インターネット・パネル調査に基づく
若年層の自殺行動の研究
基礎集計の結果平
野
孝
典
1 は じ め に 1.1 本稿の目的 本稿は筆者が若年層の自殺行動の実態把握を目的として,2019年5月から2020年5月にか けて3回実施した「若者の生活と意識に関する調査」の基礎集計を取りまとめたものである。 本調査はインターネット調査会社の登録モニターを対象とした継続的追跡調査(パネル調 査)として設計された。なお,登録モニターはアクセスパネルやウェブパネルなどとも呼ば れるため,パネル調査という呼称はやや紛らわしい。そこで吉岡(2020)に倣い,登録モニ ターを対象とした継続的追跡調査のことを「インターネット・パネル調査」と呼ぶことにす る。 筆者の知る限りでは,若年層の自殺行動の実態把握を目的としたインターネット・パネル 調査は,本調査が最初のものと思われる。その第1波データを用いた基礎的な研究成果は平 野(2020a)として本誌に発表した。続く本稿では第1波から第3波の基礎集計の結果を提 示したい。なお,2021年度中には,自殺行動の継続率や本調査の脱落要因を分析した論考を 発表する予定である。 1.2 若年層の自殺動向 平野(2020a, 2020b)と重複する部分はあるものの,近年の若年層の自殺動向を整理して おきたい。 1998年に自殺者数が3万人を突破して以来,日本社会の自殺者数は長らく高止まり状態に あった。しかし2010年以降,自殺者数は減少傾向にあり,2019年の自殺者数は20,169人となっ ている(警察庁 2020)。警察庁によれば,2019年の自殺者数は,1978年以降でもっとも少な かった1)。1年間に2万人を超える方が自ら死を選んでいるという事実は重大だが,1990年 代後半以来の危機的な状態は脱したようである2)。 1)厚生労働省の「人口動態統計」においても,2019年の自殺者数は1975年以来もっとも少ない。 2)ただし,新型コロナウイルスの蔓延に伴う社会経済的混乱により,今後の自殺動向は予断を許さな い状況が続いている。本稿が公表された時点の自殺動向を予想することは困難である。 キーワード:自殺,若者,非正規雇用,インターネット調査,パネル調査とはいえ,自殺が減少するペースは年齢層によって異なっている。中高年や高齢層では, 自殺の減少が顕著であるのに対し,比較的若い世代では自殺の減少は緩やかである(厚生労 働省 2019)。この点を明確に示すのが,表1である。ここから,19歳未満・20歳代・30歳代 という若い世代では,2019年の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)が,自殺急増以 前の1997年の自殺死亡率を下回っていないことがわかる。 さらに,若い世代の自殺動向は,日本社会の自殺動向に大きな影響を与えている。上記の 通り,1998年の自殺急増以降,日本社会の自殺者数・自殺死亡率は高止まりを続けていた。 その理由の1つに,この間の若年層の自殺増加が,他の年齢層の自殺減少の影響を打ち消し ていたことがあげられている(Chen et al. 2015)。澤田ほか(2013)はこのような現象を 「自殺の若年化」と呼び,1990年代以降の自殺動向の特徴の一つにあげている。しかしながら, 若者の自殺の実態を検討した研究は乏しく(清水 2015),その実態把握は重要な課題である といえる。 1.3 雇用不安定化への注目 若年層の自殺動向を研究するうえで,筆者は若年層の雇用不安定化に注目している。以 下では,雇用不安定化と若年層の自殺動向との関連を扱った研究を簡潔に紹介する(平野 2020a, 2020b)。 1970年代以降,先進諸国において若年層の自殺死亡率が上昇する一方で,高齢層の自殺死 亡率が低下するという共通したパターンが確認されている(Wray et al. 2011)。Baudelot et Establet(2006=2012)は,その背景に若者を取り巻く社会環境の変化,とりわけ雇用環境 の悪化があると指摘する。すなわち,オイルショック以降,若者の雇用は不安定化し,不安 定な就労に従事したり,失業状態にある若者が増加した。不安定な就労や失業は,人々の心 身の健康に深刻な影響を与え,自殺のリスクを高めると考えられる。 日本においても,若年層における雇用不安定化は大きな問題となっている。これまでの研 究は,日本の自殺動向は失業率などの経済的要因に大きく左右されることを明らかにしてい る。若年層においてもそれは同様で,Chen et al.(2015)は,1997年から2005年までの都道 府県別データの分析によって,失業率が上昇すると若年層(20~39歳)の自殺死亡率が上昇 することを示している。また筆者は1990年から2010年にかけての若年層(25!34歳)の自殺 死亡率上昇の背景を寄与度分解により検討した(平野 2020b)。その結果,「若年層の自殺 表1 年齢層別自殺死亡率の比較 ~19歳 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 60歳以上 総数 1997年 1.7 13.3 17.2 22.1 31.6 31.9 19.3 2019年 3.1 16.8 17.7 18.5 21.1 18.3 16.0 出典:1997年の自殺死亡率は内閣府(2015),2019年の自殺死亡率は警察庁(2020)より筆者作成
率上昇にもっとも大きな影響を与えていたのは,男女ともに無職者の自殺動向である」こと がわかった。若年層の自殺死亡率の上昇は,無職者の自殺増加によってもたらされたものな のである。 また,非正規雇用と自殺リスクに関連があることも報告されている。筆者は2013年に20!34 歳の若者を対象にインターネット調査を実施し,未婚の非正規労働者の自殺リスクを調査し た(平野 2016)。その結果,正規労働者よりも非正規労働者の方が自殺念慮の経験率が約2 倍も高いことが明らかになった。さらに学歴,所得,社会的統合,自殺の伝染などの効果を 統制しても,非正規雇用と自殺念慮との間には明確な関連がみられた。 とはいえ,平野(2016)には,(1)非正規労働者を1つのまとまりとして分析している, (2)勤め先の呼称が「非正規」である非正規労働者のみ分析対象としているという問題があ る。そこで筆者は今回紹介する調査の第1波データを用いて,再び非正規労働者の自殺リス クを分析した(平野 2020a)。その結果,正規労働者と比較して自殺念慮を抱きやすいのは, 「雇用期間に定めのある労働者」(有期雇用)という意味での非正規労働者であることが明ら かになった。週当たりの労働時間が35時間未満であることや,勤め先での呼称が「非正規」 であること,そして入職動機や正社員希望の有無は,自殺念慮とは明確な関連はなかった。 平野(2016)は勤め先での呼称が「非正規」層は正規労働者よりも自殺念慮を抱きやすいこ とを報告しているが,平野(2020)では異なった結果が得られたことになる。とはいえ,不 安定な雇用形態で働く若者の自殺リスクは,相対的に高いという知見は共通している。 しかし一方で,分析結果は「有期雇用であることが自殺リスクを高める」という因果関係 を示しているわけではない。平野(2020)で用いたデータは一時点の調査から得られたもの であり,分析結果は相関関係として解釈する必要がある。そのため,「非正規」であること と自殺リスクの関連をより正確に把握するためには,パネル調査による因果関係の特定が求 められる。パネルデータを用いることで,変数間の時間的順序を明確にし,性格や価値観な ど「非正規」への就きやすさと自殺リスクの両方に影響を与える要因を統制した,より正確 な効果を推定することが可能となる(筒井ほか編 2016)。 以上の研究動向をふまえ,現在はインターネット・パネル調査を用いて,非正規雇用と自 殺リスクの関連についての分析を進めている。以下では,インターネット・パネル調査の基 礎集計結果を報告する。 2 調 査 の 概 要 2.1 質問紙調査の実施 日本社会の自殺動向を知ることのできる代表的な統計として,警察庁の「自殺統計」と厚 生労働省の「人口動態統計」がある。これらを活用することで,年次別・性別・年齢別の自 殺者数など,自殺に関する様々な情報を得ることができる。また,両統計は職業別に自殺者 数を調査しており,人口動態統計を用いれば,さらに婚姻状態別の自殺者数も知ることがで
きる。しかしながら婚姻状態別自殺者数と職業別自殺者数のクロス表は公表されていないた め,たとえば離別した無職者の自殺者数などを知ることはできない。これに加えて,そもそ も調査されている項目が少なく,さらには個票データも一般に公開されていないため,多変 量解析によって自殺既遂の規定要因を検討することも難しい。 そこで筆者は独自の質問紙調査を実施することにした。もちろん,生存している方を対象 とした質問紙から,自殺既遂の規定要因を探ることはできない。そのため,自殺研究では自 殺行動(suicidal behavior)の経験を尋ねることが多い(Nock 2012=2015)。自殺行動とは, 自殺念慮(自殺について考えること),自殺計画(自殺の計画を立てること),自殺企図(自 殺を実行すること)の3つからなる。 2.2 調査の概要 調査の概要は表2のとおりである。調査対象者は2019年5月時点で日本に居住している20 歳~29歳の男女とした。第2波・第3波では,第1波への回答者が調査対象者となる。 調査方法はインターネット調査である。調査対象者はすべて調査会社の登録モニターであ り,表2の条件に合致するモニターに無作為に質問紙を配信し,回答数が契約したケース数 に達した時点で調査を打ち切っている3)。そのため,本調査によって得られたサンプルは母 集団(2019年5月時点で日本に居住している20歳~29歳の男女)をよりよく代表していると 考えることは難しい。 しかし,従来型の調査(無作為抽出法に基づく郵送・面接調査)における若年層の回収率 は低く,調査から得られたサンプルには無視できない偏り(無回答誤差)があると懸念され ている。そのため,近年では若年層や学生を対象としたインターネット調査が蓄積されてい る(吉岡 2020)。さらに,本調査は自殺というセンシティブな事象について多く尋ねている ため,郵送・面接調査では回答が敬遠される可能性がある。これに対し,インターネット調 3)調査は NTT コムリサーチに委託した。 表2 調査の概要 第1波 第2波 第3波 調査の対象 全国に居住している 20!29 歳(2019年5月時点)の男女 調 査 時 期 2019年5月 2019年11月 2020年5月 調 査 方 法 インターネット調査(割当法による有意抽出) 有効回収数 2,284 1,113 825 男性 1,155 525 386 女性 1,129 588 439 有効回収率 43.5% 48.7% 74.1%
査は回収数を指定できるため,計量分析に耐えうる回収数を容易に確保することができる4)。 さらに,分析の主たる関心事である自殺念慮は,頻度の小さい事象(レアイベント)であ ることから,回収数は多ければ多い方がよい。たとえば,厚生労働省の「平成28年度自殺対 策に関する意識調査」によれば,過去1年間に「本気で自殺したい考えたこと」がある人は 4.5%,20歳代に限っても7.5%に過ぎない。自殺研究において,比較的安価で大規模なサン プルを得ることができるインターネット調査は魅力的な選択肢の1つである。 また,インターネット調査の問題点として,調査回答者が高学歴層に偏るという点が指摘 されている(太郎丸編 2006)。そこで第1波調査に際しては,表3の通り,性別・年齢・学 歴別人口比が総務省「就業構造基本調査」(2017年)と近似するように割り当てた。 調査期間は半年間隔とした。現在日本で実施されているパネル調査は1年間隔で調査を実 施しているケースが多い。本調査も当初は1年間隔での実施を想定していたが,調査会社に ヒアリングしたところ,20歳代の若者はモニターの残存率(継続率)が低いことがわかった。 つまり継続的追跡調査を実施しても,モニターを辞めているケースが少なくなく,第2波・ 第3波調査の回収率が低くなる可能性がある。そこで調査間隔を狭め,できる限り多くの回 収が得られるようにした5)。 表2に示した通り,有効回収数は第1波が2,284ケース,第2波が1,123ケース,第3波が 825ケースとなった。当然ではあるが,調査を追うごとに有効回収数が減少している。第2 波の回収率は50%を切っている。第3波の回収率は相対的に高いが,第1波からの残存率は 36.1%である。1年間隔で実施されているパネル調査の大半よりも低い残存率を示しており (田中 2016),半年という短い間隔で実施した意義は大きいとはいえないのかもしれない。 男女別にみると第1波では男性の方が有効回収は多かったが,第2波以降は女性の方が多く なっている。女性よりも男性の方が調査の残存率が低いということである。 4)しかし,自殺について答えたくないと考える人々から回答は得ることはできないため,回収したサ ンプルには一定の偏りがあると考えるべきだろう。なお,後述の通り,本調査の冒頭に調査では自殺 やいじめなどのセンシティブな項目を尋ねる旨を明記した。 5)ただし,調査会社からは,調査間隔を狭めることで多くの回収を得られるかはわからないと忠告さ れた。なお,第3波の回収率は相対的に高いが,これは調査会社も想定外とのことだった。 表3 割り当ての概要(%) 年齢 本人学歴 男性 女性 合計 20!24歳 初等・中等教育卒 11.1 10.2 21.3 高等教育卒 14.4 14.1 28.6 25!29歳 初等・中等教育卒 12.2 11.4 23.5 高等教育卒 13.4 13.2 26.7 合計 51.1 48.9 100.0
2.3 調査の手順 調査は2段階からなる。まず,倫理的配慮の観点から,自殺の危険性が高い者を本調査か ら除外するため,スクリーニング調査を実施した(末木 2013)。具体的には,「この1カ月 間にあなたは,自殺を計画したり,自殺を試みたことがありますか」という質問に「はい」 と答えた者は調査から除外した。同時に性別・年齢・学歴を尋ね,調査対象に合致していな い者も除外した6)。また,半年ごとに実施する調査への協力依頼をおこない,協力できない と答えた回答者も本調査から除外した。このスクリーニング調査により,調査対象者に合致 した回答者に対して,本調査を実施した。スクリーニング調査は,第1波だけでなく,第2 波・第3波においても実施した。 第1波のスクリーニング調査は94,756ケースに対して実施し,回収数は8,641ケースであっ た。このうち,本調査の対象者と合致していたのは,5,248ケースであった。次に,この5,248 ケースを対象とした本調査を実施した。上記のように,インターネット調査は契約した回収 数に到達すれば調査を打ち切るため,5,248人全員に調査票が送付されたわけではない点に は注意が必要である。今回は3,194人に調査票が配信された段階で回収数が2,417ケースに達 したため,この時点で調査を終了した。その後,不正確な回答が疑われる者などを除外し, 最終的に有効回収数は2,284ケースとなった7)。なお,第2波・第3波のスクリーニング調査 の詳細は3.1で述べる。 このほかの倫理的配慮として,以下のことを実施した。(1)以下の調査の説明に「自殺念 慮の有無」や「いじめ被害経験」などセンシティブな項目を尋ねる旨を明記した。(2)調査 終了後に,過去の辛い出来事に苦しんでいる方に対する相談窓口を紹介するページを設けた。 (3)自殺念慮や家族の自殺経験などの項目については,「答えたくない」という選択肢を設 けた。 3 基 礎 集 計 3.1 脱落の概要 表4には,第1波から第3波にかけての脱落の概要をまとめている。第2波の調査対象者 は第1波の有効回収2,248ケースだったが,そのうち1,113ケースが第2波の有効回収となっ た。有効回収率は48.7%であり,半年で約半数が脱落したということである。その内訳をみ ると,まず退会が461ケースで調査対象者の20.2%がすでに調査不可能であった。これを除 いた1,823ケースにスクリーニング調査を実施したが,621ケース(27.2%)からは回答がな 6)性別に対して「その他」と回答した者,年齢が20歳~29歳ではない者,自身の学歴を「その他」 「わからない」と答えた者は除外している。 7)この作業は調査会社が実施し,筆者が作業後のデータを確認した。なお,契約した回収数は2000ケー スだったが,最終的な回収数は希望回収数に余裕をもたせた2,284ケースとなった。なお,モニター には NTT コムリサーチに登録しているモニターだけではなく,同社が提携している他社のモニター も含まれる。
く,56ケース(2.5%)はスクリーニングで脱落し本調査に進むことはなかった(SC 脱落)。 さらに本調査に進んだ33ケース(1.4%)には回答不正が疑われたため,有効回収は1,113ケー スとなった。第3波はこの1,113ケースに回答を依頼したが,やはり退会を理由として143 ケース(12.8%)が調査不可能であった。これを除いた970ケースにスクリーニング調査を 依頼し,未回答(119ケース,10.7%),SC(スクリーニング)脱落(11ケース,1.0%),回 答不正(15ケース,1.3%)を除いた825ケースを有効回収とした。有効回収率は74.1%となっ た。 まとめると,第1波から第3波で1,459ケース(63.9%)が脱落し,1年間の残存率は36.1 %であった。脱落の内訳をみると,調査に回答をしなかった未回答(32.4%)がもっとも多 いが,退会も26.4%と無視できない値を示している。郵送・面接調査でいえば,転居等で所 在地が不明といったところだろうか。1年間で調査対象者の四分の一強が退会し調査不能と なるという事実には驚かされた。 3.2 学歴構成の変化 続いて学歴構成の変化を確認する。結果は表5に示した通りである。表3と比較すればわ かるように,第1波の性・年齢・学歴別構成比はほぼ全国平均に近似している。しかし,調 査が進むにつれて,とりわけ短大・大学以上の20!24歳男性の比率が低下しており,全国平 表4 脱落の概要 内訳 第1波→第2波 第2波→第3波 第1波→第3波 度数 % 度数 % 度数 % 調査対象者数 2,284 100.0 1,113 100.0 2,284 100.0 脱落者 1,171 51.3 288 25.9 1,459 63.9 退会 461 20.2 143 12.8 604 26.4 未回答 621 27.2 119 10.7 740 32.4 SC 脱落 56 2.5 11 1.0 67 2.9 回答不正 33 1.4 15 1.3 48 2.1 表5 性・年齢・学歴別構成比(%)の変化 年齢 学歴 第 1 波 (n=2,284) 第 2 波 (n=1,113) 第 3 波 (n=825) 男性 女性 男性 女性 男性 女性 20!24歳 中学・高校 10.6 10.3 9.2 10.2 8.7 9.7 短大・大学以上 14.5 14.1 10.7 13.0 9.8 13.1 25!29歳 中学・高校 12.3 11.6 12.8 13.7 13.6 13.1 短大・大学以上 13.2 13.4 14.5 16.0 14.7 17.3 注)年齢は2019年5月時点。
均とは異なった分布を示している。第1波の時点では男女ともに短大・大学以上の20!24歳 の比率がもっとも高く,これに短大・大学以上の25!29歳,25!29歳の中学・高校,20!24歳 の中学・高校という順で続いていた。これが第3波では,短大・大学以上の25!29歳が最も 多く,次いで中学・高校の25!29歳,短大・大学以上の20!24歳,中学・高校の20!24歳と続 いている。 ただし,中学・高校と短大・大卒以上の比率には大きな変化はない。第1波は中学・高校 が44.8%,短大・大学以上55.2%であったのに対し,第3波では中学・高校が45.1%,短大・ 大学以上54.9%となっていた。第3波においても,高学歴者への偏りを回避するという割当 の目的は達成されているようである。 3.3 職業構成の変化 次に職業構成の変化について確認する。1.3 で述べたように,本調査は非正規雇用に代表 される不安定就労層の自殺リスクに注目している。そこで職業のなかでも,「働き方」につ いての分布の変化を確認しよう。 2017年の就業構造基本調査(就調)の結果も含め,表6に分布の変化をまとめた。すでに 別稿において,就調と第1波を比較して以下のように述べた(平野 2020a)。 正社員,非正規,無職の構成比は,2つの調査で大きな差はない。性・年齢・学歴人口比 を適切に割り当てれば,働き方についても全国平均と近似したデータが得られるようである。 表6 「働き方」の分布の変化(%) 働き方 就調 (n=12,428,000) 第 1 波 (n=2,272) 第 2 波 (n=1,104) 第 3 波 (n=823) 経営者,役員 0.4 0.4 0.3 0.2 正社員(正規の職員,従業員) 51.1 45.4 41.6 43.7 非正規の職員,従業員 24.3 26.0 27.8 26.2 パート・アルバイト 17.1 19.7 21.8 20.0 派遣社員 2.0 3.0 2.8 2.7 契約社員・嘱託 4.2 3.2 3.2 3.5 自営業者,自由業者 1.1 2.1 2.9 2.9 家族従業者 0.0 0.5 0.4 0.7 内職 0.3 3.4 2.7 2.1 無職 22.7 22.1 24.4 24.1 家事 4.9 11.4 12.8 13.4 通学 12.9 3.5 2.9 2.1 その他 4.9 7.2 8.7 8.6 合計 100 100 100 100 注)就調は 2017 年の就業構造基本調査を指す。いずれの調査でも「その他」は除いている。「働き方」は本調査のカ テゴリーに基づいている。
非正規の内訳も就業構造基本調査と近似している点も注目に値しよう。しかし,第1波の調 査には無視できない特徴が存在する。家事を理由とした無職者が多く,通学を理由とした無 職者(学生)が少ない点である。言い換えれば,本調査は専業主婦・主夫が多く,(無職の) 学生が少ないという特徴がある。このように「無職」層の内訳にはやや偏りがみられるが, 本研究の関心事である「非正規」については全国平均と近似した分布が得られている。 表6からは,第2波・第3波を経ても,基本的な分布は大きく変わっていないことを読み 取ることができる。上述した無職の内訳に特徴があるという点を除けば,全国的な傾向と近 似しているようである。 3.4 自殺行動の分布 最後に自殺行動の分布を確認する。自殺行動については,自殺念慮・自殺計画・自殺企図 の3つを尋ねた。 第1波では「あなたは,この1年間に次のことを経験しましたか」と尋ね,「本気で自殺 を考えたこと」(自殺念慮),「自殺の計画の立てたこと」(自殺計画),「自殺を試みたこと」 (自殺企図)の経験をそれぞれ回答してもらった。回答は「あった」「この1年間にはなかっ たが,それ以前にはあった」「なかった」「答えなくない」の4つである。「答えなくない」に ついては,回答者の心理的負担を考慮して回答に設けた8)。第2波では質問文・選択肢の 「この1年間」を「今年の6月から現在まで」に置き換え,第3波では「昨年の12月から現 在まで」に置き換えて尋ねた。 なお,当初の予定では「自殺対策に関する意識調査」(厚生労働省)のように,まず自殺 行動の経験の有無を尋ね,有りと答えた方にその時期(過去1年間に経験したか)を尋ねる 予定であった。しかし,当初の予定よりも設問数が増えたため,予算上の都合で1つの設問 で過去1年間および過去1年間以前の自殺行動経験を尋ねることになった。なお日本版総合 的社会調査( JGSS!2006)や筆者が以前実施した以前の調査(平野 2016,2018)でも,同 様の形式で自殺念慮の経験を尋ねている。 結果は表7にまとめている。生涯の自殺行動の経験率は,「あった」「この1年間にはな かったが,それ以前にはあった」を合計して計算している。なお,2.3 で述べた通り,直近 1か月間の自殺行動経験者は,調査対象者から除外している。 第1波における過去1年間の自殺念慮の経験者は8.0%である。生涯の自殺念慮経験率は 26.5%となっており,自殺念慮を抱くこと人は決して少なくないことがわかる。上述の通り, 厚生労働省の「平成28年度自殺対策に関する意識調査」によれば,20歳代において過去1年 間に「本気で自殺したい考えたこと」がある人は7.5%であり,生涯の経験率は32.6%であっ た。過去1年間の自殺念慮経験に限定すれば,第1波時点での調査対象者は全国平均と近似 8)設問においても,「答えたくない場合は,『答えたくない』を選んでください」と指示している。
した傾向があることがわかる。当然というべきか,自殺念慮と比較すると,自殺計画や自殺 企図の経験率は小さくなっている。しかし,過去1年間に2.3%の回答者が自殺企図を図っ たことがあるという事実は,決して楽観視できるものではないだろう。 第2波・第3波でも基本的な傾向は変わらない。過去半年間の自殺行動の経験率はおおむ ね第1波の半分程度になっている。これは経験した期間が1年間から半年間になっているこ とをふまえれば,十分に理解可能である。また回答拒否率も3%代で安定している。 ただし注意すべきは,生涯の経験率まで低下している点である。この事実は第1波時点で 自殺行動を経験した人は,調査への残存率が低いことを意味しているのかもしれない。上記 の通り,直近1か月間の自殺行動経験者を除外している点も影響しているだろう。その結果, 第2波・第3波と調査が進行するにつれて,自殺行動を経験していない層の比率が高まって いる可能性がある。 この点を確認するために,第3波の回答者に限定して,第1波から第3波の自殺行動の分 布を集計した。前述の予想が正しければ,第3波の回答者は,第1波・第2波の回答者より も自殺行動の経験率が低いはずである。 結果は表8に示した。たしかに第3波の自殺行動の経験率は,第1波・第2波の回答者よ りも低いようである。しかし,問題は第3波の回答者に限定しても生涯の経験率が低下して いる点である。一般的に考えれば,時間が進むにつれて,生涯の経験率は上昇するはずであ る。それにもかかわらず,第3波調査への回答者の生涯の経験率は,調査が進むにつれて低 下している。この事実をどのように理解すればよいのだろうか9)。 9)言うまでもなく,第2波・第3波の自殺念慮の経験者・経験率の低さも問題となる。統計的に意味 のある分析が可能かどうか,慎重に検討すべきだろう。本調査はインターネット・パネル調査として 設計されたが,第1波調査データの分析に主眼をおくべきなのかもしれない。 表7 自殺行動の分布の変化 自殺行動 内訳 第1波 第2波 第3波 度数 % 度数 % 度数 % 自殺念慮 過去1年/半年間 183 8.0 49 4.4 23 2.8 生涯 606 26.5 213 19.1 125 15.2 回答拒否 81 3.5 41 3.7 28 3.4 自殺計画 過去1年/半年間 88 3.9 18 1.6 11 1.3 生涯 366 16.0 127 11.4 78 9.5 回答拒否 75 3.3 37 3.3 25 3.0 自殺企図 過去1年/半年間 52 2.3 13 1.2 8 1.0 生涯 258 11.3 86 7.7 57 6.9 回答拒否 80 3.5 35 3.1 26 3.2 合計 2284 100 1113 100 825 100 注)第1波は過去1年間の自殺行動の経験,第2波・第3波は過去半年間の自殺行動の経験を尋ねている。
4 お わ り に ここまで筆者が実施したインターネット・パネル調査の基礎的な集計結果を概観した。結 果をまとめれば,以下のようになる。 第1に,調査回答者の残存率は低い。調査間隔を半年間として3回の調査を実施したが, 1年間の残存率は40%に満たなかった。これは1年間隔で実施されている既存のパネル調査 の残存率よりも低い(田中 2016)。 この傾向は他のインターネット・パネル調査でも共通してみられるのだろうか。同様の調 査を詳細にレビューすることはできていないが,太郎丸編(2019)のインターネット・パネ ル調査は参考になる。調査は本稿の調査と同じく20!29歳の若者を対象とし,2017年7月か ら2018年6月にかけて 3~4 か月間隔で計4回おこなわれた。第1波から第4波調査にかけ て66.5%の回答者が脱落しており,最終的な残存率は33.5%となり本調査と同程度であった (山本 2019)。他のインターネット・パネル調査においても若者の残存率の低さは指摘され ており(戸田 2017),その要因を検討することは重要な課題であるといえよう。 第2に,学歴や職業の分布については,第3波においても,全国平均と近似した結果が得 られていた。この結果は第1波の時点で,全国平均と近似するように性・年齢・学歴別人口 を割り当てれば,職業分布も大きな偏りがなくなることを意味していよう。しかしながら, 全国平均よりも専業主婦・主夫が多く,学生が少ないという特徴は継続してみられた。 第3に,過去1年間の自殺念慮の経験率は,「平成28年自殺対策に関する意識調査」(厚生 労働省)と近似していた。しかしながら,生涯の自殺行動の経験率は調査が進むにつれて低 下していた。この事実は第3波調査回答者に限定しても確認することができた。この点につ いては,第1波時点の自殺行動経験者の第2波・第3波時点の回答を調べるなど,さらに検 表8 第3波回答者の自殺行動の分布の変化 自殺行動 内訳 第1波 第2波 第3波 度数 % 度数 % 度数 % 自殺念慮 過去1年/半年間 56 6.8 29 3.5 23 2.8 生涯 201 24.4 135 16.4 125 15.2 回答拒否 27 3.3 29 3.5 28 3.4 自殺計画 過去1年/半年間 23 2.8 11 1.3 11 1.3 生涯 106 12.8 82 9.9 78 9.5 回答拒否 22 2.7 25 3.0 25 3.0 自殺企図 過去1年/半年間 14 1.7 9 1.1 8 1.0 生涯 78 9.5 59 7.2 57 6.9 回答拒否 28 3.4 22 2.7 26 3.2 合計 825 100 825 100 825 100 注)第1波は過去1年間の自殺行動の経験,第2波・第3波は過去半年間の自殺行動の経験を尋ねている。
討を進めたい。 以上のように,本調査により得られたサンプルの学歴・職業構成などに極端な偏りはない。 しかし,自殺行動の分布に注意すべき点がある。この点については,自殺行動の継続性を分 析し別稿にて改めて論じたい。さらに第3波時点では,第1波調査の回答者の6割以上が脱 落しており,その要因も検討する必要がある。 付記 本研究は JSPS 科研費 JP18K12957ならびに桃山学院大学2019年度特定個人研究費の助成を受けたも のです。 文献
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Study of Youth Suicidal Behavior Using an
Internet Longitudinal Survey :
Summary Statistics of the Survey
HIRANO Takanori
In contemporary Japan, the increase in youth suicide rate and youth nonstandard employ-ment population is a social problem. Previous studies have shown that youth nonstandard em-ployees(irregular staffs or nonstandard employees on fixed-term contracts)have more suicide ideation than regular employees. Nonstandard employment has a serious impact on mental health in young people. Nevertheless, this study is based on cross-sectional data. To insist that nonstandard employment increases the risk of suicide in young people, a longitudinal survey is warranted. This method allows researchers to accuracy understand the relationship between nonstandard employment and suicidal behavior.
Accordingly, I investigated youth suicidal behavior(suicide ideation, suicide plan, suicide at-tempt)using an internet longitudinal(panel)survey. The survey was conducted three times: March 2019(wave 1), November 2019(wave 2), and March 2020(wave 3). This paper pre-sents the summary statistics of the survey. Analysis of the summary statistics revealed that the dropout rate during surveys was 51.3%(wave 1→wave 2), 25.9%(wave 2→wave 3), and 63.9 %(wave 1→wave 3).Previous studies have shown that the dropout rate of youth monitors is very high. Our surveys also found similar results. The population distribution based on sex, age, education level, employment status of our sample was similar to that of the Employment Status Survey by the Statistics Bureau of Japan. The rate of suicide ideation(per year)was 8.0 %(wave 1).This result is similar to the suicide ideation rate(7.5%)of the nationwide survey by the Ministry of Health, Labor and Welfare.