Journal of Japan Academy of Diabetes Education and Nursing Vol.24 No.2 pp.181∼190, 2020
原著
糖尿病をもつ患者の“わかっているけれど,できない”ことへの
自己対処の様相
Aspects of coping with knowing what to do but can t in patients with diabetes
長棟 瑞代
1,2稲垣美智子
3多崎 恵子
3堀口 智美
3浅田 優也
3北川 麻衣
1 Mizuyo Nagamune1,2 , Michiko Inagaki3 , Keiko Tasaki3 , Tomomi Horiguchi3 , Yuya Asada3 , Mai Kitagawa1 1金沢大学大学院医薬保健学総合研究科 Division of Health Sciences, Graduate School of Medical Science Kanazawa University 2
金沢医科大学看 護 学 部 Department of Nursing, Kanazawa Medical University 3
金 沢 大 学 医 薬 保 健 研 究 域 保 健 学 系 Faculty of Health Sciences, Institute of Medical, Pharmaceutical and Health Sciences, Kanazawa University
本研究の目的は,2 型糖尿病患者の“わかっているけれど,できない”という現象の構造を描くことである.分析対象者 11 名を,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.構造は,【空腹に敏感になった身体に苛まれる】を起 点とし,【生活を通して考え,療養経験を培ってきたと思う】【普通の身体でなくなったと感じる】《意志の弱さを常に感じる》を り,分岐点となる【食事療法が“できていない”と“できない”でわからなくなる】を経て【自分なりの我慢で“できない” ことに対処する】に至るプロセスとして描くことができた.以上より,“できない”という言葉に対する身体感覚に焦点を当て ることが重要であると示唆された.身体感覚に確信を持てないでいる為,行動として“できていない”と,身体として“でき ない”を分けて捉える必要があると考えられた. キーワード:2 型糖尿病,空腹感,食事療法,自己管理行動,患者教育
This study aims to describe the structure of the knowing what to do but can t phenomenon in patients with type 2 diabetes. We analyzed mentality transformation in 11 patients by the modified grounded theory approach. The structure of this phe-nomenon was described as follows: it began with the stage [afflicted by one s hunger-sensitive body], went through the stages of [having developed medical experience through one s lifestyle], [no longer feeling one s body as being normal] and <always feel-ing weakness of will>, then comfeel-ing to the turnfeel-ing point of [unable to tell if one s dietary therapy is unsuccessful due to one s own inadequate execution, or if one cannot be successful due to reduced physical abilities], finally reaching the stage of [coping with “cannot be successful due to reduced physical abilities situations through patience].
These results suggest that it is important to focus on diabetic patients bodily sensations when they say I cannot do it. Medical staff must understand that patients are not confident in their physical sensations, and therefore need to distinguish between situations where they are unsuccessful due to their own inadequate execution and situations where they cannot be successful due to their reduced physical abilities.
Key words:type2 diabetes, hunger sensation, diet therapy, self-care behavior, patient education
I.緒言
糖尿病は慢性疾患という特徴から,長期間糖尿病と共に 生きていくことやその経過の中で合併症を引き起こすこと があり,生活の質の低下を予防することを目的に,セルフ ケア行動の継続が重要である. 医療施設では,患者・家族がセルフケア行動を構築でき るように,入院や外来にて糖尿病教育を行ってきた.患者・ 家族は,医療者から糖尿病について学び,現在のライフス タイルの中への食事・運動・薬物療法の取り入れ方,セル フケア行動の継続方法を医療者と共に考え,短期・長期の 行動目標として共有し実施できることを目指している.そ の為には,患者が主体的に取り組むことが重要とされ様々 な理論が用いられてきた(Bandura,1995/1997;木下, 1998;服部・吉田・村嶋他,1999;中信,2002;池田・土 居・山本他,2005;祝・古崎,2009;木下,2012). しかし,看護師は患者教育の場面において,患者から “わかっているけれど,できない”という言葉を聞くこと が多く,この言葉に出合ったときはどのようにして教育的 アプローチをしていくのかを悩み,対応に躊躇することが 連絡先:長棟 瑞代 [email protected] 論文採択日:2020 年 9 月 27 日多い.それはこの言葉が,患者が知識と現実とのギャップ に困難を感じている,あるいは患者自身が“仕方がないこ と”と諦めているなどを,医療者に推測させるからである. 筆者は,この“わかっているけれど,できない”の言葉 の背景には,何があるのか疑問をもった.この言葉は,2 つの方向をもつ意思に焦点を当て,行動変容を目的とした 二重意思論(宗像,1995)や 藤(渡邉・佐藤,2008)と して表現されていた.しかし,患者が療養行動を継続して いく時,“わかっているけれど,できない”を,やっていな いことを前提とするのではなく,医療者から受けた教育内 容を守りながらも“わかっているけれど,できない”と思っ たり,言葉として表出したりしながらも,何らかの対処を しているように見えた.その為,この現象を探索的に研究 し,構造を表すことにした.この構造を明らかにすること は,“わかっているけれど,できない”という患者への看護 の方法を見出すことに繋がると考える.
II.研究目的
本研究の目的は,糖尿病をもつ患者の“わかっているけ れど,できない”という現象を探索的に研究し,その構造 を明らかにすることである.III.研究方法
1.研究デザイン 質的因子探索研究 2.研究対象者 研究対象者は,医療機関に入院または外来通院しており, 医師より 2 型糖尿病と診断されてから 1 年 6 ヶ月以上経過 している,過去に糖尿病教育入院歴が 1 回以上ある,患者 自身が“自分は糖尿病教育を受けた”と認識がある,糖尿 病に対し薬物療法を行っている,以上の基準を全て満たす 患者とした.研究フィールドは,地域の中核病院である A 病院(約 250 床),B 病院(約 500 床),C 病院(約 400 床) であった. 3.調査方法 1)データ収集期間 2018 年 7 月−9 月 2)調査方法及び面接手順 研究対象者の選定は,研究実施機関の許可を得た後,条 件を満たす患者を医師や看護師より紹介してもらった.そ の後,プライバシーが保たれる場所において,研究者が文 書と口頭で研究の主旨及び協力を依頼する内容,倫理的配 慮について説明し,研究の同意を得た上で実施した.調査 は半構成的面接を行った.対象者の同意を得て面接内容を IC レコーダーに録音し,同意が得られなかった場合は面接 内容をノートに記録した.面接は,「糖尿病を良くするため に,取り組んでいる事をお聞かせ下さい.」「糖尿病の教育を 受ける前と受けた後で,変わった事や影響を受けた事があ るかお聞かせ下さい.」「糖尿病であることを,どう思ってお られますか.」「やりたいこと,やろうと思っていることは上 手くいっていますか.上手くいかない時もあると思います が,どんな気持ちですか.」「わかっているけれど,できない と思うのは,どんな時ですか.そのような体験があれば, どのように考えていますか.」「“わかっているけれど,でき ない”という言葉に対して,どういうイメージをお持ちで すか.」の質問を基盤として,対象者に自由に語ってもらい ながら進めた. 3)研究対象者の情報収集 対象者の特性は,対象者の許可を得て各施設の医療者よ り基礎情報を提供してもらった.その内容は,性別,年齢, 糖尿病罹患歴,治療内容,合併症の有無,HbA1c(NGSP) 値,Body Mass Index(以下,BMI と略す)とした.4.分析方法 データ分析には,木下(2007)によって示された,修正 版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA と略す)を用いた.M-GTA は,人間を対象に,プロセスを 説明する理論を生成する方法であり,その理論は,社会的 相互作用に関係し人間行動の説明と予測に関わり,同時に, 研究者によってその意義が明確に確認されている研究テー マによって限定された範囲内における説明力に優れた理論 であると位置づけられている.その為,患者の“わかって いるけれど,できない”がどのような人々との相互作用の 中で生まれ,どのような認識で対処行動に至っているのか を予測できるため適した方法であると判断した. 分析方法は,対象者の語りの中から本研究の分析テーマ を設定し,その分析テーマに沿って結果図を導いていった. 分析手順は,分析テーマと分析焦点者(対象者)に照らし て,データの関連箇所に着目し,それを一つの具体例(ヴァ リエーション)とし,分析ワークシートを用いて,他の類 似具体例を説明できると考えられる,説明概念を生成した. 生成した概念は類似例の確認だけでなく,対極例について 比較の観点からデータを見ることにより,解釈が恣意的に 偏る危険を防いだ.複数の概念の関係からなるカテゴリー を生成し,カテゴリー相互の関係から分析結果をまとめ, 結果図を作成した. 5.真実性・信憑性の確保 本研究の全過程において M-GTA に精通している,糖尿 病看護を専門とする複数の研究者及び実践家による定期的
表 1 分析対象者の概要 n=11 人数 (名) 平均値±SD 範囲 性別 男性 4 女性 7 年齢(歳) 70.3±4.1 63-76 糖尿病歴(年) 15.9±11.8 2.4-32 HbA1c(%) 7.4±0.9 6.0-9.2 BMI(kg/m2) 21.9±2.4 17.6-25.6 合併症(複数回答) 神経障害 5 網膜症 8 腎症(2-4 期) 4 治療内容(複数回答) 内服薬 10 注射 4 なスーパーバイズを受けた.この中で,逐語録の解釈の仕 方,概念の生成,作成した結果図が対象者の語りを反映し ているかを随時確認し,修正を加えた.また,結果につい ては,臨床現場で糖尿病看護に関わる経験豊富な看護師に 提示し,患者の“わかっているけれど,できない”ことへ の自己対処の様相が描けているか確認を行った. 6.倫理的配慮 本研究は,金沢大学医学倫理審査委員会の承認を得て実 施した(審査番号 818-2). 対象者に対しインフォームド・コンセントとして,研究 の目的や内容,方法について文書及び口頭で十分に説明し, 同意を得た.研究の参加・不参加については本人の自由意 思に基づくものであり,一度参加に同意した場合であって も,いつでも参加を取り消すことができると説明した. 個人情報は匿名化し,漏洩・盗難・紛失等が起こらない ように施錠できる部屋に保管した.
IV.結果
1.分析対象者の概要(表 1) 16 名の患者に研究参加の依頼をし,同意を得ることがで き選定基準に一致した男性 4 名,女性 7 名の計 11 名を分析 対象者とした.面接時間は 22−55 分,平均 38 分であった. 面接回数は,全ての対象者で 1 回であった.対象者の概要 は,年齢は 60 歳代以上で,糖尿病歴は 2.4−32 年,HbA1 c(NGSP)値は 6.0−9.2%,BMI は 17.6−25.6 kg/m2であっ た.殆どの対象者が合併症を有していた.注射は 4 名であっ た. 2.分析テーマの設定 分析対象者に“わかっているけれど,できない”を自由 に語ってもらったが,殆どが食事のことを語っていた. 本研究では,患者の“わかっているけれど,できない”と いう現象を探索的に研究し,その構造を明らかにする過程 において,分析対象者は糖尿病教育を踏まえ,食事療法を 遵守しようとする為に生じる空腹感を我慢するという対処 をしていることが見出せた.この対処が,2 型糖尿病をもつ 患者に,“わかっているけれど,できない”を抱かせている のではないかと考え,分析テーマを空腹感からはじまる“我 慢に対する自己対処に至るプロセス”とした. 3.糖尿病をもつ患者の“わかっているけれど,できな い”ことへの自己対処の様相を示したストーリー ライン “わかっているけれど,できない”ことへの自己対処の様 相は,20 の概念から生成され,7 つのカテゴリーと 2 つの 概念で描くことができた.以下,プロセスの全体構造のカ テゴリーを【 】,概念を《 》,ヴァリエーション代表例 を『 』で表し,以下に示した. 糖尿病をもつ患者の“わかっているけれど,できない”こ とへの自己対処の様相は,結果図に示した(図 1).プロセ スは【空腹に敏感になった身体に苛まれる】からはじまり, 【生活を通して考え,療養経験を培ってきたと思う】【普通の 身体でなくなったと感じる】《意志の弱さを常に感じる》を り,分岐点となる【食事療法が“できていない”と“で きない”でわからなくなる】を経ていた.分岐点以降は, 一方は《“できない”を 1 人で抱え込まないと決める》を り,もう一方は【“できない”と体感するが医療者もわかっ てくれないと思う】【数値に表れるのは結局食べることだと わかる】を り,両者とも【自分なりの我慢で“できない” ことに対処する】に至った. 4.カテゴリー・概念・定義・ヴァリエーション代表 例(表 2) 以下に,結果図(図 1)を構成するカテゴリーと概念の定 義,ヴァリエーション代表例の一部を説明する. 1)カテゴリー【空腹に敏感になった身体に苛まれる】 定義:糖尿病をもつ身体になったことで,どこか空腹が 満たされない感覚をもった自分の身体にストレスを感じな がらも,食べることで血糖値が上がることも常に考えてい ること.この状態は,糖尿病になった身体であると感じ, 悩むことである. (1)概念《空腹と空腹感の境に曖昧さを感じながら,その 感覚が敏感になった自分の身体に苛まれる》 『お腹空いても,別に食べたいとは思わないの.ただ,そ の,食べたいっていうのは,どう言っていいかな.癖って 言えばいいかなあ.食べなくてもいいのに,口が愛想も無 いから食べるとかさ.それ,食べたいっていうのじゃ無く て.だから,それがおかしいの.』(ID11)図 1 糖尿病をもつ患者の わかっているけれど,できない ことへの自己対処の様相 (2)概念《糖尿病をもつ身体になって,自分が食べ物を口 にすることで血糖値が上がるのではないかと考えて いる》 『食べ物には,自分,いつも…自分は気にするね.自分食 べるものに対して.摂取するものに関して.あ,これ良く ないわー,饅頭いくつとか,良くないなあと.そういうこ と,いつも.糖尿病になってからいつも気をつけるように なったね.』(ID5) 2)カテゴリー【生活を通して考え,療養経験を培ってきた と思う】 定義:糖尿病をもつ身体になってから,生活を通して積 み重ねてきた知識,価値観,行動の変化に少なからず抱い ている自負. (1)概念《曖昧に捉えている事柄について気づいている が, 自分の経験や信念に自信のなさを感じながらも, その中で行動している》 『自分の考えでは,何となく感覚的に感じるのは,体重が 増えると,血糖値がなんか上がるっていう.そういう,な んか,過去の経験から.(中略)体重をある程度抑えれば, 血糖値も極端に上がることはないっていうのが.ちょっと そういう,なんか,自分の思いがあるんで.・・・多分間 違っているでしょうけれど.』(ID8) (2)概念《身体を大切にしているとは言い切れないが,で きる限りのことはしてきた》 『仕事したり,孫の面倒見たり.自分に,余裕がない.余 裕はあるんだけど,その時間がないっていうか.自分の為 に何かするっていう事に,時間がない.(中略)(身体のため に,自宅にも職場にもトコロテンを置いているが)それを 食べようっていう気持ちがあんまり無いから.同病者が一 緒だったら,一緒に 2 人してトコロテン食べるんだけど. 1 人だったらね,どうするかなーと思いながら食べないで 終わったり.』(ID7) (3)概念《教師としても反面教師としても同病者の行動が 指針となる》 『畑もやっぱり,仕事終わったあとに行ったりして,身体 をちょっと動かしていますけど.糖尿病の母の時に通院し てた先生は,『やっぱりお母さんが畑仕事しているっていう のは,そんなのが 1 番良いんですよ』って仰っていたから. だから,自分も病院来る前にちょっとこういうの(畑)し て.』(ID9) 3)カテゴリー【普通の身体でなくなったと感じる】 定義:糖尿病教育を通して得た知識をもって,糖尿病で
表 2 カテゴリー・概念・定義・ヴァリエーション代表例一覧 カテゴリー 概念 概念の定義 ヴァリエーション代表例 空腹に敏感に なった身体に 苛まれる 空腹と空腹感の境に曖 昧さを感じながら,その 感覚が敏感になった自 分の身体に苛まれる 生活の中で,空腹なのか空腹感なのかわか らないが,どこか満たされない感覚をもった 自分の身体にストレスを感じること. お腹空いても,別に食べたいとは思わないの.ただ,その,食べたいっ ていうのは,どう言っていいかな.癖って言えばいいかなぁ.食べなく てもいいのに,口が愛想も無いから食べるとかさ.それ,食べたいって いうのじゃ無くて.だから,それがおかしいの.(ID11) 糖 尿 病 を も つ 身 体 に なって,自分が食べ物を 口にすることで血糖値 が上がるのではないか と考えている 糖尿病になってから,自分の体内に取り入れ る食べ物で血糖値が上がることを常に考え ること. 食べ物には,自分,いつも…自分は気にするね.自分食べるものに対 して.摂取するものに関して.あ,これ良くないわー,饅頭いくつとか, 良くないなぁと.そういうこと,いつも.糖尿病になってからいつも気 をつけるようになったね.(ID5) 生活を通して 考え,療養経 験を培ってき たと思う 曖昧に捉えている事柄 について気づいている が,自分の経験や信念に 自信のなさを感じなが らも,その中で行動して いる 自分が曖昧に捉えている事柄にこそ何か 重要なものがあるのではないかと思ってい るが,根拠も自信もないと思っている自分 の経験や信念をもってでしか行動できない と感じていること. 自分の考えでは,何となく感覚的に感じるのは,体重が増えると,血糖 値がなんか上がるっていう.そういう,なんか,過去の経験から.(中 略)体重をある程度抑えれば,血糖値も極端に上がることはないって いうのが.ちょっとそういう,なんか,自分の思いがあるんで.…多分 間違っているでしょうけれど.(ID8) 身体を大切にしている とは言い切れないが,で きる限りのことはしてき た 糖尿病である自分の身体のことを気に掛 けたいと思うが,自分の仕事や家族役割に 対する思い,周りとの調和を大事にしなけれ ば迷惑を掛けると思う為,自分の身体を顧 みる事が難しいと感じること. 仕事したり,孫の面倒見たり.自分に,余裕がない.余裕はあるんだけ ど,その時間がないっていうか.自分の為に何かするっていう事に,時 間がない.(中略)(身体のために,自宅にも職場にもトコロテンを置 いているが)それを食べようっていう気持ちがあんまり無いから.同病 者が一緒だったら,一緒に 2 人してトコロテン食べるんだけど.1 人だっ たらね,どうするかなーと思いながら食べないで終わったり.(ID7) 教師としても反面教師 としても同病者の行動 が指針となる 糖尿病の家族の姿を近くで見ていた経験 をもってして,今の自分と重ね,自分自身が この行動が家族の糖尿病を悪くさせた と思う行動はしないようにし,逆に医療者か ら褒められていた家族の行動に対しては, 自分も取り入れること. 畑もやっぱり,仕事終わったあとに行ったりして,身体をちょっと動かし ていますけど.糖尿病の母の時に通院してた先生は,『やっぱりお母さ んが畑仕事しているっていうのは,そんなのが 1 番良いんですよ』っ て仰っていたから.だから,自分も病院来る前にちょっとこういうの(畑) して.(ID9) 普通の身体で なくなったと 感じる 食事が普通の人でなく なった 糖尿病になるとカロリーも量も少ない食事 になるという衝撃から,自分は普通の人でな くなったという感覚を持つこと. (入院時の食事カロリーが)最低線だから.私は寝たきりだーとか思っ たもの.患者と同じなんだなーって.それ聞いた時に,その方がずっと ショックだった.(ID1)教育入院ってあるでしょ.(中略)はじめ,健診 センターで(血糖値)300 くらいで,すぐ入院しなさいと言われたんで す.それで,入院したらご飯の量少なくてびっくりして.女の子の食べ る量かと思いました.(ID6) 糖尿病である自分の身 体に危機感を抱く 糖尿病教育を受けたことで,合併症がいつ 全身のどこかに出てきてもおかしくない身 体になった自分に,迫りくる恐怖を感じてい ること. そりゃあ怖いね.…認知症に早くなるとか.あと,目が悪くなるとか. 眼底…も良くなくなるし.糖尿病だったら.やっぱり,合併症が怖いか ら.(ID5) 意志の弱さを常に感じ る 糖尿病管理は自分の強い意志があれば正 しい思考と選択をもって,行動できると思っ ていた.しかし,実際の生活を通して,血糖 コントロールに良くないかもしれないと思 いながら,真逆の行動をとっている自分の 意志の弱さを, 食べる という行為の度に 強く感じ,意志が弱い自分を責めながらも, そのような行動をとる自分を内省すること. 難しい部分があるね.でも,それは自分の意志ひとつなんだけど,強 い意志をもっていれば食べないでいられるんだけど,うーん….(ID2) やっぱり…食べ物に対する欲求じゃないかな.食べたいってことに負け てしまうし.やっぱ,我慢できないものがあるしね.(ID8)わかってい るんだけど,難しいっていうのはありますでしょ.なんせ,自分の事な のにできないんだ,とかって,まあ仰る気持ちもわからなくも無いんで すけど.でも,やっぱりねえ,食べたいものとか我慢するって,まあ意 志の弱いのもあるんですけど,結構にも辛いものでしてねぇ.(ID9) 食 事 療 法 が できて い な い と できな い でわから なくなる 過去の自分と今の自分 を比較し, できていな い と できない が自 分の中で不明瞭になる 自身の血糖コントロールが上手くいかない 理由や糖尿病をもった身体への不確かさ を理由付ける時,過去の自分と現在の自分 を比較することで,行動として できていな い のか,身体として できない のか,わ からなくなること. よくよく考えたら,今の人生の半分,糖尿病じゃん.そうでしょ.大体そ う.若い時は自覚ないね.そして,今よりも甘かった気がするけど,今 よりも血糖値の成績は良かったと思う.だから,やっぱり加齢もあるよ. (ID1)血糖なのか,体質なのかはわからないな,って思います.歳も 歳ですしね.(ID4) 同病者と自分とを比較 し,気持ちに揺れが生じ る 同病者の治療状況・療養行動・血糖コント ロールと今の自分を比較し,気持ちが揺れ 動く経験をすること. ほら,テレビとかで最近糖尿病についてとかあるでしょ.あれ見て, (HbA1c が)5.9% のおばあちゃんとかが出ているわけですよ.負けら れないなと思うんですね.(ID6) できない を 1 人で抱 え込まないと決める できない ことを意識するとストレスにな る為, さらに辛くなると感じ医療者に相談し たり, できない ことを自分 1 人で悩むよ りも身体を見てくれている医療者に相談し た方が早く解決すると捉えていること. 食べたいもの我慢して,なんかイラッとしたりする.そしたら,看護師 さんに いたら,無理して我慢する必要ないよって.なんか,我慢する とストレス溜まりそうだって.(ID3)やっぱり,食べるものだろうね.本 に書いてあったって,本の通りにならないし.それで,実際,先生には 私の身体診てもらっているわけだからね.だから,2 ヶ月に 1 回来て, あー,今回 HbA1c どうなっているかなぁと,説明されるから.(ID10)
カテゴリー 概念 概念の定義 ヴァリエーション代表例 できない と 体感するが医 療者もわかっ てくれないと 思う 相談できる医療者がい なくなったと感じる 相談する医療者がいないと感じている為, 数年前の過去の療養相談場面で言われた ことを記憶にとどめながら行動するしかな いという思い. ここはね,色んな検査が無いんだけど.足の指の間とか,そういうフッ トケアとか.D(他県)に居た頃はね,それはあったんですよ.フットケ アが 1 年間あって,そして運動も 1 年間インストラクターが付いてやっ てくれてね.(ID1)まあ,看護師さんもそんな,決め決め…厳しくして たら,ストレスたまって,尚更身体悪くなるよっていう事を最初の頃に. 最初の頃,よく診察終わった後に,そういう教育的な,そういう時期が あったもんですから,1 時間ほど.お部屋で.今―,あれっきり,全然な くなりましたけども.(ID9) 年齢と共に変化してい く わかっているけれど, できない を身体で感じ るが,医療者はわかって いない 自分なりに血糖コントロールを良くする為 に努めていることは沢山あり,食事は 1 番 気に掛けている.それでも血糖コントロー ルが上手くいかないことを医療者に相談し ても,その原因は食事の為と決めつけられ ているような感覚を抱き,食事が原因なの だと思いながら生活すること. (昔ほど食べていないのに,HbA1c が高いと何を食べたのか,と医師 に かれることに対し)やっているけれども,やっぱ糖尿病だから,やっ ぱりねえ,身体の処理が追いつかないのでしょう.(中略)先生には, んー,『そんな,先生,食べてないんですけどねぇ』っていうことくらい は言いますけどねえ.…先生,反応なし.(ID9)内科の先生もやっぱし 運動なさいとかさ.どうしてもね,食事がなんか,コントロールが駄目 らしいんだよね,私のは.だから,先生は『太るよ』って言って.(自分 が)『インスリン打ってるから太るんじゃない』って言ったら,(医師が) 『食事療法が駄目なんだよ』って言われるから.(ID11) 数値で判断される生活 と自分の身体に猜疑心 を抱く 数値を見た医師から,生活について反省す べき原因はないかと問われ,思い当たる節 を探しながらも,生活の一側面だけが原因 と医師に捉えられた感覚をもつ.多少なりと も頑張ってきたという自負と結果に対する 期待があった為,それとは裏腹に糖尿病で ある自分の身体に裏切られたような感覚を もつ.これらのことから,自分の身体と生活 を本当の意味で捉えてもらえていないと思 い,多少なりとも疑問や不信感を抱くこと. データいつも出されるから,そういうのを見て,これが悪い,これが悪 いって言われるから.中性脂肪が高いとか言われるから.(中略)毎月 来ているから.悪かったら,どうしてこんなに悪いんだって言われる. 何か思いつく事あるかって言われる.お正月とか.うん,自分でもわか るから.はあー,何かあんまり良い生活してないわーとか,あるから. (ID5)(医師に『そんな,先生,食べてないんだけどねぇ』と言う事も ある,との語りから)(医師が)反応なしっていうかねぇ.まあ,結局 やっぱ,もうちょっと,やっぱ,もう少しそれなら食べるのを我慢しない といけないなって,自分で思うくらいじゃないですか.…数値に表れて いるんだから.(ID9) 数値に表れる のは結局食べ ることだとわ かる 薬で維持しているだけ の今の身体 運動療法や薬物療法は,多少は効果がある かもしれないが,食事療法と同等の結果が 表れるわけではないと思う.その証拠に,食 事はすぐに数値として結果に表れることを 体験していること. …だから,今は(薬を飲みながらの)現状維持.糖尿病は絶対治すの 無理とわかっているんです.…頼るというか,身体がインスリン足りて いないから,それを認めて.(ID6) 数値に反映しているの は運動ではなく食事と 思う 身体を動かしていても HbA1c に影響を与 えているとは思えない結果であったり,運動 しなくてもある程度は HbA1c が悪くなっ ていないという経験から,運動は身体機能 を維持していくという気休めとして捉えて おり,毎日の食事が血糖コントロールの良 否を左右すると思うこと. 結構…結構動いていると思うけど.…そういうのって,効果見えてこな いしね.運動はしているけれど,効果見えない.維持している程度か なっていう感じかな.(ID1)それ(毎食前に記載している血糖値記録・ 体重・体調管理)見て,いやー,食べてないのにどうして,こんなに血 糖上がるのかな.食べたのに,どうして血糖低いのかなって.それは, 考えている.それで,すごく血糖高い時あるんだよね.(ID11) 自分なりの我 慢で できな い ことに 対 処する 積極的我慢という対処 空腹感を感じていても更に我慢をしようと し,身体も心も満たされていない状態. 血糖値が上がる経験をしたからだね.あともうちょっと食べたいと思う けど,先生から注意されているからね.これ以上食べたら(血糖値)上 がるよ,って.今はごはん,前の 3 分の 1 だから.だから食べない.夕 食後は一切食べないね.(ID6) 消極的我慢という対処 空腹感を感じ,食べたとしても意識して半分 残したり,他者と分け合ったりすることで, 身体も心も少なからず満たされている状態. うん,意識して.そしたら,あとお父さん(夫)食べて,って.半分残 して食べたり.まるごと 1 個は食べない.それで満足できるから.(ID3) 労いと助言をもらうた めに医療者に相談する 日々の療養行動や我慢に対し,労いと助言 をもらわないと継続できない状態. 楽になりますよね,そうやってやっぱり,食べてもいいよって,少しくら いなら,って言われたら.(ID3) 家族の気遣いを感じ,自 分の中でとどめるもの がある 家族の作ってくれる食事に対し,もっとこう してほしいといった要望があってもそれを 口にすることを抑えたり,家族の目がある 為,空腹感を我慢したり,自分の身体を気 遣ってくれていることがわかる為,応えられ ない身体である自分を責めたりする状態. (調理者である妻が作る食事について)本当はそういうの食べればい いんだけど,自分が嫌うから.やっぱ,バランスのとれたものは作って いる.(ID5)今までは袋ガーッと全部食べたり.(今は)ほんのちょっ とにするとか.…家内も見ているからね.(ID5)本人(調理者である 妻)は,そういうの気をつけているって言うんだけども,んー.それで もねえ…ちょっと.例えば,食事…野菜の量にしても,私が育った環境 の野菜の摂り方と,ちょっとやっぱ認識のズレが.(ID8) 表 2 カテゴリー・概念・定義・ヴァリエーション代表例一覧
ある自分の身体を捉えることで,普通の人のように食べら れなくなり,合併症を強く意識しなければならない身体に なったと認識すること. (1)概念《食事が普通の人でなくなった》 『(入院時の食事カロリーが)最低線だから.私は寝たき りだーとか思ったもの.患者と同じなんだなーって.それ 聞いた時に,その方がずっとショックだった.』(ID1) (2)概念《糖尿病である自分の身体に危機感を抱く》 『そりゃあ怖いね.…認知症に早くなるとか.あと,目が 悪くなるとか.眼底…も良くなくなるし.糖尿病だったら. やっぱり,合併症が怖いから.』(ID5) 4)概念《意志の弱さを常に感じる》 定義:糖尿病管理は自分の強い意志があれば正しい思考 と選択をもって,行動できると思っていた.しかし,実際 の生活を通して,血糖コントロールに良くないかもしれな いと思いながら,真逆の行動をとっている自分の意志の弱 さを,“食べる”という行為の度に強く感じ,意志が弱い自 分を責めながらも,そのような行動をとる自分を内省する こと. 『難しい部分があるね.でも,それは自分の意志ひとつな んだけど,強い意志を持っていれば食べないでいられるん だけど,うーん….』(ID2) 5)カテゴリー【食事療法が“できていない”と“できない” でわからなくなる】 定義:現在の生活の中で行っている食事療法と血糖コン トロールに納得できないという思いを抱えながら,なぜ自 分が納得できないのか原因を探るために同病者や過去の自 分と比較することで,原因が行動として“できていない”か らなのか,糖尿病をもった身体としての“できない”から なのかがわからなくなること. (1)概念《過去の自分と今の自分を比較し,“できていな い”と“できない”が自分の中で不明瞭になる》 『血糖なのか,体質なのかはわからないな,って思います. 歳も歳ですしね.』(ID4) (2)概念《同病者と自分とを比較し,気持ちに揺れが生じ る》 『ほら,テレビとかで最近糖尿病についてとかあるで しょ.あれ見て,(HbA1c が)5.9% のおばあちゃんとかが 出ているわけですよ.負けられないなと思うんですね.』 (ID6) 6)概念《“できない”を 1 人で抱え込まないと決める》 定義:“できない”ことを意識するとストレスになる為, さらに辛くなると感じ医療者に相談したり,“できない”こ とを自分 1 人で悩むよりも身体を見てくれている医療者に 相談した方が早く解決すると捉えていること. 『やっぱり,食べるものだろうね.本に書いてあったって, 本の通りにならないし.それで,実際,先生には私の身体 診てもらっているわけだからね.だから,2 ヶ月に 1 回来 て,あー,今回 HbA1c どうなっているかなぁと,説明され るから.』(ID10) 7)カテゴリー【“できない”と体感するが医療者もわかっ てくれないと思う】 定義:患者は生活と身体を通して,“できない”ことがあ るということを薄々と体感しはじめながらも,確証をもて ずにいる.それを医療者に相談すると,血糖コントロール に良くない生活をしていたのではないか,ということで, “できない”を説明されてしまうが,それを否定しきれず, “できない”身体をもった自分に歯がゆさを感じること. (1)概念《相談できる医療者がいなくなったと感じる》 『まあ,看護師さんもそんな,決め決め…厳しくしてたら, ストレスたまって,尚更身体悪くなるよっていう事を最初 の頃に.最初の頃,よく診察終わった後に,そういう教育 的な,そういう時期があったもんですから,1 時間ほど.お 部屋で.今―,あれっきり,全然なくなりましたけども.』 (ID9) (2)概念《年齢と共に変化していく“わかっているけれど, できない”を身体で感じるが,医療者はわかっていな い》 『内科の先生もやっぱし運動なさいとかさ.どうしても ね,食事がなんか,コントロールが駄目らしいんだよね, 私のは.だから,先生は『太るよ』って言って.(自分が) 『インスリン打ってるから太るんじゃない』って言ったら, (医師が)『食事療法が駄目なんだよ』って言われるから.』 (ID11) (3)概念《数値で判断される生活と自分の身体に猜疑心を 抱く》 『(医師に『そんな,先生,食べてないんだけどねぇ』と 言う事もある,との語りから)(医師が)反応なしっていう かねぇ.まあ,結局やっぱ,もうちょっと,やっぱ,もう 少しそれなら食べるのを我慢しないといけないなって,自 分で思うくらいじゃないですか.…数値に表れているんだ から.』(ID9) 8)カテゴリー【数値に表れるのは結局食べることだとわ かる】 定義:運動療法や薬物療法は,多少は効果があるかもし れないが,食事療法と同等の結果が表れるわけではないと 思う.その証拠に,食事はすぐに数値として結果に表れる ことを体験していること. (1)概念《薬で維持しているだけの今の身体》 『…だから,今は(薬を飲みながらの)現状維持.糖尿病 は絶対治すの無理とわかっているんです.』(ID6) (2)概念《数値に反映しているのは運動ではなく食事と思 う》 『結構…結構動いていると思うけど.…そういうのって,
効果見えてこないしね.運動はしているけれど,効果見え ない.維持している程度かなっていう感じかな.』(ID1) 9)カテゴリー【自分なりの我慢で“できない”ことに対処 する】 定義:“できない”身体に対し,食事療法にまつわる自分 なりの“我慢”という,対処行動を行うこと. (1)概念《積極的我慢という対処》 『血糖値が上がる経験をしたからだね.あともうちょっと 食べたいと思うけど,先生から注意されているからね.こ れ以上食べたら(血糖値)上がるよ,って.今はごはん, 前の 3 分の 1 だから.だから食べない.夕食後は一切食べ ないね.』(ID6) (2)概念《消極的我慢という対処》 『うん,意識して.そしたら,あとお父さん(夫)食べて,っ て.半分残して食べたり.まるごと 1 個は食べない.それ で満足できるから.』(ID3) (3)概念《労いと助言をもらうために医療者に相談する》 『楽になりますよね,そうやってやっぱり,食べてもいい よって,少しくらいなら,って言われたら.』(ID3) (4)概念《家族の気遣いを感じ,自分の中でとどめるもの がある》 『今までは袋ガーッと全部食べたり.(今は)ほんのちょっ とにするとか.…家内も見ているからね.』(ID5)
V.考察
糖尿病をもつ患者の“わかっているけれど,できない”こ とへの自己対処の様相を描くことができた.以下に得られ た結果について考察する. 1.空腹という身体感覚について 先行研究では,空腹・空腹感は,自己管理行動のつらさ (松田・河口・土方他,2002)や,食事に対するディストレ ス(藤本・高間,2009)として報告されていた.しかし, 本研究では空腹を,糖尿病になってからの身体の変化を身 体感覚として認識しているということであった.そして, それがプロセスの起点であった.先行研究では,糖尿病を もつ患者は,慢性的空腹感や食欲求を強く感じていること (掛橋・安酸・小田他,1995;1996),糖尿病になると高血 糖状態が持続し,満腹中枢の閾値が上昇する為,細胞内が 飢餓状態となり,空腹感が強くなると考えられている(瀬 戸,2003;平尾,2006).加えて,Maslow(1954/1971)は, 生理的欲求について述べている.生理的欲求は,あらゆる 欲求の中で最も優勢なものであり,上位の欲求を充足させ る為には生理的欲求が充足されなければならないとしてい る.この生理的欲求は,体内における恒常性概念の発達と 食欲という食物に対する選好性が,現実の欲求や欠乏に関 連しているとされている.これらのことは,本研究結果に 照らして考えると,糖尿病になったことで身体の変化があ り,空腹感という生理的欲求が満たされていないという欠 乏に関連していると考えられた.そのため,身体の変化に より一層目を向けたケアが必要であることが示唆された. さらに,空腹という身体感覚が《意志の弱さを常に感じ る》に影響していることも描かれた.これまで,先行研究 で言われてきた“意志の弱さ”は,付き合いを優先してし まう為に食事制限を守れない(松田・河口・土方他,2002), 退院後に甘い考えになり,お正月や食事会などでつい飲ん でしまう(中村・足立・天野,2009)という療養行動を守 れない,という心理・社会的背景に関する“意志の弱さ”で あった.しかし,本研究では,糖尿病の身体になったこと により,実際の空腹だと思っていないのに食べてしまう, 日常的に空腹感を意識するといった【空腹に敏感になった 身体に苛まれる】という感覚と,療養経験や糖尿病教育を 受けたことによって,視覚や聴覚といった情報で目に見え なかった身体を事実として突き付けられた“普通の身体で はない”という 2 つが身体感覚を形成していた.加えて, 患者は糖尿病教育を通して習慣の変容について考えなけれ ばならない. Bandura(1995/1997)は,自己効力理論の中で,習慣の 変容の維持について触れており,習慣の変容の維持には, 自己規制能力と行動の機能的価値の 2 つに大きく依存して いると述べている.つまり,本研究結果と合わせて考える と,自己規制能力は食べることを抑えること,行動の機能 的価値は良好な血糖コントロールを得ることだと考えられ た.その為,患者は食べることを自制しなければならない, 強い意志があれば“空腹感”は自制できると思いながら生 活するが,それが上手くいかないことに対して自責の念を 感じ,食べる度に《意志の弱さを常に感じる》ということ に繋がっていた.つまり,本研究の新規性は,空腹感と普 通の身体ではないという身体感覚の自己認識が,食べると いう日常的な行為として《意志の弱さを常に感じる》に繋 がっていることを構造として描けたことである. 2.“できない”と自覚することの重要性 本研究結果で,患者の“わかっているけれど,できない” という言葉に,行動として“できていない”と,身体が徐々 に変化していく過程で身体として“できない”があり,こ の 2 つを区別することなく表現していることを見出した. 特に,患者が体感しているという視点で“できない”を述 べた研究はこれまでにない. 本研究結果では,“できていない”を強く感ずる場合は, 【“できない”と体感するが医療者もわかってくれないと思 う】,【数値に表れるのは,結局食べることだとわかる】を 経てプロセスの帰結へと至っていた.先行研究では,医療者が患者の療養行動,つまり日々の努力に目を向けること が大切であると言われてきた(松田・河口・土方他,2002). また,医師の対応は,患者の負担感情の軽減や自己効力の 向上に影響を与えていることが言われている(藤田・松岡, 2002;小田嶋・鷲見・良村,2013).つまり,これまでは “できていない”についての対応が言われてきた.しかし, 本研究で明らかになったことは,患者は“できていない”と 感じている中に,“できない”が含まれていることに気がつ けないと,自分の身体に猜疑心を抱きやすいということで あった. 一方で,“できない”を強く感ずる場合は,《“できない” を 1 人で抱え込まないと決める》を経てプロセスの帰結へ と至っていた.上田(1995)は,「“諦め”はその人物がど のような世界観,人間観をもっているかということに左右 されるため,きわめて知的である.諦める事柄についてよ くわかっていないと,諦めてはいけないところまで諦めて しまい,その結果,人間の運命にまで影響することがある ため,諦めへの対処のしかたは重大である.そして,“見き り”は,事をもう少しそのまま押すか,それともさっと転 換するかの突き詰められた選択である.」と述べている.本 研究では,《“できない”を 1 人で抱え込まないと決める》プ ロセスを経た患者は,“できない”ことを意識するとストレ スになる為,身体として“できない”ことを認めることで, 医療者に相談することができていた.そして,現在の生活 全体に対し,身体と生活が一体となって数値に表れている と捉え,自分は頑張っているという思いを少なからず抱き ながら【自分なりの我慢で“できない”ことに対処する】に 至っていた.このように患者は,“できない”を認められる と,無理のない対処行動を行える. これらのことから,《“できない”を 1 人で抱え込まない と決める》は患者にとって重大な選択であり,その重大な 選択を受け入れてくれる医療者を見つけること,そして, それを医療者がどのように受け止めるかということが,患 者の糖尿病や生活に対する捉え方にも影響を及ぼすと考え る.そのため,医療者は患者が身体として“できない”こ とに目を向け,患者が空腹感をどのように捉えているかを 理解し,どのような対処をしているかを把握した上で,“で きない”身体を患者が認められるような関わりをする必要 があることが示唆された. 3.【自分なりの我慢で“できない”ことに対処する】に ついて 本研究では,“わかっているけれど,できない”という現 象を,空腹感からはじまる我慢として捉え,その我慢とい う対処を【自分なりの我慢で“できない”ことに対処する】 というカテゴリーで明らかにすることができた. Maslow(1954/1971)は,ある 1 つの生理的欲求に対する 満足感は,人間が生理的欲求の支配から解放されるのに役 立ち,より高次の動機・目標を見出すことに繋がり,逆に 生理的欲求に対する不満足感は,人間を支配し,行動が組 織化すると述べていた.そして,過去に欲求を満足させえ なかった人間と満足させることができた人間とは現在ある 満足感にそれぞれ異なる反応を示すと述べていた.つまり, 患者は,糖尿病になる前には生理的欲求として空腹感が挙 がってこなかったが,糖尿病になってから生理的欲求とし て空腹感が挙がるようになったと考えられ,空腹感という 生理的欲求に対し,《積極的我慢という対処》《消極的我慢と いう対処》《労いと助言をもらうために医療者に相談する》 《家族の気遣いを感じ,自分の中でとどめるものがある》の 4 つの対処をしていると考えられた. また,Bandura(1995/1997)は,生理的・情動的状態の 反応の強さではなく,それらがどのように受け止められ, 解釈されるかが重要であると述べている.そして,自己効 力を下げる情報の 1 つとして空腹を挙げている(河口, 2001;安酸,2007).このことから,患者自身が空腹感をど のように捉え,療養行動や対処行動として関連付けている のかを把握することが必要であると考える.本研究では, 患者自身が行動として“できていない”のか,身体として “できない”のかを考え,対処行動をとっていることが明ら かとなった.さらに,その対処は空腹感を我慢するという ことであった.そのため医療者は,この研究結果より患者 が 4 つの我慢のどれを行っているのかを把握することで, それぞれの我慢に対して具体的な食事療法の教育を行える と考える.また,医療者が,患者が“我慢するしかない”と 思いながら生活している現状を,患者は我慢を“できてい る”もしくは“できる”と捉えることは,《積極的我慢とい う対処》のように,空腹を感じても更に我慢をする,《家族 の気遣いを感じ,自分の中でとどめるものがある》のよう に,家族に自分の思いを伝えることを控える等,我慢に我 慢を重ねる状況を作り出すおそれがある.その為,このよ うな状況に医療者が気づくということ自体ができなくなる ことは,患者にとって必ずしも良いとは言い切れないと考 える. 空腹感はそのこと自体を解消するには困難が伴う.しか し,本研究で対処の仕方を見出したことは意義が大きい. 4.本研究の限界 本研究は,60 歳代から 70 歳代の対象者において収束し た結果である.そのため,60 歳未満 80 歳以上の糖尿病患者 においても同じ構造であるかは言い切れない.更に,外来 指導で糖尿病教育を受けた患者は対象ではないことが限界 である.
VI.結論
本研究結果により,糖尿病をもつ患者の“わかっている けれど,できない”の現象は,【空腹に敏感になった身体に 苛まれる】を起点として,【自分なりの我慢で“できない” ことに対処する】に至っていたプロセス上に起こってくる 複雑な構造として以下のことが明らかとなった. 1)糖尿病の身体になってからの身体変化や,本当にお腹 が空いているのかわからないとした“空腹感”と,療養経 験や糖尿病教育を受け“普通の身体ではない”という,2 つの身体感覚が《意志の弱さを常に感じる》に影響してい た. 2)患者の“わかっているけれど,できない”には,行動 として“できていない”と,身体として“できない”があ るため,この 2 点の視点で患者を捉えることが望ましい. 3)患者は,空腹感に対して我慢をするという 4 つの対処 を行っていた.医療者は,患者が我慢に我慢を重ねるよう な状況に陥ることがないよう,空腹感を我慢していること を理解し,4 つの我慢のどれを行っているのかを把握する ことが重要である. 謝辞 本研究への参加を快く承諾し,ご自身の貴重な体験を 語って頂きました対象者の皆様,研究フィールドにて様々 なご支援を頂きました皆様に心より感謝申し上げます. 付記 この論文は平成 30 年度金沢大学大学院医薬保健学総合研究 科修士論文の一部に加筆,修正を加えたものである.なお,この 論文は申告すべき COI 状態はない. 文献 Maslow A.H.(1954),小口忠彦(1971)(訳):人間性の心理学(第 4 版).東京 都,89-93, 産業能率短期大学出版部. Bandura A(1995),本明寛(1997)(訳):激動社会の中の自己効 力(第 1 版).東京都,2-6, 28-31, 232-233, 金子書房.Bandura A(1997), Freeman, W. H., ed, Self-efficacy The exercise of control. 藤本ひとみ,高間静子(2009),成人糖尿病患者の治療食に対するディストレ スの特徴.新田塚医療福祉センター雑誌,6(1), 33-36. 藤田君支,松岡緑(2002),食事管理の自己効力感を維持している糖尿病患者 の自己管理体験.日本糖尿病教育・看護学会誌,6(2), 123-130. 服部真理子,吉田亨,村嶋幸代他(1999),糖尿病患者の自己管理行動に関連 する要因について 自己効力感,家族サポートに焦点を当てて.日本糖 尿病教育・看護学会誌,3(2), 101-109. 平尾鉱一(2006),【空腹感と低血糖】糖尿病患者における空腹感への対処法 は?.Q&A でわかる肥満と糖尿病,5(5), 722-723. 池田由紀,土居洋子,山本裕子他(2005),R. M. Anderson と M. M. Funnell によるエンパワーメントに視点をあてた糖尿病患者教育.大阪府立看護 大学紀要,11(1), 2005. 祝冨紀,古崎和子(2009),糖尿病エンパワーメントの概念を取り入れた記録 用紙を活用した療養指導 療養行動の継続と自立につなげる動機づけ の支援.日本糖尿病教育・看護学会誌,13(1), 16-26. 河口てる子(2001),〈看護 QOLBOOKS〉糖尿病患者の QOL と看護(第 1 版第 1 刷).東京都,42-45, 医学書院. 掛橋千賀子,安酸史子,小田和美他(1995),糖尿病者のコンプライアンスに 影響する因子の分析.日本看護科学会誌,15(3), 176. 掛橋千賀子,安酸史子,小田和美他(1996),糖尿病者のコンプライアンスに 影響する因子の分析(第 2 報)―食事療法を中心に―.日本看護科学会 誌,16(2), 94-95. 木下幸代(1998),糖尿病の自己管理を促進するための教育プログラムの作 成.日本糖尿病教育・看護学会誌,2(2), 110-117. 木下千恵(2012),ローカス・オブ・コントロール尺度に基づく 2 型糖尿病患 者の求める食事療法指導の検討.日本糖尿病教育・看護学会誌,16(2), 143-153. 木下康仁(2007),ライブ講義 M-GTA 実践的質的研究法 修正版グラウン デッド・セオリー・アプローチのすべて(第 1 版).東京都,弘文堂. 松田悦子,河口てる子,土方ふじ子他(2002),2 型糖尿病患者の「つらさ」. 日本赤十字看護大学紀要,(6), 37-44. 宗像恒次(1995),行動変容のヘルスカウンセリング セルフケアへの支援.東 京都,32-33, 医療タイムス社. 中村小百合,足立はるゑ,天野瑞枝(2009),成人期の 2 型糖尿病患者が抱く 食事の自己管理行動に関する認識と情動.日本看護医療学会誌,11(1), 15-24. 中信利恵子(2002),対人関係に基づいた看護者の関わりと患者の変化の過 程―自己管理が困難な糖尿病患者の事例から―.日本赤十字広島看護大 学紀要,2, 33-43. 小田嶋裕輝,鷲見尚己,良村貞子(2013),2 型糖尿病患者のストレス対処力・ 心理的負担感・医療者の支援との関連性.看護総合科学研究会誌,15(1), 17-25. 瀬戸奈津子(2003),【糖尿病の患者さんによく聞かれる質問】食事療法 食 事療法を頑張ってきましたが,空腹感が強く,もう続けられません.こ んなに頑張っているのに結果がよくならないのはどうしてでしょう か?.Nursing Today,18(6), 72. 上田薫(1995),人が人に教えるとは 21 世紀はあなたに変革を求める(第 1 版).東京都,31-35, 医学書院. 渡邉亜紀子, 佐藤栄子(2008), 糖尿病患者の食事療法に対する 藤の要因. 日本糖尿病教育・看護学会誌,12(1), 17-24. 安酸史子(2007),糖尿病患者のセルフマネジメント教育―エンパワメントと 自己効力(第 1 版第 2 刷).大阪府,100-108, メディカ出版.