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科学者と志向倫理

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Academic year: 2021

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東医大誌 77(1)

: 1

-

2, 2019

巻 頭 言

科学者と志向倫理

関西大学化学生命工学部教授

片 倉 啓 雄 Yoshio KATAKURA

研究倫理をはじめ、〜倫理ということばを見聞きする機会が増えているが、志向倫理ということばをご存 知だろうか。倫理というと、「〜するべからず」とか「かくあるべき」といった論調になり、お説教のイメー ジが払拭できないが、これらは、前例に基づいて個人の行動の是非を学ぶ予防的な倫理である。この予防倫 理は、社会人として当然身につけるべきものではあるが、私たち科学者には、これに加えて、専門家として 何を為すべきかを考える志向倫理が求められる。

ところで、ルール・法律は、何度か重なった不都合を繰り返さないようにするための申し合わせである。

これに対して私たち科学者はオリジナリティを重視し、まだ誰も知らないことを解明し、まだ誰もできない 課題を解決し、新たな知や利便を社会に提供することを生業としている。しかし、公害や薬害を見れば明ら かなように、新たな知や利便は、ほとんどの場合、同時に新しい不都合をもたらす。予防倫理は前例に基づ く倫理であるため、新たに生じる不都合に対応できないことが少なくない。また、予防倫理を個人の行動の 是非を教える倫理と解釈してしまえば、専門家・プロフェッショナルとして新たな不都合にどう向かい合う かを考える段階に至ることは難しい。科学者の活動に伴って生じる新たな不都合に最も早く気づき、最も効 率的に対策を講じることができるのは科学者自身であり、そのために必要な新しいルールを提案するのも科 学者であるはずだ。

Kohlberg

は人の倫理意識の形成過程を

3

つの段階に分けている。褒められるか罰せられるかで善悪を判断

し、得損で行動を選択する前慣習レベル、他人に良いと認められる行為を善とする慣習レベル、自己の良心 に沿った行為を善とする脱慣習レベルである。罪せられるのでしない、ルールより利益を優先する、という 考え方は、幼児と同じ前慣習レベルの倫理意識でしかない。ルール・法律は、実はこのレベルに対応するも のなのだ。人は成長に伴ってルールや多数決に従い、公序良俗を理解し、周囲に配慮する慣習レベルの倫理 意識をもつようになるが、科学者にとってはまだ十分ではない。既存のルールや権威者のことばの背景を理 解した上で、知や利便の創造にともなう不都合を予測し、それを防ぐルールを提案できなければならないか らだ。

高等教育機関では、ルールを守れと諭すよりも、ルール提案できるよう教授することに重きを置くべきで あり、それは私たちにとって、為すべき大切なことの一つである。そして、これを為すことは、社会の安全 安心という誰もが価値を認めるものに貢献することにつながり、私たち自身の

well

-

being

につながるだろう。

(2)

東 京 医 科 大 学 雑 誌

2

77

巻 第

1

(  )

2

略  歴

片倉 啓雄 (かたくら よしお) KATAKURA Yoshio

1984

:

大阪大学大学院工学研究科発酵工学専攻博士前期課程修了、同年オリエンタル酵母工業(株)

中央研究所勤務、1991年

:

農学博士(東京大学)、1993年

:

大阪大学大学院工学研究科応用生物工学専攻

助手、

2003 :

年同准教授、

2010

:

関西大学化学生命工学部教授。微生物を用いた有用物質生産、乳酸菌

による免疫賦活作用の研究に携わり、日本生物工学会理事・関西支部長を務める一方で、技術者倫理教育に 携わり、大阪大学工学部(2010年〜)、大阪市立大学工学部(2010年〜)、信州大学総合理工学研究科(2016 年〜)で非常勤講師を務める。日本工学教育協会技術者倫理教育研究委員会委員(2012年〜)、公正研究推進 協会(APRIN)公正研究推進協会委員会委員(2016年〜)、日本学術振興会研究公正アドバイザー(2018年〜)。

参照

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