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北海道厚真町出土の鉄器の考古学的分析

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Academic year: 2021

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北海道厚真町出土の鉄器の考古学的分析

八重樫 忠郎

1

高橋 一英

2

乾 哲也

3

中村 和之

4

(2019 年 1 月 7 日 受理)

Archeological Analysis of Ironware excavated in Atsuma Town, Hokkaido Prefecture YAEGASHI Tadao1,TAKAHASHI Kazuhide2,INUI Tetsuya3,NAKAMURA Kazuyuki4

A large number of the ironware was excavated in Hokkaido. These are very important in considering the ironware excavated in Honshu. The ironware of Honshu was rare to excavate, because ironware were recycled in Honshu. Among the ironware in Hokkaido, there is unique sword called Ezo-gatana or Ainu’s sword which is not discovered in Honshu. This sword is seems to be the sword for ceremonial use. We search the difference of the manufacturing process with the Japanese sword excavated from the same site from the X - ray transmission image.

Key words: Ironware in Hokkaido, Ezo-gatana, Japanese sword, Swords for ceremonial use, X-ray transmission

image 1. はじめに 北海道の中世遺跡からは、数多くの鉄器が出土 することが知られる。そしてこれらの鉄器は、使 用が可能な完形での出土事例が多いことから、ア イヌ民族が行う「モノ送り」的な行為の結果、と して理解されてきた。つまり北海道の鉄器は、リ サイクルされその実態が考古学的につかみにく い本州の鉄器を解く重要な手がかりになるもの なのである。 北海道出土の鉄器には、本州と同様の内耳鉄鍋 や斧などもあるが、刀剣類だけは本州には存在し ない通称蝦夷刀と呼ばれるものが多くを占め、稀 に発見される日本刀であっても鍔をアイヌ民族 好みに改造している。これらを目の当たりにした のが、勇払郡厚真町のオニキシベ2遺跡であった。 斧や内耳鉄鍋は本州のそのままに受け入れて いるのに、刀剣類だけには独自のこだわりを有し ている。そこに興味が生まれ、何とか出土鉄器か ら解けないものかと考え始め、この度は函館高等 専門学校の協力を得て、X線透過撮影を実施した。 以下にその分析結果を述べたい。 2.分析に至る経緯 オニキシベ2遺跡の土壙墓から出土した2点 の蝦夷刀と日本刀1点、鉄斧1点の分析を行った。 これらの年代観は、おおよそ 14 世紀前後と考え られている。蝦夷刀の特徴は、刃部は 40cm 程度 で身が厚く若干反りがあるものもあるが、茎は 10cm ほどと短い。鍔は小さいものが多いが、複 数装着しているものがあり、しかもそれらは固定 されていない。茎が短いということは、柄が短い ということに直結することから、戦などの実践に 使用するには向かないであろうし、鍔が固定され ていないことも同様である。日本刀も鍔が固定さ れておらず、さらに複数装着されていた。つまり 鍔を固定せず、しかも複数装着するのは、アイヌ 民族の欲求によるものということになる。 カムイノミというアイヌ民族の儀礼を見たこ とがあったが、その儀礼の中で若者が、蝦夷刀を 持って舞ってくれた。その蝦夷刀も複数の鍔を固 定せずに装着していることから、振り回されるた びにカチャカチャと高い金属音が鳴り響き、さら に時折、太陽の光を反射させていた。これを見た 1 平泉町役場 2 函館工業高等専門学校 技術教育支援センター 3 厚真町教育委員会 4 函館工業高等専門学校 一般人文系

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八重樫忠郎・高橋一英・乾 哲也・中村和之:北海道厚真町出土の鉄器の考古学的分析

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時、蝦夷刀とは実践向けではなく、儀礼用のもの ではないかという推測が生まれたのである。儀礼 用の刀となれば、それほど鍛える必要はないであ ろうから、何らかの分析方法によっては、日本刀 との相違点が明確になるのではないかと期待を 寄せた。 そこで金属の分析の専門家に聞いてみたとこ ろ、破断して断面を分析することが可能ならば、 鍛え方に関してのある程度の情報は得られるだ ろうが、両者の相違点を明確にできるかどうかは 分からないということだった。何人かに問うたと ころ、やはり回答は同様なものであった。そもそ も完形の刀を破断して分析をすることなどほと んどありえないのであるから、ある意味において 当然のことといえる。 なまくら刀と名刀を見分ける方法がないもの か。このように思案しているうちに、X 線透過撮 影に至ったのである。 3.X 線画像解析の実施 X 線透過撮影の結果は、酸化の進行の度合いに よって大きく異なるので、同程度の遺存度のもの を選択しなければならない。そのため遺存状態の 良い2点の蝦夷刀(127 頁の図3,4)と1点の日 本刀(図2)、参考のために鉄斧を1点(図1) 選んでいる。 3.1.X 線画像解析の方法 今回使用した X 線照射装置はリアルタイムで モニタ画像を観察できる X 線透視撮影方法を用 いた。X 線透視撮影は,鉄刀の形状や大きさから 鉄刀を横方向から<水平置き>に分割撮影とした。 機器仕様は以下のとおりである。 a) X 線 TV 検査装置:型式:VIX-150(ソフテッ クス株式会社)、最大 X 線管電圧 150kVp,最大 X 線管電流 2.0mA b) X 線 I.I.カメラ(4/2 インチ)ユニット内蔵: 入力面寸法:約 100mmφ(テレビカメラ部) c) X 線画像計測処理ソフト:ZET-1 つぎに X 線透視撮影条件は、別紙資料のとおり、 電圧:86.0kVp、電流:0.60mA で撮影を行なった。 3.2.X 線画像解析の所見 鉄斧の刃部は、真っ黒に映し出された。刃が厚 いことにもよるが、鍛造によって不純物が取り除 かれたためであろう。その証拠に木製の柄を差し 込むソケット部分は、ある程度厚い割にスカスカ の状態であることが分かった。鍛えた部分と以外 のところで差異があったことは、大きな発見であ った。 次に日本刀の撮影を行った。やはり鉄斧の刃部 のように、全体が真っ黒である。日本刀の場合、 何度も鍛えて折り返して形を整えていくので、そ の作成工程を考えれば当然の結果であった。 これ対して蝦夷刀は、刀身の棟の方は黒いが、 刃部や茎は薄くぼやけていた。棟が黒く映るのは、 日本刀の倍以上の厚さによるものである。それに 比べて肉眼では刃部もかなり良好な状態で遺存 している割に、2点ともそこがぼやけているのは、 それほど鍛えられていないためではないだろう か。そのことは同様に茎にもいえることである。 刃部と茎を鍛えないということは、それほど重視 していないことの表れであり、実戦を想定してい ないとしか考えられない。蝦夷刀がアイヌ民族の 中でのみ使われ、本州からは発見されない理由は、 そのためということもできる。 4.期待と問題点 鉄斧を見る限り、鍛え方の度合いによって X 線 写真にも変化が認められることは、まず間違いな い。ということは科学的に X 線写真の分析を行う ことで、数値として表すことができる可能性もあ る。 しかしながら酸化の進行による鉄素材の遺存 状況によっても、多くの差異が生まれることは想 像に難くない。つまり一定の状態の資料でない限 り、比較することができないのである。ここが大 きな問題点といえる。

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函館工業高等専門学校紀要(第 53 号)

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5.おわりに 世界遺産中尊寺金色堂の棺内遺物の中に、蝦夷 刀に酷似した呑口式打刀と呼ばれるものがある。 この刀は、自らを「東夷の遠酋」といい、「粛慎・ 悒婁の海蛮」を従えた金色堂の建築者である藤原 清衡のものである。形態的には蝦夷刀そのもので あるが、これを科学的に証明できる方法を模索し ている。 謝辞 本研究は JSPS 科研費 JP26580127 の助成を受け たものです。

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八重樫忠郎・高橋一英・乾 哲也・中村和之:北海道厚真町出土の鉄器の考古学的分析

参照

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