『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について
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(2) 村瀬有司. 左は連の一行目から、右は二行目から始まる台詞である。偶数行から始まる 直接話法では、右例のように、台詞の一行目が詩行の末尾で区切れることが 多い。この冒頭の展開が偶数行を起点とする直接話法の一つの特色となって いる。また、直接話法を導く導入表現(«dice lor», «lor favella»)をみると、こ れを前行に置いて次行の冒頭から台詞を展開する構成が、偶数行起点の発話 には相対的に多い。ただし、導入表現の配置の傾向は、同じ偶数行でもその 何行目から台詞が始まるかによって異なる。またその効果も起点の行によっ て大きく変わる。 これらの特徴を考察するうえで重要となるのが、『エルサレム解放』の連 内の構成の傾向である。タッソの八行詩節は、二行を基本単位とすることが 知られている。この偶数を基調とする構成が、直接話法の配置と導入表現の 展開に影響を及ぼしている。もう一つ留意すべきは八行詩節の自立性の高さ である 2。この詩連は独立したユニットを作りやすく、連の末尾が節目となっ て、描写や台詞を切ることが多い。 本論の 1 章では、偶数行から始まる発話の数量を確認した後に、連の各行 から始まる台詞の長さの傾向を概観する。2 章では、偶数行から始まる直接 話法の一行目の特徴を分析する。ここでは、台詞の出だしが行末で文法上の 休止をとりやすいことを指摘した後、その冒頭部の効果を導入表現の配置パ ターンに即して検証する。3 章では、連内の位置に基づいて直接話法の効果 を考察する。ここでは主として二行目と六行目から始まる台詞を対象にそれ ぞれに特徴的な事例を分析する。紙幅が限られているために、偶数行から始 まる直接話法のなかでも特に重要な事例に絞って考察を進めることをあらか じめお断りしておく。. 第 1 章 数と長さ 『エルサレム解放』の直接話法のうち、一行に収まる 48 例を除いた残り 436 例をみると、その起点は表 1 のような分布となる。奇数行から始まるも 2. 英雄詩の八行詩節の全般的な特徴については Copello(2016)を参照。. 52 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(3) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について 表1. 起点行 個数 %. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 計. 161. 21. 73. 9. 74. 20. 73. 5. 436. (36.9) (4.8) (16.7) (2.1) (17.0) (4.6) (16.7) (1.1)(100.0). のは 381 例、偶数行から始まるものは 55 例で、後者は全体の 13%弱にとど まる。同じ八行詩節で書かれたボイアルドとアリオストの騎士物語を確認し てみると、二行以上の直接話法に占める偶数行起点の割合は『恋するオルラ ンド』で約 30%、 『狂えるオルランド』で 14%強という結果である 3。タッ ソとアリオストの作品は、ボイアルドの騎士物語に比べて二行単位でセンテ ンスを展開する傾向がより明確であり、4 + 4 やこれを細分化した 2 + 2 + 4 や 4 + 2 + 2 の連構成が目立つ 4。直接話法もこのような連の基調にしたがっ て奇数行から始まり偶数行で終わる傾向にある。表内の偶数行の起点をみる と、二行目と六行目の個数が多い(21 例と 20 例)。数が少ないのは八行目 だが、これは台詞が連の末尾から始まって次連に跨がる変則的な配置となる ためである。逆に、以下に見るように一行以内の直接話法は八行目に多い。 同じことは、より控え目にではあるが、連前半の末尾となる四行目にも当て はまる。 次に直接話法の長さを確認してみよう。表 2 は、縦軸に台詞の起点となる 八行を、横軸に台詞の長さを行単位でとって、 『エルサレム解放』のすべて の直接話法を整理したものである。台詞の長さは一行に収まっているものを 一行、二行に跨るものを二行とカウントしている。表からは読み取ることが できないが、台詞の大半は詩行の末尾で終わっている。なお網掛けの領域は 直接話法が連を跨ぐケースである。この一覧からは、各行から始まった直接. 論者の調べでは、『恋するオルランド』の二行以上の直接話法 770 例のうち奇数行起点は 542、偶数行起点は 228。『狂えるオルランド』では二行以上の直接話法 553 例のうち、奇数起 点は 473、偶数起点は 80 である。 4 ボイアルドの騎士物語の一行単位の並列的なスタイルについては Matarrese(2004: 89-117, 特に 102-103)及び Praloran(1988: 121-124)を、アリオストの騎士物語の連構成については Praloran(2009: 199-233)を参照。『エルサレム解放』の偶数を基調とする連構成については、 Soldani(1999: 301-331)と Vitale(2007: 173-181)に詳しい。 3. 53.
(4) 村瀬有司 表2. 長さ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8 9 行∼. 起点 1. 4. 8. 0. 30. 2. 9. 5. 32. %. 2.4. 4.8. 0.0. 18.2. 1.2. 5.5. 3.0. 19.4. 2. 6. 0. 2. 0. 3. 1. 7. 0. 22.2. 0.0. 7.4. 0.0. 11.1. 3.7. 25.9. 0.0. 2. 17. 3. 4. 2. 22. 0. 3. 2.7. 22.7. 4.0. 5.3. 2.7. 29.3. 0.0. 4.0. 4. 0. 1. 0. 4. 0. 0. 0. 30.8. 0.0. 7.7. 0.0. 30.8. 0.0. 0.0. 0.0. 7. 6. 5. 28. 0. 7. 1. 4. 8.6. 7.4. 6.2. 34.6. 0.0. 8.6. 1.2. 4.9. 1. 2. 11. 0. 0. 0. 1. 0. 4.8. 9.5. 52.4. 0.0. 0.0. 0.0. 4.8. 0.0. 8. 39. 0. 5. 0. 5. 0. 2. 9.9. 48.1. 0.0. 6.2. 0.0. 6.2. 0.0. 2.5. 3 4 5 6 7 8. 16. 0. 2. 0. 2. 0. 0. 0. 76.2. 0.0. 9.5. 0.0. 9.5. 0.0. 0.0. 0.0. 75. 計 165. 45.5 100.0 8. 27. 29.6 100.0 22. 75. 29.3 100.0 4. 13. 30.8 100.0 23. 81. 28.4 100.0 6. 21. 28.6 100.0 22. 81. 27.2 100.0 1. 21. 4.8 100.0. 話法の多くが、その連の八行目で終わっていることが読みとれる。例えば一 行目から始まる直接話法の個数をみると、カバーする範囲が広い九行以上の カテゴリーが最多となっているが、それに次ぐのが連末尾で終わる八行の長 さの台詞である。同様に、二行目から始まる直接話法は七行の長さ、三行目 から始まる場合は六行の長さの比率が高い。特に連後半を起点とする台詞で この傾向が顕著となる。六・七行目から始まる直接話法は、その半数近くが 三行及び二行の長さになっている。また八行目から始まる発話の大半は一行 の長さ、つまりその行で終わっている。表からは、連の前半の最後にあたる 四行目で終わる配置も、一定の割合で存在していることが確認できる。この ように形式の節目で発話を締めくくる傾向は、連を跨いだ台詞にも当てはま る。次連に展開する直接話法も多くの場合、八行目と四行目の行末で閉じて いる 5。. 54 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(5) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. 第 2 章 台詞の一行目 2.1. 行末の特徴 『エルサレム解放』の直接話法では、起点が奇数行か偶数行かによって、 その出だしの展開にしばしば大きな違いが生じている。先の引用では、連の 一行目から始まった直接話法は «alcun racconti» で行末に至り、次行に目的語 を展開していた。これに対して二行目から始まる直接話法では、«Stata è da voi la mia sentenza udita» というひとまとまりのセンテンスが一行で表現され ていた。偶数行から始まる直接話法の多くは、このように最初の行の末尾で 文法上の休止をとっている。直接話法の一行目の行末で、述語をともなう文・ 節、あるいは感嘆文のような自立的な表現が閉じられるケースは、奇数行か ら始まる台詞では全体の 25%以下であるのに対して、偶数行から始まる発 話では 80%以上に及ぶ 6。このように行末で区切れる場合、台詞の最初の一 文は最大でも 11 音節にとどまる。この簡潔な出だしが、偶数行から始まる 直接話法の一つの特色となっている 7。 また、発話の一行目が述語を含む一文をなさず、名詞などの要素にとどま る場合もある。 Giunto Rinaldo ove Goffredo è sorto ad incontrarlo, incominciò: «Signore,. リナルドは、彼を迎えるべく立ち上がった ゴッフレードのもとにくるや、切り出した 「閣下、. (XVIII, 1, 1-2). 連の二行目から始まるこの直接話法も、その出だしは行末で休止を入れた形 となっている。ただし、ここでは台詞の冒頭は呼称の名詞である。このよう 例えば、『エルサレム解放』の一行目から始まる直接話法には連を跨いで展開する(九行以 上の長さ)ものが 75 例あるが、このうち 40 例が八行目で、13 例が四行目で終わっている。 6 論者の調べでは、奇数行から始まる直接話法 381 例のうち該当例は 87(22.8%)、偶数行で は 55 の直接話法のうち該当例は 46(83.6%)となる。このなかには行末に呼称の名詞を置い た事例は含まれていない。 7 偶数行から始まる『エルサレム解放』の直接話法 55 例のうち、出だしの一行が自立的な文 やフレーズとなるケースは 52 例、内訳は平叙文が 22、命令文が 10、感嘆文 7、疑問文 6、呼 びかけ 6、名詞 1(返答の一語)である。 5. 55.
(6) 村瀬有司. に同じ偶数行から始まる発話でもその一行目の形は様々である。また一文を なす場合もその文型は一律ではない。この台詞の冒頭部の形態と効果を考え るうえで重要となるのが、直接話法を導く表現の位置である。 2.2. 導入表現の配置 発話を導く「彼は言った」に相当する表現は、直接話法の直前に置かれる ことが多い。その場合、導入表現を含む地の文が前行に提示され、次行の冒 頭から台詞を始める配置と、導入表現を含む地の文が行頭に置かれその行の 途中から発話を展開する配置に二分される(拙論では便宜上、前者を P、後 者を I タイプと表記する) 。また導入表現が台詞のなかに挿入されることも 少なくない(同 M タイプ) 。各行の導入表現の詳細については後ほどみるこ ととして、ここでは奇数行から始まる台詞と偶数行から始まる台詞それぞれ の大まかな傾向を確認しておこう。 『エルサレム解放』の奇数行を起点とす る直接話法の場合、使用される導入表現は頻度が高い順に I、M、P となる(そ れぞれ奇数行の発話全体の 38%、30%、27%)8。これに対して偶数行を起点 とする直接話法では、P、I、M の順となる。奇数行の台詞では使用頻度が 低い P の配置が、偶数行ではもっともよく使われている(計 25 例、偶数行 9 。ちなみ 起点全体の 46%。I、M はそれぞれ 20 例と 8 例、同 36%、15%). に『恋するオルランド』と『狂えるオルランド』の偶数行起点の直接話法を みると、前者の導入表現は I(62%) 、P(27%) 、M(8%)という割合であり、 後者は I(66%) 、P(18%) 、M(同 14%)という比率である。これらの数 字からわかるように『エルサレム解放』の偶数行の発話は P タイプの導入 表現を一つの特徴としている。なお、タッソの作品では I タイプの使用頻度 は偶数行起点と奇数行起点で大きな差はなく、M タイプのそれは偶数行に おいて低くなっている。ただし I 及び M の導入表現は、偶数行から始まる 台詞において特殊な構成をとりやすいという点で重要である。以下、導入表 数値の合計が 100%とならないのは、P と M の導入表現が重複する事例と導入表現が後置 または省略されたイレギュラーなケースを除いているためである。 偶数行起点の直接話法にも導入表現の重複するケース(P + M)が若干認められるが、導 入表現を後置・省略した例はない。データの詳細については表 3(3.1)を参照されたい。. 8. 9. 56 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(7) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. 現の 3 タイプの特徴を、台詞の一行目の文形態に留意しながら確認してみよ う。 2.2.1 P タイプ 偶数行から始まる直接話法のなかで多数を占める P タイプの導入表現は、 行頭から直接話法を展開する。次のような具合である。 Rasserenando il volto, al fin gli dice:. 顔の憂いを晴らしながら、彼女は最後に こう語る. «Quella fé seguirò che vera or parmi,. 「いま自分にとって真実と思われる信仰にし たがおう、. che tu co ’l latte già de la nutrice. そなたが乳母の乳とともにわたしに飲み込 ませ、. sugger mi fèsti e che vuoi dubbia or farmi;. 今になって疑念を抱かせようとしているあ の信仰に。. (XII, 41, 1-4). この引用では、導入表現を含む冒頭の地の文が、一行全体を占めている。そ して次の行では、直接話法の最初の一文が、主節に相当するフレーズを一行 にわたって展開している。このように、偶数行から始まる直接話法が P タ イプの導入表現を伴う場合は、前行の地の文と台詞の冒頭部が二行のユニッ トのなかで一対一の並列的な配置をとりやすい。 この偶数行から始まる P タイプの直接話法の一行目をみると、平叙文が 14 例、疑問文 4 例、命令文 3 例、感嘆表現 2 例、特殊表現(ecco +名詞)、 呼びかけの名詞が各 1 例という内訳である。平叙文が半数以上を占めている。 興味深いのは、 この平叙文がしばしば主語を明示している点である(計 7 例)。 «Stata è da voi la mia sentenza udita,. 「私の判断は、すでにそなたらも聞いている、 (V, 3, 2). «Sire, il dì stabilito è già trascorso,. 「閣下、定められた期日はすでに過ぎました、. «Favorito ha il gran Dio l’armi cristiane:. 「偉大な神がキリスト教徒の軍勢を加護して. (V, 67, 4) くれた。. (XIX, 51, 2) (イタリックは論者、以下同様). 57.
(8) 村瀬有司. これらの台詞はいずれも、主語の名詞によって発話の要点を示している。ま た、台詞の焦点となる言葉を倒置形の目的語として強調した一文も認められ る。先の引用の «Quella fé seguirò che vera or parmi» がそれに当たる。さらに台 詞の一行目が非人称構文をとるケースもある。 Disse a Clorinda il re, ch’era presente:. 王はそばに控えていたクロリンダに言った. «Giusto non è ch’ei vada e tu rimagna.. 「彼が出陣し、そなたが残るは、正しからぬ こと。. (VI, 21, 3-4). この種の一般化した表現も発話の主旨を示すのに適している。また上記の台 詞では、後半の名詞節が対句を含んでいる点にも注意したい。P 型の台詞の 出だしは、しばしばこの種の表現によって発話の要点を印象づけている。 P 型の配置にかんしてもう一つ指摘しておきたいのは、導入表現が行を跨 いで直接話法を導くために間を置いて台詞が始まるという特徴である 10。後 ほどみるように、この間の効果は台詞の長さに関連している。 2.2.2 I タイプ I タイプでは地の文と直接話法が同一行内に並ぶ。最初に標準的な I タイ プの直接話法を例示してみよう。 Già Carlo il ferro stringe e ’l serpe assale,. すでにカルロは剣を握り、大蛇にとびかか るが、. ma l’altro grida a lui: «Che fai? che tente?. 連れの騎士がどなる「何をする? 何のつ もりだ?. (XV, 49, 1-2). このように I タイプの配置では通常、直接話法を導くフレーズが行頭にくる。 台詞は行の途中から始まるために、 その冒頭部は、 行末までの限られたスペー スのなかで P タイプ以上に簡潔となる。上例のように導入表現を偶数行の 冒頭に置いた台詞は『エルサレム解放』に 8 例確認できるが、それらの台詞 の一行目は、感嘆文、疑問文、命令文が各 2、平叙文と呼びかけの名詞句が 10. P タイプの直接話法に見られる間の効果については拙論(村瀬:2018b)を参照。. 58 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(9) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. 1 例ずつという内訳である。平叙文以外の表現が多数を占めている。この配 置では導入表現から台詞が間を置かずに展開するが、この一つらなりのス ピーディな構成も、感嘆文や命令文の効果を高めるのに貢献している。 上記の引用でもう一つ確認しておきたいのは、二行目に置かれた導入表現 が、前行の叙述のつづきとなっている点である。二行を基調とするタッソの 八行詩節では、連の一行目と二行目、奇数行と偶数行が一つの組みをなしや すい。奇数行、特に連の一行目の冒頭に置かれた I タイプの導入表現がしば しば新たなセンテンスの始まりをなすのに対して、偶数行に置かれた導入の 述語は、前行の地の文のつづきとして展開する場合が多い。この特徴は、以 下に紹介する I 型の導入表現のイレギュラーな配置にも関係している。 偶数行から始まるタッソの I 型の直接話法で興味深いのは、導入表現を行 頭に置かない変則的な配置が半数以上を占めていることである(12 例)。こ の配置は二つに大別できる。一つは行頭に叙述が入り、その後ろに導入表現 と発話がつづくタイプ(8 例) 、もう一つは導入の述語が直接話法と同じ行 に入らない(二行に跨がる、 もしくは前行に置かれる)ケースである(4 例)。 前者は次のような形である。 Con tutto ciò, se ben d’andar non cessa, si volge a i Franchi, e grida: «O cavalieri,. だが、 [アルガンテは]走りつづけたまま、 キ リ ス ト 教 徒 の 軍 勢 に 振 り 返 っ て、 叫 ぶ 「おぉ騎士の面々よ、. questa sanguigna spada è quella stessa. この血まみれの剣はな、貴様らの主が. che ’l signor vostro mi donò pur ieri;. つい昨日俺にくれたあの品よ。(III, 47, 1-4). ここでは、一行目から始まる地の文が次行に展開し、オーソドックスな描写 «si volge…» の後ろに導入表現 «grida» がつづいて行末の呼びかけの台詞を導い ている。このように導入表現が行の途中にくる構成は奇数行から始まる I タ イプにも認められる。しかし、その出現比率は偶数行を起点とする場合にお いてはるかに高い 11。この配置をとった場合、行末までの台詞のスペースは 通常の I タイプに比べてさらに限定される。このため、述語をともなうセン テンスではなく、名詞や前置詞句といった文要素がしばしば台詞の一行目を なしている。特に、呼称の名詞が行末に置かれることが多い(4 例)。呼び 59.
(10) 村瀬有司. かけの言葉から始まる台詞は珍しくないが、この場合は偶数行の末尾に呼称 が置かれて強調された形となる。上記の引用では、不遜な武将が放つ「おぉ 騎士の面々よ」という一語が挑発の効果を高めている。残りの 3 例(VII. 34. 2, VIII. 27. 6, XVIII. 1. 2)においても行末の呼びかけが文脈のなかで特別 な意味を帯びているのがうかがえる 12。この I タイプの台詞の冒頭部が、呼 称以外の名詞(V, 81, 8)や前置詞句(XVIII, 9, 6)となる場合も同様である。 I タイプのもう一方の不規則的配置については、導入表現が前後の行に跨 がる形を次章で取り上げるので、ここでは台詞の前行に導入表現を置いた珍 しい例に言及しておきたい。 Grida il crudel, ch’a l’abito raccolse. 獰猛な戦士が叫ぶ、相手の羽織から. chi costei fosse: «Ecco la putta e ’l drudo:. 彼女が誰かを見て取って、「娼婦とヒモのお でましだ。. (XX, 95, 5-6). この引用では、冒頭の導入表現につづく関係節が、次行の始めに間接疑問文 «chi costei fosse» を展開している。そしてこのフレーズの後ろから «Ecco la putta» という台詞が始まっている。地の文と直接話法の冒頭部を重ね合わせるこの 配置によって、侮辱の言葉のインパクトが高められている。このように『エ ルサレム解放』の直接話法の特異な出だしはその場面に即した効果をしばし ば生みだしている。 2.2.3 M タイプ 偶数行から始まるタッソの M 型の台詞の特色は、出だしの一語を分離し たものが多いという点である 13。10 例(P + M の重複型 2 例を含む)のう ちの 9 までがこのタイプである。該当例の最初の一語をみると、命令形活用 論者の調べでは奇数行から始まる I 型の直接話法 144 例のうち、行頭に叙述を置いてその 後ろから導入表現と発話を展開するのは 16 例(11.1%)のみである(II.47.1, IV.84.1, V.59.5, VI.9.1, 37.1, VII.35.3, 86.1, X.19.5, 65.5, XI.23.1, XII.26.7, 52.7, XIV.15.1, XVIII.38.7, XIX.80.1, XX.85.1)。 12 呼称の名詞は、今からあなたにメッセージを語るという明確な意志表示となる。この呼び かけはしばしば重要な台詞の呼び水になると同時に、それ自体が話者の感情の起伏を伝える ことも少なくない。特に感嘆詞をともなうケースでは、発話者の身振りや動作を想起させる 演劇的な効果がしばしば付随する。 11. 60 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(11) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. が 4 例、呼称の名詞が 2 例、直説法現在、副詞、感嘆詞が各 1 例という内訳 である。次の引用は命令表現を分離した台詞である。 その時[カルロが]因縁の剣を彼に渡した。. la destinata spada allor gli diede: «Prendila,» disse «e sia con lieta sorte,. 「取りなさい、」と言った「そして幸運とと もにあれ、. (XVII, 83, 3-4). このように一語を切り離すことによって直接話法の出だしを際立たせること ができる。また導入表現を介さずいきなり台詞を始めることによって、発話 の臨場感を高めることが可能になる。直接話法の最初の一語の分離は主とし てこのような効果にかかわっている 14。 上記の引用からもう一つ指摘しておきたいのは、分離型の直接話法の配置 のパターンである。タッソの『エルサレム解放』では、またボイアルドとア リオストの騎士物語においても、導入表現を挿入した直接話法は通常、前文 がピリオドなどで閉じられた後に新たな一文として始まる。またその台詞の 大半は 11 音節詩行の行頭を起点としている 15。文と詩行の双方において仕 切り直しをしたうえで台詞を始めるのが八行詩節における M 型の直接話法 のオーソドックスな形となる。ところが、偶数行から始まる直接話法の場合 は、前行からつづく叙述の流れのなかに導入表現が置かれる場合が多い。 Quinci Vafrino al capitan rivolto:. 次いでヴァフリーノは指揮官の方を振り向 いて. «Signor,» soggiunse «il sin qui detto è poco;. 「閣下」と言い足した「今まで述べたのは微々 たることにすぎません、. (XIX, 126, 5-6). 冒頭の一語の分離は、『エルサレム解放』の M タイプの台詞全体に共通する特徴である。 導入表現を挿入した直接話法全 139 例のうち該当例は 64(46.0%)にのぼる。一方、『恋する オルランド』と『狂えるオルランド』では、分離型の直接話法に占める一語を切り離したタ イプの割合はそれぞれ約 26%、17%にとどまる。 14 『エルサレム解放』の一語を分離した直接話法の効果については、拙論 Some effects of separated direct speech in Tasso’s Gerusalemme liberata(Premio Tasso 2020 受賞、«Studi Tassiani», Bergamo, Centro di Studi Tassiani に掲載予定)にまとめられている。 15 『エルサレム解放』に確認できる 139 の M 型の直接話法のうち、行の途中から始まるもの は 19 例(13.7%)である。その該当箇所と効果については村瀬(2017: 75-86)を参照。 13. 61.
(12) 村瀬有司. ここでは冒頭の分詞構文が次行の述語 «soggiunse» にかかっている。そしてそ の間に台詞の冒頭部が挟まれている。描写の途中に直接話法を入れたこの配 置によって、登場人物が動作のさなかに言葉を発するようなリアルな再現が 可能になる。前行の地の文から展開するこの種の導入表現は、奇数行から始 まる分離型の台詞では 20%以下に過ぎないのに対して偶数行から始まる発 話では 70%にのぼる 16。さらに、分離された台詞が行頭ではなく、行の途中 から始まる場合もある。 Al fin, sgorgando un lagrimoso rivo,. ついに、涙の川を溢れさせながら、. in un languido: «oimè!» proruppe, e disse:. 弱り切った「あぁ!」という嘆声を発して、 言った. «O sasso amato ed onorato tanto, che dentro hai le mie fiamme e fuori il pianto,. 「あぁこんなにも愛され敬われる墓石よ、 あなたは内に私を燃やす炎を宿し、外は涙 で濡れている、. (XII, 96, 5-8). このように描写と台詞を同一行内に並べることによって、話者の状態と発話 をいっそう緊密にリンクさせることが可能になる。行の途中から始まるこの 配置は、偶数行を起点とする M タイプにもう 2 例認められる(VII.49.6, XII.61.6) 。. 第 3 章 行ごとの特色 3.1. 各行の導入表現 八行詩節の各偶数行において、3 タイプの導入表現はどのように使い分け られているのだろうか。表 3 は、 『エルサレム解放』の導入表現の使用状況を、 起点となる偶数行ごとに整理したものである。左端の 2 から 8 の数字は発話 の冒頭の行を示している。. 奇数行から始まる M 型の直接話法において、挿入された導入表現が前行の叙述と文法的に 連続しているケースは 122 例のうちの 23(18.9%)、偶数行を起点とする直接話法では 10 例 のうちの 7 例(70.0%)である(重複型含む)。. 16. 62 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(13) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について 表3. P. I. M. P+M. 計. 2. 11. 10. 0. 0. 21. 4. 5. 2. 2. 0. 9. 6. 7. 6. 5. 2. 20. 8. 2. 2. 1. 0. 5. 計. 25. 20. 8. 2. 55. サンプル数の少ない項があるのを考慮する必要があるが、表からはおおよ そ以下の傾向を読み取ることができる。P 型の配置はすべての偶数行でよく 使われているが、特に二行目から始まる直接話法での使用が目を引く。P タ イプの総数を基準にとると、およそ 4 割がこの行の台詞に属する。二行目の 直接話法の総数に対しても、その 5 割強を P タイプが占めている。四行目 においても P タイプの比率は行の台詞全体の 5 割を超えている。これに対 して六行目から始まる直接話法では、P タイプの占める比率は 4 割弱と相対 的にやや低い。この行では 3 タイプが満遍なく活用されており、特に M タ イプについては、二行目から始まる直接話法では一度も使われていないだけ に使用が目立つ結果となっている。I 型は二行目と六行目に多いが、このタ イプのイレギュラーな配置は後ほど見るように六行目においてより顕著であ る。以下、二行目と六行目を中心に、導入表現と連内の構成に留意しながら 発話の効果を検証してみよう。 3.2. 二行目から始まる発話(P と I) 八行詩節の二行目から始まる直接話法は、七行以上に及ぶものが多数を占 めていた。P タイプの導入表現はこれらの長い台詞に対応している。P 型の 台詞 11 例のうち 9 例が七行以上の長さである。次の一節をみてみよう。 Diceva a i suoi lietissimo in sembianza: «Favorito ha il gran Dio l’armi cristiane:. ゴッフレードは満面の笑みで軍勢に言った 「偉大な神がキリスト教徒の軍勢を加護して くれた。. 63.
(14) 村瀬有司 fatto è il sommo de’ fatti, e poco avanza. 軍務の峠は超えて、残るはわずか、. de l’opra e nulla del timor rimane.. 恐れることは何もない。. La torre (estrema e misera speranza. あの塔は(異教徒どもの哀れな最後の. de gli infedeli) espugnarem dimane.. 望みだが)明日、攻略するとしよう。. Pietà fra tanto a confortar v’inviti. その間、みな信心にしたがって. con sollecito amor gli egri e i feriti.. 心からの慈愛をもって病人と負傷者を励ま すように。. (XIX, 51). この直接話法の全体は、前半の三行と後半の四行に大別できる。前半の三行 は、一行と二行のセンテンスを組み合わせた 1 + 2 の構成となっている。二 行目を起点とする直接話法では、このように最初の一行と次の二行が連係し て、連の前半部を構成する傾向にある。同様の展開は六行目から始まる台詞 にも認められる。発話の内容をみると、前半で戦いの概況が報告され、後半 で軍勢への具体的な指示が述べられている。この台詞のかなめとなるのが発 話の冒頭の一文である。この平叙文が、指揮官の演説の基調を示している。 上記の引用からはまた、連の一行目の描写が、直接話法の出だしの効果を高 めているのがうかがえる。二行目から始まる P 型の直接話法では、導入表 現を含む地の文が八行詩節の上端を占める。この位置で印象づけられた描写 から、次行の台詞が展開することになる。もう一つ例示してみよう。 Crollava il capo e sorridea dicendo: «Dove costui non osa, io gir confido;. [アルカストは]頭を振って笑いながら言う 「あの者が臆して行けぬ場所へ、それがしが 行ってこよう。. io sol quel bosco di troncar intendo. それがし一人で不気味な夢の巣窟たる. che di torbidi sogni è fatto nido.. あの森の木を切りに行こう。. Già no ’l mi vieterà fantasma orrendo. この歩みを阻めはしまい、恐ろしいまぼろ しも、. né di selva o d’augei fremito o grido,. 鳥の鳴き声も、木々のざわめきも、. o pur tra quei sì spaventosi chiostri. あるいは、さようにおぞましいその魔窟に. d’ir ne l’inferno il varco a me si mostrti.». 地獄へくだる道が現れたとしても」 (XIII, 25). ここでは、話者のアルカストが、恐ろしい幻影の出没する森へ単身で乗り込 64 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(15) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. む決意を表明している。この決意を端的に示すのが io を含む最初の一文で ある。このセンテンスにつづいて自身の意図を具体的に述のべた二行が展開 し、さらに後半の四行で話者の自信が雄弁に語られる。ここでも直接話法が 1 + 2 の構成で連の前半部を満たしている。もちろん例外もあるが、発話の 焦点となるフレーズを一行で提示し、つづく二行でそれを補足してから連後 半の叙述を展開するのが、二行目から始まる P タイプの台詞の一つの特色 となっている。また上記の引用からも、連冒頭の一行の描写が効果をあげて いるのがうかがえる。加えて、P 型の配置に見られる行から行へ間を置いて 台詞を展開する特徴も、演説や陳述のような長めの台詞に適している。二行 目から始まる直接話法に P タイプが多いのはこれらの要因がかかわってい ると考えられる。 一方、I 型の直接話法は、P 型に比べて多様な形態と効果を含んでいるた めに支配的な特徴を指摘するのがむずかしい。ただし、二行目を起点とする I タイプの台詞においても、七行以上に及ぶものが半数以上を占めている。 そして、それらの台詞は場面から離れた演説ではなく、状況に密着した雄弁 が多い。その典型例が、呼称から始まる直接話法である。六行目ほどの比率 ではないが、二行目を起点とする I 型の導入表現にも変則的な配置がみられ る(計 5 例) 。そのうちの 3 例は行の冒頭ではなく途中に導入表現を置き、 行末に呼称の名詞を展開している(III.47, VII.34, XVIII.1)。 Con tutto ciò, se ben d’andar non cessa, si volge a i Franchi, e grida: «O cavalieri,. だが、 [アルガンテは]走りつづけたまま、 キ リ ス ト 教 徒 の 軍 勢 に 振 り 返 っ て、 叫 ぶ 「おぉ騎士の面々よ、. questa sanguigna spada è quella stessa. この血まみれの剣はな、貴様らの主が. che ’l signor vostro mi donò pur ieri;. つい昨日俺にくれたあの品よ。. ditegli come in uso oggi l’ho messa,. この剣を俺が今日どう使ったかあいつに教 えてやるがいい、. ch’udirà la novella ei volentieri.. さぞや喜んで話しを聞こう。. E caro esser gli dée che ’l suo bel dono. うれしいに違いないぞ、自分の贈り物が. sia conosciuto al paragon sì buono.. 素晴らしい逸品だと実地に証明されたのだ からな。. (III, 47). 65.
(16) 村瀬有司. ここでは、十字軍を挑発するアルガンテの台詞が、連の二行目末尾の呼びか けの言葉とともに始まっている。この一語は、描写と発話を同一行内に並べ た I 型の配置によって戦場にふさわしい迅速な出だしとなっている。一方で、 二行ごとに展開する後続のセンテンスはいずれも節をともなっており、特に 三・四行目と七・八行目の複文は、後半の関係節及び名詞節が強いメッセー ジを伝える強調構文に近い構成となっている。類似の弁舌は次の一節にも認 められる。 Di santo sdegno il pio guerrier si tinse. 敬虔な戦士は、聖なる怒りで顔を朱に. nel volto, e gli rispose: «Empio fellone,. 染め、言い返した「邪悪な裏切り者め、. quel Tancredi son io che ’l ferro cinse. 私は誰あろうあのタンクレーディだ、キリ ストのために. per Cristo sempre, e fui di lui campione;. つねに剣を帯び、その守護者を任じ、. e in sua virtute i suoi rubelli vinse,. 今から身をもって思い知らせてやるように. come vuo’ che tu vegga al paragone,. その力のおかげで異端者どもを倒してきた。. ché da l’ira del Ciel ministra eletta. この右腕は、憤怒を帯びた天によって. è questa destra a far in te vendetta.». 貴様への復讐を果たす執行者に選ばれたの だ。. (VII, 34). ここでも一触即発の緊迫した状況のなかで、二行目末尾の呼びかけとともに 発話が始まっている。これにつづく台詞はタンクレーディの怒りと戦意を、 複数の倒置表現によってメリハリをつけて伝えている。このように『エルサ レム解放』の二行目の I タイプは、状況に結びついた雄弁を導くことを一つ の特徴としている。 3.3. 六行目から始まる発話(M と I) 六行目から始まる直接話法は、連末尾で終わる三行の長さのものが多かっ た。また連を超えて直接話法が展開する場合も、その出だしは詩節の枠に区 切られ三行のユニットを形成しやすい。この行でも P タイプの導入表現が 一定の比率を占めているが、 その台詞は二行目を起点とするものとは異なり、 命令文、感嘆文、疑問文から始まる事例が半数以上となっている 17。これら の P タイプの台詞は限られたスペースのなかで場面に密着したメッセージ 66 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(17) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. を提示する傾向にあるが、この特徴は M 及び I 型の台詞によりはっきりと 表れている。M 型から確認してみよう。 «Va’» dice ad un araldo «or colà giuso,. 「行け」と彼は使者に命じる「今すぐ向こう の陣営に、. ed al duce de’ Franchi, udendo l’oste,. そしてキリスト教徒どもの大将に、全軍が きいているその前で、. fa’ queste mie non picciole proposte:. この俺の小さからぬ申し出を言うがいい。 (VI, 14, 6-8). この台詞は、冒頭の命令形を分離して強調すると同時に、最初の一語を頭出 しした語順によって、戦いにはやる武将の姿を彷彿とさせている。そしてこ の一行目の命令文から、二つ目の命令文が連末尾の二行に展開している。類 例をもう一つみてみよう。 Poi gli sovien d’Argante, e più s’attrista. それからアルガンテのことを思い出し、さ らに悲嘆を募らせ、. e: «Troppo» dice «al mio dover mancai;. そして「余りにも」と言う「自分は義務を 失してしまった。. ed è ragion ch’ei mi disprezzi e scherna!. あいつが私を見下しあざ笑うのも当然だ!. O mia gran colpa! o mia vergogna eterna!». わが罪の大きさよ! あぁ底なしのわが恥辱よ!」 (VII, 49, 5-8). この台詞も冒頭の一語を強調しながら、一まとまりのフレーズを表現する前 に発話を切ることで話者の感情の昂ぶりを伝えている。また前行の地の文か ら連続的に直接話法を繰り出す展開によって、話者の心境とその言葉が緊密 に結びつけられている。そして、これらの効果を帯びた一文から連末尾の感 嘆文が導かれている。 連の全体をみると、六行目から始まる直接話法が挿入型の導入表現をとる. 該当する P タイプ 7 例(VI.18, 72, XIII.9, XIX.5, 93, XX.134, 138)の一行目の内訳は、平叙文 が 3 例であるのに対して、疑問文、命令文、感嘆文が計 4 例である。. 17. 67.
(18) 村瀬有司. 場合には、八行詩節の前・後半が対比をなすことが多い。次の一節はその典 型的な例である。 Duomila fummo, e non siam cento. Or quando. 我々は二千の軍勢でしたが、もう百足ら ずでした。今や. tanto sangue egli mira e tante morti,. おびただしい血とあまたの死を目にして、. non so se ’l cuor feroce al miserando. 彼の勇猛な心も、悲惨このうえない. spettacolo si turbi e si sconforti;. 情景に、乱れくじけていたかもしれません。. ma già no ’l mostra, anzi la voce alzando:. しかしそんな様子はつゆ見せず、逆に声を 上げて、. “Seguiam”ne grida“que’ compagni forti. 「つづこう」と我々に叫びました「あの勇敢 な仲間たちに、. ch’al Ciel lunge da i laghi averni e stigi. 冥府の沼と川からはるかに離れた天上へ. n’han segnati co ’l sangue alti vestigi.”. おのが血で気高い道筋を示してくれたあの 者たちに」. (VIII, 21). ここでは連前半の四行に対して逆接の接続詞とともに後半部が始まってい る。六行目から始まる M タイプの台詞の多くは、このような前・後半の対 比のなかに位置づけられている。例えば、指揮官のもとに弁明に急ぐグエル フォと彼を叱責するゴッフレードを描き分けた連(V, 53)、前・後半で愛と 名誉にかかわる苦悩をそれぞれ歌った連(VII, 49)、クロリンダの台詞とそ れに対するタンクレーディの怒りの返答を連の前後半に配置したケース (XII, 61) 、一方に悲嘆のあまり沈黙するタンクレーディの姿を、他方に彼が 嗚咽とともに語り出す様子を配した場面(XII, 96)がこれに当たる。六行目 から始まるタッソの分離型の直接話法は、このような連内の構図のなかで台 詞の出だしを印象づけている。上記の引用にかんしてもう一つ言及しておき たいのは、導入表現が重複している点である。五行目に見られる alzare la voce という表現は単独で直接話法を導入することができるが 18、ここではこ のジェルンディオに «grida» を重ねて台詞を分離している。このような導入. 『エルサレム解放』においてこの表現が単独で直接話法を導く例としては IX. 76.5, XI.60.8 が 挙げられる。. 18. 68 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(19) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. 表現の重複は他の偶数行の直接話法には見られないが、六行目から始まる分 離型の台詞にはもう一例(V, 53, 5-6)を確認することができる。この位置で 分離型を活用するタッソの志向がうかがえる。 次に六行目から始まる I 型の直接話法を確認してみよう。該当する 6 例の うち、導入表現が行頭以外に置かれた発話は 5 例にのぼる 19。連の前後半が きれいに分かれる M タイプとは異なり、これらの変則的な配置は、連全体 のイレギュラーな構成と連動しながら特異な効果を生み出している。次の引 用を見てみよう。 Più e più ognor s’avicinava intanto. その光は、押し殺したささやきとともに、. quel lume e insieme un tacito bisbiglio,. ますますこちらに近づき、. sì ch’a me guinse e mi si pose a canto.. ついに私のもとまで来て、傍らに身を置き ました。. Alzo allor, bench’a pena, il debil ciglio. それで、衰弱した目を、どうにかうえに向 けると、. e veggio due vestiti in lungo manto. 長いマントを羽織った二人が二本の松明を. tener due faci, e dirmi sento: “O figlio,. 掲げる姿が見え、私に言うのが聞こえまし た「おぉ息子よ、. confida in quel Signor ch’a’ pii soviene,. 敬虔なものたちに救いの手を差し伸べ、. e con la grazia i preghi altrui previene.”. 恩寵の力で人々の願いに先んじられるあの 神を信じるのだ」. (VIII, 27). この一節は、戦場で唯一生き残った騎士が戦いの顛末をゴッフレードに語る 場面である。その報告のなかで再現される六行目の直接話法は、行末の呼称 から始まって、二行の激励の言葉を展開している。連全体をみると、この台 詞は三行と五行の非対称的な構図のなかに置かれている。『エルサレム解放』 では、このような連の奇数構成が、 「絶望」や「不安」を伴う場面に現われ ることが知られている(Soldani1999: 325-326) 。上記の引用でも連冒頭の三 行の描写が緊張感を高めているのがうかがえる。これにつづく叙述は、接続. 不規則形の内訳は導入表現が行の途中にくるタイプが 3 例、前後に分断された形と、前行 に置かれたケース(本論の 2.2.2 を参照)が各 1 例である。 19. 69.
(20) 村瀬有司. 詞の «e» で短文を連ねて張り詰めた雰囲気を持続しつつ、六行目半ばの導入 表現から隠者の台詞を連続的に展開している。イレギュラーな連構成と偶数 行の発話の特殊な配置によって 20、緊張から安堵への転換の瞬間が浮き彫り にされている。このような連内の不規則的構成は次の一節にも認められる。 Allor gridava: «Oh qual per l’aria stesa. その瞬間に見張りが叫んだ「あぁ何と巨 大な砂塵が. polvere i’ veggio! oh come par che splenda!. 空に広がることか! あぁ閃光が走るかの よう!. Su, suso, o cittadini, a la difesa. 急げ、市民たちよ、防衛のため. s’armi ciascun veloce, e i muri ascenda:. みな直ちに武器をとり、城壁にのぼれ。. già presente è il nemico». E poi, ripresa. もう敵が来ている」。さらに、声が. la voce: «Ognun s’affretti, e l’arme prenda;. 繰り返される「みな急げ、武器をとれ。. ecco, il nemico è qui: mira la polve. ほら、敵はここまで来てる。あの砂塵を見ろ. che sotto orrida nebbia il ciel involve.». 真っ黒な靄で空を覆うぞ」. (III, 10). ここでは連冒頭から始まる直接話法が四行目末尾ではなく、五行目の途中で 終わっている。発話が途切れたかのような印象を与えるこのイレギュラーな 構成に加えて、直後の導入表現も前後の行に分かたれた変則的な配置となっ 『エルサレム解放』の奇数行を ている 21。このような導入表現の行跨ぎは、 起点とする台詞にはみられない。この引用では特に述語を欠いた導入表現の 分離によって、 十字軍の到来に気づいた見張りの焦りと混乱が表されている。 タッソは連内の不規則的な配置を組み合わせながら、切迫した場面にふさわ しい様態で発話を再現しているのである。 以上の検証から分かるように、同じ偶数行起点の直接話法でも、その効果 は二行目と六行目で大きく異なる。タッソは、台詞に応じて起点の行と導入 表現を使い分け、連全体のなかで偶数行の特徴を生かしながら、発話冒頭部. この導入表現 «dirmi sento» は知覚動詞とセットになっている。この知覚動詞の直説法現在形 によって、隠者の最初の一語が「私」の体験として鮮やかに再現されている。 21 I タイプの導入表現が前後の行に跨がるケースは他に 2 例を確認することができる(II.94.2, VIII.43.2)。後者の台詞の冒頭部は、ズヴェーノの殉教の知らせに対する指揮官の反応をアン ジャンブマンを重ねて印象的に描き出している。 20. 70 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(21) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. のさまざまな効果を生み出している。 最後に、四行目と八行目から始まる台詞にも言及しておこう。双方の直接 話法は連の節目を出だしとしている。四行目を起点とする場合、その台詞の 大半は連末尾に至る五行のブロックを形成している。この直接話法の半数以 上を占める P タイプから一例を挙げてみよう。 Argante allor in suon feroce ed alto: «Caduto è il primo, or chi verrà secondo?. するとアルガンテは猛々しい大声で叫んだ 「一人目は地に落ちたぞ、さあ二人目はどい つがくる?. Ché non uscite a manifesto assalto,. こそこそ隠れてる勇士どもよ、俺が姿を見 せているのに、. appiattati guerrier, s’io non m’ascondo?. なぜ正々堂々出てこない?. Non gioveranvi le caverne estrane,. その珍妙な隠れ家も役には立たんぞ、. ma vi morrete come belve in tane.». 巣穴の獣みたいにくたばるがいい」 (XI, 36, 3-8). この台詞の冒頭部は、対句を交えた疑問文によって印象づけられている。そ してこの一文から二つのセンテンスが二行ごとに展開している。このように 節目の一行に配置した特徴的なセンテンスから、連の後半を規則的な構成で 導くのが、四行目を起点とする台詞の特徴となっている 22。 類似の特徴は八行目から始まる台詞にも認められる。該当する 5 例のなか には 25 行に及ぶ台詞が一つあるが、 残りは三行と五行の長さである(各 2 例)。 これらの直接話法は導入表現のタイプにかかわらず、次連の始めから二行も しくは四行のセンテンスを展開している。また台詞の冒頭部はいずれも連の 末尾で強い印象を与えている。その出だしは、命令文が 2 例、平叙文、ecco +名詞の特殊表現、名詞が各 1 例という内訳である。連末尾の効果が顕著な 例として名詞を配した一節を引用してみよう。. 四行目から始まる直接話法には I と M の配置が 2 例ずつ存在するが、これまでに明らかに なった導入表現の効果に付け加えるべき点はない。. 22. 71.
(22) 村瀬有司 […] Replica l’altro: «Ed a cotanto onore,. 相手が言い返す「じゃあ言ってみろ、かよ うな栄誉に. di’, chi t’elesse?» Egli sogginuge: «Amore. Me scelse Amor, te la Fortuna: or quale. 誰が貴様を選んだ?」彼が答える「愛だ。 私を選んだのは愛、お前を選んだのは運。 さてどちらが. da più giusto elettore eletto parti?». より公正な判定者に選ばれたと思う?」 (V, 81-82). タッソは I 型の特殊な配置によってこの台詞の出だしの効果を最大限に引き 出している。 『エルサレム解放』の四行目と八行目の直接話法は、このよう に節目の位置で発話の冒頭部を際立たせることを特色としている。. 結び 以上の考察から明らかになった点を整理してみよう。『エルサレム解放』 の偶数行から始まる直接話法は、最初の行の末尾で文法的な休止をとるもの が多数を占めていた。一行に収まる簡潔な出だしが、これらの台詞の特色と なっている。また偶数行を起点とする直接話法には P 型の導入表現が多かっ た。I 型と M 型の導入表現は、奇数行から始まる直接話法と比較して同程度 の使用頻度かそれ以下だったが、どちらも前行の地の文と連動しながら特異 な効果を生み出す傾向がある。また行ごとにみると、偶数行の発話は二行目 と六行目を起点とするものが多い。前者の長めの発話は特に P タイプの配 置によって出だしの効果を高めている。また連末尾までのスペースが限定さ れた後者の発話では、M タイプと I タイプの導入表現が個々の場面に応じて 特異な効果を生み出している。そしてこれらの行から始まる直接話法はしば しば冒頭の一行と二行のフレーズを組み合わせて連の前半もしくは後半を満 たしていた。この二行目と六行目の台詞について最後に登場人物の情報を補 足しておきたい。 『エルサレム解放』の主要登場人物のなかで偶数行起点の台詞が多いのは、 指揮官ゴッフレード(8 例)と、騎士タンクレーディ(7 例)である 23。ゴッ フレードの該当例の内訳は、二行目から始まる台詞が 4 例、六行目と八行目 72 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
(23) 『エルサレム解放』の偶数行から始まる直接話法について. が各 2 例である。一方、タンクレーディの台詞は、六行目(4 例)、二行目(2 例)、八行目(1 例)という内訳である。ゴッフレードとは対照的に六行目 から始まる台詞が多数を占めている。このうちの 3 例は、行の途中から展開 する変則的な M 型の発話である。 ゴッフレードは聖地解放という主題を体現する登場人物であり、その直接 話法は指揮官の立場から述べられた指示・勧告が多い。偶数行から始まる直 接話法もすべて公的な立場での発言である。 これに対してタンクレーディは、 聖地解放という主題から逸れた抒情的なエピソードを展開する役目を担って いる。この騎士は異教の武将クロリンダへの愛から度々困難な状況に陥る。 そしてその台詞には、苦悩や不安を吐露したモノローグが散見される。偶数 行から始まるその直接話法も半数以上(4 例)が独白である。ゴッフレード とタンクレーディは、 作品のなかでこのように異なる役割を与えられている。 二行目と六行目に割り振られた両者の直接話法は、台詞の性質に応じて起点 の行と導入表現の配置を考えるタッソの創作姿勢を明示している。. 文献一覧 【テクスト】. L. Ariosto, Orlando Furioso, a cura di S. Debenedetti e C. Segre, Bologna, Commissione per i testi di lingua, 1960. M. M. Boiardo, L’inamoramento de Orlando, a cura di A. Tissoni Benvenuti e C. Montagnani, Milano-Napoli, Riccardo Ricciardi editore, 1999. T. Tasso, Gerusalemme Liberata, a cura di L. Caretti, Milano, Mondadori, 1979. 【引用参考文献】. Copello, V. 2016 Ottava, nel vol. collettivo Lessico critico dell’Orlando furioso, a cura di A. Izzo, Roma, Carocci, 301-320.. 該 当 箇 所 は 次 の と お り。 ゴ ッ フ レ ー ド:V.3.2, 53.6, VI.18.6, VII.108.8, VIII.43.2, XI.56.2, XVIII.65.8, XIX.51.2. タンクレーディ:VII.34.2, 48.8, 49.6, XII.61.6, 96.6, XIII.34.2, XIX.5.6. この 両者に次ぐのがアルガンテの 5 例である(II.94.2, III.47.2, VI.14.6, VII.85.2, XI.36.4)。この異教 徒の直接話法は、十字軍への皮肉・挑発が 3 例、味方に対する指示が 2 例である。辛辣な台 詞の効果を高めるために偶数行の起点が使われていることがうかがえる。. 23. 73.
(24) 村瀬有司 Matarrese, T. 2004. Parole e forme dei cavalieri boiardeschi, Novara, Interlinea edizioni.. Praloran, M. 1988. Forme dell’endecasillabo e dell’ottava nell’ “Orlando innamorato”, in Praloran, M./Tizi, M., Narrare in ottave, Nistri-Lischi, 19-211.. 2009 Le lingue del racconto: Studi su Boiardo e Ariosto, Roma, Bulzoni. Soldani, A. 1999 Attraverso l’ottava. Sintassi e retorica nella «Gerusalemme liberata», Lucca, Pacini Fazzi. Vitale, M. 2007 L’officina linguistica del Tasso epico, Milano, Edizioni universitarie di Lettere Economia Diritto. 村瀬有司 2017 「 『エルサレム解放』の分離型直接話法」、『地中海学研究』、60、69-89. 2018a 「 『エルサレム解放』における 1 行の直接話法の配置と効果」、『天野惠先生退職 記念論文集』 、98-114. 2018b 「 『エルサレム解放』における直接話法の配置と効果」、『イタリア学会誌』、68、 1-23.. 74 イタリア学会誌 第 70 号(2020 年).
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