Ⅰ 本稿の意義と射程 社会科学における認識論(epistemology)とは、「わ れわれは世の中(社会的な事象・集団)をどのように知 ることができるのか」という知をめぐる問いについての 考え方であるが、環境教育学ではこの認識論的パラダイ ムに関する議論・研究が盛んに行われてきた(1)。簡単 に振り返ると、1990年代に入り、それまで中心的な存 在であった実証主義的環境教育研究に対抗する形で批判 理論が台頭し、ポスト構造主義等の考え方がそれに続い て理論的多元化・再構築をさらに推し進めた(Palmer 1998)。国・地域によってはこの流れが特に顕著であり、 例えばオーストラリアの環境教育学会誌 Australian
Journal of Environmental Education においては当時、掲載 された論文の45%が、批判理論をはじめとする新たなパ ラダイムから主流の考え方を問い直し、概念やカリキュ ラ ム の 理 論 化 に 取 り 組 む も の で あ っ た と い う (Stevenson・Evans 2011)。異なるパラダイムをめぐる こうした激しい論争を経て、1990年代後半以降の環境 教育学においては、複数の認識論的立場が存在するとい うことが常識となっており、研究の重要なベースになっ ている(Hart・Nolan 1999;Stevenson et al. 2013)。 本学会誌においては、この分野をレビューした論考は あるものの(原子 2010)、近年の新たな展開について論 じたものは無い。そもそも日本の環境教育研究において は全体的に認識論やパラダイムに関する研究が少ないこ とからも(野村 2015)、新たな国際的動向を踏まえつつ 今後の展開を考えることで、この分野の研究を活性化さ せることには意義があるだろう。 そうした点に鑑みると、2000年代に入ってから広が りをみせてきた批判的実在論は論考に値する。批判的実 在論は、環境教育研究を概観するハンドブックで既に主 要パラダイムの一つに位置付けられており(Lotz-Sisitka et al. 2013)、受容するにせよ批判するにせよ、近年国 総説
環境知の特性と批判的実在論の可能性
-環境教育への認識論的アプローチ-
野村 康
名古屋大学Environmental Knowledge and the Potential of Critical Realism
An Epistemological Approach to Environmental Education
-Ko NOMURA
Nagoya University (受理日2021年2月2日)
This article reviews the historical development of epistemological paradigms in the research on environmental education (EE) with emphasis on the potential of critical realism, which has gained scholarly attention over the past two decades. The study aims to achieve this objective by examining the broad literature regarding the social scientific perspectives on the environment in areas such as environmental sociology, political ecology, environmental politics and EE, because these fields have experienced an increased influence of critical realism. As a background to this trend, the article illustrates that critical realism has its merits when dealing with environmental issues (or ‘environmental knowledge’) by providing a theoretical basis for understanding their socially constructed aspects without overlooking realistic approaches, thus enabling interdisciplinary and mixed-method inquiries. Such strengths are essential to the research on EE and practice thereof. Despite the significant potential of critical realism, this study also indicates the importance of methodological discussions for further acceptance of this approach in EE research because, similar to other epistemological positions, critical realism provides unique conditions and constraints for research activities.
Key words: interpretivism, methodology, paradigm, positivism, environmental studies
際的に注目されているアプローチである。しかし日本で はこれまでこの立場が、環境教育の観点から検討された ことは無い。 ところで、認識論的立場の多元化は環境教育学のみに みられるものでは無い。むしろ、それは1970年代以降 に社会科学の各ディシプリンにおいて先行した動きで ある。したがって、環境教育の学際性を考慮するならば、 環境教育学の動向のみに絞ったレビューを通じて今後 の展開を考察するのは近視眼的である。実際に、上記の 批判的実在論の台頭も環境教育に限らず、広く社会諸学 に共通する流れである。また興味深いことに、環境問題 を対象とする社会諸学(社会科学系の環境学)にはその 傾向が顕著であるように思われる(後述)。そして、こ れらの分野の共通点に鑑みると、環境問題にかかわる知 識(以降環境知)と批判的実在論の特性が関連している ことが示唆される。 しかしながら管見の限り、周辺分野の動向を整理した 上で環境教育学の認識論的パラダイムの展開を考察し たものは、国際的にも見当たらない。よって、社会科学 系環境学の動きを広くレビューし、それを踏まえて環境 教育学の文脈で批判的実在論の可能性を論じることは 有意義だろう。 こうしたことから本稿は、環境社会学やポリティカ ル・エコロジー、環境政治学といった社会科学系環境研 究の動向を概観し、それに基づいて、環境教育学におけ る批判的実在論の可能性を考察する。 本稿の構成は次の通りである。まず、次章で社会科学 の主な認識論的立場を紹介する。続いて第Ⅲ章で、社会 科学系の環境学における批判的実在論の受容動向を検 討し、環境問題を捉える上で批判的実在論が果たす役割 について議論する。その後、第Ⅳ章で環境教育学におけ る批判的実在論の受容動向と意義をレビューし、最後に 第Ⅴ章で今後の課題について整理したい。 Ⅱ 認識論とは:3つの立場 社会科学における主な認識論的立場としては、種々の 整理の仕方があるものの、ここでは野村(2017)にならっ て、「実証主義」「解釈主義」「批判的実在論」という3つ に整理したい。 実証主義は、20世紀中頃(特に戦後~1960年代)まで、 社会諸学の中心的なパラダイムであり、現在でも多大な 影響力を持っている。実証主義では、自然現象と同様に 社会現象も「科学的」に理解することができると考えら れている。なぜなら社会的事象や集団は、われわれの知 識から独立して存在しているとする「基礎づけ主義」と いう存在論的立場をとるからであり(2)、それらは客観 的に、正しく捉えるのであれば、誰が見ても同じように 認識することができるとされている。そのため、経験的 に集めたデータ(中でも標準化された量的データ)や論 理学・数学・統計などの推理規則を活用して、普遍的な 知見、特に法則定立的な理論をもたらすことが、実証主 義では目指される。政治学などの社会諸学において 1950~60年代頃に盛んに取り組まれた「科学化」の動 きは、こうした考え方に根差している。 解釈主義は、そうした実証主義に対抗するパラダイム として70年代以降台頭してきた。社会的事象・集団は、 われわれの知識から独立して存在しているわけではな く、客観的に誰が見ても同じような事実・真実があるわ けではない。そのような「反基礎づけ主義」に基づき、 解釈主義者は、個々の文脈で人々がそれらをどう解釈し 問題を形作っているのか、そしてそれが実社会をどのよ うに左右しているのか、という社会的構築過程を理解す ることを目指す。したがって、量的データは文脈性を帯 びないことから重視されず、法則定立的な形で知見の一 般化が目指されることはない。ポストモダニズムやポス ト構造主義、構築主義などと称される考え方の多くは、 こうした存在論・認識論的立場を共有していることか ら、この解釈主義に含むことができる。 本稿が取り上げる批判的実在論は、解釈主義同様、実 証主義に対抗する考え方として70年代以降に発展して きた。批判的実在論は、R.バスカーをはじめとするイギ リスの研究者の一連の著作に端を発していることもあ り、イギリスや欧州で特に大きな影響力を持っている。 なお、この考え方は科学哲学の一理論であり、社会科学 のみならず自然科学も包含し、社会的事象とともに物理 的事象の認識の仕方についても説明する考え方である。 さて、批判的実在論者は存在論的には実証主義同様に 基礎づけ主義に立脚しながらも、実証主義とは異なり、 目に見える=経験できること(のみ)から社会的事象を 理解できるとは考えない。いわば、複層的な認識の仕方 が批判的実在論においては求められている。 バスカー(1997;1998)は「経験」「現実」「実在」と いう3つの存在論的領域を設けてこれを説明する。すな わ ち、 わ れ わ れ が 直 接 知 覚・ 経 験 で き る「 経 験 」 (empirical)の領域にある事象と、それを生み出すよう な相互作用が起きている「現実」(actual)の領域、そ の背景にある構造としての「実在」(real)の領域である。 例えるなら、リンゴが木から落ちることは直接観察でき るが、こうした経験データを積み重ねても(リンゴの落 下を何回観察しても)、それだけでは万有引力の法則と いう実在の領域にたどり着くことはできない。同様に、 風や木の状態などが実際にどのように作用してリンゴ を落としているのかはその時々で異なるため、こうした 現実の領域にある情報を集積したとしても、必ずしも実 在レベルの知見を得られるわけではない。社会科学的な 例も用いると、ある地域における貧困問題は、経験的に 直接データを収集できる(経験の領域)が、それをもた らす国内経済社会の多様な変化は必ずしもそのデータ
からは把握できない別の領域(現実の領域)にあり、そ の背景にあるグローバル化(に伴う経済的な主体間の変 化)等の構造はさらに異なるレベル(実在の領域)にあ る。 上記のように、実在の領域にある構造には、経験の領 域における知を集積・分析しただけではたどり着けな いため、批判的実在論においては帰納的・演繹的な推論 ではなく、「遡行推論」(retroduction)と呼ばれる推論 が重視されることになる。これは、目に見える傾向を背 後から形作る構造の存在を念頭に置き、あるものを生み 出す力を持つ構造があると考えると、目にしている事象 を理解ないし説明できるというようなメカニズムを仮 定して推論していくアプローチである。言い換えると、 批判的実在論者は、遡行推論を通じて、背景にある目に 見えない構造を捉えることを目指す。なお社会科学にお ける構造としては、階級やジェンダー、人種等が、その 主なものとして挙げられよう。 そして、構造について因果関係を議論する場合は、実 証主義風の法則定立的な関係(Aが常にBという結果を もたらすという関係)ではなく、ある結果を生み出す力 (AがBという結果をもたらし得る3 3 3 3 3 3 という関係)を議論す ることになる。つまり、世の中は多様な要因が流動的に 存在する開放的なシステムであるため、結果は文脈に よって異なり得るという前提に立つ。例えば人種差別 (という構造)は被差別側の子どもの成績悪化をもたら すと論じる場合、人種差別がどこでも同様の結果を生む というのではなく、そのような結果をもたらす力を持っ ているという形で議論される。差別があっても種々の要 因によって被差別側の成績悪化にはつながらないこと もあるし、つながらないケースも多いかもしれない。し かし、そうしたことが起こり得る3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 という知見を持ってお くことが社会にとって有益であり、そのような知見を蓄 積していくことが社会科学の役割だと、批判的実在論で は考えられている。 なお、目にするものをそのまま把握するだけでなく、 それをもたらす権力関係・社会的抑圧を明らかにして 人々を「解放」(emancipation)し、われわれがすべき こと(規範・価値)を示して行動につなげるアプローチ を社会科学では「批判(的)」と呼ぶ。上記の様に経験 レベルの認識にとどまらず、背景にある権力構造を明ら かにするという意味で、批判的実在論は真に批判的であ る。しかし、バスカー(1997)が当初「超越論的実在論」 と呼んでいたように、批判的実在論は経験主義に対する 超越論的アプローチを起点としており、複層的な存在レ ベル(特に実在領域の明示)など独自の理論体系を築い ていることから、批判理論を牽引してきたフランクフル ト学派の流れを直接継承するものというよりも、問題意 識を共有する固有のアプローチとみなすことができる。 この意味で本稿では、批判的視座を重視する研究全般を 「批判的研究」と呼び、批判理論・批判的実在論に基づ く研究についてはそれぞれそのように明示することと する。 Ⅲ 環境学における批判的実在論の受容動向と環境知 1 社会学:環境社会学 環境社会学においては、実証主義にかわって優勢な立 場となった解釈主義的(構築主義的)アプローチに対抗 する形で、批判的実在論が広がったという見方をしてい る人が多い(例えばDunlap 2010 19-21)(3)。環境問題 が社会的に構築されている(側面がある)ことを認めな い実証主義(Dunlapはリアリズムという言葉を使う) から距離を置きつつも、すべてが社会的に構築されてい るわけではなく、解釈によって左右されない有用な知見 があり、科学は不完全ながらもそれを提供し得るという 議論を批判的実在論者が展開したと、そこでは見なされ ている。 批判的実在論では、この構築されている存在とそうで ない存在の違いはどのように捉えられているのだろう か。Carolan(2005)は、自然という概念を“nature” /nature/Natureと記し分けて、バスカーの3つの存在 論的領域に沿って説明している。まず、われわれが実際 に知覚・経験できるような、経験の領域にある自然 (“nature”)、すなわち何をもって自然と捉えるか、自然 の状態や変化をどう理解するかなどは、言説的な構築物 である。そして、現実の領域にある自然(nature)は、 社会的なものと生物物理的(biophysical)なものの混合 体であり、オゾン層や森林の状態等を指す。つまり、森 林の状態は、元々あった森林の特性とそれを活用する人 間活動の相互作用の結果であり、それらは経験の領域 (何をもって自然と捉えるか、など)に影響を与える。 最後の、実在の領域にある自然(Nature)は、物理的 な存在や因果関係等からなるものであり、引力や熱力学 等が含まれる。 なお、Carolanは経験と現実の領域を社会文化的なも のとし、実在の領域における社会的構造には言及してい ないが、環境問題という人為的な現象を考える上では、 社会的構造も重要である。例えばHuckle(2004)は環 境教育の文脈で、気候変動問題の3つの存在論的領域を 次のように説明している。すなわち、経験可能かつその 解釈が社会的に左右されやすい温暖化の諸現象(異常気 象の増加等)と、現実の領域にあってそれを偶発的に作 り出す諸要因(温暖化対策の失敗等)、さらに実在の領 域にあってそれらを生み出す力を持つ構造(グローバル 経済の動向等)である。 このように、バスカーの3つの領域に即して環境問題 を認識することができるが、環境問題が社会的に構築さ れていることを強調する人々は、この経験の領域(= “nature”)にのみ焦点を当てているという。批判的実在
論者はこの領域が社会的に構築されているという点に は同意するものの、現実や実在の領域を同様に扱ってし まうことには反対する。 解釈主義的アプローチを受容できない人の多くは、解 釈主義の立場をとると、目の当たりにする環境問題の被 害(者)ですら言説的に構築されたものとみなしてしま うのではないか、また、環境問題の解決に向けた有効な 実践にはつながらないのではないか、という点を危惧す る(Dunlap 2010)。しかし、批判的実在論が提供する 複層的な存在論・認識論は、こうした人々にも受け入れ られるものである。つまり批判的実在論に依拠すること で、環境問題が社会的に構築されたという側面を捉えつ つも、その被害構造・原因は言説とは別の領域にあり、 確固として存在するものとして扱うことができること から、環境社会学において受容が進んできたと考えられ ている(Dunlap 2010)。 2 地理学:ポリティカル・エコロジー ポリティカル・エコロジーは、現在は学際的な分野と して扱われることが多いが、元々は人文地理や人類学な どのフィールドワークを重視するディシプリンから生 まれてきた分野である。端的に言えば、調査現場(フィー ルド)で目にする土地利用・自然環境変化を理解するた めには、マクロな政治経済学的視点が必要だという考え から発展してきた学問であり(Muldavin 2008 251)、途 上国を対象とした「第三世界のポリティカル・エコロ ジー」(Third World Political Ecology)や、環境知・科 学知の在り方を重視する「批判的ポリティカル・エコロ ジー」(Critical Political Ecology)等として進展を遂げ ている。例えば、途上国の農民による土地利用変化やそ れによる環境劣化というローカルな現象は、国内経済の 市場化・経済のグローバル化というナショナル・グ ローバルな観点が無くては理解できないという考えの も と、 考 察 が 進 め ら れ て き た(Zimmerer・Bassett 2003)。 ポリティカル・エコロジーは認識論的に一様ではな く、解釈主義的なものなど他の流れもみられるが(例え ばEscobar 2010を参照)、批判的実在論は控えめに言っ ても、ポリティカル・エコロジーに大きな影響を与えて いる考え方である。実際、ほとんどのポリティカル・エ コロジストは解釈的な面だけでなく、不確実性はあるも のの科学的に把握できるような実在する部分が研究対 象に存在するという、批判的実在論と共鳴する立場をと る(Robbins 2008 213)。中でも批判的ポリティカル・ エコロジーは批判的実在論と親和性が高く、代表的な Forsyth(2003)は明示的に(ただし排他的にではなく) 批判的実在論に依拠しているし、Muldavin(2008 252) は、批判的ポリティカル・エコロジー自体がラディカル な批判的実在論の一形態であると述べている。これは、 批判的ポリティカル・エコロジーが環境知・科学知の 在り方を中心に扱うことからも見て取れる。 ポリティカル・エコロジーにおける批判的実在論の 支持は、解釈主義がもたらす相対主義を超えたいという 動機によるという(Neumann 2005 49)。すなわち、環 境問題を人間の解釈によるものだとしてしまうのなら ば、なぜそれを解決したいのか、あるいは解決しなけれ ばならないのか、という点に結びつかず、学問がシニシ ズムに陥ってしまうのではないかという、環境社会学同 様の危惧がその背景にある。 3 政治学:環境政治学 環境政治学の分野でも、批判的実在論の影響が広がっ ている。例えば最も良く知られている教科書の一つであ るドライゼク(2005 27)は、批判的実在論と一致した 立場をとっていると明記している。つまり、言説を通じ て環境問題が社会的に構築され解釈されていることを 認めながらも、「あるものが社会的に解釈されていると いう理由だけでは、それがリアルなものではないことを 意味するわけではない。汚染は実際に病気を引き起こし ており、種は現実に絶滅している」として、解釈主義的 な認識論と実在論的(=基礎づけ主義的)な存在論の両 者に同意するような見方をすべきという立場から、批判 的実在論を支持している(ドライゼク 2005 14)。 すなわち、ここでも解釈主義的(構築主義的)アプロー チを受け入れつつも、環境問題とその対策の実在性を扱 えるものとして、批判的実在論が位置づけられている。 4 環境知の特性:なぜ環境学において批判的実在論 が注目されるのか 環境学においては人間社会だけでなく、自然環境も同 時に扱う必要がある。Dunlap(2010 16)は、環境社会 学者は多様な志向を持つものの、その共通の特徴は生物 物理的環境への関心であり、それが他の分野(他の社会 学)との違いを表していると言うが、これは環境政治学 やポリティカル・エコロジー、環境教育学など、社会科 学系の環境学諸分野に押しなべて当てはまる特徴だろ う。つまり、自然環境の生物物理的状態・変化と、われ われの社会とをあわせて考えることが(唯一ではないも のの)社会科学系環境研究の学問的アイデンティティを 形作る主要な要素となっている。 ここで重要なのは、人間社会と、さらに複雑で未知の 部分が大きい自然環境が相互に関連する環境問題を扱 う場合、どうしても科学的不確実性が増すという点であ る。そのため、言説の力が大きくなり、社会的に構築さ れる側面が顕著になることから、解釈主義的なアプロー チは環境知を扱う上で貴重な視角を提供してくれる(4)。 しかし他方で、上記のように、実際の被害を目の当た りにした時にそうした被害が社会的・言説的に構築さ
れたものだと言い切れるかどうか、またそこから具体的 な解決策が導けるのかどうか、といった点については、 解釈主義的アプローチをそのまま受容するだけでは十 分でないという意見も説得力を持つ。 興味深いことに、社会学から地理学、政治学といった 社会諸学における環境研究では上述のように、実証主義 ではナイーブすぎる一方で、解釈主義では扱えない重要 なものがあるということで、批判的実在論が台頭してき た。これらの分野で、環境問題をどのように知ることが できるのかという問いに関連して批判的実在論が評価 されてきていることは、環境教育学を考える上でも示唆 に富む。 Ⅳ 環境教育学と批判的実在論 国際的な(特に英語圏における)環境教育研究の流れ を日本語でレビューしている文献は少ないが、そのうち の一つである原子(2010)はその流れを、実証主義に依 拠した第一期(1970~80年代)、非実証主義的パラダイ ムが台頭した第二期(1980年代後半~90年代)、多元化 が進んだ第三期(90年代後半~2000年代)に整理して いる。詳細は同論文に譲るが、パラダイム論が研究の中 心となった第二期以降を端的に整理すると、第二期は批 判理論を軸として、第三期はそれに対抗するものとして 解釈主義的な流れが出現して、議論が展開してきた。こ の解釈主義的な流れには、ポスト構造主義的なものや フェミニズム的なもの、現象学的なアプローチを入れる ことができるだろう。 Lotz-Sisitka et al.(2013)は、こうした流れの延長線 上に批判的実在論を位置付けている。同論文では、実証 主 義 に 当 た る 立 場 に「 経 験 的–分 析 的 」(empirical-analytical)という単語を当て、さらに解釈主義/構築 主義、批判的研究、ポスト構造主義的研究というカテゴ リーを示しているが(5)、ここで並列されているように、 新たに台頭してきた立場(批判的実在論を含めて)が従 来のそれに取って代わるというわけでは無く、立場が多 様化していると考えるのが適切である。 批判的実在論の立場に立つ環境教育研究は、南アフリ カのRhodes Universityに関係する研究者(例えば引用 文献内のLotz-SisitkaやPriceの項を参照)が主要な牽引 者となっているが、それにとどまらずにHuckle(2004) やRafe et al.(2019)など、英語圏を中心に広がりを見 せている。 他の環境研究分野同様に環境教育学でも、批判的実在 論を受容する理由の一つとして、その複層的な存在論が 環境問題を捉える上で有効であることが挙げられてい る。今度はPrice(2016a)の温暖化の例に沿って、その 意義を再度確認してみよう。経験の領域にある、温度変 化や海面上昇といった観察可能な個別の自然現象は「意 存的」(transitive)(6)な側面を有しており、不規則性を 孕むと同時に、その解釈は社会的に構築されている。つ まり、それらがどのように気候変動とリンクしているの かという部分の理解・解釈は社会的影響を受けやすい。 こうした経験可能な現象を作り出すのが、現実の領域に あるビジネス(層)の拡大とそれに伴うエネルギー消費 の増大といった社会的現象であり、それがどのように展 開し経験可能な現象を作り出しているかは、実在の領域 にある産業や消費などにまつわる社会的構造や、CO2と 温暖化の関係といった自然(科学的)構造によって規定 されている。 このように複層的に捉えることで、環境教育者は科学 的不確実性にうまく対処できるとされている。例えば 「気候変動の影響とされる現象が人為的なCO2の排出に よって引き起こされたという確実なデータは無く、温室 効果ガス削減策は不要である」などと温暖化懐疑論者が 主張したとしよう。しかし批判的実在論では、これは経 験知の意存的な特徴を理解していない意見だとして却 下することができる。すなわち、経験のレベルで科学的 不確実性や不規則性があり、異なる解釈が成り立つ (ケースがある)としても、気候変動問題が存在しない ということにはならず、現実・実在のレベルの問題認識 や解決に向けた取り組みが不要だということにもなら ない。上述のように、経験のレベルで認識できるものは 文脈によって異なり得るからである。 他方で、解釈主義がもたらすような相対主義(温暖化 は社会的に構築された問題であるといった見解)に依拠 することになれば、問題解決に向けて採るべき方向性が 不明瞭になるとともに、科学的知見の活用が限定的にな らざるを得ない。そこでの研究者・教育者の役割は、複 雑な政治的・社会的過程において温暖化がどのように 解釈され構築されてきたかを明らかにすることにとど まり、それ自体は重要ではあるものの、具体的な行動指 針を導き出しにくい。 しかし、批判的実在論においては、現実・実在の領域 が設定されているため、経験の領域における通説や傾 向、先入観などから人々を解放するとともに、通底する 構造を明らかにして、研究者・教育者や児童・生徒・学 生が何をすべきか、という方向性や価値を示してくれ る。ここでは批判的研究に共通する、事実と価値の不可 分性や行動指向に加え、批判的実在論では構造が可変的 であると考えられていることが重要となろう(野村 2017 27-30)。例えば上記の例では、環境問題の背景に ある経済的・産業的構造を明らかにすることで、その転 換へとわれわれの行動を方向付けることができること になる。 また、批判的実在論は、法則定立的な形で一般化され ていない知見を捨て去るような(実証主義者が陥りがち な)ことはしない。批判的実在論者は因果関係を議論す るものの、それらが文脈の違いにかかわらず同様に経験
の領域に現れるとは考えないからである。例えば「統計 的に原発事故が起こる確率は極めて低い」という、経験 データを用いた一般化に妥当性があったとしても、社会 的文脈性を考慮することで、原発には(正確にはその背 景にある構造が原発を通じて)重大な被害を起こし得る3 3 3 3 3 力があるとして、原発に反対する立場を正当化すること も可能になる(Lotz-Sisitka・Price 2016 7)。そしてそ れらは、環境教育で重視されている態度や行動の変容に とって重要な指針を与えてくれる。 批判的実在論が提供する、経験/現実/実在という複 層的な存在論的領域が、環境教育において有益だという 意見は他にもみられる。例えば、これまで見てきたこと からもわかるように批判的実在論は、本質的に自然科学 と社会科学の両者を内包する環境教育において、ややも すると寄せ集めになりがちな学際的な学びを、認識論の 観点から整理・統合し、体系的に推進することができる (Huckle 2004)。また、実証主義がこれまで「科学」を 追求する過程で迷信として軽視してきた伝統知・在来 知(indigenous knowledge)を、経験レベルのものと してその価値を認めつつ、解釈主義のように西洋的科学 と対置せずに、科学とあわせて文脈に即した教育を提供 できるという指摘や(O’Donoghue 2016)、環境思想と 環境科学を関連づけた学びを推進することができると いう指摘もある(Price 2016b)。これらは前述のように 批判的実在論が、自然科学・社会科学を包含する射程を 有した科学哲学であるという特性によるところが大き い。整理すると、批判的実在論に立脚することで、経験 の領域における解釈・価値・知識等と他の領域に位置 する法則定立的な知(文脈の違いに関わらず妥当な知) を組み合わせ、人文社会科学と自然科学の線引きを越え て学際的かつ社会的に適切な形で問題を捉えることが できるようになる。そして、目に見える事象が目に見え ない構造によって生み出されることを明らかにし、それ を変えるような行動を促せることが、環境教育にとって 有益だと考えられている。 Ⅴ 今後に向けて 環境学では、自然環境の状態・変化を扱うことから自 然科学的な知が不可欠である。同時に、そういった変化 が人為的なものであることから社会科学的な知も求め られる。このような学際的特性を持つ環境学において は、学問分野を超えた形で「われわれは対象をどのよう に認識できるのか」という点について考えること、すな わち認識論が重要になる。環境知を媒介する環境教育学 においても認識論的パラダイムが主要なテーマの一つ であり、それは(特に欧米における)これまでの研究動 向が示すとおりである。 本稿では社会科学をベースにした環境学において、批 判的実在論という認識論的立場がどのように受容され ているのかを概観し、その上で、環境教育学における批 判的実在論の可能性について考察した。その結果まず、 その複層的な考え方が環境知を捉える上で有効だとし て、批判的実在論は社会科学系の環境研究において注目 されていることが示された。そして、環境教育学でも同 様に批判的実在論が受容されてきていることを確認し た。環境研究という大きな流れに位置付けることで、批 判的実在論という新たな立場から環境教育を問い直し ていくことの意義が、一層明確になったといえる。 さて、ここで指摘したいのは、認識論的立場は、研究 の方法論も規定するという点である。研究者自身の認識 論的立場と、リサーチ・デザインや手法をロジカルにつ なぐ必要があることは、既に広く認められている(野村 2017)。例えば実証主義者と批判的実在論者・解釈主義 者は同じ形で事例研究や実験・サーベイを行うわけで はないし、インタビューやエスノグラフィー、調査票調 査や言説分析も同じ形で活用できるわけではない。した がって、一貫性のある研究を行うためには、認識論的立 場がもたらす違いに配慮することが必須である。環境教 育学においても、認識論を重視するのであれば、研究者 がそれぞれの立場に沿った方法論を採用することが求 められる。 これまでにも環境教育学では、特定の立場に即した方 法論に関する議論が行われてきた。例えば、批判理論に 影響を受けた研究(中でもオーストラリアにおける研 究)では、アクション・リサーチが重視される。これは、 批判理論が重視する認識レベルでの解放、すなわち環境 問題の背後にある支配的な価値や諸関係・既得権益を 明らかにし、人々をエンパワーすることを推し進める上 で、協働で知を生み出すアクション・リサーチが有効で あり、行動・社会変革といった環境教育の目的達成の面 でも適切なアプローチだとされているからである(例え ばRobottom 1993;Robottom・Hart 1993)(7)。 批判的実在論が環境教育学においてより広く受け入 れられるためには、その複層的な考え方に沿った方法論 の検討を一層進めていく必要があるだろう。これまでに も限定的ながら、批判的実在論に則った推論手順などが 環境教育の文脈で紹介されてきているが(8)、比較的新 しく、その論理の理解に労を要することからも、批判的 実在論をどのように研究・教育に適用すべきなのか、具 体的に明らかにしていくことが求められる。そうするこ とで一層、環境知の特性を踏まえつつ、批判的実在論と 環境教育学の関係についての考察を深めることができ るだろう。 もっともこれは批判的実在論に限った話ではない。レ ビューは別稿にゆずるが、上記の様ないくつかの例を除 いては、環境教育学のパラダイムと方法論を結び付けた 議論は、前者の論争の活発さに比べれば、英語圏におい ても不十分であるように思われる。実際、管見の限り、
他分野でみられるような方法論のテキストは環境教育 学の分野では見当たらない。日本でも近年、環境教育研 究の方法論についての議論がみられるようになってき ているが(Nomura 2017 62)、認識論との関係性も踏ま えながら方法論の研究を進めていくことは、ディシプリ ンの確立や研究者養成といった観点から、国際的にも大 きな意義があるだろう。 注 (1) パラダイムという言葉は多義的で捉えにくいもの の、端的には、存在論・認識論・方法論的な特性を 有し、学問を方向付けるものである(Guba 1990)。 認識論の違いは存在論の違いに依拠し、それが方法 論的違いを生むといった形でこれらは連動してお り(野村 2017)、その結果、各学問分野における理 論の形成や適用を左右することには留意が必要で あるが、環境教育学における各パラダイムは概ね主 な認識論的立場を軸に整理されているため、本稿で も認識論に沿ってパラダイムを捉えたい。ただし、 環境教育学においては認識論的には同じカテゴ リーでも、何らかの顕著な特徴を持つ社会理論を、 その論点に応じて個別にパラダイムとして扱うこ ともある。例えば環境教育のカリキュラム研究を論 じたLotz-Sisitka et al.(2013)はポスト構造主義を 解釈主義とは別に扱っているが、同論文の解説にも あるように、ポスト構造主義も言説が現象を形作る 点を重視して脱構築を目指していることから、認識 論的には解釈主義に含むことができる。 なお本稿では、学問分野としては「環境教育学」、 研究に焦点を当てる際は「環境教育研究」、実践等 も含めて総合的・一般的に言及する際は「環境教 育」と記す。 (2) 基礎づけ主義はしばしばリアリズムとも呼ばれる ことから、それに依拠する実証主義も、実在論ない しリアリズムと呼ばれることがある。 (3) Dunlapは、実証主義が発展するような形で批判的 実在論が台頭したというような見方をしているが、 それには疑問もある。なぜなら、こうした見方をす るのであれば、旧実証主義者は概ね批判的実在論者 に転向したとも考えられるが、批判的実在論は単に 実証主義と解釈主義を折衷したものではないこと から、そうした転向はそれほど容易くないからであ る。換言すれば、批判的実在論は独自のロジックを 持っており、実証主義者が自分たちの単純さ・ナ イーブさをカバーしてくれる都合の良い理論とし て便宜的・部分的に採用することは難しい。この点 は、そうした研究者が批判的実在論に則った方法論 に沿って研究しているのか否か(あるいは従来の実 証主義的アプローチで研究しているのかどうか)、 を検証すれば明らかにできるだろう。検証自体は本 稿のスコープを外れるため行わないものの、この点 の重要性について本稿の最後に再度指摘する。 (4) 解釈主義的な環境知の捉え方については、Latour (1993, 2004)等を参照のこと。 (5) 分類の仕方はその論考の焦点や時代により異なる。 良く知られているRobottom・Hart(1993)は、実 証主義・解釈主義・批判理論の3つに分けており、 第二期においてはこの三分類を採用する論者が多 い(例えばCantrell 1993)。第二期から第三期の端 境期に出版されたPalmer(1998)はこの3つに則り つつも新しい波にも多少言及しており、第三期以降 に出されたStevenson・Evans(2011)は批判的研 究のほかに、現象学・フェミニスト・ポスト構造主 義というカテゴリーを設けている。 (6) “transitive”は、主観に依存・媒介されているとい う批判的実在論の用語で、アーチャー(1995)では 意存的、ローソン(1997)では認識依存的と訳さ れている。 (7) なお、こうしたアクション・リサーチの特質は、批 判的視座を共有する批判的実在論においても重視 されている(野村 2017)。
(8) DREIC(Description, Retroduction, Elimination, Identification, Correction)と呼ばれるバスカーの 遡行推論を中心としたアプローチがPrice・Lotz-Sisitka(2016)内の複数の章で紹介されている。 引用文献 アーチャー,M.S., 1995,『実在論的社会理論―形態生成 論アプローチ』,佐藤春吉 [訳] ,青木書店,2007, 509pp. バスカー,R., 1997,『科学と実在論―超越論的実在論と 経 験 主 義 批 判 』, 式 部 信 [訳] , 法 政 大 学 出 版 局, 2009,360pp. バスカー,R., 1998,『自然主義の可能性―現代社会科学 批判』,式部信 [訳] ,晃洋書房,2006,197pp. Cantrell, D.C., 1993, Alternative Paradigms in
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