症例報告
聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 45, pp. 233–238, 2017 1 聖マリアンナ医科大学 外科学 (消化器・一般外科) 2 聖マリアンナ医科大学 救急医学膵十二指腸動脈瘤破裂に対して
TAE
施行後に腹腔鏡下正中弓状靭帯切除を
行った正中弓状靭帯圧迫症候群の
1
例
井
い田
だ圭
けい亮
すけ1小
こばやし林
慎
しん二
じ郎
ろう1大
おお坪
つぼ毅
たけ人
ひと1星
ほし野
の博
ひろゆき之
1瀬
せ上
がみ航
こう平
へい1片
かた山
やま真
まさ史
ふみ1小
こ泉
いずみ哲
さとし1福
ふく永
なが哲
てつ1平
たいら泰
やす彦
ひこ2 (受付:平成29年8月28日) 索引用語 正中弓状靭帯 (MAL),正中弓状靭帯圧迫症候群 (MALS),膵十二指腸動脈瘤破裂, 膵頭十二指腸切除術,胃十二指腸動脈 I.要旨 61歳,男性。主訴は腹痛。造影CT検査で腹腔動 脈の狭窄と十二指腸前面に巨大な血腫を認めた。血 管造影検査では腹腔動脈から総肝動脈が造影されず, 上腸間膜動脈からの造影で下膵十二指腸動脈を経由 して固有肝動脈が造影され,さらに後下膵十二指腸 動脈に動脈瘤を認めた。以上から正中弓状靭帯圧迫 症候群に伴う膵十二指腸動脈瘤破裂と診断,後上膵 十二指腸動脈と後下膵十二指腸動脈のアーケードを コイルにて塞栓し,3ヶ月後に腹腔鏡下正中弓状靭 帯切除術を施行した。術後施行した造影CTで総肝 動脈に順行性の血行改善を確認した。近年,正中弓 状靭帯による腹腔動脈起始部の圧迫が原因で膵頭十 二指腸領域に動脈瘤の形成や,膵頭十二指腸切除術 後の肝梗塞を招くことが注目されている。今回我々 は緊急動脈塞栓術後に腹腔鏡手術で根治し得た正中 弓状靭帯圧迫症候群の1例を経験したので文献学的 考察を加え報告する。 II.緒言正中弓状靭帯 (median arcuate ligament: 以下,
MAL) は横隔膜左脚と右脚が椎体前面で結合したも のであり,MALが腹腔動脈起始部を圧迫すること で膵頭十二指腸領域に血行動態の異常をきたして動 脈瘤を形成することがあり,正中弓状靭帯圧迫症候 群 (medianarcuateligamentsyndrome:以下,MALS)
と呼ばれ近年注目されている。今回我々は膵頭十二 指腸領域の動脈瘤破裂に対して経カテーテル的塞栓 術 (TranscatheterArterialEmbolization: 以下,TAE)
後,待機的に腹腔鏡手術で根治し得た正中弓状靭帯 圧迫症候群の1例を経験したので文献的考察を加え 報告する。 III.症例 症例: 61歳,男性。 主訴: 腹痛。 家族歴: 父; 一過性脳虚血発作,母; 肝臓癌。 既往歴: 右鼠径ヘルニア術後。 現病歴: 前日からの上腹部痛を主訴に前医を受診, 腹部CT検査で腹腔内出血が疑われ当院救命センター へ救急搬送となった。 来院時現症: 身長176.3cm,体重72.8 kg,体温 37.5°C,血圧157/73mmHg,脈拍回103/分・整。 腹部は若干膨満しているも軟,蠕動は正常。臍周囲 および下腹部全体に持続する自発痛と圧痛を認めた が,腹膜刺激症状は認めなかった。
a.
b.
図 1 来院時腹部造影 CT 検査 a.十二指腸前面に巨大な血腫と,内部に造影剤の extravasation を認めた b.腹腔動脈起始部の狭窄を認めた.a.
b.
c.
図 2 血管造影所見 a.腹腔動脈の起始部の圧迫により総肝動脈は造影されず。 b.PSPDAと PIPDA のアーケードに仮性動脈瘤を認めた。 c.仮性動脈瘤の上流と下流を SMA アプローチでコイリング。 来院時血液検査所見: Hb10.4g/dlと貧血を認めた。 DダイマーFDP25.9μg/ml,CRP3.00mg/dlと上昇 を認めた。その他に異常は認めなかった。 来院時腹部造影CT検査: 十二指腸水平脚前面に早 期相で血管外漏出を認め,後期相で周囲が高濃度と なる巨大血腫を認めた (図1a)。血腫内にはextrava‐ sationを認めた。また,腹腔動脈が起始部で狭窄を 認めた (図1b)。画像からMALSによる膵十二指腸 動脈瘤破裂を疑い,緊急血管造影検査の方針となっ た。 血管造影所見: 腹腔動脈造影を行うと,腹腔動脈か ら総肝動脈が造影されなかった。(図2a)。上腸間膜 動脈 (以下,SMA) 造影では,腹腔動脈はSMAから 下膵十二指腸動脈 (以下,IPDA) から逆行性に造影 され,固有肝動脈もIPDA経由で造影された。また, 後上膵十二指腸動脈 (以下,PSPDA) と後下膵十二指 腸動脈 (以下,PIPDA) のアーケード領域に正円形の 動脈瘤が描出された (図2b)。SMAからのアプロー チでPAPDAとPIPDAの間に存在する動脈瘤をコイ ルにて塞栓した。(図2c)。 入院後経過: TAE後の経過は良好で,第2病日と第 7病日に撮影されたCT検査でも血腫の増大は認め図 3 a.根部の屈曲は残存していたものの,腹腔動脈が SMA とほぼ同時かつ順行性に造影さ れた。 b.3-D血管構築像。 ず,第12病日に軽快退院となった。その後,約3カ 月のCT検査で血腫は縮小傾向を認め,根治目的に 腹腔鏡下MAL切除術の方針となった。 手術所見: 術前に体表ドップラー超音波を施行し。 腹腔動脈の乱流と肝動脈の逆行性血流を確認した。 手術は砕石位,右上腹部,左上下腹部に各々5mm, 臍部,左下腹部に各々12mmの合計5ポートで開 始した。網嚢腔を開放し,左胃動脈の左側から腹腔 動脈の根部に向かってアプローチした。腹腔動脈の 前面には強固な結合織を認め,MALと判断した。 これを超音波凝固切開装置で切開し,根部の立ち上 げを確認できるまで腹腔動脈周囲を剥離した。体表 超音波で血流を再評価すると,総肝動脈,および脾 動脈に腹腔動脈からの拍動性の血流が確認できた。 腹腔動脈起始部の狭窄は解除されたと判断し手術終 了とした (手術時間: 2時間0分,出血: 少量)。 術後経過: 経過は良好で,術後第7病日に撮影した CT灌流画像 (CTperfusion; 以下CTP) では,根部の 屈曲は残存していたものの,腹腔動脈がSMAとほ ぼ同時かつ順行性に造影されていた (図3)。第8病 日に軽快退院し,現在術後から3年経過したが無症 状で外来経過観察中である。 IV.考察 膵頭十二指腸領域における動脈瘤の原因として, 近年腹腔動脈の狭窄が注目されている。腹腔動脈起 始部の狭窄は膵炎,先天的異常,動脈硬化などの内 因性の要因と,腹腔神経節やMALの圧迫よる外因 性の要因がある。MALによる腹腔動脈の圧迫は, 血管造影を行った症例の半数近くに認められたとい う報告もあり,決して稀な病態ではない1)。MALS は1968年にHarjola2)らが腹腔動脈起始部圧迫症候
群 (celiacaxiscompressionsyndrome) として提唱し ており,近年では膵頭十二指腸切除術 (以下,PD) で 肝動脈の血流源であるGDAを結紮切離してしまう ことにより肝動脈が阻血となって肝梗塞を引き起こ すことなどが注目されている3)。 膵頭十二指腸動脈瘤の治療に関しては,1951年に VanOuwerkerk4)が初めての外科的瘤切除術を報告し て以来,様々な治療が報告されている。従来は,開 腹下での瘤の切除や流入動脈の結紮や血行再建が主 流であったが,近年では血管内治療による治療例が 多く報告され,その有用性や安全性が明らかになり つつある5)6)7)。特に動脈瘤破裂時に対する治療の第一 選択としてTAEによる止血は有効である8)9)10)。しか しながら膵頭十二指腸領域の動脈は複雑な分岐・吻 合形態を有するため,目的血管の選択的挿入が困難 な場合がある。特に循環動態の安定していない症例 に施行する際には選択的な血管塞栓よりも止血が優 先されるため,結果として広範な臓器虚血が発症し てしまう懸念がある。 TAEによる動脈瘤の治療のみでは,MALが残存 する以上,根治的な治療とは言えず動脈瘤再発の可 能性が残存する。よって膵頭十二指腸領域動脈の血 流是正には,MALによる腹腔動脈起始部の圧迫解 除が必要であり,根本的な治療はMALの外科的な 切開による腹腔動脈起始部の除圧である。また,先 にも述べたように,MALが存在するだけでそれま で無症状に経過していたが,GDAが失われること によって肝血流が阻血になる可能性があるので,PD
表 1 腹腔鏡下 MAL 切除術施行症例 報告者 報告年 寺崎ら 佐藤ら Hiramatusら Okadomeら 自験例 2008 年 2011 年 2014 年 2016 年 2017 年 17 17 40 25 61 女 女 男 女 男 上腹部痛 上腹部痛 上腹部痛 上腹部痛 上腹部痛 なし なし あり(未破裂) なし あり(破裂) 3 6 4 -8 年齢 性別 主訴 動脈瘤 術後在院日数 施行時には胃十二指腸動脈結紮前にクランプテスト を行う必要があり,その結果腹腔動脈を経由した肝 動脈血流の低下を確認した際にはMALを切開する 必要がある11)。 近年では鏡視下手術によるMAL切除術も報告さ れている。医学中央雑誌で “正中弓状靭帯”“腹腔鏡” “会議録を除く” で検索すると,4例が報告されてい た (表1)。 いずれの症例も上腹部痛の精査でMALSが診断さ れており,自験例の様に動脈瘤破裂後にTAEを施行 し,待機的に腹腔鏡下でMAL切除を施行した報告 はなかった。症例数としては今後の蓄積が期待され るが,開腹アプローチに比較して腹腔鏡下でのMAL 切離は侵襲性も低く12),自験例でも短期間の入院で の加療が可能であった。選択的なTAEによる動脈瘤 の治療が奏功した場合,腹腔鏡下MAL切除術は良 い適応となる可能性が示唆された。一方で,MAL は前述したように正常な結合組織であるため,組織 の厚さなどに個人差があり術中に認識が困難な場合 もあり13),触覚の使えない鏡視下手術では不完全な 切開とならないように十分に注意する必要がある。 当院には腹腔鏡手術用のドップラー超音波検査デバ イスがなかったので,本症例の手術では体表超音波 検査を行い腹腔動脈の血流を確認したが,可能であ れば術中ドップラー超音波検査などを施行すべきで ある。 V.結語 今回我々は緊急TAE後に腹腔鏡手術で根治し得た 正中弓状靭帯圧迫症候群の1例を経験した。選択的 なTAEが奏功した場合においては,腹腔鏡下MAL 切開は有効な根治術となる可能性が示唆された。 VI.引用文献
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1 Department of Gastroenterological and General Surgery, St. Marianna University School of Medicine 2 Department of Emergency Medicine, St. Marianna University School of Medicine
Abstract
Laparoscopic
Median
Arcuate
Ligament
Resection
After
TAE
for
MAL
Compression
Syndrome
Keisuke
Ida
1,
Shinjiro
Kobayashi
1,
Takehito
Otsubo
1,
Hiroyuki
Hoshino
1,
Kohei
Segami
1,
Masafumi
Katayama
1,
Satoshi
Koizumi
1,
Tetsu
Fukunaga
1,
and
Yasuhiko
Taira
2Inrecentyears,narrowingoftherootoftheceliacarteryhasdrawnattentionasacauseofpancreaticoduo‐ denalarteryaneurysm.The medianarcuateligament(MAL)isformedbyconnectingtheleftcrusofthedia‐ phragmandtheright crusanteriorto thevertebral body,and vascularcompressionatthislevelcanalterthe hemodynamicsoftheceliacarteryrootresultinginaneurysms.Wepresentthecaseofa61-year-oldman,who presentedwithabdominalpain.AbdominalaneurysmswerefoundbyCT,andtranscatheterarterialemboliza‐ tion(TAE)wasperformedintheemergencydepartment.Thepatient’spost-TAEcoursewasuneventfulandhe wassubsequentlyreferredtoourhospitalforasurgicalcure.Weperformedlaparoscopicmedianarcuateliga‐ mentectomy.Intraoperatively,strongbindingconnectivetissuewasfoundontheanteriorsurfaceoftheceliac artery,whichwasdissectedaway.Antegradehemodynamicflowwasobservedinthecommonhepaticarteryon theCTimageobtainedontheseventhpostoperativeday.Anteriorhemodynamicflowwasalsoobservedinthe commonhepaticartery,andthenarrowingattherootoftheceliacarteryimprovedaswell.Incaseswhereselec‐ tiveTAEissuccessful,laparoscopicMALresectionmaybeaneffectiveradicalprocedure.