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佛典中の讐術佛典中の讐術

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金澤馨學專門學稜十全會雑誌第四十八號附録

佐藤巖英氏編著

佛典中の讐術

(2)

佛典中の警衛

客歳十一月二十四日西町本願寺廟所に於て本校解剖遺盤追吊會あり︑第九師團軍隊布教師佐藤巖英氏一瘍の法認旭試み三族に固目り教授再生等各

琴拝者秘して粛然窮して森嚴感謝の念に遽徳廣大死して猫餓榮あるな畳シ2しめ︑特に馬入仁術に從ふ者をして進んで解剖塁上の人れろへきな深く

思ばしむ︑式後長へに其英漿な偲ひ其飴徳葎欽仰ぜんか爲に誌上一期を草ぜられん事な乞ひしに︑折から京地に霊界ぜらるへき氏の後日期な得て

之秘果さんこと秘快諾ぜられれり︑越磁て今春吾れ測らす病床仰臥の人とふれるも幸に季︑暑に善うと共に軽快に赴きしか以て書して聖意な満さ

んことか希ひしに需に呈して直に左の一篇を寄ぜられたり︑具申古來ロに四百四病か買気つ︑由て來る所な知らさろの人に即ち其基く所ル知ろべ

く︑故な量れて新し壱な知らんと思ふの士は更に中土の心か起すへし︑只題すうに佛王卿の磨耗とあるに柳か語弊ふきにしもあらす寧ろ佛教留観

と号する方可ふらんも︑今則ち多少宇句り修正か加へ魯魚の謬な正しれる外全く原交に從ひて之な書寓し︑特に師小川勝陳先生の助力ぜ宮田雑誌

部長の好許により附着として本誌に早くること︑せり︑二旨鼓に庇が專由か明にすと曇爾 ︵明治四十年孟蘭盆會 於金澤病院 八田智証識︶

著者從來佛畠中の讐術として講話せしこご霜融︑其の初め京都勝學梗内に設けられたる佛敷青年會に於て佛敏に

は讐學上麟養分を豊有すご云へる肉食を断禁ずる白め眞面目なる檜侶の病院に入るごきは之に肉食を読むるも佛

懐こして食せさる爲治すべき病をして治するこざを得さらしむることあり何ざか善き方法はなきやεの内科馨の

質問に潔して﹁佛漱の肉食論﹂ご云へる講話を面しπるこごあり︑叉尾州常滑に開かれたる大日本佛激青年會の

夏期講習會に於て愛知騰素謡生の出席多かりし爲﹁確度の三大谷中の一人顧命の傳﹂を講じ︑或は能州和倉温泉

佛典中の弓術

(3)

   佛典中の欝術      −  .       二

瘍に開かれ疫る講習會には﹁佛典中の衛生談﹂を述べ且つ﹁佛野中の清潔法﹂ご云へる題下に温泉の事を論じπ

︶︑叉曾て金澤衛戊病院長だりし市川軍讐正の北陸は佛敷盛なる爲屍膿を大切.にし解剖〃厭忌する癖ある結果屍

膿解剖より得る知識を此北陸の馨能界より世界に貢献するこε難しごの談話に戚じ所々に﹁佛敷の屍罷観﹂に就

て演せしこごあり︑期ち三十四年九月金澤讐學專門學校が城.東卯辰山上に以て屍蝋解剖者の爲に追尾會を螢まれ

カる際並に昨年十一月西町存如上入廟所に全追号會を催されたる際各一蕩の講話を降せしか如き其一なり︑其他

或藥師堂の墜落式に招かれ講話を乞はれければ里離禁厭は除病の法にあらず粛二尉へる題下に迷信ご讐術︑病氣ご

馨師︑病氣ご感興︑愚作外道ε因果説この別を診せしこごあb︑又戦時の馨學ご看護の心得に就ては日露之役部

族頗︑奉天の野に衛生隊︑野職病院の爲に説法し︑女牲ご看護に建ては金澤険難婦人総員の爲に﹁シスター3ーラ﹂

嬢ご光明皇后と云へる講話を試みしこごあり︑而も由來之が腹案を造り11︶ことなく亦之を筆に留めしこともなか

うき︑偶昨多金澤を僻する際八田兄より癬剖墨黒豊吊曾に於ける講話に補足して吾人警士の爲に佛書中の馨観と

して一篇を物せよと砂玉響を受けたるも責任を以て筆を執らんと欲せば多少墾考書に就イ︑考謹を正すの要あり︑

然るに双調敏に忙し一東奔西走去りて書窓に一日の閑なく思の儘多歎維典を比較醤照するを許さごる格のあり︑.

心ならず竜依騰を関しくして打過きだるに頃H華華を致して春來久しく病床に在り人生叉期し難しかねて頼みれ

きつる佛敷中の讐観願くは知らまほしごの語畳俊ず腹を幽くるの威あり︑乃ち曾て自ら手記せしものを寓し佛典

中の讐術ご題し机下に呈するこご\なしたり︑毫も組織を立てす叉文をなさず︑其の組織莫の配合に至りては二

千数百年を閲せし印度の騰術戻馬典中の為術なれば近世馨無熱の体裁に叩き宜しきに順って配合罐興せちれんこ

とを望む

(4)

第 叫佛典讐術研究の必要

我邦は佛敏國なり︑故に今日此身致地に麟を以て立だんごする者は馨療を施さんεするに當り患者の風俗︑入滅︑

習三等を知るの要あるか如く︑信仰特に其欝穂に魚苗あるものを研究するの要あるはまた論を侯たざろ所なり

而して世には彼の眼病者か君達留零者の眼目を撫で㌦前きに撫でし人の轍菌を採り來り或は下痢患者か李癒を佛に

所りて香水︵腐れ水︶を頂き反って重症に陥⁝るの迷信あらん︑筆入の壽命は前生より定まれ.る慈のなれば病に讐師を

迎へ讐藥を飲むも藩命即天壽命数なれば死す麺禽病みて暴走なく馨藥を服せさる為天壽あり命歎霊きされば則ち死

せすご云へる邪因果説を信ずる宿作外回の入もめちん      此等愚なる迷信に翻して其昔佛は如何に稀音を垂れしかを究むるは轡師こして洵に忽にすへき問題にはあらさるへ

蓋し佛典中の讐術か學理こして技術こして決して溝歩せ惹もの嫁は云ひ得べからずこするも其の讐師こして病人に

接する精神其看護君こして患者に接する精紳に至ては就て學ふへきもの勘少ならさるを信ず︑且つ叉悪弊を信し佛

制を守るの故を以て學理上管養易と認むる肉食を拗むるも此を取らさるか爲遽に季癒せしむるを得す却て醤師其人

の置ハ彼を謬り其盛名を悪くするとぜあるか如きを保す︒へからず︑此等に向て聖典中の馨術を知るは全く徒勢の業に

あらさるべく予か研究の必要を稽ふる所以亦此に在6ノ

第 二

醐典劇の鶴術 佛典中の馨術を醜く緒論

(5)

佛典中の弓術

予曾て佛鍛讐方明論を著さん爲に其稿を立てんごして止みだることあり今茸緒論を匝底に探う得πるを以て蛙に又

緒論ごして之を掲く︑乞ふ其心して讃み給はんこεを

  佛激磐方明論

第一章 第﹈節

 第二節

 第三節

 第四節

 第五節 緒  論 磯  端 印度に於ける當時の思想及状態 印度に於ける留方明 讐方明ε諸學嬉の關係

 馨方明ご諸學との起原

第一節  登  瑞

佛激騎方明論ごは佛適中の讐學を論せんこするものなるが︑そも女専は人生のあらん限り必須の學なり人生に免る

べからさる病苦に野する救仁術なう故に時の古今を問はす洋の東西を論せす何れの時に叡何れの庭にも行はれたる

篇なり學なり︑而して墨黒牟尼世奪は官界の大救世圭なり大救世圭なるを以て入生の病苦を見て之を救はんが爲に

亦此馨方明を読けり︑然れ共鐸迦牟尼春機の説ける醤方明は或は鼻塞に解せられ或は狭義に解せらる︑若し廣義に

解するビきは繹迦一代五十年間の説法は総て細れ鷹病與藥の頑音なれば之を馨方明ε云ふも妨げさるべし︑然れε

も斯ぐ廣義に解する讐方明は今説かんε欲する所にあらす︑先つ説かんご欲する磐方明は佛敷の纏典中離々に散読

せる所謂通常一般の人か馨學蓬認むる荻義のもの肌して病に恥じて施す所の讐學を論せんこするにあウ

(6)

此馨方明を論せんごするに當り麟方明なるもの︑説明を佛壷中に求むるに西域記には

     ハ       ナリ  讐方明禁究︑閑邪︑藥石︑針支

と云ひ明燈抄には    トバクノ ソスルチトトトムチラ ノラク  馨方明謂二藏中︑暑辮三病状病因除病倉彦病不フ起二四種善巧一名二丈方明一

ε云ひ三藏法数には    ハ  ノハ   ノクヅスルカコフ  讐方響馨療之方法也︑謂世間種々病患︑或癩病鑑毒︑四大不調︑鬼簿児認︑寒熱諸病︑皆悉無了通達甥治故日二馨方

   ト  明一

ざ云へり以て馨方明の定義解繹を知るに足るべし

        第二節   印度に於ける當時の思想及斌態

佛典中に現る\総ての説は繹迦か始めて説きだるものか叉は羅迦以前の印度の紳話より出てたるものにあらざるか

を研究するは學覇者由るもの玉祈るへからさるこεなり︑故に今戸方明を論せんにに鐸迦始めて説き泥るものか將

た繹迦以前よ壷掘に行はれπるものならざるかを問はさるぺからす︑此を問ふ宜しく其臨時の恩想及状態を検する

の要あウ︑蓋し當時の思想及状態を検するに印度の風俗習慣ご云ひ印度人の総ての思想は皆印度の紳話より形ち造

らる\なり︑今此を風俗に見るに印度の人民には由來四種族の階級制あり扇ぐ波羅門種︑刹帝利種︑吠薯種︑成陀

羅種是なり

其中波羅門種εは如何なる種族なbやε云ふに西域記には之を

       リ   テ  リ  キニ   コス  一波羅門種H︑浄石也守レ這居レ貞潔白二其操一

    佛典中の欝術      

(7)

佛典申の膣術

と解して四種族申の第一位に置き衆人の奪敬を融くる種族こす︑斯の如く此種族か各種置戸の第一位に置かれ衆人

の奪敬を受くるに至れるは其丈を紳話に卸すれはなり︑翻課名義集には此串に幽しては波羅門ご云ふを

       サニ      カラ フ  鷹法師云︑此諸善也︑具云二婆羅細書祭∴義日義二面梵天法一者︑其人種類自云從二梵天ロ一生︑四姓中門︑濁取二艦名︷

  唯五天竺有︑籐國即無︑諸経牛.梵志属目二此名︷正福二浮高一定詰天苗喬也

ご澄す︑是に由りて見れば波羅門は梵天のロより出てだる種族として梵天の苗喬こして四種族中の第一位にあウ︑

而して此種の司る虞は梵天の浩を承習するにあるが維摩糠註疏には       ニ  婆羅門︑秦言二外意︷其種別有二纒書︷世々相承︑以二道學一端レ業︑

とあり以て波羅門種か宗敏及學術を司る種︐族なるを知るべし

次に第二を刹帝利種ε云ひ王家の種族︑第三位を粟野種ご云ひ商家の種族︑第四位を戊陀羅種ご云ひ農家の種族な

此四種の別は恰も我邦の皇別︑重扇︑蕃別︑の如く又現今の皇族︑華族︑士族︑臣民の別に絹似たり︑凝れ共一の

特異εする所は印度にては羅馬を司る波羅門種を最上位に置くも皇族πる刹帝利種を第二位に置くに在り︑︑期く印

度に之宗敷家を第一位に置くの結果難民が望事に調して電敬を彿ひ其司る鷲敷に型して敬慕の念を高むるは當然の

事と謂はざるを得す︑而して今論せんとする醤方明も亦面取を朗話に磯するの結果國民一般に紳聖なる術ごして敬

するに至れり此を以て馨術を仁術ご寄するに至るも罪なきに非さるなり︑即ち印度當時の思想副馬態は総て聯話よ

り出てたるものは難風なりと敬し且つ慕ひカるビ同時に讐方明も其起源穿話に出てセるを以て深く敬せられたる

を知るに足らんか

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        第三節   印度に於ける讐方明

今埜に印度の讐方明εして説く所は繹迦以前に行はれたる馨方明を説くに在ウ︑始めて印度に馨術の行はれ花るは

古き事にして其源章陀︵早書︶の童話に出てしものにして彼等の聞には﹁アシウソ﹁﹂なる紳を以て病を騙るの恩人ざ信

し之を拝して除病を架るに或は犠牲を供へ或は呪文を唱へだりご云ふ︑且つ史の傳ふる所によれば紳意のみにより

て病を除くとのみ信せす鎖病患者か冷水を以て身髄を拭ひ或は植物を冒用に供したりご云ふ馬其外鰐剖の知識の如

き紳に供ふる犠牲を屠るこごによりて多少開かれたるものなりご云へり︑斯く羅迦以前に多少讐術の行はれカるを

佛曲ハ中に探るに鍮伽論に曰く

  .一切外道署三二種一一者因論二者聲論三者馨方論

ご以て佛数以外に竜讐方明の行はれたるを知るべきなも^︑術立歩以外に醤方塔の行はれたるを設くものは七帖見三

大部補註︑梵漢甥映集等なり

此等の書により佛敷以外に醤方明の質せし乙ざを知るべく︑章陀論︵言忌論︶によれば羅迦以前慰方明の行はれたり

しを知るに足る︑そは章陀論なるものは四章陀ご云ひ名義集及三文法勲等により見るに臨写四種の中馨方明を説く

ものは  一︑阿楽弓︑董臓︶言二方命赤日レ壽︑馨生縫之竃︑二・葦葺陀︑繋祀所濤之書也︑三︑婆鷹陀︑謂禮         儀占ト兵怯軍入之書也︑四︑阿達堂塔陀︑謂異能技数梵脱馨方之書也

  ﹁因に西傳の毘陀は﹂.

       ご な   ムなし    薗聾吐国σQ.1<巴2

    佛典中の騎術      ■      七

(9)

佛典申の欝術       ぞなロモサ    翼燕11網&題1<Φ号      ヰしぐ ら    嚇禰︵川幡︶1一詔目野く①量

        ヨなちこリヨ    薗藤蠕11b夢鷲くドぐ①曾

此に擦りて見れば讐方明は第四﹁アダルヴァ︑ペダ﹂に載する勝なるを知るべし︑西域記亦此説なるも︑玄鷹音義第

十九懇臼九︶には

        エ         一︑名二阿鼻一型云レ命︑謂二野方諸事↓二︑馬脚夜語一品二祭祀一也︑三︑名御婆摩一塁云レ等謂二等儀卜相音樂戦法諸事鴨

  四︑名二阿闘婆筆一謂二児術.一也

嫁ありて第一阿霜曇中載する所こせり︑何れにするも兎に角四千年以前の章陀論中に馨方の目を墨けて多少の説朋

を爲すを見れば繹迦以前一千有鯨年㊨古より既に業に印度的仁術の行はれたるを見るべく︑之を梵天の紳話よb出

て泥るものこすれば古き時代より聖き仁術こして人類に敬意を彿はれπる業なるを噛知るに足るべし

       第四節   讐方明と諸學この關係

當時印度に於ける諸學ざは如何なるものを稽へしゃこ云ふに文面の西域記には      ノ  七歳之後漸授二五明大論一

ごありて南海寄露傳により﹁西方三分風﹂ε云へる一章を置き中に五明を画け

       ル       ヨリ    ノ      ニ フ  此等讐方明傳二干帝縄晶五明一数五天共遵

εあれば五明は印度當時の人民か均しく修めし普通敷育上の科程なり︑故に予は印度當時の諸學なるものを五明零

せゆ五朋は

(10)

二・

聲明⁝・因 明・⁝讐方明⁝工巧明⁝・内 明⁝・ ⁝.・・⁝文字の學なり⁝⁝⁝⁝論理の學なり⁝⁝⁝⁝衛生の學なう⁝⁝⁝諸技藝の學なり⁝⁝⁝宗激の學なり

此五種の學は印度當時の普通敷育上の科程なりしを以て寄蹄傳には五天共に遵ふご云ひし誌のなり︑されど内業な

る電撃の學は婆羅門種にあらされば修むるこどを許されざりしを以て五明を研究するも濁b婆羅門種のみの必須の

學にてありしやざも思はる︑若し掘りこすれば西欧讐術の起原か胆石術を以て価界周遊を何せし儒侶に専掌るざ云

ふご均しく章陀を恥して立てる婆羅門種か濁り此か五明を研究せしと云へは東西其身術の起原か宗敏界に探りだる

ご云ふに煮て一致すε云はさるを得す然れ共婆羅門種か若し此術を學はさbしざすれば以上の議論に何等の儂等な

きも予は印度四種族申特に濁め章陀を調するてふ婆羅門種ご云ふより憲章陀を請する巴共に其章陀申に含まる︑養

生︑繕性︑讐方を必ず諦せ七こごを信ずるを以て働くは云ひしなり︑若し測りこすれば其結果として讐術は印度の

最上種族の手にあるものεして其起原亦棘話に出て陀なものこして四種族の間に曾敬せられ陀る聖職たりしこごも

信じ得らる︑なり︑之に反して五明の學は四種族の共に學ひたりし毛のこすれは普通敷育の科程に養生ご云ひ合方

と云へる衛生巴醤術εを學はしめカリε云はさるを得ず︑此の如くなれば印度當時の敷育の進歩や現代亦遠く及は

さりし施設と云はさるを得さるなり︑是れ共に入生の爲祝漉すへきことならすや

        第五節   馨方明巴諸學との起原

佛典中の羅術

(11)

佛典申の讐術δ

前に既に述へたるか如く章陀論中に此五明か含憤る\以上は繹迦以前に起原の存するこご論を新たさる竜︑現今世

に流布する佛典中に果して其事を記載するものありゃ否やご云ふに︑亭亭遡映集に曰く

  同義王者︑色界第八繹天也︑下二第二灘樋説二上明樋無二人機一故︑雨下噴霧灘一士二五明噛嫁二毘紐天一生二三子一等︑L﹁所謂

    ヘ  ニ    ニ       ニ       ニ    ニ       ニ  五明︑一正面語脈内明一是認法也︵乃至︶二頂上説二聲明一︵乃至︶︑三右面六二因明一様外道論議惑障沙汰也︵乃至︶︑四      ニ    ニ  左面説二醤方明一是梵児針藥也︑五後面説二工三明一是銀番匠也︑

又悉曇考要に曰く

   ノ       ヒ      ノ  成劫初︑評判來光督天田成二大蒲王↓是名山商鍋総見ハ亦名二摩醍主審↓有二五面門五面有二五明↓頂後明名刀聲明訓説二梵王

  四十七言↓五明論者︑第一留方明爲二東方前門今時馨織方経等從レ是興︑第二凶明楽爲二南方説崩明二法門是非一説レ之

  也︑第三聲明論爲二西方説↓今悉曇本文末書音韻等是也︑第四工巧明豊爲二此方説門巧匠鋳治等百工業是也︑策五内

  明論爲二中央説噛経律論是也︑

由二号之五明並に馨方明の起源は粛正中にも梵天の所説ごして婆羅門の紳話より出てカる乙ごを説くものなるこご

明なり

第 三 佛敢には身命を如何に観るか

佛の敷の多くは身命を輕覗す︑今経説を引用するに

  富ご両親ビ親戚ご肉身の快樂ざよりも蓬に大なるものは眞理なり︑

 .利丈雑阿含経︶ 故に是等を放け棄て︑眞理に從ふべし︵巴

(12)

  富貴は求むるど守るピ失ふεに苦しき誌のなり︵百縁星取意の丈︶

  是の身を苦の本こなし飴の苦を枝葉ε爲す︵・49地観経︶

  是の身は災あウ百一の病ご拶を起す︵維摩経︶

  道を守りて貧賎にして死すとも無道を爲して富貴にして生きるなかれ︵六度集経︶

以上の諸経に見れば身は是れ三界の枷なり叉罪悪の集團なりご云はさるを得す︑故に灘には寒山之を痴賊塞と云ひ

道灌ハ﹁へんなし袋﹂ご云ひ狂句繹には厄介袋ご云ひ世話袋ご云ふ︑■予か経験によるもさるこご多し︑九尺二間の

長屋でも持てば面到も起ウて家賃の催促もせねはならす牧めざれば腹も立てねばならす喧嘩もせねはなら顧こビが

起り︑築港がある爲に衣食の心配も起る心配の結果罪悪を造る樺⁝になる︑今の監獄に居る者の多くは此身あるがす

なはち本ご云はさるへからす︑されば肉身はそれ罪業の本か︑諮り︑佛喩幽して曰く﹁酒客めり酒貧に酒を蓄♪2

日妻をして酒器に酒を取らしむ上蓋を執りて酒貧を鰍るや貧の中に美人めり夫の下に走りで美人を蓄ふるこごを怒

る夫此を蓄へすご云ふ専大に怒る夫驚きて楽章を温むや貧女美男あり夫︑妻に美男を蓄ふるこビを怒る暴れ互に自

己の貧中に映る影を爺ふのみ而して貧を割るに人なかりしご﹂︑鳴呼人は肉身の爲に幡み煩ひ罪悪を造る寧ろ死せん

に如かざるか

此の如く眞に肉身は罪業の本にして死せんに如かさるか︑佛答へて日ぐ

  人の堕落するは生命あろか故にあらす財産あるか故にあらす勢力あるか故にあらず︑但生命財産勢力に執着す

  るか故なり

ビ然らば人が肉身に執着するを以て專ら之を戒められπるものにして︑若し執着せされは肉身こそ愚なく貴ふけれ︑

    側典中の学術  ︐       =

(13)

佛典申の啓術

佛叉曰く  入の重んずる腓は身なう命なり密なう︑此三の者惜むに足らす叉輕んすべからす

ざ回れ執着せは惜むに足らざるも執筆されば輕んすべからざるなり巴云ふにあり︑以て戒ご爲すに足る

人の貴きは命の貴きにあらず身の貴きにあらず身は骨と血ご肉ごのみ犬も猫も命あり鶏豚牛羊等亦骨ε血と肉εの      ハり む       む む   み︑人の骨は鯨の骨に及ばず人の肉は牛豚の肉よ如かす何ぞ身命其者に貴き理由あらんや︑然らば則ち入の貴きはOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO  QOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO  OCOOOOOO︐道を行ふ心あるか爲なウ外心を行ふか爲なり︑此道を心に府はんεするには身命の健全を要す︑駈れ身命を以て貴

       げ しε爲す斯以な︶︑之に就き面自き一蕩の問答は那先比丘経の上にあり

  彌蘭王︑那先に問ふて曰く沙門能く自から其身を愛するや否や︑那先言く沙門自ら其身を愛せす︑至言く沙門

  自から其身を愛せすεならは何か故に臥して安温を得食するに善美を得て自ら早立らんご欲するや︑那先言は

  ぐ王曾て戦闘中に入りしことありゃ否や︑王瞬く然り曾て皇室中に入うしこごあり︑那先言く戦圃中に入りし

  時曾て刀刃矛箭の爲に瘡けられしゃ否や︑王避く顧れ頗る刀刃矛箭の爲に駆けられたり︑那先言く其瘡を如何

  するタ︑王幽く我膏藥と綿紫ごを以て裏むのみ︑郡先言く瘡を愛するか欝の故に裏むや︑聖心く我瘡を愛せす︑

  那先言く殊に瘡を愛せされは何か故に裏んで之を護るや︑王言く我瘡をして早く癒へしめんこ欲すればなり︑

  那先言く沙門も亦是の如し其身を愛せされε衣食するは用て美を作し用て好と作すに非ず︑僅に身燈を支へて

  佛の繧戒を奉行せんか爲のみ

ε以て佛敷か人の身命其物を貴はさるも道の爲に身命を貴ふものなるこεを知るべし︑細れ眞理也

(14)

第 四佛敏は病人に如何に激ゆるか

       テゆルハ      セ  チ ノ豊平ご並ひ止せらる︑扁鵠に就て史記の扁魚皮には六種の病の治せさる原因を歎へて其第六に﹁信直不レ信レ馨六不

治也﹂ご云へるこごを以てせるか︑増一阿含経には病人の心得に就きて五種の戒を説く中第三に﹁三に馨藥に親近め﹂      デ  チケレハ  スご云ひ︑諸乗法敏には九の横死の原因を説く中第一に﹁一得レ病竃レ馨死﹂ご云ひ︑藥師如來本願経には﹁衆生あり

病を得て讐藥を服せす病を見る入なきか爲に死するを横死巴云ふ﹂ε云ひ︑九横維には九横死の因を説き其第四に

﹁四には耐食の未だ溝へざるに重ねて食ひ旦つ藥を服せざるごきは横死す﹂ざあり︑増一阿含経には叉﹁一には白

重を分別せよ﹂ご云ひ﹁四には能く湯藥を経理して病人の癒へ若くは命終るまて更らざれ﹂ご云ひ︑善生経には更

に﹁若し貧しくして物なぐば懸に種々の児術を議し心を至して看病し將養し療治すへし︑財ある者を勧めて種々の

湯藥を和合し行きて病を着よ︑方を案じ診視て病の所在を知り其病虜に随ふて療治を加ふべし﹂と云へり︑是を以

て佛の敏なるものは彼の妊婦に乎安親音に走れ眼病者に目安観音に走れなど翻するか如き敷にあらさるを知るべし

而して培一阿含経に説ける病人の誠なるものは

  疾病める人は一には食物をゑらべ︑二には時に随って食へ︑三には馨藥に親近せよ︑四には愁ご喜ご曝ごを懐

  ふなかれ︑五には看病の人に向って從順なるべし

にして︑病人ご看護人に封しては毘尼母論に

  病人︑看病の人のこどばを用ひす看病の人病者の意に違ふは並に罪を得

ビあり︑聯か其一牢を知るよ足るべし

佛典中の麟三

(15)

佛典申の学術

第 五 死生因縁なりご云ふ説の眞否

生きる二死継るも皆因縁︑壽命は前生よりの穿り︑善き愚者を得ても善き藥を得ても壽命かなければ死ぬ︑讐者に

診て貰はすざ竜藥を飲まざるも壽命あれば死せす蜜︑世にはか\る真説を云ひ且つ信ずる竜のなきにあらず︑之を

佛激には過去と現在との因果のみを説き現在と未來との因果を知らきる宿作外道ざ構す︑此よ居て浄土密宗の中興

瀧如上人は病の爲に親を失ひ子を失ひ夫を失ひ妻を失ふて打沈めるものに甥して其御文章に

  適時コノコ・︑コトノホカ ︑疫腐︸グヒト死去ス︑コレずラニ疫唇;yテハジメラ死去ス翌アラズ︑生

  レハジメヨリ︑サダマレル定業ナワ︑ずノミフカク︑オドロクマジキコトナリカド毛︑イマノ時分ニアタリデ

  死去スル時ハ︑サ毛アリヌヘキ道理ゾカシ

ざ論説されしも︑而も之を以て現在病める者に辛しての敷訓と思ふ勿れ︑誤h・易きことなれば大に溢意を要す︑此

外近時自殺者の多きも病氣には關係なきか如くなるも彼も一種の病氣なウ︑斯る病人に饗して

  先生ヨリサダマレが豊.・ノ死期ヲイソガζ︑L至りテオ・カ・;ドレ三ルトモオモヒハンヘルナリ

と激へられ陀う︑而して先生よりの定れる命ご云ひ病期にか︑りても打捨て\療養するこ巴なきものに賦して︑上

人は更に御一代聞書に

  一︑時節副雍トイフコき︑用心ヲモシブ︑其上二事ノ出家候ヲ時節到來トハイフペシ︑無用心脚韻講來候ヲ時

  節到着トハイワヌナリ

と示されたり︑斯く二面の敷ありて初めて圓満なる敷訓ε云ふを得ん︑然るに世には其一面を知りて他の一面を知

(16)

らさる者多し︑心して病人に接せんこごを望む

次に佛が如何に此問題に甥して激訓し給へるかを説かんに︑佛︑優婆離に語りて曰く病人に三種あり一には病に鷹

する藥ご食物ビを得︑.法に適へる看護を得て死するもの︵要れ眞の時節到來ご云ふものならん︶︑二には病に諒した.

る藥と食物置を得さる革看病法に適へるか爲に轟くる者︵漁れ馨藥までも病に適へるものを得分る者に比すれば用

心にかけ譲る庭あるも看病だけの用心あり知るか爲に全快せるものなれば忽諸に附すべからさるものは讐藥ご看病

なら︶︑三には病よ害ある藥ご盒物ごを得法a適へる看病入を得て活くる者あり︵斯く有害の藥ご食物ごを得てすら

看病砂宜しきを得たる爲に奇曲すとすれは用心の肝要なるこご棘々火を見るよりも明なり︶ε︑されば病みて因繰

回せに放棄するは最誤れるの甚しきものよして深く看病を重んずべき事を忘るへからさるなム

第 六印度の三大讐

第一は誉婆︑扁鵠と並ひ構せらるヒ其誉婆にて誉婆の傳記は一代藏経中に佛設誉婆経ご云へる一部ありて随分長篇

のものなり・然し其着想融融措中々に面暴く胴中︑腹部の手術︑出癖に調する手術︑醍醐昧ご云へゐ藥の製法等よ.

りX光線ごでも云ふへきものなどみりて醤學者の譲まる・︶小説εしては好個の血書なり︑今鼓に之を物するの鯨祐

なきを以て其一護を渤め置かまくのみ︑臨画中τ就て言ひれくべきは佛激ご讐術この關係ご云ふよりも寧ろ信侶ご

讐師この受端を言ひ現はせる文あり︑そは全面に家風か鑛王ε云へる王より招かれたるに螢王日頃病登るごきは大

に怒りて人を殺すの癖あゆ︑誉婆之を恐れて行くこビを忌むも強ひて求めらる之爲に誉婆大に窮し之を繹迦佛に謀

る︑其時の腿答を翠一る中繹迦曹婆に醤し

    佛典中の磐術      三

(17)

佛回申の馬術=ハ       テ セン    セン    ノカンノ チ  與レ汝三二前世一有レ約︑爾行而治二身病︷蟹行而治二心病唖共提携除二衆苦拶一

ご仰せられたり︑すなはち之に依りて見るも導師ごなり馨師こなりて衆生身心の苦櫛を除くの心を要するの意を知

るに足らん︑而して此意昧に似だる意を法苑珠林には      ノ  聖衆爲一良馨一 救二濟苦拶患一

  洗浴施二清塑 瘡癒蒙レ得レ安

ご云ふ︑所謂僧侶ご旧師ざか衆生身心の苦櫛を救ふと云ふ粘に於て一致するの理由なり

第二の大量ご云ふは等しく佛在世中の時縛伽なり︑時縛伽の傳記は﹁ボールケーラス﹂博士の﹁佛陀の幅昔﹂の一節

に物せり︑故に其一部を爲して傳記に代へんとす

  佛病に犯され給ひたる時阿鼻は頻毘娑羅王の侍醤なる時腰越を招きて之を診せしめだり︑時細身は固より佛を

  馴せるものなりしかば心を蜴くして藥をすこめ浴を取らしめ給ひたれは佛の病は途に全く快癒するに至り阻

  其の比︑心身彷那國の曝露羅樹多ご云へるが爵位を病みければ頻毘婆羅王の侍馨時縛伽を招きて其診察を乞ひ

  病爲に癒ゆるを得陀少︑王大に喜ひ最勝れ驕る衣服一襲を賠りぬ︑時縛伽鵜に以爲らく是は頗る勝れたるものな

  り斯る衣を着けん人は圓かに臨き佛にあらざれは硬鋼陀國王施尼耶頻毘娑羅王の外世にあるべしごも思はれす

  醇厚伽乃ち此一襲を持して佛のもとに到りその前に出てヒ恭敬禮拝せる後側近く坐して日ひけるは︑世奪吾は

  佛の吾か供養を受け給はんことを願ふ︑佛︑時縛伽よ加來は総て其何翻るを知らさるに供養を許すこ冠なし

  時縛伽︑世曾吾か願は宜しきに適へb人の拒み得る所にあらす

  佛言へ︑時縛伽︑世奪の常に着け給へるは墓地或は塵芥の地より拾ひ上げられπる弊衣なり敷會の比丘も亦然

(18)

  らすご云ふこごなし︑さて圭よ︑此一襲は鉢羅樹多王の吾起贈り給へる所にて最好最勝最第一最珍最貴他に比

  すへきものなし︑世尊よ願くは吾此衣を奉ずるを受け給はんこビを叉敷畳の比丘をして澤衣を纒はしめ給はん

  こごを

  佛鳳衣を受け給ひて道の話を爲し給へる後︑比丘衆に告げ給ひけるは

  捨て︑用ゐぬ弊れ衣を着けんど思ふ者は之を着けよされご浄衣を着けんご思ふ者は馬衣を着けよ︑彼を好むも

  此を好むも吾は汝等の爲すに任せて答めさるべし

どあり︑穿れ一は垢衣の衛生に害ある所より起り陀るものならん︑特に美衣を着けよごは訂し給はさるも垢つける

をは戒故給ふこεあ夕︑偲砥律に曰く

  佛︑諸の弟子に告げ給はく諸の弟チよ頭髪の長きざ爪の長きと衣裳の垢づけだるご時の宜もきを知ぢざるざ多

  く論ずるごは比丘の五殿辱の法と名く

と以て佛か衛生上衣の垢つけるを戒められたるを知るご共に時縛伽によりて浮衣を着け給ふの端を開きたるに合せ

て味ふへき羽軸あり︑下れこも余は時縛伽に樹しては此世に傳記を知るに由なし之よ6以上の事は庭口の研究を待

つの外なけん      チヤラ カ第三の大馨は繹迦滅後四百絵扇に於ける析羅伽なり︑伽羅伽の傳記は明治三十年の中央公論誌上姉崎博士か﹁ス・

ラタ﹂の馨方明論こして印度の書卓を説かれたる際に暴名前を文中に示されたるこごあり︑予常時より詳しき傳記

を知らばやε思ひたりしも此を知るに由なかりしが昨年丙午肚によりて淫行せられたる﹁ボ⁝ルケ!ラス﹂氏著にし

て鈴木大拙居士の鐸になる﹁阿彌陀佛﹂ご云へる書は此訴羅伽の傳を説き明せり︑而して此七難伽が初め騎學を修

    佛典中の騰術       嚇七

(19)

佛典申の学術﹂憎

め罵るも青年の頃道念頓に沸き布路上布黒穂附近の一山楽なる須菩提尊者の下に入りて弟子こなり禮秤諦経坐灘に

鯨念なかりしも心に安心するを得す心の悶絶わざりしを以て須菩提の許を得て中天竺なる馬鳴菩薩の下に行︑かんと

しける時︑北天閑月支國王より急使來り城下は悪疫流行今や月支國父王を失ひ第二皇子は病に麗れ迦眼色迦皇子危

驚に理る直に來り救へεありけれは急使ご共に月支國に出忙し到りて之を診察し遽に創製色迦皇子を全癒せしめだ

レとあう︑全書は燧に吾入か信仰の上に修養の上に一讃の儂値ある書なるこごを諸君に営めれかん︑而して全書に

は析羅伽の小傳を説きて

  蓮月色迦王ビ析羅伽ごは同じ年輩にて幼少の時よら壷草に遊戯に頗る親しき間柄なりき︑成乳の頃ほひに王は

  身を軍籍に入れ析羅伽は先帝の侍馨時縛伽につきて馨學を修めたり︑良師の指導ご弟子の精働とによりて修業

  の進歩著しく数年ならすして析電導は時縛伽の高足こなり讐界に於ける名聾大に揚りぬ︑迦賦色迦かねて此事

  を呪う居たるより父王の病革れるとき析羅伽を渤めたれど容れられさりしが今や自から病薄の人ごなるに及ひ

  て直に奮友を呼ひ還して其仁術に依頼せり

巴あヶ︑以て望潮伽の小壁を知るに足らん︑省詳しきを知らんε欲する人は全書を一.黙せられんことを墾む︵但し

此析羅伽の師時縛伽は佛在世嘗時の時縛伽ごは同名異人なり注意せられ度し︶

第 七佛典中讐術を説ける書目

佛典雅馨術を説けるものを列記せぱ佛読諸経︑佛影響諸脛︑藥師本願維︑全海田輕︑佛説除一切疾病陀羅尼経を始

めこし〜治繹病秘要法︑四諦経︑修行道地盤︑泥葉維︑金七十論︑南海寄蹄傳.因朋前記︑大乗法撒雨露乗法数へ翻

(20)

課名義集︑閑窓雑鎌︑止観︑全話本及科本︑.小止観︑行事抄︑︐圓畳集註︑僧舩律︑専門寳鏡鋒︑録内拾逡︑金光明

経︵除病難︶︑法苑叢林︵病苦篇︶︑繹氏要覧︵臆病︶︑義楚六帖︵病及欝療篇︶︑諸経要集︵病苦及菖蒲録×類雑集八馨

藥部︶︑印度藏志︑病無策等には馨術に關係する多少の説明あり︑其他病名を表はせる経目を敷へは佛馬賊痔病経︑

全経暑賛︑救療小見疾病経︑讐女人経︑一切眼疾病陀羅尼経の如きまπ参考と霧すに足る

第 ︵層佛典中署術を読ける分類

       り     む  佛典中如何に分類して醤術を説くやど云ふに佛説盤質経には良馨の四法こして病状︑病因︑馨療︑豊後の四種を響

け・諸の経論を見るに皆此四快に舜類するか如し即ち佛難中に於ける馨術の分類署ほ察するに足るものあらん︑曾

て鮫に諸経諸論の分類を列記して聯か墾考に資せんこす

明燈抄懇U本ノ十七丁には

   ニ    トバグ  ノ ニ ソ シ   ト  トテキ  チ ム  チ ラ  うの   ノ  チ ク     ト  四讐方明謂二藏中署辮二病朕病因一除レ病令二病母フ起︑四種善巧名二世理明一

巴云ひ鍮伽論岩三ノ・†八丁には     ニハ ノ   ス      スル      ノ         スルノ  チ      スル スルっチ ニ セル チ  馨方明論四種相轄一升顯二示病躰一善三相︑二者顯い示病因一善巧相︑三者顯三示断二幽葦生病田善巧相︑四者顯下

  スルノ ニ セルノ  チ お  サル ニ セ  示己漸之病常占不二更生一善巧相︑

ご云ひ︑閲藏知津懇ノ三十七ノ五丁には鍮伽論を引きて

   ニ    サ     ニ バ   バプ      ニ      リァ      コ       リァ   ニ セル ニ      ヌルノ       お  スル     ニ  ドむ  ルニノ  ニ轡方明腱一書二病源回善巧︑二弩弓病因一善巧︑三論二洋生病M断滅善巧︑曝者於二巳断レ病後一更不レ生善巧︑

ご云ひ︑菩薩戒経第三ノ十︑一丁には

    佛典申の屠術      露

(21)

丁佛典中の謄三二〇     ノニメランノチ ノロキ  求二治病術日田二四事一様︑馴者爲レ知二病相貌一帯︑二者爲レ知二二因縁一緒︑三者駕二知レ病除癒一篇︑導者爲レ知二病癒之

  後更不フ起故

ビ云ひ︑叉因明前認巻上本ノニ丁には

  馨方明論有二四種相噛一顯二二膿﹃二言二尉因h三部二断已更病生h四面二選己不フ生︑

ざ云へり︑即ち諸経言論の筆墨を論ずる分類総て斯ヌの如し︑次下此分類法にようて記すこビ︑なすべし

第 九

佛典中の病状論

前述の佛典中の讐術の分類は讐喩纒の良馨の算法なるを以て︑良讐だるの人は先つ第一に病状病膿を知り更に病理

によりて病因を究め然る後讐療に移りて手術を施し適藥を投ずるを順序ごなすか如し︑僧砥律には

  行きて病を看︑方を案し診視て病の所在を知り︑其病所に随ふて療治すへし

とあり︑故に第一に診察を塞ぐ︑而して診察の法だるや種々あるべしご錐佛全中予は未だ何等の診察法をも見る能

はす︑然れこも彼此比較して判断するに︑法苑珠林の救療部には

(22)

   ニ テ 人有二四肢五臓樋一畳嚇窺︑呼吸吐納︑精鉱往來︑流而爲二漁業鴨彰而爲理趣色輔登而爲三音聲門此人之常磁也︑

とあれば畳々︑呼吸︑榮衛︑憂色︑音聲等に依ウて病朕を診察劉断ずるものならんご想像するを得るも只是予の想

像するものにして何等の慣値を漏せす︑然るに近時南海寄灘傳を喧しに法二三藏か印度に行き印度の風俗を点しも

のを記する中       ノテシメハチデセソチ  西方五明論中︑其馨明日︑擾乱愚察二翠色一命後行中入馨b如不レ解二斯妙一白レ順反乱レ違︑

とあるにより先つ顔貌診断よ釦他に及ひしこεを知るの謹εなすを得んか

        二  病   状

輩に病状のみを説かんこεは甚だ難事なり︑そは佛雨中の説明の方法は病状ご病理と病種εを互に相混交しあるを

以てなり︑故に此慮には注苑珠林の一節を基くるのみεせん     ハニク バクレに   ノデ テスニ レハチ レハ   ノニ ノニ ヒ   レ  夫三界遽膿︑⊥雪道繁興︑莫レ無下皆四大相資二五根一成夢髄︑零露爲レ身︑聖廟蹄レ塞︑然風火影殊︑地水質異︑各室二其

      ニ シ    ニ     クヤ ニ リ      テレハ   ニ ス  分︷皆欲レ求レ適︑求レ適之理既難︑所以調和之乖当千︑一大不調至難倶損︑

ε云ひて四大順を得は健康なるを四大一だひ調を失へは病態ド︸鍵易する旨を説き︑更艦︑

  眼赤如血 両耳出膿 鼻中出虫 舌襟無聲

ビ云ひ︑或は︐

       ソ      ノ  所レ食之物鍵成昌鹿灘噛六識閉塞如二醇人↓

と云ひ︑五衰を説きて

  一身光不現︑四花蚤葦頬︑三両腋洋流︑四壁便臭磁︑五不樂本浦

    弗典申の膣術       ︐ ︐  ︐︐  三

(23)

佛典申の磐箭一三

ε云ふ︑以て病状の﹂端を知るべし︑詳しき事は次の病理によりて知られたし

        罠  病   理

近時文學を研究するには博物理化學を始こし人身生理︑組織學︑解剖學より進みで病理の研究に入るを順序εする

を以て佛典中の馨衛を研究するにも此順序を痛まざれば佛典中の病理を明了に説明すること困難なり︑然れビも佛

典拠よウ一々之を調査し以て學系を明にするこご甚π困難なり︑故に先つ其一斑を彼れ此れ取り合せて説明せんに︑

佛敷には人類の母胎に宿るには父母の交合によりて宇宙問に浮遊する識即ち心魂が父母の赤血肥締即ち男女両部を

を所依こして宿り此赤自二相を肉髄ざして登達するを説くものにして︑其胎内に在る内を胎内の五位こし幻出産後

より老年に至る間を出胎の五位ご立つ︑今之を列記せは

      胎内ノ五位  ︵倶舎論世間品二委シ︶

第一位

第二位

第三位第四位

第五位 カ ラ ン錫刺藍︵凝結ト繹ス︶ア プ トン額部曇︵胸ト繹ス︶

ヘイ  シ閉 戸︵血肉ト繹ス︶

ケン  チン健南︵堅肉ト課ス︶

ハ ラ シャコ 父母ノ赤自・二親即チ両精ノ結合ヨリ成ル新生禮ヲ云フナリ︑懐妊后﹈ド週聞ノ事懐妊后第二週間ノ事ナリ懐妊后第三週間ノ事ナリ懐妊后第四週間ノ事ナリ

鉢羅含怯︵支節ト繹ス︶懐妊后第五週間目ヨリ第三十入週間ノ事ナリ

   此胎内ノ五位ノ週票数は即ち三十入個の七日なり︑故に日敷に換算すれは

   日の實際ご鯨りに相違するこご多からざるか如し

此外普麺に使用せざるも在胎八位¢﹂云へるこごあう 冨×︒︒︒︒断11ゆ①曾となるを以て今

(24)

  一錫羅藍 二遇部曇 三閉戸 四健南 五節羅雲量 六髪毛爪位 歯根位

是なり以上の説明は人類に就ての説明にして一般動物に重ての説明にあらす︑

漁化の四生に分類して

   胎生一如二象︑馬︑牛猪︑羊︑騙等一

   卵 生一如二鷲︑孔雀︑鵬鵡︑雁等一

   灘r生−如二虫︑飛蛾︑蚊︑蛸︑艇等一

   化 生−如二那羅遡天︑中有等一

ε云ひ︑首榜嚴経には

   P拶 生﹁魚鳥轟蛇の類胎生−人畜龍仙の類

湿⁝ カ1−食簸蠕動の類

化 生i−韓蛭飛行の類

有色 体響精明の類

無 色  塞敢溝沈の類

有 想1一紳鬼精難の類

無..想−i∴精化木石の類 八爵位

一般動物の説明に就では倶舎論に之を胎卵

佛典中の醤術

(25)

佛典中の馨術二四

   非有色一諸水母等の類

   非無色一既認厭生の類

   非有想一彼蒲慮等の類

   非無想−土鍋破鏡の類

の十二類を以て宇宙間に於ける動植鑛物有機無機の総てを分類せり

慮外種々の読明あるも今は省署して入類のみに樹する説明を畢けんに︑前に墨けし胎内の五位は識の宿る肉離なる

ことを説明せしも未だ男女の別の生するこビを説かす︑故に之を説かんに佛敷には母胎に宿るを生有ご去ひ︑宿う

し時よダ一生涯を本有ご云ひ・死するを死有ご云ひ︑死して後識︵俗に云ふ霞魂︶が宇宙問に浮遊して母胎に宿る迄

を中有ε云へるが︑此中有より母胎に宿る時其色当無︽形も無き識は男女良性其因縁の異るに二って父母相愛の一

刹那に心墨に愛を起して父に瞳悉の情の起る時は男子こなウ︑其一刹那に父に愛念を起し母に劃して随患の情の起      りる時は女子εなるご云ふにあり︑而して次に此識が父母の赤髭二締を肉騰こして登達する順序を説くに前には胎内

の五位に就て示しだるが︑叉十二因縁に依りて説明する道あり︑十二因縁ごは  一︑無明 二︑行  三︑識  四︑混色 五︑六入 六︑鯛  七︑受

  八︑愛  九︑取  十︑有  十一︑生老 十二馬死

なるが︑此内第一き第二は生理の登蓬を論ずるに要なきも︑第三の卓立璽魂か母胎に入るや第四の名色巴なる︑其

名色の名は識︑色は肉膿を指したるものにて肉細ど見識︑換言すれば物心二者の包合騰にして胎内の五位の第一位

よケ第四位に當る︑第五の六入は叉六境ざも云ひて恨︑耳︑鼻︑舌︑身︑意の六根具足するを云ふ︑之か胎内の五

(26)

位の第五位﹁支離﹂に蔽う所謂今日の五官相備はるざ云ふに當れり︑而して胎内の五位を経て月充ち日満ちて出擁

するや第六の鯛畳を生し︑第七の憂喜苦樂の受畳を生し︑第八の愛念を生し︑第九の取即ち乾て我物弁せんこする

を水こして更に第+の有ご云へる業西を成し︑第十一の生涯を上りて第十二の死に館する巴云ふ順序なり而して共

欝胎後よ参老境に至る迄を佛激にはまた分て五位こなす

第一位.第二弦

第三位第四位

第五位 嬰弦童子少年盛年老年 由日二.一才一至ニムハォ﹂自七才至十五才

血目十ムハ才至一二十才 馳

自三十一.才至四十才

自四十才以後

即ち出胎之五位是なり

次に前には胎内の五位に﹁支節﹂ε云ひ十二因縁には﹁六戸﹂叉は﹁六麗﹂ご云ふのみなりしが︑更に姉崎博士は

﹁ス・ラタ﹂の馨方明論によりて當時印度の醤學には身膿を四肢胴部頭部の六部に分ち︑身膿全部に亘りては七・膜︑

七十.血管︑五百.筋肉︑九百.腱︑二十四︶紳経︑三百.骨︑二百十ニノ關節︑為九.戚畳を歎へたりざ云へるが︑罵意経

によれは一日の呼吸を三万・六千六百五息ご数へ︑程下総集憲上本︵斎︶には

  凡人身中︑有二三百六十無骨噛節々相狂︑謂指骨控二足骨噛足骨控恥骨骨↓躁繋柱二踏智識零本控二膝骨↓膝骨控二腔骨噛腔

  骨柱儲蓄骨h.境界掌中腰骨へ腰骨控ご背骨h背骨柱二勒骨h復背骨柱二項骨h項骨柱二頷骨累頷骨牌二牙歯→よ有二燭骸h復項

  骨擢乱肩骨㌦肩骨鉾脅骨噛膏骨柱二腕骨藤骨聲嚢骨器官彗舞骨髄レ是展韓次簸鎌成︵下署︶等︑

佛典中の謄術一一

(27)

佛典申の謄徽二六

ご云ひて身燈の構造を説き︑更に自鯨の佛典には内外の諸機能を分類して

  一︑髪︑毛︑爪︑薗︑膨⁝︑涙︑幽誕︑唾︑尿︑垢︑汚︑

  二︑皮︑膚︑血︑肉︑筋︑豚︑骨︑腱︑肪︑膏︑脹︑膜︑

  三︑肝︑謄︑膓︑胃︑腎︑心︑肺︑生藏︑熟藏︑赤藏︑白疾︑

と説けり

以上は身髄の構造及生理の一斑を述へたるものなるも︑更に此生覚の因って起る所並に身膿を組織する要素は何物

なるかを求むるに︑豊艶ハ蔦は人の身罷ぼ四大駅亭なりご立つ︑尤も別に極微醸成ご云ふ説あるも佛曲ハ中の讐術を説

くの基礎こして論せられたる庭を見す︑故に今此四大駈成説によりて之を説かんに

四大ごは地水火風の四を云ひ︑此四大に著て又假の四大︑實の四大を舜ち︑假の四大とは物質こしての四大を云ひ實

の四大εは勢力の四大を云ふ︑而して此實の四大を勢力の四大と云ふは︑堅︑灘︑媛︑動の四種の勢力を云ふもの

にして之を不可見のものξなす即ち宇宙問に物を墜めるカあるは地大なり︑物を湿すカあるは水大なり︑物の媛ま

る力あるは火大なり︑物の動くカあるば風大なウ︑即ち此四種の勢力の本髄を實の四大ご云ふにあり︑又々の四大

を物質の四大ご云ふは土ざ水ご火ご風こなか︑此四大が吾人々類の身艦を組成するご云ふを以て佛房中の馨術の基

礎ご座す︑・今之を入身組織の上より見るに入謄を形成する多くの筋肉及骨騎は地大にして涙︑睡︑誕︑血︑尿︑鼻

汁の如きは水大なり︑漉入の膿温々火大にして︑呼吸する氣献詠運動の出來・得るは風大改りご云ふ︑象れ四大所成

説なり此四大所成説は佛典麗の讐備を説く病理學を構成せり︑即ち此四大所墨壷と病理學の關係を簡箪に読明する格のを

(28)

旧きに病状論に掲げし渋三珠林の説明こす︑重ねて之を書くれば

  夫三界遽鑛︑六道繁興︑莫不払四大相︑資五根成髄︑聚則爲身︑散則飾室︑然風火性殊︑地水質異︑各稔其分︑

  皆欲求適︑求適姦既難︑質調和之乖爲易︑一楽調四大倶損︑   .   一

なり︑之を叢礎こし此よう種々に演繹して説撫せるものを佛歪面の病理学・こなす︑柳か此か説明を諸経論より取り

て列記せんに

先っ行事抄には    ニ シ  四大互反ムハ府⁝成レ病川︑

ビ云ひ︑金光明経には

  四大諸根︑衰損代謝︑而得二諸病噛

巴云い︑佛馨経には

       ハ    リ       ノ  入身中本有二四病︷一嵩地︑二者水︑三者火︑溢者風︑風増氣起︑火増露悪︑水増寒起︑土壇力盛︑本從唾壷四病噛起二四

  百四病囲云云︑

ε云ひ︑修行道地維には       デロニスニリノ ニスル  テスルニチ  其人身中︑因レ風趨レ病︑有二百一種︷寒雨二合︑各有二百ζ凡合二計之一四百四病云云

と云ひ︑ホ止親には.

  一大不調︑百一趨病︑四大不調︑四百四病一疇倶動︑

ざ云ひ︑翻諜名義集には大智三論を引きて

一  一側一中例副翻一⁝−一︐−⁝一      一一七

(29)

三三陣の聲術二八       ロス  智二日︑輯百四病者︑四大爲レ身︑星学侵害︑一一大中︑百一弄瓦︑冷病有ニニ百二h水風起故︑熟病有二二百二へ地火

  起故︑

と云ひ︑更に佛馨経によウて之を諸種の病に配属すれば

  地増力盛一身の病を登し

  水増寒起  口の病を登し

  火.増熟起一眼の病を襲し

  風増氣起−1茸の病を登し

  火少塞多f目冥らむ

εあり︑而して又年中の四期に配して寒熟風病の爽し易きを示し︑之を法苑下林には

  春  正月二月三月 一寒多

  夏   四月五月山ハ月一風多

  秋  七月入月九月i熟多

  冬  ︑十月十一月十二月−有風有寒

ご云ひ︑其理由ざして

  春寒多者  以二萬物皆生閣寒出故

  夏風多者  以二萬物榮華一陰陽合聚故

  秋熟多者凋以二萬物戒熟故

(30)

  多有風有寒者i以二萬物終亡フ熟故

と云ひ︑更に四期の人身に及ぼす特顯を示して

  三月四月五月⊥ハ月七月︑時得レ臥︑雪景故︑以二恩多一故身放︑入月九月十月十一月十二月︑不・時不得臥︑何以故︑

  以二寒多一故自縮︑

と云へり

此の如く佛瘤々の病理學を論ずるの基礎は四大勝成説より割り出せる想説なりと云ふべし︑濡れこも此病理學を以

て立てる馨術か兎に角印度及ひ支那等の病者を少なくも二千鯨年間救ひ寂りしご思ぺは幾分置目の學術を以て精査

するも一種の研究事蹟こして堂叉面自き業ならすごせんや

        麗  病   種

前に論せし病理に順ぜは病葉亦四百四病あ参ε謂はざるを得ず︑曰く地大病水大病火大病風大病︑此四種の培減に

よりて各百鴫の病を生し合計四百四病を成するは勿論なる愁︑佛劇中には街四百四病以外に数多き病名を列記せり︑

即ち佛激が宜敷ざして立つを以て自ら宗敏的救濟を受くる竜のを諮亦魚種に数へらる︑今寛典上に於ける病種を見

るに大約二種に身ち更に之を種々に暮夜するか如し︑先つ其第一の塩類には身の病ご心の病ごに高分し︑其身の病

置は今日の所謂生理上の病を云ふ愁のにして心の病とは所謂心理上偏理上の病を云ふ格のなり︑此身心二種に病種

を分類するものを翠くれは︑誉婆経に繹奪か誉婆に幽しての物語を載する中

       チ  のア       ア       ニ    テ 與レ汝於二前世一有約︑爾葡而治二身病︷我行軍治二心病h共提携除川海苔幡h

ど云へるも病種を身心二病に分てる一例なり︑其他四諦論には

佛典中の轡術二九

(31)

佛典申の享徳

  病有呂二種︷一身︑二心︑

巴云ひ︑其身病に復二種を舜ちて       チリ  豊強復有月島種二因二名相蓮一名二畿内起﹃二曲二他主醐一名二縁外起h護身病者︑由レ名駅い慮有二差別一音︑品類多類︑

とあり︑亦其心病にも二種を分ち

  乃至心病者︑湖棚邪妄一起︑謂憂煩等︑此病亦有二二種h脳弓山内境一名二内鞘蔽h愚察レ外蓋レ境︑名画外密蔵h由レ名因レ腱

  有差別故︑品類多種︑

とありて︑其心病の中には貧︑瞳︑慢︑擬︑見︑疑︑謂︑曲︑欺︑誼等を歎へり

其他身病に就ては含頭諌経には

  歎病︑上氣︑風震︑熟病︑

の四種を墨け︑四諦経三懇には爾諸種の病名を基けたり︑此外大智暴論には身病を前世業報病ご今世特登病との二

種に分ちて

  病有二二種︷先世行業報故得二種々病㌦今世凍熟藍碧故塁得二種々病門

巴云ひ︑其今世病を内外科こも謂ふへき二種に舜ちて

         今世病有二種︑一尉内病︑五臓不調︑結堅宿疾︑二者外病奔車逸馬︑推墜墜落︑兵刃刀杖種々諸病︑

εあり︑近來姉崎博士の物せられだる中央公論の一.節には印度當代の病名を列記して

  癖摩窒斯︑痔疾︑鰍衝︑加太雷︑關節痛︑喧蹴︑下痢︑痛風︑蜜尿病︑黄疽病︑.鯛虫︑酒客紫藍︑皮膚登疹︑

  赤痢︑癖療等

(32)

を畢く︑以て印度當代の病種の大概を知るに足らん欺

第 十佛典中の.病因論

謙諜名義集a病を治する方法を明にするには既に深く病源の起登する所を知りて常さに方法を得して之を治すへし

とあり︑叉善生経には行きて病を着︑方を案じ診親て病の所在を知り悪所に随ふて療治すべしごあう︐良馨の理法

と云ひ治病の四善巧にも病を治するには病状を知るビ同時に病因を究むるを要εす︑故に鼓に諸経田中より病因を

説くものを塞けんに︑止観には病起の六業こし

  一内四大不調なるごき 二︑飲食を節せさるざき 三︑坐輝の調はさるεき 四︑鬼の便を得るごき

  五︑魔の爲す所 ︵六・暑︶

によりて病を登するこざを説き︑佛讐経には病起の十因を基けて

  人病を得るに十の因縁めり︑一には久しく坐して立力さるεき︑二には食貸すこごなきごを︑三には憂愁るご

  き︑四には疲れ極まるごき︑五に季冬呈するごき︑六には瞑患れるごき︑七には大便を怨ふとき︑八には小便

  を恐ふ£き馬九には上風︵息︶を制するごき.︑.十には下風︵放屍︶を制するごき︑

に病を登すと説き︑藥師本願経には横死の因縁を説く中に

  遊猟︑放逸︑嫡事︑飲酒等に耽りて度なき爲に害せらる︑を横死と云ひ︑叉

  飢渦に困りて死するを横死ご云ひ︑叉

  厭濤︑毒藥等にありて害せらる\を横死ε云ふ︑

    佛典申の二三       ⁝

(33)

佛典申の謄徳.三二

とあり︑其他九⁝横経にも横死の九因を暴くる中

  一には食ふへからさるを食ふ時︑二には飲食を量らさる時︑三には冬ご夏ごを知らず︑他國に至・9俗風を知ち

  ずして食いて清︵化︶せさる時︑四には前壁の未力溝せさるに重ねて食ひ且つ藥を服せざる時︑五には大小︵便︶

  の來れるに是を爲さマる時︑︵六︑七︑入︑九︑省暑︶

即ち横死する旨を説く︑倒れ亦病趨の因縁を説くものなり︑且つまπ信砥律には横死の因縁を説く申に

  一には盆なき食ビ知りて貧り食するごき︑二にハ卸量知らすして食する時︑三にハ内食の未π消︵化︶せさるに

  食するごき︑四に寒食未尤消︵化︶せきるに嘔吐するごき︑五にハ已に消して出すへきを強て持つεき︑︵六︑七︑

  省署︶︑入には要心を僻怠るごき︑︵九︑署︶

横死すご云ふ︑是非病起の因とするに足れφ

第十嘱佛典中の署療論

    一 留  術   二 投  藥

翻鐸名義集に

  明二治病方法論既深知二病源起螢門當下作二方法︼治上之︑治病婦法︑乃有二多途h

ビ云ふ込要するに弓術ご投藥この二途のみ︑故に今此二項に就て少しく述へ以て讐再論εせん

        一 馨  術

諸経諸論に良讐の四法に次て入術を説く︑即ち金七十論には八分等方・所レ説能界二身苦一ど云ひ全書備考には之を解

参照

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報  告  者 患者年齢 経産轍 前産難易 破裂前胎児位置 破裂駒﹁陣痛持績 骨盤 診   噺 破裂ノ原因 手術迄ノ時間 手  術轄  蹄 木下 正 中 明治三十七年 三十一年ニケ月 三

   ︵大阪讐學會雑誌第十五巻第七號︶

Matsui 2006, Text D)が Ch/U 7214

、肩 かた 深 ふかさ を掛け合わせて、ある定数で 割り、積石数を算出する近似計算法が 使われるようになりました。この定数は船

平 成十年 度(第二 十一回 ) ・剣舞の部幼年の部 深谷俊文(愛知)少年の部 天野由希子(愛知)青年の部 林 季永子(茨城) ○

目について︑一九九四年︱二月二 0

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