緒 言
平成 29 年厚生労働省の人口動態統計によると,がんは 昭和 56 年以降,日本人の死亡原因の第 1 位であり,全 体の 27.9%を占めている1).口腔がんにおいては,平成 27 年 3 月に「希少がん医療・支援のあり方に関する検討 会」が設置され,がん対策推進基本計画に基づき,希少 がん医療・支援のあり方に関する検討が行われ,希少が んとして位置づけている2).また,野村ら3)の調査では, 1992 年から 2013 年までの 21 年間の口腔がん検診におい ての要精密検査数から口腔がんと診断された数について は,5 大がん検診(胃がん,肺がん,大腸がん,子宮が ん及び乳がん)の結果と比較して有意差を認めなかった と報告している. 山村ら4)の口腔がん患者の歯科疾患罹患状況調査では, 口腔がんを疑い一般歯科医院から T 大学病院へ紹介され た患者は口腔がん患者の 75%を占めていた.これは口腔 がんの発見に歯科医師が大きな役割を果たしていること を示している.しかし,開業歯科医師が口腔がんを診る 機会は少なく,時に口腔がんを口内炎や抜歯後治癒不全 と診断し,口腔がんの発見が遅れるケースも多い.その 対策として,開業歯科医師を対象とした口腔がん発見の 啓発活動も今後の重要な課題とあげられている4).また, 魚谷ら5)は,在宅療養中の高齢の口腔がんサバイバーが 増加している現状から,口腔がん治療における後遺症が 生涯続くこと,QOL が大きく低下してしまうことも少な くないため,口腔がんに対する専門知識を有する歯科医 療従事者が在宅医療に携わる必要があると述べている. さらに,近年では周術期口腔機能管理が様々な合併症 を予防するのに有効であるといわれている6).これらの ことから,口腔がん患者における対応には,初期から看歯科診療所に勤務する歯科衛生士の
口腔がんに関する意識調査
Examining attitudes of dental hygienists employed
at dental clinics towards oral cancer
新井 早苗,合場 千佳子
1)ARAI Sanae, AIBA Chikako
調査研究 内 容 要 旨 口腔がんは希少がんとして位置づけられるが,罹患率は増加傾向を示している.歯科衛生士は患 者の口腔内を観察する専門職として,口腔がんに関する知識を習得することが重要であると考える. 本研究は,歯科診療所に勤務する歯科衛生士を対象に,メインテナンス時の口腔内の観察部位や口 腔がんの観察に対する意識を調査することを目的とした.関東近郊の歯科診療所に勤務する就業年 数 1 年目から 10 年以上の歯科衛生士 191 名を対象に,無記名による自己記入式質問紙調査票を郵送 し調査した. 調査結果から,口腔がんに関する授業や講習会を受講している者は 66.0%であるが,就業年数が 経過していくにつれ受講している者は少なかった.口腔内を観察する部位では,歯肉が 96.9%,口 腔底が 25.7% であった.口腔内写真を撮影している者は,75.0%であった.口腔がんを早期発見する ためには,スタッフ間の情報共有が必要であり,口腔内写真は有効なツールと考える.口腔がんに 関する部位別の意識調査においては,「意識している」として捉えている者の割合が 8 割以上と高い 傾向を示した.しかし,口腔底については「たまに意識する」の割合が最も多く,定期的な観察意 識は低い値となった. キーワード 口腔がん,歯科衛生士,歯科診療所,早期発見 日本歯科大学東京短期大学専攻科 歯科衛生学専攻 The Nippon Dental University College at Tokyo,
Graduate Programs, The Major of Dental Hygiene 1)日本歯科大学東京短期大学 歯科衛生学科 The Nippon Dental University College at Tokyo,
Department of Dental Hygiene
取りに至るまで口腔がんに関する知識を習得した歯科衛 生士による口腔健康管理が必要不可欠であると思われる. 本研究の目的は,一次医療機関である歯科診療所に勤 務する歯科衛生士を対象に,患者の処置やメインテナン ス時の口腔内の観察内容と口腔がんに対する観察意識を 調査する.さらに,得られた結果を歯科衛生活動に活用 することで口腔がんの早期発見,予防指導に役立てたい と考えている.
対象および方法
1.調査対象 調査対象者は,一次医療機関である歯科診療所に勤務 する就業年数 1 年目(新卒から 2 年未満)から 10 年以上 の歯科衛生士 191 名を対象とした.調査対象地域は,群 馬県,栃木県,埼玉県,東京都,神奈川県,千葉県の 1 都 5 県である. 2.調査方法 本調査は,2019 年 7 月から 2020 年 3 月の期間に,調 査対象である歯科診療所に,研究主旨および承諾書とと もに無記名による自己記入式質問紙調査票を郵送し,勤 務する歯科衛生士への配布を依頼した.また,回収は同 封した返信用封筒にて行った. 3.調査項目 調査項目は,対象者の基本属性(勤務している都道府 県,就業年数,認定資格の有無),口腔がんについての 受講の有無,歯科衛生士業務(メインテナンスの実施状 況と頻度,生活習慣に対する指導の有無,歯科衛生士が 行う訪問歯科の有無,定期歯科検診推奨の有無,口腔内 写真の撮影の有無,口腔内観察部位と使用器具)とした. 口腔内観察部位については,口唇,上下小帯,硬口蓋, 軟口蓋,前口蓋弓,頬粘膜,口腔前提,歯肉,舌背,舌 尖,口腔底,唾液腺開口部,歯列弓,その他とした.質 問紙調査票を表 1 に示す. 1)口腔がんに関する部位別の意識調査 口腔がんは舌がんが最も多く,次に歯肉がん,頬粘膜 がん,口腔底がんの順で罹患者が増加しているため,調 査部位には上位 4 つ(舌,歯肉,頬粘膜,口腔底)に限 定し調査を行った(表 2).調査対象者は処置時やメイ ンテナンス時に口腔内観察を行っている歯科衛生士 97 名で,調査項目は柴原ら7)の口腔がん・口腔粘膜疾患 チェックリストを一部抜粋し 9 項目とした.選択肢は, 「1:いつも意識している,2:ときどき意識する,3:た まに意識する,4:全く意識しない」の 4 肢である. 2)質問紙調査票による自由記載 口腔がんに対する早期発見のために歯科衛生士として 出来ることについては,自由記載により回答を得た(表 2). 4.分析方法 回答者の実態を把握するために,調査票の各項目につ いて単純集計を行った.また,就業年数と口腔がんにつ いての受講の有無はクロス集計した.さらに,口腔がん の部位別意識に関する 4 件法で得られた回答については, 「1:いつも意識している」,「2:ときどき意識する」,「3: たまに意識する」を「意識している」として集計した. 5.倫理的配慮 調査にあたり,対象者への研究内容の説明を書面で行 い,質問紙調査用紙の返送をもって,研究協力への同意 が得られたものとみなした.また,無記名による調査結 果を統計的に処理するため,個人が特定されることはな く,調査への協力の有無による不利益はないため,倫理 的な問題は生じないと考える.なお,本研究は日本歯科 大学東京短期大学倫理審査委員会の承認を得て実施した (承認番号:東短倫- 237).結 果
調査票は対象者 191 名に配布し,本人から同意が得ら れた 120 名(回収率 62.8%)から回答を得た.そのうち, 有効回答数は 100 名(有効回答率 52.4%)であった.な お,本稿のデータは,質問内容によっては複数回答が可 能なものがあるため,各質問項目の合計数は回答者数と 必ずしも一致していない. 1.対象者の基本属性 回答が得られた 100 名の内訳は,群馬県内の歯科診療 所に勤務する歯科衛生士 31 名(31.0%),栃木県内の歯 科診療所に勤務する歯科衛生士 22 名(22.0%),埼玉県 内の歯科診療所に勤務する歯科衛生士 6 名(6.0%),東 京都内の歯科診療所に勤務する歯科衛生士 33 名(33.0%), 神奈川県内の歯科診療所に勤務する歯科衛生士 3 名 (3.0%),千葉県内の歯科診療所に勤務する歯科衛生士 5 名(5.0%)の計 100 名であった.また,就業年数では, 10 年以上が 36 名(36.0%),次いで 2 ~ 5 年未満が 27 名 (27.0%),5 ~ 10 年 未 満 が 23 名(23.0%),1 年 目 が 14 名(14.0%)であった. 認定資格の有無では,取得していると回答した者は 10 名(10.0%),認定資格を持っていないと回答した者は 90 名(90.0%)であり,大多数の者が認定資格を持ってい ないと回答した.認定資格を持っていると回答した 10 名 の認定の種類は,日本歯周病学会,日本スポーツ歯科医学会,歯並びコーディネーター,日本顎咬合学会,POIC ホームケアアドバイザー,ホワイトニングコーディネー ター,国際インプラント学会インプラントコーディネー ターであった. 2.口腔がんについての受講状況 口腔がんについての講義を受講したことがあると回答 した者は 66 名(66.0%),口腔がんについての講義を受 講したことがないと回答した者は 34 名(34.0%)であっ た.さらに,就業年数と口腔がんについての受講の有無 については,講義を受講したことがある者は 1 年目が 12 名(85.7%),2 ~ 5 年未満は 21 名(77.8%),5 ~ 10 年 未満は 15 名(65.2%),10 年以上は 18 名(50.0%)であ り,就業年数が経過するにつれ口腔がんの講義を受講し ている者は少なかった(表 3).口腔がんについて受講し た場所は,学校での授業が一番多く 55 名(83.3%)であ り,次いで講演会 22 名(33.3%),学会 8 名(12.1%), その他 2 名(3.0%)であった. 3.歯科衛生士が行う業務に関する状況 1)メインテナンスの実施状況と頻度 勤務している歯科医院におけるメインテナンスの実施 状況については,100 名中 98 名が実施していた.メイン テナンスを行っている歯科衛生士 98 名のうち,メイン テナンス期間は 3 か月毎が 55 名(56.1%)が半数以上で あった. 問1) 現在勤務している都道府県はどこですか 1. 群馬県 2. 栃木県 3. 埼玉県 4. 東京都 5. 神奈川県 6.千葉県 問2) 歯科衛生士としての就業年数はどのくらいですか 1. 1年目 →問4)へ 2. 2~5年未満 →問4)へ 4. 10年以上 →問3)へ 問3) 認定資格は何か取得されていますか 問4) 口腔がんについての講義を受講したことはありますか 1. はい →問5)へ 2. いいえ →問6)へ 問5) 何処で学びましたか (複数回答可) 1. はい →問7)へ 2. いいえ →問9)へ 1. 学校の授業 2. 講演会 3. 学会 4. その他( ) 問6) 勤務している歯科医院では、歯科衛生士が行うメインテナンスを取り入れてますか 問7) メインテナンスの頻度は平均どのくらいですか 1. 1カ月 2. 2カ月 3. 3カ月 4. 4カ月 5. 5カ月以上 問8) メインテナンスを行うのは担当制ですか 1. はい 2. いいえ 問9) 生活習慣に対する指導は行っていますか 1. はい →問10)へ 2. いいえ →問11)へ 問10) その指導は何に対して行っていますか (複数回答可) 1. う蝕 4. その他( ) 問11) 歯科衛生士が訪問歯科を行っていますか 1. はい 3. いいえ 問12) 定期歯科検診を勧めていますか 1. はい 3. いいえ 問13) 口腔内写真は撮影していますか 1. はい 3. いいえ 問14) 普段の処置時やメインテナンス時に口腔内観察は行っていますか 1. はい →問15)へ 2. ときどき →問15)へ 3. いいえ 問15) どこを観察しますか (複数回答可) 3. 硬口蓋 6. 頬粘膜 9. 舌背 12. 唾液腺開口部 問16) 口腔内観察時に補助用具は使用しますか 1. はい →問17)へ 2. いいえ 問17) 補助用具として何を使用しますか ) 5. その他( 1. ペンライト 2. 舌圧子 3. ガーゼ 2. ときどき 1. 口唇 2. 上下小帯 4. 軟口蓋 5. 前口蓋弓 7. 口腔前提 8. 歯肉 10. 舌尖 11. 口腔底 13. 歯列弓 14. その他 (複数回答可) 3. 5~10年未満 →問3)へ 2. 歯周病 2. ときどき 2. ときどき 3. 禁煙 4. デンタルミラー 表 1 質問紙調査票(一部抜粋)
メインテナンスが患者担当制であるかについては,担 当制である者は 23 名(23.5%),担当制でない者は 75 名 (76.5%)であり,半数以上の歯科衛生士が担当制ではな いと回答した(表 4). 2)生活習慣に対する指導 生活習慣についての指導を行っているかについては, 行っている者は 80 名(80.0%),行っていない者は 20 名 (20.0%)であった.具体的な指導内容については,「う 蝕」が 68 名(85.0%),「歯周病」が 79 名(98.8%),「禁 煙」が 30 名(37.5%),「その他」が 15 名(18.8%)で あった.その他の回答では,食生活,間食,くいしばり, 舌癖,口のマッサージ,あいうべ体操,口腔周囲筋,口 腔乾燥,舌苔予防,誤嚥予防,歯列矯正者に対する口腔 ケアであった. 表 2 「口腔がんに関する部位別の意識調査」についての質問紙調査票(一部抜粋) いつも ときどき 口腔内観察時に口腔がんを意識していますか。 いつも意識している場合は 1 を、ときどき意識している場合は 2 を、たまに意識している場合は 3 を、全く意識していない場合は 4 に〇を付けてください。 たまに 全く 意識している 意識する 意識する 意識しない 問 1) 舌がんの大多数が側縁に発生します。1---2---3---4 舌の側縁を意識しますか。 視診では病変の色と形を観察します。 問 2) 舌の色(白色病変、赤色混在病変、等)を 意識しますか。 1---2---3---4 意識しますか。 問 3) 舌の形(乳頭腫様、顆粒様、等)を 1---2---3---4 意識しますか。 問 4) 歯肉の色(白色病変、赤色混在病変、等)を 1---2---3---4 意識しますか。 問 5) 歯肉の形(乳頭腫様、顆粒様、等)を 1---2---3---4 意識しますか。 問 6) 頬粘膜の色(白色病変、赤色混在病変、等)を 1---2---3---4 意識しますか。 問 7) 頬粘膜の形(乳頭腫様、顆粒様、等)を 1---2---3---4 を意識しますか。 問 8) 口腔底の色(白色病変、赤色混在病変、等) 1---2---3---4 意識しますか。 問 9) 口腔底の形(乳頭腫様、顆粒様、等)を 1---2---3---4 口腔がん早期発見のために歯科衛生士として出来ることについてのご意見などをお聞かせください。 n=100 1年目(名) % 2~5年未満(名) % 5~10年未満(名) % % 受講有 12 85.7 21 77.8 15 10年以上(名) 65.2 18 50.0 受講無 2 14.3 6 22.2 8 34.8 18 50.0 就業年数 表 3 就業年数と口腔がんの講義受講の有無
3)歯科衛生士が行う訪問歯科の有無 歯科衛生士が訪問歯科を行っているかについては, 行っている者が 21 名(21.0%),ときどき行っている者 が 23 名(23.0%),行っていない者が 56 名(56.0%)で あった. 4)定期歯科検診推奨の有無 歯科衛生士が定期歯科検診を勧めているかについては, 推奨している者が 96 名(96.0%),ときどき推奨してい る者が 3 名(3.0%),推奨していない者が 1 名(1.0%) であった. 5)口腔内写真の撮影の有無 口腔内写真を撮影しているかについては,撮影を実施 している者が 49 名(49.0%),ときどき撮影を実施して いる者が 26 名(26.0%),撮影を実施していない者が 25 名(25.0%)であった. 6)口腔内観察部位と使用器具 歯科衛生士による処置時やメインテナンス時に口腔内 観察を行っているかについては,行っている者が 81 名 (81.0%),ときどき行っている者が 16 名(16.0%),行っ ていない者が 3 名(3.0%)であった. 観察部位については,口腔内観察を行っている者と, ときどき行っている者の合計 97 名を集計した結果,最 も観察していた部位は歯肉 94 名(96.9%)であった(図 1).また,その他の回答では舌の側方部,舌の筋肉量, 歯,歯頸部,頬小帯であった. 口腔内観察時に使用する器具においては,デンタルミ ラーが 93 名(95.9%),次いでガーゼが 17 名(17.5%), ペンライトが 9 名(9.3%),その他 3 名(3.1%),舌圧子 1 名(1.0%)であった.その他には探針,角綿を使用す るとの回答を得た. 口腔内観察を行っていると回答した歯科衛生士 97 名の うち 3 名の歯科衛生士が器具は使用せず視診のみで観察 を行っていると回答した. 4.口腔がんに関する部位別の意識調査 口腔内観察を行っている歯科衛生士は 100 名中 97 名で あった.この 97 名を対象として口腔がんに関する観察意 識をもっているか調査した.表 5 は,罹患率が多い舌が ん,歯肉がん,頬粘膜がん,口底がんの発現がみられる 舌,歯肉,頬粘膜,口腔底の 4 つの部位に限定し,それ ぞれの形態や色に関する観察状況を示す.今回の 4 段階 での調査で,「いつも意識している」の値が最も高かった ものは,歯肉の形が 62 名(63.9%)であった. さらに,口腔がんの観察意識において「いつも意識し ている」,「ときどき意識する」,「たまに意識する」の合 計が最も多かったのは,歯肉の色であった.歯肉の色で は,「いつも意識している」が 61 名(62.9%),「ときどき 表 4 メインテナンスの実施状況と頻度 n=100 質問項目 名 % 1)メインテナンスの実施 98 98.0 実施している 実施していない 2 2.0 2)メインテナンスの頻度 n=98 1カ月 15 15.3 2カ月 7 7.1 3カ月 55 56.1 4カ月 12 12.2 5カ月以上 9 9.2 3)メインテナンスの担当制 23 23.5 担当制である 担当制ではない 75 76.5 図 1 メインテナンス時の口腔内観察部位
意識する」が 28 名(28.9%),「たまに意識する」が 7 名 (7.2%)で,合計 96 名(99.0%)が何らかの意識をしてい た.反対に,口腔底の色が 86 名(88.7%),口腔底の形が 81 名(83.5%)で歯肉の色と比較すると少なかった. 5.質問紙調査票による自由記載 歯科衛生士 100 名のうち 76 名から,口腔がんに関する 早期発見のために歯科衛生士として出来ることについて, 自由記載による回答を得た.その中で,「異変を発見した ら歯科医師に確認してもらう.」が 27 名(35.5%)と最 も多かった.次いで,「初診またはメインテナンス時には 患者の口腔内全体を観察する.」が 18 名(23.4%)であっ た.回答の中には「アンケートを行っての感想」や,「現 在歯科医院で実際に実践していること」も含まれていた. 具体的には,「頬粘膜病変の症例を頻繁に見ないので自信 がない」,「今まで口腔がんを意識していなかった.これ から意識していきたい」,「以前,口内炎と言っていた患 者が舌がんだった」,「担当患者に白板症がある方が多い ので気にしてみている」,「視診の時間をメインテナンス の最初と最後に 2 回とっている」,「メインテナンスの大 切さを理解してもらうため,常に口腔がんの話をしてい る」,「異常を見つけるのではなく,異変を見逃すことが ないようチェックしている」,「問診でタバコの本数を聞 いている」等の記載がみられた.
考 察
1.歯科衛生士が行う業務に関する状況 1)メインテナンスの実施状況と頻度 勤務している歯科医院で,メインテナンスを取り入れ ているのは 98 名(98.0%)と,ほとんどの歯科医院でメ インテナンスを取り入れられており,3 か月ペースで行っ ている歯科衛生士が最も多かった.茂木8)は一般的には, 約 3 か月ごとのメインテナンスが望まれるが,リスク因 子によって,適宜,増減させることが重要であると述べ ている.メインテナンス期間は,今回の結果と同じであ り適切であると考える.さらに,メインテナンスの担当 制については,担当制でないのが 75 名(76.5%)と非常 に多かった.このことから,定期的に患者は来院するが, 同じ患者を継続して担当するシステムは作られていない ことが予測される.歯科衛生士の対応として,患者の生 活の様子や口腔内に認められる徴候の変化を把握するた めに業務記録を活用し,他の歯科衛生士と情報共有する ことが大切であると考える. 2)生活習慣に対する指導 口腔がんの原因因子として喫煙は重要な課題であり, 生活習慣指導の中でも禁煙指導は重要であると考えられ る.しかし,今回の調査では,禁煙指導を行っている歯 科衛生士は 30 名(37.5%)と少なかった.平成 29 年の 国民健康・栄養調査によると,現在習慣的に喫煙してい る者の割合は 17.7%であり,年齢階級別にみると,30 ~ 40 歳代男性では約 4 割が習慣的に喫煙している9)と報告 されている.歯科衛生士が患者とのコミュニケーション をとる場面で,喫煙が口腔がんのリスクファクターであ ることを伝えることができれば禁煙指導へのきっかけと なり,今後,禁煙指導は歯科衛生士の重要な業務である と考える. 3)歯科衛生士が行う訪問歯科について 我が国の 65 歳以上の人口は,昭和 25(1950)年には 総人口の 5%に満たなかったが,昭和 45(1970)年に 7%を超え,さらに,平成 6(1994)年には 14%を超え た.高齢化率はその後も上昇を続け,平成 29(2017)年 10 月 1 日現在,27.7%に達している10).今後さらに超高 齢社会が進み,歯科診療所に通うことが出来ない高齢者 が増加すると考えられる.今回の調査では,歯科衛生士 100 名のうち,訪問歯科を行っている者は 21 名(21.0%), 表 5 口腔がんを意識した観察部位における意識度 各項目における意識度 1:いつも意識している 3:たまに意識する 4:全く意識しない 名 (%) 2:ときどき意識する 名 (%) 名 (%) 名 (%) 22 22.7 45 46.4 25 25.8 5 5.2 39 40.2 37 38.1 17 17.5 4 4.1 22 22.7 41 42.3 26 26.8 8 8.2 61 62.9 28 28.9 7 7.2 1 1.0 62 63.9 26 26.8 6 6.2 3 3.1 38 39.2 36 37.1 18 18.6 5 5.2 24 24.7 38 39.2 25 25.8 10 10.3 15 15.5 26 26.8 45 46.4 11 11.3 14 14.4 25 25.8 42 43.3 16 16.5 ①舌の側縁 ②舌の色 ③舌の形 ④歯肉の色 ⑤歯肉の形 ⑥頬粘膜の色 ⑦頬粘膜の形 ⑧口腔底の色 ⑨口腔底の形 n=97ときどき行っている者は 23 名(23.0%)で,合計 44 名 の歯科衛生士が訪問歯科を行っており,全体の 44.0%と 半数以下であった.野口ら11)は,在宅での高齢者がい よいよ食事を摂れなくなり,ようやく介護者が口腔内に 充満する腫瘍に気づくという症例を時に経験することが ある.そのため,介護者への口腔がんに対する啓発活動 も充実させる一方で,訪問診療や在宅診療における定期 的な粘膜疾患検診の介入は今後の重要課題であると述べ ている.今回の調査では,歯科衛生士が訪問歯科を行っ ている者は半数以下であったが,診療所で口腔内観察を 行っている者は 97 名(97.0%)と多く,今後訪問歯科が 普及し診療所と同様に口腔内観察を行う歯科衛生士が増 えれば,通院可能な患者だけではなく,訪問診療や在宅 診療が必要となった高齢患者の口腔粘膜疾患の早期発見 が可能になると考える. 4)定期歯科検診推奨の有無 歯科衛生士が定期歯科検診を推奨している者と,とき どき推奨している者の合計は 99 名(99.0%)であり高い 割合であった.日本歯科医師会の歯科医療に関する一般 生活者意識調査12)で報告された「日常生活,健康管理, 歯科健診,対応派 or 先延ばし派」では,人間ドックなど の自分の全身の健康管理よりも歯科検診の方が先延ばし されていることが明らかになった.定期歯科検診を受診 することは口腔がんの早期発見にもつながるため,定期 受診を促すことは歯科衛生士として重要な役割のひとつ であると考える. 5)口腔内写真の撮影の有無 今回の調査では,口腔内写真を撮影している者が 49 名 (49.0%),ときどき撮影している者が 26 名(26.0%)で, 合計 75 名(75.0%)と半数以上の歯科衛生士が実施して いた.異変部位を発見した場合,口腔内写真を撮影し保 管しておくことにより次回患者が来院した際に経過を観 察することができる.今回の対象者は,メインテナンス の際,担当制ではない歯科衛生士が多かったため,口腔 内写真を撮影することによって同じ患者を診ることがで きなくても情報の共有ができると考えられる. 6)口腔内観察部位と使用器具 歯科衛生士が普段の処置時やメインテナンス時に口腔 内観察を行っている者は 81 名(81.0%),ときどき行っ ている者は 16 名(16.0%)で,観察部位については,歯 肉 94 名(96.9%), 頬 粘 膜 79 名(81.4%), 口 唇 72 名 (74.2%)が多かった.使用器具についてはデンタルミ ラーが最も多く,日常的に患者の口腔内を観察し,常に 歯肉,頬粘膜,口唇の状態をデンタルミラーを使用し観 察していることが明らかになった.これらは見やすい部 位でもあることから観察している者が多かったのではな いかと考えられる.口腔内観察で見にくい部分の口腔底 25 名(25.8%),前口蓋弓 21 名(21.6%),唾液腺開口部 13 名(13.4%)においては観察している者が少なく,粘 膜疾患が起きても見落としてしまう可能性も考えられる. 野口ら11)は,開業歯科医院での診察の場は,口腔内を診 るために最も適した場であり,歯科治療を受ける機会こ そが口腔がんのスクリーニングにつながると述べている. 口腔内を観察する機会の多い歯科衛生士は,口腔がんの 早期発見の手助けを担うことができると思われるため, 口腔内観察を行うことの必要性が改めて示された. 2.口腔がんに関する部位別の意識調査 歯科衛生士の口腔がんに関する観察意識は「意識して いる」として捉えている者の割合が 8 割以上と高い傾向 を示した.特に,「いつも意識している」の値が最も高 かったものは,歯肉の形 62 名(63.9%)であった.さら に,「いつも意識している」,「ときどき意識する」,「たま に意識する」の合計の値が最も高い部位は歯肉の色 96 名 (99.0%)であった.このことから,歯科衛生士が口腔内 を観察する際は歯肉への観察意識が高いことが明らかに なった.口腔底については,「いつも意識している」,「と きどき意識する」,「たまに意識する」の合計の値は,色 が 86 名(88.7%),形が 81 名(83.5%)で他の部位より は低い値だったが,観察意識は高い傾向を示していた. しかし,3 つの尺度別でみると,口腔底の色では「いつ も意識している」が 15 名(15.5%),口腔底の形では 14 名(14.4%)であり,定期的な観察意識では低い値となっ た.舌,歯肉,頬粘膜は開口時に観察しやすい部位であ るが,口腔底は開口しただけでは見えにくく,意識しな いと観察が難しい部位であり,今後口腔内観察時には, 口腔底に目を向ける必要がある.柴原らの検査の実際で は,口腔がん検査の項目として,口腔外の視診,口腔外 の触診,頬(唇)側・口蓋(舌)側もすべて指で触れ, 舌も舌縁~舌下面~口底に至るまで,しっかりと指で触 れ,潰瘍や硬結の有無を診ることが重要であると述べて いる7).口腔がんを意識した口腔内観察をする際は,視 診,触診をすることは重要であり,さらに,適切な手順 を踏んで見逃しやすい口腔底まで観察意識を持つことが 必要であると考える. 3.質問紙調査票による自由記載 口腔がんに関する早期発見のために歯科衛生士として 出来ることについての質問紙調査票による自由記載の結 果から,「異変を発見したら歯科医師に確認してもらう」
が 27 名(35.5%)で最も多かった.次いで「初診または メインテナンス時には患者の口腔内全体を観察する」が 18 名(23.4%)であった.歯科衛生士は診断をすること はできないが,口腔内観察を行い異常を見つけることは できるため,このような回答が出たのだと考えられる. その他にも,現在歯科医院で実践していることでは,「担 当患者に白板症がある方が多いので気にしてみている」, 「視診の時間をメインテナンスの最初と最後に 2 回とって いる」,「メインテナンスの大切さを理解してもらうため, 常に患者に口腔がんの話をしている」,「異常を見つける のではなく,異変を見逃すことがないようチェックして いる」,「問診でタバコの本数を聞いている」があり,日 常において口腔がんを意識していると考えられる.しか し,「頬粘膜病変の症例を頻繁に見ないので自信がない」, 「今まで口腔がんを意識していなかった.これから意識し ていきたい」という回答もあり,一般診療所では口腔が んの症例を診ることが少ないため歯科衛生士自身が口腔 がんを理解していない可能性があると考えられる. 口腔がんは全身のがんとは違い,口腔という観察でき る場所に発生する悪性腫瘍であるからこそ,今後,歯科 衛生士として口腔がんの知識を深め,早期発見に努める ことが必要だと考えた.