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アジアと女性解放 : 21号 (1992.11)特集「タイ女性はなぜ日本に?」

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F ﹃一九九一年三月一六日、わた

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は日本じ求ま

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た。ついてすぐ、自分は売られたこ一 戸とを知りま

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た。それは雲閣のよう主生活で

L

た。本当は人間主のに。結局わたしは一 一三度号勺れま

L

た。売られたと分かって、そんなことは笠んでいないことでとても惨一 一めで

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た。それでわた

L

は彼女仁家に帰

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てくれと訴えま

L

た。私は彼女が私を引き、一 一取った最初の人仁会いま L た。でもボスはわた L をそこから帰して︿れず、彼女じ借一 一金があるから、・お客をとって働かなくてはならない、と言 ν ま L た。つま

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、家性と一 一寝ド行主、その人の言うことをなんでもすると言うことです。その時から自由のない一 一生活じなり、のの

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られ、いろいろなことを強制 3 れるのを、我慢

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ければなりま一 一せんで

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た。たとえて 3 むピ﹄とてもやら ι 泣ければむりません。皆さん、ここではと一 一ても言い辛いことですが、本当いひどいもので、惨めで自分が哀れでした。ロが主け一 一ず、自の見えない人間のよう主生活で、手足を縛られているようなもので、どこへも一 一行けませんで

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た。庖とホテル

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か知りませんで

L

た。肉体的ドも精神的じも、自由一 月の無いことがとてもつりかった。六か月半生活は彼女の手じ握られていヤま L た。実際町 一じゃらきれたことは私の気持ちじまったく友するもので、私は全然やりた︿ないこと一 一だったのです。毎日毎日我慢

L

て芳性と一緒に寝なければな

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ませんでした。休んだこ一 叫とはありません。生理のとき、でも休ませてはくれませんで L た。生理のと主も芳性と寝一 一むければなりませんで

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た 。 ど ん

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ド痛︿ても我慢

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なければなりませんで

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た。高熱一 ﹄があっても、鼻水がてて唆がとまらなくても、芳性ドサービスし

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行︿のです。休ま a p せてと言っても休ませてくれません。彼女はとても意地悪だといてつニとがよく分かり 一 ま

L

た。人への思いや

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がまった︿な︿、他人の体を痛め付け自分が儲けるニとだけ 日を願っているのです。 ,人生とは家畜のようじ生

3

ることではないで L ょう?虐げられ身体と心を脅迫

3

れるためい生まれて 3 たのではありません。人生というのはすべての人それぞれの自 由があるべき、ものではないでしょうか。同じ人間の体を使って、お金を儲けること L か考えない女性から逸れる方法がほかじ何かあったで

L

ょうか。逃げたかったけれど で主ませんでした。も

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逃げようとしたら、ど ζ へ逃げてもボえが殺

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行︿、絶 対いそうすると脅‘されていたからです。タイドいる両叙も殺すと言われま

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た。タイ では殺

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屋を雇うことはとても簡単です。 タ イ ・ カ ラ パ オ 楽 団 訳 山 本 博 史

この詩にあるメ

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サイ(タイ北端の国境地 帯 ) の 娘 た ち は 遠 い 日 本 に ま で 来 て い る の で しょうか │ │ 1 バンコクの数介の一の収入しか ない北部の村々から日本にまで送られて来る タイ女性たちは、商品として人身売買されて いるのです。それゆえに現代奴隷制といわれ る よ う に 、 さ ま ざ ま な 人 権 侵 害 を 受 け 、 最 悪 の場合は殺されるか、あるいは、殺して逃げ る し か な い 状 況 に 追 い 詰 め ら れ て い ま す 。 手 錠 腰 縄 で 法 廷 に 引 き 出 さ れ る 若 い タ イ 女 性 た ちの姿に、彼女たちはなぜ日本に来なければ ならなかったのか、考えさせられます。 その背景には﹁日本がタイを丸焼きにする﹂ よ う な 日 夕 イ の 不 平 等 な 経 済 関 係 が あ り 、 性 の商品化を煽る買春社会があります。 ﹁私たちは人間です﹂というタイ女性の悲痛 な 叫 び を 耳 に し て 、 支 援 活 動 を 続 け て き た 私 た ち は 、 そ の 叫 び に も っ と 多 く の 人 々 が 耳 傾 け て ほ し い と 、 こ の 特 集 を ま と め ま し た 。 経 済 大 国 日 本 の 繁 栄 の 裏 に 隠 さ れ た タ イ 女 性 を め ぐ る 状 況 を 知 り 、 私 た ち と 行 動 を 共 に し て 頂きたいと思います。 一九九二年十一月

アジアの女たちの会

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私は人聞なのです・:

ー人身売買の構造│

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年代初めからフィリピン女性 が日本にくるようになり、八

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年代 後半からはタイ女性が急増した。さ らに昨年(一九九一年)から今年にか けて、タイ女性の殺人事件が頻発し ている。そのほとんどのケ

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スがタ イ人同士でスナックやパ!で働いて いる女性たちがひき起こした事件で あ る 。 ある調査によると、今年の一月か ら九月までの聞にタイ女性が関係し た殺人事件が全国で一

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件、昨年同 期の二倍である。タイ女性が絡んだ 事件が一番多かったのは長野県でつ いで、千葉、茨城、三重、静岡の順 だろう。オーバーステイのタイ女 性は推定二万五千人から三万人、年 間では五万人を越えると言われてい る。タイ大使館には一か月平均三

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から三五

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人ものタイ女性が逃げ て く る 。 九一年九月、茨城県下館市内のア パートでポスのタイ女性が同じ底で 働いている三人のタイ女性に殺され た。彼女たちはそばにあったバッグ をとって逃げたので、﹃強盗殺人罪﹄ (﹃強盗殺人罪﹄は計画的に強盗をし て人を殺した、ということで最も重 い量刑で最低でも一

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年、または死 刑、無期懲役の実刑判決が多い)で 起訴され現在裁判中だが、弁護側は ﹃正当防衛﹄を主張し、全面的に争っ て い る 。 九二年五月東京新小岩でスナック の経営者(台湾女性)が殺され、逃げ ていたタイ女性六人が﹃殺人﹄の疑い で逮捕された。五人が起訴され、現 在裁判中で、最年少の一五才の少女 は家裁に送致され、すでに処分が決 められて少年院におくられた。 また、ちょうど、下館事件から約 一年目の今年の九月末、千葉県茂原 市のスナックで経営者のシンガポー ル国籍の女性が殺され、姿を消して い冗従業員の三人のタイ女性が﹃殺 人﹄の疑いで緊急逮捕され、あと二 人のタイ女性も指名手配されている。

このような事件に共通しているの

(3)

は、ホステスとしてだけではなく、 ﹃強制売春﹄をやらされ、ただ働き を強いられ、動物のように扱われ、 ひどい仕打ちをうけ追い詰められた すえに殺して逃げるしかない状況だ ったことである。さらにその背後に タイ女性が深く存在するのは日本とタ イ、および東南アジアを結ぶ﹃人身売 買 ﹄ ル

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卜である。彼女たちにとって はまさに生と死の問題であり、裁かれ るべきは、そのようなタイ女性ではな く、非人間的な人身売買の構造と女 性たちを、﹃性﹄の対象としてしか見 ない、なんの罪の意識もなく平気で 買春する男たちである。そしてまる で自分の子は全く汚してないかのよ うにみせて彼女たちを搾取し大金を 儲ける暴力団や底の経営者たちであ る。事件が起こるたびに、自由を奪 われ、暴力にさらされた彼女たちの 日々の実態が浮かび上がってきた。 下館事件では、彼女たちはボスに 逃げたら本国に連絡して親を殺すと 毎日のように脅かされていた。実際 にタイの地方や農村における親と娘 の関係は絶対的なもので女性たちは 自分の生き方を自ら選択するのでは なく、親の意志に従うというのがま だ一般的で、﹃親を殺す﹄というのは まさに殺し文句なのだ。

裁判支援が大きな力

らないのか。ひとつには、日本への 出稼ぎに関する情報が農村部まで行 き渡らず﹃豊かな日本﹄だけがうかぴ 上がっていること。そして﹃人身売 買をする斡旋人(ブローカー)たちが。 一度足を踏みいれたら抜け出せない ほどの大金を稼ぐことができる﹄と タイの新聞が書いているほど、人身 売買はタイと日本の両方のブローカ ーや、暴力団やギャングたちの大き な収入源になっているのだ。

暗躍する人買いたち

タイ女性支援基金を始めた八九年 頃はひとりの女性がブローカーやリ クルータ

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に買われ、借金として背 負わされる額は約一

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万円だったが、四年後の九二年で はそれが四

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万円にも跳ね上がっ ている。いまでもバンコクの日本大 使館は朝八時から受け付けるピザを 申請する人たちが深夜から長蛇の列 を作り、大使館は整理券を配って対 応しているほどだ。その整理券まで も が 一

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ツで売買されており、 それでも三分の二位はその日のうち にはピザを貰えず翌日、また早朝か ら出直し、という状況なのだ。ピザ 発給を拒否され脅迫めいた恨みを訴 偽必死早 えたり、逆にもっと厳しくしろと言 うものや、爆弾を仕掛けたという電 彼女たちは第一回の公判から一貫 して殺意を否認し、最近では﹃他の タイ女性が私たちのような目に遭わ ないように:::﹄と言って弁護士も 驚くほど強い闘う意思を示している。 三人のうちの一人は、自分が再び社 会に出たらタイからの出稼ぎ女性を なくすために働きたいと手紙に書い て き た 。 この事件が起きてすぐに茨城の外 国人労働者問題に取り組んでいる市 民グループやアジアの女たちの会が 中心になり、支援グループを作った。 さらに幸いにもアジアからの出稼ぎ 女性の問題に熱心な五人もの弁護士 たちがボランティアで弁護活動をひ き受けてくれた。彼女たちに異国で の長い裁判に闘う勇気を与えたのは 支援グループや弁護士の支えが大き な力となり、裁判の支援活動の意義 を示してくれた。

日本に働きにくるタイ女性は大き く二つのグループに分けられる。一 つはレストランとか工場で働き借金 (渡航にかかる費用・その他)はすぐ に返すことができる、とだまされて 来るケ

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ス。もう一つはある程度、 売春をや hりされることを承知で来る ケース。しかし、これ程ひどいとは 想像もしていない。あとはおもに、東 話まであり、一時はタイ政府の中央 犯罪捜査局が大使館の周辺の警備に あたっていた。 最近はタイ女性がパスポートを取 るのは以前ほど難しくなくなったが、 日本のビザをとるのは難しく、・日 本大使館内で職員が汚職をしている という噂もある。 そのようにして、ほとんどの女性 はブローカーやリクルータ!の甘い 言葉にのせられて、多額の借金をし て来日する。ある裁判で明らかにな っ た ケ

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スは本人が約二

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万円(九 一年来日)の借金をして日本に来た という。その内訳は、パスポート一

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パーツ。ブローカーの手数料 一 二

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ッ。手続きはみなブ ローカーが行う。それらの費用をす べてブローカーが払う場合もあリ、 それが彼女たちの借金として上乗せ させられるのだ。つまり元手はかか るが、成功すれば数百万円が人身売 買業者の手元に-へる仕組みになって いる。ときにはタイ女性を日本に送 る斡旋業者に、直按人集めを頼む日 本人ブローカーもいる。斡旋料は一 人に付き約三万パ

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ツ ( 一 六 五 万 円 ) 。 しかしこのようなブローカーのポス たちは毎月警察に多額の目こぽし料 を払っているので絶対に捕まらない 北部、北部からバンコクの繁華街で 働いた後に、来日する女性が多い。 いずれにしても女性を性の商品とし てしか見ない現代の奴隷的人身売買 の犠牲者であることに変わりはない。 タイ再北端、サイ川をはさんでピ ルマ(ミャンマー)との国境の町メ

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サイに山岳民族の少女たちを売春か ら 守 り 教 育 す る こ と を 目 的 と し た 施設﹃少女たちの教育センター﹄が あり、タイや日本のボランティアの 手で運営されている。わたしたちが ここを訪れたとき、所長は﹃ブロー カーと町の有力者や教師がグルにな り、幼い娘たちを売買している。小 学校の教室がまるで人買いたちのシ ョウル

l

ムのようだ。ブローカーた ちは村の行事や、学校に寄付をし、 簡単に彼等を信用させてしまう﹄と 話していた。最近では、チェンマイ やチェンライあたりには若い女性が 少なくなり、ビルマ、ラオスの国境 付近の山岳民族のみならず、中国南 部の雲南省からまでも抵抗できない 少女たちが安く買われてくる。その やりかたもかなりシステム化され、 ブローカーたちは、バンコクの仲間 たちと少女たちの写真や、サイズを ファックスでやり取りして値段を決 めている。しかし、いろいろな悲劇 が伝わるようになり、少しづつでは あるがタイの少女が売春に入るケ│ という。タイには日本のように組織 暴力団はなく、いわゆるチヤイニー ズ・シンジケートと呼ばれる中国人ブ ローカーたちがおり、表向きは旅行 業者などを装っている。そして実際 にリクルーターとして働くのは、も と日本で働いていたタイ女性が多い。 この構図は下館事件とまったく同じ で、かつては自分も事件の被告たち と同じ立場だったはずであろう人聞 が お 金 の た め に 今 度 は 搾 取 さ れ る 側から搾取する側になるのだ。売買 春はそれほどまでにしぶとく-人の 女性を縛り付けるのだ。

人身売買のシステム

このような仕組みの中で、彼女た タイ女性 タイ女性の人身売買構図 勧 誘 現地リクJ

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i= ア置も で 、、ー--〆 偽日 造 本 旅ま4 券で・, J同 一・干T サ スは減ったというタイ人もいる。そ の代わりに、買春宿の人買いたちは、 甘い言葉や金で釣れる少女を探して、 そのような情報の届かない僻地へ入 り込み、さらに国境の外まで出て行 ノ ¥ 。 タイ圏内で幼児、少女も含め八

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万人、一

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万人が売春に追いやられているとい う。政府の数字と、 NGO がまとめ た数字で違いがあるが、統計をとる のが無意味に思えるほど、タイの男 たちにとって買春行為は罪のないう さばらしであり、いとも日常的な行 為なのだ。 チェンマイ大学で会った、女性研 究センターの所長のピラダ教授によ れば、北部で売春をさせられてた一 番若い少女はわずか九才だったとい う。たった九才で売春に追いやられ てしまった子供は、その後の人生を どのように生きていけるのだろうか。

なぜ出稼ぎ女性は減らないのか

タイから日本への出稼ぎ女性がふ え始めたのは、八

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年代中頃あたり からで、タイが世界に類を見ないほ どの急激な経済成長を遂げた時代と 呼応している。しかし、日本で彼女 たちを巻き込む事件が多発している のになぜ出稼ぎに来る女性たちが減 ちは通称﹃運び屋﹄と呼ばれるブロー カーに連れられて J 夢をふくらまして。 日本にやってくる。大体は、数人で 入国する。ブローカーはそれを隠す ために、小さな子供を含めた家族連 れを装って来る場合まである。入管 で 二

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万円の現金を見せ、入 国手続きが終わったところで、彼女 たちはブローカーにお金を取り上げ られてしまう。そしてブローカーは 成田などの空港で出迎えのブローカ ーに一人に付き一五

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万円のお金をもらい、消えてしまう。 その後彼女たちは日本側のブローカ ーにパスポートを取り上げられ近く のホテルに連れていかれ、まるで奴 隷のようにオークションで値段がつ

買 春

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家 で 引 U { 程 一 立 均 部 ﹄ ヨ J L r L U 女 制 令 'hJq つ 々 ノ { 竹 一 信 戸 、 。 家 出 本 ロ ハ H け ら れ 、 三

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万 円 1 四

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万円で 売 買 さ れ る 。 日 本 に 住 む タ イ 人 ブ ロ ーカー の数は正確にはわからないが、 一

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人 以 上 は い る と 思 わ れ る 。 そ の 背 後 に は 暴 力 団 組 織 が 存 在 し て い る 。 そ こ で 買 い 手 が つ か な い 女 性 た ちはさらにはかの 地 方 へ 送 ら れ 再 び オ ー ク シ ョ ン に か け ら れ る 。 そ の よ う に し て つ い た 値 段 と タ イ の 俳 旋 業 者 に 払 っ た 値 段 の 差 績 は す べ て ブ ロ ー カ ー の儲 け に な る 。

人権侵害の数々

﹃ 。 ノ ッ 々 ノ 彼 次 た ち は 暴 力 団 が 言 う ス ﹄ 、つまり借金の型にされ、人権を 無 視 さ れ 、 実 質 的 に は 監 禁 状 態 に 置 か れ 、 脅 迫 を 受 け 、 恭 力 を 振 る わ れ 売 春 を 強 い ら れ る 。 働 き が 悪 い と き に は 薬 を う た さ れ 服 従 を 強 い ら れ る 。 抵 抗 も で き な い タ イ の女性たちは、 た だ 体 を 売 っ てそ の不当な 借 金 を 返 すしかないという 真っ暗聞に突き落と されてしまう 。 こ れは紛れもなく性の 人 身 売 買 な の だ 。 こ の よ う な 人 身 売 買 の 結 果 、 タ イ 火 性 が 受 け て い る 人 令 令 令 令 権 侵 害 は は か り 知 れ な い 。 さ ら に 警 察 官 に よ る 売 春 防 止 法 を 適 用 す る た め の お と り 捜 査 。 む り や り に 外 国 人 犯 罪 数 の 増 加 を 作 り 出 す た め の 繁 華 街の 一 斉 摘 発 な ど で 、 日 本 国 内 で 今 最 も 人 権 が 犯 さ れ て い る 外 国 人 が タ イ 女 性 た ち で あ る と 言 っ て も 言 い過 ぎでは無いだろう。 リトル・ バン コクやリトル ・ パ ッ ポ ン と 呼 ば れ る 、 タ イ 女 性 が 集 中 的 に 住 ん で い る 地 域 が あ り 、 タ イ の 女 性 と 遊 び た け れ ば 、 ど こ へ 行けばい い の か す く 分 か る よ う に さ え な っ て いる 。 そ の 名 が 一 不す通り、周辺では タ イ の 食 糧 や 、 洋 服 、 薬 ( 日々の牛 -活 の 辛 さ を 忘 れ る た め の ) な ど を 売 る 山 や 、 行 商 人 が 商 売をしている。

支援運動の広がり

さらにエイズ の 問 題 も 深 刻 さ を ま し て き だ 。 エイズ検 査 で 感染してい る こ と が 分 か っ て も 、 き ち ん と し た 治 療 や 待 遇 は 受 け ら れ ず 、 本 人 に は 知 ら さ れ な い ま ま 、 他 の庖 に転売さ れ る ケ ー ス も 多 々 あ る 。 し か し そ の よ う な ア ジ ア 女 性 の 人 権 を 守 る た め に 市 民 や 女 性 グル ー プ も 活 発 な 活 動 を 行 っ ている 。 昨年(九 一 年 ) の 春 、 一 人 のタイ女性がタイにいる夫に﹃私 は 毎 日 強 制 的 に 売 春 を や ら さ れ 、 そ れ を 矩 む と 殺 さ れ ま す 。 今 直 く 助 け に来てください ﹄ と 悲 痛 な 叫 び を 訴

事件の概要

一 九 九 一 年 九 月 二 九 日、茨 城 県 下 館 市 内 の ア パ ー ト で 、 タ イ 女 性

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さ んが 三 人 の タ イ 女 性 に ナ イ フ で 刺 さ れ る な ど し て 死 亡 。 三 人 は 千 葉 県 で 強 盗 殺 人 罪 で 起 訴 さ れ ま し た 。 翌 年 二 月 ﹁ 下 館 事 件 │ タ イ 二 一 次 性 を 支 える会 ﹂ が 発 足 。 現 丘 、 水 戸 地 裁 下 妻 支 部 で 裁 判 が 続 行 中 です 。

事件に至るまで

被告の 三 人 は 共 に タ イ 北 部 の 農 村 の出身です。 A さ ん は 、 タ イ で

M

と名来るん久性 か ら ﹁ 円 本 の レ ス ト ラ ン で 働 け ば 令 を 綴 げ る よ ﹂ ﹁旅伎は働いて返せばい い 、 渡 航 手 続 き は す べ て 而 倒 見 て あ げ る ﹂ と 戸 を か け ら れ た 。 ダ イ で は 、 末娘が両親の面倒を比る符慣があり、 ﹁親孝行﹂するという のは、私たち 日 本 人 が考えている以トいに大切なこ と の よ う で す 。 A さ ん が 二系を支え 税 平 行 す る た め に は 川 本 行 き は 魅 力 ;.> u え た 手 紙 を 書 き 、 そ れ が フ ァ ッ ク ス で 市 民 グ ル ー プ に 送 ら れ た 。 支 援 グ ル ー プ の 連 携 プ レ ー で 奇 跡 的 に 彼 女 は 無 傷 で 無 事 救 出 さ れ 、 一

O

日後に 帰 国 し た 。 そ れ を き っ か け に 、 神 奈 川 県 内 で 民 間 ボ ラ ン テ ィ ア の 手 で 女 性 の た め の シ ェ ル タ

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作 り の 運 動 が 始 ま り 、 今 年 の 九 月 女 性 の 家 ν サ

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が 開 設 さ れ た 。 下 館 事 件 の 三 人 の 女 性 た ち は い ま で は 日 本 語 の 会 話 が す っ か り 上 手 に な っ た 。 拘 置 所 か ら 翻 訳 が 間 に 合 わ な い ほ ど 、 沢 山 の手 紙 を 書 き、切々 と 自 分 た ち の 状 況 を 支 援 の 人 た ち ゃ、弁護士に伝、えてくれる。回目頭の 手 紙 は そ の う ち の ひ と り の 女 性 が 日 本 に 来 て か ら 受 け た 待 遇 を 織 っ た も のである。 タ イ か ら 見 た 日 本 は 、 や は り ﹃ 金 満ニ ッ ポン ﹄ なのだ。 北 部 や 東 北 部 の 村 に 行 け ば 、 タ イ の 伝 統 的 で 素 朴 な 家 々 の 聞 に 田 園 調 布 に で も あ る よ うな立派な家が所々に建っている。 そ の ほ と ん ど が 、 出 稼 ぎ 女 性 た ち の 人 権 侵 害 の 代 償 な の だ ろ う 。 それは まるで若い女性たちに、 ﹃ あ な た も 出 稼 ぎ に 行 っ て 立 派 な 家 を 建 て て 親 孝 行しなさい ﹄ と 無 言 で 語 っ て い る よ う だ 。 華 や か な 建 物 の 後 ろ に あ る 彼 女 た ち の 辛 い 日 々 の 体 験 は 決 し て 伝 わらない 。 都 市 と 農 村 の 経 済 格 差 が ま す ま す

的 な 話 だったに違いあリません。 しかし、成田空港に着いて、 A さ ん は 自 分 は 売 ら れ た の だ と 気 づ き ま した 。 彼 女 を 迎 え に 来 て い た

S

さん が M に 多 額 の 金 を 払 っ た の を 見 て し ま っ た か ら で す 。 M は タ イ か ら 女 性 を送り出すリクルータ│でした。 A さ ん は 千 葉 県 佐 原 市 内 のアパ ー ト に 連 れ て い か れ 、 そ こ で ﹁ お ま え には 三 百五十万円の借金がある。 こ れ だ け の 借 金 は 、 売 春 を し な い と 椋 げ な い 。 売 春 を し て 早 く 返 す ん だ ﹂ と 言 わ れ ま し た 。 も ち ろ ん A さんの 親 も 自 分 自 身 も

S

さ ん か ら 一 刊 だ っ て も ら っ て い ま せ ん 。 それどころか、 パスポ ー ト は も ち ろ ん 、 わ ず か な お 金 た っ て 取 り 上 げ ら れ て し ま っ たの で す 。 A さ ん は 、 そ れ か ら 転 売 に 転 売 を 屯 ね ら れ 、 事 件 の 起 き た 下 館 の ス ナ ッ ク M ( 仮名)は

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粁 け の時でした。 B さんと C さんが米けしたのは、 そ の 年 の 八 円 で し た 。 A さ ん の と き と 同 じ 犠 に 、 レ ス ト ラ ン や 工 場 で 働 く 約 束 で し た 。 二 人 は 、 成 川 内 巳 港 か ら い 氷 点 の ホ テ ル に ブ ロ ー カ ー に よ っ て移され、さらに

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さ ん に ス ナ ッ ク

M

に 辿 れ て い か れ ま し た 。

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彼女たちのアパ ー ト は 2 K で

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さ ん を 含 め 六 1 八 人 のタ イ 女 性 が 一 緒 に 暮 ら し て い ま し た 。 ス ナ ッ ク M の 休 日 は 大 晦 日 だ け で 、 病 気 の と き も 休 ま せ て も ら え ず 、 生 理 日 で も 客 を と ら さ れ て い ま し た 。 売 春 を 断 る と

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さ ん に 暴 力 を 振 る わ れ 、 客 か 一 人 も い な い と 借 金 に 五 千 円 上 乗 せ さ れ ま し た 。 も ち ろ ん 客 が 出 し た 金 は 全 傾

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さ ん に 巻 き 上 げ ら れ ま し た 。

S

さ ん は 、 彼 女 た ち が逃 走するの を 極 度 に 狩 戒 し て い た よ う で す 。 彼 次 た ち か ら 取 り 上 げ た パ ス ポ ー ト は 常 に ウ エ ス ト ポ ー チ に 入 れ 身 に つ け ていました 。 ま た 外 出 も 許 さ ず 、 ア パー ト と 庖 と 客 と 一 緒 の ホ テ ル し か 消 費 文 化 が 隅 々 ま で 入 り 込 む こ と に よ り 、 伝 統 的 な 生 活 様 式 が 急 激 に 失 わ れ て い く 。 富 を 求 め て 、 タ イ 女 性 は こ れ か ら も 日 本 に 出 稼 ぎ に 来 つ づ け る だ ろ う 。 だがほとんどの 人 た ち が 自 由 を 奪 わ れ 、 自 分 の 言 葉 で 語 る こ と が で き な い ﹃ 性 産 業 労 働 者 ﹄ と し て 日 本 の 底 辺 で 人 目 を 避 け て 、 隠 れ る よ う に 生 き て い る の だ 。 下館のような事件が起、﹂る前に、も し 少 し で も 彼 女 た ち の 心 の 叫 び を 聞 く こ と が で き た な ら 、 人 を 殺 す ま で に 至 ら な か っ た か も し れ な い と 悔 や ま れ る 。 と く に タ イ 女 性 の 場 合 は 英 語もほとんど話さず、 仏 教 徒 な ので 教会に助けを求めることもないなど、 フ ィ リ ピ ン 女 性 た ち よ り も さ ら に 人 権 侵 害 を 受 け や す い 。 タ イ か ら の 出 稼 ぎ 女 性 の ほ と ん ど は 家 族 を 養 う た め に 経 済 的 な 理 由 で 日 本 に 来 る 。 し か し 彼 女 た ち の 働 く 場 は 男 た ち が 野 獣 の よ う に 快 楽 を 求 め る 夜 の 世 界 し か な い 。 彼 女 た ち は 微 笑 の 影 で 、 故 郷 の 家 族 を 思 い な が ら 言 葉の通じない異文化のなかで、 孤 独 で 不 安 な 日 々 を 送 っ て い る 。 こ の日本という国は思い つ き り 、 彼 女 た ち の 心 も 体 も 傷 つ け て 搾 取 し て い る の だ 。 タ イ 女 性 を 買 う 日 本 人 が い る か ぎ り 、 タ イ の ギ ャ ン グ や 日 本 の 暴 力 団 が 暗 躍 す る 人 身 売 買 の 構 造 は なくならない。 聞 き 、 令 令 令 - 0 知 ら せ な い 生 活 で し た 。 そ し て 、 常 に ﹁ 働 か な い と 両 親 を 殺 す 。 逃 げ る と 家 族 を 殺 す 。 タ イ に 連 絡 し た ら 別 の 人 に 転 売 す る 。 そ う な る と 借 金 は 七 百 万 円 に 増 え る ﹂ と 言 わ れ 続 け た の で す 。 彼 女 た ち は 、 自 分 自 身 が こ の 状 況 か ら 逃 れ る た め に 、 そ し て タ イ の 家 族 を 守 る た め の 方 法 を 考 え 、 そ の 上 で の 犯 行 だ っ た の で す 。 彼 女 た ち は 逃 げ る と き に 、 か ぱ ん と ウ エ ス ト ポ

l

チ を 持 ち 出 し ま し た 。 そ の 中 に 自 分 た ち の パス ポ ー ト な ど が 入 っ て い る と 思 っ た か ら で す 。 七 百 万 円 も の 現 金 が 入 っ て い たとは予 想 も し な か っ た のでし た 。 ( も ち ろ ん こ の 金 も 彼 女 達 を た だ 働 き さ せ て 巻 き 上 げ た も の で す が ) 彼 女 達 は

S

さ ん か ら 逃 れ る た め に 殺 し た の で あ り 、 決 し て 検 察 側 の 言 う よ う に 金 品 を 奪 う た め に 殺 し た の ではないと述べています。

逮捕時の問題点

① 逮 捕 令 状 な し の 授 査 被 告 人 ら が ホ テ ル に い た と き 、 響 察 官 ら は 捜 査 令 状 も 逮 捕 令 状 も な く ホ テ ル の 客 室 に 侵 入 し 、 所 持 品 を 調 べ た 。 ② 通 訳 も な い 任 意 同 行 は 成 立 し な い 被 告 人 ら は タ イ 語 し か 理 解 で き な いのに、警察官らは通訳もともなっ @

(5)

タイ女性をめぐる主な事件、事故

1.10 新宿大久保でタイ女性殺される* 26字都宮のホテルでタイ女性殺される* 3.25オーバースティのタイ女性飛trfり自綬(大阪) 5. 2 強制売春をさせられていたタイ女性から依 頼があり救出(茨城県)* 7.21三重県県箸鈴鹿署員が保護したタイ女性2 人を暴力団に引き渡していたことが発覚 タイ 3女性、同居のタイ女性を殺した容疑 で逮捕される(茨域県下館市)*<下館事件) 10.14 タイ女性、同居のタイ女性を殺した容疑で逮 摘される(東京新宿)* 昏睡強盗の容疑でタイ女性逮捕される(東京)合 昏睡強盗の容疑でタイ女性逮捕される(東京)* スナック経営者とタイ人7 7が殺される(千葉県) タイ人7 7と内線の夫が殺される(長野県上岡市) 日本人男性殺害の容疑でタイ女性逮捕され る(茨減県鹿島郡) 4. 8 スナック経営者、タイ人ホステス襲われる (茨域県麻生町) 交通事故でタイ女性死亡(茨域県潮来町) タイ人ホステス同士の殺人事件(大阪) タイ3女性スナックの経営者(台湾人女性) 殺害の容疑で逮摘される(東京新小岩)* 6.19 タイk性知り合いのタイ女性殺害の疑いで i童摘される(繍浜>* 6.13強制売春をさせられていた3タイ女性を救 出{山梨県)* 8.22昏睡強盗の容疑でタイk性逮捕される(東京)貴 10. 1 スナックの経営者(シンガポール国務のkf生) が殺される3人のタイ女性が逮摘される。 あと2人が指名手配中{千葉県茂原市) {合タイk性支援基金が支援しています) ていなかった。理由も目的も告げら れず、強制的に連行された。 ③不法な所持品捜査、押収 ホテル内や下館署において、被告 人らの所持品を強制的に取り上げた。 ④自供後の緊急逮捕 警察官らは被告人らを九時間半も 拘束し、自供を求めてから、その自 供を根拠に緊急逮捕した(令状主義 に違反)。さらに緊急逮捕のときは ﹁その理由を告げる﹂ことが要件とさ れているが、被告人らは、逮捕する こと、逮捕される理由が告げられて し 介 事 L

以上のように、本件の任意向行お よび緊急逮捕は違法なもので、得ら れた自供調書や所持品に証拠能力わ ないと考えられる、としています。 (弁護団より出された意見書から)

今後の裁判に望むニと

先にも述べたように、彼女たちは 決して金品を盗むために殺人を犯し たのではなく、逃げるためであった こと。そしてなによりもその様な状 況におかれた日本、タイ両国の人身 売 買 の 構 造 と 強 制 売 春 の 実 態 の 究 明に焦点を当ててほしいと思います。 私たちが外国人の事件や裁判で特 に配慮しなくてはならないのは、法 律的知識はもちろん、言葉も文化も 異なる彼女たちの人権をいかに守つ この茂原の事件も、下館や新小岩 の事件と背景はほとんど同じです。 自首した三人の女性の一人 A さ ん は 、 タイ東北地方出身でバンコクに隣接 する工業地域のトリ肉工場で働いて いる時に日本でのウェイトレスの仕 事に誘われ、今年四月来日しました。 成田に迎えに来た男からさらに茂原 の駅前に迎えに来た男に渡され、事 件の起こったスナック﹁港﹂に一七

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万円で売られ、その日のうちから 客を取らされました。借金は三八

O

万円、もちろん売春で返さねばなら ず、食事なども借金に入れられてい きます。彼女たちは庖の二階で起居 し、庖の裏口にはビデオカメラが取 り付けられ、扉の開閉をするとブザ

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音がなるというような厳しい監視 を受ける生活でした。彼女たちにと 9.29 10.29 12.13 1992 1.16 3.15 3.24 1991 ていくかということだと思います。 言葉が通じないからといって違法な 捜査も逮捕もできないはずです。

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会志す言豆湾事、軍曹三宣

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事件の概要

九二年五月二一目、東京都葛飾区 新小岩でスナックの経営者(台湾女 性)が殺される事件がおきました。 翌二二日に本多警察署は﹁任意﹂で 事情聴取していたとされる、被害者 の庖で働いていた六人のタイ女性を 殺人の疑いで逮捕しました。六月一 三日には、そのうち五人が起訴され 東京拘置所に拘置され、残る一人は、 まだ一五才の少女で、家裁に送致さ れ、すでに処分が決められて少年院 に送られています。 彼女達も、下館事件の被告と同じ ように、殺された台湾籍のママに厳し く管理されていたようです。外出は 禁じられ、給料も支払われず、タイ 語を使ったり、サービスが悪かったり、 泣いたりすると十万円の罰金が課せ られていたとのことです。 また、何よりも私たちを驚かした のは、少女売春の一五才の少女がい たことと、もう一人、一六才の少女が このスナックには一雇われていた事実 で す 。 って、この状態から逃げるためにど うしたらよいか、との問いに対する 答えは一つしかなかったのでしょう。 十月一五日現在、三人は警察の取 り調べ中ですが、弁護士との接見の 時には比較的落ち着いた態度で事件 について話をしてくれます。また、 ﹁警察の調書は最後にきちんと通訳 に訳してもらっているか﹂と聞いた ら﹁きちんとやってもらっている、 違うというと訂正をしてくれる﹂と 答えていました。起訴後、三人は千 葉拘置所に移されることになるでし ょうが、それからが彼女たちにとっ て長い日々となります。日用品の差 し入れや面会、裁判の傍聴などの支 援活動を行っていきます。 (滝島真理子・福島由利子) 5. 1 5.28 5.21

弁護士の接見の妨害

﹁任意向行﹂、逮捕されてからずっ と彼女達は弁護士との接見も妨害さ れ、警察・検察の取り調べを受けて いた、﹄とが明らかにされています。 日本の法制度や権利をはっきりと知 らされないまま、取り調べが行われ ていた事実は許されることではあり ま せ ん 。 また、東京拘置所は一般面会にお いて、タイ語の使用を認めていませ ん。拘置所は﹁面会者がタイ語を一 言でも話したら面会を中止する﹂と しています。拘置所にタイ語の分か る職員がいないことが、タイ語使用 禁止の唯一の理由です。彼女達は日 本語がほとんど理解できないのに、 で す 。 裁判は九月二八日に第一回公判が 聞かれました。弁護士は今年五月に 設立された外国人刑事弁護団が担当 し て い ま す 。 被告のうちの一人は、持病があり、 足も怪我をしていて、裁判中も苦し そうでした。しかし拘置所内では満 足 に 医 者 に も か か っ て い な い と の こと。日本はまさに人権後進国です。 彼女達は第一回目の裁判で殺意を 全面否認しました。

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タイ女性が絡んだ事件や裁判には、 共通点が余りに多いことに驚かされ ます。被告となった女性たちは、共 に多くの借金を背負わされ、借金が なくなるまで売春を強制され、ただ 働き。タイ女性を売り買いする大が かりな組織、ブローカーの存在。彼 女たちが逃げ出さないためか、生活は 砂中間管理職。のママに厳しく見張ら れ、まったく自由がなかったこと。 私たちは飽食の時代といわれる豊 かな日本に暮らしています。そんな 私たちにとって、刑事事件を起こし たり、ましてや人を殺すなんていうこ とは考えられず、それは。悪い人。の ことで私たちには関係ないことのよ うにも思えます。しかし果たして本 当に関係ないのでしょうか。彼女た ちを含め、現在何万人も滞在してい るといわれるタイ女性たちは自国で 食べていけるだけの仕事があったら 日本まで来ることもなく、そして彼女 たちを買う男性がいなければ彼女たち を売買する組織もなかったことでしょ う。ましてや一五、六才の少女まで が日本で人身売買されてくる事実は どう考えればいいのでしょうか。 これらの事件がさらに衝撃的なの は 、 殺 さ れ た 方 も タ イ 、 あ る い は 九 二 年 九 月 二 六 日 千 葉 県 茂 原 市 内のスナックでシンガポール国籍の 女性経営者が殺され、当時庖で働い ていたタイ人と見られる五人の女性 の行方が分からなくなっている、と のニュースが九月二八日の新聞に出 ました。五日後の十月一目、小岩警 察署に三人のタイ女性が自首し、身 柄はそれぞれ茂原、大原、千葉南の 各警察署に移され、現在警察の取り 調べが行われており、他の二人は指 名手配されています。 翌日の朝刊で逮捕の記事を見た千 葉の山田由起子弁護士からその日の 午前中すぐにハンド・イン・ハンドちば の大島静子さんへ電話で連絡があり、 ハンドインハンドからの依頼という ことで、)の事件の弁護を引き受けて くれることになり、その当日さっそ く接見に駆けつけてくれました。警 察では﹁本人の意志を確認してから﹂、 ﹁本人は会いたくないといっている﹂ などと言われたが、結局大原署、茂 原署で接見することができました。 十月七日には弁護士が三人決まり、 起訴前の被疑者段階で弁護士をつけ ることができました。起訴後は三人 が国選弁護人として弁護に当たりま す 。 他のアジア国籍の女性だと言うこと です。彼女たち被害者もかつては人 身売買で来日し、暴力団など日本人 の妻やパートナーにされ、組織に管 理されていたのでしょう。加害者も 被害者も共に苦界に放り込まれ、逃が れる術を持っていなかった人たちで す。その背後にいる互いの加害者で ある日本人は、裁かれないのです。 裁判を傍聴すると彼女たちは、タ イの村や町でどこにでもいるような、 ごく普通の女性たちです。そして皆、 親を敬い、仏教心が厚く、拘置所にい ながらも彼女たちの送金を待ってい る家族のことを心配しているのです。 そんな彼女たちの境遇に、同情を通 り越して憤りを感じます。私たちの 豊かな生活は、アジアを犠牲にして いるのだということ。その中で甘い 汁を吸っている日・タイの人身売買組 織、そして金さえ払えばなんでも許 されると、彼女たちの性を買う日本 の男たち。それらの責任を追及せず に、誰も彼女たちを裁けないのでは ないでしょうか。 最近のタイ女性の事件は、殺人事 件だけでなく﹁昏睡盗﹂事件も増え ています。﹁昏睡盗﹂とは、客とホ テルへ行った後、酒などに睡眠薬を 入れ客が昏睡している聞に金を盗む という事件です。﹁昏睡盗﹂は大変 重い罪であることを彼女たちは認識

(6)

していません。警察に捕まってから 何年もの実刑を受けると聞いてショ ックを受けるようです。 そもそも、その睡眠薬は彼女たちも 常用しているケ

l

スが多いとのこと。 被告の一人は、﹁これを飲むとすべ てが忘れられるから﹂と述べている ように、日本での辛い生活や、辛い 仕事を忘れるために飲み始めるので し ょ 、 フ 。 このようにタイ女性を様々な犯罪 に追いやる人権無視の日本の社会を 私たちは根本から変えなければと痛 感 し ま す 。

滝 島 真 理 子 九一年十月一四日、新宿でタイ女 性

B

さんが刺されて殺された。殺人 罪で逮捕されたのはやはりタイ女性 の

K

さ ん ( 二 五 才 ) だ っ た 。 彼女は、タイ北部のチェンライ出 身で七人兄弟の末っ子。小学校を四 年で中退し農業を手伝う。両親に楽 をさせたいと九

O

年五月来日。事件 の起きたマンションは

3DK

で、こ こに日本人男性と妻と子供、七人の タイ女性の計九人が住んでいた。夫 婦と子供が一部屋、七人のタイ女性 は二部屋に分かれ、 K さんと B さ ん は別部屋だった。女性たちは、一人 五 1 六万円ずつ家賃として毎月夫婦 に 払 っ て い た 。 ( ! ) 日頃から、リーダー格の B さ ん は 、 おとなしい

K

さんを大声で怒鳴った り、罵声を浴びせ苛めていた。事件 が起きる前日

B

さんにかかってきた 電話を

K

さんが取り次がなかったと いうことが原因で B さんの罵声はい つも以上にひどく、

K

さんの両親に 対する侮辱にまで及ぶ。 K さ ん は 、 それには我慢できなかった。

K

さ ん は

B

さんの後を追ってエレベーター に乗り刃物で刺し逃げる。 B さんは その日の夕方死亡。 K さんは B さん が死亡したことを聞いて驚き、翌日 出頭。殺人、銃万法違反の疑いで逮 捕 さ れ る 。 第一回公判九二年一月一一一日 公判はすべて東京地裁で、人定質 問、検察側の起訴状朗読、弁護側よ り証拠についての同意、不同意の意 見が出され一時間十分ほどで終了す る。その

K

さんはほとんど身動きひ とつぜずハンカチを握りしめ、緊張の 面持ちでうつむいていた。 彼女は自ら犯した罪の意識からか、 あるいはタイ人の宗教心からか、弁 護人とタイ人通訳以外の面会を拒み、 権利主張もほとんどせず一人で罪の 重さに耐えようとしているかのよう に み 、 え る 。 ー

N

さん事件を通して

タイ女性

N

さんは一九八八年六月、調べ中に通訳人が被疑者の

N

さんに 名古屋市内の庖でフィリピン女性を金品を求めていたなど、公正かつ適 刺してしまい、殺人未遂の容疑で起正な通訳がなされていなかったこと 訴された。このとき彼女は二

O

歳 だ で あ っ た 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 九 った。一審では、入院加療中に強制

0

年 四 月 一

O

日、名古屋高裁は、被 送還されるのを恐れ病院から逃走し告人の供述調書の信用性についてま た被害者を含め、六人のフィリピンったく言及しないまま、一審の判決 人の事件関係者は行方不明を理由に、を支持し、控訴を棄却した。 一度も法廷に立つことはなかった。 N さんはタイ北部の貧しい農村の だが、八九年七月一

O

日 、 名 古 屋 地 出 身 で あ る 。 病 弱 で 働 く こ と の で き 裁での判決公判では、捜査段階でのない両親の面倒を、小学校を卒業し 被害者らの調査と、検察側証人として以来ほとんど一人でみてきたのだ。 て出廷した事件の起きた底のママ

R

コ一年間、バンコクにある縫製工場で (名古屋のタイ人ブローカー)の証言働いていた彼女は、日本でモデルの を重視し、被告人に﹁殺意があった﹂仕事をしないかと誘われて、八九年 と 認 め 、 懲 役 三 年 ( 求 刑 同 五 年 ) の 一

O

月、大阪に着いた。しかし、空港 実 刑 判 決 を 下 し た 。 で 待 ち 、 つ け て い た ブ ロ ー カ ー に 連 れ 私たち仏教者と﹁滞日アジア労働られて行った先は、群馬県高崎市の 者と共に生きる会﹂(あるすの会)は、スナックであった。そのうえ、自分 拘置所の

N

さ ん と 面 会 、 子 紙 な ど を に は 二

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万円の借金があることを 通じて励ますとともに、裁判を見守言い渡され、その返済のため売春を っ て き た 。 強 い ら れ た の だ 。 八九年一一月、私たちは﹁

N

さ ん 八 八 年 三 月 、 借 金 を 返 し 終 え た 彼 の裁判を支援する会﹂を発足させ、女は、働いていた高崎市のスナック ﹁アジアの女たちの会﹂をはじめ、たで数回会ったことのあるブローカー く さ ん の 人 た ち の 支 援 に も 支 え ら れ の タ イ 女 性

R

に誘われて、名古屋に て控訴審に臨んだ。その控訴審で明移った。そして、名古屋市内のスナ らかになったことは、警察での取りックなどで働いていたが、その年の 第 二 回 公 判 二 月 一 八 日 第二回公判は、検事側証人として

K

さんと同室だったタイ女性

Y

さん が尋問を受けた。検事側証人とはい え

K

さんと同室だった

Y

さんは

K

さ んに同情的な証言が続く。﹁

K

さん の性格は、丁寧な人で多くは喋らな い人。いつもにこにこしていて人に 悪口をいうようなことはなかった。 両親をいつも敬っていた。 B さんの 性格は口が悪く自分本住の人﹂等。 法廷に K さんが手錠を掛けられう つむき加減に入ってくると、傍聴席 にいた

Y

さんともう一人のタイ女性 がタイ語で言葉をかけ、 K さんが初 めて顔を上げた。友達の姿を見つけ て嬉しかったのだろう。恥ずかしそ うにそして嬉しそうにほほえみうな づく。彼女の笑顔を見てほっとする。 第 三 国 公 判 三 月 四 日 弁護人より、被害者が刺された後 の見取り図とその写真が証拠として 提出される。また、検事側の証人と し て B さんを解剖し、鑑定書を作成 した T 医師が尋問を受ける。

K

さ ん も、検事、弁護人の尋問を受ける。 その中で K さんは、﹁両親に楽をさ せたくて日本にきた。東京での生活 は

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、水道、ガスと快適だが、両 親と離れて寂しかった。タイ料理を 食べるときが幸せだった﹂等、述べる O

K

さんが入廷し、被告人席に着席 六 月 、 R がママをしていた庖で事件 に巻き込まれてしまったのだ。 九

O

年四月、名古屋高裁で﹁控訴 棄却﹂の判決を受けた

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さんは、栃 木刑務所で刑に服し、九一年四月に 仮出所した後、強制送還でタイへ帰 国 し た 。

N

さんが日本にいたのは三 年七ヵ月。しかし、そのほとんどを 囚われの日々として送ってきた彼女 にとって、いったい日本とはどんな 国であったのだろうか。 と こ ろ が 、

N

さんの事件以降も、 滞日夕イ女性の置かれている状況を 象徴するかのような事件があいつい で起きている。昨年九月から今年九 月の間だけでも、タイ女性が被害者 もしくは加害者となる﹁殺害事件﹂ (被害者が亡くなってしまった事件) が 一

O

件も起きている。たしかにこ れらの事件では、被告となったタイ 女性たちには、加害者としての重大 な責任があるものの、同時に被害者 であるという側面をも持ち得ている。 なぜなら、事件を起こしてしまった 彼女たちこそ、タイ・日本を結ぶ人 身売買組織の犠牲者なのだから。タ イ女性が日本へ入国してくる背景に は、タイ女性を﹁商品﹂として扱い、 次から次へと転売していくことによ って膨大な利益を得ているタイ圏内 のシンジケート、日本国内の暴力団 組織が存在している。 したとき、傍聴席を見回す。きっと Y さんたちがまた来ているのではない かと探したのだろう。残念なことに、 今回は来ていない。

K

さんと目が合 いにっこりする。 第 四 回 公 判 三 月 二 五 日 検事:::殺意の認定殺人罪 懲役十年求刑 刃より長い傷を負わせている。エ レベーター内で一気に刺している。 刺した後逃げている。等:・情状なし。 弁護人:::殺意はない。傷害致死罪 捜査段階から一貫して殺意を否認 している。ただ痛い目に合わせるつ もりだけだったと。また、被害者が死 亡したことを聞き、驚いて自ら警察に 出頭している。

K

は仏教心厚く、両 親の生活を楽にさせたいとの思いか ら辛い日本での生活に耐えてきた。 本件事件の動機、背景、反省、再犯 の可能性のなさ、被告人の性格など すべての点を顧み、執行猶予の判決 を 求 め る 。 すべての審理が終了した。

K

さんは弁論がタイの両親のこと に及ぶと、何度か涙を拭っていた。 最後に裁判官の﹁何か言いたいこ とは﹂との問いに

K

さんは﹁特にあ りません。ありがとうございました﹂ と深々と頭を下げた。 判 決 五 月 一 四 日 一 五 ペ ー ジ に 続 ︿ 現在、日本には、人身売買組織の 犠牲となり、約三五

01

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万円 という法外な借金を負わされ、暴力 団などの監視の下、﹁売春﹂を強要さ せられているタイ女性は、少なくみ ても五万人以上いると思われる。こ のような状況が続く限り、おそらく タイ女性を巡る事件は起き続けるの ではないかと危倶される。 昨年七月、三重県鈴鹿署が保護し たタイ女性を暴力団に取り引きの材 料として引き渡すという事件が、タ イ女性の証言から明らかになった。 しかし、今回の事件でも、人身売買 組織に対する追及はまったくなされ なかった。さらに、買春する日本男 性の問題も不問に終わった。また、 人権無視のこのような公的機関の行 為、アジアの労働者、ことにアジア の女性に対する蔑視のあらわれであ り、人としての扱いを全く無視した 人権意識の低さをあらわしている。 だが同時に、タイ女性を﹁商品﹂と して﹁輸入﹂することを許している 私たち日本人の責任こそ重大ではな いだろうか。さらには、タイ女性の ﹁性﹂を求め、群がる日本男性こそ 関われねばなるまい。 仏教者国際連帯会議・日本会議 杉 浦 明 道 @

(7)

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早期より空はどんよりと曇り、今 にも涙雨が降りそうな気配であ っ た 。 一 一 月 一 二 日午前九時半 に宇都宮駅 で 、 ﹁ ア ジアの 問題 を考える会﹂のスジ ン ダ ・泉田さんと 待ち合わせをして 斎場に向かった。スジンタさんは栃 木県内で起きたア ジアの人たちの事件 を 一 身に引き受けて活躍をされてい 一 九九 一 年 一 月 二 六日午後 三 時五 五分ごろ宇都宮市内のホテルのべ y ドの上で、タイ女性チラ

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ポン・ナ ンタシヤ ードさん(却) が殺されてい るのが発見された。 その事件が報道された 二 八 日 早 朝 、 宇都宮東署で事件のあらましを 聞 い た 。 ﹁ チラ

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ポンさんは日本人男性 と 二 人 でタクシ ー に乗ってホテルに チ ェ ッ ク インしたが、男性だけがチェ ックアウ トした ので 、 不審に思った ホテル従業員が部屋を見に行 っ たら 殺されていた。従業員とタクシー運 転手の証 言 で Y ( 位)が犯人として全 国に指名手配した ﹂ Y は 二 九日に 立ち回り先で 逮 捕 さ 月間に、日本人男性とデートした日 付と 金額が記帳されていた 。 彼女の メ モによ ると百万円位の稼ぎがあっ た 。 しかし、彼女 の 所持 金は 一 万円 で、タイの田舎の実家に送金した様 子もなく、また銀行にも預金はなか った。多分 、彼女 のボスに借金の返 済として稼ぎの全額を取り上げられ ていたのだろう 。 宇都宮斎場でのお葬式と火葬の全 て の費用は 、 宇 都 宮 市役所が 負 担さ れた。また 、チラ

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ポンさんの遺骨 を後日、タイ大使館まで届けていた だ い た 。 A 住職はお葬式 等 一 切を厳かに執 り行ってくださり、また貴重な時間 を提供された。

る方である。 市街の小高い丘にある斎場には既 に、チラ│ポンさんの友達タイ女性 五人・ 宇 都 宮 市役所福祉課 の 係 の方 三 人 ・ そして A 住職夫妻が待って居 られた 。 A 住職はタイ国バンコクの 寺院で修業されたことがあり、 語もお上手だった 。 タ イ れた 。 パ チンコ府員などして各 地 を 転々としていた Y は、所持金がなく なっていて、買春代の支払いをめく っ て トラブルぞ起こし、チラ

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ポン さんを殺した、と見られた 。 一 一 月 二 円 、 東署に電話すると 、 ﹁ 遺 体は市役所に安 置してあるが 、タイ の家族は経済的理由で引取りに来 日 できない ので 、知人のタイ女性(チ ラ

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ポンさんがこの女性を頼って来 日 ) を 引取人 にして火葬にしてほし いと依頼してきた 。 タイ大 使館 の許 可手続きに数日かかる﹂といわれた 。 一 一 一 日 午 前 十 一 時 から 市内 の宇 都 宮 斎場で行なわれた火葬 ・ 葬儀に参列 した 。 スジンダ ・ 泉田さんには事 件発生 後タ イ 語の通訳等で奔走していただ し た 。 皆さんの優しくて、あたたかい、 小 さな善意で、チラ

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ポンさんのお 葬 式 を 無 事に終えた こ とは 、私 の 人 生のなかで、 一 生涯忘れることの 山 米ないものとな っ た 。 チラ │ ポンさんが流した涙を 思 い 浮かべながら、帰り の 列車に乗り込 んだ 。 タイ国の最近の経済発展はめざま しいものがあり、タイ国通貨パ

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ツ は近隣諸国をパ

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ツ聞に取り込んで ー し 宇 品 つ れ 。 一 方、首都バンコクと 地 方段 村 の 賃金栴差は広がるばかりである 。 特

あるフィリピン女性

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葬送

紀子さんの結婚式が華やかに祝わ れていた六月 二 九日 の朝、私は喪服 姿 で い 米 京 ・ 六本木のカトリ ッ ク教会 にいた 。 祭壇の前のひつぎには 一

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目前に間服していた恭力川此に殴り 殺されたフィリピン次性マリ ペ ル ・ マラタさん( 却 )の造体が収められて いた。マニラからやっとかけつけた 三 六歳の母税は 三 年ぶりに再会した わが子の変わり果てた姿にただ涙を 流していた 。 やはり県ずくめの行いフィリピン 女性数 人 が、灰色がか っ たマリ ペ ル さんの顔をのぞきこみながら花を蒸 して別れを 告げていた。 フィリピンでは火作の刷門 的 はない が、造体を送り返すには 何

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万 川 もかかり、川判例はやむなく火山作に 同 立した 。 悲しみ の 八 よ り 無 ぷ 怖 で 川 比 一 郷 で若い命を閉じた娘の骨を給う 。 什 古には ﹁ マ リ ぺ ル ・ サルパドル 二 札 歳 ﹂ と 日 本語で汗かれていた 。 それ を抱きしめてよろめきながら火作場 を 川 る委は街のおめでたム ード とは

に 北 タ イ・東北 タ イ(イサ│ ン ) は現 金収入が少なく、いきおい若い女性 は大家族の家計を助けるため、弟妹 の学資を得るために黄金の国ジパン グ目指して来日する。それも本人の 党 、 え の な い 、 三 、 四 百万 円 の借金を背 負 っ てである 。 チラ

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ポンさんの流した涙は、北 タイ ・ 東 北 タイから来日し、助けを 求めている同胞女性たちの声なき声 かも知れない 。 今日も悲しい 思 い で東京拘置所に 足を運び、タイ女性に而全を求めま した 。 少しでも彼火たち の 心 のよリ 所になればと: 。 チラ│ポンさんの 一 波を無駄にしないために J U -- あまりにも対照的であ っ た 。 マ リ ペ ルさんは父親が亡くな っ た 翌年 一 ヒ歳 のとき友 人に誘われて米

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した 。その ときの偽造 パスポ ート の氏名 、年齢が M 一 日査に記された の で ある 。 彼火は愛くるしい少火で何ヵ所 かのクラブやスナ ッ ク を転々とした 。 i u 以初のうちは、弟妹を学校にやリた いと、経済的に日しいほ

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家庭を助 けるために送金していたという 。 しかしヤクザとのつながりができ、 一 4 カ パ ほど 前から同怯していた背中 い っ ぱ い人れ出の引に殺されてしま っ たのだ 。 ﹁彼火はわがまま のと こ ろ があ っ たけど、や っ ぱ り

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し い ので チラ

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ポンさんは、タ イ北部 のパヤ オから九

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年 二 一 月 二 六日、一五日 間の短期滞在ビザで成田空港から入 国し、宇 都 宮 市 郊 外 の二階建 てのア パ ートに直行した 。 部屋には同じタ イ人 の 女性が住んでおり、同居しな がらこの女性が働いていた 岡市内 の クラブに、直く通うようになった。 彼女は庄では源氏名 ﹁ ジュン コ ﹂ と 名 乗 り 、 Y ともこの庄で知り合った。 事 件前夜の 一 月 二 五日から行動を共 にし、当 日 の 二 六 日 午前、二 人は市 内 の パ チンコ庖で遊んだ 。 ﹁ い ま、コロコロ・ヒュ

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ヒ ユ │ に いるヨ﹂とアパートのタ イ女性に、 心配をかけたくなか っ た の か 、 パ チ ン コ底にいることを電話した 。 こ れ が彼女の最後の言葉となった。 チラ

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。 ホンさんが残した子帳に、 来 日してから殺されるまで の約 一 カ ヤクザでも 一 緒になったんで し ょう L と 、 彼 女 が 働い ていた新宿歌舞 伎町の クラブのフィリピン人ママさんはい っ た 。 マ リ ペ ルさん殺しに続いて長野県 諏訪市でもフィリピン女性が日本 人 別性に絞め殺される事件があ っ た 。 ﹁ H P 4 判 人 も フ ィ リピン人が殺され たり、自殺したりしている 。 日本で フィリピン 人が何人死 のうと新 聞に さえ出ないが、 一 人の日本人が誘拐 されたら阿国政府あげて大騒ぎして い る 。 われわれフ ィ リピン人も 人間 である ことを忘れないでほしい﹂と 火作場で 山 椋き労働省担当の若いフ ィ リヒン大使防此が述 べ ていた 。 こ の ようなひとい人権侵害を放置 すべきではないと、アジアの 女たち の会 では母親が損害賠償か慰謝料を 加害者請求する裁判を起 こ すことを 応慌しようと準備している 。 協 力 を お願いしたい。 (松井や より ) E 臨 わ 喝 -ち で

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