近世の服飾語彙 ─ 浮世草子・洒落本を中心として ─ 堀 井 彩 香
一、はじめに
遊里という特殊で狭小な世界を舞台として書かれた近世の洒落 本には、当時「粋」とされた風俗が詳細に描かれている。
小 春 の こ ろ 柳 ば し で 三 十 四 五 の 男。 す こ し あ た ま の は げ た。大本多大びたい。八端がけと見へる 羽織 に。幅の細き嶋 の 帯 むなだかに。細身の わきざし 柄まへ少しよごれ。黒羽二 重の紋際もちとよごれし 小袖 。あゐ着は小紋無垢の。片袖ち がひのように見へ。いろのさめた緋縮緬の じゅばん 。はきに くそふな。幅ひろの ひく下駄 。 やまおか頭巾 かた手に持。 わ きざし 立派に黒縮緬の 綿入羽織 。 (『洒落本大成』第四巻 三四七頁)
洒 落 本 の 代 表 作、 田 舎 老 人 多 田 爺 作『 遊 子 方 言 』( 一 七 七 〇 年 頃 刊 ) の 一 文 で あ る。 羽 織・ 帯・ 脇 差・ 小 袖 な ど と い っ た 衣 装・ 装 身 具 類 が 挙 げ ら れ、 読 者 に 登 場 人 物 像 を 鮮 明 に 思 い 描 か せ る。 このような衣装や装身具類の詳細な記述から、当時の作者が衣装 を重視していたことがうかがえる。洒落本については、既に彦坂 佳宣氏が名詞の多さを特徴として挙げており、中でも衣装・装身 具類が大半を占めていると指摘してい る
注
注
。また、洒落本における 服飾描写については、小池三枝氏によっても論じられており、そ の一端が明らかにされつつあ る
注
注
。
本稿では、こうした研究を踏まえ、先行研究では十分論じられ て こ な か っ た、 浮 世 草 子 と 洒 落 本 の 服 飾 描 写 の 比 較 を 行 い た い。 また、流行の発信地である遊里を舞台として書かれた洒落本・浮 世草子を研究資料として取り上げることで、服飾語彙が作品に与 える影響を探っていきたい。
二、調査方法 本稿では、近世文学作品における服飾描写の変遷を、江戸時代 を 三 区 分 し、 文 献 を 分 析 す る。 な お、 区 分 に つ い て は、 服 飾 史 に お け る 江 戸 時 代 の 区 分 と し、 菊 池 ひ と 美 氏 の『 江 戸 衣 装 図 鑑 』 (東京堂出版 二〇一一年)を参考にした。 初期…慶長から貞亭まで(一五九六~一六八八年) 中期…元禄から天明まで(一六八八~一七八九年) 後期…寛政から慶応まで(一七八九~一八六八年)
この時代区分に基づいて、本稿では以下の作品を調査対象とし た。
『新編日本古典文学全集』
(小学館) 、『洒落本大成』 (中央公論新 社)をもとに、目録と序文、跋文を除く本文から、注釈を参照し ながら一語ずつ採録した。
【初期作品】浮世草子
井原西鶴 『好色一代男』 (一六八二年)
【中期作品】洒落本八作品
臼岡先生 『郭中奇譚』 (一七六九年) 田舎老人多田爺 『遊子方言』 (一七七〇年) 夢中散人寝言先生
『辰巳之園』
(一七七〇年) 夢中山人 『南閨雑話』 (一七七三年) 風鈴山人 『甲駅新話』 (一七七五年) 田螺金魚 『傾城買指南所』 (一七七八年) 山東京伝 『通言総籬』 (一七八七年) 山東京伝 『古契三娼』 (一七八七年)
【後期作品】洒落本八作品
山東京伝 『傾城買四十八手』 (一七九〇年) 山東京伝 『繁千話』 (一七九〇年) 山東京伝 『仕懸文庫』 (一七九一年) 山東京伝 『錦之裏』 (一七九一年) 鈴木成 『大通契語』 (一八〇〇年) 十偏舎一九 『起承転合』 (一八〇二年) 江南里遊 『夜告夢はなし』 (一八三三年) 武木右衛門 『興斗月』 (一八三六年)
服 飾 語 彙 の 調 査 を 進 め て い く う え で 、 本 稿 で は 、「 服 飾 と は 、 衣 装 、 被 り 物 、 履 物 、 付 属 品 か ら な る も の 」 と 定 義 す る 。
基本的に右の定義をもとに、服飾語彙の採録を行うが、次の傍 線部にある語彙のような場合には、採録の対象から除外すること とする。 ①人以外が身に着けているものは省く。
(例
赤頭巾 をきせたる梟) ②
服飾語彙を含んでいても、それが服飾を表さないものは省く。( 例 草 履 取 り … 主 人 の 草 履 を 持 っ て 伴 を す る 下 僕 を 指 す )
(例
墨染 の水のみもあへず、…墨染寺を指す)
ただし、語彙が人物を指す場合でも、服飾を身に着けていると 判断できるものは採録した。
⑤用例ごとに本文にあたり、はっきりしないものは省く。 ④髪の描写は省く。 ③におい(香)に関するものは省く。 を指す) ( 例 羽 織 に し や せ う か、 男 芸 者 に し や せ う か … 羽 織 芸 者
ま た、 分 類 方 法 に つ い て は、 岡 田 芳 恵 氏 の「 『 宇 津 保 物 語 』 の 服 飾 語 彙 に つ い て 」(『 日 本 文 学 』 八 六 号 一 九 九 六 年 ) の 分 類 項 目 を 参 考 に 設 定 し た。 た だ し、 岡 田 氏 は、 「 着 用 の 姿 」「 衣 装 の 計 量」なども分類項目として認定しているが、本稿では該当する例 を有しないことから除外する。
【服飾語彙の分類項目】
①衣装の一般呼称 着物・衣・寝巻 ②衣装の名称 羽織・小袖・襦袢 ③衣装の部分の名称 袖・裾 ④服飾の色彩 浅黄・藤色 ⑤服飾の文様・図柄 縞・小紋・鹿の子 ⑥織物の名称・材質 羽二重・縮緬・天鵞絨 ⑦装身具類の名称 帯・下駄・笠・簪 ⑧武具類の名称 脇差 ⑨その他 傘・巾着・紐
三、服飾語彙数から見た全体的様相
浮世草子と中期洒落本八作品、後期洒落本八作品の服飾語彙の 語数を比較する。 『好色一代男』 、中期洒落本八作品、後期洒落本 八 作 品 で は、 文 章 量 が 異 な る。 そ の 点 で 比 較 困 難 な 面 を 有 す る が、今回は『好色一代男』が八巻構成であることを踏まえ、一巻 一作品であると捉え、中期・後期洒落本八作品ずつとの比較を行 いたい。比較の際には、文章量について、別途、加味して考える こととする。
服飾語彙全体延べ語数は、次の通りである。 『好色一代男』 四六一例 中期洒落本 五九〇例 後期洒落本 五九七例
後 期 洒 落 本 が 最 も 多 い 結 果 で あ っ た。 こ れ は、 浮 世 草 子 以 後、
遊里文学に服飾語彙を積極的に取り入れる風潮が広まっていった ものと考えられる。
以 下、 具 体 例 を 見 て い き た い。 ま ず、 『 好 色 一 代 男 』 で は、 西 鶴による細やかな人物の服飾描写が多く見られる。 そ の 暮 方 に 、 色 つ く り た る 女 、 肌 に は 紅 う こ ん の き ぬ 物 、 上 に か ち ん 染 の 布 子 、 縞 繻 子 の 二 つ わ り 左 の 方 に 結 び 、 赤 前 だ れ し て 、 桐 の 引 下 駄 を は き て 、 た ば ね 牛 房 に 花 油 な ど ひ き て … (八四─九)
登場人物の装身具にもわたる細かな描写を作中に取り入れてい る点が特徴である。先学の暉峻康隆氏は、西鶴の詳細な人物描写 について、 「風俗画譜的様式」と称し、以下のように述べている。 新時代の訪れとともに發生した風俗画譜的様式にもとづくこ の斬新なるファッション・ショウ的方法は、まさしく西鶴の 獨創にかかはるものであり、しかも日本においてのみならず 世界に先行する方法であり、かつ今なほ効果的な方法である ことを失はな い
注
注
。
西鶴は、この細かな服飾描写によって当時の社会風俗を反映し つつ、生き生きとした人物描写を成功させたといえるだろう。こ の 西 鶴 に よ る「 フ ァ ッ シ ョ ン・ シ ョ ウ 的 方 法 」 は、 後 に 誕 生 す る 洒 落 本 に 大 き な 影 響 を 及 ぼ し、 こ の 服 飾 描 写 を 確 立 し た の が、 『遊子方言』であると考えられる。 西鶴によって成功を収めた詳細な服飾描写は、後の遊里文学に 受 け 継 が れ、 積 極 的 に 取 り 入 れ ら れ る こ と に な っ た。 こ れ に よ り、中期・後期洒落本にかけて服飾語彙の用例数も増加していっ たものと考えられるだろう。 もっとも、語彙の種類については、単純に増加していったわけ ではなさそうである。異なり語数は次の結果であった。 『好色一代男』 二二〇例 中期洒落本 二〇五例 後期洒落本 二〇二例
全体の文章量を加味して考えても、浮世草子以降、減少してい ることがわかる。この要因として考えられることは、衣服そのも の に 対 す る 規 制、 風 潮 の 変 化 と の 関 係 で あ る。 『 好 色 一 代 男 』 の 刊行された江戸初期は、衣服の禁令がない自由さがあり、大模様 や贅沢な織物を用いた派手な服飾が好まれた時期であった。つま り、自由であったことにより、多種多様な服飾語彙が抽出できた と考えられる。
それに対し、中期・後期洒落本の時期は質素倹約の風潮により 自 由 が 制 限 さ れ、 皆 が 一 様 に 地 味 な 衣 服 を 好 ん だ と さ れ て い る。 この風潮が異なり語数に関係しているといえる。
四、各項目における語数比較
ここでは、九つに分類した項目ごとの語数比較を行っていく。
具類の名称」一〇六例「⑥織物の名称」九九例の順に多い。 彩」九四例、後期洒落本では「②衣装の名称」一二九例「⑦装身 の 名 称 」 一 一 三 例「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 一 〇 四 例「 ④ 服 飾 の 色 色彩」六九例「③衣装の名称」五八例、中期洒落本では「②衣装 『 好 色 一 代 男 』 で は「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 一 〇 六 例「 ④ 服 飾 の 『好色一代男』で最も語数が多かった「⑦装身具類の名称」は、
『 好 色 一 代 男 』 で は 全 体 の 二 二 % を 占 め て い る の に 対 し、 中 期 洒 落本では「②衣装の名称」についで一八%、後期洒落本も同様に 「 ② 衣 装 の 名 称 」 に つ い で 一 八 % と い う 結 果 で あ っ た。 中 期・ 後 期洒落本ではほぼ同じ割合で使用されていることがわかる。服飾 語 彙 全 体 の 延 べ 語 数 の 中 で、 ど の 作 品 に お い て も、 「 ⑦ 装 身 具 類 の名称」が多く使用されていたといえる。
りである。作品内でも、 「帯をしめる・とく」 「笠をかぶる」 「下駄 である。さらに、装身具というのは概して着脱が容易なものばか いものを多く含んだ項目であるために、その割合が多いのは必然 はない。帯や被り物、下駄など服飾描写には欠かすことができな 「 装 身 具 」 と い う も の は 登 場 人 物 一 人 に つ き 一 つ と い う も の で
50 58
43
69
40
56
106
13
113
40
94
73
87
104
26
129
53
90
45
99
106
0 20 40 60 80 100 120 140
③衣装 の部分の名称
④服飾 の色彩
⑤服 飾の文様・図柄
⑥織 物の名称・材質
⑦装身具類の名称
①衣装 の一般名
称
好色一代男 中期洒落本 後期洒落本
服飾語彙の様相
②衣装の名称
をはく・そろえる」など服飾描写に限らず、登場人物の行動描写 にも使用されることが多かった。これにより、近世遊里文学にお いて「⑦装身具類の名称」が多く採録されたと考えられる。
つ に 対 し て も 細 か な 描 写 を 施 そ う と す る 西 鶴 の 意 識 が う か が え る 。 絹 」「 腰 よ り 下 の 一 重 」 な ど 多 く の 語 彙 を 使 い 分 け て い た 。 腰 巻 一 ば 、 女 性 の 腰 巻 を 表 現 す る た め に 「 脚 布 」「 二 布 」「 隠 し 道 具 」「 腰 『 好 色 一 代 男 』 で は 、 多 く の 装 身 具 の 記 述 が な さ れ て お り 、 例 え 用されているのが「④服飾の色彩」なのである。 が わ か っ た。 ( 表 1 参 照 ) 衣 装 の 名 称 を 修 飾 す る 語 で 最 も 多 く 使 「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 に は 一 九 例 の 色 彩 語 が 使 用 さ れ て い る こ と を修飾する語彙を調査したところ、 「②衣装の名称」には四〇例、 『 好 色 一 代 男 』 に お け る「 ② 衣 装 の 名 称 」「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」
こ の 点、 大 平 雅 美 氏 は、 「 宝 暦 期 か ら 天 保 期( 一 七 五 一 ─ 一八四三年)に発刊された洒落本作品、約六五〇編から男女問わ ず服飾の色彩記述を抽出した。その結果、小袖、羽織、帯などの 衣 類 に つ い て 色 彩 表 現 が あ る も の は 二 四 〇 編 を 数 え、 全 体 の 約 四〇%弱の作品に衣類の色彩について記述があることが明らかと なっ た
注
注
」と指摘している。浮世草子における衣服の修飾語で色彩 語が最も多いという本稿の結果と大平氏の洒落本における服飾色 彩の指摘を併せ考えてみると、浮世草子と洒落本共に多くの服飾 色彩語が使用されているといえる。 例 え ば 、 江 戸 中 期 に流 行 し た 服 飾 の 特 徴 と し て 「 黒 仕 立 」 が あ る 。『 色 道 大 鏡
注
注
』 に は 、「 無 地 の 染 色 は 、 黒 き を 最 上 と す 、 … … 黒 と 茶 色 は 幾 度 着 し て も 目 に た ゝ ず 、 み か け よ ろ し 。 … … わ き て 当 道 に 用 ゆ る は 、 茶 よ り 黒 を 専 と す 」 と あ り 、 当 時 の 人 々 は 、 織 物 や 文 様 よ り も 「 黒 仕 立 」、 つ ま り は 色 彩 を第 一 に 重 視 し て い た も の と 考 え ら れ る 。 よ っ て 、「 ② 衣 装 の 名 称 」「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 に 次 い で 、 「 ④ 服 飾 の 色 彩 」 の 語 数 が 多 い と い う 結 果 は 、 当 時 の 人 々 が 服 飾 の 色 を 強 く 意 識 し て い た こ と の 表 れ で あ る と 見 る こ と も で き よ う 。
分類項目 衣装の名称 装身具類の名称
④服飾の色彩 注0 注9
⑤服飾の文様・図柄 注注 注
⑥織物の名称・材質 注注 注注
状 態 注0 注9
飾 り・ 素 材 注 注注
計 99 77
※【衣装の名称】には、「①衣装の一般呼 称」に分類した語彙も含む。
※【状態】は、「引かへし」などの仕立て方 や「うそよごれたる」など衣服の状態 を表す語を分類した。
※【飾り・素材】は、羽織の紐の描写や
「桐の駒下駄」などの織物とは異なる素 材を表す語を分類した。
表 1 『好色一代男』における 服飾描写の様相
五、使用語彙から見た特徴
服飾語彙を九項目に分類し、その様相をみていく。 ①衣装の一般呼称
『好色一代男』
(五〇例) 着物/きる物(着物)
衣・不断着 着物・たしなみ衣装・旅衣・露分衣・時服・はや着物・葉分 【 以 下 一 例 】 あ か 馴 れ し・ 産 衣・ 塩 馴 衣・ 装 束・ 墨 染・ 洗 濯 衣 / う す ぎ ぬ 3 例・ 寝 巻 3 例・ 衣 2 例・ ふ る 着 / 古 着 2 例
注9例・衣裳/衣装5例・衣類3例・薄
《中期洒落本》
(一三例) 着物/きもの7例・ねまき3例【以下一例】いしやう・つね ぎ・衣
《後期洒落本》
(二六例) 着物/着もの/きもの
ふ3例【以下一例】衣服・きがへ・道中着・床着・美服
注注例・ねまき4例・いしやう/いしよ
こ の 項 目 で は 、『 好 色 一 代 男 』 五 〇 例 、 中 期 洒 落 本 で は 一 三 例 、 後 期 洒 落 本 で は 二 六 例 の 語 彙 が 採 録 で き 、 語 数 に 大 き な 変 動 が み ら れ た 。 特 に 、『 好 色 一 代 男 』 に お い て は 「 衣 」「 衣 裳 」「 衣 類 」 な ど の 一 般 呼 称 は 多 く 使 用 さ れ 、 時 代 が 下 る と 共 に 減 少 傾 向 に あ る 。 こ の よ う に、 『 好 色 一 代 男 』 で 多 様 な 語 彙 が 採 録 で き た こ と の 背景には、江戸時代初期の一般社会において「きるもの」という 呼称に代表される、衣装の一般呼称が定着しつつあったこと、そ の過渡期の段階であったことが関連しているのではないかと推測 する。 こ の 点、 前 田 富 祺 氏 は「 衣 服 の 総 称 は、 〝 こ ろ も 〟 か ら〝 き ぬ〟 、〝きぬ〟から〝きるもの〟へと変化している。また、近世で 第一に使用されたのは〝きるもの〟であ る
注
注
」と指摘している。近 世 初 期 の 一 般 社 会 に お け る 衣 服 の 総 称、 一 般 呼 称 に 関 す る 指 摘 で、言い換えれば、一般呼称が時代の流れとともに変化している ことを述べるものである。
化が背景として関与しているのではないかと考える。 裳 」「 衣 類 」 の 減 少 傾 向 は、 そ の 要 因 と し て 社 会 一 般 の 語 彙 の 変 『 好 色 一 代 男 』 か ら 江 戸 中 期・ 後 期 洒 落 本 で 見 ら れ た「 衣 」「 衣
この項目で最も延べ語数が多かったのは、 「着物」である。 『好 色 一 代 男 』 で は「 き る も の 」、 中 期・ 後 期 洒 落 本 で は「 き も の 」 と 読 み 方 に 異 な り は あ る が、 近 世 遊 里 文 学 に お い て、 「 ① 衣 装 の 一般呼称」では「着物」が最も使用されていたといえるだろう。
た だ、 こ の「 着 物 」 に は 江 戸 初 期 か ら 江 戸 後 期 に か け て 語 義 変 化 が あ っ た の で は な い か と 考 え ら れ る。 『 好 色 一 代 男 』 に お い
て、 「きる物」と表記された「着物」は、 「①衣装の一般呼称」と し て 用 い ら れ て い た が、 中 に は「 白 ぬ め の 着 物 」「 黒 茶 宇 の き る 物」など、小袖の意味ともとれる用例が幾つか採録された。そし て、 『好色一代男』には「小袖」という語彙は一例もみられない。 こ れ は、 安 土 桃 山 時 代 に 表 着 と し て 一 般 化 し た と さ れ る 小 袖 が、 江戸初期では語彙としてまだ一般化しておらず、衣服総体をさす 「きる物」が使用されていたと考えられるのではないか。
そ し て、 「 き る 物 」 は 中 期 洒 落 本 に お い て「 き も の 」 へ と 変 化 し て い る。 江 戸 初 期 と 江 戸 中 期 の 間 で「 き る も の 」 は「 き も の 」 に 転 じ て い っ た と 考 え ら れ る。 中 期 洒 落 本 に み ら れ る「 き も の 」 は 全 て「 ① 衣 装 の 一 般 呼 称 」 と し て の「 着 物 」、 つ ま り は 衣 服 総 体 を さ す 語 で あ る。 ま た、 「 ② 衣 装 の 名 称 」 に「 小 袖 」 と い う 語 彙が分類されていることからも、江戸中期には「小袖」と「きる もの」は区別されるようになったともいえる。
後期洒落本においても「きもの」は一四例と多く使用されてお り、 「 ① 衣 装 の 一 般 呼 称 」 と し て 用 い ら れ て い る。 し か し、 こ こ で ま た 語 義 の 変 化 が う か が え る。 『 好 色 一 代 男 』 に み ら れ た よ う な「 小 袖 」 の 意 味 と も と れ る「 着 物 」 の 例 が 採 録 さ れ た。 「 ね ま きのきもの」や「着ものをきて帯をして」などは「小袖」の意味 と と れ る だ ろ う。 「 小 袖 」 を 意 味 す る「 着 物 」 は、 後 期 洒 落 本 の 中でも後半に刊行された二作品にみられ、江戸中期から後期にか け て 定 着 し た 衣 服 の 総 称 と し て の「 き も の 」 が、 江 戸 後 期 で ま た、江戸初期の小袖と混同した「着物」に戻ったようである。 ②衣装の名称 『好色一代男』
(五八例) 羽 織 8 例・ 帷 子 5 例・ 袴 / は か ま 5 例・ む く 4 例・ 肩 衣 3 例・布子3例・肌着/はだ3例・浴衣3例・脇あけ3例・袷 3 例・ 袷 帷 子 2 例【 以 下 一 例 】 う ち 懸 け・ う は 着・ 裏 付 け 袴・ 大 ふ り 袖・ 紙 子 羽 織・ 上 下・ か り 衣・ く さ り 帷 子・ 十 徳・ 染 ぎ ぬ・ 千 早・ と き あ け 物・ 長 袴・ 肌 帷 子・ は だ つ き・ ひとつきる物
《中期洒落本》
(一一三例) 羽 織 / 羽 折
注7
例・ 小 袖
みじゅばん・袷・袷小袖・色あげ・かっぱ・ふとへ物 おり2例・へりとりむく2例・綿入羽織2例【以下一例】あ ちかけ4例・布子3例・袴/はかま3例・袷羽織/あはせば かたびら5例・ゆかた5例・あゐ着/中着4例・打かけ/う じ ゅ ば ん 7 例・ 無 垢 7 例・ 上 着 / 上 ハ 着 6 例・ ふ り 袖 6 例・
注注例・ 下 着 / 下 タ 着 8 例・ 襦 袢 /
《後期洒落本》
(一二九例) 羽織/はをり
注注
例・ふり袖
注注
例・小袖
注注
例・ゆかた
注注
例・ひ
と へ も の 6 例・ 無 垢 / む く 6 例・ 上 着 / う は 着 / う は ぎ 4 例・下着5例・襦袢/じゆばん4例/袖とめ/とめ袖/留袖 4例・袷/あわせ3例・布子3例・うちかけ2例・かたびら 2 例・ ど て ら 2 例・ は か ま 2 例・ ぱ つ ち 2 例・ ひ と へ ば を り2例・ぶつさきばをり/ぶつさき2例・股引2例【以下一 例】袷襦袢・袷羽織・かいどり・合羽・上ミ下モ・かわはを り・長じゆばん・はんてん・わた入り羽織
こ の 項 目 の 延 べ 語 数 は、 『 好 色 一 代 男 』 で は 五 八 例、 中 期 洒 落 本では一一三例、後期洒落本では一二九例と徐々に語数が増えて い る。 「 ② 衣 装 の 名 称 」 と は 服 飾 語 彙 の 中 心 で あ る こ と か ら、 語 数の多さは、作品内での服飾描写の多さと判断される。近世遊里 文学における服飾描写は徐々に増えていったものと推測できる。
「②衣装の名称」が増えていった過程はどうであったか。
『好色 一代男』の西鶴によってつくりあげられた詳細な服飾描写は、後 の 洒 落 本 に 影 響 を 与 え た。 洒 落 本 作 者 ら は、 西 鶴 の 用 法 を 参 考 に、通である服飾を描こうとして、細部にまでわたる服飾描写を おこなったと考えられる。これにより、中期洒落本における「② 衣装の名称」は、語数が『好色一代男』の約二倍も採録されるこ ととなった。この時期に登場したのが山東京伝である。
京伝は、男性のみならず、女性、遊女の描写にも多くの服飾語 彙を用いた。この女性の服飾描写によって、女性ならではの服飾 語彙が洒落本にはみられるようになる。 中期洒落本における服飾描写の多くは男性のものであるが、採 録 し た 語 彙 の 中 に、 「 う ち か け 」 と い う 女 性 の 小 袖 の 補 助 衣 料 が あ る。 「 う ち か け 」 は、 『 通 言 総 籬 』( 三 例 )『 古 契 三 娼 』( 一 例 ) の 二作品に見られ、どちらも山東京伝の作品である。中期洒落本で 女性の服飾語彙は、この京伝の作品のみであったが、後期洒落本 で は 彼 の 作 品 以 外 か ら も 女 性 の 服 飾 語 彙 が み ら れ た。 主 に、 「 ふ り そ で 」 で あ る。 後 期 洒 落 本 に お い て、 「 ふ り そ で 」 は「 小 袖 」 と同等の使用頻度がみられ、後期洒落本の特徴的な語彙の一つと な っ て い る。 「 ふ り そ で 」 と い う の は 服 飾 描 写 だ け で な く、 人 物 を指す語彙としても作中で使用されている。後期洒落本における 「 ふ り そ で 」 一 六 例 の 内、 九 例 は 振 袖 新 造 を さ す 語 と し て 用 い ら れている。振袖新造とは、その名の通り振袖を着た新造のことで あり、遊里を舞台とした洒落本に、新造が登場することは必然で あるため、 「ふりそで」の用例が多いといえる。
このように中期にみられた「②衣装の名称」の語彙に、さらに 女性ならではの語彙が加わったわけであるから、中期から後期に かけて語数が増えたのだといえる。
以上が、浮世草子から後期洒落本にかけて「②衣装の名称」が
増加していったことの過程である。
こ の 項 目 で 最 も 多 く 採 録 で き た 語 彙 は、 「 羽 織 」 で あ る。 最 も 多いとはいえ、 『好色一代男』では八例、中期洒落本では二七例、 後期洒落本では二五例と浮世草子と洒落本では語数に大きな差が ある。これは、浮世草子の時代、つまりは江戸初期には女性の羽 織 は 一 般 化 し て い な か っ た こ と が 挙 げ ら れ る。 『 好 色 一 代 男 』 に は、中期洒落本とは異なり、女性の服飾描写が多くみられる。男 女に偏りなく服飾描写が施された『好色一代男』において、当時 男性のみが使用したとされる「羽織」の例が洒落本と比べて大幅 に少ないのは当然といえる。 ③衣装の部分の名称 『好色一代男』
(四三例) 袖
例・両袖2例【以下一例】腰・褄・広袖・股立ち
注注例・ 裾 / す そ 4 例・ 裏 3 例・ 襟 3 例・ 袖 口 3 例・ 袂 2
《中期洒落本》
(四〇例) 衿/襟/ゑり7例・裏/うら6例・袖口6例・すそ5例・袖 5例・袂/たもと2例・へり2例【以下一例】片袖・尻・胴 うら・半袖・ひろ袖・ふところ・ゑり先
《後期洒落本》
(五三例) 袖
注注
例・ゑり
注0
例・懐/ふところ8例・裾/すそ5例・裏ゑ (すそまはし) 一例】しり・つま・うしり三所・はし・むらぐら・はきかけ り 2 例・ 袖 口 2 例・ ど う 2 例・ へ り 2 例・ う ら 2 例【 以 下
こ の 項 目 は、 『 好 色 一 代 男 』 で は 四 三 例、 中 期 洒 落 本 で は 四 〇 例、後期洒落本では五三例と、作品ごとの語数に大きな差はみら れ な か っ た。 「 ③ 衣 装 の 部 分 の 名 称 」 の 特 徴 は、 服 飾 描 写 に お い て「袖」 「襟」の描写に用いられるのみでなく、登場人物の仕草・ 行動描写としても用いられている点である。この特徴は、本稿で の対象作品すべてにみられるものである。
『好色一代男』における「袖」
(二二例)と「袖口」 (三例)の使 用箇所に焦点をあててみると、服飾描写に使用されているのが五 例、 そ の 他 が 二 〇 例 で あ っ た。 こ の 結 果 に よ り、 『 好 色 一 代 男 』 における「袖」は服飾描写にあまり使用されていないことがわか る。ほとんどが「逃げ入る袖をひかへて」などの登場人物の行動 描写に用いられていた。
中 期 洒 落 本 で は、 袖 の 語 彙 が 多 く 採 録 で き、 「 袖 口 」「 袖 」「 片 袖」 「半袖」 「ひろ袖」を合わせると二一例になる。これは、 『③衣 装の部分の名称』の五二 ・ 五%と半数を占める。 「袖口」のほとん ど が、 「 白 む く に 浅 黄 の ゑ り 袖 口 」 の よ う に 服 飾 描 写 に 用 い ら れ ており、作者らが小袖の袖口という細部にまでわたる描写を意識
していたことがうかがえる。
後 期 洒 落 本 で は、 「 袖 」 が 一 四 例 と 最 も 多 い 結 果 だ っ た。 使 用 箇所は、服飾描写に用いられているものが一例、言動や仕草に用 い ら れ た も の が 一 三 例 で あ っ た。 ま た、 「 袖 口 」 は 服 飾 描 写 に 用 い ら れ て い た も の は 二 例 で あ っ た。 「 袖 」 の 多 く は、 袖 を ひ く、 袖 で 顔 を 隠 す な ど の 登 場 人 物 の 仕 草 に 用 い ら れ て お り、 「 袖 口 」 は 小 袖 の 袖 口 の 服 飾 描 写 に 用 い ら れ て い る。 「 袖 」 と「 袖 口 」 で 使用箇所が異なる傾向にあると考えられる。
動に用いられた「袖」も八例が女性の仕草に用いられている。 ら 採録 できた。いずれも女性の仕草に用いられている。また、言 とが挙げられる。この描写は三例みられ、それぞれ異なる作品か 箇 所 の 特 徴 と し て、 「 襟 に 顔 を 半 分 う め る 」 と い う 描 写 は 多 い こ 用 箇 所 は、 服 飾 描 写 三 例、 言 動 描 写 七 例 で あ っ た。 「 襟 」 の 使 用 「 袖 」 の 次 に 多 か っ た の は、 「 襟 」( 一 〇 例 ) で あ る。 「 襟 」 の 使
以 上 か ら、 「 ③ 衣 装 の 部 分 の 名 称 」 は 服 飾 描 写 よ り も 登 場 人 物 の仕草や言動描写に用いられることが多いといえ、その言動描写 は主に女性に対して用いられる傾向にあると考えられる。当時の 人 々 は、 「 袖 」 や「 襟 」 と い う 衣 服 の 一 部 分 を 用 い た 仕 草 に 女 性 らしさを表していた。浮世草子や洒落本における「③衣装の部分 の名称」は、服飾描写のみならず、遊里の一風景として遊女らの 女性らしい仕草を表現する役割も果たしていたといえるだろう。 ④服飾の色彩 ここでは、 採録 した語彙を伊原昭氏の『日本文学色彩用語集成 ─ 近 世 ─ 』( 笠 間 書 院 二 〇 〇 六 年 ) を 参 考 に、 伊 原 氏 の 定 め た 「赤」 、「黄」 、「緑」 、「青」 、「紫」 、「黒」 、「白」の七色を規準とし、 新 た に、 「 灰 」、 「 茶 」、 「 金 」、 「 銀 」「 中 間 色 」 を 加 え、 十 二 色 で 分 類した。
分類項目 色彩語 用例数 計
赤
緋 7
注注
紅(もみ) 注
赤 注
紅(くれない) 注
茜 注
紅梅 注
中紅 注
黄 くちなし色 注
注
卵色 注
緑 萌黄 注 注
青
浅黄 注
注注
水色/水 注
かちん染め 注
花色 注
空色 注
紫 紫/むらさき 注
あやめ 注 注
藤色 注
黒 黒 注 注
白 白 注注 注注
灰 鼠色 注
注
薄鼠 注
茶 茶 注
かば 注 注
桑染 注
金 金 注 注
中間色
ひはだ色 注
注
との茶 注
紅うこん 注
あらひがき 注
『好色一代男』(六九例)
最 も 語 数 の 多 か っ た 色 彩 は、 江 戸 初 期 が【 赤 】 二 一 例、 江 戸 中 期 が【 黒 】 二 六 例、 江 戸 後 期 が【 青 】【 黒 】 二 二 例 と い う 結 果 だった。
江戸初期は【赤】などの明るい原色が好まれ、江戸中期では大 きく変わって【黒】が流行、江戸後期では【黒】を好む風潮が残 りつつもそれと同等に【青】も好まれたといえる。
当 時 の 時 代 背 景 と 照 ら し 合 わ せ る と、 【 赤 】 は、 江 戸 初 期 の ま だ改革によって制限されていない自由な風潮を表しており、江戸 中期の【黒】は倹約政治によって贅沢を良しとしなかった時代を 風刺し、江戸後期の【黒】と【青】は、質素倹約の中で生まれた 新たな美意識を表しているようである。大平雅美氏は、洒落本に お け る 男 性 服 飾 は、 黒 か ら 青 に 変 化 し て い っ た
7
注
と 指 摘 し て お り、 本稿の調査結果からもその傾向がみられた。
また、服飾色彩の中には、初期・中期・後期を経て作品に用い られなくなった語彙があった。本稿で取り上げたいのは【青】に 分類される「浅黄」である。
「浅黄」は、
『好色一代男』に四例、中期洒落本に七例、後期洒 落 本 で は 〇 例 と い う 結 果 で あ っ た。 初 期 と 中 期 で は、 「 浅 黄 」 は 【 青 】 で 最 も 語 数 が 多 か っ た。 し か し、 後 期 に な る と「 浅 黄 」 は 姿 を 消 し、 代 わ り に「 藍 」「 紺 」「 花 色 」 が 多 く 使 用 さ れ て い る。
分類項目 服飾語彙 用例数 計 赤
緋/ひ 注
9
紅 注
赤イ 注
せきちく 注
黄 黄/黄色 注 注
緑 もへ黄 注 注
青
浅黄 7
注注
花色 注
藍 注
紺/こん 注
紫 藤色 注
注
むらさき 注
黒 黒/くろ 注注 注注
白 白 7
9
しろじろと 注
灰 鼠色/鼠 注 注
茶 茶色/茶 注
7
飛/鳶 注
銀 銀 注 注
中間色
御納戸茶 注
注注 こび茶/こぼちゃ 注
藍さび 注
青茶 注
かきいろ 注
黒鳶 注
渋染 注
分類項目 服飾語彙 用例数 計 赤
ひ 注
8
なをりもみ 注
もみ 注
緑 もへぎ 注 注
青
藍/あい/相 9
注注
紺/こん 7
花色 注
紫 紫 8 8
茶 とびいろ 注
注
ちゃ 注
黒 黒 注注
注注
まつくろ 注
白 白 7 7
銀 銀 注 注
中間色
こび茶 注
注注 藍さび/あいさび 注 栗むめ/くりむめ(栗梅) 注
あか鳶 注
御納戸茶 注
くわちゃ 注
こひなんど 注
のろまいろ 注
ひわちゃ 注
《中期洒落本》(九四例)
《後期洒落本》(九〇例)
初 期 と 中 期 で は、 【 青 】 の 中 で も「 浅 黄 」 は 流 行 色 と さ れ て い た が、 後 期 で は【 青 】 の 用 例 が 多 い に も か か わ ら ず、 そ れ ま で 【青】の代表色であった「浅黄」はみられなくなったのである。
よ っ て、 本 稿 で は、 後 期 で は【 青 】 が 最 も 多 い が、 【 青 】 の 中 でも、初期・中期・後期では語彙の様相に変化がみられ、一概に 【 青 】 と い っ て も、 後 期 に お い て「 浅 黄 」 は 好 ま れ て い な か っ た といえるだろう。
以 上、 「 ④ 服 飾 の 色 彩 」 は 当 時 の 風 潮 を 反 映 し や す い こ と が う かがえる。つまり、服飾色彩の変化は、時代背景と密接に関係し ているといえる。また、初期・中期・後期と語彙の様相に大きな 変化があったことから、当時の人々は風潮によって服の色を変え ており、これは人々の色彩への関心度の高さを表しているといえ るだろう。 ⑤服飾の文様・図柄
『好色一代男』
(四〇例) 鹿 子 紋 / か の こ 6 例 ・ 縞 4 例 ・小 紋 2 例 ・ し ぼ り 2 例 ・ 瞿 麦 / な で し こ 2 例 ・ 紋 所 2 例 ・ り き ん 縞 2 例 ・ ち ら し 形 / ち ら し 2 例 【 以 下 一 例 】 青 海 浪 ・ お も ひ 葉 ・ 数 紋 ・ き り 付 け ・ 後 室 模 様 ・ 笹 屋 縞 ・ 三 番 雙の 縫 紋 ・ 注 連 縄 ・十 六 形 ・立 縞 ・ 羽 子 板 ・ は ね ・ 破 摩 弓 ・ 本 奥 縞 ・ 物 鹿 子 ・ 紋 。 浴 衣 染 ・ ゆ づ り 葉
《中期洒落本》
(七三例) 嶋/縞/しま
縞・らせんしぼり・呂の山まひ染・きし縞 うし・花たてわき・二ツ紋・むきみしぼり・もぐさ嶋・よこ か り ん と う・ 鷹・ だ て も ん・ 立 横 縞・ 丁 子・ 仲 蔵 嶋・ 花 ご た・ か す み・ 小 も よ う・ さ か な・ さ く ら 川・ し の ぶ 摺・ 嶋 ん2例・紋2例・若松2例【以下一例】鬼ざらさ・かきつば 3例・五ツ紋2例・くじゃくしぼり2例・さらさ2例・ぼた
注注例・小紋7例・三ツ紋4例・紋所4例・無地
《後期洒落本》
(四五例) 嶋/しま/じま8例・小紋5例・紋所/もん所5例・あづま もやう/あつまもやう2例・無地/むぢ2例【以下一例】あ ら磯・梅のもよふ・あほち桐・鹿子・かんとうじま・きゝや う・格子・しぐれ小もん・しぼり・中がた小紋・とばせしぼ り・なるみしぼり・なんぶ嶋・花もうせん・ひし小紋・額む く・二ツ蔦・ふた葉あふひ・星縫・紋・らせん絞り・利久小 もん・ぢもん
こ の 項 目 の 延 べ 語 数 は、 『 好 色 一 代 男 』 で 四 〇 例、 中 期 洒 落 本 で七三例、後期洒落本で四五例であった。初期・中期・後期で語 数に大きな変化がみられる。
中期洒落本では、通を描こうという作者の意識が、細部にまで
わたる服飾描写としてあらわれ、文様を表す語彙が多く採録でき た。しかし、後期洒落本では、洒落本が徐々に人情本へ移行して いったように、通を描こうという意識が失われつつあった。これ により文様にまでわたる服飾描写が減ったのだと推測する。
の子」が多く取り入れられる結果となったと考えられる。 戸初期において鹿子紋は流行し、 『好色一代男』においても、 「鹿 とされている。高級織物が出回り、質素倹約の風潮もなかった江 ている服飾は、小袖であった。鹿の子は非常に高価な文様である 『 好 色 一 代 男 』 に 多 く み ら れ る「 鹿 の 子 」 が 最 も 多 く 使 用 さ れ
中 期 洒 落 本 で は、 「 嶋 / 縞 / し ま 」( 二 一 例 ) が 最 も 多 い。 本 稿 の調査対象作品内で、服飾描写としての「縞」の使用箇所に注目 し た と こ ろ、 【 小 袖 】 九 例、 【 帯 】 四 例、 【 羽 織 】 二 例、 【 装 身 具 類 】 二 例、 【 袴 】 一 例、 【 衣 装 の 部 分 】 一 例 で あ っ た。 多 く「 縞 」 は【 小 袖 】 に 使 用 さ れ て い る が、 「 風 呂 敷 」「 菅 笠 の ひ も 」 な ど の 装 身 具 類 に も 使 用 さ れ て い る。 当 時 の 人 々 は 服 飾 に 幅 広 く「 縞 」 を使用していたといえるだろう。
次 に 多 い の は、 「 小 紋 」( 七 例 ) で あ る。 「 小 紋 」 の 使 用 箇 所 は、 【 小 袖 】 五 例( 内「 あ ゐ 着 / 中 着 」 二 例・ 「 上 着 」 一 例 )、 【 羽 織 】 二 例 で あ っ た。 対 象 作 品 で は、 「 小 紋 」 が 使 用 さ れ て い た の は、 男性の服飾描写のみであった。
『 江 戸 服 飾 史 は、 質 素 倹 約 と い う 当 時 の 風 潮 が 反 映 さ れ て い た と 考 え ら れ る。 「 縞 」「 小 紋 」 の 延 べ 語 数 が 多 い こ と の 要 因 は、 中 期 洒 落 本 に
8
注
』 に よ る と、 倹 約 政 治 の 影 響 で 目 に つ く よ う な 大 模 様が排除されて小紋が流行したものとされており、本稿の調査結 果からも、服飾語彙は当時の風潮の影響をうけやすいことがわか る。
後 期 洒 落 本 も 中 期 同 様、 「 縞 」「 小 紋 」 の 用 例 数 が 多 い。 「 縞 」 類( 「 縞 」「 か ん と う じ ま 」「 な ん ぶ 嶋 」) 、「 小 紋 」 類( 「 小 紋 」「 し ぐ れ 小 も ん 」「 中 が た 小 紋 」「 ひ し 小 紋 」「 利 久 こ も ん 」) の 使 用 箇 所についてみていきたい。
は 、 小 袖 だ け で な く 羽 織 に も 使 用 さ れ て い る 点 が 特 徴 で あ る 。 【 小 袖 】 四 例 、【 上 着 】 四 例 、【 装 身 具 類 】 一 例 で あ っ た 。「 小 紋 」 身 具 類 】 は 「 帯 」 と 「 前 だ れ 」 で あ っ た 。 次 に 、「 小 紋 」 類 は 、 ら ず 、 主 に 小 袖 に 用 い ら れ て い る 。 な お 、「 縞 」 が 使 用 さ れ た 【 装 あ っ た 。 本 稿 の 調 査 対 象 作 品 で は 、「 縞 」 は 羽 織 に 用 い ら れ て お 「 縞 」 類 の 使 用 箇 所 で は 、【 小 袖 】 八 例 、【 装 身 具 類 】 二 例 で
以 上 か ら、 後 期 洒 落 本 に お け る 文 様 の 使 用 箇 所 は、 「 小 袖 」 が 最も多く、中期洒落本とは異なり【装身具類】に用いられること は少ないということがわかった。
⑥織物の名称・材質 『好色一代男』
(五六例) 繻 子 / じ ゅ す 8 例・ 縮 緬 6 例・ 木 綿 / も め ん 5 例・ 綸 子 4 例・麻衣/あさ2例・唐織/から織2例・絹/きぬ2例・茶 宇 縞 / 茶 宇 2 例・ 八 丈 2 例【 以 下 一 例 】 あ つ ち 織・ あ や け ん・今織・運斎織・越後晒・勝間木綿・絹縮・きぬ物・ごろ ふ く れ ん・ さ き 織・ し ゆ ち ん・ す ず し・ 朝 鮮 さ や・ 紬・ ど し・ と び さ や・ 緞 子・ ぬ め・ 八 端 懸・ 日 野・ 天 鵞 絨・ ふ と 布・まがひ織
《中期洒落本》
(八七例) 縮緬/ちりめん
子・ぬめ・もめん・ゆうき・ゆふもん 例 】 越 後 縮・ き 木 綿・ さ ら さ・ 桟 留・ 秩 父 絹・ ち ゞ み・ 布 例・ 八 端 が け / 八 反 掛 2 例・ 太 織 2 例・ 羅 紗 2 例【 以 下 一 綾/ざや2例・さらし2例・繻子2例・丹後2例・どんす2 例・麻/あさ3例・郡内3例・びろうど3例・海黄3例・沙 例・ な ゝ こ / 七 子 5 例・ 上 田 / う へ だ 4 例・ 琥 珀 / 小 伯 4
注注例・八丈9例・羽二重6例・紬/つむぎ5
《後期洒落本》
(九九例) ちりめん/めんちり/ちり
/ う え だ 5 例・ 八 丈 5 例・ じ ゅ す 4 例・ ど ん す 4 例・ な ゝ
注注例・びろうど8例・上田/植田 ならざらし・ゆうきもめん・もをる・さんとめ き ぬ・ 半 ざ ら し・ 本 八・ ゆ う き・ ゆ ふ き つ む ぎ・ り ふ も ん・ フクレン・さや・上州ちりめん・上州八丈・たんご・ちゝぶ 2例・ゑちご2例・ねり2例【以下一例】唐ちりめん・ゴロ ちゞみ2例・つむぎ2例・はかた2例・羽二重2例・ふとり ヨ ロ 2 例・ き ぬ 2 例・ ぐ ん な い / ぐ ん 内 2 例・ こ は く 2 例・ こ4例・木綿/もめん4例・絽/ろ3例・壁チヨロ/カベチ
こ の 項 目 で 最 も 延 べ 語 数 が 多 い の は、 『 好 色 一 代 男 』 で は「 繻 子 」( 八 例 )、 中 期 洒 落 本 で は「 縮 緬 」( 一 五 例 )、 後 期 洒 落 本「 縮 緬」 (二四例)である。
どであ る 「 繻 子 」 は、 地 が 厚 く 光 沢 が あ り、 艶 美 く ら べ る も の が な い ほ
9
注
と評されるように、華美な織物である。中期・後期洒落 本 で は、 帯 地 に 使 用 さ れ る 描 写 が 多 か っ た。 し か し、 『 好 色 一 代 男 』 で は「 中 に は か ば 繻 子 」「 上 に は 白 繻 子 」「 白 繻 子 の 袷 」 な ど 小 袖 で の 使 用 例 が い く つ か み ら れ た。 こ の 例 か ら も、 『 好 色 一 代 男』が刊行された江戸初期は、華美な織物が、帯地などの衣装の 一部に使用されるだけでなく、小袖などの衣装の大部分にも用い られていたことがうかがえる。これは、質素倹約の風潮がまだな かった江戸初期の傾向であるといえる。
後 期 洒 落 本 に お い て、 「 縮 緬 」 の 次 に 用 例 数 が 多 か っ た の は、
「 び ろ う ど 」( 八 例 ) で あ る。 「 び ろ う ど 」 の 使 用 箇 所 を み て み る と、 【 小 袖 】 四 例、 【 上 着 】 二 例、 【 装 身 具 類 】 二 例 と い う 結 果 だった。 「びろうど」の使用箇所の特徴として、 「織物」だけでな く「色彩語」としても使用されている点が挙げられる。
用例①
髪ばかり、りつぱにゆひ、をしろいべたと付、あいびろう どのよごれた布子を着たなり (『傾城買四十八手』 (一二二─五) )
用例②
是も前方は女郎あがりと見へて言葉がらおりまじり。相び ろうどのふとりの小袖にくろはんゑり幅広にかけ少しぬきゑ もんにしてわく火ばちにかゝり… (『大通契語』 (一四六─下一〇) )
用 例 ① は、 新 造 の 服 飾 描 写 で あ る。 「 あ い び ろ う ど 」 は 本 文 の 注 釈 に よ る と、 「 黒 み が か っ た 緑 」 で あ る と さ れ て い る。 そ も そ も「 び ろ う ど 」 は、 織 物 を さ す
注注
注
。 し か し、 こ の 用 例 ① で は、 「 び ろ う ど 」 は 色 彩 語 と し て 用 い ら れ て い る。 「 布 子 」 が 木 綿 の 着 物 で あ る た め、 「 布 子 」 に「 び ろ う ど 」 が 織 物 と し て 使 用 さ れ て い る と は 考 え 難 い。 よ っ て、 用 例 ① は、 「 黒 み が か っ た 緑 色 の 木 綿 の 着 物 」 と 解 釈 で き る。 用 例 ② も 同 様 に、 「 ふ と り 」 は「 太 織 」 という織物を意味し、織物としての「びろうど」と併用されてい る可能性は低いといえよう。 また、このような色彩語としての「びろう ど
注注
注
」は、全て「あい びろうど」と表記されているのが特徴だ。本稿で採録された「あ いびろうど」 (六例)の用例全てが色彩語である。
反 対 に、 「 び ろ う ど 」 と 表 記 さ れ る 場 合 は、 織 物 を 意 味 し て い るとみられる。 ⑦装身具類の名称
採 録 し た 語 彙 を【 被 り 物 】【 帯 】【 履 物 】 に 分 類 し て 考 察 す る。 この三項目に分類できなかったもの(簪や鉢巻)については用例 数には含むが、表には記載しない。
被り物
編笠/あみ笠 注 置綿/置わた 注
菅笠 注
頭巾 注
投頭巾 注
綿帽子/綿ぼうし 注
烏帽子 注
大綿帽子 注
笠 注
冠 注
きどく頭巾 注
つづら笠 注
塗笠 注
檜笠 注
目せき編笠 注 注注
帯
帯 注注
脚布 8
下帯 注
二の物/二布 注 ふどし/犢鼻褌 注
二つわり 注
懸帯 注
隠し道具 注
組帯 注
腰絹 注
腰より下の一重 注
中幅 注
幅広 注 注注
被り物
頭巾 7
笠 注
すげ笠 注
かづき/かつぎ 注
袖頭巾 注
やまをか頭巾 注
頭のうへ 注
頭のもの 注
あみ笠 注
宗十郎頭巾 注
ほうかむり 注 注注
帯
帯 注注
下帯 注
下緒(したひも) 注
ちうや帯 注
ふんどし 注
まへ帯 注 注9
履物
はきもの 注
草履 注
足袋 注
うわ草履/うはぞうり 注
下駄 注
ひより下駄 注
駒下駄 注
雪駄 注
あしだ 注
くつたび 注
なかぬき草履 注 中の町ぞうり 注 はなをのうらつけ 注
半くつ 注
わら草履 注 注注
被り物
かつぎ 注
頭巾 注
すげのふかき笠 注
竹の子笠 注
ふか笠 注
ふろしき頭巾 注
ほうかふり 注
羽かぶりのきめ頭巾 注 8
帯
帯 注注
ひらぐけ 注
ほそ帯 注
しごき 注
下帯 注
ふんどし 注
まへおび 注
羅帯 注 注注
履物
うはぞうり/上艸履 注
下駄 注
ぞうり 注
駒下駄 注
雪駄 注
桐のまさ下駄 注 中をりの駒下駄 注
はき物 注
ひより下駄 注
安下駄 注 注9
『好色一代男』(一〇六例)《中期洒落本》(一〇四例)
《後期洒落本》(一〇六例)
履物
下駄 注
雪駄 注
草履 注
足袋/革踏/足踏 注
塗下駄 注
引下駄 注
畦足袋 注
上ばき 注
かず雪駄 注
高崎足袋 注
中ぬき 注
袋足袋 注
藁草履 注
草鞋(わらんづ) 注 注注
【被り物】の延べ語数は、
『好色一代男』では二六例、中期洒落 本では二四例、後期洒落本では八例という結果であった。これに ついては、人々が【被り物】を使用しなくなったという時代風潮 が関係していたのではないかと推測する。
例 え ば、 初 期 の『 好 色 一 代 男 』 で は、 「 編 笠 」 の 例 が 多 く 見 ら れる。これは「編笠をまぶかに冠って遊里へ通ってい た
注注
注
」という 当時の風習によるものであろう。遊里へ通うために顔を隠す目的 で【被り物】は使用されていたのである。
で は、 同 じ く 遊 里 を 舞 台 と し て い る 洒 落 本 に、 【 被 り 物 】 の 例 が少ないのは何故だろうか。登場人物の服飾描写に通を尽くした と さ れ る 洒 落 本 に、 【 被 り 物 】 の 描 写 が さ れ な か っ た と は 考 え 難 い。 む し ろ、 中 期・ 後 期 に な る に つ れ、 遊 里 へ 通 う 者 が、 【 被 り 物】を身に着けていなかったことが考えられるのではないだろう か。
洒落本では、 【被り物】に代わり、髪型の描写が多く見られる。 こ れ は、 当 時 の 通 が 遊 里 へ 通 う 際 に、 【 被 り 物 】 を 被 っ て い な かったことを示唆している。よって、初期から後期にかけて【被 り物】の語数が減少していったものと考えられるだろう。
五 二 例 、 中 期 洒 落 本 で は 二 九 例 、 後 期 洒 落 本 で は 四 五 例 で あ っ た 。 【 帯 】 に つ い て み て い き た い 。 延 べ 語 数 は 、『 好 色 一 代 男 』 で は
色一代男』では、男女問わず帯の描写がみられた。 り 下 の 一 重 」「 隠 し 道 具 」 な ど 様 々 な 表 現 が み ら れ る。 ま た、 『 好 本 に は 見 ら れ な い 特 徴 で、 腰 巻 に つ い て も「 脚 布 」「 二 布 」「 腰 よ 性の腰巻を表す語彙が多く採録された。これは、中期・後期洒落 『 好 色 一 代 男 』 で は、 「 帯 」 の 他 に も「 脚 布 」「 二 布 」 な ど の 女
中 期 洒 落 本 で は 、「 帯 」 が 二 四 例 で あ り 、 他 の 五 例 は 用 例 数 が 一 語 の み で あ っ た 。 ま た 、 中 期 洒 落 本 に は 、女 性 の 腰 巻 を 表 す 「 脚 布 」 な ど の 語 彙 は ほ と ん ど み られ な い 。 こ の 結 果 か ら 、 中 期 洒 落 本 は 、 男 性 の 服 飾 描 写 に 重 点 を 置 い て い た 傾 向 が う か が え る 。
後 期 洒 落 本 で は、 「 帯 」 が 三 一 例 と 大 部 分 を 占 め て い る。 「 帯 」 の 他 に は、 「 ひ ら ぐ け 」( 三 例 )「 ほ そ 帯 」( 三 例 ) の 例 も み ら れ る。 帯 は、 初 期 か ら 中 期 に か け て 帯 幅 が 広 が り 装 飾 性 を も つ よ う に な っ た と さ れ て い る が、 後 期 洒 落 本 に は、 「 ひ ら ぐ け 」「 ほ そ 帯 」 などの細い帯の使用がみられた。
ま た 、 後 期 洒 落 本 に お け る 帯 描 写 は 、 男 性 一 一 例 、 女 性 一 六 例 と 女 性 の 方 が 多 い 。 中 期 洒 落 本で は ほ と ん ど み られ な か っ た 女 性 の 服 飾 描 写 が 、 こ の 後 期 洒 落 本 の 【 帯 】 の 項 目 で は 確 認 で き る 。 後 期 洒 落 本 に は 、 女 性 の 服 飾 描 写 が 存 在 す る こ と を 示 唆 し て い る 。
以上、初期から後期にかけて【帯】についてみてきたが、 【帯】 は 服 飾 描 写 に 限 っ て 使 用 さ れ る の で は な い。 「 帯 を と く 」 や「 帯
の間に物をはさむ」などの登場人物の行動にも用いられ、行動描 写による「帯」の使用は、初期・中期・後期すべてにみられる。
「⑦装身具類の名称」において、
【帯】の延べ語数が最も多いの は、服飾描写のみならず、行動描写にも多く用いられていたこと によるといえよう。
も 分 類 し た が 、 登 場 人 物 の 服 飾 描 写 に 用 い ら れ る 傾 向 が み ら れ た 。 三 二 例 、 後 期 洒 落 本 で 一 九 例 採 録 さ れ た 。【 履 物 】 の 中 に 「 足 袋 」 【 履 物 】 に つ い て 、『 好 色 一 代 男 』 で は 二 四 例 、 中 期 洒 落 本 で
「江戸時代に主に使用された履物は、草履、下駄、草鞋であ
る
注注注
」 と の 指 摘 が あ る が、 「 草 鞋 」 は、 『 好 色 一 代 男 』 で 一 例 み ら れ た の み で あ る。 よ っ て、 遊 里 に お い て は【 下 駄 】【 草 履 】 が 主 流 で あったと推測できる。
ま た、 中 期・ 後 期 洒 落 本 に な る と、 「 上 草 履 」 が 採 録 さ れ る。 「 上 草 履 」 は、 屋 内 で 履 く 草 履 で、 洒 落 本 内 で は、 遊 女 の 履 物 と して使用されている。例えば遊女が座敷に上がる際に、草履を脱 い だ り、 履 い た り す る 行 動 描 写 に み ら れ る の で あ る。 「 上 草 履 」 は遊里を舞台とした洒落本ならではの語彙といえよう。
同様、行動描写にも多く用いられていた。 「 上 草 履 」 の 例 か ら も わ か る よ う に、 【 履 物 】 も ま た、 【 帯 】 と
以上から、装身具は登場人物の衣装を彩る役割を果たすだけで なく、登場人物の行動を鮮明に描写する役割を担っていると言え る。 「
⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 は、 ど の 作 品 に も 多 く 使 用 さ れ る 語 彙 で ある。これは、 「編笠」を被って遊里に通う男、 「帯」を絞め直す 男、座敷に上がる際に「上草履」をぬぐ遊女など、遊里での一風 景 の 描 写 に も、 「 ⑦ 装 身 具 類 の 名 称 」 は、 浮 世 草 子・ 洒 落 本 に お いて欠かすことのできない語彙であったといえるだろう。
六、近世遊里の服飾語彙の変遷
浮 世 草 子 と 中 期 洒 落 本、 後 期 洒 落 本 に 見 ら れ る 服 飾 語 彙 か ら、 近世遊里文学における服飾語彙の様相についてみてきた。江戸初 期から後期にかけて、人々の衣装の基本は小袖と帯であり、流行 が 反 映 さ れ た の は、 そ れ ら を 装 飾 す る「 色 彩 」「 文 様 」「 織 物 」 で あった。
浮世草子と洒落本の作者らは、作品の舞台であり、流行の発信 地でもある遊里を少なからず意識して、当時流行していた服飾を 作品内に取り入れようとしたと考えられる。江戸初期から後期に かけて採録した語彙の変化からも、服飾語彙は社会の変化を大き く反映した形で表されているともいえる。
また、服飾語彙の様相を考察していくうちに、新たに見えてく
るものがあった。それは、服飾語彙が作品に与えた影響、効果で ある。
江 戸 初 期 に 刊 行 さ れ た『 好 色 一 代 男 』 に は、 西 鶴 の つ く り あ げ た 登 場 人 物 の 詳 細 な 服 飾 描 写 が み ら れ た。 以 下 に 例 を 挙 げ る。 (傍線は稿者)
下 に は 水 鹿 子 の 白 む く 、 上 に は む ら さ き し ぼ り に 青 海 浪 、 紋所 は銀にてほの字切りぬかせ、 五つ所 のひかり、 帯 は むら さ き の つ れ 左 巻、 結 び め 後 に、 絎 目 の す み に 鉛 の し づ 入 れ、 髪は水引懸けて、 黒繻子 のきどく頭巾、まづは首すぢの白き 事、 木地のつづら笠 にしろき紐を上にむすばず、 足踏 は 白繻 子 に 紅 を付け、ぼたん掛けにして、 ばら緒の藁草履 はきつれ て、二十四五人、同じ年頃、同じ風俗、供の女も男もはるか にさがりゆく。 (一二五─三)
右に挙げたように、西鶴は、登場人物の衣装一つ一つを丁寧に 描写する手法を採っている。
例 え ば、 女 性 に 対 し て、 衣 装 の 一 つ 一 つ を 書 き 連 ね る。 読 者 は、その服飾描写により、女性の姿をより鮮明にイメージするこ とができるのである。また、一人の女性に服飾語彙を多く用いる ことは、その女性が詳細な服飾描写をするに値する魅力的な女性 であると、読者に感じ取らせる効果があるとも捉えられる。 西鶴が細かな服飾描写を行ったのは、女性に対してだけではな い。
あらひがき の袷帷子に、 ふと布 の 花色羽織 に、さし渡し四 寸 五 分 計 の 紋 に 鎌 と 輪 と ぬ の 字 を 付 て、 文 盲 な る 出 立、 「 わ が身ながらこれは醜ひ物」といふ。 (一五五─六)
右は、色男の世之介が野暮な衣装を着る場面である。あえて詳 細な服飾描写を用いることで、完璧なまでに野暮な客を演じてみ せた世之介という人物の人柄をも表現している。
中 期 洒 落 本 で は、 浮 世 草 子 に み ら れ た 服 飾 描 写 と は 別 の 影 響、 効果がみられる。例えば、洒落本では、西鶴によってつくりあげ られた用法を真似たかのような、登場人物の詳細な服飾描写が多 く見られる。
もっとも、それらは西鶴の人物の性格や人柄までを理解させよ うとした服飾描写とは異なるようである。中期洒落本にみられる 服飾描写の多くは、男性の服飾に対してのみに限られている。こ れは、洒落本が、遊里における客と遊女との一昼夜の遊興を描い た作品であるためと考えられ、性質上、人物の人柄や性格の描写 は不必要で、むしろ「通」の型である服飾を描写することに重点 が置かれたと考えられるのである。
言 い 換 え れ ば、 中 期 洒 落 本 に 見 ら れ る 服 飾 描 写 の「 通 」 描 写
は、 「 通 」 と い う 型 の、 服 飾 を 描 写 し た に す ぎ ず、 西 鶴 の 服 飾 描 写のような、人柄をも感じ取らせるような服飾描写ではないとも いえよう。
洒落本は、中期後半に登場した山東京伝によって、さらに変革 を迎える。京伝による変革とは、女性の服飾描写である。中期洒 落 本 の 多 く は、 通 を 描 こ う と し て、 男 性 の 服 飾 描 写 に 偏 っ て お り、女性の詳細な服飾描写は多く見られない。そんな中、女性に 詳細な服飾描写を施したのが山東京伝である。中期洒落本八作品 で 女 性 の 服 飾 描 写 が み ら れ た の は 京 伝 作 の 二 作 品 の み で あ っ た。 京伝は、女性にも詳細な服飾描写を施すことで登場人物に命を吹 き込んだといえる。洒落本は、男女にスポットが当てられるよう になり、一昼夜の遊興に止まらず、男女の人情を描くようになっ た。男女の関係に焦点が当てられるようになった洒落本は、通を 描こうという意識が薄れ、男女の真情を描く人情本へと移行して いった。
洒落本は、服飾語彙の様相という観点からみれば、当時の流行 を忠実に取り込んでおり、当時の人々にとっては間違いなく通の 指南本であった。初期の西鶴による登場人物の人柄を服飾描写で 表現する描写法は、中期にはみられず、後期にその要素をみるこ とができた。 『好色一代男』にみられた女性の細かな服飾描写が、 江 戸 中 期 後 半 の 京 伝 に よ っ て、 再 び 用 い ら れ た の で あ る。 京 伝 は、西鶴の描写を意識していたといえる。
注注
注 治書院一九八二年)) 注 彦坂佳宣「洒落本の語彙」(『講座日本語の語彙5近世の語彙』(明 注 京大学国語国文学会一九八九年) 注 小池三枝「洒落本の衣裳付け」(『国語と国文学』第六六巻十一号東 注 一八九頁より引用。 注 暉峻康隆『西鶴評論と研究上』(中央公論新社一九五三年) 注 に」より引用。 化─」(『国際服飾学会誌』(国際服飾学会二〇〇八年))「Ⅰ.はじめ 注 大平雅美「洒落本における男性服飾─「黒」から「青」への色彩変
注 一九八〇年) 注 藤本箕山『色道大鏡』(『續燕石十種第三巻』(中央公論新社 注 一九七七年)参照。 注 前田富祺「衣の生活語彙史」(『言語生活』三一四号十一月号 7 注 裕町人の好んだ「黒」から江戸市井の色「青」への大きな変化であ 色の発展は、寛政の改革後に始まったと推定される。その色彩は富 まとめると、江戸後期に開花した町人文化の「いき」と呼ばれる 注に同じ。「V.まとめ」に、「洒落本における男性服飾の考察を
る。」との記述がみられる。注 注 約し、引用した。 8 金沢康隆『江戸服飾史』(青蛙房一九六二年)三二九頁の内容を要 9 注 注 8に同じ。一一九頁参照。
注 とある。 から織り始められました。光沢と質感が天鵞の羽毛に似ている帯地」 照。「オランダ・中国に産し、日本では慶長か正保あたりの江戸初期 注0 菊地ひと美『江戸衣装図鑑』(東京堂出版二〇一一年)一六七頁参 注 としても使用していたといえる。 ており、当時の人々は「びろうど」を「織物」のみでなく「色彩語」 一二九七頁参照。伊原昭氏も、「びろうど」は色彩語として記載され 注注 伊原昭『日本文学色彩用語集成─近世─』(笠間書院二〇〇六年)
注注注 注 8に同じ。三〇三頁参照。
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