M 罵MOIKB OF SHON ▲N IN 鰯TITVTE OF TRCI {NOMGY
Volr 27
,
No.
1,
1鸚フ
ラ
ン ス最 高
裁
判所
の
200
周年
と そ
の
実
像
上
野
芳
久
*Le
Bicentenaire
de
la
Cour
supremefrangaise
et sonimage
r6elleYoshihisa
UENO
Pendant mon s6jour a Paris
,
j
’
ai eu plusieurs fois 1’
o(:casion de visiter laCour
de
cassation.
Cette
institution
a c616br6,
含la
fin
du mois de novelnbre 1990,
1e
bicentenaire
de sa naissance.
La c6r6monie,
Pexposition effectu 合e pour cette occasion mais aussiles
manifestationsdes
magistratsdevant
lePalais
de
Justice
m,
ont beaucoupint
ξress6.
C
’
estde
la
qu’
est venuPenvie d
’
ecrire cet article qui est une recherche cosacr 合e arevolution
de 苴a notion de cassation,
訌 rorganisation et a la fonction de la Cour,
les formarit6s du pourvoi mais 6gale・
ment a
Pimage
reelle quel
’
ai perCuede
cetteinstitution
par ma visite.
一
は じめに 二 沿革一
200
周 年 (一
) 破棄の 形成 と確立 (二〉 破 棄 裁 判 所 (三) 破 棄 院 三 現 代の 破 棄 院 (一
) 人的 組 織 (二 》 機能・
機構 (1) 裁 判 機 能 (2) 司 法 行 政 機 能 (三 ) 破 棄 手 続 四 判 例の200
年 (一
) 主 な判 例 (二) 主 な刑 事 事 件 五 破 棄 院の実 像 (一
) 破 棄 院の 内 部 (1) 刑 事 部の 法 廷 (2) 聖ル イ像 (二 ) 式 典 と 司 法官の 示 威 運 動 (三 ) 200 周 年 記 念 展示会 (四 ) 広 報 活 動 六 お わ りに一
は じ め に 私は,
別の機 会に,
留学 報 告の一
つ とし て,
パ リに あ るい くつ か の刑 事 裁 判 所 を 視 察 し た と きの 様 子 を 書い た こ とがある1〕が,
その際に は,
か ん じん の破 棄 院に つ い て,
当 時の視 察対象で な か っ たこ と も あ り,
ほ と ん ど 触 れるこ とが で き なか っ た。 しか し,
その後パ リ滞 在 中 に,
同 刑 事部の法 廷を傍 聴し た り,
破棄院200
周 年 記念 展 示会に足を運ぶ な どの機 会があ っ た 。 そこ で 本 稿で は, 破棄院につ い て, 歴 史 を多少検 討し て か ら, 若干の 感 想を ま とめ,
もっ て前報告を補 うこ と と し たい 。 * 教養 課 程 助 教 授 平 成4
年10
月20
目受 付 1) 拙 稿 「パ リ の刑 事 裁 判 所 」 国 学 院法研 論 叢 18 号 (1991 年)。一
昨年 (1990 年),
奇しくも日本で裁 判所 制 度 100 周 年が祝わ れ た その年に, フ ラ ン ス の破棄 院は創設以来 200 周 年を 迎 え た。 その 記 念と して,
パ リ で は さ ま ざま な 歴 史的資料 を そ ろ えた 展示 会が開 催 され,
い くつ か の 新しい文 献 も出版された2) 。 その意 味で は こ の辺で,
も う一
度,
フ ラ ン ス の 破 棄 院につ い て考 察 して お くこ と も 無 駄ではない よ うに思わ れる。2
) た と え ばta
Ceur
de
Cassation
1970 − 1990
, Cour de Cassationt 1990 は,
200 周 年 記 念 展 示会の カタ ロ グで あるが (以 下カ タ ロ グと し て 引 用 ) 簡 潔に 破 棄 院 を 知 りうる文献 とし て有 益 で ある
.
ま たLe
Tribunal etla
Cour
deCas・
sation 1790
−
1990 , Litec, 1990 (以下リ テ ク版 と し て 引用) は
,
大 型 の 豪華本で, 興味深 い 16湘 南工 科大 学 紀要 第 27 巻 第 1 号 ま た, お りしも その記 念 式 典の 最 中 (11月 30 日〉に, パ レ
・
ド・
ジュ
ス テ ィ ス前で,
フ ラ ン ス 司 法 史 上 初め て といわれる大 規 模 な司法官 (magistrat ),
弁 護士 らに よ るデモ が行 な わ れ,
警 官 隊 と対 峠 する とい う事 態が生 じ た。一
体何故 そんなこ とに なっ たの だ ろ うか 。 破 棄 院を 頂点とするフ ラ ン ス の 司法を理解する ため に は,
その意 味を検 討し て お く必要もある と考える。 ところで,
本 稿 の 標 題を フラ ン ス の 「最 高 裁 判 所」3 ) と し たが, こ こで最 高裁 判 所とは, パ リの シ テ 島にある 破棄院 (Cour
deCassation
)の ことで ある。 実は,
現 在,
フ ラ ソス に は 「最 高 裁 判 所」 とい う名 称 を もつ 裁 判 所は存 在しない 4)Q で は,
何 故 「破 棄 院」とせ ずに この よ うな標 題に し たの か とい え ば,
第一
に,
破 棄 院と その前 身で ある破棄裁判所(Tribunal
deCassation
)と を合わ せ た総称と して は最 高 裁 判 所の名称が 適 当 と 考え た か ら で ある。 第二 に , 破 棄 院の判 断に 対し て は, それ よ り上 級の裁 判 所に上 告 する制 度はない の で ある か ら,
その意 味で は破棄 院 を最 高裁判所と呼ぶの もあながち的 外れと はい えない 5)。 第三に,
事 実,
その 意 味からフ ラ ン ス で も最 高 裁 判 所 (Cour
supreme )と称されるこ と が 多い6) 本の 論文の ほかに, 歴代 院長の 名 簿, 関 連法 令・
文献 リス ト,
美しい 図 版な どが掲 載さ れ て い る.
1990
年11
月 28 口〜
30 目 に開 催され た記念式典の 様 子は
Bicentenaire
de
la
Cour
de
Cas−
sation , Documentation frangaise,1991 (以 下式
典 記 録 と して 引 用 ) に ま と め られて お
D ,
各 講 演 者の 写真が付い た 12 本の講演記録が興味 をそ そ る.
3
) フ ラ ン ス の 最 高裁 判 所 に関 す る邦語 文 献に つ い て はp 別 稿 「フ ラ ン ス に お け る破棄 概 念の形成 」國 學 院 法 政 論 叢14
輯 (1993
年3
月 予定 ) 参 照.
4) ア ンシ ャ ン・
レ ジー
ム時 代に は 「最 高法院 (Cour souveraine )」(最 高裁 判所 と訳 さ れ る こ と も ある) とい う 名 称 が 存 在 し,
高 等 法 院 (Parlement.
こ れ が 最 高法 院と訳さ れ る こ と もあ る) と最 高 評 定 院 (Conseil souveraine ) 両 者 の 総 称 と し て使 用 さ れた.
尤 もこ の最 高法院は, 国王 と国王顧 問 会 議 (COnseil
du
Roi)に従 属し てい たの で, 実は 「最高 」で は な かっ た.
そ こ でル イ 14 世は そ の 自 称 を禁じ高等裁 判 所 (Cour
superieur )の語 を使 用 さ せ た とい わ れ る.
オ リ ヴィ エ 。 マ ル タ ン (塙 浩訳) 『フ ラ ン ス 法制 史 概説』791 頁 (1986 年 ).
な お,
当 時 の 裁 判 所 組 織 につ き,
拙 稿 「フ ラ ン ス の刑 事司法の歴史 」相 模工業大学 紀 要23
巻2
号 167 頁 (1989 年 ).
5) 山口俊 夫 『概 説フ ラ ン ス 法 上』279
頁 (1978
年 ).
6) た と えば,
あ る 法律 用 語 小辞典 は,
「司法 ピ ラミ の である。 そ し て最 後に , 短 期 間では あるがフ ラ ン ス に 滞 在してみ て,
フ ラ ン ス 人が破 棄 院 と言 わ れて想起 する その地位は,
日本 人が最 高 裁 判 所に対 して もつ 印 象とほ ぼ 同 様の ように感じ ら れ た か ら であるマ)’
B) 。 もっ と も,
周知の とお り,
フ ラ ン ス で は大革 命以後,
行 政 裁 判 権は 司法 府か ら分離され9),
行政 権に属し て い る。 つ ま り,
行 政 裁 判 権 を もつ 最 高裁 判 所 とし て は,
破 棄 院と は 別 に,
コ ン セ イ ユ ・ デタ (Conseil
d’
Etat)とい う機 関が存 在する。 その意味で は, フ ラン ス に は最高 裁 判 所が二 つ あるこ とになる が,
本稿の 対 象は,
司 法 裁 判 権 を 有 す る 最 高 裁 判 所である。 以 下,
まず 破 棄 院200
年の 沿 革,
組 織・
機 能を見た 後,
破 棄 院を 自分の 目で み た感 想を述べ て み たい 。 ) 7 )8
)9
ッ ドの頂 点 で あ る 破棄院は, わ が 国の 司法 制 度の 最 高の裁判 所 (lajuridicition
suprame )で ある」とす る
. DELAFAYE ,
Le
Petit
RETZ
de
la
judiciaire
, 1989, p.
42.
ま た, 「(破 棄 院は)司法界で は し ば し ば最 高裁 判 所 (
Cour
supr 色me ) と呼 ば れ る」 と す る 文 献 もあ る
.ESTOUP ,
ha
/bestice
franeaise,
Litec,
1989,
p.
249.
その 他,
教科 書 は も ちろ ん, 新 聞な どで も最 高裁判 所の表 現は よ く使われる
.
た とえ ば, 第一
に, 裁 判官の出 世の し かた を み る と, 目本に お け る最 高裁 と同 様に, 破棄 院が最 高 到 達点で あ り, 年 齢 ・経 験を重ね る ご と に大 審 裁 判 所か ら, 控 訴 院そし て破 棄 院へ
と階 段を の ぼ っ て い く.
PERROT,
lnstit”tionsノ”diciaires,
26d.
,
1986p
.
220.
山 本 昭 彦 「フ ラ ン ス 司 法 見 聞 録 (1)一
司 法制 度の概 観一
」 判 例 時 報 1432 号 16 頁 (1992 年 ).
その職階表 は,DELAFAYE ,
OP。
cit.
,
p。
108 に ある,
第二 に,
大学 等に お け る研究対象 と し て も,
ち ょ うど 日本で もよ く最 高 裁 判 例が研 究 される よ う に,
破 棄 院 判 例 は 重 要 視 さ れ る.
た と え ば,
パ リ 大 学 大 学 院 生 (D.
E.
A.
) の刑 法ゼ ミ (ソ ワ イ エ 教 授)の研究対象は ほ と ん ど破 棄 院の判 例で あっ た.
第三 に,
新 聞な ど で の破棄 院 判例の 扱い 方 も,
日本の最 高 裁の場 合 と同 様に,
下 級審と比べ 大き く取 り 上 げら れ る.
破 棄 院 は 最高裁 判 所 か, は一
つ の 問 題 点 で あ る が, これ を 比較法的 観 点か ら論 じ て い る文 献 として
,PlccAT
etCoBERT ,
La
Cour
de
Cassation
tien 〈
Que
sais−
je
?〉, 1986, p.
24 et s.
か つ て の国王 (行 政 権 者 )に 対 する高 等 法 院 (司法 権 者)の反 抗が遠 因 と な P
,
行 政 裁 判権が司 法権か ら分離さ れ た
.
こ の間の 事 情 に つ い て は,
PlcGAT
etCoBERT ,
op.
ciL,
p.
20
et s.
フラ ン ス 最 高裁 判 所の
200
周年 と その 実 像 (上野芳 久 ) 二沿
革
一
200
周年
200 周年とい うの は,1790
年に破 棄 裁 判 所が設 置 さ れ た時か ら 起算し,
1804 年に破 棄 院 と改 称さ れ,
1990 年 に い た る まで を意 味 する。 しか し, 破 棄とい う手 続は そ れ 以前か ら徐々に形 成さ れて きた もの で あ り,
制 度 とし て はすでに ア ソ シ ャ ン・
レジー
ム末 期に 国王顧問会 議の 規 則の中で確 立 されて い た。
そ れが革 命 後 も,
破 棄 権 限 を 国 民の裁 判 所へ 移 し,
制 度 目的を変え るこ とに よ り,
生き延び たのである。 その 後も裁判所は少しずつ 変 化 し 続 けた。 本 章で は,
こ の よ う な変 化につ き 検討す る。
(一
) 破 棄の 形 成と確立1°) 13 世 紀に封建制 が完成 す る とル イ 9 世は,
決 闘や神 儀から 訴訟手 続 を 解 放 し,
人 間の理性に 紛争の解決 を委 ねた。 その時か ら裁 判に は不 測の誤 りが人 り込 む 可能性 を 生 じ, 王 は誤っ た裁判を修正するこ とに し た 。 実 際に その 任に 当たっ たの は:E
会や そこか ら分離し た司 法専 門 機 関 (後の 高 等 法 院 )で あ り,
しか もそ れは 自 ら終審 機 関と し て判断を下 し た。 したがっ て,
それ は未だ終審裁 判の 取 消とい う破棄の特 徴を備えて お らず,
控訴手続に すぎな かっ た。 しか し,
高等 法 院が 王会か ら分 離 すれ ば するほ ど,
そ れは もは や 王の判 断 と は 言 え な くな る。 判 決に不 満 な 人々 は, 直 接, 国モ や顧問会議に訴え るこ と を 望む よ う に な る。 13 世 紀 末,
訴訟 が増加し問題 も専 門化 するに つ れ,
高 等 法院 (Parlement
)は王 会 か ら 完 全に 分 離 独 立 する。 そ ん な中で,
終審の判 断 とい え ど も再び審 査の対 象に な りうるこ と が明 らか に さ れ,
実 務で は,
高 等 法 院で 「誤 判の 申立 propsition d’
erreur 」 の 手 続が生まれ 司 法 慣 習とし て定 着し て い っ た。 14 世 紀 中 頃,
こ の申立は,
終 審 判 決の取 消の性質を もち,
本 案 判 決に対 する顧 問会議 へ の 出訴制 度で あるこ と が明 らかに さ れた。15
世 紀 以降,
誤 判の 申立が制限 される ように な る と,「民 事請求
Requ
さte cMle 」 と 「移 管 6vocation 」が 登 場 し た。
民事請求は,
当 事 者に帰 責 事 由がある事 実の誤 りに つ い て 認め ら れ た救 済で,
当 時は,
国王 に対 し救 済 の 特恵を求め る手 続だっ た。
移管は,
訴訟の 途 中で,
王 が,
自分 や 顧 問 会 議な どに事 件を移す制度で ある。
顧問 会議の多数 勢力と同 じ派に属して い る訴 訟 人に と っ て は, 移 管は大 変 好 都 合だっ たの である。 10) 破棄概 念 の 形 成 過 程の詳 細 につ い て は,
文献 も含 め,
別 稿に ゆずる.
拙 稿 前 掲 注 3} 論文.
その後,
誤 判の 申立は ますます 利 用さ れ な くな り,
民 喜 請求に代わ っ て い っ た。15
世紀末,
終審 裁 判に対 する 救済手 段は混乱をきわ め, 高 等法 院の負 担増 大,
訴訟費 用 増 大,
裁 判 遅 滞な ど を ま ねい たが,
その解決 方 法 とし て発 展 し たの が 移 管で ある。 こ の移 管は,
16世 紀 前 半に は,
原判 決 がオ ル ドナ ソ ス の手続 遵 守 を 怠っ た 場 合に 原 判 決を無 効に する手 段と考え ら れ る よ うになっ た。
初め て破棄 (Cassation
)を認め た法は1579
年の ブ P ア の オル ド ナ ン ス で あるが,
その 規 定か ら は破 棄と は何 か が不明確だっ た。 し か し次の よ うに考 えら れ た。 終 審 判決を 訂 正する手 段は取 消 (retractation > と破 棄の 2 つ のみ であ り,
取 消の具体的 手 段 とし て, 誤 判の 申立 と 民事請求の 2つ が あ る。 破 棄 は,
顧 問 会 議の 移 管か ら発 達し たもの で,
オル ドナ ンス 違 反の 判 決 を無 効にする手 段で あるQl7 世紀前 半
,
複 雑 な 法 律・
裁 判 手 続で 司法 界は混乱 し た が,
国王は体制をた て直し強力 な 国 家 を 作る。 1667 年,
司 法 改 革の一
つ とし てル イ 14 世は 民 事:E
令を制 定 するが,
その第35
編は全て 「民事請 求」に当て られたe 同 令に よ り,
誤 判の 申立 は廃 止され,
なる べ く終 審判 決 の取 消 を減らすべ く民 事 請求 も制 限 さ れ た。 他方,
破 棄 につ い て は何ら規 定さ れ な かっ たが,
消 滅 し た わ けで は な く,
国 王の,
裁 判官の法 遵 守をコ ン トロー
ル する手段 と して生 ぎ続 けた。 以後, 破 棄は顧 問 会 議の発 展 と とも にあ り,
その 手続 規 定の 中に組み込まれてい っ たQ17 世 紀 後 半に は破 棄 申立 の増大に よ り混 乱 が 生 じたた め抑制 策が と ら れ た が,
混 乱を整理 し,
個人の 中 立を容 易に し よう と実 務 を 踏まえて編纂されたのが,
大 法 官 ダゲ ソ の 手になる1738
年の顧問 会議規 則で ある。 これに よ り破 棄は制 度 とし て 確立 し, 以後 革命までその基 本 的 性 格を 維持 し続 けるの である。 (二 ) 破棄裁 判 所 破 棄は,
顧 問 会 議に よ りその手 続の中で 確 立 さ れ た が,
顧 問 会 議は,
国王の影とし て その 留保 裁 判 権を 行 使 する機 関に す ぎず,
普 通 裁 判 所で も訴訟裁判所 で もな く,
た だ 特 別に破 棄 する任 務を負っ ていた だけだっ た 。 そこ で 高 等 法 院は次の よ うに批判 し た。
破 棄 制度 は,
顧問 会 議規 則に依 拠 し何 ら 明 確 な 法に根 拠をもっ て いな い,
顧 問会議が 行っ て お り頁の裁 判 所が行 使 するもの で はない,
と。 他 方,
モ ンテ スキ ュ 流に考 える人か ら も,
裁 判権が 立法 権・
行 政権か ら分離され ない の なら自 由 は存 在しない , と告 発さ れたD一
145一
湘 南工科 大 学紀要 第
27
巻 第1
号 で は,
破 棄は一
気に廃 棄すべ き もの か。 しか し破 棄 は,
迫 害 された無 実の人の最後の救 済 手 段と し て は有効 で ある11) 。 ま た, 法は絶 対 最 高の ものだ と考 え る 12) 以 上,
裁 判 官に よ る 法 の尊 重を確 実にする必 要 が あり,
そ の た めに も破棄は有 効・
必要と解さ れた。 さ らに, 全 国 の裁 判 所を監 督 する機関 も 必 要だっ たので あるls)。フ ラ ソ ス革 命は,
一
方で, 留保 裁判 権を消滅させ,
上 記の よ う な批判を受 け入れるこ とを可 能に し, 他方で,
破棄の 目的 を,
国王の権威の 防衛か ら法の 尊重に変え て, 破 棄 制 度 を維持するこ と を可能に し た。 破 棄は,
国 王 の統 治 手 段か ら裁 判 所の法 解 釈 統一
手 段に 目的を変 え るこ とに よっ て,
生 ぎ続 けたので ある。1790 年, 革 命 直 後か ら議論されて きた司 法 制 度 がよ うやく
8
月に新 制 度 として ま と ま り,
10 月に高 等 法 院 が一
切の活動を停止 すると,
憲 法 制 定 会 議は破 棄裁判 所 (tribunal de cassation )を創設 し た14> 。 この よ うに破 棄 裁判 所は,
もと も と 上級 審 とし て設置さ れ た の で は な く, 顧 問 会 議の破 棄の権 限を革 命の趣 旨 に適 合 するよ う に変 更 し,
制 度 化 したものだ っ た ]5)の で あ る。 問題と な っ たのは,
破棄 裁判 所の組 織で ある。 権 力 分 立を 基 礎にする新 憲 法の 中に どう位 置づ け る べ ぎか ? 司法 府の頂 点に 立つ もの とすべ きか,
あるい は立法 府の 下に置くべ きか ? 激しい議 論がた た か わ された。 破 棄 とは判 決の法 律 適 合 性を保障するこ と であ り,
立 法 府の11
) 破 棄は,
た と え ば 1786 年に3
人 が車 刑を 言い 渡 さ れ た事件で支持さ れ , 「モ ン ター
ニュ
か ら の 手 紙」の 中で ル ソー
に も賞 賛 さ れ た.HALPERIN
,
Le
Tribunal
de cassation SOUS la R吻 0伽’歪0%(1790
−
1799 ), 1990, p.
25.
(前 掲注2
) リテ ク版所 収 )
.
12
}1789
年 当 時の 人々 がいか に法 を尊 重 し よ う として いたか につ い ては
,
HALPERIN,
Histoire de laCour de
Cassation
: du Tribernaide
Cassation
di
la
COur
de
Cassation
, P.
120 et121
(前 注2
) 式典記 録 所 収)参照.
13) 破 棄 制 度は, 憲法会議が ま さ に作ろ うと し てい る 547 の ディ ス ト リ ク ト裁 判 所 を 監 視 し枠に は め る ため に必 要 な もの と し て, 置かれ た.HALPERIN ,
op.
cit,
, n.
1, p.
27.
14)1790
年 11 月 27 日〜 12月 1 日デク レ.
この 間 の 司 法 制 度 改 革の 動 きに つ い て は, 拙 稿・
前 掲 注 4) 論文133
頁以下 参照.
15)石 川 良 雄 『フ ラ ン ス の 司 法 制 度 』 司 法 研究 報 告書 13 輯 2号 11頁 (
1962
年 ).
な お,
顧問 会 議と破棄 裁判 所の 法 的 連続性の 根 拠は, 1790 年 11 月 27 目 のデク レが, 1738 年 規則を破 棄裁 判 所 に た めUC司法府を監 督 するこ と なの であ る か ら
,
破棄は立 法 府の 権 限とすれば 足 りる とする説さえ あっ たle )。 た し か に, かつ て高 等 法 院 (司 法 府 ) が顧問 会 議 (立 法 府 ) に 対立 し混 乱 を招いた こ とを思い出せ ば,
司法 府に 対 す る不信 感が拭い きれ ない の も理 解で きた。 しか し結 局,
議会は裁 判 所 とい う形の必 要 性・
合理性を考 慮し,
そ れ を維 持し た。
ただし立 法 府に付 置 するこ と に しIT),
し か も, 破 棄 裁 判 所は事件の本 案を審理するこ と がで き ない とし て,
反 対 派の立場を も考慮し たの である。こ うし て
,
破棄裁判所は,
現 在の破 棄 院に も引き継が れ る伝統 的 特 徴,
す なわ ち, 第三審裁 判 所で はない,
事 実は審理 しない とい う特 徴を備え た ので ある。立法 府に付 置さ れ た点は
,
現 在の破 棄 院との大き な 相 違 点だ が,
これ も 次の よ うに変化し てい っ たQ 当初,
上 記の 経緯 か ら,
破 棄 裁 判所 etteだ 下級審裁 判 官の 法 違 反 に の み着目し, 判 決に は何ら コ メ ソ トを付け ず 条 文の み を引 用した。 法の解釈は一
切 許され ず, そ れ は 立法 府の みが持つ 権限で あ り り,
した がっ て,
法 解釈 が必要な 場 合には 立法 府に解 決 を委ね るこ と (レ フ ェ レ制 度 )と さ れた。 だ が,
破 棄 裁 判所はす ぐに判決に理 由を付 すよう に なっ た。 他方, は やく も 1791 年の法は,
刑事法につ き,
法 違 反だけで は なく誤っ た法適用に対 し て も破 棄の 開始を認め た。 これは民事法に も拡 大さ れた。 無 口 な 法 の番人は法の 通 訳 者に なり, 少 しずつ 指 導的 判 例を作 り だす ように なっ たの であ る18 >。 その後 1799 年まで,
破 棄 裁 判所は しば しば権力闘 争の的 と な り,
政 治 的大混 乱 セこほ ん ろ うさ れはし た が, 1800 年に は, 立法府に対 する 自律 性を認め ら れ,
下 級審の判 例を全 国 的に統一
する裁 判 所 と して,
司 法 裁 判 所の頂点に 立っ た 19)。16
)17
) ) > 8911 も適 用 する と し た こ と (こ の規 則 は 現 在 も 効 力 を もっ.
山口・
前 掲書 347 頁 ), 顧 問 会 議は,
破 棄 裁 判 所 が 設置され た 目に廃止 されそ の 機 能を 停止 す る こ とを 規 定 し てい る こ と,
の 二 点 で あ る。
POUILLE,
Le
Pouvoir
j
躍diciaire
et les tribu・
naux,
1985, p.
369.
ロ ベ ス ピエー
ル は 立法委員 会 を 置 け ば 足 りる と考 えた.
これ に 対し メル ラ ン・
ド・ ドゥ エ は,
裁 判 所 を置 くべ き だ と主張 し,
こ れ が 1790 法に採 用 さ れ た.
HALPERIN,
op.
cit.
, p.
123.
刑 部 荘 「破棄 裁判 所 の任 務 と性 質 」「杉山教 授還 暦 祝賀論 文集 』7
頁 (1942 年 ),
野 田良之 『フ ラ ン ス 法 概 論 』606
頁 (1955 年 )など.
HALPEBIN ,
op.
cit.
,
p.
122.
PICcAT et CeBERT
,
op.
cit.
n.
8, p.
15.
フ ラン ス 最 高 裁 判所の 200 周 年 とそ の実像 (上 野芳久 ) (三) 破 棄 院
1804
年5
月,
破 棄 裁 判 所は破 棄院とい う名称に変 更 された。 この年は,
3 月 に慣習法を集大 成 し たナ ポ レ オ ン民 法 典 が 完 成 し (い わゆる中 間 法 時代の終 了)2°)12 月 に は ナ ポレ オ ン が 皇 帝に なっ た年で もあっ た。 これ 以後,
各 地の慣習 法が優先される法不統一
の時 代 は 終わ り,
全 国に統一
的に適 用さ れ る成 文 法の優 越 性が 確 認されて い く。
そ れ は破 棄の ‘‘法を統一
す る機能” が 高ま るこ とを 意 味し,
制 度 としての破 棄は い よい よ完 成 度を高め て い く。 院 (cour )とい う旧 時 代の語 句こそ復 活 し た が,
そして,
かつ て の顧 問 会 議の 承 継 者の ご とく 多 くの特 権 を 享 受 することもあっ た が,
すでに新 司 法 秩 序に しっ か り根を 下ろ した破 棄 制 度 自体はその本 質 を 変 え るこ と は な か っ た2D。
成 文 法 時 代がくると,
破 棄 院は解釈の統一
を確実にす べ く自らの解 釈権 を 拡 大 す る よ うに な る。
さ らに破 棄申 立数が増大 すると,
破 棄 院は ま す ます 判 例 形 成の機 能を 強 化し てい っ たQ 逆に,
もは や法 解 釈の仕事は量 的に も 能 力 的に も 立法府の手に お え な くな り, レ フェ
レ も事実 上機 能せず, つ い に1837
年に 廃 止された。 今や破 棄 院 は立 法 府の 傘下 か ら 飛 び 出 して 司法 府の長 と な り,
機 能 的に は 「成文 法 を 越 える時 代」22) , 「立 法 機 能へ の参 加の 時 代」23) を迎 えた の で ある20。
以 後,
破 棄 院は法解釈の統一
をはか る法 律 審 とし て の 基 本 的 性格を変え な かっ た。 た だ,
破 棄 中立件 数の増 加 に悩み,
20 世紀に入っ て か ら何度も組織・
構造を修正 して い く が,
これにつ い ては次章で扱 う。
20) 山口 俊 夫 「フラ ン ス法学」 碧海他 編 『法学 史 』193
頁 以 下 (1976 年 ).
21) HALPERIN , op.
Cit.
n.
11,
p.
124.
破棄 院とな っ て か らの 様 々 な 特 権 に つ い て,
PICCAT etCoBERT ,
op.
cit.
,
p.
14.
22) HALPERIN , op.
cit.
n.
11,
p.
122.
23) CHOUCROY , Du’
rribunal de Cassation a la COur de Cassation,
P.
34 (前注 2)式 典記 録 所 収 ).
こ れ は,
破 棄 を 立 法 権の確 認 と して の 破 棄.
・
破 棄 裁 判 所と成文法の優 越 性と,
立法機 能へ
の参 加 と し て の破棄一
一 .
最高 裁 と法の一
般 原 則の 出 現,
とに 分け てい る.
24
) この破棄の創 造 的権 能は,
暗黙の うちに法で 承認 され た と もい え る,
な ぜ な ら,
裁 判 官は,
違反 す れ ば裁 判 拒 絶 と なっ て し ま うの で (民 法 4 条 },
法の欠 陥 を補 うこ と を 要求さ れ て い る とい え る か ら で あ る.CHovcRoY ,
op.
cit.
,
p.
35,
三現 代の破 棄 院 200 年の歴 史を経た現 在
,
破 棄 院はどの よう な 組 織で い か なる機 能 を 果た して い るか。 国王顧 問 会 議か ら発達 し た とい う破 棄 院の 歴史 的 特色 は,
人 的 組 織や機 能の う えに も反 映して い る よ うに思われる。 (一
) 人的 組織 (1) 裁 判 官・
検 察 官 司 法 官の定 員は デ ク レで定め られ る25) 。 院長 (Premier pr6sident )1 名,
部長 (president de chambre )6
名,
裁 判 官 (conseiller )84
名,
調 査裁 判 官 (consenler r6ferendaire )37
名,調 査官 (auditeur a la Cour de cassation >18名
,
検事 総長 (
Procureur
g6neral )1
名,
次 長 検 事 (premier avocat g色n6ral )1名
,
代表検 事 (avocat g6neral
de16gu6
)2 名,破 棄 院 付 検 事 (avocat 96neral)19名
院長は
,
司 法 界の中で最 高の地 位を占め る司法 官であ る26) 。 その地 位に は純 裁 判 権 が 伴う わ けで は ない が,
場 合に よっ て は, 破 棄院の一
つ の 部に お い て 法 廷 を 主 宰 し,
判 決 作 成に参加するこ とがで きる27) 。 他 方,
広 範な 司法行政権を有し,
破 棄 院の 良 好な機 能の監 督,
裁 判官 の各 部へ の配 属 , 各 部の任務 内容の決 定,
合 同 部・
大 法 廷へ の 回付決定な ど を行 うD なお,
裁判官の 懲戒 委 員 会 とし て司 法 官 職高 等会議が開かれる ときは,
その会 議 を 主宰 する (憲 法 65 条 項)2a) 。 6 名の各 部 長は,
それぞれの部の法廷を 主宰す るの を 本 務 とす る が,
他に も,
事件を各裁判 官に割 り当て,
部 全 体の判 例の 総 括をする。 ま た,
理事 部に参 加し,
大法 廷に も出廷 する29〕 。 25) 26) 27) 89 ワ】
9臼
D6cret no90−
1086du
5
d6cembre
1990.
PERROT , op.
cit.
,
p.
218.
院 長が判 決に 関 与 する場 合は,
よ ほ ど複 雑な事 案 で あ るか,
後 に判例 と な る よ う な原理 的 判 決 (例.
代 理 母 事件.
後述163
頁 ) で ある こ と が 多 い.
PERROT , op.
cit.
, p.
219,
PERRoT,
op.
cit.
,
p.
219.
PERROT
,
ibid.
な お最 古 参 裁 判 官 (dQyen )とい う資格 も あ る
.
任命 時 から最 も 長 期 間その 職 に あ る 裁 判官の こ と で, 単な る名 誉 称 号では な く,
部 長 が 欠 け た と き部の法廷 を 主 宰 し た P,
判 決案をチー
=
ッ ク した り,
重 要 な機 要を果たす.
Ibid.
一 147一
湘 南工科 大 学 紀 要 第 27 巻 第
1
号裁判官は事 案の審理
・
判決をする。 出 世の 階 段を のぼ りつ め た司 法 官である。 80 年 半 ば 頃か ら,
おそらく調 査 裁 判 官 と 区別 する ため,
高位裁判 官 (hauts conseillers ) と呼ぼ れ る慣行が できた Q調査
裁 判 官は, 1967
年に は申立件 数 増 加へ の対応策 とし て創設 さ れ たもの で,
若い 司法 官か ら任命さ れ,
破 棄 院裁 判 官の仕 事を援 助 する。 具 体 的に は,
書 類の検蓼
L
一
定の簡 単な事件に つ い て の報告書提出, 場合 に よ っ ては判 決の起 案 な どを す る。 当 初は,
担 当 者が若 い とい う危惧感か らその役 割は 比較 的軽く,
判 決 評 議 会 議に 出席で きて も発言権し か持た なか っ た が,
78 年,
そ の 信 頼 性 と必 要 性 が 認め られて 権 限 が拡 大され,
自分 が 報 告 者 と なっ た事件に つ い ては決 定 権 を 持つ よ うに なっ た。 さ らに ,一
定の場合に は, 判 決 法 廷の定足数不足の ときに裁判官の代わ り と な りそ れ を満たすこ と もで きる よ う に なっ た30) (司法 組 織法 典L131−7
条 )。調 査
宣
は主に 司法行 政 関 係の 仕 事を する。 文献,
研 究 情 報 調 査 な どで ある。 調 査 裁 判 官の権限 が拡大し, 司 法 行 政 面か ら よ り知的 な 仕 事に移行 し た の に伴っ て,
手 薄に なっ た仕 事を補 充 する 必要か ら置かれた。 調 査裁 判官よ り低 位の 若い 司法 官があて られる31) 。検
事 総 長は, 破 棄 院検 察官の長 (chef du parquet )で あ り,
破 棄 院の どの部に お いて も発 言できる。 理 事 部の メ ンバー
であ り,
大法廷に出 廷する権 利 を もつ。
検事 総 長の職 務 執 行を補 助す る破 棄 院 付 検事は, 各部に配 属 さ れてい る。 その他,
検 事 総長 を 補 助 するの が 次 長検 事で あ り,
次長検事を補 助 するの が代表検事である32) 。 (2) 弁 護 士弁護士は法 律上 の破 棄 院の構 成 員では ないがSS 〕
,
破 棄 院に は 独占 的に訴 訟 代 理 権を有する弁護士 がい るの で,
こ こ でふれて おく。 破 棄 院お よ び コ ン セ イユ ・デタ付弁護士 (
Avocats
au Conseild’
Etat
et a la Courde
cassation ) がそ れで
,
破 棄 院 (お よ び コ ン セ イユ。
デ タ)で は原 則 とし て この弁護士に 依 頼 するこ とに な る。 もっ とも通常の裁 判 所で弁 論 する権 利を もつ の で,
その 特 殊 性は,
弁護 士 経験 3 年 以上,
破 棄 院の 認 許な どの 諸 条 件に と どま り, 以前ほ どの特殊性は薄れた3%こ の ような弁 護士が存 在す る の は歴 史 的理 由 に よ る。 ア ソ シ ャ ン
・
レ ジー
ム時 代,
国王顧 問 会議へ 提 訴 する訴 訟 関 係 者の代理人 とし て独 占 権を持っ て い た弁護士の団 体か ら出発し,
ア ン リ3
世 時代 (在 位 1574〜89
年 )に,
特 別の伝統。
規 則・
登録 制 度をもつ 独立の団体 として発 達 した 。 革 命 後,
顧問 会 議は 消 滅した が,
こ の 団 体は 生 き 残 り,19
世紀初め,
破棄院 付 弁 護士 50 人とコ ン セ イ ユ・
デタ付 弁護士 22 人 (多 くは前 者との兼人)が合 併 し60
人か ら なる一
個の 団 体と なっ たの である。1817
年 の オル ドナ ン ス は,
その地位 を 承 認 し,
破 棄 院 とコ ソ セ イ ユ・
デタ の2
個の資 格 を1
個 とし た が,
そ れ は,
両機 関で の訴 訟手続が 類 似して い た とい うこ との ほ か に, 公 法 と私 法の両 者に関 与で きる弁 護士の存在 が 必 要で あっ た,
とい う 理 由に よ る。 1978 年 以 降,
構成員は 60 人か ら 90 人となっ た。 その存在意 義は,
破 棄 院や コ ン セ イユ。
デタ では 主 に 法 律問 題 が 争 点 となるの で,
この よ う な専門 職 を 置 くこ とに よっ て手 続 を 円 滑に するこ とがで きるS5 )点に あ り.
近 時の破 棄 院に おける申立件 数の激 増 を少しで も減らす こ とに 貢 献して い る36) 。 (3 ) 書記書記 長
(Gre 伍er en
chef )
,
書記 官(greMer
de
chambre )は法 律上の破 棄員の構 成 員で あ る (司法 組織 法 典 L121−1
条 )。 前 者の指 揮の も と, 後者は各 部に配 属さ れ る。 (二 ) 機 能・
機構破 棄 院の現在の機 能をみ る 前に
,
な ぜ現 在の 破 棄 院 は,
3 民 事 部・
社 会 部・
商 事 部 ・刑事 部とい う合 計6つ の部で構 成 される よ うに なっ たの か,
その 沿 革を み て お こ う。
30
)、
冫 ) ) 123 3QU3 1967 年 2 月 20 目の 組 織 法.
調 査 裁判官の 権 限 を拡大 し たのは 1978 年7
月12
日法. POUILLE
, oP.
cit.
,
P.
371;PERROT,
oP.
cit.
, P
.
221.
PERROT ,
op.
cit.
,
P.
221.
PERROT ,
op.
cit.
,
p.
222.
そ の 地位に つ い て は, 山 本。
前 掲論文 (1}16 頁 の 「フ ラン ス 法 曹 制 度の概 要 」 図を参 照.
34) 35) 36)一
148一
山 口・
前 掲 書 292, 350 頁.
lll本・
前 掲 論 文 (1
)17
頁,
し た がっ て,
学 者 的 な傾 向が強 く,
論 文 を 執 筆 し た り, 判 例 等の デー
タベー
ス 形 成 に も 熱 心 だ と さ れ て い る.
山 本・
前 掲論 文 (1)17 頁.
以 上 の 説 明 は,
前 注 2) ヵタ ロ グ 73〜
4 頁 に よ る。
フ ラ ン ス 最 高 裁 判 所の
200
周 年 とその 実 像 (上 野 芳久 ) 〔安 定 期から改 革期へ 〕 破 棄裁 判所時代の後半か ら,
審理部・
民 事 部。
刑 事 部 の3
部に分けられ37) , 民事事 件 と 刑 事 事 件 を 別 個に扱 う こ とに よ る機 能の 効 率 化が は か ら れ た。
これ は 破 棄 院 と なっ て か らもその ま ま維持 さ れ, 約 150 年にわ た る安 定 性 を示 し た。 し か し,
破 棄 申 立の 数は徐々 に増 えは じ め, 1935 年に は平均の訴 訟 遅 延期間 44 カ 月 とい う過 去 最 悪 値 を 記 録 し て しまっ た3s)。 以 後,
申 立 件 数の増加に 対 する対 策が 次々 と試み ら れ, 破 棄 院の歴 史は“
訴 訟 遅 滞 との 戦い の 歴 史”
とい う様 相を 呈 した。
〔構 造 (structures )の 改 革: 1938 年〜
67 年〕 まず 構 造 面 が 改 革さ れ た。 1938 年,
労働問 題を 処 理 す る社会 部 (chambre sociale )が設 置 された が,
と くに 戦 後,
フ ラ ソ スが ドイ ツ軍か ら解 放されると, 法 律も訴訟 数 も激増し てす ぐ問 題が 再発 し た Q そこ で 47 年,
審理 部が 廃 止 さ れ,
代 わ りに商事部 (chambre commer−
ciale )が置かれ た。 元々審 理 部は,
予め 不 必要 な 訴え を 除去 して 裁 判を 迅速 化 するため の部だっ たが,
他の部に 対 する一
種の 劣 等 感か ら解 放 さ れよ う と審 理を慎 重に や37
> 正確に い え ば,
当 初,
破 棄 裁 判 所 は,
「審理部 (bureau des requetes )」 と 「破棄 部 (section de cassation >」の2
部制 度を とっ てい た.
審理部が 予審 的な機 能 をは た し て 事 案 を 選 別し,
破棄 部が 判決 機 関の機 能 を は たしたの で あり,
いわば縦に 分 割 さ れ て い た とい える.
し か し, その 後 1795 年の 法律に よ り,
破棄裁 判所は 審理部・
民 事 部・
刑 事 部の 3部に分 割 され た.
縦の 分割制 度 は 民事 事件にっ い て は 維 持 さ れ た が, 刑 事 事 件につ い て は,
別 個 に 審理部 を経ずに直接事 案 を 取 り扱 う 「刑 事 部」がで きた の で あ る.
そ の意味 で は 横 の 分 割が加え ら れ たこ とに な る.
なお, 破 棄 院の時 代 に 入っ て 1826 年,
部 の 名 称は section か ら chambre に変え られた.
山口 『概説」347
頁, 石 川 ・前 掲 書 30 頁.
38) PoulLLE,
op.
cit.
,
p.
369.
こ れ に よれ ば,1810
年に は,
48 人の 司法官 が 1 年 間で約 250 件 に つ き 判 断し, 訴 訟 遅 滞 期 間は平 均24 カ月だっ た.
そ の後,
事 件 数は,
451 件 (1851 年),
2000 件 (1920
年 ), 2520
件 (1936
年 ) と激 増し た.
原 因とし て は, 下級 審の訴 訟 件 数 自 体の 増加, 法 規の数が 激増 し しか も そこ に は解 釈上 問 題 が多 く残 さ れて 解 決 に 時 間が か か る こ と,
置か れ て い る救 済 手 段 は べ すて利用 し よ う とする現 代人 の 心 理,
そ れ を 思 い 留 まら せ よ う と す る意 思 が 立 法府に も 司 法 府 に もない こ と, な どが 考 え ら れ る.
PERRoT,
op.
cit.
,
p.
211.
りす ぎた ため,
却 っ て訴 訟 遅滞を招い て い たのであるg 他 方,
民事 部・
社会部・
商 事 部と3
つ に なっ た 民 事 部の 間で判 決が不 統一
に なるの を避 け る た め 「民 事 大 法 廷 (assemb 驚 e pl色ni 色re civile )」カミ置かれた oしか し
,
そ れで も訴 訟 遅 滞は増え続 けた。47
年に5646 件だっ た 遅 滞 件 数は,52
年に は ほぼ倍の1
万2000
件に 達し た3”) 。 同 年, 次の策 と し て, 特に遅 滞の激 し かっ た 民 事 部 門に第二 の民 事部 が増設 さ れ,
さ らに 67 年に は 第三の民 事 部が設 置 され た。 同 時に,
い まや5部に増え た民 事 系 部 門で判 例の統一
性を維 持 する ため に,
従 来の 民事大法廷に代えて 「合 同 部 (chambre mixte )」が置か れた。 ま た,
下 級 審 と破 棄 院で意 見が対立する問 題に つ い て判 例を形成す る 役 目 を もつ 「大 法 廷 (assemblee p16nieniere)」 が置か れ, 従来 の 連 合 部 (chambres 虍unies )は廃【ヒされ たD こ うし て 現 在の6
部体 制が完 成し た。 し か し,
申立 件数の 増加は ま だお さ ま らなかっ
た。 〔機能 (fonctionnement )の 改 革: 1967 年〜
81 年 〕 し か し,
これ以上部 を増やす こと は で きない 。 予 算 上 の限界も あ る し,
破 棄 院の 統一
性 も 害され る。 さ らに,
本 来 法 解 釈を統一
する た めの破 棄 院なの に , その 内 部で 判 例がパ ラパ ラ に な るおそれ も大 き くなる からで ある。 そこ で着 目 さ れたの が機能 面の改 革で ある。 ま ず1967
年,
若い司 法 官の 中か ら 「調 査裁 判官 (con−
seiHers ref6rendaires }」 を任命 し,
破 棄 院 裁 判 官の仕 事を援助 させ る 制 度 が作られた。 ま た84
年に は, 司法 行 政 の仕事を す る 「調査 官」 も置か れた。
これ らの 人員 増加策に対 し て,一
定の 仕事につ い て少人 数 化・
軽 減 化 を 行 うこ とに よっ て裁 判 官の時 間を節 約 する方 法 も考え ら れ た。 た とえ ば上記の大法 廷設 置 (1967
年) も その一
つ であるが,
ほかに も,
各 部に 昔の審理部の よ うな役 を は たす 審 査 法 廷 (formation restreinte )を置き (1979,
1981 年),
判 決 言渡 し の定 足数を7
人か ら5
人に減ら し た (1981 年 ) こ と な どで ある。 〔それ 以 後の状 況 〕 以 上 の よ う な破 棄 院の 懸 命の努 力に もか か わ らず 完 全 な解決に は達して い ない 。 これほ ど 申 立 件 数 が増加 し続 ける根 本 的な 理由は,
訴訟状 態を よ り長く保つ ため,
最 後の チ ャ ン ス に賤 けるた め といっ
た,
本 来の破 棄 院の機 能とは お よ そ関 係の ない 意図に基づ く申 立 が多い から だ39
) PERRoT,
op.
cit.
, p.
215.
一
149一
湘 南工科大 学紀 要 第 27 巻 第 1 号 との 指摘も あ る
。
根源か ら問題 を解 決しなけれ ばい く ら 破 棄 院を改 革して も追い つ か ないが,
名案は ない ようで ある40 ) 。 以上 の よ う な沿 革か ら6
部で構成 さ れ る現 在の破棄 院 は,
次の ような機 構の下で,
さ まざま な機能を果た して い る。 以 下,
機 能を大 ぎ く裁判機 能と 司法 行政機能の 二 つ に分け て検討 する。 (1
) 裁 判機能 (a) 部 ・通 常 法 廷・
審 査 法 廷 墨 (chambre )は,
そ れ ぞ れ 部 長1
名,
院長が配 属 す る裁 判 官 約15
人 と調 査 裁 判 官 約4
人,
検 事総長が配 属 す る検 察 官約 4 人,
その他で構 成さ れ, 担 当す る事件に つ き 法 廷を 開い て裁 判 する。法廷は部 長が主 宰し
,
原 則と し て公開であるが,
必ず し も全裁 判 官が出 廷 する わ けでは ない 。 各 裁 判 官に は,
事 件を割り当て ら れ た後,
書 類に読み充 分に検討 する時 間が 必要だか らである。 ただ し通 常の法 廷 (formation habituelle)の場 合,
有 効に判 決 を 言い渡 すために は定 足 数 5 人の出 席が 必要 で あ る(司法 組 織 法 L131
−6
条 )4D。 審査 法 廷 (f
・rm ・ti・n re・trejnt・)は,
各 部の中に,
受 理 でき ない申 立,
明ら かに理由のない申 立を棄 却 する た めに,
3 人の司 法 官で構成さ れ る組織とし て,
1979年法 に よ り創 設さ れ た。 かつ て の審理部 (前 述 000 頁 )の よ うないわぽ濾 過 装 置であるが, うまく機 能しなかっ た審 理部 を 復 活 する代わ りに創 設されたわ けで ある。 しか る に,一
定の部 が示 した冷た い態 度i2) と,
1981年の法 改 正 とに よ り,
創設 時の考 えは一
変 した。 院 長,
部 長は,一
定の場 合 (申立の解決 が 必 要と思われる場 合で,
当事者 もしくは裁判官が 反 対 し ない場 合 ),
審査法廷で判 決を 言い渡させ ることが で ぎ るこ とに な っ たのであ る。 も は や,
濾過のた め で は な く,5
人の ところ を3
人で可とす 40)・
c・
u は 罰 金 供託制 (公 平 性 とい う点で問 題 があ る→1981
年 廃止.
本 稿152頁 〉 控 訴院の 活用(問 題 を破 棄院か ら控 訴 院 に移 すだ け とい う おそ れが ある) 審 理 部 を 近代化 し復 活する こ と等を検討 し,
が妥 当とする.
PERRoT,
oP.
cit.
,
P.
217,
41)PERROT,
op.
cit.
,
p.
224,
な お,
各 民 事 部が担 当 す る 事件の種 類につ い て は,
山口 ・前 掲書349
頁.
42) と く に社会部は,
長 期 間に わ た り審 査 法 廷 を 実 施 せず, 公然と不 満 を 示 し た.PERROT,
op.
cit.
, p.
225.
n,
57.
る 「値 引 き」法 廷に堕して しまっ たのであ るN’
3)。 (b) 合 同部。
大法廷 ど ち ら も申立件数増加に対 する対策と し て改正に よ り 設置されたこ と は前 述した。一
個また は数 個の問 題が複数の部に関 係 して く る 場 合,
そのま まで は部ご とに判 断が異な るおそ れがあ る。 それを 回避 すべ く,
複 数の部の 裁 判 官が集まっ て問題を 検 討 する ために 開 廷 さ れ る方 式が 合 同 部 (chambre mixte )である。 構成 員は,
院長,
部 長,
関係する部の最 古 参裁 判 官, 関 係 する部の代表裁判官 2名ずつ の計 9〜
25名で ある44) 。一
定の 場 合,
院 長 ま た は当該部は合 同 部 に回 すこと が でぎる が,
当該部で可否 同 数の ときや検事 総 長が求め る ときは、
当然に 合 同 部で審理 される ことに な る45 ) 。 大 法 廷 (Assembl6e
pleniere)tよ,
破 棄 院と下 級 審と で意 見が対 立 する場 合,
すな わ ち原 判 決 が破棄された後 に審理 し た第二 の下 級 裁 判 所の判 決に対し て,
同 じ理 由 か ら二 回 目の破棄 申 立があっ た場 合に,
開廷 される。 こ の ような場 合,
以 前は連合部が開かれte
が 破 棄 院の全 裁判官の集 合,
判 決 有効の定 足 数が 35 人, と要 件が 厳 しく 実現困難で,
特 tc技術 的 問 題にす ぎない場 合に は あま り開廷の意 味がなかっ
たQ そこ で 1967年 7 月3 日 法は,
その尊厳さ を失 うこと な しに要 件を軽減しk
大法 廷を置い たの であ る。
構 成 員は,
院 長,
部 長6
名,
各 部 の 最 古 参 裁 判官 各部の裁 判官 2 名 侮 年 院 長が指名 ) の合 計25名で,
全 員 出 席が要 件で あ る。大 法 廷 が 破 棄し て第三 の下級 裁判 所に移 送する場合に は,
大 法 廷の法 律 問 題に関 する判 断には拘 束 力がある。 他 方,
1 回 目の破 棄 と 同 t理由で破 棄 する場 合であっ て,
公 訴に よ る場 合 で ない と きは,
原判決中の事実の証明・
評 価か ら可能な 限 り,
自判 する ことがで きる゜6} 。43
) ) ) 454」
4 46) PERROT , op.
cit.
,
p.
225.
さら に プ イ エ は,
破棄 院内部で の判 例 不統一
(部の間 だ けで な く, 審査 法廷の 間で の 不 統一
)の お そ れ を 危 惧 し てい る,
PoulLLET
, op.
cit.
,
p.
369。
山口・
前 掲書 351 頁.
PERRoT
, op.
cit.
,
p.
226.
山 口・
前掲 書351N2
頁
.
PERROT,
ibid.
山口 。前 掲 書 353 頁.
なお, 破 棄自判は, 法の複雑 化,
法解 釈 統一
の 困 難 化,
申 立の 増加 等の理 由か ら,
本 来 法 律 審で あ る 破棄 院 に例 外 的に認めら れ たの であ る が,
破 棄 院に第三 審の 役を認め たと み る こ と もで きる.
山凵・
同 頁.
一
150一
フ ラ ン ス最 高 裁 判 所の 200 周 年と その実像 (上 野 芳 久)
(c) 未決勾 留補償 委員会 (
Commission
d’
indemni sation despersonrles
victimesd’
uned6ten.
tion provisoire abusive )
個 人の権 利 保 障に関 する
1970
年7
月 17 日の法に よ り,
不 当 な 未決勾留に対 する補償の原 理が創 設 さ れ た。 破 棄 院の裁 判 官3
名か らなる委 員 会は,
理由な しの判 決 で決 定 する。 こ の委 員 会に も,
申立件 数の増加の問 題が ある47> 。 (d
) 再審 (revision )一
度言い 渡さ れ た有 罪 確定判 決の出た事件に つ き再 度 審 理 を する制度で,
破棄院の刑 事 部 が 管 轄 する (刑 事 訴 訟 法622〜626
条 )。 これ も,
破 棄 自判の 場 合 と同 様に,
破 棄 院 が 例 外的に事 実 審理を行う場 合で ある48)。
(2)
司法行 政機 能 (a) 総 会 (Assemb16e generale}
…
破 棄 院の構成員 全 員に よ る会議で,
院 長が主 宰 する。 かつ て は裁 判 官の懲 戒 裁 判 機能を有して い た が, 1946 年 憲 法が 司法官 職 高 等 評議会にその権 限を移し た た め,
現在で は もっ ぱら行 政 的 機 能を持つ。 法 文上機 能が 明確で ないが,
破 棄 院の 運 営につ き協議・
決定 する と されてい る弸 。 (b) 理事部 (bureau)…
院 長,6
人の部 長,
検 事総長,
次 長検事で構 成 さ れ,
書 記 長 も 出 席 する。
任務は,
破 棄 院の 行政につ き院長 を 捕 助 し ,一
種の内部規 則 を 制 定 し た り (司 法 組 織 法R131−1
条 ),
法 廷の 数・
期 間 を 決 定 した りする (同R131−
2条 )。 要 するに,
院 長のため の機 関で ある50 (c) 資 料 調 査 部 (Service
de documentation et d’
etudes )…
これは破 棄 院の組 織で は な く, 院 長の監 督 下にある部局であるが, 重要な行政事務を行うの でこ に 挙げて お く。
有 益 な情報の 収集と,
必 要な研 究を行 う部 で,
特にすべ ての申 立 を 体 系 的に分 類し,
破 棄院その他 の重 要 判 例 要 旨を集め た 中央 資 料 室 (fichier
)を管 理 す47
) 48)49
) 50)POUILLE,
oP.
cit.
,
P.
378.
詳 細は 山口・
前 掲 書353
頁.
詳 細は 山 口・
前 掲 書353 頁,
ス テ フ ァ ニ・
ル ヴァ スー
ル・
ブー
Ptッ ク (澤登他訳) 『フ ラ ン ス 刑 事 法L
刑 事 訴訟法 〕』578
頁 以 下,
再審の具 体 例に つ い て は 本 稿 155 頁.
山 口・
前 掲 書351
頁.PoulLLE,
op.
cit.
,
p.
375.
PERRoT,
oP.
cit.
,
P.
223,
山 口 ・ 前 掲 書 349 頁.
PoulLLE,
op.
cit.
,
p.
375 は,
実 際 に は,
院の ヒ級 司法官の た めの討 議・
考 察 の組 織だ, と する.
る (その た め こ の部は fichier と呼 ばれる こと もある)。また
,
「破 棄 院判例集 (Bulletins
de laCour
de cas.
sation )」の編纂責任 を負う51} o こ の部は裁 判官の調 査を 容 易に し,
その時 間を節 約 する ため に創 設さ れた のであ り,
前 述 し た調 査 官 (例 外 的には調 査 裁 判 官 ) もこ こ で 働 く。
重 要なの は,
破 棄 院の各 部で誤っ て 不 統一
な判例 が 生じ ない よ うにす る機 能で あり,
「中 央資料 室」 の構 想 も,
ま さに民 事 部が分 裂を始め た 1947 年に生 まれた の である52 )。 (三) 破棄手 続 では破 棄 申 立は実 際に どの ように な さ れ るの か。 以 下,
刑 事訴訟法に 規 定さ れて い る53) 刑 事事 件の手 続54) を 中 心に検討 する。 (1
) 破棄の対 象 対 象は,
終 審とし てな さ れ た 裁 判 所の裁 判であ る。
し たがっ て通 常は,
重 罪 院 (重 罪の場合),
控 訴 院 (軽罪, 違 警 罪の 場合 ),
控訴院重 罪 公 訴 部 (chambre d’
accusa−
tion)な どの判決である が (567 条),
その ほ か,
少 年重罪 院,
少年事 件を扱 う控 訴 院 特別 部 (charnbre speciale ) の 判決な ど も対象と な り う る55]。 し か し,
司法 上の裁判 が 対 象 なので, 予審判 事に よ る非 司 法 的 決 定の よ う な 行 政 的 行為は破 棄の対 象に ならない。 ま た.
ま だ控 訴が 可 能な判決の ように終 審裁判でない 場 合に も破棄 申 立はで きない56) 。 (2) 破 棄の 手続検 察 官の ほかすべ て の 当 事 者は破 棄を申し立て る こと がで ぎ る が
,
破 棄は例 外的な手 段で あるか ら,一
定の方 式が要 求さ れ る。 〔破 棄の申立 (declaration
de
pourvoi)〕申立 は
,
原 判決言 渡 しの 日か ら 5 日以 内に (568 条 項 ),
原 審 裁 判 所の書記 課におい て行 う。 書 記が作 成 す る証 書に,
書 記,
申立 人 本 人,
代 訴士 もしくは特 別 代理51
) ワ U3尸
D554
)55
> 56)一
151一
もっ とも,
判 例 集 に登載され るの は, そ の判 決 を 出した部の部 長が 公刊すべ き だ と判 断 だ けで あ る,PoulLI.
E,
op.
cit.
,
p.
374.
PERRoT,
op.
cit.
,
p.
223.
した がっ て以下 に 引 用 する条 文は,
こ と わ りのな い限 り刑 事 訴訟 法 の もの で あ る.
民事につ いて は 山口 ・ 前 掲 書 「概 説』354
頁、
ス テ フプ =・
ル ヴァ スー
ル。
ジャ ン プ メル ラ ン (澤登・
新倉訳 )『フ ラ ン ス刑 事 法 〔犯罪 学・
行 刑 学〕』416 頁 (1987 年 ).
MERLE et VITU