人間中心設計導入の有効性 に関す る考察
毅 哉 子
尚 憤 菊
沢 形 田
平 尾 山
概 要
本研究では,人間中心設計 を開発現場 に導入す る際の有効性 を分析 した。一 般 に,人間中心設計の有効性 は,開発 ライフサイクルにおける トー タルコス ト を縮小す ることか ら議論 されて きた。 しか しなが ら, コス ト削減が,必ず しも 開発現場 の動機付 けには結 びつかない。そこで,人間中心設計 を導入す る上で の 『 現場 レベル』有効性 とは何かを分析するために,人間中心設計 と現行のプ ロセスの 2 通 りによる設計 を実施する実験 を行 った。結果 として,開発関係者 に対 して,人間中心設計導入によって得 られる有効性 を実証的に示す ことが難 しいことがわかった。一方, このような中で,人間中心設計 を組織 に浸透 させ てゆ くには,要求分析 ,U I設計,妥当性確認 とい う活動 における課題 を明 ら か にすることに,有効性 を理解 してゆ くための鍵があることを示唆 した。
1.は じ め に
I SO 1 3 4 0 7 が施 行 され て か ら 1 0 年 が経 過 し,現 在, 第 2 版 と して ,I SO 9 2 41 ‑ 21 0 が 2 01 0 年 3 月に発行 された [ I SO9 2 41 ‑ 21 02 01
0 ]。 この間,人間中心 設計 ( HCD:Huma n‑ Ce nt e r e dDe s i gn) の考 え方 は,多 くの企業 に浸透 して きた と言 える。特 に,ユーザイ ンター フェース ( UI:Us e rl nt e r f a c e ) 設計へ
〔 1 2 7 〕
1 28 商 学 討 究 第61 巻 第 1 号 の関心は高 く ,HCD はそのための方法 として注 目されている
。一方 ,U I設計への関心の高 ま りに対 して ,HCD を開発プロセス変革にまで 適用 した企業は多 くはない。開発プロセス改善には組織的な変革が伴い,経営 判断が求め られるため,経営層が HCD を理解 しない限 りは,その遂行 は難 し い と思 われる。今後, 日本企業 における ,HCD の進展 には,経営層へ の啓蒙 が欠かせ ない。
経営層の理解が必須であるの と同時 に,実際の個 々の開発 プロジェク トにお いて HCD が浸透す るようになるのは,開発現場 での HCD の有効性 に対す る
『 現場 レベル』での気づ きが不可欠である。特 に,日本の開発現場 を考 えると, HCD を推進す るユーザ ビリテ ィエ ンジニアあるいは ,U X デザ イナー と呼ば れる役割が認識 されていなか ったために,現場での HCD に対す る明確 な認識 が醸成 される必要がある。 この役割の認識 には ,HCD による開発活動が従来 の開発活動 に対 して,有効 な差 を明示することが重要 になる
。そこで,本研 究は,現行の開発プロセス と HCD によるそれ との差異の有無 について実験 を実施 し,実証的に分析 した。その結果 に基づいて ,HCD の有 効性 を開発関係者が認識で きるための課題 について考察 した。
2. 人 間 中, む設 計 の導 入 の有効性 につ いて
一般 に ,HCD プロセスの導入の有効性 は,開発 ライフサ イクルを通 じたコ ス ト削減 か ら議論 され ることが多い [ Kar a t 1 9 97 ] 。 Be van は,英 国の I n‑
1 a ndRe ve nue ( 硯 HM Re ve nue & Cus t o ms ) お よびイスラエルの I s r a e lAi r ‑ c r a f tl ndus t r i e s の LAHAV 部門におけるシステム開発の コンサルテ ィング事 例か ら,従来の開発 コス トを削減 した ことを発表 している [ Be va l 12 0 0
1] 。No ye s は,情報 システムにおける HCD 導入の効果尺度 として , Pe r f o r m‑
a nc e を挙 げている。 しか しなが ら, この Pe r f o r ma nc e は一意に定義で きる も
のではな く,様 々な観点か ら定義で きることを指摘 している。例 えば, システ
ム全体 の Pe r f o r ma nce もあれば,主要 な業務 にお けるシステムの Pe r f o r m‑
人間中心設計導入の有効性に関する考察 1 29 a nce もあ る。 また,人 間系 であれば, オペ レー シ ョン上 のパ フ ォーマ ンス も あれば,要員間の コ ミュニケー シ ョンや,改善件数 とい った組織 的な もの もあ る。重要 なことは,組織 として何 を有効性 の測定尺度 についての コ ンセ ンサス を得て,尺度 自体 も含めて,持続的に有効性 の改善活動 を進 めることであると
指 摘 している [ No ye sa ndBa be r1 9 99 ] 。
鱗原お よび篠原は, この有効性 の多義性 に対 して,製品の開発,利用,販売 の 3 つ の シー ンか ら, そ れぞ れ ,HCD 導 入 に よる有 効性 を示 す KPI( key pe r f o r ma nc ei ndi c a t o r ) を定義す ることを提案 している。 開発 シー ンにおける 有効性 の KPI の事例 としてほ, 開発 コス ト 開発 時 間,運用 コス ト,再 デザ イ ンコス トな どを挙 げてい る。一方,製品の利用 に関す る測定尺度 としては, タス ク成功率,職務満足度,使 いやす さ,学習 し易 さな どを挙 げている。 この ように ,HCD 導入の有効性 は,ステー クホル ダーの立場 によって異 な り,そ れぞ れ に とって の適切 な有 効性 の尺 度 を兄 い だす必 要 が あ る [ 鱗 原,篠 原 2 009 ] 。
また ,Bevan は 『 costJust i f yi ngUsabi l i t y ( 2 ndeds. ) 』 の 中で ,UE ( Us a bi l i t yEng ine e r i ng) 関係者が明 らか に したユ ーザ ビリテ ィ活動 の導入 に よる有効性 を表 1 の ような 5 つの カテ ゴリーに分類 している [ Be va n2 0 05
] 。一方 ,Gul l i ks e n は,ケースス タデ ィを通 じて,これ まで とは異 なる経緯か ら, HCD 導入の有効性 を示 してい る [ Gul l i ks e na ndGo r a ns s o n2 00
1] 。彼 らは ,Swedi s hNa t i onalTa xBoa r d のマ ネー ジメ ン ト層か ら承認 を受 け
て ,HCD プロセス を導入 した新 たな情報 システムの開発 プロセスモデルの構
築 を実施 した。新 しいプロセスモデル構築後 間 もな く,経営層 は新規の システ
ム開発 の フ レー ム ワー クと して ,RUP ( Ra t i ona lUni f i edPr oce s s ) の 開発方
法論のパ ッケージ導入 を決定 した。当時,このパ ッケージには,ユーザ ビリテ ィ
を考慮 したプロセスが含 まれていなか ったために,新 た に構築 したプロセスモ
デルが無駄 になるように思 われた。 しか しなが ら, このプロセスモデルを構築
す る過程 で,ユーザ ビリテ ィの向上 に対す るプロセス上 の課題 を分析 していた
お陰で ,RUP の開発方法論 だ けでは, これ らの課題が解 決で きない ことが明
130 商 学 討 究 第61 巻 第 1 号
表 1 HCD の有効性の可能性
出典[ Be va n2 0 0 5 ]
A De u e l o pme ntc o s t s c anb er e du c e db J H
1 . Pr oduc l ngapr oduc tt ha tha so nl yr e l e va ntf unc t l O na l l t y
2. De t e c t l nga ndf l Xl nguS abl l l t ypr obl e mse a r l yl nt h ede ve l o pn l e ntpr o c e s s
3 . Reduc l ngt hec o s to ff ut ur er e de s l gnO rr adl C a lc ha ngeo ft hea r c hl t e C t ur et Oma kef ut ur eve r ‑ s l O nSO ft hepr oduc tmo r eus abl e
4 .Ml nl ml Z l n gO re
ll ml n a t l ngt hene e df o rdo c u me nt a t l O
n5 . Re
de s l gnl ngWebs
it e st OI nc r e a s er e ve nue . no tO nl yt oc ha nget heI ma ge 6 . Re duc l ngt her l S ko fpr oduc tf a l l ur e
B.E‑ c o mme r c e s
al
esc anb ei mpr ov e db J )i nc T ・ e a S i T l gt hel l umb e ro f ‑ We bs i t ec u s t o me r swhowi t EI 1 . Beabl et of i ndpr o du c t st l l eyWa l l t
2 . F上 nds uppl e me nt a r yl nf o r ma t l O ne a S l l y( e . g. ,de l l Ve r y, r e t u r n, a ndwa r r a nt yl nf o r ma t l O n) 3 . Bes a t l S f i edwl t ht heWebs l t ef o rs uppo r tr a t he rt ha nc a l l l ngt hes uppo r tc e nt e r 4 . Tr us tt heWebs l t e( wl t hpe r s o na ll nf o r ma t l O na ndt oo pe r a t ec o r r e c t l y)
5 . No tr e qul r ea nyS uppo r t , O rus et heWebs l t ef o rs uppo r tr a t he rt ha nc a l l l ngt hes uppo r tc e nt e r 6 . Re c o mme ndt hes l t et OO t he r s
7 . Suppo r ta ndI nc r e a s eS a l e sbyo t he rc a nne l s
C. Pr o du c es at e s C a n b ei nc r e a s e d as ar e s ul to Ft heu s a b i L F ' t 5 7O f ‑ t hepr o du c t
1 . I mpr o vl ngt hec o mpe t l t l Veedgebyma r ke t l ngt hepr oduc to rs e r vI C ea Se a s yt Ous e
2. 1 nc r eas l ngt henumbero fcus t omer ss a t l S f l edwl t ht hepr oductwhow上 l lmaker e peatpur ‑ cha s e sa ndr e c o mme ndt hepr oduc tt oo t he r s
3 . 0bt a l nl nghl ghe rr a t l ngSf o rus abl l l t yl npr oduc tr e vl e WS
D.Empl o J ) e T ・ S
Canb e ne f i tF r o me a si e r t o u s es J ) S t e msi nt heF ol l owi T
lgWa y sI 1 . Fa s t e rl e a r nl nga ndbe t t e rr e t e nt l O nO fl nf o r ma t l O n
2. Re duc l ngt a s kt l mea ndI nc r e a s e dpr oduc t l Vl t y
3 . Re duc l nge mpl o ye ee r r o r st ha tha vet obec o r r e c t edl a t e r 4 . Re duc l nge mpl o ye ee r r o r st ha tI mpa c tO nt hequa l l t yO fs e r vI C e 5. Re duc i ngS t a f Et ur no ve ra sar e s ul to fhl ghe rs a t l S f a c t l O na ndmo t l Va t l O n
6 . Re duc i ngt i meS Pe ntbyo t he rs t a f fpr o vl dl nga s s i s t a nc eWhe nus e r se nc ount e rdl f f l Cul t l e S E.Su ppl i e r sand/ or e mpl o 3 7 e r S C anb e ne f i
tF r o m r e duc e dsu ppor tandmai nt e nanc ec o st sF ' nt he
F ol l owi n g wa y s:
1 . Re duc l ngS uppo r ta ndhe l pl l nec o s t s 2 . Re duc l ngc o s t sO ft r a l nl ng
3 . Re duc l ngma l nt e na nC ec o s t
らか になった。最終 的には,当初の新 たなモデルを基本 に して , RUP のパ ッケー ジをカス タマ イズす る方針 に変更 された。
この事例が示唆す ることは,ユーザ ビリテ ィに関す る開発 プロセス上 の課題
は,改めてプ ロセス を分析 しなければ理解 される ものではない, とい うことで
人間中心設計導入の有効性に関する考察 1 31 ある。すなわち,一般的に開発 を進める上では,ユーザ ビリテ ィの課題 は明示 的になってこないことになる
。以上の ように,HCD導入 に対す る有効性 は,様 々な観点か ら議論がなされ て きている。一方, これ らの有効性の測定尺度の議論は,開発 ライフサ イクル を包括的に見た結果 に対す るものが多い。そのため, これ らの測定結果 は,開 発 プロジェク ト全体,あるいは製品開発全般 に責任がある者 に向けて示 される ものである。そのため,Gul l i ks e n が指摘 しているように,HCDの導入はマネー ジメン ト層の協力が不可欠であることも理解で きる
。また,マ ネージメ ン ト層 にコス ト削減の成果 を明示で きる前提 には,組織的 に HCD担当者の権限 と役割が明確 になっていることを指摘で きる
。一方, これ らの有効性の測定尺度を,国内の開発現場の文脈 において考えた 場合,受 け入れ られ るか どうか は議論が必要 に思 われ る。 国内の場合,HCD の専 門家が組織的に明示 され,開発プロジェク トにおいて役割が割 り振 られて いることは必ず しも多 くはない。実際 に,HCD コンサルテ ィング企業 も,ア ウ トソー シングで きる業務 は受注で きるが,開発 プロジェク トの内部に入るこ とはまれである [ 山田 2 01 0 ] 。
この ような現状 にある場合,仮 にマネージメ ン ト層か らHCD の導入が指示 されて も,開発現場 では受 け入れ られないか,形式的な対応 に留 まる可能性が 大 きい。実際に,開発現場 に導入 される場合は,開発関係者の文脈で,その有 効性 を認識で きる必要がある。 この観点か ら考えると, これ まで議論 されて き た コス ト削減 による有効性 は,開発担当者が理解 し , HCD を導入するためには, その まま応用で きるとは思 われない。我が国の場合 は,組織 的に HCD を導入 す るにして も,草の根的に浸透 させ るにして も,最終的には,現場 において開 発関係者がその重要性 を認知 しなければ,新たなプロセスを実現す ることは困 難であると思われる
。次の章以降では,最 もHCDを導入す る必要性があると言われる,開発上流
13 2 商 学 討 究 第61 巻 第 1 号
工程 において HCD を導入 した場合,開発関係者 にどの ような差 を明示で きる か について,実験 によって考察 した。
3.HCD プロセスの分析 3. 1 実験概要
HCD を基盤 として,図 1 の ようなU I設計 を企画段階か ら展 開する HCD 開 発 プロセスモデル [ 平沢 2 01 0 ] を基 に設計するチーム ( HCDチーム) と,覗 行の開発 プロセスを基 にして設計するチーム ( 現行チーム) に分かれて,共通 の企画案 に基づいて,企画か らU I概要設計 までを実施す る実験 をした。今回 の共通企画案 は男性 ビジネスパー ソン向けスマー トフォン用 メモアプ リケー ションとした。
システ ム 開 発 プ ロセス ソフトウェア P 発 プ ロセス
プ ロセス 企日槻 ユーザiE求ZI システム手JR分析 7‑キテクチャ投什システム アーキテクチャ甘Tfソフトウエア
プラクティス
L 〔巴≡
≡ = =〕 〕
E≡≡ ≡コ 匡 三 三 三 ヨ [ 三 ≡ ≡ コ 〔 空 : : ヨ 〔璽 ≡ ヨF求+ 項の分
析
分析 書l当て の分析イ ン タ
フェースRk 計
〔 : ≡ 三 三 ⊃ E ≡ ≡コ [ 三 重 : コ ∈ ≡
≡ =
〕 〔 : 三 三∃⊂ 三 : ≡
: ヨ
匡 ≡ ヨ 巨 寧 : 〕 〔寧 璽 ]〔寧 ヨ 匡 ≡ 〕
〔 ≡ 三 ≡ 司
囲図 1 HCD開発プロセスモデル
HCD チームはユーザ ビリテ ィ業務歴 1 0 年以上 と 1 年未満のユーザ ビリテ ィ
エ ンジニア 2 名 によって構成 した。一方 の従来の開発 プロセスに基づ く現行
チームは組込み システム開発歴30 年以上 と 1 年末満のシステムエ ンジニア 2 名
で構成 した。HCD チームには HCD 開発 プ ロセス に準拠 して開発 を進め るよ
人間中心設計導入の有効性 に関す る考察 1 33 う指示 し,現行 チ ー ム には従 来か らの経験 に基づ いて 開発 す る こ とを指示 した。
3. 2 プ ロジ ェク トの評価
開発 プ ロジェ ク トの評価 は, プ ロジ ェ ク トに関す る もの と,成果 物 に関す る もの に対 して行 った。 プ ロ ジェ ク トにつ い て は, プ ロセ ス ご との作 業 時 間,成 果 物 に至 る まで の設計変 更 回数等 を測 定 し評価 した。 成果物 につ い て は,受容 度評価 を実施 した。 受容 度評価 は, まず, それぞ れのチ ー ムが設計 した アプ リ ケ ー シ ョンの コ ンセ プ トにつ い て イ ンフ ォーマ ン トに評価 を依 頼 した。 コ ンセ プ トの事 例 を図 2 に示 した。 次 に, 図 3 の よ うな利 用 シナ リオ に基 づ い た UI の デモ ンス トレー シ ョンの評価 を依 頼 した。 それぞ れの評価 は,質 問紙 とイ ン
タビュー調査 に よ り行 った。評価 のた めの イ ンフ ォーマ ン トは,アプ リケ ー シ ョ ンの利用 を想 定 した 30‑50 歳代 の男性 ビジネスパ ー ソ ン 8 名 であ る
。【 アイデアの素】 コンセプト
あなたが 1 年前に取ったメモは、実は今、貴重なアイデアを生み出す きっかけになるかも知れない !
大切なメモを取ったこと自体、忘れたりしていませんか?
図 2 HCD チームの提案 したコンセプ ト例 第 3 営業係長の黒島は、企画会議に向けて、記録してあるメモを 何気なく見てみようと思い、モードを切り替えた.すると、去年の 今日取ったメモが表示された○忘れていた去年のことを思い出す ことができ、当時と現在で自分が考えていた内容のギャップに気 がついた○そして、過去に記録したメモの数々を振り返った○ジヤ ンルや日付、キーワードなどからメモを見ていると、企画の参考
図 3 HCD チームの提案 した利用 シナ リオ例
3. 3 実験 結果
・プ ロジ ェ ク トに関す る分析 結 果
設計 に要 した総作 業 時 間は ,HCD チー ムの方 が約 1 0 時 間多 か った ( 表 2)。
設計 プ ロセ ス を見 れ ば ,HCD チ ー ムの場 合 は,ユ ーザ ー要 求 定義 の プ ロセ ス
1 3 4 商 学 討 究 第 61 巻 第 1 号
表 2 作業時間結果 ( 時 間)
允