ケインズの科学的方法について
小畑 二郎
【要旨】
この論文では,ケインズ理論の科学的方法について検討する.その際にカール・
ポパーによって始められた科学的方法論を主として参考にする.
ケインズは,その時々の政治経済的な係争問題(issue)に対処するために,時 機に応じた経済理論モデルを設定し,そのモデルに基づいて政策当局に対して経 済政策を提言し,その政策が実施された場合の効果または帰結について検討する という研究方法をとった.このような方法は,ポパーの科学論における反証主義 または試行錯誤の科学的方法に類似する.またケインズは,『一般理論』の書評に 答えた「雇用の一般理論」(『ケインズ全集第14巻』所収)において,彼自身の経 済学研究の「基本的考え方」とその「特別な型」とを区別する方法論を示した.
これは,ラカトシュ科学論における「研究計画の中核」と「周辺理論」の区別に 相当する.
このような理解から,本論文では,ケインズの貨幣に関する3部作において示 された科学的研究過程について検討する.また第2次大戦後,とくに1970年代 以降のケインズ政策の有効性についても検討する.
そのような検討をふまえて,ケインズの金融政策は,変動相場制のもとで為替 レートを変更することを通じて,現代の経済においても効果を発揮すること,お よび,ヒックスの多時限的な金融政策によって補完されることによって,その効 果をさらに高めるであろうことを指摘する.しかし他方で,ヒックスによる金融 政策の効果の非対称性に関する指摘や,ハイエクによる社会主義批判が,政府財 政の肥大化した現代の資本主義経済に対しても妥当することを考慮するならば,
金融緩和による雇用促進策や財政政策,特に増税による財政再建策に関しては,
その効果はあまり期待できないことについて述べていく.
【キーワード】 ケインズ理論,ケインズ政策,ポパー科学論,反証(反駁),試行
錯誤(T&E)法,政策転換,金融政策,財政々策の効果,増税反対.
1. 問題の限定と本論の構成
この論文は,ケインズの経済学および経済政策の科学的方法について,カール・
ポパーの科学的発見の論理を参考にしながら,再検討しようとするものである.
またそのような検討をふまえて,ケインズ政策の現代における有効性に関する問 題点を指摘することができればと考えている.
ケインズ政策については,マネタリストによる一連の批判を通じて,1980年代 から1990年代の一時期にその信頼性が失われつつあったが,とくにリーマン ショック以降の不況局面において,再びその有効性を回復しつつあるかのように 通俗的には考えられている.さらに現在のアベノミックスにおいては,ケインズ 政策は,あたかも往年の影響力を取り戻したかのような観さえある.このような ケインズ政策に対する再評価は,経済学の歴史を研究する者にとっては歓迎すべ きことではあるが,それを単なる一過性の流行に終わらせてしてしまわないため にも,ケインズ経済学およびケインズ政策に関する科学的な再検討が必要となる.
本論文では,経済学の歴史を研究する立場から,ケインズ経済学やケインズ政 策の科学的な基盤について再検討していきたい.その際に,ポパーから出発する 科学的方法に関する現代の議論を参考規準とする.それは,主としてケインズ自 身が経済学研究においてポパーの科学的方法に従っていたからではなく,ケイン ズの経済学や経済政策について再検討するときに,科学的方法に関するポパー以 来の一連の議論が参考になると思われるからである.
このような研究を通じて期待される成果についてあらかじめ述べておけば,そ れは,ケインズ政策に関する積極的な評価と消極的な評価の両方に及んでいる.
その積極的評価として期待されることは,ケインズ本来の金融政策の有効性が現 代において見直されるようになったことである.またその消極的側面については,
財政政策を含む政府の役割に関しては,なお吟味されなければならない問題が残 されているのではないかということが指摘できる.
本論は次のように構成される.まず,2.ポパーの科学論が検討される.ポパー の科学論について,これまでは,その反証主義が強調されてきたが,科学的発見 のプロセス全体について見るならば,むしろ問題の発見に始まる科学の試行錯誤 の全過程の中で反証の役割が適切に位置づけ直されなくてはならない.続いて,
3.ケインズの著作の中に見られる科学的方法について検討される.科学的方法に ついてケインズ自身によって述べられたいくつかの論考がここで検討される.そ して,ケインズの貨幣の3部作に見られる経済理論と経済政策をめぐる試行錯誤 の過程が分析される.そして,4.第2次世界大戦後のケインズ政策が再検討され,
金融政策に関しては,ヒックスの流動性の積極理論によって補完されるならば,
現代における有効な経済政策として復活するであろうということが主張される.
しかし,財政政策を含む政府の役割に関しては,過去20〜30年間の批判を参考 にして再検討されなければならないことが指摘される.
2. ポパーの科学的発見の論理と経済学への応用 2‒1. ポパー科学論の要点
ポパーの科学方法論について,ひとまず次の2点に要約しておこう.
1) 科学的研究とそれ以外の研究との区別(科学と疑似科学との境界)を明らか にするためには,すべての科学的命題が「反証可能(refutable)」でなけれ ばならないという規準が守られなければならない1.いいかえれば,すべて の科学的な理論は,その理論(普遍命題)から演繹される特殊命題が反証
(falsify)または反駁(refute)されることによって,理論が棄却できるよう に構成されていなければならない.ここで反証または反駁というのは,ポ
1 科学の境界問題に関するポパーの見解については,Popper (1934/1959) Chap. IV Falsifiability, pp. 78–92 を参照.
パーによれば,経験的な事実によって理論が導く何らかの言明が否定され るか,または批判的討論によってその理論が修正または棄却されることを 指している.すなわち,科学的命題は,その普遍的な命題から演繹される 特殊命題が経験的事実によって反証または反駁できるのでない限り,科学 的命題としての資格を失うという規準が,ポパーによって示されたのであ る.
2) 科学的な研究は,すべて次のような試行錯誤(trial and error)の過程に従 う2.
(問題の発見)P1―(暫定的な理論の設定)TT―(誤りの排除または批判的 討論)EE/CD―理論の修正(TT’)または 新しい問題の発見(P2)
科学的研究の資格に関する1)の定義が,2)の試行錯誤の過程の第3段階の「誤 りの排除(EE)または批判的討論(CD)」に焦点を当てたものであったのに対し て,2)の定義は,科学的研究の全過程を覆うものである.その意味で,前のほう の定義が静学的または短期的なの科学の規準であったのに対して,後の定義は動 学的または長期的な科学の規準であるといえる.
科学は経験的な事実に関する観察や実験から始まるとこれまで考えられてきた が,それは素朴な帰納主義(ベーコン主義)の誤りである.観察や実験が可能にな るためにはまず問題が発見されていなければならない.そして,それらの問題を 解決するために科学理論が発明される.しかし,その科学理論はあくまでも暫定 的な仮の理論であって,最終的な結論ではない.すべての理論は,反証または反 駁によっていつでも棄却されなければならない仮の暫定的な理論にすぎない.
科学理論は,論理実証主義者たちが言うようには,経験的な事実によって実証
(verify)されることはない.それは,経験的事実によって,ただ反証(falsify)さ れるだけである.あるいは,自由な批判的な討論を通じて,反駁(refute)される
2 科学的研究の試行錯誤の過程については,Popper (1963) Ch. 8 ‘On the Status of Science and of Metaphysics’, pp. 184–200. および Popper (1969) pp. 181–200を見 よ.
だけである.科学的理論は,このように反証または批判的討論(Critical Discus- sion)をつうじて,その誤りを正したり(Error-Elimination),あるいは,当初の 仮の理論を修正したりされなければならない.さもなければ,誤りの排除(EE) または批判的討論(CD)を通じて,これまでとは違った新しい問題が発見される かもしれない.ただし,そのような新しい問題(P2)は,以前の問題(P1)よりも 広い範囲にわたる解答を要求するより豊かな問題になっていなければならない.
こうして試行錯誤の過程に従う科学的研究は,より豊かな問題に対するより良 い理論を導き出しながら,より良い解決を示唆していくことが期待される.また,
ある理論が受け入れられるのは,その理論が決定的な反証または反駁を受けてい ない間だけであり,この間は,研究のいわば「休息期間」であり,ポパーによれ ば,その理論は実証(verify)されたのではなく,しばらくの間,確証(corrobo- rate)されているにすぎない.あるいは,その理論は,まだ反証または反駁され ていない状態にある,といってもよい.
このようなポパーの科学的研究の試行錯誤と反証 / 反駁の過程は,科学的研究 だけでなく,合理的な企業経営などに対しても,広い範囲にわたって応用される であろう.なぜならば,人間の合理的な行動は,そのことが意識されているか否 かにかかわらず,このような試行錯誤の過程に従ってきたからである.
2‒2. ポパー科学論に対する批判
ポパーの科学論は,『科学的発見の論理』3 の発表以来,自然科学や社会科学の 広い分野にわたって,科学的研究の規準を示すものとして尊重されてきた.しか し,この理論については,有力な2つの批判ないし修正が加えられた.それは,
クーンの「科学革命の理論」とラカトシュの「リサーチ・プログラム論」の2つ であった.
2‒2‒1. クーンによる科学革命またはパラダイム転換論
トーマス・クーンは,これまでの近代の科学,とりわけ物理学と天文学などの
3 Popper (1934/1959)
自然科学の歴史を研究した結果,それらがポパーのいうような単純な仮説―反証 の過程に従ってこなかったことを発見して,ポパーの科学論を批判した4.クーン の研究によれば,科学的研究のこれまでの歴史においては,何らかの有力な学説
(パラダイム)が唱えられて,その学説が広く受け入れられるようになると,その 学説に同調する研究者たちによる「パラダイム集団」が形成される.この「パラ ダイム集団」は,正式の学会によって組織されることもあるが,そのような組織 がない場合にも,研究者相互のゆるやかな結合体として形成される.
この「パラダイム集団」に属する研究者たちは,普段は彼らの研究に対して目 標を与えた学説の提示する特殊な問題を解くための研究(「パズル解き」)に専念す る.このような研究は,「パラダイム集団」内で相互に連携し合いながらも,それ ぞれ独立に行われる.そして,その学説から演繹される特殊命題に対して有力な 反証または反駁が加えられたとしても,その中心にある学説はそのような批判に 対して応じることはほとんどない.その学説は,反証または反駁に対応して棄却 もしくは修正されるどころか,「パラダイム集団」の研究者たちは,自分たちの個 別的な研究(「パズル解き」)にますます没頭し続ける.こうして,ポパーの反証ま たは反駁は,「パラダイム集団」の理論体系の誤りを排除したり,新しい問題を発 見したりするような契機にはなってこなかった.例えば,地動説に対しては,そ の学説が唱えられた当初から,数多くの反証や反駁が加えられてきたが,その学 説は棄却されなかった.このことは,天文学の発展のためには幸いなことであっ た.もし地動説が反証によって棄却されていたとしたならば,今日の天文学の発 展はなかったかもしれない.
その中心にある学説が見直されるようになるのは,その学説に対する反証や反 駁が,この「パラダイム集団」をそれ以上維持することができなくなるまで数多 く積み重ねられたときに限られる.このようなときに,いわゆる「パラダイム転 換」が引き起こされる.だが,このようなパラダイム転換は,ポパーのような合 理的な試行錯誤の過程に従うわけではなく,むしろ研究者集団の社会心理的な要 因による引き起こされる.
4 Kuhn(1962) Ch. 12 pp. 162–179. および(1965) ‘Logic of Discovery or Psychology of Research?’ in Lakatos, Musgrave (1965) pp. 1–23.を参照.
以上のようなクーンの「パラダイム論」は,ポパーの科学論に対する反証とし て,1970年代にその「パラダイム転換」という流行語とともに,科学革命の動機 を明らかにするものとして,一時期,広く受け入れられた.
2‒2‒2. ラカトシュの「リサーチ・プログラム論」
かつてポパーの学生であったイムレ・ラカトシュは,以上のようなクーンのパ ラダイム論の問題提起を踏まえて,クーンによるポパー批判を部分的には認めな がらも,基本的にはポパーの科学論を支持した.
これまでの科学的研究の多くが反証や反駁によって見直されることがほとんど なかったのは,科学的理論の多くが反証や反駁を受け入れる部分と,それを受け 入れない部分との二重構造によって形成されてきたからである.すなわち,これ までの有力な科学的理論は,次のような研究計画(リサーチ・プログラム,RP) によって構成されてきた.その中核には,その理論体系を形作る中心的な理論も しくは問題群が位置し,その周辺には,中心的な理論もしくは問題群によって導 かれた特殊な理論が配置されてきた.そして反証や反駁を受け入れるのは,この 周辺理論に限られ,その中心的な理論や問題群はそのような反証や反駁を受けな いようにできていた.
例えば,ニュートン物理学の体系は,その中心にニュートン力学が位置づけら れるが,その周辺にさまざまな特殊な物理法則が発見されてきた.経験的事実や 批判的討論による反証や反駁は,この周辺的な物理法則に対して,その修正や廃 止を迫ってきたが,その中核にあるニュートン力学の考え方は長年にわたって維 持され,近代物理学研究の指針とされてきた.
科学的理論は,このように,反証不能な中核理論もしくは問題群と,反証可能 な周辺理論(ラカトシュ自身の言葉では,「防御帯protective belt」)との二重構 造をもつ研究計画によって構成されてきた.このような科学のあり方を認めれば,
クーンの言うような「パラダイム集団」が形成されたり,反証または反駁によっ て科学的理論が修正を受けたり受けなかったりするのは何故かということについ ても説明がつく.したがって,ポパーの科学論が明らかにしたように,すべての 科学的理論が反証や反駁によって,誤りを正したり,問題を変えたりするわけで
はなく,そのような過程をたどるのは,科学的研究のごく一部にすぎないことが 分かる.しかし,科学の研究計画の周辺部分は絶えず反証や反駁を受け,またそ の中核部分に関してもクーンのいう「パラダイム転換」が起こるので,ポパーが 明らかにした科学的研究の試行錯誤の過程は,なお科学研究を律する規範として 支持される.ラカトシュは,このように,クーンによる批判を認めながらも,な おかつポパーの科学的発見の論理を基本的には支持したのである.
2‒3. ポパーによる反論と経済学への適用
2‒3‒1. 根岸『経済学の歴史』におけるラカトシュ理論の適用
以上のようなポパーの科学論と,クーンやラカトシュによる批判とを踏まえて,
経済学の歴史研究に関して,根岸隆教授によってラカトシュの科学論を支持する 見解が示された5.
根岸教授は,『経済学の歴史』の第1章―1「経済学史の意義」のなかで,経済 学の歴史を理解するためには,ラカトシュの科学論に依拠することが有効である ことを述べている.根岸によれば,ポパーの反証主義も,またクーンの「パラダ イム論」も,経済学の科学的側面を基礎づけるためには,適切な規準にはなりに くい.というのも,経済学の歴史においては,反証や反駁を何度も受けてきたよ うなリカードやマルクスの理論などが,そのような反証や反駁にもかかわらず支 持され続けてきたからである.また経済学においては複数の教義がいまだに併存 し,それぞれ固有の学派を形成している.このような経済学研究の現状を単なる イデオロギー的な対立として理解してしまわないためには,複数の研究計画の存 続を認めるラカトシュの科学論が規準とされるべきである6.
またラカトシュの科学論を経済学の歴史の研究の規準とすることは,経済学の 将来の発展のためにもなる.なぜならば,経済学においては,一度棄却されたか に思われた理論が,経済条件の歴史的変化に応じて再び見直されることがしばし
5 根岸(1989) pp. 3–7. またヒックスも主としてラカトシュの科学論を基準として,経 済学の歴史を研究する意義について明らかにしている.この点については,Hicks
‘Revolution in Economics’, in (1983) pp. 3–16 を参照.
6 根岸,同上書,pp. 4–5.
ばあるため,主流の経済学の予備軍として,多様な経済学の考え方を温存してお くことが得策となるからである.
これに対して,ポパーの科学論を厳密に適用すれば,一度反証や反駁を受けた 理論体系は,二度と復活することができないことになり,経済学の歴史的な研究 に対して有意義な価値を認める規準にはならない.また,クーンの科学論は,理 論体系の「パラダイム転換」の可能性を支持した点では,科学的研究に一定の展 望を開いたことは認めるが,複数のパラダイムの存在を認める根拠に関しては,
合理的な説明がなされているとは言い難い.
これらの科学論に対して,ラカトシュの科学論は,複数の理論体系(リサーチ・
プログラム)の存続を正当化しており,しかもその根拠を研究計画の中核が反証 を受けない点に求め,経済学の歴史的研究に有意義な理由づけを与えている.前 述のように,経済学の歴史においては,複数の理論体系がその中核に研究計画の 中心的な理論を配置し,その周辺に反証可能な特殊な諸理論を備えてきた.この ような経済学の歴史を理解するためには,ラカトシュの「リサーチ・プログラム 論」がぴったりと当てはまる.おおよそ以上のように,根岸教授は,経済学の歴 史研究のために,ラカトシュの科学論を適用することを支持したのである.
2‒3‒2. クーン,ラカトシュの科学論に対するポパーによる反論
クーンやラカトシュの科学論に対して,ポパーは次のように反論し,自らの科 学論の正当性を訴えた7.まず,クーンの「パラダイム論」については,これまで の実際の科学の歴史が仮説―演繹―反証の原則に従ってこなかったのは,多くの 研究者たちが反証に対して「言い逃れ」の手段を駆使してきたからである.例え ば自ら指示する理論にとって不都合な観察結果が報告されたとしても,その観察 の正確性に対する不信を表明したり,観察手続きを批判したり,あるいは,補助 仮説を使って巧みに反駁から逃れてきた.このような手段は,とくに実験や観察 の難しい社会科学の分野で多用されてきた.この分野での因果関係が複雑である
7 クーン,ラカトシュに対するポパーの反論については,Popper (1974) ‘Kuhn on the Normality of Normal Science’, in Schilpp (1974) pp. 1144–1147. および ‘Lakatos on the Equal Status of Newton’s and Freud’s Theories’, in Ibid. pp. 999–1012
ことも,反証を回避する手段が取られる理由になってきた.
また自然科学の分野でも,反証の手続きが次のような手続きを取るために,反 証が難しくなることもある.すなわち,ある理論(普遍命題)が反証可能になるた めには,初期条件を設定した上でその理論から演繹される特殊命題に対して反証 が試みられなければならない.例えば,重力の法則については,真空状態という 初期条件を設けて,物体の落下について実験が繰り返されることになる.このよ うな実験の結果は,その初期条件によって大きく左右されるために,反証を受け た場合にも初期条件を変えることによって,理論そのものを変えることなく実験 が繰り返される.このような事情があるために,科学的理論の反証が,実際には 単純に作用しないことが多い.したがって,実際の科学の歴史研究からクーンの ような反論が出てくることは,当然予想できることであった.
しかし,ポパーは,実際の科学の歴史が反証または反駁に従ってこなかったと いう事実を認めたとしても,それによって,彼の科学論の正当性が失われたとは 考えなかった.なぜならば,科学論は,そもそも実際の科学の歴史に関する経験 科学ではない.科学的方法論は,むしろ科学者たちが自分たちの研究を律する自 主的な規則もしくは規範であるといってよい.言い換えれば,それは,科学者た ちによる「約束または慣習(convention)」である.したがって,これまで多くの 科学者たちがポパーの言うような反証または反駁の過程に従ってこなかったとし ても,それはこれまでの科学の欠陥にはなれ,科学の資格要件に関する正当な根 拠にはならない.
クーンの「パラダイム論」は,科学的研究とそれ以外の研究との区別(境界)を 曖昧にするだけでなく,科学者と科学的研究によって先導される自由な社会の実 現にとって重大な障害となる.なぜならば,自由な社会にとって最大の敵は権威 主義とそれを容認する真理に対する相対主義であるが,クーンの科学論はそのよ うな自由社会の敵を利する弁護論を提供するからである.すなわち,自由社会に 対するもっとも手ごわい敵は,科学を中心とする自由な批判的討論を抑圧するあ らゆる種類の権威主義であり,またそのような権威主義を側面から弁護するのは,
究極的な真理は探究不可能だとして,誤った理論による権威づけを消極的に容認 する相対主義である.クーンの説く「パラダイム集団」を容認することは,この
ような権威主義を弁護することにつながる.これまでのあらゆる種類の全体主義 は,このような権威主義的な真理の独占を積極的または消極的に弁護し,その権 威に挑戦する科学的研究の自由で開かれた討論の意義を軽視する人々によって支 えられてきたのである.ポパーは,いかなる権威に対しても異議を申し立て,究 極的真理に対するあくなき探求を目的とする科学的研究を支持し続けた.
他方でポパーは,ポパーの科学論に部分的に同調したラカトシュの科学論に対 しても反論した.ラカトシュの「リサーチ・プログラム論」もまた,クーンの「パ ラダイム論」と同じく,科学の境界問題の解決を不可能にし,真理の相対主義と 権威主義とに道を開く危険をもつ.じつは,ポパーの科学論は,当初から,理論 に対する反証や反駁の過程が単純でないことを認めた上で,それにもかかわらず,
それによって科学の境界をあいまいにしないための議論を展開していたのであり,
クーンやラカトシュの反論を予測していたのである8.
2‒3‒3. 経済学の歴史を理解するためのポパーによる試行錯誤の過程
私は,以上のような科学論を巡る主要な論争を検討した上で,経済学の歴史を 研究する規準として,ポパーの科学論,とくに彼が研究の後半で強調したような 科学の試行錯誤の過程を重視する見解を支持したい.ラカトシュのリサーチ・プ ログラム論は,ポパーの科学論の一部を構成するかぎりで支持される.その理由 は以下のようである.
1) 経済学の歴史における理論の発展過程を検討すれば,それが様々な学説の 提出とそれらに対する批判や論争によって進められてきたことが分かる.
また,貨幣的経済学の一部については,客観的データによる反証によって,
理論が棄却されたり,再検討もしくは修正されたりする例が数多くあった.
したがって,経済学においても,ポパーの科学論における反証または反駁 が有効であったし,これからも有効であろう.
2) たしかに経済学においては,実験や観察のできる事柄はその一部に限られ ている.その理由は,貨幣による客観的な測定が多くの場合に難しいこと,
8 この点については,Popper (1934) Ch. 2 ‘On the Problem of a Theory of Experi- ence’, pp. 49–59.参照.
および,経済学の主張する因果関係は時間と密接に結びついていて,時間 の経過を考慮して因果関係を確定することが難しいことなどにある.しか し,貨幣そのもの以外にも貨幣賃金率や利子率などの貨幣的・客観的な尺 度は,他の社会科学分野に比べて得られやすいし,また時間的な要素につ いても,様々な種類の財ストックの調整に応じて時間の初期設定を工夫す ることによって,時間を通じた因果関係について研究することは可能であ る.したがって,この点でも,ポパー科学論による反証可能性の要求に応 じることができる.
3) 経済学の歴史においては,主要な経済理論の転換や交替が,反証や反駁に よるだけでなく,問題そのものの転換や革新によって引き起こされてきた.
ポパーの科学論における科学の試行錯誤の過程は,この点でも,経済学の 科学としての発展過程を論ずる際に参考になる.
4) 経済学は物質に関する研究ではなく,目的意識や価値観などによって動機 づけられた人間の行動に関する研究であるから,自然科学と同じ方法によっ て律することはできない,という議論がしばしばなされる.このような議 論は,もちろん正当である.しかし,人間の経済的行動に関しても,何ら かの問題を発見して,その問題の解決のために仮の理論を考え,その理論 に従って問題の実際の解決に当たり,もしうまくいかなければ理論を見直 したり,問題の立て方を変えたりする,というような合理的な側面がある.
このようなことを検討すると,ポパーによる科学の試行錯誤の過程は,単 に科学の研究過程だけでなく,合理的な企業行動など,あらゆる人間の合 理的行動を律する規範に拡張することができる.このような行動規範は,
ケインズの「アニマル・スピリット」を包含しつつ,それをさらに発展さ せる有望な原理になりうる.
5) たしかに,人間の実際の行動に関しては,期待通りにならなかったり,意 外な結果となったりすることが多い.このような点に関しても,ポパーは
「オイディプス効果」と呼んで,試行錯誤の過程の中に位置づけている.こ こで「オイディプス効果」というのは,ギリシャ神話の有名なオイディプ ス王の悲劇から得られた教訓である.このほかにも,これまで,男子がそ
の成長過程で母親を偏愛し,父親を憎むようになるフロイド心理学の「エ ディプス・コンプレックス」や,予言や期待がそのまま現実の結果になっ て実現することを捉えた経済学における合理的期待仮説などに教訓を与え てきた.ポパーは,人間の行動は,期待どおりの結果を生まずに,思わぬ 効果をもたらすこと,またそのような「サプライズ」をきっかけとして,
新しい理論や問題が発見されることを表現するために,このオイディプス 王の悲劇から教訓を引き出した.経済学における超長期の問題を論じると きには,とくにこの「オイディプス効果」が参考になると,私は考える.
2‒4. ポパー科学的発見の論理の再定式化
このように見てくると,ポパーの科学論は,経済学の歴史を研究するときにも 参考になる規範を提供することが分かってくる.そこで,あらためてポパーによ る科学的発見の試行錯誤の過程の要点について検討し,経済学に応用するときの 注意点を述べてみよう.
2‒4‒1. 問題の発見(P1)
科学的研究は,まず問題の発見から始まる.科学的研究だけでなく,より良い 環境や生活条件を求める人間の合理的行動のすべては,問題の発見に始まるといっ てよい9.経済行動の動機である欲望の充足も,既存の状態によっては特定の欲望 が十分に満たされていないという問題の発見から始まる.
このようなことは,資本主義経済の発展の理論にも適応される.なぜなら市場 経済は,いうまでもなくより多くの利潤を求める資本主義的企業によって発展し てきたが,そのような発展は,未知の世界に挑戦する企業家たちの行動によって 促進されてきたからである.そのような意味では,物理的世界や地理上の世界に おける「新大陸」を発見したガリレオやコロンブスは,近代資本主義経済を支え てきた企業家たちの先駆者であったといってよい.彼らは,未知の世界の中に自
9 ポパーは,科学的発見の論理の研究から得られた知見をやがて生物進化の過程に応用し ていった.この点については,Popper (1972) Ch. 7「進化と知識の木」および(1992) Pt. 1 ‘On Knowledge’, pp. 3–98 を参照.
分たち自身の問題を発見し,そのような問題を解くために大胆な仮説を提示した 人たちだった.
ただし,そのような問題の発見は,必ずしもすべて科学的な論理に従ってきた わけではなかった.単なる欲望や必要を満たすために問題が発見されることもし ばしばあった.そのような場合には,欲望が満たされさえすれば,問題はとりあ えず解消された.したがって,科学的研究がその問題から発展することはほとん どなかった.また,それらが科学的問題にまで発展するときでさえ,それらの問 題は,科学以外の論理に従って発見されることも多かった.古代ギリシャの物理 学の最初の研究は,物質の起源や構成に関する空想から生まれたものであった.
また社会科学の初期の作品の多くは,将来社会に関するユートピアの構想から始 まった.この点に関連して,経済学においても,将来の社会に関するヴィジョン が研究の方向を決めるために如何に大切かについては,ケインズの『一般理論』
の最終章を読めば,理解されてくる10.
経済学における問題の発見は,多様なところからやってくる.思い当るところ を列挙すれば,それは,まず日常生活の単純な疑問からやってくる場合がある.
また新聞の経済記事に書かれたことと経済学の教科書の教えることとの違いに気 付くところから問題が発見されることもあるだろう.学問的な世界では,過去の 類似の問題解決の仕方に疑問を持つことから問題が始まることが多い.また既存 の理論からの演繹によって,その理論を特殊な事例にあてはめようとして意外な 結果が得られたとき,問題が考えだされることもあろう.いずれにしても,経済 学における問題については,ポパーの言うように,科学以外のところで発見され ることが意外と多いのである.
ポパーは,科学が普通考えられているようには観察や実験から出発しないこと を強調した.なぜならば,観察や実験は問題があって初めて可能になるのであり,
問題のない観察や実験はおよそありえないからである.観察や実験の積み重ねか
10 ケインズの「利子生活者の安楽死」に象徴される将来社会(New System)のヴィジョ ンは,低金利政策や有効需要拡大政策の導きの糸になったとも理解できる.この点に関 しては,Keynes (1936) Ch. 24 ‘Concluding Notes on the Philosophy towards which the General Theory might lead’, pp. 372–84.を参照.
ら理論が出てくると考えるのは,素朴な帰納主義の誤りである.
2‒4‒2. 暫定的な理論の設定(TT)
科学的研究の特徴は,発見された問題を解くために理論が発明されるところに ある.この点が,たんなる人間の行動一般と科学的研究とでは違うところである.
人間の行動一般について理解するためには,必ずしも理論を媒介する必要はなく,
過去の経験や慣習にしたがって実際の行動が実践に移され,現実の経験的世界と の関係が明らかとなる.これに対して科学的研究の場合には,問題の設定と実際 の行動との間に何らかの理論が必ず介在する.
ここで「理論」は,「パラダイム」という言葉に置き換えられてもかまわない が,しかし,クーンの言う「パラダイム集団」の形成は,科学的研究にとっては,
むしろ障害となることに注意しなければならない.なぜならば,科学的研究にお いて発明される理論は,あくまでも暫定的な仮説に過ぎず,反証や反駁によって いつでも棄却することが可能でなければならないが,その理論が「パラダイム集 団」によって権威づけられ,非合理的な集団心理によって保守されるならば,そ のような理論の自由な交代が妨害される可能性が出てくるからである.このこと は,経済学にとって重要な注意事項となる.というのも,経済学の学派である「パ ラダイム集団」も,自由な相互批判の精神を欠くならば,経済学の発展のための 障害となるからである.
ポパーは,理論の設定が経験的事実による検証や反証に先立たなくてはならな いと考える点で,カントのいわゆる「コペルニクス的転回」に同調する.カント は,ヒュームの帰納法に対する徹底的な懐疑によって覚醒されて,「コペルニクス 的転回」を遂げたのであるが,その「転回」の結果,理論は経験から引き出され るのではなく,経験に先立って設定されなければならないと考えるようになった.
カントの考え方によれば,経験的事実がいかに多く積み重ねられたとしても,そ こから何らかの普遍的な法則を引き出すことは不可能であり,その意味で帰納法 は科学的方法としては,存在できない.ポパーは,このような認識論に関してだ けでなく,実践理性に関連する多くの考え方に関しても,若い頃から生涯を通じ てカントの哲学に傾倒した.ただし,ニュートン物理学を科学の権威にまで高め
ようとしたカントに対しては厳しい批判を加えた11.
理論は,問題の設定を不可欠の前提としなければならないが,経験的事象によ る反証からは独立に,むしろそれに先立って作成されなければならない.カント やポパーのこのような考え方は,理論が経験的事実に関する多数の観察から引き 出されるとする帰納主義や,すべての理論が経験的事実によって実証されなけれ ばならないとする論理実証主義の考え方と決定的に異なっていた.しかし,ニュー トン物理学だけでなくアインシュタインの相対性理論でさえ,いかなる理論も永 遠に不滅な権威をもたないとする点で,ポパーの考え方は,ニュートン力学を権 威にまで高めたカントの科学論とは違っていた.
科学的理論の特徴は,あくまでもその理論が暫定的に維持されること,いいか えれば,一時的な仮説にすぎないことである.ポパーによれば,いかなる理論も,
絶対的な権威をもってはならない.このような科学に対する見方は,自由な社会 に対するポパーの考え方に基礎づけられていた.なぜならば,いかなる権威から の強制も原則的に受け入れないことが自由な科学的研究ばかりでなく,すべての 人間の私的自由や社会的自由の規準とされなければならないからである.このよ うな自由に対する考え方は,経済学の科学的研究のあり方に対しても,また経済 学の究極的目標に対しても,力強い指針を与える12.
最後にもう一つ,どのような理論が模範とされるかについてのポパーの考え方 を紹介しておこう.というのも,この点がケインズの確率論の考え方と関係して くるからである.ポパーによれば,反証や反駁を受ける危険が大きければ大きい ほど,その理論は良い理論であった.そして,それにもかかわらず反証や反駁に 長い間絶えることのできた理論が,科学的理論として最も優れている.このよう な考え方に立つと,論理的な確率が高い理論は,科学的には良い理論とは言えな い.なぜならば,最も論理確率の高い理論は,同義反復(トートロジー)の命題を
11 ポパーのカント哲学に対する傾倒と批判については,Popper (1934) pp. 27–30, およ び(1963) Ch. 7 ‘Kant’s Critique and Cosmology’, pp. 175–183. 184–193 を参照.
12 このような科学の自由と自由社会の実現との関係については,マイケル・ポランニーの 自由に関する見解と同調するであろう.ポランニーの見解については,Polanyi (1951/
1980) Ch. 3 ‘Foundations of Academic Freedom’, pp. 32–48.を見よ.
その中に含む理論であり,そのような理論は,ケインズの言うように倫理的な命 題としては良いかもしれないが,科学的理論としては,何事かを明らかにする危 険を冒しておらず,最も悪い理論である.科学的理論は,つねに不確実な未知の 真理に対して挑戦する命題を含まなければならない.このようにポパーの科学的 発見の論理は不確実性の問題と密接な関係を持っていたのである.
2‒4‒3. 反証または反駁による誤りの排除(EE)と批判的討論(CD)
科学的発見に関連する次の過程は,暫定的な理論から演繹された命題に対して 反証または反駁が加えられる過程である.ポパーの科学論を特徴づける「反証可 能性」という科学の規準を最も明解に示したのは,まさにこの過程であった.科 学的な理論は,できるだけ多くの内容を指示する普遍的な命題を持たなければな らないが,その理論が反証可能となるためには,特殊な命題をそこから演繹しな ければならない.いいかえれば,理論の普遍的命題は,経験的な事象によって反 証できるように,より特殊な命題へと応用されなければならない.例えば,「すべ てのカラスは黒い」という命題によって表わされる理論は,「2014年11月29日 の立教大学で観察されるカラスは黒い」13という特殊な命題へと応用されることに よって,初めて反証可能になる.もしこの日のこの場所で発見されたカラスが白 ければ,先の命題と理論とは,ともに棄却されなければならない.
これに対して,もしこの日のこの場所で発見されたカラスが黒ければ,この命 題と理論は,実証されたのではなく,今のところ反証に耐えて生き残っていると いえる.ポパーの言葉にいいかえれば,理論がそのような状態にあるとき,その 理論は,「確証されている(corroborated)」ことになる.このような反証の手続 きをつうじて,科学的研究は,自らの理論を厳しい試練にかけ,より内容が豊か で,かつ応用範囲の広い理論へと自らを鍛え上げていくことができる.
なおポパーは,彼の研究上の同盟者でもあったハイエクによる科学至上主義に 対する批判に応えて,経済学を含む社会科学に関しては,彼の科学論を若干修正 することになった.あるいは科学の規準を歴史学などの社会科学にまで拡張した,
13 この論文の趣旨は,この日に立教大学で開催された第4回ケインズ学会全国大会で初 めて披露された.
といったほうが良いのかもしれない.
ハイエクは,社会科学が自然科学の模倣をすることに伴う科学至上主義(‘Scien-
ticism’)の弊害が,とくに社会主義者による科学の乱用によって蔓延しているこ
とに対して警告を発した14.これに対して,ポパーは,社会主義者たちに対する ハイエクの批判には同調しながらも,ハイエクの科学に対する理解のうちには,
自然科学に対する誤解が含まれているとして,社会科学も自然科学から学ばなけ ればならないことを主張した.またハイエクの社会設計主義批判に対して,漸次 的 / 部分的な社会改良(Piecemeal Social Engineering)の有効性を弁護した15. この論争は,経済政策の有効性を主張するケインズ経済学にとっては極めて重要 な論争であったが,ここでは次のことを指摘するにとどめておきたい16.すなわ ち,このようなハイエクとの論争を踏まえて,ポパーは,歴史学などの社会科学 においては理論に対する反証だけでなく,理論に対する批判的討論もまた重要で あるとし,彼の科学論の主張を社会科学の分野にまで拡張した17.そして,晩年 には,社会科学においては,とくに批判的討論を通じた「反駁」が科学的研究に とってより重要であることを強調するようになった18.
以上のことは,経済学,とくにケインズ経済学の科学的方法を検討するときに,
極めて重要な参考となる.というのも,後に詳しく検討するが,ケインズ経済学 は,まさに,ポパーの言う「反証」や批判的討論を通じた「反駁」の試練を経て 自らを政策体系にまで鍛え上げていったからである.もう一つ重要なことは,ポ パーの試行錯誤の科学的研究の過程は,不確実性に対処する合理的な経済行動を 理解するためにも重要な参考となることである.真の不確実性に対応するために は,確率計算を精緻化することよりも,誤りから学ぶ試行錯誤の過程を企業経営
14 Hayek (1952)および(1978) Ch. 20 ‘Socialism and Science’, pp. 295–308.を参照.
15 Popper (1957) pp. 60–64.
16 ポパーとハイエクがこの論争を通じて最終的には彼らの見解を近寄らせていたことは,
Hayek (1967)と Popper (1963)とが互いに相手に献呈されていることからも想像が つく.
17 Popper (1967) p. 191.
18 Popper (1992) Ch. 5 ‘The logic of the Social Sciences’, pp. 64–81.を見よ.
や銀行経営,さらに経済政策へと実践的に応用することのほうが,はるかに重要 なことになるからである.
2‒4‒4. 新しい問題の発見
反証または反駁を受けた科学的研究は,さらに次の3つの過程のいずれかを選 択することになる.すなわち,①反証または反駁にもかかわらず,観察や実験の 結果に対する不信を表明したり,自由な討論による批判を無視したりすることに よって,理論の延命(「言い逃れ」)を図る.②反証や反駁を受け入れて,理論を 修正するか,あるいは,新しい理論を同じ問題の解決のために考え出そうとする.
③反証や反駁に答えて,理論ばかりでなく,問題の立て方に対しても誤りや不十 分性を認め,原点に立ち返って,問題を立て直すか,あるいは,まったく新しい 問題を設定し直そうと努力する.
このうち,科学的研究の方法として支持されるのは,言うまでもなく,②また は③のいずれかであろう.①の対応によっては,その理論は科学的研究の資格を 失う.また②は,ラカトシュのいう周辺理論が修正を受けることに類似した過程 であり,③は,クーンのいう「パラダイム転換」のきっかけになるものと理解さ れてよいだろう.
科学的研究の大きな転換は,多くの場合,③のような新しい問題の発見によっ て引き起こされる.ある理論に対して反証や反駁が提出された時,研究者は,こ れまでと同じ問題に対して違った答えを出すことによって,理論を発展させるこ ともある.しかし,問題の立て方を変えるか,または問題の範囲を拡大すること によって,研究の大きな転換を遂げる場合がしばしば見られる.新しい問題の発 見こそ,科学的研究を活気づけ,研究の新しい目標を指示することによって,科 学的研究の方向を大きく転換させる動因を与える.
そのような新しい問題を発見する機会は,多くの場合,前述の「オイディプス 効果」によって与えられる.すなわち,科学的研究があらかじめ予測したことに 反する意外の結果を得るときに,これまでの問題の誤りに気付き,問題の設定に 立ち戻って,研究を初めからやり直すことによって,理論の大きな転換を果たす ことが,これまでの科学的発見の過程で数多く経験されてきたのである.
以上のように,ポパーの科学論の要点を再定式化すれば,それは,問題の発見
(P1)―暫定的理論(TT)―反証 / 反駁による誤りの排除または批判的討論
(EE/CD)―新しい問題の発見(P2),という連続的過程として,要約すること ができる.
3. ケインズの科学的方法
ケインズの経済学研究の方法は,彼の研究が進むにつれて,以上で再定式化し たポパーの科学的方法にしだいに近づいていったと解釈することができる.しか し,ケインズが最初からそのような方法に従っていたわけではなく,当初は,ポ パーの科学論とはかなり違った考え方に立っていた19.そこで,次にケインズの 経済学研究の方法が段階的にいかに変化していったのかということについて順を 追って検討していこう.
3‒1. 『確率論』および『貨幣改革論』における初期の方法
『確率論』におけるケインズの問題意識は最後まで変わらなかったが,確率の概 念やそれに基づく科学的方法については,ケインズの初期の考え方と後期の考え 方とでは,かなりの違いが認められる20.『確率論』において,ケインズは,倫理 学の問題については論理的確率論の立場に立つことを支持した.ムーア倫理学に おいて使われた確率論は,頻度的な確率論であったが,これは,ベンサム流の功 利主義と同じ目的論的な倫理を支持することになり,ムーア倫理学の本来の立場 を支持するためにはふさわしくないと,ケインズは考えた.すなわち,ムーア倫
19 ケインズ経済学に関する歴史的な研究における「断絶」対「連続」論争について,私 は,ケインズの問題意識によって導かれた中心的な主題については「連続」している が,個々の著作で示された理論や政策については,初期の作品と後期の作品との間に は,「断絶」が見出される,という見解を支持したい.ケインズの経済理論や経済政策 は,貨幣の三部作の間でも大きく違っていた.この点については,Davis (1994) pp. 69–
119 をみよ.
20 ケインズ確率論の初期と後期の考え方の違いについては,伊藤邦武『ケインズの哲学』
第2章「ケインズの認識論の発展」pp. 57–110 を参照.
理学の本来の目的を支持するためには論理的確率論を研究する必要がある,とい うのが倫理学研究におけるケインズの結論であった.
この論理的確率論についてポパーは,『科学的発見の論理』において,科学的方 法としてはふさわしくないとしている.なぜならば,論理的確率が最も高いのは,
同義反復(トートロジー)の言説であり,その言説の中には反証されるべき科学的 な命題がまったく含まれていないからであった21.科学的な言説は,トートロジー をできるだけ少なくすることを試みなければならない.
他方で,初期のケインズが確率論の研究に集中したもう一つの理由は,帰納法 の論理的欠陥を確率論によって克服しようとする問題意識に由来するものであっ た.帰納法は,たとえ暫定的な理論であっても,経験的事実による根拠づけが無 限に補充されなければならないという重大な欠陥を持っている.すなわち,その 理論がn個の経験的事実の観察によって正当化されたとしても,n+1個目の経験 的事実によって棄却されてしまう危険を否定できない.したがって,その理論の 妥当性は,無限の経験的事実によって,証明されなければならないことになる.
そのようなことは有限の観察力しか持てない人間には,そもそも不可能なことな のであった.このような帰納法の欠陥を確率論によって克服することがこれまで 試みられてきた.ハロッドは,ケインズの確率論のこのような問題意識を引き継 いでいった22.帰納法は,自然の事象の画一性(uniformity)を前提したときに始 めてその妥当性を主張できることを,ハロッドは示唆した23.
これに対して,ポパーは,科学的方法としては,帰納法は適切でないという結 論に達していた.帰納法は,その欠陥を確率論によって克服しようとしても,そ もそもその欠陥は克服しがたい,というのがポパーの見解であった.これは,
ヒューム以来の帰納法に対する懐疑論であった.もっとも,この点に関しては,
ケインズは必ずしも帰納法における確率論の利用を強く支持していたわけではな
21 ポパーのケインズ確率論に対する批判については,Popper (1934/1959) pp. 27–30.
22 ハロッドによるケインズ確率論の理解については,Harrod, R. F. (1951) pp. 133–141, 651–56.を参照.
23 Harrod (1956) Ch. 1 ‘Introductory’, pp. 1–23 および Ch. 2 ‘Probability’ pp. 24–48 を参照.