社会臨床雑誌 第 28 巻第 1 号(2020 年 10 月) -22-序 ある友人は 60 歳になって自閉症スペクトラムと ADHD、そして学習障害を宣告された。日本障害学会に ならってその友人はあえて「障害」という言葉を選ぶ。しかも男性だか女性だかわからなくなることがある という。彼女は「ぼく」という主語になじみがあった。彼女は、「男用」を表象する「記号」を解さず男子 トイレに迷い込み、訝しがられたことがあった。彼女は、「ぼく」という主語を使いたい、しかし、それでは 彼女の部分が葛藤する、ともいうのであった。 1. 少年期―発達障害の予兆 彼女の兄が少年合唱団団員であった。幼いころのある冬には、兄がミサ曲を大人の合唱団と合同にてラ テン語で合唱することになっていた。ふつうの家ではラテン語なんて読まない。兄や親が困っていたところ、 当時の住まいの隣の家のひとが人文系の大学教授でラテン語に詳しいとわかったので、彼女は親に連れら れて兄と隣の家にお邪魔した。庭が良く見下ろせる二階の書斎で、教授はラテン語にカタカナを振って下さっ たという。ラテン語は彼女が最初に目にした外国語だった。以来、彼女はラテン語が好きになった。しかし、 大人になってそのことが周囲から浮いてしまうことには、彼女はまったく気づかなかった。日本における外国 語といえばまず英語だからだ。ラテン語から派生したフランス語やドイツ語の独特の発音、彼女は発音をよ くほめられていた。ところが、彼女は肩を落として、「音感が良いのだと思っていた。間違いだった。発達 障害の音に過敏という特性だった」と沈んだ。音程に敏感な、澄み切ったきれいな、彼女の歌声が、友人 としては誇らしくもあったが、彼女によると音譜が幼いころからどうしても読めなくて困ったという。読めない からだれかと一緒に楽譜をみようとしたが、「ひとりで読んでくれ」といわれたときの孤独感は果てしなかっ たそうだ。ひととおり1番をきけばあとは彼女の耳が覚えて歌えるから、周囲のひとは音符が読めない彼女 の特性に気づかない。なにひとつ回答が書けなかった音符テストの後に、反抗期故の白紙答案を疑われて、 教師から彼女は呼び出され叱責された。「音符が分からない?そんなばかな。あんなに歌えるじゃないか?」 2. 孤独 彼女の孤独は、たとえば、友人知人がひとりまたひとりと彼女の隣から去っていくことだった。その原因が「自 分」にあると覚ったとき、彼女は涙の海におぼれた。ぼたっぼたっと涙がかってに床に落ちていくのだそう だ。それが終日つづく。文字や記号をとばすことなく精確に読み、自転車で軽々と移動する。そうした、あ たりまえにできることが彼女はどんなに努力してもできない。だから、彼女は過剰に努力してどんどん疲れて いった。頑張れば頑張るほど裏目に出た。感覚 (ことば ) が通じないと彼女はよくいっていた。しゃべればしゃ べるほど通じないし疎遠になって外れていく。「外」の外へ。彼女の話は繰り返しが多いし、しつこいぐらい
涙溢れて「見えない世界」に生きる
―Dystopian の教育学のために―
矢野泉 〈論文〉社会臨床雑誌 第 28 巻第 1 号(2020 年 10 月) -23-で、正直、彼女の説明は難しい。夢中になって語り続ける様子はレイブ Rave(1)である。そうかと思うと、 難しいことがらをいとも端的に鋭くまとめる。できないこととできることの極端なアンバランスはなんだろう。 ひらめきはものすごい。しかし、彼女がものごとをやりとげたことは、それほどはない。あきてしまうのでは なくて、疲れてしまうのだそうだ。疲れた彼女は、夢中になっていたことを手放して、ぼんやりする。 聴いているこちらも彼女のおわりのない疲れにシンクロすることもある。彼女の声につきあえるひとはそう はいないという。「どうしてもひとの怒りをひきだしてしまうの。そんなつもりはないの」好かれようとすると嫌 われる、そういうことを確かに彼女は繰り返して来た。ある日「陽気がいいから少し動いてみない?」そう彼 女を誘ってみた。「動けないの」と彼女はいう。「なんで?」と聞こうとするのを「わたし」は呑みこんだ。彼 女の沈黙が声のかわりに語っていた。「あなたに〈わたし〉を代弁することができるのか」と。ここでようやく ある思想家のことばを思いだす、そう、これだ。スピヴァクの難解書『サバルタンは語ることができるか』(2) だったか。 危険であるとも顧みられないので、彼女は肉親とも疎遠でありながら、バス停ではじめて遭遇した異性に、 仲の良い肉親のように語りかけ触れる。そのひとから「そういうつもりなんだろう?」と勘違いされてバスの 中で手を握られると、彼女は突然怒ってそのひとから離れてバスから降りた。よその家の呼び鈴を鳴らした くなるともいっていた。「なんだかね、呼び鈴おしてドアを開けるでしょ?そこに、わたしの家族がいるかも しれないって思うの。家族がどこにもいないから家族を見つけたいの。誰かにわたしを家族として迎えてほ しいの」。 教育学を研究している「わたし」はどうだ。なにをやっているのか。なんて無力なのか。恥ずかしい。た だむなしく彼女の傍らにいるだけなのか。知恵を使いもせずに、なにもできないと恐れていることが、もっ とも恥ずかしい。 3.Dystopian どこにも場所がない しかし、この恐れ、教育学者であるならいつしか遭遇し立ちはだかる。フランス革命の思想的な父といわ れるジャン・ジャック・ルソーを想起しよう。彼はスイスの時計職人の息子として生まれたが、親との縁が薄く、 若くしてフランス王国パリに移った。独学で神学や哲学を学び、貴婦人をパトロンとしてサロンでその思想 を語り出版した。教育の書として著名な『エミール』は見返りなく無償で愛される環境がなければ子供は育 たないという教示がある。この本よりルソーを有名にし、ルソーを追い詰めた著作がある。それが『人間不 平等起源論』である。この著作にこそ、フランス革命の思想的父と呼ばれる所以がある。 これが当時のフランスの特権階級ローマン・カトリックの僧侶たちの目に留まり、王国転覆の危険人物と してルソーは断罪された。ルソーは、サロンでの思想活動はおろかパリを出てフランス国内を逃げ回った。 当時のフランスひいてはヨーロッパの社会に、ルソーを擁護する思想的な環境はどこにもなかった。ルソー は逃亡生活のなかで次第に精神を病んだ。ついに精神病院への入院を余儀なくされるに至った。ルソーは 「孤独」についての著作も遺した。 Dystopian、これはギリシャ語にちなむ概念である。「どこにも場所がない」という意味もある。この概念を「言 葉の系譜学」アルケオロジーにおいて用いたのが、後世のミッシェル・フーコーである。彼は『監獄の誕生』 を著し、病院という監獄に「狂人」を隔離するのは、秩序のなかでのみ暮らせる健康なひとびとを守るため だと黙示した。「秩序」のなかではルソーのような ( フランス革命との時間的隔たり ) タイミングが早すぎる ひとは Dystopian なのである。 なぜかくもルソーのことをいいつのるのか。それはわたしが友人の孤独のなかに、ルソーと同じ孤独を見 出すからである。「タイミングがずれる」と「分かり方が異なる」。もうこれだけで「発達障害」は成立する。
社会臨床雑誌 第 28 巻第 1 号(2020 年 10 月) -24-彼女は涙の海のなかで「感覚 ( ことば ) が通じないの」と自責した。感覚は理性の下地であるから、これが 通じないということは社会生活を送るうえでかなりアウトだ。いや、わたしが彼女のレーベン Leben(3)をア ウトだと断じているわけではない。アウトだと承認されてしまいやすいのである。 ここでわたしは、恐れをもって彼女の傍らに佇むだけでなく、教育学者としての意地を見せておきたい。 人間は自らの力だけでは承認システムを外れることはできない。人間は承認することもされることも、分類す ること(4)と同じくらい大好きだ。承認システムを外せるのはルソーが『エミール』で示した「愛 / 哀れみ」 つまりPitié しかない。Pitié は、キリストの孫弟子たちが伝えた福音書や弟子たちの活動を伝える「手紙」 にも「言行録」にも出てこない。ギリシャ語で書かれた新約聖書やヘブル語で書かれた旧約聖書をいくら探 究しても見いだせない。Pitié の概念をギリシャ語の新約聖書に求めるならば、それは「恩寵」(5)を含意する「カ リス / 恵み」Charis であろう。「見返りのない世界」そうした Pitié の世界は、「恩寵」を感受できない人間 には容易に見えない世界である。「恩寵」は合理性を超える。 4. 結び―涙溢れて「見えない世界」に生きる 涙溢れて「見えない世界」に生きている者は、承認システムとは別の次元を生きているのである。わた しはその「見えない世界」にこそ希望をおきたい(6)。彼女の涙は彼女を通してあふれ出る希望である。涙 は間違いなく彼女を慰め癒し、彼女は Dystopian という「見えない世界」に確かに生かされている(6)。 注 (1)レイブ:フランス語の Rave。「狂人」のように夢中でしゃべる。違和感のある「べたほめ」をする。 (2) みすず書房 (1998) スピヴァクの難解書『サバルタンは語ることができるか』哲学者スピヴァク・ガヤ トリ著。上村忠男訳。知識人が立場のよわい誰かを代弁することの前提そのものを問うている。 (3)レーベン:ドイツ語の Leben。生命や生活という意味である。 (4) 分類すること:皮肉なことに、ものごとを分別する手立てに分類がある。臨床心理学の傾向に「分類」 に徹することもある。分類を細分化して名づけを行う。ケース解決との合理的つながりは見えない。 分類するとされるとは非対称な関係にある。 (5) 恩寵:恩恵。ギリシャ語 Charis。ラテン語 Gratia。「人間の魅力や資格を前提条件にせず、因果的 法則を超えて」自由にかつ不可知の仕方で、「神」から注がれる「無償の贈り物」とされる。岩波書 店 (2002)『岩波キリスト教辞典』188-189 頁。 (6) 「涙」には、ストレスフルで緊張感を高くする交感神経のスイッチを切り変え、副交感神経を優位にし て働く慰めや癒しの機能が宿る。 参照文献 1.「生きづらさ・傷つきー変容・回復・成長」(2019) 岩壁茂編『臨床心理学』第 19 巻第1号 ( 通巻 109 号 ) 金剛出版。
2.<La Bible:l'Ancien et le Nouveau Testment>(1988)Societē biblioque française & Editions du Cref,Paris. 3. メルロ = ポンティ, モーリス (2017)『見えるものと見えないもの付・研究ノート』滝浦静雄・木田元訳、
みすず書房。
4. ルソー , ジャン = ジャック『エミール』但田栄訳注 ( 平成 14 年 ) 大学書林語学文庫。 5. ルソー , ジャン = ジャック『人間不平等起源論』中山元訳 (2008) 光文社。
社会臨床雑誌 第 28 巻第 1 号(2020 年 10 月)
-25-6. 矢野泉 (2020)「利き手指の可逆性と触見当の育ち」『横浜国立大学教育学部紀要Ⅰ教育科学』第 3 集。 233-256 頁。電子ジホジトリ。