まえがき
本書は,あみだくじに関する数学を扱う.あみだくじは単に置換 群をゲームにしているだけと思われがちであるが,現代の数学で活 発な研究が行われ,数学の他の分野と交流もよくあり,生きた数学 の展開する世界である.日本ではそれほど知られていない研究も多 いので,本書によりこの興味あるテーマがよく知られるようになっ てほしい. 読者としては,一般の数学の愛好家を想定している.したがって 予備知識なしに通読できるように心がけた.さらに,なるべく例と 図を多くして読者の理解の助けになるようにした.また,演習問題 にも解答をつけた.一方で,ある程度は厳密性を犠牲にしたり,明 らかな証明は思い切って省いたところもある.より詳細を知りたい 読者は,参考文献を見てほしい. 第1 章はあみだくじ数学の入門である.1.1 節では,意図的に数 学の勉強法について説明してある.特に,大学一年生と大学教授の 勉強法に対する感覚の違いを描いてみた.数学の勉強中には,その 技術的な難しさに嫌気がさすこともある.一方で,理解がすすんだ ときの歓びはとてつもなく大きい.めいっぱい数学を楽しむため には,なるべくそのような時間を多くする工夫が欠かせないという 著者の信念からこのような節を設けた.そのあとは「一行表示」とvi まえがき 「ワード表示」を中心に,あみだくじを「置換」と呼ぶ数学的対象 としてきちんと理解できるように解説した.第2 章では,群と順 序集合についてよく用いる用語をまとめておいた(第3 章以降で 必要になる).すでにこれらの用語に馴染みのある読者は,必要な ときに見てもらえば十分である.第3 章ではあみだくじの間に成 り立つ「コクセター関係式」を詳しく述べた.長さや転倒数といっ た補助的な概念についてもふれてある.第4 章は弱順序とブリュ ア順序を本格的に導入した.第5 章は発展的な話題を扱った.や や専門的な部分もあるので,すべてを理解しようとせず気楽に読め ばそれで十分である. 本 書 の 中 核 は 著 者 の 学 位 論 文(テ ネ シ ー 大 学 大 学 院 に 在 籍, 2010 年に学位を取得)の一部を翻訳し大幅に加筆修正したもので ある.完成までにはたくさんの方にお世話になった.共立出版編集 部の野口訓子様と赤城圭様には,執筆を励まして頂いた.飯高茂先 生,岡部恒治先生,中村滋先生からは草稿の段階で貴重なご意見を 頂いた.桑田孝泰先生は,まさに私の留学のきっかけを作った方で あった.飯高順さんには素敵なイラストを書いて頂いた.お礼を申 し上げたい. 最後に私筆になるが,博士号の授与式直前に惜しくも急逝した父 と,毎日毎日執筆する環境を整えてくれた母がいなければこの本は 完成しなかった.深く深く感謝する. 2011 年 7 月 小林 雅人