はじめに
表象(representation)における自己の身体の動き,
すなわち運動イメージ(motor imagery)は,Decety
(1996)によれば,「明白な運動出力なしに,所与の運 動行為の表象が作業記憶において内的に予行される
(rehearsed)動的状態」である.次のいくつかの用語 はその同義語である,と考えられる.すなわち想像上 の運動(Annett, 1995),潜在的運動(Parsons, Fox, Downs et al., 1995),運動の心的シミュレーション
(Wilson, Maruff, Ives, &Currie, 2001),仮想的運動(仲 山,2011・2012),そして運動の内的表象(Williams, Anderson, Reid et al., 2012)である.それは運動機能 の改善や運動機構の解明などの手段となりうるので,
これまで主としてリハビリテーション(梁,2011),体 育 ・ スポーツ(雨宮 ・ 石津 ・ 綾部 ・ 小嶋,2009),運動 制御理論(川人,1996;Wolpart & Ghahramani, 2000)
などの分野,すなわち運動制御の実践と理論の分野に おいて検討されてきた.
イメージそれ自体は,模倣,すなわち他者の身体の 動きを再現する運動によって形づくられる,とされる
(Piaget, 1948;月本,2010a).とすれば,イメージは 認知的表象の1つの単位であるから,それは同時に,
運動が認知的表象を形づくることを意味する.では,
運動によって形づくられ,かつ運動の表象である運動 イメージは,認知的表象を形づくるだろうか.
運動を根本要素に据えて,論理的思考の発達を描く Piaget(1948;1949)の認知発達理論(Piaget 理論)
においては,模倣する運動が内化されたもの(内的運 動 actions intérioriées)がイメージ(image mentale)
であり,内的運動が体系化されたものが操作(opéra- tion)である.Piaget 理論における,この体系的な内 的運動は,運動イメージに相当すると仮定することが できる.なぜなら,ともに,運動によって形づくられ,
かつ運動を表象するイメージであるからである.月本
(2010a)の仮想的身体運動(virtual bodily movement:
運動抑制時の運動指令)の理論(月本理論)において は,イメージは仮想的身体運動によって生み出され,
イメージの活動(想像)の形式が論理である.この想 像も,運動イメージによって遂行されると仮定しうる.
なぜなら,それは,運動によって形づくられたイメー ジを意識的に動かす操作を意味するからである.こう して,Piaget 理論と月本理論は,運動イメージが認知 的表象の形成に関与することを示唆する.しかしなが ら,運動イメージと認知的表象との関係については,
これまで十分な検討が行われておらず,その解明は今 後に残された課題である.
そこで本論文においては,運動イメージと認知的表 象との関係に関する理論的な検討を試み,それを通し て両者の関係に関する作業仮説を提起する.検討にあ たっては,Piaget 理論と月本理論を土台とすることに する.その理由は,Piaget 理論は,今でも,運動と,
認知または思考の発達との連関に関するもっとも体系 的な理論であり,月本理論は,運動とイメージとの連 関に関する斬新な理論的提起を含むからである.
なお,ここで用いるいくつかの用語を次のように規 定しておくことにする.すなわち第1に,運動は,自 己による意識的に調整可能な運動,すなわち随意運動 を指し,行為と同義であるとする.第2に,ここで言 う運動イメージは,いわゆる一人称的(first-person)
*
立正大学社会福祉学部キーワード:運動イメージ,認知発達,空間表象
身体運動の認知発達的意義
―運動イメージの観点から―
仲 山 佳 秀
*
な運動イメージ(筋感覚的または内的な運動イメージ)
(梁,2011)を指すものとする.第3に,認知は感覚と 知覚からはじまり,概念における抽象的思考によって 継続されるもの(Рубинштейн, 1957)ととらえる.
そして第4に,知覚とイメージとは本質的に同じもの である,ととらえる.その理由は,眼前に対象が存在 する(または対象が発する刺激を現に感受している)
(知覚)か,否(イメージ)かの相違がある他は,両者 は類同性(基礎となる表象の同一性)と機能的等価性
(働きの同一性)を有し(積山,1991),基本的に同じ 神経活動が生起する(月本,2010a),すなわち両者は 同じ機序を持つ,と思われるからである.
Piaget 理論と月本理論におけるイメージ
Piaget(1949;1951;1977)によれば,知能の基本 的な形式は運動から生じる.そして,認知発達は,感 覚運動期,前操作的表象期,具体的操作期,形式的操 作期の4つの段階をこの順に上昇する連続的な(一つ ながりの)過程である.表象の最初の形態である前操 作的表象期のイメージは,感覚運動期の第6段階にお いて模倣が内化することによって生まれる(Piaget, 1948a).Piaget(1946;1948a)における模倣とは,外 界の対象(人や物)の形や動きを運動によって再現す る過程全般であり,この過程は「能動的な模写」(copie active;Piaget,1948a) と も 表 現 し う る. ま た 彼
(Piaget,1946)によれば,描画(dessin)も模倣の一 種である.すなわちイメージとは,模倣として実行さ れる運動それ自体が内化されたものであり,その本質 は,内的な運動であること(Piaget, 1946;1948a),そ れゆえ運動がイメージの構成要素に転換することであ る.
運動はイメージになることによって,かつて身体器 官で行っていた運動を頭の中で行うことができるよう になり,そのことによって拡張性を獲得する(適用範 囲が拡張される)(Piaget,1949).このイメージを構 成する内的運動を,Piaget(1948a;1948b;1949)は潜 在的運動(actions virtuells)または可能的運動(actions possibles)とも呼ぶ.
そして操作期の操作は,イメージが,「統一的な構造 に組織化された」(Piaget,1949,p.44)ものである.
つまりそれは内的運動の体系(systèmes:群性体およ び束―群構造としてモデル化される)であり,体系化 の起源は見地の協調作用,すなわち社会的な協働
(coopération)である(Piaget,1949).そして体系化 されることによって,主体と環境との,あるいは諸操 作間の最高度に安定した均衡(可動的な均衡 équilibre mobile)と,それに基づく思考または操作における弾 力性と可逆性,および完全な脱中心化と客観性などの 特徴が生み出される.ただし,イメージの形成の場合 には,内化したもの(内的運動)がイメージの構成要 素(内容)に転換されるのに対し,操作の場合には内 化したものがそのまま操作(形式または関係)になる,
という相違が存在する.
この Piaget 理論における操作は,論理的な操作を指 す.つまりそれは思考の形式であるから,論理と同義 であると見なすことができる.こうして,Piaget 理論 においては,模倣(運動)によってイメージが生成さ れ,そのイメージが体系化されることによって,論理 または論理的思考が形づくられることになる.
次に,月本(2010a)によれば,イメージは仮想的身 体運動によって生み出される.実際に運動するときに は,神経活動が起こる.そして,それと同じ運動をイ メージするときにも,基本的に同じ神経活動が起こる.
これが仮想的身体運動である.すなわちそれは,「身体 を動かす神経系が実際の身体運動をともなわずに活動 すること」(月本 ・ 上原,2003, p.6)である.ただし,
実際に運動が実行される場合の神経活動と,実際には 運動が実行されない場合の神経活動(仮想的身体運動)
とでは,いくつかの相違がある.それらは,後者にお いては,筋肉からのフィードバック信号がないこと,
脳から神経を通して筋肉に送られるパルス数がかなり 少ないこと,および末梢神経が活性化されないことで ある.月本(2010a)は,この仮想的身体運動によるイ メージの生成を運動のモデルによって説明する.
運動のモデルは,フィードバック制御とフィードフォ ワード制御によって構成される.フィードバック制御 は,実測値と目標値を小さくするような制御である.
すなわちそこにおいては,目標値と実測値の差に基づ いて,脳は制御対象に,その差がゼロになるように運 動指令を出す.しかし実際の運動制御には,感覚信号 の時間的遅れなどの問題から,フィードバック制御だ けでは不十分である.そこで,あらかじめ推定 ・ 予測 して制御対象を動かすフィードフォワード制御,すな わち脳が目標値に基づいて適切な運動指令をつくるこ とが必要になる.
運動指令は,乳幼児期の運動学習によって確立され
た神経回路網に基づく手続き記憶(procedural mem- ory)によって生成される.手続き記憶の学習の多く は,「母親をはじめとする周囲の人間の身体動作の模倣 による」(月本,2010a, p.64).そして模倣するとは,
運動指令を模倣することであり,それによって相手と 同じことをすることである(月本,2010a).
この運動指令のコピーが遠心性コピーまたは随伴発 射である.実際に運動しているときに発生するこの遠 心性コピーは,運動中はそれによってかき消されて意 識に上らないが,運動が抑制されるときに意識に上る.
それがイメージである.すなわち,運動抑制時(運動 が実行されない時)の運動指令が仮想的身体運動であ り,運動指令の遠心性コピーの意識がイメージである.
予測的運動制御の過程において発せられる運動指令の コピー,すなわちイメージは,言い換えれば予測感覚 である.つまり,「イメージの本性は予測なのである」
(月本,2010a, p.20).
月本理論においては,模倣などの運動学習が,手続 き記憶の形成過程を経て,仮想的身体運動並びにイメー ジとなるのであるから,イメージの生成には他者の介 在が必要であることになる.
また,月本(2010a)によれば,イメージと知覚との 間にも,イメージと運動と同様の関係が成り立つ.す なわち,「犬を想像するときに活性化する神経回路と,
実際の犬を見るときに活性化する神経回路は基本的に 同じ」であり,その違いは,前者においては,筋肉か らのフィードバック信号がないこと,脳から神経を通 して筋肉に送られるパルス数がかなり少ないこと,お よび末梢神経が活性化されないことである(月本,
2005b).
さらに月本(2000;2005a;2005b;2008;2010b),
月本 ・ 上原(2003)は,仮想的身体運動の理論をこと ばの意味の理解にも適用し,次のような「身体運動意 味論(embodied semantics)」を提唱する.
「言語の理解にはイメージが必要で,イメージは仮想 的身体運動であるところの想像によってもたらされる ので,言語の理解には身体が必要である,ということ になる」(月本,2005a).したがって,「言葉の意味と は,(その語によって惹き起こされる)(仮想的)身体 運動である」(月本 ・ 上原,2003, p.52).しかし,抽象 的な言葉は,現実的な物理世界に対応物がないので,
われわれは,仮想的身体運動ができない.その場合,
仮想的身体運動を抽象的な言葉に投射して,あるいは
仮想的運動でそれを代用して理解する.つまり,抽象 的なことばはメタファーに基づいて理解される.
メタファーは,具体的には存在のメタファー(たと えば「ある」),空間のメタファー(たとえば「内在」),
運動のメタファー(たとえば「とらえる」)などであ る.メタファーは仮想的身体運動によって生成される イメージの言語的側面であり,その形式は,イメージ をつくりだす活動である想像の形式でもある.想像の 形式は,経験の形式の拡張であり,かつ論理である.
そして論理の中でもっとも基本的なものは,空間メタ ファーの中の包含メタファーである.
こうして,月本理論においては,イメージは模倣な どの運動によって生み出され,ことばの意味または内 容を担い,かつイメージをつくりだす活動(想像)は 論理の生成に直接関わることになる.
以上のように,Piaget 理論と月本理論においては,
ともに,模倣という運動によって形づくられたイメー ジまたはそれが発展したものが,論理,思考あるいは ことばの意味を形づくる.つまり,両理論は,運動が イメージを媒介として認知的表象をつくりあげる理論,
あるいはイメージを中核とする認知理論である.
イメージと認知的表象の発達段階と両者 の関係
前項に記した Piaget 理論と月本理論におけるイメー ジは,対応する認知的表象とともに,2つまたは3つ の発達段階に分けることができよう.それらを,筆者 の観点に基づく発達段階とともに示せば表のようにな る.
以下,表に基づいて,イメージと認知的表象の発達 段階,および両者の関係を述べる.低次から高次へと 進む発達の過程は,同時に抽象性が高次化する過程で もある.そして,抽象性の高次化は,同時に可動性の 高次化を意味すると言える.なぜなら,抽象性が高ま るということは,現実的なものまたは具体的なものの 拘束から離れることを意味するからである.以下,発 達早期の段階である知覚イメージ(イメージ)の段階 から述べる.
1 .知覚イメージの段階
Piaget理論と月本理論におけるイメージは知覚イメー ジに相当する,と見なすことができる.なぜなら,第 1に,両理論においては,イメージは対象を模倣する
運動によって形成される,とされているからである.
イメージまたは知覚が対象を象る動きを包含して成 立することは,多くの事実が示唆している.たとえば,
先天的に視覚が閉ざされた患者は,開眼手術後,形態 に関する視知覚を獲得するために,眼球,手,および 頭の形態をなぞるように動く動きを介在させた長期の 訓練が必要であった(鳥居,1982).したがって,模倣 がイメージを形づくるというのは妥当な見方であり,
かつ模倣によって形成されるイメージは,第一義的に はその対象の表象,すなわち事物の具体的なイメージ である,と言える.
ただし,模倣の対象には,Piaget 理論におけるよう に,人の動きだけでなく,物の動きも,さらに人や物 の静止した姿や形も含まれると解すべきであろう.な ぜなら,イメージにはそれら全部が含まれうるからで ある.
第2に,両理論におけるイメージは,発達の早期に 出現する,と想定されているからである.
Piaget(1948a)によれば,イメージは感覚運動期の 第6段階,すなわち1歳台で生成され,イメージを中 核的単位とする前操作的表象期は2歳頃から6,7歳 頃までである.また月本(2010a)によれば,イメージ の初期的形態の出現する時期(共感覚的表象期)は生 後1年,そのより成熟した形態の出現期(言語的表象 期)は生後1年半以降である.このような発達の早期 に出現するイメージは,外界の事物の具体的イメージ,
すなわち知覚イメージであると見ることができよう.
さらに,知覚イメージはそれ自体認知的表象を意味 しているが,それは外界の事物の具体的表象であり,
したがってそれに拘束されるという意味において,静 的な表象であると考えられる.
2 .運動イメージの段階
運動イメージに相当するのは Piaget 理論においては 操作(具体的 ・ 形式的)である,と考えられる.なぜ なら,第1に,ともに運動によって形づくられ,かつ 運動を表す,すなわち生成の機序と機能が同じだから である.
第2に,ともに可動的(あるいは可変的)であるか らである.すなわち,運動イメージは,対象の表象を 自由に動かすことを特徴とし,そうすることによって 実際に運動したことのない運動も想像でき,見たこと のないものも頭の中でつくることができる.操作も同 様に,主体と環境との,あるいは諸操作間の可動的な 均衡と,それに基づく思考または操作における弾力性 と可逆性などを特徴とする.つまり,両者はともに優 れて動的性格を持つ,と言える.
月本理論におけるイメージをつくりだす活動である 想像も,イメージそれ自体が仮想的身体運動という実 際の運動と同様の神経活動によって生成され,かつ Piaget 理論における操作のように,論理の生成に関与 するのであるから,運動イメージに相当する,と考え られるであろう.
運動イメージのこのような可動的な性質は,知覚イ メージの具体的内容を抽象化することによって,言い 換えれば身体の解剖学的特性や現実の知覚の拘束を離 れることによって可能になる,と言える.とすれば,
それは知覚イメージを土台とし,その上に構築された もの(高次化されたもの),と考えることができる.こ の運動イメージの知覚イメージに対する関係は,Piaget 理論における操作のイメージに対する関係と同じであ る.すなわち,運動イメージが知覚イメージを抽象化 して成立することは,操作(形式または関係を表す)
がイメージ(内容を表す)を形式化して成立すること 表 イメージと認知的表象の発達段階
イメージの属性
(発達) (抽象性) (可動性)
Piaget 理論 月本理論 筆者の観点
[イメージ(認知的表象)]
高次 抽象的 動的 形式的操作(形式的論理)
想像(論理)*
抽象的運動イメージ(抽象的空間表象)
具体的操作(具体的論理) 具体的運動イメージ(具体的空間表象)
低次 具体的 静的 イメージ イメージ 知覚イメージ(事物の静的表象)
* 想像の形式が論理である.想像または論理は,発達,抽象性,および可動性のレベルによって,2つに区分できるかも しれないが,月本理論においては明示されていない.
に相当する.
それゆえに,運動イメージの出現時期は知覚イメー ジのそれよりも遅い.たとえば,運動イメージによっ て遂行されると思われる心的回転の現象は,主として 大人において検討され,それが観測されるもっとも低 い年齢層は,5,6歳である(たとえば Funk, Brugger,
&Wilkening, 2005).
では,運動イメージは,どのような認知的表象と,
どのように関係するだろうか.Piaget 理論においては,
運動イメージ(体系的内的運動)は操作に等しく,操 作は事物の関係を表す論理に等しい.すなわち運動は 論理的思考操作を形づくる.このように,頭の中の思 考の動きを外的な運動が内化された頭の中の運動と同 一視する,あるいは思考や認知を運動との類似におい てとらえるアプローチは,別段,新しいものではない.
たとえば,初期の構成失行の研究者である Grünbaum
(1930)は,認知は個体の運動によって獲得される,と 考える.
運動イメージと操作との同一視は,運動から操作ま でを一つながりのものとする Piaget 理論の当然の帰結 である.しかしながら,それは理論的に無理がある,
と言わざるを得ない.なぜなら,運動には,本来,操 作を特徴づける体系的性格は備わっていないからであ る.おそらくそれゆえに,Piaget は,別のところで,
操作は「直観的構造がいわば氷解して,突然(soudaine)
に弾力性をもつようになることから」(Piaget, 1949, p.149,訳書 p.264)生まれ,その要因は社会的協働で ある,とした(Piaget, 1949).
運動イメージの担うものが論理(操作)などの思考 の基本的単位でないとすれば,何を担うだろうか.
それは空間表象である,と筆者は考える.というの は,運動の表象と空間の表象は空間という共通項を持 つ,と考えられるからである.初期の失行の研究者で ある Liepmann(1905)によれば,行為の要素である運 動表象の本質は,身体器官が空間の一点から他の一点 へと移動する際にたどる行程の意識(行程表象),すな わち運動の道順の意識であり,それゆえ,運動表象は,
空間表象でもあり,運動の広がりの意識,すなわち知 覚 表 象 に 共 通 の 空 間 性 を 意 味 す る. 次 の Sirigu&Duhamel(2001)の見解も,同様のことを含意 しているであろう.すなわち,彼らによれば,文字の 形態に関する情報(空間表象)は書字動作のシミュレー ションにおける指の軌道(運動表象)から運動感覚を
通して間接的に抽出しうる.
しかしながら,運動表象または運動イメージと,空 間表象との間には,前者が継時的表象,すなわち頭の 中でイメージまたはその要素をさまざまに動かす連鎖 的な表象であるのに対し,後者が同時的表象,すなわ ち瞬時に成立する表象であるという相違が存在する.
この場合,前者が空間に関する認知または思考の「過 程」だとすれば,後者がその「結果」,あるいは前者が 空間表象の「内容」だとすれば,後者がその「形式」
と見ることができるであろう.この見方は,知覚レベ ルの表象における行為と視知覚との関係からのアナロ ジーである.たとえば,Запорожец(1960)によれ ば,視知覚は短縮された定位的行為である.
とすれば,暫定的に次の仮説を立てることが許され るのではないだろうか.すなわち,運動イメージは空 間表象の媒体または手段である,ということである.
なぜなら,運動イメージには,空間表象の形式または 秩序(たとえばユークリッド空間,射影空間,位相空 間など)は,本来,備わっていないからである.この 運動イメージの空間表象に対する関係は,言語の思考 に対する関係と同様である,と見ることができる.
ところで,運動イメージは,抽象化の程度によって 具体的運動イメージと抽象的運動イメージの2つの段 階に分けることが適当である,と思われる.なぜなら,
運動イメージが出現して一定の時期を経た後に,それ の質的転換期が存在する,と推測されるからである.
そのことを示唆するものが,佐々木 ・ 渡辺(1983),
佐々木(1984)の,運動イメージによって遂行される と思われる空書に関する研究である.彼らは,漢字の 成分を統合させる課題(漢字の構造を想起させる課題 でもある)を用いた実験によって,空中の書字動作(空 書)がこの課題の遂行を促進すること,空書の出現率 は7-9歳では非常に低いが,イメージ変換操作の発 達の転換期である9歳から10歳にかけて急激に上昇し,
大人ではほぼ100%に達することを示した.これらは,
認知課題に取り組む際,年長児や大人の方が年少児よ りも運動イメージをより多く利用する,あるいはそれ に頼ることを示している.空書の出現率が9,10歳頃 急激に上昇し,大人ではほぼ100%に達するという結果 は,文や語の記憶における行為化(motoric enactment)
の効果が,予想に反して,年少児よりも年長児や大人 の方が高かったという Saltz& Dixon(1982)の結果と おそらくパラレルであり,9,10歳頃,つまりイメー
ジ変換操作の質的転換期に,同じく運動イメージも急 激に発達し,その抽象化の程度が高まることを示唆し ている,と考えられる.このことは,小学校高学年か ら中学生にかけて視覚的表象よりも運動的表象が優位 になるという田中(1990)の研究からも支持される.
さらに,運動イメージを抽象性の高低によって2つ の発達段階に分けることは,Piaget 理論における,体 系性の程度の相違による具体的操作と形式的操作の区 分とパラレルであり,また運動イメージの具体的段階 と抽象的段階は,対応する空間表象の具体的段階と抽 象的段階に対応する,と考えることができる.
おわりに
運動イメージと認知的表象との関係に関する以上の 議論から,次の作業仮説を立てることができよう.
すなわち第1に,運動イメージは知覚イメージが抽 象化され,そのことによって可動化されたもの―具 体的運動イメージ―である.第2に,それはさらに,
ある時期(おそらく9,10歳頃),いっそう抽象化され るという変化を遂げる―抽象的運動イメージへ移行 する―.第3に,運動イメージは空間表象の媒体ま たは手段である.そして第4に,空間表象は運動イメー ジの抽象化の程度に応じて2つの段階(具体的空間表 象と抽象的空間表象)に分かれる.最後に,この作業 仮説の観点から,今後の研究課題を述べることにする.
第1は,空間表象と他の認知的表象との関係を明ら かにすることである.事物の空間的な性質や関係は,
そ の 事 物 の 認 知 に お い て 本 質 的 な 役 割 を 演 じ る
(Рубинштейн, 1957)ので,空間表象は他の認知的表 象とも深い関わりを持つ,と考えられる.とすれば,
運動イメージは空間表象を介して他の認知的表象の形 成に関与する可能性が生じることになり,それゆえ,
空間表象と他の認知的表象との関係を明らかにするこ とは,運動イメージと他の認知的表象との関係を明ら かにすることにもなるであろう.
そして空間表象と他の認知的表象との関係を明らか にする上では,月本(月本,2010a)の論理や抽象的な ことばへの仮想的身体運動の投射(メタファー)とい う観点は,1つの新たなアプローチになりうる,と言 える.彼によれば,もっとも基本的なメタファーは空 間メタファーの中の包含メタファーであり,したがっ て空間が認知的表象の基本的なカテゴリーということ になる.
第2は,運動イメージの発達的変化を詳細に明らか にすることである.実際の運動の発達は,認知発達と 連関しつつ,長い時間をかけて変化していく過程であ るが,これまで運動発達のこの側面は無視されてきた
(Diamond, 2000).このことは運動イメージについても 同様であり,その発達の解明は今後に残された課題で ある.
そしてこの課題は,いわゆる一人称の運動イメージ と,三人称(third-person)の運動イメージ(視覚的ま たは外的運動イメージ)との区別と相互連関を明らか にする課題と結びついているであろう.というのは,
両者は発達の過程で,互いの姿と関連の様相をかえつ つ,ともに,運動イメージの全体像をつくりあげる,
と考えられるからである.この点は,身体器官を動か すことと,物を動かすこととの間においても同じであ る,と思われる.
第3は,運動イメージと空間表象の形成に対する社 会的なものの作用を明らかにすることである.Piaget 理論と月本理論においては,イメージ(知覚イメージ)
は模倣によって形づくられるとされ,筆者もそれを支 持した.それゆえ,知覚イメージは他者の介在が必要 であり,その意味において,それは社会的なものの作 用の下で形成される,と言える.では,運動イメージ においてはどうか.
より抽象的な運動イメージにおいては,いっそう大 規模な,あるいはいっそう一般的な,社会的なものの 作用が想定される必要がある,と思われる.なぜなら,
抽象を生み出す思考(抽象的思考)は言語による思考 であり,言語とは,民族の歴史的発展の道程で定着さ れた,諸現象の分析,綜合,概括の一定の体系である
(Рубинштейн, 1957)からである.
それゆえ,運動イメージと空間表象の形成には,そ れらの要因として,言語または社会的協働の作用が考 えられなければならず,その作用の詳細を明らかにす ることは,社会的なものの抽象的思考に対する作用の 全面的な解明の1つの環になるであろう.
Piaget は運動によって論理を説明しようとし,月本 は仮想的身体運動によってイメージ,論理,およびこ とばの意味を説明しようとした.これらの,認知や思 考を運動との類似において把握しようとするアプロー チは,認知や思考の研究の新しい地平を開いた.しか しながら,それだけでは十分ではない.認知や思考は,
社会的なもの(社会的協働または言語)を本質的な起
源とするからである.したがってそれらとの類似にお いて把握しようとするアプローチもまた必須である,
と言える.この点は,運動イメージや空間表象におい てもまったく同様である.
これらの課題の実現に向けた研究を相互に関係づけ ることによって,運動イメージと認知的表象および運 動と認知との発達的連関がより明瞭になる,と思われ る.
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