると共に, 1965年初等中等教育法の内容を分析 し, よっ て もっ てアメリカ教育の中央集権的傾向を指摘し, 国家主義教育よりはむ しろ 世 界主義教育を提唱 し よ う と す る も の で あ る,. 傾向に陥りや けだ し, 人類の社会におい ては, 国家 主義ない し民族主義のよう・な排他的独善的・ 地球上の人類は 来ないか らである なものと して受容することは出 もはや普遍的 すい理想は, , , む しろ平和的に且つ共に栄えつつ生きのびることをこそ, 教育の理想, 教育の目的とす べきでは な か ろ う か.. 1965年 4月11日, ジ ョ ンソ ン大 統 領 は 彼 が 少 年 の頃 学 ん だ テ ク サ ス 州 の 一 教 室 しか ない 僻 地 の. ) 小学校の近く で, 法律第874号に署名 した1 , 00年に亘る公教育への支援の努力 が結実したものであっ た, とい この法律は, 合衆国政府の1 Z好β“) をもってはいても, 教育の責任は各州 フ Z うのは, 連邦政府は教育については強い 関 心 (メ 政府にあり, そ して教育の実際機能は各学校区によって果されるというのが, アメリカの伝統で ) あ る か らで あ る2 ,. 000ドル 680億円) に及ぶ資金を, 低収入家庭 (年額2 3億 ドル (邦貨4 この立法によっ て, 総額1 以下) か ら通学する 子供の数に応 じて配分 し, 教育の機会均等をはかり, 子供たちの人間として もっ ている潜在的能力 を充全に成長発展させる機 会を す べ ての子供たちに 与えようとするもので ある. 法律第874号は大別 して5つの領域に分れているが, その各分野を明かにする前に, アメ リカのこのような教育政策の大転換に関 し, そのよっ て来たる所 以を追求 して見なければな らな    . 2. 7年10月ソビエ ト連邦が人工衛星の打上げに成功したことに端を発してい その直接原因は, 195 − 18 −.

(4)    . ア メ リ カ 教 育 の 転 換. る こ と は 明 か で あ る.・ 即 ち, ソ ビ エ トは 同 年10月 4 日 に S桝α煽ご 工 号 を 同 年11月 3 日 に n 号 ,. を打上げ, 何れも地球をとり巻く軌道に乗せることに成功 した このことは かの地動説に勝る , , とも劣 らない衝撃を, 世界の人々に与えたが, 就中アメリカの受けた影響は文字通り シ ョックで ) あ っ た3 ,. アメリカ教育の徹底的批判, その根本的再認 識と再評価を叫ぶ声は 教育界は言うまでもなく , 言論界・財界等至る所か ら挙げ られた, 教育一般についてのアメリカの伝統的考え方が その根 , 底か ら急激に変り はじめたのはこの時か らであっ た というのは 教会と政府が徹底的に無関係 , , であるように, 連邦政府は公教育に対してサ ー ビスはしても 教育を支配することは絶対にしな , いのが, 独立当時か らの伝統となっ ているか らである . 国家を教会の権力か ら峻別し, それと略々同 じように, 子供を養育するという元来私的なこと と考え られる教育に対して, 国家権力の介入することを忌み嫌う伝統が形成せ られたことは 可 , 能な限り大幅の自由と権利とを自 らの手もとである各州に留保しておこうとする 雄々 しくもけな げな, アメ リカ建国の父と 仰がれてい る人々か ら継承した精神的遺産とい てよいであろう 合 っ , 衆国憲法は, 教育のこと に関しては一言も触 れていないが それは 各条の行間 の書かれていな , , い部分に, その重大な条項がアメリカの人々には明瞭に読みと られるのである 連邦憲法に謂わ , れ て い な い, い わ ゆ る 「残 余 の 権 限」 (γB SZα”〆 powers) は, す べ て 各 州 に 留 保せ られ て い る と する強い 信仰にも似た伝統がある, かの有名なju i l の宣言4 ) のように 連邦政府の t s c e Marshal. , 権限は, すべて各州か ら委譲せら れ(メメ増のβαPo z ひげs ) 憲法 に列挙 せられたもの(8〃” z ブ タ 2 βγα ed 汐oz ひげs) の み で あ っ て, 憲 法 に 明 記 せ られ て い な い も の は す べ て 各 州 に 残 て い る と す る の で , っ ) あ る5. アメリカのこのような 一般的伝統は, 教育においては徹底した地方分権主義となり 公教育 に , 関すること はすべて各州政府の固有 の責任であり 絶対に連邦政府に譲 てはな らない機能であ , っ る と す る 確 信 と な っ て い る, 3. ところが, 国家の総力を挙げて戦っ た第2次 世界大戦に当 ては 戦争を勝利に導くため あ っ , , らゆる必要な政策が, 急速且つ無条件に実施せ られ 戦争遂行の需要に即応する教育政策が 連 , , 邦政府によっ てつぎつぎに打出された, 連邦政府諸機関による公教育管理が目立ち いわゆる中 , 央集権化が進んだ, 大戦の終結 を将に迎えようとする1 94 5年3月, 早くも教育界を代表する NEA(全米教育協会) とAASA (全米教育行政協会) 6 )の設ける 「教育政策審議会」 と 「アメリカ教育会議」(Amei rcan. Counc l on Educat i i on) の設ける 『問題と政策に関する委員会』 (P l i i r ob ems and Pol c es Com−. t t ) は, 教育における連邦政府と州政府と の関係について共同声明 を発表し その冒頭にお mi e e , いて, アメリカ合衆国における教育の統制と管理に 「油断のなら ぬ不吉な傾向」 (の22“s緩め“s の2d oブ タメタ鯖耀 か8〃”) が あ らわ れ て い る こ と を 人 々 に 警 告 す る と 述 べ 極 めて 強 い 調 子 で 教 育 , ,. ) の中央集権化を戒 めた7 . 同声明は, また, この傾向は近時アメリカにおける 「最も危険なもの」. fdα〃gBγα‘ (物βタ フ 20s s) の 一 つ で あ る と 言 い, こ と 教 育 に 関 す る 限 り そ の す べ て の権 限 は 憲 , ,. 法の修正第10条のもと, 各州に留保せ られてあることを銘記すべ きであると断じている8 ) . 修正 第1 0条とは, 言うまでもなく, 憲法が特に明示も しくは禁止 していない権限は すべて 各州ない , し一般の人々に留保せられている (γB Sけりgd) との意であることは, さきに触れた通りである , −l }− f.

(5)  . 小. 泉. 正. 美. ’ やむにやまれぬ しか しなが ら, 第2次大戦の勃発以前すでに, 教育の連邦政府への集権化は; 開校期間を短 ため公立学校の 年代 0 不況の 1 9 3 趨勢となっ ていた. それは, かの経済恐慌以後, , 縮 したり, 閉鎖の やむなきに至る学校さえあっ て, 教育の実質は極端に低下 した. 連邦政府は, i i t t Admi t a n) を通 じて, 各州の教育水準維 持に乗りだ し ec n s r これに対 し WPA (Works Proj ) o 築にふりむけ られl ) , 各州並 びに市町 た9 . また, 公共事業庁のもとでは, 莫大な資金が学校建 村は法律に 定める一連の 条件をみたすと共に, 地方政府は連邦 政府か らの補助 金に見あう額の資 金の支出を要求せ られ, 貧弱な地方政府はそれさえも まかない得ない状態で あった. l ) は, i t I Youth A山鴎ni on)i s rat t i ona 1935年 6月大統領令に よっ て樹立せ られた青少年 庁 (Na 6才か ら24才までの青少年に 職業の斡旋な らびに職業補導, 建設的 就学中の青少年と援護家 庭の1 0年代の不況時 93 な しク リ エ ィ シ ョ ン等 の 援 助 を 行 っ た が, こ れ は, 前 記 NBA 声明によれば, 1 ) 2 , 青少年 庁 (NYA) は, 一時 に連邦政府 が教育の領域に最も深く介入した実例であるという1 的なものであっ たか, 青少年教育の直接的責任をとり, 自 ら学校を建 設し, 州教育行政当 局と対 立することす らあっ たと NBA 報告は指摘してい る. 941年6月 修 0月14日議会を 通過したいわゆる ラナム法 (Lanham Actl また, 戦争中1940年1 1 3 ) は, 戦時生産工場に働く労働者の住宅を建設する とか, 学校・病院・街路・水利等のため 正) の土地確保のた めに数億 ドルの資金を投 じ, 教育に関して は, 地方教育当局も連邦教育局さえも 与り知 らぬ間に事が運 ばれる程連邦政府諸機関の支配が伸張した. アメリカにおける教育支配の 優位と責任は, もは や各州政府と市町村の手か ら, 連邦政府に 移行し,「われわれは, この道に沿 解されない所まで来ている と NEA っ て既に余りにも遠く進みすぎて」 一般の人々には, 充分理 4 ) 報 告 は 述 べ て い る1 .. 続いて, 同報告書は, 教育こそは各州 と地方の支配のもとに置かれるべき第一のものであり, 連邦政府には何を委ねて何を委ねるべきでないかを区別 し得る能力が, 一般に人々がその自由と 権利を自 らの手も とに確保し得るか 否かを決定する, この弁別をなし得ない人々は, まず全体主 ) 5 義 に, そ して 次 に は 独裁 主 義 の牲 (い け に え) と な る と 述 べ て い る1 ,. と こ ろ が, さ き に も 述 べ た よ う に, 1957年10月 の ス プ ー トニ ッ ク に よ っ て, アメ リ カ の 「あ る ) 「しか し, 目 ざ め が遅 か っ た に して も, 6 人 々 は, ほ と ん ど破 局 に 瀕 し た か の よ う に 動 揺 し た.」1. 全く目 ざめなかっ たよりましである」 と故ケネ ディ 大統領は語っ ている. 彼がまだ上院議員であ 今 やわ れ わ れ は教 育 の 真 珠 湾 に 直 面 して っ た 頃 の こ と で あ る. 「ウ ォ ー ル タ ー ・ リ ッ プマ ン は,. いると 述べ ているが, 当時剣による 挑戦に受 けて立っ たように, われわれは精神の挑戦に応える ) 7 こ と が 出 来 る で あ ろ う か」 と ケ ネ デ ィ は 結 ん で い るi . ホ 市に ス プ ー トニ ッ ク の 直 後, 1957年11月14日, 当 時 の 大 統 領 アイ ゼ ンハウ ア ー は, オ ク ラ マ ・い, サイ エ ンス の 分 野 で お け る 演 説 の 中 で, ハイ ・ ス ク ー ル の 生 徒 に 対 して 全 国 的 に テ ス ト を行. 高い適性のある生徒 を発見し, 数学,理科 等の学習を充 実すると共に実 験設備を整え, 奨学制度 を拡張 して教師養 成に努力 しなければな らないと力 説 している. そ して更に, アメリカの学校が 如何に優秀で あると しても, この際, 今年中に, い や今週のうちに, カリキ ュラムと教 育標準を 再 評価 し, 今 われわれが突入 しつつあるきび しい時〉代に備えなければな らないと叫 んでいる, ソ 連の ・イ , ス ク ー ル の 卒 業 生 は, 物 理 学 4 ヶ年, 化学4ヶ年, 天文学1ヶ年, 生物学5ヶ年, 三 角法に至る数学10ヶ年, 外国語5ヶ年の修業 を終えているこ とを銘記す べ きであるとも言ってい ー 20 −.

(6)    . ア メ リ カ 教 育 の 転 換 る,. .. ま た, 1958年 3月 末, コ ロ ラ ド州 デ ンバ ー で 開 か れ た, 全 国 理科 教 育 協 会 (Nat i onaI Science Teachers As i i soc on) の 年 次 大 会 の 講 演 に お い て, 文 化 人 類 学 の マ− at −ガ レ、 ソ ト・ ミ ー ド. t Me (Margare ad) は, 理科教育の成否は一にかかっ て教師の質にある, アメリカには一人一人 の子供をその能力に応 じて, それぞれ最高度にまで教育するに充分な資金もあれば人もある, 頭 9 ) 脳もある, 今こそ教育のために惜 しみなく資金を注ぎこむ べきであると訴えている1 , l ウ ォ ー ル タ ー ・ リ ッ プ マ ン (Wa t i er L ppmann) によれば, 教育のための資金はいわば国防資. 金であっ て, 1 957年までの過去25年間に国民所得は年間3 000億 ドルに上昇し, 教育費は70億 ドル を上回り80億 ドル近くなっている, 史上最も富裕な国家が, 自己を防衛 し自 らの子供を教育す る 余裕がないとは不合理である, それこそわれわれ の世代が, 次の世代に対 して背負っ ている愛国 0 ) 的 義務であるとリ ッ プマ ンは主張 している2 . 教育すなわち国防という表現が, この頃か ら頻繁 に 聞 か れ る よ う に な っ た, ワ シ ント ン市 のス ン ト・ オー ル バ ソズ・ ス ク ー ル (St bans) の50周 年 記 念式に , A1 出席 したか のリ ッ ク オ ー パ ー 海 軍 少 将 (AdmiraI H. G, Rickover) が 行 っ た 演 説 は, ス プ ー トニ 1958年 春,. 1 ) ッ ク 以後 アメ リ カ の 教 育 一 般 に つ い て 挙 げ られ た 批 判 と して は 余 り に も 有 名 で あ る2 . リ ック オ. ーバー少将は, 当時原子力委員会の原子炉研究部海軍原子炉支部長であり, 原子力船局次長の肩 l 書 を も っ て い て, 原 子 力 潜 水 艦 ノ ー テ ィ ラ ス 号 (Naut i us) 生 み の 親 で あ る と の こ と で あ る,. この講演の中で, アメリカの教 育においては, 何か重大なものがその根本から誤っ ているとリ ッ ク オ ー バ ー は 言 う, ア メ リ カ の 教 育 に, 子 供 た ち の 「生 活 適 応」 以 上 のも の を望 ま ない の な ら. ば, 学校などは必要ない, そんなことは, 子供たち自身生活しているうちに学習する. 「デュー ‘Dewe −Ki ’ イ ー ・ キ ル パ トリ ッ ク 実 験 主 義 教 育 哲 学」 ( i imenta i l l t phi r ) に ck expe s osophy pat y l. よっ て, 伝統的教育は破壊せ られ, われわれは, 今その後始末をしている. デューイ ー主義は, 教員養成大学にも教育委員会にも浸透 し, ハイ ・スクールの教育内容の頒廃に致命的な影響を及 ぼし, 小学校教育をやた らに長びかせ, 教師の専門職と しての地位を否定するに至って い る, 教. 員養成大学では, 教育学と. 2 ) と 心 理 学と に 全 面 的 に 降 参 して しま っ て い SchooI A( 貴ni i t rat ni on2 s. る. そ の よ う な 学 科 は, 専 門 コ ー ス の 研 究 に は, あ る 意 味 で は マ ィ ナ ÷ (mi nor) で あ っ て, メ 9 ) 2 ジ j ( と な ‐ ) る も の は 来 ma o r 将 担 当 す る 教 科で なく な て は らなし・ , ア メ リ カ は 長 い 間 ィ ャ ,. 教育の分野では孤立していた. 「今こそ, われわれは周囲を見渡し, 他の諸国で何か行われてい 4 ) と リ ック オーバ ー少 将 は 述べて い る る か を見 る べ きで あ る」2 .. このような手きびしい批判に対し, ニュー・ヨーク大学教育学部比較教育学担当教授であり, 『学校と社会』 (&ゑのZ の2d soc誇り) 編 集 長 ウ ィ リ ア ム・ ブ リ ッ ク マ ン (Wi l l i i am W. Br ck− ) 5 n lan) は, 直 ち に 反 駁 の 峰 火 を挙 げ た2 . ブ リ ッ ク マ ン教 授 の 反 論 は, 大 要 次 の 通 り で あ る. 1958年 3月23日, ス ソ ト・ オー ル バ ソ ズ・ ス ク ー ル に お け る リ ッ ク オ ー バ ー 講 演 は, 何 の 証 明 も な い ドグ マ で あ る. ス ブ ー トニ ッ ク が ロ シヤ 教 育 の勝 利 で あ ると い う 証 拠 は どこ に も な い, 7. メリカは諸外国のことを見まわすべきだとリ ックオーバーは言う. 彼は比較教育学の成果も, ュ ネスコ活動のことも, 図書館のことも, 諸外国の大使館付文化担当官のことも, 連邦教育局のこ パ と も, ま る で 無 知 の ま ま で, よく も アメ リ カ の 教 育 が ヨ ー ロ ッ ・ の 教 育 に 劣 っ て い る な どと 言 え た も の で あ る と 反 駁 し, 更 に1958年 6月 号 『エ ス ク ワ ィ ア』 誌 (Esqz“〆〃) に 掲 載 さ れ た前 シカ ゴ 大 学 総長 口 パ ー ト・ ハ チ ン ズ (Rober t Maynard Hut chins) の 「フ ル シ チ ョ フ の 小 さ な 赤 屋 根 ’ L r棚 比 た ル た Z L Z 充gd scゐoo肋 鰯se) と 題 す る 論 文 をひ き o Z Z a s s ” s ( “ 勿 e 学校の教訓」 f γsc q − 21 −.

(7)  . 」 ・ ′. 泉. 正. 美. 6 ) 合 い に 出 し2 , ハ チ ソズ が リ ッ ク オ ー バ ー の 言 葉 を 冒 頭 に 引用 して, 「ま さ しく 最 初 か らス プ ー トニ ッ ク は, ロ シヤ 教 育 の 勝 利 と 見 られ て い る」 と 述 べ, つ い で ロ バ ー ト・ オ ペ ソハ ィ マ − (J . ‘ha ‘ l f Rober ‐empty t oppenhe imer) が, か っ て アメ リ カ の 教 育 は 「な か ば 空 虚 な ま や か し」 ( mockerr) で あ る と 言 っ た の を 引 用 し て い る ハ チ ソズを 攻 撃 して ブ リ ッ ク マ ンは 次 の よ う に 述 べ ) リ ッ ク オ ー バ ー も ハ チ ソ ズも, 諸 外 国 の 教 育 に つ い て 直 接 研 究 す る こ と なく, ま た 然 7 て い る2 .. るべ き文献を参照することもなく, 彼等はこのような結論をくだすのに何の際踏もしない. これ l powe ) の欠如ではない l ua ect こそ, ハチ ソズの主張する教育の目的たる 「知性の力」 ぐintel     . ブ リ ッ ク マ ンのこ の よ う な 反 論 に も か か わ らず, アメ リ カ 中 に ひ ろ が っ た 教 育 論 争 は, 「連 邦. ) にも劣 らぬ重大性を帯びて来た. 60年の伝統ある教育学会 2 8 憲法採択に先立っ て行われた論戦」 9 ) は, 開巻勢頭に掲げる lta Kappa) の機関紙1 958年11月号2 フ ァ イ , デ ル タ ・ カ ッ パ (Phi De C f 1 i d i t F ク デ ( 説 冒 フ ソ・ フ ソ 「教育の混 論 の 頭 に, リ ト on a man) の 乱 −−そ の責任は ァ ィマ )を引用 して, 特に悪魔がいたわけではない, 教育理論家の独占 0 誰が負うのか?」 と題する論文3 ive Educat i の た めで も な い, 況 ん や安 らげく も 非 人 称 名 詞 の 進 歩 主 義 教 育 (Progress on) で も な い, こ ん な 手 品 を や っ て の け た の は, ほ か な らぬ 「アメ リ カ の 一 般 社 会 と い う 大 き な 白 山 羊」 で. ある. プールがほしいと言えば プール, 学校給食と言えば温いラ ンチ, 落第は ご免だと言えば全 員進級, 通知箸はいやと言えばこれも廃止, 何もかも要求通り与えて来た. そ して今や 「学校は 数百万人の幸福で健康だが無学な青少年」 を社会に送り出している. この論説は, 以上のような フ ァディ マソの批判を素直にうけ容れ, リ ックオーバーの意見をも 「考慮に値いする」 とつけ加 え て い る, 更 に ま た, 1958年 4 月 フ ロ リ ダ 州 マイ ア ミ ・ ビ ー チ で 開 催 せ られ た 全 国 教 育 委 員 会 連 合 (Na‐ ionaI Schoo I Boards Assoc i t ion) の 年 次 大 会 に お い て, ハ ー バ ー ド大 学前 総 長 ジ ェイ ム ズ・ コ at. ) 当 時 コ ナ ン ト博 士 は, 4 年 間 の 1 ナ ソ ト(James B. Conant )は, 大 要 次 の よ う な 講 演 を 行 っ た3 .. 西 ドイ ツ高等弁務官の職を辞し, 帰国後カーネギー財団の助成金を得て, 17の州の約50校のハイ ・スクー ルを訪問, 校長・教育長等に面接すると共に,数千人の教師と数百人の生徒と面談して集 収 した 資 料 に 基 づ い て, 『こ ん に ち の ア メ リ カン ・ ハ イ ・ ス ク ー ル』 (rゐB Aタ フ ⑦砂 宛のz 耳をみ ) を 出 版 しよ うと して い た 時 で あ っ た 2 S魂o〆 roαの)3 .. コナ ント博士は, アメリカの最も貴重な財産である青少年の才能が浪費せ られているというこ 957年10月 以来沸騰 し続けていた論戦に言及 し, 23,000 とを多年真剣に考えていたと言う. 更に1 校以上もあるハイ ・スクールについて, その教育が失敗であるか成功をおさめているかを決定す ることは出来ないのみな らず, 理想的な学校が若 しあっ たと しても, それを指摘することは出来 な い と コ ナ ン ト博 士 は 言 う, コ ナ ン ト博 士 の 調 査 は, 人 口 1 方 か ら10万 ま で の 独 立 都 市 に あ る ハイ ・ ス ク ー ル と, 1 万 な い し5イ 万 の合 併 地 区 の ハイ ・ ス ク ー ル と に 注 目 したと 言 っ て い る. ハイ ・ ス ク ー ル の 卒 業 生 の う. ち半数以上のものが大学進学希望者であるが, 高等数学・物理学・タト国語等のようなタフな教科 を効果的に学習 し得る能力のある者は, 卒業生のうちの4分の1にもみたないと報告 している, 自由民主主義社会においては, しか し, 両親はともかく他人が子供たちに何々の学科を学習せよ とお しつけることは行きすぎであろう. しかも, 個人の自由という考え方は, 個人の幸福と国家 3 ) で あ ろ うと コ ナ ソ ト博 士 は 言 の 福 祉 と い う 二 つ のこ と を 考 慮 して 「焼 きを い れ て 調 整 し得 る」3. う, 即 ち, 自由社会のために, 自由を防衛するために, そ してまた高度に進歩 した科学に依存 し 一 22 −.

(8)    . ア メ リ カ 教 育 の 転 換. ている協同社会 の発展のために, 子供たちは, 男も女も 非常に専門化 した技能 を修得すること , を要求される, 過去数世紀間はおろか, 最近1 0ヶ年間の科学的知識を学習するだけでも, 才能に 恵 ま れ た 少 数 の 者 のみ が な し得 る こ と で あ る , ハイ ・ ス ク ー ル 人 口 の う ち, そ の 約15% の 者 が そ. のようなけわ しい科学的労作に耐え得る学問的天分ある者と 呼ぶ ことが出来よう . コナ ソトの調査 によれば, そのような天分ある生徒のうち 男子は概ね 数学, 物理学,化学, , , 外国語等の教科を充分学習 してい るが, 少数なが ら 能力をも ているのに その方向 に進んで , っ , いない者もある. それは, 教育行政当局ない し各学校の怠慢か それとも両親か教 師か どこに , , 起因 しているか分 らない, しか し, このような才能 の浪費は 速かに是正せ られなければな らな , し、.. 他方, 女子の場合は話が違う, 例えば, 数学を3年間ない し4年間学習 している女生徒は 能 , 力に恵まれている者のうちの約半数に過ぎない. 他の半数の者は 能力がありなが ら 数学のよ , , う な タ フ な コ 押 ス を 選 択 して い な い, つ ま り, 男 子 と 女 子 で は 大 き な 差 異 の あ る こ と が 明 か で , あ る が, そ れ は, 両親 の 影 響, 社 会 的 モ ー レス, カ ウ ンセ ラ ー の ア ドバ イ ス 等 が 如 何 に 大 きく ,. 作用するかを 物語っ ている, 一般化学とか生化学などの分野はともかくと しても 過去において , は 工 学 な どの 分野 は, ほと ん ど 女 子 の キ ャ リ ー ァ で は な か っ た こ と ば 事 実 で あ る 多 く の ハイ . .. スクー ルで, 女生徒た ちは才能をもちなが ら, やり易いソフトな学科 を選んでいて 数学,理科 , の分野では多くの優秀な教師候補者を逃 していると コナ ソトは報 告 している鶏) . 外 国 語 に 至 っ て は, 大 部 分 の 学 校 が 2 ヶ 年 で 終 っ て い る, こ れ は ち ょ う ど油 田 を 掘 る の に , , くつきく. 油の出る直前になっ て掘霧を停止 してしまうようなものである. 外国語は 少くとも3年 更に , , 希望者が あれば, どんなに小人数でも4年目まで教 授すべきであっ て 2ヶ年で満足しようとす , る傾向は, 最も残念なことであるとコナントは報 告している, コナ ソトの勧 告は, 天分ある子供たちのために特別学級を編成して 学問の基本 的5科目の各 , 領 域 に お い て 徹 底 的 に 学習 さ せ, ハイ ・ ス ク ー ル の 最 高 学 年 (seni or year) で は, 大 学 の フ レ ッ シ ュ ・ マ ン・ コ ー ス の 程 度 に ま で 進 め る こ と を 提 案 し 一 般 の 者 即 ち IQ 90な い し 110 または , ,. それ以下の能力の者には, それぞれの職 業に必要な実際的 学習計画のもと に指導す べ きであると して い る.. 最後に, 最も重要な学校規模については, 卒業学級の生徒数1 00名位という規模が最小 限で, それ以下の小規模の数千に及ぶハイ・スクールは, 速かに学校 区の合併を促進して学校統合をな すよう提案 している, 以上のように, コナ ントは1 957年秋以来, 論議の 中心となっていた教育の ,諸問題, 就中 ・イ ・ スクー ル教育の実際について, 論戦の真只中に出ていた多くの疑問に対し満足に答えることは不 可能だと言いなが ら, かなり明快な 解答を与えてい る, 5. 他方, 議会は, かの 「国防教育法」 (Na i I Defense Education Ac t t ona ) を準備 し, 下院の教 i 育労働委員会 (Hous e Educat t on and LaborCommi t ee) に お け る 公 聴 会 に お い て は, 教 育 評 論 家 ア グ ニ ス ・ マ ィ ァ ‐ 夫 人 (Mr s , Agnes E, Meyer) は, こ の 法 案 を 強 力 に 支 持 して 大 要 次 の よ 5 ) うに 陳 述 して い る3 , ア メ リ カ の 潜 在 的 国 防 力 は, 人 力と 頭 脳 の 力 の 質 に 依 存 して い る . マサチ ューセ ッツ工科大 学 の フ ォ ソ・ ヒ ッ ペ ル (Ar thur R, von Hi l ) 教 授 は, 1 958年3月号の 『原子科学者時報』 ppe. − 23 −.

(9)  . 小. 正. 泉. 美. ZZ ZS) の 中 で, わオ われの敵は政治的にはわれわれより ’ S 2 (r脚 ‐B“Z彰“〃 0ゾ 塊8 月お““c scgg もずる賢く, しかも技術の力に おいては急速にわれわれより も勝りつつある. そのうちわれわれ は降伏かそれとも抹 殺されるようなことになるかも知れないと言っている. 人々は, われわれが. さ らされている危険に気づいてい ない. だか ら, わが国が生きのび得るか, 人類の自由を守りぬ く こと が出来るか 否か, それは一にかか って教育にあるのだという重大性を理 解していない, 現 在, この瞬間にも, ソビエ トとアメリカの教室の中で, 戦いが 進行している, 「人工衛生と外交 1 oyd G. Berkner) の 警 告 に 注 政策」 と題する論文の著者, 大統領諮問会議のパークナー教授 (L 957年という年は, 知識の成果が武器と 国家の富とを 目 しても らいたい. パ ークナーによれ ば, 1 凌駕したという時点と して, 歴史上ぬきんでた 年となるであろう. ソ ビエ ト人工衛星の成功は, ア メ リ カ 人 が 拒 み つ づ け て 来 た こ と を, は っ きり アメ リ カ に 示 した の で あ る. テ ク ノ ロ ジ ー の 分. メリカの人々は, 高い生活水準と物質的裕福を 野における希望的リー ドの自己満足のうちに, ア. あるとパークナーは言う. ま 賛訳にも危険な間違いで それは た しま 知識の発展と混同して っ . , た 『ソ ビエ ト教 育 の 挑 戦』 の 著 ジ ョ ー ジ S , カ ウ ソッ (George S. Coun粥) は, 同 書 の 巻 末 に お. いて, 教育こそソ ビエ ト社会の最も基礎的現実であり, ポル シェ ビス ト指導者等は, 最初か ら教 育のことを極端なまでに真剣に考えている, この点では, 地球上の自由社会の如何なる指導者も ソ ビエトの 指導者に及ばない. 彼 らは, 教育を共産主義の大原理に立ちむかっ て行く強力な武器 と 考 え て い る. ソ ビ エ ト教 育 機 関 の, あ の 湛 大 な 組 織 が な け れ ば, ポ ル シ ェ ビ ィ キ は ソ ビ エ ト が 今 日 占 有 して い る 権 力 の 地 位に は つ き得 な か っ た で あ ろ う と カ ウ ソッ は 結 んで い る,. 0億 ドル ない し50億 0億 ドル, その後毎年4 法案 H. R,10763 によれ ば, 1959ノ60会計年度中に1 ドルに引上 げ られる予定の資金は, 学校建築及 び教員の給与引上げのために用い られ, 各州の教 000不足 して居り, 約 2, 育財政を力 づけようとするものである. 現在のところ, 教室は, 凡そ14 2,300,000人の子供たちが正常な学級編成外にある. それは, 換言すれば, それ程多くの生徒が 標準以下の, 不充分な教育を受けているということとなる. また, 法案 H.R.10381によれば, 4万人の大学生に奨学金を提供 し, 今後5年間, 継続的に ‘ t I i ona 毎年4万人宛増加させることに なっ ている. これこそ, 文字通り 「国防奨学制度」 (‘Na Defense Scho l ar shiが) の 名 に ふ さ わ しい が, 科 学 の 分 野 に の み 限 る べ き で は な い,. 最 後 に, マイ ア ー 夫 人 は, 今 わ れ わ れ が 進 も うと して い る 道 は, わ れ わ れ に と っ て も, 世 界 の. 人類にと っても, 救済かさも なければ自由の破滅を意味する, 「アメリカの公教育の上に起るこ と は, そ れ が そ の ま ま, ア メ リ カ に ふ り か か る こ と か らを 決 定 す る」 そ して, 「アメ リ カ に 起 る. ことは, 幾世紀にもわたる歴史のコースを決定するであろう」%) と述べて, 国防教育法案を強く たく ま しい調子で支持 した, 6. 954年5月 の連邦最高裁判 連邦政府の公教育への関心を強めたい ま一つの源をた どるな らば, 1 8 ) 以後60年間 「区別 ) 7 898年のプレ・ 所の判決を挙げなければな らない3 ソシー判例3 . すなわち, 1 z ‘〆) の原則のもとに, 南部諸州に おける大学・公立諸学校・ はするが平等」 (S砂αγαお る郷 β q 教会・鉄道・バス・水泳場その他一切の公共施設において, 黒人と白人とを全然区別することは 連邦憲法修正第14条違反ではないとせ られていた, しか し現実に おいては, 例えば, 公立小学校 の場合, 白人の学校と黒人のそ れとは, 同 じ町にあってもその環境や学校内の雰囲気において全 然異なっていたことは周知の事実で ある. 1− − 2‘.

(10)  . ア メ リ カ 教 育 の 転 換. 幼少時か らこのように区別することは, 子供の純真な心 情を傷つけるものと して 多くの州で , 違憲訴訟が提起せ られそれぞれの州最高裁判所を経 て, いくつかのケースが同時に連邦最高裁判 所の判決を待っ ていた. 1 954年5月, 遂にそ の判決がくだされ, かの 「区別はするが平等」 とい う原則は憲法違反であると宣言せ られた, そこで, 白人の学校と黒人の学校と の融合が 「理性的 速 度」 (γ錆so7 2”””speed) で 進 め られ る こ と と な っ た が, い わ ゆ る α鐙 曜γ増 の め” は 遅 々と. して進まず, 11年以上を経過 した1 9 ) 965年9月 末現在3 , 南部諸州で白人の学校に学籍を置く 黒人 の子供は, 黒人全学令児童2,889,3 00人のう ち, その7 ,5%に当る 217,000人に 過 ぎ な い. 7. 以上のような背景の前に成立 した 「 1965年初等中等教育法」 は, 5つの領域に分れているが ,. le l が, 全予算約1 t そ の う ち Ti 3億 ドルの 6分の5に当る1 0億 ドルを上まわる巨額を占めてい る, Ti l t e l の主目的は, 経済的に恵まれない低収入 家庭 (年収2 000ドル以下) の子供たちに対す. る教育を充実するために, 州・郡・市町村教育行政機関 を通 じて 直接経済的援助を与え ようと , するもので, 低収入家庭か らの子供の数に応 じて公私立学校の別なく補助金が供与せ られること になっ ている. 例えば, 教育サー ビスを豊富に し充実するための学校建築・教科書その他学習指 導資料の購入・ 学業遅進児童 のために行う放課 後 週末 夏季学校等 の補習教育 のための定 員増 , , の経費等があげ られている, 1965年8月, 全 国一斉に実施せられた就 学前予備教育 (Pγe s cルo〆 品鋤α SZのZ Pγのg i c) は, 文化的教育的に恵まれない就学直前の子供た ちのための学校生活 へ ) 1 の 導 入 で あ っ た4 . Tit le ll は, 教科書・学校図書館用図書及び 雑誌・視聴覚資料その他学習指導 のための資料等. の購入の領域で, 約1億 ドルが見込まれている, Tit l e lll の予算約1億 ドルは, 1 96 6年度中に立案して, 実際に支出されるのは1 967年度か ら となるが, その内容は, 各州の補助的教育セ ンターない しサー ビスの向上充実にあて られること となっ ている, 50州にそれぞれ20万 ドル宛割当 て られ 残り9000万 ドルはそれぞれの州の 学令児 , 童生徒数と総人口を基礎と して配分せ られるが, 各地方の教育行政当 局はそれぞれ 独自の計画に も と づ い て 連 邦 政 府 と 直 接 交 渉 す る こ と と な っ て い る4 ) 2 , 補 助 的 教 育 セ ンタ ー と サ ー ビス と は,. この法律によれば, 児童生徒に対する全地域社会をあげての新しいサー ビス 現在行われている , 教育サー ビスの質的向上, 及びモデル教育活動の立案実施という三項目があげ られているのみで あるが, 例えば僻地向けの移動図書館とか移動理科実験 室 天才児・遅進児に対する特別学級等 , 3 ) が 考 え られ て い る4 , Ti leIV は 教育活動そのものの基礎的研究を助成 しようとするもので t. , , 向う5年間に1億 ド 954年法律化せ られた 「共同研究に関する法律」 (Coope ルを供給 し, 1 i t r a ve Research Act) を 4 ) 改正強化したものである4 アメリカの公教育 には 現在凡そ3 0億 ド 2 ル (11兆5200億円) 支出 , , せ られ ているのに, 教育の基礎的研究には, その1%の5分の1にも足 らぬ資金が供給 せ られて 5 ) いるに過ぎない4 2万5千校, 初等中等教育を受 けている児童数では, 4千7 百 , 学校数では, 1 万人, 教員数約2 百万人, 教育行政担 当者と指導主事約1 0万人, 教育委員14万4千人という倉大 な人員 を擁する一大公共事業に, 年間凡そ320億 ドルを支出いていても 教育そ のものの科学的 , 研 究 に は, そ の 0,2 %, す な わ ち, 教 育 費1000ドル に つ き 2 ドル が 費 さ れ て い る に 過 ぎ な い と い ) 6 う4 , − 25 −.

(11)  . 小. 正. 泉. 美. 基礎的研究と は, 例えば, 現在連邦教育局のもとに運営せ られている ピッツバーグの, 年令に 関係なく能力に応 じた個別的学習指 導の研究, オ レゴン大学に おける学校と地域社会の関係の構 造と教育政策の樹立及びその実施に関する方法の研究, ウィスコ ンシン大学に おける研究者・学 者,現 場教 師の協力にょる学習指導の研究, ハー バ プー大学における子供たちの心理的文化的相 7 ) 違か ら来る諸問題の研究等がある4 , この種の研究機関を国及び各地方の教育行政当局の管理の もとに設置 しようと するものである, 最後に, この法律の実施に当って, 郡・市町村等の教育行政当局を指導援助し, 連邦教育局 と (Stat e 接衝して, 資金を引きだすための事務的仕事をひき受け るのは, 各州の教育行政事務局 f educat i departments o on) で あ る,. と こ ろ が, 各 州 の 教 育 委 員 会 事 務 局 の ス タ フ は, 極 め て 手. le V は, そのような各州教育行政 機関 Ti t 8 ) 薄で給与も悪く, 人材も乏 しいという4 , そこで, を 強 化 す る た め, 25,000,000ドル を 支 出 し よ うと す る も の で あ る. 8. 965年教育法は, 経済的に恵まれない が故に正当な教育を受ける機会を 「奪わ 以上要するに, 1 的 れている」 (メリ メリgd) 子供たちに, よりよい教育を受ける機会を与えるよう連邦政府が積極 うとする せ に乗りだ したもので あって, 教育というサー ビスの質をあ らゆる面で 改善向上 しめよ も ので あ る, 90 ドル 1964J65 年 度 に お け る, 初 等 中 等 学 校 生 徒 1 人 当 り の 教 育 費 は, ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 州 の 7 均 は483ドル (284,400円) か らミ シシ ッ ピ ー 州 の273ドル (98,000円) ま で の 開 き が あ り, 全 国 平. 当然教育サー ビスの質の不均衡を招来す 9 ) 0円)で ある4 (173,88 , 教育費のこの ような不均衡は, が る. 南部諸州の 黒人の多い地域及びその他の地方でも殊に 大都市のスラム街に住む 子供たち , 毛 が当面 し 最も多くこの法律の恩恵を受けることとなる. そ してこの法律の実施は, 今日アメリカ 政府と各 ている教育上の深刻な諸問題に対し, 解決 ない しは解決への 第一歩であると共に, 連邦 州教育行政当局 及び地方教育行政機関, これ ら三者間のティ ーム・ ウワークによって, アメリカ ) 0 の 教 育 の前 途 に 明 る さ を 増 した と い う5 ,. おい ところで, 翻 っ て, 年間320億 ドルの投資といわれる最大, 否世界一の産業 たる公教育に ∼市町村等地方教育行政当局が ! .0%, そ して君 て, その支出の 割合は, 連邦政府3 ,8%, 州政府40. めて 少 い が, しか し, マイ ア ー 1 ) 56.2% と な っ て い て5 , 連 邦 政 府 の 総 教 育 費中 に 占 める 割 合 は 極. 夫人の証言にも明かなように, 連邦政府の公 教育に対する関心はいよいよ深く, その指導性はい よいよ高く なり, 教育行政における王座を占めつつある. 9 i on) を 禁 じ, 公 教 egat I Right i s Act) は, 人 種 差 別 (segr 更 に ま た, 1964年 の公 民 権 法 (Civ. 2 5 ) 現に 育において 差別の兆候ある州に は, 連邦政府か らの補助金を停止す ることになっている .. スターに調 ベ 連 邦 教 育 局 は, ボ ス ト ン, シ カ ゴ, サ ン・ フ ラ ン シス コ 及 び ペ ン シル ィ ニ ァ 州 チ ェ deIV は, 連邦政 おける人種差別容 疑の実態を調査 した 公民権法 Ti. . 査団を派遣 し, 公立学校に ) 3 教育局に一任 してい る5 を連邦 . こ じ その取締り 人種差別を禁 る施策にも よ る如何な 府補助に , ion) の 地 位 を i onerofEducat ss う して, 教 育 局 の 責 任 と 権 限 が 増 大 す るに つ れ て, 局 長 (Commi i ts t t ) に昇格さ せる計画 であるとの噂が専 らで あると ne a u s 1966∼’ 67年度 中に大臣の地位 (cab 報 ぜ られ て い る 鴨) . − 26 −.

(12)  . ア メ リ カ 教 育 の 転 換. このように, 連邦教育局の責任が重くなるということは, 教育局の組織の拡大と, 法律に裏づ け られた権限の拡張を意味する. 1 965年9月, シカ ゴにおける公教育 の実態を調査 した教育局は 人種差別が行われているとの判定にもと づいて, 3千万 ドル (108億円)にのぼる補助金停止の処 置 を と っ た, シカ ゴ市 の 譲 歩 に よ っ て, こ の 処 分 は 取 消 さ れ た が, 「ケ ペ ル 教 育 局 長 は, ホ ワイ 5 ) ト・ ハ ウ ス に 引 張 られ, リ ン ド ン・ ジ ョ ンソ ンに 説 教 せ られ た」 と い う5 .. また, 地方教育行政当局者たちも, 面倒な書類には反対であっ ても, 今までのところ, ワシン 6 ) ト ンが 何 を 教 えよ と か, どの よ うに 教 え よ と か, 指 示 す る よ う な こ と は な い と 言 っ て い る5 , す i 1 な わ ち, ニ ュ ー ・ ヨ ー ク 州 教 育 長 (Commi oner AI ss em) は,. 「地方分権を信 じているけれ ど. も, しかし, 地方分権とは, それぞれの地方に好きなように貧乏 しておれということにほかな ら ) と 言 い, ま た, カ リ フ ォ ル ニ プ の プ レィ 7 な い, わ れ わ れ は, も は や そ れ に は 我 慢 が な らな い」5. デン教育長は, 「連邦統制の心配は, 幽霊を恐れるようなものだ. カルフォ ル ニ ァでは, 既に教 育予算の4%に及ぶ連邦補助を受けているが, コ ントロー ルと言うようなものはあっ たた めしが ) 8 な い」 と 主張 して い る5 , lo 9 ) は, 新 他方, また A伽cγたの2 ScたのZ BOの α ノo“γ”〆 の エ ク ス ト ン記 者 (E1aine Exton)5 教 育 法 の 成 立 を 祝 して, 1965年 4月12日 ホ ワイ ト・ ハ ウ ス で 開 催 さ れ た 大 統 領 の レセ プ シ ョ ンに. は, 州及び地方教育委員はただ一人も招かれず, また公教育とは緊密な辞をもち公教育支援に長 い歴史をもつPTA 関係者もその選にはい らなかっ たと指摘 し, また同年7月20日及び21日に開 ) 0 か れ た ホ ワイ ト・ ハ ウ ス 教 育 会 議 に も 見 られ る よ う に6 , ワ シ ン ト ンに 集 る 少 数 の 人 々 に よ っ て 公 教 育 が 支 配 せ られ は じ め て い る こ と を ほ の めか して い る,. この点に関 し, 州及び地方の教育委員会側か らは, かなりきびしい警告が発せ られつつあるこ ISchooI i t とは言うまでもない. 1 965年4月 4 日ボストンで開かれた全国教育委員会連盟(Na ona Boards Assoc i i i at on) の 年 次 大 会 に お い て, ロ ビ ンス ン会 長 (W. L. Rob nson) は, ジ ョ ンス ン. 大統領の教育改善に関する強い訴えに対 して全面的に賛成であるが, 「この目的実現は, ワシン 1 )と 6 トンか ら来るはずはなく, また来る べきではない, それは, 各地域と州当局の責任である」 強 調 して い る. ま た, ス タ ンフ ォ ー ド大 学 の ジ ェイ ム ズ教 授 (H.ThomasJ ) は, 立法府たる議会の, 教 s ame. 育に対する関心がたかまり, 今やピークに達 している. 連邦政府のそのような関心は, 一般的に 行政府の権限を強化し, 政治的団体による教育政策樹立を中央集権化することとなる, そ して, 2 ) i 地方 の教育行政当局の機能を更に 「む しばみつつある」 (e od ng) と べて述べ ている6 r , このような警告に応えて, 各地方の教育行政当局は, NEA支部, AFL‐C I O及び一般市民 ) 3 の協力を求め, 積極的に 教育改革に乗出 しているが6 , しか し, さきにも触れたように, 一大産 業であるアメリカの教育を改革に向っ て急激に転換させるには, 燈大な資金と連邦政府の強力な ‘ ‘Gr 指導性が必要である, いわゆる 「偉大なる社会」 ( i tSo ty’ ) 実現のための基本的政策と ea e c して, ジョ ソス ン大統領は教育の一大躍進を企図 し, 1 5年教育法によってその巨歩を進めたと 96 言 っ て よ い で あ ろ う, む. す. び. 1 965年初等中等教育法の概略をうかがい, そのよ って来たる背景を検討して, 著者はあ らため − 27 −.

(13)    . 小. 泉. 正. 美. て教育の目的に恩をいたし, 所詮, それは, 人間の自由を確 立 し福祉を増 進することでなくては な らないという結論を再確認 せざるを得ない, マイ アー夫人の証言にも代表せ られるような, 競争に打勝つために教育を改革 し, 敵傷心に燃 保する教育とはなり得 えるような教育の日標を掲げても, それは, 人類の幸福と人間の自由を確. ないであろう. また, 大戦前の日本の教育のように, 排他独善の教育によ っ ては, 却って, 遂に は人類社会の平和の妨げとさえなることを, われわれは知っ ている. 教育に関する限り, 世界の人々は, 今やこの共通の目的に向って, 共に力を合せよりよい生活 を築く ために努力するのでなけれ ば, 戦争の災禍を, いつまでも繰返さなければな らないであろ う, 地球上の人類は, 皮膚の色・宗教・言語その他生活様式等あ らゆる相異をのりこえて, 今日 まで人類の過去の記録に, 血と涙をもって刻まれた教訓を守 らなければ, 人類は自 ら壊滅の破局 4 ) を招来するであろう6 . 註 f bertL,A1 red; rZ B ′ 1) PHI DELTA KAPPAN, VOLUMB XLV1 ,483 ,P ,A1 , NUMBBR I0 ,JUNEI965 T 井物 7 A ご 虚偽 灯 A燭お d 云 1 9 5 E幽閉翻す / ‐ 一 6 α O りの o & の ‘ m り “ c αか のzd sg c o ’ z y ぞ る厳か andl lぎ煽 げe 1 九〃煽ぎのz と言われて来た, Z 2) Federa ta t e γe s s po ? s ’ o oa ,s i 3) “ク牌,AsiaBdit on,November25 .41 , ,p ,1957 ぎ ・ HOOK, Sidney: 日覆 sPβα ぴ仏 ALFRED−A−KNOPF, New odeγ 乙 崩勿” zに防ぎのz foγ ル蛋 ? , A 人腐り Per. York,1963 er I THE CONTBハ4PORARY SCENE IN EDUCATION: CHALLENGB AND , Chapt OPPORTUNITY, dt i ぎ ury− c郎ぎ o s on, AP eton−Cent o”〆 De 7 ′ 4) CUSHMAN, RobertEugene: 乙e”メカzg C伽 財産“す , Ninth B i Crof l 16;4L, Ed l )3 t and on(U, S och v s ,579 . Mary . . ,4 Wheat ,9 , McCul , , New York ,1950 ,p ,lnc 1819 , i i i t ュ er ca t tut esof An ed Stat 5) AMENDMENT X to the c。ns on ofthe Uni i i i I Admini i I Educa i iat s i s t rat or s t can Assoc at on ofSchoo on As s oc on; Amer ona 6) Nat , A,i , A, A, S fthe N. E. A, fthe Depar tment so one o i i lon Educa i thwes t ! ぎ榔 Cの“ t Z ace on,744Jackson P1 8 B can Counc 7) P知るZemsα夕霧 poZ c 夕顔≠ , , Nor , Amer i i IEducat i i ingt Wr ぎ t on As s oc at on ofthe e ona s Co ;粥川那加7 z ash c on 6 , , D. C ,and β露俗解′のmZ p〆ぎ , Na i fSchoo I Admi t i i Uni r eet i tors 201S t ra eenth St t a on o ni s xt ed St at es and the Amer can As soc , N, ,1 ‐. [ar N DUCATION, M VV r ch,1945 ashi 。n 6 ngt ,7 . ,P . ,W , D. C,: FBDERAL‐STATB RELATIONSI B d 8) 肋ぎ . . , 噂.c鳶 i l i j t sPr ect sAdmi ni s rat on と t ー く o s ra on を1939年 Wor 9)193 5年法律化せられた Wo rks Progress Admini d t h l 改称し, 各州及び市町村の公共事業に補助金として支出せられたものである. (Smi ,Edward C.al l & b P C S N l N T B D f AMER I C AN O L I I Zur l d d i d A i i e A E a e o e n c w J ( t t r n s ) n e ; c o a r 。 cker r n 。 y . , , , , , York ,1947 ,p,333) i l ! Z i ks Administrat 10) Pub c Wo on (り,c r , ,254) ,p. 11) 0ぬ cぎゑ,p,209. ぎ榔 C粥川i ぎん p d pαぎ f ご 12) P知ろ超 g B c z z ’熔 解z .G ,9 . ,o汐 l i 13) Sn th and Zur 1 c く er ,o力.c鳶り p.179 ! d pα顔鯖 Cの川′ ぎ”e f 14) Pγの′ e e“ z s のz z .c , .10 , ,OP ,P 15) 〇力 , 煽ご , ,11 . ,p 16) PHI DβLTA KAPPAN, VOLUME XXxlx, NUMBER 9,JUNB 1958,P.384, Kennedy,John F,: ’ i int of i i t s !伽力/ ぎ /潮解‘ ぎ s Po ご Z c an e Aγ G ご ‘陀−−r卿 AβC’ so / Fed G s肋w βm‘ Aぎメー4. A Pol s G物, 2 P′ Vi ew, 17) 〇力 .cば,P .385 . f c力み eq ‘ g A6γ 18) PHI DELTA KAPPAN, VOLUME XXXIX, NUMBER 4,JANUARY I958 , . 瓦c ,183 ,P i −弱り〆‘ e Aか. ‘〆ぎ o 7 z上 si ”“ ′ 乙 丑山に研ぎのz: 尺g , i i t esSpeak 19) PH. DELTA KAPPAN, VOLUME XXX1x NUMBER 8 .349 , TheAuthor ,p , MAYI958 i i t ence Bduca on Sc on . 20) PHI DBLTA KAPPAN, VOLUME XXXIX, NUMBER, 2, NOVBMBER I957, p,79, K健かか増                                               . − 28 −.

(14)  . ア メ リ カ 教 育 の 転 換 2 1) PHI DELTA KAPPAN, VOLUME XX××, NUMBBR 2 NOVBMBERI958 pp 60−64 Admi I H, ra , , , , G, Ri i ckover son:BUROPEAN VS l , USN: A Compar s , AMBRICAN Secondary Schoo ,. 2 2) アメリカの大学で S ‘ 鳶かの如z と言えば, 教育長,校長・指導主事に必要とせられているコ c oα Aの“み ぞ z ー スで, 例えば rr i i l i nc sh pa i p(校長職) i l i t onand Admini s rat on Pub c ,E1emcntarySchoolorganizat. , Re l i i t at onsin Educa on l s l on c ,Superv . があ る, ,et 23) Schoo I Admini t i i I Sc s rat l i i on 粥のりγ and Po t ca ence 加納塀 と い う 場 合, それ は 大学 院 の Mas t er Cour se とか Doc t or Course のこ と であ っ て, 例 え ば, Mas t e s De ee(修士 M,A, ) を得るには, gr Mα i D γ の領域, すなわち前記のようなコース約3 0単位, 妬み i i o γ の領域では, U,S z t t t s u on ,Con ,State Government Publ i i i I Adminst c Admin t st ra i on sonne rat on,et c , , Per . の よ うな コー ス か ら約15単 位が 必修とせ られ, いわゆる Comprehensive Bxami i t na on(総合試験) に合格しなければな らない, 以前 i には Thes s を要求する大学が多かったが 最近は少くなっている , , 24) 〇力.c仏 P .62 , PH I D 25) ELTA KAPPAN, oぬ. cば i l i l ckman am W,: 尺たたoひげ α s Cリ , pp . 64−67 , Br ブ ’物の 破かe , Wi               26) op . ”舌 , .67 ・ ,p. 27) 妨緩 28) PH. DELTA KAPPAN, VOLUME xxxx, NUMBER 2 NOVEMBER I958 p 49 β燈ね“砿 , , , . . 29) あ畝 ” 30) The Me i ib l s sln Bducat on… Who l s Respons e 3 1) PH1 DELTA KAPPAN, vOLUMB XXXX, NUMBBR 2 NOVEMBER I958 PP 50一55 , , , , 32) T粥 47 T 7 2 gγあのz 亙智たS物のZ7 l I Book Company lnc oメリ, McGraw−Hi , , , New York . ,1959 ‘ ‘ D C 33) r tout sa mos t t s anding chemi i l s i dua . onanヒi sphi lf osophyofi ndiv reedom , He says: …yetth. 1 d we l 1be t cou i derat eぱ . i far ed by two cons fthei 1 per dua ons:the we i i l and t he we 1 fareof eo v nd ’ ’ i ヒhe na t on . (PH1 DELTA KAPPAN, り, dん p .51) ′ 34) 〇力 f , ,c .52 , ,p PH I DB rA KAPPAN, vOLUME XXX1x NUMBER 9 JUNE I958 3 5) , .382一383andpp ,pp ,421M425 , 3 6) 0め αん p,425, 37) r棚e i i on, May2 a Edit 7 5 4 ,As ,19 . 朝日新聞, 昭和29年5月21日付夕刊, 22日付朝刊. 3 8) P1 es sy v ! Z , Ferguめn,163 U, S ,537 ,1896 (Cushman , ,182) , 吻,G ,p 3 i 9) 方鯛e t on ober15 ,Asia Edi , oct .51 ,1965 . ,p この数字は, 別の情報によると, 少し違っている, すなわち, So蕩々 e r ‘S物ooZ Mews によれば 南部 ’. , 及びその隣接州の黒人児童の10 64∼’ 65 ,9%が白人児童と同じ教室にあったと報じている, これは, 19 年度の統計で, その前年度は10 Z Z HI e s増γ曜” O” は少かったとのべてし、る. .8%であった, 従って, d DBLTA KAPPAN VOLUME XLVI 1 ePe , s g , NUMBER 1,SEPTEMBER I965 ,59 gだ翌のかz ,p , 乙/“′.          . 40) PHI DBLTA KAPPAN, VOLUME ×LV1 , NUMBER I0 ,JUNE I965 .484 ,p , 41) 〇汐 .凋ん p.485. P日1 DELTA KAPPAN VOLUME XLvl 1 95 ‐ m , , NUMBER 2 , OCTOBER 1965 .91 ,pp ,. 42) PH1 DELTA KAPPAN,JUNE 1965 .486一487 ,oゑ ば云 っ pp . ia Edi i 43) “7 A t i 13 2 7 1 on r 0 9 5 4 As 6 p , .22而23 , , ,pp. PHI DELTA KAPPAN VOLUMB XLV1 NUMBBR I0 IUNE 1965 , , .487 ,p . , ,. 44) 友朗, , ia Edi “粥, As 4 5) r i i 1 30 1965 p t on say: THE E1G FEDBRAL MOVB 1NTO , Apr , Time Bs , , , 23. EDUCATION PH1 DELTA KAPPAN VOLUME X1LV工 NUMBBR 10 JUNE I965 i s A.J , , , ,492 , Franc .1anni ,p , Di i i ヒ i r ec or v s onofEduca t 0駈 fE d i onaIRes ear ch,U.S 尺 t 物 d c eo u 亙 “ c a o n : ,Di 蘭紹 γ の z 匁 P e ’ ” β ’“”′のz ,            . 4 6) 肋緩. 47)l anni: り. ”ん p ,494 , i t i 48) ”’”8 a Edi i 130 on, Apr , As .23 ,1965 ,p , 4 f ) ) PH1 DELTA KAPPAN, vOLUME XLVI 1 z ” s , NUMBER1 ,SEPTBMBER 1965 ,p ,58 . ”窄め彰 A彰e ! !”‘:Fasc i i i l(and ot z 互ば ’ z f cq≠ her) Fac nat ng Fi a nanc t s 50) PHI DBLTA KAPPAN,JUNE 1965 ,oわ ,Gだり p.488 . 51) PHI DBLTA KAPPAN,SEPTEMBER I965 .58 , ゅ,c鳶. . ,p. − 29 −.

参照

関連したドキュメント

・学校教育法においては、上記の規定を踏まえ、義務教育の目標(第 21 条) 、小学 校の目的(第 29 条)及び目標(第 30 条)

【こだわり】 ある わからない ない 留意点 道順にこだわる.

 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

関西学院は、キリスト教主義に基づく全人教育によって「“Mastery for

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き

まず、本校のコンピュータの設置状況からお話します。本校は生徒がクラスにつき20人ほど ですが、クラス全員が

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中