日本経営診断学会論集20, 44–50 (2020) 自由論題
中小企業の知財戦略事例研究
―オープン&クローズ戦略―
The Case Study in Intellectual Property Strategy of Small and Medium Enterprises:
Open & Close Strategy
後藤時政
1*,羽田 裕
1,永井昌寛
2,小川宏二
3 1愛知工業大学,2愛知県立大学,3株式会社五合Tokimasa Goto
1*, Yutaka Hada
1, Masahiro Nagai
2and Koji Ogawa
3 1 Aichi Institute of Technology, Aichi, 2 Aichi Prefectural University, Aichi, 3 Gogoh Co., Ltd, Aichi*[email protected] 抄録:経営環境が大きく変わろうとしているなか,中小企業に対してもビジネスモデルの変革を迫る波が押し寄せている。一歩 踏み出した付加価値創造の方法として,オープン&クローズ戦略などの知財を活用したビジネスモデルがその候補として考え られるが,これを実践するためには経営者の知財活用に対する意識や知識が必要となり,中小企業にとって実践することは難し いものと思われる。そこで,本研究では知財による付加価値創造が実現できている中小企業に注目し,当該企業の知財マネジメ ントを観察することによって,知財を活用してどのように付加価値創造をしているかを解明した。得られた結果を踏まえ,本論 文では中小企業がオープン&クローズ戦略を実践するための要件を探った。 Key Words:中小企業,知財経営,付加価値創造,オープン&クローズ戦略,知財ミックス戦略 1. はじめに GAFA などのプラットフォーマーや自動車産業に変 革を及ぼすとされるCASEといった事象は,ものとサー ビスの垣根を超えたビジネス・エコシステムを形成し, 多くの企業の現行ビジネスモデルに大きな影響を及ぼす ものと思われる。このようなエコシステムにおいては, 現在,ものづくりにおいて高い付加価値創造が実現でき ている日本企業でさえ,単にその一構成企業に成り下が り,それが不可能となる恐れがある。 小川[1]は,エコシステムにおいては先進国と新興国を 交えた国際分業(グローバライゼーション)が進み,技 術が瞬時にグローバル市場に伝播して国内に留まらなく なるとして,国内に残すマザー機能を,これまでの製品 設計や工場の中に閉じたものだけではなく,ビジネスモ デル構築や知的財産マネジメントなどを含めた統合型の マザー機能へと変貌しなければならないと述べている。 ところで,日本では小泉純一郎首相時の2002年に「知 財立国」といった国家戦略を打ち出し,知的財産の創出, 保護と活用を,国をあげて取り組む課題として国策にし た。それ以後,知的財産基本法第 23 条に基づいて政府 による知的財産戦略本部が2003年に決定した,「知的財 産の創造,保護及び活用に関する推進計画」では,研究 開発部門,事業部門,知財部門の 3 つの部門が連携し, 企業の付加価値創造能力を向上させる三位一体の戦略の 重要性が述べられている。また,小川[2](pp. 35–36) 自 身もオープン&クローズといった知財戦略の実行を推奨 している。このように,知財マネジメントや知財戦略は 注目されているものの,中小企業にとっては,人,もの, 金,情報といった経営資源の不足から実現不可能と思わ れがちである。しかしながら,経営環境のパラダイムシ フトは確実に起こっており,中小企業においても,何か しらの新しい付加価値創造の手立てを考える時期に来て いるように思われる。 前述のように,知財マネジメントやオープン&クロー ズ戦略のような知財戦略は中小企業にとっては実現不可 能とさえ思われるが,実現できている中小企業が存在す るのもまた確かである。本研究では,そのような中小企 業の知財マネジメント,知財ポートフォリオなどを観察 し,知財を活用してどのように付加価値創造をしている かを解明した。得られた結果を踏まえ,本論文では中小 企業がオープン & クローズ戦略を実践するための要件 を探った。 2. 株式会社五合の概要 2.1 事業について 株式会社五合(以下,五合)は代表取締役社長の小川 宏二氏(以下,小川社長)が2000年12月に事業を開始 し,2003年5月に愛知県春日井市に本社工場を構えた。 資本金は2,500万円(平成27年11月1日現在),従業員 は 11 人の中小企業である。主たる事業は,完全無機塗 料,「ゼロ・クリア」,「ゼロ・テクト」の製造販売・加 工,天井クレーンコントローラー安全システム,「zen」 受付日:2020年3月31日 受理日:2020年9月14日 公開日:2021年6月14日
日本経営診断学会論集20 (2020) の製造・販売およびこれらに付帯する開発,設計,施工 である。 ゼロ・クリアは100%無機塗料で,親水性に優れてお り,腐食・シミの原因になりやすい頑固な汚れを水だけ で簡単に落とし,薬品や酸にも侵されにくいといった特 徴を有する。また,ゼロ・クリアは焼付塗装で,金属類, 陶器,ガラスなどに塗装でき,塗装された皮膜は高硬度 で耐摩耗性や耐熱性も高い。なお,ゼロ・テクトは,透 明な色のゼロ・クリアと違い有色であるが,両者は機 能・性能面において同等である。 現在,これらの事業には,国内に 10 カ所,中国(合 弁会社),韓国,タイ,マレーシアなどの海外 8 カ所に 協力工場が存在する。 2.2 知財ポートフォリオ 表1に,五合が国内において,塗装事業およびクレー ン事業関連で権利を取得した特許,意匠,商標などの工 業所有権について,その数を示した。これら事業に関係 ない,その他の特許 2 件も含めると現在までに 26 件の 工業所有権を取得している。また,五合は PCT(特許 協力条約:Patent Cooperation Treaty)や EPC(欧州 特許条約:European Patent Convention)に基づく国 際出願を利用し,現在までに米国,欧州,アジアの国々 おいてクレーン事業に関する特許を25 件取得し,塗装 事業に関する商標も中国,欧州共同体,韓国,台湾およ び米国で5件取得している。さらに図1は,塗装事業お よびクレーン事業関連で取得した特許 16 件がいつごろ 出願されたのかを示したものであるが,継続的に特許出 願がなされている様子が見て取れる。 特許庁のホームページに掲載されている平成25 年度 中小企業等知財支援施策検討分析事業(中小企業の知的 財産活動に関する基本調査)報告書[3]によると,中小企 業全体で,特許権,実用新案権,意匠権のいずれかを所 有している企業は全体の1.56%にとどまり,さらに,中 規模と小規模においては中規模企業が4.66%であるのに 対し,五合のような小規模事業者では0.88%と1%にも 達していなかった。このことからわかるように,五合は, 会社の規模からは想像できないほど,多くの知財を積極 的に,しかも継続的に取得している。また,国際特許や 商標の取得にも積極的な様子には,塗装事業およびク レーン事業の海外展開においても知財による付加価値創 造が可能になるよう準備を怠っていない姿勢が現れてい た。 3. 五合の知財経営 小川社長へのヒアリング調査において,知財の活用に よる付加価値創造への効果について尋ねたところ,「知 財の活用によって付加価値が通常よりも数倍上げられ る」との回答を得た。 島[4]によると,「知財経営」とは,「知財によって 事業競争力を強化する経営手法」であると定義されてい る。また,この帰結として,「組織の知財力」とは何か と考える必要があるとし,これを「正しい知財経営理論 を日々の企業実務の中できちんと実行できていること」 としている。さらに,知財経営理論を実現する際には, α : 技術開発テーマを決める際に,将来の市場規模およ び必須特許取得可能性という2つの観点からマーケ ティング調査を行い,開発テーマを決定するステッ プ β : 技術開発の成果を知財として保護するステップ γ : 取得した知財を現実のビジネスに適用し,事業競争 力を得るステップ という 3 つのステップが最低限必要であるとしている。 そこで,五合のケースを3つのステップに当てはめて考 えてみた。 そもそも,小川社長が知財を意識した経営を始めた きっかけは,五合を創業する以前に,自社開発した商品 を大手メーカーや販売店に売り込みをした後に模倣品が 出回った苦い経験があるためである。 現在のゼロ・クリアの技術が五合のコア技術の一つと なったのは,創業して間もないころ,ある親水性無機塗 料の発明者から,「特殊な塗料を開発したが後継者がい ない。事業を引き継いでほしい」との打診を受け,その 依頼主と契約を結び,事業化への取り組みを開始したの がきっかけであった。 無機塗料は昭和 50 年代に盛んに開発されたが,ほと んど失敗し,衰退した。それほど無機塗料の塗料技術開 発,塗装技術開発は難しく,事業化に当たって必要な塗 装技術を有していること,また,さまざまな塗装のノウ ハウや知見があり,塗装会社とのネットワークもある, という点がこの親水性無機塗料の発明者が五合を打診先 として選定した理由であった。 表1. 工業所有権の数 国内 特許 意匠 商標 合計 塗装関連 6 ̶ 3 9 クレーン関連 10 1 4 15 その他 2 ̶ ̶ 2 合計 18 1 7 26 図1. 国内特許の出願年
用できるのか全くわからない状態でのスタートだったの で,まずは産業分類を仕分けして無機塗料が使用される ものは何かを調査した。また,(独)中小企業基盤整備機 構が主催する中小企業総合展(東京国際フォーラム)に 出展することにより,顧客に問いかける市場調査を行っ た。なお,これらのマーケティング活動は(独)中小企 業基盤整備機構の相談員など公的機関の相談員との相談 によって実行すべき方向性が決められた。また,知財調 査については,(独)工業所有権情報・研修館(INPIT) や(独)中小企業基盤整備機構などの相談員に相談しな がら行った。 島[4]は,必須特許を「ある技術を実施するため, もしくは,ある製品を生産するためにどうしても実施せ ざるを得ない特許」と定義しているが,前述したように, 無機塗料は開発が難しく,現在,親水性や膜の硬さなど でゼロ・クリアと同等の性能を有する無機塗料はない。 そのうえ,カーブミラー,スプーン・フォーク,シンク… への適用といったように,極めて汎用性が高いコア技術 であるため,協力工場はゼロ・クリアを採用せざるをえ ず,製品を完成させるためには,五合が有している特許 および秘匿しているノウハウを必ず実施しなければなら ない。 したがって,ステップαについては,五合の無機塗料 に関するコア技術は 島[4]が述べているようなニーズ 起点のコア技術でなく,シーズ起点のコア技術であると いった違いがあるものの,将来の市場規模の大きさおよ び必須特許取得の可能性という点ではこのステップは充 足できているものと思われる。 ステップβおよびステップγについては,実現できてい るというのが結論であるが,その詳細について次章で説 明する。 4. オープン&クローズ戦略への当てはめ 小川[2](p. 8)によると,オープン & クローズ戦略の 「オープン」とは,製造業のグローバライゼーションを 積極的に活用しながら,世界中の知識・知恵を集め,そ してまた自社/自国の技術と製品を戦略的に普及させる 仕組みづくりを指し,「クローズ」とは,価値の源泉と して守るべき技術領域を事前に決め,これを自社の外あ るいは自国の外へ伝播させないための仕組みづくりのこ とであると定義し,この2つを組み合わせながら,大量 普及と高収益をグローバル市場で同時実現させるのが本 戦略の要諦であるとしている。 これら,市場における自社製品の大量普及と自社技術 を伝播させない仕組みづくりは,標準化と特許などの知 財で実現することができる。図2で示すように,自社製 品に対する標準化戦略および知財戦略にはそれぞれ利点 および欠点があるが,標準化の利点である「市場の拡大」 と知財の利点である「自社シェアの拡大」を組み合わせ られれば,自社の製品規格がデファクト・スタンダード である市場を拡大しながら,その市場におけるシェア獲 得も同時に実現可能となる。この戦略を実践し,自社製 品である PC 用 CPU の大量普及に成功した企業として インテルが有名である。 図3に,小川[2](p. 12)によるオープン&クローズ戦 略の概念図を示した。この戦略は次の6つの実行要素か ら成り立っている。それぞれの要素について①∼⑥の番 号を振って図中に位置づけするとともに,五合の場合に ついて追記した。 ①ビジネス・エコシステム型の産業構造を,先手を打っ て事前設計する ②自社のコア領域(クローズ)と他社に委ねる領域(オー プン)をつなぐ境界に知的財産を集中させる ③境界だけを他者へ公開して自由に使わせ(オープン), ビジネスチャンスを与えるプロセスでオープン市場へ 強い影響力を持たせる(伸びゆく手の形成) ④コア領域の技術革新を追求し,常に業界全体の技術革 新の方向性を主導する ⑤コア領域を知的財産と契約で守り,後追い企業による クロスライセンスの構成から守る ⑥世界中のイノベーションの成果を自社のコア領域につ なげる仕組みをつくる 五合について,これら6つの実行要素がどのように実 行されているかをヒアリング調査により明らかにした。 図4に,図3における五合とパートナー企業が知財で 図2. オープン&クローズ戦略の仕組み (出所:文献[5]に掲載されていた図を参考に筆者作成) 図3. オープン&クローズ戦略(五合の場合) (出所:文献[2],p. 12に掲載されている図をもとに筆者作成)
日本経営診断学会論集20 (2020) 関係する領域,すなわち,ゼロ・クリア施工技術の工程 を示した。図中,塗装原料をA,基材洗浄工程をB,塗 装工程をC,焼付工程をEとした。表2には五合の塗装 に関する6つの特許が図3のどの工程に関する特許なの かをまとめた。 五合ではクローズ領域とオープン市場の境界に,装置 類など,目で見てわかるようなものに関してはこのよう に特許による権利化を行い,協力工場に対して実施許諾 している。ただ,実際にはこれらの特許に関わる技術を 使っただけではゼロ・クリアをコートした商品は完成せ ず,協力工場は五合が敢えて特許による権利化を行わな かったノウハウも使用実施許諾を受けなければならな い。なお,このようなノウハウは図4に示したすべての 工程にあるとのことであった。 このことから,②の「クローズ領域とオープン領域を つなぐ境界に知的財産を集中させる」という要素につい ては,五合は十分に実現できていると言える。 ③の「伸びゆく手の形成」については次のとおりである。 前述したように,そもそも無機塗料の塗料・塗装技術 開発は難しく,現在,親水性や膜の硬さなどでゼロ・ク リアと同等の性能を有する無機塗料はない。 日本最大級のBtoBデータベースサイトを運営してい る株式会社イプロスのホームページ[6]には,無機塗料 について,企業 13 社の製品一覧とランキングが掲載さ れており,当該サイトにおける各ページの閲覧回数など をもとに算出したランキングでは,企業ランキングでは 五合が1位となり,製品ランキングではゼロ・クリアが 1位となっていた。このことから,五合やゼロ・クリア がその性能の良さから,塗装施工業者などから注目され ていることが確認できる。 このような結果は,無機塗料の塗装施工業者が五合や ゼロ・クリアの情報を得ようとしていることの現れであ り,現在採用している無機塗料からゼロ・クリアへの乗 り換えや新規でのゼロ・クリアの採用を検討しているこ とが予想される。また,すでにゼロ・クリアを採用して いる協力工場にも,顧客との信頼関係維持やブランド力 向上のため,五合の特許およびノウハウ使用のために競 合他社の商品を採用した場合と比較してコストがかかる としても,ゼロ・クリアを採用し続けようとする慣性力 が働く。このように,五合と協力工場の間には,自社の コア領域からエコシステムを介して強い影響力を持たせ る仕組みがすでにでき上っており,ゼロ・クリアの,競 合商品と比較した,ダントツの性能の良さが「伸び行く 手の形成」に一役かっていることが理解できる。 「④コア領域の技術革新を追求し,常に業界全体の技術 革新の方向性を主導する」については次のとおりである。 小川[2](p. 14)によると,「ビジネス・エコシステム」 とは,多くの企業が協業しながらその産業全体を一体と なって発展させていく分業構造を示す,と定義されてい る。五合の場合のビジネス・エコシステムとは,ゼロ・ クリアの施工を請け負う協力会社,大手家電メーカーや 大手厨房機器メーカーのような顧客企業から形成されて おり,現在でも,このビジネス・エコシステムをより大 きく発展させるため,協力会社や顧客企業をターゲット とした,年10回以上の展示会に出展している。その際, 重要なのは,前述したように,無機塗料の開発は難しく, 現在,親水性や膜の硬さなどでゼロ・クリアに匹敵する 商品はなく,無機塗料のデファクト・スタンダードと なっている点である。ゼロ・クリアのデファクト・スタ ンダードとしての性能が顧客企業の商品開発における課 題を解決できそうな場合,五合は,顧客企業の基材ごと に塗料および施工方法の調整を行い,顧客企業の製品イ ノベーションおいて一役を担うこととなる。このように 五合(ゼロ・クリア)はビジネス・エコシステムのイノ ベーションセンターとなっており,「④コア領域の技術 革新を追求し,常に業界全体の技術革新の方向性を主導 する」の条件に合致していることが確認できる。 さらに,「⑤コア領域を知的財産と契約で守り,後追 い企業によるクロスライセンスの構成から守る」につい ては,前述したように現在ゼロ・クリアに匹敵する性能 を有する無機塗料は存在しないため,後追い企業による クロスライセンスの構成から十分に守られている。 「⑥世界中のイノベーションの成果を自社のコア技術 領域に繋げる仕組み」については次のとおりである。 ゼロ・クリアによる一番のイノベーションの成果と は,それを適用した商品は,落ちにくい油汚れも水だけ で簡単に落とせるようになる,ということである。前述 したように,展示会での出展といったように,何かしら のマッチング機能を利用した成果によって,五合と顧客 企業が協業することになれば,そのイノベーションの成 果が自社のコア領域とつながり,五合は,クローズと オープンの境界に置いた知的財産によって,競合他社よ 図4. 五合とパートナー企業との関係領域の詳細 表2. 境界に置いた塗装に関する特許 登録番号 名称 関係工程 4989886 無機系塗装膜を備える物体の製造方法 A, E 5413882 水系無機塗料,塗装方法および塗装体 A, C 5653241 金属体・ハの塗装前処理方法及び塗装方法 B 5453331 塗装前処理方法及び塗装方法 B 6308576 金属製品 B 6203531 希土類磁石及びその製造方法 C, E
さらに,五合はゼロ・クリアが採用されている他社の 商品に図3中に示したゼロ・クリアの商標を添付するよ う依頼している。大手家電メーカーの洗濯機,大手厨房 機器メーカーのカタログ,新潟県燕市の金属洋食器など には実際にゼロ・クリアの商標が明示されている。これ はあたかも,インテルの商標が貼られているパソコンが インテルのCPUを内蔵していることを周知するのと同様 の効果があるものと考えられる。これらの宣伝効果は, また,五合と顧客企業との間に大きなマッチング機能を 生じさせることから,五合には大企業などから,ゼロ・ クリアを自社製品に適用する際の技術的な引き合いが多 く寄せられ,それらの企業と盛んに共同研究を行ってい るとのことであった。 小川社長によると,ゼロ・クリアは未だ発展途上の技 術であり,これに関して新しい発明があれば,特許など により権利化するとしているため,⑤に関してさらに強 化されるものと思われる。なお,五合の商標を用いる戦 略は,特許という知的財産権のみによる付加価値創造で はなく,意匠,商標などと連携することによって付加価 値創造最大化の効率を上げる,知財ミックス戦略である。 最後に,①については,このようなビジネス・エコシ ステムは事前設計されたものではなく,創発的に形成さ れてきたものであり,小川社長,(独)中小企業基盤整備 機構,(独)工業所有権情報・研修館(INPIT),(財)あ いち産業振興機構の相談員および五合の顧問弁護士らの 統合的戦略が功を奏した結果だと思われる。 ここまで見てきたように,先述した 島[4]の知財経 営理論実現のためのステップβ(技術開発の成果を知財 として保護するステップ)およびステップγ(取得した 知財を現実のビジネスに適用し,事業競争力を得るス テップ)についても実現できていることが確認できた。 5. 中小企業のオープン&クローズ戦略実践に関する考察 5.1 新たな付加価値創造手段の必要性 エレクトロニクス産業における商品の付加価値低下の 要因について,延岡[7]は,製品アーキテクチャのモジュ ラー化が主たる原因だとしている。デジタル家電などを 含めたエレクトロニクス機器を製造している,もしくは, しようとしている製造企業は,グローバル環境において, その部品はもちろん,システム統合の技術[7](p. 93)で さえ入手することが可能となり,どの企業でも,同じよ うな機能を有する,しかしながら差別化不可能なものを 製造するようになった。 このことによって,顧客は,どの企業の商品を購入し ても機能的に差がないため,おのずと値段の安いものを 購入することになり,日本の製造企業はコスト競争に陥 ることになった。このような場合,オーバーヘッドが低 い新興国の電機メーカーが有利となり,人件費が高い日 本のメーカーは不利となる。 キテクチャのモジュラー化はそもそもデジタル技術や制 御ソフトウェアの急速な進展によるものであり,このよ うな技術が即座に国境を越えてしまう特質を有している ことを問題視している。さらに,日本の主力産業である 自動車産業においても,組み込みソフトウェアの多用や 製造データのデジタル化によって,部品製造の国際的水 平分業が進展しており,生産財を製造している国内のサ プライヤーに対しても,オープン & クローズ戦略の実 践,すなわち,技術の伝播・着床のスピードを知財に よってコントロールすることが重要となることを述べて いる。 また,競争環境を見てみても,顧客ニーズの多様化お よび頭打ちは製造企業の経営に対して不確実性をもたら し,「つくって売る」といった単純な経営方針では企業 の存続は担保されない。さらに,もののサブスクリプ ションに代表されるように,ものの所有から利用への移 行とった現象も,製造企業への悪影響は皆無でないもの と思われる。 この結果,扱う商品が消費財,生産財に関わらず,製 造企業は型にはまった経営慣行から脱却し,今一歩踏み 込んだ努力が必要になった。新たな事業への進出,製品 それ自体やそのつくり方,売り方,顧客の使い方など, 商品ライフサイクルにおけるイノベーションの創出,い ままで手を付けてこなかった,マーケティングや知財分 野の経営への応用等がこれに当たる。 5.2 中小企業のオープン&クローズ戦略実践の可能性 本論文では中小企業の知財を活用した付加価値創造を 推奨したい。オープン&クローズ戦略は,インテルやマ イクロソフトといった,いわゆるプラットフォーマーが 代表的実践企業として挙げられるように,エレクトロニ クス産業において現れたとされている。さらに,小川[2] (p. 93)によれば,2000年代になると類似の産業構造が, ものづくりを象徴する金型産業や部品産業はもとより, 機械産業,事務機械産業,航空機産業,自動車産業の領域 でも現れるようになったとしている。さらに,最近では 技術の伝播・着床スピードが非常に遅いはずの素材産業 にも見え隠れするとしており,このことはオープン&ク ローズ戦略はエレクトロニクス産業だけではなく,あら ゆる産業で実践可能な戦略であることを示唆している。 また,市場規模についても,初めより GAFA などの ように国際的に大きな市場の形成を考えず,五合のよう に,まずは国内で,ある程度の規模に成長することが期 待できる市場育成から手を付け,機会を窺い,海外の市 場へ知財戦略を展開することが得策である。 このように,オープン & クローズ戦略はどの産業に も,また市場規模によらず実践可能であり,五合が実践 している実績からみても,中小企業にとっても適用可能 な戦略であると思われる。
日本経営診断学会論集20 (2020) 5.3 中小企業が知財経営,オープン &クローズ戦略を 実践するために 企業が知財を活用し,付加価値創造最大化を速やかに 実現するためには,まず,研究開発部門,事業部門,知 財部門の3つの部門が連携する三位一体の戦略が重要と なる。このことは,前述したように, 島[4]が知財経営 実践のために,「正しい知財経営理論を日々の企業実務 の中できちんと実行できていること」といったように, 至極当然のことであるが,企業はその規模が大きくなる につれて縦割りの組織構造を有するようになるため連携 が難しくなり,これらの部門を連携たらしめる,何かし らの強力な仕組みが必要になる。 五合の場合,規模が小さいこともあり,図5で示すよ うに,これら部門の意思決定は小川社長一人によって行 われている。このように,三部門の意思決定の権限が個 人に集中する場合,各部門の戦略は統合されやすくなり, 速やかに実行できるといったメリットがある。一方,付加 価値創造最大化に対して本当に整合性がある決定がなさ れているかといった不確実性の増大といったデメリット もある。このようなデメリットに対しては,五合の場合, 同図中に示したように,外部の弁理士や(独)中小企業 基盤整備機構,(独)工業所有権情報・研修館(INPIT), (財)あいち産業振興機構とった外部団体が小川社長の意 思決定に対して深く関与しており,前述したとおり,創 発的に戦略が実行されることによって,結果的に付加価 値創造の最大化が実現できていた。すなわち,五合の三 位一体の戦略とは,研究開発戦略においてゼロ・クリア に関する技術を鍛え続け,それに関する特許を積極的に 取得・活用し,知財経営を実践することによって事業競 争力を強化していた。 この三位一体の戦略は,中小企業の付加価値創造最大 化に向けて大いに参考になるものと考えられるが,特許 庁が示した資料[8]によると,中小企業の知財を経営に 活かそうとする意識は低いと報告されており,知財経営 実践の前に,まず経営者の知財を経営に活かそうとする 意識を高めることが重要であることを付け加えておきた い。 さらに,本研究に対してコア技術を有していない中小 企業はオープン & クローズ戦略の実践は不可能である のかという質問をしばしばいただくが,このような企業 はまず自社技術の棚卸を行い,コア技術,もしくは,将 来これになりうる技術を見極め,発展途上の技術に対し ては,外部の支援団体の協力や補助金を得ながらこれを 育成することがこの三位一体の戦略実践に対して有効で あるものと考えられる。 6. おわりに 中小企業である五合は,経営者が知財の三位一体を実 現する中核を担っていた。また,経営者は知財を経営に 活かそうとする意識が高く,特許,意匠,商標といった 知財を積極的に取得・活用し,正しい知財経営理論を 日々の企業実務の中できちんと実践していた。このよう に,五合は知財経営およびオープン & クローズ戦略を 実践することによって付加価値創造が最大化できている と判断できた。 また,オープン&クローズ戦略は,どのような産業に 属する企業も,将来成長が見込める市場に対して実践さ れるべき知財戦略であるが,それを実践するためには, 自社のコア技術を知財戦略にリンクする必要があり,自 社内での知財戦略策定や知財マネジメントの実現が難し い場合には,これらの機能について外部団体からの支援 を得ることも,中小企業がオープン & クローズ戦略を 実践するための要件として重要であることがわかった。 謝辞 本研究はJSPS科研費JP19K01848の助成を受けたも のである。 参考文献 [1] 小川紘一『オープン & クローズ戦略:日本企業再構の 条件』翔泳社,東京,p. 5, 2014. [2] 小川紘一『オープン & クローズ戦略:日本企業再構の 条件』(増補改訂版),翔泳社,東京,2015. [3] 特許庁「中小企業等知財支援施策検討分析事業(中小企 業の知的財産活動に関する基本調査)報告書」https:// www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/chusho_chizai. html(2020年3月15日アクセス) [4] 島正洋「知財経営の基礎理論とそのプロセス」『日本 知財学会誌』Vol. 6, No. 1, pp. 56–66, 2009. [5] 「知財,利益にどうつなぐ,標準化・独占使い分け,中 核技術は特許で守る」,日本経済新聞 2013 年 6 月 24 日 朝刊. [6] イプロス「無機塗料―企業 13社の製品一覧とランキン グ」,https://www.ipros.jp/cg2/ 無機塗料(2020 年 8 月 5日アクセス). [7] 延岡健太郎『MOT[技術経営入門]』,日本経済新聞出 版社,東京都,pp. 70–99, 2006. [8] 特許庁「中小企業における知財活動状況」(2014年5月 発表) https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/ken kyukai/chusyo/document/01-shiryou/shiryou05.pdf (2020年3月15日アクセス) 図5. 五合における三位一体の戦略
The Case Study in Intellectual Property Strategy of Small and Medium Enterprises:
Open & Close Strategy
Tokimasa Goto
1*, Yutaka Hada
1, Masahiro Nagai
2and Koji Ogawa
3 1 Aichi Institute of Technology, Aichi, 2 Aichi Prefectural University, Aichi, 3 Gogoh Co., Ltd, AichiAbstract: Small and medium-sized enterprises should revolutionize their business models under the changing of business
environments. As an advanced way to create added value, we would employ open & close strategy . However, managers need the recognition and advanced knowledge for intellectual properties to execute the strategy. Therefore, it seems to be impossible to execute for small and medium-sized enterprises due to their management resources. In this study, we fo-cused on a small and medium-sized enterprise that had achieved the additional value creation by their intellectual proper-ty. We clarified how the company creates added value through intellectual properties management and considered about the requirements for small and medium-sized enterprises to practice their intellectual property managements and open & close strategy.
Key Words: small and medium-sized enterprise, management of intellectual properties, added value creation, open & close