蟹工船 および 漁夫雑夫虐待事件
倉 田 稔
も く じ は じめに
1蟹 工船
蟹漁 蟹 缶詰 製造 蟹 工船 2蟹 工船 漁夫 雑夫 虐待 事件
博 愛 丸事 件 そ の他 の事件 運 動
は じ め に
本 稿 は,小 林 多 喜 二伝(30)で あ る。 しか し2つ の 部 に分 け る 。
1つ は,蟹 工 船 そ の もの につ い て の 背 景 で あ る。多 喜 二 の小 説 『 蟹 工 船 』 は, 1929(昭 和4)年,彼 が,苛 酷 な 労 働 条 件 の も と で働 く海 の 労 働 者 の 蜂 起 と挫 折 を 描 い た代 表 作 で,名 作 とさ れ る。 当時 小 樽 にい た多 喜 二 を 中 央 文 壇 に押 し 上 げ た 作 品 で,日 本 の プ ロ レタ リア 文 学 の最 高 傑 作 とい わ れ る。
も う1つ は,蟹 工 船 漁 夫 雑 夫 虐 待 事 件 で あ る 。 こ こ で は,こ の多 喜 二 の 『 蟹 工 船 』 が モ デ ル と した諸 事 件 を,当 時 の 新 聞 発 表 で 探 っ て み る もの で あ る。 つ ま り フ ィ ク シ ョ ン で な い 事 実 だ け を紹 介 す る 。
1蟹 工 船
蟹 漁
蟹 漁 は,最 初 陸 岸 か ら始 ま る。4月,5月 は,蟹 の生 息 に 陸岸 が 好 適 で あ る
〔1〕
2 商 学 討 究 第53巻 第1号
か らで あ る 。 夏 に入 っ て 温 度 が だ ん だ ん上 が る と,蟹 は 沖 へ 沖 へ と去 る。 蟹 工 船 も,そ の後 を追 っ て,沖 へ 沖 へ と 出 る。
漁 場 で は万 事,監 督 の 指 揮 に よ らね ば な らな い 。 一 隻 の 蟹 工 船 は,大 抵8隻 く らい の 川 崎 船(日 本 型 の 発 動 機 船)を 持 っ て い る 。そ れ に網 と漁 夫 を乗 せ て, この 発 動 機 船 が 曳 航 し,蟹 の い そ う な 所 に 網 を投 ず る 。 半 日 ほ ど入 れ て 後 出 の 日数 と違 う 一,こ れ を 上 げ る と,無 数 の 大 蟹 が 引 っ か か っ て くる。1)
タ ラバ ガ ニ を と る に は,沿 岸 の結 氷 が よ うや くほ こ ろ び 始 め る 頃 を待 ち,川 崎 船 で,適 当 な 漁 場 に ゆ き,底 刺 網 とい う漁 網 を海 底 に垣 根 の よ うに 横 に のべ
て沈 め 設 定 す る 。 こ の底 刺 網 の 網 目 は,1尺5寸 以 上 の大 き さが あ り,網 は 幅 十 尺,長 さ25メ ー トル を1反 と して,こ れ を60か ら100,横 につ な げ る 。 こ れ を1連 とい う。 こ う して 海 底 に長 さ1万 尺 か ら1万5千 尺 くら い の垣 網 を建 て 延 ば す 。 これ を設 定 して か ら,標 示 を し,い っ た ん根 拠 地 に帰 り,3,4日 後, 未 明 に そ の 漁 場 へ ゆ き,刺 網 の 位 置 を知 り,こ れ を川 崎 船 の 中 に引 き上 げ る。
網 に は タ ラバ ガ ニ が 無 数 に ひ っか か っ て い る の で,直 ち に これ を缶 詰 工 場 に運 搬 す る 。 これ は 陸 上 で 缶 詰 をつ くる場 合 で あ る 。
蟹 工 船 漁 業 の設 備 は,蟹 工 船 と複 数 の 漁 船 か らな る。 漁 船 は漁 場 に 出 て 蟹 を と り,蟹 工 船 は複 数 の 漁 船 の 母 船 とな り,缶 詰 の 製 造 をす る 。 漁 船 は,発 動 機 船 と川 崎 船 に分 け られ る。 発 動 機 船 は20馬 力 か ら60馬 力 の セ ミ ・デ ィー ゼ ル機 関 をす え た 西 洋 型 船 で あ り,曳 き船 の た め,ま た 漁 場 探 査 の た め に も使 う。 川 崎 船 は肩 巾9尺,長 さ45尺 で,投 網,揚 網,一 切 の 漁 労 に使 う。 昭和 初 期 に は ほ と ん ど全 部10馬 力 く らい の セ ミデ ィー ゼ ル機 関 をつ け て い た 。 各 蟹 工 船 は こ れ らを4隻 か ら10隻 も っ て い た 。
蟹 工 船 漁 業 で も底 刺 網 を使 用 す る。 養 殖 保 護 の た め 小 蟹 の捕 獲 を禁 止 す る の で,網 目1尺5寸 以 下 の使 用 を禁 止 して い る。 蟹 工 船1隻 の使 用 す る刺 網 は, 大 体,1万5,6千 反 に達 し,1反 は25尋 で あ る か ら,こ れ をma‑一列 に つ な ぐ
と170,180里 とな る 。 蟹 工 船 の 設 備 は,缶 詰 製 造 の 設 備 と従 業 員 の生 活 設 備 と
1)『 小 樽 新 聞 』1926年9月16日,19日 。
蟹工 船 お よび 漁夫 雑夫 虐待 事件 3 に 分 け られ る。缶 詰 製 造 設 備 は,二 層 以 上 の 甲板 の あ る船 な ら,中 甲板 に あ る。
缶 詰 工 場 は,種 々 の 機 械 を運 転 し,蒸 気 を 使 うか ら,舷 側 に は 円 窓 舷 門 な ど を 多 く し,換 気 と採 光 を は か る。 タ ラバ 蟹 は,鮭 鱒 の よ う に機 械 で 裁 割 し肉詰 が で き な い か ら,機 械 と して は,仮 締 機,脱 気 函,二 重 巻 締 機 の 三種 類 が あ れ ば 十 分 で あ る 。 蟹 玉 船 で は 製 缶 能 力 の 大 きい ア ス トリア 式 の 機 械 を 一 組 つ つ 装 備 す る 。 そ の ほ か 缶 詰 設備 に は殺 菌 釜 と煮 熟 釜 が い る。
従 業 員 設 備 につ い て は,蟹 工 船 は漁 船 と して で な く臨 時 旅 客 船 と して取 り扱 わ れ るか ら,漁 夫 雑 夫 の 居 室 も,採 光,通 風 出入 口 な ど,規 定 の 検 査 を受 け る 。 蟹 工 船 創 始 以 来 の 工 船 数,ト ン数 は こ う な る。
大 正10年 11 12 13 14 15 昭 和2年
3 4 5
隻 数 2 3 15 6 8 12 17 14 15 19
総 ト ン 数 689 1236 9075 9561 15835 28472 36433 35048 37451 63987
一 隻 当 り の 平 均 ト ン 数 344
412 605 1594 1979 2373 2143 2504 2497 33682)
蟹 工 船 漁 場 と して 最 も適 当 な 時期 は次 で あ る。
地 域 始 期
カ ム チ ャ ッ カ3)東 海 岸5月 上 旬
同 西 海 岸4月 上 旬
盛 期
5月 上 旬 か ら 6月 中 旬
終 期
9月 9月 上 旬
2)産 業 経 済 調 査 所 『蟹 缶 詰 罐 の 話 』33‑34ペ ー ジ。
3)当 時 の 文 献 で は,堪 察 加,カ ム サ ッ カ,と 表 現 さ れ る 。
4
沿 海州 サ マ ルカ(春 漁)
同(秋 漁)
沿 海州 ネ リマ(春 漁)
同(秋 漁)
商 学 討 究 第53巻 第1号 3月 上 旬4月
9月 上 旬10月 4月 上 旬5月 7月 下 旬9月
5月 下 旬 11月 下 旬 6月 下 旬 10月 下 旬
漁 期 は 地 方 に よっ て 一 定 し ない し,開 始 は 流 氷 の 退 去 に,終 漁 は 時 化(し け) の来 襲 に よ る。 蟹 は 流 氷 や 時 化 に よ っ て左 右 され る。 カ ム チ ャ ッカ西 海 岸 で 雌 雄 蟹 の 移 動 は,初 春,4月 初 め,雌 蟹 が まず 浅 海 に来 遊 し,つ い で4月 下 旬 ま た は5月 中 旬,雄 蟹 が そ の 後 を追 っ て 来 る。 雌 蟹 が 浅 海 に や っ て くる の は,卵 の 鱒 化 の た め で,日 光 と餌 が 必 要 で,日 光 が 達 す る 浅海 の海 底 は海 藻 が 繁 茂 し, 水 温 も高 い の で,稚 蟹 の 発 育 に絶 好 な の で あ る。 この 浅 海 に 雌 雄 が 混 同棲 息 す る の は 約1カ 月 で あ り,そ の 後,雄 蟹 は だ ん だ ん深 海 に移 動 し,8月 末 に は40 メ ー ター 以 上 の深 海 に退 く。
蟹 工 船 の 漁 場 と して,オ ホ ー ッ ク 海東 部,す な わ ち カ ム チ ャ ッ カ西 海 岸 と東 海 岸 で あ り,西 海 岸 が 最 も優 秀 な漁 場 で,そ の漁 場 面 積 は岸 か ら3浬 に は じま り沖 合 い50浬 で,深 さ5,60メ ー タ ー に 及 ぶ 。 当 時 の 文 献 で,西 カ ム とい う語 が あ る 。 これ は カ ム チ ャ ッカ 西 海 岸 の こ とで あ る 。
タ ラ バ ガニ を漁 獲 す る に は,ま ず 川 崎 船 で 底 刺 網 を漁 場 に沈 め る。 川 崎 船 は 一 隻 だ い た い 底 刺 網 を5百 反 用 意 し ,漁 場 に到 着 す る と,風 向,風 位,潮 流 な ど を留 意 し,潮 上 か ら流 向 に約30度 の角 度 で 投 網 を始 め る。 海 軍 型 錨1貫8百 目 く らい の もの に 浮標 綱 を結 び,刺 網 の 沈 子 綱 を結 び,投 入 し,順 次,綱 に沈 子 と浮 子 をつ け な が ら投 網 す る 。 浮 標 綱 は 水 深 の約3割 か ら5割 増 しに し,綱 の 末 端 に は 径1尺 く らい の 硝 子 玉1ケ か2ケ,ま た は 長 さ5尺 く らい の 丸 太 を つ け,こ れ に赤 白黒 の 木 綿 地 の 旗 をつ け た 浮 標 竹 を 立 て て,発 見 しや す い よ う にす る。 錨 は,刺 網20反 か ら25反(1反 は25メ ー ター)毎 に,1ケ をつ け,2 百 反 く らい を結 ん で,1配 とす る。 こ の よ う に投 網 して,時 化 が ない か ぎ り,
5日 か ら1週 間経 過 す る と,揚 げ 網 をす る 。 各 川 崎 船 に は手 用 の 巻 ロ ク ロが 備 え付 け て あ り,綱 は蟹 の か か っ た ま ま船 内 にた ぐ り込 まれ,積 み 重 ね られ る。
1隻 の 川 崎 船 の 揚 網 反 数 は,蟹 の か か り ぐあ い に よ るが,70反 か ら150反 まで
蟹 工船 お よび 漁夫 雑夫 虐待 事件 5 で あ る。 揚 網 が 終 わ っ て 満 船 に な る と,母 船 で あ る工 船 の 錨 地 に帰 り,工 船 の 舷 側 に錨 泊 し,蟹 の か か っ た 刺 網 を ウ イ ンチ で 工 船 の 甲板 上 に引 き上 げ る。 甲 板 上 で,直 ち に,蟹 と網 を分 け,蟹 は 製 造 部 へ 渡 し,網 は い っ た ん湯 に通 して か ら 日で 乾 か す 。
大 正 末 に北 海 道 と樺 太 沿 岸 で は タ ラバ 蟹 の漁 獲 が 著 し く減 少 した の で,北 海 道 で は 昭 和2年 か ら4年 まで 北 見 方 面 を禁 漁 し,樺 太 地 方 で も営 業 者 自 ら工 場 を 閉鎖 し,繁 殖 保 護 に努 め た 。 た だ カ ム チ ャ ッ カ西 海 岸 で は 年 と と もに 漁 獲 高 が 増 加 して きた 。 そ の 漁 獲 高 は,
大 正11年164万 尾 12508
13462 141072 151865
とな っ た 。 ま た 繁 殖 保 護 の た め,雌 蟹 と 甲幅5寸 以 下 の蟹 は,農 林 省 令 で 禁 止 さ れ た 。
蟹 缶 詰 製 造
蟹 の裁 割 前 の処 理 は,ま ず,1.川 崎 船 か ら蟹 を網 の ま まで ウ イ ンチ で 本 船 の 上 甲板 へ 巻 け あ げ,2.適 当 の 場 所 へ 運 び,網 を繰 り出 し,鈎 で 蟹 を と りは ず し,3.蟹 の腹 部 を上 向 き に し,フ ン ドシ とい う部 分 に右 足 の 先 を か け,脚
を左 右 各 両 手 で握 り,引 き上 げ る と,内 臓 をつ け た胸 甲 は容 易 に引 き離 され, 手 中 に は蟹 の 脚 部 全 部 だ け が残 る。
次 に,縦 横 深 さ 共 に4尺 の煮 熟 槽 に 海水 を満 た し,こ れ に蒸 気 を通 じて 沸 騰 し た 中 に,甲 を 除 い た蟹 を篭 に 入 れ る 。 こ の 収 量 は 一 度 に 蟹200尾 で あ る 。 こ れ を,10か12分 間煮 沸 し,す ぐ海 中 に投 じて 急 激 に 冷 却 す る 。
十 分 冷 却 し た こ の 蟹 を,ト ロ リー に よ っ て 裁 割 場 に運 び,包 丁 か,鋏 を使 い,
第1関 節 か ら全 部 の 脚 を と り,頭 部 と脚 部 と に分 け る。 そ の後,頭 胸 部 か ら肩
肉 を と り,各 脚 は 関 節 部 を,三,四 分 切 り除 き,第1関 節 ・第2関 節 ・第3関
6 商 学 討 究 第53巻 第1号
節 ・爪 と に分 け る 。 こ の うち 第2関 節 は 最 も短 く,こ こか ら と った 肉 は ラ ッ キ ョ とい い,余 り上 等 で は な い 。 爪 肉 は採 取 に 時 間 が か か る の で,大 きい右 だ け を利 用 し,小 さ い左 は捨 て る 。 缶 詰 原 料 と して は,第1関 節 の 肉 が 最 上 で,一 一 番 脚 肉 とい い,次 は 第3関 節 の 肉 で,3番 脚 肉 とい う。 殻 か ら抜 き 出 した もの
をザ ル に い れ,海 水 を満 た した桶 の 中 に 浸 し,丁 寧 に 洗 う。 洗 浄水 を切 っ て, 肉 の 大 小 や 良 否 を 区 別 し,一 等 肉 と三 等 肉 に仕 訳 を す る。
蟹 肉 を缶 に 詰 め る に は,農 林 省 令 の規 定 が あ る。1ポ ン ド缶 は 肉 量3759以 上 で,1番 脚 肉1059以 上,崩 肉1139未 満 で あ る。 他 缶 は こ れ に 準 ず る。 十 分 水 切 りを した 肉 は,裁 切 板 上 で 薄 刃 包 丁 で1番 脚 肉 と2番 脚 肉 との 両 端 を切 り, 評 量 方 に送 る 。 評 量 方 は,1番 脚 肉 を評 量 し,爪 肉1ケ,2番 脚,ラ ッ キ ョ を 配 合 し,第2評 量 方 に移 す 。 第2評 量 方 は,さ らに肩 肉,4,5ケ を添 加 し, 第3評 量 方 へ 渡 す 。 第3評 量 方 は,こ れ に崩 肉 約15匁 以 内 を加 え,1ポ ン ド缶 の容 量 とす る 。 これ を1缶 分 つ つ 皿 に 盛 り,ベ ル トコ ンベ ヤ ー で,肉 詰 作 業 場 に 運 ば れ る。
カ ニ を網 か ら外 す 作 業 は煩 雑 で あ る 。 しか も,腐 敗 す る 前 に素 早 くゆ で,小 さ い 缶 の なか に規 定 の 大 き さ,数,部 位 の カ ニ 肉 を見 栄 え よ く詰 め な け れ ば な
らな い 。 多 数 の 労 働 者 に よ る濃 密 な作 業 が 不 可 決 だ っ た。4)
蟹 缶 詰 の 缶 は,95ポ ン ド以 上 の ラ ッ カー ・ブ リキ 板 を使 っ て 製 造 した 二 重 巻 締 缶 で,あ る い は さ ら に そ の 内 面 を ラ ッ カー で再 度 噴 霧 した レ ラ ッカ ー 缶 で あ る。 この ラ ッカ ー は 漆 の 主 成 分 か ら精 製 した 日本 の 特 産 で あ る 。 缶 に は,1ポ ン ド缶,半 ポ ン ド缶,4分 の1ポ ン ド缶 が あ り,内 容 量 は そ れ ぞ れ,3759,188
9,949で あ る。 缶 は 製 缶 工 場 か ら供 給 され る。 缶 の 内 面 を ラ ッ カー で 塗 るの は,錫 と鉄 面 の露 出 を防 ぐた め で,蟹 肉 と缶 材 面 との 接 触 を 防 ぐた め に硫 酸 紙 を使 う。 硫 酸 紙 は,種 類 が 多 く,多 くは外 国 輸 入 品 で あ っ た。 缶 用 と して は, 紙 質 が 強 く,高 熱 に た え,煮 沸 して も蟹 の風 味 ・光 沢 に影 響 しな い 良 質 の もの
で あ る必 要 が あ る。硫 酸 紙 は,普 通 は 大 判 で 長 さ40イ ンチ,幅30イ ンチ で あ る。
4)『 朝 日新 聞 』1999年10月13日 特 集 か ら。
蟹工 船 お よび 漁 夫雑夫 虐待 事件 7 これ を裁 断 し て使 う。
最 も注 意 を要 す る の は,肉 を 包 む 硫 酸 紙 で あ り,検 査 で 優i良不 良 が 決 ま る の は,実 に硫 酸 紙 の 良不 良 に よ っ て 決 ま る 。 つ ま り不 良 の 硫 酸 紙 を使 う と,肉 が 赤 くな り,さ ら に黒 色 に な る。 折 角 苦 心 して作 っ た缶 詰 も不 合 格 とな っ て し ま
う。 こ う して 缶 に詰 め られ,殺 菌 され 密 封 され て,缶 詰 が 完 成 す る 。5) 1ポ ン ド缶 は,殺 菌 後 の 減 量 を 見 越 し,約116匁 を標 準 と して 配 合 す る。 肉 詰 員 は,ま ず 大 き な一 番 脚 肉2,3ケ を取 り除 き,残 っ た 一 番 脚 肉 の 紅 色 部 を 外 部 に向 け,下 詰 め と し,そ の上 に 二 番 脚 肉 ラ ッ キ ョを 適 当 に詰 め,さ らに 中 心 部 に崩 肉 を押 し付 け,最 後 に,初 め 取 り除 い た 脚 肉 の紅 色 部 を上 向 き に並 べ, 硫 酸 紙 と体 裁 よ く折 り畳 ん で,肉 詰 め を終 わ り,ベ ル トコ ンベ ヤ ー で仮 締 機 に 送 る 。 缶 詰 製 造 上,脱 気,加 熱,殺 菌 な どに よ り歩 減 が あ るの で,肉 詰 規 定 量 を え る た め に,規 定 よ り9匁 か ら15,6匁 多 く詰 め る必 要 が あ る。
仮 締 機 で 蓋 を仮 締 め した もの は,脱 気 箱 に 送 られ る。 脱 気 箱 の 内 部 は,蒸 気 熱 で相 当 高 温 に保 た れ,缶 詰 が そ の 中 を通 る 間 に,缶 内 の 空 気 を排 除 す る。 そ の 時 間 は摂 氏100度 で 約7分 か ら15分 で あ る 。 脱 気 後 の 缶 詰 は,す ぐ巻 締 機 で 固 く気 密 に密 閉 され る。
缶 詰 は,密 封,脱 気,殺 菌 の 三 行 程 で 完 成 さ れ,殺 菌 は 最 も主 要 な 行 程 で あ り,殺 菌 が 不 完 全 だ と多 大 の 腐 敗 缶 を 出 す か ら,注 意 が 必 要 で あ る。 殺 菌 装 置 に は,横 型 式 と竪 型 式 が あ る 。密 封 さ れ た缶 は 鉄 製 の篭 に 並 列 し,横 型 式 で は, レ トル トカー に 数枚 重 ね,そ の ま ま トロ リ ー で運 ば れ,殺 菌 釜 の 中 に入 れ,竪 型 式 で は,篭 の1枚1枚 を チ ェー ンブ ロ ッ ク で釜 の 中 に入 れ,積 み 重 ね,蓋 を 密 閉 し,蒸 気 を通 じて,高 熱 で 殺 菌 す る 。 半 斤 缶 で は,3ポ ン ドか4ポ ン ドの 圧 力 で,1時 間 か ら1時 間20分 加 熱 す る 。 そ の温 度 は 摂 氏106,7度 で あ る 。
殺 菌 釜 か ら 出す と,大 型 扇 風 機 で 冷 却 す るか,清 水 タ ンク に 入 れ て ブ ラ ッ シ ュ で よ く洗 浄 し,引 き上 げ て 扇風 機 で十 分 放 冷 す る 。 冷 却 した ら,自 動 ニ ス 塗 機 か 人 手 で,缶 の外 部 に透 明 な 白色 ニ ス を塗 る。 殺 菌 釜 か ら出 して 冷 や して い
5)『 小 樽 新 聞 』1926年9月16日,19日 。
8' 商 学 討 究 第53巻 第1号
る 問 に,缶 が 気 密 に な っ て い る か,真 空 度 が 一 様 で あ る か ど う か を,打 検 法 で 調 べ る 。
合 格 した もの を,函 へ 荷 造 りす る。1ポ ン ド缶 は4ダ ー ス で,半 ポ ン ド缶, 4分 の1缶 は8ダ ー ス で1函 とす る。 荷 造 り後,船 倉 に 貯 蔵 す る。 蟹 工 船 は, 4,5千 函 貯 蔵 で きる 。 これ を適 宜,中 積 船 に と りに きて 貰 う。6)
蟹 工 船
蟹 工 船 に よる 蟹 缶 詰 の 初 め は,大 正5年,水 産 講 習 所 練 習 船 雲 鷹 丸 に簡 単 な 缶 詰 機 械 をす え つ け,オ ホ ー ッ ク海 上 で船 内 で 製 造 試験 を行 な っ た こ と で あ る。
そ の 結 果 が よか った の で,カ ム チ ャ ッ カ西 海 岸 で 富 山県 水 産 講 習 所 練 習 船 ・呉 羽 丸 が よ り大 規 模 に製 造 した 。
日露 戦 争 か ら大 正 の初 め にか け て,北 見,根 室,千 島,樺 太 にか け て,蟹 缶 詰 製 造 所 が 続 々 事 業 を開 始 した 。 大 正9(1920)年 に7),和 島 貞 二 が 蟹 工 船 を 事 業 化 して か ら,企 業 は急 速 な発 展 を とげ た 。 と く に大 正9(1920)年,露 領 蟹 漁 区 を獲 得 して か らは,カ ム チ ャ ツ カ沿 岸 と蟹 工 船 と の蟹 缶 詰 製 造 の 産 額 は 飛 躍 した 。 同方 面 の 事 業 は,当 初 か ら 日魯 漁 業 会 社 が 主 で あ り,初 期 に は 若 干 の競 争 者 が あ っ た が,昭 和7年 に は 日魯 に合 併 され た 。 日本 の 蟹 缶 は英 米 欧 大 国 人 が 愛 好 し,日 本 の 重 要 輸 出 業 とな り,外 貨 獲 得 に大 き な役 割 を果 た した 。 日本 蟹 缶 輸 出組 合 の 等 級 に は,フ ァ ン シ ーfancy,チ ョイ スchoice,フ ェ ァfair, パ ス トpassedが あ る 。
輸 出 蟹 缶 詰 は,農 林 省 の検 査 規 準 に よ る 日本 蟹 缶 詰 業 水 産 組 合 聯 合 会8)の 検 査 に合 格 し な い と輸 出 で きな い 。
イ 崩 肉 缶 詰 で な い もの
合 格 フ ァ ン シー
1位,チ ョ イ ス2位,フ ェ ア ー3位 。6)『 蟹 缶 詰 の 話 』
7)越 崎 は,大 正10年 とす るが, 8)大 正13年 に 成 立 した 。
『 蟹 缶 詰 罐 の 話 』 に従 う 。
格 詰 格 格 合 缶 合 不 肉 合 不 崩
口
蟹 工船 お よび 漁 夫雑夫 虐待 事件 格外 廃 品
パ ス トA1位,パ ス トB2位 。
格 外 廃 品
9
輸 出 可 能 の も の は,フ ァ ン シ ー,チ ョ イ ス,フ ェ ア ー,パ ス トAに 限 ら れ, 対 中 国 へ は パ ス トBも 許 可 さ れ る 。 廃 品 は 検 査 所 で 没 収 ・廃 棄 さ れ る 。 函 に fancy,choice,fair,passed,nonexportable,rejectedと 押 さ れ る 。
缶 の 蓋 と底 が ふ く ら ん で い れ ば,不 良 品,開 缶 し て プ ン と 鼻 を つ く の は 不 正 品,肉 に 青 班 や 黒 班 の 多 い も の は 不 良 品 で,肉 の 成 分 と ブ リ キ の 鉄 と化 学 反 応 を 起 こ す 結 果 で あ り,有 害 で は な い 。 形 態 も 柔 軟 な も の は 新 鮮 で な い か,製 法 が 悪 い か な の で,避 け る べ き と さ れ た 。9)
明 治41(1908)年,日 露 漁 業 協 約 が 実 施 され た 。 そ の 後,露 領 漁 業 は驚 くべ き発 展 を した 。 帆 船 か ら汽 船 へ 移 り,塩 蔵 か ら缶 詰 へ 移 り,函 館 を経 由 した の が,缶 詰 製 造 に よ り漁 場 か ら輸 出地 まで 直 送 され,最 初 一獲i千金 を ね ら う群 小 漁 業 家 の 自 由 企 業 時 代 か ら,大 資本 経 営 の少 数 漁 業 会 社 時代 と な っ た 。 なお 昭 和17年5月 の水 産 統 制 令 に よ り北 洋 漁 業 も全 面 的 統 制 時 代 に な っ た。 漁 業 会 社
で は 日魯 漁 業 が 有 名 で あ る 。
石 川 県 人 ・米 林 伊 三 郎 は,林 商 会 をお こ し,樺 太 漁 業 を お こ な い,明 治37, 38年(1904‑5,日 露 戦 争)戦 役 の 結 果,全 島 が 復 領 す る と,明 治39(1906)年, 西 海 岸8箇 所 を経 営 して,儲 け た。 明 治44(1911)年,樺 太 漁 業 を して い た 中
山説 太 郎 と,一 井 組 を組 織 し,明 治45(1912)年,カ ム サ ッ カ に進 出 して,東 海 岸7箇 所 を経 営 し,大 正2(1913)年,カ ム サ ッ カ の優 良 漁 場 を入 手 し,缶 詰 事 業 を始 め る な ど,次 第 に規 模 を拡 大 した 。 そ の 後,西 海 岸,ニ コ ラ イス ク 方 面 の 漁 場 も加 え,藤 井 猪 之 助 と提 携 し,カ ラ ギ ンス キ ー 区 方 面 に も漁 場 を加
9)産 業 経 済調査 所 『 蟹 缶罐 詰 の話』
ヱ0
商 学 討 究 第53巻 第1号 え た 。
大 正3(1914)年3月,一 井 組 は,資 本 金2百 万 円 で,日 魯 漁 業 株 式 会 社(=
旧 日魯)を 創 設 した 。 大 正5(1916)年,北 千 島 で 鱈 漁 業,蟹 缶 詰 に 着 手,大 正6年,母 船 を カム サ ッ カ西 海 岸 沖 に 出 した。
カ ラ フ トの錬 漁 業 が,乱 獲 の た め 減 少 し,そ こで 大 正7,8年,カ ム チ ャ ッ カ漁 業 に重 点 を お こ う と,西 部 カ ム チ ャ ッカ に 漁 場 を増 や し,缶 詰 工 場 を新 設
し,オ ホ ー ツ ク地 方 に も漁 場 を入 手 した 。第1次 大 戦 と ロ シ ア革 命,そ して 「 尼 港 」 事 件 もお き,露 領 極 東 地 方 は無 政 府 状 態 とな り,日 本 は ウ ラ ジ オ ス トック の ゼ ム ス トヴ ォ10)政 権 が 樹 立 した 臨 時 政 府 と暫 定 協 定 を 結 び,露 領 に 出 漁 し た 。
大 正9(1920)年,当 時 カム チ ャ ッ カ と樺 太 に 多 くの優 良 漁 場 と新 式 缶 詰 工 場 を もっ た 堤 商 会 と提 携 が な った 。 大 正10(1921)年3月,極 東 漁 業 株 式 会 社 (堤商 会 が 株 式 会 社 化 した もの)と 合 同 した 輸 出 食 品 株 式 会社,カ ム サ ッ カ漁 業 株 式 会社,日 魯 漁 業 株 式 会社,の 三 社 は,合 同 して 日魯 漁 業 株 式 会 社 と な っ た 。ll)こ れ は,カ ム サ ッカ 第 一 の 漁 業 会 社 と な っ た 。 堤 清 六 が 社 長 と な り, カ ム チ ャ ッカ と オ ホ ー ッ ク に魚 場105箇 所,樺 太,エ トロ フ に 漁 場31箇 所,缶 詰 工 場19箇 所,を もっ た 。
当 時,北 洋 漁 業 は漁 業 権 を め ぐ っ て ソ 連 と対 立 し,国 際 的 注 目 を浴 び な が ら, 国 家 的 産 業 と し て,そ の 規 模 が 毎 年 拡 大 され て い た。1927年 に,47万 トンの 漁 船 が 出漁 し,約2万 の 漁 業 労 働 者 が 送 り出 され,北 洋 漁 業 の監 獄 部 屋 とい わ れ
た 蟹 工 船 の 漁 夫 ・雑 夫 は4千 人 を越 え て い た 。
原 敬(は らた か し,1856‑1921政 友 会 総 裁 。1918‑21首 相)は,日 本 の 守 る べ き権 益 は満 鉄12)と 北 洋 漁 業,と 演 説 した 。 北 洋 漁 業 は生 糸 に つ い で外 貨 獲 得 に は2番 目 に 大 き か っ た 。13)大 正 年 間 に 本 格 化 し た蟹 工 船 に よ る 母 船 式
10)地 方 自治 会 。
11)『 函 館 市 史 資 料 集 』 第20集(続 水 産 業)函 館 市 史 編 纂 委 昭 和32年12月 。 12)満 州 鉄 道 。 こ れ は 明 治39(1908)年 にで き た 。
13)日 高 昭 二 講 演1994年10月 か ら 。
蟹工 船 お よび 漁 夫雑夫 虐待 事件
1ヱカ ニ 缶 詰 製 造 は,欧 米 へ の 製 品輸 出 を通 して 貴 重 な外 貨 を も た ら した 。
明 治38(1905)年,缶 詰 の 試 験 を した。 富 山 県 水 産 講 習 所 が 海 上 で 缶 詰 を作 っ た 。 そ れ まで 真 水 が 必 要 だ っ た 。 海 上 で真 水 が 作 れ る よ う に な っ た 。
蟹 缶 詰 は ヨー ロ ッパ 人 が 珍 重 した 。 ロ ン ドンで 売 り さば か れ た 。 農 民 が 農 閑 期 に 出 稼 ぎ を し た。 大 正15(1926)年 に県 ・役 場 が 募 集 した 。
舞 台 は 誕 生 した ば か りの社 会 主 義 国 ソ連 の 鼻 先 に 広 が る 「 政 治 の 海 」,労 働 者 の 赤 化 防止 は 至 上 命 令 だ っ た。 蟹 工 船 とい う隔 離 さ れ た 小 さ な空 間 に,国 家
と企 業 の政 治 的,経 済 的 要 求 と矛 盾 が 集 約 され た 。14)
商 業 ベ ー ス で の カ ニ 缶 詰 製 造 の歴 史 は,蟹 工 船 に先 だ っ て20世 紀 初 め に根 室 で 始 ま っ た と され る 。 国 後 島 や根 室 半 島 の 陸 上 工 場 が舞 台 だ っ た 。根 室 の碓 氷 (う す い)家 で は,明 治38(1905)年 に カ ニ 缶 詰 を製 造 し た とさ れ る。 初 代 ・ 勝 三 郎 は,カ ニ 缶 詰 の 難 点 で あ る肉 の黒 変 を防 ぐた め,缶 内 部 で カ ニ 肉 を硫 酸 紙 で 包 む方 法 をい ち早 く実 用 化 した 。1905年 に和 泉 庄 蔵 もカ ニ 缶 詰 を製 造 した 。 根 室 は カ ニ商 品 化 開拓 の 町 で あ る。
根 室 地 方 の カニ 缶 詰 製 造 に も集 約 的 な労 働 力 が 必 要 だ っ た。 こ こで は若 い 女 性 た ち が 主 役 を務 め た 。1921(大 正10)年,函 館 の和 島 貞 二 の工 船 が カニ 缶 詰 製 造 を した。 漁 業 者 と して 初 の操 業 で あ っ た 。
蟹 は 生 で の保 存 が 難 しい た め,明 治 時 代 か ら缶 詰 加 工 が 行 わ れ,カ ニ 漁 業 は 缶 詰 製 造 と密 接 につ な が っ て い た 。か つ て は刺 し網 漁 が 多 か っ た。蟹 缶 作 業 は, い つ も手 作 業 で あ る。1935年 か ら1940年 ま で 北 海 道 の カ ニ 生 産 は,数 千 トンか
ら1万 数 千 トンで あ る 。
北 洋 の 蟹 母 船 式i操業 は1920年 代 後 半 が 最 盛 期 で,蟹 工 船 は ソ連 の 領 海 で 底 差 し網 で 乱 獲 した た らば蟹 を船 上 で加 工 す る 移 動 缶 詰 工 場 で あ る。1926(大 正15) 年,「 小 樽 新 聞 」 や 「 北 海 タ イ ム ス 」 が 大 き く報 道 し た蟹 工 船 秩 父 丸 の 遭 難 事 件 や,博 愛 丸 と英 航 丸 で お きた 漁 夫,雑 夫 虐 待 事 件 が,多 喜 二 の 『 蟹 工 船 』 執 筆 の 直 接 の動 機 と な っ た 。
14)『 朝 日 新 聞 』1999年10月13日 特 集 か ら 。
12 商 学 討 究 第53巻 第1号
多 喜 二 自身 は 実 際 に起 きた 虐 待 事 件,抵 抗 運 動 な ど をか な り綿 密 に調 べ て執 筆 した 。1926(大 正15)年9月,工 船 ・英 航 丸 で の漁 夫 に対 す る暴 行 事 件 な ど
が 発 覚 した 。 多 喜 二 の 小 説 の モ デ ル に な っ た。 「 海 中 に 落 ち て 命 を失 う な ん て い う事 故 は少 な くな か っ た 」 「(大漁 の と きに は)一 晩 に 二,三 時 間 寝 た ら最 高 の 方 だ っ た」 とい う証 言 を,浅 利 政 俊 は得 て い る。15)実 際,多 喜 二 は 蟹 工 船 に乗 っ た ら しい と,同 級 生 石 本 は 言 う。 しか し乗 っ て は い な い。
極 東 沿 海 の蟹 缶 詰 事 業 は,最 近 の もの で,急 速 に発 達 した 。ア メ リ カで は1873 年,イ ギ リス で は1874年,日 本 は1890年,ロ シ ア で1903年 に,初 め て 着 手 した。
世 界 市 場 で の 需 要 が 激 増 し,生 産 額 が 巨大 に 増 加 した。 ロ シ ア領 缶 詰 生 産 業 は 盛 大 だ が,事 業 の 大 半 は 日本 人 が経 営 して い る 。1911年 か ら16年 の6年 間 に捕 獲 した 蟹 は,
日本 海 黒 龍 河 口付 近
オ ホ ー ツ ク海 とサ ガ レ ン16) カ ム チ ャ ッ カ西 海 岸
白 令 海 と カ ム チ ャ ッ カ 東 海 岸
合 計
捕 獲 高(千 ポ ン ド) 70 3200
500 4300 1400 10300
百 分 率 0.7 33.0
3.2 46.6
14.3
ロ シ アの 海 で蟹 捕 獲 業 が 急 速 に発 達 した の は,主 に 日本 資 本 の活 動 に よ る 。 そ の 初 期 に は,漁 場 の62%は 日本 漁 業 家 の手 に あ り,38%は ロ シ ア 漁 業 家 また は 日露 合 弁 の下 に経 営 され た 。 近 年 ロ シ ア 資 本 が 欠 乏 し,日 本 漁 業 家 の 勢 力 範 囲 が ます ます 拡 大 し,そ の 捕 獲i高は80%,90%に 増 加 し,缶 詰 事 業 お よ び外 国 市 場 へ の 供 給 も,日 本 人 に 独 占 され た 。1923(大 正12)年 中,日 本 の 米 国輸 出 蟹 缶 詰 は,200万 な い し250万 ドル に た っ した 。 ロ シ ア方 面 で 日本 人 が 捕 獲 事 業
15)『 朝 日 新 聞 』1999年10月13日 特 集 か ら 。 16)サ ハ リ ン=樺 太 。
蟹 工船 お よび 漁 夫雑 夫虐 待事 件 13 に努 力 し て い る こ と は,就 働 者 数 に よ って も察 知 で き る。1924年 中 に カム サ ッ カ の工 場 で,日 本 資 本 が 雇 用 した職 工 数 は,1654人,1925年(大 正14)で は2 千 人 に増 加 した が,ロ シ ア工 場 の蟹 缶 詰 は,2工 場,百 人 か120人 で,漁 夫 の 数 を あ わ せ て も,6,7百 人 に しか 達 し な い小 規 模 な もの で あ る。 ロ シア 極 東 で は1910(明 治43)年 こ ろ まで,本 業 は 微 々 た る もの で,同 年,日 露 の漁 業 家 が 多 額 の 資 本 を投 じて,経 営 に着 手 し,初 め て発 達 した。 工 場 設 立 の順 序 は,
1.1909‑10年 ア メ リ カ湾 内 ナ ホ トカ入 り江 に フ ェデ チ キ ン工 場 が 設 立 され,2.
1916年,タ フ イ ン入 り江 と ワ レ ンジ ン入 り江 に2つ,3.1920年 ポ ポ ロ ー トス イ岬 付 近 グ ラ ニ ー トナ ヤ入 り江,4.1923年 ポ ポ ー フ 島 に 一 工 場 が,創 設 され た 。 日本 漁 業 家 は この 外,ス ウエ ー トラヤ 河 付 近 で 製 造 し,ま た 汽 船 内 で も製 造 した が,日 露 い つ れ の工 場 も設 備 不 完 全 で,ま た秩 序 あ る 生 産 が で きな か っ た 。これ が,改 善,増 設,技 術 上 の 改 良 を され た のが,1922‑23年 以 後 で あ る。17) ロ シ アの 経 営 で 注 意 す べ き は,労 力 者 の 能 率 の 大 き な差 で あ る。 ロ シ ア人 の 就 業 時 間 は普 通8時 問 で,日 本 人 は11時 間か12時 間 の 労 働 で あ る。 また 一 箱 の 生 産 の 経 費 は,1914年 こ ろ は7ル ー ブ ル … …,日 本 人 の生 産 費 は5,6円 で あ る。 蟹 缶 詰 工 場 は,1つ は 沿 海 の 定 置 工 場 で,1つ は移 動 式 工 場 で あ る 。 定 置 工 場 は8万 ル ー ブ ル 内 外 で,移 動 式 工 場 は10,12万 ル ー ブ ル の建 設 費 用 を 要 し, 最 近 の傾 向 は移 動 式 が 多 数 で あ る。 そ の 理 由 は,漁 獲 す る場 所 い 航 行 して 材 料 を積 み 取 り製 造 す る の が便 利 で あ り,従 っ て漁 獲 場 の 遠 近 を心 配 す る 必 要 が な い し,事 業 の 閑 散 期 で は 製 造 設 備 を取 り除 き,そ の 船 体 を 近 海 航 路 に就 役 で き
る等,幾 多 の便 利 が あ る か らで あ る 。
極 東 ロ シ ア で は[当 時 まで]一 般 に技 量 が 拙 劣 なた め,ま た 豊 富 な天 産 物 が あ る た め,蟹 缶 詰 事 業 の よ う な一 時 に 巨 額 な資 本 を要 さず,多 大 な利 益 を得 る 事 業 を 閑 却 して,外 国 市 場 を開 発 せ ず,毎 年 日本 資 本 家 の た め に数 百 万 ル ー ブ
ル の利 益 を取 り去 られ て い る。18)
17)『 小 樽 新 聞 』1926年8月22日 。 18)同,8月25日 。
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