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密教研究 Vol. 1932 No. 47 002金山 穆韶「大日經の教主に就て (二) P30-74」

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(1)

大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 〇

(二)

金 山 穆 詔 四、 他 門 の 大 日 教 主 観 佛 陀 の 法 音 廣 く 世 界 に 流 布 せ ら る ゝ や そ の 教 義 は 機 根 量 に 随 て 信 解 せ ら れ、 小 乗 大 乗 三 乗 一 乗 顯 教 密 教 等 其 所 明 所 宗 の 法 門 一 準 な ら ざ る も の が あ る。 そ の 中 佛 陀 観 の 如 き は 佛 滅 遠 か ら ざ る 部 派 佛 教 時 代 よ り、 已 に 上 座 大 衆 説 を 異 に す る あ り、 ま た 大 乗 の 興 起 す る や 中 観 唯 識 そ の 義 一 な ら す、 貝 葉 遠 く 蒼 嶺 を 越 え 震 且 に 入 る や、 六 朝 時 代 よ り 唐 代 に 亘 つ て 大 乗 の 甚 深 な る 教 旨 開 顯 せ ら る る と 共 に、 そ の 佛 陀 親 に も 廣 大 澤 奥 な る 玄 旨 の 登 揮 せ ら る ゝ に 至 つ た。 し か し て 此 等 の 教 法 を 稟 承 し、 そ の 法 門 の 究 寛 の 正 意 を 開 顯 せ る も の は 弘 法 大 師 の 法 身 説 法 説 で あ る。 帥 ち 大 師 は 法 華、 浬 盤、 華 嚴 等 の 経 を 所 依 と し て 立 せ る 大 乗 教 の 最 高 峰 た る 天 台 華 嚴 の 教 法 も、 因 人 の 無 明 妄 執 を 断 除 し 無 相 法 身 に 契 合 せ し む る を 本 旨 と な す ゆ ゑ、 遽に そ の 法 身 は 無 相 不 可 得 の 理 膿 に し て、 説 法 等 の 妙 用 な 畳 非 人 格 の 理 法 な り と 説 く に 至 る は、 自 然 の 教 教 な り と 観 給 う た、 叢 し 因 人 爲 本 の 教 に て 法 身 の 説 法 を 明 か さ ざ る は、 因 人 と は な ほ 法 身 を 腱 得 せ ざ る 為 の で あ る、 法 身 を 認 識 す る 能 力 な き 因 人 に 封 し て は 法 身 と は 言 説 の

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相 を 離 れ 名 字 の 相 を 離 れ 心 縁 を 絶 せ る 不 可 得 無 相 の 燈 な り と 遮 詮 的 に 開 説 す る よ り 説 示 の 方 法 な き も の で あ る。 ま た 因 人 と は 分 別 の 妄 執 を 帯 せ る 者 で あ る、 こ の 妄 我 執 を 有 せ る 因 人 に 封 し、 法 身 を 露 的 實 在 な り、 法 界 の 眞 我 な り 等 と 積 極 的 開 説 を な さ ん か、 因 人 は 却 つ て 法 身 に 分 別 の 我 執 を な し、 妄 執 生 起 の 迷 因 と な る ゆ ゑ、 法 身 を 遮 詮 的 に 開 説 し、 法 身 は 無 相 不 可 得、 言 断 心 滅 の 禮 な り と 説 く、 ま た 説 法 と は こ れ 疑 網 を 断 じ、 蓋 障 を 除 浮 す る 妙 用 で あ る。 し か る に 法 身 の 果 境 は 皆 こ れ 一 相 一 昧 到 於 實 際 の 果 入 な れ ば、 説 法 し て、 開 解 得 脱 せ し む る 因 人 な き よ り 究 寛 の 果 禮 た る 法 身 に 説 法 あ る 秘 旨 を 開 演 せ ざ る も の で あ る。 か く 顯 教 の 諸 教 に て 法 身 は 説 法 の 妙 用 も な き 無 相 不 可 得 の 禮 な り、 寂 滅 の 理 な り、 因 人 の 思 議 を 絶 せ る 果 禮 な り と 説 き な が ら も、 而 も 法 身 の 果 燈 を ば 虚 無 な り と な さ す、 法 身 の 果 禮 の 實 在 を 暗 示 し、 法 身 の 無 邊 の 徳 相 を 開 演 せ ん と す る も の で あ る。 印 ち 顯 教 諸 家 の 法 身 観 一 様 な ら ざ る も 法 身 に 封 し 遮 詮 と 表 詮、 清 極 と 積 極 の 兩 面 観 あ り、 帥 ち 法 身 は 不 可 得 無 相 の 理 髄 な り と 説 き つ ゝ、 ま た 初 地 以 上 の 菩 薩 の 所 見 等 よ り 法 身 の 無 限 廣 大 の 徳 相 を 一 慮 明 か さ ざ る は な し、 而 も 菩 薩 最 後 心 に 微 細 能 所 の 業 識 の 膿 も 究 寛 塞 な り と 観 す る が 如 く 最 極 は 遮 情 無 相 に 蹄 す。 帥 ち 多 く の 佛 教 は 業 識 を 断 じ て 法 身 實 相 の 禮 に 契 謹 す る ま で の 道 程 を 明 か す も、 正 し く 法 身 の 果 禮 を 現 謹 せ し、 法 身 果 禮 の 如 實 の 功 徳 の 開 顯 を 明 か さ す、 こ れ 法 身 説 法 の 秘 義 を 開 演 せ ざ る 所 以 で あ る。 し か も こ は 因 人 の 妄 執 を 断 す る を 本 と な す 教 と し て は 自 然 の 理 致 で あ る。 し か る に 弘 法 大 師 に 依 て 開 説 せ ら れ た る 眞 言 密 教 大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 一

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 二 は、 こ の 業 諍 の 能 所 を も 断 じ、 法 身 の 果 禮 を 現 誰 せ る 毘 盧 遮 那 果 人 が、 そ の 果 禮 の 實 相 を 如 實 に 開 顯 せ る 法 門 で あ る。 か く 法 身 の 實 在 と 法 身 無 限 の 妙 燈 妙 用 を 開 説 せ る も の は 弘 法 大 師 の 眞 言 密 教 な る が こ の 果 分 爲 本 の 教 へ に て 初 め て 法 身 説 法 の 理 趣 が 開 顯 せ ら る る の で あ る。 し か し て 大 日 経 金 剛 頂 経 は 法 身 自 ら 法 身 自 誰 の 境 を 開 演 せ ら れ た る 秘 経 な る も、 法 身 説 法 の 眞 意 を 解 せ ざ る 顯 教 の 人 々 は、 兩 部 大 経 の 教 主 も 報 身 ま た 慮 身 な り と 観 ん と す る も の で あ る。 今 か か る 顯 教 の 立 場 に あ る 人 々 の 大 日 経 の 教 主 観、 帥 ち 他 門 の 人 師 の 大 日 経 の 教 主 義 を 述 べ、 次 に 自 門 の 先 徳 の 教 ま 義 に 及 は ん と す。 但 し 他 門 と は 慈 畳 智 讃 安 然 等 の 台 密 の 系 統 の 人 々 を 稻 す る も の で あ る が、 今 は 此 の 章 の う ち に 印 度 の 佛 陀 雛 暇 耶 (Buddha) 畳 密 の 大 日 経 の 教 主 義、 及 び 支 那 の 畳 苑 等 の 説 を も 併 述 せ ん と す る の で あ る。 昼 密 の 説 の 如 き は 此 の 章 の う ち に 記 す る の が 適 當 な り や 否 や 考 慮 の 除 地 あ る も の な る も、 便 宜 上 こ こ に 記 す る こ と に し た。 な ほ 記 述 の 次 第 も 印 度 の 畳 密、 支 那 の 畳 苑、 日 本 の 慈 昼 等 と な す が 順 序 な ら ん も、 畳 密 の 説 は 近 く 知 ら れ た る も の な る が 故 に、 此 章 の 最 後 に 附 記 す る こ と に し た。 な ほ 此 等 の 人 々 の 教 主 義 を 記 す る に 當 り 叙 す べ き こ と は、 他 門 の 諸 家 も 自 門 の 人 師 も そ の 説 を 成 す る 根 本 依 慧 と せ し、 善 無 畏 三 藏 の 大 日 経 疏 の 繹 文 に つ い て で あ る。 善 無 畏 三 藏 の 大 日 経 疏 に 顯 は れ た る 大 日 経 の 教 主 義 は、 法 身 説 法 な り や、 報 癒 身 の 説 法 な り や と い ふ に、 密 教 は 法 身 の 説 法 な り と 観 る 人

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々 は、 大 日 経 疏 は 法 身 説 法 の 義 を 明 か す も の な り と い ひ、 法 身 説 法 の 意 を 會 せ ざ る 者 は、 大 日 経 疏 は 寧 ろ 他 受 用 加 持 身 説 法 の 義 を 明 か す も の な り と せ り。 差 し 弘 法 大 師 の 表 徳 爲 本 の 教 旨 を 了 せ す、 そ の 法 身 観 を 解 せ す、 直 に 大 日 経 疏 を 讃 ま ん も の は、 大 日 経 疏 は 報 身 説 法 の 義 を 明 か す と 観 る は 自 然 の 蹄 旨 な ら ん か。 そ は 大 日 経 疏 は 阿 字 の 大 塞 位 を 法 性 の 膿 と し、 無 相 一 法 界 の 理 趣 を 述 べ、 こ の 無 相 法 身 の 禮 よ り 現 せ し 加 持 身 が 説 法 し 給 ふ が 如 く 繹 せ る 文 相 多 け れ ば な り。 さ れ ば 弘 法 大 師 の 法 身 観 を 知 ら ざ り し 支 那 の 畳 苑 は 大 日 経 疏 (義 鐸) の 妙 に 大 日 経 の 教 圭 を ば 他 受 用 加 持 身 と せ り。 次 に 日 本 の 台 密 の 慈 畳、 智 謹 等 の 諸 家 は 弘 法 大 師 の 説 を 知 れ る よ り、 密 教 は 法 身 の 説 な り と 云 ふ も、 而 も 大 日 経 は 自 性 法 身 の 説 に あ ら す し て、 自 受 用 智 法 身 の 説 な り、 ま た 全 然 大 師 の 説 に 依 ら す、 他 受 用 身 な り 等 の 説 を な す も の あ る に 至 つ た。 前 段 所 述 の 如 く 法 身 の 説 不 は も と 法 性 を 無 自 性 無 相 の 法 と 観 る と、 本 有 の 人 と 観 る と の 相 違 に 基 く も の な る も、 而 も 教 主 に つ い て 説 を な す も の は、 か ゝ る 根 本 問 題 を 胸 底 に 秘 め、 多 く 経 疏 の 文 相 を 依 愚 と し て 自 説 を 立 せ ん と す る も の あ る を 見 る の で あ る。 し か し て 大 日 経 疏 に そ の 教 主 義 の 依 愚 と な る 繹 文 種 多 あ る も、 そ の 中 多 く 引 用 せ ら る る 文 の 一 二 を 叢 に 掲 げ ん に、 経 題 の 大 砒 盧 遮 那 成 佛 神 憂 加 持 の 文 及 び 経 の 初 め 教 主 及 び 住 庭 を 明 か す 薄 伽 梵 住 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 三

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 四 の 丈 の 如 き は、 法 身 説 を 立 す る も の も、 報 身 説 を 唱 ふ る も の も 共 に、 自 義 を 成 す る 謹 文 と な す も の で あ る。 随 て 諸 家 の 教 圭 義 を 述 ぶ る に 先 だ ち 此 等 諸 家 の 説 の 依 て 成 す る 根 本 依 慧 の 文 を 一 癒 解 し 置 く の 要 あ れ ば、 こ ゝ に そ の 文 義 を 摘 要 せ ん に、 大 日 経 の 経 題 は 梵 語 に て はMaha-vairocanabhis-vi k

urvaty-adhisthana-vaipulya-sutra nama dharma

帥 ち 大 日 如 來 の 自 謹 成 佛 の 禮 よ り、 一 切 衆 生 を 救 擾 す る 紳 攣 加 持 の 妙 用 を 顯 現 す る 秘 義 を 開 説 す る 経 な り と の 意 で あ る。 郎 ち 大 日 如 來 の 自 讃 大 畳 の 腱 に は 除 嗜 遍 明、 能 成 衆 務、 光 無 生 滅 の 大 定 大 智 大 悲 の 無 限 の 露 用 あ り、 そ の 自 謹 の 光 明、 自 誰 の 加 持 力 一 切 衆 生 に 遍 在 す る も 盲 者 の 日 光 を 見 ざ る が 如 く、 法 身 如 來 自 謹 の 禮 は 一 切 因 入 の 思 惟 を 超 越 し、 十 地 の 菩 薩 も な ほ 知 る べ か ら ざ る 境 界 な れ ば、 除 の 生 死 の 衆 生 の 及 ぷ 能 は ざ る 境 で あ る。 し か し て 大 日 如 來 も し か ゝ る 自 謹 の 境 に 住 し 給 へ な ば、 一 切 因 人 に 利 盆 を 蒙 ら し め、 そ を 救 度 し 給 ふ こ と が 出 來 な い。 し か る に 大 日 如 來 因 位 に 於 け る 大 悲 願 力 に 依 る が 故 に 自 在 神 力 加 持 三 昧 に 住 し、 受 用、 愛 化、 等 流 の 無 鑑 の 加 持 身 を 法 界 に 奮 迅 示 現 し て 衆 生 相 慮 の 法 門 を 説 き、 法 身 自 謹 の 境 に 引 撮 し 給 う の で あ る。 帥 ち 疏 に 此 の 旨 を 繹 し 然 此 自 謹 三 菩 提。 出 二 過 一 切 心 地 一。 現 二 畳 諸 法 本 初 不 生。 是 慮 言 語 番 寛 心 行 亦 寂。 若 離 二 如 來 威 紳 之 力 一。 則 錐 二十 地 菩 薩 一尚 非ニ 其 境 界 ー況 除 生 死 中 人。 爾 時 世 奪 往 昔 大 悲 願 故 而 作 二是 念ー。 若 我 但 住 二如 是 境 界 一則 諸 有 情 不 レ能 二以 レ是 蒙ス 盆。 是 故 住 三於 自 在 神 力 加 持 三 昧 一。 普 爲 二 一 切 衆 生 一 示 二種 種 諸 趣 所 憲 見 身 一。

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説 二種 種 性 欲 所 宜 聞 法 云。 随 ニ種 種 心 行 一開 レ観 照 門 云。 云 々 郎 ち こ の 疏 の 鐸 相 よ り 観 れ ば、 大 毘 盧 遮 那 成 佛 た る 法 身 如 來 の 自 謹 成 佛 の 膿 よ り、 一 切 の 因 人 化 盆 の 爲 め に 紳 墾 加 持 の 無 盤 の 三 密 門 を 示 現 し、 一 切 衆 生 に 眞 言 道 句 の 法 門 を 開 演 し 玉 ぷ の で あ る。 し か し て 大 毘 盧 遮 那 成 佛 紳 鍵 加 持 経 の 経 題 の 文 を 法 報 癒 の 三 身、 ま た は 自 性、 受 用、 墾 化、 等 流 の 四 身 に 配 す る に 諸 説 あ る も、 大 毘 盧 遮 那 は 法 身、 成 佛 は 報 身、 紳 墾 加 持 は 慮 身、 ま た 大 既 盧 遮 那 は 自 性 身、 成 佛 は 受 用 身 (こ れ に 自 受 用 他 受 用 あ り) 紳 墾 は 化 身、 加 持 を 等 流 身 と な す 義 あ り。 如 上 の 如 く 経 題 を 解 せ し と き、 大 日 経 を 説 き 給 ひ し 佛 身 を は、 何 れ の 位 に て 見 る べ き か を た つ ぬ る に、 大 日 経 の 教 主 を 法 身 と 観、 自 受 用 身 と 観、 ま た は 他 受 用、 攣 化 身 等 と 観 る 所 見 の 相 異 に よ り 其 の 所 説 一 な ら す、 今 こ ゝ に 此 等 諸 家 の 説 の 中 そ の 代 表 的 の 説 の 一 二 に つ い て い へ ば、 大 砒 盧 遮 那 成 佛 は 法 身 如 來 自 謹 の 位 に し て、 こ の 自 讃 の 境 は 因 人 の 思 議 を 絶 し 説 法 な き が 故 に、 紳 鍵 加 持 の 妙 用 を 示 現 せ ら れ た る も の な れ ば、 嘗 経 の 説 法 の 位 は 大 毘 盧 遮 那 成 佛 の 位 に あ ら す し て、 棘 憂 加 持 の 位 な り と な す も の は 他 門 に て は 異 朝 の 畳 苑 等 で あ る。 即 ち 昼 苑 等 は 法 身 説 法 せ ざ る が 故 に、 他 受 用 身 ま た は 癒 化 身 を 以 て 當 経 の 教 主 と 観 る も の で あ る。 ま た 自 門 に て も 頼 喩 法 印 は 高 組 大 師 の 高 範 に 随 ひ 法 身 説 法 の 義 を 唱 ふ る も、 法 身 本 地 の 自 謹 の 位 に 於 て は 説 法 な く、 法 身 随 他 の 加 持 身 に 住 し て 説 か れ た る も の は 當 経 な り と せ り、 随 つ て 経 題 よ り い へ ば 大 毘 盧 遮 那 成 佛 は 本 地 法 身 自 謹 の 位 に し て 説 法 な く、 紳 墾 加 持 郎 ち 本 地 法 身 の 随 大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 五

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大 口 経 の 教 主 に 就 て 三 六 縁 加 持 の 位 に て 當 経 を 説 か れ た る も の な り と せ り。 し か る に 密 教 は 法 身 の 説 な り と 観 る 弘 法 大 師 の 根 本 教 義 に 依 り、 當 経 の 教 主 を ば 自 性 本 地 身 の 説 な り と な す、 本 地 身 教 主 の 義 を 唱 ふ る も の は、 當 経 は 経 題 よ り い へ ば 大 毘 盧 遮 那 成 佛 の 位 に て 説 か れ た る も の に し て、 紳 墾 加 持 は こ の 自 性 本 地 身 よ り 外 用 の 遊 を 示 現 せ る 受 用、 攣 化、 等 流 等 の 随 他 の 三 身 の 妙 用 を 明 か す も の な り と な す。 此 の 如 き は 本 経 を 本 地 法 身 の 説 な り と 観 る 古 義 の 學 説 に 依 る も の ゝ 等 し く 唱 ふ る と こ ろ に し て、 其 の 説 の 代 表 者 を 墨 ぐ れ は 法 性、 道 範 等 の 諸 師 で あ る、 帥 ち 一 慮 三 身 四 身 の 配 繹 よ り い へ ば、 大 砒 盧 遮 那 は 自 性 身。 成 佛 は 自 受 用 報 身 な れ ど も、 大 砒 盧 遮 那 成 佛 を 當 経 の 教 主 だ る 自 性 法 身 な り と 見 る 説 よ り い へ ば、 大 毘 盧 遮 那 は 能 謹 の 人、 成 佛 は 所 謹 の 法 で あ る。 こ の 能 謹 の 人 と 所 謹 の 法 は 共 に 自 謹 の 極 位 の 人 法、 能 所 謹 に し て、 自 謹 の 極 位 に 於 て 人、 法 を 謹 す る 位 で あ る。 こ の 位 の 理 智 所 能 謹 は こ れ 法 爾 喩 伽 の 能 所 謹 相 慮 の 禮 に し て 法 身 自 護 の 大 畳 膿 で あ り、 即 ち こ の 智 理 法 爾 と し て 相 癒 し、 本 有 自 謹 の 大 畳 位 に 住 す る も の こ れ 自 性 法 身 で あ る。 し か し て こ の 自 性 法 身 の 説 法 を 明 か す も の は、 大 日 経 に し て、 大 日 経 は こ の 自 性 法 身 の 説 き 給 ひ し 秘 典 な り と す。 か く 大 砒 盧 遮 那 成 佛 は 自 性 法 身 の 膿 を 明 か す も の に し て、 こ の 自 性 法 身 を 大 日 経 の 教 主 な り と 観 る 説 よ り い へ ば、 経 題 の 憩 鍵 加 持 の 文 は こ れ 自 性 法 身 の 爵 性 會 上 の 説 法 を 聴 受 し 得 ざ る 自 性 會 外 の 塵 土 世 界 の 無 量 の 衆 生 を 救 講 せ ん が 爲 め に 自 性 法 身 よ レ 示 現 せ る 受 用、 墾 化、 等 流 の 随 他 の 除 三 身 の 妙 用 を 明 か せ る も の な

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り と す、 し か し て こ の 随 他 の 除 三 身 が 各 各 相 慮 の 機 に 癒 じ て 眞 言 溢 句 の 法 門 を 説 か れ た る も の を 雑 部 の 密 教 と す。 さ れ ば 自 性 身 よ り 示 現 せ る 紳 墾 加 持 の 除 三 身 は 難 部 の 密 教 の 教 主 な れ ど も、 兩 部 大 経 の 教 主 に あ ら す と 観 る。 此 の 如 く 自 性 法 身 を 當 経 の 教 主 と な す 説 に 依 れ ば、 経 題 の 大 既 盧 遮 那 成 佛 が 正 し く 當 経 能 説 の 佛 身 を 示 す も の な り と 観 ら る る も、 自 性 法 身 の 位 に 於 て 説 法 を 観 ざ る 説 よ り い へ ば、 経 題 の 紳 墾 加 持 の 文 が 正 し く 當 経 の 教 生 を 明 か す と な す も の で あ る。 し か る に 信 日 阿 閣 梨 の 説 に 依 れ ば、 大 眈 盧 遮 那 成 佛 は 菩 提 の 實 義 郎 ち 法 身 の 自 讃 を 明 か す も の に し て、 紳 憂 加 持 は 成 佛 の 外 郎 ち 化 他 の 徳 相 を 開 顯 せ る も の な り、 随 て 本 経 の 能 説 の 教 主 に は、 こ の 自 讃 の 義 ど 化 他 の 義 と の 兩 面 存 す る が 故 に 大 眺 歴 遮 那 成 佛 神 攣 加 持 の 自 謹 化 他 に 通 じ て 本 経 の 教 主 を 観 る も の で あ る。 即 ち 信 日 の 説 は 大 日 経 教 主 に 本 地 加 持 の 二 重 あ り、 自 性 本 地 身 は 内 謹 に 住 し、 上 首 の 菩 薩 の 爲 め に 自 謹 の 法 門 を 説 き、 加 持 身 は 外 用 に 出 で い 十 地 己 還 の 菩 薩 の 爲 め に 随 他 の 法 門 を 開 演 す、 し か し て こ の 本 地 加 持 の 二 身 は 一 佛 の 髄 用 の 不 同 な れ ば、 本 地 加 持 の 兩 身 を 並 べ て 本 経 の 教 主 と な す。 な ほ 自 性 本 地 身 の 位 即 ち 大 晩 盧 遮 那 成 佛 の 境 は 一 切 因 人 の 所 了 の 境 界 に あ ら ざ る が 故 に 神 墾 加 持 の 位 即 ち 他 受 用 加 持 身 に 住 し て 三 李 等 句 の 法 を 説 け る は 大 日 経 な り と 観 る 説 は 然 此 自 讃 三 菩 提 出 過 一 切 心 地 等 の 疏 の 文 意 に 合 す が 如 く な る も、 自 性 法 身 の 説 法 を 明 か す 説 よ り 如 上 の 疏 文 を 如 何 に 解 し、 以 て 自 性 身 説 法 の 謹 文 と な す か と 云 ふ に、 本 地 法 身 説 法 説 よ り い へ ば、 疏 の 然 此 自 讃 一三 菩 提 の 位 即 ち 大 大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 七

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 八 毘 盧 遮 那 成 佛 の 位 は 正 し く 本 経 の 説 法 の 位 と な す も の で あ る。 師 ち 如 來 自 澄 の 極 位 は 理 智 相 懸、 三 密 李 等 の 本 源 な り、 こ の 自 謹 の 境 に 於 て 自 誰 相 癒 の 言 説、 心 量 あ り、 よ く こ の 一三 密 不 等 の 境 を 開 演 す る も の は 當 大 日 経 な り と す。 し か し て 疏 に こ の 境 界 は 一 切 の 心 量 を 出 過 し、 十 地 の 菩 薩 も そ の 分 齊 に あ ら す 等 と 鐸 せ ら れ た る は、 こ れ 自 謹 の 境 は 九 種 住 心 の 因 位 の 人 の 言 語 心 量 の 及 ば ざ る こ と を 明 か す も の で あ る、 帥 ち 顯 教 に て 法 身 自 謹 の 境 は 言 語 心 量 を 絶 し、 随 つ て 法 身 め 説 法 あ る こ と な し と 云 ふ、 こ の 顯 教 の 教 意 を 繹 せ る も の と な す。 し か も 自 謹 の 本 源 に 住 す る 如 來 の 果 燈 に は、 自 ら 果 膿 相 磨 の 言 心 あ り、 果 界 に 住 せ る 果 人 と 三 密 卒 等 の 如 來 自 謹 の 境 を 開 説 せ る も の は 本 経 な り と な す も の で あ る。 次 に 自 性 法 身 説 を 立 す る も の も、 加 持 身 説 を 成 す る も の も 共 に 依 て 以 て、 自 説 を 成 す る 依 慧 と な す 文 は、 経 の 最 初 の 教 主 と 其 住 虚 を 説 け る 文 で あ る。 師 ち シ モ フ ニ シ 玉 フ 薄 伽 梵。 住 工如 來 加 持 廣 大 金 観 法 界 宮 一。 の 句 で あ る。 薄 伽 梵Bhagavan は 能 説 の 教 主 に し て、 住 二如 ニ 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 一は こ れ 教 主 所 住 の 國 土 で あ る。 所 謂 佳 麩 成 就 を 明 か さ れ た る も の で あ る。 経 の 初 め の 序 舜 の 意 を 要 遽 せ ば、 薄 伽 梵 な る 教 生 は、 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 に 住 し、 内 大 二 春 薦 に 園 続 せ ら れ、 三 密 李 等 句 の 法 門 を 演 説 す。 ( こ れ は 自 性 法 身 の 説 法 を 明 か せ る も の な る が 故 に、 経 題 の 大 毘 盧 遮 那 成 佛 の 文 意 に 相 當 す る も の で あ る) 次 に 自 性 法 身 よ り 示 現 せ る 受 用、 墾 化、 等 流 の 随 他 の 除 三 身 が 塵 土 世 界 に 癒 現 し て、 眞 言 道 句 の 法 を 説 く こ と を 明 か す は ( こ れ 経 題 の 紳 鍵 加 持) の 義 に 當 る。 縄 の

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文 義 此 く の 如 く な る が 故 に 弘 法 大 師 は 目 性 法 身 法 界 宮 に 住 し て、 自 性 所 成 の 巻 属 の 爲 め に、 三 密 平 等 の 法 門 を 説 き 給 ふ、 法 身 如 來 自 内 讃 の 説 法 を 眞 言 密 教 な り と 判 じ、 そ の 自 性 身 の 説 き 給 へ た る 経 は 本 経 な り と 観 給 う た の で あ る。 し か し て 疏 に 薄 伽 梵 の 句 を 繹 し て、 薄 伽 梵 と は 帥 ち 既 盧 遮 那 本 地 法 身 な り と い へ り、 か く 疏 に 本 経 能 説 の 教 主 を ば 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 繹 せ ら れ た る 文 は、 こ れ 本 経 の 教 主 は 自 性 本 地 法 身 な る べ し と 云 ふ 自 性 身 説 を 唱 ふ る も の ゝ 根 本 的 依 慧 の 文 で あ る。 し か る に 疏 に 教 主 薄 伽 梵 の 住 せ ら る る 佳 威 の 句 の 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 の 如 來 加 持 を 繹 し て ニ ツ ハ ト レ ノ ノ ノ ナ リ ク ノ ト チ テ ノ ヲ ス ノ ト ニ メ シ ヨ フ ノ ニ 次 云 二如 來 一是 佛 加 持 身 其 所 住 庭 名 二佛 受 用 身 一。 帥 以 二此 身 一爲 二佛 加 持 住 腱 一。 如 來 心 王 諸 佛 住 而 住 二其 中 一。 ニ リ ノ ス チ ナ リ モ テ ヲ ム ヲ ノ ヲ ヰ 既 餐 遍 一 切 虚 加 持 力 一生。 即 與 二無 相 法 身 云無 二 無 別。 而 以 二肖 在 紳 力 一。 令 下 下 一 切 衆 生 見 二身 密 之 色 一、 聞 ニ ヲ ラ ヲ テ ニ ニ ナ リ チ ノ ヲ ト 語 密 之 聲、 悟 甲意 密 之 法 亀。 随 二其 根 性 一種 種 不 同。 即 此 所 住 名 ニ加 持 慮 一也。 帥 ち 薄 伽 梵 の 住 す る 住 庭 は 薄 伽 梵 自 性 身 の 遍 一 切 庭 の 加 持 力 よ り 生 ぜ し、 廣 大 金 剛 法 界 宮 な り と 繹 歎 せ し も の で あ る。 即 ち 薄 伽 梵 自 性 法 身 の 所 住 の 國 は 能 所 住 一 膿 に し て、 薄 伽 梵 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 に 遍 一 切 庭 の 加 持 力 あ り て、 一 切 庭 に 如 來 の 加 持 身 を 現 す る が 如 く、 そ の 依 報 の 國 土 も 三 密 の 妙 盆 を 示 現 す る こ と を 明 か さ れ た る も の で あ る。 し か し て 疏 に そ の 住 施 の 如 來 加 持 の 句 を 鐸 し て、 如 來 と は 是 れ 佛 の 加 持 身 な り と い ひ、 ま た こ の 加 持 身 は、 無 相 本 地 身 と 一 膿 に し て、 N 切 衆 生 の 機 根 に 癒 し て、 種 々 の 法 門 を 説 く こ と を 明 か す、 か く 住 慮 を 明 か す 経 文 の 繹 に 如 來 の 住 庭 を ば 加 持 身 な 個 大 日 経 の 教 主 に 就 て 三 九

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 〇 り、 ま た そ の 加 持 身 の 説 法 の 義 を 繹 せ る よ り、 自 性 本 地 法 身 説 法 せ ざ る 義 を 立 す る も の は、 こ の 住 庭 の 句 を 以 て 本 経 の 教 主 を 明 か せ る も の と な す。 な ほ 法 身 説 法 を 立 す る も の 及 び 加 持 身 説 法 を 唱 ふ る 諸 師 等 以 上 の 疏 の 文 を 如 何 に 消 繹 せ し や に 言 及 せ ん と す る も そ は 後 段 に 譲 る で あ ら う。 畳 苑 の 教 圭 義 昼 苑 は 大 遼 道 宗 時 代 の 人 に し て、 大 康 三 年 大 日 経 疏 の 砂 科 を 撰 す べ き 給 旨 に よ り 造 せ し も の は、 演 密 妙 で あ る。 し か し て 趙 孝 巌 の 同 鋤 の 引 文 に、 大 遼 時 代 西 竺 よ り 摩 尼 三 藏 と 云 ふ も の 來 り て 密 教 を 弘 傳 せ し が、 畳 苑 こ の 三 藏 に つ い て 密 教 を 稟 承 し、 喩 伽 の 奥 詮 を 窮 め た り と 記 す る も、 恐 ら く は 摩 尼 よ り 傳 へ し も の は 事 相 の 一 部 な り し か。 豊 苑 此 鋤 の 序 に 密 教 の 綱 要 を 繹 し、 大 日 経 は 秘 奥 の 露 典 な る こ と を 述 べ 猫 標 圓 密 一。 遍 出 二除 宗 二者 則 大 毘 盧 遮 那 成 佛 紳 憂 加 持 経。 其 大 牟 哉 斯 経 酒 惣 持 之 潤 府 法 界 之 盤 宮。 云 々 し か も 大 日 経 の 法 禮 は、 華 嚴 五 教 の 第 五 の 圓 教 と そ の 理 趣 同 一 な り と 観 た。 か く 大 日 経 も 眞 如 法 界 を 教 の 大 宗 と な す と 観 る が 故 に、 大 日 経 の 毘 盧 遮 那 如 來 は、 無 相 翼 如 の 理 を 髄 と し、 説 法 利 生 の 妙 用 な き も の と 解 す る に 至 つ た。 即 ち 演 密 鉛 の 藏 教 牧 撮 の 科 の 下 に 華 嚴 の 五 教 砂 う ち に 一 切 経 を 撮 牧 す と な し、 大 日 経 は 第 五 の 圓 教 の 撮 な る こ と を 述 べ て 曰 く 今 紳 凝 絶 典 輿 レ此 大 同、 但 顯 密 爲 レ異 耳。 是 故 此 経 五 教 之 中 圓 教 所 撮 故。 下 序 云 此 経 廼 秘 藏 圓 宗 深 入 二 實

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相 ー爲 二衆 教 之 源 一云 々。 (下 序 と ば 義 繹 の 序 文 な 指 す) 即 ち 畳 苑 は 密 教 の 殊 勝 を 欝 す る も、 其 所 明 の 法 膿 は 華 嚴 十 宗 の 圓 融 具 徳 宗 と 同 な り と な す も の で あ る。 た い 密 教 に 如 來 の 三 秘 密 を 明 か す を 顯 教 に 異 な る 特 殊 の 法 門 と な せ し は、 あ た か も 日 本 の 台 密 に 顯 密 二 教 は 理 秘 密 は 同 な る も、 事 密 秘 を 異 と す と 説 け る と 同 一 揆 で あ る。 蓋 し 畳 苑 は 大 日 経 の 宗 趣 を 繹 し 第 五 明 二経 宗 趣 云者。 ○此 経 即 以 三秘 密 不 思 議 法 界 縁 超 観 行 一爲 レ宗。 若 以 二秘 密 不 思 議 法 界 縁 起 一爲 レ宗。 即 以 ニ観 行 ー爲 レ趣。 或 以 二観 行 云爲 レ宗 即 以 二秘 密 不 思 議 法 界 縁 起 一爲 レ趣。 是 宗 之 趣。 或 宗 部 趣 可 二以 意 得 ー。 由 レ是 疏 文 上 下 或 鶴 二於 不 思 議 法 界 縁 起 一。 或 蹄 二於 甚 深 秘 密 観 行 一云 々 此 の 如 く 大 日 経 は 不 思 議 法 界 縁 起 と 三 密 観 行 と を 明 か し、 三 密 の 観 行 に 依 つ て 不 思 議 法 界 に 蹄 す る を 宗 趣 と な す と 観 た。 し か し て そ の 不 思 議 法 界 と は 一 心 眞 如 の 膿 で あ る。 演 密 鋤 に 経 題 の 大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 墾 加 持 経 を 繹 せ ん と し て、 起 信 論 の 髄 相 用 の 三 大 義 に 依 り、 大 日 の 大 を は 眞 如 膿 大 一 眞 法 界 な り と 解 す る よ り 観 る も、 法 身 大 日 如 來 は 眞 如 の 理 禮 に し て 説 法 な き 無 相 の 理 な り と 観 る に 至 る は 自 然 の 鶴 趣 で あ る。 さ れ ば 大 日 経 の 義 繹 に 當 経 の 教 主 た る 薄 伽 梵 の 経 文 を、 薄 伽 梵 帥 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 繹 せ る を ば、 畳 苑 は こ れ 推 功 蹄 本 の 説 な り と ぜ り。 郎 ち 義 鐸 の 文 に 依 れ ば 大 日 経 の 教 主 は 本 地 法 身 で あ 大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 一

(13)

大 日 維 の 教 主 に 就 て 四 二 る。 し か る に 本 地 法 身 は 眞 如 の 理 膿 に し て 説 法 あ る こ と な し と は 畳 苑 の 本 來 の 見 地 な る が 故 に、 此 の 義 繹 の 文 に 樹 し て、 何 等 か の 會 繹 を 要 す。 こ ゝ に 於 て か 畳 苑 は 當 経 の 教 圭 は 他 受 用 身 な れ ど も 推 功 餅 本 郎 ち 他 受 用 身 の 説 法 を 本 地 法 身 の 本 源 に 蹄 し て、 當 経 の 教 主 を ば 義 繹 に 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 云 ふ な り、 ま た は 云 ふ べ し 眞 癒 無 碍、 帥 ち 實 相 法 身 周 遍 法 界 の 理 と、 他 受 用 身、 及 び 癒 身 の 不 壊 實 相 の 禮 と 無 碍 一 如 な り、 か く 眞 身 (法 身) と 癒 身 と の 禮 無 碍 一 如 の 故 に 薄 伽 梵 師 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 云 ふ、 か ゝ る 推 功 蹄 本、 ま た は 眞 癒 無 碍 の 二 の 會 繹 を な し、 以 て 義 繹 に 當 経 の 教 主 を ば 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 明 か に 示 さ れ た る に も 拘 ら す、 當 経 の 経 主 は 他 受 用 加 持 身 な り、 ま た は 癒 身 な り と 解 す る に 至 つ た。 こ れ 畳 苑 は そ の 本 宗 は 華 嚴 な る が 故 に 法 身 は 不 説 法 な る 執 見 を 離 る る 能 は す、 か ゝ る 繹 を な せ し も の で あ ら う。 下 の 豊 苑 の 抄 の 文 を 讃 ま ん も の は、 そ の 所 説 の 要 旨 を 了 せ ら る る で あ ら ラ。 演 密 砂 第 二 に

也。

レ五。

故。

二其

故。

身 就 其 慮 一則 無 二威 不 ジ形 故。 四 實 相 法 身 語 二其 妙 一 則 無 相 無 爲 故。 五 虚 室 法 身 総 二其 大 一 則 彌 二倫 盧 塞 一故。 於 二此 五 中 一今 當 三第 四 實 相 法 身 一。 以 レ別 棟 レ蓮 帥 本 地 之 法 身。 言 二次 云 如 來 是 佛 加 持 身 云者。 郎 慮 身 他 受 用 身 也。 次 疏 繹 二成 其 所 住 慮 名 佛 受 用 身 一。 言 二如 來 心 王 等 一者。 如 來 是 所 住 心 王 爲 二能 往 一。 如 二 一 切 諸 佛 説 法 儀 式 ( 皆 住 二於 慮 身 一即 本 地 身 爲 二教 圭 一 也。 約 レ別 就 レ勝 唯 是 眞

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身。 故 経 云 慮 化 非 一眞 佛 一 亦 非 読 法 者 一。 推 功 蹄 本 言 二法 身 説 一。 又 下 説 法 慮 即 如 來 身 師 子 座 亦 爾。 依 正 尚 猶 無 磯 堂 佛 身 眞 癒 而 局 定 耶。 亦 得 レ名 二如 來 身 説 國 土 身 説 菩 薩 身 説 等 云。 今 但 説 二眞 癒 二 身 二。 如 三般 若 論 説 一。 有 二二 佛 一 一 眞 身 即 法 身。 二 非 眞 佛 即 慮 化 身。 又 華 嚴 云 諸 佛 眞 身 本 無 二 懸 レ化 分 レ形 満 二世 間 一云 々 慈 畳 大 師 の 教 圭 義 上 に 本 宗 は 華 嚴 に し て、 密 教 を 修 習 せ し 異 朝 の 人 畳 苑 の 大 日 経 の 教 主 義 を 約 述 せ し が、 な ほ 天 台 口 宗 を 本 宗 と し、 而 も 密 教 を 弘 傳 せ ら れ た る 慈 畳 大 師 及 び 智 謹 大 師 等 の 大 日 経 の 教 主 義 を 一 瞥 せ ん に。 頼 喩 法 印 は 指 心 妙 に 慈 畳 安 然 等 以 三自 受 用 身 云爲 二教 主 一兼 二除 三 身 説 一と い ひ、 宥 快 法 印 も 教 主 異 義 に 慈 畳 智 謹 自 受 用 爲 二教 主 一と い へ り。 こ れ 慈 畳 大 師 は 大 日 経 教 主 を は 自 受 用 身 と な す こ と を 示 す も の で あ る。 蓋 し 慈 畳 大 師 の 眞 言 所 立 三 身 問 答 鋤 に、 密 教 の 教 主 は 理 智 不 二 の 智 法 身 な る こ と を 繹 せ ら れ、 次 に 顯 密 二 教 の 佛 身 の 相 異 を 明 か し 密 教 の 法 報 慮 の 三 身 は 眞 如 一 心 の 理 を 膿 と し、 理 内 に 立 つ る 三 身 な る が 故 に 三 身 共 に 常 照 實 相 の 法 身 に し て、 三 身 共 に 周 遍 法 界 身 な る も、 顯 教 は 眞 如 理 性 の 縁 起 を 明 か さ す、 理 事 不 二 の 實 義 を 開 説 せ す、 眞 如 の 理 性 を 萬 法 の 所 依 と な す 理 を 説 く も、 萬 法 を 理 内 に 立 せ ざ る が 故 に、 法 身 は 法 界 に 遍 す る も 報 身 は 遍 不 遍 の 二 義 あ り、 癒 身 は 但 一 世 界 と な す も の で あ る。 し か る に 密 教 の 三 身 は 等 し く 周 遍 法 界 の 大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 三

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 四 法 身 な る が 故 に、 密 教 の 教 主 は 自 受 用 身 な る も、 兼 ね て 三 身 に 逼 す と 云 ふ。 郎 ち 眞 ハ言 所 立 三 身 問 答 に 曰 く 問。 佛 有 二三 身 一。 今 此 経 何 身 説 し 答。 既 盧 遮 那 法 身 説。 問。 此 法 身 於 二理 智 中 一是 爲 二何 身 一。 答。 是 理 智 不 二 智 法 身 如 來 也。 問。 理 智 不 二 法 身 理 智 冥 合 恒 然 常 住 而 不 二説 法 一。 今 何 爲 二説 法 一。 答。 理 禮 恒 然 常 住 不 二説 法 一者。 是 爲 二淺 略 機 一所 レ説。 名 爲 二一顯 教 義ー。 若 理 法 身 能 爲 二衆 生 一説 者。 是 爲 二深 秘 機 云所 レ説。 以 爲 二秘 密 義 一也。 (中 略) 問 法 身 説 法 者 是 爲 二理 膿 正 能 説 法 一。 爲 當 理 法 身 爲 レ智 説 法。 答。 二 義 倶 得。 何 者 理 禮 常 照 以 レ智 故。 問。 於 ニ眞 理 一有 二寂 照 義 一。 就 二何 等 義 一得 レ云 三説 法 一。 答。 寂 照 不 二 而 得 ニ説 法 一。 猶 二如 金 光 不 二 照 耀 一也。 問。 所 レ言 理 膿 常 照 名 一法 身 説 法 一者。 於ニ 自 受 用 身 他 受 用 身 爲 ニ是 何 法 身 一耶。 答。 二 身 倶 得 也。 問。 約 二云何 等 義ー 得 レ名ニ 自 受 用 他 受 用 一。 答。 自 受 法 樂 名 二自 受 用 一。 命 他 受 二法 樂 一 爲 三他 受 用 云也。 問。 若 自 受 用 身 自 受 法 樂 時 爲 レ他 説 法。 答。 自 受 法 樂 位 不 二爲 レ他 説 一。 問。 若 爾 者 自 受 法 身 術 不 二爲 レ他 説 法 一。 何 故 今 得 レ言 二理 法 身 爲 レ他 説 法 一。 答。 若 於 二眞 理 一但 有 ニ寂 義 一。 無 レ有 三照 義 一。 癒 レ云 理 法 身 不 二説 塗。 約 二眞 理 一有 ニ二 義 一故。 云 二理 法 身 説 法 一也。 故 起 信 論 云。 眞 如 有 二 二 種 一。 謂 不 墾 眞 如。 随 縁 眞 如 也。 問。 若 爾 顯 教 亦 言 下自 受 用 身 不 説 法 一他 受 用 身 説 法 占有 荷 異 一也。 答。 顯 教 所 立 説 不 説 倶 非 麹 内 一。 故 輿 二秘 教 一全 不 同 也。 問。 彼 教 所 立 倶 非 二理 内 一者 如 何。 答。 彼 教 所 立 意 云。 眞 性 之 理 不 レ作 諸 法 一。 但 爲 二諸 法

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之 所 依 一。 菩 提 智 糎 子 唯 在 二阿 頼 耶 識 云。 是 故 彼 教 所 立 但 在 三理 外 一。 非 レ在 二理 内 一云 々 如 上 の 慈 畳 大 師 の 繹 に 依 れ ば、 顯 教 と は 眞 如 縁 起 の 義 を 明 か さ ざ る 三 乗 教 の 説 に し て、 密 教 と は 眞 如 縁 起 の 理 趣 を 開 演 す る 一 乗 教 で あ る。 随 て 密 教 の 所 詮 の 法 禮 は、 偏 一 切 庭 の 眞 如 の 理 膿 で あ る。 し か し て 眞 如 の 理 禮 は 理 智 不 二 寂 照 不 二 の 膿 で あ る。 帥 ち 理 と は 眞 如 の 禮 の 常 寂 不 動 な る を い ひ 智 と は 常 寂 の 禮 に 本 來 具 す る 常 照 の 露 用 で あ る。 慈 畳 大 師 は 顯 激 に 法 身 説 法 の 義 を 明 か さ す し て、 密 教 に の み 法 身 説 法 の 秘 義 を 開 顯 と な す も、 そ の 法 身 説 法 の 意 義 は、 眞 如 の 常 照 の 露 用 な り、 眞 如 法 身 は 横 に 十 方 を 極 め、 竪 に 三 世 に 徹 し、 法 界 を 遍 ね く 照 ら す、 こ の 法 界 を 照 ら す 常 照 の 妙 用 を 法 身 説 法 の 義 と な す も の で あ る。 し か し て こ の 眞 如 は 寂 照 倶 時 の 禮 な る ゆ ゑ、 理 智 不 二 の 智 法 身 の 説 法 こ れ 密 教 な り と 云 ふ。 か く 理 智 不 二 の 智 法 身 の 説 法 を 朋 か す も、 理 智 不 二 の 理 法 身 の 説 法 を 説 か ざ る は、 眞 如 の 膿 は 本 來 理 智 不 二、 寂 照 不 二 の 膿 な る こ と、 例 へ ば 珠 と 光 と 不 離 な る 如 く、 灘 鑑 不 二 な る が 如 く な る も、 而 も 理 智 不 二 の 禮 を 一 癒 分 て は 理 は 常 寂 の 徳 あ る も 常 照 の 徳 な き よ り、 理 智 不 二 の 智 法 身 の 説 法 こ れ 密 教 な り と し て、 理 法 身 の 説 法 を 明 か さ ざ る か。 し か も か く の 如 く 眞 如 の 膿 は 理 智 不 二、 寂 照 不 二 の 法 膿 な る こ と は、 一 乗 教 の 等 し く 談 す る と こ ろ で あ る。 帥 ち 眞 如 の 常 照 の 妙 用 を 法 身 説 法 の 意 義 な り と せ ば、 法 身 説 法 は 密 教 に て 初 め て 開 説 す る に あ ら す し て、 顯 の 一 乗 教 も 等 し く、 法 身 説 法 の 義 を 開 演 す る も の と い は ね ば な ら ぬ。 し か る に 弘 法 大 大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 五

(17)

大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 六 師 は 寂 照 不 二、 理 智 不 二 の 眞 如 の 實 禮 を 開 説 す る 天 台 華 嚴 等 の 一 乗 教 を ば、 こ れ 皆 無 明 の 邊 域 を 出 で ざ る 因 分 の 教 な り、 顯 教 な り、 未 だ 法 身 説 法 の 義 を 開 顯 せ ざ る も の な り と 断 せ ら れ た る よ り 見 れ ば、 眞 言 密 教 即 ち 弘 法 大 師 の 法 身 説 法 の 意 義 は、 智 理 不 二、 寂 照 不 二 の 眞 如 の 常 照 の 義 に あ ら ざ る こ と を 知 ら る る の で あ る。 郎 ち 寂 照 不 二、 理 智 不 二 の 眞 如 の 禮 は、 こ れ 顯 教 の 本 禮 で あ る、 所 謂 法 中 心 の 佛 教 の 法 の 源 極 で あ る。 し か る に 密 教 は こ の 眞 如 の 法 を 如 實 に 現 謹 せ る 大 畳 の 膿、 帥 ち 毘 盧 遮 那 自 謹 成 佛 の 膿 を 教 の 本 膿 と な す も の で あ る。 毘 盧 遮 那 如 來 の 一 切 智 々 は、 眞 如 の 法 を 如 實 に 謹 見 し、 眞 如 の 法 を ば 大 畳 の 内 容 と し、 こ の 眞 如 と 一 髄 と な れ る 大 豊 者 で あ る。 し か し て か か る 大 畳 の 圓 成 は、 法 界 の 衆 生 を し て 等 し く こ の 大 畳 の 境 を 得 せ し め ん と の 因 位 の 本 誓 力 に 依 れ る も の で あ る。 故 に 毘 盧 遮 那 如 來 の 大 智 を 以 て 法 界 を 常 照 し 給 ふ も。 た い 照 見 す る の み に あ ら す、 そ の 常 照 に は 一 切 を し て 大 畳 の 境 に 引 撮 せ ん と の 本 願 力 あ る 常 照 で あ る。 か ゝ る 毘 盧 遮 那 如 來 の 正 豊 の 禮 が、 そ の 自 謹 正 畳 の 自 膿 を 三 世 常 恒 に 法 界 に 顯 現 す る こ れ 法 身 説 法 の 自 膿 で あ る。 慈 畳 大 師 は 眞 言 所 立 三 身 問 答 に 理 膿 恒 然 常 住 不 二説 法 一者。 是 爲 二淺 略 機 一所 説。 名 爲ニ 顯 教 義 一也。 若 理 法 身 能 爲 二衆 生 一 説 者。 是 爲 ニ深 秘 機 ー所 レ説。 以 爲 二秘 密 義 一也。

(18)

ひ、

レ立

説。

レ辮

也。

讃。

言。

絶。

下於

二内

ゆ此

島耶。

答。

二汝

一。

境。

絶。

故。

一故。

讃。

者。

也。

レ知

ニ如

一故。

レ然。

故。

故。

散。

レ妨

レ寂。

レ妨

レ散。

謹。

レ是。

要。

無。

二此

一。

る。

ち、

し、

華、

し、

と、

し、

も、

し、

に、

経、

経、

り。

(19)

大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 八 問 り 何 等 名 爲 二顯 教 一耶。 答。 諸 三 乗 教 是 爲 二顯 教 一。 問。 何 故 彼 三 乗 教 以 爲 二顯 教 一。 答。 未 レ説 一理 事 倶 密 一故 也。 問。 所 レ言 理 事 倶 密 者 其 趣 如 何。 答。 世 俗 勝 義 圓 融 不 二。 是 爲 二理 密 一。 若 三 世 如 來 身 語 意 密。 是 爲 二事 密 一。 問。 花 嚴 維 摩 般 若 法 花 等 諸 大 乗 教。 於 二此 顯 蜜。 何 等 撮 耶。 答。 如 二華 嚴 維 摩 等 諸 大 乗 教 一。 皆 是 密 教 也。 問。 若 如 レ云 二皆 是 密 ー者。 與ニ 今 所 立 眞 言 秘 教 一。 有 二何 等 異 云。 答。 彼 華 嚴 等 経 錐 二倶 爲 フ蜜。 而 未 レ盤 二如 來 秘 密 之 旨 一。 故 與 二今 所 立 眞 言 教 一別。 假 令 錐 レ説 二少 密 言 等 一。 未 レ爲 究 二鑑 如 來 秘 密 之 意 一。 今 所 レ立 毘 盧 遮 那 金 剛 頂 等 経。 威 皆 究 二蓋 如 來 事 理 倶 密 之 意 云。 是 故 爲 レ別 也。 此 の 如 く 顯 の 一 乗 教 と 眞 言 密 教 と の 遜 別 は、 事 秘 密 に あ り、 そ の 理 秘 密 よ り い へ ば、 顯 密 二 教 同 一 な り と は、 こ れ 慈 畳 大 師 の 説 に し て ま た 後 の 智 讃、 安 然 等 の 台 密 の 諸 家 の 齊 し く 唱 せ し と こ ろ で あ る。 此 等 の 説 は 如 來 内 謹 の 境 を 説 か す、 法 身 の 説 法 を 明 か さ い る は、 顯 教 に し て、 如 來 内 謹 の 境 を 開 顯 し、 法 身 説 法 の 秘 義 を 演 暢 す る も の は 密 教 な り と 繕 す る 鮎 は 弘 法 大 師 と 一 教 す る と こ ろ な れ ど も、 顯 密 二 教 の 所 詮 の 理 趣 は 寂 照 不 二、 理 智 不 二 の 眞 如 の 膿 な り と し 顯 密 二 教 の 理 秘 密 は 同 禮 な り と な す と こ ろ、 弘 法 大 師 の 所 見 と 同 一 な ら ざ る が 爲 め に、 法 身 説 法 を 談 じ つ ゝ 法 身 不 説 法 説 に 堕 せ し も の で あ る。 弘 法 大 師 は 寂 静 不 二、 理 智 不 二 の 眞 如 法 身 の 腱 を 教 の 本 禮 と せ る 顯 の 一 乗 教 を ば、 こ れ な ほ 無 明 の 邊 域 な り、 因 分 の 教 な り、 如 來 内 讃 の 境 を 開 顯 せ ざ る 顯 教 と 断 じ 給 う た。 郎 ち 理 智 不 二、 寂 照 不 二 の 眞 如 と は、 所 謂 如 々 の 理 と 如 々 の 智 と な る が、 理 も 極 無 自 性 不 可 得 に し て、 智 も ま た 無 自 性 不 可

(20)

得 な り、 究 寛 縁 観 二 つ な が ら 無 相 不 可 得、 言 亡 慮 絶 に 蹄 す る は、 顯 教 諸 大 乗 の 極 教 で あ る。 か く の 如 く 不 可 得 無 相 を 眞 如 法 身 の 禮 と し、 そ を 教 の 策 一 義 諦 と な す は、 こ れ 因 人 の 我 執 分 別 を 断 除 す る を 圭 と せ る 遮 醤 教 な り、 因 分 の 教 な り 如 來 内 讃 の 果 境 を 開 顯 せ ざ る 顯 教 な り と し、 こ の 眞 如 の 理 禮 の 玄 底 に、 こ の 眞 如 の 法 を 如 實 に 現 謹 せ し、 法 身 正 畳 の 果 腱 の 實 在 を 明 か し、 こ の 法 身 自 謹 大 畳 の 果 膿 を 教 の 出 立 黙 と し、 こ の 果 界 の 開 顯 を 明 か す を 眞 言 密 教 と な せ る も の は 弘 法 大 師 で あ る。 か ゝ る 眞 言 密 教 の 教 膿 を 會 せ ざ り し が 爲 め に、 一 慮 弘 法 大 師 の 所 判 に 準 じ、 法 身 説 法 を 明 か す は 密 教 な り と 群 せ ら れ し も、 眞 の 法 身 説 法 義 を 開 演 す る に 至 ら す、 随 て 大 日 経 の 教 主 義 の 眞 意 を 得 ざ り し こ と ゝ な り し 乎。 智 讃 大 師 の 教 圭 義 智 謹 大 師 に は 大 日 経 開 題、 大 日 経 指 蹄、 大 日 経 綱 目、 大 日 経 心 目、 同 義 群 更 円 妙 等 の 著 あ り 何 れ も 経 の 要 旨 を 繹 蓮 せ ら る。 其 他 に 顯 密 二 宗 本 地 三 身 繹 等 あ り、 こ は 特 に 大 日 経 の 教 主 義 を 明 か せ る も の に あ ら ざ れ ど も、 智 謹 大 師 の 顯 密 二 教 の 佛 身 義、 及 び そ の 教 義 の 亜 纏 を 記 せ る も の な れ は、 師 の 大 日 経 の 教 圭 義 を 知 る に 足 る も の あ り と 思 ふ が 故 に、 今 そ の 所 繹 の 要 を 記 せ ん に、 こ の 三 身 義 に は 顯 密 二 教 の 能 詮 の 教 相 と 所 詮 の 三 身 の 義 を 明 か せ る も の で あ る。 初 め 能 詮 の 教 柑 に 於 て は、 法 華 の 本 地 の 三 身 と 藤 密 の 三 身 と は 同 一 な る こ と を 明 か し、 ま た 密 教 に 大 日 経、 金 剛 頂 経 等 あ る も 共 に 理 智、 定 慧 の 不 離 不 二 の 秘 旨 を 説 く も の な る こ と を 繹 す。 次 に 所 詮 の 三 身 の 義 に は、 本 門 の 三 身 と 秘 密 の 三 身 と を 大 日 経 の 教 主 に 就 て 四 九

(21)

し、

境、

智、

者。

境。

智。

レ實

樺。

ニ邸

レ實

一湛

ー。

二懇

一也。

一三

也。

也。

レ實

二一

一之

時。

二本

一也。

來。

云。

身。

身。

レ物。

二盆

一巳

也。

也。

二此

一繹

時。

二本

一也。

二如

一令

一成

中本

占者。

妙。

也。

云。

遠。

レ説

暗。

乎。

藏、

し、

り。

也。

日。

藏。

故。

二實

一本

然。

ば、

境、

て、

る。

は、

(22)

一 切 の 機 見 を 絶 す れ ば、 こ の 自 受 用 智 身 一 切 に 癒 同 す る 癒 身 の 境 し 初 め て 説 法 あ り と な す は、 こ れ 此 の 師 の 所 見 で あ る。 さ れ ば 大 日 経 字 輪 雑 疑 目 に も 凡 説 教 門 在 二慮 化 身 説 一。 修 観 門 正 在 二法 身 ー。 ま た か の 大 日 経 心 目 に 佛 説 一初 三 昧 耶 一爲 二自 受 用ー、 故。 言 法 界 一 膿。 同 二阿 字 本 一。 故 自 受 法 樂 寂 照 無 二 也。 第 二三 昧 耶 爲 レ成 ニ就 法 性 諸 菩 薩 故。 言 以 二法 界 智 一現 訓法 性 土 一。 爲 二菩 薩 一説 二眞 實 法 一。 故 諸 菩 薩 能 受 二法 樂 二。 是 他 受 用 而 自 他 不 二。 こ れ 法 性 の 菩 薩 の 爲 め に 眞 實 の 法 を 説 く も の は 他 受 用 身 な り 而 も こ の 他 受 用 身 は、 自 受 用 に 帥 す る 身 な れ ば 自 他 不 二 な り、 こ の 自 他 不 二 の 他 受 用 身 こ れ 大 日 経 教 主 と な す も の で あ る。 し か る に 師 の 大 日 経 指 館 に 薄 伽 梵。 住 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 の 文 を 繹 す る 義 繹 の 文 に 註 し て 今 案。 能 住 所 住 該 二通 法 界 一。 能 説 之 法 身 無 二 無 別。 所 説 之 法 亦 無 二 初 中 後 一。 証 存 二 三 五 七 九 乗 等 一。 水 鏡 在 レ此。 不 レ可 二更 惑 一。 こ れ 能 佳 の 佛 身 も 所 住 の 法 界 宮 も 所 説 の 法 門 も 共 に 法 界 腱 な る 秘 趣 を 開 説 す る も の で あ る。 此 の 文 よ り 観 れ ば、 毘 盧 遮 那 本 地 法 身、 法 界 宮 に 住 し て、 三 霧 卒 等 の 法 門 を 説 く 義 に も 解 せ ら る れ ば、 こ れ 自 性 理 法 身 の 説 法 の 義 を 明 か す と も 観 ら る ゝ。 大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 一

(23)

大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 二 ま た 大 日 経 疏 鋤 に 薄 伽 梵 即 毘 盧 遮 那 法 身 者 (自 性 身 也) 佛 加 持 身 帥 受 用 身 者 (自 受 用 身 也) 等 の 文 及 び 師 の 在 唐 記 の 中 よ り 抄 出 せ ら れ た り と 幕 す る 翼 言 一三 身 問 答 に 依 れ ば 理 智 不 二 の 智 法 身 帥 ち 自 受 用 身 を 密 教 の 教 主 と な す も の と も 観 ら る。 但 し 眞 言 三 身 問 答 は 殆 ん ど 慈 畳 大 師 の 眞 言 三 身 問 答 と 同 一 の 文 な る よ り 見 れ ば、 何 ん ら か の 誤 傳 に あ ら ざ る な き か、 或 は ま た 在 唐 記 の う ち よ り 抄 出 せ る と の 文 よ り 見 れ ば、 或 は 唐 の 阿 閣 梨 の 口 訣 を 記 せ る な ら ん か、 こ の 文 が 智 謹 大 師 の 記 に あ ら ざ る と し て も、 師 は 慈 畳 大 師 の 密 教 は 理 智 不 二 の 智 法 身 の 説 な り と の 義 を 知 悉 せ ら れ た る な る べ く、 ま た 慈 畳 智 謹 の 兩 大 師 は 理 智 不 二、 寂 照 不 二 の 眞 如 を ば 教 の 本 騰 と な す も の で あ る、 し か し て 慈 畳 大 師 は 眞 如 の 常 照 の 義 を 智 法 身 の 説 法 の 義 と な す も の な れ ば、 智 謹 大 師、 に も、 こ の 義 存 す べ し、 た い 慈 畳 大 師 は 眞 如 常 照 の 智 法 身 の 説 法 の 義 を 提 唱 せ ら れ た る も、 智 謹 大 師 に は 理 智 不 二 寂 照 不 二 の 境 は 因 人 の 言 心 を 絶 す る と の 鐸 を な す も、 そ の 常 照 の 説 法 の 義 を 明 か す 交 稀 に し て、 却 つ て 自 他 不 二 の 他 受 用 身 の 説 法 の 鐸 あ る よ り 見 れ ば、 密 教 の 教 主 は 表 で 自 他 不 二 の 他 受 用 身 に し て、 裏 と し て 自 受 用 身 の 説 を 並 説 せ し も の と 観 る べ き か。 安 然 和 小岡 の 教 圭 義 安 然 和 爾 は 慈 畳、 智 謹 の 兩 大 師 と 共 に 天 台 の 妙 旨 の 登 揮 と 共 に、 台 蜜 の 宣 揚 に 端 く さ れ た る 入 で あ

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る。 蓋 し 慈 畳 大 師 は 弘 法 大 師 入 定 の 承 和 二 年 に 入 唐 の 詔 を 得、 同 五 年 入 唐 し 在 唐 十 年 即 ち 承 和 十 四 年 に 蹄 朝 し、 智 誰 大 師 は 慈 畳 の 騰 朝 後 七 年 交 徳 帝 の 仁 壽 三 年 に 入 唐 し 在 唐 六 年 に し て 鶴 朝 し、 安 然 は 智 謙 の 館 朝 よ り 後 る ゝ こ と 十 年、 陽 成 帝 の 元 慶 元 年 に 入 唐 せ ん と し て 太 宰 府 に 至 り し も、 そ の 志 を 果 さ い り し と 云 ふ よ り 見 る も、 安 然 は 智 誰 よ り や ゝ 後 輩 で あ つ た。 し か し て 當 時 我 が 束 密 は、 大 師 入 定 直 後 に し て、 眞 雅、 眞 然、 宗 叡、 源 仁 等 あ り、 大 師 の 遣 法 の 守 護 に 専 ら な り し 時 代 で あ つ た。 か ゝ る 時 代 に 顯 密 の 教 義 を 研 巖 し、 事 教 に 亙 つ て 幾 多 の 著 書 を な し、 そ の 教 旨 の 套 揮 に 蜴 く さ れ た る も の は 安 然 和 術 で あ つ た。 蓋 し 安 然 が 眞 言 宗 教 時 問 答 等 を 著 は し、 密 教 の 教 旨 を 開 演 す る と 共 に、 我 が 大 師 の 教 判 等 に 判 し 失 義 を 提 出 せ し が 如 き は、 東 密 の 諸 阿 闇 梨 を 刺 戟 し、 つ ひ に 濟 邉、 實 範、 信 謹 等 の 諸 師 を し て、 大 師 の 教 義 の 奥 旨 の 宣 明 に 努 め し む る に 至 ら し め た る も の と も 見 ら れ る。 し か し て 慈 畳、 智 澄、 安 然 等 の 大 日 経 の 教 主 義 は 大 膿 一 致 せ る も の あ る も、 し か も 多 少 の 相 異 あ る を 観 る。 郎 ち 慈 畳 は 理 智 不 二 の 智 法 身 説 法 の 義 を 明 か し、 智 謹 も 自 受 用 身 の 義 を 述 ぶ る と 観 ら る 繹 文 の 存 す る も の あ る も、 寧 ろ 膚 他 不 二 の 他 受 用 身 の 説 を 表 と な す も の と い は る べ く、 安 然 に 至 つ て は、 正 し く 他 受 用 身 を 教 主 と し、 か ね て 自 受 用 及 び 愛 化 等 流 に 遍 す る 説 な り と も 云 は る べ き か。 前 叙 の 如 く 慈 畳、 智 讃、 安 然 等 大 日 経 の 教 主 義 に 關 し、 多 少 の 相 異 の 認 め ら る ゝ も の あ る も、 而 も 眞 如 を 教 の 本 腱 と し、 顯 蜜 二 教 理 秘 密 一 な り と 観 る に 至 つ て は 三 師 の 説 一 致 せ る と 云 ふ べ き で あ る。 大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 三

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 四 し か れ ば 安 然 も 無 性 寂 滅 の 眞 如 の 理 性 を 自 性 身 と な す よ り、 良 性 理 法 身 の 説 法 を 明 か さ い る と 共 に、 こ の 眞 如 の 理 を 誰 得 せ る 自 受 用 智 身 こ れ 究 寛 成 佛 の 膿 に し て、 密 教 は 如 來 自 謹 の 境 を 説 く 自 受 法 樂 の 説 な る と の 義 邊 よ り、 密 教 は 自 受 用 の 説 な り と も い へ、 ま た 兩 部 大 経 共 に 説 法 の 會 慮 は 色 究 寛 天 な り こ の 色 究 寛 天 に 於 て 正 畳 を 成 じ 説 法 す る 佛 陀 は こ れ 他 受 用 身 な る よ り、 他 受 用 身 を 密 教 の 教 主 と 観 ん と し、 ま た 四 身 共 に 不 生 不 滅 季 等 眞 如 の 理 を 鷹 と せ る な り、 四 身 一 艘 に し て 皆 法 身 と 編 せ ら れ、 ま た 除 三 身 加 持 塵 土 世 界 に 於 て 眞 言 蓮 を 説 く、 瑞 相 の 説 段 を 今 の 教 の 説 會 の 如 く 見 る よ り、 教 生 は 他 受 用 墾 化、 等 流 に も 通 す る が 如 き 鐸 を も な す に 至 り し 乎。 即 ち 安 然 は 眞 言 宗 教 時 問 答 の 初 め に 鐸 摩 討 行 論 の 十 識 の 説 を 引 用 し、 そ の 第 十 の 一 心 一 心 識 即 ち 無 相 李 等 の 一 心 を 眞 言 密 教 の 教 義 の 根 底 と し て 繹 を な せ る が、 こ れ 弘 法 大 樋 の 眞 言 密 教 と 其 の 教 義 に 於 て 遮 表 淺 深 の 存 す る 所 以 で あ る。 印 ち 弘 法 大 師 の 眞 言 密 教 は 第 十 識 を ば な ほ 遮 情 因 分 の 教 と し、 こ の 上 に 不 二 摩 討 衙 の 心 を 開 説 し、 こ の 不 二 摩 訂 術 の 一 心 を 密 教 の 本 腱 と な す も の で あ る。 帥 ち 第 十 識 は 能 所、 主 客 の 差 相 を 絶 せ る 遮 情 無 相の 一 心 で あ る。 弘 法 大 師 の 教 説 に 依 れ ば、 こ の 第 十 諍 は こ れ 一 切 顯 教 大 乗 の 究 寛 の 宗 教 に し て、 こ の 第 十 識 を 顯 教 に て は 自 性 法 身 の 禮 と な す も の で あ る。 し か る に 眞 言 密 教 は、 こ の 都 絶 能 所 の 第 十 識 の 玄 底 に 於 て、 却 つ て 法 爾 喩 伽 の 能 所、 帥 ち 色 心 不 二、 理 智 不 二 六 大 一 實 の 自 然 畳 膿 を 開 顯 す、 帥 ぢ 一 法 界 の 極 教 に 多 法 界 を 開 く、 こ の 眞 諦 果 界 の 十 界 こ れ 秘 密 曼 茶 羅

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の 膿 で あ る。 眞 言 密 教 の 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と は、 こ の 六 大 一 實 の 自 然 畳 禮 を 如 實 に 現 謹 せ る 自 謹 大 畳 の 果 禮 で あ る。 眞 言 密 教 に て は、 こ の 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 を 大 日 経 の 教 主 と な す も の で あ る。 安 然 の 教 時 義 に よ れ ば、 色 究 寛 天 に て 正 畳 を 成 せ る 佛 陀 は 別 教 の 佛 身 に し て、 こ れ 他 受 用 身 な り、 し か し て 密 教 の 兩 部 大 経 共 に 色 究 寛 天 に て、 大 日 如 來 成 正 畳 の 義 を 明 か せ ば、 兩 部 大 経 能 説 の 教 主 た る 大 日 如 來 は 他 受 用 加 持 身 な る べ き も、 而 も 色 究 寛 と は一 切 色 の 究 元寛 せ る 膿、 即 ち一 心 の 自 罷 な り、 さ れ ば 色 究 寛 に 住 す る と は、 一 心 の 自 盤 に 住 す る 義 な り、 こ の 一 心 の 本 性 こ れ 一 乗 教 の 教 禮 な る が 故 に、 こ の 一 心 を 所 住 と す る 佛 身 は、 自 受 用 身 な る べ し、 か く 観 れ ば 大 日 如 來 色 究 寛 天 に 住 す る と は、 こ れ 一 心 の 本 性 に 住 す る 義 な る ゆ ゑ、 大 日 如 來 は 他 受 用 身 に あ ら す し て 自 受 用 身 な り と 云 ひ 得 ら る。 し か し て そ の 一 心 の 自 禮 こ れ 秘 密 の 膿 性 な る が 故 に、 こ の 一 心 理 内 の 四 身 は 一 禮 に し て 共 に 宮 内 讃 の 法 を 説 く と も い ひ 得 ら る ゝ よ り 霧 教 の 教 主 ぱ 除 三 身 に 通 す と の 説 を も 立 す る も の で あ る。 教 時 問 答 に 日 く 問。 天 台 宗 云。 碧 説 二 一 切 諸 佛 皆 於 色 究 寛 天 成 道 者。 是 別 教 義 也 云 々。 今 眞 言 宗 金 剛 頂 十 八 會 指 蹄 云。 初 會 一 切 如 來 眞 實 概 教 至 會 於 寓 迦 尼 託 天 一初 成 ニ正 蟹 所 レ説。 次 十 七 庭 説 二十 七 會 一。 金 剛 頂 経 師 彼 第 一 會。 文 云。 佛 在 二阿 迦 尼 駈 天 一五 相 成 道。 又 大 日 経 佛 在 二如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 中 一。 義 繹 云。 無 相 法 身 受 用 能 加 持 身 住 二断 加 時 自 受 用 身 二在 二摩 醸 首 羅 天 王 宮 一。 云 々 若 爾 眞 言 宗 大 既 盧 遮 那 佛 是 天 台 宗 別 教 大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 五

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大 日 経 の 教 主 に 就 て 五 六 佛。 蒲 何 故 言 二天 台 圓 教 妙 畳 佛 是 眞 言 宗 命 剛 胎 藏 中 台 佛 一耶。 金 剛 頂 疏 云。 佛 在 二阿 迦 尼 既 天 一成 道 説 法 者。 阿 迦 尼 死 翻 云 二色 究 一寛 一也。 此 宗 意 云。 一 切 色 法 究 寛 蓋 慮。 印 是 心 王 境 界 是 名 二阿 迦 尼 旺 天 一。 非 二是 色 界 第 四 灘 終 阿 迦 尼 聴 天 一。 (中 略) 是 輿 二天 台 圓 教 虚 察 爲 座 之 佛 一意 同 り 又 大 日 経 義 鐸 云。 佛 在 二法 界 宮 一 者。 心 王 自 在 遍 二 一 切 庭 一名 爲 二摩 醸 首 羅 天 王 宮 云凡 佛 有 癒 之 慮 無 ノ非 二此 塵 醸 首 羅 天 王 宮 一也。 非 三濁 在 二 三 界 之 外 第 四 繹 一也 云 々 此 亦 與 下天 台 圓 教 繹 迦 亦 名 二毘 盧 遮 那 遍 一 切 慮 一。 其 佛 住 威 名 中常 寂 光 島意 同。 然 天 台 宗 南 閻 浄 提 癒 化 騨 迦 以 爲ニ 本 ま。 此 佛 随 レ機 現 二四 教 佛 一。 故 約 二輝 迦 一開 二出 四 佛 一。 今 眞 言 宗 第 四 灘 中 大 日 如 來 以 爲 二本 主 一。 以 漕此 佛 随 レ縁 現 二四 重 壇 一故 約 二大 日 云開 二出 四 壇 一。 但 天 台 宗 法 華 以 前 四 佛 未 レ融。 至 (法 華 中 一 開 二會 四 佛 一以 爲 三 一 佛ー。 與ニ 眞 言 宗 初 後 一 佛 開 現 西 壇 云意 同。 こ れ 色 究 寛 天 に 於 て 正 蜷 を 成 す る 佛 陀 は 別 教 の 義 で あ る。 し か る に 密 教 の 兩 部 大 経 は 共 に 色 究 寛 天 の 所 説 な れ ば、 密 教 の 大 日 如 來 は 別 教 所 明 の 他 受 用 身 な る べ し、 し か る を 天 台 圓 教 の 佛 身 と 密 教 の 毘 盧 遮 那 と 同 禮 な り と は 如 何 に 會 す べ き か の 疑 問 を 暴 げ、 金 剛 頂 経 疏 に 色 究 覧 と は、 一 切 色 法 の 究 覧 し て 盤 る と こ ろ 即 ち 心 王 の 膿 な り と 云 ふ。 さ れ ば 金 剛 頂 経 の 色 究 寛 と は 色 界 第 四 繹 の 天 に あ ら す こ れ 虚 塞 を 座 と す る 圓 教 の 佛 と 同 腱 な る こ と を 遍 べ、 ま た は 天 台 は 慮 身 の 繹 迦 如 來 を 中 心 と せ る 三 身 一 龍 の 説 を 立 て、 密 教 は 法 身 大 日 如 來 中 心 の 三 身 一 膿 説 な る 旨 を 示 す も の で あ る。 又 日 く

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