興
教
大
師
御
撰
述
に
對
す
る
書
史
學
的
研
究
興
教
大
師
全
集
改
纂
に
當
面
じ
て
中
野
達
慧
引 第 一 序 論 五 章 第 二 総 論 十 章 第 三 本 論 六 章 第 四 細 論 断 艦 騨 の 霊 膿 第 五 結 論 践 本 誌 編 輯 圭 任 大 山 公 淳 師 よ 叫 再 三 再 四 の 命 獣 し 難 く 、 途 に 禿 筆 な 呵 し て 之 た 草 す 、 自 ら 深 く 杜 撰 々 憶 つ と 錐 も 、 若 し 少 稗 あ ら ば 望 外 の 幸 な り 、 翼 く ば 博 雅 欝 子 の 斧 正 た 乞 ふ 。 ( 昭 和 三 年 四 月 於 東 京 市 小 石 川 匿 西 原 町 一 ノ 六 寓 居 ) 第 二 序 論 一 十 四 年 間 に 亘 つ て 織 績 刊 行 の 卍 大 藏 経 ご 績 大 藏 経 支 那 部 ご が 、 鯨 り 長 が 過 ぎ て 、 豫 約 者 中 に は 三 代 も 死 に 替 て 居 る 巴 云 ふ 有 様 な の で 、 困 り 方 が ー 方 な ら ぬ 露 へ 、 佛 書 刊 行 會 が 出 來 た 爲 め 、 一 時 に 購 買 力 を 奪 は れ 、 致 命 傷 を 受 け た の で 、 長 引 け ば 長 引 く 程 、 損 失 が 増 大 し て 來 る 關 係 か ら 、 大 正 元 年 十 一 月 績 藏 が 一 百 五 十 峡 の 満 数 に 蓬 し 陀 の を 機 會 と し て 、 無 糠 千 秋 樂 に し た 次 第 で あ る か ら 、 績 藏 経 遺 漏 の 興 敢 大 師 御 撰 述 に 對 す る 書 史 學 的 研 究 一興 教 大 師 御 撰 述 に 欝 す る 書 史 學 的 研 究 二 珍 書 や、 豫 告 し て 畳 き 乍 ら、 遽 に 螢 行 の 出 來 無 か つ た 分 が 約 五 分 の 二 強、 即 ち 綾 藏 経 刊 行 十 六 萬 何 千 頁 に 罰 し、 未 刊 行 の 分 が 尚 ほ 何 萬 頁 か ゞ 残 さ れ 陀 諜 で、 表 面 的 事 夫 は 刊 布 な れ ご、 一 斯 に 集 め て 散 侠 を 防 ぎ、 且 つ は 研 討 に 資 す る ご 云 ふ こ ご が、 そ も そ も の 出 登 黙 で あ う し 故 へ、 刊 行 は 既 に 結 末 を 告 げ て 居 て も、 集 書 の 方 は 依 然 こ し て 絶 へ す 遣 て 居 た 次 第 で、 此 等 既 刊 未 刊 一 切 の 底 本 墾 考 青 は、 悉 く 纒 め て 京 都 帝 國 大 學 に 寄 贈、 今 現 に 保 管 さ れ て 居 る の で、 支 那 佛 敷 書 籍 は 何 ご 云 ふ て も 京 大 が 世 界 一 ざ 稽 す る に 足 る の で あ る。 二
績
大
藏
経
の
編
纂
刊
行
は
上
記
の
標
な
事
情
に
て、
一
鷹
の
完
成
を
告
げ
だ
が、
之
は
僅
に
其
第
一
支
那
部
丈
の
事
で
最
初
の
螢
表
に
は
第
二
日
本
部
撰
述
を
編
纂
刊
行
す
る
こ
と
が
圭
で
あ
つ
た
の
で、
其
日
本
部
の
方
は、
甲
種
こ
し
て
経
典
用、
乙
種
ざ
し
て
研
究
用
の
編
纂
を
爲
し、
所
謂
其
経
典
用
に
は
各
宗
租
師
の
製
作
ご
碩
學
の
名
篇
ご
を
編
輯、
即
ち
今
の
日
本
大
藏
維、
又
研
究
用
こ
し
て
は
名
匠
の
注
疏、
各
般
に
亘
る
撰
述
史
料
等
を
綱
羅
す
る
計
書
を
立
て
た
の
で
あ
つ
た。
是 れ よ り 先 き 大 村 西 崖 君 の 眞 美 書 院 入 り は、 予 輩 の ロ 添 が そ も く の 始 で あ つ だ が 爲 め、 何 度 ざ 無 く 拙 宅 へ 來 り、 日 本 部 の 計 書 を 熟 知 し、 日 本 部 は 東 京 で 遣 て 呉 れ る 僕 は 蔀 務 會 計 剛 切 を 引 受 け る か ら と 藪 度 勘 説 し、 績 藏 維 の 始 末 は 後 で も 出 來 る か ら、 早 く 東 京 へ 出 て 來 い ざ 云 ふ の で あ つ た が、 績 藏 経 を牟 ば に し て 已 め ね ば な ら 組 事 故、 遽 に 謝 つ た 次 第 で、 同 君 の 手 紙 は 今 に 数 通 残 つ て 居 る。 爾 後 佛 書 刊 行 會 が 生 れ た の で、 軍 に 支 那 部 丈 で は 無 く、 寧 ろ 肝 心 の 日 本 部 績 藏 経 の 方 が、 殆 ご 撲 滅 に 均 し き 程 の 大 打 撃 を 蒙 つ 詑 の で、 同 會 長 南 條 文 雄 師 等 か ら も 申 繹 が 無 い か ら、 貴 馬 が 日 本 部 刊 行 の 邪 魔 に な ら 澱 様 に 十 分 注 意 さ せ る と か、 叉 は 援 助 す る こ か 云 ふ 手 紙 が 数 通 來 て 居 る が、 併 し 實 際 は 何 の 効 果 も 無 か っ た の で あ る、 斯 の 如 く 時 利 あ ら す、 力 殆 ん ご 職 き た 際 で は あ つ た が、 我 佛 敷 の 法 命 ど、 日 と こ し な え 本 の 精 華 ご が 長 に 葬 ら れ ん こ ご を 目 撃 し て は、 假 命 ひ 経 典 部 丈 な り ざ も 結 集 し 置 か ん ご 欲 し、 叢 に 松 も こ 本 交 三 郎 博 士 の 深 大 な る 援 護 の 下 に、 漸 く な り し も の が、 即 ち 今 の 日 本 大 藏 経 で、 無 論 始 め よ り 大 鱗 損 を 畳 悟 し て 初 め た 事 業 で あ つ た が、 時 偶 々 欧 洲 大 戦 孚 で、 物 資 の 大 暴 騰 大 鋏 乏 の 爲 め、 豫 期 よ り 敷 倍 の 大 損 失 な の で、 登 表 し た 丈 は 出 來 し も、 理 想 頗 る 大 仕 掛 な り し 爲 め、 實 は 三 四 分 剛 に も 達 せ す し て 一 磨 の 完 結 を 告 げ た の は、 菅 に 予 輩 一 巳 の 憾 み な る に 止 ら す し て、 延 て 佛 教 全 禮 の 恨 事 こ な つ だ 鐸 で あ る、 此 も 亦 當 初 の 圭 旨 に 準 じ て、 刊 行 は 中 止 し て も、 集 書 は 依 然 こ し て 織 績 し、 既 刊 未 刊 行 全 部 の 書 は 之 を 京 大 に 納 め、 以 て 斯 道 研 討 の 資 に 供 し た 次 第 で あ つ た。 斯 の 如 く 日 本 大 藏 経 が 経 典 的 編 纂 を 圭 鰹 と せ る 貼 よ り し て、 勢 ひ 各 宗 租 師 の 製 作 ご、 碩 學 の 名 篇 ご を 蒐 集 せ ね ば な ら 鍛 爲 め、 之 を 古 今 の 交 献 に 徴 し、 更 に 各 宗 本 山 名 刹 を 歴 訪 し て、 門 外 不 出 の 秘 蹟 を 拝 見 さ せ て 戴 ひ だ の で あ つ だ、 是 れ 蓋 し 宗 組 の 製 作 に 非 ん ぱ 立 敢 開 宗 の 洪 基 ご、 激 相 判 繹 の 規 模 ご を 伺 興 教 大 師 御 撰 述 に 野 す る 書 更 學 的 研 究 三
興 教 大 師 御 撰 述 に 封 す る 書 史 學 的 研 究 四 ひ 獲 ざ る が 爲 め な る ざ、 更 に 復 碩 學 の 名 篇 に 非 す ん ぱ 其 宗 猫 特 の 秘 奥 ご、 學 徹 の 眞 髄 巴 を 究 め 得 ざ る が 爲 め で あ る か ら で あ つ た。 併 し 予 青 の 集 書 は 軍 に 此 等 経 典 的 研 究 的 の も の、 み に 限 ら れ 陀 る 繹 に て は 無 く、 出 家 得 る 限 り 軟 文 學 う ま
の
方
面
に
も
及
ぼ
し、
今
日
の
技
術
に
て
は、
昔
時
の
版
書
類
が
到
底
甘
く
活
刷
し
得
ざ
る
こ
ご、
及
び
此
獲
難
き
日
本
濁
特
の
版
書
給
入
本
の
類
が、
日
舟
に
散
滅
す
る
こ
ご
を
看
取
し
だ
の
で、
意
を
注
ぎ
て
集
め
た
の
が、
乃
ち
大
正
十
五
年
三
月、
東
京
帝
國
大
學
復
興
圖
書
舘
に
納
め
た
中
野
文
庫
佛
敢
絡
入
本
二
千
五
百
九
十
一
種
で
あ
る、
之
が
爲
佛
教
版
書
本
の
大
年
が
束
帝
大
に
て
保
存
せ
ら
る
繹
で、
莫
道
の
人
々
か
ら
大
に
喜
ば
れ
て
居
る
の
で
あ
る、
尚
ほ
三
十
年
來
を
一
貫
し
て、
佛
敏
史
料
を
も
蒐
集
し
て
來
た
の
で、
板
本
巳
外
の
佛
敷
史
料
丈
に
て
も
優
に
一
千
部
巳
上
に な つ た の で、 之 も 相 宮 纏 つ た な ら ば 全 部 寄 賠 す る つ も り で あ る。 三 由 來 敷 あ れ ば 必 で 之 を 説 き し 宗 祀 あ り、 新 に 一 宗 を 開 か れ し 已 上 は、 之 に 俘 ひ し 租 書 無 か る 可 か ら ざ い ま る 筈 な れ ざ、 事 實 は 必 す し も 然 ら す で あ る、 是 に 於 て か 敷 あ り こ も 祀 書 あ ら す、 経 典 あ り こ も 組 師 在 さ す て ふ 一 大 奇 観 を 現 出 す る は、 何 ご 云 ふ 奇 矯 な る 現 象 な ら す や で あ る、 今 試 み に 一 般 宗 教 に 就 て 之 を 求 め ん か、 大 要 左 の 如 き 四 句 分 別 が 立 つ を 見 ん。 教 祀 あ る も 組 書 無 し 天 理 教 等宗
典
あ
る
も
教
租
無
し
婆
羅
門
敷、
猶
太
敷、
紳
道
等
敷
祀
も
あ
り
亦
宗
典
も
あ
り
佛
敏、
基
督
敷、
回
々
敷
等
敷
祀
も
無
く
亦
宗
典
も
無
し
未
開
人
の
宗
激。
更
に
其
範
團
を
狭
め
て
日
本
佛
敷
の
み
こ
せ
ん
か、
ほ
や
左
の
如
き
も
の
こ
な
ら
ん。
敷
組
あ
な
も
祀
書
無
し
華
嚴
・
法
相
・律
等
南
郡
六
宗
・
融
通
念
佛、
天
台
行
門
及
西
敷
寺
派
等
著
書
あ
る
も
激
組
た
ら
す
高
辮、
凝
然、
叡
奪、
飲
光
等
敷
租
も
あ
り
亦
宗
典
も
あ
り
天
台、
眞
言、
輝、
浄
土、
眞
宗、
日
蓮
等
敷
組
も
無
く
亦
著
書
も
無
し
-上
証
の
導
で
あ
る
か
ら、
各
宗
祀
師
の
製
作
を
以
て
骨
子
手
る
我
呆
大
藏
響、
事
實
に
於
て
は
其
宗
の
末
弟
の
書
き
し
分
を
以
て、
該
宗
の
代
表
作
と
見
倣
さ
ね
ば
な
ら
兎
の
が、
往
〃
あ
つ
た
が
爲
め、
叉
復
左
の
如
き
四
句
分
別
が
立
つ
の
で
あ
る。
組
書
あ
つ
て
も
全
集
無
し
輝
宗
各
涙
全
集
あ
つ
て
も
旭
書
無
し
修
験
道
等
祀
書
も
あ
り
亦
全
集
も
あ
り
天
台、
眞
言、
浄
土、
眞
宗、
日
蓮
等
ノ 租 書 も 無 く 亦 全 集 も 無 し 南 都 六 宗 等 興 教 大 師 御 撰 述 に 封 す る 書 史 學 的 研 究 五興 敏 大 師 御 撰 述 に 撃 ろ 書 史 學 的 研 究 六 然 ら ば 乃 ち 天 台、 翼 言、 浄 土、 眞 宗、 日 蓮 等 諸 宗 の 如 く、 敢 租 租 書 共 に 揃 ふ て 居 る 宗 派 な ら ば、 完 全、 な 全 集 が 世 に 流 布 さ れ て 居 る か ご 云 ふ に、 又 必 す し も 然 ら す で あ る、 之 れ に も 亦 左 の 三 階 級 が 分 れ る も の 虚 思 は る。 不 備 な る 全 集 智 謹、 慧 心、 興 敏 等 梢 可 な る 全 集 傳 教、 西 山 等 良 好 な る 全 集 弘 法、 法 然、 親 鷺、 日 と 等 法 然 ・親 鶯 ・と 如 ・ 日 蓬 等 各 耐 師 の 製 作 は 昔 蒋 既 に 立 派 に 板 行 さ れ て あ つ だ も の を、 更 に 明 治 時 代 に な つ て 改 纂 さ れ た に 過 ぎ 無 い か ら、 實 の 慮 勢 融 く し て 立 派 な も の が 出 來 た 課 で、 中 に も 眞 宗 と 日 蓮 宗 こ の 如 き は 幾 種 も 出 來 て 居 る 故 へ、 愈 々 結 構 で あ る が、 そ れ に し て も 法 然 上 人 全 集 に す ら、 爾 ほ 師 秀 説 艸 一 部 を 漏 ら し、 親 鶯 黎 人 全 集 に は 高 田 派 本 山 秘 藏 御 眞 筆 の 短 篇 御 消 息 類 の、 僅 か 一 部 分 し か 機 表 さ れ な い と 云 ふ こ ご で、 最 も 好 く 幽 來 て 居 る 全 集 す ら 爾 ほ 画 有 様 で あ る か ら、 他 は 推 し て 知 る 可 し で あ る
次
に
精
可
な
り
ご
幕
す
可
き
傳
敷
大
師
全
集
の
如
き
は、
台
家
で
蕃
大
切
な
守
護
國
界
章
に
す
ら
随
分
長
い
脱
文
が
あ つ た り、 叉 誤 脱 な ら ば 到 る 所 に あ る 上 に、 績 藏 経 に 出 て 屑 る 荊 漢 大 師 の 法 華 纒 大 意 抄 録 本 ご、 嘉 鮮 大 師 の 注 仁 王 経 三 巻、 及 び 阿 闇 梨 大 曼 茶 羅 灌 頂 儀 軌 蓬 が、 傳 敷 大 師 の 御 製 作 と さ れ て 居 る の は 不 可 解 で あ る、 尤 も 他 師 撰 逓 の 紛 れ 込 で 居 る の は、 他 に も 随 分 例 が あ つ て、 彼 の 良 好 全 集 と 樗 せ ら る 弘 法大
師
全
集
に
す
ら、
術
ほ
第
二
編
に
は
智
燈
大
師
の
法
華
経
開
題、
五
大
院
安
然
和
術
の
即
身
義、
傳
敷
大
師
相
傳
の
讐
身
毘
沙
門
法、
台
密
の
金
剛
弟
子
儀
等、
外
敷
部
あ
る
位
故
へ、
眞
正
の
著
者
を
定
め
る
こ
ビ
は
如
何
に
困
難
で
ゐ
る
か
や
想
像
さ
れ
る
諜
で
あ
る、
弘
法
大
師
全
集
の
底
本
蓼
考
書
に
使
ひ
し
豊
山
本
・
智
満
本
等
の
大
師
御
作
集
に
は、
此
等
の
書
が
紛
れ
て
探
集
さ
れ
て
居
る
の
で
あ
る
か
ら、
失
の
雫
分
は
先
輩
に
も
あ
り、
且
つ
未
だ
日
本
大
藏
経
が
串
來
無
い
以
前
の
事
で
あ
る
か
ら、
彼
此
頸
別
の
基
準
が
立
ち
檜
ひ
時
代
で
あ
る
こ
も
云
へ
る
が、
傳
激
大
師
全
集
の
方
は ソ ー で 無 い か ら、 甚 だ 都 合 が 悪 い 課 で あ る、 其 上 眞 作 類 が 多 敷 漏 ら さ れ て 居 る の は、 尚 更 ヒ ド 弁 ご 思 は る、 の で あ る。 仁 王 経 開 題 法 華 経 開 講 法 華 経 開 題 大 般 若 経 開 題 等 外 激 部 丈 は、 予 輩 が 登 見 す る や 否 や 之 を 提 示 せ し 爲 め、 再 板 本 に 編 入 せ し も、 嚴 紳 霊 慮 章 藥 師 儀 軌 完 本 鎭 將 夜 叉 私 記 別 本 吉 鮮 天 法 懸 徳 元 年 九 月 良 耐 駐 筆 深 瑠 璃 浄 土 標 叉 云 十 二 紳 將 藁 李 安 末 台 密 書 中 往 々 引 文 等 の 外 に、 史 料 類 が 大 発 漏 ら さ れ て 居 る が、 之 を 爲 し 取 る 熟 が 足 ら 澱 爲 め、 毬 に 闇 み に 葬 つ た 鐸 で、 洵 に 惜 ひ 事 で あ つ た。 次 に 智 謹 大 師 全 集 も 登 行 者 の 放 漫 よ り、 霧 し き 誤 脱 が あ る の で、 編 纂 者 側 の 三 井 寺 で は、 一 宗 の 盟 面 に も 關 す る 趾 辱 で あ る ご 憤 慨 し て 居 た が、 併 し 蔓 方 に 責 を 負 は ね ば な ら 組 と 思 は れ る の は、 第 一 異 本 興 教 大 師 御 撰 述 に 罰 で る 書 史 學 的 研 號 七興 教 大 師 御 撰 述 に 謝 す る 書 史 學 的 研 究 八 い ざ り 野 校 を 疎 か に せ し こ ざ、 第 二 各 所 へ 組 書 探 訪 に 往 か ざ り し、 所 謂 壁 編 輯 で あ つ た 事 も、 亦 そ も く の 過 因 で は 無 か ろ う か、 誤 脱 の 箇 威 が 鯨 り 多 い の で、 予 輩 の 訂 正 本 を 三 井 寺 に 貸 し た の で あ る が、 編 入 漏 れ の 霧 し ひ の に は、 實 に 驚 か ざ る を 得 ん の で あ る、 予 輩 の 登 見 に 係 る も の を 畢 ぐ れ ば 左 の 如 し。 多 心 経 科 交 從 ニ康 藏 疏 ー 摩 詞 般 若 波 羅 安 多 心 維 繹 大 日 維 設 三 劫 六 無 畏 記 普 賢 行 願 品 開 題 俵 二清 凍 澄 観 ー 普 賢 縄 科 簡 來 由 普 賢 十 願 繹 嘉 鮮 出 年 六 児 抄 出 云 々 法 華 経 題 羅 法 華 経 阿 字 輝、 理 趣 羅 難 義 實 相 観 愛 染 王 観 念 爲 ゴ 自 行 脚 豊 レ之 瞭 飴 舗 入 唐 求 法 目 鋒 獲 行 者 が 板 本 目 録 と 同 本 と 誤 認 ぜ し 爲 流 洩 ら 也 乙 蓬 の こ ど 帳 外 新 定 智 謹 大 師 書 録 二 巻 丈 明 乙 未 林 鐘 月 算 通 崖 謝 圓 仁 和 術 恩 文 批 記 七 八 篇 等、 外 三 部 ご 根 本 史 料 が 大 分 漏 ら さ れ て 居 る、 又 慧 心 俗 都 全 集 杯 も、 二 十 蝕 部 漏 ら さ れ て 居 る 反 封 に 東 幅 寺 の 惑 心 輝 柄 が、 繹 宗 腹 で 書 い だ 心 維 注 解 を、 慧 心 憺 都 の も の 巴 間 違 へ て 編 入 し た る 爲 め、 此 丈 は 予 輩 の 注 意 に て 再 板 本 に 省 く ご 云 ひ し が、 編 入 漏 れ の 分 を 悉 く 網 羅 し 得 る や 否 や、 期 の 如 く 各 種 編 纂 の 内 情 を 知 ら ば、 假 令 ひ 農 告 に は 全 集 ご 稽 し て あ つ て も、 其 實 雑 集 に 了 り は せ ぬ か 巴 思 は る ゝ の が 無 い で も 無 い の で あ る。
四 次 は 圭 題 の 興 教 大 師 全 集 で あ る が、 誤 字 脱 行 の 貼 に 於 て は 決 し て 他 に 議 ら す、 且 つ 又 編 入 漏 れ の 書 が 全 集 本 牧 載 一 百 部 巳 内 に 對 し 七 十 飴 部、 即 ち 五 分 の 二 強 も あ る 上 に、 他 師 の 撰 と 思 は る ゝ 者 が 四 五 部 程 紛 れ 込 ん で 居 る と 思 は る ゝ か ら、 叢 に 我 研 究 を 發 表 し て、 議 で 先 輩 の 示 教 を 乞 ひ 度 い の で あ る。 由 來 興 敷 大 師 前 後 に 密 嚴 院 と 呼 ば れ し 人 が、 四 五 名 も あ つ て、 京 都 粟 田 ロ の 青 蓮 院 門 跡 吉 水 藏 の 長 櫃 聖 教 内 に、 密 嚴 院 の 爾 界 口 傳 と 云 ふ 書 が 襲 臓 さ れ て 居 る の で、 之 を 拝 見 せ し が、 之 れ は 鎌 倉 初 期、 台 家 の 密 嚴 院 で あ つ た、 叉 本 願 上 人 と 崇 め ら れ し 人 々 の 多 き 事 は 申 す 迄 も 無 い が、 三 會 定 一 記 巻 一、 康 治
二
年
の
維
摩
會
に
は、
議
師
任
圓
興 福 春 法 相 宗竪
義
蓮
尊
六 十豊
繋
晋 強 一畳
鍵
冊 ニ畳
顯
藥 師 寺 分 孝 脅東
爾 縄 俊 畳 と あ る よ り 見 れ ば、 同 時 代 に 同 名 の 人 す ら あ つ た も の と 思 は れ る 又 興 教 大 師 の 御 撰 述 に は 書 題 の 無 い も の が 多 い の で あ る の み な ら す、 御 署 名 す ら も 無 い 爲 め、 洵 に 調 べ 惜 ゐ の で あ る、 之 は 畢 覧 縁 に 鯛 れ 機 に 接 し て 卒 爾 に 書 か れ し も の も あ ら ん か、 其 の 多 く は 草 稿 中 に お 弟 子 達 が 爲 さ れ し も の か と も 思 は れ る の で あ る、 そ れ 故 へ 同 本 で あ り 乍 ら、 文 字 に 異 同 の あ る も の が 陥 分 あ る の で あ る、 叉 後 で 御 潤 色 な さ れ た 様 な も の も 段 々 發 見 す る の で あ る、 夫 れ 故 へ 假 倉 ひ 誤 脱 で あ る か の 様 に 思 は る ゝ も の で も、 其 實 草 案 本 と 再 治 本 こ の 相 違 で あ る の も あ る と 思 は る ゝ も の す ら あ る の で あ る が、 そ れ と 同 時 に 叉 書 題 の 異 つ た、 異 名 同 本 な み も 随 分 あ る こ と 等 で、 特 に 御 署 名 の あ る 本 が、 僅 か 数 部 に 過 ぎ る 有 様 故 へ、 槍 索 上 の 困 難 は 並 大 底 で 興 教 大 師 御 撰 述 に 對 ず る 書 史 學 的 研 究 九興 教 大 師 御 機 蓮 に 封 す る 書 史 學 的 研 究 一 〇 は 無 い の で あ る、 勿 て 假 命 ひ 他 師 の 分 で 興 教 大 師 全 集 に 紛 れ 込 ん で 居 た り、 遺 漏 の 書 が 多 い 鮎 で、 め な が ち 鼓 を 鳴 ら す 鐸 に も 参 ら ぬ 事 情 が 伏 在 し て 居 る と 思 は れ る。 五 是 等 全 集 本 は、 元 々 租 師 御 ー 人 分 の 御 製 作 集 で あ る 關 係 上、 随 て 紙 数 も 大 量 で 無 き 邊 よ り、 同 じ 本 を 重 複 し て 二 部 編 入 し て 居 ら ぬ が、 大 部 の も の に な る ご 中 〃 そ う は 往 か ぬ の で あ る、 各 宗 大 家 の お 揃 ひ へ で 編 纂 し た 縮 刷 大 藏 経 に す ら、 爾 ほ 左 の 重 複 本 が あ る の で あ る。 佛 説 文 殊 師 利 一 百 八 名 梵 讃 ー 巻 多 九 目 録 四 十 九 張 初 行 成 十 三 目 録 七 十 三 張 九 行
金
剛
頂
一
切
如
來
眞
實
撮
大
乗
現
謹
大
激
王
経
三
巻
ニ
巻
閏 二 目 録 五 十 張 十 一 行 閏 二 目 録 五 十 張 左 五 行 一 切 如 來 心 秘 密 全 身 舎 利 寳 筐 印 陀 羅 尼 経 ー 巻 閏 八 目 鋒 五 十 ニ 張 十 ニ 行 飴 三 目 録 六 十 ー 張 八 行 金 剛 青 命 陀 羅 尼 念 舗 法 一 谷 閏 九 目 録 丘 十 三 張 為 初 行 飴 三 目 録 六 十 ー 張 左 三 行 聖 迦 捉 恋 怒 金 剛 董 子 菩 薩 成 就 儀 軌 三 巻閏
十
四
目 録 五 十 六 張 三 行餓
三
目 臨 六 十 一 張 五 行 又 大 正 大 藏 経 に も 分 別 経 が 重 複 さ れ、 倶 含 繹 論 霧 十 七 と 唯 識 論 序 据 の 組 違 ひ や、 俳 印 の 誤、 分 類 の 混、 観、 稜 正 の 麓 脱、 及 び 從 前 の 各 藏 維 に 比 し 組 版 が 違 ふ て 居 る の で 譲 み 惜 ひ 杯、 喰 に 上 つ て 居 る が、 併 し 實 際 事 に 宮 つ て 見 る ご、 決 し て 理 想 通 り に は 往 く も の で も 無 く、 叉 不 慮 の 過 失 も 突 螢 す る 爲 め、 輕 々 に 批 評 を 下 し て は な ら ぬ の で あ る、 予 輩 の 蠕 藏 績 藏 日 本 藏 の 三 大 藏 経 通 計 二 十 七 萬 何 千 頁 で も、 経 港 關 係、 從 業 各 員 の 智 能 技 術 や ら、 病 氣 事 故 等 の 都 合 に て、 設 備 や 理 想 の 雫 分 だ も 實 現 さ れ て 居 ら 蹟 の で、 心 中 大 に 漸 塊 も し、 痩 念 に も 思 ふ て 居 る の 次 第 で あ る。 第 二 綱 論 一延
暦
寺
第
三
世
座
圭
慈
畳
大
師
の
門
弟
ご、
同
第
五
燈
座
主
智
誰
大
師
の
門
弟
絵
慶
巴
が、
法
性
寺
座
主
繊
紹
問
題
に
就
て
衝
突
し、
已
來
範
璽
日
に
滋
く
し
て、
遽
に
鯨
慶
勝
算
勤
修
穆
算
等
が、
各
其
徒
弟
激
百
人
を
率
ひ
て
山
を
出
で
し
よ
り、
叢
に
初
め
て
山
門
寺
門
の
分
離
を
來
た
し、
爾
後
互
に
確
執
し
て
相
下
ら
す、
其
後
戒
壇
設
立
の
一
件
よ
り
前
後
七
回
の
焼
打
に
遭
ひ
だ
る
園
城
寺
派
と、
金
剛
峰
寺
座
圭
の
事
よ
り
端
を
登
し、
保
延
六
年
十
二
月
大
傳
法
院
以
下
一
百
籐
宇
の
破
却
に
遭
ひ
て
よ
り、
叢
に
本
末
の
軋
韓
増
々
激
烈
を
加
へ、
興
敷
大
師
が
根
來
山
に
懸
棲
せ
ら
れ
し
爲
め、
時
鎭
静
に
蹄
し、
本
末
和
解
し
て
後、
仁
安
三
年
(
今
大
師
滅
後
廿
六
年
)
正
月
十
一
日、
傳
法
院
の
修
畢
興 敏 大 師 御 撰 述 に 謝 す る 書 史 學 的 研 究 一 一興 教 大 師 御 撰 蓮 に 鞠 寸 る 書 史 學 的 研 究 一 二
會
を
勤
修
す
る
際、
計
ら
す
も
裳
切
騒
動
を
引
起
こ
せ
し
爲
切、
そ
れ
よ
り
已
降
大
凡
そ
吾
二
+
飴
年
の
間、
本
寺、
末
院
の
挽
箏
絶
ゆ
る
こ
巴
無
く、
正
懸
元
年、
頼
喩
賠
僧
正
が
良
計
に
て、
高
野
山
に
あ
り
し、
傳
法
密
嚴
爾
院
の
寺
ほ ド 基 を、 根 來 山 に 徒 せ し 新 義 派 ご は、 其 間 粗 同 咽 の 裡 路 を 辿 り つ、、 薗 然 に 別 派 に な り だ る 事 ご、 三 井 涙 も 傳 敷 大 師 に 離 れ す し て 台 密 を 高 調 し、 根 來 涙 も 弘 法 大 師 に 即 し て 加 持 読 を 標 榜 し た る 特 長 あ り、 然 れ ざ も 三 井 は 恒 に 皇 室 華 胃 金 枝 清 華 の 蹄 崇 を 鍾 め し 貴 族 佛 教 な り し に、 根 來 は 武 家 よ り も、 寧 ろ 民、 衆 信 仰 を 繋 ぎ し 相 蓮 は あ ら ん も、 共 に 涙 租 の 大 偉 人 た り し 識 ご、 累 貴 英 道 の 名 匠 輩 出 せ し こ ご 等 は、 彼 此 殆 ん ご 相 均 し き 爲 め、 新 鮮 味 濃 厚 な る 一 新 派 を 組 成 し た る 瓢 は、 予 輩 の 欽 仰 措 く 能 は ざ る 所 だ り 而 も 其 の 爾 租 師 た る 智 讃 興 数 爾 大 師 の 全 集 が、 共 に 全 集 中 の 最 も 不 備 な る 事 實 を 知 り、 常 に 言 ひ 鑑 く し 難 き 懊 み を 抱 ひ て 居 る の で あ る。 二 編 纂 著 蓮 の 囲 事 丈 に 就 て も、 眞 宗 の 如 き 大 宗 派 に 關 す る 者 は、 多 数 の 入 々 よ り 勘 迎 せ ら る ゝ 故 へ、 勢、 勘 き 割 合 に 功 多 く、 随 て 牧 獲 も あ る 故 へ、 其 事 業 が 襲 農 し て 旺 盛 に な る が、 小 宗 派 の 箏 業 は 何 事 に 付 け て も、 勢 多 き 割 合 に 世 を 盆 す る 程 の 効 果 が 畢 ら 孤 の で、 佛 激 徒 の 仕 事 ご 云 ふ 仕 事 は、 大 抵 不 首 尾 に 終 る の で あ る、 傍 て 假 合 ひ 日 本 大 藏 経 結 集 の 聖 業 に し て も、 先 づ 遣 り 易 き 方 面 よ り 着 手 す る の が 巧 妙 な る 順 序 ご 知 り つ、 も、 法 質 の 滅 霊 を 防 ぐ の が 正 眼 目 な り し 故 へ、 照 浄 土 翼 宗 日 蓮 等 優 勢 宗 派 の 撰 述い類 よ り も、 寧 ろ 衰 滅 に 瀕 す る 南 都 六 宗 を 最 先 こ し、 之 に 次 ぐ に 修 験 道、 天 台 眞 言 等 に 及 ぼ し た の で あ つ た が、 其 際 興 教 大 師 御 製 作 に 當 面 す る 毎 に、 密 嚴 諸 秘 繹 巴 遺 敷 録 に 澤 山 の 誤 脱 あ る こ ご を 確 め、 之 を 大 正 三 年 十 一 月 巳 降、 今 大 師 御 製 作 七 部 を 我 日 本 大 藏 経 に 編 入 す る 毎 に、 此 事 を 編 纂 會 々 報 に 記 し 更 に 同 十 年 七 月 嚢 行、 密 宗 學 報 第 九 十 七 號 紙 上 に も、 此 事 を 言 及 し た 論 文 を 寄 せ、 且 つ 道 範 及 び 東 寺 め 三 寳 等、 此 等 先 哲 の 著 述 中 に 例 謹 せ る 引 用 文 に て、 全 集 巳 外 の 秩 書 無 慮 二 十 鯨 部 あ る 實 例 を も 墨 示 し た の で あ つ た が、 當 時 誰 剛 八 顧 る 者 あ ら ざ り し に、 集 書 は 結 集 者 た る 自 分 の 職 責 な れ ば、 常 に 氣 を 付 け て 集 め 居 た り し 際、 偶 々 小 林 正 盛 師 よ り 全 集 改 纂 の 懇 望 が あ つ だ の で あ る、 併 し 門 外 の 我 々 が 之 れ を 引 受 て 完 全 を 期 す る こ ざ は 蝕 程 疑 問 で も あ り、 爾 叉 不 完 全 の も の な ら ば 費 用 も 掛 ら す、 造 作 無 く 出 來 る も、 そ れ で は 恥 の 上 塗 り に 過 ぎ 無 い か ら、 相 宮 橿 威 あ る も の に せ ん と 思 へ ば、 際 限 が 無 い 許 り で 無 く、 一 萬 圓 位 の 金 は 棄 る 畳 悟 で 遣 ら 無 け ね ば、 到 底 出 來 ぬ 仕 事 で あ る 邊 よ り、 固 く 之 を 僻 退 し、 其 代 り に 底 本 参 考 書 の 所 藏 寺 院 を 指 示 す る か ら、 こ う ぞ 宗 内 の 人 々 で 遣 て 貰 ひ 度 ひ ビ 云 ひ し に、 今 の 慮 宗 内 に 遣 れ る 人 が 無 い か ら、 是 非 頼 む ご の 事 故 へ、 兼 々 思 慕 し て 居 だ 興 敷 大 師 の 事 で は あ り、 之 も 亦 日 本 大 藏 経 延 長 の 一 で あ る か ら、 今 大 師 の 御 遺 徳 を 鐙 仰 し 奉 る 存 念 よ り 汽 遽 に 金 策 を 爲 し て 實 行 に 着 手 し た め で あ つ た。 三 興 敏 大 師 御 撰 蓮 に 甥 す る 書 史 學 的 研 究 一 三
興 教 大 師 御 撰 述 に 封 す る 青 史 學 的 研 究 一 四 由 來 興 教 大 師 の 御 道 徳 を 鐙 仰 す る に は、 大 凡 そ 二 つ の 道 が あ る の で あ る、 其 一 は 史 科 に 依 て 御 生 涯 の 芳 濁 を 詳 か に す る こ ど、 其 二 は 御 撰 述 類 に 依 て 大 槽 の 出 世 本 懐 を 窺 ふ こ ビ で あ る が、 其 根 本 史 料 こ も な り、 墾 肴 史 料 こ も な る も の が、 殆 ん ざ 世 に 知 ら れ て 居 ら す、 又 其 御 撰 述 類 が 如 何 程 あ つ だ の で あ る か、 そ れ す ら も 一 向 確 か な ら ぬ 爲 め、 古 來 今 大 師 を 鐵 仰 せ ん こ す る 人 々 が、 淳 り に 資 科 の 訣 乏 を 嘆 く 許 り で、 容 易 に 手 を 下 し 得 ざ る 事 情 も 判 つ て 見 る ご、 肖 分 の 手 に て 不 完 全 乍 ら も 厭 究 し て 見 度 き 心 が 活 然 こ し て 湧 て 來 だ の で あ つ だ、 資 料 散 滅 に 封 し て は 大 要 左 の 知 き 傳 説 が あ る。 一、 本 寺 末 院 軋 礫 の 爲 め、 大 傳 法 院 破 却、 若 く ば 度 々 の 火 災 に て 御 撰 述、 並 に 史 料 記 録 類 の 焼 失 せ る こ と。 二、 今 大 師 御 臨 絡 の 際、 御 製 作 類 全 部 を 焼 棄 せ し め ら れ し 爲 め、 御 眞 筆 類 が 残 つ て 居 ら 織 の で め る 云 々。 三、 法 流 は 勲 海 謹 印 の 爾 弟 子 に、 聖 敷 は 融 源 に 相 傳 せ ら れ し 所、 其 聖 敷 が 全 部 火 災 に 罹 り し 故 へ 途 に 散 滅 の 不 幸 を 見 る に 至 り し 云 々。 此 等 の 傳 説 に は 幾 分 の 根 擦 も あ ら ん が、 さ り こ て 反 讃 も あ る 故 へ、 之 は 別 論 に 国 り、 史 料 の 歓 乏 ざ 聖 教 の 散 侠 ご は、 實 に 動 か す 可 か ら ざ る 事 實 で あ る 建 思 は れ る。 き れ ざ 興 激 大 師 の 御 芳 国 を 詳 に せ ん 巴 す る に は、 是 非 こ も 根 本 史 料 に 依 ら ね ば な ら 鴻 故 へ、 同 大 師 が
鳥
勿
上
皇
の
御
蹄
依
斜
め
な
ら
ざ
る
御
因
縁
よ
り、
當
時
在
廷
公
卿
の
日
記
類、
及
び
佛
敷
徒
の
手
に
な
り
し
文
献
記
録
類
の
調
査
に
着
手
せ
し
も、
果
し
て
あ
る
も
の
に
や、
叉
無
い
も
の
に
や、
殆
ん
ご
不
明
な
り
し
に、
数
箇
年
間
各
涙
諸
本
山
名
藍
の
寳
藏
歴
覧
の
結
果、
途
に
意
外
の
好
史
料
を
獲
見
し
た
る
は、
正
さ
に
新
義
眞
言
宗
の
爲
め
實
に
同
慶
に
堪
へ
ざ
る
の
み
な
ら
す、
自
分
に
探
て
も
研
究
甲
斐
あ
り
し
次
第
に
て、
之
は
興
教
大
師
臭
料
類
纂
の
項
に
て、
逐
二
書
目
を
墨
示
し、
術
ほ
未
登
見
の
分
は、
徐
う
に
大
方
の
示
教
を
仰
ぎ
度
い
の
で
あ
る。
四
鎌
倉
中
期
建
長
四
(
一
九
一
二
)
年
十
月、
東
大
寺
眞
言
院
の
開
基、
中
道
上
人
聖
守
檜
正
(東
大
寺
戒
壇
院
中
興
實
相
上
人
圓
照
律
師
の
胞
兄
)
が、
今
大
師
御
製
作
の
月
輪
観
頚
を
上
木
せ
し
こ
ご
が
先
騙
を
爲
し、
足
利
中
期
に
至
て
五
字
九
輪
務
繹
の
板
行
を
見、
徳
川
時
代
に
及
で
寛
永
二
十
ハ
ニ
三
〇
三
)
年
孟
夏
に
孝
養
集
三
悲、
正
保
(?
)
二
年
仲
冬
に
一
期
大
要
秘
密
集、
無
刊
記
木
活
叛
の
心
月
輪
秘
繹、
月
輪
観
頚、
寛
文
二
(
一
一三
二
二
)年
六
月
に
郵
字
観、
国
安
二
(
二
三
〇
九
)
年
初
冬
に
秘
鍵
略
注、
翌
年
孟
秋
に
十
九
執
金
剛
秘
騨、
天
和
ロ
(
二
三
四
口
)
年
に
五
字
九
輪
秘
繹、
享
保
十
二
(
二
三
八
七
)
年
孟
春
に
豊
山
の
術
彦
僧
正
が、
密
嚴
遺
珠
録
を
殺
青
せ
し
が、
遽
に
興
敷
大
師
全
集
の
濫
晶腸
こ
な
り、
天
明
二
(
二
四
四
二
)
年
仲
冬
豊
山
に
て、
四
十
一
部
を
彙
輯
し
て
密
嚴
遺
敷
録
四
冊
を
縷
刻
し、
其
翌
年
十
二
月
上
灘
に
智
山
第
二
十
二
代
動
潮
僧
正
が
序
文
を
書
き,
同
四
年
に
至
り
五
十
二
部
(顯
密
不
同
頚
ご
坦
落
字
秘
緯
の
二
部
は
再
録
)
を
十
冊
に
調
巻
し、
密
嚴
諸
秘
繹
ご
題
し
て
板
行、
叢
に
漸
く
今
大
師
の
御
製
作
類
が
出
揃
ひ
し
興 教 大 肺 御 撰 述 に 蜀 す る 書 史 學 的 研 究 一 五興 敏 大 師 御 撰 ぬ辿 に 謝 す る 書 史 學 的 研 究 一 六 一故 へ、 此 れ を 以 て 新 義 眞 言 宗 唯 ー の 胆 典 ご 爲 し、 内 外 に 許 る さ れ て 居 つ た の で あ る、 之 に 爲 本 の 三 沙 汰 等 を 加 て、 明 治 四 十 二 年 四 月、 東 京 音 朋 の 加 持 世 界 魅 よ り 登 行 さ れ し も の が、 乃 ち 例 の 興 教 大 師 全 集 で、 凡 例 の 第 一 項 に も、 本 書 に 牧 む る こ こ ろ の も の は、 今 に 於 て 求 め 得 ら る べ き 総 て な る こ ビ を 信 す。 目其 第 十 項 に て、 嚢 に 密 嚴 諸 秘 繹、 宮 嚴 遺 教 録 あ り、 先 人 の 綾 訂 既 に 嚴 な る も の あ り。 と 云 ひ、 正 城 管 長 の 序 文 に も 以 レ 報 二租 恩 齢蒐 牧 頗 力 ご あ る 故 へ、 租 典 こ し て は 實 に 申 分 無 さ そ う な 筈 で あ つ だ の で あ る。 由 來 門 徒 物 知 ら す ご せ ら れ て 居 る 眞 宗 や、 不 立 文 字 を 眞 面 目 と す る 繹 家 の 事 な ら ば イ ザ 知 ら す、 智 豊 爾 山 こ も 揃 ひ も 揃 ふ て 學 山 を 以 て 任 じ て 居 た 位 で あ る か ら、 誰 て 信 を 此 全 集 に 置 か ざ る も の は 無 つ た の で あ る、 然 に 興 敷 大 師 の 御 製 作 を、 我 日 本 大 藏 経 中 に 編 入 せ ん ざ す る 際、 偶 々 古 篇 本 ご 樹 校 す る に 及 ん で、 實 に 驚 く 可 き 誤 脱 を 登 見 し た の で、 屡 々 此 事 を 論 す る ご 同 時 に、 先 徳 の 引 用 文 こ も 封 照 し で、 盆 々 其 誤 を 確 め た の で、 絶 へ す 各 山 を 巡 展 し て、 古 爲 本 の 捜 求 に 全 力 を 傾 注 し た の で あ つ た。 五 エ ハ 波 章 安 寺 の 慧 範 法 印 が 集 録、 智 山 第 二 十 八 世 能 化 豊 春 厨 謙 順 僧 皿 補 訂 の 諸 宗 章 疏 録 中、 興 敷 大 師 の
項 は、 密 嚴 諸 秘 繹 ご 密 嚴 遺 教 録 ご を 主 膿 こ し て、 之 に 古 原 の 目 録 に 出 で た る 書 名 ど を 綱 羅 し て あ る 故 へ、 今 大 師 御 製 作 目 録 と し て は、 東 寺 の 果 寳 和 術 已 前 の も の 三 本 に 比 較 せ ぱ、 頗 る 整 頓 し て 居 る、 ヌ 動 潮 信 正 が 密 嚴 諸 秘 繹 を 校 訂 再 梓 す る 際 に は、 此 の 謙 順 俗 正 と 猿 島 の 東 岳、 忽 岡 の 通 明 ビ 共 に 三 箇 年 飴 助 校 の 役 を 勤 め し 人 丈 あ つ て、 博 學 で も あ う 叉 目 録 學 者 で も あ り、 且 つ 鯨 程 の 事 相 家 で も あ つ た こ 見 へ、 此 人 の 集 め し 諸 流 聖 敏 類 全 部 が、 些 の 散 侠 を 見 す し て、 今 現 に 栂 尾 高 山 寺 に 保 存 き れ て 居 る が 諸 秘 繹 外 の 書 は、 一 部 も 手 に 入 れ て 居 ら ぬ の み な ら す、 智 豊 爾 山 に あ り し 御 製 作 類 は、 宮 嚴 遺 敷 録 ご 諸 秘 繹 に て 悉 く 開 板 さ れ て 居 る の で あ る、 其 昔 し 智 山 切 つ て の 大 學 者 で あ る 運 徹 偲 正 の 結 網 集 巻 上 宮 嚴 鱒 者 年 譜 元 永 元 年 の 下 に も、 尊 者 所 二 撰 述 一之 秘 羅 義 章 等 行 二 乎 世 一 者 凡 八 十 絵 種、 千 古 籍 爲 二 鶉 鑑 一焉、 ざ 明 言 し て 居 る 位 で、 大 凡 そ 現 存 の 御 製 作 類 は、 総 て 世 に 行 は れ て 居 る も の こ せ ら れ て 居 だ の で あ る か ら、 全 集 本 編 纂 者 が、 今 に 於 て 求 め 得 ら る べ き 総 て な る こ ご を 信 す、 と 疾 呵 を 切 つ た の も、 あ な が ち 無 理 の 無 い 言 分 で あ つ た の で あ る 。 然 る に 古 來 先 哲 の 引 文 等 に 依 ら ば、 随 分 全 集 外 の 書 名 が あ る 故 へ、 薙 に 其 等 諸 學 匠 の 學 系 を 調 べ て、 剛 種 の 暗 示 を 得 し 爲 め、 東 寺 観 智 院 金 剛 藏、 寳 菩 提 院 三 密 藏 六 孫 王 大 蓮 寺、 及 び 醍 醐 三 寳 院 等 の 藏 興 教 大 師 御 撰 述 に 樹 す る 書 史 章 的 研 究 一 七
興 敏 大 師 御 撰 述 に 野 す る 書 史 學 的 研 究 一 八 書 目 録 に 就 き、 一 年 有 蝕 の 時 日 を 投 じ て、 精 細 に 再 調 査 を 遽 げ だ る 結 果、 数 相 部 の も の を 大 凡 二 十 四 五 部 程 登 見 し、 更 に 光 傳 目 録 の 研 究 に て、 御 室 の 仁 和 寺 に は、 術 ほ 事 相 部 の 聖 歌 が 大 分 残 つ て 居 る な ら ん と の 確 信 を 得、 叉 本 末 の 隙 孚 に て 高 野 山 に 居 溜 ら す し て、 聖 敢 重 器 類 を 負 ふ て、 洛 西 栂 尾 に 纒 れ し 閑 観 房 立 謹 の 暮 年 を 耳 に せ し よ り、 高 山 寺 に は 今 大 師 の 眞 筆 類 が あ り は せ ん か ざ 思 ひ、 其 他 諸 本 山 の 寳 庫 を 巡 覧 さ せ て 戴 け ば、 マ グ く 侠 書 が 出 る な ら ん こ の 見 込 に て、 氷 を 踏 で 出 安 し、 酷 暑 汗 に 悩 な が え び ま さ れ て 還 へ り、 往 途 茱 畑 や 田 穂 を 眺 め て 興 ぜ し に、 節 路 野 に 一 草 無 き 長 族 を 爲 し、 東 海 滋 を 往 選 す ま
る
こ
ご
正
さ
に
何
十
回、
今
大
師
の
御
製
作
に
接
す
る
毎
に、
面
⑳
當
り
其
尊
容
に
接
す
る
喜
び
に
て
封
校、
暑
し
叉
新
本
を
登
見
せ
し
瘍
合
に
は、
宛
も
且
寳
を
獲
た
る
嬉
し
さ
に
て
之
を
舞
爲
し、
叢
に
敷
ヶ
年
を
安
し
て、
漸
く
名
古
屋
寳
生
院、
東
寺
眞
言
宗
大
學、
観
智
院、
寳
菩
提
院、
山
科
渤
修
寺、
小
野
随
心
院、
醍
醐
三
寳
院、
加
茂
紳
光
院
智
積
院
勤
學
寮、
常
盤
寮
(蓮
厳
庫
は
廿
籐
年
前
調
濟
)
豊
山
楊
柳
庫、
豊
山
大
學、
栂
尾
高
山
寺、
撰
尾
西
明
寺、
高
雄
紳
護
寺、
嵯
峨
大
畳
寺、
御
室
仁
和
寺
等
諸
寳
藏
の
葬
観
も、
昭
和
二
年
夏
の
孚
に
て
了
り
し
を
以
て、
直
様
高
野
山
へ
第
五
回
目
の
書
物
巡
禮
に
登
り、
大
山
公
淳
師
の
御
厄
介
に
て、
寳
鶉
院
の
黎
激
を
四
十
六
日
間
舞
見
さ
せ
て
戴
き、
今
年
は
松
永
有
見
師
の
御
配
慮
に
て
一
百
廿
光
日
間
金
剛
三
昧
院
其
他
の
藏
書
を、
來
年
か
ら
は
他
の
各
院
の
聖
ま す が 敷 を 拝 見 さ せ て 貰 ふ 様 に な つ て 居 る の で あ る が、 遺 は 高 野 山 丈 あ つ て、 山 上 諸 院 の 塁 教 は 無 審 藏 ご 稽 し 得 べ く、 其 言 宗 各 涙 諸 本 山 全 髄 の 総 藏 書 よ り も、 荷 ほ 遙 に 多 き 古 爲 本 を 秘 襲 し 居 る 貼 は、 實 に 驚 嘆羨
望
の
至
り
に
て、
幸
ひ
閲
覧
を
許
さ
れ
て
も、
今
後
+
箇
年
巳
上
掛
る
見
込
な
の
で、
今
や
資
力
ご
壽
愈
が
宮
面
の 二 問 題 と な つ て 來 て 居 る 位 で あ る。 六各
山
藏
書
の
批
評
を
し
て
は
洵
に
濟
ま
無
い
檬
で
は
あ
る
が、
翼
宗
は
親
霜
傳
で
あ
る
か
ら、
奪
の
讐
で
も
割
合 に 能 く 保 管 さ れ て 居 る 駕 め、 今 旧 で も 相 宮 の 藏 書 家 が あ る も、 其 他 の 諸 宗 は 明 治 維 新 の 際、 頗 る 散 婆 せ た も の 菟 へ る、 そ れ に し て も 術 ほ 古 書 の あ る の は、 響 云 ふ て も 南 都 莫 寺 で あ る が、 併 し 敷 量 の 少 い の は 惜 ひ、 天 台 宗 に て は 粟 田 ロ 青 蓮 院 の 吉 水 藏 が 日 本 一 で、 約 七 八 百 年 前 後 の 古 爲 本 が 骨 子 こ な つ て 居 る、 次 が 大 原 三 千 院、 修 學 院 の 曼 殊 院、 坂 本 の 西 敷 寺、 眞 如 藏、 天 海 藏、 日 光 の 慈 眼 藏 坂 本 南 漢 藏、 妙 法 院 門 跡 等 で あ る が、 眞 言 宗 に て は 東 寺 の 観 智 院 が 第 一 等 に て 約 六 七 百 年 前 後 の 者 が 多 ひ の ざ、 眞 言 宗 の 大 局 に 關 す る 密 軌 並 に 藏 経 外 の 密 藏 の 古 爲 ホ が 澤 山 あ る の が 特 色 で、 石 山 寺 ご 高 山 寺 ご は 古 ひ の が 長 所、 次 が 御 室 の 仁 和 寺 で あ る が、 五 六 百 年 前 後 の も の が 中 心 と な つ て 居 て、 而 も 其 の 一 巻 蝋 軸 を 舞 見 し て も、 坐 う に 王 公 貴 顯 方 の 奉 佛 奪 敷 の 梯 が 伺 は れ る の で あ る、 次 が 嵯 峨 の 大 畳 寺 で、 約 五 百 年 前 後 が 主 燈 と な つ て 居 る、 而 し て 仁 峨 爾 山 こ も に 事 相 本 山 丈 あ つ て、 聖 敢 類 が 他 山 に 比 し、 案 外 能 く 保 存 さ れ て 居 る に は、 之 も 亦 帝 王 の カ で は 無 か ろ う か ご 思 は し め る の で あ る、 小 野 流 で は 醍 醐 の 三 寳 院 が 量 に 於 て 尤 も 秀 で、 居 る し、 古 ひ も の も 申 々 あ る が、 質 に 於 て は 歎 等 劣 る の ご、 黎 興 教 大 師 御 撰 越 に 對 す る 書 史 學 的 研 究 一 九興 教 大 師 御 撰 述 に 封 す る 書 輿 學 的 概 究 二 ○ 激 が 無 茶 苦 茶 に 混 じ て 居 る 爲 め、 整 理 の 遣 う 直 し を 仕 無 い 已 上、 慣 値 が 雫 減 已 下 で あ る の は、 非 常 に 氣 の 毒 で あ る、 小 野 流 が 廣 澤 流 に 比 し、 法 流 巴 し て は 大 鍵 廣 く 行 は れ 乍 ら、 肝 心 の 聖 敷 は 殆 ん ざ 不 整 狸 ご 散 滅 に 委 せ る の は、 蓋 し 近 世 に 相 當 の 學 者 が 出 無 か つ た が 爲 め だ こ 惜 ま る、 集 書 の 黙 は 大 に 和 田 智 満 和 上 に 敬 意 を 表 す。 次 は 新 義 眞 言 宗 で あ る が、 天 正 十 三 年 三 月 廿 九 日 織 田 勢 の 爲 め 根 來 山 が 残 落 せ し よ り、 殆 ん ご 聖 敷 記 録 類 の 全 滅 を 來 た し、 古 ひ 良 き も の、 無 い の は 勿 論 の こ ご、 組 師 の 御 撰 述 で さ へ 全 き を 得 ぬ 位 で あ る 爲 め、 豊 山 の 能 化 が 敷 代 引 績 ひ て 野 澤 の 聖 激、 性 相 華 天 の 末 疏 を 網 羅 蒐 集 し て、 學 山 た る の 面 目 ご 研 習 ご に 資 し た る に 比 し、 智 山 の 蓮 徹 庫 に し て も、 常 盤 寮 で も 鯨 程 遜 色 あ り、 肝 心 の 傳 流 聖 敷 で さ ヘ イ ク ラ も 揃 へ て 無 き 貼 は、 洵 に 心 細 い 氣 が せ ら る、 或 は 維 新 の 際 酒 や 煙 り か に し た 者 が あ る の で は 無 い か ご も 思 は せ ら れ た、 尤 も 智 豊 爾 山 共 に 組 典 を 国 仰 せ し 末 繹 と、 祀 傳 を 記 述 せ し 史 籍 の 皆 無 に 均 し き を 確 め た 際 は、 實 に 言 ひ 得 ざ る 淋 し 昧 が あ つ た の で あ る、 東 寺 の 果 寳 和 爾 が 今 大 師 の 者 を 入 念 に 眞 筆 の 影 爲 迄 さ れ て 居 る 事 は、 細 論 に 於 て 陳 る 通 り で あ う、 又 醍 醐 三 寳 院 の 准 三 后 義 演 大 檜 正 の 如 き は、 特 に 自 ら す 上 人 御 撰 述 類 を 書 爲 し て、 之 れ を 金 剛 輪 院 の 経 藏 に 納 め て、 門 外 不 出 の 秘 書 こ し て あ つ た こ ご、 及 ぴ 御 室 は 傳 流 の 本 山 丈 あ つ て、 傳 流 の 宏 範 を 録 せ し 基 本 聖 教 を 纒 め し、 例 の 光 傳 目 録 が あ る の で あ る に も 關 ら す、 霜 嚴 遺 敷 録 ざ 諸 秘 繹 を 上 木 す る 時、 此 等 三 箇 腱 の 聖 敢 を 舞 見 せ ざ り し こ ど、 及
ぴ 目 録 の 研 究 を 等 閑 に せ し 爲 め、 實 に 驚 く 可 き 遺 漏 と 誤 脱 と を 來 た せ し こ と は、 甚 だ 以 て 残 念 だ つ た と 思 は る ゝ。